上手なマルのえがき方

「さっさと、食べちゃいなよっ。」

「う、うん・・・。」

モタモタとラーメンを食べているのは、
この中華飯店の一人娘である、
宮前美里(みやまえ みさと)は、
何をするにものろ間なのである。
今も、店を手伝っている合間に、
夕食を食べているのだが、
せっかく、店が空いている間を狙って、
食べさせていたのだが、
結局、新しい客が入って来てしまっている。

美里の場合。
更に悪いのは、猫舌である事。
ただでさえ、遅いと言うのに、猫舌とくれば、
ラーメンなど、天敵と言える。
どうせならチャーハンとか・・・他にもあると思うだろうが、
そこは、毎日の店の状況によるのであるから、
仕方のない事なのだ。

ちなみに、この中華飯店の名前は、猫飯店。
従業員は、美里と母だけ。
美里の父は、15年ほど前に、パチンコ屋へ行くと言って、
出て行ったっきり、まだ帰らない駄目オヤジである。

「あー、もう。
美里、ラーメンとチャーハン出来たから、
持って行きな。」

「あ・・・うん。」

目が怒っている母親には逆らえない。
一人で美里を育て、
一日中重たい中華鍋を振り回し、
客とも仲良く会話をする。
美里とは、真逆の性格なのである。

食べ掛けのラーメンを、
惜しむように別れを告げ、
出来上がったラーメンやチャーハン。
餃子などを客のいるテーブルへと持っていく。
その行動も常連の客からすれば、
危なっかしい美里を見る事も、
この店の楽しみなのである。
美里が、何かをする可能性は非常に高い。

例えば、ありきたりなところから言えば、
ラーメンを途中でひっくり返すや、
テーブルを間違える。
注文を聴き間違える事も頻繁にある。
だが、それらを知っていても、
客が減る事はない。

常連ともなれば、
付き合いも長い。
それは、日常の生活の一部なのである。

たとえ、美里のするミスに驚いたとしても、
怒る常連などいるわけがない。
誰もが、怒ったところで、改善されない事を知っているからである。

だが、そんなのろ間な美里にも特技は存在する。
アイスとチョコレートならいくらでも食べられるのである。
ファミレスへ行くと必ず注文するのは、
チョコレートパフェ。
それも、事前に、しっかり1人前の食事をしてから、
1食分のカロリーにも匹敵する、それを体内へと放り込む。
普段ののろ間な美里が唯一、一般人を越える瞬間である。

そんな美里も、普段は地元の高校へ通っている。
ほとんどが、中学から上がるだけの、
受験もスルーしてしまうくらいの高校であるが、
美里は、そんな高校も危うく落ちるところだった。
特に、点数がどうこうではないのだが、
答案、全てに名前を書き忘れたのである。
テストと言えば、名前を書く。
そんな事は、小学生の頃から教えられている事なのだが、
受験日の前夜に、なぜか、部屋の片付けをしていて、
一睡もしなかった美里は、
睡魔に襲われながらも、友達に引っ張られ、
なんとか受験に間に合ったのである。
そこで安心しきった周りの友達すらも、
気が付かない落とし穴がそれである。
だが、無記名でも受かった裏には、
猫飯店が関係していた。

猫飯店と高校の距離は数メートル。
そう、目の前にあるのである。
普段から高校の先生や生徒たちも、
よく通う店だからこそ助かったのである。
テストの採点をした先生もおそらくは、
猫飯店の常連の客。

1教科45分もあるテストでは、よくあるのか分からないが、
美里は暇になると、よく答案の裏なんかに、
ナルトを描く癖があったのだ。

そのナルトのおかげで、ナルト=中華=猫飯店=美里。
と、なったのかは、誰にも分からないのだが、
答案が無記名だった事だけは、確かの事実であった。

なんにせよ、受かればどちらでも良いのである。
美里は当然部活には入らず、
学校が終われば、家の手伝いをする。
その生活が1年続き、2年になったところから、
この話は始まる。


まずは、中学からの友達。
クラスも同じになった安達冴子(あだち さえこ)。
美里とは違って、とても機敏で真面目で、
細かい性格をしているのだが、
なぜか、美里とは、とても仲が良い。
普通ならば、のろ間な性格の人と機敏な人とでは、
合わない気がするのだが、
何かの拍子に、気が合ってしまったのかもしれない。

背は149センチの美里よりも、
10センチ近く高い158センチ。
髪も髪がサラサラでロング。
美里はショートであるから、
見た目からも正反対なのである。
更には視力2.0の美里に対して、
冴子はメガネっ子である。

そして、美里とは違い冴子は、部活をしている。
とは言っても、週に1日しかない怪しい部活である。
その名もミステリー研究部。
部員はかなりいるらしいのだが、
ほとんどの人間は、自分がそれに所属している事を、
周りの人には言わないである。
それに、具体的に何をしているのか、
よく分からないのである。
更に、聞いてしまうと、
いつの間にか入部しているという噂もある、
恐怖の部活である。

のろ間な美里でさえ、それくらいは察知出来て、
その話をする事はない。

クラスでは、隣が、冴子と言う事もあって、
よく、忘れ物をする美里にとっては、
まさに神様的存在。
そのたびに、お弁当のおかずを1つずつ、
とられている事は、母親には内緒である。

とは言え、残った中華を、
そのままお弁当にしているのだから、
手間ではないとも言えるかもしれない。


学校では、そんなやり取りが毎日のように、行われているが、
家に帰れば、手伝い。
そして、夜には、ようやく自分の時間がやってくる。
それも、店の片付けの後にお風呂に入り、
その後であるから、時間も22時を過ぎたあたりになる事が多い。
そこから、宿題だの、明日の準備に入るのだが、
忘れて寝てしまう事も良くある。

普段ならば、24時前には、就寝していた美里だが、
最近、画期的なものが部屋へ、置かれた。
それは、決して、最新のそれではないが、
念願のパソコンである。
もちろん、使い方は、学校で習った程度の知識しかない。
中学の時に、無駄に覚えたブラインドタッチ。
マウスの動かし方やら簡単な操作。
のろ間な美里にとっては、
安易な事ではなかったが、
携帯もしっかり使えるくらいまで、半年。
パソコンも、やれば出来るはず。
その調子で、1から使い始め、
ようやく、多少はスムーズに使えるようになってきたのである。

今日も寝る前に、インターネットをする。
携帯でも出来るが、やはり、画面が大きい。
それだけでも、パソコンの方が美里にとっては、
妙な焦りがとれて、気楽だった。

最近のお気に入り。
それは、色んな人が撮った風景などを投稿している掲示板。
生まれてから旅行など、学校の行事以外では、
行く事の出来ない環境。
見た事もない風景や、その時の気持ちが書かれている掲示板を見て、
美里の気持ちは、のろ間なりに、ハイテンションになった。

その日も、新しい画像が貼られていた。
どこだか聞いた事もない国なのか地名が書かれていて、
見た事もないエメラルドグリーンの海に、
真っ青な抜けるような空。
珊瑚礁が、作る島が無数にある写真。
きっと南国なんだろう。
それを上空から、撮影している写真まで載せられている。

一生に一度でも、そんな場所へ行けるのだろうか。
美里は、旅行貯金をしている。
地道に貯めているが、そんな程度では、
永遠に行けない事は分かっている。
それに、チョコレートパフェに消える事も多いから、
そうそう増えるわけもない。


明くる日。
雨の降る交差点。
向こう側には、黒猫。

「猫のくせに、信号待ちしやがって。
なんて奴だ。」

隣にいた茶髪の背のちっこい子が言った。

「ちょっと、あんた。
猫だって目くらいあるんだし、信号くらい守れるでしょ。」

とっさに反論してしまったが、
それが正しいのかと言えば、
猫に信号の色を判断する能力などあるはずもない。

「・・・あれ、猫飯店の。」

「!?
なぜ、私の事を!?」

「いや、有名人だし。」

「・・・。
私はあんたなんて知らないんだから、不公平だ。」

「別に不公平じゃないだろ。
有名人は皆知ってるけど、
有名人は俺の事なんか知らないだろ?」

「・・・そう言われれば、そうかね。」

まんまと言いくるめられる美里。

「あー見てらんねー。」

「ちょっと、あんた!?」

まだ信号の変わらない歩道を、美里の隣にいた子は、
走って渡っていくと、
歩道を歩き出しそうにしていた黒猫を抱きかかえた。

「・・・なんだ。
良い奴じゃん。」

信号が青になると、美里も黒猫に近寄っていく。

「あんた。
責任持ってちゃんと飼ってあげるんだよ。」

「はぁ!?」

「捨て猫は拾ったら責任持たないといけないんだよ。」

すると、その子は、猫を美里に近づける。

「ちょっと、何するのさ!?
って・・・鈴?」

首には、しっかり鈴が付いた首輪がしてある。

「って事は・・・。」

「飼い猫だろう、誰かの。
こういう場合は、安全な場所に放すのが良いのか?」

「私が知るわけないでしょー。」

「・・・。」

「あー、今使えない女だな・・・って思っただろう!?」

「いや、聞いた俺が馬鹿だったと思った。」

「・・・ひどっ。」

それから、近くの公園で黒猫を放すと、
その子も勝手に猫のように去って行った。


基本的に、人との触れ合いが苦手な美里。
昨日の黒猫の子は別。
猫の事となると勝手に行動に出てしまう。
猫が好きな事は、認めるとしても、
自分が、昨日とった行動を考えると、
とても、信じられない。

初対面の人相手にまともに会話出来る事が、
美里には、不自然なのである。
今だから、冴子とは自然な会話が出来る。
中学の1年から、同じクラスだった2人だが、
自然な会話が出来るようになったのは、
中学2年になる頃の事である。

とても、寒い日の放課後。
校門を出た辺りに、しゃがんでいる美里がいた。
真面目な冴子が、気にならないわけがない。
美里のしゃがんでいる原因の物が、
いったい何なのか。
それを確かめる為に、
わざとゆっくりと歩き、
その物を両目に映し出すと、
そこには、可愛い小さな子猫が2匹、
ダンボールに入れられていた。

「ちょっと、宮前さん!?
こんなところに捨てちゃ駄目よ。」

「え!?」

突然の状況にびくっとしてしまった美里は、
抱きかかえていた子猫をダンボールへと落としてしまった。

振り返ると、クラスメートの安達冴子が立っている。

「安達さん。
あの・・・その・・・。」

あたふたする美里。
その行動は余計、怪しさを増すばかり。

「とにかく、ダンボールを持って。
あなたの家は知ってるから、
一緒に行きましょう。」

「え!?
あの・・・。」

おどおどしている美里を制して、
ダンボールを持たせると、
引っ張るように、猫飯店へ向かう。

「ちょっと待って、安達さん。
この子猫たちはね・・・。」

「宮前さん。
猫だって生きているのよ。
それをこんな寒い日に・・・。」

「・・・は、はい。
ごめんなさい。」

とっさに謝ってしまったのは、
いつもの癖からだろう。
きつく言われると条件反射のように、
謝ってしまう癖が付いてしまっているのである。

学校から猫飯店に付くまでの間、
ずっと、冴子に説教させられたままの美里。

「さあ、家に入りなさい。」

「・・・それは、ちょっと・・・。」

「今更、なに?」

ガラッと入り口のドアを開けると、途端に猫が、
店の中へと入っていった。

「!?」

一番驚いたのは、美里の母。

「ぎゃああああああ!?」

猫飯店。
猫が好きなのは好きなのだが、
母は猫アレルギー。
決して近づけてはいけません。

それから、ようやく、美里は、冴子に事情を話す事が出来た。

「そ、そういう事だったんだ。
早く言ってくれたら良かったのに。
てっきり、捨てに来たのかと思ったじゃない。」

「だって、怒ってる人、相手だと、頭の中真っ白になって、
まず謝らないとって思っちゃうから・・・。」

「ったく・・・あんたらは・・・似たもの同士かいっ。」

「・・・。」

どこが!?
って2人とも思ったが、
なぜか自然に話している事に違和感はなかった。
なかなかクラスにも溶け込めない美里と、
誰とでも、適度には話せていた冴子だが、
お互いに、思った事は同じだった。

この子って良い人なんだ。

それが、1年近く一緒にいて、ようやく歩き出せた1歩だった。

その後、その捨て猫は、冴子の家で飼う事になった。
名前は、
白に黒の水玉のある方がにるる。
白に茶の水玉のある方がころる。
今でも、冴子の家に行くと、
仲の良い遊び相手になってくれる良い子たちである。



その日、学校では、とあるイベントが起きている。
茶道部による、お茶会。
参加は自由であるが、お菓子に目がない美里は、
毎月あるこのイベントを欠かした事がない。
2年になって始めてのお茶会。

「ねぇねぇ、さえちゃん、今日はどんなお菓子だろうね。」

テンションマックスな美里に引き連れられ、
正反対な冴子。
毎度の事なのだが、冴子は、あまり興味がない。
真面目な冴子ではあるが、
堅苦しい事は苦手なのである。
正座はもちろん、のんびりとしているし、
作法やらマナーなんかは、どうでも良いと思ってしまうのである。

ゆえに、毎月行われていても、
参加者と言うのは、常連と言っても良い。
常に参加している生徒と言えば、
美里と、それに同行する冴子の他には、
1人、2人くらいのものである。
それ以外の生徒は、暇だったからとか、
他の目的なのかもしれない。
茶道部と言えば、着物。
そうなれば、男子からは禁断の花園。
ここぞとばかりに、写真部やら、
怪しげな部が来るのである。

「美里ってさ。
茶道部にぴったりだよね。」

冴子が言うと、

「そう?
やっぱり、私ってお菓子好きに見える?」

「・・・。」

そういう意味ではない。
と言おうと思ったが、
今の美里に何を言っても、
数分後には、頭から完全に抜けているだろう。

のんびりな美里。
スローテンポな茶道。
まさに、天性の職かもしれないが、
本人は目的がお菓子なのだから、
茶をたてるなんて発想はないのだろう。
実に惜しいと思いながら、勝手に妄想する冴子。

ようやく、茶道部の生徒たちが、茶器を使い、
準備に入るが、ここからが長い。

無の境地。
それこそ、冴子が編み出した極意。
無心になる事で、この時間をやり過ごすのである。
はたから見れば、仏にも見えるほどの集中力。
だが、本人は何も考えてはいない。
しいて言えば、さっさと終われ。
その1つに限る。

