practice(18)
十八
耳の形に,表し切れない部分はある。耳らしさの範疇の中でピックアップ出来ないのは,線形の説明にしたくない,ただの気持ちなのだろう。人より綺麗に曲がってる,は褒め言葉に聞こえないから,柔らかい名前にする。正面向いて反応する音声に,目を合わせてする確認がそうなのに,というようには取り出せない疑問符とともに双葉みたいに睫毛と揺れた。それを爪先で拾うつもりで差し出した指を,しかと掴んだ,その興味は新しくて忘れ易い。キャッチ出来る,『ながら』の力強さに混じり気なく,左右に振っても否定の何もこぼれない。どうせならもう一本足して,数を教える早めのステップにした。
生まれたばかりで,季節は知らない。きょとんと不思議を,乗せられた落ち葉の上で味わっている。緻密に敷き詰められ,重点的に高められた密度には沈んだりするものが思いも付かない。しりとりの経験がまだないからでなく,ことばの階層がギュッとして,下へ下へと隠れん坊をしているからに違いない。絵に描いた蓑虫がきっとそう言う。だからよく何かを考えていないように,よく何かを考える。未分化のたくましさと力強さに口をもぐもぐして,成長したがっているのを特に感じたら,殻の内側を叩いて鳴る音も蓄えて豊かにする。背を少しずつ高くするには必要になるのだから,話して合わせて,シンプルな一致と,離して合わせた頬っぺたとをくっ付けて,交換する欠伸。軽いを抱っこする。
カブトムシの幼虫が入っていると聞いていた,虫かごに何もいなかったあの出来事と一緒にその日に重ねられた衣服に,保たれた暖かさと花もあった。咲いたものだけでなく,咲く前の蕾も固定された位置に施されているのがフードが付いた上着の,作り手のチャーミングさ,見た目良く縫い付けられてもいる。翔んで来るものが見当たらないところで,遊びとして片手で真似が出来る生き物の形は知らなかった。そのレクチャーが,背の高い街路樹と仲が良さげな晴れに遠ざけられて,背格好も変わらないままに陽射し観察に勤しんでいる。拾われた落ち葉で,これあげると,手渡されるのを受け取るコミュニケーションは,だから暫く続くことになった。その時々に,余った袖丈を捲ってあげて,邪魔になることを大人しくさせては,内着を直して隙間風を追い出しもした。落ち葉を蹴飛ばす足元,ワンポイントが無い靴下は,厚手で長めの明るい黄色を目立たせて楽しんで,立つ気配は気配のまま,今は地面で遊んでいる。立てる心を座らせたまま,一緒に地面で遊ぶことを選んでる。
紙片の隅っこに,白を一滴でも垂らしたなら程なく浮かぶと言われた。宙を行くアメンボだって,小さいキックを上手に続けられている。気付かれない工夫には風向きも分かりやすくなるのだそうだから,訪れるものとして出迎えるためのことを広げていく。澄んだ水の上からはお出掛けする心,色違いの一面,声よりも歌う箇所に思うより静かなところ。滑空する一休みに,窓ガラスの外側にある親しみやすさで手を伸ばす。雨が降ったというジェスチャーに似て,込められた気持ちが違っていた。それを読み取れる指揮者は解かれた五線譜を束ねて,段ボール箱の整理整頓に取り掛かっている。ここで功を奏する子守唄には懐かしい匂いと温もりがあった。心持ち抑えられた声量に軽い指示がとぶ。訂正は素直にその後は丁寧に。そうすれば,ありがとうが要らない。満足そうに段ボール箱を抱えた指揮者が空けてくれた一室を,大切に使う。
その分にまた高い空に,何も言わないことが無く,風に押されてお尻から行くような丸く可愛い雲に,指を差して,見てと言った。夢中だから返事は来ない。また一つと渡される。
ゴシゴシするように両手が叩かれて,綺麗になったよという意味があった。そこに加えたハイタッチには驚きと喜びの反応が返ってきて,また一度のハイタッチが求められる。今度は喜びだけの反応があった。その間に,後ろに重ねていた何枚目かはカサカサと運ばれて,取り上げられる。敷き詰められても柔らかい,落ち葉に混ざって見当たらなくなった。当てずっぽうはしたくなく,誤魔化しなんてここに似合わない。そのままに,対面することの方が先だった。
重点的に高められた密度には沈んだりするものが思いも付かない。
フードの膨らみを直すために,抱き包むように手を伸ばせば首元にのし掛かる重さは遊び飽きたためかも知れず,帰るよと受け止めた証かもしれない。そこに手を入れて一回で直した後には,畳み方を変えたときに偶然見つけた襟元の花に触れた。見た時に咲いていたそれは,手触りでもその通りに追ってしまって仕方ない。支えがあれば立てることを,見せるように支えてあげた。
服装はきちんと正してもう一度空を指差す。いってらっしゃいは,そこに送った。
practice(18)