雨が降ったら

学校へ向かう途中降りだした雨。
誘うかのように公園の中へと招いてくれた、
屋根付きの休憩所。
休憩所とは言っても今言った通り屋根があるだけで、
壁はないただの屋根付きのベンチであるが1人先客がいる。

社会人風のその人は傘を持ってるというのに、
雨宿りをしているのである。
それにバッグからこぼれ落ちそうになっている缶は、
お酒のようだった。
とても妙な光景である。

それは置いておいてベンチは2つあり正方形を丁度、
対角線上に切ったような形をしている。
いわゆる直角二等辺三角形の形をしているのだが、
先客の反対側のベンチへと座ると、
何もせずにいるのも時間がもったいなく、
ノートを取り出して今見えているものを無心に描き留めていく。

雨を前にするとどんなものも神秘的、
あるいは抽象的に飛び込んでくる。
実物であるはずの木々もそのノートに描かれると、
あっという間に幻想的空間と化していく。
それでも彼にとってはそれが真実であり、
今という現実なのである。

「雨…止まないね。」

無心に動かしていたその手がピタッと止まった。
そして目が釘付けになってしまった。
確かに雨宿りをしていたはずなのだが雨に濡れている。
風向きが変化したのかもしれない。

せっかく雨宿りしているというのに肩が濡れてしまっている。
ドキッとしてしまった自分もいるがこのままでは良くない。
そう感じた。

「こっちに座ったらどうですか。
他に誰もいないんですし。」

普段なら決して他人なんて気にしない自分がいたのに、
なぜだかその時だけは人の温もりを感じてしまった。

「雨の日って憂鬱だよね。
よくサボっちゃうのよ。」

隣に来たその人はなんだか良い香りがした。
ほのかな香水の香りが雨に溶け込んで、
甘く切ない香りを生んでいるのかもしれない。

「大人が会社サボって良いんですか?
よく首になりませんね。」

「…。
凄い…これ今描いたの?」

「な、なに見てるんですか!?」

気がつけばノートを覗き込んでいる。
咄嗟に伏せるが既に遅い。
一瞬でも見られてしまい顔は真っ赤になり、
恥ずかしさが体温を急上昇させる。

「良いじゃない。」

抵抗できないままにノートを奪われると、
今度はじっくりとついさっき描いた絵を見られる。
特に下手という認識はしていないが、
それほど上手いというつもりもない。
見られるという行為自体が恥ずかしく慣れていないのだ。

それにただの趣味なのだから才能だって何もない。
そんな奴の絵を見ている隣にいる人は真剣に見ている。
今まで自分をこんなにまで見てくれた人はいない。
それがなんだか心地よかったのかもしれない。

それからというもの朝起きて雨が降っていると、
憂鬱だった気持ちも晴れて、
公園へ立ち寄ってベンチであの人を待つようになり、
幾度となく他愛もない会話をしては笑っていた。

家でも学校でも友達といても笑顔なんて、
作っていれば良いものだと思っていたが、
そこにいる時だけ雨が自分を変えてくれるかのように、
表情を分けてくれた。


しかしそんな日が長く続くことはなかった。
ある日を境に雨が降ってもその人は来なかった。
珍しく雨の朝から学校へ行ってみると、
職員室の前であの人とすれ違ったのだ。

思わず叫びそうになってしまったが、
すぐに分かってしまった。
あの人はうちに来ていた教育実習生だった。
なんだか複雑な思いを誰かにぶつけることもできずに、
教室へ入るとクラスメートの会話が聞こえてくる。

「聞いた?
あいつ生徒の彼氏に手出したらしいじゃん。」

「マジで?
いなくなって当然じゃん。
最初から若い子目的で先生になろうとか思ったんじゃない?
マジきもいわ。」

「…。」

そんな人なわけがない。
あの場にいたあの人はそんな人じゃなかった。
否定したい気持ちもあるがそんなことできるような、
性格ではなかった。
第一本人同士でもないのに言ったところで、
とんだ茶番になることは見えている。
冷静になった瞬間から勝ち目のない行動はとらない。
そんなものに意味はないのだから。

煮え切らない思いを持ちながら1日を過ごすと、
その日はまるで眠れなかった。


次の日。
雨は降っていない。
それでもあの人なら来る。
そう思えた。
いつもよりも早く来たつもりだったにも関わらず、
あの人は既にそこにいた。

いつものように座るが言葉が出ない。
いっぱい話そうと思っていたことはあるというのに、
目の前に来るといつもそうだった。
言いたいことが言えない。
そんなもどかしい気持ちが嫌だった。

「あの…さ。」

「な、なに!?」

つい声が裏返って高くなってしまった。

「幻滅したでしょ。
私があんな女だって知って。」

「そ、そんなことない!
あんなの信じないから。」

必死に否定する。
それでも表情はぎこちない。
自分でもわかるほどに引きつっている。
本当にそんなじゃないのに笑顔にはなれない。

「…全部本当。
君もその対象…かもしれないじゃない。」

いつもなら笑っていられる会話も、
今日は沈んだ表情で空気も重たく感じられる。
まるで別れ話のようだった。

「絵…見てた時の貴女の表情。
嘘ついてる人があんな顔できないから。
俺知ってるから。」

誰といたって、
偽りの表情をしていなくてはならなかったけど、
ここにいる時だけはそうしている必要がなかった。
だから同じ気持ちでいて欲しかった。


突然の雨。
温かく感じていた空気も一気に冷めていくと、
ひんやりとした空間へと変わり、
周囲も幻想的な姿へと豹変していく。
すると意外な行動に出た。

「!?」

突然ベンチから立ち上がり降りしきる雨の中へと身をとおじた。
あっという間にずぶ濡れになるその人は、
笑顔で一言だけ口にした。

「描いて。」

「先生…。」

無心に描いた。
描き続けた。
描かずにはいられなかった。
雨に濡れるその人がとても幻想的すぎて、
風邪を引くから早く戻ってなんて言えなかった。

しかしそれが最後だった。
描き終えたあとその人が絵を見ることはなかった。

声も届いていないのか、
言葉を交わすことなく無言のままベンチを後にしてしまい、
空き缶だけが残っていた。

その後学校へ行っても教育実習を放棄して、
あの人はいなくなってしまった。

調べる方法はいくらでもあったかもしれない。
それでもそんなことをする必要なんてない。
だって、
雨さえ降ればまたあの場所でいつか出会うことができるのだから。

雨が降ったら

雨が降ったら

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-11-06

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