薄桜鬼(改想録≠メモワール) 藤堂平助編3

近頃、新選組にいた頃のことばかり思い出す。自らの意志でここにいるはずなのに、まるで誰かに言われてそうしたみたいに、言い訳がましく後悔しているのだった。

俺は数ヵ月前、伊東先生と共に隊を抜けた。
伊東さんは、俺の最初の剣の師匠であり、もともと江戸で道場の師範を続けていた彼を、新選組に誘ったのは俺だった。

伊東さんは、自分についてきてくれたことを喜び、良くしてくれていたが、その取り巻きの、小難しい講釈ばかり垂れる人々には、ほとほとうんざりだった。
剣の稽古もほとんどせず、策は色々と練るものの行動に移さないような彼らと自分は、まったく肌が合わないのだった。

ふいに、千鶴のことを思い出す。
彼女は、いまどうしているのか。

千鶴が屯所に来て半年以上が経ち、ようやく外出も許され、平隊士との交流等も多くなった頃。
せっかく男装してるのに女の子の名前で呼ぶのはまずいので、仮で男の名をつけようということになり、皆で色々考えたことがあった。

「鶴丸ってのはどうだ!?」

新八っさんが得意気に胸を張る。

「いや、なんかそれじゃ幼名みたいだろが」

「鶴若とか…鶴千代とか…??」

「……」

将軍の幼名のような、ご大層な名前の候補が宙を飛び交うなか、千鶴は不安そうな複雑そうな表情で、ちょこんとその場に座っていた。

皆で考えた名前を紙に書いて並べる。

「んー…なんかなぁ、千鶴の、鶴って文字は残したいよなぁ!?…男子の名でもしっくりくるしな!!」

「いやでも新八っつぁんのは、なんか違ぇよなー。なんつーか、古くさいっつーか、流行んないっていうか?」

「ん?なんだ平助!!俺の考えたもんにケチつけやがんのか!?
そう言うお前はどうなんだよ、え?いっこも出してねぇじゃねぇか。少しは考えろっての。」

言いながら、片腕で首を締めてくる新八っさんを、きっと睨む。
…俺はそういうのは苦手なんだよ。本人目の前にして、なんか照れるし。

そんななか、近藤さんがふらりと現れて、部屋を覗きこむ。

「おう、皆、なにしてるんだ?」

「あっ、近藤さん。お疲れさまです!!」

近藤さんはずいと部屋に入ってきて、名前のかかれた紙をなぞるように確認すると、目を閉じて唸る。

「むー…なるほど、鶴か…そうだな、蒼天に舞い羽ばたく鶴…」

と、つぶやいてから、急にどかりとその場に腰を落とすと、硯と筆をとって紙の余白に文字を書きつけた。

「蒼鶴(あおづる)」

それを見た千鶴が、瞳を大きくする。

「おーー!!」

「さすがは近藤さん…良い名じゃねぇか。」

「雪村蒼鶴?」

「そうかく、とも読めますしね。
どう見ても女性の名前ではないですから…これで良いんではないですか。」

皆の反応はよかった。俺も、ちょっとかたっくるしい感じもするけど、凛々しくて格好良い名だと思った。

「どうかな雪村くん、君の仮の名前は、俺の考えた名で良いだろうか?」

近藤さんがにこやかに千鶴に訊く。

「…はいっ!!私も、とっても気に入りました!!」

千鶴は目を輝かせ、嬉しくてたまらないといった様子で頷く。

「…そうか、よかった。
では、君は今から蒼鶴だ。新選組の一員として迎える。客扱いは今日で終わりだ。」

近藤さんがそう言って勢いよく立ち上がり、去っていくその背中に、

「ありがとうございます!!」

千鶴は深々と頭を下げる。その拍子に、彼女の黒髪の毛先が畳をかすめて、さらさらと音を鳴らした。
再び上げたその顔には、なにやら憑き物がとれたような、晴れやかな笑みが浮かんでいた。

