ねこじぞう

昼間の暑さが嘘のように涼しくなり始めた夕暮れ時。
突然降り始めた雨のせいもあり、
帰宅途中いつも通り過ぎるだけの公園。
屋根付きのベンチで休憩していると、
ダンボールに猫が入っているのが見え、
その猫と目が合った。

「……。」

ペット禁止のアパートの部屋。
隠すようにしまいこんだバッグから出すと、
窮屈だったところから出て自由になった猫は、
部屋の中を飛び回るように騒ぐ。

「こらっ静かにっ!」

思わず声に出すが言うことを聞くはずもない。
無理矢理捕まえて大人しくさせると、
今度は爪で引っかきに来る。
しかしそんなところも可愛い。
ようやく落ち着かせるとキッチンからツナ缶を取り出してきて、
試しに猫へ与えて見ると断食でもしていたかのように、
息も忘れて食べ続けていた。

様子を見ているとお腹が空いてくる。
冷蔵庫からサンマを取り出して焼いて食べることにしよう。
こんがりと美味しそうに焼けるとほどよく脂も出て、
良い匂いがしてくる。
さて食べようとテーブルへ置くと猫が見ている。

既にツナ缶は空っぽで更にサンマまで狙っている。
強欲な猫である。
試しに箸で一口ツナ缶へ入れてみると、
すぐに食べてしまう。
なんとも愛らしい。

食事が済むと半ば無理矢理シャワーをさせると、
毛ずくろいも済ませ猫の爪を研ぐことにする。
家具などが傷だらけになるし優しく抱くことも難しい。
引き出しの奥の方から猫用の爪研ぎを取り出すと、
手際よく爪を研いだ。

あれだけ暴れていた猫も抱っこして研いでいる間は、
とても大人しくなっていた。
まるで母親に抱かれている赤ちゃんが爪を切ってもらっている。
そんな光景だった。


こうして楽しい生活が始まると思った次の日。
当然予想していた事件が起きる。
隣人にでも気がつかれたのだろう。

猫がいる。

そう聞きつけた大家さんが部屋へやってきて、
すぐに猫のことがバレてしまった。

「二度目だよ。
わかってるね?」

安さが売りだったアパートを追い出され、
ほんのわずかな家具と衣類は実家へと送った。
まさかそんな理由で帰ることになるとは思わなかったが、
真っ直ぐ帰るというのも抵抗があった。

時間は既に夕方。
秋の夕方はあっという間に過ぎていく。
あの公園で猫といるとあの時を思い出す。
昔飼っていた猫のこと。
同じようにここで拾った猫。
名前なんて付ける間もなくすぐに亡くなってしまった。

大家に見つかり暴れた猫は部屋を飛び出して行って、
車に轢かれて亡くなった。
その時の悲しみは未だに消えていない。
この子にはそんな思いをさせてはいけない。

実家へ向かうが足取りが重い。
公園を出て普通に歩いても実家まではそれほど遠くはない。
河川敷を歩いていると雨が降りだした。
秋の雨は突然。
雨宿りでもしたいところだがこの辺りにそんな場所はない。
せめて猫だけでも、と思い探すとちょうど良い場所がある。

「ほんの少しだけ場所お借ります。」

一度拝んでからお地蔵様の社の狭い隙間に猫を置いた。
猫はきょとんとしているが、
猫にこの罰当たりさを伝えることは困難だろう。

純粋無垢なこの子にそんな理屈は通せない。
だからこそ捨てられる理由もない。
そんなのはあってはいけない。

雨も上がり一転晴空になると星がキラキラと輝く。
ふと足元を見ると猫がいなかった。
ほんの一瞬だったというのに、
いくら周囲を探しても猫の姿はなかった。


その時気がついた。
いつまで経っても忘れられずにいたあの猫が、
お地蔵様にお願いをしてひとときの間、
最後のお別れに来てくれたのかもしれない。

「さようなら、ありがとう。」

ねこじぞう

お題【ねこ 公園 魚 地蔵】

ねこじぞう

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-11-18

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted