便利屋BIG-GUN2  ピース学園

便利屋BIG-GUN2  ピース学園

全ての人には師匠がいる

「Jr.、今日から私は君の教官だ」

「新しい教育方法として通信教育生を普通科に短期通わせる事を試験的に行う事となりました。彼がその第1号で今日から君達と一緒に勉強する新しい仲間です」
 やや頭のてっぺんが寂しくなった中年教師の紹介を経て俺は一歩前に出て自己紹介をした。これからクラスメートとなる生徒たちは歓迎というより驚きをもって迎えてくれた。俺の名を知っていたせいだろうか。いや・・・無理のありすぎる転入理由のほうだろうな。時期も時期だ、あと一月で夏休みでもある。まぁ俺にとってはとりあえず関係ない。質問される前に押し切るとしよう。
「1ヶ月の短い間ですが、よろしくお願いします」
 俺にもこんな丁寧な挨拶が出来るのかと自分でも驚きつつ二つあった空席の一つを指定され、そこに腰を落ち着けた。
 さりげなくクラス全員の顔を見渡したが、いない。
 とするともう一つある空席がそうか。
 席に着くとすぐに隣の女の子が話しかけてきた。ふふふ、もって生まれたスター性か。
「あなたスポーツ得意そうよね? 何かやってる?」
 予想よりもフレンドリーすぎる、いやタメグチな口調で彼女は切り出してきた。いくら同級生とはいえ初対面の異性にはもう少し他所行きな言葉を使うんではないか?
「スポーツは何もやってないけど。運動神経は自信あるよ」
 俺が素直に返事したのは社交辞令か揉め事を起こしたくなかったせいか、はたまた相手が女の子だったからか。
俺の回答に彼女は満足そうに微笑むと「じゃまた」と一方的に会話を中断した。
ショートカットの栗色の髪、赤い弦の縁なしメガネの奥に意外と大きく丸い瞳が輝いていた。ルックスとしては中の上くらいか。つまりは十分ヒットゾーン。一ヶ月隣に座る相手としては申し分ないが、なにやら少しうるさそうだ。どうも俺の周りにはこういうマイペースな女の子が多い。なんでだろね。
HRが終わるとすぐ今度は俺の方から彼女に話しかけた。向こうから話されると向こうの用件を聞くだけで休み時間が無くなりそうな気がしたからだ。
授業内容や学校生活について軽く質問した後、空席について聞いてみた。
「あの後ろの席になると思ったんだけど、誰か休んでるの?」
すると彼女、たった今名前を聞いた「米沢早苗」は困ったような顔をしてお茶を濁すように答えてくれた。
「あれはいつも休みっていうか・・・。あんまり気にしないほうがいいよ?」
 この反応で大体予想がついた。あの席の主はその手の人間か。
 キリスト教学校なんて俺にはお高すぎる所かと思ったが、どこにでもいるんだな。俺と合いそうな奴ら。
 アイツがそういうタイプの人間になっているとは予想外だったが、まあ人間色々だからな。
 昼休み、ちょっと話があるという米沢さんを「昼飯買ってくる」と振り切り購買部へ向かった。情報を得たかったのだが、こんな時間にやつらは登校してないかな。
 お母さんが丹精こめて作ってくれた弁当ではまるで足りない10代の飢えた若者たちが購買部のパン売り場に殺到していた。
とりあえず俺も列に加わりコロッケ、ハムカツなどの惣菜パンを5個ばかり購入し列を掻き分け購買部兼学食の隅に移動する。昼飯を食いながら物珍しげに学校を見学する転入生を演じつつターゲットを探す。
 いた。その手の奴だ。
 わかりやすく茶髪。ぶっといスラックスを非常にだらしなく着こなしている。なにが気に入らないのか、周りをじろじろと睨みまくっている目つきなど、一体いつの時代の人なの? と質問したくなっちゃうほどだった。まぁおかげでわかりやすかったけどね。
 俺は奴が購買部を出て一人になるまで尾行した。まぁ大体ああいう奴らは飯を食ったら一人になりたがるものだ。果たして奴は一人校舎の裏に消えていった。助かるなぁ。
 奴を追っていくと人気のない校舎の隅が煙たくなっていた。
「やあ、ちょっといい?」
 背後から明るく声をかけると奴はびくついて手にしていたタバコを投げ捨てた。バカモノ火事になったらどうする。一消防団員としては看過できぬ。
「なんだてめぇは!」
 三下三大台詞のひとつをわめき、奴は俺を威嚇した。
「僕、今日転校してきたばかりなんだ。知り合いが一人この学校に通ってるはずなんだけど会えなくてね。君なら知っていそうな気がしたんで声をかけてみた」
 場違いに明るい好青年の登場に奴は調子を崩しながらも息巻いてみせる。
「ふざけんな、邪魔だ。とっとと行きな」
「そう言わずに教えてよ、松岡 瀬里奈というんだけど」
 名を聞いて奴の顔色が変わった。
「松岡さんに何の用だ」
 さんづけか。あいつ1年生のはずだが。俺と同級だからな。
 俺は少々めんどくさくなっていた。
「知ってるんなら教えろ。お前らのたまり場はどこだ」
 急に態度を変えられたんで奴はわめきながら殴りかかってきた。力任せの足腰が入ってないパンチ。
 軽く左にかわして手首をつかみ背中までクイと捻り上げてやった。
 奴はギャッとうめいた後、なおわめき続けやがった。
「ふざけんな放せ、ぶっ殺すぞ!」
「お前この体勢でよくそんな口をきけるな。なんか勘違いしてないか?」
 手首を肩まで一瞬引き上げる。奴の叫びのトーンが一段上がった。
「俺は教師でも風紀委員でもない。お前らがタバコふかしてようがシンナー吸ってようが知ったこっちゃない。松岡瀬里奈に会いたいだけだ。素直に話せばお前がしゃべったって事は誰にも言わないでやる」
 最後の一言が聞いたようでこのチンピラは口を割った。スムーズな滑り出しだ。一ヶ月も必要なかったかもしれない。
 去り際俺は奴に500円玉をトスしてやった。
「俺に会った事は誰にも話すな。そいつは情報料だ。もうちょっとましなタバコ吸うんだな」
 チンピラの表情なんて振り返りもしなかった。

 私立ピース学園。この街の南東、ほぼ市の境にある中高一貫教育の学校だ。キリスト教の教えをベースとしたお嬢様学校だったが最近男女共学になった。野郎の制服はブルーのブレザー。女子は緑色のブレザーで俺に言わせると何の変哲もないスタイル。まぁ今は夏服だからYシャツにブラウスだ。
学力は上下の開きが大きい。要するに一所懸命努力しているやつもいればそうでないやつも仰山いるということだ。こういう場合目立つのは悪い方。それで市内ではピースではなく「ピンフ」と呼ばれ小馬鹿にされることが多い。ピンフの意味がわからない? 麻雀の一番安い手で「平和」と書くのでそれとピースをかけてだな・・・まあいいか。
 であるが何故か女の子には人気があり定員割れした事は無いという。現在も共学とはいえ男女比率は7対3で女が多いようだ。寮が充実しているのも特徴で全校生徒の4割が寮住まいだ。
 私立らしく敷地が広いし海も近く立地条件はよい。防風林を兼ねてか木々も多くいかにもこの街っぽい雰囲気。その辺が人気の秘密なのか。
 ま、とにかくここはこの街で一番有名な学校である事は間違いない。
 今回のターゲットたる松岡瀬里奈は、この広い学校の北のはずれにある、あまり使わなくなったものを置いておく倉庫つまりガラクタ置き場をアジトにしているそうだ。まあありがちな場所だな。
 到着したガラクタ置き場は古びた木造の倉庫だった。2階建て、通常の体育館の半分くらいの大きさ。倉庫としてはかなり大きい部類だろう。
「たのもー」
 一応相手はレディーなので、オレンジの錆止めが剥がれかけた鉄の扉を叩いてみる。返事は無い。
「入るぜー」
 もう一声かけて扉を開ける。相手は高校生だからいきなり撃ってきたりはしないだろう。それでも慎重に辺りを確認しながら中に入った。ムッとした熱気が立ち込めている。電気はついていないが窓からの光で中はうっすらとしている。俺は夜目がきくのでこれで十分に見える。倉庫らしく柱が無いだだっ広い空間に何が入っているのかわからない巨大な木箱、昔の体育祭で使われたと思われる機材、段ボール箱の山そういったものが乱雑に置かれ中は迷路を思わせた。迷路といえば本物の病院改造してお化け屋敷兼迷路にした遊園地があったが・・・。なんであんなもの作るかねぇ。わざわざ金はらって怖い思いしなくてもいいじゃないか。
 1階に人の気配は無い。2階に上がってみる。2階は倉庫空間は1階の半分ほどしかなく残りは部屋になっていた。4つのドアが壁に見える。かすかに人の声が聞こえた。一番奥の部屋か。妙なトラップは無い。そこまで気にする必要は無いか、ここは私立高校の中だ。
「こんちはー」
 俺はノックして返事を待たずに中に入った。
中には4人の高校生がいた。手前に野郎が二人。奥に女が二人。いた、松岡瀬里奈。
一目でわかった。
 が、予想よりかなり美人になっていた。
 一同は驚きと共に振り返り、一瞬遅れて殺気立った。
「なんだてめぇは」
 また三下三大台詞をはき、男達が立ち上がった。流行ってるのだろうか。
「やっちまえ!」
後ろにいた女が三大台詞パート2をはいた。いきなり「やっちまえ」とは好戦的な奴だ。
呼応して左側にいた男が俺の胸倉をつかみに来た。俺はその指をつかみ、ちょいとばかり力を入れて捻りあげた。野郎は悲鳴を上げる。
「この野郎!」
 右にいた男は殴りかかってきた。俺は手を離し右へ踏み込みつつエルボーを腹に打ち込む。カウンターで綺麗に決まった。ぐえっと呻いて男は悶絶した。左にいた男はよせばいいのに反撃してきた。何の考えもなく俺につかみかかる。くるりと体を回転させつつ裏拳を奴のこめかみに叩き込む。男は白目をむいて崩れ落ちた。
 残された女達はさすがに向かってこなかった。右の女は強がって鬼の形相をしているが明らかに怯えていた。右手は隣の女の袖をぎゅっと握っている。俺が唯一の出入り口の前に立っているこの状況では三下三大台詞パート3「おぼえてやがれ!」を叫んで逃亡する事もできない。
 隣の女、松岡瀬里奈は肝が据わっているようだ。座っている位置、さっきのチンピラの態度からしてグループのボスはこいつか。
 薄暗い室内でもわかるほど艶のある黒く長い髪。真逆に透き通るような白い肌。この二つは俺の記憶と変わってはいない。変わったのは瞳。切れ長の瞳はあのころと違って氷のように冷たい。表情はどうにもならないほど冷めていた。整った顔立ちなだけにその冷たさにはぞっとさせられた。
「なんなのあんた」
 けだるそうに松岡瀬里奈は口を開いた。やや低い落ち着いた声だ。俺は苦笑して答えた。
「フィアンセを忘れるとは、つれないぜトヨタセリカ」
 この台詞に一瞬だけその表情が俺の知っている瀬里奈に戻った。頬がすこし赤くなっている。
「あんた・・・まさか、風見健?!」
 俺はなるべく紳士的に笑った。
「今は便利屋の社長で、ただの悪党だ」
ざっと・・・10年ぶりの再会だった。

「Jr.、やっかい事はいつも突然やってくる。身構えている必要は無い。そういうものだと解っていれば対処できる」

 時間は少し戻る。
 依頼の電話が来たのは仕事を終え、たまったビデオを一気に消化しているときだった。武道に打ち込む少女達の友情物語(ちと変わった武道で武器が戦車なんだが)に不覚にもウルッとしていたら電話が鳴った。
 わが社便利屋BIG・GUNは24時間営業では無いが、さすがに電話くらい出ずばなるまい。なにしろ社員全員が社屋に寝泊りしているのだから。
「Jr.、風見健に娘を、瀬里奈を助けてくれと伝えてくれ」
 電話を取るなり中年男の切羽詰った声が響いた。声にも瀬里奈という名にも覚えがあった。
「頼む」
 電話の声は念を押した。
「松岡か? 俺だ、健だ」
 俺の声が聞こえたのかどうか。電話は切られた。
 普通の便利屋さんにはこういう依頼の電話はかかってこないだろう。しかしまぁ「うち」は少し規格外のお店だからたまにはある。得意分野は揉め事解決だ。
 さて、どうしたものか。
 俺はとりあえず二人の仲間を起こすことにした。
 松岡とは親父の片腕で俺の教育係だった男だ。体力作りから格闘技、射撃、大概のことは松岡から習ったといっていい。
娘の瀬里奈は俺と同い年で、まぁ幼馴染だ。色白で黒髪が綺麗な可愛い子だった。恥ずかしがり屋だったが将来お嫁さんになるとも言ってくれた。しかし俺はというと「トヨタセリカ」と呼んでからかっていた。
まつおかせりな、トヨタセリカ。
むう・・・今考えると全然似てないな。
「彼女自慢はいいから」
 極めてめんどくさそうにハンサムな男は俺の言葉を遮った。
「話を進めろ」
 相棒、北下三郎である。あらゆることを人並み以上にこなす天才肌の男で、非常に役に立つ頼りになる男だ。が、気に入らんのは人を見下ろした話し方と俺より少しばかり女受けするルックスである。今更喧嘩しても始まらないので俺は入れたてのコーヒーを一口飲んで話を続けた。
「俺が家を出ちまったせいで松岡は教育係として責任を感じていたそうだ。後ろ指差すやつもいただろう。奴の娘が何らかの危険にさらされて、かつ俺に助けを求めるとなるとその辺にしか理由は思いつかない」
「お前の親父さんは松岡さんをどう思っていたんだ。やはり責めていたのか?」
 もう一人の仲間ジムが口を開いた。身長190もある恵まれた体格のこの温和な青年は体に似合わず機械いじりを得意とするエンジニア系の人間だ。特に拳銃のカスタマイズに秀で俺達の銃は全てジムの手が加わっている。またジムは俺達より年上で思慮深く相談役には最適の人間だ。
「部下はともかく、親父と兄貴は松岡を信頼していると思う。長年の付き合いだし、変わる人材はいない」
 ジムは少し考えた。精悍な表情だ。女にもてそうなんだがあまり出歩かないので浮いた話はついぞ聞かない。もったいない。
「なら何故松岡さんは親父さんでなくお前を頼ったんだろう。悪いがどう考えたって頼りになるのは親父さんの方だぜ」
 三郎に言われたらむかついたかもしれんがジムが言うと説得力がある。
「親父さんの組織から狙われている・・・と考えるのが妥当か」
 三郎がつぶやいた。確かにそうだが親父が瀬里奈に危害を加えるだろうか。俺の目からは実の娘のように可愛がっていたように見えたが。いや、あの親父に人並みの情愛を期待するのは無理か。なにしろ10年も前の話だ。俺も幼児だったしな。今の判断力は無い。
「なんにせよ情報不足だ。明日から情報収集しよう。ジムはここで松岡からの連絡を待ちつつネットで情報を。三郎は情報屋と裏の噂集めを頼む」
 三郎は冷めた声で「ああ」と言った後質問した。
「依頼人は松岡氏という事になるだろうが、商談もしないで動いていいのか? 金が入らなかったらどうする」
 奴の言いたい事は非常にわかる。やな奴。
「俺が払えばいいんだろ」
 俺の返答に三郎はニヤリともせず二度うなずいた。
「そういう事だ。俺達はプロだからな。で、お前は何する」
 考えは決まっていたが気は重い。ため息交じりに答えた。
「俺は兄貴の線から親父の組織内を探る」
 なにしろ・・・捨ててきた実家だからな。

 夜が明けた。
 兄貴クナイト・バーンには夜のうちにメールを送っておいた。朝には返事が返っていて会ってくれるということだった。
 わが社に来てくれればいいのに、わざわざ昼飯時にラギエン通りの海よりにあるオープンカフェに呼び出された。
 初夏のデートでなら最高のロケーションだが兄弟が落ち合うところではないのは理解していただけるだろう。Dクマ前のフードコートでいいじゃんかよ。映画の撮影にもよく使われるおしゃれなカフェに一人座りアイスコーヒーをチューチューしながら、時折通る珍しいスポーツカーに感嘆しつつ待つこと30分。
寂しすぎる状況。おぼえてろよ兄貴。
周りのテーブルは当然おしゃれにランチを楽しむカップルたちだ。こちらを見てくすくす笑う女もいる。すっぽかされたのよ、と俺に聞こえるように彼氏にささやいていた。南口のラーメン屋、街一番の情報屋にアクセスしてやつらの自宅を割り出してやろうかとスマホを取り出した時、待ち人はやってきた。
「ごめーん、まったぁ?」
 涼しげな声と共に予想外の人物が現れた。
 言うまでもないが兄貴ではない。
 光が歩いてきた。そう表現するのが最も適切だろう。
 それほど美しい人だった。
 プラチナブロンドの長い髪が、日の光を浴び透き通っているように見えた。薄い唇が笑みを作り、知性を感じさせる青い瞳が俺を見つめていた。
 ライトグレーのパンツスタイルのスーツ、清潔感のあるシンプルな白いブラウスが見事なプロポーションのボディをつつんでいる。
 たじろぐほどの美貌と爽やかな色気を漂わす圧倒的な美女。それが何故か俺の前にやってきた。
「久しぶり風見君」
 テンプレートな挨拶と共に優雅に俺の前に座る。その辺でやっと俺は彼女の美の呪縛から解かれた。がんばったほうだ。さっきのサノバビッチカップルなんざ未だぽかんと口をあけてやがる。他の席の連中も同様だ。俺は何故か優越感を感じつつ切り出した。
「ジェニー、なんであんたが?」
「あら、私じゃ不満?」
 いたずらっぽくウインクする。全く下品でない色っぽさ。10代の私には刺激的過ぎまする。
でも負けないぞ。
「ランチの相手としては申し分ないさ。だけど今は美人とお茶している場合じゃないんだ。兄貴の話を聞きたい」
「大丈夫、話は聞いてるわ。彼今忙しくて中々出歩けないのよ。で、あなたからメールが来たとき困った顔してたから私が代りに行くわよって言ってあげたわけ」
 ジェニーはウエイトレスに紅茶を注文した。細く長い指でメニューを指差す。それだけで絵になる。ウエイターだったら仕事どころではなかっただろう。いや、この子もなんか頬を赤らめている。それほどの美だ。
「うちの内情まで知ってるのか?」
「家に帰らないあなたよりはね。松岡さんの揉め事でしょ? クナイトに詳しく聞いてきたわよ」
 ならいいか。彼女ジェニー・フラントは3年位前から実家に出入りしている。まぁ兄貴の恋人だ。美人で頭がいい上、明るく社交的な性格なため親父にも気に入られている。家族も同然なんだろう。・・・ん?
「俺のメールが着いた時、兄貴と一緒にいたのか?」
「うん」
「あんな夜中に?」
「うふ」
 ジェニーはニコニコと笑いながら俺の言葉を待った。
が、俺が言葉をつげなかったのでズバッと言った。
「早く彼女作りな」
 うるせーよ。
 俺はこういう時の打開策を知っている。伊達に社長職を務めているわけではない。
 こういう時は勿論、無視して話題を変える・・・だ。
「松岡は今連絡がつかない・・・そうだな?」
「そうね、結構大騒ぎになってるわ」
 ジェニーは少し肩をすくめた。大きなバストがつられて持ち上がる。うむむむ。
「松岡はまだ組織の金を管理しているのか?」
「そこまでは知らないけど重要な地位にいたのは間違いないわ。お父さんも信頼なさっていたし」
 ふーむ、問題が発生しそうな感じではない。となると部外者の線が大きい。
「敵対勢力に襲われた可能性は?」
 ジェニーはその質問に苦笑した。
「そりゃお父さんたちの仕事を考えれば無くは無いでしょ。でも私は違うと思うわ」
 ジェニーの感は鋭い。しかし根拠が無ければ信用するわけにはいかない。彼女もそれを感じ取ったようだ。話が早くて助かる。
「仮に松岡さんが敵に危害を加えられたとしたら、お父さんやクナイトどうすると思う?」
「ただじゃすまさないだろうね」
 親父は極悪非道と言っていい地獄に落ちるべき人間だが同時に情も厚く仲間意識も強い。一番の相棒に手出しする者があればあらゆる手段を使って相手を八つ裂きにするだろう。
「物騒な雰囲気というよりは身内で内々に済まそうって慌しさなのよ。どう考えても違うでしょ?」
 たしかに・・・。しかし兄貴はともかく親父の性格まで把握しているとは、さすがに兄貴の女だ。美貌だけが武器じゃない。紅茶が到着してジェニーは何もいれず香りを楽しんだ後、一口味わってから続けた。アールグレイの香しさは俺にまで届いていた。
「松岡が失踪しているって事は娘は? 瀬里奈って言ったな」
 瀬里奈を助けてくれ。松岡からそう依頼があった事は兄貴にも伏せた。夜中突然松岡から切羽詰った電話があったとしか言っていない。しかしジェニーはいたずらっぽく笑い俺の顔を覗き込んだ。
「忘れた振りして・・・。そっちの方が心配なんでしょ」
 完全に向こうのペースだ。ため息をつかざるを得ない。
「瀬里奈の事まで知ってるのかよ」
 ジェニーはふふっと笑って紅茶をまた一口飲む。幸せそうな顔をしてから言った。
「言ったでしょ詳しく聞いてきたって。それに松岡さんからも度々あなたとお嬢さんの話聞かされてたしね」
 頭のいいおねーさんとの会話はトントン進んで好ましいが、どうにもイニシアチブが取れない。
「あなたのフィアンセは無事よ。この街にあるピース学園の寮生。お父さんが失踪した事も伝えていないわ」
 ピンフか・・・。ここから何キロも離れていない。
「松岡さんの行方が知れない以上、手がかりはお嬢さんしかないわ」
 俺の知る限りでは・・・な。
「ピース学園への臨時入学の手配を取れるわ。潜入調査って奴ね」
「まぁ待て」
 何か踊らされているような気がする。
「俺は松岡の事がちょいと気になっただけだ。そこまで手間かけて調べるつもりは無い」
 一歩引いた俺にジェニーはなおもおねーさま笑いを絶やさない。
「何も駆け引きする必要なんてないのよ。あなたはプロとして仕事をこなせばいい。正式な仕事として依頼するわ」
 ジェニーは小切手を取り出した。ここは豊かな胸の谷間から出して欲しかったのだが常識的にバックから取り出された。だがしかし、ちょっとした仕草だけでも十分に色っぽい。ほくほく。
金額を見て少々驚いた。
 300万だ。
「依頼内容は松岡の調査だけでいいのか?」
 切り替えたわけではないのだが、俺の声はビジネスモードになっていた。ジェニーの表情もそうだった。この人も完全にカタギってわけじゃない。
「状況の解決。どういう結果になろうとあなたの判断に任せるそうよ」
 どういう結果になろうと解決か・・・。
「これは兄貴からの依頼か?」
 俺はさらに声と視線を鋭くした。しかしジェニーは全く怯まない。
「お父様の許可も取っている。お父様の依頼と考えていいわ」
 親父・・・俺の親父の名の重さを彼女は知っているんだろうか。
 それにしても親父が自分の片腕の事を俺に任せるだろうか。
全て放り出して家を出た俺などに。
 即答しない俺の胸のうちをまたジェニーは見透かした。上目遣いで俺の表情を覗き込んだ。
「お父様があなたをはめようとしている。って考えてる?」
「親父が俺を信用しているとは思えない」
 ジェニーは優しく笑った。
「お父さんを信用できないんじゃなくて、自分が信じられないのね。自分が頼られるほどの人間じゃないって」
「そういう事じゃないが」
 ではどういう事だろう。図星じゃないか。
「お父様はあなたを厳しく評価したんでしょうね。でも父親が息子を低く評価するなんて当たり前じゃなくて? それに、松岡さんはあなたを頼って電話してきた。少なくともあなたはお父様の片腕には信頼された人間。しかも松岡さんはあなたの師匠。師匠に頼られる弟子はそうはいないと思うわ」
 女のおだてなど話半分で聴くことにしているが・・・。松岡には借りがある。瀬里奈も気にならんわけではない。
 俺は小切手を懐にしまった。
「わかった。学校の手配を頼む」
「よい仕事を期待してるわ、社長」
 あと・・・聞いておかずばなるまい。
「もうひとつ・・・この店を指定した理由は?」
 ジェニーはあっけらかんと答えた。
「映画で見て一度来てみたかったのよねー」
 やれやれ、兄貴と来ればいいじゃねーか。
 ジェニーはウインクして席を立とうとした。俺はそれを引き止める。
「ところで後ろのお兄さん達だが」
「ん?」
 さすがだ。振り返らずコンパクトを出し「どこどこー」と化粧を直す振りをして後方を確認した。
「どう見てもナンパしようって連中じゃない」
「あらぁ、人を見かけで判断しちゃかわいそうよ」
 ジェニーは笑ったが本心でないのは明らかだ。声が優しいお姉さんから・・・戦士に代わっていた。
 彼女がやってきて1分ほどで少し離れた辺りにスーツにサングラスといういでたちの男達が現れていた。
三人。一人は店から見える道端に、二人はもう少し離れた路地の辺り。一目でカタギではない雰囲気。時折ちらりとこちらを見ては何かつぶやいている。恐らく小型通信機で連絡しあっているんだろう。
 道端の奴の口元は見える。得意ではないが読唇術も一応習った。松岡直伝だ。
 シランヤツダ、ウワキアイテカ。ガキダ。・・・シカケルカ。・・・ワカッタ、マツ。
仕掛けてくるのは店を出た後か。俺と別れるのを待つのか。
「3人」
 ジェニーの瞳が冷たくなった。俺は笑って頷く。
「あんたを狙ってきてるぜ。今回の件に関係ありそうか?」
 ジェニーは首を振る。
「どうかな。最近あの人他所の組織と揉めてるから。私を捕まえてクナイトの弱みを握りたいってとこじゃない?」
 怖くないんだろうか、いい度胸だ。まぁでもなきゃ兄貴とは付き合えないか。
「連中を退治した場合はいくらになる?」
「ここは私が払うわー」
 ジェニーはレシートを取るとひょいと立ち上がった。
 やっすいなー。
「右の二人お願い。道端のは引き受けるわ」
 しかたねぇ、兄貴に恩売っとくのも悪くないか。
 俺は会計に向かう美人さんに「ごちー」と手を振り、軽いステップで店を出た。鼻歌を歌いながら男達のいる方へ進む。
 視線を向けず奴らを確認する。道路からこっちを見張っていた奴がささやいている。それに呼応して少し離れたところにいた二人が向かってきた。左肩が少し下がっている。銃を持ってやがるな。
 何食わぬ顔ですれ違う。3mほど離れたところで俺は言った。
「女相手に三人がかりか?」
 ビクンと二人の肩が動き、懐の銃を引き抜きつつ振り返る。
 だが俺はもうそこにいなかった。
 横っ飛びして極限まで腰を落とす。奴らの視界から一瞬消えていた。右手にはすでに愛銃ベレッタが握られている。
 白昼堂々いきなり銃を抜く奴らに容赦は必要ない。
 2連射。二人はサングラスを弾き飛ばされながらその場に崩れた。
 銃声に気づき店を監視していた奴が振り返った。俺の銃口はすでに奴に向けられていた。だが引き金を引く必要は無かった。
 ふわっと風のように金色の髪をなびかせてジェニーが突っ込んできていた。男が気づく前にわき腹に膝蹴りを叩き込む。思わずよろけた男の頭をつかんで再度腹に膝蹴り。前のめりにうずくまろうとしたところへクルリと回転してエルボーが放たれる。そいつはこめかみに打ち込まれ男は白目をむいて悶絶した。
 女性のパワーの無さを補うスピードと急所への正確な攻撃。一朝一夕で身につく技ではない。
 さすが・・・あの兄貴が惚れる女だ。
 他に敵がいないかを慎重に確認した後、ジェニーに駆け寄る。朝の散歩から帰ってきたようなケロッとした顔で微笑んでくれた。
「お見事、鮮やかなものね」
「こっちの台詞だ。尋問するか?」
 のびている男を指差したがジェニーは舌を出し走り出した。
「冗談、後は任せるわ。警察とお友達なんでしょー」
 人聞きの悪いことを。署長と受付嬢が知り合いなだけだ。
 止めるまもなく美しい後姿は路地の向こうへ消えていった。名残惜しい気はしたが兄貴と喧嘩したくも無い。
 店に声をかけ警察を呼ぶように伝える。また事情聴取されなきゃならんな。
 俺は舌打ちしたが、先ほどのサノバビ・カップルがだらしなく腰を抜かしているのを見つけ少し機嫌を直していた。

 驚いた事に翌日には入学手続きが済んだ旨がメールされてきた。どんだけ裏工作が得意なんだ兄貴。
 昨日あの後警察に行きジェニーを襲った連中の話を聞いたが親父の敵対勢力の三下であるらしい。三郎が当たっていた情報屋の見解も一致したのでほぼ間違いは無い。松岡とは無関係だろう。兄貴に報告はしておいたので奴らの親玉は長いこと無いだろう。クナイト・バーンを敵に回して生きていられるやつはこの辺りにはいないのだ。
 物騒な話は俺の周りだけでなく警察署長エバンス氏、通称シェリフも最近の治安悪化にぼやいていた。
 麻薬犯罪の低年齢化が進んでいるらしい。
「若いうちから薬に逃げてて将来どうするんだ?」
俺に言われても困るんだが・・・。くそ真面目で優秀な警官なのだが時折俺に愚痴をこぼすのが玉に瑕だ。
と、この時はそう思った。
後で知った事だが先日補導した高校生が強度の麻薬中毒で病院に搬送する間もなく禁断症状で暴れ自殺してしまったらしい。麻薬販売ルート解明の手がかりを失ってしまった事と若い命を救えなかった事。それでシェリフはいらついていたのだろう。担当した麻薬課のデーブ刑事は責任を感じて辞表を提出したそうだが、署長は受理しなかった。仕事で取り戻せと言う事だろう。上司も部下も熱いやつらだ。
「あたしは人生に逃げ道なんか作らないけどねー」
 などと巨乳な婦警さんアリスはほざいていた。
 ネットゲームとホストに逃げている女が何を抜かす。俺のように世知辛い世間の荒波に立ち向かってから発言して欲しいものだ。
 ところでこの巨乳なおねーさん、この間まで受付嬢だったのだが署長室付に配置換えになっていた。出世といえよう。
 大した仕事をしていたわけではないのに何故?!
 署長が巨乳好きだったか、あんなのを受付に置いておくと性犯罪増加に拍車がかかるとやっと気がついたのか。
 まぁなんにせよ、顔見知りが署長室に行ったおかげで署長とは会いやすくなった。警察の情報も得やすくなった。俺には悪い事では無いだろう。

