ルーイの宝くじ売りに纏わる話
1.プロローグ
梅田の阪急東通りのスポーツ用品店で、
「パックパックが欲しいんやけど」と店員に告げると、二十代前半とおもしき眉毛を細く手入れした娘は、怪訝な顔をして、それが何であるかに気づくと含み笑いをして売り場まで連れて行ってくれた。
「こんなので良いのお爺ちゃん?」と飾ってあった紺色のリックサックを取り上げた。
「そうや」とお爺ちゃんと呼ばれて、少々気に障ったが間違いではないので聞き流した。
「それってバックパッカーの事やろ。こんな背負える鞄を持って若者が貧乏旅行をする事言うねんよ」
店員はちょっと見下したように説明した。小娘の棘のある言葉は定年まで務めた郵便局でも慣れていたので苦笑を浮かべて他のバックを見上げた。
「どっか旅行いかれるの?」
「インドに行こう思うてなあ」と室戸多喜男は答えた。
「一人で行くの?」
「そうや。息子がバンコクに駐在しとるんで、最初はそこに寄ろう思うてるんやけど」
「そやったら心強いやん。最近増えてるな熟年の旅行が。私もどっか行きたいわ」と籠の中の鳥はいつまでも長続きしないと言いたげに溜息をついた。この頃はどこでもこんな人が増えた。
店で鞄を買ってから行く準備を進めた。妻の信子と末っ子の克哉が交通事故で亡くなってから一年が過ぎていた。最近は一人で身の回りの事はこなせるようになった。
ただ、寂しさだけはどうしようもなかった。
息子の秀夫は会いに行くと言っても良い返事をくれなかった。先妻が亡くなって一年もしない間に再婚した事を今でも恨んでいる。息子は結婚式に私と継母が出席する事を拒み、二人でハワイに行き挙式を上げた。
関西新空港からバンコク行きの飛行機の中は、あの店員が言った通り、定年退職したばかりと思える六十代の白髪頭の男女が沢山乗っていた。タイ人とおもしき客室乗務員に横柄な日本語を浴びせる。
「ちょっと何、これ違うやないの」と飲み物の間違いを指摘して憤慨したとばかりに大声を上げた。日頃、日本で味わっている鬱憤を吐き出すばかりだ。
六時間程経って前座席の映画が切り替わった。着陸態勢に入るようだ。座席を元の位置に戻すようにアナウンスが入る。安全ベルトの確認をして周っている乗務員を掴まえて、また先ほどの老女が一悶着起こしていた。
入国ゲートは始めて通るので少し緊張してガイドブックを見直した。頭の中では、TOURIST SIGHTSEEINGの二つの言葉を繰り返していた。係官は険しい顔で一瞥すると、何一つ質問する事無くパスポートを返してくれた。
思ったより呆気なく入国が終わり、エスカレーターを下りて、搭乗機の到着荷物が周るベルトコンベアに向った。
荷物が中々出て来なくて大丈夫だろうかと心配し始めた頃に紺色のリックサックが出てきた。これからは荷物を少なくしないといけない。十キロを越えると機内に持ち込めないとは知らなかった。
緑のシールの張られた関税品申告書が無い人の出口から自動ドアを潜り外に出た。
途端に酸っぱく甘い妙な匂いがしてきた。これが郵便局で同僚だった杉さん言っていたドンムアン空港の香りなんだなと思い納得した。
出口のゲートの前にはタイ人の出迎えが沢山来ていた。若い女の子も居れば運転手らしき男、駐在員とおもしき日本人も背広を着て待っていた。白髪頭の老人がリックサックを背負い出て来たので、異様に映るかと思ったが、全く心配はなく、すぐに情景に溶け込んだ。
「何が若い人や。老人のバックパッカーも大勢いるやないか」と小娘の店員を思い出した。
「タクシー!」と現地人の男がゲートを出ると声をかけてきた。立ち止まると微笑みながら近寄って来た。これは不味いなと思い視線をそらして辺りを見回した。
「お義父さん!」と若いと言えなくなったが、まだ十分に魅力を残している息子の嫁が、こっちに向って手を振っていた。結婚前に会って以来だから、七年の歳月が過ぎている。良く覚えていたものだ。
「ああ、早苗さん。ご無沙汰やったなぁ」と背負った荷物を下ろして挨拶した。
「こちらこそ、どうもご無沙汰しております」と早苗は眼鏡の奥の大きな目を見開き。緊張して頭をさげた。
「元気そうやな早苗さん」
「ええ、運動しないので太ってしまいました」
「そうか、そうは見えんが」とお世辞を言った。確かに頬のあたりに肉が付いていた。
「お義父さん、またお若い格好なされてますね。インドに自由旅行に行くと言うのは本気だったんですね」と荷物をカートに積みながら早苗は言った。電子メールにそのような事を書いた。多喜男とパソコンの付き合いは長い。機械弄りが嵩じて始めた東芝のパソピアの時代から始まるのでかれこれ二十五年になる。
カートを引いてくれる早苗の後を歩いていると両替と日本語で書かれた文字が見えた。
「ちょっと両替したいんやけど」と呼び止めると。早苗が振り返って停まった。
「後ろにシーラスかプラスネットワークのキャッシュカードを作ってこられたでしょう」
「ああ、貴方に教えてもらったように新生銀行のカードを作ってきた」
「それがあればATMで下ろせます。そうですね試して見ましょうか。確かあっちの公衆電話の方に機械があったはずだから」と指差した。すぐにカートを回転させ転がしていく。多喜男は前から歩いて来る外国人を避けるの精一杯で中々前に進めなかった。
嫁は家に挨拶に来た時に、
「私は脳天気なO型ですから、いつも秀夫さんに叱られてばっかりです」と笑った。秀夫はAB型、多喜男のA型と先妻のB型が合わさったらしい。AB型とO型では子供が出来にくいと噂で聞いた事があった。本気で信じているわけではないが。七年経った今も孫の話を聞かされない所を見ると、多少なりとも影響があるのかも知れない。
ATMの前で早苗が止まったので、キャッシュカードを財布から取り出して突っ込んだ。当たり前の話だがタイ語なのだろう、アラビア文字のような見当も付かない言葉が並んだ。最後にENGLISHを指示するボタンがあったのでそれを押す。PINNoとは暗証番号の事だろうと、四桁の番号を入れた、それでお手上げだった、英語が並んでいて、どれを押したら良いのか見当もつかない。早苗さんの顔を見ると近寄って来た。スクリーンを見て、WITHDRAWと書かれたボタンを押した。
「後は金額をいれて下さい。五千バーツも有れば十分だと思います」
「分かった」と金額を押したが動きがない。窺っていても機械は動きそうも無いので、携帯電話に手をやっていた早苗さんを又もや呼んだ。
「後は、そのENTERっていうキーを押してください」と言われ、頷いて人差し指で押すと、やっと言う事を聞いてくれたのか、札を勘定する音がして千バーツ札が五枚出てきた。ガイドブックで調べたレートで考えれば、一万二千円足らずだ。心細いがまた下ろせば良い事なので財布に仕舞った。レシートにはバーツに換算された七一万二千四百十二という残高が表示された。
携帯電話で通話をしている早苗を向き直った。
「秀夫さんにかけたんですけど、電源を切っているらしくて、繋がらないんです」と困ったように微苦笑で答えた。
「うん、そうか……」
「後は何か……携帯電話かしら」
「電話機か?」
「GSMのプリペイドカード式のあるんです。タイでは12コールって言うんですけど。近隣のアジア諸国でも使えるので。ご旅行を考えてられるんだったら一つ有った方が便利かも知れませんよ。こっちの公衆電話は繋がりが悪いので」
「なんぼぐらいするもんなんや?」
「そうですね、五千バーツも有れば十分です。それに三時間ほどの通話カードがついていますので。家に行く前にエンポリアムデパートに寄ってみましょう」と体育大学の出身らしく答えに濁った所がなかった。
「早苗さんは大学では何の競技をやられとったんかいのう?」
「ソフトボールです」
「あの下から投げる」
「そうですね下手投げの。セカンドをやってました。これでもオリンピック候補にもなったんですよ。男の子だったらプロ野球選手になっていたかも知れません」とターミナルのドアに向って大股で歩いた。縁というのは不思議なものだ、あの神経質な秀夫と全く共通点が無いように見える。まだそんなに何度も会っていないので内心は全く違うのかも知れないが。
自動扉が開くと、外は乾季の真っ最中で気温が四十度を越える熱気が正面から襲ってきた。
行き交う現地人の男達が盛んにタクシーに誘う。