お菓子にも満足したのか美里も、ようやく、
元のテンションに戻っていくが、
そのせいで、お菓子にしかなかった視線が、
大きく周りまで見渡せるようになる。

「あーーー!?
黒猫ちゃん。」

「・・・ちょ、先輩っ。」

まだ、お茶会の終わらない席で、
美里は大きな声を出してしまった。

辺りは静まり返るが、ぺこぺこ頭を下げると、
その場も収まる。

「なんで、黒猫ちゃんがここにいるの?」

「黒猫ちゃんて誰よ?
さっきの子?」

「そうだよー。
あの子は、黒猫の恩人さんなんだよ。」

「はぁ!?
恩人って・・・。」

冴子に、その説明では、何も通じない。

「・・・なるほどね。
そういう経緯があったのね。」

「あの子って茶道部だったんだ。
って、俺って言ってるし、男の子かと思ってたけど、
着物着てたし、女の子!?」

「・・・そうですけどー何か。」

美里と冴子が話している背後から、
片付けの終わった黒猫ちゃんが顔を出す。

「!?
やだなーもう。
そうならそうだって言えば良いのに・・・。
うぅ、目が怖い・・・。」

「・・・まぁ、俺って言うのも、見た目も男っぽいですから、
良いですけど・・・。
それと名前。
黒猫ちゃんは・・・南条流雲(なんじょう るん)ってのがあるんで、
適当に呼んで下さいよ。
黒猫ちゃんなんてあだ名になったら、
俺、やだよ。」

「そっかなー、可愛いと思うけど。
じゃあ黒ちゃん!?」

「いや・・・それじゃ名前と一文字もかぶってないし・・・。」



結局は、名前からとって、るんちゃんで落ち着いた。

「けどさー、茶道部で茶髪ってOKなんだね。」

「本当はもっと明るくしたいんだけど、
これ以上は辞めてくれって言われたから、
一応、部での決まりごとくらいはあると思いますけど。」

すっかり、仲良くなってしまった美里とるん。
今日は冴子が部活と言うのもあって、
2人でファミレスへ来ている。

放課後と言う時間でもあるから、
結構、学校帰りの生徒や、主婦たちもいるらしく、
店はそれなりに混んでいる。

「美里先輩は、したい部活とかないんですか?」

「部活?
考えた事ないよ。
あまりいっぱい人とかかわるの苦手だし、
家の仕事もあるしさ。
たまにこうして、ファミレスでチョコレートパフェ食べるのが、
私には部活かなーなんちゃってー。」

「・・・たまに、先輩が明るい人なのか暗い人なのか、
わからなくなりますよ・・・。」

「根暗なのは、あるけど、
慣れちゃえばベタベタくっついてたくなるんだよねー。
るんちゃんにもそうだよー。」

ぺたぺた

「・・・そういうの、あまり人のいる場所ですると、
危なく見えるかもしれないんで、
辞めた方が良いかもしれませんよ。」

「そうかなー?
普通にうちのお母さんもするけど。」

「・・・あの人と、常識を一緒にしない方が良いですよ。
あの人は、特殊な人なんですよ、絶対。」

「あれーうちのお母さん知ってるの?」

「ちょー有名じゃないですか・・・。
コスプレ猫飯店・・・。」

「そう?」

コスプレ。
そう。
猫のコスプレをしている美里の母。
確かに、歳もまだ34歳。
だが、ぎりぎりになりつつあるコスプレ。
それに、中華の店でコスプレ。
斬新過ぎるだろう。
この町で、猫飯店を知らない人間などいないだろう。
引っ越してきた人も、一度は興味本位で来てしまう。
美里はと言えば、
帰ってきて忙しい時は制服のままだが、
時間が空けば、猫のコスプレへと着替えさせられる。
おそらく、必要以上にミスをするのは、
そのコスプレのせいもあって、
身動きがとれにくいのだろうが、
母はその事に気が付いていなかった。

「そっか。
そんなに有名なんだ、うちの店。」

「自覚してなかったんですか・・・。」

うんうん。
とうなづきながら、
チョコレートパフェを食べきった。

「先輩って、他に何が好きなんですか?」

「他?」

「いっつもチョコレートパフェ・・・。」

「他はね・・・チョコとかアイスとか、
甘いものとか。」

「・・・もしかして、お菓子だけで、
他に食べなくても生きていけるキャラなんですか?」

「いやいやいやいや。
そんな事もないけどー。」

なぜか照れている美里。
決して頭の悪い子ではないが、
やはり通常の人間と比べると、
だいぶねじが取れているのかもしれない。

「それにしても、人見知り激しいなんて、
全然見えないっすね。
俺って結構、話し掛けにくいって言われるけど、
あの時だって、普通と言うか・・・。」

「私さー、猫の事になると強いのよ。」

「は!?」

「猫が大好きだから、
その事になると、頭が真っ白になって、
言いたい放題でさ。
さえちゃんともそうやって仲良くなったけど、
気軽に喋れるのってさえちゃんと、るんちゃんくらいだよ。」

「そんなじゃーいつまで経っても、
友達なんて増えないじゃないっすか・・・。」

「そんな事ないよー。
ほら、ここにも1人。
ちゃんと増えてるじゃん。」

笑顔で、指をさされると、
なぜか流雲は顔が赤くなってしまった。


夕方となると、混み具合も半端ない猫飯店。
昼間は、バイトを雇っているが、
この時間帯は、美里の出番になる。
もちろん、時給など発生はしない。
只のようなものだ。
しいて言えば、残り物を食べる許可を貰える権利が与えられる。
良く言えばそうだが、結局は、残り物なのだから、
後片付けになる。

それも、次の日の朝と昼にまで出るのだから、
3食、中華の日が毎日続くのである。
よほど中華好きな人でもそこまではしないだろう。
もしかしたら、最近の中国人でさえ、
そんな生活ではないのかもしれない。
日本人だって、常に和食なんて家庭は、
そうそうないだろう。

中国人よりも中国っぽい食生活をしている日本人が、
ここにはいるのである。

その日も、大慌てなまま美里の1日は終わっていくのである。
今日は美里の話ではなくて、
昼間に猫飯店でバイトをしている子の話をしよう。


猫飯店の営業時間は11時から20時。
9時には準備が始まり、10時頃には、
バイトの古永紗良(ふるなが さら)がやってくる。

とある事情から、定時制の高校に通っているらしく、
昼間出来るバイトを探していたところを、
たまたま、猫飯店にチャーハンを食べに来た紗良を、
美里の母が拾ったのである。

歳は美里と同じなのだが、
とても同じには見えないくらいに働きの良いバイトである。

見た目だって、美里と比べると、
お洒落をしているように見えるし、
しっかりしているように見える。

髪は多少茶髪で、天然パーマだが、
大きな目がとても可愛い子である。

今日も、忙しい昼時。
お昼でも夜でも、
食事時には、とても繁盛する猫飯店。

それでも、紗良が慌てる様子はない。
テキパキと注文を聞き、
出来上がった料理を運んでいく。
もちろん、猫のコスプレをして。

そんな紗良は、美里とは、会話をした事がない。
見かける事はあっても、
会話する内容も浮かばないし、
特に、知り合いというわけでもない。

バイトの時間も、たいていは、3時4時までなので、
美里が学校から帰ってくる時には、
ほとんど、店に残っている事はないのである。

中学も別の中学だったから、
紗良と美里には、接点がないのである。

紗良はバイトが終わると、
自転車で、家まで帰り、
つかの間の休息をとると、
美里と入れ替わるかのように、
美里の通う高校へと向かうのである。

陽も暮れて、全日制の生徒が部活動をしている中を、
教室へと入っていく。

定時制の生徒は全部で、16人。
年齢も性別も様々。
紗良と同じ歳の生徒もいるが、
見た目からして不良に見える生徒である。
だが、その見た目に反して、
授業になると、真面目になるという不思議な生徒である。

最年長は、60歳近いおじいちゃん。
生まれたばかりとは言え、
孫がいるのになぜ、今更、高校なのだろうか。
そう思っても、なかなか聞きだせるわけはない。

別に、紗良は、ここで、誰かと、
仲良くするつもりなんてない。

形式的な付き合いほど、つまらないものはない。
話しかけられれば、適当には答えるが、
それ以上の付き合いをする事はない。
それは、2年になっても同じなのだから、
周りも、そうそう、遊びの誘いなどをする事もない。

その日も、21時半。
17時半から始まる授業もようやく終わると、
教室を元通りに戻し、帰宅する。

外は当然、真っ暗。
自転車のライトを点灯し、
真っ直ぐに帰宅するのである。

紗良の家族は4人。
釣り好きでタバコ好きな一般的な会社員の父。
ピアノの教室を開く主婦の母。
小学生になったばかりの弟。
普通の家庭と言えば、普通かもしれないが、
確実に一般的ではない事がある。
それは、年齢である。
父は、40歳で普通なのだが、
母は、まだ24歳である。
当然、8歳の時に紗良を産めるわけではなく、
再婚である。
小学生になったばかりの弟も、
今の母の子。
紗良にとっては、居づらい空間なのである。


「ただいま。」

「おかえり、ご飯は?」

「猫で食べてきたから良いよ。」

「あっそう。」

素っ気無い会話。
母と言っても、歳は7つ程度しか差がない。
別に、母として認めないわけではない。
嫌いなわけでもない。
弟だって10個離れていても、
仲が悪いわけでもない。
父に関しても同様だろう。

それでも、自分だけが、
血の繋がりのない人間のように感じてしまう。

さっさと、汗のかいた服を洗濯機へと放ると、
お風呂へ入る。
既に、3人とも入った後。
いつも、最後に入るのは紗良である。
最初に入る父は19時前には入っている。
それから3時間は経っているわけで、
そうそうお湯も温かいとは言えない時もある。
そんなお風呂に1時間程度浸かっていると、
丁度良い感じに眠気が襲ってくる。
そんな時間に上がると、
既に、弟は熟睡し、
2人も部屋へ行っていて、
紗良も、そのまま自室へと閉じこもる。

紗良の部屋は、さっぱりしていて、
とても、年頃の女の子の部屋とは思えない。

タンスは収納されていて、
本棚が1つに、小さなテレビがあり、
勉強をする机がある。
机には、ピンク色のノートパソコンも置かれている。
色的には、そのパソコンだけが、
唯一、女の子っぽさを出しているが、
窓に掛かっているカーテンは濃い青だし、
ベッドも無地だったり、壁も青っぽさが目立つデザインであるし、
ポスターやなんかも一切ない。
本棚はと言えば、少女コミックでも並べていれば、
奇抜な赤で目立つだろうが、
そんな色は一切無く、
地味な色で敷き詰められている。

時刻は既に、24時近く。
その頃になると、ようやく、自分の時間がやってくる。
無音が嫌いな紗良は、おもむろにテレビを付けるが、
特に何かを見たいわけでもなく、
バラエティー系のチャンネルへ変えると、
パソコンの電源をオンにした。

小学生の頃からしている日常の行動。
それは、自分のホームページの更新。
最近ならブログやらなんやで、
簡単に自分の日記なんかを書けるが、
紗良は欠かさず、毎日、自分のホームページを更新している。
自分で撮影した写真と共に、コメントを付け加えて。
日記以外には、詩や、好きな言葉などを、
思いつくままに更新している。

今日の一枚は、夕暮れの商店街。
わざとピントをぼかして撮影してみた。
その加減が良い感じに、風景として現れている。

常連さんからのコメントに丁寧に返事をすると、
いつも見ているホームページを見る。
それこそ、紗良のしたい事へ繋がる場所。

その為にお金を稼ぐ。


次の日は休日。
朝から、忙しい。
猫飯店は今日も大盛況。
休日と言うのもあって、
美里も昼前には、猫のコスプレをして登場。
常連の客からすれば、
美里と紗良を同時に見られる良い日なのである。
機敏に働く紗良。
それに対して、のろ間な美里。
それをカバーする紗良の働き。
常連の客は、このアンバランスな感じが、
癖になるのである。

昼を過ぎると、それまでの混み具合が嘘のように、
店の客は誰もいなくなってしまった。

「あんたら、お昼にしちゃいな。」

こうなる事は稀にある。
同時に、お昼。
2人とも半ラーメンと半チャーハン。
1人前ずつ出せば良いものを、
わざわざ半物に分けてくれたのである。

「・・・。」

店のカウンターへ並んで座る2人。
何を話したら良いのかも分からない。


沈黙の中、ラーメンをすする音。
チャーハンをスプーンですくう音。
口の中でもぐもぐする音。
それから、洗い物をしている音。
店内にかかっているテレビの音。

紗良は、先に食事を終える。
しばらくは、テレビを見ていたが、
チラチラ見ている美里の視線に気が付かないわけがない。
紗良にとって、そういう態度が一番嫌いだった。
何か言いたいのならはっきり言えば良い。
態度に出さないのなら気にもならないが、
視線と言うものは、意外と、分かるもの。
隣から、その視線があれば、
気が付かないわけがない。

紗良はそれでも、話す気はない。
美里のように、人の気を伺うようなタイプは、
余計に、苦手なのである。

「・・・。」

チラっと見ると、美里は何か言いたそうにしている。
こうして、同時に昼食を取る事自体あまりないが、
前回やその前などを思い返しても、
そんなそぶりはなかった。
それを思うと、何を言いたいのかが気になるが、
それで、自分から話し掛けては、
自分のプライドが許さない。
紗良はイライラしながらも、
それまで、テレビの方を向いていた体を、
美里が話し掛けやすい体勢に変えてみる。

すると、美里の視線がある場所へ移った。

「あっ。」

美里が何を言いたかったのか分かった。
なぜかナルトが、太ももあたりにくっついていたのだ。

「・・・ありがとう。」

とりあえず、お礼を言っておくが、
美里は余計にアタフタしている。

「どうしたの?
他にも何か付いてるとか・・・。」

紗良は、冷静に体中を見るが、
他に何かついている様子もない。

「そうじゃなくてね・・・ナルト・・・。」

「うん。
もう大丈夫だから。」

「そうじゃないの。
ごめんなさいっ。」

「え!?」

突然謝る美里に、紗良は意味が分からない。

「どうしたの?」

「そのナルト・・・私の。」

「・・・。」

無言で、箸で掴んだナルトを、
美里のラーメンへと返した。

「本当にごめんね。
まさか飛んでいくなんて思わないもんね。」

いったいどんな箸の使い方をしているのよ。
とか思いながら、良いよ良いよ。
と、言って、自分の食器を片付けに行こうとする。

「ちょっと待って。」

「ん!?」

「せっかく、休憩時間なんだし・・・
その・・・あの・・・何かお話したいなって。」

「・・・。」

無言のまま席に座り直す紗良。
そして、睨むように、美里を見つめる。

そんなに見つめられると、
美里も何も話せない。
当然、そんな子だと言う事を、
紗良も知っている。
知っていて、そうしているのである。
話す事なんて、何もないのだから。