「治安悪化と言っても周りの街に比べれば犯罪発生数も検挙率もずっと高ポイントだ。署長も市長も支持が下がる事は無いだろう」
 情報屋からの報告ついでに三郎がまとめた。
 ふむむ、では下がるのは我がベイブルース(俺贔屓のプロ野球チームだ)の順位だけか。いや下がってないか。ここ数年ずっとドベだ。
「なんにせよ情報が少ない。兄貴の言うとおりピンフに潜入して瀬里奈と接触するしかないようだな」
「なんでわざわざ入学しなきゃならん。どう考えても不自然で目立つぞ」
 三郎の意見はごもっともだ。なんとなく俺にちゃんと学校くらい行けという兄貴のありがたい陰謀のような気もした。
「そう思うが奴は寮住まいで学校からほとんど外出しないらしい。まあ、内気な奴だったからな。お前代りに行く? 女子高生好きだろ」
 俺の軽口に三郎は気だるそうに答える。
「俺が女子高生好きなんじゃない。向こうが俺に寄ってくるだけだ。お前のフィアンセなんだ、お前が対処しろ」
 こんなことを真顔で言うからいつもカチンとくる。しかし確かにこいつの周りには女が絶えないから反論も出来ないのが悔しい。
女の子といえば先日ボディーガードしたジュンは何してんだろう。
「今度近くに行くから顔出すねー」
と、メールが来たっきり現れない。まぁ今取り込んでるからいいけど。
「ピース学園に関してはネットでも調べておいたが大した情報は無い。不良グループもいるがリーダーが突然転校しちまったんで今は比較的静かな学校だ。変わっているのは生徒会ががんばっているらしい事位かな。これがクチコミ情報と裏サイトのアドレスだ。入学前に目を通しておいてくれ」
ジムがスマホを操りメールをくれた。
同じ長身のハンサムさんでも三郎とは言葉の柔らかさが違う。素直にありがとうと言わせてくれる最近では稀有なタイプの人間。それがジムだ。
ぱぱっと目を通す。シェリフは薬物がどうとか言っていたがさすがにキリスト系元お嬢様学校だ。そんな噂はかけらも無い。せいぜい2ちゃんで脱法ハーブ試してみたいよねー、えーやばいよー程度だ。松岡瀬里奈の名はどこにもないか。
そこへ宅配便が届いた。入り口には一応センサーがついている。危険物ではないようだ。
兄貴からだ。
慎重に開けてみると中身はなんとピンフの制服だった。手配早。やっぱり松岡と組んでのドッキリじゃないのか?
と、入り口にもう一つの影。
殺気。緊張と共に懐のベレッタに手が伸びる。しかし。
「風見ちゃーん」
 現れたのは駅前のラーメン屋のおばちゃんだった。
 主人である親父さんは小柄で痩せた人懐っこいタイプの人だが、こちらはその英気を吸い取ったかのごとくデカイ。
 主に横に。
 そのおばちゃんが獲物を狙う怪しい笑みを湛えながら店内に侵入してきた。こ、怖い。
 おばちゃんはおもむろに口を開いた。
「ピース学園入るんだって?」
「情報はやすぎんだよ、いつも!」
 ラーメン屋「チューリップ」は5人がけのカウンターがあるだけの小さな店だが街の名物とまで言われるほどの有名店だ。
 が、それとは違う顔がもうひとつある。
街一番の情報屋なのだ。
 仕事柄度々利用して重宝しているが、問題は一番得意とする情報は「俺」であるということだ。
 この情報屋、特におばちゃんの方だが俺の成す事全てを知っていると言っても過言ではない。ストーカーと言っていいだろう。
「おばちゃん、いつも風見ちゃんの事見てるからね」
 自分から白状しやがった。
「で、ご実家がばたついてると思ったらピース学園に入学手続きなんかしてるじゃなーい」
 なんで俺の実家内部の事まで知っている。細胞分裂して一人派遣しているのか?
「あいかわらず大した情報収集能力だ。だがなんでここまで来た」
 するとおばちゃんムフフと笑っていった。
「制服まで用意してたから、おばちゃんここで張ってたのよ」
全然気がつかなかった。さすがプロ。
「で、だからなんで張ってたんだ」
「おばちゃん一日でも早く風見ちゃんの高校生スタイル見たくて。さ、今届いたでしょ。早く着替えて」
 と、おばちゃんすでに右手にカメラ構えてやがった。
 フジフィルムX20か。コンパクトカメラでありながらレンジファインダーカメラ風のルックスとアナログな操作感をもつ高級機。中々いいカメラ用意しやがって。
「なんで俺がファッションショーまがいの事を・・・」
 反論しようとしたが巨大なおばちゃんは店の前で時間が止まったようにムフフと笑って動かない。こ、怖い。
「おい」
 三郎の冷たい声がした。
「とっとと着替えてやれ。そのままだと仕事にならん」

「Jr.、真実は一つというが見方によって違って見える。人も物事もそれは同じだ」

 悪夢を振り払うように時間は現実に戻る。
 ビジョンがセクハラカメラマンおばちゃんから黒髪の美少女に変わった。
「というのがここにきた事情だ」
「ふーん、で結局写真撮らせてあげたの?」
 蒸し返すな! 消したい記憶だ。
 松岡瀬里奈はすっかりさっきまでの冷ややかな瞳に戻り俺の腹の中まで探ろうとしていた。
「助けろって言ったって私ちっとも危険じゃないわ。強いて言うならあんたが今一番の危機かしら」
 うーん、ごもっとも。
 俺達は倉庫を出て校舎裏に出てきていた。取り巻きが目を覚ましたら、また張り倒さなくちゃならんのでめんどいというのが主な理由だ。
瀬里奈は長い髪をはらいめんどくさそうに続けた。
「そんな情報でいちいち入学までして押しかけてきたの? そのあげく何人も張り倒して。どういうつもり?」
 どういう事なのだろう。300万もの金が動いている。そりゃあ兄貴たちから見ればはした金かもしれんが今更俺を学校に入れるためにこんな手の込んだことはするまい。
「張り倒したのは突っかかってきた奴だけだ。降りかかる火の粉を振り払ったにすぎん」
 そう、突っかかってきた奴をだ。
 瀬里奈は何か反論しようとしたが、わざとらしい咳払いに遮られた。
 振り返ると長身の生徒が立っていた。長髪でメガネなハンサム。一見してインテリ。人を追及する、見下ろしたような視線が印象的だ。咳払いで現れるとは古風な男だ。
 あだ名を付けるなら「会長」。
 生徒会長のような男だ。
「校内で不穏な会話はやめてくれないか、松岡君」
 三郎とはまた違った冷たい声。嫌いになれるタイプだ。
「別に公序良俗に反する会話はしてませんよ、会長」
 瀬里奈は負けず劣らず冷たい声で無感情に告げた。
 むう・・・本当に生徒会長だったのか。
「君は特別転校生の風見君だね。生徒会長の葉山悟だ」
 会長は俺に視線を移し握手を求めてきた。断る理由も無いので握り返す。今日の俺はフレンドリーな好青年だ。
いやいつもか。
 すると会長は驚いたように言った。
「君の噂は聞いている。握手するんだな」
 噂とは街の治安を守るため悪党を退治している正義の味方というものであろう。しかし何故握手しないと? 利き腕を他人に預けないってやつか? どこの殺し屋さんなんだ、俺は。
 外観、物腰、発想全てが一時代昔の男だ。この学校で生徒会長に立候補するようなやつはこんな物かな。
 俺の自己紹介もろくに聞かず、やつは自分の用件を切り出した。
「何をしにこの学校へ。突然勉学に目覚めたとは思えない」
 君のような人間が、と腹の中で付け足しているのがわかった。本当にむかつく男だ。
「通信で高校の勉強はやってました。兄貴の勧めで急にね」
 目的を告げる必要は無い。大体俺もまだ目的がはっきりしていないんだ。
「突然の無理のありすぎる転入。転入早々不良の巣窟へ侵入。親玉と接触。真面目に勉強しにきた人間の行動とはとても」
 不良の親玉か。瀬里奈を蔑んでいるようだ。さすがにむかついてきた。
 俺は少し猫を被るのをやめた。どうやら俺という人間を多少は知っているようだ。
「何故あなたがそんな事を聞く。関係があるように思えないが?」
 凄みを少し含んだ俺の言葉に奴は怯まず冷笑した。
「ただの悪党だ・・・。君の自己紹介の時の口癖だそうだね」
 本当によく調べてやがる。
「その言葉が本当なら学校としては問題だ。生徒会長が学校の治安を心配するのはおかしくも無いだろう。この街の治安を便利屋が守ろうとするよりは」
 論理的なだけにいちいち癇に障る。口で勝てるとは思えなかった。話を切り上げるのがよかろう。
「会長のお気に召さないのなら大人しくしてますよ。どの道1ヶ月間の体験入学です。1学期が終わればいなくなる身だ」
 会長は人差し指でメガネの真ん中を押して頷いた。
「そうしてくれ。君が来て半日ですでに揉め事があったと通報が入っている。暴力的な事が二度と起きないように頼むよ、では」
 会長は見事なターンを決めこの場を離れた。
 すまんな会長、もっと派手な揉め事をさっき起こしちゃってるんだ。ま、いいか。
「嫌味な奴」
 瀬里奈が吐き捨てた。
「10年ぶりに気があったな。俺もそう思う」
 瀬里奈は、ふんと顔を背けた。
 今の会長の態度・・・いくら真面目な奴だとしても・・・。
「とにかく!」
 突然瀬里奈は大きな声を出した。大人しいやつだったから大声なんて初めて聞いたかもしれん。なかなか色っぽくていい声だ。
「私に危害を加えようとしている奴なんかいない。親父の奴が何を言ったかは知らないけど私に護衛なんて必要ない。会長もああ言ってるんだから、便利屋に帰りな!」
 むきになって俺を遠ざけようとしている。なんとなく・・・わかってきた。
「問題ないと言われて、はいそうですかと帰るわけにはいかない。もうしばらくここにいさせてもらうぜ。お前がどう思っていようが知った事じゃない。これは俺が勝手にやる事だ」
 そうだ、仕事以前にこれは松岡の頼みだ。
「俺はお前を守る」
 一瞬だけ瞳を大きくして、瀬里奈は背を向けた。
勝手にしろ・・・と呟いた。
それはそれとして・・・ふむ、後ろから見るとなかなかのプロポーション。女にしては背が高く俺よりちょっと低いくらいか。それゆえ見栄えがよく特に腰からヒップへのラインが・・・。
おっと、お尻眺めている場合ではない。
「ちょっと待て、まだ用事がある」
「なんだよ」
 迷惑そうに振り返った。俺が懐に手を入れると一瞬怯えの表情を見せた。俺がどんな家のどんな人間か知っている証拠だ。
 が、奴の予想に反して俺が取り出したのは携帯電話だった。
「携帯の番号とアドレス交換を」
 瀬里奈の顔が真っ赤になった。む・・・かわいいじゃないか。
「なんであんたなんかに番号教えなきゃなんないの!」
 俺は至って冷静に返す。
「連絡取るのに必要だろ。お前に用事が無くても俺にはありそうだ」
「知るか、誰が教えるか」
 瀬里奈は力いっぱい横を向いた。長い髪が一歩遅れて続く。
 俺はフムとわざとらしく思考して見せてから言った。
「教えないなら俺は独自に調べる。その場合俺はお前の番号を知っていてお前は俺の番号を知らない事になる。それでもいいか」
 こんちくしょうとうめいて瀬里奈は携帯を取り出した。
「本当に悪党ね・・・」
「嘘つくとこじゃないし」
 俺は笑っていた。楽しいなぁ。ジェニーと違って完全に俺のペースで話が出来る。じつにからかいやすい。その辺は変わってない。
 何の変哲も無いガラケーが現れた。女子高生なんだから可愛いストラップくらい付けろよ・・・。
ジュンのはクマさんがついてたな・・・。
 データ転送の準備をしながら話しかける。
「お前の呼び方な・・・。昔と同じで瀬里奈でいいか」
「・・・」
「松岡だと親父さんと被るし、今更さん付けもなんだろ」
 瀬里奈は無言の後、携帯から目を外さず言った。
「偉そうに、何で親父を呼び捨てなんだ」
「そう呼べと親父さんに言われたんだ。敬語も止せって。俺だって年上にタメグチなんてたたきたくないよ」
 瀬里奈は答えずに携帯に没頭だ。あまり使い慣れてないと見える。ちょっと覗き込んで「これだよ」と指差してやったら一歩飛びのいた。
 黒髪のスケバンさんは、ちらっと俺を睨んでから何度目かのフンッを言って手を止めた。
やっと準備できたな。
「何とでも呼べばいいさ」
 もたついたのをごまかすようにわざわざ少し大きな声を出して胸を張った。
 そして一言付け加えた。
「トヨタセリカ以外なら」
 さすがに俺は苦笑した。
「それはやめる。もうセリカ無いしな。嫌だったんなら謝るよ」
 バカ・・・と言って瀬里奈は携帯をかざした。ピピッという動作音と共にプロフィールが俺の携帯に送られてきた。
 そういえばこいつは俺の事をなんと呼んでいただろう。たしか・・・。
 と、そこに。
「風見くーん、ここにいたんだ、あ」
 米沢さんの登場である。俺を探していたのか?
 彼女の目にはどう映っただろう。
 美人女子高生とメルアド交換している俺の姿は。
 どうでもいいはずなんだけど、なんかややこしくなりそうな予感が背筋を駆け巡っていた。

昼休みも終わりなので俺達は教室に戻った。瀬里奈は口も聞かず教室の隅に戻った。どっかに消えちまうかと思ったが。
 午後の授業は漢文で退屈の一言。子、いわく何たらかんたら・・・。
 ついでに単元のレポートを提出しろときた。さすがに今日転入の俺には免除されたがクラスの手前何もしないのも居心地が悪い。誰かのノートでも見せてもらおうか。
 HRが終わりキリスト教学校らしく「アーメン」なんて言って解散になってから俺は辺りを見渡す。
 瀬里奈はノートなんか取ってないだろう。取ってたところで見せてくれそうも無い。
「あんたに見せるくらいなら焼く」
くらい言いそうだ。
となると知り合いは後一人しかいない。
 米沢さんは何事も無かったかのように太陽のような微笑でノートを貸してくれた。と、言っても借りてしまうと米沢さんは宿題を出来ない。購買部に移動しノートのコピーを取る事にした。
 案内する、と米沢さんもついてきた。購買部にはさっき行った。案内は必要ないが、まぁ断る理由も無かった。教室を出る際、瀬里奈を確認したが授業が終了したというのに席に着いて外を眺めているばかりだった。
 表情は見えなかったが風にわずかに揺れる長い髪はとても綺麗だった。
あの頃と変わりなく。
道すがら瀬里奈は幼馴染で10年ぶりに再会した事、親父さんに様子を見てくるよう頼まれていると米沢さんに話した。変な連中と何やらこそこそやっている。なんとかしてやらないと・・・など細部のディティールは違うが嘘はついていない。だから彼女は納得したようだ。
「確かに親御さんとしたら心配だよね、あんな調子じゃ」
「まぁね、何こそこそやってんだか」
 米沢さんはまだ何か聞きたいようだ。ちょっともじもじして質問してきた。
「彼女とはさっきのとこで偶然会ったの?」
 気になるのだろうか、瀬里奈と俺の事。ま、自惚れが過ぎるか。
「いや、北の倉庫の2階だ。奴らの隠れ家みたいだな。また行ってよからぬ事してないか確かめないとな」
「ああ、そうなんだ・・・」
 何故かよそよそしかった。女の子の反応はわからん。
「で、何で俺を探してたの?」
 質問され米沢さんは自分の用事を思い出したようだ。
 メガネの下の大きな瞳を輝かせて話し始めた。
「風見君さ、バスケ得意?」
 得意かどうかと言われれば得意だろう。
 うちのビルの横にはバスケのゴールが設置されており時折ゲームに興じることがある。言うまでもないが俺達BIG・GUNの3人は全員運動神経反射神経共に抜群だ。加えてジムは190もある長身だし三郎のスピードと技は他を全く寄せ付けない。その二人とほぼ互角にプレイできる俺は、まぁこの街の高校生レベルなら超えているといえよう。
 3人で3on3で出れば全国クラスも夢じゃないんじゃないかな。
 とはいえ。
「俺、短期入学だから部活とかは無理だよ」
「部活じゃないよ、クラス対抗戦。球技大会だよ」
 来週末には1学期の期末テストだ。つまり本格的な授業は一端お終い。夏休みに向けてだらだらとするわけだ。
 そこで開催されるのが球技大会。今年はバスケで全校クラス対決をするそうだ。
「賞品は?」
「栄光の額」
 彼女はさらりと答えた。
 校長が毛筆で書かれた「栄光」という文字を額に収めた物。これが年度末、クラス替えのときまで教室に飾られるのだそうな。
 そんな物に何の価値があるのか疑問だが。
「やる以上勝ちたいじゃない」
 米沢さんはやけに勝気な表情になった。
「女子はそこそこいけそうなんだけど、男子ときたら全然やる気無いのよ。このあちーのに何でバスケなんかやるんだとか言って。どう思う?」
 どう思うと言われても男子の意見に大いに賛成だ。暑い日には冷房の効いた部屋で冷たいジュースを飲みつつダラダラするのが一番いい。
「情けないでしょ、高校生活始まったばかりなのよ、ダラダラして何になるって言うのよ」
 俺の意見も聞かずに話を続ける。強烈なマイペースだ。こうなると俺は本音を言うわけにはいかなくなり、
「確かに、少しは上向かなきゃな」
などと心にも無い事を口にしてみたりする。
 自分の弱さに少し涙。
 購買部に到着、コピーを使い始める。うおっ、女の子文字。解読にちょっと手間がかかりそうだ。
 作業の間も米沢さんの青年の主張は止まらない。
「何気なく生きてれば楽でしょうけど、そんな生き方したって退屈なだけよ。だからネットで人の文句言ってるだけの奴が出てくるんだわ」
「まぁ、スポーツの苦手な奴もいるさ。そういう奴にしてみりゃ全校生徒、とりわけ女子の前で恥かくのは辛いだろう。その辺は察してやりなよ」
 米沢さんはちょっと上目遣いになった。
「優しいんだ」
 俺は柄にもなく、ちと怯んだ。
「そんな事はないさ。とにかく、スポーツやらないと駄目ってのは極論過ぎるな。最近変な薬に手を出す奴等もいるらしいがそんなのに比べればずっとましだし。まぁ、前向きに何かやるべきってのは賛成だが」
 ぴたっとトークが止まった。
「どした」
「い、いえ」
 何かごまかす様に首を振ると米沢さんはズイと顔を近づけてきた。メガネに俺が写りこむほど。力いっぱい。
「じゃあ、他に何を」
 さすがの俺も一歩引く。しかしそれに合わせて彼女も一歩前へ。こ、怖い。最近女運悪すぎ。
「た、たとえば高校生らしく勉強でもいいし、文科系の部活だっていいし、恋愛だって・・・」
「恋愛?!」
 見る間に顔が赤くなった。接近しすぎていたのに今気がついたのだろう。なんだかジタバタして頭の中を整理しているようだ。
「ちがうちがう、今はそんな話じゃなくてクラス対抗のバスケで・・・」
 本当にマイペースな子だ。空回りするときも一人でやっている。
 コピーも済んだので、ノートを返そうとしたとき巨大な影が俺達に接近してきた。
 がっちりとしたデカイ体。ごつくいかつい表情。スポーツ刈りの頭。ジャージスタイル。
 学校でこういう大人にあった場合、この人の職業は何か。
「お前ら・・・薬が何だって?」
 威嚇し口を割らせようとする凄みある声。
 学校生活の真の支配者「体育教官」のお出ましだ。
「小森先生・・・」
 米沢さんの声に怯えが混じっていた。
「退屈しのぎに違法ドラッグに手を出す奴はクズだと・・・彼女に力説していただけです」
 とっさに言い訳すると小森はジロリと俺を睨むと米沢さんに視線を戻した。
「本当か?」
「・・・はい」
 今度は俺を見る。
「知り合いにそんな奴がいるのか?」
「いいえ、噂話だけです」
 本当は・・・知ってるな、そういう奴は山ほど。ま、黙ってよ。
 真意を確かめるように体育教官は睨み続けた後。
「校内で不穏な話はするな」
 と、話を終わらせた。さっき聞いたような台詞だ。流行ってるのか。
「お前は? 見かけない顔だが」
 今気がついたようにわざとらしく質問して来た。俺はまた猫を被ることにした。
「今日転入してきた風見健です。よろしくお願いします」
 教官は忌々しげに「お前が・・・」とつぶやくと去っていった。
 おそらく兄貴はここまで手を回したのだろう。
 教師たちに俺に関わるなと。

「Jr.、運は大事だ。だが運に頼る奴は死ぬ」

 夜。俺は学校近所のマンスリーマンションにいた。
 自宅から通うのはめんどくさいし、今回は予算もある。
 すぱっと一月借りて臨時事務所とした。何かあったらジムたちも来ることもあろうが、普段は俺一人だ。女子高生も連れ込み放題。
 しかし今日はそんな暇も無い。俺は鍵つきのケースから装備を取り出す。
 最初は愛銃ベレッタM84。ベレッタと言えばアメリカ軍が正式採用したせいで大型のM92が有名で映画でもよく見かける。しかしベレッタ社は昔から小型の護身拳銃が得意で性能もさることながら、その美観も代々定評がある。貴婦人が持ち歩くにはやはりエレガントなデザインで無ければいけなかったのだろう。
 M84はベレッタの王道とも言うべき拳銃である。
380ACP弾を使用する中型拳銃で装弾したまま安全に持ち運べる安全装置と素早く発砲できるダブルアクションシステムを備え、コンパクトボディでありながら13発もの装弾数を誇る。加えて伝統どおりのエジェクションポートの無い銃身むき出しの美しいイタリアンなボディ。
護身用拳銃の傑作と言えよう。
こいつをショルダーホルスターに予備弾倉2本と共に収める。
次に光増幅型暗視鏡「スターライト・スコープ」。
その名の通り星明り程度の光でも増幅し視界を確保する暗視鏡だ。ゴーグルになっていて装着しても両手がふさがることは無い。赤外線暗視鏡と違い、普通に物を見ることが出来るのが長所だ。
最後にBIG・GUNの活動服に着替える。白いデニム地のこの服は裏側に強化プラスチックのプロテクターと防弾素地ケプラーを仕込んだ優れものだ。肩に俺達のエンブレムのワッペンも張ってあって格好もいい。夏用は脇の下や腕の内側がメッシュになっていて暑苦しくも無い。
 戦闘準備が整ったところで出撃だ。
 本当は三郎にバックアップを頼みたかったのだが、連絡がつかなかった。会社に電話してみると留守番のジムが出て
「他の仕事が入った」
と、告げた。地元FM局からの出演依頼だと。市内のイカス男の話を聞くコーナーらしい。
ならばどう考えても出るのは俺だろ?!
などと文句言っても始まらない。俺は仕方なく今の仕事に取り掛かることにした。
目指すのはピース学園、北の倉庫。つまり瀬里奈らがたむろっていた場所だ。
瀬里奈達は侵入者を警戒していた。俺が現れると突然襲ってきた。いくら不良グループでも異常な行動だ。何だお前は・・・と胸倉つかむくらいが普通だろう。
瀬里奈もやけに俺を遠ざけようとしていた。
つまり奴等には人に知られたくない秘密があるのだ。
それが今回の松岡の頼みに関係していると俺は睨んだ。
勘・・・としか言いようが無いが俺は自分の直感を信じる事にしている。だから確信となるまで調査する事にした。
昼間のうちに監視カメラの位置やガードマンの数は確認している。所詮学校だ。侵入するのはわけない。辺りに人がいなくなったのを確認してひょいと塀を越え倉庫へ走る。途中監視カメラは一つしかない。塀に張り付けば死角に入れた。
倉庫に到着すると思ったより辺りが明るいのに気づいた。
この倉庫は高等部の北の外れにある。
そのさらに北側には中等部があり、一番南側つまり倉庫の裏は寮になっていた。寮だから夜中でも生徒が生活しており明かりが少しこちらに届いているのだ。
スターライトスコープは光増幅器。したがって全く光が無い所では効果が無い。わずかだが光が必要なのだ。この寮からの光は俺にとっては好都合だった。光があるとは言ってもむこうからこちらは見えまい。仕事に影響は無い。
さあ、急いで仕事にとりかかるか・・・。
のんびりしている暇は無い。
と、寮から大勢の女の子の声が聞こえた。ふむ・・・女子寮か。何故かエコーがかかって聞こえる。む・・・水をかける音も混じっている。ふむふむ、大浴場か・・・なるほど。
向こうからこちらが見えないなど何故解る。それは油断では無いか? 念のため確認しておいた方がいいではないか。
急がば回れと昔から言う。松岡もそんな事を教えてくれた。
というわけで俺は中等部女子寮を確認する事にした。
バックパックからスターライトスコープを取り出し装着。匍匐前進。森の中をゆっくりと進んだ。
たやすく進めた。赤外線センサーはもとより柵すらない。
こんな事で乙女の純潔が守れるのか?! 義憤に駆られつつ俺はなお真相にたどり着くため進む。
寮の建物が近くなった。大浴場は離れにあるらしく時折女生徒が渡り廊下を行ったり来たりしている。と、言ってもこちらは森の中に這い蹲っており長い雑草や観葉植物が邪魔で女の子の顔までは見えない。
なにくそと頑張って渡り廊下にある水呑場の後ろまで到着した。ステンレス製の大きな流しで6本の頑丈な足で支えられている。渡り廊下にしか明かりは無いから草むらに伏している俺は暗くて見えない。そもそも暗闇の草むらなんかに眼をやるやつはいない。まして俺は水呑場の後ろにいるので覗き込みでもしない限り死角になっている。
明かりがあるのでスターライトスコープは必要ない。一端頭の上に跳ね上げる。何人かの女の子が目の前を通っていく。校内ゆえ全員体操着姿だ。最近はブルマーではなくスパッツが採用されている。なんでブルマー駄目だったのかね。
水呑場の足の間から覗いているのでこちらからも足しか見えない。不満といえば不満だが、いやしかしこれはこれで・・・。
堪能したので、さらに調査を進めよう。大浴場のほうに移動しよう。とっとと行こう。
と、その時視界に一際白くて細いおみ足が入ってきた。
サイズからして背は低い。1年生だろうか。息を殺す。気配を消す。だが。
あんよはてくてくと歩み寄り何故か水呑場の前で止まった。こっちに方向転換する。水の音。なんだ、水飲んだだけか。入浴前の水分補給はこの時期とても重要だ。
と、突然ふわりとややウェーブのかかった金色の長い髪が降りてきた。屈みこんでこちらを覗き込む。
「あ」
 エメラルドグリーンの大きな瞳が俺を見つめた。
 なんて感のいい野郎だ。
「ケンちゃん?」
 悲鳴でも上げるかと思ったが、いぶかしげに質問してきた。
「なにしてんの?」
 見つかった相手がこいつだったのは幸か不幸か。
 人知を超越した力で俺を発見した娘は、この間ボディーガードした娘、セーノ・ジュン・ローランドだった。

「悪党通り越して遂に覗きに成り下がったわけ?」
 さすがにジュンの声は冷たかった。まあ夜中に女湯の側で暗視鏡使って匍匐していれば言い訳も難しい。
 ジュンは金髪エメラルドアイなアングロサクソン。丸顔で童顔ちょっと目には小学生に見えるがれっきとした中学生、13歳のはずだ。
 特筆すべき点はやはり容姿だろう。
 誰が見ても可愛らしいと思えるお人形のようなルックス。瀬里奈は和風な美人だがジュンはロリ系な可愛さだ。ロリ系と言っても幼児体型ではない。すらりと長い手足も細いボディも勿論まだ未成熟だが女の曲線を描きつつある。幼い顔と合わさると何とも言えないセクシーさを漂わせている。150に満たない身長以外は。
「今、私の身長を見てたでしょ」
 じろっと可愛い顔で睨む。身長はこいつのコンプレックスなんだろう。
「足とか胸見てるよりいいだろう」
「足は今見てたじゃない。何してたのよ、本当に」
 水呑場でガタガタやっていては他の女生徒に見つかって大事になる。俺はとりあえず森に引っ張り込んでいた。
 うむむ、よく考えると夜中森に美少女を引きずり込むなどはたから見たら完璧に痴漢行為ではないか。
「仕事だ、調査に来た。それ以上は企業秘密だ」
「何を調査してんのよ、こんな所で」
 女の子。
 と、言ったらまた誤解されそうなのでノーコメントを貫く。
「お前こそ何やってんだ、こんなとこで」
 攻守を交代させる。ジュンは睨んだまま答えた。むう、体操着姿でその表情・・・。コアな人間なら写真買ってくれそう。
「寮生活に決まってるじゃない。転校してきたのよ、ここに」
 ジュンは社長令嬢、お嬢様である。が、父親は先日殺害された。父の残した遺産、主に株券などで今も裕福に暮らしていけるが家にいたくなかったのだろう。その辺は理解できる。
 そういえば近くに来るとメールがきてたな。この事だったのか。
「昼間転入してきたって噂聞いたけど本当だったんだ。便利屋やめたの?」
「やめてねーよ。わけあって1ヶ月だけ入学した」
 ジュンはそれにまた睨んできた。よせ、その表情。写真撮りたくなっちまう。
「怪しすぎるわね、またよからぬ事やってるんでしょ」
 何を言うか、今回は結構真っ当な仕事だ。
「ともかく、この学校でちょっとゴタゴタが起こりそうだ。巻き込まれると厄介だ。俺と会った事も俺と知り合いな事も隠しとけ。いいな」
「会った事は隠せるけど、あなたと知り合いな事はこの街じゃ結構有名みたいよ?」
「ほえ?」
 俺はこの街ではそれなりに有名人である。で、そういえば会社のHPに俺達とジュンの記念写真を貼ったまんまだった。あー、しくじったな。
「まぁ、せいぜい大人しくしててくれ、じゃあな」
 俺は背を向け高等部に向かった。その背中に、
「ちょっと」
 と、ジュンのまた冷たい声が背中に刺さった。
「デバガメの件はうやむやにする気?」
「神に誓ってそんな事はしてません、アーメン」
 振り返らずにそう言って俺は去った。
 確かにそんな事はしていません。
未遂です。
 俺、嘘はついてませんよね、ジーザス。
 
 俺は目的地に戻っていた。瀬里奈たちのたまり場、北の倉庫だ。暗視鏡をセットしドアをくぐる。中は暗い。埃っぽさも、かび臭さも昼間のまま。スターライトスコープのスイッチを入れる。
 瞬間、俺はベレッタを引き抜いていた。
 異常なものは何も見えなかったが体が反応した。
 なんとなくだが・・やばい気配がする。理屈ではない、気がするだけだ。しかしその勘に今まで何度助けられてきたか。
 すると右手のベレッタだけでは心もとない気がしてくる。
 どうする、引き返して装備を整えるか? しかし何者かが侵入しているなら急ぐ必要もあるか・・・。
 1秒と迷わず俺はUターンした。
 仕事の成功のため危険を顧みず邁進する奴はプロでは無い。生きていれば任務を果たす可能性は消えたりはしない。
 臆病者と罵られようがやばいと感じたら引け。松岡もよくそう言っていた。
 左手で今閉めたばかりのドアに手を伸ばす。その瞬間暗闇の奥で何かが動いた。まるで意識せず俺は後方に尻餅をつくように飛んでいた。ドアがバンっと震えた。着弾だ。
 瞬時に体勢を立て直し、部屋の奥へ。
 敵はどこだ。サイレンサーを使ったのだろう。発射音は聞こえなかった。気配も消えている。こいつは・・・プロだ。
 部屋の間取りを思い出す。俺ならどこに隠れてどう襲うか・・・。
 わずかだが移動する音が・・・気配がした。ゆっくりと・・・近づいてくる。俺を探しているのだろう。このままいけば奴は俺の正面に来る。角まで進み不意を突けば倒せる。
 俺は音もなく前へ。
 行く振りをして銃を上に撃った。何かが俺の右肩に乗るように振ってきた。ナイフだった。ナイフを握った腕が俺の視界に飛び込んできた。前の奴は囮。油断して進んだ奴の上方背後からナイフでしとめる魂胆だったのだ。読みは当たった。
 俺はその右腕を両手で抱え一本背負いの要領で投げる。まるで抵抗は無い。俺の弾丸は見事に命中していたようだ。
 しかしこいつの死亡を確認する暇は無かった。前にいたやつが風のように通路の端に現れた。距離は5mほど、ゴーグルをしていた。やつらも暗視鏡もちか。
 低い姿勢のまま奴の前から消える。乱雑に置かれた荷物を盾にして奴の背後へ・・・。
 が、そこへドンと衝撃がきた。
 撃たれた。後から。心臓の辺りに。正確な射撃だった。
 俺は前のめりに倒れる。もう一人いたとは。しかも完全に気配を消していた。
 俺を撃った男は止めを刺すべく、近寄ってきた。
 絶体絶命か。
 背後から奴が迫る。うつぶせに倒れていた俺の側に奴は立った。受身も取らずだらんと伸びた俺の腕。しかしそこにはまだベレッタが握られていた。
 全く体を動かさず俺は引き金を引いた。
 弾丸は奴のつま先に命中し指を砕いた。苦悶の声を上げる男に俺はくるりと反転し2発放つ。
 弾丸は正確に顔面を捉え、1発がゴーグルを砕き1発が鼻の下辺りに穴を開けた。
 飛び起きて音も無く移動する。同時に暗視鏡は捨てた。
 感覚を信じろ。
 松岡の教えだった。
 目に頼らず感覚を信じた俺は頭上の敵を倒すことが出来たが、暗視鏡を頼った今、背後から撃たれた。
 奴等はプロだ。プロ相手には研ぎ澄まされた勘だけが頼りだ。しかも重いゴーグルを付けたままでは動きが鈍る。
 敵はあと一人。わかる。凄腕だ。
 全く気配がつかめない。
 突然、ふわりと影が襲い掛かってきた。至近距離。体が自然に沈みつつ右へ移動する。神速で迫る弧月に左手の甲を打ち込む。十分な手ごたえの後、金属音が床に響いた。ナイフだった。銃を向けていたら首筋をえぐられていた。
 接近戦では銃よりナイフ。そして考えていたら負ける。反射動作で対処し、反撃する。それができるように歯磨きよりも早くから子供の頃から仕込まれている。
 屈んだ姿勢から腹へエルボーを・・・、しかし奴も然る者。
 ナイフを失ったことに全く動じずトウキックを俺に放っていた。腹筋に力を入れ何とかこらえる。
 こっちの反撃は左ストレート。しくじった、まだ右手にベレッタを握ったままだった。動きの選択肢が減る。
 奴は俺の腕を取り、背負い投げをかけた。受けを取る。鈍い痛みが前進に走る。何だ、この力は。反射神経は。
威嚇の意でベレッタを一発撃った。全く無視して俺を踏みつける。左手で受ける。プロテクターが無ければ折れていた。
尋常な力では無い。
回転して体勢を整えようとする。その俺にひょいとジャンプし奴は馬乗りになる。マウントポジションだ。
やばい、今度こそやばい。
ドンッ。
銃声が響いた。
俺でも奴でもない銃声。
奴は瞬時に飛びのき、俺から離れ闇の中に消える。
俺も飛び起きて物陰に隠れる。
入り口の方向に銃を撃った男はいた。
数秒後、激しい物音がした。奴が、銃の男に襲いかかったのだろう。スターライトスコープを捨てたのでどんな動きをしているのかは見えない。しかしすさまじい動き、スピードである事は音の連続で把握することが出来る。
ぐっという呻き声がして、奴、俺と戦ったほうの奴が逃走した。入り口から飛び出していく音が聞き取れた。
俺を追い詰めた奴を撃退するとは・・・。何者だ?
場合によっては狼が去って虎が現れただけかもしれない。
「生きてるか?」
 聞きなれた声がした。
「ああ、なんとかな」
 返事をして立ち上がる。スターライトスコープも回収する。
高いんだよ、これ。
 電気がついた。一瞬だけ眩しかったがすぐに慣れる。
 男は三郎だった。
 ラジオ出演しているはずだったが、収録が終わったのだろうか。
「すげぇスピードと反射神経だった。やばかった」
 歩み寄りつつ正直に話す。強がりは今後のためにならない。俺達の命に関わるのだ。
 三郎はバカにした台詞を吐くかと思ったが、
「あれはドーピングだな。スラムで出会ったことがある。まともに相手をするのは少々困難だな」
 お前今まともにやりあって勝ったじゃねーか。
 あいかわらずこいつの才能には舌を巻く。
 それにしても今の刺客、スピードとパワーに圧倒されてよく考えなかったが・・・それだけであれほど俺を追い詰められるものか? 俺と三郎でそんなに差があるんだろうか。
「とにかく、仕事に戻ろう。上だ」
 俺は背中を向け階段のほうを指差した。しかしこの発言には三郎はため息をついた。
「バカかお前は、あんだけ発砲してりゃすぐ警察が来る。面倒だぞ」
「急げばすぐ済むさ。警察だってそんなに早くは・・・」
 いいかけて絶句する。赤灯の光とサイレンが窓ガラスに映ったのだ。さすがシェリフ凄腕。いや・・・いくらなんでも早すぎだろ。
「警察が側で張ってやがった。なんか掴んでんじゃないか、シェリフ」
 やはり・・・さすがか。シェリフと呼ばれ尊敬されるだけの事はある。エバンス警察署長。
「逃げよ」
 出直しだった。俺達は学校からトンズラした。

