日曜の朝
目覚まし時計を止めた手に、ひやりと温度の低い空気が重なる。
…ああ。また来たのか。
目を上げると半分透けた女が俺の手に両手を重ねている。
いつも、唇が動いているのは見て取れるのに、何を言っているのか声が聞こえない。囁くようでも呟くようでもなく、まるで生々しく何かを訴えているのに。
為す術もなく、身を起こして身支度を始める。まだいるのか、と振り返ると矢張りまだいる。
そこに無いはずの空間にグッタリと膝を崩して、背を丸めて、もうそこにはない俺の手に手を重ねた姿勢のまま、多分喋るのに合わせてユラユラと揺れている。
さて。今日は日曜で予定も入れていない。
ベッドに腰掛けて、煙草を喫いながらそれを見る。
よく、知った姿だ。俯いて涙を流しながら、訴えている言葉はちっとも俺にはわからない。
いっそ、こんな風に聞こえないならこうして、落ち着いて側に居てやれるのに。苛立つこともなくただ、繰り返す映像を眺めているような不思議な気持で。
俺を見てなんかいないんだろう。
俺がしてやらなかったことばかり覚えている。俺がいないことばかり覚えている。
例えば、伸ばした手が触れることが出来たら、お前の耳に俺の言葉が聞こえたら、待っているのは「もっと」なんだろう?
俺をお前と同じ地獄に引きずり込むまで満足しないのか。お前のために何もかも捨ててこの身を滅ぼさなければ、証明にならないのか。
あの頃のようにただ、幸せだと笑ってはくれないのか。
それともお前は、本当に不幸なのか。離れれば埋まる何かを損なわせたのは俺なのか。
煙草を喫いながら横目で、泣いている幽霊を見る。
見知らぬ女の幽霊を見ながら、思い浮かべているのは別に具体的な誰かではなくて。見知った泣き顔の数々が思い浮かぶ。
だけど、この先を踏み止まらせるのは「これ」に違いない。
どうして泣いているのか、知りたいとも思わない。
きっと俺にはわからない。
聞こえないのと、同じ。
彼女はまだ、泣いている。
日曜の朝