「紗良ちゃんって、どうして、働いてるの?」

「・・・。」

まともに会話をした事もないのに、
いきなり、ディープな内容。
当然、本気で答える気にはならない紗良。

「昼間は暇だし、ここのご飯好きだから。」

「そ、そうなんだ。」

「・・・。」

別に、気持ちが分からないわけじゃない。
紗良も、美里が頑張っている事には、気が付いている。
それでも、仲良くなろうとはしない。

いついなくなるかも分からない相手と、
必要以上に仲良くなる気分ではないのである。

そう。
自分を捨てて行った実の母親のように。

「紗良ちゃん、どうしたの?」

「・・・何でもない。
休憩は終わり。」

スッと立ち上がろうとした紗良は、
体勢を崩して、急に倒れてしまった。

「!?
紗良ちゃん!?」


1時間

「・・・。」

「あ、目覚ました?」

「・・・。」

まだ、状況が飲み込めていない。
周りを見ると、見た事もない部屋。
自分の部屋ではない。
だが、目の前にいるのは、美里。
なぜか心配そうに自分を見ている。

「ここって・・・。」

「あ、うん。
私の部屋。
ちょっと待ってて。
お水持ってくる。」

「・・・。」

1分もしないうちに、
美里はコップに水を入れて持ってくるが、
いつも通り、ぎこちない動き。
それを、初めて、じっくり見てしまった紗良は笑った。

「何で笑うのよー。」

「だって、あははっ。」

「もう・・・。
せっかく水持ってきたのにっ。」

「ごめん、ごめん、貰うよ。
ありがとう、み・・・美里。」

美里がぽかーんとしているのをよそに、
水を一気に飲んでいくと、急に、

「初めて名前で呼んでくれたーっ。」

「ぶーっ。」

「わわわ!?」

急に変な事を言う美里に、
紗良は飲んでいた水の大半を、
目の前にいた美里に浴びせてしまった。

「・・・。」



「酷いなーもう。
びしょびしょ・・・。」

タオルで拭きながらも、まだ文句を言っている。

「ごめんてば・・・。
けど、宮前さんが悪いんだよ。
あんな事言うから。」

「あーもう。
名前で呼んでよ。
せっかく1回言ってくれたのに。」

「やーでーす。」

「2人とも・・・何してるんだい・・・。」

美里の母の登場で我に返った2人。
その後、倒れた紗良を残して、
美里は、再び店へ戻った。


その後、何事も無く帰宅した紗良。
それを心配する美里だったが、
美里は紗良の家系を知らない。
息の詰まる家。

そんな事を、知る由も無い。

学校ではいつものように、冴子がいて、
のんびりと、くだらない会話をしている。
授業中にだって、
ノートをちぎって、
ずっと会話をしているくらいだ。

放課後になれば、
茶道部に見えない茶道部の後輩、るんちゃんを誘って、
ショッピングをしたりもする。
美里と冴子と流雲。
周りが見れば、どんな共通点があって、
一緒に行動しているのかさっぱり分からない3人だろう。

ショッピングと言っても興味のあるものは違う。
美里は、猫が好き。
小さいものが好き。
部屋の中もごちゃごちゃしていて、
掃除するのがとても面倒になっている。
冴子はと言うと、殺風景ではないが、
それほど、物を置いていない部屋。
お気に入りの小物なんかは、
しっかりとケースの中に入っていて、
出来るだけほこりが溜まらないように工夫をしている。
流雲は、思った通り・・・かと思えば、
部屋は案外、女の子らしくなっている。
ぬいぐるみが大量に並んでいて、
棚には小物も綺麗に並んでいる。
カーテンなんかも、綺麗な薄いピンク。
レースのカーテンもひらひらが付いていて、
可愛らしいタイプのものとなっている。
だが、それは、誰にも言えない秘密でもあった。
あくまでも男らしい自分を、
外では見せていない。
それが、流雲なのである。

美里は、ペットショップを見る事が好き。
猫だけではなくて、
他のペットたちも大好きなのである。
一般的には嫌われがちな爬虫類なんかも、
平気で触れてしまうのが美里。
それを見ている2人は、なぜ、美里が平気なのかが、
さっぱり分からない。

「どうしてー?
こんなに可愛いのに。
よしよし。」

そう言いながら、トカゲをなでたりしているが、
2人は一生、理解出来ないだろうと思っていた。

それに比べて、ハムスターや、フェレット。
ミニチュアの犬たちなんかは女の子には、
人気が非常に高い。
自宅でも飼えるし、
なんと言っても可愛い。
2人は、爬虫類なんかと戯れる美里を置いて、
そっちへ行ってしまう。

「もう。
2人とも勝手にどこ行っちゃってたの。」

ぷんぷんと怒っている美里を、
なだめるように、冴子が、なでなでをすると、
美里は猫のように冴子抱きつく。
が、とっさに、冴子のビンタが美里の頬を叩く。

「いたひー。」

「あ、ごめん。
つい。
蚊と間違えた。」

「蚊・・・。」

そう言われると、美里が、
どんどん蚊に見えなくもない流雲だった。

次は、冴子のお気に入りのお店。
それはよく、旅行先で買うお土産のある店。
別によそから来たわけでもないのに、
地域の特産物が置いてある店が好きなのである。
食べ物もそうだが、
特に、地名の入っている小物には目がない。
だが、どれだけ探しても、
旅行先ではないから、地元の名前しかないのは当たり前である。
他の2人は見る気もなく、ただ、冴子の後に付いていく。
その顔は、何も考えない無表情。

「先輩・・・よく毎回耐えられますね。」

「無心だよ・・・無心。」

「・・・。」

最後は、流雲。
だが、本当の趣味の店に入るわけにはいかない。
その店を通り過ぎると、
適当な店に突入する。

「・・・流雲ちゃんって、こういうの趣味なの?」

「そ、そう。
そうなんですよ・・・。」

「・・・。」

その店は、楽器屋。
だが、以外に、楽器は多少出来る流雲。

流雲はキーボードの前に立つと、
適当な曲を弾いてみる。

「わー凄い。
ピアノ出来るなんて凄いね。」

「これくらい小学校でメロディオンでしますよね・・・。」

「この子は、楽器全然駄目だからね。」

「だってさー楽器ってなんで音が出るのかって考えると、
不思議すぎて、手を動かすのとか忘れちゃってさー。」

妙な説得力に流雲も納得してしまった。



紗良が来たのはレンタルショップ。
だが、何かを借りる為ではない。
目的は、隣の店。

そこは、電気屋である。
開店前についつい来てしまう。
そんな時は、30分ほど隣のレンタルショップで、
時間を潰すのであるが、
ふと話し声が聞こえる。

「あれって、チョー怖いんだっけ?」

「そうそう、子供が、どんどん殺っちゃう奴っしょ。」

「・・・。」

あっさり内容を言ってしまうギャル系の2人。
そばには、中年のおじさんがいたが、
手にしていたそのDVDを戻していた。


紗良の今日の目的は、
意外にもカメラ関連のものではない。
そして、パソコン関連のものでもない。
部屋に置く小さな扇風機を探しに来た。
普通の扇風機はあるが、
ある意味衝動買いと言っても良いミニ扇風機。
まだ、4月だが、USBで動く扇風機が気になってしまった。

選ぶほどの種類もなく、色が違うだけ。
白、黒、青、赤。
迷わず、白を選んで購入。

満足したまま、店を後にすると、
さっきレンタルショップにいた2人を発見した。

「・・・。」

こっちの視線など、まるで気にしないような2人。
大声でしている会話からしても、
その格好などからでも分かる。

どうでも良いや。
そう思った瞬間。
目に飛び込んできたのは、
美味しそうなクレープ。
かと、思えば、どこからともなく、
漂ってくる甘い匂い。

最近出来たクレープ屋さん。
甘い匂いの元凶はそこからだった。
女の子なら、誰でも、
この甘い匂いには、勝てないかもしれない。
紗良も、その甘い匂いには勝てなかった。

勝手に、足が向き、
勝手に、注文してしまう。

薄く焼かれる皮。
そして、絶妙なタイミングで乗せられる生クリームに、
バナナとトッピングたち。

「はい、おまち。」

「ありがとう。」

クレープを受け取ると、
嫌でも笑顔になってしまう。

歩きながら、食べると、
なんだか、自分が少し恥ずかしい。
はたから見たら、
行儀の悪い行為に見えてしまうだろう。

側にあるベンチに腰を掛け、
ゆっくりと、クレープを食べ終わると、
ゴミを小さくまとめ、
ポシェットに入れると、歩き始める。

ぶらぶらと、商店街を歩くだけ。
特に、興味を持てる場所もない。

猫飯店の前を通り過ぎると、
今日は、暇そうにしている美里の母が、
座ってテレビを見ているのが見えた。



家に着くと、すぐに、
買ったばかりのUSB扇風機をパソコンへと取り付ける。
オンで簡単に扇風機が回る。
そして、すぐに、オフにする。

「・・・。」

こんなものか。
そんな表情を見せたかと思うと、
USBから取り外し、棚の中へとしまってしまった。


「アルベルト、今日こそ、姫様を返してもらうぞ。」

「ふん。
交換条件だ。
国を捨てるのならば、返してやろう。
何度も言わせるな、ダルク。」

重々しい甲冑をまとった2人は、
にらみ合い、そして、剣を交える。

実力は互角。
何度剣を交えても、
決着が付く事はない。

後ろで見守る、それぞれの味方。
その数は数百。
だが、手出しはしない。
これはあくまでも、2人だけの戦い。

勝つか負けるかまで、永遠と続く戦い。

だが、それをしているのは、羊。
羊が2本足で立って、
大きな剣と盾を持っている。
それに甲冑。
違和感バリバリな格好である。

そして、戦いは決着を付けないまま、
終わりを向かえ、
それぞれの城へと帰るのである。

朝を迎える前に。



「今日も、妄想してたわけ?」

「妄想なのかなー?
実は、私の頭の中には、羊さんが住んでいて、
朝になるから起きなさいって、
言ってくれてるのかもしれないじゃないかなー?」

「誰もそんな夢なんか見ないってば。
夢の中まで、普通じゃないなんて、
やっぱ、美里は変わってる。」

「そんな事ないってば。
普通に、毎日起きれる冴子の方が変わってるよ。」

「・・・あのね。
皆、高校生にもなれば、自分で起きてるってば。
美里くらいなもんだよ、夢見ない日は、起きれないとか・・・。
それも、羊が決闘って・・・それで良く起きれるよね。」

「うんうん。
今日もすっきりでさー、
あの夢は、きっと、目覚めに良い効果があるんだよ。」

「はいはい。
授業始まるからねー。」

「・・・。」

美里の妄想には付き合いきれない冴子は、
さっさと、正面を向き、
授業の準備を始めた。

「連れないなーさえちゃんはー。」

「・・・。」

誘ってみても、聞こえないふり。
冴子は、授業に寄って集中力が違う。
英語や現代文、政治なんかの時には、
話しかけても返事があまりないのである。
典型的な文系の人間と言える。
それに比べて、美里は、
どれも集中しないタイプである。
というか、人生の中で集中した事など、
そうそうある事ではない。
それこそ、寝ている時が一番集中してる。
なんて答えを言いそうなタイプなのである。

仕方ない。
諦めて、美里も教科書を取り出した。
が、その時、ある事に気が付いた。

教科書から、はみ出している紙切れ。
それが見えた時、あれを思い出したのである。

「さえちゃーん。」

情けない声で呼びかえると、
無言で二つ折りにされたプリントを、
手渡ししてくれる。

「ありがとーさえちゃん。」

だが、その二つ折りになったプリントを開くと・・・

「これ、なんだよー。」

思わず立ち上がり叫んでしまう。

「さえちゃん、これじゃないでしょ。」

と、言って、開かれたプリントを、
冴子の机に見えるように置く。

「あれ、違うの?
てっきり、昨日テレビでしてた、
巨大パフェの情報が、欲しいのかと思って。」

「いやいやー。
欲しかったけど、今は違うよ。
今だからこそ必要なものがあるでしょ。」

「なんだ。
そっち。
それならそう言ってくれたら良かったのに。」

次こそ、宿題のプリントだ。
そうに違いない。
そう思って、開くと・・・

「だから、なんでだよー。
角度違うだけで、同じパフェの画像じゃないかよー。」

再び教室中の注目を浴びるが、
それどころではない。

「さえちゃん、もうそろそろ英語のプリントを・・・。」

「・・・。」

今度こそ英語のプリントだ。
だが、それは、美里の方へではなくて、
先生の方へと渡ってしまった。

「また、忘れたのは、宮前だけか。
本当、仕方ない奴だな、お前は。」

「いやー昨日は、うちにいる羊が、
勝手にプリント食べちゃって。」

「・・・宮前。
嘘をつくならもっと上手い嘘にしろよ。
それに、紙を食うのは羊じゃない。
ヤギだ。」



それは、とある部活の話。
誰が作り出したのか。
何をしているのか。
部員数はどれだけいるのか。
果たして部活と言って良いのかすら危うい。
それが、ミステリー研究部。
冴子の所属している部活である。

週に一度ある集まり。
だが、集まる場所が不思議なのである。
通常ならば、どこかの教室でミーティングがあったりと、
学校内で行うものなのだが、
ミステリー研究部だけあって、
誰が所属しているのかを明らかにしない。
その為に、部活を行う場所はいつも、自宅である。
自宅から、パソコンを繋ぎ、
指定されている場所へと移動する。

そこには、誰が作ったのか、
ミステリー研究部のホームページ。
そして、チャットをする部屋が存在している。
みんな、そこで集まるのである。

名前もハンドルネームと言って、
本名ではなく、ネット上での名前を使っている為に、
部員同士も誰が誰なのかを100%把握出来る人は、
存在しないのかもしれない。

第一、全員が集まったのかすら分からないのだから、
始めるタイミングも適当である。

そして、何を話すかと言えば、
学校の愚痴だったり、
普段学校であった面白い場面の写真や、
先生の顔を加工した写真などを見せたりする。

まぁ、簡単に言えば、ミステリーなどではない、
ただの写真部とか、パソコン部、
あるいは、お笑い研究会的なものかもしれない。

なぜ、ミステリーとか付けて、
何をしているのか分からない状況になったのかと言えば、
まさに、先生の写真の加工なんかが、
公にでもなれば大変な事だからである。

こうして、そんなやり取りが永遠と続き、
日をまたいだ辺りで、皆解散となるのである。


流雲の休日。
それは、平日とちょっと違う生活。

男っぽく、ジーンズをはき、
ジャケットを着て、
帽子を深く被っている。

ポケットに両手を突っ込み、
歩く速度も速い。

これから、デートにでも行くかのような男の子。
そう見えなくもないが、
間違ってはいけない。
流雲は正真正銘、女の子である。

そして、流雲の趣味のひとつ。
徒歩であちこちブラブラする事である。

今日は、新しく開発されている土地。
海を埋め立てて、土地を増やし、
住居を作ったり、
アミューズメントパークを建てたりしているのだ。

まだ、完成までは、数年はかかるとされているが、
一部は解放されていて、踏み込む事が出来る。

地面は、普通の所よりも平らになっていて、
色も白っぽく、
コンクリートの上を歩くよりも弾力があって、
非常に歩きやすい。

営業している店は、まだほぼないのだが、
ところどころには自動販売機があって、
観光用としては、使えるように、しているのだろう。
高層マンションなんかも建てられてはいるが、
まだまだコンクリートがむき出しで、
完成までは、時間がかかりそうである。
そのマンションの手前には、広場があって、
小高い丘になっているところに、
誰かが座っている。

「あっ。」

目が合った。
向こうは、合ってないのかもしれないが、
流雲からは、確かに、合ったのだ。

その人は、どこを見ているのか、
ずっと遠くを見ているようにも見えた。
流雲が視界に入っていても、
さらにずっと後ろの、
ずっとずっと遥かかなたを見ているのかもしれない。

流雲から見て、その人は、
同じくらいの歳で、可愛い女の子だった。

そして、立ち上がった女の子。
流雲は、なぜか、アタフタしてしまったのだが、
その女の子の手には、カメラがあった。
それを見て、流雲は静止した。

カメラを構える女の子。
その様子がとても、神秘的に見えた。
だが、その構えもすぐに終わると、
ずっと流雲の方を見ている。

「・・・。」

無言の圧力のようなものを感じた。

もしかして邪魔!?

