便利屋BIG-GUN1 ルガーP-08

便利屋BIG-GUN1 ルガーP-08

すべての女性たちへ

大概の男たちは、このようにやんちゃでかっこよく優しい奴等です

.プロローグ

影はだいぶ短くなったが、この路地裏まではまだ光は差さない。
 この田舎町の商店街はそれなりの賑わいを見せていて行きかう人々が途切れる事はない。
それでもそこから一本入った細い道を覗き込む者はいなかった。
 そこに彼はいた。
 こんな季節にモッズコートのフードまで被って、もう動くこともなさそうなエアコンの室外機に腰掛け彼は何かを待っていた。
 しばし後、彼の肩がピクリと揺れた。とたんその体が震えだした。寒いはずはない。薬物の類でもなかった。
それは明らかに恐怖だった。
 何を恐れているのかガタガタと音を立てて暴れる右手をなんとかポケットから引っ張り出す。その手を今度は苦労して自らの懐に突っ込んだ。
 大きく息を吸い隠し持っていた物を勢いよく取り出す。
 拳銃だった。
 スマートな銃身。滑らかな曲線のグリップ。それと正反対に複雑なメカニックで構成された機関部。機能美に満ち溢れたデザイン。
 ルガーP08。
 1908年。つまり1世紀以上前にドイツが軍用として制式採用した自動拳銃だ。
 その旧式な、しかし他に類を見ないほど美しい拳銃を握り締め彼はなお震える左手で上部にある円形のレバーに手をかけた。また深く息を吸うとグイとそれを引き上げる。銃の上部がやや後方に下がり半分に折れて尺取虫のように曲がった。指を離すとシャキンという金属音とともにスライドは滑らかに前進、マガジン内の初弾をくわえ薬室に叩き込んで元の位置に戻った。通常の自動拳銃は上部、あるいは後端にあるスライドを前後にまっすぐ作動させ排きょう装弾させるがルガーの場合上部が尺取虫のように動く。トグルジョイント、ルガー独特の機構だった。
 不思議なことに。彼の震えは止まった。
 フードの奥に光る瞳には恐怖など微塵も見えない。いや感情すらも消えうせていた。
 ゆっくりと立ち上がり路地裏から商店街のふちまで歩む。彼は耳元を押さえ何かを聞いていた。
 3、2、1。
 声に出さず数える。
 カウント0で彼は飛び出した。
 さして人通りの多くない街に走り出す者がいても誰も気に留めない。
 彼は視線だけ左に向けるとルガーを腹の前で横に向け2発放った。
 その先にはたった今止められた車から降りてきた小太りの中年男がいた。弾丸は2発とも男の頭部に命中した。
 男は声もなくがくりと膝を折り弱弱しくその場に沈んでいった。
 さすがに悲鳴が起きた。近くにいた者は伏せながら辺りを見回したが殺人者の影はもう無かった。ルガーの男は着弾を確認もせず、そのまままっすぐ向かいの路地に走りこんだのだ。発砲地点から被害者までの距離は10m以上。射撃方法を考えれば神業といえよう。
 彼は路地から路地を走りぬけ途中に用意してあった自転車に飛び乗ると風のように街を去っていった。後を追えた者はいなかった。
 数キロ離れたゴミ捨て場に自転車を放り込むと殺人者は大きく背伸びをして何事も無かったかのように歩き出した。
 不意に躓いた様によろめく。地面をちらりと確認して彼は立ち去った。
 そこにはせっせと巣へ餌を運ぶ蟻の列があった。

ACT.1 この街のヒーロー

 午前中仕事で人に会ったのち俺は駅前ロータリーの行きつけの店に向かった。別段うまいわけじゃないのだが特大ホットドックが300円ちとうーむな味のカップコーヒーが100円という値段が売りの店だ。その名も「喫茶・早い! 安い! だけ」なんとも正直な店主である。
 その正直なマスターとは顔なじみだし、人とのコネクションを大事にするのが俺のモットーだ。何しろ俺は若干16歳だがこの街で仲間と便利屋を営む経営者であるからだ、えへんぷい。
この人口20万ほどの中途半端な田舎町では悪い噂なんかすぐ広がる。だからちゃんと人と付き合い街に貢献している好青年であることをアピールし続けることは大切な営業なのだ。俺は自動になっていないドアに手をかけた。そのとき喫茶店の向かいに止まっている車が目に入った。向かいといっても駅前ロータリーだからちと離れてはいたのだが・・・。
 ち、忙しい時に。
 足早に店に入る。5人が座れるカウンターとボックス席が2組。狭い店内に割りと見かける客が3人といつものマスター。いつもの光景がそこにあったが違うものがひとつだけあった。カウンターの端っこに光が当たっていた。真昼間の喫茶店にスポットライトなんかあるはずが無い。
 そこには少女が、頭に「美」をつけて一向に差し支えない、いやつけなきゃならん美少女が座っていたのだ。
 カウンター席に座ったまま身をくねらせて外を見つめていた。姿勢のおかげで細い体型が強調されている。長く豊かなややウェーブのある金髪。小学生に見える整った丸顔の真ん中には大きなエメラルドグリーンの瞳が輝いていた。金髪、エメラルドアイだけでもレアであるのに美少女となればアキバで1枚18000円するカード並みのスーパーレアだ。
まだ寒くない? と思われるノースリーブのワンピースから伸びる手足は細く長く女のラインになりつつある。超がつきそうなミニスカートから見えるその白いふと・・・とここで俺の視線に気がついた少女はエメラルドグリーンをジトッとこちらに向け剣のある声で言った。
「何見てるのよ?」
「足」
 街一番の正直者とは私の事だ。
 瞬間。ヒュンと白い指が顔の3cm前を通過していった。とっさに身を反らさなかったら思いっきりびんたを食らうところだった。初対面の相手を思いっきりひっぱたこうとはとはなかなか強気な娘だ。
見られるのが嫌ならミニスカなんかはくな!
よくよけたわねとキョトンとした少女にクレームをつけようとした時、俺は急用を思い出しマスターに声をかけた。
「マスター、シェリフに通報してくれ」
「シェリフ?」
 俺にガン無視された娘が質問してきた。
「この街の警察署長だ。もちろんあだ名だが」
「警察? てことはあれやっぱり強盗なの? ここに入るときから気になってたんだけど」
 やっぱり気がついていたのか。ガキの癖に勘のいいやつ。
「銀行の前に人相の悪いやつが車止めている、エンジンかけっぱで。疑われても仕方ないな」
 マスターに聞こえるように解説したので彼はやや緊張した面持ちで電話を取った。ほかの客は向かいの銀行に顔を向けた。と、そこで。
 派手に銃声と警報が鳴り響いた。続いて男が二人鞄と「銃」を持って飛び出す。一人は拳銃、もう一人は銃身を切り詰めた散弾銃、ソウドオフショットガンだ。こいつのは水平2連型を拳銃並みに切った物、通称マッドマックススペシャルだ。全長が短くなった分取り回しがよく発射される散弾は広範囲に広がり殺傷力は極めて高い。もちろん違法改造で持ってるだけで重犯罪だ。拳銃の男が銀行を振り返り2発撃った。やれやれ。
 一斉に床に伏せた客たちを後に身を低くして俺は外へ向かった。その背中に娘が声をかけてきた。振り返ると娘は床に張り付いた姿勢だった。横の客にパンツ見られてませんか?
ちょっと気がかり。
「どこ行くのよ、危ないわ」
 こいつ・・・さっきいきなりビンタしてきたくせに・・・。
 ガキとはいえ女ってことか。
 俺は少し笑って答えた。
「ここは俺の街だ」
 中腰のまま外に駆け出す。今度はマスターと常連客たちが「がんばれ」とか「気をつけろ」とか無責任な声援を送ってくれた。ま、これもこの街らしいか。
 俺は懐から愛用の拳銃ベレッタM84を引っ張り出し銀行めがけて走った。
 強盗共は待っていた車、2世代前のクラウンワゴンのリアハッチを開けると鞄を放り込んでいた。俺はロータリーをまっすぐ突っ切る。田舎町だ、駅前ロータリーとはいえ車なんか2~3台しかいなかった。ロータリーの真ん中あたりで俺は止まった。やつらまでの距離50m。拳銃ではちょっと遠い距離。走りながらすでにベレッタのセフティを解除し薬室に弾丸が入っている事を示すインジケーターを念のため確認済み。
「止まれ」
 俺の声に強盗達は一斉に振り返り銃を俺に向けた。
 銃声が轟き、拳銃の男が倒れた。俺の正確な射撃が奴の顔面をとらえたのだ。普通の人間には遠くても俺にはなんでもない距離だった。
 ショットガンの男が撃ってきた。俺は身を低くする。散弾が数発命中する。が、痛いで済んだ。さっき言ったとおり銃身を短くしたショットガンは広範囲に弾丸をばらまく。したがって接近戦では圧倒的な戦力だ。が射程距離は大幅に減少する。50mも離れれば人を殺す能力は無いのだ。
膝つき状態で目だけ腕でカバーした俺はそのままの姿勢で余裕を持ってショットガン野郎を狙い撃った。弾丸は狙いたがわずやつの右腕に2発命中し男は銃を落として後ろに倒れた。後は車だけ。その車はホイールスピンもけたたましく発進した。そのまま逃げるかと思ったが、なんと俺に向かってターンして突っ込んできやがった。凶暴な野郎だ。俺はクラウンのでっかいフロントグリルに3発撃ち込んだ。白い煙がエンジンルームから吹き出した。フロントグリルの中にはラジエターがある。破壊されたラジエター内の高温の水蒸気が吹き出しドライバーの視界もふさぐ。冷却水を失いエンジンもすぐオーバーヒートだろう。動揺してやつはハンドルを切りすぎた。ハーフスピンを起こし元いたあたりのガードレールに突っ込んだ。
しばし後ドライバーがよろよろと出てきた。なんと手にイングラムを持っていた。世界最小クラスのサブマシンガン。しかし45ACP、あるいは9mmパラベラム、つまり現代のベストセラー大型拳銃弾を1秒間に20発近く発射できる凶悪な銃だ。撃たれたらかなりやばい。
俺はやつが俺を見つけ構えようとするのを確認してベレッタを発砲した。男は額から白っぽいものを出しながら後ろに倒れ動かなくなった。
 クラウンに一人しか乗っていなかったのを確認して俺はショットガンの男に歩み寄った。
奴は意識があり俺と奴から2mあたりに落ちているショットガンとを見比べていた。
 俺は3mまで接近してからベレッタを向けた。そしておもむろに話しかける。
「お前の考えている事はわかる」
 やつの瞳が恐怖で震えていた。
「俺がもう6発撃ちつくしたか、それともまだ5発かだ・・・」
 するとやつは必死で恐怖を隠すように笑った。
「若いのに古い映画知ってるな。お前クリント・イーストウッドには見えないぜ」
「大ファンなんだ・・・。このシチュエーションなら言うだろ、普通」
 男は苦笑いした。
「どうする、俺も夢中になっちまって何発か数えてなかったんだ」
 男は今度は声を出して笑った。
「冗談きついぜ、兄ちゃん。銃が違うだろ。映画は6連発のリボルバーだがそいつはベレッタだ」
 ベレッタM84はイタリア製の傑作中型オート拳銃だ。曲線を主体とした美しい銃で携帯しやすいコンパクトなボディのくせに13連発を誇っている。だいたいオート拳銃は弾が切れるとスライドが後退したまま止まるので弾切れは一目瞭然なのだ。今のは単なるギャグだ。
 俺は男に笑い返すと軽くステップしてショットガンを蹴り飛ばし男から離した。
「君!」 
ここにきて警官が到着して俺を呼んだ。ここは駅前ロータリー。いくら田舎とはいえ駅前に交番くらいはある。が、それにしちゃ来るのが遅い。お茶でもしてたんでしょうか。
 交番勤務の警官は俺の怪我の有無を確認し後で本署に顔を出すよう指示した。
ああ、めんどくさ。天を仰いでいる俺に唯一生き残った犯人が連行されながら話しかけてきた。
「なんで俺だけ殺さなかった」
 別に手加減したわけじゃない。正直に答えることにした。
「さあ?」
 男は返答に満足したのか高笑いして、やってきた救急車のほうに引っ張っていかれた。2発も撃たれたのにタフな奴。でも大抵あとから痛み出すんだよな、こういうときの傷は。
 警察署までは歩いて数分だ。その前に・・・と喫茶店に取って返すと店の前に金髪の娘が立っていた。背、低いね。150ないな。でも足は長いし細・・・。
 と視線がまた下の方に移動しかけた時、娘が話しかけてきた。
「あなた・・・何者なの?」
 ちょっと首を傾げて俺の中までのぞきこもうとする知的な表情。大きなエメラルドの瞳。少しドキリとさせられる。が、俺は平静を装って答えた。
「便利屋BIG・GUN」
 この町ではちっとは知られた名だ。
「俺はリーダーの風見 健。ただの悪党だ」

 わざわざ行を開けて場面転換だ。一般的な「薄い本」ならここでホテルあたりに移動済み。クライマックスへ突入という展開だ。俺的にも望むところであるがそうは問屋がおろさないし、どっかの元都知事も許さないだろう。ちっ。
 ぶっちゃけ移動距離はわずか数メートル。先ほどからの経過時間は5分たっていないだろう。俺たちは客たちが帰ってしまった「喫茶早安」のカウンター席に戻っていた。
「ああ本当だ。この町のwikiにのってる。あなた有名人なんだ」
 ラブリーなクマのストラップがついた白いスマホをいじりながら娘がつぶやいた。
 さっきみたいな大立ち回りはめったにしないが街の治安維持には積極的に協力している。やんちゃなガキどなったりチンピラどついたりだ。まさに街のヒーロー。
「喧嘩っぱやいだけなんじゃないの? ん、なにこれ」
 スマホを俺に見せる。うち、便利屋BIG・GUNのHPだ。んで俺のブログのページ。
「銀行強盗退治したら警察に呼び出されちゃった、てへ」
 と、書いてある。
「たった今更新した」
 スマホをぷらぷら振って見せてやった。自慢の対衝撃スマホだ。色は赤。
 娘は細い眉を寄せて言った。
「二人も殺しといて「てへ」はないんじゃない?」
「てへは全てをうやむやにできる神の言葉だ」
 娘はちょっと俺を睨んでから視線を外しやがった。あきれた・・・と言わんばかりだ。
「それにしても普通なら即連行じゃないの? よくのんきに昼ごはん食べてられるわね」
いろいろ聞きたがる女だ。俺に気があるのでしょうか。
「まあ、身元ははっきりしてるし・・・一部始終は防犯カメラに映ってるだろうし・・・腹減ったし」
「ふーん、よろずもめ事、力になります? 探偵みたいな仕事もしてるんだ」
 こいつ・・・聞いといてスルーな上視線はスマホを凝視だ。会話にならねーじゃねーか。
「んじゃさ、ケンちゃん私の仕事してくれない?」
「誰がケンちゃんだ」
 この名のせいで人様から「ちゃん」付けで呼ばれることは多い。親の悪意を感じる。
「女の子にファーストネームで呼んでもらえるのは名誉なことだよ。ありがたく受け取ることだね。しかも一級品の美人さんだ」
 マスターが大盛りのチャーハンを差し出しながら割り込んできた。胡椒の効いた香ばしい香りがするもおいしそうに感じないのは俺がここの味をすでに知っているからだろうか。   
「ありがとう、お世辞がうまいですね」
 俺にはまだ見せていない笑顔をマスターに向けた。
「お世辞なんかじゃないよ、私は街一番の正直者で通ってるからね」
 なにおう、街一番の正直者は俺だ。
 くだらん事張り合っても仕方ないのでチャーハンかっこみながら娘に聞いた。うーむ、味の方はあいかわらず「うーむ」だ。
「仕事ってなんだ」
「ボディーガードだよ」
確かにそのルックスでそんな超ミニはいてほっつき歩いていればスケベなおっさんに狙われる事もあるだろう。裁判に持ち込んでも陪審員は「まぁ仕方ないだろ」って言うぞ、きっと。
「私、今絶賛家出中なんだ」
 少し声のトーンが下がったのは罪悪感があるからか。今時プチ家出とかぬかしてしばらく家に帰らない奴なんか5万といるんだがな。
「親の手下が連れ戻しに追っかけてきてるんだけど、もう少しここにいたいのよ」
 のよ、と小首を傾げやがった。やるな。並の人間なら釣られて「うん」と言っちゃうだろう。
 しかし俺の答えは決まっている。
「やだ」
「なんでよ!」
 断られると思ってなかったんだろ、このお嬢さんは。わかりやすく目尻を吊り上げた。
 ふはは、小首傾げ敗れたり!
「俺、長期の仕事やらないの。そんないつ終わるかわからない仕事はパスだ」
 しかし娘は引かなかった。
「よし仕事期間中彼女になってあげよう」
 と、体をちょいと近づけて微笑んだ。胸元が視界に入った。膨らみ始めているのを確認。しかし色仕掛けはまだ早いんじゃねーか。
「んな空手形受け取れるか」
 と言いながら鼻の下が伸びそうになったのは秘密。
「なんで断るのかなぁ風見君」
 マスターがまた割り込んだ。
「こんな可愛い娘さんと一日中一緒にいられるんだよ。お金払ってでもやりたい奴はいっぱいいるよ」
 そりゃーいるだろうけど、隣でそーだそーだ言っている娘がなんとなく腹立つ。
「お嬢さん、彼の店に行ってもう一人の方に頼むといいよ。北下君ならきっと引き受けてくれるよ」
 相棒だ。
「キタシモ君?」
「ああ、彼も腕は立つし何より男前だ」
「興味あるなぁ」
 むかつくなぁ。確かに北下三郎は強い。ぶっちゃけ俺より強い。で身長もちと俺より高くて顔も若干俺よりいい。が、当社比で誤差範囲内だ。問題は素行だ。女に対する誠実さは俺の方が遥かに上だ。俺の紳士度を天空に輝く満月とするなら奴はせいぜいゲンジボタル程度だ。奴にとって女の子なんざ日替わり定食だ。と、思っているに違いない。 
「奴に女の子の警護なんかやらせたら当社の名に傷がつく不祥事が発生する。しかたねぇ最大10日、1日3万なら引き受けてやる」
「2万」
 真顔でVサイン出しやがった。
「お嬢様の癖に値切るな」
「2万5千」
 Vにパーを重ねる。
うむむむむ、まぁいいか。
「必要経費はそっちもちだぞ」
「承知、じゃあ前金ね」
 言うなり金髪ちゃんはショルダーバックからバンと現金10万を引っ張り出した。バッグの中にはまだまだ入っている。
 美少女が一人で歩いてるのだって危険なのに、バックの中に数十万かよ。
「銀行とめられたら嫌じゃない? だから先におろしといたのよ」
 へいへい準備のいいことで。
「とりあえずその金どっかに預けろ」
「意外と小心者なんだ」
 娘は横を向いて小さく笑い流し目でこちらを見た。かっこつけたんではなく自然な仕草だった。小学生に見える娘から一瞬だけ女の香りがした。
「商談成立だな。お祝いにコーヒーを奢ろう」
 マスターがサイフォンに手を伸ばした。しかし俺は待ったをかける。再確認する。俺たちしか客はいない。
「マスター、これ飲むからカップとお湯くれ」
 取り出したのはドリップ式インスタントコーヒーのパックだ。百均に売っている。マスターは文句言うどころか興味深げにそれを見て説明書どおりにカップにセット、お湯を注ぎ始めた。ちゃんとマスターと娘の分まで出した俺は紳士。
 豊かな香りが店に広がる。マスターはカップを鼻に近づけ香りを楽しんだ後、一口含み続いてごくりと飲んだ。ゆっくりとカップを置きふっと一息つくと彼は感想をこう述べた。
「・・・うまい・・・」
 だめだろ、この店。
 で、そのうまいインスタントコーヒーを堪能してから俺は席を立った。そうそうビジネスマンとして一言顧客に断っておかねばならんな。
「俺はひとまず警察に行かなきゃならん。仕事はそれからだ」
 娘は「うん」と頷くとひょいとスタンドを飛び降りた。長い髪がふわりと浮く。背が低いので自然とそうなる。つい視線はスカートの方に行ってしまうが、うまく押さえやがったので何も見えなかった。
「いいよ付き合うよ。すぐそこなんでしょ」
 軽く言い放ったが家出娘が警察署に行っていいんだろうか。なんかずれてるよ、この娘。それはそうと。
「お前、名前は」
 極めてシンプルな質問に娘は噴出すように笑った。
「ああ、まだ言ってなかったね。私ジュン、セーノ・ジュン・ローランド」
 変なファーストネームだ。気に入っておらずミドルネームで呼べということだろうか・・・。
 ま、これで娘とか少女とか言わなくて済むな・・・。

 会計を済ませている間にジュンは外に出て行った。食事は男の子が奢る物でしょとぬかして。彼女ならともかく客の食事まで何で俺もちなのだ? 経費はお前もちって言ったじゃねーか。ま、これで堂々と領収書を切れるのだが。それにしてもボディーガードから離れて駅前に出ちまうなんざ危機感なさすぎじゃないか? 銀行強盗見破る注意力とどうもキャラが一致しない。お嬢様なんてこんなものかね。
 外に出ると心配した通りお譲ちゃん変なのにちょっかい出されていた。
一瞬たりとも追っ手とは思わなかった。
話しかけていた男の風貌を見れば一目瞭然。年のころは俺より少し上くらいだろうか、高校生か大学生か。ひょろっとした体型に相応しい73ヘアにメガネ、半袖のポロにスラックスといういでたち。ちゃらいナンパ野郎ではなく真面目タイプ。温和で知的そうに見える男だが迷惑そうなジュンの表情を無視してフレンドリーな笑顔で強引に誘っている。ふむふむ、大体わかった。
「チョットイイデスカー!」
 やつらのお株を奪う台詞で割り込んだ。
「なんですか君は」
 73メガネは少し怒ったようだ。ジロリと睨み付けてきた。
「ただの悪党です」
 飛び込みの保険屋のように微笑んで答える。今度はヤツの方が迷惑そうな顔をした。
「邪魔しないでくれますか」
「いや、仕事なもんでね。そちらは宗教?」
 こういう会話の時、つい揉み手をしてしまうのは何故だろう。
「宗教じゃない、セミナーだよ」
 そっちか。
「とにかく俺達用事があるんだ。遠慮してもらえるかな」
「いいじゃないか、僕達友達になれたんだし」
 ひとことふたこと話しただけでもう友達になった気でいやがる。それで女の子とお近づきになれるならやり手ばばあは必要ないんだよ。カチンと来たがここはレディの前でもあるし紳士的に。
「軽々しく他人に友達なんて言葉使うんじゃねぇ、失礼だろ」
 しまった紳士にしては言葉が汚かったか。
「僕達のセミナーに入れば友達になんてすぐになれる。そうだ君も参加してみないか。楽しいよ」
 なんでそうなる。強気と言うよりもはや病気だ。
「あんたのセミナーについてはなんとなく知っている。俺には今必要ない。用事ができたらこちらから行ってやる。だから今日のところは放っといてくれ。ついてくるなよ、行くところは警察署だぜ」
 俺達は歩き出したがそれでもやつはしつこく粘着してきた。やつなりに「我々の為」を思って必死で説得している・・・つもりなんだろう。しかし俺達が本当に警察署の門をくぐるとさすがに退散していった。それを確認してドアをくぐる前にずっと黙っていたジュンがしゃべりだした。
「なんなのあの人」
「危ない人」
 簡潔に答えたつもりだがお気に召さなかったようだ。ちょっと声が高まった。
「それはわかってるわよ。だからどういう人、セミナーってなによ」
 やれやれさすがはお嬢様、世間知らずだ。
「アンケートに答えてくれませんかー、と言われてOKしただろ」
 逆に俺が聞くと少し罰悪そうに「うん、そう」と言った。
「名前とか電話番号とか書かなかっただろうな」
「名前書いちゃったな。電話と住所はさすがに書かなかったけど」
 名前くらいならいいか。俺もまだ聞いてない電話番号、奴ごときに聞かれてたまるか。
「あれは恐らく人格改善セミナーというやつだ」
 歴史は結構古い。戦争や災害などで精神に忘れがたい負荷を追ってしまった人達、いわゆるPTSDだな、またはそこまでいかなくても対人恐怖症や引っ込み思案を治すためスキンシップや暗示で人格を改善する。れっきとした医学的治療法であり効果は確かにある。救われた人も少なくないだろう。セミナーというのは医師と患者の1対1ではなく大勢の受講者に同時に治療を体験してもらうものだ。
 ジュンはちらっと振り返ってから言った。
「でもなんか今の人、変だったよ? 改善というのはちょっと」
 なんかというよりあからさまに変だった。
「詳しくは知らないが、人に話しかけるのが苦手という場合邪魔になるのは人と対等に話せないという「不安」と恥ずかしいという感情「恥」と他人への過剰な気遣い「遠慮」だな。治療法では暗示で「自信」をつけさせ「恥」と「遠慮」を取り除くんだ。ま、そうすれば見ず知らずの人とも話せるようにはなる」
「でも遠慮も恥も知らないから今みたいにちょっと失礼な人になっちゃうんだ?」
 飲み込みの早い奴だ。根本的に頭はいいのだろう。
「治療の過程ではある程度仕方ないだろう。でも実際に人と会話していけば一般の人がそうだったように徐々に「社会性」が身についていくんだろう。リハビリみたいなもんか」
「ふーん」
 ジュンは少し考えてから俺の予想を超えた結論を出した。
「じゃあさ、私たちあの人の治療に貢献したんだね」
 初めて見る天使の笑顔だった。普通の人間ならこんな考えはしないだろう。純粋培養なお嬢様ゆえか。そんな反応を見てしまったから俺は話の続きを止めてしまった。
 人格改善セミナーには闇の面もある。
 治療は確かに効果はあるし人を救っている。しかしどんなものも悪用できるのだ。
 あいつはなぜどう見ても治療の必要なんかなさそうなジュンに声をかけ俺までしつこく誘ったのか。やつは恐らくセミナーの上の連中にこう言われているんだ。
「君は大分治療が進んだね、もう一息だ。では卒業に相応しい人物になった事を証明するため仲間を連れてきなさい。君が体験したこのセミナーの素晴らしさを他の人にも体験してもらうんだ。他人を幸せにすることで君はひとつ上の人間になれるんだよ」
 まあようするに・・・ねずみ講だ。
 セミナーは有料だ。最初は無料体験だろうが本入会ともなればそれなりの金がかかる。
 受講者にどんどん新規会員を連れてきてもらえればセミナー主催者は儲かる。そういう商売もあるのだ。なにしろ受講者は暗示にかかっている。洗脳されていると言ってもいい。セミナーへの絶対的な忠誠心を植えつけられているので無償で真剣に客を集めてくれる。主催者からみてこんな都合のいい労働力はない。苦しむ人を救う手段まで商売にする悪がこの世には存在するのだ。
 何もお嬢様がそんな闇まで見る必要はないだろう。
俺としては早急に法律でこの治療法は医師以外使えないようにしてなんらかの規制をするべきと思っている。が、政治家が動き出すのは自分に火の粉が降りかかってからなんだろうね。
「ま、めんどくさいから今後はあんまり余計な奴と話すなよ? お前逃亡者なんだぞ」
「あはは、そうだね」
わかっているんだかどうか疑問の残る返事を聞いて俺は警察署のドアをくぐった。

