「見えない」

  わたしは名を名乗るほどの人間ではないが、それじゃこの先、物語りも始らないということだ。
 わたしの名は「斉藤 正」三十七歳、別に変わったところのある人間ではない。ごく普通である。
 きょうだいは姉一人で、二人の男の子がいる。
 ついでと言っちゃなんだが、わたしには約一名三十歳の「綾」と言うかみさんがいる。まるで時代劇にでも出てきそうな名前だ。
 結婚したのはわたしが三十二歳、かみさんが二十七歳のときだ。
 馴れ初めと言うと、恥ずかしいが合コンだ。
 わたしの大学時代の友人の誘いで始めて参加したが、お酒を飲むほどにみんな溶け合い、わたしとかみさんがくっ付いたというわけだ。
 そして生まれてきたのが、それはそれはとってもかわいい「茜ちゃん」今、三歳だ。やはり女の子はかわいい。

わたしは名を名乗るほどの人間ではないが、それじゃこの先、物語りも始らないということだ。


 
                  見えない



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  わたしは名を名乗るほどの人間ではないが、それじゃこの先、物語りも始らないということだ。
 わたしの名は「斉藤 正」三十七歳、別に変わったところのある人間ではない。ごく普通である。
 きょうだいは姉一人で、二人の男の子がいる。
 ついでと言っちゃなんだが、わたしには約一名三十歳の「綾」と言うかみさんがいる。まるで時代劇にでも出てきそうな名前だ。
 結婚したのはわたしが三十二歳、かみさんが二十七歳のときだ。
 馴れ初めと言うと、恥ずかしいが合コンだ。
 わたしの大学時代の友人の誘いで始めて参加したが、お酒を飲むほどにみんな溶け合い、わたしとかみさんがくっ付いたというわけだ。
 そして生まれてきたのが、それはそれはとってもかわいい「茜ちゃん」今、三歳だ。やはり女の子はかわいい。今のところ、子供はその子一人だ。わたしの父は女の孫は初めてなので夫婦でちょくちょく茜に会いにきているようだ。
 かみさんの里は宮崎県のそれこそ「綾町」である。けっこう山の中だ。かみさんの名前もそれから取ったらしい。
 その綾町は「有機農業の町」「照葉樹林都市」などをスローガンとする町おこしの成功例として知られ、自然の中での人間らしい生活を求める全国各地からの移住者が、後を絶たないらしい。日本で最も美しい村連合ということだ。
 それはそうとして、かみさんの両親は茜に会うのにはちょっと遠いということで、正月だけかみさんが、 茜と一緒に里帰りをしている。わたしも一緒に行きたいのだが、仕事柄正月休みは一日だけしかなく断念せざるをえない。
 かみさんが茜を連れて、公共の乗り物で綾町まで行くのには時間も掛かるし、大変だということで、かみさんも免許を持っていることだし、レンタカーで帰っている。この町にもレンタカーが一社あり、福岡からその会社のレンタカーで帰り、一度戻して、帰りにまた借りて帰ってきているらしい。借りっぱなしではもったいない。
 かみさんにはお兄さんが二人いて、孫は二人と、三人。茜も入れたら六人になる。
 しかし兄二人も、宮崎市内で働いてはいるのだが、正月はやはり奥さんの里にも帰ったりしているようで、孫六人会うことはめったにないと言っていた。
 少子化が問題になっている今、とりあえずはわたしもかみさんも男の子が一人ほしいね、と言いながら、それとは関係なく頑張っている。
 わたしの仕事は福岡に本店を置き、市内に三店舗置く中規模的なホームセンターの店長を務めている。
 大学を卒業し、五年間店長の下で働き、その後七年間はバイヤーと言い、良い品をどれだけ安く仕入れるか、みたいな仕事だ。それを経て、三十四歳で店長に昇格。しかし、たかが店長と思ってくれてはいけない。
 まず、売り上げは絶対に下げるな、と言っていいほど厳しい。責任は店長にある。
 しかしわたしの店舗はそれなり売り上げは維持している。これもほかの社員、店員のおかげだと思っている。
 社員は、男性がわたしに副店長。機械工具係が一名、倉庫係りに一名、の四名、あとはパートの店員が女性の八人で、そのうちレジ係りに六名、あとの二人はお客さんが扱った商品の並び替えや雑用だ。
 計十二人。しかし、パートは交代制で、それまで計算すると二十四名となる。社員合わせると二十八名となり、毎日そのメンバーで切り盛りやっている。
 ところがここ何年もほとんどパートのメンバーが変わらない。わたしとしては大変助かっている。ただほとんどがおばちゃんだ。
 しかし、いくら店長と言ってもこのご時世だ。給料は決して高くはない。
 今のホームセンターは営業時間が長くなり、わたしの店舗も朝、八時半から夜の九時までやっている。
 であるからして、店長と言えども男性の社員と一緒に開店一時間前にはお店に着いて、開店の準備だ。
 パートの店員は三十分前に来て、片付けが終わると帰ってもらってるが、わたしはまだ伝票の整理なんかで、店を出るのも十時近い。休みは二日取れるのだがなかなかそうとは行かず、今のところは木曜日だけ休んでいる。
 とりあえず大学は出たのだが、わたしに甲斐性がないばっかりに、かみさんは背中にムチを打たれながら朝の十時から、夕方五時まで働かされている。市内では有名なイタリアンレストランのパートをやっている。
 ということで、茜は保育園のお世話になっている。わたし的には幼稚園に入れたかったのだが、別に偏見があるわけではない。わたしの収入が原因である。まぁそう言うことだ。
 ところでわたしの父が定年で、退職金で小さな家を建てたが、わたしと姉の二人きょうだいには、ほんのおこぼれ頂戴だ。
 ということで市内に子どものことを考えて、3LDKの賃貸マンションに住んでいる。
 茜には子供部屋を用意した。
 でも良いことに自宅からかみさんのお店まで歩いて二十分ほどだが、保育園はその途中にある。非常に便利が良い。そしてこれも都合の良いことに、住んでるマンションの近くに滑り台やブランコなどの遊具の設備が整った公園がある。
 結婚して都合の良いマンションが見つかったら、たまたまその公園が近くにあったのだ。
 かみさんは仕事を終え、帰りに茜を迎えに行き、家に着いたらかみさんはお買い物、そして茜は毎日、その公園で遊んでいる。公園のお友達も多いみたいだ。そもそも茜はあまり人見知りはしない。
 わたしは、朝は七時半には出て行かなければならず、茜が起き掛けのときに出て行き、帰ってきたら既にお眠りしている。毎日遊んであげることは出来ない。仕方なく今のとこは、茜のかわいい寝顔で満足している。わたしが茜を遊んであげるのは休日の木曜日だけだ。
 とまぁ、ごくごく普通の家庭なのである。
 ところがある日、家に帰るとかみさんがおかしなことを言い出した。というのは、
「あなた、昨夜、茜と一緒にテレビを見た歌番組に、HUK18という女に子だけのグループが歌ってたんだけど、あなたも知ってるわよね。そしたら今朝、茜がそのグループの中の前から二番目の一番右側の子が見えない、て言ったの。わたし、よく意味がわからなくて「茜それってどう意味」って聞いたらわかんない、としか言わなかったけど、別に気にすることじゃないわね」
「なに言ってんだ。べつにその子がいなくなってもどうせ夢の話だろう。なにを気にしてるんだ」
「そうよね」
 次の日、仕事から帰ったら、かみさんが、
「あなた、昨日茜が言っていたHUK18の女の子、今朝の芸能ニュースを見ていたら、その子の交通事故に会い、亡くなったらしいの。茜が言ってた通りだわ」
「ただの偶然。そんなこともあるさ」
 しかしかみさんはどうも気になっているようだ。まさか茜に超能力でもあるとでも思ってるじゃないだろうな。
 それよりわたしは、茜の言葉づかいが気になって仕方ない。保育園で覚えてくるんだろう。
「おい」とか「おまえ」それに今の若い子が使う、言葉を略してしまう話し方もするようになった。
 そのつど注意はするんだがなかなか直らない。多分どこの子も一緒なんだろう。
 
 季節はもうそろそろ十二月に入ろうとしていた。これからがホームセンターの一年で一番の稼ぎ時だ。  
 しっかり忙しくなる。それはかみさんも同じことだろう。
 ちなみに、パートの店員から忘年会の話が出てきて、わたしに幹事になってくれと言い出した。と言っても毎年同じことなのだが。
 ここんとこ毎年同じところでやっているので、今年はお店を変えようということになったらしくて、店員の女性が良い店知ってると言い出した。日にちは十一月二十七日の水曜日だ。
 なぜその日に決めたか聞くと、わたしが木曜日がお休みだからということだ。店長は毎日遅くまで頑張っておられるから、との心使いだった。なんと嬉しいお言葉ではありませんか。パートのメンバーが変わらないのは、わたしの人徳かなと、うぬぼれたりもして。
 とりあえず忘年会の出欠を取ると十八名。そのお店にこれだけの人数が入れるか、わたしに下見に行ってくれということになった。おかげさんでわたしの家族はその店に行って食事をしなければならい羽目となった。まぁ、久しぶりの外食で茜も喜び、良かったのかもしれない。かみさんも満足してるようだった。
 確かに店内は広いし料理も安くて美味しかった。ただ、九時に店を閉めてバタバタしてこの店で忘年会を始めようとしてもどうしても十時近くになる。毎年のことで店員の女性軍はすでに承知の上のことではではあるのだが、この店の店長に相談しなければなるまい。
 早速わたしは店長を呼んでもらい、十一月二十七日の夜十時から約十八名、ほとんどが女性だけど大丈夫かたずねたら、
「店は一時まで営業しているからその間だったら大丈夫なんですけど、その日の予約の確認をして来ます」と言って確認に行った。
 戻ってきた店長は「大丈夫です。二、三日前にははっきりとした人数と予算の連絡をお願いします」と言った。
 わたしは会社の名刺を店長に渡し「よろしくお願いします」と言ってその店を出た。
 よし、今年の忘年会はここで決まりだ。