 三郎は会社に帰り俺はマンションに戻った。
 帰り際、三郎は俺の背中をほじった。つぶれた弾丸があった。
 俺達の活動服はさっきも言ったとおり防弾性がある。胸や背中は特に強化されており38口径くらいなら止めてしまう事ができる。
「マグナム弾だったら即死だったぞ」
 三郎は冷たく言った。まさしくそうだった。
「運がよかった」
 三郎はうなずいて続けた。
「そう運がよかったから助かった。運が悪かったら死んでたじゃない。それがわかってるんならまだましだな」
 俺を叱責するような三郎の物言いに俺は不思議と反発も感じず頷くばかりだった。
「松岡にも似たような事言われたよ」
「・・・凄腕だったんだな、お前の教師は」
 立ち去るハンサムの背中を俺はしばらく見つめていた。 

「Jr.、一寸先は闇だ。だが恐れることは無い。先の見えてる奴なんかどこにもいないんだ」

 あくる朝、今日も暑い。学校は大騒ぎになっているかと思いきやそうでもなかった。臨時休校やら緊急連絡とかが回ってくるかと思ったのだが何もない。
ラーメン屋からの情報では夜中警察が来て倉庫を調べたが見つかったのは血のりだけだったそうだ。
おかしい、少なくとも一つは死体があったはずだ。あのタイミングで片付けられるだろうか?
朝一番で署長に電話して確かめた。守秘義務がある、の一点張りだったが殺人事件を隠すような人じゃない。誰に圧力をかけられようと、だ。
念のためアリスにも電話する。署長と違ってあの巨乳なおねーさんは口が軽い。ついでに尻も軽いと何かと楽しい事になるのだが、どっこいガードは非常に固い。
まあ、そんな事はどーだっていい。
「署長は嘘なんかついてないわよ。報告書は私も見たし。張り込んでたのはデーブさんだしね。知ってるでしょ? 麻薬課のベテランよ。他に怪しいものは何も出なかったって」
 デーブ・・・ああ、補導した高校生に自殺されちまった刑事か。
「で、何。なにかこの件で知ってるの?」
 情報を得るつもりが提供させられそうになったので切った。口が軽いという事は警察の情報を垂れ流しにしてくれるが、反面こちらの情報も警察にダダ漏れにしてくれるという事だ。くわばらくわばら。
 とりあえず情報の収集はあきらめた。俺は登校し立入禁止のテープが貼られた倉庫の前に数人の野次馬にまぎれてやってきた。
 署長の背を低くしたようながっちりした体格の黒人が若い奴らにあれこれ指示を出している。昨日張り込んでいたというデーブ刑事だ。顔は知っているがさほど親しいというわけではない。話しかけるわけにはいかないだろう。
「風見」
 背後で冷ややかな声がした。なんか最近冷たい声ばかり聞くな。誰か温かな言葉をかけてくれよ。
「お前の仕業だな?」
 葉山生徒会長だった。憎憎しげな目で俺を睨んでいた。
「何の事でしょう、会長」
 とぼける俺に対して舌打ちしてから丁寧に説明してくれた。
「夕べ倉庫の中で銃声があった。そして床に血のりがあった。お前が一番怪しい」
「根拠も無く人を疑うのは問題がありますよ。何故俺が?」
 会長は澱むことなく語る。
「お前は昨日あそこに入り一悶着起こしている。そしてお前が銃をよく使う事は広く市民に知られている。ここは学校内で銃なんかとは無縁の場所だ。お前を疑うのは当然だろう」
「可能性があるだけで俺だという証拠にはならないですよ。ところで誰が銃声を聞いて通報したんです? 警備員ですか」
「誰も通報などしていない。たまたまパトロール中だった警官が銃声を聞いたんだ」
 敵意丸出しの会長だったが・・・ふーん、ふーん。
 この学校はどうもおかしな事が起きるな。
「もうひとつある」
 会長の声が鋭さを増した。
「昨夜、倉庫近くの中等部女子浴場付近に怪しい人影があったらしい。のぞきだろう。目撃情報によると時間的に銃声と一致している。お前だな?」
「なんでそれが俺なんです?!」
 俺だけど。
「日ごろの行いからして大いにありえる」
 あんた昨日俺に会ってちょっと話しただけじゃねーか。
「女子浴場ってそんなに簡単に覗けるんですか? 調べる価値がありますね」
「不埒な発言はするな。今日中に対策は打つ。とにかく・・・」
「よせ、葉山」
 会長の猛攻を遮ったのは体育教官小森だった。
「こいつの言うとおり証拠もなく疑うのは問題だ。今は下がれ」
 会長を止めながらも小森は俺をじろりと睨んでいた。こいつも完全に俺を疑っていた。
 この誤解はどうしたら解けるか・・・。
 無理か、誤解じゃないし。
 会長はしぶしぶ帰っていったが小森は残りもう一言俺に告げた。
「お前が関係しているのかは知らないが、お前が転入してきたとたんこの騒ぎだ。この学校にごたごたを持ち込むな。わかったな」
 イエッサー教官殿。俺も持ち込みたいわけじゃありません。むしろごたごたを起こさないために来たんです。
 そんな事を説明するわけにもいかず、俺はわかりましたと頭を下げてこの場を後にした。
 教室に入ると米沢さんが出迎えてくれた。その背後を見ると瀬里奈は今日は来ていた。俺を見て顔を背けやがった。
 米沢さんは瀬里奈を見た俺の視線には気づかなかったようでにこやかに言った。
「昼休み体育館に来てよ」
 突然のお誘いである。ラブレターなら今ここで受け取りますが。
「バスケの練習するのよ、他の選手も来るから」
 男子の方に目をやる。何人かが一瞬こっちを見た。奴らが選手か。ふむなるほどパッとしない。
「しかしだな、俺の実力も見ないでスカウトしていいのか? もう選手決まってるんだろ」
 米沢さんはうふふと笑って言った。
「私これでもバスケ部のマネージャーなのよ。見ただけで運動神経いいかくらいわかるわ。で、実力見せてもらうためにも来て欲しいのよ」
 忙しいんだけどなぁ、俺。しかし昼間そうそう動くわけにもいかないし、まぁいいか。俺はああわかったと生返事をすると席に着いて昨日のコピーを眺めた。子曰くなんたらかんたら。
 ちらりと見ると瀬里奈はこっちに視線を戻していた。離れているから会話は聞こえなかっただろう。何を話していたのか、興味あったんだろうか。

 体育館には5人の選手と米沢さんが集まっていた。
 見たところスポーツできそうなのは二人だけだ。自己紹介は昨日したが一応挨拶する。しかしここでも俺は敵対視されていた。奴らの態度がどうにも冷たかった。なぜだろう。
 そんな空気に気がつかないのだろうか米沢さんは明るく語る。
「みんな私が声かけて集めたのよ。そうでもしないと選手いなくて棄権するところだったから」
 なるほど、米沢さんに声をかけられれば健康な男子生徒ならば少々やる気になるだろう。ようするに焼餅やかれているわけか。
 そんなこと気にしても仕方ない。3on3形式でミニゲームをすることになった。
 俺は50%ほどの力で軽く流す。
 やはり二人は動きがよかった。いやまぁまぁ程度か。
 青木と野村と言ったか。実力は二人とも互角、経験があるのだろう。野村の方がクレバーな感じだった。キャプテンも奴のようだ。この二人は同じチームで俺の敵側だ。
 となると我がチームが劣勢になるのは当然のことだろう。
俺が手を抜いている事もあって点差はじりじりと開いていく。このままでいい、しかし。
 スポーツの魔力というのは恐ろしい。
 適当にこなして米沢さんにがっかりしてもらおうと思っていたのだが始まってみると、ちょっと熱くなってしまった。
 青木、野村のパスワークの隙を突きインターセプト。高速ドリブルでマークを外すと3点ゴールのライン付近から1,2と踏み込んで大ジャンプから強引なミドルシュート。見事に決まった。
 そこでゲームが中断した。
 あまりのプレイに一同唖然としてしまったのだ。
 しまったぁ・・・やっちまった。
「すごい・・・すごいわ」
 最初に声を出したのはやはり米沢さんだった。
「あなたが入ればぜったいに優勝できるわ!」
 瞳がキラキラと輝いてなんだか俺を突き抜けて遠くを見ているようだった。めんどくさいことになった。
「いや俺一ヶ月しかいなから何かと忙しいし他に経験しときたいこともあるだろうし」
「だったら尚の事やらなきゃ。球技大会なんて通信制じゃ体験できないわ。いい思い出になる!」
 どうも米沢さん興奮して周りが見えなくなっているようだ。
「ごもっともだが、もう選手も決まってて練習始めてるみたいだし。俺が割り込む事も無いだろ」
「そんな事、どうでもいいじゃない。あなたに比べたらみんなへぼな選手だし・・・」
 俺は正義の味方ってわけではないし、フェミニストだがこの言葉はさすがにスルーするわけにはいかなかった。
「ちょっと待って米沢さん」
 声の質を変えたので彼女の興奮も少し収まった。
「みんな君に頼まれて集まってくれたんだろ。それをへぼいは無いぞ」
「あ」
 言われてさすがに失言に気がついたようだ。
「この暑い中バスケなんてスポーツをやろうってんだ。全くやる気が無ければとてもできない。クラスのためというより君のためにやってくれてるんだ。それに彼らも男だ。女の子にそんな言われ方されたらどんな気になるかわかるだろ?」
 米沢さんは顔色を失ってチームの奴らを見た。連中はばつが悪そうに目を逸らすだけだった。
「ご、ごめんなさい」
 小さな声でつぶやいて頭を下げた。つられて俺まで「ごめんなさい」してしまった。
 しばしの沈黙。
 野村が口を開いた。
「いいよ。あんなプレイみれば誰だって興奮するし、米沢さん勝ちたがってたし、な?」
 他の連中を見回すと恥ずかしそうに一同うなずいた。案外いいやつらなのかもしれん。ジーザス、さすがはあんたの教え子だ。
 というわけで窮地を切り抜けた俺は「お前らなら大丈夫だ」とこの場を立ち去ろうとした。そこに意外な奴が発言した。
「待ってよ風見君」
 振り返ると発言者はチームで一番背が高い、しかし一番動きの遅い、俺のチームにいた名前はえーと。
「玉田」
 そう玉田。他のやつらも意外だったのか一斉に注目した。
「チームに入ってよ、僕が控えになればいい事なんだし」
 その顔は面倒くさい仕事を人に押し付けている物ではない。For the team.まさにスポーツマンの顔だった。
「僕は元々背が高いってだけで選ばれただけだし。やっぱりやるんならチームが勝つとこ見たいし」
 こんなところにも男はいた。
「玉田君・・・」
 米沢さんも涙声だった。よせ、もらい泣きする。
「玉田が控えって決まったわけじゃないだろ」
 青木も口を開いた。
「試合までに競い合えばいいさ」
 こ、こいつ・・・。他の奴らを見下ろしているような奴だと思っていたが。
「そういうわけだ、チームに入ってくれ風見君」
 キャプテンの野村がしめた。
 青春だなぁ・・・ここにきてよかった。
「お、俺でよければ・・・」
 一同握手。感動のシーン。
しかしこのいい雰囲気をぶち壊すものが現れた。
「いた!」
 体育館を切り裂く鋭い声。
 一同凍りついた。
 入り口に鬼の形相の瀬里奈がいた。仁王立ちだ。
 どうしてこの学校には俺の敵ばかりいるのだろう。
「こんなところにいやがったか!」
 瀬里奈はズカズカと侵入してきた。瀬里奈さん、体育館は体育館履きに履き替えないと・・・。
「手間取らせやがって、顔かせ!」
 美人の怖い顔は怖い。さすがの俺も一歩引いた。他の奴等は固まった。しかし俺は百戦錬磨の兵である。負けん。
「探してるんならメールくれればよかったじゃないか」
「お前にメールなんか送るか!」
 えー、俺は夕べ寝る前に「おやすみチュッ」ってメール送ってやったのに。
「お前も変なメール送ってくるな!」
 顔が赤いのは怒っているせいか、照れているせいか。
 ふふふ、あいかわらずシャイなやつめ。
「変なメール?」
 涙声のまま米沢さんが聞き返した。ここで瀬里奈は初めて彼女も一緒にいた事に気づいたようだ。
「早苗?」
 半べそかいている米沢さんを見て瀬里奈の温度が益々上がった。
「お前! 早苗に何したんだ!」
 それは誤解です。今度は本当に。大体俺の他に野郎が5人もいるのになんで俺だけ攻撃するんだよ。
 言う前に米沢さんとチームの連中が弁護してくれたので俺は瀬里奈に首締められずに済んだ。
 瀬里奈は誤解した事を詫びもせず俺を外に引っ張り出していった。すまんみんな、練習はまた今度。
 首は絞められなかったが首根っこを掴まれた俺は体育館裏に引きずられていった。うーむ、女子高生に体育館裏へ呼び出されたら普通は告白タイムだが今回は違いそうだ。
 どっちかっていうとタコ殴りに合いそうな雰囲気だ。
「何をそう慌ててる。大事な物でも無くなったか?」
 話が早く済むよう俺の方から切り出した。顔色が変わった。
「やっぱりお前の仕業か」
 松岡の娘とはいえ所詮素人、ただの女子高生か。
「かまかけただけだ。確かに探ろうとはしたが邪魔が入って何も出来なかった。何か無くなったんなら奴らの仕業だな」
「奴らって誰だ!」
 瀬里奈の興奮が収まらないので俺は極力ゆっくり穏やかに話した。
「声がでかいよ。多分あのデーブって刑事と息のかかった奴だ」
「警察?」
 青ざめた。やはりか。
「さっき署長に電話しといたんだ。お宅の刑事はすごいな。夜中パトロール中に銃声聞いて学校内の倉庫の中だ、まで特定できるんだからとな」
 したらば、さすがはシェリフ。俺より先に気づいてて奴はすでに取調室らしい。
「で、何を捕られた」
 俺は一拍あけ続けた。
「麻薬か?」
 瀬里奈は言葉を失った。図星か。
「そんな物、あるはずが・・・」
 俺は無視して続ける。
「最近、中高生の間で麻薬が流行っている。だが何故かこの学校だけはそんな噂が全くない。いくらキリスト教学校だろうが逆に不自然。誰かがもみ消している可能性がある。お前らは俺が訪ねていっただけで殴りかかってきた。ヤクザだってそこまでそうそうしない。何か隠し事がある、びびって逆に襲い掛かったんだろう。お前の今の言動からして「物」を隠していたのは明白だ。昨日俺は倉庫で襲われた。素人の高校生の仕業じゃない。高度な装備を持ってドーピングまでしたプロだった。どっかの裏組織が関わっている証拠だ」
 まくしたてて一息つく。
「総合するとヤクザが麻薬をこの街にばらまいている。この学校を拠点、隠れ蓑にして」
 瀬里奈の反応を待つ。やつはため息をついた。
「正解。ただのバカじゃないんだ」
「お前の親父さんの仕込だ」
 それとバカじゃねぇ、悪党だ。
「松岡はお前が麻薬に関わっているのを知って俺に止めさせようとしたんだな」
 瀬里奈は瞳を伏せた。
「多分・・・そうなんだろうね」
「すぐに手を引け。お前が関われるような事じゃない」
 俺は声のトーンを変えた。
「たとえお前でもこの街に麻薬ばら撒くような奴は許さない。ここは俺の街だ」
 瀬里奈は俺の殺気に硬直し顔を背けた。
「やっぱり・・・バカだね」
「?」
 声から、表情からも感情が消えていた。昨日最初に会った時の様に。
「私は麻薬を隠していた。だけど使っても売りさばいたりもしてやいない」
 嘘のようには聞こえない。読みが違ったか。
「ならなんで麻薬なんか隠してた」
「はなっから疑ってるような奴には話せない」
 冷たい声。気丈な足取り。しかしその背中は少女そのものだ。
「待て」
 一応止めてみた。立ち止まってくれた。振り返りはしなかったが。
「疑われるのを人のせいだけにするな。人に自分を理解してもらおうなんざ贅沢の極みだ。ましてや腹を割って語りもしないで疑われたのが気に入らない? 無茶言うな。俺は顔は広いがテレパスなんか知り合いにいない。理解して欲しいなら向き合って目を見て話せ」
 瀬里奈は少し考えて静かに言った。
「話してどうなる。どうにかなるのか」
 なんでそう強がる。
「お前はどうにかできるのか? お前の敵は手ごわいぞ。俺は昨日撃たれた。防弾チョッキと仲間のおかげで助かったが死ぬところだった。ガキの頃から松岡に仕込まれた俺でもだ。お前じゃあっという間にあの世行きだぞ」
 死という言葉に反応したのか。瀬里奈は思わず振り返った。
 だが表情はすぐに消えた。
「話せ。お前がやばい事に関わっちまってるのはわかった。どんな厄介事でもいい。もう一度言うが俺はお前を守りに来たんだ」
 瀬里奈はまた目を伏せた。今までとは打って変わった小さな声で問いかけてきた。
「私達じゃどうにもならない。どうしたらいい?」
 俺は声のトーンを「幼馴染」に戻した。
「俺は便利屋だ。頼むと一言言えばいい」
 瀬里奈はしばしの沈黙の後、無感情というより感情を押し殺して棒読みで言った。
「頼む」

 瀬里奈は夜中校内に見知らぬ男が入ってきたのを見た。男は校内で待っていたもう一人の男と二人で体育館内にある体育教官室に入った。寮は消灯時間、そもそも体育館は人も立ち入らないし寮からも見えない。なるほど不良学生でもなければ夜中に体育館周りになど足を向けないか。
 教官室はもちろん体育教官の職員室だ。だがこの学校の体育教官はどうにも柄が悪いのが多くヤクザっぽく見えるため生徒達は「ジムショ」と呼んでいるそうだ。小森先生を見ればなんとなく納得がいく話だ。
 教官室は鍵が掛かっている。スムーズに入ったそうだから学校関係者に違いないだろう。不振に思い隠れて覗くと取引をしていた。言うまでも無く麻薬の取引だ。
 麻薬は教官室に隠され男達は去った。瀬里奈はそれを証拠として盗み北の倉庫に隠したという。
「なんで警察に行かなかった」
「行ったよ」
 朝になって瀬里奈は当時の瀬里奈のグループのリーダーに相談した。白井健吾という名だそうだ。
 白井は思案の挙句直接警察に赴くことにした。普通の高校生なら親か教師に相談だが彼らは日ごろの行いが悪すぎた。麻薬事件の相談などしたら、あらぬ疑いをかけられるかもしれない。そこで直接警察に行ったのだ。
 白井健吾はリーダーらしく男気のある奴だった。一緒に行くという瀬里奈を説き伏せ、自分が発見した事にしろと言って単独で警察署に赴いた。
 結果、番長は逮捕された。
「死んだわ」
 瀬里奈は顔を伏せた。拳がきゅっと握り締められている。
「麻薬中毒者にされて・・・」
 逮捕したが禁断症状で死んだ高校生。あいつか! ラーメン屋の情報にあった。だがピース学園の生徒とは聞いていない。学校の裏サイトに噂すら載っていない。いや・・・。
「転校した不良グループのリーダー?」
「それだよ。リーダーはずっと前に転校したことにされていた」
 信じがたい事だ。学校関係者が絡んでいれば登校も稀な不良生徒の一人くらい転校した事にも退学になった事にもできるだろう。
特にここはキリスト教系の私立高校だ。
体面を守るためにそのくらいの事はやるかもしれない。
しかし人の口に戸は立てられない。いくら戒厳令を敷いたところで今やネットと言うものもある。噂位は流れるものだ。
「いくらネットに書き込んでも、あっという間に削除された」
 それが本当だとすれば敵には強力なコンピューターネットワークの専門家「ハッカー」がいる事になる。手ごわいが逆に手がかりになるか?
「リーダーは私をかばって警察に消されたんだ」
 口封じ。デーブ刑事の仕業な事は明らかだ。奴はすでにシェリフが捕らえている。事の真相に近づけるだろう。
「この事を知っているのはこの間の連中、お前の仲間だけか?」
 瀬里奈はうなずいた。
「で、教師も警察も当てにならない。お前らだけでなんとか事件を暴いて番長の仇をとろうとしていた。そうだな?」
 またうなずく。ため息をつきそうになり堪えて指示した。
「すぐに全員呼び出せ。近くにマンションを借りてある。そこに集合だ」
 またうなずいてメールを打った。最初からそのくらい素直だったら話も早かったのに。
 ところでメール打つの遅いなぁ。最近の女子高生は大概マッハで入力するぞ。パソコンとか相当苦手なタイプだな。
 送信した後、俺は午後の授業はエスケープする事にした。
 本来の仕事はこっちだ。気にすることは無い。午後は古文だったか。昨日コピーさせてもらったノートが無駄になるのは少々残念だが。
「よし先に行って待ってようぜ」
 俺は歩き出したが瀬里奈は今度は従わなかった。
「あんたのマンションに?」
「当たり前だろ、そこに呼び出したんだから」
 しばしの静寂。
「連中が集まってから行く」
「なんでだよ、時間の無駄だ」
 しかし瀬里奈は動かない。
 こいつまだ俺の事を信用していないのだろうか。いやここまで話してくれたんだ。そんな事は無いだろう。
 瀬里奈はなんか顔を赤くして口を真一文字に結んでこっちを睨んでいる。
 俺を警戒している。しかし巨大な権力を敵に回して怯えているという顔では無い。これは駄々をこねている子供、あるいは・・・。
 まさか・・・お前。
瀬里奈はついに口を開いた。
「二人じゃ行かない」
 あのな・・・。
 この流れで突然乙女っ気だすなよ! こっちが恥ずかしいわ!
 てこでも動かなそうな感じ。今度こそため息をついたとき
救世主登場。
「風見君・・・話まだ?」
 米沢さんがまた俺を探しに来た。
「いいところに。ちょっと付き合ってくれないか。昼休みが終わるまででいい」

 「あちぃー」は何故流行語大賞にノミネートすらされないのかと疑問を抱きつつマンスリーマンションに女子高生二人を引き連れ到着。
 学校の前の通り「弾丸通り」を100mほど歩いた所だから数分だ。建物は3階建て。部屋は最上階3階の一番奥。有名殺し屋さんの習慣を真似てみました。偶然だけど。
 テレビ、冷蔵庫、電子レンジまで備え付けなので大した荷物は持ってきていない。だから全く散らかってもいない。まあ三日前に引っ越してきたばかりだしな。愛車プジョー106も下の駐車場に停めてある。
「ヘえー、いい部屋ね」
 米沢さんは入るなりテンプレートな事を言った。社交辞令だろう。彼女ほど人間関係を円滑に進める術を知らぬ黒髪のおねーさんはキョロキョロと部屋を見回している。
 とって食やしねーよ。普段ならわからねーが。
「何を探している瀬里奈。すけべな本ならないぞ」
 そんなものはスマホで事足りる。
「下ネタに振るな、ばか」
 へそを曲げる瀬里奈に米沢さんは苦笑するばかりだ。
「お茶でも出したいところだが生憎引っ越してきたばかりで何もない。お前手下に来るときなんか買ってこさせろ」
「手下言うな」
 言いつつメールを打った。
「で、なんで風見君のマンションに? 午後の授業どうするの」
 米沢さんのごもっともな質問。むしろ今までしてこなかったほうが不思議。
「こいつとその仲間にこれ以上悪さしないように話しようと思ってな。プライバシーに関わるから君は帰ってくれ、ありがとう」
 すると瀬里奈が反応した。あわてて米沢さんの細い腕を掴む。
「だめ、まだ帰っちゃ。連中来るまでいて」
 まぁ予想通り。ここまで警戒されると逆に悪さしたくなるな。
「昼休みもう終わるよ、米沢さん遅れちまう」
 少し困ったような顔をしたが米沢さんはこう言う。
「うーん、私も二人だけ残して帰りづらいな」
 そして笑った。
「私もエスケープして残ろうかな」
「それもだめ!」
いちいち声がでかいんだよ、瀬里奈。
 人がせっかくお茶を濁そうとしているのに疑われるじゃないか。
「あんたは私らなんかに関わっちゃだめ、仲間が来たら帰って」
 ここまで付き合わせといて何を言うか。興奮すると冷静に判断できないタイプか。それはともかく一つ疑問がわいたので聞いた。。
「そういえば君達、友達なの? 結構親し気だけど」
 瀬里奈は答えなかったが米沢さんは頷いた。
「中学から何かとね。瀬里奈と一緒だと男の子寄ってくるからお得だったし」
「そんなわけあるか・・・」
 小さく瀬里奈が突っ込んだ。いや確かにこの二人が歩いていれば男も声をかけてくるだろう。
 初めて会った時、彼女は瀬里奈を避けているように見えたんだが非行に走った友人に周りの人間を近づけたくなかった・・・。そういうことだったのか。
 瀬里奈の携帯が鳴った。
「あ、アスカだ。下に着いたって。学校にいたんだ」
 だったら米沢さんつき合わさなくてもよかったじゃねーか。大体生徒が昼間学校にいるのは当たり前だろーが。どんな生活してるんだ。
「じゃあ、帰るわ。風見君また遊びに来てもいい?」
 願ってもない。枕をもう一つ用意しなきゃ。
 とはさすがに口に出来ませんでした。
 返事をする前に瀬里奈は俺を射抜くように睨んでからドアの外まで彼女を引っ張り出していた。
 少し困惑する彼女に何か説教している。横顔が見えるので唇が読める。
 アナタハ、アイツニハ、チカヅイチャダメ。
 住む世界が違う。俺みたいな悪党と係わり合いを持っちゃいけない。あいつなりの友達への優しさか。
 そういうところも変わっていなかった。

 米沢さんと入れ替わりにアスカという1年生の女が入ってきた。
 最初は俺に敵対心むき出しだったが(当たり前か) 瀬里奈が取り成すと落ち着いた。瀬里奈の横に座ってベッタリ状態だ。同い年なのにすっかりおねー様状態だ。確かに瀬里奈には大人っぽい雰囲気がある。
 ほんの数分前までは歳相応の乙女ちゃんだったけどね。
 同じ反応されるとめんどくさいので瀬里奈に事前にメールを打たせ、待つことしばし三人の男達が現れた。
 言うまでもないが俺が張り倒した奴ら。倉庫にいた二人と校舎の裏で煙立ててた奴。ここは禁煙だからな。
「こいつは風見健、私の古い知り合いだ。腕っ節は全員わかっているな? 例の件で手を貸してくれる。全員こいつの指示に従え。こいつはこういう事のプロだ」
 瀬里奈が紹介してくれた。こいつこいつ耳につくなぁ。マイ・ダーリンじゃ駄目なんだろうか。
 後をついで俺は話し出した。結論から言うことにする。
「話は聞いた。証拠物件を奪われちまった以上、立件は難しい。相手は恐らくヤクザで話の通じる奴らじゃないが、高校生と本気でやりあって事を荒立てるとは思えない。お前らがこの後口をつぐんで大人しくしていれば奴等はちょっかい出してこない。一件落着だ。これ以上誰も傷つかない。俺はこれがベストな解決策だと思う」
 話し終わって一瞬の間。
 奴らの反応は予想通りだった。
「バカか、おまえは」
「そんな事言う為にわざわざ呼び出したのか?」
「こっちはリーダー殺されてるんだ」
 散々にわめき始めた。
 隣と下の部屋は空室だが少し静かにして欲しいものだ。ここは共同住宅だぞ。
 瀬里奈は黙ったままだ。全権委任という事だろう。
 俺は両手を上げた。まぁ落ち着けよ、サルじゃあるまいし。
「わかったわかった。今のは真っ当な市民としての正論だ。話を聞け」
 不良共は結局実力で繋がっている。要するに強い奴が偉い。
 この中で俺が圧倒的に強いのは証明済みなので従わせるのは難しくない。
 む? ということは瀬里奈もやはり強いんだろうか。松岡の娘だ。才能はあるだろう。そういえばジュンも運動と実益のためにマーシャルアーツやってるとかいってたな。俺の周りの女こんなんばっか。悪くは無いが。
「公の場でどうにもならないって事は実力勝負ってことだ。俺は確認しておきたいんだ。お前ら本気でヤクザとやりあう気か? 格好つける必要はねぇ。生きるか死ぬかの戦いになるかもしれないんだぞ」
「望むところだよ」
 アスカと言ったか、瀬里奈にくっついたままの女が口を開いた。
「あたしたちはリーダーに恩がある」
 強い口調だった。気の強い女・・・というより振りをしているだけのようだ。かわいいもんだ。
「立派なヤツだった事は想像できるよ。だがそんなヤツが自分の敵討ちでお前らが傷つくのを喜ぶと思うか?」
「リーダーのためじゃねぇ、俺達のためにやるんだ」
 横槍を入れたのは角刈りの男、海城だ。
「そうだ、このままじゃおさまらねぇ」
 長髪茶髪のちょっとハンサムな男(煙たいてたやつだな)神明も続く。
もう一人のごつい体の坊主頭は発言しなかったがうなずいている。こいつは大岩だったか。何故かカレーライスを食べている姿が似合いそうな気がする。
「相手はヤクザだ。まともじゃない。殺されるにしてもまともな死に方はできねぇぞ。指全部切り落とされた挙句コンクリートの靴履かされて海にドボンなんて十分ありえる」
 一同さすがに強張った。しかしそこは不良少年団だ。強がりはする。
「見てきたみたいに言うじゃねーか」
 それに俺は答えずニヤリとだけした。それで奴等はいっそう引いた。
「これが最後だ、もう一度聞く。本気でヤクザとやりあうつもりなのか?」
 沈黙した。それでいい。
 俺は瀬里奈を見た。うつむいている。
 とめろ、お前が止めればみんな止められる。
 しかし瀬里奈は黙ったままだ。葛藤はしている。だが動かない。動けないが正しいか。気丈とはいえただの女の子だ。そこまでのリーダーシップを求めるのは無理か。
「周りの顔色を伺うことは無い。自分の意志で決めろ。ここで抜けたやつを裏切り者だ、腰抜けだと言う事もゆるさねぇ。やろうってほうがおかしいんだ。後戻りも出来ねぇぞ」
 全員、やるともやらないとも言い出せなかった。
 俺は話を切った。
「すぐに決めろといっても難しいだろう。明日まで待つ。やる気がある人間は20時にここに来い。以上解散」
 俺は立ち上がった。つられて瀬里奈以外の人間もゆらゆらと立ち上がった。彼らに俺はさらに付け足した。
「大事なことを言い忘れた。これは非合法な戦いだ。ばれれば全員が警察のお世話だ。警察ならまだしもヤクザの反撃を食うのはごめんだ。絶対のルールを伝えておく。明日ここに来るにせよ来ないにせよ、この件については一切人に話すな。ネットやメールで相談もするな。人のいる所で話し合いも駄目だ。知らなかった、口が滑ったも認めない。このルールに反したヤツは」
 俺は左脇のベレッタを見せた。
「殺す」
 連中の血の気が引いた。部屋の雰囲気が凍りつく。
「俺の殺すは掛け値無しにそのままの意味だ。お前らが使うぶっころすとはわけが違う。いいな、どこに逃げようが隠れようが、俺あるいは俺の仲間が必ずしとめる。肝に銘じておけ」
 蒼白な顔をしながら海城が渇く喉からやっと声を絞り出した。
「お前いったい何者なんだ?」
「ただの悪党だ」
 いつもより冷たく言った。
 アスカが呻く様に言う。
「とびっきりのじゃないの?」
「便利屋BIG・GUN。聞いたことあるだろ」
 立ち上がりながら瀬里奈が言った。
「この街で迷ったヤツの最後の希望だよ」
俺はため息混じりにトーンを落として言った。
「そんな偉い人間じゃない」
 この街で溺れたヤツが掴む最後の藁。
その程度だ