そう思うと、
流雲はそう思うと、引き返したくなった。
だからと言って、その子が先にいただけで、
ここは、誰にでも解放されている場所。
逃げる必要なんて、どこにもない。

負けない。

そう心に、思うようにして、
流雲は、その子のいる丘へと登っていく。

全然知らない人だが、
怒っている様子ではなかった。
2つあるベンチのもう一方の方へ座ると、
少しだけ落ち着いた。

隣にいる女の子を見ると、
再びカメラを構えている。
いったい何を撮ろうとしているのだろうか。
カメラの先を流雲は、見てみるが、
そこには、建設中の建物ばかりで、
綺麗なものなんて何もない。

それでも、真剣にファインダーの向こう側には、
四角い世界が広がっていて、
今、この瞬間を、おさめようとしているのかもしれない。

カシャ
カシャ

何枚も、
何枚も、
シャッターを切って、
なんの変哲もない風景を撮影している。

しばらく、
音がやんだと思うと、
なぜか、カメラはこちらを向いているが、
撮影するわけでもなく、
カメラから顔を離すと、無言のまま、
立ち去ってしまった。

「・・・。」

一人残された流雲は、
ポツンと、ただ、たたずんでいた。


学校の放課後と言うものは、
教師にとって、気楽な時間にもなり、
その真逆にもなる。

何もなければ、17時を過ぎれば、
その日の職務をまっとうしたとなり、
帰宅となるのだが、
テストの時期ともなると、話は別である。

今日も、その答案との格闘が始まる。
1クラスおよそ、40人。
そして、受け持っているクラスは、
8クラスにもなり、
単純に計算しても、
同じような答案を320回もマル付けをするのである。

時には惰性で、間違いのところを、マルにしてしまうケースもある。
人間だから仕方ないだろう。

美里と冴子の担任で、
物理教師の山本は、機械的な動きをさせながら、
マル付けを進めている。
周りから見ると若干気持ち悪さもかもし出し始めている。
それほど、マル付けは地獄の作業なのである。

これが、
全てコンピュータを使って入力する状態になればどうだろう。
それまで面倒だったマル付けは一切なくなり、
機械が勝手にマル付けをしてくれる。

快調に、飛ばしていたマル付けだったが、
ある生徒で、ピタッと手が止まった。

宮前美里。

答えは合っている。
合っているのだが、
計算が途中でミミズになっている。
さらには、最初にあるべきの、
公式がない。
いったいどんな計算をしたのか。
通常ならば、マルは付けられないのだが、
その問題に関しては、計算式の点数はなく、
答えのみを点数としていた。

ひとつの山場を越えた。
そう思って、美里の答案を裏返した時、
愕然とした。

「なんで、ナルトが付いてるんだ・・・。」



「今回は予想より悪かったよ。」

「悪いって言っても、そこそこ取れるくせに、
やだなーさえちゃんは。」

「・・・。」

実際に、答案を見合わせると、
美里64点に対して、
冴子は88点。

「・・・。
どこが悪いのよー。」

「だって、この前は、94点だったから。」

いつもの、テンション下がった声で、
言われると、どう対応して良いのかわからない。

まぁ、元々レベルが違う。
物理で、勝てるわけがない。

そう思おうとしたが、
その次の数学も、英語も・・・。

「全教科全敗なんて、
やっぱりさえちゃんは凄いなー。
もう参っちゃったよー。」

「えっへん。」



テストの答案も全て返って来て、
無事に、追試もない。
そう思うと、ようやくテストから解放された気分になる。

無理やり、流雲も誘って、3人でカラオケへ行く。
今はやっている曲から、
懐メロ、アニソン・・・
日ごろのストレスを発散するかのように、歌いまくる。

「あ、パフェ頼まないと。」

「先輩は、本当パフェ好きですね。」

「そうなんだよー。
パフェのある店は注文率100%だから。」

そう言いながら、電話で、店員にパフェを注文。
食べ始めた美里は、もはや、
カラオケに来ている事すら、頭にはない。
2人で歌いまくるカラオケは、
結構ハードで、歌う曲もなくなっていく。

「ちょっと、食べてないで歌いなさいよ。」

「・・・。」

2人の声も届かない別の世界で、
一人、パフェを食べ続けていた。



夏休みと言えば、アイス。
宮前家の冷凍庫には、アイスが大量に入っている。
毎日、アイスを食べる子が存在しているからである。
その名は、美里。

クーラーの効いている店内は涼しいが、
店内でクーラーを使っていると、
自宅の方は暑くて、大変なのである。

両方を同時に付けると、
すぐにブレーカーが落ちてしまうため、
店が開いている時間帯は一切、付けられない。

その為に、アイスが必需品なのであると主張するが、
本当は、アイスが好きなだけなのである。

だが、そんな好きなアイスでも、
美里は、1日1個の約束をしっかりと守っている。
それは過去に、食べ過ぎて風邪を引いた事があるからである。

まだ、美里が、小学生の頃。
店の仕事もまともに出来ない年の頃。
店にいられるのも邪魔で、
暑い自宅の方で、耐えていた美里が、
アイスを食べまくる事になるのは、
避けられるものではなかった。

それでも、おそらく、食べすぎたのだろう。
冷凍庫にあった10個以上のアイスが、
短時間で消えてしまったのである。

暑くて、食べていたアイスだったが、
冷えすぎて、寒くなったのは言うまでも無い。

その時から、
美里は、アイスを1日1個までとしたのである。

その代わり、お菓子は余計に食べている。
クッキーが好きで、
無くなっては買う。

だが、太らないのは、体質らしい。
そのおかげで、今日も、プールへ来ている。

「さえちゃんどうしたの?」

「な、なんでもないって。」

冴子は、お腹の辺りを気にしている。
だが、そんな事には、さっぱり気が付かない美里。

「美里は、なんで、スタイル良いんだ。」

「え!?
べ、別に良くないでしょ。」

美里は、必死に胸を隠すが、
冴子は、その部分じゃないと、手を振る。

確かに、胸は美里よりも、冴子の方に軍配が上がるが、
どちらが痩せているかと言えば、
完全に、美里の方だった。

だが、そんな事を気にしていたら、
楽しめないのがプール。

プールと言えば、メインはやはり、
ウォータースライダー。

登るまでが大変だが、
大きな、浮き輪に乗って、
流れ落ちる時間は至福の時。

2つ繋ぎの浮き輪に2人で乗ると、
一気に、流れ落ちる。

前に乗った美里は、
無駄に、騒ぎながら、楽しんでいたのだが、
後ろに乗った冴子はと言うと、
下まで行く頃には、
ぐったりしていた・・・。

「もう、苦手ならそう言ってくれたら良かったのに。」

「・・・こういうの初めてだったし、
平気だと思ったんだけど・・・。」

平然を装うとしているが、フラフラしている。
美里は、冴子を休憩させると、
一人元気に、何度もウォータースライダーの乗っていた。



紗良が店で倒れた。
それは、2回目の事。

人がそうそう、ブラックアウトするなんて事はない。
よほど、摂食、欠食をしているとか、
体内から血でも吸われない限り、
店内で、貧血にもならないだろう。

目が覚めるまでは30分程度。
いったいなんなのだろう。
美里にも美里の母にも、
見当が付かないが、
目を覚ました後は、平然としている。

「本当に平気なの?」

「平気だよ。
最近ダイエットしてるからかな・・・。」

「そ、そうなんだ・・・。」

する必要があるのかと言われれば、
おそらく、必要のないスタイルをしている。
だが、本人が大丈夫と言うのなら、
それ以上心配しても、
何も答えはしないだろう。

しかし、もう他人ではない、
大切な猫飯店の従業員である紗良に、
もしもの事があったらと思うと、
2人は、中華以外に、何も食べる気分には、
なれないくらいの心境だった。



紗良の家。
以前にも話したとは思うが、
母は再婚の人で24歳。
6歳の弟はその母との子。
父は、紗良よりも、その2人を大切にしている。
母も当然、紗良の事よりも、
自分の実の子と父を大切にしている。
それを知っているから、
紗良は弟と、見せ掛けの兄弟を演じている。
弟には、何の罪もないと言うのに。

自宅へと帰る事が、一番の苦痛だが、
本当の苦痛は、どこへいても、
本当の自分が存在しない事。

自宅にいても、
一人でいても、
バイトをしていても、
どれもこれも、周りを気にしている。
出来るだけ人を避け、
自分らしさを出さない。
そうする事で、傷つけたり、
傷ついたりする事から逃げている。
何にでも理由をつけようとしてはいるが、
結局は、自分が、これ以上傷つきたくないのである。

誰も信用しない。
何も信じない。
自分の事は自分でする。

早く自立したい。
それが、望みだった。

だが、問題がいろいろある。
その中でも地番の原因になりそうなのは、
貧血。

心当たりはある。
あるのだが、認めたくは無い。
母親と同じ白血病。
紗良の母親、古永君江(ふるなが きみえ)は、
16年前、紗良を生んだ後に、
白血病の為に、二十歳で亡くなった。
当時の事を紗良が記憶している事はない。
だが、紗良の父親は、紗良を憎んでいた。
紗良を身ごもっていた君江は、
自分の治療で、子供が傷付く可能性のある、
放射線治療などを全て拒否をして、
命を懸けて、紗良をこの世に、生んだのである。
生んだ直後に、治療や手術を試みたが、
既に遅かった。
紗良が、1歳になる前に、君江は、
この世から去ってしまったらしい。



冴子の日常。

部屋で飼っている猫。
にるるところる。
3年近く前に中学校の校門のところで、
美里が捨てたと思ってしまった子猫である。

当時は、生まれたばかりだった子猫たちも、
3年もすれば、十分に大人である。
ずっと、冴子は自分の部屋で、
2匹の猫を育ててきたから、
猫たちとの信頼も厚い。

当初は、部屋のカーテンを破いたり、
壁を引っかいたり、
指定の場所でトイレをしてくれないなど、
しつけは大変だったのだが、
熱心な冴子にかかれば、
猫たちも理解するまでに、
そうそう時間はかからなかった。

それからは、本当に冴子が、母親のように、
2匹を育てていった。

性格は、飼い主に似るというが、
その通りで、猫にしては、
冷静で、慎重なところが多々ある。

警戒心とも、とれるが、
マナーもある猫と言うべきかもしれない。
気心の知れた仲ならば、
猫の方から近寄っていく事もある。

事実、美里が冴子の家へ遊びに行くと、
部屋へ行く前に、
猫が迎えに来てくれるくらいに、
慣れているのである。



冴子の日常2。

それは、集めたお土産の数々。
特に遠くへ旅行をしているわけではなく、
バスでいける先程度のところにあるお土産屋さんのお土産。
旅行客でもないのに、
地元のお土産を買うのが楽しいのである。
時には、ペナント。
うちわにパズル。
ハンカチ、キーホルダー。
ストラップにぬいぐるみ。
いつからか、そういうものを集めるようになっていた。
昔から、人のしない事をする事が好きで、
わざと、人と逆の事をして、
人を驚かせたり、
トマトケチャップを服に、べったりつけて、
家の前の歩道に寝っころがったりしていた。



なぜ、そんな性格なのかと言えば、
やはり両親が共働きだからなのである。
兄弟もいなく、家に一人でいる時間が多い。
それを紛らわせるのが、今は猫。
昔は、それもなく、
なんとか、親の気を引こうとした結果なのだろう。
子供は子供なりに、結構いろいろと考えているものである。
それは、とても、浅はかな事で、
どうしようもない事かもしれないが、
子供の方がいつだって必死なのである。

それはやがて、お土産を買う事に繋がっていく。
冴子自身が、お土産そのものなのである。
沢山のお土産の中にいる冴子を、
早く見つけて欲しい。
捻じ曲がった冴子の心。

その事に、冴子の両親が気が付く日はこないだろう。
冴子も、既に、それを望んではいない。
良い点数を取る事も、
小学校での発表会なんかも、
どれだけ努力をしても、
褒められた事など、一度もないのだから。

褒められもせず、
怒られもせず、
本当の自分を見てくれない両親。
いれば良いと言う物でもない。

だから、冴子は、もう、何もしない。
それが、冴子の日常なのである。


流雲は、朝起きると毎日欠かさずしている行事がある。
それは、挨拶。
部屋にいるぬいぐるみたちに挨拶をして、
それから、既に、起きている両親へ挨拶をする。

父は既に、朝食の途中で、
新聞を読みながら、
マーガリンを塗ったトーストを食べている。
おかずは毎回、目玉焼き、ウインナー。
目玉焼きにはしょうゆで、
ウインナーにはケチャップとマスタードが付けられている。
飲み物は紅茶。
替り映えのしない毎朝の日常。

