海の底の金の缶詰

その国では有名な昔話
『海の底には金の缶詰が落ちている。缶詰の中身はカニ。言うなれば、金のカニ缶なのだ。手のひらサイズのそのカニ缶を見つけたら、その人には幸運が訪れるだろう。』

高校生にもなると、誰もそんな話は信じないと思っていた。
しかし、僕の友達は違ったようだ。その友達、カナは5時間目のだるい体育の授業中、寒い中これからマラソンをしなければならない僕たちを集め、先生がなにかの説明をしている最中に話しかけてきた。
「あのさ、昔話の金のカニ缶の話さ、私は真剣に思っているんだけど、多分、金の缶詰だったら海の底でも光ってると思うんだ。だから、どんなに暗くても意外と見つかるんじゃないかな?」
正直に言うと何を言ったら良いかわからなかった。
彼女の唐突な話題提供は二年と八ヶ月間、クラスが同じになったのは今年が初めてだけれども、部活動でほぼ毎日顔を合わせているので慣れっこにはなっている。しかし、小さい時に聞いていた昔話を今ここで聞かされるとは思っていなかった。先ほど食べたお弁当の話題でも振ってくるのではないかと予想していた僕は、気のない返事をしながら、彼女が熱く語り始めるのを聞いていた。
「だから、ちょっと潜って、目を開けれたらすぐ見つけられると思うんだ。でもね、勘違いしてほしくはないんだけど、私は幸運が欲しいんじゃなくて、カニ缶の中身が知りたいの」
「は?」
思わず声がでてしまった。しかし彼女は構わず言葉を続けた。
「だから、カニ缶の中身が知りたいの。ズワイガニか毛ガニかでだいぶん違うと思わない?私はズワイガニだったら、本当に嬉しい」
僕は思わず笑ってしまった。
もちろん授業中だったので含み笑いみたいな笑い方だったけれど、それでも先生に少し睨まれてしまった。先生にすみませんという仕草をして、落ち着いてから僕は彼女に言った。
「僕も、毛ガニよりズワイガニの方が嬉しいわ」
すると彼女はにっこり微笑んで
「やっぱり、わかってくれると思った」
と言った。
そんなやりとりを終えた後、マラソンで十キロを走らされたのだが、僕と彼女はその授業が終わるまで、顔を合わせる度に笑っていた。

ズワイガニとか毛ガニとか、そんなどちらでも良さそうなものが面白かった訳でも無く。どちらもズワイガニが好きでお揃いで嬉しかった訳でも無く。ただ単に、こういう風に冗談を言い合えるのがすごく嬉しかったのだ。なんの気兼ねも無く、見返りを求めているわけでも無く、お互いがお互いを信じあっている関係がすごく好きだったのだ。
僕と彼女が海へ金のカニ缶の正体を突きとめに行こうとなって、金の缶詰が光っていてすぐに見つけられたとしても、中身は開けずにそのまましまっておくだろう。
そして、見つけられなかったとしても。市販のズワイガニの缶詰を金色に塗って、海の底に沈めるだろう。そして、金のカニ缶はズワイガニだとみんなに言ってまわるかもしれない。
だけど、僕は思う。
こんな些細なできごとでもこんなに幸せになれるなら、僕は海の底に潜るより、あなたと一緒に地上で暮らす。どんなことでも彼女と一緒ならなんて、大げさなくらい思ってしまうんだ。まだ友達だけれど、いつか。いつか。

海の底の金の缶詰

海の底の金の缶詰

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-11-07

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