若い絵描きと黒猫のK

若い絵描きと黒猫のK

しんしんと雪が降る週末の大通りを闇に溶けるようにして黒猫が歩く。

人は猫を嫌うことはない。

中には嫌う人もいるが...

だが猫の「色」が「黒」というだけで、人は不吉だ、などと忌み嫌う。

だがそこを行く黒猫はそんなことも構わず威風堂々自慢の鍵尻尾を水平にして歩く。

黒猫が大通りを抜け、路地に入ると突然その黒猫にむかって石が投げつけられた。

「うわ、黒猫見ちまったよ不吉だな、オラどっかいけ」

とサラリーマンが呟きながら石を投げたのだ。

黒猫はそれを無視して闇に消えた。



黒猫はずっと独りで生きてきた、仲間なんていても疲れるだけ。

誰かを思いやることなんて煩わしかった。

だから黒猫は孤独を望んでいた...


路地からさらに奥へ行こうとしたその時、黒猫の足が地面から離れた。

誰かに抱きかかえられたのだ。

その人物は街の若い絵描きだった。


「今晩わ素敵なおチビさん 僕らはよく似ているな」


と絵描きは黒猫の両脇の下に手を入れ、対面するように真正面に持ち上げて呟いた。

黒猫はその言葉を聞き、心臓がドクンと大きく脈打った。

しかし黒猫はすぐに必死にもがき、絵描きの腕を引っ掻いた。

黒猫は絵描きの腕から解放されると闇に向かって走った。

生まれて初めて「優しさ」、「温もり」というのを感じた。

しかし黒猫はまだ「それ」を信じられなかった。

そんな感情は初めてだった...

黒猫は孤独という名の逃げ道に向かって走った。

走った。

しかしどれだけ逃げてもその「変わり者」は付いて来る。

黒猫は思った。この「変わり者」になら心を許せる。



それから猫は絵描きと二度目の冬を過ごす。

絵描きはその友達に名前をやった。

Holly Night.(ホーリーナイト) (黒き幸。)

それからの日々は、貧しいが生活だったが猫にとっても絵描きにとっても新鮮で楽しい毎日だった。

絵描きは、スケッチブックに黒猫の絵ばかりを描き、スケッチブックはほとんど黒尽くめ。

猫もそんな絵描きにくっついて甘えたがる。


しかしそんなある日、貧しい生活の中で絵描きが倒れた。

持病が悪化したのだ。


病に苦しみながらも、絵描きは最後の手紙を書きこう言った。



「走って 走って こいつを届けてくれ
  夢を見て 飛び出した僕の 帰りを待つ恋人へ」



不吉な黒猫の絵など売れるはずがない。

それでもアンタは俺だけ描いた。

普通の物を描けばお金も手に入り、アンタが死ぬことはなかった。

世には「聖なる幸せ」も「黒い幸せ」も両方あることを教えてくれた。



「手紙は確かに受けった」



雪の降る山道を黒猫が走る。

今は故き「親友」との約束をその口に銜えて。

そんな猫を見て子供たちが「あ、黒猫だ」 「悪魔の使者だ!!見ると呪われるぞ~」

などと言いながら石を投げつけた。


「なんとでも言うがいいさ 俺にはけっして消えない名前があるから」


Holly Night.(ホーリーナイト) (聖なる夜)

と呼んでくれた。

優しさも、温もりも絵描きは全て詰め込んで呼んでくれた。

今まで忌み嫌われていた俺にも意味があるとするならば。

この約束を果たすために生まれてきたんだろう。


「どこまでも走るよ」


猫は自慢の鍵尻尾もしなってしまうくらい走った。

走った。

そしてついに猫は親友の故郷に辿り着いた。

恋人の家まであと数キロ。

猫はすでに満身創痍だが走った。

転んだ。

猫はすぐに立ち上がろうとするがそんな間も無く街の人々から罵声と暴力が襲いかかった。


「負けるか 俺はHolly Night!!」

長旅の疲労と暴力で千切れそうな手足を引き摺りなお走った。

「見つけた この家だ!」

猫は恋人の家の玄関を数回引っ掻くと、力尽き、動かなくなった。

すると中から恋人らしき人物がでてきて、猫が銜えていた手紙を読んだ。

恋人はもう動かなくなった黒猫の名前にアルファベットをひとつ加え

庭に埋めた。

庭の墓石には黒猫の名前が刻まれた。

Holly KNight.(ホーリーナイト) (聖なる騎士)

若い絵描きと黒猫のK

若い絵描きと黒猫のK

BUMP OF CHICKENさんの楽曲「K」が題材のお話です。

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-11-10

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