おまじない

夜空に託した想い。

”おまじない”なんて実際効果があるかというと、ないと思う。
絶対に叶います。という確証はないし、きっと誰かが作って、たまたま成功して、たまたま周りに知れ渡って一種の伝染病みたいに幸せ感が広がって。
そんな仕組みで”おまじない”というものが存在しているのだろう。
そんな事に頼るなんて幼稚だなと思う。
しかし、ここ最近の私は、毎晩のように夜空に向かって「夜空に輝く月や星。森瀬君と明日も会えますように。」と唱えている。

今日もおまじないをかけ終え「ふー」と息を吐きながらベッドの上に寝転ぶ。
ベッドのすぐ横にある窓の外には星と月が輝いている。綺麗。
そんな事を考えながら同時に、
どうしてこんな事してるんだろう。
おまじないに頼るなんて自分らしくないなぁ。とも考えている。

私はバスケ部のマネージャーで森瀬君とは、その部活で出会った。
基本的に森瀬君とは部活の予定とか今週の連続シュート練の記録とか業務連絡的な会話しかしない。
正直初めは名前も知らなかったし、私の中ではただの部員、ただの同学年の子とかそういう部類の人でしかなかった。

ある日、廊下で笑い声に混じってドタバタと騒ぐ音がした。
教室内で勉強していた私は弄っときた。煩い。
居ても立っても居られなくなった私は廊下に出て注意をしようとした。
教室から出た瞬間だった。凄い勢いで走って来た男子にぶつかり、私はバランスを崩してしゃがみ込んでしまった。
わけがわからないでいると「ごめんっ大丈夫？」と言って手を差し伸べてきた。
私は余計、苛々としてしまい男子の手を無視して自力で立ち上がり何も言わずに教室に入った。朝から最悪。
そもそも高3で廊下ではしゃいでいる事が子供っぽい。幼稚園児みたいと思った。
というか、さっきの子誰だっけ？

その日の部活でこの疑問の答えがわかった。
「今から10分間休憩でーす」と号令をかけて部員1人1人に水の入ったペットボトルを渡して行く。
その時だ。背後から「今朝はごめん」と言われた。
振り向くと今朝ぶつかってきた男子がいた。最初誰かと思ったがすぐに思い出した。バスケ部は人数が多い。でも、まさか部員だと思っていなかった。
「い、いえ、大丈夫です」とだけ返し再び向き直し水を配る。
でも名前がわからない。名簿を見ると森瀬翔とあった。

次の日、また廊下で騒いでいる声がする。
その次の日も、その次の日も。
今まで意識していなかっただけなのか、気付けば森瀬君は毎日のように友達と廊下で騒いでいる。
本当に煩い。迷惑。あーもうっ！
その帰り、親友の絵美に話した。
「もうね！ほんとに煩いの！幼稚園？いや、動物園みたい！」
絵美は大袈裟な～と笑いながら聞いている。
「あーぁ、まさか部員だと思わなかった。これからも顔合わせなきゃいけないし、先が思いやられる」
絵美は、また笑って頑張れ〜と言ってくる。

私は森瀬君の事で何かある度に絵美に話した。
とはいってもどれもくだらない事。煩いとか迷惑だとか、またぶつかりそうになったとか、色んな言葉で批判しているものの、どれも結局は同じ事を言っているものだった。
そんなある日のこと、絵美が「優香はさ〜森瀬君の事気にし過ぎなんじゃない？そんなに嫌なら無視すればいいのに。あ！なんだかんだ言って実は好きとか⁉︎」
好き？いやいや、ないない。
私は、首を振る。
「ふーん、まぁ意外と嫌ってた人を好きになる事もあると思うよ〜恋愛は何が起こるかわからない！なんてね」と笑顔で絵美に言われた。
いやいやっ！と返したものの今までを振り返ると自分の話はいつも森瀬君の話題で沢山だ。
明日から考えないように、廊下ですれ違っても見ないようにしよう。
と心の中で思った。

