『新米死神ヒロくん』

死神ネタを書いてみました。


「では頼みますね、ヒロくん」
 先生はにこやかな顔をすると、風景に溶け込むように消えていった。
「はい、先生」
 おれはしばらく頭を下げている。
 頭をあげて、空を見渡す。
 天国は広い。広大で、胸が躍る。
 天国では衣食住なにもせず手に入る。
 ずっとぐだぐだやってても良い。
 でも、大半の人はそれに飽き、仕事を自分から作るようになっていく。
 俺もそのうちの一人だった。
 なにかしなければならない、ではない。なにかしたい、だった。
 俺は天国にある無限の仕事の中から、地上でも知らている死神にどうしてもなりたかった。
 だから死神の学校に通い、はれて卒業し、見習いとして長い期間を経た。
 そしてようやく、死神としての一歩が始まった。
 先輩との研修を終えて、独り立ちだ。
「よし、いくぞ」
 俺は雲の隙間から、対象の居る場所を確かめる。
 あそこに、かねてから、最初に天国へ連れて行くと決めていた地縛霊がいた。
 あいつを天国へ連れて行きたい。
 彼女はもう十分苦しんだのだ。
 彼女はもう天国に行ける。いや、だれもが天国にいける。彼女を苦しめているのは彼女なのだ。
 死神としての第一歩に俺は彼女を選んだ。
 最初先輩はそれを聞いたとき、戸惑っていた。
 なんでよりによってそんな面倒な、と思ったらしい。
 彼女はそこまで面倒な人なのだろうか。
「よし、ではさっそく」
 瞬時に地上へ着地。
 もちろん誰も気づかない。
 浮遊霊は俺を遠巻きに見ている。
 俺はさっそく、橋の真ん中に立っている彼女に近づいた。
「死神のヒロだ。久美さん、迎えに来ましたよ」
 久美は瞬時に黒いオーラを吐き出し始めた。周囲にも瘴気が広がっている。
 でも、俺は見逃さなかった。一瞬、太陽のような温かい気が彼女から溢れたのを。
 久美は顔をぐちゃぐちゃにし、本当の顔を隠しているようだった。
「帰れ! 帰れ! 帰れ!」
 久美は腹の底から憎しみの声を出すように、殺気立たせて「帰れ」と言っている。
「久美さん、天国へ行きましょう。ご家族が待っていますよ」
「帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ!」
 絶叫するうように久美は叫ぶ。
「あの、久美さん」
「帰れーーーーーーーーーー!」
 瘴気の濃度が高まっていく。
 これ以上いたらやばい。狩らなくてはいけなくなる。
 濃い瘴気は危ない存在を引き寄せる。
 もしそいつがきたら、彼女が危ない。
「で、では」
「帰れーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」
 耳を引き裂くような声が響き渡った。
 俺は瞬間移動し、近場のデパートへ降り立った。
 デパートの看板に腰掛る。
「ふぅ」
 初めて会って、即座に連れて行けるとは思ってない。
 彼女の怒りはすさまじいものだった。
 彼女の怒りが浮遊霊を吸い寄せるほどに、強烈だった。
 赤い光が周囲に散らばっていた。
 右手を出してみる。
 そこには、彼女の思念で焼かれた皮膚があった。
 俺はそれを思念で修復する。
 傷も元通りになった。
 彼女はまだ霊をやめてはいない。だから、死神の俺への攻撃は無力だ。
 しかし、妖怪の類になった時は覚悟を決めねばならない。
 彼女もあと数十年すれば、妖怪の類になりうる。妖怪にならなくても、悪意の塊の魂に食われて

しまう。
 一刻も早く助け出さなくてはならない。
 トン――
「どうだった?」
「あ、ひろみ先輩」
 おれより数年先に死神になった先輩が後ろに立っていた。
 イケメンな顔をかきあげ、おれを見下ろした。
「なにもあんな案件にいきなり取り組まなくてもな」
 先輩は俺の横に座った。
 先輩は大きなローブを羽織っていた。せっかくのイケメン顔もフードで隠れてる。
「最初に決めた目標なんですよ。それにしても、どうかしたんですか先輩?」
 先輩はたしか遠くの国で魂を回収しに行ってたはず。ま、零体にとっては距離なぞ無いに等しい

