母星のお祭り

ハッピーハロウィン。
ブルーグレイのひとが若干変態です。

……なんでここにこの人がいるんだろう。

どこからともなくふらりと現れた無個性な青年のニコニコ顔とは反対に、キーリは表情を強張らせた。
「トリックオアトリート」
「……はい?」
警戒するキーリを意にも介さず、ニコニコしたままヨアヒムは手を差し出してきた。
「だから、トリックオアトリート」
意味がわからないと言ってキーリが一歩下がると、ヨアヒムも一歩前へ進み出た。悔しいことに脚の長さが全然違うので距離を取ったつもりが逆に縮んでしまった。不気味なニコニコ顔が近くなってぞっとする。
「母星の祭りの日なんだよ今日は。ガキがおばけとか魔女とかの格好して民家を回るらしい。そん時ガキにトリックオアトリートって言われたらお菓子をやらなきゃいけないんだよ。お菓子をやらなきゃイタズラされるんだってさ。だから、トリックオアトリート」
「だから」の意味がわからない。そんなお祭り聞いたこともないし。
「お菓子が欲しいの? 私なにも持ってないよ」
訊くと、ヨアヒムは不気味な笑顔と差し出していた腕をさげた。そして眉を下げて舌打ちをすると「しかたねーなあ」と呟いた。なんだか演技がかっている。妙に楽しそうな気もするし、嫌な予感がした。不信感いっぱいに睨み上げるキーリを気にした様子もなく、ヨアヒムはポケットからチョコレートバーを取り出して「じゃあチョコ食う?」とキーリに押し付けてきた。ますます意味がわからない。
「自分でお菓子持ってるんじゃん……」
「オレ食べないから持ってても仕方ないんだよ。ほら、ありがたく受け取れ」
強引にチョコレートバーを渡そうとしてくるヨアヒムに負けてうっかり受け取ってしまった。
「ど、どうも……?」一応お礼を言ってみると、にんまりとした笑顔を返された。さっきのニコニコ顔よりずっと不気味だ。キーリはチョコレートバーを受け取ってしまったことをすぐに後悔した。
「あーあ、オレがトリックオアトリートって言ったのになあ。お菓子をもらうどころか逆にあげちまったなあ? つーわけでイタズラさせろ」
「はっ?」思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。ヨアヒムにイタズラされるなんて冗談じゃない……!
「キーリへのイタズラっていうか、エイフラムへの嫌がらせ? 母星じゃガキはみんなこういう格好してたらしいぞ。というわけで今すぐこれを着ろ」
「ちょ、どこから出したのっ? ていうかこれは着られるの……?」
いったいどこに隠し持っていたのかわからないがヨアヒムがキーリの目の前に掲げて見せたのは全体的に黒っぽい布で、生地が少なすぎてとても着用できる代物には見えなかった。
「服だろどう見ても。まあちょっと防寒性には欠けるけど」
「や、やだよ着ないよこんなの」
キーリが全力で拒絶すると案外あっさりと黒い布をさげてくれた。変わりにまた手が差し出され、「じゃあお菓子」最初の要求に戻ってしまった。
少し悩んだ末にさっき受け取ってしまったチョコレートバーをヨアヒムの手に乗せようとしたが、さっと手を引っ込められてしまってできなかった。
「それオレがあげたやつだから却下。他にないならさっさとこれを着ろ」
ヨアヒムはまた黒い布をキーリの眼前に突きつけ、チョコレートバーを押し付けたときみたいに無理やり手に持たせてきた。どうしたものかとキーリが途方にくれていると、ヨアヒムの背後から兵長を手にぶら下げたハーヴェイが歩いてきた。
「なんでいんのお前」
「おいキーリになんて物持たせてやがる貴様」
二人の声に不機嫌そうな表情を作ったヨアヒムは、舌打ちをして振り返った。
「邪魔すんなよ。俺は今からキーリとハッピーハロウィンを楽しむんだから」
ヨアヒムの一方的な発言は無視して隣に並んだハーヴェイを見上げ、「ハーヴェイ、ハロウィンってなに?」そんなお祭りが本当にあるのか疑問だったので訊いてみる。
