ミューシャ猫の信ぴょう性について

都市伝説に詳しい田丸君が都市伝説「ミューシャ猫」について僕に語ります。
僕はそれを馬鹿にして聞き流すのですが、それでも「ミューシャ猫」は僕の心に影を落とすのです。
およそ2000字の作品です。5分足らずで読めるでしょうから、ぜひにお願いつかあさい。

「ミューシャ猫って知ってるか?」
 授業の合間のあまりにも短い休み時間に、都市伝説に詳しい田丸君が僕の席までやって来てこう言った。都市伝説に詳しい田丸君とは、彼の都市伝説への迷惑なぐらいの入れ込みっぷりにクラスメイトから名誉と共に献上された彼のアダ名である。
「なんだよ、知らないよ。チェシャ猫じゃないの?」僕は言った。
都丸君(以降、都市伝説に詳しい田丸君をこう省略する)は僕の前の空いた席へ腰掛けた。
「ミューシャ猫だよ。またの名を子守猫」
「知らないなあ、君が話してくることなんだから、都市伝説には違いないんだろうけど」
「いや、知らないのも無理は無いよ。お前の半端な知識じゃミューシャ猫を知らなくても仕方はない」
「馬鹿にするな。都市伝説には君ほどの興味がないだけだ」
 僕は都丸君の言動に腹が立ったので、ミューシャ猫について頭の中にある自慢の16冊の辞典をめくって探し出そうとした。それでもやっぱりミューシャ猫なんて単語はどこにもない。
「君の造語じゃないのかい?」
「そうだよ、その通り!」
 僕は都丸の頭をぶった。
「痛っ!なに、なに!?」
「そりゃ温厚な僕もぶつさ」
 ミューシャ猫には、もう一切の興味もない。都丸はミューシャ猫とはこういう都市伝説なんだとべらべらと語るが少しだって耳に入れてやるもんか。けれど、都丸の独り言は大きい。
「ミューシャ猫っていうのはね、守り神なんだ。つまりいいやつ。出会った人間の子供に安全と幸運をもたらす」
「子供に?出会った人間にじゃなくて?」 独り言に突っ込む僕。
「子守猫だからね」
「子供が居ない人だったらどうなるの?」
「世にも恐ろしい行動をとる」
 都丸の表情から読み取る限り、何も考えてないのだと僕は思った。
「ミューシャ猫とチェシャ猫だと、チェシャ猫が勝つだろうね。本物がまがい物に負ける道理がない」僕は鼻を鳴らして言ったが、そもそもチェシャ猫は都市伝説ではないと後になって気づいた。

 僕が都丸の熱弁を聞き流したその日の帰り道、走りだすほどではなかったが、いつもより足を動かすペースは早かった。信心深い僕の心にミューシャ猫は確実に侵入していたのだ。もし、ミューシャ猫と出会ったら。
 気づくと、いつもの通学路を外れて、街灯のない暗い道に出ていた。まだ日が陰る時間でもないのに、その道は暗かった。かろうじて左右が塀に囲まれた一本道になっているとわかったくらいだ。道の奥から黄色い光の玉がポワポワと近づいてくる。きっとミューシャ猫だと僕は思った。
 僕が見たミューシャ猫は全身が黄色くてでっかかった。眼の前に来たその大きな口がもぞもぞと動くのが見えた。
「君…子供…幸福…」
 ほんの200字ほど前のことを覚えているだろうか。ミューシャ猫は悲しくも子供を持たない人物に出会った時、世にも恐ろしい行動をとる。僕には世にも恐ろしい行動が何なのか検討もつかないが、だからこそ恐ろしかった。
 僕は子供だが、子供なのだから、子供が居るはずがない。一体どうなってしまうのだろう。恐ろしい想像や、間の抜けた妄想が頭のなかを巡る。
 そこにチェシャ猫が現れた。右の塀の上にピンクや赤に近い色をした猫が、嫌味な表情を浮かべて寝転んでいたのだ。
「大変なことになっちまったねぇ…イヒヒ」
 そう言いながら、チェシャ猫は左右の塀を前触れも無く移動して、僕はその姿を捉え続けることができない。
「お前、このままじゃ食われちまうぞ?」
 チェシャ猫はいつの間にか僕の肩に乗っていた。僕の開けっ放しの口はすでにカラカラだった。
「助けてやろうか?礼はいらない。やつの亡骸をくれるだけでいい」
 僕が助けを懇願する間もなく、チェシャ猫はミューシャ猫に飛びかかった。
 チェシャ猫は剥き出しにした爪を眼球に向かって振り下ろす。ミューシャ猫は一瞬早く長い尻尾でチェシャ猫をアスファルトに叩きつけた。
「いけない。底抜けに良い奴には、俺は敵わないんだった」
 チェシャ猫はそう言って、再び僕の肩に乗った。
「助けてくれるんじゃないの?」ようやく出た僕の言葉がそれだった。
「助けるなんていつ言った?」
 そう言いながら、チェシャ猫はどこかへ消え去った。僕を助けるために現れたんじゃなかったのか?
「食べるのですか?」僕は言った。
「食べ…ない…何も…」ミューシャ猫は言った。
「君を…子供を…幸福に…」そう言いながら、頭を垂れていった。
 その姿が切なくて、僕はミューシャ猫の額を撫でた。すると、ミューシャ猫はとたんに光になって消えていった。気づけばいつもの通学路であった。

 後日、この一連の出来事を都丸に話したが、都丸の興味は都市伝説から別の怪奇現象へ移っていた。薄情な都丸に怒りを覚えたが、今度はぶたなかった。いつも通り図書館へ足を運び、目についた本をどんどん手にとっていった。そして、「都市伝説」と書かれた本に手を伸ばした時、初めてあの子と手が触れ合ったんだ。

ミューシャ猫の信ぴょう性について

最後まで読んでいただいてありがとうございます。
変な話だと思った貴方、きっと貴方は正常です。
オモシロイと思った貴方、きっと貴方は異常です。
でも僕は異常な人の方が好きですよ。

ミューシャ猫の信ぴょう性について

この作品を一言で表すならファンタジック・ホラー・アクション・コメディです。 まえがきとあとがきで違うことを書いたのでぜひ読んでつかあさい。

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • アクション
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-11-04

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