星空色の便箋
【夜・便箋・香水】
ポストを覗くと、いつもの封筒が入っていた。毎日同じ水色の封筒。私は夜、寝支度を整えてから、それを窓際で開くのが日課になっていた。住所も名前も書いていない、差出人不明の封筒をトントンと窓際でならしてハサミで封を切る。中身はいつもと同じ星空色の便箋。差出人が普段付けているものなのか、甘いフローラルの香水の香りがする。
「こんばんわ。今日、家を出ると空気が澄んでいて、少し冬のにおいがしました。日中はまだ暖かい日が続いていますが、朝晩の冷え込みには注意してくださいね。」
ピンク色のペンで書かれた丸い文字。私は高校生くらいの、制服を着てフローラルの香水をつけた女の子が、玄関から出てくる様子を思い浮かべた。空気の冷たさに、思わず首をすくめる彼女。しかし、小さな鼻をすんすんと鳴らして冬のにおいを感じると、誰かが隠した小さな宝箱を見つけたように、途端に顔を綻ばせる。
想像しただけで、こっちまで頬が緩む。
手紙が来るようになったのは、この部屋に越してきて1年くらい経った頃から。初めは差出人不明で誰に宛てたものかもわからず気味が悪かったが、毎日欠かさず入っているのであまりに気になって開けてしまった。中身を読んでも誰に宛てたものかはわからなかったが、差出人のその日の様子が綴られていて、人の日記を盗み見ているようなワクワクが味わえた。
しかしやはり他の誰かに宛てたものだと悪い気がして、私の部屋番号のポストに入っていること、開けて中を読んでしまったことを書いて、自分の部屋のポストに入れておいた。そうすれば、手紙を入れに来たときに手紙の主が気付くだろうと思って。しかし、手紙の主が私の手紙を自分宛だと気付いて受け取ってくれなければ意味がないので、封筒の表には「星空色の便箋の方へ」と書いた。
翌日の手紙も、いつもと変わらず手紙の主の日常が綴られていたが、文末に「読んでくれてありがとう。」と書かれているのを見つけて、私の手紙を受け取って読んでくれたのだとわかった。そして、理由はわからないし、相変わらず差出人も宛先もないままだったが、変わらず毎日手紙はポストに入っていた。
私は月に一、二度くらいのペースで手紙の返事を書き、その封筒はきちんと相手の手元に届いているようだった。
「今夜は星がキレイです。」文末に綴られた素敵な言葉に、思わず窓を開けて外を見た。日に日に空気が澄んで冬の空に近づいていることを実感する。確かに星が綺麗だ。空を見上げていると、まるで世界に一人きりになったような気分になる。いつもと同じ星空色の便箋が今夜は、まるで星空を映したように思えてなんだか嬉しくなる。
私は鼻をすんすんと鳴らして冬のにおいを探った。ひんやりとした空気が鼻に入ってくるばかりで、どれが冬のにおいなのかはわからなかった。星空色の便箋の彼女は、この冷えた空気に冬の訪れを感じ取れる、繊細で想像力の豊かな子なのだと思うと、胸の奥がきゅっと音を立てる。
暫くして寒くなってきたので、私は窓を閉めた。向かいの家の窓に人影が動くのが見えて、世界に一人きりじゃないことを思い出す。私はカーテンを閉めてもう一度手紙を読み返した。
星空色の便箋