「Jr.、女性は魅力的だ。だが我々にとって最も恐ろしい存在にもなりえる」

 さて、ジムに現状報告し次の手を相談する。
 ハッカーの線は情報屋に頼むとして警察が捕らえたデーブ刑事から情報を得るのがいいだろうと結論づいた。
 とりあえずアリスにメールを打ち探りを入れる。お気づきかもしれないが彼女はうちの非正規社員みたいなもんだ。
 数秒で携帯が鳴った。早。メールではなく電話だ。仕事中じゃないのか、給料泥棒め。
 電話を繋ぐと金切り声が轟いた。
「風見君、デーブが脱走した。今署内大混乱よ!」
「すぐ行く」
 俺は部屋を飛び出した。
 警察署は立入禁止のテープが貼られ報道陣も集まり始めていた。交通課などの手続きも今日は出来ないのだろう。皆が緊張し殺気立っている。そりゃそうだ。署始まって以来の不祥事だろうからな。
 さて・・・来たはいいが当然俺は入れない。
 署長の友人とはいえ一般市民だ。どうしたものかと思案していたら2階の窓からアリスが顔を出していた。
「おお、きたきた。上がってきなさいよ」
 一人のんきなヤツだ。何故クビにならんのだろう。
「この状況で入れるか!」
 門番に立つ若い警官達を指差し怒鳴り返す。
 するとおねーさん下を覗き込み、つられて巨乳がちょっとたれ大声で呼びかけた。
「門番の人―! その子重要犯罪人、じゃなかった参考人だから署長室に連行して」
 門番は大声に驚く・・・というより胸に驚いた感じでドギマギしてから俺をマジで連行してくれた。うーむ、あの女に感謝すべきなんだろうか。
署長室にはシェリフと刑事課課長、麻薬課課長それにSWATの隊長さんがいた。署長いるんなら素直に通してくれればいいじゃねーか。
「早かったな。今からここで話す事はオフレコにしてくれ」
 シェリフはいつになく厳しい口調で言った。他の一同も同じだ。真剣な目で俺を見ている。しゃしゃりでた子供を見る顔では無い。信頼できる仲間として見てくれている。俺と便利屋BIG・GUNの能力を評価してくれているのだろう。
 俺はジョーク無しに返答する。
「わかった。状況を教えてくれ」
 デーブは弁護士を呼び完全黙秘を決め込んでいた。一緒に行動した若い警官もそうだったらしい。
 急用が入りシェリフが席を外した隙にヤツは行動を開始した。信じがたいスピードとパワーで見張りの警官達を殺傷し隣の部屋で取調べを受けていた仲間も殺し、バイクを奪って逃走した。その際拳銃と警察無線を奪っている。
「ドーピング?」
「まぁ間違いないだろう。隠し持っていたんだろうな。俺達のミスだ」
 シェリフは渋い顔で言った。ミスしたのは取調べした警官だろうが部下のミスは自分のミスでもあるというのがいつものシェリフのスタイルだ。
「いくら不意を突いたとはいえ警官が大勢いる本署から犯罪者が脱走できるものなのか?」
「それほど超人的能力だったという事だな。お前なら出来るか?」
 んー、どうかな。麻薬課の課長に質問する。
「それほどの能力を発揮する薬ってのはあるんですか? そんな物使って体が持ちますか?」
 麻薬課課長は頷いた。
「一般に流通するのは稀だ、だが存在はする。集中力を高め苦痛を無くし恐怖感を緩めれば人間は2倍3倍の能力を発揮できるという。普段我々がそうならないのは本能に植え付けられたリミッターがあるからだ。自らの筋力で体を破壊したり脳がオーバーヒートしないよう安全マージンを取っている訳だ」
 自分の指が砕け散るほど強く殴ったりはしないよう人間様のソフトウェアはできているわけだな。
「それを短時間とはいえやっちまっているって事は?」
「当然、肉体には相当負担が掛かる。下手をすれば筋肉断裂、精神的にも発狂の可能性がある。使える時間も回数も限られているという事だ」
 まぁ予想通りの回答だ。
「我々も手を尽くして捜索している。だが手ごわい。もし発見できたにせよ手に余る。私の隊員も二人殺されている」
 SWATの隊長だ。SWATとは警察の特別攻撃隊。戦闘のスペシャリストだ。
「だからお前達の手を借りたい。警察として民間にこんな形で協力を求めるのは屈辱だ。しかしヤツはモンスターだ。薬で正気を失うかもしれん。そんなやつを野放しにしていては市民が危険だ。我々は警察の面子より市民を優先したい」
 中々言えない台詞だ。さすがシェリフ。無論俺はこの街も署長の面子も守りたい。
「BIG・GUNへの依頼というわけでいいんだな?」
 シェリフは頷いた。
「モンスターを相手に生かして捕らえることは難しいかもしれない。手荒な事も必要だろう。その辺は?」
 署長は暗い顔だがはっきりと言った。
「多少は目をつぶる。警察としてはそれ以上は言えん。そしてお前の方もくれぐれも」
「オフレコだし守秘義務は守る」
 俺は頷いて言った。断る理由は何も無い。
「全て承知した。俺の方も探すが見つかったら連絡くれ」
 急ぎ立ち去ろうとする俺をシェリフは呼び止めた。
「料金は?」
 大事なところだ。さすがトップに立つ奴はしっかりしている。
「まけとくよ、10万+必要経費。まあ、20万みてくれ」
「わかった、頼む」
 俺は早速行動に移ろうとしたが、ちょっと気になって振り返った。
「奴が持っていった銃は?」
 SWAT隊長が返事した。
「S&W M19だ」
 M19は三郎も使っている銃だ。リボルバーメーカーの雄S&Wの傑作リボルバーだ。S&Wでは2番目に小さなKフレームの銃で強力な357マグナムを発射できる。「コンバットマグナム」の愛称で知られ警察などに広く使われている。
 357マグナムか、今度撃たれたら死ぬな。
 俺は警察署を後にした。
 そういえば松岡もリボルバー派だった。M13だったか。今でも使っているんだろうか。

 警察署を出て駐車場をめざし市民憩いの場Dクマ方面に移動、みこしやのたこ焼でも買うかと思っていると聞きなれた声がした。
「あ、デバガメ」
 なんと人聞きの悪い。周りの人が本当だと思ったらどうしてくれる。未遂だってば。
 振り返るとジュンが立っていた。
 水色のセーラー服スタイルの半そでシャツにホットパンツ。スカートじゃないところを初めて見たような。
 長い髪を右に束ねて緑の瞳でこっちを見つめていた。
「お前、学校は?」
「もう終わったよ? ケンちゃん何してんの」
 もうそんな時間か。
「警察に遊びに」
「遊びに行くとこじゃないでしょ。なんか騒がしいわね、何かあったの?」
 首をひねって警察署の方を見る。横顔が少女らしい丸みを帯びている。こういうちょっとした仕草が自然で可愛らしいところがこいつの特徴だ。意識してやってたらむかつくんだが、こういうのも持って生まれた才能というんだろうか。
「警察なんていつも事件が起きてるんだよ。ただ今日は物騒なことが起きてるらしい。とっとと帰ったほうがいいぞ」
「うん、買い物に来たんだけど売り切れてたし。ケンちゃん車?」
「ああ、もう帰るけどな」
 するとジュンは表情を一変させにこりと笑った。
「じゃ送ってよ。物騒なんでしょ」
 だめとは言いづらい雰囲気を一瞬で作った。この歳で男を操る術を会得しつつあるとは恐るべし。
 Dクマ向かいの駐車場でプジョー106に乗りピース学園に向かう。
 106はこの間穴をあけられてしまったので修理した。ついでにチューンナップも施してある。
 割れた後部ガラスを透明アクリルに変えた。さらにボンネットもカーボン製に交換。これによりかなりの重量が軽減された。106のように小型軽量な車は軽量化するとすぐに体感できる。発進の1転がりが明らかに軽快になった。
 さて、せっかく美少女と車内で二人きり。雑談なんぞしてみる。
「何探してたんだ?」
「えぼし丸のマスコット。ケンちゃんえぼし丸知ってる?」
 誰に向かって口聞いてんだ。俺ほどこの街を愛している男がえぼし丸を知らんはずがあるまい。
 えぼし丸とはこの街のマスコットキャラクター、ゆるキャラだ。二頭身の貴族スタイルのキャラで頭にこの街のシンボルである岩の形をした帽子をかぶっている。
 しかしそれが売り切れ?
 九州のクマとか千葉の非公認なら知らず、この街の中ですらマニアックな存在のえぼし丸グッズが売り切れとは・・・。
 先に買っといてよかった。
 ジュンは伸びをして口を尖らせて言った。
「なんだか知らないけど最近人気らしいのよ。でも誰も買えなくて。私もちょっと探しに来たわけよ」
 意外とミーハーなんだな。
 車の行き先を見ながら今度はジュンが質問してきた。
「ケンちゃん会社から車で通ってるの?」
「さすがに車通学は禁止だろ。学校の近くにマンション借りてる」
 エメラルドの瞳が輝いた。
「マンション住まい?! いいじゃん、見せてよ」
 瀬里奈と比べてなんとガードの緩い。
 子供っぽいというべきか、気を許してくれていると考えるべきか、それ以上許してくれるということか。
 最後のは無いな。
 とはいえ、本日三人目の女の子ご招待である。ああ、アスカがいたから4人目か。なんとなく心うきうきになるのは仕方ない。プジョーを停め階段を上がる。何が嬉しいのかジュンは俺の数段上をトントンと上がっていく。ホットパンツが目の高さでフリフリと揺れる。線が見える分ホットパンツというのも・・・。
 ジュンは突然立ち止まり振り返った。
「何みてんのよ・・・」
「その会話は以前に何度かしたな」
「その度に引っぱたかれてたわよね?」
 そう、何見てんのよに対し正直に「足」とか答えて攻撃を受けていた。正直者がバカを見る悲しい世の中だ。
「まぁ、飽きたからいいわ」
 ジュンは先を進んだ。慣れた・・・が正しいかもね。
部屋に着き鍵を出したところで俺は異変に気づいた。
「離れろ」
 俺がやばい仕事に携わっているのはジュンはよく知っている。だから俺が緊張した声を出すとすぐさま反応して一歩飛びのいてくれた。頭もいいのだ。非常に助かる。
 出掛けにセットしておいたシャーペンの芯が折れていた。
 つまり留守中誰かがこのドアを開けたことになる。
 慎重にドアの隙間を探ると起爆装置のようなものが見えた。
 やれやれお客さんの多い日だ。

 警察署に続いてマンションの周りも非常線が張られた。忙しいな警察。
 SWATの爆破物処理班が駆けつけがんばってお仕事してくれている。住民や近所の人は退避させられ非常線の外側で不安げにマンションを見つめたりぼやいたりしている。
 あとは大量の野次馬が無責任に情報交換をしている。ほとんど思いつきで語られる内容。ガスが噴出したとかテロ組織のアジトだったとか伝わっていた。
 さっき別れたばかりの隊長さんも駆けつけ一瞬驚いていたが現場にそそくさと走り去っていった。さっきの会話は内緒だからな。俺は事情聴取の後、非常線の外で待つように言われた。
 もう日が暮れるというのにジュンはまだ外で待っていた。
「事件の多い人よねー」
 やや呆れ顔だ。不安そうでは無い。俺としてはマンションの下にプジョーが止めっぱなしなので少々不安である。
「お前門限は?」
「固い事言いっこなしー、せっかくのイベントじゃない。それにほら寮の子もいっぱいいるじゃない?」
 爆弾事件。重犯罪にして大いなる人の不幸も女共からすればイベントか。たしかにピース学園の生徒と思われる子達が大勢いた。
 突然辺りが光った。一瞬飛びのく。だが正体はカメラのフラッシュだった。
「転校生の風見さんですよね。私、新聞部の者です」
 中学生だろうか、大き目のストロボをつけたニコンを構えた女生徒が立っていた。やや茶髪の長い髪を後ろで三つ編みにしている。いまどき中々見ないヘアースタイルだ。
「あのマンション風見さんの部屋って本当ですか? 爆弾が見つかったとか」
 正確かつ素早い情報収集能力じゃないか。
「俺の借りてる部屋だけど、爆弾かどうかはわからないよ。何かドアについてたから調べてもらってるんだ」
 念のためだよ、と俺は強調した。
「そうですね、昨日発砲騒ぎがあったばかりだし慎重にもなりますよね」
 いっぱしの記者みたいな口調で語る女子中学生。まずは形から入る、そういうタイプなのだろう。
 ところで、と彼女は続けた。
「隣にいるの先月転校してきたローランドさんですよね? もう口説いたんですか? すでにランキング上位に位置する子ですよ」
 論点はそこかよ、全く女ってのは。ところでそのランキングってのは誰がどうやってつけているんだろう。瀬里奈はどうなんだろうか。あいつもトップクラスにいるかもしれん。
 ジュンが小声で聞いてきた。
「なんのランキングだろう」
「身長じゃないのは確かだな」
 ジュンはグーで殴ってきたが軽くかわした。
 茶髪のブンヤはニヤニヤと笑って言いやがった。
「仲いいですね」
 ああトムとジェリーには負けるがな。
「以前からの知り合いだ。突然ナンパしたわけじゃないぞ」
 記者はへぇぇぇと意地悪に笑うと続けた。
「でも転入早々複数の女生徒と一緒にいるのが目撃されています。しかも彼女じゃないですよね? どういうことなんですか」
「ほえ? もててるのケンちゃん」
 こいつ・・・事件記者かと思ったが芸能担当か。話をややこしくしやがって。
「どっちもクラスメートだよ、隣の席だからノート借りたり・・・」
 と、本当のことを言い訳がましく語りだしたところ事態をさらにややこしくする人物が登場した。
「風見君? 大丈夫なの?!」
 息切らして走ってきたらしい、まだ制服姿の米沢さんだった。記者は嬉しげにカメラを向けた。
「そのクラスメートですね?! 心配してきてくれたんですか」
 こら、写真撮るな。おや、カメラの横に見覚えある二頭身がぶら下がっている。
 米沢さんは誰? という表情になったから俺が先に紹介した。
「気にしなくていい、ただの新聞屋さんだ」
 一言お願いします、とテンプレートな質問をする記者の後ろでジュンが、おおキュートとつぶやいていた。バカモノひっこんでいろ、というかこの隙に消えろ。話がややこしくなる。
 俺はなんでもない・・・と言いかけると米沢さんが先に「どなた?」と、困惑した表情になってきいた。記者ではなくジュンの方だ。
 えーと、隠す必要もない。こいつは・・・。
「あ、いた」
 そこにまた一人。瀬里奈も登場した。こいつは体操服だ。寮は私服禁止なのでこういう格好になるのだろう。む、黒髪の美少女のスパッツ姿ですか。こんな時でなきゃ写メ撮るんですが。
「大丈夫か?!」
 と、いつもの無表情と違った顔で走ってきた。横に米沢さんがいたのも気づいていない様子だ。やめてくれよ、めんどくさい。
 ブンヤさんがなおも楽しそうにカメラをむけてシャッターを切った。これには瀬里奈は怒った。さすがスケバンさん、正しい反応だ。
 勝手に撮るな、とカメラを下げさせたところでやっと冷静になったか瀬里奈は俺の周りに記者を含めて三人の女の子が群がっているのに気づいた。
「お前こんな時に何やってんだ」
 わかりやすく怒りの表情だ。ブンヤは「おお、修羅場ですか」とまたシャッターを切っている。こいつも中々だな。
 さて・・・こういう時は例の手に限るな。
「君、それえぼし丸だよね。最近流行ってるんだってね、俺も持ってるよ。どこで買ったの」
 ブンヤのニコンにぶら下がったマスコットを指差していってみた。リアクションは背後からあった。
「ちょっと」
 ジュンだ。
「私が探してるって言ったでしょ。持ってるならちょーだいよ!」
 えーい、今はそういう論点では無い。大体なんでお前にやらなきゃならんのだ。代わりにお前は何をくれるというのだ。
 あ、そういえばさっきお前のせいで、みこしやのたこ焼買い忘れたぞ!
 で、瀬里奈は今度は米沢さんに突っかかっていた。「こいつに近づくなって言っただろ!」と始まっている。米沢さんは最初ビビッていたようだが「なんで瀬里奈にそんな事言われなきゃなんないの!」とやり返した。ごもっともです。
「いいですなぁ、大乱闘。燃えますねぇ」
 お前なぁ。俺は生き生きとシャッターを切り続ける娘に襟を正して言った。
「俺はこの中の誰とも付き合ってないし、口説いてもいない。従ってやましい事は何一つない。なのに何故こうも居心地悪くならなきゃならんのだ?」
「将来的にうまくやりたいっていう下心があるからじゃないでしょうか」
 ブンヤは撮影を続行しながらさらりと抜かした。
 何故かぐうの音も出ない俺であった。
 三郎は俺と違って本当に大勢の女と付き合っている。奴はこういう修羅場に遭遇しないのだろうか。あいつひょっとして俺が考えているより凄いヤツなのかもしれん。
「気に入った。お前名を名乗れ」
「は。私、中等部2年B組の森野と申します。お見知りおきを」
 ああ覚えとくぞ、この野郎。
「ちなみにこのえぼし丸はFMシーにお勤めの彼氏のプレゼントですからあげませんよ」
 さよけ。あそこにゃ中学生に手を出すヤツがいるのかよ。
「俺は便利屋が本職だがお前の依頼は受けないからな」
「えー、今度彼氏と取材に行こうと思ってるのに」
 この間一切俺の方を向かずに瀬里奈たちにカメラを向け続ける森野記者であった。店に来たらカラーボールぶつけるからな。
そこへさらに。
「あの、便利屋BIG・GUNの風見さんですよね?」
 また女が現れた。今度は誰だ!
知らない女だった。年の頃は20代後半、いや30いってるか? しかし整った顔立ちでプロポーションも中々。何より声が魅力的だった。ん? この声は聞き覚えがある。
「私FMシーの三ツ沢と申します。昨日、同僚の北下三郎さんにお世話になりました」
 いえ同僚でなく上司です。というのは大人気なかったので止めとくとして・・・。FMシーの三ツ沢だって? 地元FMの人気DJじゃないか。森野が最初に食いついた。
「三ツ沢さんですか?! いつも聞いてます! 彼の藤代さんもお世話になってます!」
 横から突然飛び出してきたので三ツ沢さん少し面食らったが「ありがとう」と返してから一言付け加えた。
「藤代君? 彼、若い女の子に大勢声かけてるから気をつけてね」
 とたん森野のテンションが下がった。気の毒なくらい落ち込んだ。なんてわかりやすい奴なんだ。
くじけるな森野、明日になればまたいい事もあるさ。
だから明日までそのまま大人しくしててくれるか?
「北下さんの事で少しお話がしたいんですけど、いいかしら?」
 俺がこの爆弾騒ぎの中心人物とは知らないようである。FM局の人がそれでいいのだろうか。しかし俺にとっては現状を打破する千載一遇の好機である。
「ええ、もちろんです。ここは騒がしい。移動しますか」
 近くにはいくらでも洒落た喫茶店がある。俺達は揉めている女共を置き去りにして三ツ沢さんとその場を後にした。

 取材場所は喫茶店ではなく彼女の車の中となった。クリーム色のココアという軽自動車だ。丸みを帯びた可愛らしい車で女性に人気がある。
「昨日北下さんに恋愛相談のゲストに出演していただいたんです。聞いていただけました?」
 いえ、夕べは殺し合いで忙しかったもんで。
 首を振ると彼女は柔らかく続けた。
「残念です。今夜もオンエアしますから是非聞いてあげてください」
 しかし・・・三郎が恋愛相談だと? ジムならともかくあいつが人の相談ごとに耳を傾けるとは思えない。
「最初は冷たい人かと思ったんですが・・・そうじゃないんですよ」
 またか・・・。三郎に落とされた女はもう見飽きた。
「なんであいつにラジオ出演の話なんか?」
 三ツ沢さんは少し恥ずかしげに笑うと「内緒にしてくれますか」と言って話し出した。
「私が誘ったんです。喫茶店でたまたま出会って」
 驚いたことなのだが三ツ沢さんは6年も前に結婚していた。俺もたまにFMシーは聞くが全然知らなかった。多くのリスナーがそうだろう。
 しかし子供はまだいない。
作らなかったわけではない。純粋に出来ないのだという。
不妊治療にも通っているが効果はなく周りからも口を出される事も多々あった。
特に夫方の両親は催促が次第に嫌味に変化していった。
ストレスは言うまでもない。離婚問題にまで発展したそうだ。
昼、喫茶店で食事していた折テレビである芸能人が出産の話をしていた。満面の笑みを浮かべ彼女はこう言ったそうだ。
「出産できてやっと一人前になれた気分です」
 その言葉につい彼女は切れてしまったそうだ。
「じゃあ子供の出来ない私は半人前なの?!」
 店内の客は一瞬振り返ったが、すぐに聞かなかった振りをした。
 たった一人語りかけてきたのはカウンターの隣の席にいた三郎だったそうだ。
「子供を生んで母親になるってのは大変なことだ。それを成し遂げた女性は一人前と認めていいんじゃないか?」
 まさかどう見ても10代の若造に反論されるとは思わなかった。彼女は怒り三郎につっかかった。
「じゃあ私達子供が欲しくても授からない女達は? 一生半人前のできそこないと罵られなければならないの? そういう人間がいることを考えもしないでテレビで嬉しそうにこんな事を自慢している事は罪じゃないの」
 興奮する三ツ沢さんに三郎は冷たく言ったそうだ。
「毎年何千人という人が交通事故で亡くなっている。しかしテレビやラジオでは連日車のCMは流すし、街では楽しげに車談義をする人は大勢いる。そいつらもデリカシーのない連中だと思うか?」
 正論をつかれ一瞬怯むと三郎は彼女の顔も見ず続けたそうだ。
「子供が出来ない寂しさや悔しさは理解できる。だからと言って人の幸福を批判するのは間違っている。子供を生んで母親になるというのは人が一人前になるための手段の一つでしかない。仕事でも人間性でも人が一人前の立派な人間になる方法はいくらでもあるはずだ。今のあなたは自分の不幸に甘えて人の幸せを妬んでいるだけの冷たい半人前の人間だ。」
 言うだけ言って席を立とうとした三郎に名を聞くと「ただの生意気なガキだ」としか答えなかったらしい。
 やつの名と連絡先は店のマスターが教えてくれたらしい。
とするとその店って駅前の「喫茶・早い! 安い! だけ」か?
二人ともなんであんな店に。駄菓子屋の方がよほどうまい物売っているぞ。
「頭を冷やしてみると確かに彼の言うとおりだなって。それから思いつめないでいろんな方角から物を見られるようになりました。両親も早く孫を見たいだけなんだって・・・。それで私が救ってもらったようにより多くの人を彼に助けてもらおうと思ってずっとお願いしてたんです」
 三ツ沢さんは懐かしいような・・・恥ずかしそうな・・・そんな表情だった。
「あいつ、よく承諾しましたね。あいつの性格からしてずっと無視を決め込むかと思いますが」
 三ツ沢さんは楽しげに笑った。
「彼は冷たく見えてとても優しい人なんですよ。きっと悩んでる人を助けたくなったんじゃないですか?」
 俺は苦笑した。
「まるごと同意はできませんが・・・。ただはっきりしている事は」
 俺も三郎のように彼女から目を反らして言った。
「あいつが優しいと感じたのはあなたに人をそう思える心があったからだと思います」
 今度は三ツ沢さんが苦笑した。
「あなたも北下さんみたいにびっくりするほど大人っぽいことを言うんですね」
 俺は照れ隠しに笑い続けた。
「俺のは師匠の受け売りです。幸せを感じられる人間だけが幸せになれる・・・確かそんな事を教えてくれました」
 三ツ沢さんは言葉を租借するように2回頷いた。
「いい言葉ですね。素敵なお師匠さんです」
 俺は頷いて切り出した。
「ところでさっき話していた藤代さんの事なんですけど・・・」

 三ツ沢さんとの会話を終え俺は車を降りた。走っていたわけじゃないからマンションからさほど離れていない。
 俺はジュンに電話をかけた。
「まだ新聞部の森野の側にいるか? 独占インタビューさせてやるから電話番号教えろと伝えろ」
 ヤツは何か誤解したのか少々ごねたが伝言してくれた。

 俺の部屋に仕掛けられていたのはちょっとした火炎瓶程度の爆発物だった。気がつかずドアを開けていたとしてもやけどで済んだだろう。
 仕掛けそのものはキチンとしたものだった。けして学生のいたずらでは無い。であるなら何故肝心の爆発物は粗末なものだったのだろう。
 考えられるのは「警告」。
 俺にとっとと消えろって事だろう。
 だが誰が何故?
 俺が今ここに住んでいてやばい事に首を突っ込んでいるなど知っている人間は何人もいない。
どういう事なんだろう。
 夜も更けカーラジオから三郎の声が聞こえてきた。
 オンエア開始である。さて・・・どんな事を話すのやら。
 最初の相談は在り来たりだった。彼氏が自分の考えている事をわかってくれない。ふむふむ愛してるならわかってくれるはず・・・というあれね。
 延々と興奮した女の子がしゃべり続けていた。
 そこに三郎が割って入った。
「愛してれば気持ちが通じるなんてガセだ。そんな事が出来るんならラブレターなんかこの世に存在しない。わかってほしいならキチンと自分の考えを相手に伝えるんだな。次」
 さすが三郎。クールすぎる回答だ。
 つぎの相談は彼氏の浮気。
 回答はこちら。
「浮気されて悔しい、許せないと思う前に自分が男にとっていい女であり続けてきたか思い出してみろ。次」
 おい・・・三郎よ・・・。
愛情を確かめたくて彼を色々試してきた。以前はキチンと頼みを聞いてくれたのに最近は言う事を聞いてくれない。彼はもう私を愛してくれてないのでは?
「当たり前だ。試すたび愛情は薄まる。愛を試すという事は彼の愛情を疑っているという事だ。好きな女に疑われる男の気持ちを考えた事があるのか。お前は彼よりも自分が大事だったんだ。相手を愛してもいないくせに愛情を欲するな」
 大丈夫なのか、この番組?! 女の子たちから苦情の嵐じゃないのか。FMシーに送られるならともかく我が社に殺到したらどうするんだ!
 ブルブル。携帯が震えた。ジュンからだ。
「ラジオ聞いた?」
「ああ・・・」
「あれはサブ君がやってるから受けてるのよ。ケンちゃんがやったらカミソリの嵐だから気をつけなさいよ」
 ご丁寧にありがとうよ・・・。ていうか受けてるの?
 大体なんで三郎はサブ君で俺は「ちゃん」づけなんだよ。
 クレームをつけようとした時、FM局の裏口からヤツがでてきた。
「仕事だ。切るぞ」
 俺はプジョーから飛び出すとヤツ、藤代の元に走った。
 ヤツはドアの横でタバコを出し火をつけようとしていた。
 その胸倉をつかみ物陰に引き釣り込む。ヤツが悲鳴をあげる前にベレッタを顎に押し付けた。
「藤代さん、俺を知っているな?」
 ヤツは白々しく首を振った。ベレッタの撃鉄を起こす。カチリという精密感ある金属音がした。人に恐怖感を与える音だ。
「中学生の彼女に俺の部屋に爆弾が仕掛けられたから取材しろと言っただろ」
 ヤツの表情が変わった。
「彼女に聞いたのか?」
 藤代は震える声を絞り出した。意気地は無い。小物だな。
「お前、俺の部屋に爆弾が仕掛けられている事を知っていたな」
「それは・・・俺はマスコミの人間だから・・・。情報は早いさ。それでピース学園の側だっていうから生徒のあの子に急いで取材代行を頼んだんだ」
 うまい言い訳したつもりなんだろうが、そうはいかない。
「マスコミが知る前から知っていたな。マスコミに情報が入っていたなら三ツ沢さんに当然連絡がいく。彼女はピンフの側に住んでいるからな。何故局職員のプロに頼まず素人の中学生になんぞ頼んだ。不自然極まりないぜ」
 藤代から血の気がさらに失せていった。
「ついでに恋愛や揉め事で悩んでいる奴を調べて連絡させていたそうだな。お前が二股どころか町中の学校に彼女作っているのを知ったらみんなしゃべってくれたぜ」
「な、悩みを持っている子にラジオに出てもらおうと・・・」
 俺はヤツの腹に拳を叩き込んだ。ぐえっと呻きしゃがみこもうとしたが許さねぇ。ベレッタを押し付けて無理やり立たせた。
「だったらなんで俺の部屋に爆弾を? 彼女に俺の安否を確認させたんだろ。俺は今麻薬を追っている。お前それに関係しているな? なぜ悩みのある子なんか探す」
 なおヤツは黙秘だ。俺はベレッタをやつの太ももに押し当て引き金を引いた。こもった音共に銃弾が発射されやつの足が血で染まった。銃口を押さえれば銃声はそれほどしないのだ。
 やつの口をふさぎ悲鳴を飲み込ませると質問を再開する。
「俺が警察じゃねーのは理解できたな? 俺はお前の人権なんざ守る義務も無いし、その気も無い」
 やつは強く頷き今度は話してくれた。
「悩みのある子ほど・・・薬を買ってくれる」
 なるほど確かに。不特定多数に声をかけるより安全か。
「取引の方法は? 学生相手に堂々と薬売るのは無理があるだろ」
 また沈黙。いい加減にしてくれないかな。
「言っとくが、お前の血そんなに沢山は無いんだぜ。出血多量で死ぬ前にしゃべったほうがいいぜ」
「これに詰めて売っている」
 やつはまた話し始めた。めんどくせー野郎だ。
 やつは小さなキーホルダーを差し出した。こいつは・・・。
 なるほどこんな物なら子供に売っても疑われない。
 高額で取引してもレア物だからと誤魔化せるか。
「それで・・・黒幕は?」
 ヤツの唇が動いた。なに?!
 同時に俺の第六感に何かが触れた。意識する前に倒れるように伏せる。
 ドンと空気が振るえ、藤代の体がブルンと震えた。
 ヤツの胸に大きな血のりが。撃たれた。藤代は声もなくうつぶせに倒れた。即死だ。
 振り返ると暗闇の中走り去る影。速い。デーブ・・・か?!
 飛び起きて追う。ここは駅の南口、図書館通りだ。夜は人通りは少ない。が、やつは海のほうへ走っていく。このまま行くと弾丸通りに出る。そこは大通りだ。まだ人も大勢いるだろう。ドーピングした殺人野郎を野放しで行かす訳には行かない。俺は立ち止まってベレッタを構えた。
 しかし奴は走りながら俺の動きがわかったのか? 止まった俺に銃を向けた。とっさに側転。音速を超えて357マグナム弾が俺のすぐ横をかすめていった。俺はそのまま2射放つ。距離は20mほどか、どんな姿勢からだって外すはずがない。手ごたえはあった。しかし奴は全く聞いた様子も見せずまた走り出した。防弾チョッキか? それとも薬で痛みを感じないのか。
 左手に図書館が見えてきた。ヤツはその向かいの教会に飛び込んだ。庭は駐車場になっていて24時間開放されている。
 曲がり角を勢いよく飛び込むような真似はしない。教会の入り口で止まり低い姿勢で覗き込む。やつは車に乗り込んだ。
 逃亡中に車? 盗難車か、やつはデーブではないのか。
 車はライトを上向きにしこちらに向かってきた。ライトに向かって撃つ。
片目は潰れたが、やつは構わず進み海方向に走り去った。
シェリフに電話し状況を報告した後、帰宅することにした。マンションはさすがに危険だろう。会社の方に帰るか。
瀬里奈におやすみメール送らなきゃねぇ。

