幸せの行方

生まれる時に、人は神様に一つだけ願いを叶えてもらえるという。
これから生を全うしていく上の、いうなれば神様からの餞別だ。
どんな些細なことでも良い、現世では不可能だと考えられていることでも良い。
だから僕は神様に願った。

僕の人生で一番幸せな時に、僕を死なせてください。

生きる前からもう死ぬことを考えているのかと神様は少し呆れ気味だったけど、僕の願いも叶えられた。
もらったものは目覚まし時計。この時計を十二時に合わせてアラームをならすと僕は死ぬ。人の未来は神様にも予測しづらいらしい。それに幸せを感じているのは紛れもなく僕自身なので、自分が一番幸せだと感じたらアラームをならしなさいとの事だった。

幼児期、少年期、青年期。
裕福でも貧しくもなく、三人兄弟の次男として生まれた僕は、ごくごく普通に生きてきた。得意なこと、苦手なこと。いろいろなことに興味を持ってチャレンジするのが好きだった。運動は苦手だったけれど、自分ができる範囲、視界に入るものはすぐに飛びついた。もちろん恋もした。失敗もたくさんしたけれど、それはそれで良い思い出だった。

人生の一番幸せな時ってどこだろう、アラームを合わせてしまおうか。
なんて考えなかったわけではない。ただこの幸せにもう少し浸ってからでも良いのではないかと考えたのだ。
しかし、他人から見てもこれが人生の一番幸せな時だろうという瞬間が訪れた。

結婚だ。

結婚しようだなんて最初から思っていた訳ではないけれど、そこはやっぱり人の本能なのか、周りの影響なのか、好きな人とともに過ごしたいと、名前のある関係になりたいと自然に思った。
ああ、きっと今日より幸せな日は訪れないだろう。
僕は目覚まし時計の針を十二時に合わせた。
しかし、そこでフッと、僕の死んだ後の世界がよぎった。幸せの絶頂から転落し、僕の死を受け入れられず、泣き叫ぶ妻。それを哀れむ世間の目。友達や兄弟や両親たちにも悲しい思いをさせることだろう。
確かに僕は幸せになれる。だってこれは僕の望んだことだから。
他人の死を見続け、自分もいつ死ぬのかわからない不安な日々を過ごして死ぬくらいならば、ずっと死んでいる方がましだと。それでも神様が、僕にもう一度チャンスをくれるのなら、僕の人生の一番幸せな時に死んでやろうと決意したのだ。

しかし、僕の願いは本当にそうだったのか。
確かに前の世とはかなり時代も進んでいて、安定した暮らしもできている。常識が明らかに違っているのだ。
違う。
僕は気づく。
僕は最初から僕の為だけに生きているのではない。常に誰かの為に頑張りその誰かが自分の為に頑張っていてくれたではないかと。
僕は僕の幸せの為だけに生きていたわけではないのだと。

僕はその日、目覚まし時計を壊した。
壊した瞬間、もしかしたら死んでしまうのではないかと思ったけど、神様はアラームを合わせたらと言っていたので、大丈夫だろうと思った。案の定、そこには壊れた目覚まし時計だけが残り、僕の体に変化が起きることは無かった。
それから何十年もの月日が流れた。
今、僕は思う。
僕の人生で一番幸せな時間は今だと。今、生きていることが幸せなのだと。
そして僕はそっと目を閉じた。

幸せの行方

幸せの行方

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-11-09

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