それだけじゃない……

 いつものバスに乗れば、微かな夕日が
 落ちる海岸。
 一度きりの機会は、灰色ビルの隙間に
 予感を照り返す。
 わずかな艶のないオレンジ色と濃い影。
 いつものなら、家路へ薄紫の風が誘う。
 きょうは、ひとつ前のバス停で
 降りてみるかな。
 間もなく、陰も光も溶け合うだろう。
 たまにはいいかも。
 きょうだけ途中下車。
 珈琲カップの縁を舐めながら、
 あなたに逢えない涙、隠そうか。

 いつものバスに揺られながら、勇気を
 握り締める。
 夕焼けのなぐさめは、諦めに変わり、
 風の匂いは、色を失い、
 星が微かに瞬くには、あと少し。
 予感するのは、思い出したくない別れ。
 もう終わった、たぶん終わった。
 たぶんわたし、アナタに求めすぎた。
 アナタはわたしを大事にし過ぎた。たぶん。
 だから、たぶん、きょうは途中下車。
 珈琲カップの縁、冷ましながら、
 あなたの珈琲、盗み見る。
 あやまらないから、ゆるして。
 きょうは、白いカップは二つだから。

それだけじゃない……

それだけじゃない……

  • 自由詩
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-11-06

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