この街の警察署は俺よりずっと年上でドアは自動ではない。それどころか耐震基準すら絶対にクリアしていないだろう。地震が来なくたって崩れそうなボロさだ。余談だがこの街ときたら市役所と消防署も似たような状態であり大震災が来た場合フル稼働しなくてはならないこの3機関が全て機能停止する可能性がある。いや高い。だからこれらを建て直そう、いや耐震補強で十分だというのが来月行われる市長選挙の争点だ。
ま、そんないつ発生するかわからない問題より切迫した問題がこの署にはある。
いま俺の5m前方にいる人物がそれだ。
受付のカウンターにいる20代の女性。彼女は俺達に気づくと笑顔を見せ、ついで「おおっ」とあからさまに驚いた。
「女連れだっ! 重要参考人が女連れで来た!」
 勢いよく立ち上がったもんで大きなバストが大きく揺れた。
 毎年夏に向かうこの時期、性犯罪は増加する。全国的に有名な海水浴場を有する我が街はナンパのメッカでもあり、この傾向は顕著だ。
 性犯罪が憎むべき犯罪であり撲滅しなければならないものであるという認識は俺も警察も同じ考えであることは確かだ。にもかかわらずだ。この警察署を訪れるほぼ全ての来訪者が目にし、多くの人が話しかける受付のおねーさんが誰彼かまわずGカップのおっぱいぶるんぶるんしてていいのか。犯罪抑止どころか増加に拍車をかける・・・いや、推奨してるも同然ではないか? などと俺は常に危惧している。
 が、俺はおっぱいぶるんぶるんは嫌いではない。したがって署長に配置転換を薦めた事は一度もない。する気もない。
 それはともかく。
「誰が重要参考人だ」
 カウンターに歩み寄り抗議する。
「真昼間に駅前で銃撃戦やらかして二人も撃ち殺したんでしょー。殺人犯って言われないだけ感謝してよ」
 巨乳な受付嬢アリスは時代遅れなでっかい丸めがねを直しながら席に着いた。時々メガネがすりガラスに見えるときがあるのは何故だろう。このおねーさんが昭和っぽいからだろうか。
 アリスは田舎警察とはいえ受付嬢を任されるくらいだから、それなりに容姿端麗である・・・かなぁ。顔立ちそのものは整っていて色は白く鼻筋はとおり尖った顎や厚い口元は知性を感じる・・・のだが。どうにも残念な印象を受けるのは先ほどのような言動と、とかしてるの? と聞きたくなるブラウンのもじゃもじゃの髪だ。背中まである豊かな髪はカオス理論の模型みたいに好き勝手な方向を向き、まるで別の生き物のようである。その髪を適当に後ろで束ねて年甲斐もないでっかいピンクのリボンで結んでいる。リボンが少女趣味でかわいすぎるのが却ってアンバランスで、突っ込みにくい居心地の悪さをかもし出している。
「町の平和を守るためと正当防衛だ」
「おおおおお」
 俺の言葉を無視してアリスはジュンに視線を移しまた立ち上がり体を乗り出して唸った。
どうして俺の周りの女共は俺の話聞かないんだろう。くすん。
 そんな俺の切ない胸のうちを全く解せずアリスはジュンの頭のてっぺんから靴の先(ベージュのショートブーツだ。ノースリーブ、ミニスカにブーツ?! 狙いすぎじゃねぇか)まで鼻をつけんばかりに接近してじっくりと観察した。さすがのジュンも一歩引いた。アリスが男だったらボディガードとして止めなきゃいかんところだ。いや・・・すぐ止めるべきか?!
「なんてこったぁぁぁぁ」
 アリスの台詞です、念のため。
「かわいいねぇぇぇぇ」
 つけんばかりではなく本当に鼻をこすりつけようとしているしか見えない受付嬢だった。
ジュンがもう一歩下がった。
「やめろ、スケベ親父」
 止めました。さすがに。
「どこで拉致って来たの風見君?!」
 しかし全く怯む事のないおねーさんである。
「拉致ってねぇ。無理矢理ついてきたんだ」
「そんな嘘で警察が納得すると思ってんの?! 日ごろのもてなさ具合考えなさいよ! この上誘拐と婦女暴行まで罪に加える気?! 今すぐ開放してあげなさい! あたしが拾うから」
 言いたい放題だな、この公僕。
「ケンちゃんって、そんなにもてないんですかぁ」
 やっと食いつける話題が出たのでジュンが口を開いた。突然瞳が輝いている。ったく女ってのは。
「少なくとも女の子連れてるのは初めて見たわね。あ、つぶやいとかなきゃ」
 アリスは胸の谷間からスマホを取り出すとせっせこツイッターを始めやがった。
「んなこと後でいいから仕事しろよ、受付嬢」
「失礼ね、ちゃんと受付に座ってるじゃない」
 顔も上げやしねぇ。
「客が来てんだから応対しろよ! 来いっつーからわざわざ来てやったんだぞ!」
 アリスはわざとらしく「ああ」と言った。
「呼んだのは署長に決まってるでしょ」
 もじゃもじゃ頭を俺に向けたまま答えた。視線は相変わらずスマホのままだ。
 なんだろう、この既視感。
「俺が知りたいのは署長の居場所と今あいているかだ」
「あら、あたしの週末があいてるかは知りたくないの」
 えーと。
「一応聞いておこうじゃないか」
 アリスはニッコリと微笑んで答えた。
「残念、あたしは週末ネットゲーム三昧です」
 殴るぞ、この野郎。しかもまた視線はスマホに戻った。
「ゲームもいいけどね、合コンとかデートとかしたらいかがですか、おねーさん」
 それでも笑顔で返した俺は紳士。
「あら、あたしもてるのよ」
 おねーさんはやっと顔をあげた。少し鼻高々に胸を張る。でかいね。
「あたしの弓の腕前はサーバーじゃちょっとは知られてるのよー。一緒に狩りませんかってログインしたとたんにお誘いの嵐よ」
 えー、専門用語ばっかりで申し訳ありません。要約すると、このおねーさんはゲームのバーチャルな世界でモテモテで、それにすっかりご満悦。リアルな人生はまったく振り返っていない・・・ってとこです。まぁ俺もたまにはゲーム位するけど、やりすぎはいかんなぁ。
 ちなみに私はガンランス使いです。
「どーでもいいから署長にアポとって・・・」
「アポなんかとらなくていいから行っていいわよ。警備課にいるわ。さっきからお待ちよ」
 待ってるならとっとと伝えてよ。
 俺は底知れぬ疲労感を感じつつカウンターから離れた。ジュンもアリスに会釈してから後についてこようとした。そこをまたアリスに呼び止められた。
「お嬢さん、お名前は? あたしアリス」
 変なおねーさんにちょっと面食らいながらもジュンは丁寧に答えた。
「セーノ・ジュン・ローランドです。よろしく」
 アリスは一瞬だけ表情を止めた。
「珍しいお名前ね。ごゆっくり」
 俺達は突然静かになった受付嬢に見送られ警察署の中に進んだ。

「インパクトのある人ね」
 アリスが見えなくなるとジュンは笑い出した。
「しばらく忘れられそうにないわ」
「しばらく寿退社無しで、あそこに座っていそうだがな」
「あー、失礼だ」
 そんな話をしながら俺達は警備課に到着した。ノックもしないで小声で「こんちはー」と言いつつこそこそと入る。なぜか堂々と入れないのが警察署という所だ。
 シェリフ、ロバート・エバンス署長は事務所の奥、警備課長の前にいた。こちらに背を向けデスクの前に突っ立ってなにやら大声で話している。まぁ、あんな事件の後ですから何を話しているかは想像つくけどね。署長だというのに薄い青の長袖Yシャツの簡易制服を着て腰には使い込まれた大型拳銃「コルト・ガバメント」と伸縮警棒、手錠がぶら下がったガンベルトが巻かれている。現場に出張る気満々だ。
 俺がもう一度声をかけると気づいて振り返った。学生時代はアマレスでオリンピックの強化選手だったとデマを流しても誰も疑わないごっつい体の上に、真っ黒でゴリラみたいな顔が乗っている。すごまれれば誰でも失禁しかねない迫力の持ち主。これがこの町の英雄「シェリフ」だ。
 シェリフは遅かったな、と不機嫌そうに言うと奥のドアを指差しそこに歩き出した。署長室である。何度かお邪魔している。悪い事したからではないぞ。
 署長室は大して広くない。せいぜい6畳くらいだろうか。執務用のデスク、応接セット、本棚があるだけで中はきちきちだ。本棚の横には数本のトロフィーと感謝状が飾られ、その手前に今署長が吊っているのと同じ仕様のガバメントが飾ってある。大型化された照準器以外、外観は変わって見えないが細かいところが実用一点張りのカスタマイズを受けている。わが社の社員ジム・ロダンの製作品だ。この銃については機会があったら述べよう。
 部屋に入り奥のデスクに着き、俺たちに応接用ソファを勧めるとシェリフはこう切り出した。
「ベイは勝てないな」
 のっけから挑戦的な発言である。
 ベイとは言わずと知れたプロ野球チーム「ベイブルース」の略称である。お隣の港町を本拠地とし、その名のとおりのマリンブルーのユニフォームがいかす俺のご贔屓球団だ。しかしながら現在4年連続最下位、今シーズンもこの春先の時点ですでに終わったと言われている弱小球団である。だがしかし、他人にそれを指摘されればやはりむかつくのである。
「まだ100試合以上ある。まだまだシーズンをかき回せるさ」
「本気で言ってるのか?」
 真顔で言われると困る。ふんっ強いから好きなんじゃないやい。愛だろ愛。
「まぁそんなことはどうでもいいが」
 シェリフはため息をついた。どうでもいいなら言うな。
「お手柄だったな」
 皮肉たっぷりな言い方だった。なので俺は、
「いやあ、それほどでも」
 と、照れて答えてみる。
「おかげで市長の駅前演説が中止になって警備課が暇になった」
 完全にスルーしやがった。俺が出て行かなくても中止になったと思うが。
「白昼堂々3人も撃ちやがって。」
「はい、ライセンス」
 差し出したのは拳銃所持許可証。俺のは多弾装ライフルとマシンガンまで携帯可能なA級ライセンスだ。試験にパスした上、余分に税金納めると貰えるお札だ。その税金で諸君らの給料は賄われている。ありがたく思え公僕。
 シェリフはライセンスをろくに見もしないでしまえと手を振った。
「そんなもん見飽きた。それと次の書き換えの時はもうちょっとましな写真を取れ」
 自動車の免許もそうだが何故証明写真というのはいまいちな写りになるのだろう。長年使う物だし撮る人も少し気を使ってほしいものだ。
「何度も言うがお前は警官じゃない。拳銃所持許可証は自衛のために発行されるもので警察権を認めたものじゃない」
 シェリフは黒い顔の真ん中にあるやけに白目が印象的な眼で俺を睨み付けた。
「ましてや殺人許可証じゃないんだぞ」
 ここまで言われると俺も言い返さずを得ない。
「ここは俺の街だ。自分の街は自分で守る。当たり前の事だろ」
「お前は悪党撃ち殺して英雄気取りかもしれないが、銃撃戦の流れ弾が誰かに当たったら?お前は責任取れるのか? それだけじゃない。お前の真似をして自分もできると勘違いしたガキが返り討ちにあって殺されたら? お前知らぬ顔できると思ってるのか」
 まぁ・・・言いたい事はわかる。年季も違う。俺は一歩引きかけた、その時。
「でもあの時ケンちゃんが行かなかったら強盗は逃げてました。逃げた強盗がまた犯罪を犯して誰かを傷つけたら、その時は警察は責任を取れるんですか? 責任を言うなら目の前の交番にいてもたもたしていた警官にこそあると思います」
 突然横から援護射撃があった。署長は、いや俺も驚いた。
 まさかここでジュンが、おっかない顔して怒ってくれるとは思わなかった。署長も意外すぎる助っ人にやや舌が回らなくなった。
「あいつらは倉庫番に飛ばす」
 苦々しく言った。女の子は苦手なんだろう。署長は俺を恨めしげに睨んだ。
 形勢はここに大きく逆転した。
「女の子の力を借りて恥ずかしくないのか」
「別にー」
 むしろえへんぷい。
「ついでにこの娘と同じような意見が市役所とここに仰山届いている」
 署長はデスクのノートパソコンをこっちに向けた。俺を擁護し即時解放を求めるメールがいっぱい着ていた。もっと過激に警察批判するメールもいっぱい。
「なんでこんなに短時間でHPが炎上する」
「あー」
 ジュンが高い声を出した。
「これを狙ってさっきブログに書き込んだのね」
 頭いいなぁジュンちゃん。
「公共の権力に一人で立ち向かうのは不可能だからな」
「本当に人気者なんだ、ケンちゃん」
 ふふーん♪
「なのになんでもてないの?」
 ほっとけボケ。
「ケンよ」
 署長は落ち着いた声で話し始めた。
「この街を守るっていうお前の気持ちはわかる。悪いことじゃない。むしろ素晴らしい事だ。賞賛されていい。お前を援護する市民がこれだけいるのも当然のことだろう」
 署長、いやシェリフはパソコンを閉じた。
「だがな、今日みたいな真似はやっぱり個人がやる事じゃないんだ。個人がやれば必ず独善的になる。やりすぎちまうんだ。お前らから見れば規則や法律に縛られてる俺達は歯がゆく感じるだろう。俺だって煩わしく思う事が今でもある。しかしそれはやはり必要な事なんだ。人はある程度枠を持たなければ人で無くなっちまう。お前は危ない綱の上にいるんだぜ」
 シェリフの声は穏やかだ。わかっている。この人は俺の敵じゃないんだ。
「お前が本当にこの街のために働きたいなら、きちんと学校に通ってここに入れ。誰よりも優秀な警官になれる。お前は真に英雄になれるんだ」
「俺は英雄じゃない」
 両手を挙げた。
「ただの悪党だ。この街の英雄はあんただけさ」
 シェリフはため息をついて手を振った。
「もう行っていいぞ。調書は適当に書いとく。市民が押し寄せると厄介だからな」
「あい、ではまたー」
 俺は軽やかに立ち上がるとドアに向かった。
「ああ、署長」
 立ち止まって振り返る。
「なんだ」
 めんどくさそうな声。
「一応通信で高校には通ってるぜ」
 シェリフはダンディに笑ってくれた。
 
「かっこいい人だねー」
 ジュンはもう怒っていなかった。こいつにもシェリフが俺のために怒ってくれた事がわかったのだろう。
「俺が尊敬する数少ない人物だ」
 我ながら殊勝な言葉だった。
「ケンちゃんの口から尊敬なんて単語が出るとは思わなかったよー」
 こいつ初対面の年上に対して完全にため口だな。とんでもねー野郎だ。
「お前、俺の事なんだと思ってるんだ?」
「えー」
 あからさまにばかにした顔になった。かわいいのがむかつく。
「彼氏にはどうかと思うよー」
 へいへいわかったよ。女ってのはどうして何でも色恋沙汰に結びつけるのだろう。
「で、俺の用事は終わったぞ。これからどうするんだ」
「んー、そうねぇ」
 少し上を向いて考え出した。より目になっている。繰り返すがかわいいのがむかつく。
「観光でもすんのか、なんとなく時間つぶすのか、行きたいとこがあんのか」
「んーと」
 あー、なんかいらついてきた。
「とりあえず行きたいのは・・・」
 下らん事言ったら置いてく。
「ホテル」
 金髪の美少女は怪しく笑った。
 なんだ、いい子じゃないか。誤解してた。
 俺はジュンの手を引いて警察署を後にした。 

 シャワーから放たれた熱いお湯は少女の若い肌に当たり、玉になって転がり落ちる。
 塗れた髪はうなじから細い背中に張り付いて・・・って止めよう。
 今のは単なる妄想で俺はその場を目撃していない。
 奴と仲良くシャワールームになんかいないのだ。いやホテルの部屋にすらいない。
 一人さびしく奴が借りた部屋の前に立ち尽くしているだけだ。
 時折通るボーイが怪訝そうにこちらを見てくるのがつらい。しくしく、なんにもしないからせめて中に入れてよお。
 あるいはなんでもするから・・・だが。
 大体状況はつかめたと思うが、俺達はとっとと街道沿いのビジネスホテルに入った。中世から存在する首都と旧首都を結ぶこの国の背骨とも言うべき国道。通称1国沿いにあるこの街唯一のビジネスホテルだ。警察署も同じ街道沿いにありその距離は200mほどだ。警察署を出るとジュンは俺を追い越してズンズンホテルに向かうものだから、なんて積極的な奴・・・と少し感動してしまっていた。
 しかしやつはすでにこのホテルに1泊しており、到着と同時にチェックアウトするのー、とのたまった。しかもその前に、
「あなたの会社客間あるわよね、鍵かかるでしょうね?」
と、確認しやがった。結論から言うと何故かあるんだけどね。この野郎、俺んちに泊まって宿泊代浮かしたいだけだった。
 それでも俺は、どうせもう1泊代取られるんだから少し部屋で休まない? と食らいついた。
したらば奴はにっこり微笑んで「それもそうね!」と言って一人で部屋の中に消えていった。
 それが30分前の話。
 いい加減にしろよ、このやろう。
 と、思ったところで奴はいい加減にして出てきた。水色のスポーツバックが荷物に追加されていた。
「おまたせー」
 にこやかに、やけにさっぱりした顔で。
「お前・・・人待たせてシャワー浴びてやがったな」
「うん、一緒に入りたかった?」
 うん。
「あほ」
 人は表と裏を使い分ける事がある。
「だったらせめてロビーで待っててとか言えよな」
「そうだねー、ごめんごめん怒った?」
 ジュンは笑いながら上半身だけ少しこちらに傾けた。シャンプーの香りがわずかに感じられる。
 怒ろうかなと思ったがめんどくさいからやめた。
「で、今度こそどこに行きたいんだ」
「どっか案内してよ。この街初めて来たのよ」
「案内と言っても何にもない街だからなぁ」
 ジュンは少し口を尖らせて俺の顔を覗き込んだ。
「ここって歌手のサランオールカマーズとか狭山ユーゾウとかの街なんでしょ? 縁の物とかないの?」
 痛い所を突きやがる。
「それがないんだ。電柱に歌の名前が書いてある程度」
「なんでよ、観光資源になるじゃない。トップシンガーがご当地ソング歌いまくってるのになんにも利用してないの?」
 言われてるぞ市長! しかしごもっともだ。またとないこの街の資源をここの市民はまったく生かしてないのだ。せいぜい通りに「サラン通り」とか名前を付けるくらいだ。夏になればサランの歌にひかれて多くの若者がこの街の海に来るというのに、迎え撃つこの街はそれを受け止めて金を落とさせる努力が欠けている・・・。なんとかしてほしいぞ。
「んじゃあとりあえず」
 チェックアウトを済ませると俺はホテルから南へ、駅のほうに歩いた。
 ホテルと駅の中間地点辺りにデパートがある。正確にはディスカウントストア。何でも売ってる東半分が四階、西半分が二階建のスーパーだ。
「ここがこの街の憩いの場所、Dクマだ」
 ジュンはこの街最大のデパートであり市民が愛してやまない店を「へー」と見上げた。
「デパートが憩いの場所なの?」
「ああ、何にもない街だからな。週末はここにきて何買うわけでもなくぶらぶらするのがこの街の娯楽だ。んで帰りにそこの「みこしや」でたこ焼きをお土産に買うのがセオリーだ」
 Dクマの1階東側にはたこ焼き売り場がある。それが「みこしや」だ。
「おいしいの?」
「愚問だ。名前はたこ焼きだが関西の物とはちょっと違う。外はカリカリ中はとろりじゃなく、たこ入りの一口サイズお好み焼きが一番近いと思う。どっちがうまいというわけじゃないが、みこしやのたこやきは絶品だ」
「食べたいー」
 大きな瞳が輝いた。まだおやつの時間には早くないか。ところで通りを渡ったところにある「みやけ饅頭」もおすすめだ。自動饅頭製造機が目印。白餡の甘さが絶妙で後引くうまさだ。
「あとでな。まずはDクマにレッツゴー」
「ウインドショッピングね、まぁいいわ」
 ジュンはそれなりに楽しそうについてきた。
 婦人服売り場でこれがかわいいだの、安いだの、靴売り場でやっぱりブーツ暑い、サンダル買おうかななどジュンはDクマを堪能していた。
他店よりめちゃくちゃ安いのがDクマ最大の魅力である。
庶民の味方なのである。
ジュンみたいなお嬢様には今まで縁のなかったタイプの店なのだろう。散々はしゃいで終いには男性服売り場にまで足を運んで俺の服のコーディネートまでし始めた。そんな服ばっかりじゃだめだよーとか言って。仕事着だ、ばかもの。まぁ普段も着てるけどね。
 ジュンいわくそんな服とは俺達便利屋BIG・GUNの活動服である。白のデニム上下で現在は袖をまくって着ている。左肩にはBIG・GUNのワッペンが張ってありシンボルマークは風見鶏である。そんなにかっこ悪いかなー。お気に入りなんだが・・・このGジャン。
 ところで女の買い物とは恐ろしい。店員呼び止めてあれを試着だこれが可愛いなどと始めて小一時間。やっと納得して買うのかなーと思ったら「また来ます」ときたもんだ。
 俺には絶対に出来ない芸当だ。あの店員の時間って一体。
 俺がDクマに来づらくなったらどうしてくれるんだ。
 将来男と別れる時もこんな風にシビアなんだろう。俺は背筋が冷たくなるのを感じた。
 そんな他愛もないときを過ごしていると俺のセンサーに何かが触れた。瞬時に緊張が体に走り全身が戦闘モードに移行する。
 ゆっくり回りを確認すると店員も客もたまたま俺たちの周りにはいなくなっていた。そこに早足で接近してくる影があった。二人。背の高い背広の男が俺の左右から近づいてきた。
「ジュン」
 俺が引き寄せようとすると奴らは突然走り出し間合いをつめてきた。一人はジュンの肩をつかみもう一人は俺をつかもうとする。
 が、やすやすと押さえ込まれる俺じゃない。つかまれる前に軽く左へステップ。男を回避しつつジュンをつかんだ奴のわき腹にエルボーを叩き込んだ。男はあえなくジュンを放して転倒。俺は間髪いれずターン。一足飛びに俺をつかみにきたほうの奴との間合いをつめる。手のひらで奴の腹を押す。男はもんどりうって3mもふっとんだ。
 相手に密着することでバランスを崩し全体重を乗せた攻撃を叩き込む。接近寸打を基本とする八極拳の流れを汲む技だ。今のはパンチではなく手のひらからの体当たりなのだ。大男がぶっ飛んでも不思議ではない。
「来い!」
 俺はジュンの手をつかんで走り出した。まだ状況が飲み込めていないようだ。表情は固まったままだ。無理もないか。
階段へ向かい下の階を目指す。なんとDクマには下りのエスカレーターはないのだ。階段を降りきるあたりでやつらが追いすがってきた。階段の上からやつらはなんと。
ドンっと空間が震えた。
俺はジュンを引っ張って階段を飛び降りさせ二人で横に転がって奴らの死角に入った。
あいつら、撃ちやがった。拳銃でだ。俺達を。
即座に立ち上がり店内を進む。ここは1階で出口はすぐそこなのだが、そこに向かうには奴らから丸見えだ。
1階の文房具売り場を腰を低くして走る。平日の昼間だ。客は極端に少ない。だが発砲事件だ、店内は何事かとざわめきだした。
何列もある陳列棚の影に隠れ状況を確認する。
「怪我は?」
 ジュンは首を振った。さすがに顔色を無くしている。
「すまねぇな、撃ってきたところを見るとお前の追っ手じゃないな。銀行強盗の逆恨みかな」
が、ジュンはまた首を振った。
「違うわ、私を追ってきた人達よ。昨日見た人達だもん。その時はうまく逃げられたんだけど」
 なんだと・・・。
「今度はどう? あっちは撃つ気満々だよ?」
 不安が混じった声だった。俺はわざとらしいくらい明るく言ってやった。
「大丈夫、奴らは素人だ。なんとでもなる」
「そんなことわかるの?」
「物腰、目つき、銃の扱い。そんだけ見れば判断できる」
 これは本当だった。今朝の強盗も素人と見抜いたからあんな派手な大立ち回りをやったのだ。
「とにかくここを出る。走れるな?」
 ジュンは力強く頷いた。気力が回復したらしい。気丈な奴だ。
 防犯用ミラーを見上げて奴らの位置を見る。俺達を追って1階に来ている。二手に分かれて俺達を探していた。手には拳銃を持ったままだ。ガードマンなにしてんだ。俺はベレッタを引き抜いた。予備のマガジンを持っていたので今はきちんと13+1発拳銃に収まっている。ハンマーを起こす。なるべくなら愛するDクマの中では撃ちたくないものだ。
 身を低くしたまま出口へ向かう。Dクマの出入り口は多数ある。さっきとは違うところへ向かおう。一人が近づいてきた。俺はぶら下がっていたコンパスを一つつかむとあさってのほうに投げた。物音に気づいて男は俺達から離れた。出口へ走る。出入り口は一般のデパートと同じようにガラス製で外が見える。出口の向こうはすぐ道路だがそこにでかいアメ車が止まっていた。その前に黒い背広の男が立ってこっちを見ていた。
 手には、こいつも拳銃を握っている!
とっさにジュンの背中を押し伏せさせる。俺も一緒に床に張り付く。その1m上を銃弾が通り過ぎていった。ドアに穴が開いていた。外の奴が撃ってきた。ベレッタを2発撃つ。
ドアにまた穴が開き、割れたガラスの向こうで男が腕を抑えて車に寄りかかった。背後から走りよる足音がした。さっきのやつが銃弾を聞き戻ってきたのだ。俺は床に張り付いたまま回転して仰向けになる。奴が現れた。俺を見て銃を向ける。が、もちろん俺のほうが早かった。1発で奴の額に穴が開いた。
「ジュン!」
 手を引いて立ち上がらせる。外の車は撃たれた男を乗せ、走り出していた。逃げるようだ。
 今は追わなくていいだろう。俺達は店を走り出て車とは反対方向に逃走した。
 なんだってんだ。
 ちくしょう、帰りにたこ焼き買えなかったじゃねぇか。