「Jr.、正しいと思った事をやるんじゃない。正しいと確認した事をやるんだ」
 
 翌朝ラーメン屋から情報が少々出前されていた。
 この街の特に中高生に麻薬をばら撒こうとしていると組織は「ニチバ・ファミリー」。本来親父の組織の傘下だったはずだが親父は麻薬の販売だけは許可しなかったため西側からの勢力に鞍替えした一味だ。親父や兄貴とは当然敵対関係となり命を狙いあう間柄となった。ジェニーを襲ったのも多分こいつらだろう。人質にでもとればクナイトが動きにくくなると踏んだのだろう。
 この件に関しては兄貴に電話して確認を取った。いかに街一番の情報屋の持ってきた情報といえど裏を取る事は大事だ。
 話を整理してみよう。
 ニチバの連中は親父たちを裏切り麻薬で儲けようとしている。その手段として善悪の判断がつかない中高生に麻薬をばら撒いている。取引や麻薬の置き場はピース学園。当然ピース学園内部にも協力者がいる。実際の販売や情報収集などはFMシーが拠点で藤代という男が関わっていた。
 瀬里奈はこの陰謀を目撃してしまい警察に訴えたが警察にも内通者がおり、もみ消された挙句、実際に警察に赴いたリーダーは暗殺されてしまった。
 松岡は何らかの理由で失踪。その間に瀬里奈がこの件に関わっていることを知り俺に援助を求めた。逃亡中のためか、囚われているか、自ら動けないのが理由と思われる。
 瀬里奈と会い、やつの周りを調査しだした途端、俺は襲われた。
 俺が麻薬販売の調査、妨害に来たためと誤解されたのだろう。瀬里奈達がこの件から手を引かなかったため俺は本当に麻薬の調査を始める羽目になった。瀬里奈が手を引かない以上、麻薬販売計画を叩き潰す事があいつを守る事になると判断したからだ。
 しかし敵は手ごわい。クレバーな上、警察やFM局にまで仲間が入り込んでいる。そもそもニチバファミリーを俺達が壊滅させるなど不可能だ。そんな事は警察か親父の組織の仕事だ。
 そういえば瀬里奈達が書き込んだネットの情報がたちどころに消されていたらしい。ハッカーの存在は間違いないがこれについてはさすがラーメン屋、有益な情報があった。ふむふむ。
 さて、状況とか真実とかは俺にとっては実はどーでもよかったりする。俺は便利屋として依頼をこなせればいいのだ。
 現在受けている依頼は3つ。
 ひとつは松岡から「瀬里奈の救出」。
 これは正式な依頼ではなく俺が個人的頼みとして引き受けている。だからBIG・GUNへの依頼者は俺という事になる。このミッションの解決策は前述の通り麻薬計画の阻止ということになった。
 二つ目はクナイトからで「松岡の捜索」。
 捜索だけでなく事態の解決も依頼されている。現在有力な情報は無いが麻薬の一件が絡んでいる可能性が高い。となると松岡はニチバに捕らえられているか、あるいはすでに・・・。
 三つ目は警察からで「デーブの逮捕」。これは事実上生死問わずである。昨夜会ったのがデーブである可能性があるが、これも未確認だ。デーブはニチバのスパイであり、瀬里奈のリーダーを抹殺した人間であろう。ドーピングによりかなり手ごわい戦士になっている。こいつにたどり着くのもやはり麻薬の一件を追うのがいいだろう。
 結論からして三つとも麻薬を追えば解決しそうである。俺はもう少しピース学園に通いこの件に関わる事にした。
 残る手がかりはピース学園内の内通者。
 森野記者は彼氏の頼みを無邪気に聞いて記者ごっこをしていただけと見ている。ジムも三郎も状況を話したところ同意してくれた。正直彼女には顔を合わせたくない。
 二股野郎とはいえ彼氏だった男が昨夜殺されたのだ。中学生には強烈過ぎる出来事だ。よい相談相手がいればいいのだが。
 怪しいと俺が思う奴はまず小森教官と生徒会長葉山悟だろう。
 二人とも俺が入学した途端、異常なほどの警戒と敵意を持っていた。探ってみるとするとあの二人だろう。
あとは瀬里奈の仲間。俺がこの件に関わっている事、マンションの事を知っているヤツとなるとあいつらだ。俺の事を逐一内通者に報告していたとしても不思議では無い。
 そういえばあいつら、あれだけ脅しておいたから手を引いてくれるだろうか。俺としてはそうしてくれれば助かるのだが。
 そしてあともう一人・・・。
 電話が鳴った。ジュンだ。
「ケンちゃんのえぼし丸って何色?」
「うん? 服なら青だけど」
「んじゃいらない。人気があるのは緑色の服でオレンジの帽子なんだって」
 湘南カラーか。ちょっと待て、誰がやるって言った。
「そのカラーリングは見たことあるが、どう考えても俺のやつの方が見栄えはいいぞ」
「えー、でもレアな方が欲しいじゃない」
 あやまれ! C市の広報の皆さんに謝れ!
「どうせなら服をアロハに変えるくらいの芸が欲しいわよね」
 確かに。アロハはわが街のクールビズとして親しまれている。本物のえぼし丸も時折アロハルックで現れる。
 まぁしかし服の形まで変えると金型まで新規で変えなきゃならないので金が掛かる。地方のゆるきゃらグッズ程度では色の塗り替えくらいしかバージョンを増やすことは出来ないのだろう。
逆に言えば色違いなら小ロットでも安く作れるというわけだ。

「さて」
 数日振りに三人で打ち合わせしながら社内で朝食を取っている俺達である。ホットドックにハムエッグ、レタスサラダを大量のミルクで流し込む。
 さて一番の懸念事項から聞くか。
「三郎のラジオ出演で異変は起きていないか」
 三郎は無視。ジムは苦笑して答えた。
「三郎は麻薬の買い手にFMシーのリスナーが多いと独自に調べてわざわざ出演を受けてくれたんだ。感謝するべきだよ」
 そうだったのか。確かにこいつは女子高生と広く付き合っている。その中に麻薬に手を出した奴がいたのだろうか。
「我が社のHPへのアクセスとメールがえらい事になっている」
 やっぱり・・・。
食卓に置いてあったタブレットを動かし恐る恐るHPを確認する。なるほどカウンターが300ほど回っている。メールは三郎あてが大半を占める。内容はこんな感じ。
ラジオ聞きました。
すごい!
感動した!
三郎君素敵!
私の相談にも乗ってください!
あのなぁ・・・。
女の考えはわからん。
あと多いのは三郎への仕事の依頼だ。登下校のボディーガード依頼とかが多い。仕事にかこつけてこいつとお近づきになりたいだけじゃないか。
「三郎のコーナーも開設しろという要望も多い」
 む・・・確かに。ページの更新は俺とジムで行っている。三郎はめんどいの一言でノータッチだ。だが我々は営利企業。宣伝は大切である。
「会社のためお前もなんか書けよ」
「断る」
「じゃあ俺がゴーストライターとしてお前のコーナー作っていいか?」
「ゆるさん」
 あー、そうですか。
「しかしFMシーからの情報はもう無理かな。藤代が消されたのは痛かった」
 ジムが話を元に戻す。助かる。すると三郎が建設的な事を言った。
「いや、そうでもない」
三郎は食後のコーヒーを飲みながら話し出した。
「俺のやっていたコーナーは奴等にとっては悩める中高生を探し出すレーダーのような存在だった。それはお前の聞き出した情報から容易に想像できるな。ということはリスナーには既にお得意になった人間も多く含まれるということだ」
 ジムはなるほどと頷いた。
「ラジオを聞いている人間から客を探したなら、客はまだラジオを聞き続けている可能性が高い。そういうことか」
 三郎は頷いて続けた。例のキーホルダーを示しながら。
「麻薬の売買、いくらこれにいれて隠していたとしてもまさかFM局内やピース学園内で行うとは思えない。警察に目を付けられないよう毎回場所を変えていたはずだ。その連絡にもラジオを使っていた節がある」
 ふうむ・・・なるほどね・・・。

 一夜あけ、俺は今日も元気に高校生である。
 前日部屋に爆弾仕掛けられようが教会前で銃撃戦しようが知ったことではない。校門には小森と会長が立っていた。
週番? 仕事熱心なことで。
「昨日は大騒ぎだったそうだな」
 二人そろってこちらを睨みながら言った。お寺の門にいるよね、こういうの。
 おはよーござーまー、と何事もなかったかのように素通りしようとしたら、やはり呼び止められた。
「災難でした。まさか爆弾仕掛けられた事に関して文句言わないでしょうね先生」
 小森は顔をしかめた。
「爆弾仕掛けられるような事をした覚えは?」
 ありすぎてどれの事やら。
「さぁ、恨みはよく買う人間ですからねぇ」
「この学校にいて欲しくないタイプの人間だ」
 会長が冷たく見下ろしている。やはり・・・こいつの敵対心は尋常ではない。あんたには恨まれる覚えは無いぞ。
「合法的に俺を退学させられるならやってみる事です。なに一ヶ月でいなくなる人間です。お互い我慢しましょうよ」
 すると会長は鋭い目をさらに細くした。
「一ヶ月もお前がここにいたら・・・この学校は大変な事になる。そんな気がするよ」
 気のせいであることを俺も祈るよ。
 俺は失礼シマースと校門をくぐった。
 
 おはよーと教室のドアをくぐるとクラスメートたちは一斉にこちらを振り返った。真っ先に駆け寄ってきたのはバスケのメンバー。玉田達だった。
 昨日の爆弾騒ぎはすでに学校中に知れ渡っている。
 大丈夫なのかという連中の問いに平気平気とにこやかに答える。マンションは今朝はまだ立ち入り禁止になっていたらしいが午前中には解除されるそうだ。署長が言っていたんだから間違いない。
 瀬里奈は今朝は登校していて席に着いていた。ちらりとこちらを見たが知らん顔して外に視線を戻した。
 そういえば昨夜もおやすみメールを返信してくれなかった。冷たい奴め。
 米沢さんはこっちに来たそうな顔をしていたがちょっと瀬里奈の方を見て自重したようだ。
 まあ隣の席なんだから来なくてもすぐ話は出来る。
 俺は人だかりを掻き分け席に着くと何事もなかったかのように「心配かけたね」と当たり障りのない事から切り出してみた。彼女はぎこちなく首を振って笑ってくれた。
「瀬里奈と揉めてたみたいだけど?」
 米沢さんはちらりと瀬里奈を見た。瀬里奈は相変わらず外を見てこちらには興味ない振りをしてやがる。
「風見君に近づくなって」
 俺は小学生みたいなことをと苦笑して見せた。
「危ない男だから近づくなって言ってくれたのさ。現に爆弾騒ぎがあっただろ。瀬里奈は俺がどういう人間か多少知ってるのさ」
 米沢さんはそうなんだ・・・とつぶやいて顔を黒板側に戻した。
 横顔の唇が動いて独り言を言った。声は聞こえなかったが。
 デモセリナノコトハセリナッテヨブンダ。
 そう読み取れた。

 その後瀬里奈とは会話はなく俺達バスケチームは昼休み、放課後に練習で汗を流した。
 野村はバスケの戦術にも詳しく各員の動きを見て戦術も立ててくれた。チームの基本は俺をエースとして俺のドリブル力を活かす事。そのために青木と自分が俺にボールを集める。俺にさらに力を伸ばすためフェイントや変わったスローのやり方も教えてくれた。面白いし今度うちで3on3やるとき三郎に勝てるかもしれん。ちと練習に励むとするか。
 他の三人は別行動で練習していた。玉田の身長を生かすため、やつにパスを送り玉田はそれを即シュートする練習。最初はうまく言っていなかったが、そこは若さだ。徐々に決まるようになってきていた。これは・・・思ったよりいけるかもしれん。
 練習が終わり米沢さんは購買部にジュースを買いに行ってくれた。さて・・・チームの親睦を図るのならやはりこの話題しかあるまい。
「確認しときたいんだが。お前ら本当のところ米沢さん狙いなの?」
 全員が照れ笑いした。
「まぁ一応」
 と、青木、増田、石井が手を上げた。
「米沢さん確かに可愛いけど、大勢で狙いにに行くほどか?」
 俺は勿論ジョーク気味に言う。
 野村が返した。
「じゃあお前抜けてくれよ。お前が一番目がありそうなんだから・・・」
 ここで笑いが起きたのでみんなそれほど真剣というわけではあるまい。うまくいったら嬉しい・・・くらいか。
「積極的には行かないよ? ただ向こうが来る分にはわからんが」
「お前もそんなにもてるのかよ!」
 また一同笑った。
 玉田が恥ずかしそうに手を上げた。
「僕・・・松岡さんでもいいなぁ」
 一瞬の沈黙。全員が口を揃えた。
「無理」
「なんでだよ!」
 そこへ我等がマドンナの帰還である。
「何話してるの?」
 急速に打ち解けていく我々の輪に入りたいようである。
「誰から米沢さんをデートに誘うか順番決めてたのさ」
 青木が軽口を叩いた。真実からそうは離れていないな。
 米沢さんは「え?」と顔を赤らめたがすぐに冗談だとわかり「私面食いだからね」と返してくれた。
 ジュースを一同に配っているときポケットから何かが落ちた。えぼし丸のマスコットだった。俺のと色が違う。
「落ちたよ?」
 声をかけると彼女は慌てて拾い上げた。
「それ、人気あって売り切れてるんだってね」
 声をかけると少し硬い笑いをして頷いた。
「そうらしいわね。私人気出る前に手に入れたから・・・。風見君のガールフレンドも欲しがってたわね」
 この一言に男共が食いついた。
「なんだよ彼女いるのかよ!」
 米沢さんはいたずらっぽく笑って続けた。
「いるのよ、会ったもん。金髪で緑の目のものすごく可愛い子」
 あいつ彼女ちゃう。言い訳する前に連中は襲い掛かってきた。妬みって怖いなぁ。それでもまあ、こういうバカ騒ぎはひさしぶりだった。悪くは無い。

 マンションに帰り夜となった。瀬里奈一味との約束の時間だ。誰も来ないでくれると助かるんだけど。
呼び鈴が鳴った。連中だ。全員そろってやがる。
中に入れると瀬里奈が口を開いた。
「こいつら、やっぱりやるそうだ」
 ばかの集団か。
 俺はわざと厳しい表情を作り威圧的な声で言った。
「死ぬかもしれないぞ。いいんだな」
 瀬里奈を含めて全員こわばった顔になったがそれでも力強く頷いた。
「やる気だけは買うが・・・。お前ら射撃とか格闘技の経験は?」
 学校で年一回くらいは護身術の講習がある。しかしこの手のやつらが受けているかな?また受けていたところで本物のやくざには通用しないだろう。
「ねーさんに格闘技少し習ってる」
 アスカがおずおずと手を上げた。ねーさんとは瀬里奈の事だろう。瀬里奈は即座に否定した。
「あんたのは実用レベルじゃない」
「お前は親父さんに習ったのか?」
 瀬里奈は顔を背け「ああ」と答えた。
「実戦で使っていいと言われたか?」
「逃げる時間くらいは稼げるって言われた」
 うん、ならお前は大丈夫だな。
「他の連中も喧嘩位は経験あるんだろうが、過信するな。相手はプロだ。高校野球がプロに挑むようなもんだ。相手の油断を突いて一撃必殺でしとめるしか勝ち目は無い。作戦は俺が考える。最低限の技術も俺が教える。ただしそこで得た知識や技術も事が済むまで他では絶対に使うな。この方針に従えない奴は仲間に入れられない。いいか?」
 一同は無言で答えた。俺は心の中でため息をついた。
 こいつらはバカだ。しかし・・・まぁ嫌いなタイプじゃない。
「訓練は明日の夜から。車を用意するから20時にこの下に来い。以上。本日は解散だ」
 彼らは無言で頷くと部屋から出て行った。アスカが最後尾だったが瀬里奈が動かないのに気づいて立ち止まった。
「すぐに行くから下で待ってて」
 普段より少し優しい声で瀬里奈が告げるとアスカは不安そうだったが従った。
「今日は一人で残るんだな」
 俺はからかうように言ったのだが瀬里奈は笑いもしなかった。
 マンスリーのワンルームマンションだ。家具なんかほとんどない。ベッドとパソコンデスクがあるだけだ。
 パソコンデスクには俺が座っているから瀬里奈はさっきから立ちっぱなし。ベッドに腰掛けるよう薦めたら赤い顔して睨みやがった。ガード固すぎだぞお前。
瀬里奈はしばらく黙っていたが静かに口を開いた。
「本当にあいつらを使ってヤクザと戦う気?」
 俺は外を見て全員がマンションから出たのを確認してから答えた。
「まさか」
 しれっと答えた。
「連中をだますの?」
 瀬里奈は俺の真意を覗き込むように睨んできた。
「そのつもりだ。正直いても足手まといだ」
 瀬里奈は少し怒ったような顔をしたがため息をついた。
「なら安心した」
 まったく、このお嬢さんは・・・。
「お前が全部背負い込むな。あいつらは自分で判断したんだ。お前に引っ張られてきたわけじゃない。何かあってもお前のせいじゃない」
 瀬里奈は少しうつむいた。
「だけど私がいなかったらあいつらこんな危険なことには首を突っ込まなかった」
「お前がいなかったらじゃない。クズが麻薬なんざ売りに来なければ、だ」
 瀬里奈は沈黙した。
 不良グループのリーダーなんてこいつには合いもしない立ち位置なんだ。
「お前がこの10年間どう生きてきたかは知らない。だが今のお前はものすごく無理して生きているように見える。あいつらもそれは感じているようだ。アスカってのはともかく、お前には一歩置いてくれているようだな」
 瀬里奈は答えない。俺は無視して続けた。
「親父さんはこんな仕事。お母さんも去年亡くなったそうだな」
「調べたのか」
 ため息交じりだった。
「まあな」
 本当は携帯番号も知ってたんだけど、本人から聞いたほうが感じよかったんでな。
「親父さんへの反発、不安。居場所はあいつらの所しかなくなった・・・。そんなところかな」
 瀬里奈は目を上げた。
「なにがわかる。何でもわかった気になるな」
「わからないさ、他人の気持ちなんかな。興味もない。ただ俺がこの10年そうだったからな。なんとなくお前もそうだったんじゃないかと、な」
 無言。それが返答か。
 俺もこいつに一つ確認しなきゃならん事があった。
 質問し回答を得た。予想通りの答えだった。
 残念ながら。
 会話が途切れると瀬里奈は90度ターンした。
「帰る」
 そうしてくれ。どうもお前と二人きりだと緊張しちまう。
 ドアをくぐろうとするとき俺は用事を思い出した。
「米沢さん、大事な友達か?」
 しばし考えた後背中を向けたまま「ああ」と言った。
「昨日喧嘩になったようだな。明日学校で仲直りしとけ。必ずだ」
 瀬里奈は一瞬だけ間を空けた。その背中がやけにか細く見える。
「何でそんな気を使う」
「さあね。ただのおせっかいさ」
 瀬里奈は返事をせず出て行った。
 俺は窓からあいつらと合流し帰っていく黒髪を眺めながら思う。
 瀬里奈、勘違いするな。俺はヒーローなんかじゃないぜ。
 ただの悪党だ。

 夜。さて、夜食でも食いに行くか。
 瀬里奈一味が引っ込んでくれなかったせいで余計な仕事が増えた。経費も掛かる。松岡に会ったらきっちり請求しよう。
 電話が鳴った。またジュンか。
「ねーねー、おなかすいた」
 お前、どっかで俺をストーキングしてるのか? ラーメン屋のおばちゃんだけで十分なんだよ。
「おでん屋に行くところだから連れて行ってやっても構わんが」
「おでん?! この暑いのに?」
 ごもっともな反応だ。しかし。
「この街では夏に路上でおでん食う習慣があるんだよ」
 ジュンは疑ったがこれは本当だ。
 隣町の島で露天やら店でおでんを売っていた。しかしオリンピックが来た際ヨットハーバーを新設することになり立ち退きを食らった。店主たちはバラバラに店を作らず一箇所にまとめて新規開業した。
 これが通称「おでんコーナー」。海のすぐ横におでん屋が4件並ぶ、この街の名所のひとつだ。
 夏の夜の潮風を受けながら店の外に置かれたテーブルで、あるいは地べたで食うおでんは中々乙なものだ。しかしまぁ場所が場所なだけに素行不良な奴らが集まってバカ騒ぎやっちまったりするのが問題になったこともある。
 そんなところに夜、女子中学生を連れて行っちゃいかん気もするが店内なら店主が俺の連れに悪さはさせないだろう。
「うーん。まぁそこでもいいか」
 あからさまに仕方ないなーという声だった。
「嫌なら来なくていいんだぞ!」
「学校の前のコンビニにいるからすぐ来てね」
プツン。
ろくに会話にもならず一方的に切りやがった。
寮生が夜に出歩いていいんだろうか。ま、俺の知った事じゃない。
俺は活動服に着替えてプジョーに乗り込んだ。

コンビニでジュンを拾い海沿いのパーキングにプジョーを停め「おでんコーナー」に到着した。
海沿いの大通りから北へ少し入るこれまた大通りに4軒の住居兼店舗が並んでいる。板張りに模した正面は南国雰囲気をかもし出している。店舗前の広い歩道に置かれたパラソル付のテーブルには数人の男女がおでんをつつきながら談笑・・・というか大騒ぎしている。いつものとおりだ。今日はすいているほうだろうか。
そのバカ騒ぎを目にしながらもジュンはニコニコと笑ってついてきた。度胸あるなぁ。
他の店より一際すいている左から2番目の店「オーディーン」が目当ての店だ。ちゃんと予約もしてある。
 俺はオーディーンのドアをくぐった。ジュンがくぐるまでドアを抑えていた俺は紳士。
「いちいち恩着せないでよ」
「お前おでん奢ったって恩なんかきやしないだろ」
 腹立つことにジュンは「当然」と笑ってカウンターに座った。店内は狭い。客は我々だけだ。別に貸切にしたわけでは無いんだが。
 店内も南国情緒全開でやしの木っぽい装飾がなされ、やりすぎでうっとおしい感じ。カウンターの向こうにはおでん鍋が香りと湯気を漂わせている。その向こうにやはり南国かぶれチックなアロハ姿の髭面マスターが微笑んでいた。
「やあ、風見君いらっしゃい。噂どおりの美人な彼女だね」
 いやいやこいつはそういうんじゃなく・・・と言おうとしたらマスターは一言付け加えた。
「でも黒髪って聞いてたけど」
 事態が事態であれば射殺ものの発言である。連れがジュンだったからいいものの。命拾いしたなマスター。
「あー、昨日のおねーさんのことか」
 ジュンはあっけらかんと言った。まるで気にしていないようだ。それはそれで傷つくな。
「余計な口はきかんで、おでん」
「あい、何にする?」
 俺はお任せ5点とコーラを注文。ジュンはたまごと餅入りと蛸と大根を「とりあえず」注文した。練り物を頼まんとはこいつ何者。
「食う前におでんコーナーの名誉のために言っておくが」
 俺は大事な事を言い忘れていた。
「この店は4軒の中で一番まずい」
 聞いてジュンは少しこけた。マスターはジュンにおでんを出しながら「はは」と笑った。
「反論できないなぁ」
 しろよ! まぁ真実だからすいているのだ。クチコミって凄い。
「でも少しはうまくなったよ、食べてみて」
 マスターは俺にもおでんを出した。
 味をごまかすべく大量のからしを皿のふちに持ってから俺は大根を口にした。
「?!」
「おいしいじゃない」
 ジュンが嬉しそうに言った。
 マスターは上機嫌で「ありがとう」といってジュンに奢りとコーラを出した。おい、俺のも奢りなんだろうな。
 しかし確かにおいしくなっている。以前は俺が家庭でめんつゆ使って作ったやつの方が遥かにうまかったのだが。
「ぬう、腕を上げたなマスター。これはコンビニに匹敵する」
 俺は冗談で言ったのだが、途端マスターの肩がビクンと振るえ顔が強張った。おい・・・あんたまさか。
「ますたー・・・これコンビニの・・・」
「風見君!」
 マスターは突然シリアスな声になった。両手をカウンターにつき俯いて語りだした。
「俺達はオリンピックの栄光の陰で島を追いやられ街のはずれで開業した・・・」
 いやあんたじゃなく先代だろ。
「だから、泥の中から這い上がる根性だけは誰にも負けないつもりだ! な?」
 いや・・・何が言いたいんだかさっぱりです。俺はこれ以上突っ込んでも得策ではない事を悟りとっととおでんを平らげると席を立った。
「さて、山さんいる?」
「ああ、奥へどうぞ」
 俺は用事があるからお前一人で食ってろとジュンに告げた。やつは「うんいいよ」と何も突っ込まず食事を続けた。
 これとこれとこれも頂戴とマスターに注文しながら。
 よく食うな女子中学生。
 絶対に俺に奢らせるつもりだな、こいつ。
 ため息をつきつつ俺は奥の扉をくぐった。
 
 奥の扉の向こうにはトイレのドアがある。その横の一見壁にしか見えない所を右へ押すと隠し扉になっていて地下室に向かう階段がある。勿論普段は鍵が掛かっていて何も知らない客が開けてしまう事は無い。
 階段を下りていくともう一つ扉があり、ノックしてあけてもらうと6畳ほどの地下室があった。コンクリート打ちっぱなしの壁。乱雑に置かれた木箱。奥にちょっとしたカウンター。
 ここが闇の武器屋オーディーンだ。
 この街では拳銃もライセンスを持っていれば誰でも買える。ライセンスは16歳以上で精神疾患がなく前科(少年の場合正確には前科じゃないんだろうけど)が無ければ簡単に発行される。逆に言えば前科者やライセンスを習得できない者は銃を所持できない。マシンガンなど強力な武器もA級ライセンスが必要になり税金の納入や試験を通らなければならない。
 つまり面倒なのだ。
 そういう人間に武器を垂れ流す裏の武器屋。
 それがオーディーンだ。
「安いスナブノーズ(短銃身)のリボルバーと小型のサブマシンガン5丁だったね」
 この店のオーナー山さんは入るなり口にした。しわだらけの顔にスキンヘッドでちょっと年齢不肖な感じの白人だ。赤いベレー帽にポケット付のベストを着ているので武器商人というよりカメラマンに見える。
「そんな物持ってるんじゃないの?」
 山さんは笑顔を見せた。俺は、というかBIG・GUNはお得意さんだ。
「あるよ、だけど俺達が使うんじゃないんだ。暴発しなけりゃいいから適当に見繕ってくれ」
 彼はふふっと笑って在庫表を開いた。紙の在庫表か。古風な。
「素人さんが使うのかい?」
「ノーコメントだな」
 山さんはわらった。
「失礼失礼。何も聞かないのがルールだわな」
 俺はにやりと笑った。
「それがお互いのためだろ」
 山さんは2回頷いて指を立てて提案した。
「安くて性能にこだわらないならこれはどうかな」
 山さんはカウンターに置かれていた箱を開けた。
 中に古ぼけたリボルバーS&W M36とミニウージーが入っていた。
 M36は通称チーフスペシャル。リボルバーの王者S&Wで最も小さいJフレームを使用する小型リボルバーだ。弾丸は一般的な38スペシャルを使用するがコンパクト性を高めるため装弾数を通常のリボルバーより1発減らし5連発になっている。銃身は2インチ、グリップは丸いラウンドタイプ。携帯性優先の優れた護身用拳銃だ。
 ミニウージーは名高いイスラエル製傑作サブマシンガンウージーの小型タイプだ。古風で美しいデザインのウージーを小型軽量化したもので使いやすく信頼性も高い。
 品物としては申し分ないが、こいつはいささかボロッちくないか? しかも1丁ずつしか入ってないし。
「5丁だよ?」
「これの同等品が10丁ずつくらいある。まとめて10万でどうかな」
 安すぎる。
「それってつまり」
「うんジャンク品だ」
 動作保障なし。動かなくても知らんよ、という商品ということだ。
「さすがに動かないと困るよ」
「だから10丁なんだよ。使えるパーツ組み合わせれば5丁くらいは出来るよ。お宅のメカマンなら難しくないだろう」
 ふむ・・・たしかに。ジムなら仮にパーツが足りなくても削りだして作るかもしれん。
 念のため手にとって確認する。冷たい鉄の手触り、油と火薬の香り。おでんより馴染みがある。
「銃身が割れて爆発なんて事は無いね?」
「それは大丈夫だ。私もお得意なくしたくないからね」
 ふーむ。
「よし、信頼しよう。買った」
俺はポンと現金をカウンターに置いた。
山さんは素早く数えると部屋の隅を指差した。木箱がある。
「品物はそこにあるが今持っていくかね? 明日届けてもいいが」
「持っていくよ。明日には使うんだ。だけど重いな」
 チーフ10丁で約10キロ、ウージーで30キロくらいはあるかな。
「マスターに運ばせるよ。暇だっただろ?」
「ああ、客は連れの女の子だけだったよ」
 すると山さんの顔色が変わった。
「なんだって? あいつと女の子を二人きりにしてきたのか?!」
 いやいくらマスターでも俺の連れに悪さは・・・。
「人を信用しすぎるな」
 山さんは真剣な顔で言った。これは・・・まずいかもしれん。
 俺は部屋を飛び出した。
 泣いていた。くすんくすんと忍びなく声。
 遅かったか! すまん、俺が迂闊だった。
「まあ泣くな、マスター」
 俺はむせび泣くマスターの肩に手を置いた。ジュンは何事かとおろおろしていた。
「この子見てたら・・・娘を思い出しちまって・・・」
 マスターは声を詰まらせていた。俺は極力優しい声をかけた。
「そうか・・・辛い思いさせたな・・・」
 マスターは泣きながら首を振った。
「いいんだ。だがせめて今夜一晩、娘と思ってこの娘と話をさせてくれ・・・」
 タオルで顔を覆いながら懇願する。答えは勿論。
「だめだ、もう帰る。地下の荷物運ぶの手伝え」
「ひどい・・・風見君」
 うう、と崩れるマスター。
「ケンちゃん・・・」
 ジュンが心配そうに口を開いた。
「そういうことなら話し相手くらいなってもいいけど?」
 意外とお人よしなんだな。その半分くらい俺にも優しくしてくれ。
 俺は声のトーンを元に戻して話した。
「ヒント。お前アングロサクソン、こいつ東洋人。この髭面、女が近寄るはずが無い。つまり独身」
 ジュンはまだキョトンとしている。
 俺はまだ泣いているマスターに言った。
「さ、騙された振りしてやってるうちに荷物運ぼうな・・・。お互いのために・・・」
「うん」
 マスターは立ち上がって地下へ消えて行った。
 このロリコン親父め。何が話し相手だ。おまえにゃ危なくてメス猫も預けられねーよ。

 帰り道は足取り重かった。何しろ荷物が重い。
 小型軽量を持って軽快に走る106であるから重い物を積むと覿面に影響が出る。まぁうちまでの我慢だ、がんばれ106。
「お前食いすぎだよ。何品食ったんだ」
 お会計を済ませて俺は軽いめまいを感じた。育ち盛りの男子ならともかく、こいつバカ食いしやがって。普通女の子は男の前じゃ恥ずかしがって小食にするもんだぞ。しかしこの女は満腹満腹とニコニコしてやがる。
「腹でてもしらねーぞ」
「えー、寮のジムで運動してるから大丈夫だよ」
 その甘えが将来の涙を生むことを女は何故学ばないんだ。
「ジムといえば高等部の小森教官って凄いよね。プロレスラー並の体格だし運動神経」
 体育教官も女子寮のジムを利用するのか。役得じゃねーか。
「喧嘩したらケンちゃんといい勝負なんじゃない?」
 俺と体育教官が互角だと? バカいうな。いや・・・。
 俺はあの倉庫での刺客を思い出した。あいつが小森教官としたら? 無くは無い。あいつは何故か俺に敵意むきだしだ。
「お前高等部の教官まで観察してるのか?」
「べつに? 学校の裏HP見てたら覚えちゃっただけだよ。ケンちゃん1年B組だっけ。担任古谷先生だよね」
 あの禿そんな名前だったな。
「意外ね、ケンちゃん車好きでしょ? あの先生凄い車持ってるのに興味ないんだ」
「そうか? 気づかなかったな」
ジュンは何が楽しいのかクスクス笑った。
「アウディとかいう高い車乗ってるらしいよ? そんなの乗れるほど給料もらってるのかってHP炎上してた」
 こいつ・・・意外と情報持ってるなぁ。俺もネットくらいちゃんと見ておかないといかんな。
 学校前でジュンをおろした。これ以上連れ回すわけにもいくまい。やつは「ごちー」とにこやかに手を振るとタッタカ寮に走り去っていった。少しは名残惜しそうに見送って欲しい。
嘘でも!
やれやれ・・・とプジョーをマンションに向ける。
 カーステレオから三郎の声が今日も流れていた。
 コーナーが終わり三ツ沢アナが締めのコメントを語っていた。
「明日はいい天気です。夜、里森公園にでも散歩に行きたいですね。滑り台に乗ったら楽しいでしょうね、えぼし丸君と一緒に」