「お義父さん、車に乗られるときはメーターって言ってくださいね。市内は殆ど無いでしょうが。飛行場などの場所では観光客だとボリますから。大体ここからだとメーターで私たちが住んでいるスクビットと言う通りまで二百バーツ。後高速代が六十バーツです」
迎えに来ていた車は高級なヨーロッパ車だった。運転手までいる。海外駐在員と郵便局員とでは生活の範疇が全く違うようだ。
早苗は運転手にデパートに寄るように告げた。会社はフォミリーカーまで用意してくれるらしい。何とも豪勢な生活だ。運転手のサラリーは自分達で払っていると言ったが、秀夫の事だからその辺の所は抜かりなくやっているだろう。昔からあれは頭の良い子だった。美佐枝が亡くなり、恵美が海外旅行に行くと言って家出をしてから殆ど口を聞くことは無くなってしまった。未だに再婚した事を快く思っていないようだ。今度の事にしても電話で怒鳴り声を上げる始末だ。反省する点は多喜男にもあるので愚痴を言っても始まらないが。強い子に育ってくれた事だけは感謝しなければいけない。克哉を失い恵美が行方不明になっている今となっては、多喜男に残された最後の子供だ。
コンドミニアムはスクンビット通りの24にあるエンポリアムデパートという高級ショッピングセンターの裏手にあり、周りの景色から浮いているようだった。女王の公園が近くにあり、緑豊な手入れの行き届いた景色は爽快だった。三十二階の部屋の中は、それ以上に驚かされた。三百平米、早苗さんが家でキャッチボールが出来るんですと言ったのも、満更大袈裟な表現でもないらしい。
「それにしても大邸宅やな」
「会社が借りてくれてますので。メイド部屋があるような高級物件はそれほど家賃が代わらないんです。私は冷房費の事を考えるともう少し狭い所でいいと思うんですけど。秀夫さんがここからの夜景を気にいっちゃって。それにジムやプールの施設も確りしていましたので」
「駐在で来ている人はみんなこんな生活をしとるんか?」
「既婚者は大体そうだと思いますよ。セキュリティーもある程度必要ですし。泥棒が入ったなんて話を聞かされるとどうしても良い場所、良い物件を選んでしまいます」と早苗はビールを持ってきてグラスに注いだ。ハイネケンか。最近、日本ではまがい物の安いのが流行っているが、ここでは関係ないらしい。
「秀夫さんに電話したんですけど、今日は仕事で深夜になるそうなです。夕食はどうしましょうか。タイレストランに行きましょうか?」
「秀夫はいつもそんなに忙しいんか?」
「夜の接待が多いようです。ゴルフがある日以外は大体飲んで帰ってきますね」
「商売繁盛にこした事はないけど」
「ええ」と早苗は小さく声を上げた。
こんな広い部屋に昼間は一人で過ごしているのか。そろそろ子供が必要なのではないか。そう思えるほど広いリビングを見渡しながらビールを喉に通した。
レストランはMKと言うタイスキの店だった。比較的辛さも抑えてあったので、多喜男も食する事が出来た。旨いという程の事はなかったが早苗さんに大袈裟に賛辞を言って店を出た。
少しアルコールも入っていたので風呂に入らせて貰い、すぐに六つもあるベットルームの一つに引っ込んだ。
飛行機の中で居眠りをしていたので眠気が起きずうつらうつらしている所に秀夫が帰ってきた。深夜一時を回っていた。
冷蔵庫を開ける音がしたので出て行こうかと思ったが、不機嫌な怒声が響いたので静かに目を瞑っていた。
「全く、どの面さげて来やがったんだ」
「そんな言い方したら悪いわよ、お義父さんも寂しいのよ」
「俺は会わないからな。あんな奴親父とも思っちゃいない」
「そんな子供みたいな事言って」
「お前は知らないからだ。風邪を引いて寝込んでいる姉さんに朝ゴミを出していなからと布団を捲り上げ箒で叩きつけたんだぞ。二段ベッドで寝ていた俺はあの醜悪な女に殴りかかった。親父がその時どう言ったか。俺は絶対に忘れない。謝れ。お母さんに謝れ。俺は無理やり頭をさげさせられた。小学校夜四年生の時だ。それ以来あの継母の陰湿な虐めをいかに耐えるかが俺と姉さんの青春時代だった。今だったら殺している。今度の事は天罰だよ。子供を犠牲にして得た幸せなんて長続きするわけが無い」
「貴方大きい声を出すと」と早苗さんの忍び声まで聞こえた。三十二階の高級マンションは見事に雑音を遮断していて、まことに居心地が悪かった。
目がさめたのは早苗さんの部屋をノックする音だった。二時間時差があったので早朝まだ暗いうちに一度起きてトイレを使った。どこにも灰皿が無かったので、煙草は諦めてベッドに潜った。
「おはようございます。お義父さん良く寝られました」と多喜男が出て行くと嫁は朝食の用意をしていた。時計は九時を過ぎている。秀夫が出社するのは分かっていたが、昨夜の声を聞いた後では、どんな顔をして出て行って良いか分からず布団の中にいた。来て早々親子喧嘩をして嫁を困らせても始まらない。
「おはよう」
「秀夫さん行ってしまいました。起こせば良かったんですが、良く眠ってらっしゃったので」と顔を曇らせ済まなそうに話した。
「安心したんか熟睡してしもたわ。始めての海外旅行やったんで緊張しとったんやろな」と嫁に気を使わせないように言葉を選んだ。
「今日はどうなさいますか、どこか行きたい場所が?」
「カオサンと言う所に連れて行って貰いたんやけど、ええやろか?」
「カオサンですか」
「バックパッカーはそこに集るらしい。わしも一度そこに泊まってみよう思てるんや」
「行くのは良いですが、お義父さんがあんな所に行かれなくても。もしここだと気を使われるんでしたら、ホテルをおとりしましょうか?」
「いいやそうやあらへん。ここがどうとかと言う事や無いんや。ちょっと行ってみたいんや」
早苗さんは納得した様子では無かったが頷いた。
「朝食を召し上がったら車で行ってみましょう。部屋を見られたら考えが変わるかもしれませんし。秀夫さんも口では色々と言いますがお義父さんに会えば懐かしく思うに決まってますから」と目玉焼きを皿に盛った。珈琲をポットから入れてくれる。ナイフとフォークは苦手なので箸を貰って平らげた。
カオサンロードは車で二十分足らずの場所にあった。ゲストハウスや旅行会社が立ち並んだバックパッカーの溜まり場だった。彼ら旅行者を狙った沢山の土産物売りの屋台が出ていた。顔は圧倒的に若い子達が多い。多喜男のような老人がいないではなかったが、白人は老い耄れていても洋服は若いので目立たなかった。ここでは短パンとサンザルが一番似合うようだ。バンダナと言うのか、あの艶やかな布を頭に巻けば剥げた頭も少しは隠せる。
宿泊するゲストハウスは予め決めていた。二十年前に一度だけ恵美から絵葉書が届いた。そこに書かれていた王宮広場を背中にして通りの左側にある八番目の宿。隣りに両替の店があります。葉書には詳しく書かれていた。何度も行ってみようと思っては後妻に気が引けて言い出すことが出来なかった。二十年も経って漸く過ちに気づいた所で解決出来ない事は分かっていたが、死ぬ前にどうしてもここに来たかった。嫁の早苗は通りを一周すると暑さに参ったのか、
「そこのカフェでお茶にしませんか」と言った。
「わしは大丈夫や、今日からこのゲストハウスに厄介になることにするわ」
「でもお義父さん、言葉も通じないのに……」
「インドに行くための予行演習や。問題が起こったら携帯電話で連絡させてもらうわ」と昨日教わった電話機を出した。
「お義父さん気をつけて頂かないと。この通りは決して治安が言い訳ではありませんから。盗難なんかも良く起こったりしていて」
「大丈夫や。これでも昔は早苗さんと同じで運動部出身や何とかなるやろ」と嘘を言った。運動はからっきし駄目で、特にボールを使った競技は全く縁が無かった。唯一、相撲だけが強かっただろうか。嫁の気掛かりな視線を振り切るように手を振ると荷物を担ぎ上げて『ROD GUESTHOUSE』と書かれた建物に入って行った。
バックから『指差し英会話』と言う本を取り出した。六十の手習いはさすがに遅きに逸した感もあるが、寿命は伸びているのだから少しは覚えられるだろう。
外で不安げに見ている嫁の姿が気になったが、カフェの奥にいた受付の現地人の女の子に宿泊したい事を告げると。シングルかダブル、それともドミトリーもあると言うので。部屋を見せてくれるように言った。手振り身振りで通じるではないか。日本語も少し通じたので安心した。