 俺達は駅前北口ロータリーまでダッシュで戻り「早安」の前も通過して駅に飛び込んだ。
 ジュンは息を弾ませて両手を膝の上に置いていたが、さほどきつくはなさそうだ。体力もかなりあるようだ。こいつはなかなか高性能な娘なのかもしれん。
 それはともかく。
 前かがみになり両腕で胸をはさむ姿勢なため、現在のジュンちゃんはやけにセクシーだ。
 走ったせいで呼吸が荒く頬が紅潮しているのもそれに拍車をかけている。
 今までかわいいお顔と綺麗なあんよばっかり見ていたが、胸元も歳と身長の割に女らしかった。上から見る形になっているためワンピースの胸元に谷間が存在しているのを確かに確認できた。
 ガン見しすぎたか、ジュンは俺の視線に気がついた。棘のある口調で聞く。
「何見てるのよ」
「胸」
 俺の正直さは全国に通用する。
 以前アキバに行った折、アイドルグループ・アカンベ48のライブ会場に並ぶ群衆に出くわした。何気に見上げたそのポスターに俺はつい正直に口走ってしまった。
「アッコちゃんってそんなにかわいくないな」
 アッコちゃんとはもちろんアカンベ48のセンターを勤める松田アキコの事である。
 当然俺は暴徒と化したファン達に追われることになった。
 その時フランス革命直前、暴徒から友を救うため高らかに名を名乗り暴徒を自分に引きつけたフランス王妃の恋人と自らを重ねてみたのだが、まあそんなにかっこよくはなかったか。
僕の弱点は正直すぎるところだッ! 反省しなければッ!
ばっちーん。
ジュンの平手打ちが俺の頬を捕らえた。
さっきと同じように避けたのだが、こんにゃろう今回は一歩踏み込んできやがった。きちんと前回の失敗を踏まえてとっさに改良した技を放つとは・・・。こいつ、やはり只者ではないのでは。
それにしてもいくら胸の形に見とれていた(下着のせいかもしれませんが丸かったです)としても十分避けられる間合いだった。完全な油断だ。この辺りが親父や兄貴に「お前は素人だ」といわれ続ける所以なのだろう。
「こんな状況でいい加減セクハラやめなさいよ!」
さすがにご立腹のようですな・・・。でもどんな状況でもセクハラなんか許さんだろ、お前。
「んじゃ仕事しますか・・・」
俺は切符売り場で入場券を買いジュンにも渡した。
「なんで?」
 顔の高さまで持ち上げてまじまじと見つめている。珍しいですか?入場券。
「南口に行くんだ。ちと用事ができた」
「それだけなら入場券なんかいらないじゃない」
 これにはわけがある。この駅の北口と南口を移動するには300mも西側の踏切を渡らなければならない。しかもこの踏切が一度閉まると10分ぐらい平気で閉まっている開かずの踏み切りなのである。この街の南と北を分断する大きな問題点だ。さすがに歩道橋の建設が計画されているが、これができたところで600m以上の移動を余儀なくされるのは変わらない。そこで入場券だ。駅構内に入ってしまえばホームの連絡橋を使って数分で移動可能である。それでこの駅は全国でも入場券売り上げがトップクラスという妙な肩書きを持っている。鉄っちゃんにもちょっと人気だ。
 それなら・・・とジュンは駅に入り軽やかに階段を上っていく。細い肩の上を長い髪がふわふわと歩調に合わせて揺れる。一歩下がってスカートの中をのぞくようなことはしてませんよ、念のため。
 連絡橋をわたり南口から出ると北口よりあからさまに寂れたロータリーが待ち構えている。空が見上げられる背の低い店が並ぶ駅前商店街だ。
 駅を出たらすぐ左にある小さなラーメン屋が俺の目的地だった。間口一間、カウンター席5人がけのみの小さな店だ。その小さな店先に置かれた椅子に意外な大物達が座っていた。俺が声をかけるとそこにいた3人は笑顔で迎えてくれた。
「ご無沙汰してます、鍵さん」
 一人は駅前の地主であり、ほかにも様々な物件、企業を持ちこの街の経済界のボスである鍵 敬三さん。うちの会社の元の地主さんと友人だったため知り合い、何かとお世話になっている。
 60を過ぎた方だが背が高く筋肉質の肉体を維持している中々精悍な人だ。
「やあ、風見君。今日は活躍だったそうだね」
「ははは、もう知ってましたか」
「あの事件のおかげで演説が中止になったものだから、ここで暇をつぶしてるのさ」
 嘘だ。その辺のご隠居ならともかくこの街のドンがこんなところで井戸端会議しているはずはない。しかも隣に座っているのはこの街随一の有名人だ。俺以上と言っていい。恰幅のよすぎるボディ、それに見合ったぽっちゃりフェイス。どこの会派にも属さないが若いころから地道に努力し庶民的で市民に愛され市長にまで駆け上がった男。
 鳥取 新平。市長とっとりくんの愛称で呼ばれる、この街のリーダーだ。
 政治には何も文句はないが、消防団の式の時どうにも不恰好な敬礼をしたのが印象に残っている。誰か教えてあげればよかったのに。
 この街の政治と経済のトップが駅前のラーメン屋の前で日向ぼっこしているのである。
 ちなみにもう一人は鍵さんの側近兼ボディーガードである黒澤さんだ。身長180cmのがっしりした肉体の上にオールバックのおっかない顔が乗っている。その辺のチンピラならにらまれただけでおしっこ漏らしちゃうほどの威圧感を持った男が二人の横に直立している。
「市長、彼をご存知ですか? 彼が最近話題の便利屋BIG・GUNの風見 健君です」
 鍵さんが市長に紹介してくれた。市長と顔見知りになっておくのは悪くない。
 市長は人懐っこい笑みを見せ立ち上がった。まん丸なおなかがぷるんと揺れる。
「ネットで話題の彼だね。今日銀行強盗を退治してくれた。でもこんなに若いとは思わなかったよ」
「市長、若くとも彼は便利屋を経営する社長です。行動力があり責任感もある立派な青年で私の大切な友人でもあります。どうかお見知りおきください」
 鍵さんにここまで褒められると少々照れる。
聞いていたかね、ジュンちゃん。
俺はどうぞよろしくと頭を下げた。
市長はこちらこそよろしく頼みますと握手してくれた。握手は政治家の基本だね。
「市長の票読みにでも来たんですか?」
 さっき署長も言っていた通りもうすぐ選挙なのだ。
「当たらずとも遠からず・・・かな」
 鍵さんはダンディに苦笑した。
「心配しなくても市長の圧勝でしょ? 人気もあるし鍵さんも支持しているし」
「それがそうでもないんだよ」
 市長が苦しげに口を開いた。鍵さんが後を継いだ。
「最近犯罪が多くてね、なにかと支持率が下がってる。組織票も対立候補に入っているらしいんだが、どこの組織だかわからないんだ」
「政治は難しいんですね」
 国会ならニュースで情勢を聞けるが市の政治となると中々解らん。
「はは、君が気にすることじゃないさ。それよりこの店に用があるんだろ、入りたまえ」
「お二人は?」
「先に入りたまえ、かまわんよ。そこの可愛いガールフレンドを紹介してくれればね」
 うーむ・・・。そんなに俺が女連れだと変なのだろうか。
「セーノ・ジュンです。よろしく」
 俺が口を開く前に今までと違った大人びた声でジュンは丁寧に頭を下げた。お嬢様の顔か。
「こいつはボディーガード中の客です。客には手を出さない主義で」
 俺のプロ意識溢れる発言も鍵さんはジョークと受け取ったのだろう。
「そんな下らんポリシー守るつもりじゃないだろうね」
 と、きた。
んー・・・ノーコメントです。
「冗談はともかく入りたまえ。われわれの用件はもう済んでるんだ」
「そうですか、じゃあ」
と、入ろうかと思ったがジュンはどうしようかな。鍵さんが俺の考えを察してくれた。
「お嬢さんは外で待っていたほうがいいだろう。なに、君が出てくるまで黒澤がきちんとガードするよ。こう見えて自慢のガードでね」
 鍵さんはジュンにウインクした。鍵さんは端正な顔立ちだしこういう仕草も自然にこなす。その上威厳があってかっこいいのだ。
 そこにしびれる、憧れる。
ジュンは笑ってお願いしますと言い俺に手を振った。
 まあ、いいか。俺は礼を言って中に入りかけ、振り返って市長に言った。
「市長、俺地元だし応援してますよ。今回は投票できませんけど」
 市長はええ? と驚いたが、すぐに苦笑して言った。
「ああ、君未成年か」

 店内はさっき言った通り狭い。カウンターの向こうは調理場でエアコンもないので結構暑い。切り盛りしているのは老夫婦だ。じいさんは小柄で細身。ばあさんはその3倍はあろうかという堂々たるお姿だ。
「やあ風見ちゃん、今日は大活躍だね」
 さっきと同じコメントをじいさんがした。
「たった今Dクマで銃撃戦があった。これも君だろ?」
 これには俺も笑うしかない。
「情報速すぎだよ、どういうこと」
「うちの女房は君のファンだからね。情報は逐一集めてるよ」
 いつの間にかカウンターから出て俺の横にいたばあさんが恥ずかしげに笑った。軽く握手してあげたら、うふふと笑って少し女の顔になった。怖い。
「さすが街一番の情報屋だ。で、追加情報が欲しいんだけど・・・」
「まあまあ」
 じいさんは必要以上に笑顔を見せた。
「ラーメン屋にきてラーメン食べないなんて野暮だよ。ちょうどいい、新作試作メニューが完成したんだ」
「へえ」
 俺は笑った。
「用事を思い出した」
 俺は今入ってきた方にターンしようとした。その肩を俺の太ももほどもある腕が押さえつけてカウンター席に押し込んだ。ばあさんだ・・・。
「何、料金なんて要らないよ」
 払うつもりもないけどね。いや払うから帰して。
「今回はこの街の海のイメージでマリンブルーラーメンだ」
 このじいさん時々こういった新作ラーメンを開発する。しかし常に試作のまま終わるのだ。理由は・・・言うまでもないだろう。
「いや・・・俺昼飯食べたとこだし」
「若いんだからラーメンくらいいくらでも入るでしょ?」
 と、ばあさん水を俺の前にドンと置く。ビールの名前が入った情緒あふれるグラスである。嫌な汗が背中に噴出す。何故にラーメン屋でこんな汗かかなきゃならんのだ。
 ヘルプミー、黒澤さん! 今助けが要るのはその小娘じゃなく僕のほうです。
 外に視線を移すとガラス越しに談笑する4人が見えた。ジュンはやけに積極的に話を盛り上げ、それにおじさん達が楽しそうに応対している。鍵さんたちはともかく黒澤さんのこんなに楽しげな笑い声は初めて聞いた。あの女すでに中年親父を手玉に取る術を身に着けているのか?!
 そこに試作ラーメンがやってきた。その名の通り真っ青なスープ、見たこともないラーメンだった。この街の海はこんなに鮮やかじゃないよ! プランクトンのせいで緑だけど青くはないよ!
「君の知りたい情報はこれでしょ」
 じいさんはカウンターの中からメモをちらつかせた。いや、まあそうだけど。
「食べながら聞いてよ、僕の調べだとね・・・」
 あの・・・今一番知りたい情報はこのラーメン食べても大丈夫か・・・ということなんですけど。 

ACT.2 震える殺し屋

「失敗?」
 四角顔で長身の男は不快そうに聞き返した。
「申し訳ございません。邪魔が入るのは想定しておりませんでした」
 長身の男とは反対に背の低い男はばつが悪そうに答えた。病気なのかガリガリに痩せていた。
「ふん・・・所詮は素人か・・・」
 男は考えをめぐらせてから口を開いた。
「奴に始末させよう」
 その一言に小男は眉をひそめた。
「あいつをまた使うのですか?!」
 痩せた部下は声を高めたが長身の男は冷静に返した。
「我々の中でこういう仕事のプロは奴だけだ」
 卓上の煙草入れから香りの強い一本を取り出しくわえる。部下はやや取り乱しながらも懐から銀のライターを取り出しそれに火をつけた。
 その日常的な動作のおかげで言葉を平静に戻しつつ部下は続けた。
「確かにそれはそうですが、奴は我々の同志ではありませんし・・・何より人間的に問題があります!」
 小男の言葉に男は冷ややかな視線をした。それでも小男は食い下がる。
「奴は狂ってます。ガタガタ震えているかと思えばニヤニヤ笑い出す。人を殺して何とも思っていないくせに虫や動物は大層可愛がる。ただの変態ですよ」
「君は・・・」
 冷静な声だった。
「殺し屋に人間性を求めるのかね?」
 小男は言葉を詰まらせた。
「殺し屋なんて気がふれてでもない限り勤まらない職業だと私は考えている。あんな連中に求められるのは仕事を完璧にこなす技術だけだ。それを奴は持っている。我々はそれを利用すればいい」
 男は背中を向けて窓の外の月を見上げた。
「君はこんな失敗で全てを失いたいのかね」
 返答を待っている声ではなかった。小男は首を振って言った。
「わかりました。すぐに取り掛からせます」
 そういって退室し、まっすぐ「奴」の部屋に向かった。最も忌み嫌う男の部屋。
「ボーチャード、入るぞ」
「どうぞ・・・お入りを」
 陽気な声が中から聞こえた。おぞましい。
 ドアを開けると「殺し屋」ボーチャードは両手を広げて迎えてくれた。
「ようこそリュックさん。いや、いらっしゃいませ・・・かな?」
 ボーチャードは机の上に置かれていた黒光りする拳銃を指差した。
「またこいつの出番でしょう?」
「そうだ」
 なるべく無感情に答えた。そして疑問に思ったのでつい質問してしまった。
「なぜわかった」
 殺し屋ボーチャードは「くくっ」と笑って立ち上がった。
 背は高い。180前後はあるだろう。しかし肩幅はあるが細身で手足は針金のように見える。
 真っ赤なYシャツを着込み黒いスリムなスラックスをサスペンダーで吊っていた。
 角刈りで面長な顔つきは一見温和そうに見えるが、絶やさない笑みは・・・狂気が混じっているように見えた。
「あなたは用事がなければここには来ないでしょう? 私をお嫌いでしょうからね。そして私への用事といえばたった一つ・・・。殺しだ」
 背筋が寒くなった。とっとと退散したほうがいい。
「急いでやって欲しい」
「わかりました。明日早速」
 ボーチャードは即答して2度頷いた。リュックは眉をひそめる。
「誰を殺すのかも聞かんのだな」
「誰を殺るかなんて、あたしにゃ大した違いはありませんから」
 ボーチャードは銃を取るとリリースボタンを押しマガジンを引き出す。弾丸が詰まっているのを確認してまたそれを銃に収めた。
「古臭い銃を・・・。もっとましな銃があるだろうに」
 ボーチャードはそれにまたククッと笑った。
「拳銃なんてね、ちゃんと弾が出てちゃんと飛んでちゃんと人が殺せればそれでいいんですよ。あたしゃこれが一番使い慣れている。逆にあたしにゃこいつじゃなきゃ駄目なんですよ」
 ボーチャードは黒光りする愛銃をうっとりと眺め一言付け加えた。
「殺しの時はね」
 確かに美しい銃だ。しかしそれは機能美であり、その機能とは一撃で人を葬り去る事だった。
 やはり・・・こいつとは相容れられない。リュックは一刻も早くここを出たかった。
 それでターゲットの名を早口で告げると逃げるように部屋を去った。

 ラーメン屋の魔の手を逃れ、親父達からジュンを回収すると俺は愛車に乗って我が社兼我が家に向かった。
 愛車プジョー106はラーメン屋から100m東のパチンコ屋の向かいにあるコインパーキングに止めておいた。青いソリッドブルーの車体はどこにいても映える。
 106は生産を中止して久しいが、今なお傑作と言われる小型ハッチバック車である。
 4mに満たないピニンファリーナの息がかかる美しいボディーに1600ccツインカムエンジンを搭載している。このエンジンは1トン無い車体を引っ張るに十分な低速トルクを備えながらレッドゾーンである7000回転まで軽やかに吹け上がるスポーティーな心臓だ。速くはないが、運転は痛快の一言。サーキットや峠に持ち込まなくても街中を走っているだけで運転の楽しさを教えてくれる、そんな車だ。
 そいつに乗って東へ少々行き北に曲がってラギエン通りに入ると、この街名物「波乗り踏切」がある。これを越えていくとわが社がある。
「なんで波乗り踏切って言うの?」
「今わかる」
 106は踏み切りに突入した。小さな車体が線路を渡るたび上へ下へと大きく揺れた。
「波に乗っているようになるから波乗り踏み切り」
 本当の名前は以前外人さんの家が横にあったため「外人館踏切」。ここは四つの線路がある大きな踏切でカーブの場所にある。カーブに合わせて線路は傾いているため、そこを横切る道路はどうしてもでこぼこになってしまうのだ。我がマシンはスポーツカーとしては乗り心地がいいのが自慢だが(猫足と言われている)さすがにこの段差は吸収しきれない。
「この車、かわいいけど乗り心地悪いね」
 ジュンは取っ手につかまりながら言った。
「道路が悪いんだバカモノ」
「音もうるさいし」
 それは俺のせいだ。エアクリーナーを吸気効率のいいむき出しのもの、通称毒キノコに変えている上に排気系はオールステンのタコ足とスポーツマフラー装備だ。んでもって気持ちよく走るためついつい低いギアでぶん回して運転しちゃっている。
「お前も免許取ればこいつの楽しさがわかる」
「ふーん。車は運転したいけどね」
 商店街を抜け住宅地に入ると低いが山が見えてくる。その手前の街道沿いにある3階建てのコンクリート打ちっぱなしのビルが便利屋「BIG・GUN」だ。 

 わが社は地下にガレージがある。いつもの場所にスパッと停める。ジムのエルカミーノ(前がセダン後ろがトラックみたいなアメ車だ)と会社所有のランドクルーザーはあったが三郎のV-MAX(こっちはでっかいバイクだ)は無い。出かけてるんだろう。
 車を降りるとジュンはもっともな感想を述べた。
「ちょっと立派なビルじゃない。これ全部あなたの会社なの?」
「便利屋BIG・GUNだ。自社ビルだぜ」
 仕事を始めてすぐ運よくお金持ちの依頼者に出会い譲ってもらった経緯がある。ま、それは今は関係ないことだ。
「ねぇあれは?」
 階段へ向かおうとするとジュンが入り口の脇に置いてあるドラム缶を指差した。実は俺も気がついていたんだが軽やかにスルーしていたのだ。が、気づかれちまったんでは仕方ない。
ドラム缶の横にでっかいゴミの塊があった。ま、正確にはそのように見える人間だが。
「何こそこそしてんだよ、ベン」
 俺は足早にゴミゴン君に近寄った。ジュンに近づかれないためだ。
 実はあんまり近づきたくないんだけど。
「かか風見ちゃんが、おお女の子連れてるって聞いて・・・」
「わざわざ見に来たのか」
「そ、そう」
 つば広の帽子、薄いトレンチコート、TシャツにGパン姿。髪は伸び放題で顔を覆いどんな顔しているかすら見えない。そしてその全てが埃にまみれて独特の悪臭を放っている。
 一目見てルンペンさんだ。
「どなた?」
 ジュンが怪訝そうにこちらを見た。そりゃそうだ。どう見ても怪しい人物だ。
「うちの派遣社員・・・というかバイトだ」
 本名不明、年齢不明、住所不定、無職。これがこの男の肩書きだ。何しろ俺達と同年代なのか、ずっと年上なのか、不細工なのか、意外といい男なのか、俺でも知らないほど完璧なルンペンスタイルなのだ。ベンというのはこの風貌からついたあだ名だ。世界一有名なビーグルと坊主頭の少年が出てくるあれからな? 名前がないと何かと不便なのでそう呼んでいる。
「そうなんだ、私ジュンよろしく」
 ジュンはいつもよりやわらかく笑い軽く会釈した。
「よよよ、よろしく」
 ベンは実にわかりやすく取り乱し、埃まみれでもはっきりわかるほど真っ赤になって後ずさりした。俺はそれに連動して片手でタックル気味にベンを抱え一気に地上に押し出した。
「かかかかわいいな、あの子」
「そうだな」
 俺は同意した。それにしてもあの女。人によって巧みに挨拶の仕方を切り替えやがる。しかもその全てが的を正確に射抜いている。狙ってやっているようには見えない。天性の感。天才とはこういう奴のことを言うのかも知れん。
「ベン、とりあえず外階段から3階に上がって風呂に入れ。んでロッカーに俺達の活動服があるからそれに着替えろ」
 ベンの表情が一変した。いやよく顔は見えないんだけど伝わる。
「ふふふ風呂は嫌いだな。それにここここの服も好きなんだな」
 コートを大げさにばたばた振る。よせ、埃が出る。
「もう暑いだろ、そんなコート。脱いじまえよ」
「ぬぬぬぬ脱いだら誰かに取られちゃうんだな」
「ここに置いとけば誰も取らねーよ。とにかく風呂に入れ」
 ベンは明らかに困惑していた。
「ななななんで風呂なんて言うんだ? もっとあの子と話したい」
「そのためだよ! いいか、女の子は不潔な男を嫌うもんなんだよ。風呂に入って綺麗になったら俺の仲間だってちゃんと紹介してやるから入ってこい」
 ベンは明らかに迷っていた。髪に隠れた瞳が濡れ始めているのが見て取れた。そんなに嫌なのか、風呂。
「かかかか考えさせてくれ!」
 親愛なるルンペンさんはきびすを返し走り去っていった。涙声だった。なんかすげー悪い事した感じ。変わってはいるが色々便利で目茶苦茶いい奴なんだが。
しかしあの格好のまま女の子に紹介するわけにはいくまい。これから夕飯なのにあいつ中に入れると臭いしなぁ。
 首を振りながらジュンの元に返ると奴は予想外に上機嫌だった。
「今日は面白い人ばっかり会うね」
「次はかなりまともなのを紹介する」
「面白い人でもいいのに。あの人ベンだっけ? 何で出てっちゃったのかな」
 ジュンはベンの姿を探すように入り口の方を見つめていた。
 すまんベン。こいつお前みたいの平気な奴だったかもしれんわ。