流雲の父は、真面目な性格をしている。
学生の頃はずっとバスケットをしていて、
キャプテンまで勤めたほどである。
時間にはうるさく、常に腕時計をしていて、
時間を気にしているのである。

母は、料理好きであるが、
真面目な父のせいもあって、
朝ご飯は、常に同じなのである。
その分、昼や夜は手の込んだ料理が並ぶ事も良くある。
料理好きな人はよく、掃除が苦手とか、
他に欠陥がある人もいるらしいが、
好きとは言わないまでも、
人並みには、掃除もしている。
それから、絵が好きで、
自分の部屋には、絵を描く為の道具が色々と置いてある。
中へ入ると、常に、油の匂いと、シンナーの匂いがする。
流雲にとっては、それが母親の匂いになっているのは、
言うまでも無い。

そんな2人の共通点は、温泉。
2人ともお風呂が好きで、
よく週末には、お風呂へ行っている。
おにぎりと、適当なおかずを持って、
南の方にある温泉街へと、
飽きずに、よく行くものだと思っている。
以前は、流雲も誘われていたが、
温泉は嫌いではない。
むしろ、行きたいのは行きたいのだが、
あまり両親と温泉へは行きたくなかった。
買い物や、食事ならば良いのだが、
温泉は少しわけが違う。
のんびりする場所のはずの温泉なのに、
時間にうるさい父がいると、
自分のペースでのんびりなんて事は、
一切かなわないのである。
それなら、家でのんびりするか、
散歩でもしていた方がよっぽど充実した1日を過ごせる。

だが、一人が好きなわけじゃない。
優しくて、頼れるお姉ちゃんが欲しい。
ずっと、ずっと小さな頃からの思いだったが、
両親に子供が出来たとしても、
それは妹か弟。
頼れる姉兄が、流雲に出来る事はない。

それどころか、妹弟もとうとう出来ずに、
高校生になってしまった。
それでも、その望みは、消える事が無い。
流雲が男の子っぽくしているのも、その為なのである。
女の子は年下の男のに甘えられるのが好き。
なぜかそういうイメージになっているので、
自分はボーイッシュになってしまったのである。
もちろん、それは外での事で、
部屋は、以前にも言ったように、
バリバリ女の子の部屋となっている。

流雲が狙っているお姉ちゃん候補。
それは、茶道部の部長。
3年生の須藤結依(すどう ゆえ)。
大人っぽくて清楚。
腰まであるストレートのさらさらしている髪が、
それを、更に、思わせてくれるのだろう。
もちろん、和服姿も可愛いというか、
綺麗に、そして、上手に着こなすのである。
だが、その完璧な容姿と性格だけに、
近寄りがたいところもある。
流雲のそんなお願いなど、聞いてくれるかもわからない。
部長をしているくらいだから、
面倒見は良いのだが、
それと、これとは、別問題だろう。

それに、最近は、美里や、冴子という、
先輩とも、仲良くしている。
だが、どっちも、頼れるような雰囲気はなかった。
美里は当然として、
冴子は、流雲から見ていて、
世間に対して、無関心に見えていた。

だから、今の候補は、茶道部の部長である、
結依くらいなのである。

今日も、放課後は、茶道部の部室へと向かう。
最近は、美里の誘いもあって、
出られない時もあったが、
やはり流雲にとって、この場所は、
結構落ち着ける場所となっていた。



美里の日常。
言うまでも無く、
学校と家の手伝いがメインの子。

性格は知っての通り、のんびり屋。
悪く言えば、鈍い子である。
慎重派というわけではない点からすれば、
後者の言い方が正しいかもしれない。
それに、どちらかと言えば、
思い立ったら即行動してしまうタイプで、
性格と性能が一致していない事は、
とても、悲しい事かもしれない。

だが、そんな性格で、性能の美里は、
決して、暗いわけではない。
仲良くなるまでは時間がかかる事もあったりすような、
人見知りだが、
一度仲良くなれば、
べったりくっついてくる猫のような性格をしている。

その性格は、とことん猫化している。
それは、普段の事からも分かるように、
常に、周りには驚かせる行動をとってしまっている。
本人は至って普通にしているらしいが、
とてもじゃないが、普通ではないのが、美里なのである。

そんな美里は、母と二人暮らし。
父は、美里が小さい頃に、
パチンコ屋へ行くといって出て行ったきり、
帰ってこないのである。
原因は、知らない。
昔、無邪気だった美里が、
母に聞いた事があった。

どうして、お父さんいないの?

その時の母の答え、
それは、とっさに出た嘘なのだろうか。

まさか、パチンコ屋へ行って、
そのまま帰らない人などいるのだろうか。
一般的にはありえないだろう。
それを、信じてしまって10年以上。
そんな人もそうそういないだろう。

しかも、美里は、その話を、
それっきり母とした事がない。
特に会ってみたいとも言わず、
どんな人だったのかも言わない。
記憶にない父。
ないからこそ、どうでも良いのかもしれない。
楽天的な美里の性格が出ている。


だが、そんな美里も、思う事はある。
淋しくないのかって。

物心付いた時から、
いなかった状態だった美里にとっては、
母だけが、自分の家族であったが、
母にとっては、世の中で、唯一好きになった相手かもしれない。
本当なら、母の実家へ行っても良かったのに、
ずっと、この猫飯店を守り続けているのだ。
元々、父と母が暮らしていた家を、
ふとした思い付きだけで、
母が改造したのである。
いつでも、帰ってこれるように、
母はずっと、ここで店を続けるつもりだろう。

とは言っても、
全ては美里の推測であって、
真実ではないのかもしれない。

だから、決して、美里は父の事を、
母の前では話す事をしないのである。



紗良は人がいない場所にいると、
とても、落ち着けた。

誰からの視線も無い。
自分の事を考える人がいないように思えて、
気が楽なる。

そう、誰も。



そんな、紗良は、猫飯店で3度目の貧血。
美里の母は、いい加減おかしいと判断して、
すぐに救急車を呼んだ。

家にも連絡はしたのだが、
貧血ぐらいで、と、言われてしまった。
怒りたい気持ちもあったが、
それよりも、呆れてしまった。

その日は、そのまま、自宅へ送り届け、
美里の母も帰宅した。

いづれ知る事になる紗良の病名の事なんて、
まだ知るよしもなかった。



結果を紗良が知ったのは、
9月になった頃の事。
知りたくなかった白血病。
父は忙しいとの事で、
母が一緒に来たのだが、
白血病がどのようなものなのかなんてどうでも良い。
そんな態度だった。

それよりも、熱心に聞いていたのは、お金の事。
病気なんだから、手術するんでしょ?とか、
入院費ってかかるの?とか、聞いていた。

先生も、若い母親とは思わなく、
父親の再婚相手か何かなんだろう、
という事くらいは気が付いているだろう。

「と、言うわけで、明日から入院してもらう事になりますので、
準備などをして、明日の朝、また来て下さい。」

母は、困った顔をしながら、了解していたが、
その困った顔は、どう見ても、
紗良の事よりも、自分や、
家族の事を思っての顔だったのだろう。

家へ帰っても、一切、会話をする事はない。
母も準備をする気がないのか、
椅子に座ってぐったりしている。

最初から期待などしていなかった。

紗良は無気力のまま、
自分の部屋で、必要な物を整理している。
必要なものと言っても、
大半のものは、病院にある。
それらのもの以外で必要なものと言えば、
暇潰しの道具くらいのものだろう。
季節だって、まだ9月。
寒くなるまではまだ多少かかるだろう。

その日。
父は帰ってこなかった。
母から連絡はあったはずなのに、
そこまで、嫌われているのだろうか。
紗良には、電話も、メールも、
来る事はなかった。

そして、入院当日。
母も忙しいという事で、
紗良は一人、病院へ向かった。
1つ、意外だったのは、

「ちょっと、待ちなさい。」

「!?」

「途中で倒られたら、また迷惑だから、
タクシーで行きなさいよ。」

けっして、こっちを向いては喋らない。
わざわざ、あっちを向いたまま、
手には、5千円札。

「・・・ありがとう。」

「・・・。」

どんな心境なのか、分からなかったが、
紗良はありがたく、お金を受け取ると、
タクシーで、病院へと向かった。



入院をした後で気が付いた。
猫飯店へ連絡をしていない。

慌てて、連絡をしようと、携帯を持つが、
院内では、使用禁止。
電源が入っていた携帯をオフにすると、
仕方なく、院内にある公衆電話のところまで行く。

「あ、番号・・・。」

普段なら、リダイヤルからがほとんどだし、
アドレス帳から掛けられるから、
いちいち番号を覚えている事もなかった。

部屋まで戻り、携帯の電源を入れ、
番号をメモすると、
もう一度、電話のある場所まで、
階段を降りて行く。



だが、紗良が、電話のところまでたどり着く事は無かった。
階段の途中で、突然視界が真っ暗になり、
再び倒れてしまったのである。

目を覚ましたのは、ベッドの上。
硬くて、薄っぺらなベッド。
天井は白いだろうけど、
汚れている。
隣とか、向い側には、全然知らない人。

そして、紗良が、目覚めたのを見て、
看護士が、何か、話し掛けられた気もしたのだが、
よく聞こえなかった。

それを見て、先生を呼びに行ったのだろう。
すぐに、看護士はいなくなってしまった。

だが、他にも誰かがいる。

「本当、心配掛けて・・・。」

「!?」

意外な人。

「宮前さん・・・。」

「そんな他人みたいなー。
美里って呼んでくれないと、
返事しない事にしちゃうぞ?」

「・・・なんで。」

「え!?
いや、なんでって、別に深い意味とかじゃなくて・・・。」

「そうじゃなくて。
どうして、ここにいるのよ。」

「・・・電話あったから。」

「!?」

「ここの看護士さんに、
よく、うちに食べに来る人いるんだよ。
それで、番号見ただけで分かったみたい。
紗良ちゃんの事も、知ってたみたいだし、
だから、電話くれたの。」

「そっか・・・。
おばさんには?」

「忙しいからって私が来たんだよ。
お母さんが来ても困るでしょ?」

「そりゃ・・・まぁ。」

結構、母子に見えて、
周りからは自然に見えるかもしれない。
なんて、想像をしてしまった。

「けど、別に来て欲しくて、
電話しようとしたんじゃないんだからね。
連絡しないと、おばさん一人で大変だしさ・・・。」

「ううん。」

「!?」

「来たかったのは私の意志だよ。
きっと、お母さんもそれ見抜いて、
私に行っておいでって行ってくれたんだ。」

「・・・そう。」

その後、先生が来て、
色々聞かれたりしたが、
検査自体は明日以降になった。



「早く治ると良いね。」

「・・・治る?」

「え!?」

紗良の表情が、それまでと一変して、
冷たい表情になってしまった。

「簡単に言うね。」

「・・・そんなつもりじゃないよ。」

紗良もそんな事は分かっている。
分かっているが、脳が言う事を聞かない。

「じゃあどういうつもり?
白血病になんかなったら、
どうせ、助かるわけないじゃない。
もうずっと前から分かってた。
どうせ、助かるわけないんだよ。
それを簡単に治るとか言うな。」

「・・・。」

圧倒された美里。
何にでも、冷静に対処して、
美里なんかよりも、ずっと、
機敏で、バイトだって、すぐに慣れて、
なんでも、美里よりも出来るように見えた。

「どうせ、治らないんだから、
そのまま死んだ方が良いんだよ。
どうせ、誰も・・・。
・・・分かってたから、
出来るだけ誰とも接しないようにして、
お金貯めて遠くに行こうと思ったのに。」

「・・・。」

美里は、手をぐぅにして、
今から殴るよってモーションに入ると、
とっさの事に、紗良は目を瞑った。

ガシャン

「!?
な、な、何してんのよ!?」

目を開けた紗良は、美里の殴ったものを見て、
頭の中が真っ白になるのを感じた。

美里が殴ったのは、窓。
ガラスは、バラバラに割れて、
辺りには、血が飛び散っている。

だが、美里は痛そうになんてしていない。

周りにいた他の患者が、
すぐに看護士を呼んでいる。

「あんた、何してるのよ。
答えなさいよ。」

「・・・。」

「!?」

紗良が見ていた美里は、
涙を浮かべていた。

「ちょっと、何してるのよ。」

「・・・。」

2人の元へ、呼ばれて来た看護士がやってくる。
血がだらだらと垂れている美里の手を見て、
すぐに、治療をしようと、
美里の手を引いて、
ナースセンターへ連れて行こうとした。

「!?」

だが、美里はその手を振り放す。

「少しだけ・・・時間を下さい。」

「・・・。」

「紗良。
今、心配したよね?」

「・・・。」

「私が、紗良を心配したら変かな。
家庭の事情とか知らないし、
紗良が人を避けていたのは知ってたけど、
紗良は、私なんて友達でもなんでもないって言うかもしれないけど、
それでも、私は紗良が好き。
紗良の痛みはわかんないけど、
そんなのどうでも良いんだよ。
痛いなら痛いって言ってよ。
そうじゃないと・・・わかんない事もあるんだから。」

「美里・・・。」

紗良の顔がいつものように優しくなったのを見て、
安心した美里は気絶してしまった。


治療を受けた美里の元に、
今度は美里の母まで掛けつけた。

「ほんとにもう、何してるんだか、この子は。」

何度も、病院側に、謝り、壊れた窓代などを、
後日支払う事を約束した。


病院からの帰りの車の中。

「あんたがした事は、危険な行為だよ。」

「うん・・・ごめん。」

母を前に、落ち込む美里だが、
母は怒ってはいなかった。
むしろ、笑顔と言っても良い。

「社会的には、間違えかも知れないけど、
お母さんは、あんたが、自分の子供で良かった。」

「お母さん?」

今までに、そんな事を言われた事があるわけもない。
いつだって、
とろい。
のろ間。
遅い。
もたもたするんじゃない。
あれこれと言われ続けてきた。

「黙って聞いてな。
運転中なんだ。
質問には答えないよ。」

「・・・。」

「あんた、昔、お父さんの事聞いたろ。」

母の方から、父に付いて、何か言ってくるなんて、
初めてだった。

「いつかは、ちゃんと、本当の事を話さないとって、
思ってたんだけど、ついつい、後回しにしちゃってね。
けど、今回の紗良ちゃんの事知って、
後回しにしちゃいけないって思った。」

