彼と私
彼はいつも2時半にやって来る。
ちょうどランチタイムのピークが終わり、店内が少し落ち着いた頃だ。
彼は決まって太陽の当たる窓側に席を陣取る。
太陽の日差しが暑く多くの人があまり好まない席に進んで座る。
彼の細い髪の毛が陽にあたりキラキラと光るのに対して、彼の真っ白な肌が音を立てて焼かれ剥がれ落ちてしまうのではないかと不安になる。
彼の少し緩められたネクタイはいつもセンスがある。
誰に選んでもらっているのか考えるだけで心の奥が冷たくなりネクタイも何もかも、モノクロに見えてしまう。
彼は来るたび、メニューを見る、毎日毎日変わるメニューでもないのにひと通り見る。
そしてメニューを置いてたまごサンドとコーヒーを頼む。週に4.5回来るが半分以上がたまごサンドを頼む。
たまにドリアを頼むが、店長おすすめの文字が書かれている鉄板ナポリタンには目もくれず、たまごサンドかドリアだ。
彼はご飯を待っている間、小説を読む。店長が作ったたまごサンドを運ぶ際本の内容をのぞき見ようと試みたが失敗に終わった。
いつもブックカバーがかかっている本は、私の想像力を掻き立てる。
彼が恋愛小説なんてありえない、ライトノベルなんてもっとだ。
難しそうな歴史モノや推理モノなどか、どっかのすごい人のHow to 本か何かを読んでいるのだろうか。
本に何も興味のない私はいつも、旅行雑誌やファッション雑誌しか読まない。
しかし、彼が恋愛小説を読んでいるなら可愛い。
私も小説でも読んでみようか、全部読みきれるのだろうか、初めは中古の本から始めよう。
彼は本をしまいたまごサンドを口にする。
彼の時間はあまりにもゆっくりと流れていく。
1口1口が大きいのに噛むのがゆっくりなのか飲み込むまでに時間がかかっている。
彼は、一時間もすると会社に戻る。
この店の斜め前にあるビルのワンフロアーにある会社だ。
彼はネクタイを締め直し、財布を持って立ち上がる。
その姿は、一つの型のようで、剣道や薙刀のようなものの、それより少し上の儀式のように尊いようなものに思えた。
彼が帰る頃には店内は彼だけになっている。
彼は少し申し訳なさそうな表情を浮かべながら会計を済ませる。
彼のいなくなった店内は彼の座っていた席だけが太陽に照らされ、尊さが増して見える。
あの席には誰も座らないで欲しい
という感情がふつふつと何処からか湧いてくる。
あぁ、彼のことが好きなのか。
わからない。
話したこともないようなそんな相手に惹かれるのは初めてだった。
でも、なんて素晴らしいのだろう。
恋を出来てこんなにも惹かれて幸せなのだ。
彼と私