 俺達は1階のロビーへ上がった。1階が会社エリア、2階以上が居住エリア。2階がキッチン、食堂、リビングなどの合同スペースで3階がプライベートエリアになっている。
「やあ、いらっしゃい。ようこそBIG・GUNへ」
 階段から上がってくるとジム・ロダンがいつもどおりの穏やかな笑顔で迎えてくれた。
 歳は18歳。2つも年上なのだがタメ口で話せと言われているので俺も三郎もそうしている。担当は主に事務とメカニック。ようするに内仕事なのだが、彼を見た人間はなんで? と思うだろう。ジムは立ち上がってジュンに握手を求めた。ジュンは少し驚きをもってジムを見上げることになる。
 ジム、ジェームズ・ロダンの身長は190cmほどある。ゲルマン民族と言ってもこれはでかい部類に入るだろう。体格も抜群、見事な逆三角形の上半身に丸太のごとき腕と強靭な腰、その下に長さ1mはありそうな足がくっついている。顔はやや面長で美形とは言わないが精悍で男らしい。おっかない表情していたら却って人が寄り付かなくなりそうだが、先ほども言ったとおり常に穏やかな笑みを絶やさない。
 堂々たる肉体と温和な人柄、それにメカニックとして確かな腕も兼ね備えたわが社の良心とも言うべき男。それがジム・ロダンだ。
「ミス・ローランドさんですね。はじめまして、私はジェームズ・ロダンです。ジムと呼んでください。あなたのことは風見から連絡を受けています。どうぞごゆっくり」
 あいかわらず紳士で大人な挨拶だ。ジュンも少し赤くなった。ま、かっこいいからな。
「ありがとうジムさん。私もジュンと呼んでください」
「ジムで結構です。2階へどうぞ、お茶でも飲みましょう」
 ジムはそう促して先に2階へ上がっていった。
 ジュンが階段を上がりながら耳打ちしてきた。
「素敵な人じゃない?」
「まぁな」
「もっと他に仕事ありそうじゃない?」
 ごもっともだ。
「夢はガンスミスだそうな。俺らとしてもその辺は応援している」
「ガンスミス?」
 お嬢様には聞き慣れない職業だろう。
「鉄砲のカスタムとか製作する人間だ。あのガタイには似合わない仕事とは思う」
 そこでジュンはパンと手を叩いた。
「ああ、さっきシェリフのオフィスにジムの名前が書いてある銃が飾ってあったわね」
「よく見てたな。あれはジムがシェリフに贈った銃だ」
 以前、ここを開業する前後のことだ。ジムが事件に巻き込まれシェリフが解決してくれた。
仕事だから当然の事をしただけなのだがジムは何かお礼がしたいと考えた。
その時シェリフの拳銃が軍用そのまんまのコルト・ガバメントであったのに彼は気づいた。
ガバメントは45口径の大威力とシンプルで信頼性が高い構造により傑作銃として長く愛されてきたが最初に軍に採用されたのは1911年。多少改良はされてきたが基本的に古い事に変わりは無い。
ジムは銃のカスタマイズを申し出たが使い慣れた銃に手を加えるのをシェリフは断った。
そこでジムは勝手にガバメントを購入してきて手を入れた。作動の確実性と撃ちやすさ、それに機械としての精度を上げる地味だが効果のあるカスタマイズだった。専門的な用語になるがフロント、リアサイトの大型化、エジェクションポートの大型化、ロングリコイルスプリングガイド、ハンマー、シアのステンレス化そして高精度化などが主な変更箇所だ。
 ジムはこれをシェリフにプレゼントした。シェリフは礼を言ってくれたが困った顔をしていたそうだ。使う気はなかったんだろう。
 しかし一ヶ月ほどしてシェリフから電話が来た。金は払うから自分が今使っている銃をこいつと同じ仕様に改造してくれと。ジムが電話口で涙ぐんでいたのを今も覚えている。
 だから飾ってあったガバメントはジムが最初に贈った銃で、シェリフが今も相棒として腰に吊っている銃は依頼されてジムがカスタマイズした元々シェリフが持っていたガバメントなのだ。完成して納品した際に二人で撮った記念写真は今もジムの部屋に飾られている。
「ふうん、いい話ね」
 ジュンは穏やかな笑みを見せた。
「二人ともいかす奴らだよ」
 2階の食堂に到着した。10畳ほどのそんなに広くない、何の変哲も無い食堂だ。俺らは好き勝手に飯を食う事が多いのでメンバーが集まって使用することはあまり無い。
 椅子に座るとジムがうまいコーヒーを入れてくれた。サイフォンではないが、ちゃんとコーヒーメーカーでいれたコーヒーだ。すばらしい香りが食堂に漂っていた。ジュンが一口飲んでから感想を述べた。
「おいしい。モカ?」
「わかる?」
 ジムの感心した声にジュンは恥ずかしそうに笑った。
「酸味があるから。これしかわからない」
「はは、俺もそういう理由でこれを選んでるよ」
 ジムの一人称が「俺」に変わっていた。すでにリラックスしているのだろう。コーヒーのおかげか、ジュンの力か。俺も飲む。うまい・・・早安とは比較するのも失礼なほどに。
「で、早速仕事の話に入るんだけど。ケンの話だと君は家出中で御両親の追っ手が迫っていると・・・」
「そうです」
 ジュンは素直に頷いた。ジムと話す時大概のやつは丁寧な話し方になる。ジムの誠実さがなせる技だろう。
「で、Dクマで襲ってきたのがその連中」
「そう思います」
 ジュンは口を湿らすようにコーヒーを一口ふくんだ。
 ジムはじっくり考え人差し指でテーブルを叩きながら言った。
「でも、どう考えてもそれはおかしいよ」
「撃ってきましたもんね」
「そう」
 ジムは言葉を選びながら話している様だった。いつもよりゆっくりした口調だった。
「君の家庭の事情はわからないが、家出した娘を連れ戻すのに銃は使わないだろう。まさか親に殺されるような覚えは無いよね」
「ありません」
 真剣な表情になっていた。大人びて子供っぽさが消えた美貌には色気すら漂いだした。
 反面肩はさっきまでより細くはかなく頼りなげに見えた。
「どうだろう、とりあえず家に帰ってみるというのは。Dクマの一件はやっぱり銀行強盗の繋がりで君の家とは関係ないと思うんだ。うちに帰って確認してみてはどうかな。もちろん安全が確認されるまで我々が護衛する。何かあったら電話をくれればすぐに駆けつけてあげるよ」
 ジムの声は優しく諭すようだった。しかしジュンの顔は初めて見る表情に変わった。
 暗い、暗かった。そして今までと一番違うのは返事が無かった事だ。
 ジムは静かに続けた。
「電話だけでもどう?」
 また無言だ。困っているようにも見える。ふむふむ。
「まぁ、いいんじゃないか?」
 俺が助け舟を出した。
「せっかく家出なんてしてきたわけだし。しばらく自由な世界にいたって」
 ジムもそれ以上は続けず、それもそうかと言ってくれた。大人だ。
「夕食の準備でもしようか。お客さんだしピザでも取るか?」
 ジムが席を立つとジュンも表情がパッと明るくなり立ち上がった。
「あ、私何か作る。キッチンあるんでしょ」
 無理して切り替えようとしているんだろう。俺は逆らわずキッチンを指差した。
 食堂の隣には割りとでかいキッチンがある。業務用の流しやレンジも備わっている。もともと大勢が食事するように作られているのだ。
 それにしてもジュンの手料理。女の子の手料理。
すこし心躍る。
ジュンはジムとともにキッチンに入っていった。あそこに女の子が入ったのは初めてだろう。ありがたやありがたや。
そこに聞きなれた爆音が聞こえた。ガレージの監視カメラに一台のバイクが入ってくるのが映った。もう一人の仲間、北下三郎だ。インターフォンを使い来客を告げると三郎はカメラに軽く頷いた。
 ほどなく三郎はヘルメット片手に階段を上がってきた。黒くやや長い髪、ややとがった輪郭に鋭い瞳と口元が収まっている。背は俺より少々高く170中頃くらいか、スマートで足が長い。ちょっと東洋人離れしたルックスとスタイルの持ち主だ。
「今日は大騒ぎだったらしいな」
 嫌味ったらしくハンサムは口を開いた。
 そうくれば俺としても棘のある声で受けて立たねばならない。
「活躍と言ってくれ。後半は仕事だし」
「こんな時なんだ、あまり目立つ事はしない方がいいんじゃないか」
 あいかわらず無感情で冷たい声だ。
「へいへい、気にはかけとくよ」
 三郎は気にいらなそうに口を歪めた。
「で、ご自慢のガールフレンドは?」
「キッチンだ。夕飯を作ってくれている」
「何自慢気に言ってる。お前だけに作ってくれてるわけじゃあるまい」
 わかってるよ、やかましい。
 三郎は挨拶するつもりかキッチンに足を向けた。俺も続く。
金髪娘は長い髪をリボンで束ねエプロン姿でキッチンに立っていた。
い、いいじゃん。
 髪がアップされたおかげで後ろからのプロポーションがはっきり見える。細い肩からなめらかにしまっていくライン。そこから意外なほど丸くなった・・・。
「何見てんのよ」
 ジュンが振り返って睨んだ。
「おしり」
 正直さに世界選手権があれば俺は表彰台に上れる事だろう。
 メダルに歯形をつけてネットが炎上している様が眼に浮かぶ。
 フライパンが飛んできた。今までと違って真っ赤な顔している。すまん、今のはちといやらしすぎたな。
「足」「胸」「おしり」だと「おしり」が一番いやらしいのか。
 ふむふむ勉強になった。
 あっち行ってなさいよと、きつい声で告げるとジュンは調理に戻った。もっとなんか言うかと思ったが意外とあっさりしていた。三郎が隣にいたのだがそれも気がつかなかった。
 奴なりに料理に集中しているのだろう。
料理と言ってもたいした食材があるわけではない。チャーハンとスープ程度の料理らしいが包丁捌き、調味料の使い方など見ていると中々の腕と見た。さすがに自ら作ると言い出しただけの事はある。
俺、昼もチャーハンだったのこいつも知っているはずだが大目に見てやろう。
三郎も感心しているのかしばらく声をかけずに見守っていた。
スープの方が仕上がり、ほっと一息つくとジュンの方が三郎の帰宅に気づいて笑顔で振り返った。
「北下三郎さんですね。初めましてセーノ・ジュンです。噂どおりハンサムさんですね」
 こいつ・・・俺に対するのと声の質が違う。
 その言葉になんと三郎が照れたように笑った。こんな笑い方は絶対にしない男と思っていた。
こいつの笑顔は女を口説くための作り笑いだけかと。
「そうです、よろしく」
「簡単なチャーハンですけど、すぐできますから待っててね」
 すると三郎は苦笑いした。
「すまないが、すぐにまた出かけなきゃならないんだ。1時間ほどで戻るけどね。ちょっとジムの手も借りたいんだ」
「俺も?」
 ジムは突然の指名に少し困惑したように顔をあげた。
 三郎は少々深刻そうな顔で続ける。
「ああ、たいした事じゃないが急ぐんだ。すぐに来てくれ」
 こう言われるとジムは断るような男では無い。
 ジュンにごめんねと言いながら立ち上がった。
 俺なら「えー、飯食ってからにしろよ」と言うが。
 三郎は「こいつ3人前は食うから」と俺を指差すとまたガレージに戻っていった。ジムも続く。
 なんなんだ、こいつは。む、それとも俺とジュンが二人きりになれるように気を使ってくれたのか。いらん気を使いおって、ありがとう友よ。
 残されたジュンはじとっと俺を見た。こいつ俺を見るときはいつもこんな目だな。
「二人になったからって妙な真似しないでよ?」
 するかっ。それは俺のポリシーに大きく反する。いや、だが、しかし。
「あほな事言ってないで、はよ飯にしてくれ。腹減った」
「ふむ・・・そうね」
 ジュンは元の位置に戻ると仕上げにかかった。小さな体が大きな中華鍋をふるってぴょこぴょこと働く。
 うーむ、うまそ。
 ああいや、チャーハンがですよ。
 そして食卓に料理が並べられた。食べる人数が減ったので、本当に俺の皿には3人前近いチャーハンが乗せられていた。ふん、なんのこれしき。食べて見せようじゃないか。
 刻まれた具、米の炒め具合、横に置かれた中華スープ。見た目、香りとも完璧だった。明らかに「早安」の料理とは違う。
料理までできるとはなんとハイスペックな娘よ。
 俺はいただきまーす、と礼儀正しく宣言するとスプーンで大盛にすくうと一気に口へかっ込んだ。が。
「!?」
 な、なにぃ。
「おいしい?」
 ジュンは笑顔だが、やや本気で感想を求めているような覗き込むような表情をした。
 いや、それがその。
 全身がチャーハンを拒否していた。食べてはいけないと全細胞が絶叫を上げ吐き出させようとした。俺は全力でこらえ・・・むせてごまかした。
「なによう、下品ね」
 いや・・・だって。
「がっついて食べるからよ」
 お母さんがやんちゃな息子をしかるように言い、ジュンは自らが製作したチャーハンを上品に口に運んだ。いや、待て。そしてジュンはしばし後こう言った。
「うん、おいしい」
 な、なんだと?!
 俺は再度チャーハンを口に運んだ。脂汗が出る。甘いというか辛いというかどっちでもないというか・・・。経験した事のない味覚。ようするにこれは・・・。
 まずい!
 おいしくない、食えん! な、なんだ、何が起きた。これは確かに奴が作り奴が盛った物だ。奴の皿に乗っているものも全く同じもの。味が違うはずはない。なのに何故奴はうまくて俺は食えないのだ。
 早安のコーヒーに始まってマリンブルーラーメン、そしてこのチャーハン。今日は食の厄日か。
 ジュンはそんな俺に気づかずにこやかに食事を続けていた。
 これが奴の捨て身の嫌がらせでないとすると・・・原因は一つ。俺はまずいと感じるが奴はそう感じないという事だ。
 わかりやすくいうと味覚障害! それしかないだろう。なんて迷惑な奴だ! 見たところやつはそれを自覚していないのだろう。
 ああっ!
 もうひとつ俺は気がついた。
 三郎の野郎、ジュンの料理見ていてこれに気づきやがったな!
 用事なんか嘘っぱちでとんずらしやがったんだ。なんてやつだ、ジムは助けて俺は生贄に置いてきやがった。とんでもねーやろうだ。絶交もん、ばーい!
「なんで食べないのよ」
 ジュンがにらんだ。えーと。
「いや・・・少し感慨深くてな・・・」
 俺は食事を再開した。今度こそちゃんと。
 なめるんじゃねぇ、俺は子供のころから苦痛に耐える訓練も受けている。なんのこれしき。へのつっぱりはいらんですよ。ウェップ。

 三郎達はそれから30分ほどで帰ってきた。何をしてきたのか問い詰めても「ちょっとな」しか言わなかった。予想通りの返事である。こいつとはそろそろ決着をつけねばなるまい。確実に勝てそうな事を探さなければ・・・。
 全員がリビングに集まって着席するとジムが口を開いた。
「隠し事をしても仕方ない。実は君の事を調べた」
 ジュンは神妙な顔になった。つまり調べられて困る事があったのだ。
「君は親に撃たれる覚えはないと言ったが、今回の事件には他に何か心当たりがあるんじゃないかな」
 ジムの声は穏やかだ。どんな時でも女の子を怖がらせるような人間ではない。ジュンは少し考えた。口を割りそうな雰囲気だ。俺では割らなかったに違いない。
 ジュンは今までで一番小さな声で言った。
「言わなきゃ駄目かな」
 下を向いて視線をそらしていた。
「そうだね」
 ジムはジュンの気持ちも考えているようだった。彼もつらいに違いない。大体、問いただすのは俺の仕事であろう。しかし俺が切り出す前に代わってくれたのだ。大人である。
「親の追っ手から君を守るのと銃を撃ってくる奴から守るのでは、いくらボディーガードと言っても勝手が違いすぎる。こいつは言わなかっただろうけど銃撃戦をやったんだ。相手じゃなくこいつが死ぬ可能性もあった。隠し事をしている相手を命がけで守るというのは・・・俺達には難しいよ」
 ジムの言葉はとても重いが声は優しかった。それがジュンを納得させたのだろう。ジュンは大きく息を吸ってから静かに語りだした。
「私のパパ、先週この街で殺されてるの。ここに来たのはその場所を見ておきたかったから」

 ジュンの父ロード・ローランド氏はコルトのデッド・コピーを製作する中規模拳銃会社の社長だった。コピーとはいえ出来はよく値段も安かったため景気はよかったようだ。
 先週仕事でこの町を訪れ銃撃され死亡した。犯人はまだ逮捕されていない。
 その犯行の手際のよさ、射撃技術から犯人はこの道のプロ。つまり「殺し屋」であると推測されている。このくらいの事はネットでも調べる事は出来た。もちろん事件の事自体は俺達も知っていた。狭い街だから。
「手がかりは犯人はコートを着て直前まで震えていた事、凶器は古いドイツの銃だって事だけ」
 目撃情報はそれだけらしい。ちょっと探すのは難しいか。
「気持ちはわからないでもないけど、命を狙われてまでお父さんの最後の場所を見に行く必要はないんじゃないかな」
 ジムの意見はもっともだった。
「もう場所には行ったのよ。でも」
「何か手がかりでも見つかると?」
「そんな事じゃないわ、パパが最後に仕事に来た街がどんな所か知りたかったの」
 ジュンは少しため息をついた。
「なんで殺されなきゃいけなかったか・・・知りたかった」
 一瞬沈黙が流れた。
「今知るべきはお父さんが殺された理由じゃなく、君が何故狙われたかだろうな」
 はじめて三郎が口を開いた。
「お父さんは社会人でましてや拳銃会社の社長だ。恨まれたり狙われたりする理由はあっても不思議じゃない。だが君が狙われる理由はそんなにはないはずだ。普通に考えれば今回の事件に関係していると見ていいだろう」
 む・・・珍しく自主的にいい発言をした。ジュンも真剣なまなざしを向けている。俺も何かリーダー的にいい事を言わなければ。
「お父さんから何か聞いた事はないか」
「聞いた事って何よ」
 どうしてこいつは俺にだけ、つっけんどんな態度なのだろう。くすん。
「お前まで一緒に恨まれているという可能性はどう考えたって低い。まして大勢の人間が襲ってきた事から組織的な犯行だ。となればお父さんの仕事の関係で何か揉め事があったに違いない。で、お前が巻き込まれたということは「よくある話」的にはお前が何かやつらに都合の悪い物か情報を持っているに違いない」
「そんなのもらってないわよ」
 こいつ・・・簡単にゼロに戻しやがった。
「気がつかなかっただけじゃないのか。誕生日にもらったぬいぐるみにメモリが隠してあるとか、ペンダントに暗号が隠されているとかよくあるだろ」
 ジュンがジト目になった。
「ドラマだとよくあるわね」
 一拍置いて付け加える。
「現実だと聞いた事ないけどね」
 くそ・・・なんてかわいくないやつだ。
「何かお父さんの持ち物を持ち出してないか」
 三郎が割り込んだ。助け舟というより業を煮やした・・・という感じだ。
「んーと」
 ジュンはバックの中をごそごそと確認した。
「そういえばI-podを間違って持ってきちゃったな」
「それだ」
 全員が声を上げた。
「どう考えてもそれだろ! 5秒考えればわかるじゃねーか!」
 温和な俺もさすがに切れた。ジュンは少しは反省するかと思ったがなお引かなかった。
「だって何も入ってないのよ。雑音のデータが少し入ってるだけ」
「それだよ! パソコンのデータだろ、それ!」
「パソコンのデータが雑音なの?」
 ジュンがキョトンとした。この辺は女の子だ。機械にはそんなに強くないのだろう。ジムが優しく解説する。
「音声でデータを残すことも出来るんだよ。昔はカセットテープでセーブしてたくらいだからね。しかし今時アナログデータとは」
「へー」
 ジムはI-podを預かると事務所のPCで解析しに立ち去った。三郎はコーヒーをジュンにいれると静かに切り出した。
「お父さんが何故殺されたか知りたいと言ったね。本当に知りたい?」
 ジュンは勘がいい。三郎が何を言いたいか解ったようだ。
「知らないほうがいいかもしれない・・・ってこと?」
 三郎はうなずいた。真剣な表情で何気なく長い髪をさらりとはらう。意識してやってないようだが・・・やけに決まってやがる。むかつくな。
「君にとってお父さんは優しくていい人だった・・・。それでいいんじゃないか? あのデータで何がわかるかはまだわからないが・・・。人に殺されるっていうのは尋常な事じゃない。このまま、忘れてしまった方がいい気がするよ」
 ジュンはさすがに考え込んだ。むむむ、三郎の野郎なにいい人になってやがるんだ。今日一日いい人だったのは俺だぞ。
「パパは・・・正直いい人じゃなかったわ。いつも仕事ばっかりで、人に恨まれることもあったと思うわ」
「だからって娘が父親の汚い部分まで見ることはない」
三郎の声はジムのように暖かくはなかった。突き放すような冷たさが感じられた。こいつは時折こういうところを見せる。特に身内がらみの話になると。やつの生い立ちに関係があるのだろう。
「真実を知るより、パパは本当は優しいいい人だった・・・と思い込むほうが残りの人生にとっていい事だと思うがね」
「真実より綺麗な嘘の方がいい・・・」
 俺は珍しく三郎の意見に感じ入っていた。これは真理かもしれない。女の子はよく愛しているなら嘘は言わないで、とか言う。しかしそんな物が愛情だろうか。少なくとも俺は俺に嘘をついてくれない女は愛せそうにない。
「それでも・・・」
 ジュンは予想通りの言葉を発した。
「後悔しても真実が知りたいわ」
「そうか」
 三郎は静かに言って自分もコーヒーを飲んだ。
「そこまでの覚悟なら俺は何も言わない。協力するよ」
 そう言って立ち上がり手を差し出した。ジュンは少し涙目になりながらその手を握った。
 なんと見事な!
女の子の手はこうやって握るのか。参考になりました。
そこにジムがペーパー片手に帰ってきた。もう解析できたのか。
「まったくガードがかかってなかった。読んでくれ、という物だったよ」
 1枚目のペーパーには見出しがあった。
 私が殺害または不慮の死、行方不明になった場合この人物が関係している。
 なんとストレートな。ローランド氏は自らの身に危険がある事を察していた事になる。
 その男の名は鈴木治夫。隣町出身の国会議員だ。大会社の経営者でもある。政治家が邪魔な実業家を消す。ありがちな話だ。
「写真データもある」
 ジムは2枚目のペーパーをしめした。その表情は曇っていた。そこに疑問を感じつつ写真を見て俺は目を疑った。
 な、なにぃ?!
「こ、こいつが本当に関係しているのか?!」
 俺は思わず立ち上がり声を上ずらせてしまった。ジムはため息をつき頷いた。
「添付されていた写真はそれだ。鈴木氏のHPも確認したが本人で間違いない」
 そんなはずは!
 コピー用紙に印刷されたその写真には、我等がベイブルースのユニフォームに半被といういでたちで踊り狂うおっさんが写されていた。
「ばかな! ベイファンに悪い人はいないはず?!」
 エキサイトする俺とは反対に冷め切った視線をジュンは送ってくれた。
「まじめな話してる時にふざけないで」
「ふざけてはいない! 何かの間違いだ、この男は悪い事なんかしない!」
「なんの根拠があるのよ!」
 ええぃ、いちいち言って聞かさなければ解らんのか、この女は。
「ニワカやエセは知らず! しかし真のファンには悪い奴はいないと断言できる!」
「この人が真のファンだってなんでわかるのよ!」
 よかろう小娘、解説してやるわ。
「まず場所だ。ここは言うまでもなくホームグラウンドのハマスタだ。立っている位置は友の会の招待券で入れる内野Bだ。この男ベイ友の会の会員である可能性が高い」
 ベイ友の会とはベイブルースファンクラブの様な物だ、念のため。勿論俺も会員である。
 ジュンの視線が冷ややか通り越して軽蔑の領域に入り始めた。が、かまうことはない。
「次にユニフォーム。これは前回優勝した時の物だ。優勝したのは前世紀だから長年のファンという事だ」
「形だけのエセかもしれないわ」
「違う。この男の踊りを見ろ。これはラッキーセブンの時にマスコットキャラのボッシー君が踊る物だ。これはプレイの合間にやるからテレビには映らない。ハマスタに行って直に見るしかないのだ。それをマスターして踊っているという事は何度もハマスタに足を運んだ猛者という事になる」
 ジムは苦笑し三郎は横向いてシカトを決め込んだ。
 だが、もう誰も俺を止められないぜ!
「この人がベイファンなのは納得したわ!でも肝心のベイファンに悪人はいないって根拠を言いなさいよ!」
 まだ解らんのか・・・。しかたない、故事を交えて伝えてやろう。
かつて三国時代の中国に劉備という英雄がいた。
その男が国を失い、ある領主の下に世話になっている時、趙雲という豪傑がわざわざ慕って部下になりにやってきた。人生で最も苦しい時に何の得にもならないのに自らを支えようとやってきてくれた趙雲を劉備は心から信頼した。
その後大軍に追われ逃亡する際、趙雲は一人敵軍に駆け込んで行った。劉備の腹心は趙雲が裏切って敵に投降したと報告した。
しかし劉備は趙雲は自分を絶対に裏切らないと一喝した。果たして趙雲は敵軍に取り残された劉備の家族を単身で救い出し見事帰還したのだ。
「・・・それとベイと何の関係が・・・」
「本当に皆まで言わなければならん奴だな! いいか、ベイブルースは現在4年連続最下位だ! どん底と言っていい! そんな弱いチームを本気で応援できる奴に悪い奴がいようか?  いいや、いるはずがない!」
 反語まで用いて解説した俺にジュンは圧倒され、言葉をつげなかった。
「まぁ・・・勝手にしてよ」
「エキサイトしているところ悪いんだけど」
 ジムが切り出した。
「名前書かれてるの鈴木治夫本人じゃなく妻の方な?」
「へ」
 よく見ると写真にも踊り狂う鈴木氏を隣から冷ややかに見つめるおばさんが映っていた。

 一同解散の後、俺は興奮を収めるべくシャワーを浴びた。
 我が社の風呂場は3階にあり共同使用である。4~5人が入れるほどの広さなので湯船にお湯を張るのは面倒だったのでシャワーのみだ。
 すっきりして湯気と共に風呂場を出るとジュンがにらんでいた。
さっきも行ったとおり3階はプライベートエリアであり俺達の個室のほか2階の物ほどではないが小さなリビングがある。風呂場はそのリビングから入れるようになっていてジュンはそこで待っていたようだ。
なんだよ、という前にヤツは突っかかってきた。
「普通一番風呂はお客さんに譲るものじゃ無い?」
 ずいっと緑の瞳を突きつけられた。その手にはさっきのスポーツバッグが握られていた。
 なるほど、また風呂に入りたかったのね。これは気がつきませんで・・・。
 シャワーだけだよ、と断り俺は風呂場をジュンと代った。
 すれ違い様にヤツはボソッと言った。
「のぞくなよ」
 ふむふむうむうむ。 
 何も言い返さず、まだ濡れた髪を拭きながら一番奥の自室に入る。部屋は6畳。ベッド、机などを置くとあまりスペースは無い。ベッドを折りたたみにしようかとも思うが部屋には寝に帰る程度なので現在ほったらかしにしてある。
 ベッドに腰掛今日を振り返る。
 色々あった・・・。人生の中でも比較的濃い一日といえよう。
 銀行強盗ブッたおしてジュンのボディーガード引き受けてまた銃撃戦やって・・・。
 水音がかすかに聞こえる。
 安普請の建物ゆえ風呂場の音がちょっと響いてしまうのだ・・・。
 ふむ・・・なにを振り返っている。今日はまだ終わっていない。
 いや、メインイベントはこれからでしょう、むふふ。
 俺は決然と立ち上がり廊下へ。片手には愛用の一眼オリンパスE3。
 いざ出陣。
 と、目の前に大きな人影があった。ジムの背中だった。手に大きな棒状の物を持っていた。
 えー・・・それは・・・。
 ジムはそのままリビングに腰掛け、手に持っていたものをいじり始めた。
「な・・・なにを?」
 つい声をかけてしまった。間抜けに風呂場の前に突っ立ちながら。
 ジムは顔をあげいつもどおりの爽やかな笑顔で答えてくれた。
「ああ、なんか物騒なことになるかもしれんからな。用心のため、ちょっと手入れだ」
 ジムが持っていたのはM14ライフル。アメリカ初のアサルトライフル、つまりセミフルオート発射が可能な自動小銃だった。デザインはクラシカルなボディ全体を木のストックで覆った物。おそらく一般歩兵用の小銃としては最後のライフルらしいライフルだろう。
 弾丸はNATO共用の7.62mm弾。現在主流の5.56mmよりはるかに強力だ。
 しかしながらそれゆえフルオート発射時の反動はすさまじく普通の人間にはコントロールし難い。
 ジムはこの古めかしい銃が大のお気に入りだ。
 ジムの体格ならこのじゃじゃ馬も使いこなせてしまうのだ。
 まぁ何が言いたいのかといえば・・・有無・・・撃たれたら蜂の巣の上ぺしゃんこだな。
 ジムは俺の手の中のカメラに気づいた。
「カメラなんかどうするんだ?」
 え! いやね・・・。
「せっかく女の子来てるしHP用に記念撮影でもーとか」
 するとジムはダンディに笑った。
「いいね、しかし明日にしよう。風呂上りの女の子を撮るわけにはいかないだろ」
 ははっそれもそうだねー。
 俺はくるりと回って退散することにした。
 廊下を引き返す途中で三郎も部屋から出てきた。
 手にはM4カービンを持っていた。これは最新のアサルトライフルで・・・まぁいいや、そんなこと。やつは俺が何も聞く前に口を開いた。
「デバガメが現れるんじゃないかと用心だ・・・」
 ははは、心配性だね君たち・・・。そんなのこんなところに現れるわけないじゃ無いか・・・。
 ふいに風呂場のドアが開いて「なに?」と濡れたジュンの頭がこちらを見た。
 ちゃんとシャツを着込んでいた。せめてタオル1枚で現れるくらいのサービス精神は無いのでしょうか。
 なんでもねーよ、と手を振って俺は部屋に戻った。
 いやはやなんとも・・・ま、とにかく・・・うむうむ。