「・・・。」

「母さんね。
嘘をついてた。
お父さんがパチンコ行って帰ってこないなんて。」

「・・・。」

軽くショックを受ける美里。
ずっと、そんな冗談を信じていたのだから、
ショックくらいは受けるだろう。

「本当は、お父さんなんていないの。」

「・・・。」

いない。
そう言われても、元々記憶にない。
だから、それでどうするわけでもない。

「あんたのお父さんはね・・・。」

そこまで言ってためらっている。
そんな、母を見るのは、初めてだった。

「無理しなくても良いよ、お母さん。
別に、今更、どうでも良いの。
私には、お母さんがいてくれたら、
それだけで良いの。」

「・・・。」

母は、首を振った。

「違う、違う。
お母さん、本当は、自分の罪から逃げたいだけかもしれない。
あんたに言えれば、それから逃げられるかもしれない。
あんたに許して貰えたらって思ってる・・・。」

「お母さん?」

「・・・あんたは、お母さんの子でもないんだよ。」

「・・・え!?」

そんな答えを望んでいたわけではなかった。
父親が誰でもどうでも良かったのだ。
だから、そんな答えなんて聞きたくは無かった。

「・・・じゃあ、私は誰・・・。」

「・・・。」

「誰なの?」


誰なのか。
その答えは、無言だった。
どうして、美里を母が育てたのか。
何も話そうとはしなかった。

それは、美里が、それ以上聞く事をしなかったからである。
何をどれだけ聞いたとしても、
母からすれば、
質問ではなく、拷問のようなものだと、
分かってしまったからである。

これで、美里は、
実の父も、母も失った。
気にならないわけではないけれど、
それでも、ここまで育ててくれた母が、
急に母ではなくなるなんて事は無い。
今まで通り、何も変わらない。



美里は、元気がなかった。
毎日食べていたアイスでさえ、
食べる事を忘れている。

学校では、ぼーっとしすぎて、
バスケットやバレーをしても、
ボールが顔面に当たるようになっていた。

「最近、どうしちゃったの?
なんか悩み事?」

冴子が心配そうに聞いてくる。

「・・・うーん。」

美里は言って良いのか迷った。
こんな重要な事を、ぺらぺら話すなんて、
人としてどうなのか・・・と、悩んだ。

「・・・実は最近、太り始めてさー。」

「!?」

「アイスも食べてないんだよね。」

それは事実である。
だが、太ったりなんてしていない。

本当の事なんて言えるわけがない。
そもそも、どの事も、実感がない。
紗良の事も、紗良の両親の事も、
自分の母や、実の両親。
それに、自分の事も。

どれもこれもが、現実なのかすら、分からない。
明日、起きたら、何もかも元に戻っていて、
夢だったんじゃないかって思うくらい。



結局、どれも、冴子には言えずに、
真っ直ぐ家に帰る。



今日も、冴子は、家で一人ぼっち。
テレビを付けて、
お笑いを見ても、
バラエティーを見ても、
笑顔になることは無い。

両親が帰ってきても、
会話の1つもない。

慰めてくれるのは、
大量に並べられているお土産たち。
その1つ1つを見ていると、
その時いた美里や流雲。
他の友達との思い出が浮かんでくる。

皆にとってはおかしな趣味でも、
冴子にとっては、当たり前の事。
その日その日が毎日別の日で、
二度とその日と同じ日はない。
一生に一度の日を毎日生きている。
その証がお土産。

大切な思い出。

その思い出の数々の中に、
埋もれている冴子。
両親にとっては、
お土産はお土産でしかなくて、
冴子の部屋にあるものの全てに、
共通の思い出の品などはない。

あるとすれば、冴子自身。
だが、両親が、冴子を見る事はない。
子供としての冴子。
それ以外には何もない。

その関係が変わる事はない。
その状態が、ベストなのだから。

冴子もそう思おうと、
何年も戦い続けている。
自分を偽って、
常に仮面を付けたままで暮らせるように。

「にゃー。」

何かを察してくれたのか、
にるるところるが擦り寄ってきてくれる。
両親なんかよりも、ずっと、
冴子と通じている、かけがえの無い家族。
この2匹のおかげで、冴子は冴子でいられる。

冴子が優しくなでてあげると、
2匹はとても喜ぶ。
可愛い奴らだ。

だが、その2匹が忽然と姿を消したのは、
冴子が、学校から帰った時だった。
特に、鎖で繋いだり、
小屋に閉じ込めたりはしていないが、
今まで、勝手にいなくなった事などはなかった。

それでも、部屋中を探し、
家の中を探しつくした。
だが、どこからも2匹を見つけ出す事は、出来なかった。

その足で、そのまま、外まで探しにいくが、
夕方まで探しても、見つかる気配すらなかった。

結構遠くまで、探しに行った分、
戻るまでも時間がかかる。
辺りはすっかり陽が落ちて、
暗くなっていた。

そして、ようやく、家の前まで戻ってきた時に、
あるものを発見した。

真っ黒、黒こげになっている鈴。
にるるところるにつけていたものに、似ている。

それを手に取った時、
最悪な事が頭を過ぎってしまった。

確かに、その日は、両親が、
冴子よりも後に家を出ている。
だからと言って、大切だと分かっている、
それも、生き物を殺すなんて事はありえない。
人に無関心な人でも、
そのくらいの常識はあるはず。

だからこそ、問い詰めたかった。




小さな幸せがあれば、何もいらない。
欲がない事なんてないけれど、
何もなかった部屋に、
光を入れてくれたにるるところる。

初めて、部屋に、色が付いたように、思えた。
それは、一人では出来なかった思い出作りが出来る。
1日1日が新しい毎日。

それまで、帰る事が嫌いだった冴子だが、
毎日、真っ直ぐ帰る事が楽しみになっていった。

お小遣いから、餌や、必要な物を買い、
全て一人で、世話をしていった。

初めは、言う事なんて聞いてくれなかった2匹も、
やがて、冴子の態度に、心を開いてくれた。

その日常が、急に終わってしまった。
それも、こんな結末なんて、望んではいなかった。

「どうして、そんな事したのよ!?」

「何をそんな怒るの?
あの猫ったら、私の大切なティーカップを割ったのよ?」

「・・・だからって、どうして、殺したりするの?
信じられない。」

「冴子になついてたからじゃない。」

「!?」

「外に追い出したって、
壁とか窓とか、ドアをかりかりするから、
庭で燃やしてやったのよ?」

「・・・。」

もはや、この人たちに、何を言っても分からない。
頭が真っ白になった冴子は、信じられない行動に出た。



気が付いた時には、惨劇の後。
手には、血の付いた包丁。
足元には、どっちのものとも分からない手足。

「・・・。」

そして、冴子は、自宅に、火を放った。



家から飛び出した冴子は、血だらけ。
それを目撃する通行人。
そして、家の前で立ち尽くす。
次第に火の手が上がり、
全ての思い出と共に、消えていく。

誰が連絡したのか、消防車と救急車、
パトカーまでやってきた。

冴子は、何も語らない。
思い出と共に、全てを消し去ってしまった。
何も思い出せない。

自分がした事。
自分の思い出。
何もかも、失ってしまった。

すぐに鎮火したものの、
残った物は、両親の骨。
当然、バラバラになっている為、
疑われたのは冴子だったが、
言い合いした後の事は覚えていない。
ふと、気が付けば、家の外から、
燃え盛る家を見ていたのだ。

まずは、病院へ運ばれた冴子だったが、
怪我もなく、すぐに、刑事がやってくる。
疑われているものの、
まずは、何があったのかを聞かれたが、
一切記憶にはない。
ただ、何かを、とても大切な何かを失った気がした。
二度と手に入らないものを。

その後、美里が来ても、
冴子の記憶が戻る事はなかった。


流雲がいるのは、茶道部の部室。
今日は部活が休みの日だが、
なんとなく、部室へ来てみると、
丁度、茶道部部長の結依がいたのである。

偶然かもしれないが、運が良い。
入部して半年。
それまでも、2人きりになる機会は、
何度かあったにしても、
上手く会話が成立した試がなかった。

今日なら、なぜか上手く話せる気がした。

「南条さんは本当ここが好きなのね。
休みの日にまで来るなんて。」

「いえいえ、須藤先輩だって、来てるじゃないですか。」

「私は、学校ある日は、必ず来てるわよ。」

「そ、そうなんですか?」

ありきたりなのか。
ぎこちないのか。
当たり障りのない会話が、途切れ途切れに続いた。

頑張っているのは、流雲だけで、
結依は、作業をしながら、
流雲が、発した言葉にだけ反応している。

だが、今日こそ言う。
その気持ちは強くなっていた。

こんな出来た人が、酷い事を言うなんて、
これっぽっちも思っていなかった。

「私が南条さんのお姉さんにって事?」

「は、はい。
いけませんか?」

照れくさそうに流雲はモジモジしているが、
結依の態度が一変する。

「そういう気持ちは、とてもありがたいけど、
実際に言われると引くわね。」

「え・・・。」

「他の人は知らないけど、
私はそういうの好きじゃないの。
自分だけ特別視して欲しいわけ?
それとも、本当の妹とでも言っちゃう?」

「・・・。」

まさか、そこまで言われるとは思っていなかった。
拒否されるにしても、
そんなに、拒絶されるなんて、絶対にないと信じていた。

流雲は、そのまま、部室を飛び出し、
校門から、外へ飛び出していった。
少しでも遠く。
どこでも良いから、
結依の事を忘れるくらい、
ずっと、遠くへ離れたかった。

さっきまで、晴れていた空は、
急に曇りだし、雨が降り始める。
それも、大雨。

それでも、流雲は全力で走るのを止めようとはしなかった。
雨なんかじゃ、流れない想い。
勝手に理想を結依に押し付けていた自分が恥ずかしかった。

「!?」

交差点へ差し掛かったところだった。
確かに青だったはずの歩道。
だが、気が付いた時には遅かった。
目の前には、車がいて、
次に意識を取り戻した時には、
宙を舞っている自分が見えた。

大雨に、流れる血。
それは、妙に、赤かった。



すぐに病院へと運ばれた流雲は、
命に別状はなかったが、
しばらく入院が必要なほどだった。
あちこちにあざが出来ていて、
骨にも、ひびが入っている箇所がいくつかあった。

心配した両親がすぐに駆けつけ、
事故を起こした人なのか、
病院の人なのか、何か話している様子。

けど、流雲は少しほっとしていた。
これで、学校へしばらく行かずに済む。
辞めるしかない。
そう思っていた部活だったが、
それをせずに済むかもしれない。
結依の事は好きだけど、
茶道部自体も好きな流雲にとって、
両方を失う事は辛い。

それに、もしかしたら、お見舞いに来てくれるかもしれない。
そう思っていたのだが、
いつまで待っても結依が来る事はなかった。

変わりに、良く来てくれたのは、
美里だった。
普段のちゃらんぽらんな態度は、
相変わらずだったけど、
本当に心配してくれたのである。

それに、流雲だけのお見舞いではないらしい。
友達のお見舞いのついでらしい。

決して、近いところにある病院ではないのに、
週に2度3度と来てくれる。

だけど、ある日。
いつも笑顔の美里の顔が、
青ざめていた。

「どうしたんですか?」

「・・・。」

何か、信じられない。
そんな顔をしている。

「先輩?」

「あ、うん・・・。」

中身が空っぽの人形のように、
すぐ目の前に座っている美里は、
座ったまま、どこか遠くを見つめていた。

美里が落ち着いてくると、
ようやく、何が起きたのかを知った。

冴子が、両親を殺害して、家を放火の疑いがかかった。
今、病院にいるが、美里が会いに行っても、
パニックなのか、一時的なのか、
記憶を全て失っている状態だと言う。

「それなら、冴子先輩の所に行ってあげてくださいよ。
記憶戻るかもしれないし。」

「・・・。」

美里は首を振った。

「駄目だよ。
記憶を失ったのにも、きっと理由があるんだよ。
それに、無理させたくないから・・・。
さえちゃんは・・・私なんかよりも、
ずっと強い子だから、
きっと平気だよ。」

「先輩・・・。」

流雲は、初めて、美里が、
年上なんだって思った。
いつもは、年下のように見える事もあるくらいだったのに、
今だけは、凄く大人に見えた。


その後。
流雲の状態は良くなり、
ひびの入った足をかばうように、
松葉杖を使えば、一人でも歩けるようにはなった。

居づらい大部屋に閉じこもっているよりも、
ホールで一人、ボーっとしている方が気楽だった流雲は、
検査がない時間は、ずっと、そこで時間を潰すようになった。



流雲は病院のホールで、見覚えのある人物を発見した。
冴子ではない。

あれは、いつの事だっただろう。
埋め立てをして、建設中の地で、
見かけたカメラの女の子。
向こうも気が付いたのか、
チラッとだけ見て、すぐに、
流雲の反対側の椅子へと座った。

そこは、とても大きな窓から、
外が見える場所。

どこを見ているのかはわからないが、
おそらく、ずっとずっと遠くを見ている。

そんな気がした。


決して、近くに座っているわけではないが、
何か話しかけたい。
そんな気分の流雲だが、
そう簡単には、いくはずもない。
隅っこに座り、窓の外を見ている相手に、
話し掛けるなんて事は、非常に勇気が必要なのである。

それに、例え話し掛けたとしても、
あの時の事を覚えているかすら怪しい。

ドキドキしながら、チラ見していると、
更に、見た事のある人物がやってきた。

「あれ・・・美里先輩。」

小さな声で囁いてみるが、
流雲に会いに来たわけではないようだった。
美里は、カメラの女の子と、話をしている。

流雲の知る限りは、全く知らない人。
おそらく、学校の生徒でもないだろう。
最近良く一緒にいたけど、
見た事のない人なのだ。

気になる流雲だが、
自分から、近づこうとはしない。
それどころか、気が付かれないように、
出来るだけ身動きをしないでいた。

静まり返っているホールでは、
2人の声がたまに聞こえてくる。

単語だけでも、重病だと分かるような会話だった。
盗み聞きする気なんてなかったが、
なんとなく後ろめたくなって、
こそっとその場から、自分のベッドへと戻った。


それから、1時間くらい経つと、
美里が流雲のところへとやってきた。

さっきとは違って、いつもの表情に戻っている。
どんな関係なのだろうか。
何をしている人なのだろうか。
どこで、知り合ったのだろうか。
色々と、質問したい事はあったが、
あの場にいた事がばれるのも、
どうかと思うと、聞くに聞けずにいた。

「どうかしたの、るんちゃん?」

「な、なんでもないですよ。」

妙にそわそわしている流雲を見て、
美里は、不思議そうにしているが、
他愛もない話をして時間は過ぎていった。


紗良が、絶望したのは、
美里が帰った後の、検査結果を聞いた時からだった。

それは、
移植が難しいと言う事。
白血球の型(HLA)を一致させた移植であっても、
その一致は最も重要とされている。
6カ所の白血球の型(HLA)を合わせているだけなので、
実際問題として一卵性双生児である兄弟からの移植でない限り、
危険性があると言う事。