 街はクリスマス一色になり、その雰囲気を若者たちは楽しんでいるようだった。そんなある日、かみさんが、
「ねぇ、あなた。今朝、茜がまた例の変なことを言い出したのよ。毎日茜と一緒に保育園に行く途中、ほとんど毎日犬を散歩に連れてるおばさんと会うんだけど、向こうは反対の歩道ですれ違いなんだけどね、茜があの犬が見えない、って言うのよ。そしたら今朝はそのおばさんと会わなかったの。ただの偶然かしら」
「ただ今日一日会わなかっただけだろう。そんなのちょっとした時間のずれでそんなこともあるさ。あんまり気にしなさんな」
 と、わたしはうてあわなかった。ところが次の日も会わなかったとか。そしてその次の日もだ。
 するとかみさんは、
「ねぇ、やっぱりおかしいわよ。今まで三日も会わない日なんてなかったもの。多分明日からも会わないと思うわ」 
「ところで茜はそのことにはなにか言ってるのか」
「いいえ、わたしが聞いてもただ、わかんないとしか言わないわ」
 わたしも少しは不思議なことだなとは思ったが、三度目の正直でもいうか、もう一回待つことにした。
 やはりかみさんの言うとおりに、あれから例のおばさんとは合わないらしい。
 
 さて、忘年会も始った、大騒ぎだった。ほとんどがおばさんなので、うるさいのなんのってすざましい。
 ところでこれだけ女性が集まると、中には男心をそそられそうな良い女が一人や二人ぐらいはいるものだ。
 わたしのお店にも一人いる。「脇田さん」と言い、わたしと同じ年の三十七歳、バツイチだ。あまり話す機会はない。
 わたしは飲んでいるウイスキーのハイボールのグラスを持って彼女のところまで行き、
「飲んでるのはチュウハイ?」
「はい、レモン味です」
「もう何杯目なの」
「四杯目になりますけど、そろそろ酔ってきちゃったみたい」
「こんなこと聞くのは失礼なんだけどさ、なんで旦那さんと分かれちゃったの」
「べつに構いませんよ。良い男だなと思って一年で結婚、ところが主人はお酒が入るとわけの分からないこと言い出して、わたしに暴力をふるうようになったの。好きで結婚したのでいいかげん我慢もしてきたけど、主人の暴力は次第に酷くなり、我慢する必要もないのでこっちから「三行半」を罵声と一緒に叩き付けてやったわ。そしたら主人はおとなしく離婚の書類に印鑑を押してくれたの。幸い子供はいなかったのでそれで終わり。せいせいしたわ」
「へぇ、そうだったのか。女性に暴力を振るう男は最低だよね。でも君って美人だから男がほっとかないだろう」
「今、付き合ってる男性はいるんだけど、ただ今吟味中なの。もう軽く結婚はしたくないから」
「そっ、そりゃそうだよな、はっはっは」
 くそー、わたしの思惑とは違っていた。てっきり彼氏もいない独り者と思っていたのに。でもそうだろう彼女はそれだけの魅力があふれてる。
 もし付き合ってる男性がいなかっとしても、わたしがどうこうするつもりはないのだが、男ってそのくらいあって良いんじゃないだろうか。
 男が結婚していようが、してなかろうが、そういったことが男のバロメーターじゃないのかな。
 女に関心がなくなったら男は終わりだ。歳は若かろうが、年寄りだろうが関係ないと、わたしは思っている。
 ちなみにわたしは今のかみさんで十分満足してる。表向きなのだが。
 そうしていたら「店長!なにを脇田ちゃんとばかり話していたの。駄目よあの子に手を出しちゃ。わたしだったらいつでもいいわよ」と五十歳近いおばちゃんがわたしのそばに来て大騒ぎだ。「わっはっはっは」   
 本当に楽しい忘年会だった。
 そういうことで、わが社の忘年会も無事終わり、あとは年末商戦真っただ中だ。店内はクリスマス関係の商品一色だ。
 こういった商品はわたしも驚くほど安い。お客さんにどんどん買ってもらいたいものだ。
 ある日、店内の商品を見て回ったら、なんとわたしでも抱けるほどの大きさの熊の縫ぐるみが、メーカーもので、千九百八十円。これは安い。店長のわたしが驚くのもおかしいが、価格は本社が付けて来るのでわわたしも気が付かなかった。
 茜が熊の縫ぐるみをほしがっていたので、これはチャンスだと、茜のサンタさんのプレゼントとして一個だけ確保しておいた。予想していたとおりこの商品はすぐに売り切れた。本社に連絡してら全店売り切れで、在庫もなかった。確保していて良かった。
 帰ってこの話をかみさんに話すと大喜びだ。
「良かったぁ。わたしも大き目の熊の縫ぐるみを探してたんだけど、とてもそんな価格では売ってなかったわ。あなた、ありがとう」
「いえいえ、とんでも御座いません。これもすべて茜の為でございます」
 それはそうと、やはり例の犬を散歩させていたおばさんとはあれから一度も会わないらしい。
 さすがのわたしもなにかを感じ始めた。
 
 やがて街も寒くなり、冬到来を感じる。やれクリスマスだの、お正月だのと街中あわただしくなってきた。
 わたしは一年の中で、このころの時期が一番好きだ。街中が活気にあふれている。
 そしてクリスマスの前日がやってきた。今朝、わたしの出勤前に珍しく早起きした茜が、
「パパ、サンタのおじちゃんが熊の縫ぐるみをプレゼントしてくれる夢見たよ」と言った。
 わたしは嘘だろうとびっくりした。これが三度目の正直なんだろうか。かみさんも驚いていた。
 しかし、一回目は一人亡くなって、二度目は散歩の犬が亡くなったであろう、であったが、そのときは
 茜は「見えない」と言っただけだが、当たっていた。熊の縫いぐるみはただの正夢なんだろう。
 わたしはとりあえず、家のノートパソコンで「超能力」を検索してみた。
 ウィキペディアによると
「超能力(ちょうのうりょく)とは、通常の人間にはできないことを実現できる特殊な能力こと。今日の科学では合理的に説明できない超自然な能力を指すための名称」とある。 
「超能力」にはいろんな種類があって、
「テレパシー」遠隔知覚力。他者の精神や感覚といった情報を距離に関係なく直接知覚する能力 。
「プレコグニション」要するに予知能力。これから起こる出来事をあらかじめ知ることの出来る能力のこと。
「サイコキネス」スプーン曲げ、テレキネシス遠隔念動力、物体に手を触れることなく物理的な影響を与える能力。
「念写」念じるだけでフィルムやビデオに像を写したり録音したり出来る能力。
 このほかにもまだ超能力と呼ばれるのはたくさんある。
 茜にもしそういった能力があるのであれば、プレコグニション。要するに予知能力のことだ。
 茜にもし予知能力があったとしても、だれかが亡くなってしまう予知で、もっと早く予知出来れば助けることも出来るかもしれないのだが。
 しかしわたしが思うに、こういった能力を持っているからといって良いことがあるだろうか。スプーンを曲げる能力があってもなんの役にも立たない。
 詳しく調べて役に立つ超能力は、
「ダウジング」特定の物、人物がどこの場所にあるかを探し出す能力。行方不明の人を探し出すといった能力だ。本当にこれが出来たらたくさんの人たちが助かるであろう。
 茜の能力は、かえって怖いぐらいだ。茜は超能力者でないことを祈っている。

 クリスマスイブだ。かみさんはクリスマスケーキを買ってきていた。箱を見るとちょっと大き過ぎるんじゃにかとか思うほどだ。
「去年と違うのよ。見て御覧なさい茜の食べっぷりを」
 かみさんはそう言うとケーキの箱を開けて見せた。すると半分近くに減っていた。かみさんも一緒に食べたのかなと思ったら、なんと茜一人で食べたらしい。
 なるほど、そりゃそうだ。一年経ってるもんな。わたしも酒を飲むくせにケーキは大好物だ。大きいに越したことはない。
 かみさんは茜用に、大好きなハンバーグも作って食べさせたようだ。しかし、あの小さな身体でよく食べたものだ。
 茜も大きくなったんだなと嬉しくなった。するとかみさんが「さぁ、わたしたちもクリスマスしましょ」と言って、わたしに急いでお風呂に入るように言った。
 風呂から上がって食卓に座るとわたしの好物のビーフシチュウと、赤ワインを用意してくれていた。
 このワインは千円以下で買える「コノスル」と言うチリ産のお勧めのワインだ。
 そしてかみさんが作るビーフシチュウがこれまた絶品なのだ。
 デミグラスソースはお店のやつを使い,牛のばら肉のブロックを買ってきて、適当な大きさに切ってフライパンで少し焦げ目が付くるぐらいまで炒め、そのデミグラスソースになにかの調味料とか隠し味などを使って、一緒に煮込み鍋で二時間ほど二日ががりでコツコツと煮込む。すると牛のばら肉を口に入れると、溶けるほど柔らかになって非常に美味しく頂ける。
 しかし、わたしはわざわざ煮込み鍋を使わずに、圧力鍋でもうまく出来るんじゃないのかとかみさんに聞くが、どうも圧力鍋は苦手のようだ。せっかくあるのにまだ一度も使ったことがない。
 しかし、この煮込み鍋は、中が陶器で出来ており、カレーでも何時間煮込んでも決して焦げ付くことはない。実は、この煮込み鍋はわたしがまだ独身のころ一時カレーに凝って、カレーのルーから手作りしていたほどだ。そのとき買ったのがこの煮込み鍋なのだ。ちょっと電気代が掛かるだろうが、とても重宝している。
 かみさんもワインが好きで、二つの大き目のワイングラスにワインを注ぎながら、かみさんと乾杯。
 わたしはさっそくビーフシチューを口にした。肉が非常に柔らかく溶けていく。
「今回のシチュウも上出来だね」
「お褒め、ありがとうございます」
 わたしたちはいろんな話をしながら、おかげさまで楽しいクリスマスになった。
 そしてわたしたちが寝る前に例の熊の縫ぐるみを茜の枕元に置いた。茜の喜ぶ姿を、明日の朝見たいものだ。わたしは明日の朝、茜が熊の縫ぐるみをみて喜ぶ姿をみて出勤しようと決めた。
 ちなみに、わたしの両親は、今年のクリスマスは近くの家のパーティーに呼ばれてこれないらしい。これで、茜のクリスマスプレゼントが一つ減ってしまった。
 