 あくる朝。夕べはその後何もなかった。何もしなかった。
 ジュンちゃんのお風呂も覗かなかったし、夜這いもかけなかった。
 ましてや洗濯物を拝見なんぞもしなかった。
紳士だ、我々は。
が、女の子が自宅に来てお風呂はいったり寝泊りするってなんかドキドキするね。
思い起こせば湯上りジュンちゃんもそれなりに眼福だったのではなかろうか。
で、俺はいつものように6時に起き軽い柔軟体操の後ランニングに出かける。10キロを30分で走る。実戦的なランニングだ。続いて筋トレ。で、7時になる。朝飯は各自適当に用意して食うのが慣例。俺はベーコントーストとポテトサラダを大量の牛乳で流し込む。この辺でジュンが起きてきて朝飯をよこせとおっしゃったので分けてやった。こいつが朝飯作ると言い出す前に用意しておいたのは正解だった。
ジュンは昨日とは服装が変わっていた。白のTシャツに薄いピンクのベスト、今日もミニスカートで色は白かった。下着も替えただろうけど何色かまでは情報を持っていません。
家出中だってのに衣装もちなやつ。
とにかく俺達はおばさん「鈴木 峰子」と接触することにした。おばさんの情報はすでにラーメン屋から出前済みだ。接触そのものは三郎が任せろの一言で引き受けた。少々むかつく野郎だが仕事に関しては抜群だ。任せとけばまあいいだろう。で、俺は引き続きお嬢様の護衛なのだがさすがに今日はラクチンだろう。何しろ命を狙われているかもなのだ。大人しく家に引っ込んでいるに違いない。が、念のためかけた「お前狙われてるんだから出歩くなよ」という言葉に「やだ」と返してきやがったので話がややこしくなってきた。
 普通に考えて俺の意見は正しい。そうだろう、怪しい組織に狙われているのだ。出歩こうとする方がどうかしている。
「確認したい事があるのよ」
 駄々っ子というより少し男前な顔つきだった。それで俺は真面目に聞いてやった。
「何をだ」
 ジュンは少し目を反らした。
「パパの殺された場所に何があるか」
「もう行ったんじゃないのか」
「行ったわ。なんて事のない下町だった」
 やれやれだ。ならなんで。
「おかしいと思わない?」
 エメラルドの瞳が厳しく俺を見つめた。
「拳銃会社の社長がなんで下町なんかにわざわざ出向いたのか。そこを狙い済ましたように殺されたのか」
 ふーむ。
「昨日行ったときは疑問に思わなかったけど、夕べ考えてたらどうにも気になって」
 プロの殺し屋が待ち伏せしていたのなら当然ローランド氏がそこに行く必然性があったはず・・・というのがジュンの意見だ。論理的だ。しかし危険すぎる。
「俺達が見てくる。お前はここにいろ」
 しかしやはりジュンはうんとは言わなかった。予想はしてたがね。家出してまでやってきた娘だ。人任せにするわけはない。
 仕方ないので出かける事にした。その前に。
「ピストルほしい」
 とジュンが言い出した。
「危ないなら護身用に持ってたほうがよくない?」
 それはどうかな。なまじ持ってると却って危険な気もする。が、どうしてもと騒ぎ出したので仕方なく武器庫へ案内した。
 商売柄、そして趣味の関係でここにはいっぱい鉄砲の類は置いてある。地下のガレージの横の物置にそれらはしまってある。頑丈な鍵を開けて中に入るとジュンは「おお」と声を上げた。
「すごい、ここ軍隊なの?」
 それは大げさだ。だが驚くくらいの数の銃があった。武器庫の広さは10畳ほど。その壁に埋め込み式の棚があり、用途別にライフルやマシンガンが並んでいる。部屋の中央には陳列棚があってここには拳銃がずらりだ。弾丸類は隣の部屋にまとめてある。
 商売柄必要・・・という事もあるが半分以上は趣味。鉄砲って、はまるといろんなのが欲しくなるのだ。
 俺は中央の棚からジュンでも扱えそうな小型拳銃を見繕おうと目を走らせた。見たところ手の平はかなり小さい。銃を扱いなれているという事も無いだろう。
「拳銃撃った事は?」
「学校の講習受けたわよ?」
 今時小学校でも護身術の授業は年に一回くらいは行われている。拳銃の基本的な扱いくらいは学べる。しかしそれで身を守れるかといえば疑問だ。あれは護身術に興味を持たせる程度の効果しかないだろう。拳銃を護身用に持っている人は多くいるが実際にそれで身を守るのは難しいものだ。拳銃で身を守るという事は大概相手も拳銃を持ってこちらを脅かしているという事だ。そいつが撃つより早く銃を抜いて相手に撃ちこみ、そいつを行動不能にしなくては身を守れないのだ。
 拳銃というものは選ぶのも難しい。女の子の銃といえば小さい物がいいだろうと安易に考えがちだが実際には小さすぎると握りづらく反動も大きくなる。かといって反動が小さい弾丸では威力が小さくなり相手に十分なダメージを与える事が出来なくなる。
 まあ扱いやすさと大きさのバランスでいくとリボルバーならS&WのKフレーム38口径「M10」。オートなら俺が使っているベレッタM84か、こいつのシングル弾倉モデルM85あたりか。
ちらりとみるとジュンは真剣に何かを探しているようだった。
「何だ? 目当ての銃でもあるのか?」
「ん・・・そうね」
 大きな目が珍しく俺から逸らされた。
「上が、尺取虫みたいになる銃知ってる?」
 素人ならともかく、銃の知識がある人間なら知らない奴はいないだろう。
「ルガーか? あれは駄目だよ。古い銃で安全に持ち歩けない。第一お前には扱えないよ、軍用の大型拳銃だぜ」
 するとジュンは大げさにかぶりを振った。長い髪がぶんぶんと振られた。
「違うの、ちょっと見たかっただけ」
「そうか? まぁ、コレクションで持ってることは持ってるけど」
 俺は壁のほうの棚に向かい扉を開けてアルミケースを取り出して奥の机においた。これはクラシックガンなので貴重なのだ。
 ケースを開けるとスポンジに埋まるように「ルガーP08」が収まっている。機能美に満ち溢れた美しいボディと尺取虫のような特殊な機構のおかげで今でもコレクターに人気があり程度のいいものは100万の値がつくこともある。俺のはフレームとレシーバーは本物だが内部の部品はほとんど後世に作られたレプリカなため、作動は良好だがコレクターアイテムとしてはあまり価値はない。
 俺は手に取るとマガジンを抜きトグルを一回引いて薬室内に弾丸が入っていないのを確認するとジュンに手渡した。ジュンはおずおずと受け取った。重さに少し驚いた顔をしてしばらく眺めてから「もういい」と突っ返してきた。表情は硬い。拳銃に接すると恐怖を感じる人間は多いが・・・。
「なんだよ、自分で見たがったくせに」
 ジュンは黙って横を向いた。丸みを帯びた横顔はやはり歳より幼く見える。
「それでパパ殺されたらしいの」
「?」
「目撃者がちらっとだけど尺取虫みたいな銃だったって証言したらしいの」
「そうなのか・・・」
 悲しげな声だった。泣けばいいのに。誰も笑いはしない。
 それでも泣かないのが、こいつのプライドなのだろう。
 頭をなでてやりたい衝動が沸き起こった。しかし右手は動かなかった。
 ルガーに目をやる。恐ろしく美しい銃だ。だがそれゆえに凄みがある。
 父親を殺した銃。ジュンにはこいつがどう見えるんだろう、。
 俺は話を切り上げることにした。
「やっぱり銃なんかいらないだろ。さっさと行こうぜ」

 殺人現場は南口西の商店街だ。商店街と言ってもアーケードがあるわけでもなくホコテンになるわけでもない田舎町である。全て2階建ての個人商店で構成された町並みは前時代を感じさせずにはいられない。ジュンは一度来ていると言っていたが、物珍しそうに辺りを眺めている。
「現場はこの辺だ」
 俺は立ち止まった。
「何もないわね」
 たしかに商店街の真ん中であり、目の前は自転車屋と饅頭屋だ。どう考えても拳銃会社とは関係ない。
「殺し屋はどこにいたの」
「もうちょっと先だ。あの辺から飛び出して反対側に駆け込んだらしい」
 俺の指差した方をエメラルドの瞳はじっと見つめたがやはり何の変哲もない商店が並ぶだけだ。
「よく知ってるわね」
 振り返って俺の顔を覗き込む。長い髪がふわりと地面をさした。
 俺は肩をすくめた。
「ここは俺の街だぜ」
「警察のお友達も多いしね」
 ジュンは柔らかく微笑んだ。
まぁそんなところだ、と返すとジュンはため息を一つついた。
「パパ何しにここに来たのかしら」
「わかってればこないさ」
 至極もっともな事を言ったのにジュンはムッとしてみせた。嫌われついでに付け加える。
「言いにくいんだけど」
「なによ」
「ここが現場だからって、お父さんがここに用事あったとは限らないんじゃないか」
 エメラルドの瞳が「あっ」と大きくなった。
「どこかに行く途中で撃たれただけかも」
 ジュンはむーっと考えた。頭が回るのか回らないのかよくわからん奴だ。まぁお父さんが撃たれてるんだ。冷静さを欠いているのは仕方ないか。
「でもさ・・・ここで待ち伏せされたって事はここを通る可能性が高かったってことでしょ? なら近くに目的地があったって考えるべきじゃない」
 まぁそう考える事もできるが・・・まさかそれをしらみつぶしに探すつもりじゃないだろうな。そんな事を考えていたとき俺の視界に会いたくない奴の姿が入った。ちっ、向こうも気がつきやがったようだ。近づいてくる。
「やぁ、また会いましたね」
 ジュンもはっと振り返り男の顔を確認すると、やや表情が曇った。
 昨日あった73ヘアーな勧誘男が現れた。
「何かお探しのようですね、我々の集会場をお探しですか?」
なんでそうなるんだ。
「昨日用があったら来てくれると言っていたじゃないですか」
 自分に都合のいい発言は確実に覚えていて自分に都合のいいように現状を解釈する。こういう輩の共通点だ。
「セミナーとやらの集会場はこの近くにあるのか?」
「ええ、すぐそこです。どうぞ歓迎します」
「なら、離れよう。じゃあな」
 手を上げて歩き出す。
 驚いたことに73男はまた食い下がってついてきた。こういうのはストーカーとして撃ち殺したらいかんのだろうか。少なくとも俺の倫理には全く反しないのだが。
「今日も警察に行くのだがついて来るのか」
 警察と言われるとさすがに奴は退散した。警察署は例の開かずの踏切を越えていけば割と近い。
「ねぇ本当に行くの?」
「他に行くとこないしな。話聞くんなら警察に直接聞いたほうがいいだろ。娘なら色々教えてくれるかもしれないぜ」
 ああそうか・・・とジュンは納得してついてきた。護衛するにしても警察署なら楽なのは間違いない。
 踏み切りをうまく越え南口から北口に入ると町並みは少し都会っぽくなる。とはいえ木造2階建ての商店街が鉄筋3階建ての町並みに変わる程度だ。しかし人通りは増え、俺の警戒心もやや増していく。
踏み切りを渡ってまっすぐ歩きどんつきがこの街のメイン商店街「グリーン商店街」だ。個人商店やチェーン店が並ぶDクマ前に次ぐ賑やかな所である。左折してこの通りを進みゲームセンターを右折すると警察署まではもう少しだ。商店街から外れるためやや人通りは減り左に警察署、右に郵便局が現れる。そのちょっと手前に動物病院がある。
その前に立つ男を見つけ俺は足を止めた。
 自然に体が緊張してきていた。
 もう暑いだろうと思われるモッズコートを着た男が病院の中の動物たちを見つめていた。
 俺の視線に気づいてか振り返るとにこやかに微笑んでこちらにやってきた。
 イタリア系だろうか。背は俺より高く歳はずっと上。40くらいか。ブラウンの髪と髭を汚らしく伸ばしている。表情とは裏腹に・・・感じる。この男は危険だ。
 俺は一歩前に出てさりげなくジュンの前に立った。
「怖がらないでくださいよ、お二人さん」
 男は俺の5m手前で立ち止まり片手を挙げた。その手はわずかに震えていた。肩も・・・コートなんか着込んでいるくせになぜか震えている。
「あたしゃ動物が好きでね」
 くるりと大げさに背を向ける。大きな背中だ。
「つい見入ってただけなんですよ」
「警察に用事?」
 緊張を表に出さないように問いかけた。
「ええ、まあね」
 男はククッと笑った。どう見ても・・・正常な人間ではない。ジュンも感じ取っているのだろう。俺の後ろから出てこようとはしなかった。
「あなたを知ってますよ。今朝の新聞に出てた」
 確かに乗っていた。駅前の銀行強盗とDクマの一件。Dクマのほうはまだ俺と確定していないから俺の名は乗っていなかったが銀行のほうはデカデカと3面記事に乗っていた。あんまり好意的じゃなかったな。
「すごいですね・・・三人も撃ち殺すなんて」
 新聞と違ってこの男は好意的なようだ。しかし褒められる事でも無いだろ。
「二人だよ。銀行前は」
 Dクマ前のドンパチはまだ報道されていないはずだ。だがこいつは・・・。
「うふ・・・そうでした。あなたと喧嘩はしたくないですね・・・」
「俺もだよ」
 男はまた俺達のほうを向き、体をかがめてまたククっと笑った。
「何もしませんよ、あなた方には。あなたが私に何もしなければね」
「信用していいかな」
「ええ、少なくとも今は」
 今は・・・か。
 男は警察署の中をちらりと覗き込んだ。こちら側は警察署の裏口に当たりパトカーの発進口や中庭がある。男は何かを見つけたようだ。震えは益々大きくなっている。
「じゃ、失礼。また」
 男は片手を挙げ挨拶すると震える足で中庭に入っていった。
「怖い人」
 ジュンがつぶやいた。感のいい娘だ。あの男、まちがいなく・・・。
 その時。
 銃声が響いた。
悲鳴と怒声が続く。警察署からだ。俺はジュンを屈ませ病院まで引っ張った。ベレッタを引き抜き警察署の中をうかがう。建物に入ってすぐのところには巨乳な受付嬢がいるはずだ。
「病院に入って動くな」
 俺は警察署に向かった。銃声を聞いて大勢の警官が中庭に飛び出していた。誰かが撃たれた様だ。建物に入り受付に向かう。裏口なので受付は建物の反対側にある。
 アリスは受付に座っていて無事だった。だが顔面蒼白で動けなかった。
「大丈夫か」
 ベレッタをしまってから声をかけるとアリスは正面の玄関を指差した。震える声を絞り出す。
「たぶん・・・今のが犯人」
「なに?」
「コートの・・・怪しい男が中庭の方から来て玄関から出てった」
 やつだ。警察署内を堂々と?!
「銃を持ってたわ。古いドイツの銃・・・」
 後を追ってみたが奴の姿はなかった。なんて奴だ。俺は戦慄していた。
 撃たれたのは昨日俺が捕まえた銀行強盗だった。留置所から取調室まで移動しているところを中庭から狙撃された。警察署の建物は受付や署長室がある本館と交通課などがある別館があり渡り廊下でそれをつないでいる。要するにコの字をしていて別館の留置所から本館に廊下を渡っている最中に撃たれたわけだ。
 犯人、間違いなくさっきの男は中庭の端から廊下の男を撃ち、そのまま大胆に本館に入って玄関から出て行ったのである。
 待てよ・・・。あの男、さっき署内を見ていた。しかしあの位置からは渡り廊下は見えない。では奴はどうやって強盗犯が現れたのを知ったのか。そして何を見ていたのか。
 中庭に戻ると野次馬が覗き込もうとする大騒ぎの中、フードを被った、おどおどきょときょととしたあからさまに挙動不審な男が外に出て行こうとしていた。
「おい待て」
 声をかけると男はオーバーなアクションで驚き動物病院の前を通って道路を駆け出した。
 俺も後を追い走る。
走り出してすぐ奴は振り返った。
俺は反射的に右へ飛びのきながら地面に這う。
男の手に握られていた拳銃が火を噴いた。しかし弾丸は見当違いの方に飛んで行ったようだ。
奴が撃ってくれたので俺も撃ちやすい。
俺はベレッタを引き抜いて奴の足を撃った。奴はバランスを崩し仰向けに転倒した。立ち上がって奴に接近する。
奴はひっくり返ったまま銃を俺に向けようとした。
 許すはずが無い。俺は即座に奴の右腕を撃ちぬいた。悲鳴を上げて銃を取り落とす男。
 俺は銃を構えたまま奴に近づいた。
「さっきの男の仲間だな? 話を聞かせてもらうぞ」
 奴は怯えながらも俺を睨んだ。極悪人を見る目だった。奴からすれば俺の方が凶悪犯なのだろうか。どこか外れてしまったような狂気の瞳だった。
 奴の狂気はそれだけに収まらなかった。
 奴は銃を突きつける俺の目の前で落とした銃を掴んだのだ。
 そんな真似をすれば撃ち殺される。子供でもわかる事だ。
 だが俺は奴を撃たなかった。
 奴は俺に銃を向けなかったからだ。
 奴は銃をつかんだ瞬間、自らの頭に向かって引き金を引き即死した。
 なんだ、こいつは・・・。薬か? いや違う。これは洗脳の類だ。
 銀行強盗の背後にそんな大掛かりな組織がいるというのか?
 俺はジュンを迎えに行き、また警察署に戻った。
 どうせまた事情聴取が待っている。今度は長引くかもな。
 
 警察は白昼堂々容疑者を署内で撃ち殺され犯人も取り逃がした。前代未聞の不祥事といえよう。シェリフの心中察するに余りある。
 モッズコートの男。おそらくは凄腕の殺し屋だろう。動物好きで何故か震えていた。
 震える殺し屋・・・か。

 数時間後、警察から解放されプジョーをぶっとばして帰宅すると駐車場に見覚えのない男が立っていた。肌はやや浅黒く長身。大きな目は白目の綺麗さが印象的だった。歳は俺より少し上だろうか。プジョーの小さな青い車体を見つけるとにこやかに微笑んできた。それなりにハンサムといえる顔立ちだが・・・はて誰だろう。丸腰に見えるが一応警戒し車を降りた。
「ややあ、風見ちゃん」
 話しかけてきた声としゃべり方ですぐにわかった。
「ベンか?!」
「そそそそうだよ」
 嬉しそうに笑った。こいつの表情はじめて見た。
「あなた友達の顔もわからないの?」
 背後からジュンが非難した。しかしだな。
「割と長い付き合いだが昨日の格好しか見たことないもん。ぶっちゃけ顔見たの初めて」
「どういう付き合いなのよ」
 どういうったってこういう奴なんだから少し変わった付き合い方になったって俺のせいじゃねーだろ。
「けけけ決心して風呂に入ったよ」
「そうか! 偉いぞ。しかしその服似合わないな」
 似合わないというかサイズがだぶだぶなのだ。ちゃんと洗濯されているところを見ると盗品やゴミの類ではなさそうだが。
「じじじジムに借りたから」
 なるほど。本来なら三郎のを借りればよさそうだがまた留守なのだそうだ。勝手に部屋に入ったらセキュリティシステムでマシンガンが仕掛けてあるかもしれん。
「ちょっと小さいかもしれんけど俺の仕事着貸してやるよ。それよりはましだろう。それにちょうどよかった。力が借りたかったんだ。来てくれ」
 ベンは笑顔で俺についてきてくれた。背後でジュンが「ベン割と男前なんだねー」と声をかけるとテレまくってちょっと逃げ出してはいたが。

 警察署襲撃事件はすでにテレビで中継されていた。そしてそれより詳細な情報がラーメン屋から出前されてもいる。みんな仕事速いな。
 発射された弾丸は一発。発射地点から被害者までは30mもある。弾丸は額に撃ち込まれ即死だったらしい。達人の域だろう。俺にできるかどうか。白昼の死角というか、誰も発砲の瞬間を見ていなかったそうだ。署に入ってすぐバンっだったからな。あの男、何かを見て中に入っていった。あの位置からターゲットが渡り廊下に出てきたのは見えない。誰かが先に署内にいて合図したのだ。言うまでもなく俺の目の前で自殺したあいつだ。殺されたのが銀行強盗の生き残りであることも合わせて組織的な犯行。組織を隠すための口封じということか。
 俺はあいつの高笑いをふと思い出していた。
 殺し合いしただけの間柄だったが何か人として繋がるものを感じた。何故か怒りを感じていた。
「えー、こっちの方が似合うよー」
「そそそうかな」
 って・・・おい。
「人がシリアスに事件の検証してる横でイチャイチャとコーディネートするな!」
 ここは俺の部屋で、勝手に俺の服引っ張り出しジュンがベンを着せ替えて遊んでいるのだ。
「ごごごごめん」
「だってーみんな仕事服じゃつまんないじゃん」
 ベンは素直に謝りジュンは思いっきり唇をひん曲げた。
「仕事中に仕事服着てて何の問題があるんだ! 遊びじゃないんだぞ」
 ちなみにこのシャツは単なるデニム地ではなく裏にケプラーが貼ってあり難燃簡易防弾にもなっている優れものなのだ。仕事での安全上もこれを着ている意義はある。
「おおおお俺、やっぱBIG・GUNの服でいいいいな。ななななんか仲間っぽいし」
 ぽいじゃねぇ、お前は仲間だ。ジュンはちと不服そうだったがベンがいいというんだから仕方ない。
「じゃあさ、髪形いじろうよ。洗面所いこう」
 とことん屈しない野郎だ。無抵抗のベンを引きずって鏡の間に移動していった。
 まあ、都合いいや。
「で、その他の情報は?」
 ジムは無言でラーメン屋の報告書を渡してくれた。ふむ・・・あまり進展は無しか。やはり鈴木夫人、峰子さんに会うしかないか。そっちの段取りは三郎がつけているはずだが・・・。
「彼女はどうする?」
 ジムが深刻そうに聞いてきた。優しい男だ。ジュンを心身ともに傷つけたくないのだろう。まあそれは俺だって同じだしベンも三郎も同意見だろう。
「もう、いいだろう。帰ってもらおうよ」
 ジムは自分の意見も付け加えてきた。
「そうだな。その方が安全・・・か」
 一抹の寂しさが胸をよぎった。ベンは怒るだろうか。あいつのために風呂まで入ったのにもうお別れでは。
 俺の携帯が震えた。商売柄俺達の携帯は全員対衝撃防水タイプだ。取り出して画面を見ると三郎からだ。
「今夜鈴木夫人と接触のチャンスがある。お前も付き合え」
 取ると同時にぶっきらぼうに切り出しやがった。仕事中なんだからお疲れの一言くらいあってもいいじゃないか。ま、いつものことだが。
「俺もか? ジュンどうする」
「ジムに見ててもらえよ。そこに閉じ込めとけば危険はないだろ」
 奴の声がさらに冷たくなった。なんとなく後ろ髪引かれているのを気づかれたか。
「閉じ込めておけると思うか?」
「まぁ無理だろうな。薬で寝かしとくのが一番だが」
「起きた時何言われるかわからん。下手すりゃ訴えられるぞ」
 寝かしただけで強姦容疑者になるのは遠慮したい。なんかやっちゃってなるのもヤだけど。
「お前リーダーなんだからなんとかしろ。そもそもお前が連れ込んだ厄介だ。仲間に迷惑かけるな」
 痛いところを突いてきやがった。しかたねぇな。なんとかしよう。
 俺は三郎の意見を了承し打ち合わせの後、電話を切った。
「あいつ、今すぐ帰れと言っても帰らないだろうな」
「あの性格じゃな。ま、そのためにベンを連れてきたんだろ」
 さすがジム俺の考えを理解していたようだ。何かと忙しくなってきたから俺がジュンに付きっ切りというわけにはいかなくなると俺は考えていた。それで交代要員としてベンを呼んでおいたのだ。まぁこんなに速く出番が来るとは思わなかったが。
 いったん地下へ降りて武器庫によりアルミケースを一つ取る。一応中身は確認した。洗面所に向かうとベンはオールバックにされていた。大きな瞳と高めの鼻を備えているので割と似合ったが、今まで顔を覆うボサボサ頭だっただけにイメージが合わない。
「それ却下」
 俺の宣言にジュンは脹れたが、その後「ナチュナルな感じの方がキャラに合うだろ」と付け加えると思いのほか素直に同意した。
 あれこれ、とかしたり分けたりした後かつてのルンペンスタイルボサボサ頭はワイルドスタイルボサボサ頭で落ち着いた。うむ・・・なかなかかっこいいぞベン。ジュンに頭をいじられている間やつは真っ赤になって黙りこくっていた。緊張とテレとくすぐったさと感激が入り混じっていたのだろう。今まで女の子に頭触ってもらうなんて経験なかっただろうし。
 待て、よく考えたら俺も無いぞ。
「ジュンよ、俺の髪型はこれでいいと思うか」
「うん、いいと思うよ」
 ジュンは素っ気無く即答した。こっちを見もしなかった。完全アウトオブ眼中。俺は髪型なんか今まで気にしたことは無かった。床屋に行っても注文は常に「普通で」だった。だから俺の髪型は極めて普通である。たまにはものすごいのにしてイメチェンしてみようかな。だからジュンちゃん、ちょっとはなんか言ってよぉ。
「何しに来たのよ」
 なんか言ったと思ったらこれだ。
ジュンの失礼な発言で俺は用事を思い出した。
「俺今夜三郎と出かけなきゃいかんからボディガードはベンと交代な」
「うん、いいよ」
 またベンの頭に夢中なまま即答した。だからちょっとは寂しそうにいってよぉ。
「ベン、任せられるか? かなり厄介な相手だが」
 傷ついたハートを隠しつつ真面目に話を続ける。ベンは元々真面目な人間なのでちゃんと答えてくれた。
「かかか必ず守るな」
「うん、頼むぞ。銃持ってるか? 必要だぞ」
 あるよと指差したテーブルの上にリボルバーが置いてあった。
 何の変哲も無い短銃身の中型拳銃。かなり古びているのはともかく俺でさえメーカーがわからない三流機だ。チンピラが土曜の夜に物陰から人を脅すのに使うくらいしか出来ないガラクタ。一般的に「サタデーナイトスペシャル」と呼ばれる類の銃だ。
 まあベンにこれ以上似合う銃はあるまい・・・が。今は事態が事態だ。弾が出るのかどうかすらわからん銃では心もとない。俺は持ってきたアルミケースを置いてふたを開けた。
 青光りするリボルバー拳銃が二つの予備弾装クイックローダーと共に収まっている。
S&W M13。同じリボルバーではあるがこいつは一流メーカーS&Wの正規物だ。S&Wのリボルバーとしては下から2番目の大きさの銃で、基本的に有名な38口径リボルバーM10をより強力な357マグナムも使えるようにしたものだ。こいつは2インチモデルで簡易的な照準器しか備えていないが接近戦なら何も問題はあるまい。いや問題どころか、こいつは軽さ、信頼性、使いやすさ、ルックスに優れた、ダブルアクションリボルバーとしては完成の域にある傑作銃といえるだろう。
「これ使えよ、そんな銃じゃ当てにならないぜ」
 しかしベンは顔を曇らせた。なんとなくだが予想はしていたが。
「おおおお俺はこれでいいよ」
「使い慣れたのを使いたいのはわかる。だけど今回はこれを持ってけよ」
 俺はベンの手の中にS&Wを叩き込んだ。ベンはまだ納得していない様子だったが口論しても仕方が無い。
「頼んだぞ、ベン」
 俺はもう一度強い口調で言った。それにはベンもうなずいてくれた。俺はそのまま背を向けて部屋を出た。ジュンが何か声をかけてくれるかと期待したが、あいつはまたベンのコーディネートに話を戻していた。