千鶴は、先日の池田屋討入りの後、徐々に皆の信頼を得始めていた。
俺ははじめ、千鶴が池田屋に来たことを知らなかった。千鶴が池田屋に到着した頃、俺は敵に額を割られ、中庭で気絶していたからだ。
後で聞いた話によると、彼女は人手不足の俺達を見て、伝令や怪我人の救護を積極的に行ったそうだ。加えて、俺が額に負った傷の手当てもした。

たいした女だと思った。
父親を早く見つけ出したいという強い思いはあるにしろ、まさか大捕物にまで参加しようとする女はなかなかいないだろう。下手したら怪我ではすまないかもしれない、殺傷沙汰の現場だというのに。
だが彼女は、皆の役に立ちたいと、ことあるごとに口にしていた。

ある日、土方さんの部屋から千鶴の声がするのが聞こえ、気になって近づいていくと、

「お願いします!!行かせてください!!」

千鶴が土方さんに、必死になにか訴えている。

「…だめだ。今は忙しくて、お前の面倒まで見きれねぇんだ。」

「大丈夫です。自分の身は自分で守りますから。」

「…なに言ってやがんだ。刀ひとつまともに扱えねぇようなやつが。」

「そんなことありません!!
…確かに、隊士の皆さんほど強くはないですけど、一応小太刀の道場にだって通ってましたから、それなりには扱えます!!」

土方さんは、はぁ…とやや苛立ちを含んだため息を吐くと、眉間に深く筋を刻み、鋭い視線を千鶴に向ける。

「…いいか。
近藤さんがお前に何を言ったか知らねぇが、あれぐらいの働きで新選組の一員になれたと思ってもらっちゃ困る。」

「……」

千鶴は、土方さんの鋭い眼光に射すくめられて、怯んだように身を縮める。

「これはお前だけの問題じゃあないんだ。
もしお前が、江戸に向かう途中で長州の連中なんぞにとっ捕まりでもしたら、どうなる。
奴等は、お前から無理矢理俺たちの情報を聞き出そうとするかもしれねぇ。」

「……!」

「もし、『お前があの夜見たもの』のことを外へ知られたら、俺達だけではなく、会津藩や幕府にまで大きな被害が及ぶんだぞ。」

厳しい声が部屋に響いている。
俺はといえば、そうっと襖の影からやりとりを横目でのぞく。
んー…江戸?なんだ千鶴、江戸に帰りたいのか?