 そして正月が来た。わたしのお店は初売りが一月二日からだ。ゆっくり出来るのは元旦だけ。
 しかし、家にいるのはわたしだけなのだ、かみさんと、茜は毎年のように里帰りをしている。
 おせち料理はちゃんと作ってくれている。元旦なのでだれも訪ねてはこない。
 とりあえずはおとそを飲んで、あとはわたしの好きな石川県の地酒を冷やしておせち料理を食べる。
 テレビも嗜好をこらした面白い番組も多くなり、一人でも退屈することはない。
 毎年の恒例である。
 ところであの「おとそ」わたしは独特のかおりが大好きで、父は、わたしが小さいころから少しだけ飲ましてくれいた。
 正月気分も冷めた時期になると、あとは寒いばかりでなんの楽しみもない。やはり年末のあわただしい頃が楽しい。これからの楽しみと言えば、五月七日の茜の誕生日ぐらいなものだ。
 今年は例年になく寒い年になった。雪が降る日も多い。うまい具合に雪が積もってくれれば、茜は友達と一緒に雪合戦でも出来るのだが、残念ながら、積もるほどには降ってはくれない。
ところがある日、かみさんが「茜が朝起きると、ママ、雪が積もればいいね」と言ったらしい。
 そしたらその日の朝の天気予報で、雪を伴う大きな低気圧が福岡に近づつあると、言っていた。そしたらなんと夕方から珍しく大雪になった。
 かみさんも茜も家に帰っていたから良かったものの、もう少し早く振っていれば二人とも雪まみれになりながら帰らなければならないところだった、と言っていた。
 わたしの帰りも、もうすでに雪が積もって車で帰るのが恐ろしかった。明日の出勤が思いやられる。
 いつもより早めに出なければ、開店に支障をきたす可能性もあった。雪はすでに止んではいたが、屋根から地面まで真っ白だ。案の定、店に着くまで三十分余計に掛かった。でも事故も何ごともなかったのは幸いだった。
 しかしその日は天気は持ち直し、日が差して来た。雪は長持ちせずにどんどん溶け出してきた。
 これで帰りは心配しなくて良くなったが、茜は保育園で雪合戦は出来たか気になった。
 帰ってかみさんに聞くと保育園に付く頃はまだ雪はまったく溶けてなかったらしく、保育士のお姉さんたちも一緒に雪合戦を楽しんだらしい。それは良かった。
 しかし、茜の言ったことがまた現実となった。しかし「見えない」ではなかったのでたまたま当たっただけだろう。どうなんだろう、本当に茜はそういった能力を持っているのだろうか。
 一度精神科でも連れて行ってみるのも良いのかもしれいと思った。
 それとも精神科ではなくて、そういった能力を持った人間を診てくれるところなんかあるのだろうか。
 わたしはとりあえず休みの日に、保育園には適当なことを言って茜を休ませ、精神科の病院に連れて行くことにした。
 しかし、茜になんと言って病院に連れて行くものかが問題だった。そして、精神科で超能力を診察してくれるのかも疑問だった。
 わたしは茜を病院に連れて行く前に、最寄の精神科の病院に電話をして尋ねてみることにした。すると「当院ではそういったものの診察はやってはおりません」ときっぱりと断られた。
 これじゃ茜を休ませた意味がなくなった。これからどうしたものかと考えてたら茜が、
「パパ、今日はどこかお遊びに連れてってくれるために茜はお休みしたの?」と聞いてきた。
 そうか、その手があった。今までほとんど一日中茜を遊んでやったことがない。良いチャンスになった。   
 超能力のことはとりあえず置いとくことにした。
「茜、寒いけど遊園地に行くのは大丈夫かな」
「うん、だって保育園ではいつもお外で遊んでいるもの」
 ということで、わたしは茜に寒くない服装で、市内の香椎にある遊園地に連れて行った。
 茜はわたしといろんな乗り物などで一日中遊んだ。わたしは寒くてたまらなかったが、子供は元気なものだ。平気で遊んでいる。変な検査に連れていくより、この方がどれだけ茜のために良かったか痛感した。
 この話でかみさんは大喜び。良かった、良かったと、茜以上の喜びだった。
 
 やがて寒い冬も去り、春が訪れ桜も散り、つつじの鮮やかに咲く頃が、五月七日の茜の誕生日だ。
「茜」と言う名前の由来はなんと、ただ、わたしが好きなだけというそれだけの理由だ。
 まさかつつじの季節だからと言って「つつじ」と言う名前を着けるわけにはいかないだろう。
 かみさんと誕生日のプレゼントは何にしようかが問題になった。キャラクターゲームにするか、靴と洋服にするか、二者拓一となった。結局は、茜はあんまりゲームとかより外で遊ぶことが多いので、靴と春物のパーカーに決めた。靴はキャラクターもので、パーカーは茜の好きなピンクにした。
 五月七日がやってきた。プレゼントはすでにかみさんが渡したみたいで、パーカーが大のお気に入りになったみたいで、早速それを着て公園に遊びにいったらしい。友達に見せびらかしていたのかもしれない。
 とりあえずは二人ともホッとした。
 とっ、気が付けば、茜は今回お誕生日のプレゼントの予感、言わなかったな。この先も出てほしくなかった。
 さすが四歳ともなれば、わたしたちの言うことを結構理解するようになってきたし、あの悪い言葉も次第に使わなくなってきた。こうなれば、来年も楽しみになってくると言うものだ。
 かみさんは、四歳になった茜の様子を保育園の保育士のお姉さんに聞くと、茜はとにかく元気で友達にはやさしく、いじめをしているようなこともないとのことだった。
 茜はそんなに良い子に育っているのかと思うと、親としてはこの上ない喜びだ。このまま何事もなく育ってくれるのを祈るだけだ。
 
 月日は流れ、茜もついに小学校へ入学した。入学式のお祝いはわたしの仕事の都合上、四月十日の木曜日に盛大にやった。ランドセルはもちろんブランドの「フィットちゃん」にした。色は茜の欲しがっていた赤のランドセルにした。学習机はわたしの父が買ってくれた。
 茜が通う小学校は小高い山の下方にあり、中学校はその隣にある。と言ってもそう高いところにあるわけじゃない。家から子供の足でも三十分あれば着く。
 ところで、例の予知能力はあれから出ることはなかった。もうこりごりだ。神経が疲れてしまう。
 茜の小学校の生活は、とても楽しいらしくて、勉強も好きなようだ、特に、算数が得意みたいでクラスで一番らしい。ちなみにクラスの人数は三十三人ということだ。
 まだ一年生だからこの先どう変わっていくかは分からないが。


                     (2)



 わたしのあみさんがなんと教育ママと化してしまった。
 先日かみさんに、茜のクラスの担当の先生から連絡があり、是非会って話したいことがあるとのことだった。かみさんは、茜がなにか悪いことでもしたのかなと、どきどきものだったらしい。
 二人は、家の近くにあるファミリーレストランに六時に待ち合わせ、先生は、
「お忙しいところまことに申し訳ございません。話は長くは掛かりません。実は、おたくのお嬢さんの数字に対する能力がずば抜けています。とにかく、算数のテストはすべてが百点満点。ただ、ほかの教科は普通より少し上ぐらいなんですけど。しかし、今でも二年生の算数テストを受けさせても、良い成績を取るんじゃないだろうかとの学校の見解なのです。でもそれはとりあえずはやらないことにしています。まだ一年生だし、あまりエスカレートするのは本人にも良くないでしょう。
 おかあさんも茜ちゃんの算数のテストが全部百点なのはご存知でしょう。そこでお話と言うのは、まことに失礼なんですが、おかあさんは茜ちゃんを塾に通わせるのではないだろうかと思い、もしそうだったらまだ早すぎるのではないのでしょか。もちろん、学校としてはこんなことを言う権利はないのですが、わたし個人で申し上げております。
 わたしが思うに、茜ちゃんは塾なんて行かなくても算数の能力は上がって行くと思います。とにかく数字に関してはまさか天才ではなかろうかと思うほどです。ほかの教科も少しづつ上がってきてますし。遊び盛りの茜ちゃんです。このまま様子を見ていてもらえないでしょうか」
「そうですか。たしかにわたしは塾のことを考えておりました。そうですか、茜はそんなにも数字に強いんですか。びっくりしました。分かりました。塾のことはやめておきましょう」
「そうですか、ありがとうございます。茜ちゃんの将来がたのしみです」
「ありがとうございます」
 と、クラス担当の先生から話があったらしい。かみさんはどうも肩透かしにあったのではないだろうか。
 わたしにはかみさんからまだ塾の話は出てなかったが、今のところは学校の説明があったばかりで、言い出せずにいるみたいだ。そのうち言い出すんじゃなかろうかと思っている。
 わたしも学校の考えと同意見だった。茜本人もただケロっとしているだけで、エスカレートしているのはかみさんだけだ。
「あなた、茜はきっと天才なのよ。将来、大学の数学の教授にでもなれるんじゃないの」と言い出す始末。
 わたしはただあきれるばかりである。恐らくかみさんは塾に通わせる計画を立てているはずだ。
 そうなりゃわたしは断固として反対するつもりだ。わたしは茜の教育は自然体で行くつもりだ。
 茜本人はまだ自分の能力には関心はそんなにないはずだ。茜が二年、三年生となって、自分の能力に気が付いて茜本人が塾を希望すれば考えても良いが。
 茜は例の予知能力のことはまだ小さかったので覚えていないだずだ。しかし、茜の数字に対しての能力と超能力とは関係があるのだろうか。もしそうであれば茜の数字の能力を上げてはならないと思った。
 もし茜の数字の能力がこのまま上がって行って、予知能力がもっと強力になって行くことを考えると、恐ろしくなる。
 しかし、あの能力は茜が三歳のときだけでそれからは何事もなかった。もうあの能力はなくなってしまったんだろうか。わたしはそう願いたい。
 