が。
「それはとっくに終わってる」
 さすが先輩だ。仕事が早いな。
「それよりも、だ」
 先輩からキツイ視線を感じた。
「彼女の瘴気は危ない。俺が周りでこっそり押さえていたから良いが、下手したら悪魔を読んでい

たぞ」
 悪魔。死神の商売敵だ。そして、強い。
 俺は息を呑む。
「あんまり時間はやれんからな。一カ月ならなんとかなる。それまでになんとかしろ」
 普段温厚な先輩のキツイ一言。
 俺としても、時間はかかるが、大丈夫だと思ってる。しかし、一か月なんて。
「これは絶対だぞ」
 反論や懇願しようとする先に言われた。
 有無を言わせない。
 これは絶対の命令だ。
「……だから、なんとかしてやる」
「ありがとうございます!」
 守ってくれるらしい。
「ではまたな」
 先輩はそう言って、すがたが風に消え去った。
 心強い支援を得られた。
 俺はここから、はるか先のあの橋を見る。
「…………」
 行くか。

 一週間はあっという間に過ぎた。顔を出しては追い返され、その連続だった。
 二週間目に入った。
 今日は雨。
 水滴が体を通過するのはあまり気分が良いもんじゃないな。天空の生活ではそんなものなかった

からな。
「はあ」
 また追い返されるかもしれない。
 次第に焦ってくる。もう二週間目に入った。うかうかしたら、三週間目に入ってしまう。
 三週間目でだめだったら、退かなくてはならない。
 焦燥感だけが積もり積もっていく。
 体が急かすように行動を促す。はやくはやく、と気持ちだけが先走る。
 でも、そんな様子を見せたら、久美さんは怒るだろう。
「はぁ~」
 気持ちの乗らないまま近づく。
「ん!?」
 視界の端になにかが映ったので、おれは立ち止まった。
「これは」
 黒い羽根だ。ご丁寧に悪魔は、目立つところに置いてやがる。
 これはたぶん、派手なことはやらないが、久美をどうこうするつもりなのだろう。
 俺に対決を挑んでる!?
 黒い羽根は役目を終えたのか、粉々になってしまった。
「きゃああああああ」
 悲鳴?
 久美さんの声だ!?
 道端で発見した黒い羽根、とこの悲鳴、まさか。
 俺は懐から小さい鎌を取り出した。
 久美さんが、それに襲われていた。手に襲われていたのだ。
 それは、地面から手が生えていた。手が生える、ことは珍しいことじゃない。だが、異様な瘴気

を持った手は、地面から下が無かった。
 あのナイフは、命を吸うナイフだ。
 ナイフを持った手と、それから逃げ惑う久美さんの間に入り込み、鎌で割った。
 しかしナイフは攻撃を緩めない。
 ナイフは目前にせまり、俺はすんでのところでかわした。
 ナイフを持った手と睨み合いながら、久美さんを盗み見た。
 死後の傷が見える。あの傷は、このナイフによって傷つけられた傷だ。
 だとすると、あのナイフは力を吸ったことで、手を巨大化させたらしい。
 俺はナイフを構えなおした。こいつは生かしておけない。
 俺の鎌は転生を促す鎌だ。
 この鎌である程度ダメージを負わせれば、無理やり転生させることが出来る。
 あんまり使いたくなかったが、使うしかないようだ。
 緊張で、胸が張り裂けそうになる。
 先輩は?
 これは、まさか結界の中か!
 悪魔め、楽しんでやがる。
 手は風景に溶け込んで消え去った。
 今日は諦めたみたいだ。
 久美さんは、大丈夫だろうか。
 久美さんは顔を真っ赤にして怒っていた。
「帰って」
「……分かった」
「むぅ」
 また、明日出直すしかなかった。