狭い階段を上がると、二階はドミトリーだと言われた。壁は全て取り払われ、化粧合板が女性用と男性用を仕切っている。エアコンは無く、大型のファンが二機、羽が見えるスピードで微かに周っている。男性用を覗かせて貰うとパイプ製のシングルベッドが十台程置かれていて、白人の学生とおもしき三人連れがベッドに腰掛け喋っていた。おくに日本人だろう、どこで手に入れたのか寝そべって漫画本を読んでいた。多喜男に気づいた白人は一瞥しただけですぐに英語のお喋りに戻った。
続いて三階に上ると今度は壁が有った。残っていたと言った方が正確だろうか。今度は部屋の中を化粧合板で強引に二部屋に仕切り、漸くベッドが入る空間を作っていた。やはりエアコンが無くファンが周っている。ドミトリーがニ百バーツ、シングルが三百バーツだと言う。ダブルは、どうやら仕切りが無いだけで同じ作りのようだ。エアコン付きの部屋は無いのかと言うと
「ノー、ノー」と帰ってきた。ダブルの部屋は五百バーツだと言うので、倹約する必要は無いがシングルの部屋にした。
南京錠を一つ買う必要があるかもしれない、どちらにしろ取られて困るものは身に付けて歩くしかあるまい。
階段を下りていくと、嫁の早苗さんが、老人の気紛れには困ったもんだとばかりに携帯電話を持ちオープンカフェの椅子に座ってアイスティーを飲んでいた。息子にかけているのだろうか。
「どうでしたお父さん」
「何とか寝れそうや」
「本当ですか、衛生的とは思えませんが。ダニや南京虫も多いと聞きますよ」
「わしシの若い頃と同じや、昔は虱を殺すために殺虫剤の白い粉を頭に巻いたりしたもんや。そう言うことには早苗さんより慣れとる」
「そうですか……」
「大丈夫や気にせんといて、インド行く前にもう一度連絡するさかい。秀夫には戻って来たら宜しゅう頼むと言うといて」と嫌味にならないように爽快な顔つきで言った。湿り気のある日本と違って、滑らかに言葉が出た。ここでは少し呆けて鈍くなっているんだと言う態度を取る必要は無さそうだ。今の所はだが。
「じゃあ私は家に戻ります。もし御用でしたら電話してくださいね。それに食べ物にも気をつけて。お腹を壊しますから生物は避けてくださいね」と嫁は始めて外泊する中学生を送り出すかのように心配そうな顔で車に戻っていった。
早速買い物に出掛けた、南京錠だけでなく髭剃りクリームやハブラシ、飲み物ぐらいは買わなければいけない。それに衣類もこちらに合わせた方が良いだろう。ゲートボールをしていた格好ではどうも芳しくない。爺臭すぎるのだ、南国では。
通りの露天には、多喜男にはちょっと派手過ぎるTシャツやアロハのような襟のあるシャツがぶら下がっている。短パンを買ってみることにした。インチ表示なのでウェストが分からないと迷っていたら、空かさず店員が換算表を持ってきた。三十六インチあれば十分だ。出っ張った腹は今更引っ込める事は出来ない。シャツも一緒にどうだと言うので、この際、若返ったつもりで太陽の模様が入ったオレンジ色の物を買うことにした。少しは若く見られるだろう。
鍵も露天で売っていたのでダイヤル式の物を一つ買った。最初は気になった視線も、観光客の多いこの通りではすぐに馴染み、誰も見るものはいなくなった。近くにセブンイレブンがあったので、そこで日用品と水を買い入れた。後はいつインドに出発するかだと思いを巡らしたが、それには英語が喋れないと旅行会社でチケットを買うことが出来ない。早苗さんに言われた日系の会社に電話をすることも考えたが、この後の事を考えれば、ここで英語に慣れておく必要がある。インドはバンコクなんかより圧倒的に日本人が少ない。十分の一だともガイドブックには書かれていた。プロ野球もキャンプ真っ盛りだが、多喜男もここで鍛えなければいけない。
ゲストハウスの隣りにある両替所の脇にあるATMにカードを突っ込み金を引き出した。周りを気にするように注意を受けたが、明るいうちは泥棒や盗人も動かないだろう。後は詐欺を仕掛けてくる輩か、余り気安く日本語で話し掛けてくる外国人は信用するなと書かれていた。今の多喜男は恰好のカモに移っているだろう。それも仕方ない。二十年も自分の臆病さゆえに何も実行できなかったのだから。
カオサン通りを大通りに向って歩いて、右に曲がると場外馬券場を思わせる建物があった、馬券のような物を持った現地人が溢れている。賭博は余りするほうでは無かったが吸い寄せられるように彼らの周りに近寄った。板箱に何枚も数字の書かれた紙を張っている。何だろうと良く見ると宝くじのようだ。すぐに一人の老女が近づいてきた、指を四本立てて、
「シーシップ」と言う。どうやら買えと言っているようだ。連番の下にある日付のような数字を見せて、同意しろと迫る。タイは仏暦を使用しているので2547年は分かるが、月は現地語で書かれている。日付は数字なので、月が今月なら今日が抽選日だ。六桁の数字を手で指し何か言っている。余りに真剣な老女に顔に負けて、短パンを買った釣りを出してしまった。女は宝くじを一枚破り、二十バーツ札の釣りをくれた。余計なものを買ってしまったと思ったが、これも勉強だと思い納得した。日本で生活しているといつの間にか揃った流れの中で行動するようになり好奇心を棄てる事が多かった。
今はその考え方を改めなければいけない。昭和という時代がバブルと共の終わったように、今度は自分に見合った新しい旅路を探さなければいけない。老体とはいえ、それが平成と言う時代を生きる根っこになるような気がした。政府やマスコミが与えてくれる情報通りにやれば楽が出来るが、ゲートボールをやる老人を演じていても多喜男の心は満たされなかった。
それ以上歩いても近くに目新しい物は見つけられなかったので、ゲストハウスに引き返す事にした。干乾びた体からは汗も出ないのかと日本にいる時は溜息を付いたものだが、この街を歩けば背中を汗が流れ落ちた。通りの屋台から香ってくる唐辛子と大蒜の刺激臭にむせ返り額に汗が浮いた。これは十分な新陳代謝が出来るわいとテッシュで鼻をかみポケットに入れた。
部屋に戻ると荷物を確認してガイドブックを開いた。地図で居場所ぐらいは確認しておく必要があった。めぼしいものは買ったが言葉を覚えるためのテキストが売っている場所が見つからなかった。短い期間の学校があるのであれば、そこに通うことも考えていた。
夕方だったが、コンビニで買ってきたクッキーを齧って夕食は済ませた。テレビもないので少し横になると眠くなってしまった。
翌朝目覚めたのは昼過ぎだった。街路のツクツクと呼ばれる三輪ミゼットの騒動しい音で一度目覚めたが、時計の針を見ると六時だったので、もう一度枕に顔を埋めた。
共同のシャワーに向うと既に何人かの白人が浴びていた。多喜男が昨日買ったシャンプーをさして、英語で話し掛けてくる。貸してくれとくれという事なのだろうと、渡してやると笑顔で
「サンクス!」と言われた、ギブミーチョコレートを知っているだけに、どうも妙な気分になった。
白人の隣りのシャワーに入り蛇口を捻ると冷水が老年の小便のように勢い無く落ちてきて。熱帯ではあるが朝間の冷水は勘弁願いたかった。どうするかと蛇口を戻していると、隣りの白人が、
「ホットシャワー、ヒアー」と自分の使っている所は大丈夫だと言っているようだ。バスタオルを巻き部屋に戻って行ったので、彼の言うように隣りの蛇口を捻った。ホットとは言い難かったがぬるま湯が勢い良くて寝汗を流していったくれた。石鹸で身体を洗い、髭を当てた。鏡に映った姿は少し精悍になったように思えた。マーロンブラウンとはいかないがそれ程老けた分けではないと思った。少し眺める。自分の顔など真面目に眺めたのは何年ぶりだろうか。還暦を過ぎてから始めてではないか。髪を黒く染めるか。いっそうの事、金髪にしてやるか。馬鹿げた妄想を鏡に向った投げかけた。
部屋に戻って服を着替えると昨日調べた古本屋に行く事にした。以外と近いところにあったのでタイ語の辞書と英語のテキストブック買い揃えて店を出た。
まだ昼前だったが、特に予定は無かったのでゲストハウスに戻る事にした。
階段を上がろうとすると受付の女性が現地語で話し掛けてきた。何を言いたいのかさっぱり見当が付かない。ムーブとはさて、移動しろと言いたいのか。出て行けと言う事か。間違いを犯しただろうか。首を傾げて困っていると。店の奥の方に座り氷の入ったコーラを飲みながら漫画本を読んでいた青年がこちらを向いた。タイ人の従業員も彼が日本人である事を思い出したらしく駆け寄って行った。最初は面倒がるかと思った青年は、人の良さそうな笑顔を向けた。