 何事もなく茜は小学三年生になった。茜が一年生のときに学校とかみさんが大騒ぎした茜の数字の能力はあれから少しは落ち着き始めたと。しかしほかの生徒とは格段の差があるらしい。と学校の説明があったらしい。かみさんの思惑はことごとく崩れ去ったようだ。  
 ということは、茜はただ算数の得意な普通の女の子になったのだ。しかし、相変わらず算数のテストは百点ばっかりだが、わたしはほっとした。
 でも、ただ算数だけが良いだけじゃ駄目で、ほかの教科も良くなって欲しい。
 そんなある日、茜が「ねぇ、お母さん、わたし社会と国語も面白くなってきたよ」と言ったらしい。
 わたしは茜に小学校に上がったら「ママ」「パパ」と呼ぶのはやめて「お母さん」「お父さん」と呼ぶように強く約束させていた。
 社会と国語の成績が上がれば、算数を除いてもクラスの上位に入りそうだ。わたしもかみさんに感化されそうだ。
 茜は自分用のテレビが欲しいとは言わなかった。小学に上がれば自分の部屋にテレビぐらいは欲しがるのだろうが。テレビはかみさんと一緒に見てるようだし、ほとんどは自分の部屋で図書館で借りてきた本などを読んでいた。

 ところがある日、茜が「ねぇ、お母さん、よくサスペンスに出てきて刑事役になる「筒井 真」って役者がいるじゃない。今朝方その筒井 真が頭の中に出てきてスーっと消えちゃったの。この感覚わたしが小さいころもあったような気がしてるの。そのことが妙に気になって仕方ないんだけでどなにかしら」
 かみさんはその話を聞いてついに出たかっと、慌てたらしい。かみさんは平静を装って、
「さぁ、なにかしら。おかあさんには分からないわ。昨日そのサスペンス自分の部屋で見たの?」
「見てないわ。サスペンスなんてそんなに好きじゃないもの。お母さんと一緒に見るときだけよ。でもなんでかしら」
 茜はそう言って学校へ出て行ったらしい。
「あなた、もしその役者が亡くなったとかなったらどうしよう。わたし怖いわ」
 しかし残念ながら茜の予言は的中した。筒井 真はすい臓がんであっけなくなくなったらしい。
 ついにやってきてか!しかも今回も人が亡くなったのだ。これはただごとではなくなった。
 なにより茜本人が一番びっくりしただろう。茜はかみさんからその話を聞くと
「お母さん怖い!わたしどうしたらいいの」と泣き出したらしい。まだ小学三年生なのにかわいそうな体験をしてしまったのだ。三歳のときはわけの分からなかったようだったが、茜はこの出来事を理解しているのだろうか。
 わたしはもう夜も遅かったが茜の部屋をノックして「お父さんだ」と言うと「開けていいよ」と返事が返ってきた。わたしはそっと部屋を開けると真っ暗だった。
「茜、電気を付けてくれ」と言うと部屋は明るくなった。茜の目は真っ赤だった。相当泣いたのだろう。
「茜、眠れないだろう、あんなことが起きてしまったからな。もう起きてしまったことだから言うけど、
茜も小さいころもあったような気がすると、お母さんに言ったみたいだが、それは本当のことなんだ。
 茜が三歳のとき二回そんなことがあったんだ。今は解散しているが、HUK18という女の子だけのグループがあったんだが、その中の一人の女の子が交通事故で亡くなったんだ。それと、お母さんと毎日散歩で会っていた犬が亡くなったこと。などの予言をしてみんな的中したんだ。そのときに茜は、「見えなくなった」と言っていたんだ。
 どいう意味なのとお母さんがたずねても、茜はただ「分かんない」というだけだった。
 茜が今でもかわいがっているクリスマスのプレゼントの熊の縫いぐるみの夢を見たと言ったが見事当たった。それと雪が積もればいいねとお母さんに言ったらその日の夕方から大雪になった。そして保育園で雪合戦したの、覚えているかな」でもそれはただの偶然だったんだろう。
「なんとなく覚えてる」
「そうか、でもそれもただの偶然だと思う。お前の予知能力は「見えない」と言ってその人が亡くなってしまうことなんだ。
でもその現象はそれまでで、お父さんとお母さんはもう終わったようだと安心していたんだ。
 茜の小学一年生のとき数字の能力がずば抜けて良くて、その予知能力と関係があるのかなと思ったんだが、
その数字の能力も落ち着いたと学校の先生から聞いて、もうあの現象はもう起きないだろうと安心していたところだったんだ。
 茜、嫌な思いをしているだろうが、当時、相談するところが分からなくて、精神科の病院にたずねるときっぱりと断られるし。お父さんたちも大変だったんだ。まさか今になって出てくるとは。
 茜、お父さん真剣に相談できるところ探してみるから、あんまり気落ちしないようにな。別に茜が殺したわけじゃないんだから。しっかりしてな」
 わたしはそう言って部屋を出て行った。
 しかし、インターネットで検索しても、怪しげなものが多く、しかも超能力を消してあげますなんてサイトはひとつもなかった。
 超能力を認めるか、認めないかの世界ではない。超能力は実際我が家で起きているのだ。このことは絶対に他言しないことにした。
 後日、わたしは茜にインターネットの検索の話をして、予知能力はもうおまえと一緒に共存して行くしかないと話した。
 茜はかわいそうだったが、わたしが話している間、下を向いたままうなずくだけだった。
「しかし茜、もしかするとその能力が人助けにつながることもあるかもしれないよ。悪いことばかりじゃないとお父さんはそう信じている。しかもめったにあることではないし、今までのように茜の持ち味の明るさと元気を取り戻して勉強に頑張ろう」と元気付けた。
 しばらくして茜は以前のように元気を取り戻した。とりあえずはひと安心だ。

 そてから約一年。茜が小学4年生のときに、念願だった男の子が生まれた。
 名前を「斉藤 昇」と名付けた。竜のようにどんどん天まで昇って行くように育ってほしいということで、この名を付けた。男の子で良かった。わたしとかみさんはもちろん、茜も弟が出来て大変喜んだ。
 もっと早く出来る予定で、疲れた身体で頑張ってはいたもの、頑張りようが足りなかったのか、茜と歳が少し離れてしまった。
 かみさんの仕事のパートは辞めなくて済み、時期がくればまた働いてもらいたいと、お店の御計らいだった。
 しかし、もう持ち出したくない話だが、茜はこの昇が生まれたことを予知することはなかった。
 やはり、茜の予知能力は「見えない」だけのようだ。
 昇はとても元気の良い子供だった。
 昇の首が安定した頃になると、茜はとてもかわいがって、「昇ちゃん、昇ちゃん」と言いながら、抱っこするのも上手くなった。
 かみさんは、お店に甘えてあまり長く休むのもなんだし、経済的なこともあって、昇は二歳で保育園に預けることにした。
 茜の学校の成績は、相変わらず算数はもちろんクラス一番で、ほかの科目も良い成績で、クラスでも人気があるみたいで、優等生と言っていのかな、と思ったりもしている。昇もこうなってくれればと願うばかりである。
 ところで、わたしの仕事と言えば、別の店舗の店長に変わって、場所も遠くなり都市高速を使わなくてはならなくなった。まぁ、交通費の支給はあるのだが、家から都市高速に乗るまでの時間もあるが、乗ってしまえば早いものだ。そして今度の店舗はインターチェンジの近くにある。それでも四十分は掛かる。
 わが社で一番大きな店舗である。
 ということは、わたしは昇格したのだろうと思いきや、前の店長は病気のため長期入院しなくてはならず、
わたしが代わって店長になっただけのことだ。しかし、副店長もいるのだからそちらが店長になればと思ったのだが、そうとはいかないものらしい。しかし、給料も少しは上がって助かったのだが、当然従業員も多くなって、ちょっと苦労ごとも多くなった。休日は同じ木曜日にしたが、相変わらず、ほかの日には休みはなかなか取れない。
 昇といえば保育園で元気なのは良いことなのだが、園内で暴れまくってほかの子を泣かしたりしているようで、かみさんはたびたび保育園に呼ばれているらしい。
 家でもそういったことが伺える。わたしたちの言うことをあまり聞かないことが多すぎて、頭の痛いところである。しかし、決して甘やかしたりはしていないで、ちゃんとした躾はやっているのだが。
 茜は女の子ではあるが、あまりにも違いすぎる。茜と違う、なにか別のものを持っているのかもしれない。
 しかしそれは、今のところ良い方向に向かってはいない。このまま大きくなって行ったら大きな悩みの種にもなりえない。どうかやさしい子供に育ってほしいと願うばかりだ。
 かみさんが仕事帰りに昇を迎えに行くとおとなしく一緒には帰ってくるのだが、泣いた後とか顔にはバンドエイドばかりのときがあったりで、あきれてしまう。どうしたものだろう。
 