 俺と三郎は夕方合流、一仕事終えた後日が暮れたころ街の南端に位置する高級ホテルに到着した。
 この街きっての高級ホテルであり、場所も海沿いで海岸線の中心地。なによりその形状からこの街の、いやこの海岸のシンボルタワーとして君臨している。
 その名も「パークホテル」だ。
 高さ的には15階くらいの建物だが、このホテルには何階という概念が厳密には通用しない。中央に突き抜けたブロックがあり、それを取り巻くようにフロアが螺旋状に上がっているのだ。外から見た姿は例えるならサザエの貝殻。あるいはこの街のもう一つのシンボル、海に浮かぶ岩「烏帽子」に似ているような気もする。何しろ目立つので目印としても役に立ち街のみんなに親しまれている。
 だがしかし。中に入るのは初めてだ。多くの市民が入った事はあるまい。そのくらい高級なリゾートホテルなのだ。
 ここに鈴木峰子女史が現れると三郎は確かな情報を得ていた。
 今夜ここで闇カジノが開催される。夫とは別個のビジネス(化粧品だ)で稼ぎまくり政財界にも顔が利くこの婦人はギャンブル好きらしい。たびたびこういう場所を訪れているところを目撃されている。さりげなく近づくには絶好の機会だ。
 俺達はビシッとしたスーツに身を包みランドクルーザーで颯爽と乗り付けた。何故プジョーでなくランクルかと言えばかっこいいからである。
 闇カジノなので未成年はおろか関係者以外完全シャットダウンだ。表の看板には「鍵エンタープライズ主催 有力支援者様晩餐会」と書いてあった。
 で、俺達はというとちゃんと主催者様からの正式な招待状をゲットしている。
 鍵エンタープライズは言うまでも無く鍵さんの会社である。鍵さんに電話したところ事情も聞かず快く招待状を送ってくれた。このご恩はその内返さなきゃいかんだろうな。
 会場はホテルでも一番広いホール。入念なチェックを受けた。正式な招待状であるにもかかわらず丁寧に「電話で確認してもよろしいでしょうか」とまで言われた。俺の顔をしらんとはまだまだだな、このボーイ。
 中に入るとすでにカジノは始まっていて中々の盛況ぶりだった。俺でも知っているような政治家、会社役員、そしてやくざの大物達がゲームを楽しんでいる。
 さて・・・ターゲットは、と。
 俺が辺りを見渡そうとすると三郎が音も無くスッと歩き出した。後ろから見るスーツ姿の長身はとても俺と同年とは思えないほど大人びて見えた。何が違うんだろう。着こなし? 物腰? オーラ? ジュンならなんと答えるだろう。つい見とれてしまうほど絵になる後姿だった。
 やつの向かう先はポーカーのテーブルだった。そこにターゲット「鈴木峰子」はいた。歳は48歳。化粧品会社の社長を務めるキャリアウーマンだ。よほど金かけてるのか肌つやがよく歳より若く見える。会社経営の夫を持ちながら自らもバリバリ稼いでいるところから気性も強いのだろうと思われる。外観にもそんな様子が伺われる。
 それにしても俺より先に見つけるとはさすがだ。どうもこいつには何をやっても敵わない。まぁ天才という人種なんだろう。
 三郎はすぐ声をかけず後ろから峰子のゲーム振りを観察していた。俺は邪魔せず、少し離れたところから両者をながめる。どうも負けがこんでいる様だ。イライラとゲームの合間にカクテルをがぶ飲みしていた。
 三郎が動いた。モデルのように優雅に滑るように峰子の横に移動した。
「そのアルコールの飲み方では勝負に差し支えますよ」
 やんわりとした口調で話しかける。気が立っていた婦人は何よとばかりに振り返ったが、思いのほか若く二枚目の顔がそこにあったので表情を少し軟化させた。
「ゲームは楽しく勝負は勝たなければ、ね」
 絶妙の間合いで続ける。突然の王子様の登場に海千山千のおば様も浮き足立った。
「あなたは?」
 それだけ搾り出すのがやっとのご様子。三郎は天使のような笑みを夫人に投げた。
「ただのゲーム好きですよ。僕が・・・代わっても?」
 三郎の申し出に夫人は催眠術にかかったようにうなずいた。それにしても・・・僕ときやがったか。
 三郎が隣に座りゲームが始まった。信じられない光景だった。
 30分もしないで奴のチップは10倍以上に膨れ上がっていた。しかもそのプレイ振りのクールなこと。薄い笑みを絶やさず夫人へのジョークをはさみつつ、引くときはスパッと引き勝負どころでは必ず勝った。そんなことが可能なのか? まぁあいつの事だからワンペアをスリーカードにすり変えることくらい出来るだろう。俺のTポイントも増やしといてくれんかな。
「ゲームはもう十分ですよね」
 三郎は突然切り出した。
「お近づきの記念にディナーに誘ってくださると嬉しいのですが」
 夫人としても願っても無い申し出だったのだろう。さっきからぼうっと三郎の横顔を覗き込んでいた顔がパッと桜色になった。
「ええ、ええもちろんよ! 近くにいいレストランを知ってるわ。最高の料理をご馳走するわ」
 二人は大量のチップを黒服に換金させイソイソと会場から消えていった。
「すげえ」
 おもわず俺の口から素直な感想が漏れた。出来る男の仕事を見た・・・いや見せられた感じだ。
 ここで俺はある事実に気づいた。
 俺、奴に呼ばれてノコノコ出てきたけどなんもしてない。
 奴はなんのために俺を呼び出したのだろう。ボディガードで忙しい俺を。
 そこにメールが来た。前にも言ったが戦う男は常にGショックケータイだ。三郎からだった。
「俺はご夫人の車に送ってもらう。お前帰っていいから。情報が入り次第連絡する」
 と、あった。
 ふむふむ、最初からこうなる予定だったのね。て、つまりなにか。お前の送り迎えのために俺を呼んだのか?!
 怒っても空しいので俺は一人ガレージに向かった。
外から選挙の街宣車の声が聞こえた。市長のようだ。時計を見るともうすぐ20時、規定ぎりぎり。市長も必死か。選挙ってのは大変なものなんだな。ふと思い出したが鍵さんも選挙の応援で忙しいはずだ。そんな時に雑用頼んで申し訳なかったな。選挙終わったら菓子折りでも持っていくか・・・。

 会社に帰るとジュンとベンは既に寝入っているようだった。まだ9時前だぜ? ま、色々あったから疲れたんだろう。ベンの方は女なんて慣れないものに付き合わされてダウンしていると思われる。すまんなぁ。ジムは当然起きて俺を待っていた。
「首尾は?」
 質問に俺はかくかくしかじかと返答する。ジムは笑いながら「まぁあいつならうまくやるだろう」と言った。癪に障るが俺も同じ意見だった。
「例の殺し屋の情報は入ってないか?」
 ジムはタブレットのロックを解除して俺に渡した。
「ラーメン屋の情報網でも名前はわからない。お前が言うほどの凄腕で、しかもラーメン屋に名が知られていないとなるとかなりの大物ということになる」
 殺し屋なんて闇の中に潜んでいるものだ。映画みたいに名が知れていたらあっという間にお陀仏だ。あいつは相当な場数をこなし生き残り証拠を残さず尻尾も捕まれず今に至っているわけだ。A級の殺し屋と言っていいだろう。
「逆にそういう奴と接触した連中を探せば黒幕にたどり着けるな」
 ジムは頷いた。
「ラーメン屋は既にその線で探ってくれている。あの親父さんたちも腕は一流だ。すぐに見つかるだろう」
 駅前ラーメン屋はラーメンの腕も情報収集能力も天下一品だ。ラーメンの方は変な試作作らなきゃいいんだが。
 ジムは俺の顔をチラッと見た。感慨深げにつぶやいた。
「しかし・・・震える殺し屋か・・・」
「殺し屋なんて・・・皆変な奴だろうからな」
 苦笑しながら俺はその場を離れた。
 部屋に戻り堅苦しいスーツを脱ぎ一風呂あびていると三郎からメールが来た。
 鈴木夫人が接触したと思われる組織の名が記されていた。別れてからまだ一時間ほどしかたっていない。仕事はえぇぇ。
 俺はラーメン屋に電話しその名を告げた。親父は笑って言った。
「なるほど・・・あたしも殺し屋の線でちょっと掴んだ事がありましてね。それで繋がったよ・・・」

あくる朝、例のトレーニングを済ませると三郎を除く全員が食堂にいた。三郎は夕べから帰っていないようだ。お疲れ様です。朝飯はハムエッグ、グリーンサラダ、ライスに牛乳という標準的なメニュー。念のため誰が作ったか確認したところジムだった。まずは安心。味は保障しないよとジムは言ったが彼の料理は水準以上だ。
朝から上機嫌に食事するジュンに昨夜何をしていたか聞くとあっけらかんとこう言った。
「ん? ベンとHなことしてたよ」
 ベンが牛乳を拭いた。後「してないしてない」と真っ赤になった。わかりやすい奴。
「初めてだったんだけどベン優しかったし」
 両拳をほっぺにつけて「うふっ」とポーズをとった。
 ベンは「してないしてない」とさらに言おうとしたようだが動揺して声が出ないようだった。どっちが本当の事を言っているかは明らかだ。
 ジュンの言うことが本当なら細かい描写付で真相を語ってほしいものだ。
「お嬢様が下ネタのギャグはやめろ」
「ケンちゃん女の子に幻想持ちすぎ」
 ジュンは変にいたずらっぽく笑った。キャラに合わない会話と表情だ。
 無理してやがるんだろう。
「こいつはそういうギャグについて来れるほど擦れてないんだ。からかうのはよせ」
 真面目な俺の声にジュンは「あー」と声を上げて、ごめんねとベンの顔を覗き込んだ。
 ベンは飛びのいて「いいよいいよ」と顔を背けた。顔をおさえている。ひょっとして鼻血でてる?
「ケンちゃんは何やってたのよ」
 ジュンが話題を切り替えた。
「三郎と出かけてた」
「どこに」
「パークホテル」
「そういう関係だったの?!」
 えーい、女はすぐこれだ面倒くさい。
「情報収集だ。三郎の仕事しだいで事件は解決だと思う」
 ジュンはほぉぉと感心した声をあげた。
「言っておくが犯人の逮捕とかは警察の仕事だ。このゴタゴタの解決の目処がついたって事だぜ」
「誰なの犯人」
 さすがにジュンは真剣な顔になった。
「三郎待ちだって・・・。それに連中がしょっぴかれるまではあんまり知っていると危険だぜ」
 なんて話をしていたら立派な車が表に止まった。防犯カメラがついてるので食堂からも見えるのだ。降りてきたのはやはり三郎だ。車はそのまま走り去っていく。
 上がってきた三郎に首尾を聞く。
「ラーメン屋の情報どおりだ。裏は取れた。いつでも行動できるぜ」
「さすがだな。朝飯は?」
「いらん、少し寝かせろ」
 徹夜で何をやってきたかは聞かないのが大人。やつにかかればおばさんから情報を引き出すなんて簡単なことなのだろう。俺には人類で一番手ごわいがな。
 ジュンが手を上げた。
「私、買い物行きたい。着替えなくなっちゃった」
 洗えよ。
「事件解決に向けて俺はちょっと仕事がある。その後ならいいぜ」
 三郎も一眠りした後なら付き合うといった。どの道まだ店は開いてない。
「ならさ、私みんなで写真撮りたい」
「写真?」
「記念写真だよ。ブログのねたにもなるでしょ。ケンちゃんの部屋にカメラあったじゃない」
 ある。愛機オリンパスE-3だ。いささか古くなったが防塵防滴能力は今も他の追随を許さないアウトドア向きのデジタル一眼レフだ。まあ確かにジュンがHPに載れば見栄えもいいし、おとといから話題になりまくってるからちょうどいいか。
 というわけで寝る前の三郎まで引っ張り出してビルの前で仲良く集合写真を撮った。
 ベンはこれ一枚しか写真無いんじゃないかな。
 俺達もジュンも何故か楽しげに笑っている写真だった。

 昼近くなって俺達はDクマに繰り出した。銃撃戦があったのにもう普通に営業しているのはさすがだ。護衛の人数は多いほうがいいので店閉めて全員出動である。一応用心のため俺はアルミ製の鞄を持ってきた。秘密兵器である。
 ジュンはらしくないチープな服を物色。あきたらベンの服まで選び出した。俺の時よりやけに派手目のをチョイスしていた。からかい半分なのは明らかだ。親愛の証なのかもしれない。
 ひとしきり見て回った後、遅いランチになった。2時回ってやがる。Dクマの前はセルフサービスのフードコートとベンチが並ぶ広場になっている。祭日は大勢の人で賑わうが今日は平日だ。人はまばらである。各自好きな昼飯を購入しテーブルを囲む。俺とジムは大盛カレー。ベンはおにぎり。三郎はホットドックを3本。ジュンはパスタと念願のみこしやのたこやきだった。
 さて・・・さっき打っておいた手がそろそろ効果を発揮するころだが。
 携帯ではなくスマホを出して確認する。こいつも勿論対衝撃防水スマホ。
 書き込まれている。しかもHIT数も反応もかなりのものだ。念のため報告するか。ポケットから携帯を出して電話する。
「シェリフ、ネットに興味深い記事が」
 警察署長様に直電すると怒声が返ってきた。ま、この人はいつも声はでかい。
「人格改善とかいうやつらの件だろ! こっちは対応で忙しいんだ!」
 こっちの声も聞かずガチャンと切った。いや携帯だからポチッとなんだが、シェリフの場合どうしても黒電話を叩きつけるイメージが強い。
 ネットの記事はこうだ。
「人格改善セミナー利用し強盗殺人」リュック・コールマン(46)は精神治療を理由にねずみ講まがいの手法で若者を集め暗示と薬品を用い洗脳。数々の犯罪を計画実行してきた。銃器を多く買い集めテロ活動まで画策していた模様。
ご丁寧に銃取引の現場のビデオまで映されていた。映っているのはコールマンと中年男。
中年男は背中向きで顔は映っていないが状況からしてローランドと見ていいだろう。
ジュンのI-podに入っていたデータを解析して俺がハッカーにばら撒くよう頼んだものだ。あのおばさん以外にもこのデータが入っていたのだ。ジュンのお父さんが映っていたのでジムが気を使ってあの時は隠していたのだ。
ローランド氏は何故こんなデータを隠していたのか。
おそらく保険だったのではないか。裏取引の後証拠隠滅のため暗殺されることはよくある。製品を裏組織に買ってもらったのはいいが消されてしまっては何にもならない。そこで自分が死んだらこのデータが流されるぞと組織に言っておいたのかもしれない。しかしまぁ結局殺されちゃったわけだが。データはローランド氏の側近辺りがばら撒く予定だったのだろうがジュンが間違えて持ち出してしまったので今まで公開されなかった。組織がジュンを襲ったのは言うまでもなくデータの回収。公開されてしまった以上もうジュンを狙う意味はなくなった。それにシェリフが出張ってきた以上小娘なんか相手にしている余裕はあるまい。まあそういうことでどうだろう。
 西のほうからパトカーのサイレンがけたたましく鳴り響いた。シェリフ出動だ。がんばってね。
 ジュンが携帯を見て事態を把握した。ニュースが送られてきたんだろう。
「これ、この事件のことだよね」
「まあね」
 ジュンの声はちょっと不機嫌そうだった。
「ケンちゃん達がネットに情報を?」
「声がでかい。ノーコメントだ」
 俺はカレーを全部食い終えてから告げた。
「これでとりあえずお前を狙う奴はいなくなっただろう。一件落着だ」
 するとジュンはほっとするどころか怒った。
「落着じゃないよ! お父さんを殺した犯人は見つかってないじゃない」
 俺が一瞬言葉に詰まると三郎が助け舟を出してくれた。珍しい。
「組織の誰か。あの警察署を襲った殺し屋って事でいいだろ」
 ジュンは何故かまだ納得していない様だった。そこでジムも声を出してくれた。
「なんにせよ、犯人探しは警察の仕事だ。俺達はボディガードで探偵じゃない。ここまであぶりだせば犯人はすぐに警察が見つけてくれるよ。シェリフは優秀な警官だぜ」
「じゃあ・・・」
 ジュンは一瞬目を伏せた。が、顔を上げたときにはまた天使の笑顔を取り戻していた。
「海に連れてってよ、この街の海まだ見てないよ」
 この街の海は確かに有名だ。古くからの海水浴場ではあるし歌にも歌われている。
 しかしだな・・・まだ寒いぜ、おじょーちゃん。
 だがジュンはお構い無しに立ち上がって俺の手を引っ張り出した。
 事件の解決は仕事の終了を表し、それはすなわち俺達の別れという事になる。
 ジュンがごねたのはそれを認めたくなかったから・・・と思うのは自惚れが過ぎるだろうか。

 この街の海水浴場には特筆すべきものはほとんどない。例のパークホテル前の海は遊泳禁止なので海水浴場はパークからはるか西のほうに位置している。だから有名かつ特徴的なあのホテルで遊ぶことも出来ない。このホテルを題材にした例の有名な歌では海で遊んだ後雨に降られてパークホテルに逃げ込んでいるが完全に嘘である。
 話を元に戻す。とにかくこの海は何の変哲も無い砂浜と海があるだけの田舎の海だ。ま、そこがいいんだけど。
なんにもないのにジュンははしゃいでいた。
釣り船宿を覗き込んで魚に喜んだり、売店でご当地グッズを買いあさったり、さっき食べたばっかりなのに焼いた貝食べてみたり海岸を満喫していた。
 ああ、特徴的なものがあった。海水浴場入り口にこの街の頭文字「C」の形をしたでかいモニュメントがある。こいつの前で写真を撮るとCの中に海に浮かぶ烏帽子型の岩が入りナイスな観光写真となるのだ。言うまでもないが俺はそういう写真は撮ったことはない。
 ジュンは当然撮ると言い出した。カメラは持ってきた。砂が飛ぶ海岸でも平気で撮影可能な我が愛機オリンパスE-3。ふふふ、面目躍如。ベンも誘われたがツーショットは恥ずかしいと逃げ回り結局ジュン一人で写した。天気もよかったしカメラもいいし被写体もよかったので市役所の観光課に持ち込んだらHPのトップに乗せてくれるかもしれない。うむ、いい写真。
 写真を撮り終えると逃げたベンを追ってジュンは走り出し鬼ごっこに移行していった。ジュンの遊び相手はベンが引き続き担当してくれるようだ。助かる。
 助かるといえば砂浜は見晴らしがいい。逆恨みした組織の奴らが襲ってきてもここならすぐ発見できる。そういった意味では助かるな・・・海。
 俺は鬼ごっこの二人をしばし眺めていた。
 疲れたのかジュンが不意に立ち止まった。ポケットから携帯を取り出して何か打ち出す。
 と、マナーモードになっていた俺の携帯が震えた。
 メール。ジュンからだ。目の前にいるのに女ってのはまだるっこしい。横にいたジムは反応していないので全員に送ったわけではなさそうだ。
 メールの中身はこうだった
「私のこと好き?」
 心がざわついて唇に渇きを覚えた。ジュンに視線を戻すと何事も無かったかのようにまた海で遊び始めていた。
 うろたえて、けしていい気分ではない自分に自己嫌悪を感じていた。
 俺はなんと返してやればよかったのだろう。
「おい」
 突然耳に差してあったブルートゥースのマイクから三郎の声がした。事態を把握する前に体と精神が戦闘モードに切り替わる。腰を落として振り返る。ジムも続いた。
 海岸通からアメ車がこちらに突っ込んできていた。Dクマで襲ってきた車だ。すでにドアを開け二人飛び降りていた。手にはそれぞれサブマシンガン・イングラムを持っていた。
 空気が震えたのを感じた。。
 同時に男たちの一人がのけぞって倒れた。ついで銃声。超音速の弾丸に撃ちぬかれたのだ。
 三郎の射撃だった。嘘だろ、やつはジュンたちをはさんで俺達と反対側にいる。つまり波打ち際の方で距離は100m以上ある。それを一発で打ち抜きやがった。
 そもそもメールに気を取られていたとはいえあの距離で俺より先に反応しただけでも只者じゃない。いや今わかったことじゃないんだが。
「ベン、逃げろ」
 ベンの耳にもマイクは突っ込まれている。通話は会議モードになっておりマイクをしていないジュン以外全員に聞こえる。勿論今のはジュンを連れて、という意味である。ベンは理解してジュンの手をつかんで防風林の方に走り出した。
 俺はジムに右手に回るように手で指示すると例の鞄のスイッチを入れた。赤いレーザーが発信された。薄暗くなり始めていたからはっきりと視認できる。やつらはさらに二人車から降りてきた。運転席と助手席に乗っていたやつらだ。残りは3人ということだ。やつらと俺達の距離は30mほど。十分射程内だ。奴らがイングラムを撃つ前に俺はレーザーを車の左側の二人に向けてもう一つのスイッチ「引き金」を引いた。
 パパッと短い銃声が轟いて前にいた奴がうずくまった。続けて2回3回と引き金を引く。鞄の中から放たれた銃弾は正確にレーザーの示した位置に着弾し二人目の男も打ち倒した。
 鞄の中身は高性能サブマシンガンMP5Kである。ドイツのH&K社が開発したこいつはアサルトライフルG3と同一のシステムを持つ。こいつが登場する以前のサブマシンガンは短時間で拳銃弾を至近距離にばら撒くだけという代物であった。がMP5は拳銃弾を使う小型アサルトライフルという性格の持ち主。つまり弾丸をばら撒くだけでなく精密な射撃も可能という事だ。KタイプはMP5の中でも最小の物である。
鞄の取っ手の所に安全装置と引き金がついており鞄から出さずに発砲することが出来る。拳銃以上の武装がしたかったがまさかマシンガン片手にまちを闊歩するわけにはいかなかった。そこでシークレットサービスも使っているマシンガン携帯システムを持ち出したのだ。照準は可視レーザー光線「レーザーサイト」で付ける。弾丸の当たる辺りにレーザーが向くようにセットしておき銃を構えなくてもレーザーを相手に当てれば狙いが定まるというわけだ。発射モードは一回の引き金で3発の弾丸が発射されるバーストモードにセットしておいた。1発撃ちのセミオートより命中性が高く、連続発射のフルオートより弾の消費が少ない使いやすいモードだ。
 ジムも発砲した。俺の銃より一段でかい轟音。セレブなリボルバー・コルトパイソンから放たれた357マグナム弾によるものだ。
 最後に残された男の手からイングラムが弾き飛ばされた。さすがジム、無益な殺傷はしない。
 降参すればいいものを男は車に戻って逃走を図った。エンジンはかかったままだったから車内から運転席に滑り込み発進させるまでそんなに時間はかからなかった。止めようと思えば止められたが、まぁいいや、あんな雑魚。とにかくやつらは動いた。こっちも遊んでられないか。
「ジム、ジュン達と店に戻ってくれ。俺と三郎は今夜中にけりをつける」
「了解、先に行く」
 三郎から無感情な声が聞こえた。ジムもジュン達が消えた方に足を向けようとした。すると。
「なんなの、なにしようっていうの」
 マイクからジュンの声がした。あいつはマイク持ってなかったはず。つまりベンのやつを奪い取って、あるいはベンの顔に自分の顔を押し付けてむりやり共有しているかだ。何故か後者な気がした。赤面してどぎまぎしているベンの顔が頭に浮かんだ。
「まだお前の命狙おうってやつらがいるんだ。大元はわかってる、俺達でなんとかする。お前は家で待ってろ」
 ジュンは反発するとわかっていた。しかし内容は俺の予想と違っていた。
「嘘よ、なんか不自然。ケンちゃん私に嘘ついてるでしょ」
「うるせえ、何を根拠に」
「初めて会った時からケンちゃん私の事知ってたでしょ。偶然会ったみたいな顔してたけど嘘よ」
 俺はプロだ。こんな事を言われても冷静に対処できる。
「どういう事だ」
「私のことお嬢様って知ってたわ。そんなこと一言も話してないのに」
 本当に切れる奴だ。だが俺だって伊達に生きてきたわけじゃない。
「雰囲気と着ている服で予想はつく。俺は素人じゃない」
 間髪いれずに切り返した。しかし勝者は俺じゃなかった。
「服で見分けがつくわけないわ。あの時着てた服、この街の安い店で買った物だもん。まだ薄ら寒いのに、もう夏物の服しか売ってなくて寒かったんだから」
 それであんなノースリーブの服だったのか。
 お前は素人だ。
 親父の声が響いた。
「俺は行くぜ」
 三郎から無感情な声が届いた。俺のドジを呆れているのか。助けてくれたのか。
「俺も行く。話は後だ」
 俺は三郎に便乗してその場を後にした。まあ、逃げ出したわけである。
 すぐに後悔する事になるのだが。
 俺は砂浜から道路に向かって歩き出した。耳にはジュンをなだめているのだろうベンのおぼつかない声が聞こえていた。女の子の扱い苦手なのに悪いな、ベン。帰ったらみこし屋のたこ焼き奢ってやる。
 三郎の声が割り込んだ。
「お前、あの子どうする気だ」
 こんな時にややこしい質問をしやがる。
「別に。明日家に帰すさ」
「それでいいのか」
「いいさ、仕事上問題はない」
 そこにジムも入ってきた。
「仕事上の問題じゃないだろ」
 いつものように穏やかな声だった。
 俺は即答はしなかった。少し言葉を選んで言った。
「仕事以外の付き合いなんかないさ」
 ジムはため息混じりに笑い、三郎は冷たく言った。
「お前はガキだな」
 俺はちょうど駐車場のプジョーに到着した。ドアを開けながら静かに言い返す。
「悪いか?」
 さらに絡んでくるかと思ったが三郎の返事は意外だった。
「いや・・・いいんじゃないか?」
 三郎の言葉を深く考えてみながら俺は106に乗り込もうとし中断した。
 銃声が林から聞こえたのだ。
「こっち!」
 緊張したベンの声がマイクから聞こえた。ついで銃声。1発、続いて2発。マイクからとワンテンポ遅れて直接耳にも聞こえた。
 状況は詳しくわからなかったがベンたちが襲われているのは明らかだ。こちらのやつらは囮だったか。俺は銃声のほうに走った。
 3発目が鳴ると銃声はしばし収まった。
「ベン、無事か」
 走りながらの俺の問いかけに答えが来る前にジュンの声がかすかにマイクに入った。
「あっち!」
 すばやく動く物音。ガチンと金属音がした。そして銃声。激しい物音。
 聞きたくもない声が聞こえた。
「ベン!」
 悲鳴はマイクを通さなくてももう聞こえていた。
 薄暗くなり始めた林の中に一人の男に引きずられていくジュンの姿が見えた。
 銃を向けたが撃つわけにはいかなかった。ジュンに当たるかもしれない。
 男は俺達に気づき一発撃ってきた。狙いはいい加減で当たるはずもなかったが、とっさに俺達を伏せさせるくらいの効果はあった。
 男はジュンの小さな体をひょいと担ぎ上げその場を走り去っていった。立ち上がって追う。
 が、しばし走って立ち止まった。男がジュンを捕まえた辺り。予想はしていたが、な。
 見知らぬ男が二人倒れていた。ベンが撃ったやつらだろう。そして5mほど離れたところにベンはいた。
 ベンはリボルバーを握ったままその場に倒れていた。胸の真ん中に血がにじんでいた。
「あああのこを助けて・・・」
 俺を見つけるなりベンは荒い息で言った。
「おおお俺のせい。友達のいい言う事を聞かなかったから」
 ベンはリボルバーを少し動かして見せた。
「たたた弾が出なかった」
 そのリボルバーは俺が渡したS&Wではなかった。ベンが最初から持っていたサタデーナイトスペシャル。
 ガラクタだった。
「おお俺は大丈夫。ぜぜぜんぜん痛くもないな・・・」
「すぐに痛くなるよ」
 ベンには嘘をつかない事にしていた。ベンの目が丸くなった。
「あああ、熱いな」
「すぐに、寒くなる」
「ああああ、本当だ。寒い」
 ベンの体はガタガタと震えだした。俺はひざまずいてその肩をさすってやった。
「おおお俺はいいから、あのこを・・・」
 ベンはジュンが連れ去られたほうを見つめた。俺は立ち上がって告げた。
「任せとけ、必ず助ける」
 返事はなかった。震えも収まっていた。
 ジムが追いついてきていた。とりついて大声を上げる。
 俺はその背中に静かに言った。
「後を頼む。俺は行くよ」