「部屋を変わってくれないかって言ってるんです。窓が壊れてるんで工事したいそうです。シングルの部屋は一杯なんで、今日はダブルの部屋を使ってもらって良いって言っています」と訛りのない日本語を喋った。
「そうか、どうもありがとう」
「OKですよね?」
「ああ、大丈夫や」と言うと青年は現地語でタイ人に告げてこっちを向いた。
「金額は一緒で良いそうです、幾ら払いました」
「三百バーツやけど」
「それだけ払えば十分ですね」と別段見下すわけでもなく言った。
部屋の鍵を開けリックを背負い新しい部屋に向った。大して変わり映えはしない、ベッドが二つになっただけだ。前の部屋は窓があったがこちらには無い。その分息苦しさを感じた。誰が飾ったのだろうかクラッシックコーラの瓶に、タンポポのような花が飾られていた。壁には所々罅が入り落書きも目立つ。英語に雑じって、
『灯子ちゃん、チェンマイから戻って来たらまた一緒に遊ぼうね!』と日本語で書かれているものがあった。
どんな気持ちで恵美はここに一夜過ごしたのだろう、高校時代は看護学校に通うと言っていたが、進学寸前になって就職すると言い出した。勤務地は淀屋橋だったので、豊中の家から通うのかと思ったら一人暮らしをすると言う。後から知った話だが、秀夫と一緒に住む気でいたらしい。
後妻は確かに気の強い女だった、多喜男には優しくしていたが、子供が出来てからは先妻の子供達に辛く当たるようになった。琴を教えていたので家の事は殆どせず、自分を先生と呼ばせるように子供達に躾ていた。多喜男はずるい父親に映った事だろう。中学に入りたての恵美が炊事や洗濯は文句を言わないでやってくれるのに甘えてしまった。
家を出て働き出し一年ほど経ったある日だった、突然、会社を辞めたと連絡してきた。ボランティアの仕事がしたいので難民キャンプのあるラオス国境に行くつもりだ、そういう話だった。その後何の連絡も無かったので仕事帰りに一人暮らしをしていたアパートに見に行くと部屋は解約され、自分の荷物は全て処分されていた。どうしたものかと気を揉む毎日だったが、後妻の、
「子供じゃないんだから、恵美も一人で大丈夫ですよ、何れ落ち着いたら連絡してきますよ」と言う言葉に甘えた。郵便局はまだ週休二日制になっていなかったし、有給休暇を使って海外に探しに行く事は考えても見なかった。大きな間違いだった。恵美は多喜男の子供、とても物分りの良い優しい子だった。先妻が亡くなった後の一年間は、あの子にどれほど励まされただろう。涙ぐんでいる自分が情けなかった。多喜男は弱い人間だ。子供に依存するのを恐れ知人持ってきた再婚話に子供達に何の相談もせずに乗っかり、彼らを犠牲にして幸せを掴んだ。情けない父親だった。信夫に、
「天罰だよ」と電話で言われて始めて我に戻った。子供達に振り向けた不幸で自分が幸せになっていた事実を。家族を成立させていたのは他でもない恵美だった。
多喜男に出来る事は他には無い。生きていてくれるなら一言、
「ありがとう」と感謝の気持ちを伝えたかった。甘えとは分かっている。秀夫に言わせれば、多喜男は寂れた木賃宿で一人孤独死しなければいけない存在なのだそうだ。白熊のように強くなりたかった、氷海で起こる偶然の出会い以外は一切誰とも関わらずに生きていきたかった。そんな心が欲しかった。
「全く情けない」と頬を伝った冷たいものを手で拭った。下の階に行けばもしかしたら212号室の面影ぐらいは見つけられるかも知れない、そう思い汗で濡れたシャツを着替えて階段を下りた。
白人達は外出したのか、先ほどの日本人が荷物の整理をしていた。
多喜男が中を見回すと、
「部屋は三階ですよ」とこちらに向きを変えて答えた。二十代だろうか、長い髪を後ろで紐で括りサムライのようにしていた。無精ひげが生えている。
「いや、そうやないんや。ちょっと探し物をしようかと思て。この階には部屋番号はあれへんのやろか?」
「201ですかね、ドミトリーの男部屋って言ってますが」
「212号と言うんは?」
「202が女性のはずですけど、何を探しているんですか。忘れ物なら下のタイ人に聞けば分かるかも知れませんよ」
「そうやあらへん。このゲストハウスから娘が絵葉書をくれてな、それに書いてあった部屋番号なんや」と色あせてしまった絵葉書を見せた。
「八十五年ってことは阪神タイガースが優勝の年ですね。バース、掛布、今の岡田監督がバックスクリーン三連発で」
「あんたは関西出身なんか?」
「生まれは違うんですけど、親父の転勤で豊中に二年ほど住んでいたんです、ちょうどその頃です」
「わしは宝塚なんやけどな。家を出て行った娘を探してここまで来たんや」
「でも随分古い……」
「そうや、ものすごう遅れてしもうた。阪神もあれからもう一回優勝したしな」
「二十年前からいる人なんて分かるかな。下でちょっと聞いてみましょうか、確かサインノートがあった気がしますが」
「サインノート?」
「宿泊客が感想を残していくんです。日本人ってそういう事を信じるでしょ。昔は部屋を見せてくれって言った客に読ませていたそうです」
「そんな物があるんか?」
「ちょっと待ってて下い、今聞いてきますから」とベッドから軽快に立ち上がり、小走りに多喜男の前を通り過ぎ階段を下りていった。
「何さんでしたっけ?」と彼は振り返って聞いた。
「室戸多喜男、娘は恵美と言うんや」
「僕は吉田卓也です」と階段の下からこちらを見上げて照れ笑いを浮べた。
一緒に行っても現地語は分からないので、部屋の壁に痕跡は無いかと見て歩いた。
相合傘やLOVE PEACEと大きく大きくマジックで書かれている。天井の張り板に目を移すと元は何部屋かに分けられていたようだ。三階の間取りからすれば十二部屋あってもおかしくない。当てずっぽうに手前の右側から数字をつけて行くと、女性用のドミトリーの一番奥だが、さすがにそこに入るの憚られた。
奥の壁を見て歩いていると、卓也君が鼠色の大学ノートを数冊持って戻ってきた。
「ちょっと古すぎますね、九十年からのは残っているようですが、所々破れちゃっていますし」と二冊のノートを手渡してくれた。多喜男はノートを捲った。
『楽しかったよ、従業員が親切!』
『エアコンが無くても大丈夫』
『外の景色で旅行気分を満喫しました。ツクツクが多くて移動にも便利』とお世辞とも思える賛美が続いた。どうも悪い感想のページは破ってしまっているようだ。丁寧にページを捲ってみたが恵美の痕跡は見つからなかった。
「昔はニ階にも部屋を分ける壁があったそうです。十年程前に改築してドミトリーにしたって言ってました。娘さんの写真とかありますか、昔働いていた人なら知っていると言っていましたが……」
「そうか、どうもありがとう」と多喜男は礼を言った。日本で若者に親切にされる事は皆無に近かったので、どうも疑りが出てしまう。これも改め無ければいけない、いつの間にか捻くれた爺になるべく偏向してしまった。よくない事だ。
ポケットから高等学校のアルバムから切り取った恵美の写真を取り出した。交通事故の後、荷物を整理していて気付いた事がある、恵美や秀夫の写真は小学校までで殆ど残っていなかった。その代わり後妻の間に生まれた子供の写真はアルバムに入りきらないほどあった。
「綺麗な方ですね、ちょっと髪型が古いけど」
「母親似で優しい子やった」
「今は、四十ぐらいですか?」
「そうやな、丁度今年で」
「ちょっと貸してください、コンビニでカラーコピーを撮ってきます」
「そ、そうか。じゃあお金を……」
「後で大丈夫です」とまた駆け下りて言った。フットワークの良い子だな。どこかで同じように、そうだ早苗さんに似ている。彼もスポーツ選手だったのだろうか。
夕食は近くの日本食屋に行く事になった。カオサンの通り沿いにあるアクセサリー屋を奥に入って行くと狭い小道、タイではソイと呼ぶそうだ。そこを出ると、すぐに赤提灯が見えた。ラーメンと日本語で書かれている。どうやら一階にバーのある雑居ビルの階段を上っていくようだ。
多喜男は色々と気を使ってもらったのでご馳走しようと言うと、卓也君は、じゃあ日本食でも良いですかと笑顔で言った。
「安いです。この辺の飯屋は」と道案内してくれた。
自動ドアを開き中に入るとテーブル席のほかにに畳の引かれ席があり、市街地から少し離れた通りにある常連客が屯する中華料理屋を思わせた。最も客は数人の若者がいるだけだ。入口付近に飲み物が入った冷蔵庫、ビールの他にコーラやファンタ。壁に貼られたポンピーのポスターが示す通り、いつ製造したものか分から瓶が何本も入っていた。飲み物はセルフサービスで取り出すようだ。卓也君はビールを迷っている様子だった。