 茜が中学一年生になった。制服を着ると一段と大きくみえる。
 中学に上がっても茜の成績は同じ学年でもトップクラスだった。そんなに「がり勉」にはなっていないのにわたしとかみさんのどっちに似たのだろうか。方や、昇のほうもどっちに似たのだろうか、三歳になっても保育園の苦情は耐えなかった。段々悪くなって行くばかりだ。このまま行くと保育園で面倒を見れないと言い出しかねなかった。
 昇はどうもヒステリー持ちのようだ。家でも言うことを聞かないときなんかは、物を投げつけたりする始末だ。
 わたしたちは、部屋の模様替えをして、昇の部屋を確保してやった。おかげでわたしたちの寝室は物が多くなり、狭くなった。
 昇は自分の部屋が出来てうれしそうだったが、ゲーム用のテレビを欲しがった。
 わたしは小学校に上がったら買ってやると言っても、言うことを聞かない。こうなるともう手の負えなくなる。思ったとおり、近くにある物を投げつけ始めた。そしたら食卓にあったコショウのビンがかみさんの額に当たり、少しだが血が出てきた。
 わたしは昇に「こら、昇!なんてことをするんだ!お母さんが怪我をしたじゃないか。お母さんに謝りなさい」と強く言っても知らん顔で自分の部屋に入ってしまった。
 わたしはすぐに昇の部屋のドアを開けようとしたら、鍵を掛けらていた。
 わたしはかみさんの額の傷を見てみたらたいしたことでなく、バンドエイドで済みそうだった。
 昇はなぜこんな性格になってしまったんだろうか。
 わたしはこの先の教育について、保育園の園長さんに相談することにした。そして園内にいるときの状態も聞くことにした。するとわたしが聞くより早く園長先生の方が少し緊張したように,
「斉藤さん、せっかく来られていきなり言うのもなんですが、お宅の昇君には保育士みんな手を焼いている次第です。同じ年頃はおろか、年長のお兄ちゃん達とも喧嘩をするんです。でも、もともと力の差があるので負けてしまうんですが、それでも泣きながらしつこいぐらいに掛かって行くんです。しまいにはお兄ちゃんの方が逃げて行く始末で.
ただ、保育士の話では、普段は普通の元気な子なのですが、自分がやっていることを邪魔されたり、文句を言われると喧嘩になっていくみたいですね。昇君の方からいじめをやったり、ほかの子が遊んでるのを邪魔したりはしないようなんです。ただ、いったん切れるとさきほど言ったようなことになってしまうんです」
「そうですか、ご迷惑お掛けしてすみません。実は家でも手を焼いてる次第で、機嫌が悪くなると物を投げつけたりするんです。とにかく言うことをなかなか聞きません。機嫌をそこなわかったらおとなしくて良い子にしているんですがね。
「それは大変ですね。あのー、実は、こども総合センターという施設があって、そこで相談されたらどうでしょう。そこではそういった子供を治療する機関を紹介してくれるはずです」
 わたしはとりあえずかみさんと二人でそのこども総合センターに電話で事情を説明した。
 すると個人的にやっているところは少ないみたいで、福岡市であれば、九州大学箱崎文系地区内に、
「九大心理教育相談室」というところで、プレイセラピーという心理療法をされてるいるようだ。
 わたしとかみさんは「九大?」とわけが分からなく驚いていた。
 わたしとかみさんは、ドキドキしながら、九州大学箱崎文系地区にある「九大心理教育相談室」に行くことにした。
 受付を済ませ、まもなく担当の方が来られ、昇はどんな状態なのかを聞かれたので、わたしは詳しく説明した。
 すると担当の方のお話では、
「プレイセラピーにはいろんなやり方があって、宅のお子さんの場合は子供専門の心理療法で、遊戯療法と言い、玩具などを使って子供のこころの病気を治療する精神療法があります。子供は言葉が未発達なために言葉を用いて自分の思いをうまく表現することができずに、ストレスや不安をこころの中に溜め込んでいます。
こうしたことから、プレイセラピーとも呼ばれる遊戯療法では、言葉ではなく遊びの中で子供に自分のこころを自由に表現させることにより、ストレスで凝り固まった子供のここころを解き放ってやるとともに、本来のこころを取り戻させてやることを目指します。また、カウンセラーも遊びを通じて子供のこころの状態を理解することができ、こころの病気の診断にも役立てることができます。
また、遊戯療法では、子供は自由に遊ぶだけでよく、ほかの治療法のような治療に対する恐怖感もありません。
 また、治療者は子供の遊びに共感し、励ましてやることによって、子供に本来の自己を発見させ、自分の存在に確信と自信を持たせることができます。
こうした遊戯療法は上記のような定められた環境の中で週に1回くらいの割合で行われ、時間的には約1時間ほどを目安としています
 こうした遊戯療法の適用年齢としては、12歳以下の子供に効果的で、一方適用症例的には幅広いこころの病気の治療に役立っています。
 また、子供は信頼できる治療者に共感や励ましを受けることによって、本来の自己を発見することができ、自分の存在に確信と自信を持って、さらなる精神の成長を遂げることが可能となります。そして、こうした治療効果から、遊戯療法は神経症を始め、自閉症、吃音症、緘黙症、精神遅滞、学習障害などといった子供のこころの病気の治療に効果を発揮しています」
 というちょっとむずかしい説明だった。
 受理面接  二千八五十円百円。本人面接 二千六百二十円。遊戯面接 二千七百二十円、ということだ。
 遊戯面接というのが遊戯療法のことで、週に一時間。担当の方の話ではおよそ二十回あたりが目安のようだったが、わたしはとりあえずようすを見ながらということで、遊戯療法をやってもらうことにした。
 多少の費用は仕方ないが、これで昇の状態が良くなれば安いものだ。
 昇にこの話をしてどんな反応をするかわたしは正直怖かった。
 わたしは思い切って昇に話をしてみた。
「昇、家からちょっと離れているけどいろんな玩具で遊べるとことがあるぞ。ただ、一週間に一時間ぐらいだけど、二十回ちかくは行けそうだ。どうだ、行ってみるか」
「ほんと!そんなに玩具があるんだったら行きたいな」
「そしてら、おとうさんは毎週木曜日が休みだから、保育園を休んで一緒に行こう」
「保育園行かなくていいの」
「ああ、大丈夫だ」
「やったー!」
 わたしもかみさんもホッと胸を撫で下ろした。
 しかし、昇がこのプレイセラピーを素直に受けるかが最大の問題だ。受けてくれればしめたものだ。
 わたしは毎週木区曜日に昇を連れて九大の箱崎まで通った。
 施設の中でどんなことをやっているのか見ることは出来ないことになっている。
 初日は本人との面接もあり、少し時間がかかった。帰りに昇がどれだけ変わっているかが期待と心配で、
複雑な気持ちで待っていた。しばらくして昇と担当のプレイセラピストと呼ばれる方と一緒にやって来た。 
 早速昇の顔を見てみると楽しかったのだろう、機嫌は良さそうだった。わたしは一瞬「良かった!」と思った。帰りの車の中で、どうだったか聞いてみると、
「うん、とっても楽しかったよ。いろんな遊びものがあって、砂場もあるんだよ。いろんな箱でお城を作ったりして、今度行くのが待ちどうしいな」
「そりゃ良かった。お父さんもうれしいよ」
 しかしその一日だけではやはり改善はしてはいなかった。しかし、二回、三回と回を重ねるうちに随分と変わっていった。一月もなれば、」物の良し悪しが分かるようになって、わがままも少なくなった。
 しかし、相変わらず切れやすくいのだが、だんまりを続けて発散するのを抑えているようだ。
 結局この遊戯療法は二十回まで行った。おかげで、昇はまったく別人と言っていいほど回復していった。
このとき昇は四歳になっていた。
 茜の方はまだ中学二年生になったばかりなのに、すでに高校受験のことを考えていた。
 学校の話では高校次第では、九大は間違いないということだった。
 今まで昇のことで散々苦労をしてきたが悪いことばかりではなかった。なんと昇が姉の茜に勉強を教わり始めたのだ。こればかりはかみさんと「目が点」になった。
 そもそも昇の学校の成績は悪い方ではなかったが、勉強に興味が出てきたのだろう。これも遊戯療法の成果のおかげだ。
 そんなある日、茜が、
「お父さん!クラスの友達が消えかかってる。急いでそのこのマンションまで連れてって!」
 と言って玄関に行って靴を履き始めた。
「お父さん、早くしないと友達死んじゃうかも。とにかく急いで!」
 わたしは帰って来たばかりで、意味を把握しないまま
「お母さんは家にいてくれ。昇が起きたらいけないから」
 わたしは茜と急いでその友達が住んでいるマンションに向かった。二、三十分は、掛かりそうだ。
「お父さん、もっと急いで、間に合わないかもしれない」
 どういうことか、車中で聞いたら、
「その子名前は恭子と言うんだけど、わたしの例の能力が出てきたみたい。見えなくなったらもうだめなんだけど、まだ見えているから間に合えば良いけど。もしかしたら、今、自殺を考えてるんじゃないかな。
 恭子はクラスでよくいじめに遭っていて、わたしたち仲間で先生に訴えても相手にされなかったの。それで学校にもあまり来なくなったの」
「その子の両親はどうしてたんだろう。学校の校長先生にでも訴えたんだろう?」
「実は恭子は片親で、お父さんが離婚でいないの。だからおかあさんだけでは不安で学校には行けなかったみたい」
「さぁ、そろそろ着くころだ」
 すると茜が「お父さん、あの高いマンションなの」と言い。わたしたちはまもなくそのマンションに着いた。
 茜は「お父さんは下にいて。なにかあったらすぐに救急車を呼んでね!」
 その友達は六階に住んでいるらしい。茜はあわててエレベーターに乗った。
 まもなくしたらマンションの上階が騒がしくなった。わたしはマンションの六階当たりを見回した。