 翌日、米沢さんは昨日よりは明るい顔で「瀬里奈がごめんって言ってくれた」と教えてくれた。教室の奥に目を移すと・・・おや今日も登校している。
 あいつも意外と素直だな。こっちを見ていたが俺と目が合ったらそっぽ向きやがった。この辺は素直では無い。
 話しやすそうだったので俺は切り出した。
「明日休みだし、今夜飯食いに行かない?」
 突然のデートのお誘いに、米沢さんは固まった。
 数秒後硬直が解けるとひどく残念そうに首を振った。
「ごめん、今夜用事があるの。本当にごめん、今度また誘って」
 そう言うと小走りに出て行った。
 やっぱり、か。
「かざみー」
 近くの席の青木が振り返った。
「んなこと教室で言ったって、はい喜んでとは答えられねーだろうが。ギャラリー多すぎ」
 ふむ。クラスの大半がこっちを見てニヤニヤあるいはクスクス笑ってやがる。
 瀬里奈は・・・わっ、睨んでやがる。
 お前には毎晩メールしてやってるだろ。たまには返せ。

 放課後、バスケの練習も終わりちょいと所用も済ませ俺は一端会社に戻りランドクルーザーに乗り換えマンションに戻った。
 瀬里奈一味は既に集まっていた。一同やや緊張の面持ちだ。これから怪しげな訓練を受けるとなれば無理も無い。
 指定どおり動きやすい服を着ていた。他の奴はどうでもいいが瀬里奈は地味なTシャツに膝までのジーンズだった。靴は赤のコンバースか。俺も持ってる。
 それにしても・・・やはり見事なプロポーションだ。胸はさほど大きくないが腰から太ももに流れるラインは絶品。
「何見てんだよ」
 俺の視線に気づき瀬里奈は睨んできた。正直に答えると揉めそうなので俺は「いくぞ」と誤魔化し車に向かった。
 ランクルに全員押し込み、我が社を目指す。
 ピース学園は街の東南に我が社は街の北に位置する。車で走れば20分くらいか。北へ走り踏切を渡って国道を右折。マツキヨを左折してしばらく走ると我が町内だ。
 やや奥まり人に電話で場所を説明するのが厄介な場所に我等が便利屋BIG・GUNは聳え立つ。
 鉄筋3階建ての自社ビル。地下には小さいが射撃場もあるので訓練には絶好の場だ。
 ガレージも地下だ。車を降りると瀬里奈は感慨深げに社内を見渡していた。
「なんだ?」
 声をかけると瀬里奈は驚いて我に返り「なんでもない」と答えた。アスカが何か言いたげだったが時間が無い。放っておいた。
 射撃場に入り耳栓になるヘッドセットを全員に配った。
「これから早速射撃訓練を行う。銃は簡単に人を殺せる道具だ。従って間違って使えば殺したくない奴を殺してしまったり自分を殺しちまうこともある。人に銃口を絶対に向けるな。特に俺には向けるな。即座に打ち返して射殺してしまうぞ。悪いが俺はそう訓練されている」
 俺はそう説明するとチーフを各自に渡した。何の反論も無かったのは俺が嘘をついているわけではない事をこいつらなりに感じたからだろう。
 今日はチーフだけでいいだろう。さすがジムわずか1日で見事に仕上がっていた。磨きまでしてくれたようで新品とは言わないまでも昨日見たガラクタとは思えない仕上がりだった。
 全員俺が見るのは厄介なので見張り的にジムにも付き合ってもらうことにした。ジムの長身と恵まれた体にみな驚きを隠せなかった。アスカなんかちょっと見とれていた。惚れるなよ、おまえにゃもったいない男だ。
 チーフスペシャルはこの間言ったように護身用の小型リボルバーだ。
 2インチの銃身に後ろが丸く切り取られたグリップを持ち手の平サイズで小型軽量。持ち歩くには最適だ。
 5連発の回転弾倉を振り出し弾をこめて元に戻す。これだけで発射準備完了だ。後は引き金を引くだけで弾丸を発射できる。オート拳銃のようにセフティとかもない。
 非常に簡単な操作だ。リボルバーゆえ信頼性も高く頑丈。まさに初心者むきといえる銃だろう。
 とりあえず正しい構えを教え7m先の的を撃たせてみた。
 海城、新明はまあまあ。大岩とアスカは全く駄目。瀬里奈はうまかった。これも親父さんに習ったんだろう。俺達は同門の士という事になるのだろうか。
 きっちり1時間射撃練習をして、今日はお終いとガレージに出た。
 喧嘩の仕方も教えろと男共が言い出したので簡単な攻撃の裁き方を教えてやった。
 素人は大概まずパンチで攻撃してくる。しかもストレートかフックだ。これに対し腕で受けずに右パンチなら左に、左なら右に回りこむようにかわす。こうすると相手は次の攻撃がしにくくなる。しかも伸ばした腕を掴みやすく、ひねりあげて動きを封じ込めることもできる。
 手本を見せ、組になってやらせてみた。
 射撃よりはマシか・・・。多少は喧嘩慣れしているようだ。
 瀬里奈はアスカと組んで独自に組み手をやっていた。
 アスカは瀬里奈と真逆で背が低く赤い癖毛で子供っぽい顔立ちをしている。同い年のはずだが何か姉妹のように見える。顔は全然似てないけどね。
 アスカの攻撃を軽く片手で裁き隙を見るやキックで1本とる。相手に対する反射神経も攻撃に転ずる判断もキックのしなやかさ、バランス。どれをとっても素人を越えていた。
 さすがは松岡の娘だ。
 一汗かいて解散前に各自顔を洗いにい行った時、アスカが瀬里奈の目を盗んで話しかけてきた。瀬里奈は大して堪えてない様だがこいつは結構バテバテで息を切らしていた。
 この娘は射撃、喧嘩、ルックス全てにおいて瀬里奈に及ばない。いやまあ瀬里奈のレベルが高すぎるので大概のヤツは及ばないんだけどね。
 だからなのか瀬里奈にぞっこんなようだ。女ってこういう関係あるよな。
 荒い息のまま赤毛の娘は因縁つけるように話しかけてきた。
「あんたさぁ、ねーさんの事どう思ってる?」
 ストレートな質問だ。こういう性格なのだろう。嫌いじゃない。
 こういう娘に対してはぐらかすのは無意味だ。
「女としてって事だな? 美人だと思うよ」
「それだけか?」
 アスカは不満そうに俺を覗き込んだ。
 それだけって・・・男が女に対して言うのにこれほどの賞賛があるだろうか。
 アスカは一端目を反らし持っていたポカリをグビグビと飲んでから言った。
「ここに来てやっとわかったよ。ねーさんは前からあんたを待ってたぜ?」
 はじめて興味を引く情報だ。
「どういう事だ」
「この店の名前BIG・GUNか。ニュースとかで名前が出るたび耳を傾けてたり。この近所に来るとこっちの方をじっと見つめてたり。ここにあんたがいるって知ってたんだろ」
 去年母親を亡くし父親に捨てられるように全寮制の学校に押し込まれ、居場所を無くし柄にも無く不良グループなんかに入った瀬里奈。どんな気持ちでBIG・GUNを見つめていたのか。
 あいつは言った。
 BIG・GUNは最後の希望だと。
「俺がこの街でバカやっている事は知っていたようだな」
「ねーさんは本当は真面目で優しい人なんだ。あたしらなんかといちゃいけない人なんだよ」
 わかってたのか。少し見直した。
「あんたに助けに来て欲しかったんだよ、きっと。なんで今まで来てくれなかったんだ」
 なんでも何も、松岡から電話が掛かってくるまで瀬里奈の事など頭の片隅にも無かった。
 なにしろ10年前、6歳のときに親に引き離されたんだぜ。覚えている瀬里奈の方がおかしい。あの時はそりゃ少しは寂しかった気がするが、3日もしたらすっかり忘れて一人で遊んでいた気がする。
 別れの時、あいつは泣いて「行きたくない、たすけて」と叫んだ。そして俺の名を呼んだ。
 あの時からあいつは何も変わっていないというのか?
 そんなバカな。俺は思わず笑ってしまった。
 女がそんなに女々しいわけないさ。
「あいつが泣いている時助けに来なかったなんて事に文句を言われても困る。俺はスーパーヒーローじゃないんだ。だが今は比較的側にいて、あいつを守っている。それでいいだろ」
 アスカはまだ不満そうだったが瀬里奈がやってきたので口をつぐんだ。
 瀬里奈はアスカの様子が変な事に気づいたようで話しかけてきた。
「何を話してた?」
 アスカは詰まったので俺が答えた。
「喧嘩の仕方さ。他に何かあるか?」
 瀬里奈は疑わしげに俺を見つめた。冷たいが澄んだ瞳。
「先に乗ってるよ」
 アスカはランクルに乗り込んだ。他の連中も皆続々乗り込んでいく。
 瀬里奈は最後に残って追求するつもりだったのだろう。そうさせないため俺から話しかけた。
「あいつには俺に近づくなって言わないのか?」
 瀬里奈は少し脹れた。
「アスカはあんたなんかにちょっかい出さないから平気」
 そりゃそうか。
 瀬里奈は少しため息をついてから口を開いた。
「こんな訓練なんかさせてどうするんだ。こいつらには戦わせないんだろ」
 声を小さくして顔を近寄せて聞いてきた。なんとなく、いい匂いがする。ふむ・・・やっぱ綺麗ですね、あなた。
「ただ放っておいたら連中暴走しかねないだろ。訓練していれば上達するまで奴らも直接行動しようなんて思わない。その間に俺達が事件を解決する。なに、そんなに時間は掛からない」
 俺はさらに一言告げた。
「そうしたら俺はすぐに学校からおさらばだ」
 瀬里奈ははっとして目を上げた。が、すぐに目をそらし「そうか」とつぶやいた。
 そんな顔するな。昔は泣き虫だったが暗い顔なんてしなかった。泣いているか笑っているかどちらかだった。
 明日になったらこいつはどんな顔をしているだろう。
 もっと暗い顔をしているか、俺を恨んでいるか。
 まぁ仕方ない。俺はただの悪党だからな。
「乗れよ、俺は今夜忙しいんだ」
 促され瀬里奈は車に乗った。
 俺も運転席に滑り込むと後ろから冷やかす声が沸いた。
「二人で何話してたんだよ」
 内緒話が多いからこんな事ばっか聞かれる。
「将来についてさ」
 と軽くいなして車を発進させる。納得したような、さらに突っ込みたいような笑いが起きた。
 不良もクラスメートもみんな同じだ。当たり前だ。こいつら皆普通の高校生なんだから。
 こいつらに関して俺が語る事はもう何もない。
 だが一つだけ言っておきたい事がある。
 こいつらといえど普通に生き暮らしてきた人生がある。まだ20年にも満たないが笑ったり泣いたり悩んだりしながら生きてきた。今まで生きてきた時間よりずっと長い未来があった。
 俺にとっては通りすがりの人間達だが、それだけは間違いない。それを確認しておきたかった。

 月が出ている。明るい月だ。
 何もしないでじっとしているのは嫌いだった。
 突然自分が何をしているのか、なんてどうでもいい事を考え始めてしまう。
 俺は今何をしているのか。
 これが瀬里奈を守る事になるのか、少々自信は無い。だが動き出してしまった。
 俺はただ茂みに隠れ草の匂いを嗅いでいるだけだ。
 そろそろかな。時間は10時。中高生を集めるならこのくらいの時間が無難だろう。
 月明かりがかなりあるので俺の目ならスターライトスコープは必要なさそうだ。
 人が集まり始めた。みな若い。どうやら情報通りだ。
 一人二人が次第に増え、20人くらいになったか。
 俺はサブマシンガンH&K MP5を構えた。といっても装弾していない。明るい光学照準器いわゆるスコープ・サイトを装着しているので望遠鏡代わりに使ったのである。F値の小さい望遠鏡は肉眼より明るく見える。こういう暗い場所では便利な物だ。
 連中まで50mくらい。一人一人の顔を確認する。
 不自然なのはこんな時間にこんな場所に集まったのにお互いに顔を見ようとしない。会話も当然無いようだ。そわそわキョロキョロしているヤツもいる。
 装着していたデジタルトランシーバーのヘッドセットから声がした。
「そろそろか?」
 問いに対し俺は「ちょっと待って」と言い全員を確認した。
 いた。やっぱり来ちまったか。
 ため息をつきつつ辺りを確認する。隠れられるような場所をスコープでじっくり見る。茂み、ロッジハウス。
「隊長、大丈夫です」
 OKと声がし点呼が取られる。
 スタンバイがかかる。
 チャージングハンドルを引いてMP5に装弾する。セフティはオンのまま。
「えぼし丸が欲しい皆さん!」
 連中が集まっていた付近にあった滑り台の影から若い男が現れた。
「こちらに集まってください」
 すると吸い寄せられるように少年少女が近寄っていく。
「みなさん、これが欲しいんですね?」
 男は右手を高く掲げた。何かをつまんでいる。もちろんえぼし丸のマスコットだ。ここからは確認できないが色は湘南カラーのはずだ。
 一同は頷いている。早くよこせと病的に叫んでいる者もいる。
「ですが今日は中身が入っていないんです」
 一同がざわめいた。
「今日は麻薬を販売できません」
 男は毅然とした声で言った。
 どういう事だ! と食らいつこうとした者がいたが軽くいなされた。
「どうしても必要なんですか? みなさん」
 男の問いに皆当たり前だと頷いた。これで・・・本人から麻薬の反応なり禁断症状が出れば、この街の法律では十分有罪だ。
 Goサインがかかった。
 茂みから飛び出す。数十人の警官が彼らを包囲した。
「警察だ、動くな!」
 ほぼ全員がライフルやショットガンを構えている。重武装過ぎると思うかもしれないが連中は皆麻薬中毒患者だ。油断は出来ない。
 突然の出来事に皆恐怖し立ちすくむだけだった。所詮はまだ子供だった。
「抵抗するな! 逃げられないぞ! 全員両手を地面に付けろ」
 皆がおずおずと従う中、さっきからわめいていたヤツは奇声をあげ警官に襲い掛かった。しかし相手は屈強なSWAT隊員だった。銃床で殴られ失神した。恐らく禁断症状を起こしているのだろう。
 里森公園。街の北に位置する大きな公園でその名の通り遊歩道と木々が並ぶのどかな広場だ。遊具は山の斜面を利用した大きな滑り台のみで昼間はのんびり散歩する人でにぎやいでいる。
 その市民の憩いの場が今はただならぬ緊張で震えている。
 俺は慎重に連中の輪の中に入り、震えながら4つんばいになっている少女に近づいた。
「署長、約束だ。少し彼女借りるぜ」
 SWATの隊長の横にエバンス署長も立っていた。彼は厳しい表情のまま頷いて他のやつらを連行し始めた。
 俺は足元の少女に極力優しい声で話しかけた。
「立って。ちょっと行こうか」
 俺の声を聞き彼女は顔を上げた。
 ショートカットの髪がゆれ、赤い縁のメガネの奥の瞳が見開かれ俺を見つめた。
「風見君・・・」
 俺は手を差し伸べた。ちゃんと笑ってやれているだろうか? 彼女は涙を流しながらこっちをただ見つめている。
「心配するな、俺は君の敵じゃない」
 彼女、米沢早苗は俺の手を掴んで立ち上がった。

「私が来るって知ってたのね・・・」
 米沢さんは俯いて俺の顔を見ずつぶやくように言った。
「まあね」
 ラーメン屋の情報にハッカーの物もあった。
 凄腕のハッカーの中で、この街に絡んでいそうな者。さすがに特定は出来なかったが怪しい者リストの中に興味深いヤツがいた。
 米沢勇人。大した犯罪を犯したわけではないが卒業した高校の成績データを全て消去。ついでに担任の研修旅行中の羽目を外した写真をネット上にばら撒いた・・・と噂される男。
 全く持って小物と言っていいが、この卒業校というのが超一流コンピューター企業に何人も人材を送り込んでいる有名校だっただけに大騒ぎになった。コンピューターを管理しているのも一流のエンジニアだ。セキリュリティだって軍隊並らしい。そのガードを彼は一夜にして突破しイタズラして帰ったのだ。
 証拠も全く残らなかったらしい。米沢勇人の名が出たのは、そんな事をやるのは、否そんな事ができるのはあいつくらいだろう。その程度の理由だそうだ。
 それが米沢早苗の兄だった。
 考えてみて欲しい。いかに優秀なハッカーとはいえ書き込んだデータを逐一消すなんて事ができるだろうか。
 いつ書き込まれるかもわからずこの仕事をやるには24時間体制の監視が必要だ。少なくとも俺には方法がわからない。もし可能とするほどの凄腕のハッカーがいたとすれば、そいつは麻薬なんて危ない橋を渡らず天才コンピュータープログラマーとして巨万の富を築けるはずだ。
 ではいかにしてこの仕事を果たしたのか?
 簡単だ。書き込んだやつが消せばいい。
 瀬里奈はガラケー、従来型の携帯電話を使っていた。スマホは、いやパソコン関係は苦手なのだ。俺は確認をとった。他の仲間も全員苦手。ネットに書き込むなんてやり方がわからなかった。いつの時代の人間なのかね。
 それでは奴等はどうしたのか。代行を頼んだのだ。
 米沢早苗に。
 瀬里奈にとって腹を割って話せるのは彼女しかいなかった。米沢さんは兄譲りの技術で自分でやったのか、兄貴にやってもらったのかわからないが瀬里奈の告発を書き込み、すぐに消えるようにしておいたのだ。跡形も無く。
 何故そんな事をしたのか。
「麻薬目当てだね?」
 俺の問いに米沢さんは無言のままだった。
 彼女にこれをやらせたのは学園内の麻薬販売組織の仲間だ。情報が外に漏れないよう手を打ったのだ。
 報酬は麻薬だ。人を縛りつけ意のままに操るにはこれが一番効果的なのは言うまでもない。
 ではそいつは誰か?
 小森か? 会長か?
どちらでもない。
 米沢さんは俺の監視も命じられていた。
 有名人の俺が突然無理な理由で転入してくれば麻薬組織の奴等は当然自分たちを探りに来たと思うだろう。
 だから俺が瀬里奈一味と接触、北の倉庫が臭いと知った途端手を打った。刺客を放ち証拠を消したのだ。
 俺が瀬里奈と接触したり北の倉庫に行った事を知っているのは瀬里奈たち以外では米沢さんだけだ。俺のマンションに爆薬が仕掛けられたのも、あそこに俺が引っ越している事を彼女が報告したからだろう。
 俺の転校と同時に彼女を俺に接触させたヤツ。それが内通者だ。
 そんな事ができたのは・・・。米沢さんの隣の席を空けておくことが出来た人物は。
 あの禿げた教師、担任の古谷しかいない。
「あの禿はもう警察署にいる。俺が昼間通報した」
 あいつはニチバの一味ではなく金で買収された人間らしい。ほっといても消されたかもしれない。まぁかえって助けてやったうちに入るかもしれん。
 この場所で取引が行われる事を知ったのは、否これも違う。ここで行われると彼らに思わせたのは三郎の情報の賜物だ。
 FMシーの藤代は恋愛相談のコーナーで客を探すと同時に電波を使って次の取引場所を連絡していた。
 三ツ沢アナによると藤代はコーナーの最後に「どこかに行きたい」とか「待ってる」とかいう一文を台本に書いていたそうだ。これが取引場所を知らせる暗号になっていた。過去の放送内容から裏を取るのは簡単だった。
 そこで三郎はここに集まるよう夕べ三ツ沢アナに一文読んでらったのだ。
 藤代が死んだのはここにいる誰もがニュースで知っていただろう。薬がもう買えないかも知れない。そう不安になっていた彼らは嘘の放送を疑う事なく食らいついてきた。
 売り手買い手が一網打尽だ。事件は解決に向かうだろう。
 解決? これが解決だろうか。
 米沢さんは肩を震わせ泣いている。俺は十分言葉を選んだ。
「心配するな。警察署長は俺のマブダチだ。顔は怖いが悪いようにはしない。道を外れたヤツには容赦しないが、道間違えた程度のヤツにはキチンと正しい道案内してくれる。そういう人だ」
 だが彼女は首を振った。
「だけど・・・みんな私が悪いんだよ。私のせいで風見君危ない目にあったし」
「俺は怪我一つしてないさ。気にするな」
 米沢さんの涙が溢れた。
「瀬里奈はどうするの? 私、友達面して、協力する振りして騙してたんだよ? 瀬里奈の仲間なんて殺されちゃったんだよ?」
 罪を償うなんて言うのは簡単だ。だが犯した罪はけして消えやしないし、消えちまった命は帰ってこない。
 俺はゆっくり穏やかに言った。
「謝るしかないだろう。俺も一緒に謝ってやる」
 彼女は被りを振った。
「謝る? 瀬里奈は謝ってくれたのに私は何食わぬ顔して優等生みたいな顔して付き合ってたんだよ」
 米沢さんは嗚咽して言葉を詰まらせてから続けた。
「瀬里奈は私のために・・・何でもしてくれたのに・・・。私は瀬里奈の足引っ張るばっかり」
「瀬里奈はああ見えてこの世の闇を見て育ってきている。麻薬の怖さは知っている。きっとわかってくれる」
「わかってないよ、瀬里奈は強がってるけど繊細なんだよ。今までだってずっと傷ついてきてる。それなのに・・・」
 それもわかっている。しかし俺はもう言葉が継げなかった。
 自らの将来への不安より友達を騙したことに泣いている少女に嘘の慰め並べたところでどうなる。
 俺は俯いて泣く彼女と逆に天を仰いだ。
 月は大きく明るい。
 一撃で人を殺す事は出来てもこの娘を助ける事はできない。
 所詮俺はその程度の男か。
 何を今更・・・。

 会社に戻り仲間に報告を終えると俺はマンションに戻った。この仕事はそろそろ決着がつく。嫌な決着になりそうだが。
 ベッドの上で瀬里奈にメールを打つ。
「麻薬の件は大体けりがついた。詳しくは明日話す」
 どんな顔して?
 担任とクラスメートが欠けた教室で俺はどう説明する。
 そんな事は会ってから考えればいい。
 おやすみまで入力したら次変換候補に「CHU」が出た。
 入れるかどうか真剣に悩んでいたところ。
 メールだ。知らないアドレス。
 ウイルスの可能性もあるが開けてみる。
「警告は聞いてもらえなかったようだね、麻薬の販売については1からやり直さなければならないようだ。君の勝ちだよ。だが我々にも面子がある。少しはやり返さなければ他の者に示しがつかない。君の大事なガールフレンド、しっかりガードする事だね」
 俺は即座に瀬里奈に電話し、念のためジュンにも連絡した。三郎たちにも非常コールをかけ二人の元に走った。
 
二人とも学生寮で無事だった。ルームメイトには口止めして二人ともBIG・GUNに保護する事にした。
ジュンと瀬里奈を同時に俺の車に乗せるのはどうも居心地が悪い。会話もままならない。かといってここで「コンビニのスイーツって侮れないよねー、寄ってく?」とも言いづらい。
二人ともかしこい娘なので余計な事は聞かないでいてくれるのが救いだ。
と、意外なことに瀬里奈から口を開いた。俺に対してではなくジュンにだ。
「巻き込んじゃったな・・・ごめん」
 ジュンもちょっと驚いたようだがすぐに返事した。
「いえ気にしないでください。ケンちゃんといるといつもこんなものだし」
 ええまぁ。
「それに巻き込んだのってケンちゃんみたいだし」
 うん、そうだね。うんうん悪いのはいつも俺だよ。お前の中じゃな。
 バックミラーで瀬里奈の表情を見ていたが何故かこいつも驚いた表情を見せた。
 驚いたのはジュンの反応なのか、それとも。
車内で俺は考えていた。
何故わざわざ警告を入れた。俺への報復なら抜き打ちでやればいい。俺に二人を助け出す時間までくれた。
ヤクザのやり方じゃない。
やはり・・・なのか。
会社に到着するとジムたちが待っていてくれた。
二人が怯えないよう気を使ってくれたのだろう。ジムは普段よりさらに暖かい顔で、三郎もいつもの仏頂面ではなく笑顔で迎えていた。いや、こいつは女の子にはいつもこういう顔なのか?
ジュンはにこやかに二人に久しぶりーと手を上げまさに勝手知ったる人の家、とっとと2階の居間へ駆け上がっていった。
あいつだって怖いだろうに。
 俺達も続いて2階にあがる。居間のソファにつく前に俺は瀬里奈を呼び止めた。話しておかなくちゃならんだろう。
「麻薬の件だが大体けりがついた」
 さっき打ちかけたメールと同じ文章だ。気がきかない。
 だが非常に重要な事を言ったのに瀬里奈の耳には入らなかったようだ。慌てて大声を出した。
「そうだ、早苗は?! 早苗も連れて来なきゃ!」
 俺はドウドウと静めながら言った。
「米沢さんは大丈夫だ。既に警察にいる」
 このやろう、ますます話しづらくなったじゃないか。
「そうか、よかった」
 ほっと肩をおろす瀬里奈。
「で、麻薬にけりがついたってどういうこと」
 聞こえてたのか。
「ああ、さっき学園内の内通者と大勢の買い手を捕まえた。今警察で取調べ中だ。この販売ルートはもう使えないだろう」
 この脅迫メールはそれの報復とは付け加えなかった。
「そうか・・・」
 さらにほっとしているようだ。喜びではなく安心。やはり怖かったのだろう。だが俺にはさらに報告しなければならないことがある。
「ただその中に・・・」
「ん?」
 切れ長の瞳が俺を見つめた。向けられた真摯な視線に俺は躊躇してしまった。それでこんな言葉でごまかしたのだろう。
「まぁ、夜食でも食いながら話すか」
「じゃあ私なんか作るよ!」
 元気な声が返ってきた。
俺の言葉に反応したのは目の前の瀬里奈ではなく階段の上にいたジュンだった。
我に返って戦慄した。
三郎が無言で俺を睨みつけている。事情を知らぬジムは嬉しそうに手伝うよなどと言っている。
しまったぁぁぁ! 墓穴ほっちまったぁぁぁ!
ジムは知らないのだがジュンは料理が好きだ。手際も包丁さばきも光るものがある。
しかし決定的な弱点があるのだ。
やつは天性の味覚おんちで味付けが目茶苦茶なのだ。
以前知らずに食わされた事があるがトラウマになるほどの料理だった。あれをもう一度食わされるのは遠慮したい。
俺は打開策を練った。
視界に黒髪の美人が入った。
「瀬里奈! お前も手伝え!」
「私が?!」
 瀬里奈は固まった。
 ぬ、まさか。
 俺は顔を近づけて小声で聞いた。
「料理苦手?」
 すると瀬里奈は赤くなり唇をかみ締め涙ぐみ始めやがった。
 しまったぁぁぁぁ、今度は地雷踏んじまったぁぁ!
 成す術なく立ち尽くす俺。すると一人の男が動いた。
「ジュン、今ある具材だとチャーハンくらいしか出来ない」
 またチャーハンかい。前回の地獄料理もチャーハンだった。
「うちのチャーハンはレシピが決まっている。これに忠実に作ってくれ」
 三郎はさらさらとメモる。それを覗き込みながらジュンが「細かいのね?」と首をかしげた。
奴は瀬里奈にも声をかけた。
「松岡さん、後ろからこのメモ読んであげてくれないか?」
 瀬里奈が、え? と顔を上げる。
「大丈夫、一人で出来るから休んでてください」
 ジュンは瀬里奈に微笑んだ。瀬里奈の表情がまた強張った。俺はダッシュでジュンに近づき小声で話す。
「気を使え、何かやってた方が気が紛れるだろう。あいつは結構繊細なんだ」
 ジュンは「ああ」と言って頷いてくれた。
「やっぱり手を貸してもらえるかな、なんか細かいから覚えられないや」
 瀬里奈は一瞬目を反らしてから「ああ」と応じてキッチンに向かった。
 ジムも「俺も手伝うよ」とキッチンに入っていった。働き者である。
 三郎は居間のソファの隅に既に座っていた。その一番遠くに俺も腰を下ろす。
「貸しだ」
 こっちを見もせず野郎はつぶやいた。
 うるせぇよ。
 第一級の美人さん達がキッチンで働く後姿。気分よく眺めさせろや。
 待つことしばし。香ばしい香りと共に山盛りのチャーハンが俺達の前に置かれた。一人ずつには盛られず小皿に好きなだけ取れというバイキング形式である。
 さすが三郎のレシピで作られただけあり見事な出来栄えだった。ジュンに料理させる時はこの形式でいこう。
 瀬里奈は俺の隣に座っていた。箸を伸ばそうとはしない。ジュンはと言うと自ら作ったチャーハンに舌鼓を打っていた。「さっきのレシピちょーだい」などとはしゃいでいる。ちなみにヤツは三郎の隣に座った。なんかむかつく。
 食事半ばで瀬里奈から切り出した。
「いい子だね」
 ジュンの事だろう。何故か即答できなかった。
「ああ」とだけ答えた。
「かわいいし」
 まぁね。
「スタイルもいいし」
 瀬里奈はさっきまでとは違う感じでブルーになっていた。視線がジュンの胸元に行っている様だ。ジュンは童顔で背が低い割に発育がいい。対して瀬里奈は背が高くスタイルはいいのだが・・・まぁスリムタイプだ。こいつはコンプレックスを溜め込むタイプか。ここは一つ慰めてやるか。なるべくシリアスな顔でしっかりと告げる。
「大丈夫だ瀬里奈。Aカップにだってちゃんと需要はある」
「B!」
 真っ赤になって立ち上がりやがった。
 松岡瀬里奈さんはBカップで確定の赤ランプ。
 一同の視線を集めた事に気づき瀬里奈は座りなおすと俺に小声で言った。
「誘導尋問ね、このスケベ」
「なんの事でしょう」
 おれは少し励ましてあげただけです。
「そうよ、ただのスケベよ、こいつ」
 テーブルの向こうから金髪の小娘が割り込んできやがった。だれがこいつだ。
「大人の会話をしているんだ。口を出すならバストが身長の半分を超えてからにしろ」
 するとジュンはちょっと寄り目で天を仰いだ。暗算をしているようだ。
そしてこうつぶやいた。
「もう少しか・・・」
「もう少しなの?!」
 瀬里奈が変なところで食いついた。まぁあなた身長あるからね。
 どうしたらいいんだ・・・。もう収拾がつかない。
「二人とも情報公開はそのくらいにして食べないか? おいしいよ」
 ジムはチャーハンを口に運びながら笑った。ジュンは頭をかきながら「そうだねー」と応じた。
 瀬里奈は一息ついて、またつぶやいた。
「本当にいい子だね」
「もうやめとけ」   
 俺がまじめに言うと、ちょっと沈黙が走り瀬里奈はごまかすようにチャーハンに眼を落とし一口食した。
「料理もうまいし」
 それは誤解。
 少しの間のあと、瀬里奈は落ち着いて口を開いた。
「さっき言いかけたの何。その中にって」
 蒸し返したか。言い出しにくい。しかし伝えなきゃならん事だ。
「麻薬を買っていた連中の中に・・・」
 その時俺の言葉を中断させる物が聞こえた。
サイレンだ。
「ちょっと待て」
消防ガイドに電話する。こんな時にと思うかもしれないが俺は消防団員だ。それになんとなくだが助かった、という気もした。
 消防ガイドは無人電話サービスで市内の災害情報をほぼリアルタイムに教えてくれる。
「*町*丁目、特定建物火災、が発生しています」
 特定建物火災とは学校病院など大勢の人間が利用する建物の火災の事だ。そしてこの住所にあるその手の建物といえば。
「ピース学園だ。火事だ」
 瀬里奈から安どの表情が消えた。タイミングからして俺達と無関係とは考えにくい。
 メールが入った。消防団員への出動メール。
「俺は火消しついでに現地を見てくる。お前はここで仲間と待て」
 3階の自室に消防団の活動服がある。俺は階段を駆け上がろうとした。そこに電話が鳴った。俺じゃない。瀬里奈だ。
 出た途端顔面が蒼白になった。
「アスカ! どうしたの!」
 瀬里奈は電話を耳につけたまま震えてへたり込んだ。駆け寄って電話を取り上げる。
 耳に当てると地獄が聞こえた。
「熱い! けむりが! たすけて!」
 アスカの声だ。それだけじゃない。他の4人、海城や神明,大岩の悲鳴、怒声も聞こえる。
「どうした、学校にいるのか?! にげろ!」
「あかない、まっくら、こないで!」
 返事は無い、パニック状態か? いやこの音声の入り方は。
 送信先を見る。不明だ。連中からの電話じゃない。部屋にあるマイクが拾った音だ。
 くそ、ここまでやるか?! 火に巻かれた仲間の声をわざわざ瀬里奈に聞かせたのか!
「助けに行く」
ジムに瀬里奈を任せ俺は駆け出した。

