星になった話

秋深まるある日。
肌寒さを感じつつ、
手鏡を見て髪型のチェックをして頷き歩き出す。

今日から本格的な寒さが到来するということもあって、
毛糸のマフラーに手袋を身に付けている。
万全の状態で向かう先は高校。
今日は大切な一歩。
決して失敗は許されない緊張の瞬間がやってくる。
そう彼女は確信していた。


高校を卒業したあの日、
差出人不明の手紙が丁寧にそれぞれの机の上に置かれていた。
未だにそれが誰からのものかは貰った全員知らない。
それが今日きっと分かる。
少々古ぼけた手紙をもう一度確認しポケットへとしまうと、
皆の待つ学校へと向かった。

ちょうど開校記念日で学校は休みだが、
当然のように部活動の生徒たちが多く学校へ来ている。
それに中学生の姿もちらほら見える。
恒例の学校見学の日。
多少ドキドキしつつ校門から玄関へと向かうと、
事前に許可を得ているようで不審に思われることもなかった。

教室へ近づくとわざわざと声が聞こえ、
既に何人かは来ていることが分かり足取りも軽くなる。
教室の戸をガラッと開けると、
そこには見覚えのある懐かしい顔。
そのはずだった。

しかしその日彼女が皆のいる教室へ、
到着することはできなかった。


半年前に卒業した教室。
集まった級友たちは差出人のことよりも、
久々に再会した仲間たちとの会話に花を咲かせていた。

昼過ぎから徐々に集まり始め賑わう教室の外には、
枯れ落ちる葉の下で、
冬支度をしている動物たちの気配を感じる。
それほど寒い中であっても今の教室は温かさに満ちている。

空があかね色に染まる頃。
誰からともなく屋上へ行ってみないかという提案が出ると、
反対する者などなくぞろぞろと階段を上がり屋上へ向かう。

さすがに屋上は涼しさを肌で感じる。
丘の上にある学校の屋上は風通し抜群だが、
ここから見る景色は絶景。
高いフェンスの向こう側には皆の住んでいる町が見え、
その向こうには海が広がっている。
穏やかで豊かさを感じられる町。
大半の者はこの町から出て行ってしまっていて、
この景色を拝むことはまずない。
懐かしさを感じさせる景色。

「ところでさ、あの手紙は誰が出したんだ?」

「そうだよ!
そろそろ誰か白状しなよ。
気になってるんだから。」

誰もが思っていたことをとうとう口にしたが、
数秒経っても名乗り出る者がいない。
静かな時間と名乗り出ろよという視線をお互いに掛け合う。
それでも手を上げてその問いに答えることはなかった。

「ま、誰だかなんて良いじゃん。
こうして懐かしいやつらとも会えたし、
俺はそれで結構満足してるよ。」

「そうだけどー。
この中にいるわけでしょ。
別に悪いことしたわけじゃないんだし、
名乗り出ても良いのにさ。」

あの手紙を見つけた時のように、
がやがやとあちこちでざわめき始める。
収集なんて付かないと思われた中で1人がポツリと言った。

「きっと星がくれた奇跡だよ。」

そう言って暗くなり始めた空に指先を天高く伸ばした。
先にはひときわ輝きを放つ星。
ざわついていた皆も一瞬で静まり返って同じ方向を見ている。
その行為はまるで何かを確認し合うかのように長く感じた。


どこからともなくぷっと笑い声が聞こえる。
それは誰かを馬鹿にするとか、
面白がって出るものではなくて、
忘れていたものを見つけた自分が情けなくて、
くすっと笑ってしまう時のもの。

「ほんと綺麗な空だよね。
うちの今住んでるところなんて空見えないよ。」

「俺のとこもそうだわ。
スモックかかってるっていうかさ。
空なんて見ることも無くなってた。」

それぞれの思いを胸にこの地から旅立った全員が、
再び始まりの地で再会を果たした。
これこそ奇跡そのもの。

誰が出したかなんてことよりもその奇跡を、
全員で分かち合うことが本来の目的。
それで全員が納得し始めていた。

「今見えてる星って何年も前の光なんだよね。
それってなんだか切ない。」

光の速さは約秒速30万キロメートル。
その速さで向かったとしてもあの星には何百年もかかる。
それほど広い宇宙。
その果てでこうして巡り合えた奇跡。

その広さからしてみるとこの町から出て、
旅立ったと言ってもほんのわずかな距離。
日帰りだってできる距離の者ばかり。
それでもやはりこれは奇跡に違いない。
一度離れていった者たちがこうして再会する。
誰かがやろうとしてもなかなかできることではない。
あの差出人不明の手紙があったからこそ起きた奇跡。

「そう言えばあの手紙。
どうして開校記念日に集まろうなんて言ったのかな?」

「それは休みで教室も空いてるからだろ?」

「休みなら土日でも良いしいくらでもあるじゃん?」

「学校見学の日だからとか?
毎年この日にぶつけてたから覚えてたんじゃない?」

「そういえばさ。」

ひとりが思い出したように始めた。

「学校見学って言えば俺らの見学の年に、
近所で事故にあって亡くなった子いなかったっけ。」


本来ならここにいて皆と楽しい学生生活を送るはずだった子。
それが手紙の差出人。
この世に存在できるはずのなかった手紙。

誰にも覚えられず誰とも友達になれなかった。
死にきれずに皆と共に暮らした3年間。
それは1人で作り上げた思い出。

確かにその場にはいたが認識されない3年間。
それでも大切な思い出には違いない。

毎日欠かさず受けた授業。
楽しく笑い合った休み時間。
あちこちへと走り回った放課後の部活動。
懸命に歌った合唱コンクール。
ひとつのものを作り上げた学校祭。

どれひとつをとっても色褪せることはない。
彼女にとっては忘れることができないもの。

もう一度で良いから皆と再会したい。
強い気持ちが彼女の手紙となって皆の心に届いた。

ようやくすれ違いから手の届く距離へと近づいた。
たとえ話せなくても通じることもある。
いなくたって伝えられる気持ちが確かにここにあった。
宇宙がどれだけ広くて二度と出会えないほど遠くだとしても、
この場所には皆がいる。
奇跡は何度だって皆の手で作られる。


星は彼女の思いに答えるように、
一段と明るく輝きを放ち、
そして幻だったかのように手紙と共に消えていった。

星になった話










お題 【宇宙 紅葉 手紙 教室 NOT恋愛】
3時間で200行というもので作りました

星になった話

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-11-09

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