だが、紗良には、そんな兄弟も何もいない。
一番近い父とは、適合せずに、
他に考えられるのは、適合するドナーでも、
見つからない限りは無理となってしまった。

それは、もはや、60億人いる中から、
1人を探すような確率。

もう、夢も希望も・・・。

部屋にはいたくない。
陽気に話しているおばさん。
どうせ、たいした病気でもないんだろう。
その証拠に1日の検査入院だけの患者も多くいる。
悩みなど何もないような顔で、
まるで、病院へ遊びに来てるようにも見える。
そんな場所にいると、
だんだん、腹が立ってくる。

すっくと立ち上がると、
スタスタと部屋を出て、
ホールへと行く。

外は既に暗い。
遠くに見えた、海はもう見えない。
闇が外を覆っている。
ぽつんぽつんと見える動く光はきっと、車のライトだろう。
止まっているのは、街頭。
かたまって見るのは、民家かお店だろうか。

それから、ホールを見渡すと、
ほとんど人はいない。
お見舞いに来ていた人も、帰る時間が過ぎたのか、
看護士の足音と声くらいで、
奇妙なくらいに静かである。

だが、一人だけ、見覚えのある人がいた。

確か・・・昼間もいた。
というか、以前、ポートピアで会ったような。

ポートピアとは、海を埋め立てて、
新たな都市を建設中だった場所の事である。

あの子も病気なのかな。

チラチラ見ていると、脇には、松葉杖が置かれている。
どうやら、怪我でもしたのだろう。

その時、はっとした。
紗良は、その女の子と自分を比べていたのだ。
自分の方が不幸だと。
自分の方が大変だと。

しかも、目が合ってしまった。

「・・・。」

「・・・。」

お互いに、なぜか、目線を変えられない。

何を考えているのだろう。
なぜ、私を見ているのだろう。

先に目をそらしたのは、紗良だった。
そして、立ち上がり、部屋へ戻ろうとした時、
突然、何かが倒れる音がした。

「・・・!?」

振り返ると、そこには、松葉杖で歩こうとして、
転んでいるさっきの子がいた。

紗良は、すぐに駆け寄って手を貸す。

「大丈夫?」

「・・・う、うん。
ちょっと焦っちゃっただけだから・・・。」

「看護士さん呼ぼうか?」

「平気だから・・・。」

「なら良いけど・・・。」

その後、何を話して良いのか分からない2人は、
沈黙していた。



その後、会話が弾む事もなく、分かれた2人。
紗良が絶望から、立ち上がる事はない。

100万人に1人が適合者だとしても、
全員が、血液検査をしているわけでもないし、
一致する人が現れたとしても、
提供してくれるとは限らない。
そう考えると、確率なんてほとんどゼロのようなもの。

誰だって絶望するだろう。

どうせ、死ぬなら・・・。

紗良には、夢がある。
世界を巡って写真を撮る事。
それが、まだ、日本から出た事もない。

たった1箇所だけ行けるのなら、デンマーク。
そこへ行ってみたい。
具体的に何か目的があるわけでもないが、
豊かな自然も、歴史ある建物も、人魚の像も、
日本とは格段に違う世界。

とにかく、日本を離れたい。
そんな気持ちは強かった。

だけど、その前に、違う世界からの誘いが、
来てしまうようだった。

紗良の容態は次第に、悪化していく。
そんなある日。
珍しい客が紗良の元を訪れた。

「おばさん・・・。」

「元気かい?」

「・・・。」

そんなわけはない。

「こっちは、毎日、忙しいさ。
美里じゃ、戦力にならないしね。」

「誰か新しいバイト雇ったらどうです?
知ってるでしょ、私の病気。
もう、駄目なんです。」

「・・・あんた。
諦めたら、一生、許さないよ。」

「諦めなきゃ・・・
諦めないで奇跡を待っていたら・・・
助かるとでも言うんですか?
そんな無責任な・・・。」

「そうさ。
無責任だよ。
所詮、私は、あんたのなんでもない。」

「・・・。」

「けどさ。
あんたには、双子の姉がいるんだよ。」

「・・・え?」

頭の中が真っ白になっていく。
貧血とか、そんなじゃない。
何を言ってるんだろう。
そんなの聞いた事もない。
こんな状況でも、
一言も言ってくれない父。
嘘に違いない。
そう、嘘のはず・・・。

だけど、その後の話を聞いて、確信する事になった。

紗良の母と、美里の母は、
幼馴染だったと言う。
白血病だった母を、何度も説得し、
諦めるように言ったが、それを断った。
そして、生まれたのが、紗良と美里だった。



事実を知ったからと言って、
それで、安心できるわけではない。
ただ、ほんの少しの希望と、
複雑な心境だけが、ずっと、
心の中を満たしていた。

やがて、美里が姿を見せるが、
美里も事実を知って、不思議な感情になっているようだった。
いくら、平静を装ってもぎこちない。
いきなり双子の姉妹がいたと言われても、
どう反応して良いのかわかるわけもない。

それに、もしかしたら、適合していたって、
助けてくれないかもしれない。

そのまま、ずっと無言で2人は、
静かな時間を過ごした。



検査の結果は、すぐに出た。
何の問題もない。
これで助かる。
そのはずだった。

だが、そんな権利があるのだろうか。
紗良は、考えていた。
このまま助かったとしても、
上手く生きていけるのか分からなかった。
どうせ、また、元の生活に戻るだけで、
良い事なんてあるのだろうか。

「どうかしたの?
全然喜んでないけど・・・。」

「そ、そんな事はないけど・・・。」

どうやら、美里は快く了解してくれているらしい。
何も迷う事などない。
そのはずなのだが、矛盾する紗良。

「・・・もしかして、私みたいなのが、姉妹だったから、
嫌なの・・・?」

「!?
違う。
そんなんじゃない・・・。
そんなんじゃないから・・・。」

「さらちゃん・・・!?」

美里が急に、抱きついてきた。

「!?!?」

「なにも心配いらないからね。
ちゃんと、私が見てるから。
だから、泣かないで。」

そう。
全然気が付かなかった。

自然と流れる涙。
それは、安心しきって気が緩んだ証拠。
紗良にとって、初めて出来た家族。
それが、美里なのである。

自分が助かるとか、
病気が治るとか、
それよりも先に出ていた感情は、
初めて、自分にまともな家族が出来た事だった。

紗良は、周囲なんて気にしないで、
ずっと、美里の胸の中で、泣き続けていた。


流雲が冴子の部屋を訪れたのは、偶然だった。
完全に隔離されている病室。
そこに、見覚えのある名前があった。

特に、立ち入り禁止になっているわけでもない。
ちらっと中を見れば、
冴子は起きている。

遠くから見た感じは、以前と何も変わってはいない。
どこか、ここにいて、ここにいない。
そんな雰囲気をかもし出している。

流雲は勇気を出して中へと入る。

「・・・どなた?
もしかして、私の知り合い?」

「・・・。」

流雲は、何も言わずに頷いた。

「そうなんだ。
怪我してるの?
こっち、座って。」

ベッドに座っていた冴子は、起き上がり、
流雲に手を貸して、
ベッドの横に椅子を出して、自分はそこへ座った。

「え?」

「良いよ。
私、怪我はしてないからベッド使って。」

「・・・はい。
ありがとう・・・。」

以前とは少し性格も違うらしい。
記憶がなくなるってどういう状態なんだろう。

流雲は、考えても分からなかった。
性格まで変化する。
誰の事も覚えていない。
きっと、両親を殺した事すら覚えていない。
こういう場合は、殺人になるのだろうか。
流雲には分からないが、
もう、世間では、100%冴子が犯人だとされている。

「で、私の何を知っているのかな?」

「!?」

流雲は、目を大きくして驚いた。
ドキドキして、心臓が飛び出しそうになった。
そして、冴子が本当に記憶喪失なのか疑った。

「な、何をって・・・。」

「私の過去。
せっかくお見舞いに来てくれたんだから、
少しでも聞かせて欲しいの。
そうしたら、いつかは記憶が戻るんじゃないかって。」

「そ、そうですね・・・。」

とは言われても、そんなに多く思い出があるわけではない。
それでも、流雲は必死に、大切な思い出を語った。

「そんな物を買ってたんだ・・・。
旅行行ってないのに、私って変わった人だったんだね。」

「そ、そ、そんな事はないですよ。」

慌てて否定するが、悲しい顔をしたまま、
流雲の言葉など耳には入っていない。

「・・・毎日来てくれる人がいるの。」

「え!?」

「その人は、南条さんみたいに、必死に、
私との思い出を話してくれる。
遊びに行った場所とか、エピソードとか、
飼っていた猫の話とか、学校の事。
断片的だけど、色々私が分かった。」

美里先輩の事・・・。

辛いはずなのに、そういう素振りは見せない。
流雲の前では、いつもの美里でいた。
本当に強いのは、美里。
誰かの為に強くなれる。
真っ直ぐな思い。
それが、皆を助けている。

流雲は、自分が凄く弱い人間に思えた。
誰も助けられない。
自分すら自分では守れない。
弱い人間なんだ。



「ただね・・・。」

「!?」

「他にも毎日来るの。」

「だ、誰ですか?」

「警察・・・。」

まさか。
もう、知ってるのかもしれない。
何日も経っているのに、
来ない両親や兄弟姉妹。

その時、視界が真っ暗になった。

「!?
ど、どうしたんですか!?」

急に、冴子が、ベッドに座っている流雲に、
覆いかぶさってきた。

「ちょっと、先輩!?」

「・・・。」

ピタッと動きが止まる。

「私って・・・こうやって両親を殺したのかな・・・。」

「!?」

「・・・。」

やっぱり、もう知っているんだ。
自分が、両親を殺してしまったという事。
記憶にはないかもしれないけど、
警察が来て、あれこれ言われたに違いない。

真実は、誰も知らない。
冴子の心の奥深くにのみ刻まれている。

「こら、何をしている!?」

「・・・!?」

ちょうど、やってきた男に、冴子は取り押さえられる。

「何するん・・・。」

「君、早く外で出なさい。」

「え、え、え!?」

何も話す暇もなく、流雲は外へと追い出され、
扉は硬く閉ざされてしまった。

「・・・。」

だが、流雲は諦めない。
戸を何度も叩いて、刑事が出てくるまで、叩き続けた。

「・・・何か用事でもあるのかい?」

「!?」

後ろから、話しかけられびっくりすると、
そこには、見覚えのある顔。
冴子の担任の山本先生である。

山本は、流雲が自分の学校の生徒であると知らない。

「いえ・・・別に。」

そのまま、そこから離れる振りをして、
山本が何をしに来たのか、探ろうとしたが、
山本は、冴子の病室へと入っていったのだ。

「!?
なんで、取調べ中に入れるの・・・。」

流雲の中に妙な違和感が走ったが、
扉の前に戻っても、中の声は一切聞こえては来なかった。



時刻は真夜中。
入院患者は皆、寝静まった頃。
寝たふりをしていた、流雲は起き上がり、
病室を抜け出した。

どうしても、気になる。
真面目な先生だから、普段の冴子の様子などを、
警察交えて話していたのだろうか。
昼間行ったところで、また邪魔が入る。
それなら、夜中しかない。

看護士に見つからないように、
辺りに気を配りながら、
松葉杖を付いて、冴子の病室を目指す。
当然寝ているだろうが、
起こす事は簡単だろう。

そう思っていたのだが、
冴子の病室へ付くと、
病室の中は空っぽだった。

「・・・。」

移動したわけではない。
中には、しっかり冴子の物が置かれている。
勝手に部屋を出て、どこかへ行っているのだろうか。

流雲は、ふと思いついた。

「屋上・・・。」

それが、何を意味しているのか。
思い付いた流雲には、分かる。
松葉杖で必死に、階段を上がり、屋上への扉を開いた。

そこは、満点の星空。
地上から見る何倍も綺麗な空が拝める。
目線の位置に建物がないだけで、
これほどまでに、違った風景が見られる。

感動もさておき、
流雲は、辺りを探す。
だが、冴子の姿は見つからない。

「・・・。」

違う場所かな。

そう思い、引き返そうとしたが、
丁度入り口の裏が上が階段で、上れるようになっているが、
垂直に壁とべったり付いている階段を、上れるはずもない。

「・・・。」

どうにか、上を見れる位置を探そうとするが、
とても見えそうにはない。

「安達先輩、いますか。」

しばらく、待ってみるが、反応はない。

「冴子先輩?」

「・・・どうして来たの?
怒られちゃうよ?」

ゆらーっと影が見えたかと思うと、
やはり屋上に上っていた冴子が姿を見せた。

ゆっくりと階段を降りた。

「こんな夜中に何してるの。」

「どうしても聞きたい事があって・・・。」

「なんの事・・・。」

「昼間、担任の先生が来てましたよね。
何、話したんですか?
どうして、わざわざ担任が。」

「・・・そんな事?」

何か、冴子は拍子抜けしたように、少し笑った。

「別に・・・担任だからってだけで呼ばれたみたいだけど、
全然覚えてないから、何言われても、
分からない。
知らない。
ってだけだったよ。
実際、知らないんだし、仕方ないよね。」

「そうですか・・・。」

どうやら、流雲の妄想だけで、何もないらしい。



「・・・じゃあ、どうして、夜中にこんな場所に?」

「なんだろうね。
よくわかんないけど、好奇心?
なんとなく、部屋から外見てたら、
屋上からだと、もっと綺麗かなって思って、
そしたら、そこからもっと上がれるしって。
なんか、少しでも上に行きたいのかな。」

「・・・何かあったんですか?」

「最近さ。
毎日見るんだ、同じ夢。」

「夢ですか・・・。」

「私が、大切にしてた猫を、殺してる人がいて、
私が、猫を助けるの。
けど、そんなつもりじゃないのに・・・
みんな死んじゃって・・・。
これって現実なのかなとか・・・
それとも、勝手に妄想してるだけなのかなとかね。
・・・おかしいでしょ。
今のはなしね。
忘れて。」

「・・・先輩。
逃げちゃ駄目です。」

「!?」

「何が本当なのか、私は分からないけど、
私の知ってる先輩は、今の先輩と違う。
たぶん・・・どっちもいて本当の先輩なんです。
我慢してた先輩と、
全部吐き出しちゃう先輩。
どっちも本物だけど、
どっちかだけじゃ、どっちも偽者なんです。」