 話の様子ではどうも茜がその恭子という子と言い合ってるみたいだ。
 すると女の子が廊下の手すりから飛び降りようとしているのが見えた。
「恭子、やめてー!死んでどうするのー!みんなが悲しむじゃない」
 お母さんも 必死でその子の身体を支えて「やめなさーい!」っと叫んでいる。
「離してー!わたしなんか死んだほうがいいのよ!だから離して!」
 このマンション中響き渡っている。
 この状態では、わたしも上がって止めに掛かったほうが良いと思い、エレベーターに乗って六階まで行った。廊下ではまだ格闘は終わってなかった。わたしは急いでその子の身体を思い切って一気に廊下に引き降ろした。
「なんで止めるの!よけいなお節介よ。良いわよ、どうせほかの日に死んじゃうから。と言って家の中に入って行った。茜とわたしはお母さんといっしょに家の中に入った。
 その子は自分の部屋に入って鍵を掛けて閉じこもってしまった。
「恭子!中に入れてと言っても入れてくれないだろうから、ドア越しで離すから良く聞いててね」
 そのときわたしは茜がなにか言おうとしてるのを止めた。わたしは小さな声で「ここはわたしに任せなさい」と言い、
「恭子ちゃんて言ったかな。わたしは君の友達の茜の父親なんだが、君にひとつ聞くけど、なぜそんなに死にたがるんだ。死にたい理由はなんなの、良かったらおじさんに聞かせてくれないかな」
 するとドア越しに「うるさい!」と大きな声が聞こえた。わたしは、
「まぁ、そんなこと言わないで、とにかく死にたい理由だけでも聞かせてくれないかな。やっぱりいじめが原因かな。そうだろう。恭子ちゃんお願いだから返事してくれ。いじめだろう」
 すると恭子ちゃんは小さな声で「うん」と返事をくれた。わたしは「しめた」と思った。
「それじゃ恭子ちゃんのいじめが完全になくなったら死ぬ必要なくなるわけだ。心配しなくても良い。
 おじちゃんがそのいじめをなくしてあげるから」
「なぜおじちゃんがいじめをなくせるの」恭子ちゃんの返事だ。
「まず、君のお母さんとおじちゃんで学校の校長先生に話してみる。だから君をいじめた生徒の名前を後でいいからお母さんに教えてもらいたい。クラスの教員の名前は茜に聞けば分かる。
 もし、学校が君へのいじめを認めなかったら、教育委員会に動いてもらう方法もある。
 メディヤに情報を流しても良い。そして今は中学生と言えども警察も動いてくてるからね。だから恭子ちゃん、いじめは阻止することが出来るんだ。なにも心配しなくても良い。
 おじちゃんの仕事は木曜日がお休みなので、あさってになるけどおかあさんといっしょに学校に怒鳴り込んでやるからな」そしてわたしは小さな声でおかあさんに一緒に行けるか確認したらOKのようだった。
 続いてわたしは話した。
「恭子ちゃん、学校へ行くのはとりあえずは落ち着いてからで良いと思うけど、一人になったからといって絶対に自殺なんか考えては駄目だよ。
 もし、君が自殺したらどれだけの人が悲しむか、そしてどれだけの人が迷惑するかを自分でしっかり考えなさい。おじさんからはっきり言わせてもらうけど、自殺なんて最低の自分勝手だ。茜も君と話したいみたいだからドアの鍵を開けてくれないかな」
 するとドアがスーッと開き。茜は部屋の中に入って行ってドアを閉めた。
 わたしは、恭子ちゃんのお母さんに、
「木曜日は大丈夫ですか。働いてあるんでしょう」
「そんな、仕事の段ではありません。そちらこそよろしいんですか、ご迷惑をお掛けします」
「いいえ、乗ったが船ですよ。おそらくこれで娘さんの自殺は落ち着いたと思います。だからお母さんも娘さんをそっとしてあげて下さい。
 わたしは茜の話が終わるまで、奥さんが煎れてくれたお茶を飲みながら恭子ちゃんの家庭での状態はどうだったか尋ねてみた。
「まさかうちの娘が自殺をしようとしたなんて今でも信じられません。中、高校生の自殺が後を絶たないとニュースでよく報道していますが、わたしは人ごとのように思っていました。
 クラスの男の子三人からいじめを受けていことは聞いていました。それからしばらくして、登校拒否が始りました。あの子はもともとは芯の強い子なんですが やはりいじめには耐えれなかったんでしょう。
 しかし、うつ病みたいに自分の部屋に閉じこもったり、ほとんど食事を取らなかったりは、ありませんでした。もちろん、普段のように食欲があったわけではありませんが。
 わたしは仕事を持っていますので、娘が普段、家でなにをしていたかは良くは把握はしておりませんでしたが、自殺するような前兆は感じませんでした。わたしにはそう見えても本人は相当悩んでいたのでしょうね。そして今日の話なんですが、娘は、自分の部屋から出てきたかと思うといきなり食卓のテーブルの上にドンと音を立てて、一枚の紙を置いてドアのチエーンを外しながら外に出ようとしていました。
 わたしはテーブルに置いた紙を見ると「死んで恨んでやる」と書いて、いじめていた男子生徒の名前を三人書いていました。娘はすでに外に出ていました。わたしは急いで外にでたところ、ちょうどお宅のお嬢さんが、娘が通路の手すりに乗ろうとしているのを止めていました。わたしはびっくりして一緒に止めに掛かりました。そしてお宅様が来られて娘は助かったわけです。その上、娘に自殺を考え直すように説得までして頂いて、なんとも申し上げることができません。本当にありがとうございました」
「そうでしたか。しかしお母さん、もし娘さんが本気で自殺する気だったら、お母さんの居ないときに実行していたはずです。お母さんがいるときに自殺を図ったのは、本気ではなくお母さんに止めてもらって自分の気持ちを訴えようとしていたんじゃないでしょうか。こんなことを言ったら失礼に当たると思いますが、娘さんの助けになるのはお母さんしかいない。でもお母さんはなんにもしてくれない。学校に訴えるどころか、先生に相談さえもしない。その不満が爆発したんでしょう。まぁ、女一人で学校へ乗り込むのは無理ではあるのでしょうが、担当の先生に訴えるぐらいは勇気を持ってやるべきではなかったでしょうか」
「本当にその通りです。正直わたしは学校へ行くのが怖かったのです。もし先生から反論されたらわたしはそのまま黙って帰ってたでしょう。わたしがもっと勇気を持つべきでした。そうすれば今回のことは起きなかったのでしょう」
「わたしもそう思います。娘さんに約束した通り、今度その紙を持って学校へ行きましょう。ただし、わたしには木曜日にしか休みはないのでお母さんもそれに合わせてもらいますか」
「はい、その件は大丈夫です」
 そのとき恭子ちゃんの部屋のドアが開いて、茜が出てきた。
「お父さん、そろそろ帰ろうか」
「お前たちの話は済んだのか」
「うん、恭子ちゃんもう大丈夫。でもお父さんの言ったことを期待してるみたいよ」
「ああ、分かってる。今お母さんともその話をしていたんだ。それではその件は後ほど連絡ということで。   
 それでは、わたしたちはこれで失礼します」
 わたしはそう言って二人で玄関のドアを開けた。そのとき恭子ちゃんの母親が
「そういえば、今晩お二人してここに来られたのは何か用があったのでは。しかもタイミング良く」
「いや、それは娘が急に恭子ちゃんに会いたくなったので、わたしに送ってくれと頼まれただけですよ」
「そうでしたか。それにしても大変助かりました」
「では、失礼します」
 帰りの車中で恭子ちゃんとどんな話をしたかを聞いてみた。
「普段の学校の話で、恭子ちゃんが学校に来ていなかったときの出来事などで、楽しく話したよ」
「それは良かった」とわたしは言って、恭子ちゃんの母親と、どんな話しをしたかもすべて話した。
 ということでひと段落した。家に着いたのは一時に近かった。
 わたしは恭子ちゃんのお母さんと一緒に校長先生に会った。
 わたしは恭子ちゃんのクラス担当の先生にも同席してもらって、校長先生に先日の自殺未遂の話から、例の自殺をほのめかした「紙」も見せて、いじめの事情を詳しく話した。すると、自殺未遂の話に校長先生も担当の先生もびっくりし、恭子ちゃんのお母さんに恐縮してるようで深々と頭を下げ謝罪した。そして今後このようなことのないよう生徒をしっかり管理することを約束してくれた。
 その後、いじめもなくなり恭子ちゃんも元に戻って元気になったらしい。
 茜は「お父さん、本当にありがとう」と言ってくれた。
 わたしは「いや、それはお前の超能力のおかげだよ。それがなかったらあの子はいずれ自殺しただろう」
「でも、その超能力の話なんだけど、今まで言わなかったけど、突然頭にある知ってる人物が現れそしてその姿がスーッと見えなくなってしまうの。そしたらその人はその夜か、翌日には亡くなっているの。わたしの周りに見えなくなった人はまだいないけど、テレビとか出てくる著名人や芸能人の亡くなった人など、すべてではないんだけど、最近よく当たるの。
 わたし、超能力者には間違いないわ。ただ予知能力があるだけで、なんの役にはたってないわ。
 ただ恭子を助けられたのは良かったけど。あのときは頭の中の恭子の姿が完全に消えなくてボーッとに見えてから、まだ死んでないと思って助けにいったら間にあった。役にたったのはそのときだけ」
「まぁ、そう悲観しちゃ駄目だよ。まだこの先恭子ちゃんのように、人助けになることもあるかもしれないじゃないか。
 だから、悪いことだけを予知するだけじゃないとお父さんは思っているけどな」
「ふーん、そうなのかな。でも今は高校受験のことだけ考えておこうと思ってるんだけれど、でも例のことは勝手に出てくるんだもの。どうしようもないわ。とにかく頭に浮かんだ人がスーッと見えなくなったらそのひとは必ず亡くなるのは間違いないんだから」
「そうだな、おまえが持って生まれた運命と思って諦めるしかないな」
「その親はだれなの」
 その話はそれで終わった。
 それにしても、わたしは大げさだけども、ひとりの命を助けることが出来たと非常に満足だった。