それから休日が来て月曜が来て時間は進んで今日は金曜日。
一週間早いなぁと思いながら部室に行き、欠席届けを確認していると月曜から森瀬君がずっと部活に来ていない事に気が付く。
そういえば廊下で騒ぐ声も最近聞こえない。
来月の部活の予定表も渡さなくてはいけないので顧問の先生に森瀬君の事を聞いてみる事にした。
あくまでマネージャーとして。
「川平先生、森瀬君が最近部活に来ていないのですが何か聞いていますか？予定表渡さなきゃいけなくて」
川平先生は「あー、森瀬のやつ風邪引いて、熱がぜんぜん下がらないらしいんだよね。学校自体、今休んでる。ごめん、連絡するの忘れてた。」と言った。
そうですか、ありがとうございます。と言って職員室を出た。
馬鹿は風邪引かないんじゃないのー？と皮肉めいたことを考える。
その後、森瀬君は何日か休んだ。
静かな廊下。
いつもと変わらない部活風景。
何一つ不都合な事はないはずなに、気が付くとなんだか淋しくて、周りがいつにもまして、静かに感じる。
体調大丈夫かな？
ふと、そんな事を考えた。
自分でも驚いた。
森瀬君を心配している自分がいる。淋しいと感じている自分がいることにも。会いたいとも思った。

放課後、絵美に「優香、最近元気ない気がする。心ここに在らずみたいな。それに森瀬君の話も全然しないよね」と言われる。
「そうかな？森瀬君は最近休んでるから。」と返す私に少しの沈黙の後
「もう！優香、元気なーい！あっそうだ！今から木苺のムースケーキ食べに行かない？この間、そこの駅前にできたっていうカフェにさ！いこいこ！」
私の返事も待たずに絵美は私の手を引っ張っていく。
カフェはとても落ち着いた雰囲気だった。
席に着くやいなや、絵美は私に「やっぱりさ、優香自身は気付いてないかもだけど、そうやって心配になったり淋しいと思うってことは森瀬君の事が好きだからだと思うよ」と言ってきた。
好きだからか。全く考えたことなかった。
けれど、好きという言葉と森瀬君を頭に浮かべると、どきどきした。

その帰り道。ふと見た空はオレンジ色で綺麗で暖かくて優しかった。
森瀬君に会いたい。
今度は心からそう思った。絵美が言ってた通り、私は彼が好きなのかもしれない。
隣に居る絵美がふと「森瀬君が治るように”おまじない”かけなきゃね」と言う。
え？おまじない？
「そう。おまじない。優香は現実的だからおまじないなんて信じてないかもしれないけど、たまにはこういう事してみるのも良いんじゃないかな？」と絵美は優しく微笑みながら答える。
「おまじないかぁ。小さい時はよくやってた。懐かしいな。でも具体的になにをやるの？」と聞くと絵美は少し得意げに「簡単だよ〜。夜、空に向かって『夜空に輝く月や星。森瀬君が○○○ように。』って唱えるの！○には、こうなって欲しいみたいな願望とか願い事とか入れてね」と。絵美は真っ直ぐな目で私を見ながら言う。
なんだか面白くなって笑ってしまった。
信じてないでしょ〜と言う絵美に、信じてるよーと返して2人でしばらく笑う。
結局その日は、おまじないをかけるという約束をし、絵美と別れた。

夜、やっぱり自分らしくないなぁと思いながらも「夜空に輝く月や星、森瀬君が早く治りますように。」と唱える。
そして、いつの間にかこれが毎日の日課の一つになった。
意外にもおまじないは口に出してみると、なんだか心がほっこりして幸せな気持ちにさせてくれた。

月曜日。教室にいると、廊下で男子の久々〜！という声と笑い声が聞こえた。
もしかしてと思い廊下を見てみる。
森瀬君だ。嬉しかった。
そして本当に一瞬だけど目があった気がする。きゅんとした。

その日の部活では、森瀬君は川平先生に言われて見学になった。
彼は私の隣に座って部員の練習を見ている。緊張する。
あ、予定表渡さなきゃ！そう思いクリアファイルの中を探す。あった！
「これ、予定表。」そう言って渡すと森瀬君は「ありがとう」と一言言ってまた練習を見始める。
何か会話したいな。
もう体調は大丈夫？とか久々だねとかいくつか言葉が浮かんでも口に出せない。この日の部活では結局、最後まで何も言えずにいた。
でも、森瀬君が隣に座って同じものを見ている。
この空間が、時間が、幸せだった。

