空を型取る

「おい中山、どこ見てるんだ。」
「痛っ。」

2時限目、現代文。
現代文の教科書は分厚いんだ。
その角で叩かれると物凄く痛い。
だから寝るの得意やなと嫌味を言われるほどの居眠り大国である我がクラスも
この授業だけは背筋をぴんと伸ばし、あくび一つする者もいない。

もっとも僕も寝てたわけじゃない。

「そんなに空が好きか?」
好きだ。
あんたのつまんねぇ授業受けるよりよそ見して空を眺めてる方がよっぽど楽しいよ。
それに教科書の角って痛いんだぞ、ばかやろう。

心の中で悪態をついていると、先生はいきなりチョークを突きつけてきた。
「ひぃっ」
「空を描いてみなさい」
「へ?」
「ただしこの青チョーク一本で」
「はぁ…」
意外な展開に腑抜けし素では行だけの間抜けな返事をした僕は(みんなから盛大な失笑を受けつつ)黒板に向かった。

そしてまたもや意外な事実を突きつけられた。
空が書けない。
先生は青いチョーク一本でという条件を提示した。
白いチョーク、つまりは雲という助けを借りないと空を描くのは難しい。

「書けません」
僕が降参の声を上げると先生は満足そうな笑みを浮かべた。
そして僕からチョークを分捕り、黒板へと走らせた。

そういえば僕には不思議な体験談がある。

遡ること少し、眠りから目覚めた僕はたまらず太陽を手で遮っていた。
「眩しい…」
太陽が眩しい。
「熱い…」
太陽が熱い。
「眩しい…」
ん。おかしい。

「今の俺…」
「…どこにいるんだ。」

生まれて感じたことのない灼熱の炎が僕の眠気を蒸発させ、ついでに僕の頭を沸騰させた。

目の前には見たことのない景色が広がっていたのだ。

「アフリカチックだな。」

そう、景色に対しての第一印象を呟いた僕の前を、頭に大きな籠を乗せた色黒で上半身、裸の男が通り去った。

「アフリカだな。」

ん。おかしい。確かに太陽光、気温、通り去った人物の身なりや肌の色、行動、そして緑が生い茂るこの草原、現状から冷静に判断するとここはアフリカということになる。
でも、僕はアフリカに来た覚えなどない。まさか寝てる間にイカダを作って太平洋を航海しアフリカに辿り着いてしまうほど僕の寝相は悪くない、と信じたいが今はそれすら信じられない。
すると突然、
「わぁぁぁああああ」
と叫ぶ声が聞こえた。
声のする方を見てみるとすごく怖い顔をしてアフリカ人の少年が走ってくるではないか

「え、え、え。」
僕は混乱してその場に立ち尽くした。そして、タックルされた。押し倒された。
その直後だった、鋭い破裂音と共に僕らの頭上すれすれを銃弾が通過したのは。

あまりの出来事に僕は気を失った。
どれだけ寝たであろうか、とりあえず僕はしばらくして起きた。
僕の側にはあの“わぁぁぁああああ”の少年がいた。
「ドリム。」
少年はそう言った。
「あ、名前?よろしく。」
「僕の名前は中山滋彦、シゲって呼んで。」
とりあえず自己紹介をした。

「バーン、バーン、バーン。」
ドリムはそう言うと、人差し指と親指を立てて銃に見立てた手を僕に向けてきた。
きっとこの地域は内戦か何かやってるんだろう。そんな戦場のど真ん中で突っ立っていた僕に注意を促しているのだと僕は思った。
そうだ、ドリムは僕の命の恩人なんだ。お礼を言わなくちゃ。
「ありがとう。」
僕はお礼を言った、空気に。
「あれ?」
ドリムがいない。と思ったら遠くにいた。そして、
「ヨロシク、ヨロシク!」
と手招きをしていた。
分かったことが二つ。彼は僕をどこかに連れていきたいらしいということと、彼が僕の名前をヨロシクだと勘違いしていることだ。

「僕の名前は、しーーげ。」
「シゲ?」
「そう、しげ。」
「オーワァオ、シゲシゲ」
やっと覚えてくれたみたいだ。
「ヨロシク。」
まだみたいだ。
とにかくこんなやり取りをしつつ、僕はドリムに連れられてかれこれ一時間ほどは歩いてる。
「ねぇ。まだ?」
「シゲシゲ。」
いや意味分からないし。


