歪んでる



自分の体温が此処まで下がるなんて知らなかった。
手に持ってるはずのスマートフォンの感触がないような、そんな気さえしてくる。
確かに私の手に、それはあるのだけど
テレビの電源を切ったように目の前が真っ暗だ。
そんなはずは無い。
私の目には彼と私の知らないカノジョとのメールが綺麗に並んでいるのだ。
ハートのフォルダに入ったメール。
彼の送信メール、一つスクロールすると知らないカノジョの受信メール。
私には面倒くさいと絵文字さえ使わなかったのに、なんだ、彼の携帯にもハートマークがあったんだ。

「彼氏の携帯?見ないよー。付き合っててもお互いのプライバシーとかさー」
「ある種パンドラの箱ではあるけど、見て何も無いならそれで良いじゃん」
「そうかも知れないけど、見て何も無かったら変な罪悪感起こすの目に見えてるんだもん」

「最終判断はアンタに任せるけど、間違いなくアレはアンタの彼氏だったと思うよ」

長い付き合いの友人が私に彼の携帯を見たほうが良いと勧めたのは数日前。
本当に見る気は無かった。見てからじゃ言い訳ですけどね。
考えてなかったんだもの。
見ても何も無いと思ってたし、友人がホテル街で見た女と腕組んでる私の彼氏は他人の空似だと思ってた。
ほら、私の彼氏なんて何処にでもいるような顔してますし。
個人的には好きな顔ですけど、そんな何処にでもいる男が浮気なんて考える訳なかったでしょ。
この気持ち悪いメールを目にするまで、そこそこ普通に幸せでしたよ。
将来はこの人と結婚して、共働きしながら貯金ためて、子供産んじゃって、頑張ったら小さな一軒家!とか夢見てたんです。
それが何ですか。浮気ですか。そうですか。
下がった体温が戻らないし、小さく手が震えている。
視界が揺れているのは、また地震?なわけないですよね。良かった。地震じゃなくて良かった。

「好きです。付き合って下さい」

私もです。私も大好きです。
初めての両思いなんて素敵だと思いませんか。
数分、貴方様がその言葉を飲み込んでいたら私が先に言うつもりでしたよ。
そうなのです。
彼から言ったんですよ。愛の告白。先に、彼が。
現実逃避で数年前に、付き合い始めた記念日までトリップしちゃいました。
どうしよう。どうしよう、どうしよう。
早くこの手からスマートフォンを手放さなくては。元の位置に戻して、早く!

「ただいまー」

嗚呼、ほら彼がコンビニから帰って来てしまった。

「おかえりー」

手には彼のスマートフォン。
帰宅してきたその男は驚愕の表情。
固まってる。
袋の中には頼んだアイスが入っているのでしょう?
冷蔵庫に入れないと溶けちゃうね。

でも、待って。
「おかえり」と言った私はちゃんと笑えてるのかな。
泣いてる?
いや、そんな顔じゃないはずだよ。
嘲笑?苦笑?失笑?
分からないけど、笑えてれば良いけど。

玄関に置いた姿見に映る自分と目が合った。


なんだ、笑えてるよ。

歪んでる

歪んでる

  • 小説
  • 掌編
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-11-01

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