またいつかこの桜の木の下であなたに会えたら

空は雲一つ無い快晴だ。小さな丘のてっぺんにある大きな桜の木の根元に私は座っていた。透き通るような青空の下、桜吹雪がきれいだった。小さな丘の上から見下ろす景色はとてもいいものだ、と私はいつも思う。
私がいる場所にはもちろん他にも桜の木はある。だけど、その中で一番大きな桜の木を選んだのには訳がある。あの日の約束を果たすために。

「この桜の木の下でまたいつか会いましょう」

あの日も今日みたいな青空で桜吹雪がきれいな日だった。その日は中学校の卒業式だった。一方的に告げて、相手の返事も聞かずにその場を去ってしまった私は後から後悔したものだった。急いで、戻っても相手はとっくにどこかへと行った後だった。それで私は毎年春休みになると、毎日丘の上にある一際大きな桜の木の下で相手を待っているのであった。
その人と初めて知り合ったのは、小学生の高学年の時だった。その日は学校で友達とケンカをしてしまった。どう謝ればいいかわからなかった私は、桜の木の根元に座っていた。そして、いつの間にか寝てしまったようで、ふと目を開けると夕方であった。急いで帰らないと、と立ち上がろうとしたときに気づいた。私の隣に当時の私とさほど年が変わらないようにみえる少年が座っていたことに。少年は私が目を覚ましたとわかると、私の方を見てこう言った。

「やあ、目が覚めたかい」
なんだろう。彼の声を聞くと心が落ち着く感じがする。
「ここは、僕のお気に入りのスポットでね。丁度今くらいの時間に来ると、ほら」
少年が指さした方を見ると、
「......きれい」
夕陽が輝いていた。私はこれまでに、こんなきれいなものを見たことがなかった。
「いいだろう。何かあったときは、ここに来て夕陽を見るんだ。そうすれば、心が落ち着く感じがするんだ」
彼はニッコリと笑いながら、楽しそうに言った。
確かに、夕陽を見れば心が落ち着く感じがする。それに、ケンカした友達に今なら謝れそうな気がする。
「君に何があったかなんて、僕は聞かないよ。でもね」彼はそう言いながら、立ち上がった。
「夏まではずっと毎日ここに来るよ。だからいつか聞かせてくれると嬉しいかな」

その日はそれで別れた。次の日、私は学校で友達に会うと謝った。友達も同時に謝った。顔をあげた私たちは、大きな声で笑った。その日から前よりもっと仲良くなったような気がした。そして、私は学校が終わると毎日、その場所に行った。彼は宣言通り毎日、その場所にいた。雨の日も、風の日も毎日その場所にいた。
なぜ夏までなのか、秋も冬も来ればいいじゃない、と一度聞いたことがある。その時の彼の答えは、「秋に入ると寒くなるじゃん。冬になるともっとだ。僕寒いの苦手なんだ」だった。そのあと、クスクスと私が笑っていると、彼は頬っぺたを膨らませていた。

毎日彼と話しをした。彼の話はとても楽しく、面白かった。学校で友達と話すのも楽しいけれど、彼と話すのはまた別の楽しさがあった。そして、いつからだろうか。私は彼と会うたびに、心苦しさを覚えたものだ。

そして、時は流れ中学校を卒業するときがきた。私は地元の高校ではなく、少し離れているけど地元から通える高校に行くことに決まっていた。これまでみたいに、彼と毎日会うのは無理だった。そこで、私は春休みに彼に会うと、

「この桜の木の下でまたいつか会いましょう」と告げたのだった。

私が思い出に浸っていると、突如眠気が襲いかかってきた。ポカポカといい天気だから仕方ないと言えば、そこまでだけど。だけどどうしても眠気に勝てない。そこで私は眠気に体を預けることにした。

目を覚ますと、夕方であった。前にもこんなことあったなと、思っていると何か柔らかいものに顔。載せていることに気づいた。ふと顔を上に向けてみると、
「やあ、起きたかい。僕のお姫様」と言われた。
あの日別れた以来出会った少年であった。少年は今は青年と成長していた。
「久しぶりだね。中学校の卒業式以来だったかな? あの日の約束を果たしに来たよ。ごめんね、本当は君にすぐ会いたかったんだけど」
「そうなんだ。私も会いたかったんだよ」
「高校に上がってからは時間があったんだ。僕は地元の高校に進んだから、すぐに来れたんだ。だけど、いつからか忙しくなってこれなくなったんだ。休みの間だけでもと、夏休みの間は夕方になるとここに来たんだよ」
「ふふ、それじゃ会えないはずだよ。だって私は春休みに来てたんだもの」
「確かに、会えないや」
そこで私たちは笑った。ずっと笑った。
ふと、前を向くと初めてこの場所で見た変わらない夕陽がそこにはあった。
「僕ね、ここで君に会えたら言おうと思ってることが、ひとつあるんだ。聞いてくれる?」彼は前を向いたまま言った。
「うん、いいよ」
「君と初めて出会ったときから、君に恋に落ちたんだ。僕でよかったら、恋人になってくれないかな」
私は答える代わりに、彼に抱きついた。

またいつかこの桜の木の下であなたに会えたら

またいつかこの桜の木の下であなたに会えたら

「この桜の木の下でまた会いましょう」そう約束したのは何年も前。ずっと待ち続ける少女のお話。

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-11-14

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