プラットホームの向こうから

朝から気分がとても悪い。
朝起きるという行為自体、
自然から離脱した人間にとっては、
とてもできる行為ではないのだ。

それもそのはず。
夜遅くまでラジオをひたすら聴くことが、
個人的に流行ってしまって気がつけば、
朝起きることがとても苦痛になっていた。

そんな自論を唱えながら向かう駅は遠く感じる。
のらりくらりと自転車をこぎようやく到着すると、
いつものように汽車がホームに来るまでの間待っている。
するとホームの向こう側に、
同じ目をした人物がいることに気がついたが、
すぐにホームへ入ってきた汽車によってその姿は見えなくなり、
汽車と共に姿を消していった。

何も変わらない毎日はその後も続く。
目的地へ着いても適当にすることをして、
孤立が嫌で周囲とは適度に仲良くする。
時間になればようやく自由がやってくるが、
特にすることもなく真っ直ぐに家へ帰るだけで、
すぐに部屋へこもりラジオをつける。
それが毎日の日課。
何も変わりなく過ぎていくだけの日々。

座っているだけで終わる日中という苦痛から逃れると、
帰りも同じ道を戻り同じ汽車に乗る。
同じように向かい側には反対側へ向か汽車を待つ人がいる。
自然と今朝見た相手を探してしまうが、
そう都合良く現れるはずもない。

次の日。
淡い期待をして同じ場所で向かい側のホームをじっと見ると、
昨日の人がいた。
同じような目をしているその人は、
とても眠たそうで今にもホームから落ちてしまいそう。
たった数分でホームに汽車はやってきてその姿は見えなくなる。

何もなかった毎日のささやかなひと時。
勝手な思い込みでも構わない。
何か忘れてしまっていたものを取り戻せそう。
そう思った。


向かい側。
決して届かないところではないにしても、
そこへ行く勇気などどこにもない。
ただここから見ていることが、
心の安らぐ唯一の時間になった。
それだけでまた1日頑張ろう。
心からそう思えた。

朝の数分しか見られなかった相手のことを、
初めは汽車に乗っている間。
そして目的地にいる間。
いつしか帰宅してから寝るまでの間と、
次第に考える時間が伸びていった。

決して迷惑なんてかけるつもりはない。
もっと近くで見たい。
少しでもそばにいたい。
そう思う気持ちがないとは言えないも、
近寄る勇気なんてありはしない。
今という幸せを壊したくないからだ。


しかし何日もその相手を見る日が続いたが、
その日はたまたま時間がずれたのか相手は現れなかった。
たった数分だけのことだったが、
それが心を寂しくさせた。

それまでの景色にたった1つ加わっただけで、
これほどまでに違って見えるなんて思ってもいなかった。
足は勝手に向かい側のホームへ向かう。
あの人がいる時には決して行こうなんて思えなかった場所。

しかしいざ来てみたところで、
見える景色は元いたところと何も変化しない。
同じように汽車が来てすぐに去っていく。
それだけである。

もう次のに乗らないと遅刻してしまうという時間になっても、
その場から動くことができず、
結果的にはサボることとなってしまった。
それは1日だけにとどまらず次の日もその次の日も続いた。

毎日その人のいたホームで、
乗るわけでもない汽車を見送っていると、
自分が何をしているのかわからなくなる。
とめどなく行き交う人の流れに逆らうかのように、
居座っていることに虚しさを覚えてしまうと、
思い切ってその汽車に乗り込む決意をした。

毎日見ていた反対側へと向かう汽車。
帰り道には乗るものの、
このホームから次の駅へは行ったことなどない。

揺られること30分程度で終点まで来てしまう。
外を見ていた景色は都会から次第に田舎へと変わり、
とても同じ町とは思えないほどビルがなくなって、
田んぼや小川や山々が並んでいた。

ホームから見える景色はまるで時が止まったかのように、
風に雲と木々が踊っているだけでそれ以外には何もない。
自然と耳を澄ましているとどこからともなく、
聞こえてくる小川の流れる音と草木のざわめき。
匂いまでもまるで違う。
嫌な人の臭いや機械の臭いなんてまるでしなく、
自然の匂いだけが風に乗って音とともにやってくる。

日常なんてどうでも良い。
そう思ってしまいそうになったが、
それでも時は廻り続けている。
例え変わらない毎日だとしても時が止まることはない。
いつかは自らの手で終わりを決める決断をしなくてはならない。


いつものホームまで戻ってくると、
一気に現実へと引き戻される感じがした。
ホームにとどまる人などいなく、
目まぐるしく景色が変わっていく。
しかし見慣れてしまった光景だがそれまでとは何か違った。

それは気持ちの差なのかもしれない。
全ては勝手な思い込みかもしれないが、
そうであったとしても変わるきっかけをくれたのは、
確かに向かいにいたあの人なのである。

今までなかったものが現れ再びなくなるだけで、
こんなにも落ち込むなんて知らなかった。

いや知っているけど忘れかけていた。
失うことの寂しさ。
だから何も得ようなんて思わなくなっていた。
そうすれば失う悲しさなんて味わうことはないから。
それが幸せだと思おうとしていた。

寂しくなるだけだと分かっているのに、
あの出会いが再び出会う嬉しさを思い出させてくれた。
ここからもう一度始めよう。
そんな気持ちを持たせてくれた。

きっと向かいにいたその人も同じ気持ちになった。
だからこそあのホームから旅立った。

拳を握り締め決意した。
このホームから歩きだそう。
明日なんて何も決まっていない。
明日を決めるのは自分なのだ。

ゆっくりとホームに入ってきた汽車に乗り込むと、
いつもと同じ1日が始まる。

プラットホームの向こうから

プラットホームの向こうから

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-11-06

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