帰り道で絵美に今日、久々森瀬君が部活に来れた事と、なんだか緊張して会話が出来なかった事を報告した。
絵美は良かったね〜おまじないが効いたのかもよ〜とか言って笑っていた。次はちゃんと会話しなよ！と言われた。自分から話しかける勇気があればなぁと思う。

その夜「夜空に輝く月や星。森瀬君と会話が出来ますように。」と唱えた。
すっかりこのおまじないを信じている自分に少し笑う。
がんばって明日は自分から話しかける！おやすみなさい！と独り言を言って眠った。

次の日。大会が近いため部活では朝練が始まった。
皆が来る前に行こうと思い、早起きをして学校に行くと、体育館でバスケのボールを床につく音がする。
あれ？と思いながら入り口のドアを開けると森瀬君が一人、練習していた。
私に気付いた森瀬君は笑顔でおはよ！と言ってきた。
どきっとする。平常心、平常心。
おはよ！っと返す。会話が途切れてしまうと思い、体調大丈夫？と聞いてみる。
森瀬くんは少し驚いた顔で「うん、もう大丈夫！心配ありがと！」と答えた。

今日の朝練が終わり教室に行き、絵美に朝練で少し話せたよと報告した。
絵美はもっと話さなきゃ〜と言ってきた。
次は頑張ろ。少しづつ、少しづつ。

放課後の部活は忙しかった。
最近は大会前だからか部員達は少しピリピリしている気がする。

帰り道、久しぶりに疲れたなぁと感じた。いつもより遅く部活が終わる予定だったので絵美には前もって先に帰っててと連絡した。
もう暗くなりかけた空。
風が少し冷たい。
早く帰らなきゃ。自然と早歩きになる。
その時だった。後ろから須藤さん！と声をかけられた。振り向くと小走りで走ってくる森瀬君がいた。
「森瀬君⁉︎どうしたの？」と聞くと彼は「驚かせちゃってごめん。良かったら駅まで一緒に帰ろ」と言った。
少し驚いた。でも嬉しい。
私が頷くと彼は笑顔になった。
何を話そうかと考えていると森瀬君が口を開いた。
「実はさ、須藤さんと一度ちゃんと話してみたいなって思ってたんだ。普段、会話するっていっても部活の連絡とかだけだったし、でもせっかく同学年なんだからって思ってて。それに今朝の朝練の時、体調大丈夫？って聞いてくれて須藤さんってあまり自分から話かけたりしない子かと思ってたから少し驚いた。でも嬉しかったよ。」と言った。
私は少し恥ずかしくなった。
「ううん、元気になって良かった」と返すと森瀬君も少し照れくさそうに、ありがとう。と答えた。
もう少し話していたかったけれど、駅についてしまった。
何時もより時間が経つのが早い気がする。
「じゃあ、また明日。」と彼は言い改札に向かい歩きだしたので、思いきって「また一緒に帰ろ」と言って手を振った。彼は優しい笑顔で頷き、手を振り返してくれた。

駅からはバスに乗る。バスを待っている時、帰り道の事を思い出して嬉しくなる。今度は確かに森瀬君が好きだと思った。
バスに乗り20分くらいして家の近所のバス停に着き、降りると、辺りはすっかり暗くなっていた。
ふと空を見上げるとそこには綺麗に輝く月と星があった。
私はその場で目を閉じた。
そして「夜空に輝く月や星。明日も森瀬君に会えますように。」と唱えた。
この時”おまじない”は素敵だと思った。
効くか効かないかではなくて、おまじないを唱える時に頭の中に相手の事を思い浮かべる。
たとえ今この瞬間にその相手が傍に居なくてもその人の事を思っている時間がある。
そんな時間があることが素敵だと思う。
幸せな気持ちにさせてくれる。
目を開き、再び前を向き、家まで後少しの道を歩き始めた。
明日、森瀬君と何を話そうかな？と考えながら。

読んでくださってありがとうございました＊*
みなさんは”おまじない”をかけた事はありますか？
私は今でも時々やってみたりします(笑)
叶うかわからなくても口に出した後って
本当に幸せな気持ちになるなぁと思います。
この作品内にも出てくる「夜空に輝く月や星、〜君・〜ちゃんが〜ますように。」というおまじないは実際にあるものです
もしよかったら唱えてみてください◎

それではまた、次の作品でお会いできたら幸せです。

p.s.皆さんの恋が叶いますように。