 消防団とは消防士と違い本職を持ち余暇を利用して訓練や今回のような災害出動をして本職の消防士を助ける団体だ。俺はこの春から参加した新入団員である。
 消防車や詰め所のある消防小屋はうちのすぐ裏手にある。
わが街の消防団は22の分団に別れ各地区に配置されている。近所にあるのは当然なのだ。
駆けつけると既に集まった先輩たちが耐火服に着替え発進準備を進めている。俺は分団長に燃えているのはピース学園で中におそらく4人の生徒が取り残されていると伝えた。
分団長は疑う事も何故知っているのかとも聞かず消防車に備え付けられた無線で本署に報告。仲間たちを乗せ消防車を発進させた。
旧規格の軽自動車を改造し無理やりポンプやホースを積んだ消防車は狭い。後ろ二人はホースをくぐって乗り込むほどだ。俺はその屋根すらない後席に座り現場に運ばれていく。
考えてみると初めての出動だった。
消防車は闇を切るように赤色回転灯をまわし、マイクで警告しながら赤信号も突っ切っていく。
はたから見ている限りではうらやましく見えた行為だが実際にやってみると怖いものだ。
踏み切りを越え学校に近づくと空が夕日のように赤く染まっていた。夜の闇の中にぶっとい煙も
「大火事だ」
 隣の先輩がつぶやく。緊張がありありと伝わってきた。
 すでに多くの消防部隊が集結し消火活動を行っていた。分団長は近くまで行く事を断念し、車を止めて現場に徒歩で走り他の隊を支援する事に決めた。
「いくぞ」
 念のため筒先を担ぎ分団長は走り出す。俺達も続く。野次馬を掻き分け、学校内に入る。
 巨大な火柱があった。
 予想通り北の倉庫だった。
 これだけの炎を間近にすると恐ろしいものだ。死線を潜り抜けてきた俺でも判断力が衰えているのがわかる。
 分団長はすでに放水を始めている仲間を発見すると駆け寄って交代した。
 運動神経は鈍いが生真面目で勉強熱心。なにより責任感が強いリーダーだ。俺は素直にその後ろに従い夢中で消火活動を手伝った。
 考えている事は唯一つ。
 中にいると思われる4人の不良たちの安否。
 俺の人生初めての弟子たちだった。
 
 撤収命令が掛かった。
 消火活動は朝までかかった。
 幸い他の校舎への延焼は防げたが倉庫は全焼してしまった。
 被害者は4名。遺体の損傷が激しく身元の確認は取れていないが恐らくあいつらだろう。
 俺は分団長に現在ここに体験入学している事、連中が知り合いな事、連中から救援要請の電話があった事を伝えた。
 彼は気を落とすなと言ってくれたが明らかに自身が落胆していた。
 ここで消火活動を行った誰にもこの火災の責任は無い。
 それでも全焼、死亡4名だ。誰もが敗北感を感じていた。
 消防士とはそんなものだ。
 引き上げの準備に掛かった時、立ち尽くす生徒会長葉山を見つけた。分団長が気づき「知り合いか?」と声をかけてくれ、行けと言ってくれた。
「すまん・・・白井」
 会長はまだきな臭い現場を見つめながら誰かに詫びていた。俺が近づくと顔を上げ「風見か」とつぶやいた。
「すみません、これは俺のせいかもしれない」
 俺は本心から頭を下げた。反応は予想と違った。彼は静かに笑った。
「いや君のせいじゃない。散々絡んで悪かったな」
 今まで聞いた事のない穏やかな声だった。彼は俺から目を反らしまた燃え跡を見つめた。
「悪いのは麻薬なんぞを学校に持ち込んだ卑劣な大人だ。しかし俺達には結局何も出来んのかな」
 会長の表情には諦めの色が見えた。あの強気な男はどこに言ったのだろう。
「あの、白井ってのは白井健吾ですか」
 会長はまた俺を振り返った。
「聞こえちまったか。そうさ、不良グループのリーダー。元をつけなきゃならんのかな」
 瀬里奈をかばい麻薬事件を警察に訴え、内通者デーブに暗殺されたリーダー。会長と知り合いだったとは。
「あいつとは昔から友達だった。派手なあいつと地味な俺。共通点など無かったが不思議とウマがあった。この高校に二人で入学した時、無気力でただ時間が流れていくだけのこの校風に俺は呆れた。俺までそうなりそうになった。そんな時あいつが肩を叩いて言ってくれた」
 お前生徒会に入って上からこの学校直せよ。俺は出来の悪い奴ら集めてここにも少しは楽しい事があるって教えてやるよ。
「それで生徒会長と不良グループのリーダーに」
 会長は2度頷いた。
「だが俺は何も出来なかった。なんの改革も出来なかったし、あいつを助ける事も、あいつが可愛がっていた仲間を守る事も」
 会長は、いや葉山は泣いていた。無力感、挫折に。
 今の俺とどこが違うのだろう。
 そう考えた瞬間、俺の口は勝手に開いていた。
「まだできる事はあるでしょう」
 俺の中のどこにこんな建設的な俺が住んでいたんだろう。
「球技大会、成功させませんか」
 葉山はさすがに顔を上げた。
「この状況で球技大会を?」
「卑劣な大人なんかに負けない。そう発信しましょう。FMシーに知り合いがいます。ニュースで流してもらって大々的にこの街に宣言しましょうよ」
 葉山は笑った。おもしろい奴だ、と。
「君を疑ってすまなかった。君の噂は前から知っていた。よくないほうの噂だ。麻薬事件を白井から聞いていたからてっきり関係者だと思っていた。だが小森先生から昨日誤解だったと聞いたばかりだ」
 意外な名前だった。
「小森先生は白井の担任だったんだ。教え子を失ってピリピリしていた。あいつが麻薬に手を出したなんて微塵も信じていなかったんだ。それで俺と同じように君を疑い見張っていた。だがその会話をたまたま聞いてしまった君の知り合いの生徒が誤解だと強く説明してくれた。そして昨日の教師の逮捕だ。君が警察に協力してくれたそうだね。それでようやくその生徒が正しかったと我々は知ったんだ」
 俺を擁護した生徒。小森教官と接触したヤツ。
 あいつしか思い浮かばない。あのやろう、そんなこと一言も言わなかった。
 葉山は言い終えるとシャンと背を伸ばし元の生徒会長に戻っていた。
「球技大会の話、面白そうだ。必ず教師たちを説得して開催してみせる。君も出場するのか?」
「ええ、どうしても栄光額を見せたい人がいて」
 たとえ写真だけでも。
「がんばってくれ。だが栄光額はそう簡単には手に入らないぞ」
 爽やかな笑顔だった。はじめて見たが笑顔だとなかなかハンサムだ。
「ありがとう、気力が満ちてきたよ」
 葉山会長は校舎のほうへ去っていった。
 俺も帰ろう。あいつに報告しなければならない。

 会社に戻ると瀬里奈は俺の部屋に閉じこもっていた。
 俺があれほど躊躇した米沢さんの件はジムが代わりに語ってくれたそうだ。すまない、いつも面倒な役ばかり。
 だが俺はもっと悲惨なことを報告しなければならない。こればかりは俺がやらなければならない。
 2階の居間でジュンも心配げにこちらを見ていた。お前への話は後な。
 ノックして入る。瀬里奈はあれほど嫌がっていた俺のベッドの隅に小さくなって座っていた。
「大丈夫か」
 こんな言葉しか思いつかなかった。
 返事はやはりない。
 構わず話し続けることにした。
「米沢さんはお前に嘘をついていたことを後悔して心配していた。麻薬の力ってのは恐ろしい。どんなに意志が強くても抵抗できるものじゃない。麻薬に踊らされてお前を騙していた彼女は本当の米沢さんじゃない。それはわかってやってくれ」
 返事はしなかったが瀬里奈は小さな声で話し始めた。
「なんで麻薬なんかに手を・・・」
「さあ、それは本人から聞くしかないが彼女は活発な子だ。ある程度楽しい高校生活を夢見て入学してきたんだろう。それがだらだらした校風に絶望していた時、魔が差したんじゃないかな」
 座ったまま、まるで動きもせず瀬里奈は続けた。
「なんでそんな具体的なことを」
「そういう男にさっき会った」
 また沈黙。
「その人はどうなったの」
「白井健吾って友人に助けられたそうだ」
 お前も助けてやれ・・・。とは言えなかった。今こいつにそんな力は無い。
「リーダー。やっぱり偉いんだね、あの人」
「ああ」
 できれば会ってみたかったな。瀬里奈はハッと目を上げた。
「みんなは?! どうしたの」
 おれは即答した。詰まったら、また言えなくなると思っていた。
「北の倉庫の火災現場から遺体が4つ発見された。今わかってるのはそれだけだ」
 瀬里奈の顔が見る見る崩れた。その瞳に涙が溢れる前に瀬里奈はだっと俺に駆け寄り肩にすがって俺の胸に頭をうずめた。
 美しい黒髪が甘い香りを漂わせながら俺の眼前で震えていた。
「もうやだよ」
 その肩に手を置いてやる事もできず呆然と立ち尽くす俺自身を俺は嫌悪した。
「たすけて・・・」
 瀬里奈は小さく言った。そしてもう一度。
「たすけて、ケンちゃん・・・」
 あの頃の瀬里奈、トヨタセリカそのものだった。
 こいつは確かに俺をそう呼んでいた。あの別れの時もそう言って俺に手を向けた。だが俺は何も出来なかった。何も言えなかった。今と同じで。
 だが怒りは湧いてきた。瀬里奈たちを翻弄した黒幕に対しどうにもならないほど怒りがこみ上げてきた。
 ここまでやるのか。
 ゆるさねぇぞ、松岡。

「Jr.、私は立派な人間などでは無い。私はただの・・・」

 クナイト・バーン、俺の兄貴だ。
 名前で解るとおり義理の兄である。
 松岡と並び親父の片腕と呼ばれた男「ルーク・バーン」の息子で、幼い頃両親を亡くした時、当時子供に恵まれていなかった親父夫婦が養子として引き取った。
 元々の天賦の才と親父の教育そして何より本人の努力で今では親父も一目置く組織の重鎮。跡継ぎだ。
 もう解っていると思うが俺の親父はヤクザのボスだ。代々のボスではなく親父の代で起こしたファミリーだ。
 それでもこの国で指折りの組織となったのは親父の圧倒的カリスマによるものだ。
 血生臭い暗黒街とは言ってもヒットマン、暗殺者からボスに成り上がったのは親父だけだろう。邪魔な相手を全て消す。恨みすら買わないほど根絶やしにする力と冷酷さ。そんなやり方で親父は一大組織を作った。
 それでも命が繋がったのは親父の圧倒的な戦闘能力だ。
 超人とまで言われた伝説の殺し屋。BIG・Kと呼ばれる男、それが俺の親父だ。
 クナイトはその跡継ぎとして全く申し分ない。
 知力、求心力、なにより親父を越えたとまで言われる戦闘能力。組織の後継者として文句を言う奴は誰もいない。
 俺さえ生まれなければ。
 まぁ今うちの家庭のごたごたを語る必要は無い。
 俺は夕べの里森公園の後すぐに兄貴に連絡をつけていた。今回は代役なんて立てずに会ってくれと。その時点ではただ麻薬の一件にけりがついたと報告するためだった。しかし今は事情が変わった。
 兄貴は快諾して出てきてくれた。会社は今瀬里奈がいるのでパークホテルを指定してきた。
 パークホテルはこの街一番のリゾートホテルでサザエなんだか烏帽子なんだかに似た妙な形で海岸線にそびえている。海岸線は松の防風林が続いていて景色に変化が無いため、うちに帰ってくるときちょうどいい目印になる。
 火事なんか起きるとは予想していなかったんで朝9時に約束してあった。寝てないが約束は絶対に守る男なので10分前には着いた。
 ロビーの奥に銀髪の男が立っていた。やっぱり先に来てたか。
 俺が入ってくるとすぐに気づいて手を上げた。思ったより柔らかい表情だ。
「いこう、部屋を取ってある」
 長身180cm、広い肩幅、長い手足、たくましい胸板。見事な銀髪の下には人を射抜くような鋭い瞳が高い鼻と共に輝いている。
 ジェニーと二人並んで歩けばトップモデルだと紹介しても誰も疑わない。いや逆にただの会社役員と言っても誰も信用しないほどの美男子。
 それが俺の兄貴クナイト・バーンだ。
 これほど目立つ男がよく殺し屋なんか出来る。
「ちょっと話するだけに部屋を?」
 ここの宿泊代は一晩最低2万だ。
「なんなら一晩泊まっていってもいいぞ。女の子に囲まれているそうじゃないか」
 やっぱり俺の動向を知っているか。さすが兄貴だ。
 一人は牢屋、一人は泣いて寝込み、一人は元気だが手を出すと法律的にも倫理的にもまずい年齢だ。
 無駄な話をしている時間は無い。俺達は高級ホテルの最上階に上がった。よりによって高い部屋を・・・。
 部屋の眺めは見事だ。窓からは海が180度パノラマで眺められる。何人の女がこの部屋で落とされたのだろう。こんな時じゃなきゃな。
 応接セットに二人でかける。兄貴はタバコをやらないのですぐに話に入れる。俺から切り出した。
「護衛の二人は入れないのか?」
 ロビーに入った瞬間に視線は感じていた。
「気がついたか、さすがだな。伊達に今まで生き残ってきたわけじゃないな」
 兄貴は少し嬉しそうだった。
「教師がよかったからね」
「たしかに、な」
 兄貴は少し暗い顔になった。俺から見れば松岡は親子ほど歳が離れていて完全に師弟だが、10も年上の兄貴から見れば松岡は兄貴分だ。俺より感慨深くもなるだろう。
「俺とお前の会話に部外者を入れる必要は無いだろう」
 たしかに。一応兄弟だ。
 俺は本題に入った。
「松岡の件だが確認したい。本当に俺の判断でけりをつけていいんだな」
 兄弟ではなくビジネスマンとして話したので兄貴もそれに答えビジネス的に返答した。
「そういう契約だ」
「俺が親父なら俺に任せたりはしない。本当にいいのか?」
 兄貴は今度は答えず頷いた。俺は状況を報告する。
「松岡はニチバと組んでこの街に麻薬をばら撒いている。俺も兄貴も止めなきゃならんだろ」
「証拠は?」
 兄貴は眉一つ動かさなかった。
「ない。だが確信している」
 藤代が死ぬ間際に口にした名、それは「松岡 仁」だった。
 この時点では半信半疑だったが昨日逮捕された担任古谷も同じ事を言った。
 もう一つある。北の倉庫でドーピング野郎に襲われた時。
 ヤツは俺の動きを読んでいた。松岡ならできるだろう。
だが何と言っても確証的なのは。
「娘の瀬里奈だ」
 クナイトは眉を動かした。
「あいつは麻薬の取引を目撃しそれを告発しようとしていた。それが今回の事件の起こりだ。だがどう考えても不自然だ。正義感の塊みたいな人間ならともかく瀬里奈は基本的には臆病な人間だ。危険を冒してまでそんな事をしようとする理由が無い」
「どう繋げる」
 兄貴の目が狩人に変わっていた。
「目撃した取引の現場に松岡がいたんだと思う。麻薬取引をぶち壊し父親の蛮行を止めさせたかった。あいつならそうする」
「彼女に確認したのか?」
 俺は首を振った。とても聞ける状態じゃなかった。なんて言ったらぶん殴られるかな。
「お前それで人を有罪に出来ると思うか」
 返答不能。
「裁判なら確実に無罪だ。いや起訴にすらならない」
 どこまでも感情のこもらない冷静な口調だった。親父に似てきた。いや・・・。真似ているんだろう。
 クナイトは立ち上がって海を見た。広い背中、絵になる。
 兄貴は珍しく一息ついてから言った。
「・・・だが、俺達の世界では有罪だ」
 疑わしきは罰する。暗黒街の掟だ。
「情報が欲しい。兄貴も松岡が怪しいと思ってたんだろ」
 クナイトはそのままの姿勢で答えた。
「松岡が管理していた組織の金が消えた」
「松岡が使い込み、有り得ない・・・」
 松岡は生真面目で欲の無い人間だった。親父に信服して常に親父のためだけに行動してきた男だ。
 だが一つだけ思い当たる事が。
「金が消えたのは去年かその前くらいから?」
「そうだ」
「奥さんの病気か」
 松岡の奥さんが去年亡くなったのは前述の通り。難病を患ったらしい。俺はさらに続ける。
「治療費か」
 クナイトは振り返って頷いた。
「病院から裏を取った。治療に億単位の金が掛かったようだ」
 大金だ。しかし、いやしかし。
「ヤクザの大物だろ。そのくらいの金あるだろ」
 現にクナイトはちょっと話をするためだけにこんな部屋を借りている。ここは2万なんてものじゃない、10万はする部屋だ。それに駐車場にはフェラーリかアストンマーチンが停まっているはずだ。
「松岡は俺や親父に無駄に金を使えと常に言っていた。それが求心力を生むからと。しかしあいつ自身は組織に金を貯めることばかり考えて自らはまるで蓄えなんて持っていなかった」
 ばかな、だからって・・・。
「借りればよかったじゃないか、親父や兄貴に?!」
「俺や親父が松岡に金を貸すと思うか?!」
 兄貴の声が苛立っていた。自分に置き換えてみよう。
 ジムや三郎が金に困って俺に助けを求めてきたら俺は金を貸すだろうか。
「貸すわけが無い」
「当然だ、1億だろうが10億だろうが。足りなければ強盗してだってかき集めてくれてやったさ。話してさえくれれば!」
 常に冷静な兄貴が感情を露にするなど・・・。俺の母さんが亡くなった時だけだった。怒っているのではない。
悔しがっている。
「やぁ、松岡最近奥さんはどうした。顔を見ないな。その問いに松岡は娘のところにやっている。まだまだ子供で困るよと笑って言った。そんな嘘すら見抜けなかった! 俺のミスだ」
 なんだ? わからない。論理的じゃない。
「まて、親父や組織に迷惑かけたくなかった。だから相談できなかった。そんな男が使い込みっておかしくないか」
「不器用なんだよ! 人に気を使うあまり人に迷惑をかけてしまう。どこまでも不器用な男なんだよ」
 不器用の一言で説明がついてしまうのか? こんな生きる死ぬの話が。
 つく。松岡は正にそういう男だった。
「あいつは使い込んだ金を補填するために麻薬の販売に手を出した。逆かもしれん。麻薬の販売をするため手付金として大金を支払ったのかも。麻薬を手に入れるため当時傘下だったニチバを利用した。しかし悪党は人の弱みに付け込むもんだ。逆に脅され手下として利用された。松岡の人脈と知恵があればこの街で暗躍するのは容易い」
 おそらく瀬里奈を殺すと言われたんだろう。
「お前に連絡したのは娘を助けたかったからとニチバを潰して欲しかったから」
 そこでクナイトは言葉を切った。
「そして組織を裏切った自分を始末して欲しかったからだ」
 ぶるっと体が震えた。まだ、まだ違和感がある。
「やけに詳しく話すじゃないか。調べたのか」
 クナイトはじっと俺を見つめてから言った。
「松岡自身から電話があった」
「ふざけんなよ!」
 俺は思わず立ち上がった。
「そこまで知ってて俺に調べさせたのか!」
「相手は松岡だぞ!」
 クナイトも声を荒げた。
「いくら本人の言葉とはいえ組織を裏切りました。なんて言葉を簡単に信じられるか? 確信があれば俺達は人を消せる。だが松岡だ。家族だぞ! 自分だけの確信で殺せるか?! お前も自分の確信だけじゃ殺せないから俺を呼んだんじゃないのか?!」
 その通りだった。俺は松岡を殺す許可をクナイトにもらいたかった。責任を負って欲しかったのだ。
 クナイトはまっさらの状態で俺に調査してもらいたかった。そしてできれば松岡を許す理由を見つけて欲しかったのだろう。
 クナイトは幼い時に家族を失っている。
 それを拾われ真の家族同様に育てられた。家族というものに人並み以上の愛情を持っていた。
そして松岡は家族同様だった。
だが俺は許す理由ではなく殺す理由をもって帰ってしまった。
クナイトは落ち着いてソファーに戻った。大きく息を吸い言った。
「たとえ勘でも俺とお前があいつは有罪と確信した。十分だ」
 兄貴はもうためらわなかった。俺に告げた。
「殺せ」
 体に震えが走った。いつもこうだ。
殺しの依頼が来ると。
「俺はもう組織の人間じゃない。兄貴の命令は聞けない」
 震えを隠して返答した。しかし兄貴を騙せやしないだろう。
「契約した」
 クナイトは冷たく言い放ちやがった。
「松岡の件を収めるということだけだ。いくらなんでも始末しろは契約外だ。金も300万じゃ」
「後金はまだ払ってない」
 兄貴はさらりと言った。その声は既に商人だ。
「仕事が終わり次第もう300だ」
 沈黙。
「もう一度言うが俺なら人に任せないぞ」
 我ながら感情のこもっていない言葉だった。
「お前と俺達は別の人間だ」
 お前みたいにおセンチじゃないってことか。松岡の命を「仕事」と割り切れる。
「行け・・・松岡が待ってる」
 俺は大きく息を吸った。切り替える。感情をコントロールする。その方法は習った。
 松岡に。
「ニチバの連中と松岡が潜んでいそうな所は目星ついてるか」
「3箇所だ」
 クナイトはこの街の地図を差し出した。そこまで用意済みか。3つ印がついている。
「ボスの自宅」
 ここから西へいった場所。この街で一番地価の高い高級住宅街。
「事務所」
 駅南口から少し離れた辺り。
「ボスの別荘」
 これは・・・。
「全部は手が回らないだろう。ニチバの壊滅は俺がやる。お前は松岡をやれ。どこにいると思う」
「別荘だろう」
 クナイトは頷いた。
 松岡はどんな時も効率を考える男だった。仕事場の近くに潜んでいるのは間違いない。
 別荘はピース学園から1kmと離れていなかった。
「あとの二つは引き受けた」
「じゃあな」
 俺は早足でドアに向かった。その背にクナイトは声をかけた。
「いつ仕掛ける。今夜か?」
「今夜?」
 俺は笑った。
「兄貴にしては呑気だな」
 振り返って宣言した。
「すぐに行くさ」
「幸運を」
 兄貴は無表情に言った。また体が震えてきた。
 同時にひとつ考えが浮かんだ。
「松岡の奥さんが発病したのは一昨年位だったな」
「そうだ」
 だとしたら。
「俺が家出した頃だ。松岡は教育係として俺の家出に責任を感じて相談できなかった・・・ということは?」
 クナイトは冷たく答えた。
「そんなことは本人に聞いても答えてくれないな。だとしたらどうする」
「俺に松岡を殺す資格があるのか?」
「人殺しに資格が必要なのか?」
 正論・・・なのか?
「契約は成立した。プロとして仕事を果たせ。でなければ俺に命を狙われるだけだ」
 クナイトの目は本気だった。氷のような目。ギリシャ神話の神のような目だ。俺は今どんな目をしているんだろう。
「俺はプロとして仕事を果たす。自分の命が惜しいからじゃない。自分の判断で松岡を殺さなくていいと判断したら、あんたを殺してでもヤツを守るぞ」
 俺とクナイトの間に何かが走って揺れた。
「それで構わん」
「承知した」
 俺は部屋を出た。
 俺は今何をやっている。何をしようとしている。
 クナイトは俺が家を出るとき親父に言ってくれた。
「こいつが家を継ぐというなら俺は喜んで後継者の座を譲って全力でこいつを補佐します。だがこいつがそれを願わないなら、こいつのやりたいようにさせてやってください」
 松岡、もう一度だけ教えてくれ。俺は正しいと思うか?

 駐車場にはランクルが停めてあり必要な装備は既に搭載してある。三郎も乗っていた。
「場所はわかった。すぐにいくぞ」
 俺は運転席に着くなり言った。
 三郎は頷いたが発進を止めた。
「電話しとけ。あの子はジュンとは違う」
 ジュンの事件か。思い出したくも無いが。
 俺は携帯を出し瀬里奈に電話した。思いのほかすぐに出た。
「瀬里奈、黒幕がわかった。これからケリを付けにいく」
 電話の向こうで絶句しているのがわかった。
「お前のよく知っているヤツだ。お前は知ってたんだろ?」
 数秒の沈黙のあと、かすれるような声で問いかけてきた。
「殺す・・・のね」
 クナイトにはああは言ったが、気休め言っても仕方ない。
「ああ、そのつもりだ」
 また沈黙だ。そのあとの質問は俺には意外なものだった。
「あの子・・・あなたの何?」
 ちょっと動揺してしまった。あの子とはジュンの事だろう。
「あの子も狙われて怖いだろうに・・・なのに私を何度も慰めに来てくれた。私よりずっと年下なのに」
 言葉を少し選んでしまった。
「あいつはちょっと特別なんだよ」
「強いんだね・・・」
「ああ、だけどお前が弱いわけじゃないさ」
少し涙を拭く音がした。
「それで・・・あなたにはやっぱり特別な子なの?」
 俺は考えた。本当に考えたんだ。
「俺にとってアイツが何なのかは正直な話わからん」
 瀬里奈は涙声でクスリと笑った。
「それは惚れてるって事だよ」
 そうかな?
「メールで聞かれた事はあるが返事はしてない」
「ばかじゃないの?」
 そうかも。
「俺にとってアイツが何なのかはわからん。が、変な話だがアイツにとって俺が何なのかはよく知ってる」
「なに?」
 瀬里奈の声に「興味」が宿っていた。
「親の仇だ」
 瀬里奈はまた息を呑んだ。
俺はこの街でアイツの親父さんを撃った。
「あの子は知ってるの?」
「知ってるよ、多分な」
 なのに、ああいう態度なんだ。あいつは。
「私には・・・無理だな」
 それが答えだ。
「・・・普通そうだ」
 瀬里奈はもう返事をしなかった。
「じゃあな瀬里奈」
「・・・ケンちゃん!」
 呼び止める声が聞こえたが俺は電話を切った。
 悪いな瀬里奈。結局お前を助けられなかった。
 俺はただの悪党なんだよ。

 松岡を殺す。
 そんな事をして誰が喜ぶ。誰が望んでいる。
 誰もいないじゃないか。
 じゃあなんでやらなくちゃいけないんだ?
 この事件で死んだ5人の高校生のためか。
 ヤツのばら撒いた麻薬で身も心もぼろぼろになり今禁断症状で地獄を見ている連中のためか。
 そんなはずはない。そうかもしれない。
 今確かにやつの死を願っているのはたった一人。
 電話が鳴った。
 瀬里奈ではない。知らない番号。
「Jr.か?」
「よぉ、今度はゆっくり話せるか?」
 松岡本人からだった。
「会いに来てくれるんだろ」
 松岡の声は穏やかだった。教官だった彼のこんな声を聞くのはいつ以来か。
「そのつもりだ。今家か?」
「いや友達の家だ。大勢いてね。こちらからは会いにいけない。私がどこにいるか、わかるか?」
「いや皆目」
 一応とぼけた。
「意外と側にいるよ」
 やっぱりな。
「警察のお友達も?」
 松岡は苦笑した。
「彼は寝坊しているがね」
 デーブもいるのか。手っ取り早い。
「ここは引き払う事になると思う。早く来てくれよ」
「なるべく・・・な」
 電話は切れた。
 車を停め装備を身につける。街中だ。あまり目立ったものは持てない。アタッシュケースにミニウージーをしまう。
「そんな物本気で使う気か」
 瀬里奈の仲間たちが使うはずだったミニウージーサブマシンガン。今回のメインウェポンはこいつだ。
「もったいない」
 おれはさらりと言った。
 三郎はため息をついた。おセンチだろうが構わない。俺はこれを使いたかった。
 拳銃も一応確認する。ヒップホルスターにベレッタ。ショルダーホルスターに「安心毛布」が既に収まっている。
 三郎はギターケースを持っている。
 さて・・・行くか。
 俺は三郎に拳を突き出す。やつもつき返しコツンと音がした。
 車をするりと降りる。ここはピース学園の駐車場だ。今日は休み。人はまばらだ。
 俺は小走りに外へ。三郎は悠然と校舎へ向かった。
 