 ジュンをさらったやつの顔ははっきり見えた。少々驚きもした。俺はてっきり警察署であった「震える殺し屋」のお出ましかと思っていた。
 ところが相手は大物だった。まだ捕まっていなかったのか。
 リュック・コールマン。
 とにかく早くとっ捕まえないとジュンの命と貞操に関わる。
 が、俺はあわててはいなかった。コールマンの個人情報もかなり把握している。
 俺はプジョーに乗り込み奴を追いかける。海岸線を東へ向かっていた。プジョーを3速いっぱいでぶっ飛ばしつつ俺は携帯で電話をかけた。数回のコールで奴は出た。念のため言っとくがハンズフリーだぜ?
「ハロー、コールマンさん」
「君は?」
「ナンパにしては強引過ぎますよ。年齢も少々離れすぎでは?」
「BIG・GUNとかいうガキか!」
 紳士らしからぬ口調だった。コールマンの本職は青少年育成コンサルタント。青少年の教育、進学、就職などを斡旋する仕事らしいがどう聞いても天下りっぽいお仕事だ。実際やつは去年まで文部省官僚だった。
「ケンちゃん?! ベンは?」
 電話の向こうからジュンの声がした。よく人の電話に割り込む奴だ。人の心配してる場合じゃないだろ。
「今更そいつ捕まえてもメモリなんかでてこないぜ。裸にひん剥いてもな。ま、ひん剥くのが目的なら少しは理解できるが」
「私は子供には興味がない」
 教育者的にどうかと思う発言だな。そうしてみようか、なんて言っても問題だが。
「大体あんたの名前も悪事も公表されちまったんだ。どうしようってんだ」
 奴は答えなかった。
「やっぱりあんたはまだ公表されてない奴の手先だったって事だな」
「きさまっ・・・やはり知っているんだな!」
 興奮していた。まあ官僚だった男が女の子誘拐してるんだ。平静な状態のわけがない。俺は勤めて穏やかに切り出した。
「取引しないか。俺はとりあえずあんたの親玉の事は公表しない。証拠のメモリも渡そう。あんたにもこれ以上何もしない。俺の要求は」
「金か?」
 人の言葉を遮って下卑た事を言いやがった。偉そうな奴は常に自分が基準だから困る。
「その娘だ。そいつさえ返してもらえば、あんたの事はもう知らない」
 もう一言付け足した。
「俺は警察じゃないんだ」
 奴の車が見えた。ごねたら手荒い手段をとるしかない。ダッシュボードの中の銃を確認する。カーチェイス中の銃撃戦を想定して少々強力な奴をしまってある。
「信用できんな」
 やつは笑っていった。俺の言葉に嘘はなかった。正直こいつはシェリフが裁いてくれるだろう。奴のような人間には自分達の重大事と女の子一人を引き換えにするなど理解できないのだろう。俺はジュンさえ助けられれば、この場はどうでもよかった。
 たとえベンの仇でも。
「お前たちを皆殺しにすれば取引なんぞしなくても済む。あんな奴でも無事にすめば私の減刑位は簡単にやってくれるんだよ」
「そんな事してくれるわけないだろ」
 俺は冷ややかに言った。
「偉い奴なんて用済みは切り捨てる事しか考えてないぜ。大体なんでこんなばかな事に手を貸した。真面目に働いてりゃ金も権力も手に入っただろうに」
「偉そうな口を利くな、ガキ!」
 俺の言葉は奴の逆鱗に触れてしまったようだ。
「本流から外されてしまった官僚の惨めさが貴様らクズになど理解できるか!」
 奴は電話を切った。やれやれ。俺はダッシュボードの銃に手を伸ばした。
 その時、プジョーのリアガラスが砕けた。撃たれた。後ろから。
 バックミラーで確認する。いつの間にか後ろに馬鹿でかいアメ車がいた。さっきのやつじゃない。真っ黒で丸みを帯びたワゴン。全長約5.5m全幅2.2mもある巨体をV8-5.7Lのエンジンで引っ張る。ロングボードが後ろにすっぽり入るため、サーフィンのメッカたるこの街ではよく見かけるバカモノいやバケモノマシン・カプリスだ。サーファー仕様とも言うべきベタベタに車高を落としたシャコタンに改造された個体だった。色と形があいまって巨大なゴキブリに見える。
 電話が鳴った。非通知だ。この状況では相手は想像がつく。
「また会ったね兄ちゃん」
 知った声だった。警察署で強盗を撃ちぬいた男。
 震える殺し屋だ。
「寂しくはなかったよ。後ろの車か?」
「ええ、ちょっと付き合ってもらいますよ?」
「悪いが急いでいる」
 少し疑問がわいた。
「なんで俺の番号知っている」
「兄ちゃん有名人ですからね」
 まぁしらべりゃわかるか。疑問はもうひとつ。
「このタイミングであんたが出てくるなら、コールマンが出張ってくる必要なかったんじゃないのか?」
 質問に男はまたあの薄気味悪い笑いをした。
「あたしはねぇ、女子供には手を出さないんですよ」
 そりゃ紳士だ。
「俺も子供って事で見逃さないか?」
 奴は少し笑ったようだ。
「兄ちゃん程の男にそいつは失礼でしょう」
「そいつはどうも」
「兄ちゃんとはやりあいたくなかった」
 言葉の割に嬉しそうな口調だった。少し震えているように聞こえた。
「なんでだ、あんた凄腕だろ」
「兄ちゃんなんかあたしと似てるからね」
 気持ち悪い事言いやがって。
「声が震えてるぜ?」
 すると奴は恥ずかしそうに笑った。
「白状すると仕事の前はいつもこうなんです。大丈夫、銃を握れば安心しますから」
「・・・」
「もう一つ白状させてください」
「聞こうか」
「兄ちゃんの仲間撃ったのあたしです」
 さして驚かなかった。コールマンに人を撃てるとは思わなかった。コールマンのずっと後ろから狙撃したんだろう。
「女子供には手を出さないんじゃなかったのか」
「彼は子供じゃないでしょ」
 うーん、どうだったかな。
「誘拐の手助けだろ」
 やつは心底困ったように答えた。
「ギリギリセーフって事で勘弁してください」
「勘弁するわけねぇだろ」
「そりゃそうですね」
 奴は何故かさびしそうに笑い、豹変した。
「そろそろ行くぜ、兄ちゃん」
 カプリスが接近してきた。床までアクセルを踏んでいるが見る見る詰められる。
 無理もない。こっちは1600cc、むこうは5700だ。最高速度はまるで違う。やつの下品なノーズがプジョーのバンパーを押し始めた。このまま壁にでも持っていくつもりか。海岸線はまるでカーブのない直線道路だ。どうしてもパワー勝負となる。
 コールマンの車はすでに視界になかった。仕方ない。
 俺は左にターンして市街地に突っ込んだ。軽くホイールベースの短い106は抜群のハンドリングを誇る。やつのオカマほりをかわし市道に切り込む。
 だが奴のテクニックも素晴らしかった。
 素早い反応ででかく重いカプリスを豪快な4輪ドリフトに持ち込み俺の後を追ってきた。
「いい腕だな、おじさん」
「兄ちゃんもね。どこまで行くんだい?」
「今考えてるところさ」
 市街地の道と言ってもカプリスが通れないほど狭いわけじゃない。奴が通れなければいくら小さいといってもこっちも通れないだろう。どっかにはまって亀みたいに動けなくなってしまう。
 ふーむ。
「おじさん、車はこの街っぽいけど地元の人間じゃないね?」
「車は、さっき拝借したものだ」
 サーファー南無。
「そんな車、この狭い街には向かないぜ」
 いうなり俺は路地を曲がる。割と広い道こないだジュンと帰りに通った道だ。ここは通ってないけど。
「誰か巻き込む前に早く止まってくれよ」
 このまま暴走を続ければ確かに市民を引っ掛けてしまうかもしれない。通報されて警察も出てくるだろう。
 今日はそれはまずい。
「兄ちゃん、その歳で誰に仕込まれた?」
 からかうような口調が消えて穏やかな声で話しかけてきた。
 ノーコメントだ。何故そんな事を聞く。
「なんでこんな事している」
「あんたはどうなんだ」
 今度はつい答えてしまった。
 奴ははにかんで笑っているようだった。
「これしか能がないからだろう」
「俺もそんなところだ」
 ちっ、無駄な会話しやがって。集中力が少し鈍っているのを感じた。
 俺は会話を中断することにした。
「もうすぐ目的地だ」
「それは名残惜しい」
 電話を切り、違う所へかける。情報屋「ちゅーりっぷ」だ。手早く用件を伝えると30秒もたたずスマホに情報が入った。さすがラーメン屋、こんな情報も持っているのか。
 よし、いいタイミングだ。俺はさらに路地に入った。ラギエン通りを北へ。つまり我が家の方へだ
 波乗り踏切だ。頼むぜ、電車来てるなよ。
 果たして踏み切りは開いていた。情報通りだ。俺が要求したのはラギエン通りがすいているかと波乗り踏切が何分後に開いているかだった。
 俺はほんの少しだけ減速すると踏み切りに突っ込んだ。波乗りどころか嵐の海のごとく車が弾んだ。
 だが猫足と称されるプジョー106の足は何とか衝撃を受け止めハーフスピンを起こしつつも踏み切りを乗り切ってくれた。
 そしてやつは。
 轟音と共に踏み切りに突っ込んでくるとまずフロントを地面にたたきつけバンパーを失った。勢いで一つ二つと弾んで飛び越えたが三つ目で腹を強くこすり車輪が浮き上がった。いかにアクセルを吹かしても浮き上がってしまった足では大地を蹴る事は出来ない。時折地面に接触しても腹がつっかえて前に進むことは出来なかった。
 むなしくシーソーを繰り返すさまは正に亀だった。
 シャコタンでこの踏み切りに突っ込むなんて自殺行為なのさ。
 このまま捨てていくか? 一瞬そんな気持ちがよぎった。
 いや、決着はつけるべきだ。奴は危険すぎる。
 俺はダッシュボードの銃を取って外に飛び出た。ハーフスピンしたせいで車は斜めに止まっていた。そのおかげでプジョーがバリケードとなった。
 タタンとまた車に着弾した。前輪の影に隠れる。大口径ライフルでもエンジンブロックを貫通する事は出来ない。
 やつは亀になった車をあきらめ開いたドアを盾に撃ってきていた。
 カプリスのドアは頑丈で分厚い。アメ公がパトカーに使っているくらいだ。拳銃弾相手なら十分盾になる。奴はそれを知っているのだろう。
 だが。
 俺は車に張り付くようにして銃を向けドアごと奴に連射した。。
 ベレッタとは比べ物にならない強烈な反動と共に撃ち出されたテフロン加工の巨大な弾丸はカプリスのドアに大穴を開けた。
 ぐっとドアの向こうで奴がうめくのが聞こえた。
 デザートイーグル50AE。
 世界最強の自動拳銃から発射された徹甲弾は2枚重ねの防弾チョッキを貫通する。車という鉄の塊を相手にするにはこのくらいの備えは必要だった。
 俺は止めを刺すべく連射する。重たい反動が俺の腕を通り抜けていく。
 が、今度は当たらなかった。やつはカプリスの中に戻っていた。カプリスのエンジンを貫通する事はデザートイーグルといえど不可能だ。
 奴はヘッドライトを上向きにした。目くらましか。一端体を引っ込め奴の次の手を待つ。
 しばし後ボンと大きな音がした。
 わずかに頭を出してみるとカプリスは炎を吹き出していた。
 巨大なアメ車は見る間に火柱となり辺りを真っ赤に照らした。
 あの野郎。車に火をつけやがった。これを利用して逃げる気か。
 俺はデザートイーグルを106に放り込みベレッタを抜いた。重く反動の大きいデザートイーグルは銃撃戦には向かないのだ。
 慎重にカプリスを見張る。炎の壁の向こうからフルオートの銃撃があった。咄嗟に頭を引っ込める。腕だけ出してベレッタを連射する。しばらく待ったが反撃は無い。逃げたか?
 と、踏切から警報が鳴った。
 線路内で車が燃えようと自動で鳴るはずは無い。誰かが遮断機のボタンを押したのだ。
 あいつしかいないじゃないか。
 何故だ。警察や消防を呼び寄せるようなものじゃないか。
 こちら側の遮断機の横に人影が見えた。1発撃ってみたが人影はすぐ横にある工場に消えていった。
 波乗り踏み切りの横には国内有数の陶器工場がある。こんな時間だ。人が中にいるとは考えにくい。
 俺は工場の敷地内をのぞいた。とたん左肩に衝撃があり続いて銃声がした。奴の射撃だ。必要最小限しか露出させなかったのにやりやがる。しかももう夜だ。またベレッタを突き出して乱射する。反撃はなかった。だが安心は出来ない。敷地は塀で囲まれている。塀から懸垂で顔を出し中をうかがう。見回すと人影が彼方の建物に窓を割って進入している。足はええ。この隙に入り口から中へ入った。
 遮断機の脇からわずかだが血の跡があった。やはり当たっていた。この跡を追っていけば逃げられる事は無い。しかし。
 俺は血の跡は追わず壁沿いに伸びた雑草の中に伏せてゆっくりと建物に近づいていった。建物までは100mくらいはあるだろう。
 また携帯が震えた。
「兄ちゃん、さすがだね。血の跡を追ってこないなんて」
「あんたの射撃の腕は知ってる」
 自らの血の跡を餌に敵を狙撃する。やつなら当然考えるだろう。
 工場の建物の中から光が見え発砲音が轟き俺の後方2mあたりに着弾があった。俺は構わず草むらの中を進む。窓のある側から側面へ。もうすぐ奴からは死角に入る。
「撃ち返しても来ない。ますますやるねぇ」
 発砲すれば奴に位置を教えることになる。奴は建物の中で俺は広い庭だ。位置を知られれば狙撃されてしまう。
「あんたも怪我してるのによくやるな」
 血の量からしてそんなに軽傷じゃないはずだ。
「モルヒネ持ち歩いてましてね」
 用意のいいことだ。
「俺は急いでいる。引き分けってことでこの場は解散にしてもいいが?」
 俺の提案は半ば本気だった。
 だがやつはクスクスと笑った。
「仕事は・・・投げ出せない性分で」
「わかるよ。じゃあケリをつけようか。言っとくが俺の方が有利だぜ」
「あたしの怪我の事ですか?」
 それもあるが。
「ここは俺の街だ」
 俺は電話を切った。もうかけてこられないように電源も切る。窓は完全に見えなくなっていた。俺は念のため辺りを確認してから草むらから飛び出し建物裏の非常階段に走った。
 鉄の非常階段を音もなく駆け上がる。2階のドア、もちろん鍵が掛かっていたが問題ない。キーホルダーにくっつけてある針金で10秒かからず開いた。念のためベレッタのマガジンをチェンジする。何発も撃っていないがその数発が生き死にを分けることもある。
 俺は音を立てずに中に進入し1階へ向かう。電気はついていないが俺の目なら外からの明かりで何とか見える。階段はすぐ横だ。
 奴のいた部屋はベルトコンベアーがある流れ作業の工場だ。遮蔽物が少なく身を隠す場所はほぼ無い。その隣の部屋は陶器にコーティングする部屋で大きな機械が並んでいる。
 奴は怪我をしている。そんなに移動はせず俺を待っているはずだ。
 俺はわざと足音を立ててコーティング部屋に足を進めた。ドアは開け放ったままにしておく。
 部屋は広い。ドアをくぐって横方向に50mはある。その中央に巨大な機械が鎮座し作業台や商品が並び縦方向には視界は開けていない。横方向にも隠れる場所はいくらでもある。
 俺は右へ曲がり物陰にスマホを置く。引き返して少し大きな機械の影に隠れた。
廊下に足音がした。足取りは重い。やはり重傷なのだ。逃げれば追って来れないかもしれない。しかし何故か俺はそうしてはいけないような気がした。
「物音立てて走ったって事は来いって事ですね兄ちゃん」
 その通りさ。早く来いよ。
 足音は入り口で消えた。奴がプロなら、暗い中で気配を感じられるほどのプロなら当然そうする。そしてやつは俺を探しに来る。どのくらい動く・・・。一歩二歩。空気の流れを読む。
 ここだ。
 俺は携帯を起動し発信した。
「よお、ここだ」
 俺の声が工場に響いた。俺のいない場所から。
 奴の銃が唸った。発射炎で奴の姿が一瞬暗闇に浮かぶ。飛び出して撃った。だが奴はしゃがみこんでいた。俺の弾丸は奴の頭上を越えていく。見透かしていやがったか。
 ショックなんか受ける前に俺は飛び出して奥に駆け込んだ。ここは小部屋になっている。ドアは観音開きで荷物の出し入れのため大きく開け放つことが出来る。問題は部屋の広さは四畳半ほどしかない。そして出入り口はここしかない。
 つまり袋のネズミだ。
「小細工しましたね。いい手ではありました」
 奴の声は嬉しげだった。アンタじゃなければ今ので勝てていたな。
 特定の電話番号を着信すると入力されていた動画を再生するアプリを俺は作動させておいたのだ。本来は紛失したときに置き場を探す機能だがこういう使い方もあった。うまくいってれば後で自慢してやれたのにな。
 ドアを閉める間はなかった。奴が接近してくるのがわかる。ベレッタをドアの影から出して闇雲に撃つ。まあ当たるはずも無い。
「往生際が悪いぜ兄ちゃん。そろそろ決めるぜ」
「ああ、そうしようか」
 奴が接近してくる気配がした。動きが重い。出血が堪えているのだろう。だが遠慮していたら殺られる。
 俺は目をつぶり部屋のスイッチを押した。辺りを閃光が覆った。
「うお」
 かなり近くで奴の驚愕の声がした。目が眩んだのだ。
 俺は半身だしベレッタを放った。
 暗闇の中部屋から放たれた光にその姿を浮かび上がらせていた。弾丸がその胸と腹に1発2発と食い込んでいく。後ろに倒れながらも奴は銃をこちらに向け撃った。弾丸は俺の腕を捉えた。しかし俺達の活動服は防弾機能がある。衝撃が走っただけで弾丸は俺の体に食い込むことは無かった。俺は倒れた奴にさらに2発撃ち込んだ。
 奴は動きを止めた。
 ここはコーティングを急速に乾かす部屋だ。ここにこれがあるのは知っていた。
 年2回ここは開放され市民祭りをやっている。その際工場見学も行われ俺も参加した事があった。ここは俺の街で奴はここに来た事は無かった。シャコタンの車で波乗り踏み切りに突っ込む奴がこの街の住人であるはずは無い。
 念のため俺は「震える殺し屋」に近寄った。
 驚いた事に奴はまだ息があった。だが、時間の問題か。
「強いね・・・兄ちゃん」
「地の利だ。アンタ怪我してなきゃ相打ちくらいになってたかな」
 奴は笑っていた。何故笑う。
「やっぱり兄ちゃんとはやりたくなかったね」
「同感だな」
 俺はつい本音をこぼしてしまった。
 奴の手にはまだ銃が握られていた。100年以上前のドイツの自動拳銃。古過ぎる銃だ。だがこいつにはこれでなきゃ駄目なんだろう。俺にはわかる。やつは最後にそれを俺に向けるかと思った。だから俺の銃はまだ奴に向いたままだ。
 しかし奴は何故かそれを手放した。
「何故踏み切りの警報を鳴らした。騒ぎを聞きつけられて人が集まれば不利だったのはあんただぜ?」
 俺はつい聞いてしまった。 そしてやつは笑って答えた。
「電車が突っ込んだら大事故になります・・・よ?」
 それが最後の言葉だった。
 殺し屋が仕事中に人の心配か。
 勝利の快感は湧かなかった。
 奴の無様な死体。
 俺は自分を見ているようでどうにもやりきれなくなっていた。

ACT.3 ルガーP08

 ヒガシ・コーツは怒りを隠せなかった。
 コールマンが銃撃戦の末、少女を拉致し事を荒立てたのである。
 しかもわざわざ他人名義で借りているこの別宅に連れてきたのである。
 コーツは二階の自室にコールマンを呼びつけた。すると事もあろうに娘まで連れて部屋に入ってきた。
「君は事態を理解しているのか? 君は今指名手配中だぞ。君と私に繋がりがあると思われたらはなはだ迷惑だ!」
 コールマンはこの言葉に喚いた。
「無いと言うんですか! 私はあなたの指示にしたがって動いただけだ。今だって、あなたの名前が出る前に処置をしようと!」
「今更そんな娘を捕まえてきてなんになる! 君の事はすでに公になっているんだ。私はその子が誰かさえ知らんが」
「ローランドの娘ですよ! あなたが消せと言ったローランドの。こいつはローランドが隠していた我々の悪事の証拠を持っていた! そしてそれを今持っている奴らは王子様気取りでこの子を助けようとしている! 人質として十分餌になる。おびき出してボーチャードが奴らを始末すればあなたの事は明るみに出ない。現に今食いついてきたガキをあいつが始末しているところです!」
「だからと言って何故ここに連れてきたのだ。お前と私の繋がりが知られたら全て終わりだとわからんのか!」
 大人達のののしり合いを傍らで見ながらジュンは恐怖より侮蔑の気持ちを強く感じていた。
 自分を誘拐してきた男は我を忘れていた。追い詰められて正気を失っているとさえ見える。頭のよさそうな人間に見えたが事態に対処できないのだろう。
 館の主の方はテレビで見たことがある。確か大物政治家だ。話の根本はわからないが、この男と組んで悪事を働いていた。父も殺した。その罪を男に押し付けて逃げるつもりのようだ。父もこんな風に切り捨てられたのだろう。
 なんて醜い大人だろう。
 子供を前にして自分の立場だけ守ろうとあがいている。父もそうだったのだろうか。自分は見てはいけない世界を見てしまったのか。BIG・GUNのみんなが言ったようにおとなしく家に帰ればよかったのだ・・・。
 彼らは確かに自分に嘘をついていた。
 何故、どんな嘘をついていたのかはわからない。だがそれは決して自分に悪意あってのことではなかった。今頃そう思えるようになっていた。
 風見 健、彼はセクハラまがいの軽口ばかり叩いていた。しかし決して自分に近づこうとはしなかった。何故? そこに嘘をつかなければならなかった原因があるのだろう。
 彼が女の子を連れている事は無いとみんなが言っていた。あれほど町中の人に愛されていた少年が。
 彼は女の子に好かれないのではないのだ。ただ近づけないだけ。
 彼は、彼らは無事だろうか。
 ベンは自分を守って撃たれた。助かるだろうか。
 あの殺し屋が、父を殺したルガーの殺し屋が自分を餌に彼らを狙っている。誰かを始末しているとあの男は言った。
 恐ろしかった。自分のせいで彼らが傷つくのが。
 助けに来て欲しいという気持ちとこないで欲しい気持ちが両方ジュンにはあった。
 その時コーツの電話が鳴った。非通知。
「もしもし?」
「ヒガシ・コーツ議員だね?」
 若い声だった。
「君は?」
「よくご存知かと?」
 コーツの血の気が失せた。
「そこに女の子がご厄介になっていると思うけど」
「知らんな」
 内心狼狽してはいたがそこは国会議員だ。表には出さない。
「指一本触れるなよ」
「なんの事かわからんな。大体ここがどこだか君は知らんのだろ?」
「ここだよ、ここ」
 同時に1階から爆音が聞こえた。窓の外から煙が立ち込めている。
「ローランドもここは知らないはず・・・と思ってるでしょ? 薬屋のおばさんは知ってたんだな。裏切るはずがない? 還暦過ぎた親父より若い恋人の方が大事だったみたいだよ」
 電話は切れた。コーツは電話を落としてしまった。
 馬鹿な、何故こんな事になる。
 今度の事はちょっとした実験、嫌がらせ、いや悪戯だったはずだ。
 なんでこんなやつらのために私が、私ほどの男か!
「奴らか! ボーチャードは何をやってるんだ! 下の奴らは!」
 コールマンは部屋を飛び出していった。
 ジュンにはわかっていた。
 来た。
 BIG・GUNだ。