「…もともと、綱道さんの捜索だって、そういう意味で慎重に進めてるってのに、お前が無防備に出歩いたら、本末転倒だろうが。」

有無を言わさぬ調子の土方さんに、それでも千鶴は食い下がる。

「父様に似た人を江戸で見たって…!
最近江戸からきたという町のひとに聞いたんです!!」

千鶴のよく通る声が廊下にまで届いた。

「もしかしたら…
もしかしたら私と行き違いになったのかもしれない。父様も、私を捜して心配しているかもしれない。」

「ったく、落ち着け。
もしそうだったら、こちらにもなんらかの連絡が入るはずだ。
いまのところ、綱道さんの行方について、会津藩からも幕府からも連絡はない。」

「…土方さん!!」

千鶴が声を上げる。

「いま、こうしている間にも…父様が危ない目に遭って…どこかに連れ去られてしまったのかもしれない…そう思うと、いてもたってもいられないんです!!」

「私には、他に血の繋がった親戚もいません。肉親は父だけなんです。父様がいなくなったら…私…」

とそこで、ぐっと続く言葉をのみこみ、

「お願いします!!江戸に行かせてください!!」

再び、畳に額を擦るように頭を下げる。
さすがの土方さんも閉口し、いかにも面倒そうな顔で千鶴を見下ろしている。

押し問答が途切れたところで、ひょいと顔を出すことにする。

「あー…土方さん。
俺、連れてこっか?…そいつ。」

千鶴が、面を上げる。

「…平助くん!?」

いつからそこに、という彼女の驚いた表情に、俺はちょっとした満足感を覚える。

「さっきから、こそこそ聞き耳たててやがる奴がいると思ったが…お前か、平助。」

「っへへ、バレちまってた?」

「ったりめぇだろ。
…なんの用だ。」

「まぁまぁ土方さん。
俺、ちょうどあさって、江戸に隊士の募集に行くことになってるし、ついでに千鶴を連れていくよ。」

「あぁ?なんだそりゃ。
…なんでお前が。
どういう風の吹きふきまわしだ?」

「いや別になんもねぇよ。
千鶴にはこないだ傷の治療で世話んなったし…ちょっと家の様子見に行くくらいなら、付き合ってやろっかなと思ってさ。」

それを聞いた千鶴が、思わぬ助け船が来たとばかりに、ぱっと顔を明るくする。

「…平助くん!でも…いいの?」

「あぁ。まーまかせとけって!!」

と、思わず格好をつけて言うが、つかさず土方さんの叱咤が飛んでくる。

「…おい。俺はまだ行っていいとは言ってねぇぞ!!」

「土方さぁーん、固ぇこと言うなってー!千鶴がここにきて、もうすぐ一年くらい経つんだぜ?
もっとこいつのこと信用してやってもいいと、俺は思うんだけどなあ。」

「…信用するとかしないとか、そういう問題じゃねぇだろが。」

土方さんは、呆れたような声でそう言い、顔をそらすと、自室の文机に乗った大量の紙束に目をやる。

そして、そのまま腕組みして黙ってしまった。

「……」

しばしの沈黙が流れる。

「なぁ、土方さん。
なんとかしてやれねぇの?」

再び聞いてみるが、土方さんは答えない。
あんまり気が長くない土方さんは、一回くらいの茶化しは許してくれても、あんまりしつこくしていると、本気で怒(いか)り出す。
江戸へ発つ前に怒られるのも不本意なので、俺も黙る。

「……」

これ以上ごねても無駄かもなぁと、目をむいて天井を仰ぎ見た頃、無言に耐えかねた千鶴が口を開いた。

「……あの。
どうしてもダメと仰るのなら、今回は諦めます。」

俺は思わず口を挟む。

「…千鶴。
いいのか?」

「うん…。土方さんの言う通り、私ひとりではやっぱり危険だし…平助くんに迷惑はかけられないもの。」

千鶴は、諦めたように目を伏せる。
別に、迷惑だなんて思わないんだけど。

「…わがままを言ってすみませんでした。」

静かにそう言い、席を立とうとする。
すると、

「蒼鶴。」

突然、土方さんが、千鶴を俺達がつけたほうの名で呼んだ。

「…はいっ。」

千鶴は、一拍子おいてから慌てて返事をする。

「あの机の、隊士を募るための触れ紙…さすがに平助ひとりじゃ配りきれねぇだろうな。」

と、土方さんが独り言のようにつぶやいた。
なんのことやらわからず、千鶴とふたりで首を傾げる。
すると彼は、文机に向けていた首をこちらへ戻し、

「…蒼(あお)。平助と共に江戸へ隊士の募集へ行け。
あの紙を全部配り終えるまで、帰ってくるんじゃねぇ。」

と言う。
はじめ、千鶴は言われた意味がわからずきょとんとしていたが、次第に頬を緩ませる。

「…いいんですか!?」

「勘違いするな。あくまで隊士の募集に行かせるだけだ。
外では、絶対に雪村千鶴の名は使うな。
蒼鶴という名と…そうだな、近藤さんの遠い親戚ということにして、近藤姓を使え。
綱道さんの娘だということを、決して気取られないようにしろ。…それが条件だ。」

「…はいっ!!ありがとうごさいます!!」

背筋をぴしりと伸ばしてから、千鶴は頭を下げた。

「よかったな、千鶴。」

嬉しそうな千鶴の顔を見て、俺も嬉しくなる。

「おい平助。
お前も…千鶴から目を離すなよ。
もしなんかあったら、ただじゃすまさねぇからな。」

やたら怖い顔で、千鶴の身を案じる土方さんに、

「はいはい、わかってるって。」

と笑って返事をした。

土方さんも、本当は千鶴をなんとかしてやりたいと思っていたのだろう。だけど、その為に新選組を危険にさらすわけにはいかない。
さっき黙ったのはきっと、俺らと千鶴、双方にとって最良の答えを導き出そうとしていたからだろう。

