ミリョウの橋

霧がかった時間にだけ現れる幻想的な吊り橋がある。
どれほど走ってもたどり着けない偽りのような橋は、
突如として向こうからやってくる。


肌寒い空気の流れる中、
真っ白な着物を着た女性が橋のこちらを向いて立っている。
その白さに負けぬ肌は人なのかと思うほど透き通るように白く、
黒い艶やかに長く伸びた髪が一段と白を際立たせている。

橋の手前に立っているその女性を不審に思いながら、
どういうわけか引き返す気にもなれず、
好奇心のまま近づいていくと本当に透き通るような人。
白く細く美しい。
同性が見ても見とれてしまうほどの美貌。
目の前までやってくると女性がか細い声で言う。

「橋を渡るか川を渡るかどちらか選びなさい。」

こんな寒い時に川の中を歩くなんてとても出来るはずがない。
【橋を渡る】と女性に告げると、
薄気味悪くニヤリと笑ったように見えたがどういうことだろう。
考える暇もなく誘導されるがままに橋へ一歩足がかかった。

「そうそう。
一度橋を渡り始めたら振り向かずに向こう岸まで行って下さい。
もしもこちらを振り向いたら……。」

透き通るような声に一瞬寒気を感じたが振り向けない。
だが、なんのことはない。
橋の向こう側まで辿りつけば良い。
それだけ。
それだけのはず。

「何か落としましたよ。
大切なものでは?」

ギクッとして振り返りそうになってしまったが、
荷物なんて何も持ってはいない。
先ほどの女性はなぜか振り向かせようとしている。

ちょっとした風でぐらぐらと揺れる橋は、
見かけよりもずっと華奢にできていて、
振り落とそうとしているようにも思えてくる。
そんな橋だからこそ両手で、
支えていなければ落ちてしまいそうだ。

真ん中まで来た辺りで向こう側が見える。
とても綺麗な景色が広っていて穏やかな天候。
花畑がキラキラと光って見える。
少しでも早くあっちへ行こうと急いで進む。

「もう少し落ち着いてゆっくり行った方が良いですよ。
そんなに慌てたら……。」

もうあの女性の声は聞いていられない。
聞くものか。
目的はわからないが振り向けば悪いことが起きる。
そうに違いないと思い必死に向こう側を目指した。


すると急に雨が降り始め、
瞬時に凄い勢いになりまるで台風のようだ。
目を開け前を見ているだけでも大変という状況になる。
しかしそんな中でも鮮明に女の声が聞こえる。

「何をするの!
放して!
そこの人助けて!
殺される!」

騙されるものか。
あれは演技。
そう言い聞かせ絶対に振り向かない。
あと少しで橋を渡り切れる。
そう思って手を伸ばした時迂闊にも滑ってしまい、
橋の上で後ろへ倒れてしまった。

そして見たくもない後ろをついうっかり見てしまった。
すぐそこにいたそれは先ほど見た可憐な女性とは程遠い、
化物のような形相をしている。

「ひぃ。」と思わず声が漏れたがそんなことよりも、
すぐ立ち上がり橋の向こう側へと向かわなくてはならない。
ツルツルと滑る橋は思うように進めない。
それでも後ろからは奴が追ってくる。

「待ってー。」

ぎりぎりのところで橋を渡り切ると、
置いてあった斧で橋を吊っているロープを切った。
すると橋はガタガタと音を立て崩れ落ち、
追いかけてきていた女は橋もろとも川へと落ちていった。
川に落ちた女は苦しそうに悶えている。

「助けてーっ。」

必死に手を伸ばしている女は次第に流され見えなくなった。


一人になり辺りは先ほどの雨が嘘のように晴れている。
目の前には花畑が広がりのどかな天候。
目を奪われ歩みを進めていくと、
多くの優しい温もりに包まれ、
そこから二度と帰っては来れかった。

ミリョウの橋

あなたにとってこの女性は鬼に見えましたか?
それとも助けを求める人に見えましたか?

ミリョウの橋

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • ホラー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-11-13

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