ある日
ある日の出来事。
半透明グレーの、切った爪の欠片のような月を見上げる。
青い空にそれは、水中の藻のようにふよふよと浮いている。
隣で彼女が缶紅茶を時折啜りながら、何を話しているのかというと仕事や友人や家族の話で。
何を言っているのかはわかるのだが、何を言いたいのかがわからない。
不意に言葉を途切れさせ、ネコ科じみた丸い目が黒目だけ、こちらをぐるりと振り向いて見上げる。
話を聞いているかと確認してくる。
聞いていると答える他無い。
聞いてはいるがわかってはいないと言えるはずない。
ごめんねと溜息をつく様子に、思わず眉を寄せて先程の彼女に倣うよう目だけで振り返る。
取り留めのない話がどうのこうのと、何が言いたいのかはわからないが、自分には彼女が何を言いたいのかサッパリわからないのに彼女には自分が彼女の話をわかっていない事がわかるようで。
苛立つような落ち込むような複雑な気分になって、的外れなグレーの月を再び見上げる。
久し振りに日光の下、らしくなく健全に公園のベンチなどで彼女とデートをしている、そんな得も言われぬ間抜けな気分に、合わせてふよふよと間抜けなグレーの三日月。
近頃寂しい思いをさせていた。
出会った頃の情熱を、忙しくなり始めて尚のこと燃やして、更に忙しくなってそんな余裕はなくなって。
去年は散々、長い間、別れるの別れないのと揉めに揉めて。
結局別れずにお互いピリピリと摩擦し合う時期を過ぎて。
少し色々、余裕が出来始めて考えている事はごく平凡な結論で。その準備を進めているがせっかく今日、ゆっくり会えた勢いで言ってしまいたいようなこのまま寛いで過ごしたいような。
何気なく、彼女の世間話に合わせてこれを話の切り口にでもしようかと、ほらあそこにグレーの三日月が、と指を指す。
何か怪訝ぶる彼女に詳しく説明をするようにと求められるまま、説明すると医者に連れて行かれた。
折角の休日が…
眼科医にかかって待たされるばかりの診察を暢気に終える頃。
網膜剥離が発見されました。
来週にでも手術をと言われて、いえ仕事が、と言い掛けたのを眼科医が静かに「失明しますよ」と脅しをかける。
手術を受ける事にしました。
なんだか自分よりも彼女の方がバタバタキビキビしている。
言いそびれた言葉を。
「なあ」
「なによ?」
「これの治療、終わったらさ。結婚しよう」
ある日