「やっぱ、タイに来たんだからシンハーですかね」と茶色の中瓶ほどのボトルを取り出した。
「わしは何でも構わへんけど」
「アサヒでも良いですか?」と言うと緑色の大瓶を取り出した。どうやら彼は郷愁に浸っているようだ。
料理は中華では無く、秋刀魚の塩焼き、枝豆、豆腐ステーキと日本の居酒屋で比較的どこでも食べられる料理が揃っていた。味は、毎日日本食を食べて暮らしいていた多喜男には可も無く不可も無くだったが
「感動ですよ!」と卓也は大袈裟に言って頬張った。聞くと二週間ぶりらしい。屋台の汁そばやカオパッド(焼飯)ばかりだったと言った。話を聞けば一ヶ月以上滞在していると言う。恋人と喧嘩別れをして連絡が取れないそうだ。
2. ルーイの住処
昨日買った短パンとオレンジのシャツに着替え、下のレストランに降りた。
珈琲のいい香りがしている。蜂蜜を塗ったトースト二枚と目玉焼きをセットにして六十五バーツのようだ。それを頼んで席に座った。タイに来てからまだ一本も煙草を吸っていない。灰皿は有るかと手で煙草を指して、身振りで示すと、アルミ皿の、蚊取り線香を焚いた跡の残る銀色の灰皿を持ってきてくれた。十年以上禁煙をしていたが、今年になってまた吸い始めた。今更健康に気を配った所でどう人生が変わるわけでもないと腹を決めると、煙草が旨くなった。一人になって唯一良かった事だ。
昼食を食べ終わり、珈琲のお代わりを頼んだ、苦味が強く美味とは言えなかったが、眠気覚ましにはちょうど良かった。それも終えるとお金を払い散歩に行くことにした。既に太陽の日差しが容赦なく照りつけたが、湿気が少ないので体にはそれ程堪えなかった。カオサン通りを出て大通りに向った。先には王宮広場があるとガイドブックに書かれていた。
歩いて言って見るかと信号が青に変わるのを待っていたら、粗末な衣服を着てゴム草履を履いたタイ人の老女が駆け寄ってきた。右手に新聞広告のような物を持っている。顔を見ると、昨日宝くじを買った女のようだ。盛んにざらばん紙の上部に印刷された六桁の数字を指差す。
買った宝くじの事を言っているのかと、財布から取り出すと、六桁『769438』が揃っている。どこで覚えたのか
「コングラチエション」と妙な英語を繰り返した。どうやら当選したようだ。赤マジックを取り出し、タイ語で書かれた部分に丸をつけた。
「タクシー、ゴー、ゴー」と行けと言っているようだ。狐につままれている気もする。騙してお祝い金で包ませようと言うのだろうか。多喜男は「カップンカ」と二つ覚えたタイ語の一つで礼を言った。彼女は当選番号が書かれたざらばん紙をくれて去っていった。
これは誰に相談したものだろうと、信号の変わった横断歩道を渡りながら頭を掻いた。お金が要らないわけではないが、ここに来た理由とは関係ない。道草は多喜男の悪癖だ。すぐに余計な事に首を突っ込み当初の目的を果たせない事が多い。とは言え、当たっているかも分からない宝くじをゴミ箱に棄ててしまう程の大金持ちでもなかった。早苗さんに相談するのは憚られる。結局、一時間近く公園の周りを歩き回って導き出した答えはタクシーを止める事だった。
これも経験だ。卓也君に相談する事も考えたが、昨日、恵美の相談をした後に下世話な話をするのは手控えなければいけないと思った。それが多喜男のもう一つの悪癖だ、目の前の事象を解決する事のみに重きを置き、他人の心情を無視して助けを求めてしまう。恵美がいれば「お父さんは、いくつになっても変わらないわね」と言われてしまうだろう。神の出した試験のように思えた。六十年以上生きてきて、
「貴方は下界で何を学びましたか?」と。
試験は一時間三十分では終わらなかった。
タクシーに乗り込み、赤のマジックで印をしてくれた場所に行ってくれと運転手に言った。ちょうど朝のラッシュアワーに巻き込まれたのか車が渋滞に引っかかり中々動けなかった。それも高速道路に入るとスムーズに進んだ。思ったより遠くの場所にあるようだ。かれこれ渋滞を抜けてから一時間ばかり走っている。そろそろ不安に成りだした頃、運転手が一般道に下りる出口に向った。
暫く込み入った道を走る。バンコクの市内からかなり離れたようだ、飛行場よりも遠くに来たなと言う感覚はあったが、それがどこなのか全く分からなかった、方向的には北に向ったように思う。何度か信号を抜けると大通りに出た。運転手は左折をするウィンカーを出した。後ろを振り向き「ここだ」と言っているようだ。大きな駐車場があった。奥には寺院が見える。多くのタイ人が荷物を持ち車から降り。タクシーが止まると多喜男は金を払い外に出た。線香の匂いと、祈願客に売る乾物屋や果物の小さい露店が所狭しと並んでいる。朝市というわけではばない門前町の市場と言った所か。
人込みを抜けて寺院に向うと、お供え用の蝋燭と線香、それに金箔が売られていた。見ていると、供えをした後に、奥の仏像に金箔を張りつけて手を合わせている。多喜男はお参り来た訳では無いので、そこを通り過ぎて、また、先ほど来た市場の方に戻っていった。
日本でも江戸時代の寺院では建物の修復にあてる為に富くじを発行していた。湯島天神の御免富は有名だ。その事があったので、タクシーが寺院の前で停車した際は納得してしまった。
市場の端を歩いていると小腹がすき始めたので麺類の屋台に腰をかけた。これが卓也君の言っていたバーミンナムの屋台だなと思い食べてみる事にした。日本の夜鳴きラーメンとやっている事は殆ど同じだ。鳥がらスープに焼き豚の変わりに練り物の団子が入る。葱の他ににパクチという香草が浮いた。味はやや薄めだったが、塩分を取りすぎてはいけない老体には丁度良かった。
食べ終わって辺りを見回した。タクシーも何台か客待ちしているようだ。お参りでもして帰るかな思った所に、宝くじ売りが通りかかった。あわてて麺を茹でていた店主にお金を払うと、彼の後を追っかけた。
男は寺院に向って歩いた、仏堂には向わず横手にある建物に入って行くようだ。同じように線香や蝋燭を売っている店だと先ほどは見逃したが奥に戸があり中に続いているようだ。
御神籤のような紙が所々に結ばれた赤い柱廊が見える。
多喜男が追って行こうとすると、尼僧のような白い服を来た女性に呼び止められた。首を横に降り、入れないと言っているようだ。少し迷ったが宝くじを取り出し女に見せた。多喜男の顔と宝くじを見比べた彼女は、待っているようにと仕草で示した。
数分して、多喜男が宝くじ売りから貰ったざらばん紙と同じ物を持ってきて、宝くじと照合した。間違いなく同じ番号だった。
納得したようで女は多喜男に後について来いと手招きした。柱廊を歩いていくと本堂より大きな仏像が飾られていた。その後ろを通り地下に続く階段を下りていった。
地下道の中は電灯が無く変わりに蝋燭が灯っていた。岩肌が見える。岩盤で出来た洞窟のようだ。これは大変な所に来たと思ったが、言葉が通じないので声のかけようが無い。カップンカ(ありがとう)とサワディーカ(こんにちは)だけではどうしようも無い。どれぐらい歩いただろうか、引き返したい気持ちを必死に抑えて進んだ。誰かに行き場所ぐらいは告げておくべきだった。
やっと地上に登る階段に変わった。日の光が見えている。助かったと思った。明かりのある場所なら何とか手振りで通じるだろう。タイ人にも戦争中酷い事をしたらしいが、占領はしなかった。中国や韓国に比べて反日意識は薄いはずだ。宝くじ当たって刑務所に入れられるわけではなかろう。
出口を出ると、こちら側も仏像の裏手だった。テレビで見た福岡ドームのような場所だった。円形にぐるりと周りが高い建物で囲われている。見上げると内側に廊下があり奥には長屋のような住居がぐるりと円柱に繋がっている。ドーナツ型と言えば良いか。レンガが積まれた家では忙しく女達が働いていた。雑誌で見た中国、客家が集団で暮す円楼を思い出した。タイの首相も客家出身のはずだ。タイには広東省の潮州人が多く移民している。
多喜男が視線を戻した時には、あの連れてきてくれた女はいなくなっていた。
驚いて今出てきた、仏像の裏に戻った。先ほど出てきた地下に下りていく階段は見えなくなっていた、石畳が続いている。四つん這いになり石畳の砂を払ったが、何百年も前から変わっていないように隙間など全く無かった。表に周り仏象に近づいてたが、今来た道はなかった。
囚われたのか、そんな不安が起こった、だが何のために?
