隙間

とある学生が見た隙間の話

隙間にあるかもしれないものの話

講義の終わりを告げるチャイムと同時に、彼女は教室を飛び出した。
大学4年である彼女は今、多くのことに追われていた。
明日が締切のレポート課題、ゼミのプレゼン資料の作成に卒業論文の推敲。
来週には第一志望の企業の最終面接がある。
そういえばタオルのストックがもう無くなるから洗濯もしないといけない。
やることがまた1つ増えたと内心、ため息をつきながら彼女は走り出した。

正門を出た先は長い下り坂になっており、坂の終わりに架かる小さな橋を渡ると数分でアパートに着く。長い坂を全力で走り、
バテてしまった彼女は橋の手前で足を止める。
息を整えながら顔を上げると、橋の向こうに猫がいた。
金色の瞳に白い毛並みが美しい子猫だ。彼女はすぐさまスマホを手に持ち、
まだ整い切らない息を抑えながらそっと橋を渡る。
写真を撮ろうとした瞬間、自分に近付く存在に気付いた猫はすっ、と
アパートと反対方向へ逃げて行ってしまう。
一瞬、逡巡したがすぐに彼女は猫を追いかけた。
幸い、子猫の足は思ったよりも遅く人間の足でも追いかけることができた。
子猫は住宅街へ逃げ込み、どんどん奥へ進む。
どこまで行くのかと少し不安を抱きつつも彼女も住宅街を進んでいると
不意に子猫が住宅の隙間へ入って行ってしまった。
あっ、と慌てて覗いた彼女は驚いた。そこには、住宅の壁に挟まれた狭い空間はなく煉瓦造りの路地が広がり、さらに向こう側には美しい街並みを行きかう人々が見えた。
彼女は吸い寄せられるように路地へ足を踏み入れた。

街は不思議な様相を呈していた。濃紺の空には巨大な月が輝き、
微笑みを湛える女性の顔が浮かび上がっていた。
しかし、穏やかなはずの表情はどこか虚ろで薄ら寒いものを感じた彼女はすぐに目を逸らした。
一方、月明かりに照らされた街の大通りは多くの人々が行き交い活気づいている。どういう訳か人々はみな白銀の髪をしており、
光を受けてキラキラと煌めいている。あまりに幻想的な美しい光景に彼女の足が止まる。
しばらく眺めていると、一人の少年が通りがかる。急いでいる様子の少年は突如立ち止まり、何か探すようにきょろきょろと
辺りを見回し始めた。気になってじっと見ていると不意に少年と目が合った。
星のように輝く金色の瞳を見開いて少年が叫ぶ。

「だめだよ!!」

何が、と思う間もなくケタケタと不気味な声が響き渡る。
驚いていると、街の人々が空を見上げ始めた。人々につられて彼女も顔を上げると、月が嗤いながら堕ちてきていた。
先ほどとは打って変わった狂気じみた恍惚の表情に背筋が凍り、今すぐ逃げ出したい恐怖が湧き上がる。
にもかかわらず、彼女は一歩も動けなかった。目を逸らすことも瞬きさえ許されず、迫りくる月を見続けるしかなかった。
いよいよ街へぶつかると思われた瞬間、月も、人々も、街も全てが遠ざかり跡形もなく消え去った。

残されたのは隙間の前で立ち尽くす彼女と、その足元で彼女を見上げる子猫だけだった。

隙間

街にある隙間や路地を見ると日常とは少し違う世界が広がっていそうでワクワクします。

隙間

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-11-01

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