 今日は曇りだ。
 天国天気予報は正確。気象を操る神様が、常に発表していた。
 一度災害について聞いたことがあるが、そういうものらしい・
 死神も天気予報に敏感だ。魂を狩るものとして、外せない事柄らしい。
 新米はそれ以外の、個人個人の案件を担当している。
 でも、俺がやってるような、地縛霊に向けた仕事を行っている人は少ないらしい。
 なんでも、労多くて益少なし、だとか。
 今日は一週間と二日目。今日もまた追い返されるかもしれない。
 重い足取りで橋の真ん中へ近づくと、目に見える姿で久美さんが立っていた。
 久美さんが振り返った。
 また鋭い視線。
 でも彼女はなにもせずに後ろへ向いてしまった。
「え、あれ」
 久美さんがなにも叫ばなかったのに驚いたが、それ以上に、顔の傷は治り始めていた。
 なんか、心境の変化があったのだろうか。
「久美さん」
「話しかけないで」
「…………」
 話しかけたらまた追い出す、との言外のオーラに気付いて、続きを言うのをやめた。
 しばらく立ったまま、俺は久美さんの後ろ姿を見守った。
 今日は帰ろう。
 話は聞いてもらえないが、これでもいいかもしれない。
 それから無言の日々が三日続いて三週間目に入った。もう時間はあまり残されていない。
 あれから悪魔はなにも姿を見せない。怪しすぎるが、俺が出来ることはなにも無かった。
 橋に近づいていくと、彼女が見えた。
 彼女は夕日を見ている。
 話しかけようとしたが、やっぱりやめた。
 また無理かもしれない。
「ねえ、あなたはなんなの?」
 え
 久美さんは振り向いた。顔の傷や体の傷はほぼ治りかけていて、夕日に照らされた姿は美しかっ

た。
 変わりように、俺は息を呑んだ。
 いったい彼女を変えたのはなんなんだ?
「死神だ」
「死神?」
 久美さんは警戒した様子で問い直した。
「ああ。だがちょっと待ってほしい。死神は、天国へ導く。魂を狩るだけじゃない」
「私をどうしたいの?」
「そろそろ、自分を責めるのをやめよう。それだけで、十分だ」
 久美さんは後ろを振り向き、言った。
「そう」
 それ以上は話は無用みたいだ。話しかけるな、と意思が伝わってくる。
 ダメか。無理なのか。
 久美さんはいつしか死んだ理由を忘れ、自分を責めることだけになってしまった。
 その攻撃的な内面が外に向かって放出され、ここは有名な出る橋になっていた。
 この町の住人なら、誰もが知っている話だ。どこそこの誰がどう死んだのかと。
 でも、彼女はそんな事実は知らないようだ。
 攻撃的な内面に完全に支配されていたのだろう。
 もしかしたら、それを考えているのかもしれない。
 ここはひとまず、遠くから見守るしかないようだ。

 約束の期限にまで、あと二日になった。
 もう時間が無い。
 今一度、問い直そうと思う。
 橋に立ち、後ろを向いている久美さんに単刀直入に言った。
「行きましょう。悩んでも答えは出ません」
「…………」
「行きましょう! 久美さん」
 そう問いかけたとき、遠くから手が向かってくるのが見えた。
 俺はとっさに久美さんの前で鎌を構えてナイフを弾き返した。
「これからその女は俺たちの糧になる。そいつを渡せ。」
 俺たち?
 視界の隅に、もう一つ大きな手があった。
 くっ……!
 さすがに同時に二体はきつい。
 どうすれば
「助けに来たぞ」
「せ、先輩!」
 フードを被ったひろみ先輩が、もう一体と向き合ってる。手には、斧だ。
 心強い。これなら勝てる!
「久美さん、あなたを責めてるのはあなただけです。この悪魔は関係ありません」
「いくぞ」
 2VS2
 交差する瞬間、すべてが決まった。
「「ギャアアアアアアアアアア」」
 二つの手は赤黒く燃え上がり、炭になっていく。
 先輩はそれを確認すると、久美さんに頭を下げて、風景に溶け込んでいった。
「久美さん!」
「わたし、いきます」
 来た。
「もうこんなことやめます」
 彼女は笑顔だった。
 死神としての初仕事、完了したぞ。
 俺も自然に笑顔になっていた。
「だから死神さん、ちゃんと連れて行ってくださいね」
 おれは彼女の手を握った。
 その時、彼女の体周りから鎖が実体化し、粉々に砕け散った。
 もう、ここではなにも起こらないだろう。
 それが良いんだ。                          END

『新米死神ヒロくん』

まだまだ掘り下げられそうな部分があるんだけど、これが精いっぱい。
もっともっと書きこんでいって、読んだ人を楽しませることができたら良いなあ。

『新米死神ヒロくん』

死神が地縛霊の魂を連れて行くお話です。

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 青春
  • アクション
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-11-16

CC BY
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CC BY