気持ちを落ち着けようと煙草を取り出し一本火をつけると、持っている右手が熱くなるぐらい深く吸った。
煙をゆっくり吐き出す。太陽は真上に昇り容赦なく照りつけていた。
四方、百メーター程あるドームの中心では、外と同じように所々に屋台があった。端の方には池のような水場が。そこで体を洗っている人間がいる。橙色の袈裟を巻いた僧侶も多かった。ただ子供は見当たらなかった。そのせいか静かだ、風の音が聞こえる。
場所も分からないのだから探しようはないが、タイの宝くじは日本とは違う仕組みがあるのかも知れない。やせ我慢をしていては拉致が空かない。
携帯電話を取り出し早苗さんにかけようとしたが、電波を示すシグナルはゼロだった。ためしにダイヤルしてみたが繋がらない。困った事になったと溜息が出た。煙草を一服吸い棄てた。すぐに近くにいた男がその吸殻を拾って走って行った。
良く見ると人は現地人だけではなさそうだ、先ほど赤いパンツを履いた白人が見えた。もしかしたら日本人もいるかもしれない。仏堂の前にいても始まらないので歩く事にした。それとも呪文でも唱えれば出口が開くのだろうかと仏像を見上げたが、何も言葉が浮ばなかったので諦めた。
は乗り物は走っていないので足だけが頼りだ。とにかく視界遮っているレンガの壁まで向った。壁面を昇っていく階段がついている。エレベーターに馴れた老体には堪えたが気にしている場合ではなかった。階段はかなり上まで続いている。二階ほどの高さから住居になっていてかく階に出て行く事が出来た。とにかく登りきれば外の様子が見えるだろうと思い、Tシャツにびっしょりと汗を噴出させながら歩いた。廊下に出て下を見ると人間の手足がやっと確認できるぐらい小さくなっていた。
向い側の壁を見ながら数えていくと、十四階になる。やっとの思いで最上階まで達した。
外の様子を見ようと、頭の上まである塀を攀じ登ろうしたが上手くいかない。近くにあった木の丸椅子に立ち、外の様子を眺めた。近くに同じような円筒の建物が三体ばかり建っている。それ以外は東西南北、どこを見渡しても密林だけだった。道と呼べるものが見つからない。深い森が地平線まで続いている。下を見回しても人がいる気配は全く無かった。あれだけ沢山いた車はどこに行ってしまった。アンコールワットがフランスの探検家に発見される前の姿ではないか。まだタイにもこんな秘境の寺院が残っていたとは知らなかった。気が抜けてへたり込んだ。アイスクリーム売りが乳母車のような小さいリヤカーを引いて前を通って行った。
ポケットを探ると、タクシーがくれた小銭があった。とにかく喉の渇きを癒そうと、その男を呼び止めた。ここまで来れば言葉など気にしてはおられない。
氷水に浸かったココナツがあったので、それを指差すと、器用に鉈のような刃物で穴をあけストローをつけて渡してくれた。
小銭を取り出すと、手でいらないという仕草をして、ラッパを拭きながら行ってしまった。無料なのか。また騙されるんではないかと思ったが、喉の渇きはそれ以上に深刻だった。
十四階までこの灼熱の中を歩いてきたのだダイエットどころか日干しになりかねない。ココナツの甘い汁は喉の奥を小気味良く流れて入って行った。また階段を下りるのか、痛くなった両腿をさすりながら。何だか笑いがこみ上げて来た。
「天罰」と秀夫の言った言葉が蘇った。それも良かろう、恵美を探せないのは心残りだが、木賃宿で孤独死する運命だとしたら、ここで死ぬのも同じではないか、焦っても仕方が無い。既に望むものは無いのだから、じたばたするのは止そう。
多喜男は少し歩いて辺りを見回し、先ほどの丸椅子に座った。これも運命なのだろう。道草好きは子供の頃からだ、疎開していた山陰の漁村で米兵に出会って以来、その癖は治らない。あの時のチョコレートの味は今でも覚えている。洋酒が中に入っていた。私が今まで食して来た食べ物の中で、あれほど衝撃的な物があっただろうか。あの包みを開き口に入れてから私の運命は変わってしまった。
一本、煙草を抜いて火をつけた。また悪い癖が出たと思った。すぐに難事に出くわすと当初の目的を摩り替えたくなる。弱い人間なのだ。恵美の顔を思い浮かべた。このまま野垂れ死ぬわけにはいかない。それでは余りに寂しいではないか。頭を何度か振った。膝を抑えて立ち上がった。少し立ち眩みがしたが、暫く我慢すると脳にも血流が巡り始めた。煙草を床に棄てもみ消した。腰を伸ばし下まで降りようかと階段に向うと人影があった。また吸殻を拾う奴かと思って無視して通り過ぎようとしたら聞き覚えのある言葉が聞こえた。
「あんた日本人か?」と甲高い声だった。驚いて振り返ると色の黒い、眼鏡をかけた中年の男が立っていた。ひと回り多喜男より若く見えた。
「そうやけど」と縋るような気持ちで答えた。
「煙草、一本貰える?」と生意気な態度で手を差し出した。こんな時に言葉の通じる相手に逆らう気は更々起きず。煙草を差し出した。
「ハイライトか、何年ぶりかな」とライターを貸してやると、それを断り、大事そうに胸ポケットに入れた。
「やらへんのか?」
「後でな、夜に星空でも眺めながら味わう」
「そやったら」ともう一本渡した。
「いいのか?」
「ええ」と火をつけてやった。男は上手そうに味わった。煙が風に吹かれて消えていく。
「こんなもん持っている所思うたら、あんた来た所かいな?」と横目でこちらを見た。
「ええ、まあついさっき」と言葉を選びながら答えた。
「まだ何も聞いてないん?」
「日本語しか分からないもので」
「あの僧侶、また手を抜きやがったな」
「あんたは?」
「私は吉田康元。ここに来てから二十年程になるかな。よろしゅう頼むは」
「室戸多喜男と言います。所でここは一体なんなんやろか。私は宝くじの当選を確かめる為に来ただけなんやけど。何かの間違いでこんな所に連れて来られてしもうて」
「ルーイ寺の発行する宝くじに当たったんやろ」
「くじは確かに当たったようやけど……」
「それやったら間違いやない。金が当たる思てたんやろ。所がどっこい宝くじ売りの権利やった。それもおかしな事に四十九日で終わる中陰の世界に行き来出来る。あんた私を何歳やと思う」
「さぁ……私よりは十歳位ほど若いんやぁ」
「七十歳や。この二十年間、身体は年を取っとらん。ここはそう言う場所や。まぁ、言うたら来世と現世の境かな。死んどるわけでもないし、生きとるわけでもあらへん」
「言われてる意味がわからんへんのやけど」
「そりゃそうやな。私かて慣れるまで一ヶ月は要したさかい。明日の朝になれば少しは分かるようになるわ。早朝にバンコクの街に連れて行ってやるわ」
「一体ここは?」
「聞いてもわからへんやろ」
「どうすればええんやろか、わしは荷物をカオサンに預けとるし、息子夫婦にも連絡をとらなあかん」
「そう言う事は順々に教えていったるわ。寝るところぐらいは聞いたんか」
「いいえ」
「あんた当たりの宝くじ持っとるな?」
「ええ」
「じゃあ、ちょっと事務室まで行こう。私が聞いてやるわ」
「と言われても、一体何の事か」
「今日はここの旅館に宿泊すると思うたらええ、何でもただや。食べるのも飲むのも。ただ宝くじ売りをする気がないんやったら、僧侶から仕事を言い渡されるけどな。それもじっくり考えてからでええ。とにかく時間は腐るほどある。悩みたいんやったら禅でも組んで修行したらええ」
「そんな悠長な事をしとる場合や、娘を探しにいかなならんのです」
「驚くのは分かるが、仕方ないんや。私らは半分死んだようなような存在やからな」
吉田と名乗った男は階段を降り始めた。多喜男は混乱しながらも追従するしかなかった。痛む足をさすりながら下の階まで続いて降りた。
内庭には出ないで一階の廊下を回り、赤い布に『客』と書かれた扉を開いた。人の出入りが今まで見た中では一番激しい場所だった。
「ここはイミグレーションみたいなもんやな。あんたもこれからお世話になるさかい、よう覚えとき」と吉田さんは鉄柵越しに受付のようになっているカウンターに向った。
「宝くじ」と言って吉田さんが言うので、それをカウンターの中にいる女性に渡した。出来るならお金は要らないから、カオサンに戻してくれないかと頼もうかと思ったが、タイ語で喋っているので諦めた。
事務員のような女性は奥に入ると、竹籠に入れられた荷物を持って出てきた。オレンジの袈裟やタオル、洗面道具が見える。
「はいこれ」と吉田さんはそれを受取るように指示したので恐る恐る手を出した。何が始まるのか気が気ではなかった。
「同じ四階やわ。私のの部屋からそれ程離れとらへん」
「そうですか」と、何やら刑務所にでも入れられた気分に陥りながら頷いた。宝くじはそのまま返ってはこなかったが、この際、それはどちらでも良かった。明朝、バンコクに吉田さんが連れて行ってくれると言ったので少し安心していた。カオサンに戻れるなら、今日一日ぐらいどうと言う事は無い。
竹篭を持って吉田さんの後を進んだ、一階は店屋が並んでいる。吉田が店を覗いて挨拶をしては、私を紹介してくれた、
「こいつは喋れないから」と言っているようだ。
足元を放し飼いにされているアヒルや鶏などの家畜が歩いて行った。
それが終わると階段を登り四階に上がった。足がきつかった、膝が少し震えている。