「ハロウィン? ……ああ、確かユドが母星の祭りだって言って、普段より多めに食物ばらまく日があったような」
ハーヴェイもハロウィンを知っていたことに軽くショックを受けた。作り話じゃなかったんだ……。呆然として黒い布を見つめる。カーニバルで踊り子が着る衣装といい勝負なくらい露出の多そうな服だ。子どもがこんな物を着るお祭りが本当にあったなんて。ハーヴェイもキーリの手元を凝視して、それからちょっとぎこちない動作でヨアヒムに顔を向けた。
「お前、どこでこんなもの……」
「適当に盗んだはいいけど女物だったから作り変えてみたんだよ。案外器用だろ? たまにはコスプレプレイもいいかなあと思っ」
「あー、うるさいだまれきもちわるい。訊いた俺がバカだった」
「キーリ、今すぐその忌まわしい布切れを放せ」
ヨアヒムがよくわからないことを言うと、ハーヴェイと兵長の周りの空気が心持ちぴりぴりした。
「コスプレって何?」よく状況を理解できなかったので訊いてみたが「知らなくていい」とハーヴェイに一蹴されてしまった。キーリだけ仲間はずれにされたようでなんだか悔しい。
ヨアヒムが呆れたように盛大に息を吐いた。
「お前、コスプレの意味もわかってないようなガキと一緒にいるなんてなんか犯罪っぽいな。キーリ、やっぱりオレのところ来いよ。オトナの世界をイロイロ教えてやるから。まずはこれを着て魔女っ子に変身し」
「黙れ貴様!」ヨアヒムの言葉を遮るようにして兵長が急に大声で怒鳴ったので、キーリはびっくりして黒い布から手を放した。その刹那、ラジオのスピーカーから衝撃波が飛んできて黒い布を勢いよく吹き飛ばした。切れ切れになった布は宙を舞ってゆっくりと地面に落ちる。それを眺めながら「あーあ……」とヨアヒムが嘆息して、「つまんねーの。帰るわ」そう言うや否やくるりと踵を返してだるそうに去っていった。いったいなんだったんだろう……。
少しの間沈黙が続いて、なんだか気まずい気分になってきたので兵長にも「ハロウィンって知ってる?」と訊いてみた。ザザッと意味を成さないノイズを吐き出してから、「ああ、まあ、一応な。戦前でも知ってるやつは少なかったから、もう知ってるのなんて俺みたいなのか不死人くらいだろ。かぼちゃが民家を襲うとか何とか」
「えっ、ほんとう? ヨアヒムは、子どもが仮装して何かを言ってお菓子をもらえなかったらイタズラするって言ってたけど」
「死んだ人間が蘇るんじゃなかったっけ」
それぞれが違うことを言うので結局ハロウィンがどういうお祭りなのかよくわからなかった。とりあえずちょっと怖そうなお祭りだと思った。
そういえばポケットにチョコレートバーを入れていたんだった。取り出してみると体温でちょっぴりやわらかくなっていた。
「なに、それ」
「もらっちゃった……」
うっかり受け取ってしまったものの、どうしたらいいのかわからない。食べても大丈夫なんだろうか。
「食べれば。毒なんて入れてないだろうし」
「わかるの?」
「……なんとなく」
「ハーヴェイが大丈夫って言うなら食べる……」
がさごそと包装を解いて一口かじると、チョコレートが口の中で解けてけっこう美味しかった。かぼちゃの味のするチョコレートバーだった。

母星のお祭り

ハッピーハロウィン。
キーリたちの惑星にはたぶんハロウィンなんて伝わってきてないと思うけど
昔の人たちはなんとなく伝え聞いてたんじゃないかなーっていう話。
変態ヨアヒム兄さん好きです。

母星のお祭り

お菓子をくれなきゃイタズラするよ。

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-10-31

Derivative work
二次創作物であり、原作に関わる一切の権利は原作権利者が所有します。

Derivative work