 それから三年が経ち、茜はおかげさまで希望していた進学専門の高校に入学し二年生になって、もうすでに九大に向けての特訓が始っている。
 昇もまったく普通の子供になり、中学生一年生になった。学校の成績も小学生のときよりも少しは良くなったみたいだ。ただまた心配ごとが出来た。
 昇はどうも中学生の悪いグループ仲間に入ってるようだ。まぁ、学校はサボらずにまじめに行ってるのだが、幼いころの性格が現れるのではないかと心配している。
 ある日、仕事から帰ったら昇がいなかった。わたしはかみさんに、
「綾、昇はどうした」と聞いたら、
「友達が来たから出ていったわ、わたしは時間が遅いので駄目よ!と言って止めたんだけど、昇はそれを聞かずに出て行ってしまったの」
「それはいかん!帰ってくるのは多分夜中だろう。起きて待つのも辛いがわたしがテレビでも見ながら待つことにしよう、一言注意しなければ」
「わたしも付き合うわ」
「綾、君は寝てなさい。二人して注意をすると、もしかして切れるかもしれない」
「分かったわ。でもあんまり強くは叱らないでね」
「あぁ、分かっている」           
 わたしは夕食を済ませ、その日の晩酌は我慢することにした。飲んでいたらテレビを見ながら寝てしまう可能性があった。
 昇は一時ごろに帰ってきた。わたしが起きているのでびっくりしていた。
「昇、ちょっとこっちへ来なさい。なんの話かは分かっているだろう」
「うん、ごめんなさい、でも別に悪いことをやってるわけじゃないんだよ」
「でも付き合ってる連中は中学生の悪いグループなんだろう。原チャリに二人乗りで信号無視をしながら走ってるんだろう。そのうち警察に補導されるぞ」
「お父さん、なにか勘違いしてるみたいだ。まず、中学生の悪いグループなんかには入ってないし、付き合ってるのは今井さんと言って、高校生二年生のお兄ちゃんなんだ。グループじゃなくてひとりだよ。とても良い人なんだ。
 友達と大きなバイク屋さんでかっこいい原チャリを見ていたら、中型のバイクに乗って来たお兄ちゃんと仲良くなったんだ。そのお兄ちゃんはちゃんと免許は持ってるんだよ。そのお兄ちゃんのバイクの後ろに乗って走り回ってるんだ」
「じゃぁ、なんでこんなに遅くなるんだ。もっと早くから走ればいいじゃないか」
「そうなんだけど、そのお兄ちゃん、もっと良いバイクがほしくて、学校が終わったらピザ屋の宅配便のアルバイトをしているんだ。それでバイクで走る時間がどうしても遅くなるんだ」
「それでも遅すぎる。せめて十一時までには帰ってこないと」
「でも、バイトは八時までやってるし、それから家に帰ってご飯を食べて風呂に入って、それからだとどうしてもうちに来るのが十時近くになるんだ」
「でも、そのお兄ちゃんも家族から注意されるだろう」
「ところが、親は知らん顔らしいよ。だからといって遅くまで走りまわってるんじゃなくて、逆に親に叱ってほしいんだって。僕、その気持ちなんとなく分かる。でもね、家がすごい金持ちだって。だからバイトしなくたって、バイクは親から買ってもらえば、と言ったけど、親の世話にはなりたくないんだって」
「いくら金持ちだってその話を聞けば、家族崩壊みたいなもんだろう。それから言うとお前は幸せ者だぞ。
「代わりにお前をやかましく叱ってやろうか」
「いや、遠慮しとくよ」
「それじゃもう少し早く帰ってきなさい。時間的に無理だったら、翌日が休みの日だとかにしなさい。
 そのお兄ちゃんはおまえと一緒じゃないと、バイクを走れられないわけじゃないだろう。とにかくそういうことだ。分かったか!」
「うん、分かった」
「それじゃすぐに寝なさい」
 そう言ったものの、茜はいつも十二時ごろまで起きてイヤホンでテレビを見ているようだ。まぁ、朝は遅れずにちゃんと起きてくるし、学校の成績は下がらないし、家に帰ったらちゃんと勉強もしてるし、多めに見てやっている。
 その後の昇の行動は、わたしの言ったことを守っていた。
 今思うと、あの三歳の悪かった性格が嘘のようだ。あのとき思い切ってプレイセラピーを行って良かったと痛感している。
 昇も高校生になったらバイクを欲しがるのは間違いなかった。心配なのは事故だけだ。
 かみさんの綾も四十七歳になって、病気もせずに毎日働いてくれているのが、我が家の家計を守っているのは間違いのないことだった。相変わらず未だにイタリアンレストランで働いている。しかし、ベテランの部類になって、仕事も少しは楽になったようである。
 貯金を頑張って、我が家を建てるかマンションを買うかが夢なのだが、茜の大学の授業料と昇の授業料なんかで、まだ夢は先のようだ。
 ちなみにわたしは四十七歳のとき、店長から事務所に上がって仕入れ部長になっていた。
 おかげで退社時間は少しは早くなったし、出社時間もすこしは遅くなった。
 ということで、とりあえず我が家の家庭は平穏に過ぎていた。
 そんなある日の夜、茜が血相を変えて、
「お父さん、大変!昇がうっすらとしか見えなくなった。きっとバイク事故だわ」
「なに!昇はまだ見えてはいるのか?」
「うん、まだ消えてはいない。どうしたらいいの」
 すると家内が「警察に連絡して二人乗りのバイク事故はなかったか尋ねたら?救急車でどこの病院へ運ばれたか分かれば良いけど」
「あぁ、それが良い、最寄の警察所に聞いてもいいが、もし県外だったとしても情報は入っているのかな」
「あなた、とりあえず、南署に電話をしたら」
「いや、今日は土曜日だし南区にはいないだろう。多分、俺が思うに志賀島に行ってると思う、昇がよく志賀島に行ってきたよと言っていた。とりあえず東署に電話をしてみよう」
 すると、たしかに志賀島の海の中道で、二人乗りの少年のバイク事故があったようだ。時間もおおかた合ってる。
 救急車で三号沿いにある野添総合病院に運ばれたそうだ。
 わたしたち三人は野添総合病院へ急いで向かった。途中わたしは野添病院に電話したら、たしかに若い少年が二人運ばれた様だ。一人は現在手術中とのことがった。命には別状はないかと尋ねたが、分からないとの返事だった。とにかく病院へ急ごう。しかしこれは賭けだ。違う少年かもしれない。
 わたしたち三人は急いで都市高速を使ってその病院へ向かった。
「茜、昇はまだ見えているか!」
「うん、まだなんとか見えているもう大丈夫みたい」
「そうか、それは良かった。この前の茜の友達のときと一緒だな」
「うん」 
「茜、携帯電話で福岡の警察署の電話番号が検索出来るんだったら、片っ端電話をして事故の確認をしてくれないか。もしかしたら違う事故の可能性だってある」
「分かった。やってみる」
 しかし、車同士の事故が一件だけだけだった。わたしの感が当たっているようだ。
 約四十分掛かって病院へ着いた。わたしたちは早速救急外来の入り口のガードマンさんに尋ねたら、
「奥に入って行くと多分看護師か先生がおられるはずです」
 わたしたちは急いで奥に進むと、看護師がいたので
「すみませんが、先ほど救急車でバイク事故で二人の少年が運ばれましたでしょう。今はどこにいるんでしょうか」すると看護師は、
「一人は集中治療室で手術中です。もう一人は救急医療室におられます」
 わたしはまず救急医療室の場所を聞き、急いで行った。
 そこのベッドに一人横になっている。酸素マスクに点滴もしていた。
 わたしは救急医療の先生に「近くに寄って顔を確認させて下さい」と言ってベッドに近づき、顔を見た。
 意識はあるようだ。しかし、知らない少年だった。それじゃ、手術をしているのは昇の方なのか。
 昇はバイクの友達を今井さんと言っていたが、先生にそれを尋ねると、確かに免許証の名前は今井 一男になっていた。これで今手術をしているのは間違いなく昇である。  
 わたしは救急医療室にいる先生に、昇の状態を尋ねた。すると先生は、
「右足大腿骨の開放性複雑骨折(折れて、裂けて、飛び出る)他、縫い傷複数個所、肺血栓塞栓症など、俗にいう重症という状態で病院に搬送されました。今は手術中です。失礼ですが、ご両親でいらっしゃいますか」
「はい、うちの息子に間違いないと思います。息子の命は大丈夫なんでしょうか」
「出血多量で危なかったのですが、病院にて運ばれてくるが早かったおかげで幸いでした。今のところは命に別状はありません」
「先生、手術に時間はどのくらい掛かるのですか」
「患者さんの状態によってはっきりしたことは申し上げられませんが、最低でも、五、六時間は掛かるでしょう」
「分かりました、よろしくお願いします。ところで今井君の状態はどうなんです」
「彼は、身体のいたるろころが傷だらけですが、意識もなんとなく分かってはいるようで、特別手術などの必要はありません。
 その家族の方は、お宅より早く来られて今外来の待ち合い室におられますよ」
 そのときわたしはおかしいなと思った。彼の意識があるのだったら我が家にも電話連絡が来てもおかしくないのだが。
 とにかく、わたしたちもその待合室行って、待つことにした。
 外来の待合室には、たしかに彼の両親だろう、二人で座ったいた。わたしたち夫婦よりも若いように見えた。    
 するとわたしたちの姿を見るなり二人でこちらへやって来た。そして、
「初めまして。わたくし今井と申します。うちの息子の友達のご家族の方ですか、このたびはうちの息子がとんでもないことを起こし、お宅様の息子さんを大怪我させてしまい、真に申し訳ございません。本当にすみませんでした」と父親は言った。
「わたしは斉藤と申します。ところで、いったいどんな事故の状況だったのですか」
「はい、息子が言うには、信号が変わってすぐだったらしくて、スピードの出しすぎだったんでしょう。その交差点で停止することが出来ずに、右から右折をしようとした車に衝突しようとして、左に避けたところ、バイクごと転倒し、うちの息子はたいした怪我で済んだのですが、お宅の息子さんは跳ね飛ばされ、大怪我をなされたようです。本当に申し訳ないことです」
「お宅の息子さんは、事故が起きてすぐに救急車を呼んでお宅に電話されたんでしょうが、なぜうちには連絡はなかったのでしょうか」
「そのことなんすが、実は、息子はお宅の連絡先を知らなかったようで、わたしと家内でいろいろと考えたのですが、どうしても調べようがなく、心配しながら待っていたのです。今、お宅様の姿を見た時すぐに分かりましたました。良かったー!と思いました。でもこの事故、なんで分かったのですか」
「まぁ、親の第六感とでも言いますか、なにか嫌な予感がしまして、息子、昇と言いますが、よく志賀島へ走りに行ってると言ってましたので、早速東署に連絡したら、たしかに少年の二人乗りの事故が起きていました。わたしは興奮しながら警察に方に聞きました。
「救急車で運ばれた病院は分かりますかと聞くと、救急病院の野添総合病院と教えてくれました。
 わたしはその病院の場所は知っていましたので、急いでここへ来たというわけです」
「でもすごいですね、親の第六感、びっくりしました」相手のご主人は驚いていた。
「まっ、椅子にでも座って話しましょう」わたしはみんなを誘うように待合室の椅子に座らせた。
 わたしたち父親は、隣同士に座った。
「本当に申し訳のないことをしました。すみませんでした」
「それはそうと、失礼なこと申し上げますが、お宅の息子さんは、アルバイトが終わったら毎日バイクを乗り回しているそうではないですか。土曜日だけはうちの昇も一緒だったようで」
「そうでしたか。わたしはその辺はよくは分からないのです」
「そこなんですが、昇が言うには、お宅の家族と息子さんの間では、ほとんど会話がないと言っておられたとか。こんなことを言っちゃなんですけど、今回の事故もその辺りの要因もあるんじゃないでしょうか。
 家にいても両親はなにも話してくれない、家にいるのが面白くない。バイク好きだから毎日夜に走り回ってるわけではないらしいのです。そして、お宅の息子さんは、両親に叱ってほしいと言ってたらしいです。
 いかがでしょうか。他人のわたしの言うべき話ではないのですが、事実、お宅の息子さんのせいで、昇は危うく命を失うことだったのです。それで、あえて言わせてもらったです。
 実は、うちの昇は三歳のころはとても手の付けられないほどのわんぱくでした。わんぱくと言えば聞こえな良いのですが、自分の気の食わないときなどはヒステリックになり、物を投げ散らかしてりしておりました。普段は、明るくて元気な子供で、うちにはもう一人九歳上に姉がおりまして、結構にぎやかな家族でした。しかし、そうしてても、昇の気に食わないことや、思い通りにならないときは先ほど申しました様なことになってしまわけです。
 保育園でも手を焼いていたらししくて、おかげで家内は保育園になんども呼ばれておりました」
 わたしはそのあと、園長先生に相談して、昇の状態を聞きました」
 わたしは今井夫婦に、昇るの保育園での状況をたんたんと説明した。その話で今井夫婦は驚いていた。
「結局こども総合センターに相談して、九州大学で行っている、プレイセラピーという心理療法を、週一回一時間を二十日回行って、やっとのことで普通の子供に戻りました。そのとき昇は四歳になっておりました。
 結論から申し上げますと、結局は昇の教育は他人に委ねて、わたしたち家族の「愛」では昇は治せなかったわけです。
 わたしは仕事柄、週に木曜日の一回しか休みはないのですが、約、五ヶ月近くは昇に付きっ切りでした。  
 わたしのせっかくの休日もゆっくり休むことは出来ませんでした。しかし、それは昇に対して、わたしにとって精一杯の「愛」でした。
 おかげ様で、その後何事もなくすくすくと育ち、そして、「今」があるわけです。
 大変おこがましいこととは存知ますが、子供への教育とは「愛」ではないでしょうか。「愛」なしの教育なんて子供にはなにも通じなく、それだけではなく別の方向へ行ってしまう可能性だってあるのです。
 どうでしょう、今からでも遅くないと思います。今一度、子供さんへの「愛」を考え直されたらいかがでしょうか」
「息子の名前は修と言います。修には妙子と言う、五つ上の姉がいまして、大学を卒業してその妙子は、絶対家には帰らないと言って、大阪へ就職し、家を出て行ってしまいました。
 妙子には、携帯電話を何度かしましたが「私のことなんかほっといて頂戴」としか言いません。幸い、住んでる住所だけは家内が聞いておりました。
 わたしの家族がなんでそうなったかと言うと、実はわたしは薬院で宝石店をやっておりまして、家内も店員として一緒なのですが、場所が場所だけに、お客様は金持ちが多くて、家内も営業を兼ねて、そんな奥様族と付き合う機会が多いのです。やれ高級ブティックだの、パーティーだのって、ゴルフなんかにも付き合っておりました。まぁ、わたしも同じようなことでしたが。
 わたしたちは商売のことしか頭になく、それが理由なのか、子供の相手をする機会がない、いや、相手をしなかった訳です。結局子供に対しての愛情が足りなかったのでしょう。
 わたしたちは子供の相手をするより物を買ってやった方が喜ぶだろう、金があることを良いことに、わたしと家内も、二人の子供にそんな教育をしてきました。物を買ってやることでわたしたちの愛情を感じ取ってほしかったんです。しかしそれは大きな間違いだったのです。
 修は小さいころからバイクが好きで、今乗ってるバイクは中古なんですが、小遣いや、お年玉などをこつこつと貯めて買ったようです。バイクぐらいはわたしが買ってあげると言いましたが、修はそれを拒否しました。そのとき修はひとこと言ったのです「物を買ってやるだけが親じゃない。ほしいものは自分で買う」と。わたしはそのときに気が付けば良かったのでしょうが。
 わたしの教育は間違っておりました。今からでも遅くないでしょう。斉藤様の言われるように、子供たちに、親の愛情を感じ取ってもらうよう努力します。会話する機会も考えます。
 妙子には手紙でも書いて、わたしの今の気持ちを伝えたいと思います。
「それは良いことですね。まぁ、まさに今回の事故は、お宅にとっては不幸中の幸い、と思うべきでしょう」
 わたしは「ところでお宅の息子さんの全治はどのくらいなんですか」と聞いた。
「はい、全治一ヶ月と聞きました」
「今、意識はあるようですね」
「はい、なんとなく分かっているみたいで、お宅の息子さんのことを気にしていました。」
 そうしていたら警察の方が二人でやってきた。そして、
「バイク事故の少年の保護者の方達ですか。先ほど、病院の先生から少年二人の状況を聞きましたが、恐れ入りますが、今中術をされてる少年の保護者はどちらですか」
「はい、わたしです」わたしは軽く手を上げて言った。
「それではお住まいの住所と電話番号、それとお宅様の息子さんの氏名と年齢、それから学校名と何年生かも教えて下さい。もちろん家族の方と同居ですね。」
 わたしは言われたとおりに答えた。
 相手の家族にも同様に聞いていた。わたしはそのとき相手の連絡先をメモしていた。
 それが終わると、事故の概要を話し始めた。
 その話によると、車の運転者の話では、信号のある交差点で、信号が青になったので、右折しようと交差点に入ったら、左からスピードを出しながら二人乗りのバイクがその交差点に突っ込んできて、車を避けようとしてバイクは転倒して随分先で止まった。運転していた方はバイクの近くに倒れていて、後ろに乗っていた方はずいぶん飛ばされたようだ。二人ともしっかりとヘルメットを被っていたおかげで、頭は保護されていた。相手側の車と運転者は無傷。ということだった。
「でもこれは車の運転者の話で、すべてが本当かどうかはこちらの方の息子さんが退院してからの現場検証となりますので、はっきりしたことはまだ先になりそうです。それでは本日はどうもお気の毒さまでした」    
 そう言って警察の方二人は帰っていった。
「それではわたしたちは一男のところにもう一度行って様子を見て帰ります。」と今井夫婦は救急医療室に行こうとしたとき立ち止まった。そして、
「失礼ですが、こんなことは当然でしょうが、お宅様のお子さんの医療費は完治するまで、わたしがお払いさせて頂きます。それと、慰謝料も考えております。連絡先を申し上げておきます」
 するとわたしは「失礼でしたが、警察の方とお話されてるときにメモしておきました。それからさっきのお話、必ず守って下さい。繰り返していたらそのうち、良い家族になって行くと信じております」
「はい、今のお言葉、肝に命じておきます。お宅様は大変なことになっておられるのに、私どもの家族に救いの手を差し伸べて頂きました。なんとお礼を申し上げたら良いものか、本当にどうもありがとうございます」すると奥さんもお礼を言って二人は深々と頭を下げ、救急治療室の方へ行った。
 わたしたち三人は明日は休日なのでこの待合室で手術が終わるまで待つことにした。
 