部屋の前に赤い紙が張られていた。手書きで何やら書かれている数字以外は見たことも無い文字だった。吉田さんはメモの紙切れと確認して扉を開いた。鍵は掛っていないようだ。中は思ったより狭かった、寝台に布団が置かれ、その上に蚊帳なのか緑色の半透明な布がぶら下がっていた。壁際に机と椅子があり。突き当たり目線の高さぐらいに日を取るための窓があった。かなり薄暗い。電灯を探したがどこにも見つからなかった。机の上に、オイルランプ置かれている。もちろんテレビも冷蔵庫もなかった。電気は通っていない様子だ。下の飯屋にはプロパンガスがあったので、文明社会と遮断されているわけでもないと思うのだが。多喜男は持ってきた竹篭をベッドの上に置いた。立っているのも辛かったのでベッドの上に腰掛けた。
「ほんなら荷物置いて、昼飯でも食べに行こうか?」
「どこにですか」と多喜男は膝をマッサージしながら尋ねた。
「階段降りるのが辛いんやったら、この階にも食堂があるわ」と早くしろとばかりに、入口で貧乏ゆすりをする。多喜男が中々立ち上がらないのがじれったいようだ。老人なのだから仕方なかろう。
「便所も教えといた方が良いやろ」
多喜男は仕方なく立ち上がった。部屋の中には水場は存在していなかった。
「やっぱり階段を下りるんやろか?」
「そやな、小便やったらバケツにしたらええけど。朝になったら便所婆さんが運んで行ってくれる」
「手を洗うのは?」
「瓶に水を入れといてくれるように頼まなあかんな」と言った。
下水管は見当たらないが。通路の内側が溝のようになっている。どうやらそこを通って下に流し出す仕組みになっているようだ。
雨樋もそこに向っている。
「無理には誘わへんけどな」
吉田さんは怒ったように言った。
「わかりました。今、行きます」と立ち上がった。
四階でまだ助かったと円楼の上部を見上げた。ハンモックで揺れて昼寝をしているものもあれば、茶を飲みながら囲碁のようなものを打っている男達もいる。時がゆるりと流れていた。
一体何人住んでいるのか、ざっと計算しても二千部屋はある。かなりの部屋は空室のようなので人は少ないが、超大型のホテル規模はあった。
多喜男の右隣りは老女が一人寝台の上で編み物をしていたが、左側は六つまで部屋を覗いたが人気は無かった。
一階の内庭に下りて、体を洗う水場と便所を教えた後、祖先を祭る祖堂に連れて行かれた。チャイナタウンでよく見かける、赤い提灯の下に同じ色のリリヤンが風に揺れている。
奥には瓦屋根の小さいお堂あった。タイで初日に見かけた祠とは少し違って見えた。彫刻が施された瓦や柱作りは日本の神社で見かける様式だ。
それが済むと、今度はやっと座らせてくれる気になったのか食堂に向った。
中に入ると、大きな皿に様々な料理が大量に盛られていた。白衣を来た店員に言えば、小皿に取って渡してくれた。どれも食欲のわく色をしていなかったが口に入れると以外と美味しかった。煮卵や春雨のような和え物、焼き魚もあった。吉田さんは食べ終わると爪楊枝をどこからか取り出し、茶を含んではしかめっ面をした。虫歯なのかも知れない。医者はここにいるのだろうかと思ったが、長居はするつもりはないので聞かなかった。
「もう一本くれへんか?」と吉田さんは煙草を強請った。早くここから連れ出してくれるのなら箱ごとくれてやっても良かったが、様子を窺う為にも、相手の頼みは引き伸ばす方が良い。
「さっきあげたん吸いはったらどうです」
「まあそうなんやけど」と渋々と言った表情で胸ポケットからテッシュに丁寧に巻いた煙草を取り出した。
「いや、やっぱり我慢しよう」と煙草を睨みつけてテッシュで巻きなおした。どうやらここでは煙草は貴重品のようだ。ただでは貰えないらしい。
「ここには電気はきてへんさかい太陽が沈んだら寝るしかないんやけど。他に聞いとく事あらへんか?」と吉田さんは歯がゆそうに言った。
「明日はバンコクに戻れるんやろ」
「そうやな、七時になったら部屋に起しにいくわ、今日は早寝して、たんと眠っといて」と言うと立ち上がった。
部屋に戻ってやる事は、携帯電話を確かめる事だった。だが相変わらず電波は入らない。電線も通らない所だ、衛星電話でないと無理なのだろうか。それにしても今日は良く歩いた、万歩計を付けていたら市立病院の先生に誉める所だ。ベッドに横になると、二時間の時差ぼけもあったので眠気が襲って来た。
3. 宝くじ売り場
耳元で蚊の羽音がして煩かった、最初は手で払っていたが、何度も続くので目を擦って中腰になり起き上がった。いつの間にか眠っていた。蚊帳できちんと寝台を覆っていなかったせいか中に入って来たようだ。
窓の外を見ると真っ暗だ。虫の音と蛙の鳴声が響いている。腕時計に目をやると五時を少し過ぎていた。寝汗をかいたせいか喉が渇いた。意識が戻ると蚊に刺されていたらしく左腕と靴下を履いていなかった親指が痒くなりだした。明かりがないので取り合えず掻き毟ったが中々収まらない。そのうち目が本格的に覚めてしまった。
欠伸をしながら窓から洩れる月明かりを頼りに立ち上がった。確か机の上に単一電池が二本入った懐中電灯があった筈だ。手探りで探し出しスイッチを入れた。親指が二箇所赤くはれていた。蚊帳など、ここ何十年も使った事が無かったのでいい加減に考えてしまった。今は虫刺されの薬もない。
外の様子を伺うかと戸をを開けたが、一階に何個かのランプの光が揺れているだけで多くは真っ暗だった。
何歩か歩くと膝だけでなく腿の裏まで痛かったので階段を下りるのを諦めた。バケツが目に付いたので、昨日吉田さんに言われた通りそこで尿意は済ませた。子供の頃、山陰の疎開先では便所が家の外にあり。夜は怖くていけなくて祖母に頼んでバケツの中でして依頼だ。
部屋に戻り飲み物を探すと、誰が持ってきてくれたのか寝台の横に置かれた卓袱台にふかし芋と果物が置かれ、虫が集らないように金網で覆ってあった。ミネラルウォーターのボトルも二本置かれている。吉田さんが気を使って持ってきてくれたのだろうか。キャップを開けて口をつけた。ふかし芋を手に取り一口食べた。柔い甘味が口の中に広がる。早朝から二本あった芋は全部お腹に収まった。
突然、外で一番鳥が「コケコッコー」鳴いたので部屋を出て内庭を見た。空が白み始めているが、中庭に太陽の光が入るまでにはまだ時間がかかった。
誰かが起きて来たのか、レンガで造られた水場から音がした。井戸から自家発電のポンプでくみ上げた水をコンクリートで出来た溜池に入れているようだ。その内に、ランプの光のほかに、プロパンガスの火が見え始めた。大鍋で湯を沸かして始めている。家畜も騒がしくなり始めた。
誰かが歩いて来る音がしたので、あわてて部屋の中に入った。小便のバケツは外に出して置くように言われたなと思い出した。
竹篭の中にハブラシとタオルが目に入った。何度か屈伸をして脚を確かめた。大丈夫そうだ。タオルを首にかけると、歯磨き粉をハブラシにつけて口に含むと階段に向った。
朝の匂いがした。蒸散した野草の水分が香りを放っていた。一歩一歩足元を確かめながら降りる。目がなれたせいか懐中電灯が無くても大丈夫だった。
内庭に出ると横に長く並ぶ洗面所に辿り着いた。多喜男と同じような年齢の老人が顔を洗っている。水は桶で溜池から掬うようだ。顔だけ洗い、口を濯ぐのはどうしようかと思ったが、水は透きとおっていたので口に入れた、特に問題なさそうなのでそのまま濯いだ。これだけ沢山の人間が共同生活で暮していけるものだ。大家族主義を前の戦争で放棄した日本人には無理だろうな。銭湯でさえ年々減って行っていると聞く。すでにプライベートと言う壁が人間を覆ってしまっている。そんな姿で共生など出来るはずが無い。顔を洗いタオルで顔を拭くと完全に目が覚めた。
線香の匂いが漂ってきたので、祖堂の方に視線をを移すとオレンジの袈裟を着た僧侶が数珠を持ち中に入って行った。お経が始まるようだ。
そこに吉田さんが降りてきた。
「早いな」と驚いたように、逆立った髪を手で寝かしつけながら言った。
「おはようさん。昨日は久々に良う寝れましたわ」
「電気の無い生活もええやろ?」
「そうやな、昔に戻ったようで懐かしかった」
「そりゃ良かった。そんならそこの食堂で腹ごしらえして街に出て行くとしましょ」とちょっと意地悪そうにこちらを見た。
「さっき私は、ふかし芋を食べたので」
「朝のお粥は上手いよ。鶏肉の笹身と蜂の子の佃煮が入っっとるんや」
「そうかいな」と喉が鳴った。こんな食欲があるなんて、人間とは上手く出来ている。血糖値が上がってからカロリーを計算した食事を医者に言いつけられた。それ以来めっきり食欲が無くなった。半年ほどして値が正常になってからも同じように食事制限を続けていた。特にどこが悪いと言うわけではないが、二ヶ月に一度は病院に足を向ける。周りの同年代の人達が同じように通院していたので、それが老人の務めと思い疑いもせず続けていた。何だかここにいると馬鹿馬鹿しい事のように思えた。
食堂に行くと吉田さんが言ったように、大きなお釜の中でお粥が煮えていた。多喜男は一杯よそって貰うと、皿に入った佃煮などの添え物を、スプーンで少しずつ取り席に着いた。
甘苦く煮た佃煮からはふきのとうの匂いがした、後は舌が少し痺れる山椒の実や吉田さんの言った蜂の子があった。多喜男はピータンを一つ取った。会社の忘年会で行った中華料理屋で食べて気にいったのだが、後妻の信子は中華料理を好きではなかったので、それ以来食べた事がなかった。半透明になった卵を口に入れると、ねっとりした、少し腐敗臭のする味覚が広がった。灰の中で寝かされただけでどうしてこんな味になるのか不思議でならなかった。