「あなたも・・・。」

「!?」

「あなたも、私が、自分の親を殺したって思ってるの?」

衝撃的な事を言われた。
流雲は戸惑う。
思いたくはないが、毎日される報道。
それに、新聞や雑誌。
どれもこれも、悪役は冴子。

「・・・それは。」

「奇麗事言ったって、真実は残酷。
私が、好きだった猫。
その猫を殺した人を私は殺した。
私の中では、親よりも、猫の方が大切だったって事よ?
どう?
わかる?
分かるわけないわよね。
普通に考えて、人間と動物。
どっちを取るかって言えば、人間。
それを私は、ペットなんかを大切にしてた。
おかしな人間だったのよ。
趣味だって、変だったし。
私は私が分からない。
誰の事が真実なの?
あなたの言う事は?
美里さんの言う事は?
何も分からないのよ・・・。」

それまで、勢いのあった冴子が、急に崩れた。

「大丈夫ですか!?」

「・・・大丈夫なわけない。」

「・・・。」

「ねー南条さんは、どうして怪我したの?」

「え・・・。
それは、たいした理由じゃないので・・・。」

「・・・そう。」

「・・・。」

言いたくはない。
そんな事、言えるわけもない。
誰も知らない事実。
流雲と、結依だけの事。
その結依は、お見舞いには来ない。
もしかしたら、もう部員は皆知っているのかもしれないが、
そんな事をする人ではないはず・・・。
何よりも、美里の耳には入っていないのだから、
大勢が知っているわけはない。



「実は・・・。」

流雲は話す事にした。
自分ばかり聞いているだけじゃ不公平。
自分もしっかり自分の事を話す。
たとえ、どうにもならないにしても、
今、意味があるのなら、話す。
そうする事にした。

流雲は、あの時の事。
流雲の気持ち。
結依の反応。
全てを話した。

「そう・・・。
なんだか、気持ちは分かる気がする。
私もそうだったのかな。」

「・・・。」

「きっとさ、どこの家も完璧なんてないんだよ。」

「完璧・・・。」

「うん。
何かおかしい。
それが家族なんだ。
本当は、我慢して、耐える事も必要なんだよ。
何でもかんでも上手く行く家族なんて、
ありえないんじゃないかな。
南条さんの家だって、
ご両親は普通なんでしょ。」

「普通・・・なのかな。」

「そうだよ。
全然普通・・・一人っ子なんていっぱいいるし。
それに、お姉ちゃんが欲しいって、
別に本当の姉じゃなくて良いなら、
友達でも良いじゃない。
年上じゃなくたって、年上みたいな人もいるし、
逆に、年上でも年下みたいなのだっているじゃない?
だから、そんなの好きな人が出来るのと同じだよ。
同性で、好きな人が出来たら、
それはお姉さんみたいなもんだよ。」

「そうかもしれない・・・。
そうかもしれないです。」

流雲は何か、吹っ切れたように、感動していた。
同時にこの人なら、理想的かもしれない。
そう感じていた。

「友達ってさ・・・妙なきっかけで出来るもんだよね。
友達になろうとして、なれる事も凄いけど、
私は、そこに、思い出がないと嫌だな。」

「・・・思い出。」

「だから、そういう人を見つけたら良いのよ。
探すんじゃなくてね。」

その日は、見つからないように、
部屋へ戻る事にして、
流雲も落ち着いて眠る事が出来た。



次の日。
院内が騒がしい。
それも、まだ、朝の6時前。
起床時間よりも早いのに、何を騒いでいるのだろう。
同部屋のおばちゃんたちも、目を覚ましていて、
次々と部屋を出て、騒ぎの起きているところへと向かっている。
その後を追うように、流雲も松葉杖を使いながら、
ゆっくりと向かった。

向かっている先が分かってしまった途端、
次第に嫌な予感だけが、増して行く。
上の階へと上がり、目指しているのは、
昨日行った屋上。

周りにも聞こえるんじゃないかってくらい、
心臓がバクバクしている。

嫌な妄想ばかりが、頭の中を巡っている。

昨日まで・・・いや、ついさっきまで話をしていた。
もしかしたら、最後の会話の相手だったかもしれない。
冴子は、あの一番高い屋上の階段を上がった、ところから、
地上へと、舞い降りていたのだった。



「美里先輩・・・。」

「はぁはぁ・・・るんちゃん。」

「こっちです。」

流雲に、ついて、進んでいくと、
冴子の病室を越えて、他の部屋へと入っていく。

「うっ・・・うぅ。」

既に、涙が止まらない。
松葉杖の流雲が、そんな美里を引っ張るように、
部屋の中へと、部屋の真ん中に、ベッドが1つ。
そして、白い布切れを顔に掛けている冴子がいる。

「・・・。」

「ちゃんと、見てあげてください。」

「・・・うぅ。」

美里が見た冴子の顔。
それは、天使のような笑顔だった。

「・・・なんで。」

「先輩?」

「なんで、笑ってるのよ・・・。」

美里は冴子に、抱きついて大泣きしている。
しばらく、流雲は、2人きりにしようと、
部屋を出て、待っていた。

そして、昨日の・・・というか、
ついさっき話していた内容を思い出していた。
どの部分というわけではないが、
その言葉の1つ1つ。
それらは、本当に記憶喪失の冴子の言葉だったのか。
それとも、冴子自身の言葉だったのだろうか。
今となっては分からないが、
自殺をした理由を思えば、
記憶を取り戻していたと考える方が自然だった。
そもそも、本当に記憶を失っていたのだろうか。

ガチャ

「・・・!?
先輩、もう良いんですか?」

「・・・だって、話し掛けても、答えてくれないんだもん。」

「先輩・・・。」

顔をぐしゃぐしゃにしたまま、美里は、
流雲に抱きついて、わんわん泣いた。

どんな気持ちで、美里が泣いているのか、
正直、流雲には分からない。
悲しみはあっても、
思いが違えば、全く違うものになる。
長い間、共に歩んできた美里と、
数ヶ月、一緒にいただけの流雲。
思い出の数だけとっても、
美里の方が何倍もある。
それらを整理するだけでも、
何日、何週間もかかるかもしれない。

流雲は流雲で、
松葉杖を付きながら、
美里を支える事はかなり辛い。

流雲は、泣きじゃくる美里を支えつつ、
流雲の部屋へと戻った。
それでも、美里は、ベッドで流雲に抱きついて泣いている。

そんな、美里にハグしていると、
とても良い匂いがする。
せっけんとか、シャンプーとか、
そんなものの匂いもしたけれど、
何か落ち着ける匂いがした。



家へと戻った美里。
泣きすぎて、涙が出ない。
そんな事はない。
家へ戻っても、
一人、部屋で泣き続ける。



それでも、朝は来る。
泣き疲れ、眠っていた美里も、
起きたくない朝を迎える。

そして、学校も当然ある。

なんの気力も無い。

「ほら、起きなさい。」

「・・・。」

美里の母が、いつまでも寝ている美里を起こそうとする。
あの羊の夢・・・最近、美里は見ていない。
そんな話を冴子としたのも、つい最近の事。
思い出すだけで涙が、再び溢れてくる。

それを見ても、美里の母は、
起こそうとしてくる。

「あんただけじゃないんだからね。」

「・・・。」

「一番辛いの誰だか、ちゃんと考えてみ。」

「・・・。」

それっきり、美里の母は、美里を起こそうとはしなかった。

美里は、午後から、学校へ行った。
周りの視線は冷たい。
普段、そんなものを気にした事もなかった美里にも、
その視線の痛さが伝わる。

自殺した両親殺しの友達。
それが、美里。

なんで?
疑問。
どうして?
疑問。

冴子を悪く言うクラスメートが、
不快で溜まらなかった。
それまでは、普通に接していたのに、
なんの理由も知らずに、
ただ殺人を犯したかもしれない。
ただ自殺をしただけ。
それだけで、言いたい放題。

当然、冴子の葬式には人など、ほとんど来ない。
家族もいない。
本当に淋しい葬儀だった。

それから、数日。
美里は、学校へ行くたびに、病んでいった。
クラスメートへの感情。
冴子への思い。
母親への気持ち。

みるみるうちに病んでいく。
その気持ちは、冴子へとぶつけていた。

なんで、両親を殺した。
どうして、自殺をした。
なぜ、何も相談してくれなかった。

美里は、冴子を恨むようになっていた。
本当は、それがいけない事だと分かっていても、
そうする事でしか、自分を維持する事が出来なかった。



美里が、病院へ行ったのは、
あれ以来だった。

その日は、紗良の移植手術の日。
余計な事など考えていてはいけない。
そう思っても、冴子の事で頭がいっぱいだった。

当然、冴子の事は紗良も知っている。
知っていても、何も言葉が見当たらない。
無言のまま臨んだ手術は、麻酔の為に、
知らないうちに終わる。

数時間後には、部屋で、会話の出来る程度にはなっているが、
そこに美里はいなかった。

変わりに来ていたのは、父親。
美里の父親でもある。
だから、美里は逃げるように帰ったのだ。
会いたくなんてない。
今までほったらかしにしてきた男。
そんな奴に会ったって話す事はない。



日は変わって、病院の朝。
久々に、美里はあの夢を見ていた。
別に目覚めが良い必要などないのに、
あの羊たちの争いの夢。

紗良も無事のようだし、少しは安心した。
安心をすると、お腹が空く。
朝食の時間は8時。
まだ、2時間以上時間がある。

「・・・。」

美里は、自然と屋上へと上がっていた。
そこは、冴子が飛び降りたとされている場所。
屋上の階段を上がった場所。

水平線が見えて朝日が見える。
眺めは良い場所。

「・・・なんで、死んだの。」

そこから、下を見ると、
あるはずのない冴子の死体が見える。

「どうして、親殺したの?」

ぴくりとも動く事のない冴子。

「なぜ、相談してくれなかったの?」

冴子は語らない。
何もかも分からないまま。
その場に座り込んで、しばらくたたずんでいた。

2日もすれば、すっかり元気になって、
紗良も、順調に回復していった。

そんな日だった。
母が、手紙を持ってきてくれたのだ。

差出人は・・・。


【親愛なる家族たちへ】

そんなカードが1枚。
それと、4通の手紙が入っていた。

1通は冴子の飼っていた猫。
にるるところるへのもの。

ためらいつつも、
他に、思い当たるふしもないから、
美里は封を開けた。

【助けてあげられなかった。
にるる、ころる。
私は、飼い主失格。
本当にごめんね。
今度生まれ変わったら、
きっと、今度は、ちゃんと私が守るから。】

「私も、守れなかったんだ。」

次の1通は、両親へと書かれている。
これも、もはや、読む相手は存在しない。
ためらう事なく、封を開ける。

【殺してしまった。
全然私に興味を持ってくれなかった両親。
義務感だけで、私を育てたツケが、
今、いっぺんに回ってきたと思って下さい。】

「・・・。」

そして、

【美里へ】

その手紙は、自分へのもの。
見たい気持ちと、
見る事で何かが失われるんじゃないかと思う恐怖。
それでも、美里は封を切った。

【何も言わなかった。
美里は、
きっと怒ってる。
いろんな意味で。
だけど、私が一番大切にしていたのは、
美里との思い出。
全部燃やしてしまったけど、
私の心からは、無くなっても、
美里の心には、
ずっと残るよね?
今は、自分を責める事もあるかもしれないけど、
いつかは、きっと良い思い出になるようにして欲しい。
というか・・・忘れないで欲しい。】

「何、自分勝手な事言ってるの・・・
忘れられるわけないじゃない。」



その手紙の最後は流雲に宛ててだった。
美里は、その足で、流雲の病室を訪れた。

無言で、冴子からの手紙を手渡す。

「・・・。」

【これからの事。
今は大変かもしれないけど、きっといるよ。
それは、私ではないけど、
きっと、もっと近くにいると思うから、
諦めちゃいけないよ。
自分で思っているよりも、
ずっと強い子なんだから、
自身持たないといけないんだからね。】

「・・・。」

流雲は、思っていた。
記憶がなくなったなんて嘘だって事。
この手紙たちは、それを証明しているのではないだろうか。
自分が犯人だという事も、
美里への謝罪も、
2匹の猫たちへの事も、
流雲への温かい気持ちも、
どれも、屋上で流雲と別れた後に書かれたものだとしても、
あの時には、完全に記憶が戻っていたのだろう。



その後、美里は、流雲を連れて、紗良の病室を訪れた。

「なんで知り合いなの?」

「ちょっとね・・・。」

「うん。」

「なんか、私の知らないところで、事件が起きたのね。」

「事件って・・・。」

「別に、そんな事ありませんよ。
普通に、ホールでちょっと話したりしたくらいですよ。」

「そうなんだ。
・・・けど、やっぱり2人ってなんか似てるよね。」

「そう?」

「・・・。」

2人の声が重なってはもっていた。

「ちぇっ、私より、
るんちゃんとさらちゃんの方が、似てるなんて、
双子でも、環境違うと全然違うよね。」

「確かに、先輩と紗良さんは真逆かもしれないですね。」

「ぶーぶー。」

「ちょっと、暴れないでよ。
病院なんだから。」

ちょっと離れた場所から、3人を見れば、
仲の良い姉妹にも見えるかもしれない。


その後。

紗良は無事に退院。
再び、あの家へと戻った。
特に変化はないが、それでも良かった。
多少でも、あの無関心だった母が、
タクシー代を出してくれたり、
手術の日には、こっそり来ていた事も知っている。
世間体なのかもしれないが、
時間はたっぷりある。
ゆっくりでも、少しずつ、話をしてみようと思った。

流雲も退院して、無事に学校へ通っている。
茶道部は、辞めて、バイトを始めた。
猫飯店である。
慣れない手付きで、チャーハンを作ったり、
ラーメンをゆでる。
大好きな美里と、少しでも長くいたい。
今はそれだけで良かった。

美里は、学校を辞めた。
辛いのもあったけど、
やりたい事を見つけた。
猫飯店を、継ぐ事。
まだまだ、母は現役だけど、
なんと言ってもとろい美里。
全てを継ぐのには時間がかかる。
今は、1つ1つ覚える事に必死。
だけど、支えてくれる人がいる。
紗良や流雲。
母もいる。

だから、前へ進もう。

とある日の、紗良の日記。
そこには、実際には存在しなかった写真が貼られていた。
紗良、流雲。
美里、冴子。
4人が写っている綺麗な夕陽の沈みつつある浜。
全てが合成だけど、
確かに、交わりあった4人の1枚が、
綺麗なマルい枠の中に納まっていた。

上手なマルのえがき方

2007年頃の作品
特にどうってことはないけど読みにくい(;´д`)ww

上手なマルのえがき方

  • 小説
  • 中編
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-11-16

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