 街の北部、緑が多々残る丘陵地帯に今回の黒幕の隠れ家・・・まあ別荘だな、はあった。名義はベイファンの鈴木同志。2階建て、庭、家共にかなりでかい。まさに豪邸。三郎が探ったら奥さんあっさり場所を教えてくれた。
ラーメン屋からの情報で家の大体の間取りや、普段いる人間たちも把握している。ボディーガード代わりに例のセミナーの若い奴らが10人ほどが最近常駐しておりコールマンもたまに顔を出すと聞いている。
そして何と言っても怪しげな中年男が入り浸っているというのが決め手だった。
あいつ、震える殺し屋のことだ。
あたりはもう暗くなっていて視界は悪くなっていた。加えてたったいま三郎がスモークグレネードをぶちこんだので肉眼ではしばらく何も見えない。俺達は赤外線暗視鏡を装備していた。スモークグレネードは煙を吐くだけの代物だ。ジュンが巻き込まれても問題はない。まぁ文句は言うだろうがな。
 俺は戦闘服に着替えていた。ガンベルトには拳銃、スタングレネード3つ、サブマシンガン予備弾倉3をつけてサスペンダーで吊る。サスペンダーにはコンバットナイフも差してある。
 拳銃はベレッタM84では心細いため世界最高のコンバットオート「グロック17」を選んだ。
 20世紀の後半に発表された野心作で発表後の拳銃達に多大な影響を与えた。17連発という多弾装。ヘキサゴナルプロフィールというパワーロスの少ないライフリング。セーフシステムと呼ばれる他に類を見ない機構。そして何より特徴的なのはフレームがポリマー樹脂製ということだろう。
 ベレッタと比較すると無骨極まりない野暮ったい銃だが9mmパラベラム弾を使用するこいつは威力的にも頼れる奴だ。
 とはいえこいつは予備兵器でメインウェポンはさっきも使ったH&K MP5。今回はフルサイズでサイレンサー付のSD6タイプを使用する。
 おつむには赤外線暗視鏡をかぶった。もう夜なのだ。
 最後にショルダーホルスターにグロックの予備弾倉とお守り代わりの拳銃をもう一丁吊るしておいた。
 さて行くか。無線で相棒に呼びかける。
「三郎、いくぜ」
「おう」
 大きく息を吸って、吐き走り出す。赤外線スコープには室内で右往左往する人影が映し出されている。赤外線を映す暗視鏡なので壁も透けて熱を発生している人影が赤く動いて見えるのだ。そのうちのどれがジュンなのか、ま接近すれば小さいからわかるだろう。俺と反対側、裏口のほうへ走る影が見えた。三郎だろう。裏は入り口が少ない。俺が先に突入したほうが奴は入りやすいだろう。俺は庭へまわり人影の少ない窓を撃った。サイレンサーで発射音はかき消されている。俺の位置はわかるまい。煙幕の中やつらは窓ガラスが割れた音に引き寄せられ部屋に入ってきた。3人入ってきたのを確認して部屋の中にスタングレネードを放り込んだ。
 閃光と大音響がとどろく。
 殺傷力はないがまともに食らった奴らは悶絶して倒れた。目はくらみ鼓膜もやられて失神している。当分行動不能だ。
 残っていた連中は二手に分かれた。しぐさからして皆拳銃を抜いたようだ。廊下から部屋に向かう者、それから庭から向かおうと外へ飛び出してきた二人。
 俺はMP5をフルオートに切り替え腰だめでなぎ払うように発射した。二人の脚に命中しうつぶせに倒した。訓練された者ならその状態でも反撃できただろう。だがこいつらは素人だった。何が起きたか把握できずパニック状態のようだ。
銃を乱射されたら危ないのですばやく接近し二人とも蹴りを入れて失神させる。その時のうめき声に聞き覚えがあったので暗視鏡をずらして顔を確認した。
 こいつ例の73メガネじゃないか。
 約束通り、用ができたからこっちから来てやったぜ。
 MP5の弾倉をチェンジ、俺は自称友人にそれ以上目もくれずやつらが出てきた窓から室内に侵入した。
 裏口のほうから三郎が侵入してくる。それも知らず臆病者一人が裏口へ逃げていった。一瞬で打ち倒された。殺してはいないだろう。殺さなくていいやつは殺さないのが俺達の流儀だ。
「ターゲットは上だろう」
 三郎の声が聞こえた。
 振り仰ぐと2階に人影が二つ。と、動いてるのがひとつ。流石に目が速い。
 さっきも言ったとおり間取りは頭に入っている。この部屋から廊下に出ればすぐに階段がある。
「俺がいく。1階は任せた」
 廊下へ飛び出し階段へ。2階はスモークの影響はなかった。明かりもあったので暗視鏡は額に跳ね上げる。
 階段を駆け下りてくるやつがいた。コールマンじゃないか。奴が俺に気づきあっと声をあげる前に俺は引き金を引いていた。
 さっきの73と同様弾幕に足をすくわれコールマンは前方に転倒した。先ほどより気の毒だったのは階段を降り始めたところだった事だ。
 やつは打ち捨てられた人形のように階段を転げ落ち、俺がかわしたもんだから一番下まで落下して動かなくなった。まぁ知らんわ。
 階段を上り人影があった部屋の前へ移動した。中の声を聞く。先ほど聞いたコーツの声がする。どこかに電話をしているのだろう。無駄だ、もう遅い。
 1階の方はしばらくドタバタが聞こえていたが、すぐに収まった。三郎は仕事では最高の相棒だった。あくまで仕事でだけな。
 狭い室内ではMP5より拳銃のほうが取り回しがいい。
 俺はMP5をドアの横に置くとグロックを引き抜きノックした。
「だれだ?!」
 引きつった声が聞こえた。
「便利屋です」
 言うなりドアを開ける。銃弾が通り過ぎていった。ドアを開けただけだ。堂々と入っていくほど馬鹿じゃない。床にへばりつきドアの隅から最低限銃と顔を出してグロックを放つ。机の前にいた中年親父の腕から銃をはじき落とす事など簡単だった。
 ゆっくり立ち上がり室内を確認しながら進入した。ジュンは右の奥にうずくまっていた。気が強いとは言ってもただの女の子だ。恐ろしすぎる体験だろう。
 俺の視線に気がついたのか、コーツはジュンに取り付いて無理やり立ち上がらせると後ろから首を決めやがった。
「近づくと殺す!」
 追い詰められた悪党の台詞である。
「お前に聞いておきたいことがある」
 俺は無視して質問した。
「人格改善セミナーを利用して強盗なんてちゃちな犯罪、当選二桁の国会議員が何でそんな下らん真似をした」
 当選二桁の国会議員。ヤツのアイデンティティそのものの言葉が奴にプライドと理性を少しだけ呼び覚ました。
「下らん? そうさ、下らんさ。下らん奴らを使って下らん悪戯をしてやっただけさ。しかしその結果何が起きるか」
 ちょうどその時市長の街宣カーの声が聞こえてきた。
「鼠算で増える駒を使って自分の手を汚さず街に犯罪を起こし続けることが出来る。町の治安は悪化し当然市長の支持率も悪化する」
 なるほどそうか。
「市長再選の妨害が目的だったのか。しかし何故だ。鳥取市長は確かに無所属だがお前さんの真自党と仲が悪いわけじゃない。犯罪犯してまで止める必要はないだろう」
 さらにいえばこんな田舎町の市長なんかを・・・だ。
 それに対しコーツは下卑た笑いを見せた。
「市長を落選させるのが本当の目的ではないし真自党のためでもない。党本部の奴らに見せ付けてやるための事だ」
「?」
「多少は政治に知識があるなら私の得票数がどれほどの物だかは知っているだろう。過去10回の選挙で常に全国トップクラスだ。どんな逆風が吹く選挙でも落選したことは一度もない。しかし私には大臣の椅子など一度も回ってきたことなどない。何故だかわかるか?!」
 興奮気味に話すコーツに対し俺は冷たく言った。
「あんたの親父さんが一度離党して政党を立ち上げた事があるからだ」
 ヒガシ・コーツはひいじいさんの代からの大物政治家で、代々与党真自党の議員だった。しかしヒガシの父アンディは権力闘争のためほんの一期だけ離党、独立して政党を立ち上げた。独立と言っても結局連立政権となり、すぐに帰党する事になったのだが真自党本部は許さなかった。党内の重要な役職には就けるものの名誉職であり、首相はおろか大臣の椅子もまわすことはなかった。この飼い殺しは息子の代にまで及び、父の地盤を引き継いだヒガシまで冷や飯を食わされるているのである。
「奴らに教えてやりたかった。自分達の椅子がどんなに脆い地盤の上に立っているのか。数人の下らん奴らをたきつけるだけで自分の地位は崩れてしまうという事を。その手始め、いや実験にはこの街は最適だった。市長の支持率は高く治安も悪くない。それがごく一部の人間の馬鹿騒ぎで崩れ市長の首も飛ぶとなれば、いかに連中が無能であっても気づく。自分が砂上の楼閣の上で王様気取りになっているという事を」
 興奮するコーツと裏腹に俺は冷たく言った。
「そんなガキみたいな計画のために・・・何人死んだ」
 何人泣いた。奴の腕の中のジュンと目が合った。こんな状況でも涙を必死にこらえている。涙は恐怖のためか、それとも。
「殺したのは大半お前さ」
 俺の殺気溢れる声に動じずコーツは言い返した。
「お前がちょっかいを出さなければほとんどの奴は死ななかったし、この娘もこんな目にはあわなかったろう」
 俺は思わず笑ってしまった。確かにその通りだ。さすが大物政治家。口では負けはしない。
「私にも質問がある」
 俺から一本取ったので自信を取り戻したのだろう。国会の質問に立っているときのように胸を張って威厳を誇示しながらしゃべりだした。実際には女の子を人質に取っている外道なんだが。
「何故私の名前は公表しなかった。ローランドのファイルに当然私の名前があったはずだが」
 聞かなくてもいい事を。
「私の名前を見て利用できると思ったか。コールマンのような小物はともかく私なら脅せばいくらでも金が出ると思ったか」
 ふん、俗物はみんな他人も利でのみ動くと思ってやがる。俺は嘲ってやろうかと口を開いたのだが・・・。
「金なら・・・もう・・・もらっている・・・」
 言葉がうまく出せなくなっていた。
「なに?」
 くそ・・・やっぱり、こんな時でも・・・始まるのか。
 俺の弱点、病気、いや良心なのかもしれない。
 またジュンと目を合わせた。エメラルドの瞳が大きく見開かれている。俺の異変に気がついているようだ。
 真実にもすぐ気づくだろう。こいつなら。
「20数年・・・かかって・・・やっと彼氏ができた・・・女がいてな・・・。その女に・・・頼まれた」
「な? なんだ・・・きさま」
 コーツも気がついた。
「俺は・・・そいつを助けに来たんじゃ・・・ない。・・・お前を・・・殺しに・・・来た」

「勝負はあたしの勝ちね」
 唐突な発言に俺はピンと来なかった。俺は話のネタ的にダービーと有馬記念くらいしかギャンブルはやらないし、まして知り合いと賭け事はしない。
「できたわよ、あたし」
 誇らしげに胸を張る。貼らなくても十分目立つ胸だが。
「レアな武器か防具か?」
「彼氏よ彼氏」
「嘘だ」と即座に否定する前に奴は懐のスマホを引き抜いて俺にかざした。世が世なら凄腕のガンマンになれたかもしれない。
 スマホの待機画面は純朴そうな青年だった。少々頼りなさ気に見えるが人懐っこい笑顔が印象的だった。
「免許の手続きに来た時、声をかけられたのよ」
 女はまた胸を張った。そりゃ話しかけるだろうよ、あんた受付嬢だろ。
 その時は女の妄想と思ってスルーしていた。
 次に会った時、女は浮き浮き顔で話しかけてきた。
「今度デートなのよ、何かプレゼントしたいんだけど何がいいかな」
 まだ妄想が続いているのかと思い「はちみつでもあげれば」と言ったらボールペンを投げつけられた。暴力警官め。
「そいつは車は持っているのか」
「ちっちゃいけどね」
 ちっちゃい車をばかにするな。俺のもかなり小さい。
「キーホルダーとかどうだ。彼女にもらった物を肌身離さず持ってられるってのは嬉しいもんだぞ」
「いいわねぇ、それ」
 女は「はわぁぁぁ」と妄想の世界に行ってしまったので俺はその隙に逃げた。
 数週間後、女は打って変わってため息をついていた。無視して通り過ぎようとしたが首根っこを掴まれた。
「彼が手も握ってくれないのよ」
 彼氏じゃないんじゃないか? と振り切ろうとしたが涙目で相談に乗れと喚くので付き合ってやった。そういうのは三郎の分野なんだが。
「手を握りたいならアンタから握ればいいじゃないか」
「そんな事して嫌われない?」
 見た事も無いしおらしい表情だった。ふむ・・・本気なのか。
「本当にそいつが好きでの事なら大丈夫だ」
 数日後にこやかに腕を組んだデート写真を見せ付けられた。
 それから週末の度、ネズミマーク入りのペナントやらタワーの置物だの俺の部屋にいらないものが増えた。デートの土産だそうだ。
 はいはい、もういいよ。楽しくやってくれ。
 しかし何週間か後、俺はニュースで「彼氏」が殺害された事を知った。
 数日後ある店に呼び出された。彼女が「客」として主人から紹介された。
 俺の顔を見ても女は大して驚きもしなかった。感情がどこかへ行ってしまったのか。
 「その日」彼はデートに遅れる事を連絡してきたそうだ。
 社長に大事な取引を任された。今日は遅くなると電話して来た。申し訳なさそうだったが期待していると言ってもらったと、彼は興奮気味だった。愛用の帽子とコートまでプレゼントしてくれたと自慢した。
 そしてそれを着込んで取引に出向き彼は帰ってこなかった。
 何者かに銃撃され即死したそうだ。
 警察は通り魔、強盗の線で捜査を続けていたが何故か圧力がかかり進展していない。
 淡々と語る女の表情は凍り付いていた。
 うつろな目つき、青ざめた頬。
この女がそういう表情をするのを見たのは初めてだが、こういう語り方をする「客」はうちでは珍しくない。
「それで俺にどうしろと、慰めて欲しいのか?」
 女は冷たく言った。
「仇をとって」
「ありがちな発言だが仇を討ったところで何もならんぞ。むしろ泥沼にはまるだけだ」
 俺としては友人としての最後の助け舟のつもりだった。だが反応は予想通りだった。
「かまわない。仇をとって・・・」
 女の頬に涙がこぼれた。
 俺の声は、女のそれより冷たかっただろう。
「わかった。百万、払えるか?」

「そんなバカな」
 コーツはわめいた。
「そんなバカな女のちっぽけな恨みで私を殺しにきたのか!」
 俺は笑った。
「・・・そう・・・さ。俺は・・・そういう・・・バカな男さ」
 俺の全身が震えていた。
 いつもそうだった。頭の中は冷静であるのに体だけは「恐怖」で打ち震える。
「仕事」の直前は。
 震えのあまりグロックが手から滑り落ちた。足の長い絨毯の上にゴトリと落ちる。
 コーツはジュンを放り出してグロックに飛びついた。震える足でなんとか銃を蹴り飛ばす。コーツは今度は俺の脚にしがみついてきた。通常ならそんな真似はさせないんだが、震えは俺の自由を大いに奪っていた。バランスを崩して組み伏せられた。奴は俺の胸のナイフに気づいた。奪い取ろうと掴みかかる。
 その時ジュンが動いた。さっき撃ち落としたコーツの銃に取り付き構えた。
 よせ、撃つな。
 俺は右手でコーツの手首を取ると捻りあげた。簡単なサブミッションだがど素人には効果がある。
 コーツは悲鳴を上げて力を弱めた。俺は何とか奴を跳ね飛ばしジュンが撃たない様、奴との間に割って入った。
 震えを止める方法はある。簡単だ。
 俺はガタつく右手をなんとかショルダーホルスターに持っていった。
 そこには俺がもっとも使い込んだ銃がある。
 親父が俺にくれた最初の銃。最初のおもちゃ。
 気合一線、銃を抜く。
 冷たい鋼鉄の感触。慣れ親しんだ重さ。
 細かいチェッカーの入った木製のグリップは手の平に吸い付くようになじむ。
 上部の丸いレバーに指をかけ引っ張る。滑らかにスライドは後退し半分に折れた。この銃の最大の特徴「トグルジョイント」だ。指を離すと尺取虫状に折れていたトグルジョイントは前進し弾倉内の弾丸をくわえ込み薬室に収めてチンっという金属音と共に元の位置に戻った。
 発射準備が整った。世界一優美な人殺しの道具。
 ルガーP08。
 俺がジュンの父親を殺した銃の。
 俺の震えは完全に止まっていた。
「お前の名前を公表しなかったのは「仕事」の邪魔をされたくなかったからだ」
 声も正しく発声できるようになっていた。
「お前まで公開したら警察やらマスコミやらが押しかけて「仕事」どころじゃなくなるからな」
 俺は丸腰で床に腰を落とした中年政治家にスマートな拳銃を突きつけた。
 今度はコーツが恐怖に震える番だった。
「お前は・・・いったい何者なんだ?!」
 俺がなんと答えるかジュンはわかっていただろう。今あいつはどんな顔で俺を見ているんだろう。奴の手の銃は今度は俺に向けられるのかもな。
 まあいいさ。
 俺ははっきりと答えた。
「ただの悪党だ」
 ルガーP08が唸った。弾丸は音速を超えて目標を貫き、トグルジョイントがはじき出した薬きょうは弧を描いて俺の頭上を越え、俺とジュンの間に落ちた。
 
エピローグ

「ねぇねぇ、その後ジュンちゃんとはどうなの?」
暇で巨乳な受付嬢は俺の会社の事務所でゲームしながら気だるそうに話しかけてきた。
「どうも?」
「なにやってんのよー、あんな子なかなかいないわよ? ほい、ペイント」
「確かに・・・。ほい、罠仕掛けた」
 俺も付き合ってゲームしているので人のことは言えない。つまみのみこしやのたこ焼きがほんのりといい香りを漂わせている。
 コールマンは息がありシェリフに逮捕され色々とぶちまけた。俺達の事もある事ない事わめいたようだが我々はガード対象者を救出に行っただけなので特にお咎め無しだ。警察への報告が遅れたのについてはこっぴどく怒鳴られたがガード対象者を誘拐されたとあっては会社の信用問題だったからという事でごまかした。
 巨悪と街の人気者の言う事である。
 どっちを世間が信用するかは言うまでもない。
 市長は再選し人格改善セミナーの規制条例作成に着手した。自分に火の粉が降りかかると本当に政治家とはすばやく動くものだ。恐らく国会も似た法律を作るだろう。
 事情をどこまで知っているのか知らないが鍵さんからお礼の電話もあった。
 コールマンから取引を持ちかけられたジュンの父ローランド氏は裏金作りの為快く受け入れ多数の武器を売り渡したが途中で事の重大さに気づき恐ろしくなり撤退を申し出た。
 コーツは口封じのためローランドの抹殺を指示。用心深かったローランドは取引の現場に社員を派遣した。問答無用で発砲してきたコールマンの部下達により、この憐れな社員は人違いで射殺されてしまった。
 ローランドは奴らの出方を見るためとりあえず社員を送り込んだのか? いや何かあったら身代わりにするつもりだったのは明らかだ。なにしろローランドは自分の帽子とコートをプレゼントし着ていくようにとまで言っていたからだ。
 ローランドは自分が殺されたら秘密を他者が暴露すると例のファイルの存在をほのめかし一時コーツらの攻撃を止めさせた。それでもこのままではいつ殺されるかわかったものではない。そう思ったローランドは取引の再開を申し出またこの街を訪れた。
 そして俺に撃たれた。
 依頼は「彼氏」の仇をとるだった。自らの陰謀、保身のため弱者を手駒にし切り捨てた人間たち。ローランドはまさに仇の一人だった。
 俺達はローランドを殺せばファイルを持った人物は当然コールマン一味に消されたと勘違いしファイルを公開すると踏んでいた。コールマンの陰謀を暴くにはそれが一番手っ取り早いと考えていた。一石二鳥だ。恥ずかしい話、黒幕であるコーツの存在はこの時点では知らなかったのだ。
 しかしファイルは偶然ジュンが持ち出してしまったため公開されなかった。俺達は次の手を考えていたのだが、そこにローランドの娘がこの街に来ているという通報を受けた。もちろん早安の親父からだ。あの日俺は念のため探りを入れようとジュンに接触した。
 そしてローランドのファイルから黒幕がコーツであることを知ったのだ。
これが今回の事件の真相だ。
 俺が初めてジュンを見たのはラーメン屋がくれた資料の上だ。なんて事のない隠し撮りの写真とプロフィール。それが本当の出会いだった。
「ジュンちゃん、どうしてるかね。あ、はまった。爆弾置く」
 アリスの話し方はいつもと違って感情がこもっていなかった。
「俺の知ったことじゃないさ。ほい、竜撃撃つ」
 ああ、さっきから語尾につく罠だの爆弾だのの不穏な言葉はゲーム内のやり取りだから気にしないでくれ。
 俺は悪党を殺した。それは間違いない。
 しかしそれで何になったのだろう。
 何を得て何を無くしたのだろう。
 誰かを助けられたのだろうか。
 ルガーP08はピカピカに磨きぬいてまた武器庫のケースの中だ。
 あの銃は悪ではない。
 少なくとも今まで俺を守ってくれている。
 誰も殺したりはしない。
 殺したのはこの俺だ。
 事務所の棚に写真が飾られている。
 俺達BIG・GUNとジュンが写っているあの写真だ。みんな笑っている。
「あ、やべ落ちた」
「へたくそ」
 落ちたとはミスの事で3ミスでゲームオーバーだ。くそ、この巨乳め。自慢するだけあってやけにうまい。
「やほー、ひま? 暇そうね」
 突然涼風のような声が事務所に通り抜けた。
 数日間俺達の中心にいた娘、セーノ・ジュン・ローランドが入り口に立っていた。
 今日は青い長袖のブラウスで下はやっぱりミニスカート。ショートブーツも相変わらずだった。金色の長い髪も緑色の大きな瞳も日差しのような笑顔も変わりない。
「また家出してきちゃった。宿貸して」
 明るい声だった。不自然なほど。だからか、俺の答えは逆に余所余所しくなっていた。
「ここは便利屋で宿屋じゃないぞ」
 俺の態度など全く無視しジュンはマイペースに話を続ける。
「またまたー、泊めてお風呂とか覗きたいんでしょー」
 のぞいていいならいくらでも泊めてやるが。
ジュンはアリスにこんにちはーなどと声をかけながらパタパタと店に入ってきた。
「お邪魔そうだから、一人で捕獲しとくわよ」
 ゲーム機から目を離さずアリスおねーさんは2階へ上がって行った。ゲームを中断しないところはさすがおたくである。レアアイテムでるといいな。
「あ、これ」
 ジュンが棚の上の写真に気がついた。手にとってじっと見つめていた。
「ジムは?」
「外出中」
「三郎君は?」
「警察に事情聴取中の恋人に会いに行った。意外とまめなんだ」
 ベンに視線が移ってさすがに表情が曇った。
「お前のせいじゃない。気にするな」
 まぁ無理な話だろうが。軽くうなずいたようには見えた。
「これちょうだい」
 構わないがスタンドは返せよ。
「ねぇ、ケンちゃん」
 少し間を置いてジュンは呼びかけてきた。真面目な声だった。ちょっと焦る。
「まだメールの返事返ってないわよ」
「ドタバタしてたから忘れたな」
 さらに突っ込んでくるかと思ったがいたずらっぽく笑いやがった。
「もう変な仕事やめなよ?」
「ん・・・そうだな」
 それもいいかもな。俺は本気でそう思った。
 そこへ。
「もし・・・BIG・GUNとはこちらですか?」
 三人組の中年男が来店した。全員スーツで帽子まで目深にかぶっている紳士たちだが何か思いつめた表情である。見るからに普通じゃない雰囲気を漂わせている。真剣で影があり「背徳」の怯えも見える。「仕事」の依頼人によく見られる特徴だ。
ジュンの表情がこわばった。
「はい、いらっしゃい。御用は?」
 腕を組む振りをしてショルダーホルスターのベレッタに手をかける。すると真ん中のちとハンサムな男がにこりともせずつげた。
「ジャック・マクソン氏の紹介で来ました。あなた方がNo.1だと」
 早安の親父だ。
「話は聞いています。奥の部屋へ」
 俺は三人を事務所奥の応接間に通した。ジュンの横を通る時、中央の男は軽く会釈したが帽子までは取らなかった。ジュンにはカタギの仕事の話ではない事が確信できたのだろう。俺にクレームをつけようと口を開いた。
 そのかわいいお口が言葉を発する前に俺はおどけて言った。
「悪いな、ちょっと店番頼むぜ」
 返事を聞かず俺はドアを閉めた。
 ふくれっ面をしたちょっとセクシーな美少女の姿は分厚いドアの向こうに隠れた。

The end. 

便利屋BIG-GUN1 ルガーP-08

この物語の主人公たちは特殊なスキルを持ち特殊な職業に従事しています。
しかし普通の街で普通に考え普通に暮らしている普通の少年たちでもあります。
彼らのような少年たちが今もいてくれることを願います。
我が愛するこの街に。

2013.11 ろーたす・るとす
勝手にテーマソング 少年隊「OH」

便利屋BIG-GUN1 ルガーP-08

とある街で年代物の拳銃ルガーP-08を使用した殺人事件が起きた。 その街で仲間たちと共に便利屋BIG-GUNを営む少年、風見健は家出中の美少女ジュンと出会いボディーガードを依頼される。 美少女を守る。男子最高のイベントを軽く引き受けた健だったが大きな事件に巻き込まれていく。 どうもこの娘には秘密があるようだ。 コメディタッチで描くハードボイルドアクション。どうぞよろしく。 この物語はフィクションです。似た人、物、団体がいても気のせいです

  • 小説
  • 長編
  • 青春
  • アクション
  • コメディ
  • 青年向け
更新日
登録日
2013-11-09

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

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