娘さんを僕にディストピア


「娘さんを僕にください」

 若い青年・直樹が今にも泣きそうな顔で頭を必死で下げている。直樹の横には、同じく頭を下げている女性・綾乃がいる。直樹の前には、いかにも頑固そうな中高年の男性・貴生がしかめっ面で腕を組みながら座っていた。独特の沈黙が流れる。最初に口を開いたのは、この場にはいない、台所からひょいと顔を出した瑞季の母・綾乃だった。

「良いじゃないの、お父さん。ね、直樹さんもそんなに堅苦しくしないで、ささ、ほらほら顔を上げて」

 直樹は少し嬉しく思い、その声に従った。貴生は複雑そうな顔をしている。『お父さん』瑞季は心配そうに言った。『本当に』と貴生本人は言ったつもりだったが、久しぶりに喋ったのでタンがからみ、周りの人間は聞き取れていない様子だった。それに気付いた貴生は一つ咳払いをし、すぐさま続きを話し始めた。

「本当に娘を幸せにできるんだな?」

直樹はすかさず『ハイ』と返事をした。

「……わかった。瑞季との結婚を許そう。ただし、泣かせるようなことをしたら承知しないぞ」

 直樹は先ほどとは違う意味で泣きそうになり、再び『ハイ』と返事をした。一件落着と思った矢先、綾乃が『すぐおいしいお茶入れるから、みんなで飲みましょ』とまたもや台所からひょいと顔を出してきた。

 先ほどとはうってかわって、直樹と瑞季と貴生の間には和やかな空気が流れていた。綾乃がお茶を用意したようで、気持ちすこし早歩きで三人の部屋に来た。三人にお茶を配る綾乃。直樹は遠慮してか、貴生が先に飲むのを伺っている。それに気付き、貴生はお茶を飲もうとし、何気なく湯飲みの中を確認し、何かに気付いた。
「ちょっとお母さん。茶葉の粉末、全然お湯に溶けてないじゃないか」
「あらやだ、私って本当、おっちょこちょいだわ」

この小さな空間に小さな笑いと大きな幸せが生まれた瞬間であった。

 ここで、少し訂正したい部分がある。貴生が言った『ちょっとお母さん。茶葉の粉末、全然お湯に溶けてないじゃないか』という言葉である。まず、物質がお湯(水)に溶けるということは、化学的に言うと「その物質が一分子ずつバラバラになり、水に取り囲まれている状態」を指す。おそらく、貴生がみたもの、そして、想像していたものは、厳密に言うと「茶葉の粉末がお湯に『混ざっていない(混ざっている)』状態」であったのだ。それなのに貴生は「茶葉の粉末が溶けていない」、つまり「茶葉の粉末が分子レヴェルまでバラバラになっていないじゃないか」と発言したのだ。こんな発言、どこの誰が、一般家庭で言い放つだろうか。それはもう狂気の域に達するものなのだ。そもそも、この晩婚化が問題視されている時代に、娘の一人や二人、すんなりと嫁がせない親にも問題がある。おそらく、貴生はバブル時代の脆くも儚い過去の栄光に今もしがみつき、人間としての器が全く成長しないまま、今日に至ったのだろう。彼の頭皮がそれを物語っている。
 そしてなにより、綾乃にも問題がある。娘の配偶者になるかも知れない人が、必死で頭を下げているのに、のんきにお茶という糞庶民の糞飲み物をアホみたいな顔をしながらこしらえているのは本当に脳神経がやられていると思う。端くれとは言えども、一応、霊長類の頂点に立つ『種』なのだから、もう少し人間としての行動を願いたい。最近、閉経したようだが、これから先がおもいやられる。
 ただ、さらに悪態が目立つ者もいる。瑞季である。まず、お前が喋ったのは『お父さん』だけではないか。貴様はなんだ?どもりで喋るのが苦手なのか?そして、単純に「瑞季」という文字が一発変換で出てこないのだ。毎度の細かい変換がストレスとなる。私の経験上、このような女は本当に股がゆるく、父親がわからない子を身篭り、「大切な命」と称し、ファッション感覚で出産し、ファッション感覚で子育てをし、子どもが少し成長して言うことを聞かなくなってくると、これまたファッション感覚で子育てを放棄するのだ。このような女は『母』ではなく、それこそ『生む機械』と言われても仕方がないのだ。
 さぁて。諸悪の根源を紹介しよう。もう気付いてるかも知れないが、直樹である。ハッキリ言って、こいつはもう、ろくでもない愚図の中の愚図であり、仮に全日本愚図王者決定戦があれば、毎回上位に食い込んでくる猛者である。己の顔面にコンプレックスがあり、女を満足させることもできない利己的セックスを繰り広げ、超絶早漏かつ短細陰茎の持ち主である。そのくせ、過去に十七回も、その時のセックスフレンドに中絶させ、霊能者曰く「水子の大名行列の先頭」と称されるくらい遊び人だったのだ。今は一見、普通の好青年のようにも見え、近所の人からは更正したと思われ、好感度も上昇しているようだが、最初から道をそれずに好青年だった奴の方が圧倒的な差で『エラい』のだ。なんだ?つまりはギャップが大きい方が良いのか?中絶をより多くさせて、そこから好青年になった方がえらいか?と私は世に問いかけたい。

つまり、私が言いたいのは『家族ってナンかイイ』ということなのだプー。

娘さんを僕にディストピア

娘さんを僕にディストピア

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  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-10-31

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