彼は、いつだってそうだ。
俺ら新選組にとって、なにが一番大事か、どうするのが一番正しいかを知っていて、決断し、行動している。
新選組は、彼のその裁量によって守られていると言っても過言ではなかった。
なにしろ、ここには武辺者が多く、物事を冷静に考えられる人間は多くない。かといって、画策ばかりめぐらせて実力のない者は軽んじられる。
そういうなかで、隊士達をまとめ上げることができるのは、彼しかいなかった。

優れた思考判断能力と、他を圧倒する武術の才。
己の腕ひとつで身を立ててきた新選組の剣客達は、そのどちらをも長に求め、まさしく、土方歳三はその長に相応しい傑士だった。

だけど、だからこそ俺は、彼を恐ろしいと思うことがある。
土方さんは、対内外において、近藤局長率いる新選組の存続を脅かす者に容赦がない。
ゆえに、守られる分にはこれ以上に強固たる盾はない。だが、もしも反旗を翻そうものなら、例え仲間でも斬るのが彼のやり方だった。
一度でも敵に回したら、もう二度と受け入れてはもらえないだろう。

自分も武士の端くれだ。
初めて人を手にかけたときより、常に死を意識している俺は、死ぬことが怖いとは思ってないつもりだ。
でも、今まで当然のように仲間として、同志として輪のなかに入っていた人間を、敵とみなして殺したり、或いは自分が殺されたりというのが起こりうると考えたとき、恐怖が胸をよぎる。
そうなったとき、自分はどうするべきか、土方さんに従えるのか、否か、答えが出ない。
皆、ずっと信じて共に闘ってきた仲間だ。
彼のようにすべてを割りきることは、俺にはできない。

ーー新選組を出ることは、死ぬ覚悟をするということだ。
彼は、常にそういう態度で隊士に接していた。だから、脱走した隊士は切腹を命じられるし、場合によっては「死よりも重い罰」を課せられる。
裏切りは死を意味する。その意識は暗黙の了解として組織内に浸透しており、まるで逃れられない枷のように、隊士たちの精神を捕らえている。

特に今のところ、ここを出る気はない俺だが、いつまでもここにいる気もしてなかった。
だから、新選組のそういう極端に保守的な部分が、己の心の自由さを奪っている気がした。

土方さんの部屋を出ると、千鶴が後ろからついてきて声をかける。

「平助くん。どうもありがとう。」

「おう。まー気にすんなって。
親父さん、早く見つかるといいな!!」

「…うん。本当にありがとう。」

俺は生まれたときから親がいないから、親がいなくなる寂しさも心細さもわからない。
いや、確かに親と呼べる存在がいなくて寂しいと思うこともある。でもたぶん、最初からいないのと、もともといて、突然いなくなるのとでは、ちょっと違うんだろうと思う。

土方さんは、千鶴をどうするつもりなんだろうか。このまま綱道さんが見つからなかったら、彼女もずっとここにいるのだろうか。
たとえ見つかったとしても、あの夜彼女が見たものと綱道氏の関係性…そこにある真実は変わらない。
きっと酷く彼女を傷つけることになるだろう。

そのときの俺は、ただそんなことをぼんやりと考えただけだった。

綱道氏が姿を消してから半年以上が経ち、なんの進展もないまま、季節が移ろうとしていた。
少しでも事態が動けばと願い、千鶴は俺と共に江戸に向かうことになった。
でもそれは結局、俺の運命を決める旅となった。

薄桜鬼(改想録≠メモワール) 藤堂平助編3

薄桜鬼(改想録≠メモワール) 藤堂平助編3

乙女ゲームの薄桜鬼にインスピレーションを得て書いた、二次創作小説藤堂平助編その3。平助がどうして新選組を出ようと思ったか。原作ではあくまで千鶴ちゃんが主人公なので、そこんとこが割りとだいたいでしたが、私なりに彼の考えを推考したいと思って書き始めました。ちょっと長くなりそうな予感です。

  • 小説
  • 短編
  • 恋愛
  • 冒険
  • 時代・歴史
  • 青年向け
更新日
登録日
2013-11-13

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted