本を愛して
埃だらけの部屋。
床にも机にも電気の傘にも厚く埃がかぶっている。
そんな部屋の中に、足音が響いた。
ゆっくりと足を運ぶ。
広いとはいえない部屋だ。
すぐに壁にぶつかる。
もとは白かったのであろう壁に手をやると、ふっと埃が舞った。
窓は汚れてくすみ、陽の光がにぶく届く。
汚れた手をコートで拭くと、天井まである本棚に目をやる。
隙間なく本が並ぶ本棚は、彼女が大事にしていたものだ。
本の虫だった彼女は、よく窓辺に座って本を読みふけっていた。
そんな彼女の膝で眠るのが、自分の幸せだった。
だが、今はもうそんな小さな幸せも感じられない。
ごめんなさい。でも、忘れないで。私はいつも、あなたを想っているわ。あなたが私を忘れても、いい。でも、私はいつも、あなたを想っている。
涙を流しながらそう言った彼女の手は、光の中へ消えて行った。
この、本棚の扉の中へ。
いつか自分は本になるのだと、彼女は言っていた。
それがこの本を愛した自分の、運命なのだと。
本は、自分を愛した人間を欲しがる。
いつか突然その日はやってきて、本を愛した人間は本になるのだ。
この天井まである本棚の中の、一冊に。
一番下の右端にある本は、彼女だ。
百科事典ほどの厚みで、赤いベロア生地の姿になった彼女。
表紙には金の糸で豪華に刺繍が施されている。
その文字は読めないが、ページをめくると何故か彼女に触れているような感覚になった。気づかないうちに、頬に涙が伝う。
愛してる…
本を愛して