白痴

鍵岡嬢は美少女であった。
川北少年はこの美少女を意図して「鍵岡さん」と呼んでいた。
川北は元来が女というものに慣れていない野暮であり、同級生の女子生徒を消極的に「さん付け」で呼ぶことが常であった。
しかし、鍵岡嬢に関してのみは事情が違った。
川北は鍵岡嬢に対してのみ、積極的に「さん付け」を用いた。
鍵岡嬢と距離を取り、また、感化されてはならぬと自身に言い聞かせるためである。
鍵岡嬢は美少女であったが故に、友人に恵まれ、親切を受けることが多かった。
だからこそ、と評して良いものか、鍵岡嬢の精神は愚鈍だった。

美という財産ゆえに致命的な失敗を回避してきたのだろう、そしてまた、
しばらくは美ゆえに、一定以上の生活を謳歌するに違いない。
しかし、彼女が老いた日にはどうか。
残された愚鈍な精神は、一定以下の生活を実感して初めて、美にあぐらを掻いていた己を知るのだろうか。
知って、どう振る舞うのか。孤独を伴侶とする強かさは伺えない。
川北は、この点に就いて、鍵岡嬢全く軽蔑していた。

なお鼻持ちならなかったのは、この美少女に媚びる男どもであった。
美しければそれでいいのか、その精神は全く愚鈍なのだ、
人格にも学ぶところは無い、甘えた楽観と博愛もどきのみが有る。
光にたかる虫の如き醜態は正視に堪えなかった。
男という性が、かくも浅薄たり得るものか。
鍵岡嬢をして愚鈍たらしめたのは、この浅薄さなのだろう。

悪寒がする。
俺だけは、浅薄と愚鈍の、救いようが無いこの関係から、全く無縁で居よう。
川北はそう決意した。

白痴

白痴

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • 冒険
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-11-06

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