少ししてドリムは歩くのをやめると、笑顔で前の方を指差した。

そこには青空と夕日が交じった神秘的な空がアフリカの草原を照らしていた。
小高い丘の上、僕は思わずその空に見惚れてしまった。

ドリムは身振りで鉄砲を、人を斬りつける動作をやった後、人差し指で地面を差し、そして両腕で大きくバツを作った後、胸に手を当て、空を見上げた。

毎日争いが絶えない日々を過ごしてるけど、ここだけはそんなものはない。憂鬱な日々の中でこの丘でこうやって空を見てる時だけが癒しなんだ。と僕は自分なりに訳してみた。

「ドリム!」
何でか分からないけど僕はドリムに抱きついた。
「ヨロシク。」
ドリムは泣いてた。僕も泣いた。

丘からの帰り道、僕らは行きとは違う雰囲気を感じていた。
言葉は通じないのに心は通ってる。そんな不思議な感覚だ。
僕は明日もドリムとこの空を見に来たいと思った。
何だが心が温かいもので満たされていく。

だが次の瞬間だった。近くから銃の音が響いた。
僕は反射的にドリムを庇った。
後頭部に衝撃が走った。

「中山起きろ」
「ん…あ、すいません」
夢か、そうか夢だったんだ。

1時限目、古典。
この先生は寝てる生徒の後頭部にチョップをする。
痛くないけどびくっとなる。

「ほんま君ら、寝るの得意やな。」

先生はいつも通りの嫌味を言った。
すいません、と心の中でもう一度謝罪したのと同時に授業の終わりを告げるチャイムが鳴った。

そして休憩も終わり次の授業が始まった。

僕はドリムのことを思い、空を見上げた。
ドリムは無事だろうか。雲一つない青空なのに何だかとても曇っている。だめだだめだ、夢の中の話じゃないか。全ては想像の産物なのだ。

「おい中山どこを見てるんだ」
「痛っ」
「そんなに空が好きか?なら空を書いてみなさい」

二時限目、現代文。
突きつけられたチョークを片手に、やがて降参の声を上げた僕から満足そうな笑みで分捕ったチョークを先生は、そのまま黒板へと走らせた。

青いチョークで四角に線を引き、その中を塗りつぶした。
そして、それを「空だ。」という。

僕だけでなく恐らくクラス全員の頭がクエスチョンマーク状態だっただろう。

先生は続けた。
「現代の空は狭くなった。幼稚園や小学校で空の絵を描けと言うとこのように青い四角形を描く子供たちが増えたそうだ。それは人類の進化がもたらした代償と言って良い。電車や教室の窓から、電信柱や高層ビルの背景として、区切られた空が増えたんだ。その結果がこのざまだ。空を四角と本気で思い込む子供たちを生んじまった。」

昔みたいにだだっ広い大空を眺めることができる場所がなくなっちまったと先生は寂しそうに話した。

「この分じゃ青い四角形の大量発生に留まらず、空ってなぁに?って子供たちが真顔で尋ねる日が来るかもしれない」

「そんなんだめです。空がなくなったらドリ…、えーと…。そのようなことを防ぐにはどうすれば良いんですか?」
ドリムの事が脳裏に浮かんだ僕は思わずそう聞いた。
「コウドウしろ。」
先生はそう言うと黒板に“考動”と書いた。

「これからの社会の設計図はお前らが書くんや。傘を忘れて濡れるのがイヤだから、日焼けするのがいやだからと世界中をアーケードで包み込むも良し、空が見たいからと自然がありのまま残る都市を作るも良し、それはお前ら次第なんだ。」

僕の人生を変えたのは本当に小さなハプニングが重なって引き出された先生のこの言葉からだと言って嘘偽りない。

僕は夢の続きを見に行こうと思う。
起きている時も。

リュックサックに新たな創造案と高らかな志を詰め込んで、世界に向かって堂々と問題を提起してやる。
そして好きな所で好きな空を型取る自由を手に入れる旅に出る。
たくさんの空をドリムに見せてあげたい。

僕はドリムに会いに行く。

空を型取る

空を型取る

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 青春
  • 冒険
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-11-06

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