クナイトの情報は細かかった。
家の見取り図も勿論あった。土地は200坪以上。建物は平屋で40坪はある。
俺は裏口へ回り物陰に隠れる。裏庭は木が沢山植えられていて身を隠しやすかった。ウージーを取り出し予備マガジンを腰に取り付ける。ウージー本体にもサイレンサーを装着する。
さすがジム。ジャンクのウージーをただ直すだけでなく2丁をサイレンサー仕様に改造しておいてくれた。
音を消すサイレンサーは銃身の先に取り付ける円柱状のパーツだ。サイレンサー内部はいくつもの部屋に間仕切りされており発射されたガスがその中に入り減速する。
発砲した際の轟音は主に火薬の爆発音だ。それは火薬のガスが噴出す際に発生するのでこいつの流出スピードを抑えれば発射音は大幅に削減される。
サイレンサーの取り付けは銃身先にねじ山を切ったアダプターを取り付ければいいので簡単だ。改造も同じ。
しかしウージーの場合それでは音は消えてくれない。
ウージーの使う弾丸は世界的に最も流通している大型弾9mmパラベラムだ。
こいつの初速は音速を超える。物体が大気の中で音速を越えれば衝撃波が発生する。その際にやはり轟音がしてしまう。
打つ手は簡単。火薬を減らし音速を超えないようにすればいい。しかしそうすると今度は銃の動作が不安定になる。
ジムはばねの硬さを調節し弱装弾でも確実に作動するようこの銃をセッティングしてくれた。
出掛けに200発ほどテストしたが動作不良は0。音はこもっていて少し離れれば聞こえないほどだった。
俺はデジタルトランシーバーで三郎と会話した。アナログと違い盗聴はほぼ不可能だ。
「準備は?」
「いいぜ」
 トランシーバーなので通話は一方通行だがこちらが話し出すと送信、やめると受信に戻る。便利な代物だ。
 三郎は今ピース学園屋上にいる。
「駐車場にセダン2台。二人乗りのスポーツカー1台だ」
 10人はいると考えなきゃいかんか。
「ここから見える限り庭に3人だ。犬はいないな」
「よし始めよう」
 相手はヤクザだ。手加減はいらない。
 ミニウージーのスライドを引く。後ろまで下がってカチリと止まった。
 いつも使っているMP5なら手を離すとカシャンと前に戻り弾丸を薬室に入れて発射待機状態になる。これをクローズドボルトシステムというがウージー系はスライドがハンマーを兼ねる簡単なオープンボルトシステムの銃だ。構造は簡単だが命中精度では劣る。だが今日はせいぜい30mまでだ。問題ない。
 物陰から飛び出し低い姿勢で勝手口へ向かう。
 裏庭にも一人見張りがいた。木の影に入り構える。セレクターをセミオート(単発)に合わせる。
 トーンと遠くで音がした。火薬の音。見張りの男は一瞬どきんとしたがすぐに平静に戻った。学校の側だ。花火やら陸上部のピストルやら火薬の音はよくするのだ。
 俺は引き金を引いた。
 バシュッというガス音と共に弾丸は発射され男は倒れた。
 またトーンと音。もう一回はするはずだ。
 三郎が屋上から庭の三人を狙撃しているのだ。
 勝手口に取り付いた時もう一回鳴った。それっで銃声が止まったという事は一人一発ずつでしとめたという事だ。三郎なら当然か。
 俺はこういう時は頼りになる相棒に連絡を入れる。
「一人倒した。中に入る」
 三郎が状況を報告してきた。
「やつら気づいた。外に二人出てきたぞ」
「狙撃はもういいぞ。そこを離れろ」
 俺は指示して突入した。
 中はキッチンだった。広くて立派。とても一般住宅とは思えない。
 一人女中がいた。外が騒がしくなったので表のほうを見ていた。好都合。俺は背後から忍び寄り首筋を手刀で打ちつけ気絶された。すまんね、おばちゃん。
 見取り図では部屋は8個。この前はダイニングで左が書斎、ベッドルーム2。右が客間3、居間、応接間、玄関だ。建物はL字をしている。ここはLの角の部分。位置は悪い。挟まれる可能性がある。
 低い姿勢でそっとドアを開ける。居間から二人玄関に走っていく。その背中にフルオートで1射ずつ放つ。二人は前のめりに倒れた。そのまま居間の入り口に狙いを定める。
 何事と? と頭を出したヤツがいた。その後頭部へもう1射。脳漿が飛び散った。
 ここはここまで。立ち上がり勝手口から飛び出す。ウージーのマガジンをチェンジ。右へ走って書斎方面に向かう。後ろから俺を追ってくる物音が聞こえた。木陰に隠れ構える。
 勝手口から一人飛び出した。バカか。
 引き金を軽くスナップする。3発ほど発射され男は倒れた。
 最近のヤクザも劣化したもんだ。これじゃドーピングも必要ってもんだ。
 俺は壁伝いに進み庭を確認した。
 4人倒れている。もう一人は?
 殺気が走った。頭を引っ込める。側の壁がドンと振るえ銃声がした。庭に一人いる。三郎はもう狙撃ポイントを離れたのだろう。あいつは倒す必要は無いのだが・・・。俺は来た方へ引き返す。頭のいい奴なら追わずに逃げる。また裏庭の木陰に隠れて待つ。追って来た。だが慎重に建物の影から俺を探している。三郎に報告する。
「裏庭にいる。建物の影に一人」
「引き受けた」
 即座に返事があった。奴の仕事は信頼できる。
 時間をかけるのはまずい。銃声を聞いた誰かが通報するかもしれない。
 やつが少し前へ出た。撃つ。牽制だ。当たるわけは無い。だがヤツは引っ込んだ。ヤツも闇雲に発砲しだした。バカよせ。
 突然止まった。
 奴が前のめりに倒れる。三郎か。もう庭に着いたのか。奴の声が耳に届いた。
「庭は確保する。行け」
 俺はまた勝手口へ入った。
 もう人はいないはずだが、デーブがいなかった。注意しなければならない。念のためウージーを再度マガジンチェンジ。
 ベッドルームの前まで来た。ベッドルームが二つ並び一番奥が書斎のはずだ。
 いる・・・。
 体を壁に張り付けドアノブをそっと回す。ドアを開けたが反応は無い。人の声がするのに?
頭を低くしゆっくりと覗き込む。真っ暗な中にベッドが二つ並んでいる。そのうちの一つに誰か寝ている。
 寝息ではない。呻き声だ。鼻につく獣の匂いもする。こいつは・・・。
 ウージーを腰だめに構える。ベッドのヤツが気がついた。
 俺は発砲するより先に前方に飛んで伏せた。その頭上を巨体が通過していった。人間を越えたスピードと跳躍力。振り返り銃を撃つ。手ごたえはあった。しかしドーピング野郎相手だ。油断は出来ない。俺は構えたままヤツの動きを待った。
 果たして奴は反撃に出た。予想もしなかった動きで。
 デーブはただ立ち上がった。銃を構えている俺の前で。
 さすがに俺も唖然としたが、それも一瞬だ。
 ミニウージーをフルオートで放つ。全弾体に命中したが奴は物ともしなかった。防弾チョッキじゃない。痛みを感じていないんだ。
 奴が腕を振った。ベッド脇にあったスタンドが飛んできた。避けるスペースは無い。両手でガードした。すさまじいパワーだ。思わずウージーを落としてしまった。
 奴は突進して来た。ウージーに固執していたら俺は組み付かれて絞め殺されていただろう。
俺は横っ飛びベッドの上に跳んだ。デーブは目標を見失いそのまま壁に激突した。だがすぐに振り返り手刀を振り下ろしてきた。信じられない事だがベッドがへし折れた。ただ折れたのはベッドだけじゃ無い。奴の腕もボキリと言って変な方向に曲がった。だが奴は痛がるそぶりも見せず折れた腕を振り回してきた。腕に遅れて手首が鞭のようにしなってくる。
化け物め。
俺は飛びのいて腕をかわしショルダータックルをかました。力任せの攻撃の後はバランスを崩しやすい。奴は壊れたベッドに顔から突っ伏した。俺は素早くヒップホルスターのベレッタを抜く。間髪いれず奴がだらしなく見せた後頭部と首筋に正確に2発ずつ発砲する。
 麻薬中毒患者には肉体的ダメージより神経系の破壊。
 基礎知識だ。クナイトならきっと初弾で撃っただろう。反省しなきゃならん。
 デーブは痙攣もせずその場に崩れ落ちた。
 奴が立ち上がった時の目。焦点が合わず口から泡を吹いていた。
 強度のドーピングの副作用だ。おぞましい。
「待っていた、Jr.。流石だな」
 聞きなれた声がドアの向こうでした。
ぴょんと飛び起きドアに銃を向ける。
 ターゲットはゆっくりと両手を上げながら姿を現した。
 癖のある黒い髪、少し痩せ気味の知性ある顔立ち。青いYシャツにスラックス。以前通りダンディな、しかし少しやつれた表情だった。彼は表情にふさわしい気だるい声で言った。
「奥が私の部屋だ。そちらで話そう」
 俺の言葉は聞かず、かつての教官は来た方へ引き返していった。デーブの死体にはまるで目もくれなかった。

奥の書斎は狭い部屋だった。
 ベッドとデスクがあるだけの殺風景な部屋。
 窓は大きいがカーテンが締め切られているので薄暗い。
 人生最後の部屋としてはどうだろう。相応しいのか?
 部屋の主「松岡 仁」はデスクに座り俺にベッドにかけるよう薦めた。似たシチュエーションで、あんたの娘には断られた。俺も辞退しよう。
 部屋に入りドアから少し離れて立った。
 松岡は微笑んだ。
「出入り口の側、しかし廊下を背にしない。意識せずにやったな」
 俺の立ち位置に対するコメントだ。昔と全く変わらない口調だった。俺の返事は以前と変わっただろうか。
「あんたの教えだ」
 松岡は頷いた。松岡が話し出す前に俺が口を開いた。
「俺の質問が先でいいか」
 俺の無感情な声にも松岡は穏やかな表情を崩さない。
「もちろんだ。私に質問は無い」
「あんたは俺に瀬里奈を助けろと言った。しかし俺が瀬里奈と接触すると刺客を送ってきたり部屋に爆弾を仕掛けたり妨害工作をした。さらに瀬里奈を助けろといわんばかりに警告を入れた後、瀬里奈に仲間の断末魔を聞かせるなんて残酷な真似をしている。行動が無茶苦茶だ。どういう事なんだ」
 松岡はくすっと笑った。
「どう考えている」
 どうも訓練時代に戻っちまう。松岡はよく事件のシチュエーションを掲示してどんな可能性が考えられるか俺によく質問していた。判断力を高めるための訓練だったのだろう。
「一人でやっていたら狂人だ。ニチバのあんたを手駒にしようとしていた奴が強硬姿勢を取った。あんたは瀬里奈を守るために恭順の姿勢を見せながらギリギリの線で俺に情報を流すなどの抵抗をした。そんなところか」
 松岡は頷く。
「当たらずとも遠からず。いや正解と言っていいだろう」
「あんたを操っていたヤツは?」
「さっき君が殺した」
 デーブか。麻薬販売しようとして薬で死んだか。自業自得だ。
「もう回りにニチバのヤツはいない。瀬里奈も保護した。ここを出よう」
 だが松岡は首を振った。予想はしたが。
「私はここで死ぬべきだ。クナイトから依頼されているはずだ。仕事を全うしろJr.」
 だがすぐに引き金を引くわけにはいくまい。
「死ぬべき理由を聞こう」
 松岡は即答した。
「親友であり命の恩人であるケニーを、BIG・Kを裏切った」
「俺には納得いかない理由だな」
 ごめんで済むとも思えないが。
 松岡は続けた。
「娘に辛い思いをさせた。死ぬほどに辛い思いを。これは君好みの理由じゃないかね」
 それは俺にも許せないところだが。
「組織に見張られていたんだろ」
 松岡は首を振った。どういうことだ。
「君は私が刺客を放ったと言ったが違う。倉庫で君を襲ったのは私本人だよ」
 やっぱり。動きを読まれていた。俺に格闘技を教えてくれた松岡本人ならそれも可能かと思ってはいた。
「だが私ではもう君に太刀打ちできない。そこで奥の手だ」
 ドーピングか。
「デーブほど大量ではないが薬の力を借りた。結果は想像以上だった。私は一瞬とはいえ君を凌駕した。人の努力と才能がこんな物に負けてしまうかと思うと悲しい思いもしたが・・・」
 俺は後ろのベッドルームを指差した。
「デーブのあの様を見るとそんな事も無いと思うぜ」
 松岡はまた頷いた。そしてため息をつく。
「少し救われた気もするが、あれが自分の末路かと思うと恐ろしいな」
「それで俺に殺して欲しいのか」
「それだけじゃあない」
 松岡は右手をかざした。震えている。
「このまま生きていれば・・・瀬里奈を殺してしまう」
 なんだと?
「君は誤解している。君に瀬里奈を保護させ遠ざけた後、あの子の仲間を倉庫に呼び出し惨殺。あまつさえその死に様を娘に聞かせて君に報復したのはニチバじゃない。紛れもなく私なんだよ」
 自嘲気味に笑いながらの言葉だった。
「どういうことだ」
 わからない、松岡は瀬里奈をどうしたいんだ。助けたいんじゃなかったのか。
「どんな弱みを握られようと私が完全にケニーを裏切るなどありえない。組織の金に手をつけてしまったが必ず返すつもりだった。だが奴等は人を縛る術を知っていた」
「麻薬か!」
 麻薬の禁断症状はどんな強固な信念も捻じ曲げる。
「麻薬の禁断症状が出ると私は凶暴化する。愛する者ほど痛めつけたくなる悪魔に変わる。君に助けを求めたのはそれで娘を殺してしまうのが怖かったからだ」
 松岡は震えていた。彼には地獄を何度も味わされた。死んだほうが楽と思うシゴキを受けた。その鬼教官が今目の前で小さくなって震えている。
「クナイトには事情を話し私を殺す様頼んだ。しかしすぐには動いてくれなかった。彼は組織の総帥としてニチバと対決するほうが優先だったのだろう。それで私は君に頼んだ」
 松岡はまだ震えていた。かつては娘と同じ色だった髪は白髪が見え東洋人にしては堀の深い顔にはしわが増えていた。
 松岡はまだ40代のはずだが俺には老人に見える。
「Jr.、君は引き受けたんだろ。だからここに来た筈だ。さぁ、任務を果たせ」
 その老人が強い口調で言った。威厳ある教官のようにも、怯える麻薬患者のようにも聞こえた。
 松岡を殺す。
 確かに俺は仕事としてそれを引き受けた。
 2年前、俺は家を出た。
 母の死と中学卒業が契機だったと思う。
 父のようになりたくなかった。
 違法に人を傷つけ、周りに害をなし、それで生計を立てる。
 最低の人間になりたくなかった。
 そう言い訳をして俺は親父から逃げ出した。
 だが今の俺は何をしている。
 親父と同じじゃないか。金をもらって人を殺している。
 偉そうになりたくないといった人間に俺はたった2年で成り下がった。
 そんな俺が松岡を殺していいのか。
 体が震えてきた。
 ガタガタとはたから見てもわかるほど体が震えた。
 いつものことだ。金ずくで人を殺そうとすると必ず体が震える。怖くて仕方なくなる。収める方法はあるにはあるのだが。
 松岡は震えながら優しく笑った。
「それはまだ直っていないんだな」
 返事すら出来ないほど俺は震えていた。ガチガチと歯が音を立てた。
「恥じる事は無い。それは君が人間である証だ」
 松岡は嬉しそうだった。
「ケニーとは違う」
 偉大なるBIG・Kか。風見健、Jr.、俺は名前まで親父に引きずられている。
「俺は・・・親父と絶縁すると・・・言いながら・・・親父の手先として・・・」
 震えてうまくしゃべれない。
「あんたを・・・殺しに来た。親父と・・・あんたに・・・教わった・・・技をつかって・・・」
「見事な物だった」
 頷きながら言ってくれた。教官としての賞賛だ。
「俺は・・・親父の・・・手の平に・・・いる。親父の・・・呪縛から・・・のがれ・・・られない。親父には・・・およば・・・ない。そう、言いたいのか」
 教官は悲しげに首を振った。
「そうじゃない、Jr.そうじゃない」
 松岡は立ち上がった。
「君がたとえ親父さんと同じ行動をしようとも同じ過ちを犯そうとも君が判断してやったことなら、それは親父さんに縛られているということじゃないんだ。君は確かにまだ一人前の人間じゃないかもしれない。人の助けを、クナイトや親父さんの助けを借りなければならない事もあるかもしれない。が、それも君が親父さんの手の中にいるということじゃない」
 松岡は何かを堪えるように天を仰ぎ大きく息を吸った。
「君はBIG・Kに逆らった。誰もが恐れ反抗できない人間に逆らって家を出た。独り立ちした人間なんだよ。自信を持ちたまえ」
 松岡はまた一息ついてから引きつった笑いを見せた。
「君は私の自慢の弟子なんだよ」
 松岡は震える指で俺の左脇を指差した。
「持ってきてるんだろ? ルガーP08」
 ルガーP08。ドイツが1世紀以上前に制式採用した軍用拳銃だ。上部が尺取虫のように動くトグルアクションという特殊な構造を持っている。曲線を主体とするグリップ部と複雑な直線的メカニックを持つ上部の組み合わせ。機能美に満ちたそのスマートな概観は計算しつくされた美すら感じる。
 親父がくれた最初のおもちゃ。
 俺が人を殺した最初の道具だ。そして俺の安心毛布である。
 そいつは今俺の懐にしまってある。
 手が震えてベレッタを持っていられなくなってきた。俺は振りほどくようにベッドにベレッタを投げた。
「禁断・・・症状だ・・・。Jr.早くしてくれ」
 松岡は苦しげに言った。
「せめて・・・人として・・・死なせてくれ」
 松岡の顔面は真っ青だった。禁断症状のためなのだろうか。
それとも恐怖・・・なのか。
 俺は震える右手を無理やり懐に突っ込んだ。
 鋼鉄の冷たさと細かいダイヤ模様に刻まれた木製グリップの感触が手の平に伝わる。何とか握り締め引き出す。
 細身の銃身を持つ世界一美しい自動拳銃ルガーP08。
 上部の丸いトグルに左手の指をかけ力任せに引き上げる。尺取虫状に上部は折れ曲がる。中に薬室と世界で最も流通している弾丸9mmパラベラムが見えた。
 指を離すとシャキンと滑らかな動きでトグルは元の位置に戻り9mmパラベラムを薬室に送り込んだ。
 俺の震えはぴたりと止まった。
 ルガーに弾丸を装てんする事で俺の安心毛布は完成する。
 恐怖は全て消え失せ俺はただの殺し屋になっていた。
「言い残す事はあるか」
 厳しい教官だった松岡。
「娘は君と会って楽しそうだったか?」
 しかし訓練を成功させると顔をほころばせ常に褒めてくれた。
「再会してから笑った顔は見ていないが」
 俺を過小評価する者がいればいつも批判しかえしてくれた。
「君と引き離したあと、あの子は母も失い見知らぬ学校に押し込まれ孤独だったはずだ。虚勢を張って生きるしかなかったのだろう。遠くから見ていた事もあったがいつも辛そうだった」
 たとえ親父が相手でも盾になってくれた。
「その状況から助けてくれる者・・・それはもう君しかいなかったのだろう。あの子は時々君の店の側に来て店を見つめていたよ・・・だから親として最後に君に助けてくれと頼んだ・・・。娘の願いを一つ位叶えてやりたかった」
 いつも人の事ばかり考えて自分は損をする・・・そんな男だった。
 俺が松岡にかける最後の言葉は・・・考えたがこんな物しか思いつかなかった。
「あんたには感謝している」
 松岡はまた笑った。瞳に涙が見えた。
「よせ、私は立派な人間じゃない。私はただの悪党だ」
 松岡は俺の目を見て頷いた。
 俺はルガーを構えた。
 引き金を引く。
 その瞬間、松岡は変貌した。
 突如邪悪な表情になり俺の視界から消えた。左下へ飛んだ。感覚で解る。そちらに銃口を向ける。
 ドンっと左胸に振動がきた。
 飛びながら松岡は銃を抜き打ちしていた。
 松岡の銃はS&W M13。3インチのブルバレルリボルバー。
強力な357マグナム銃だ。
 松岡の勝ち誇った醜悪な笑み。
 だがそれもすぐ凍りついた。
 俺の放ったルガーの弾丸で。
 トグルジョイントが作動し空薬きょうを勢いよく上に跳ね上げる。左胸に赤い点を作りながら松岡は何故・・・と呻いた。
「あんたが357マグナム使いなのは知っている。防弾チョッキを少し増量してきた」
 BIG・GUN活動服とその下に着込んだケプラーのシャツで弾丸は辛うじて止まっていた。
 胸に痛みは走っていたが。
 松岡は仰向けにごろりと転がり、またさっきまでの優しい笑みに戻った。
「合格だ・・・。完全に卒業だよ、Jr.」
「Jr.はやめろよ」
「私にとっては・・・いつまでもJr.だよ・・・。瀬里奈を・・・頼む」
 勝手な事を・・・。
 松岡は止めを促すように頭をトントンと指差した。
 ルガーの引き金は、思ったより重くも無かった。

「Jr.、後は好きに生きればいいのさ」

 2週間後、ピース学園球技大会は開催された。
 思ったより大げさに開催された。
「麻薬による汚職、誤認逮捕、放火殺人など数々の苦難に屈せず、ここ私立ピース学園は本日大球技大会を開催し内外にその活力を示します!」
 FMシー、アナウンサー三ツ沢さんが中継にやってきていた。
 どうせならニュースで流してもらって派手にやろうと思い三郎を通じて取材に来てもらったのだが、やけに乗り気で今日一日張り付いて逐一経過を放送するらしい。
 高校の球技大会の内容何ざ誰が知りたがるんだろう。
 大体麻薬の拡販にFMシーも利用されていたし社員も噛んでいたはずだが、その事はスルーらしい。
 生徒が警察内部で口封じされ一人死亡、放火殺人で4人死亡。あまつさえ教師が共犯者として逮捕。普通なら休校だが、そこを乗り越え学校生活を復活させる。マスコミも世間も好みそうなネタという事か。ま、好きにやってよ。
「ただいまから球技大会「白井祭」を開催します!」
 生徒会長が高らかに宣言した。
 そもそもこの大会は死んだ白井健吾が発案したそうだ。その慰霊と敬意をこめて「白井祭」と名づけたそうだ。
 嘘でー。
 あまりにも白々しい嘘だが庶民好みではある。あっさり受け入れられて採用されてしまった。そういえばここはキリストのお膝元だった。先生方もこういう話はお好きなんでしょう。
 開会式のあと試合開始まで少し時間があったので俺は主賓としてお見えの名誉理事に挨拶に行った。
「こんにちは、鍵さん」
 学校関係者テントの一番前に背が高くがっちりとした体格の初老の人が座っていた。その傍らには黒い背広の青年が控えている。
 鍵さんは振り返ると立ち上がって俺に握手してくれた。東洋人にしては堀が深くハンサムだ。ややいかつい顔つきだが今はこの上なく優しい笑顔を湛えている。
「やぁ学校生活楽しんでいるようだね」
「残念ながら今日で終わりですが」
 1学期終了まで居座れるのだがいる理由がもう無い。その事はクラスの皆にも打ち明けてある。
 鍵さんはこの街に多くの土地と企業を持つ経済界の顔だ。市長以上の権限を持っているといえるだろう。ふとした縁で知り合いそれ以来何かと世話になっている。
 鍵さんは「まぁこっちへ」とテントから離れた。横にいたボディーガード黒沢さんも従う。
「今回もお世話になりました。俺の入学、口聞いてくれたんでしょ」
 鍵さんは「いやなに」と笑ってくれた。
「クナイト君とも以前からの付き合いだし気にしなくていい。こちらとしても礼を言っておくよ。私の学校から悪党を排除してくれたんだからね」
 今度は俺が「いえ」と言う方だった。
「4人も死なせちゃいました」
 その事に触れた途端、鍵さんの顔が険しくなった。凄みのある怒りの表情。どんなやくざでも尻込みしそうだ。
「君の責任では無いさ。だが奴らには責任を取らせる。私の子供たちに手を出しおって。私の目の黒いうちは奴らにこの街で商売はさせん」
 頼もしい言葉だ。この人が本気になればヤクザとておいそれと街に出入りは出来ないだろう。
 鍵さんの顔がふっと笑顔に戻った。
「ところで、どうだね学園生活は。もててるそうじゃないか」
 さすが情報網は凄い。
「ぼちぼちです」
 とごまかす。
「君がもたもたしているなら私が誘うぞ。最近社交ダンスにはまっていてね。彼女なら踊れるだろう」
 その彼女ってどれの事だろう。金髪のお嬢様だろうな、やっぱり。
 そこへバスケチームがやってきた。そろそろ時間か。
 俺は挨拶し失礼した。
体育館に向かう途中、駐車場で帰り支度の警察署長に会った。
警察は今日は悪者だ。何しろ白井を犯罪者扱いにしムザムザ殺している。普通なら恥ずかしくて顔なんか出せないが、この人は別のようだ。
開会式で鍵さんのあとに登場し深々と頭を下げ詫びた。
その上で関係者の逮捕を報告し麻薬の撲滅を誓ってくれた。
「よお、そうしていると普通の高校生みたいだな」
 エバンス署長、シェリフはダンディに笑った。
 失礼な。俺は普通に高校生だ、今は。
「ヤクザ間の派手な抗争があったが連中はこの街から手を引くようだ。まぁ安心してバスケに精出せ」
 あの日、俺が襲撃した別荘以外の場所でも派手などんぱちがあり大量の死者が出た。兄貴の仕業だ。その他にも補導された高校生たちの証言で小物たちも逮捕が相次ぎ事態は収束に向かっている。
 警察、経済、裏社会全て敵にまわしたニチバはもう駄目だろう。少なくともこの街では。
「お前のクラスメイトはそろそろ退院だ。初犯だし多分保護観察処分って事で済むだろう」
「細かい事までよく知ってるな。忙しいのに」
 その問いに、この街一番のヒーローは顔をしかめた。
「新しい秘書があれこれ情報を持って来るんだ。あいつ仕事しているのかな」
 新しい巨乳な秘書に振り回されているシェリフに思わず苦笑した。
 俺は手を振り別れを告げると体育館に入った。
 入ったとたんに甲高い声が俺を迎えた。
「新聞部です! 風見さん、調子どうですか!」
森野記者だ。お下げを弾ませて走ってきた。立ち直りが早い奴だ。やけに元気だな。
「まぁ馬体重は重めですがローテーションはこの試合一本に絞ってきましたし、勝ち負けのレースでは自信があります」
「競馬じゃないですよ?」
 む、よく突っ込んだ。なかなかやるな。
「お前は完全復活なのか? ハイテンションだな」
 森野は照れたように笑った。
「わかりますぅ? 実はまた気になる男性がいて」
 女ってのはこれだ。
「今度はどんな奴だ。タレントかスポーツ選手か」
 そういえば俺も今はスポーツ選手だな。
「近いです。ラジオで恋愛相談してる人なんですけど」
「・・・まさか北下三郎?」
 森野の顔がぱっと輝いた。
「知ってるんですか?! かっこいいですよねぇ、言いにくい事をズバッと言っちゃって。しかも真実を捉えているから心に響くんですよ」
 こいつはああいう男にしか引っかからんのか。
「ラジオじゃ顔わからないじゃないか」
 森野は指をチッチッとワイパーさせた。
「何言ってるんですか、ネットで配信されてますよ。風見さんの3倍はいい男です」
 てめーも言いにくい事をズバッと言うな。
「お前記者の癖にあいつが俺の相棒だって知らないな? 同じ会社にいるんだぜ?」
 森野の顔が本当にわかりやすくゆがんだ。
「ええ!? まじっすか?! 取材に行かせてください!」
来たら生卵ぶつける。
 俺は手を振って仲間を振り返った。
「待たせたな、今日で最後だがよろしく頼む」
 全員が頷いた。
 キャプテン野村が声を出した。
「よし、しまっていこう!」
 試合は楽しかった。俺達は快進撃を続けた。
 高校生活最後を飾るにふさわしい一日だった。
 瀬里奈と米沢さんがいて欲しかったが。

 時間はあの日に戻る。
 会社のガレージに帰ると細長い影がゆらりと立っていた。
 三郎に来ないように指示して俺はゆっくりと車を降りた。
「殺した・・・の?」
 影は瀬里奈だった。
 怒った表情をしている。いや怒ったとは違うかもしれない。
恨み、呪いその類か。
 その細い体の中でどんな感情が渦巻いているのか、俺にわかるはずもない。
「ああ」
 俺は事も無げに答えた。ひょっとしたらいつもみたいに薄笑いしていたかもしれない。
 瀬里奈の右手には銃があった。皆で練習したあの銃「チーフスペシャル」だ。
 銃が素早く持ち上がった。
 俺は軽く横へ飛びのきながらベレッタを抜いて撃った。
 瀬里奈はビクンと震えてひざまづいた。
「不意をつかなければ勝ち目は無い。そう教えたはずだ」
 俺は近づいて瀬里奈が落としたチーフを蹴り飛ばした。
 車から三郎が降り、一階からのドアからジムが出てきた。
 二人とも銃を持っていた。
 瀬里奈は右手を抱えうずくまったままだった。
 至近距離だ。抜き撃ちで銃だけ撃ち落すなど簡単だった。
 瀬里奈は泣いていた。
 もう他にできる事は無いのだろう。
 俺にもしてやれる事は何もないが。
 帰る途中、三郎は俺に聞いた。
「あの子がお前を殺そうとしたら、どうすればいい」
 即答できなかったが返事は決まっていた。
 俺は瀬里奈のために命がけで戦ったつもりだが、あいつのために死んでやる事はできない。
 俺はその程度の男だ。
 なにしろ、ただの悪党だから。

 次の日実家から瀬里奈に迎えが来た。あいつは両親を失い天涯孤独だ。したがって実家とは俺の実家だ。とりあえずもう夏休みだし兄貴が預かると申し出てくれた。
 朝来てくれればよかったのに夜まで待たされた。あの後瀬里奈は一言も口を聞かなかった。
当たり前だがな。
兄貴本人が来るとは思っていなかったので兄貴のアストンマーチンが現れた時は少々驚いた。しかし車から降りてきたのは銀髪のハンサムではなく金髪の大美人だった。
唖然としていた俺にジェニーは車と自分を交互に指差し問いかけてきた。
「どっちが魅力的?」
「くれるんならそっち」
 俺はアストンマーチンDB7を指差した。ボンドカーにもなった超高級車だ。フェラーリなんか遥かに格下。
「失礼ねー。でも凄い車よね。このビルとどっちが高いかしら」
 あんたのほうがよっぽど失礼だ。だがいや待てどっちが高いかな。
 金の話が出たところでジェニーは「そうそう」と車内からバッグを取り出した。
「お仕事お疲れ様でしたー」
 場違いに明るい笑顔を見せると俺に茶封筒を差し出す。
 開けてみると小切手だった。また7桁の数字。後金って事だろう。まぁそれはそれとして。
「何で茶封筒なんだ」
 ジェニーは笑って答えた。
「大金裸で持ち歩くの怖いじゃない?」
 いや、だからってなんで茶封筒。まぁいいか。
 ジェニーは俺の肩越しに瀬里奈を見て小声で言った。
「フィアンセ可愛いじゃない?」
 瀬里奈はジェニーを見て少しほうけた顔になっていた。まぁそのくらいの美人だからな。
「よろしく頼むぜ」
 俺はちょっと真面目に言った。
 ジェニーはそれに「大丈夫」と胸を張った。
「クナイトったら、あの子は妹だ。心配するなって伝えろって」
 兄貴は情の厚い男だ。もとより心配はしていない。
ハンサムすぎるのでそっちの方面では心配だが。
「かっこいいわよねー、でも私の前ではちょっと可愛いのよー」
 クナイトの話題になった途端、クールな表情が突然俗っぽくなった。
 すみません、のろけなら他所でやってもらえますか。
 ジェニーはまた俺に顔を近づけた。
「本当にクナイトの妹にしちゃえば?」
「ノーコメントにしとこう」
 すると綺麗な顔が悪戯っぽく笑った。
「金髪の子も可愛いわね、あっちが本命なんでしょ。おねーさんにはお見通しよ」
 お見送りの中にジュンもいた。瀬里奈に何か話しかけている。
「何を根拠に」
「私にちょっと似てるじゃ無い? やっぱり兄弟よねー、女の好みも似ちゃうのね」
 言われてみると二人とも金髪だし雰囲気がなんとなく似ている気もする。姉妹と言えば疑う人はいないだろう。テレビでよく見る謎のゴージャス姉妹よりはずっと似ている。いやそんなことではなく。
「兄貴とは義理の兄弟だが?」
「確かにそうでした」
 ジェニーは今度は大人っぽく笑った。ちーとも勝てないな、この人には。
 去っていく前に瀬里奈は俺達一人ひとりに礼を言った。
「ジムさん、優しくしてくれてありがとう」
 ジムは恥ずかしそうに頷いた。
「三郎さん、ラジオ聞きました。歯に衣着せない言葉っていいですね」
 三郎は何か答えたようだが聞き取れなかった。
 最後の一人に瀬里奈は特に感慨深げに話しかけた。
「ジュンちゃん、私もあなたみたいに強くなるわ」
 ジュンは照れ隠しにえへへと笑っていた。
 こいつは今回色々暗躍していたな。まぁ、ありがとうよ。
「料理もうまくなるわよ」
 いやだから誤解なんだけど。まぁいいか。
 俺の事は無視していくかと思ったんだが、俺の前にも立ち止まった。
「あなた、ただの悪党だとか格好つけてるけど、お父さんの受け売りでしょ」
 ばかばらすな。
 そうなんだ、とジュンがつぶやいた。
 いいじゃねーか、弟子なんだし。
「まだこの仕事続ける気?」
 以前同じような質問を違うヤツにされたような。
「まぁな、他に能がない」
 瀬里奈は一瞬、ふんと目を反らした。
「お前はこれからどうするんだ」
 瀬里奈は少し考えてからズイと踏み込んで俺を睨みつけながら言った。
「今は何も出来ないわ、でもいつか学校に帰って法律の勉強するの」
ほお。
「それで検事か警察官になってあなたを捕まえるわ」
 俺は苦笑してしまった。
「待ってるよ」
 瀬里奈の顔から不意に剣が消え寂しげな表情になった。
「それまで生きてなさいよ」
 瀬里奈の顔がさらに近づいた。
 唇が軽く頬に触れた。
 瀬里奈はクルリと背を向けるとそれ以上サヨナラも言わずに車に乗り込んでいった。
 去っていくアストンマーチンにジュンだけは手を振って見送っていた。
 しばらくすると俺の携帯が震えた。
 瀬里奈からのメールだ。
 もう俺からは送らなくてもいいな。
 おやすみ瀬里奈。

The end



 

 

便利屋BIG-GUN2  ピース学園

作者は今、ある大会に向けて訓練を積んでいる。
人を助けるための大切な訓練のはずだ。
しかし大会は点数をつける、減点をするための物に成り下がっている。
学校もそうではないだろうか。
社会が人間を雇用しやすいように人に序列をつけるための機関に成り下がっているのではないか。
そうではなかったはずだ。
子供に社会で生きていける力をつけさせるのが学校ではないだろうか。
もう一度目的を考え直す時ではないだろうか。

2014.2 ろーたす・るとす
勝手にテーマソング 太田貴子「囁いてジュテーム」

便利屋BIG-GUN2  ピース学園

便利屋風見健にかつての師匠から「娘を助けてくれ」と謎の電話が入る。 事件の真相を解き幼馴染松岡瀬里奈を救うため健は急遽瀬里奈が通うピース学園に入学。 潜入捜査を開始する。 コメディタッチでおくるハードボイルドアクション第2弾 この物語はフィクションです。似た人、物、団体がいても気のせいです。

  • 小説
  • 長編
  • 青春
  • アクション
  • コメディ
  • 青年向け
更新日
登録日
2013-11-10

Copyrighted
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