 昇の手術は無事終わってギブスも取れて、今はリハビリで苦労しているようだ。しかも、学級のみんなに遅れを取らないよう病室では勉強を頑張っているようだ。それにしても、茜のあの言葉で一時はどうなるものかと、生きた心地もしなかった。
 ちなみに、修くんはいつも見舞いに来てくれてるみたいで、昇の話を聞けば今井の両親はずいぶん変わった様で、家にいても楽しくなって、バイクに乗る機会も少なくなったらしい。わたしの言葉が効いた様だ。
 
 それから約一年が経ち、昇も無事退院し、今は公立高校に受かるよう毎日頑張っているようだ。
 そして我が家にもうひとつ、うれしいニュースが入ってきた。
 茜は見事、九大の医学部に受かることが出来た。目標は医者になり、人の命を助けたいらしい。茜だったら出来そうな気がする。
 茜は大学に入ると、これが本当の茜の才能かと思えるように、めきめきと頭角を現し、医学部の中でも一目を置かれるようになっていた。
 この調子で行くと、大学院まで進み、本当に医者になれる可能性も出てきた。
 茜はもともとは小説家になりたくて、なに学部が適しているのか悩んでいたらしいが、昇の姿を見て、
よし!わたしは医者になる、と医学部に決めたらしい。
 あたしが思うに、茜が病院の重症の患者を受け持って、もし命が危なくたったときなど、例の能力で早期発見が出来、その患者を助けることも夢じゃないと思っている。
かみさんは、茜が大学を卒業すれば今の仕事を辞めるつもりでいたが、今まで良く頑張ってくれたが、もういい歳だし、昇に相談して今井さんから頂いた慰謝料を茜の大学の授業料に当てることにした。
 わたしは昇に「昇、ありがとう」と言った。そして自賠責保険は昇の預金に当てた。
 かみさんは、お店に都合の良い日を区切りにして、辞めさせてもらうようにした。
「だけど、素直な気持ちで、昇のお金を使ってわたしが楽をするのもなんだか昇に悪いような気がするわ」
「そこまで気にすることはないよ。昇もそのお金で家族が楽になるんだったら喜ぶはずだ」
 茜といえば、医学部でも上位の方で、大学院は間違いのないところだった。
 そんなある日のこと、わたしは食卓で晩酌を楽しみながら、かみさんと話していたら、茜がやってきた。
 見れば身体は震えているし、顔は真っ青だった。
「茜、いったいどうしたんだ」とわたしは聞いた。
 すると茜は震える声で「お父さん、お母さん、わたしの姿が完全に見えなくなった」

                                                                 了

「見えない」

 それから約一年が経ち、昇も無事退院し、今は公立高校に受かるよう毎日頑張っているようだ。
 そして我が家にもうひとつ、うれしいニュースが入ってきた。
 茜は見事、九大の医学部に受かることが出来た。目標は医者になり、人の命を助けたいらしい。茜だったら出来そうな気がする。
 茜は大学に入ると、これが本当の茜の才能かと思えるように、めきめきと頭角を現し、医学部の中でも一目を置かれるようになっていた。
 この調子で行くと、大学院まで進み、本当に医者になれる可能性も出てきた。
 茜はもともとは小説家になりたくて、なに学部が適しているのか悩んでいたらしいが、昇の姿を見て、
よし!わたしは医者になる、と医学部に決めたらしい。
 あたしが思うに、茜が病院の重症の患者を受け持って、もし命が危なくたったときなど、例の能力で早期発見が出来、その患者を助けることも夢じゃないと思っている。

「見えない」

思いがけないことに、我が娘の「茜」が三歳のころ、予知能力があることが分かった。娘が「あの人の顔が見えない」といったら、その人物は亡くなってしまう。しかし、娘はまだ三歳で、自分でもなんのことかよく分かってないのだ。 両親はこの先が心配だったが、その症状は何年かは収まっていた。が、突如また出だした。 しかし、そのおかげで助かった命もあった。 茜は数字に天才的なところがあって、それから何年か経ち、九州の国立大学の医学部に無事入学。 ところが最後には、読んでるみなさんは必ず「えっ!」と驚かれることになるでしょう。

  • 小説
  • 短編
  • 青春
  • ミステリー
  • 青年向け
更新日
登録日
2013-11-13

CC BY-NC-ND
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