千手
Senju.
愛と執着と言霊信仰。
わたしの命が消えるとき、わたしの命題は始めて成形され、いきるのです。
部屋に残された遺書にはそう書き残されていた。
今朝、あるアパートで一人の若い女が遺体となって発見された。
捜査官の岡田は足を踏み入れたとき、息を飲まずにはいられなかった
まるで奇妙だったのである。
左手首を五色の紐で結び、繋がれていた先は
一組の、肘から先の男の手の彫刻であった。
女は裸体であったが、まるで生きているかのようである
白磁の肌が美しく、やわらかな胸の上の突起も赤みがさしていた
震えるほどの美とはこういうことかと、岡田はふと感じた。
死臭はなく、線香の香りが部屋には充満していた
そして床は和紙が埋め尽くす程に散らばっていたのである。
全て般若心経の写経であった。
紙の上に、細い筆と硯と、紙重石が転がっていた。
この女は、尼なのだろうか
岡田は感じたが、間違いであると気付く。
仏は 山浦 美紗都といった。
普通の、無職の18歳の女だった。
綺麗ですね、と
部下の一人が口を零した。
「女はみんな美しいさ」
「彼女は特に、綺麗ですよ。」
生活感のない、というよりか部屋には何一つ置いていないのだ。
家具や食器、冷蔵庫や調理用具は何もなかった。
ただ部屋の隅の一区画にトイレがあるだけであった。
「彼女の死因は」
「栄養失調」
鑑識の泉は写真を撮りながら続けた
「この紐は丁度トイレに行けるまでの長さしかないんだ」
玄関にも届かないし、外部との接触を絶っていたんだろう。
「だが自殺にはしがたいな」
「じゃあ何だっつうんだよ」
他殺か?
新しく焚かれた線香
死臭ひとつしない美しい死体
謎の遺書
謎の両腕の彫刻
首を傾げることしかできないでいた。
「待ってください、捜査中ですから入らないでください」
女性監視機関とある女のもめる声が聞こえた
女は部屋に入るなり死体をまじまじと見つめた。
「死んだのね、この女」
失礼ですが、どちらさまですか
「新田 緑。この女の知り合い」
千手