タガメの素揚げや孵化寸前の卵を茹でたものもあり、吉田さんが美味だと勧めてくれたが、その手のゲテモノは遠慮した。最もそれは日本人にだけ通じる言葉で、現地人の彼らからすれば、海鼠や雲丹の方がよっぽどゲテモノなのだが。
おかゆを食べ終わると部屋に戻った。別段荷物は無かったが、布団ぐらい畳んでおくのが礼儀だと思った。宿泊料が無料なのでチップを置く必要はないだろうが、妙に懐かしくいい気分させてくれる夜だったので、千バーツを置いておいた。カオサンのゲストハウスで眠っても味わえなかっただろう。
身支度を整えた多喜男は吉田さんの部屋に向かうと、彼は部屋から出て待っていた。少し急いでいる様子だったので早歩きで近づいた。
「締め切りが近いんで今日は街に出る奴が多いらしいわ、早くせえへんといつもの男が取られてしまいよる」と言った、多喜男は何の事を言ってるのか分からなかったが頷いて続いた。
竹篭を貰った『客』と書かれた一階の事務室は人で一杯だった。中に入ると受付の前に列が出来ていた。十人ほど並んでいるだろうか。
「これぐらいやったら、何とか大丈夫やろう」と吉田さんが言った。列は順調に進んでいった。受付の女性に言い、扉を開けて奥に入って行った。
「部屋番号を言えばええから、今日の所は許可ナンバーを聞かれたらジシップエと答えとき」と吉田さんは言った。
「何ですの、それは?」
「街に出て行くときのカラダや、私等はこのままでは外に出られへん。ファイルされた戸籍証書を見て決めても言いけど、どうせタイ語やから読めれへんやろ」
「と言うと?」
「これからルーイ出身の宝くじ売りとして街に出るんや」
「今度は売る番ですかいな」
「そうや、一枚四十バーツ。外で暮らすにはそれを売って稼ぐしかあらへん。最初やから今日は私が使うて良かった奴を紹介してやるさかい」と吉田さんは言った。一体何の事か分からなかった。とにかくバンコクの街に戻れるなら、宝くじ売りでも何でもしようじゃないかと腹を括った。
多喜男の番になったので、教えてもらった通り、部屋番号とジシップエを言った。どうやら二十一番の事らしい。
すぐに空港にある出入国のような通路を通してもらった。
そこには吉田さんが、宝くじを何枚も張った板箱を持ち待っていてくれた。
「あんたのはこれやから」と棚に置かれた同じような何枚も宝くじが張られた板箱を指した。部屋番号を書いた紙が張られている。板箱は二枚の板が金具が留められており、両開きになった板を閉じると宝くじを保管できる仕組みになっていた。両脇には首に掛けられるように綿の紐が取り付けられていた。
「用意は出来たな?」
「ええ」
「じゃあ行こう」と事務所を出て、内庭の仏像に向って進んだ。
「ちょっと驚くけど最初だけや。慣れてしまえばどうって事あらへん」と言った。
「何が起こるんですか?」
「どう言うたらええかな車に乗るようなもんや。ちょっとルーイ村のタイ人のカラダを借りるんや」と言った。益々わけがわからなかったが、一先ず聞かない事にした。下手に事を荒らげて出て行けなくなると困る。
仏像の裏手に回ると地下に向って降りる階段の入口が開いていた。吉田さんが降りて行ったので後に続いた。来た時と同じように洞窟の中に入った。何人かが同じ恰好をして前を進んでいく。坂道を降りていくと今度は昇りになった。昨日、タクシーで連れてこられた寺院の裏手にあった入口に向っているのだろうか、薄暗い中を用心しながら歩いた。
見覚えがある出口が現れた、来た時と同じだ。やっと戻れたかと安堵の溜息が出た。
寺院に出ると前を歩いていたはずの吉田さんの姿が見えなくなった。先ほどまで居た筈なんだが、同じような板箱を持ったタイ人しかいない。
追い抜いたりはしていない。どこで見失ったのだろうか、仕方ないので柱が細かい間隔で立つ通路を抜けて、祈願客がいる広間に出た。辺りを見回したが吉田さんを見つけることは出来なかった。
「こっちや、こっち」と大阪弁が聞こえた、タイ人の中年の男が手招きしていた。訝しがていると彼が近づいてきた。
「吉田や」と言った。何をこのタイ人は言ってるんだろうと彼に目をやると、吉田さんが行く時に持っていた宝くじの入った板箱の番号札を見せた。確かに部屋番号124196が書かれている。この日本語を喋るタイ人はどこから来たのだろうか。吉田さんから宝くじを奪ったんだろうか。それとも頭が海外旅行に耐えられず、呆け始めているのだろうか。
「何、呆けた顔しとるん?」と笑って言った。
「あんたは誰や?」
「せやから吉田や言うとるやろ。あぁ、説明は面倒やちょっと付いてき」と歩き出した。どこに向うのかと思ったら便所のようだ。けったいな話は日本のニュースで毎日聞いていたので慣れていたが、これは新手の詐欺だろうか。現地人の男が早く来いと手招きするので従って中に入った。男が鏡の前に立ちこちらを向く。
「これで、自分の姿を見てみい」と言った。多喜男は今更老体を映した所で溜息が出るだけだと思ったが、男が真剣に言うので近寄り、手洗いの前の鏡に目をやった。
「どうや、わかったか?」と男が言った。何が起こったのか分からなかった。目の前には知らない現地人の男が映っていた。肌が浅黒く鼻は横に広がり目は大きかった。
呆けてしまったのか、それも異国のこんな場所で。両手を上げて鏡に向って手を振ってみた。鼻を触る。夢かとほっぺたをつねって見たが、鏡は同じ動作を映すだけだった。多喜男は両手で顔を覆ってから、ゆっくり開き鏡を見た。やはり現地人の男が映っていた。
「なんぼ見たかて一緒や。それがあんたの今の姿や」と隣りのタイ人の男が言った。
「どう言うことなんや、私は死んだんか? もしかして輪廻ちゅう事か」
「違う、違う、ちょっと体を借りただけや、ルーイの寺に戻れば元の姿になる。下界に出る時はこうするしかないんや。あそこは中傭界さかい」
「じゃあやっぱり死んだんや」
「違うて、死んだわけではないんや。ルーイの宝くじ売りとして選ばれたんや。次またあんたが当たりのくじを売って交代するまで」
「何を言うてるかわからへん」と大きな声が出た。
「今は気が動転してるやろうけど、その内慣れてくるわ。私も最初はそうやった」
多喜男は鏡の前に立った。どうせならもう少し若くてハンサムな体にならないものか。いつの間にかこの奇異な現象を受け入れようとしている自分に気付いた。
木賃宿で孤独死を待つだけではなかったか。諦めの言葉が出た。だが恵美は、こんな姿の父親をわかってくれるだろうか。首を振った、夢を見ているんではないか、それとも呆け始めているのか。
「そんな気落ちせんとき、宝くじ売りは年をとらへん、不死なんや。あんたがくじを売りつづける限り、いつか当たって、また元の姿で下界に戻ってこられる」
「そんな悠長な……」と言った、あの老体に未練があることに気付いた。娘には失踪され、息子には恨まれ。唯一の仕事だった郵便を配る事もとっくに終わり。ゲートボールと病院通いの日々。金は退職金を含め残ってはいるが、大豪遊するほどは無い、つつましく老後を過ごす程度だ。穏やかに呆けていく、日本政府が用意してくれた順序に従って。後は、自分の建てた墓にすんなり収まれば。
「あんまり深刻に考えてもしゃないで。これも仏さんの意志やろう。多分、言いたい事があるんや。宝くじなんて百万人に一人しか当たらへんのやさかい」
「百万枚も売るのんか……」と気が遠くなった。一年や二年の話では収まりそうも無い。
「せやけど、今日当たりが出るかも知れん。それが宝くじや」
「まぁ、せやけど……」と溜息を出た。
「そろそろ落ち着いたか、せやったら外に出よう。ここは臭そうてたまらん」と男は言って、多喜男の肩を叩いた。
「あぁ、それから一つ言うとかならん。ワシらはシンデレラと同じや。夜になるとルーイの寺に戻らなあかん。もしそのまま下界に残って寝れば昔の記憶は消える。わし等はここでは体をもたへん存在やからな。そうなると二度と昔の姿には戻れへん。中陰も越えてお陀仏や」
「それは、死ね言うことかいな」
「まぁ、そやな」
「居眠りもでけへんのかいな」
「一、二時間はかまへんようや、わしも何度か疲れてしもて寝たけど大事にはいたらへんかった。でも記憶が薄うなる。一回は戻り方を忘れてしもとった。その時は仲間の奴が一緒やってから良かったけどな」
「そんな殺生な」
「酒はあんまり飲んだり、激しい運動はせん方がええな、あっちも下界に戻ってくると欲求は起こるけど、それも程ほどにな」と小指を立てた。
「そんな事はもう私には関係ないですから」
「なんや枯れた言い方やな、あんたバンコクに来て女抱いてへんのかいな」
「……」
「そりゃ不幸やな。タイの女は優しいで。若い子も文句一つ言わず丁寧な仕事してくれる。一回試してみたらどないや」
「なに言う取るんですか、わしらは中陰の選ばれた人なんやろ。言うなれば天使や」
「ちょっと醜いけどな」
「それはしょうない。あんたかて五十は越えているやろ」
「そんな剥きにならんでも。あんまり力入れると肩こるで。私等はなんも神に布教を仰せつかった使者ってわけでもないんやさかい。ただ宝くじ売るだけや」と言い外に出た。私もそれに従う。
「じゃあ宝くじを売っているのは全部の、あそこの住人かいな?」
「今は十人に一人やそうやな、わしも詳しくはよう知らんけど。そんな事より、あんたはタイ語を少し覚えんと一枚も売れん事になるで、数字ぐらい覚え。金も無かったら飯も喰えん」
「私は銀行に」と言ってポケットの財布が消えている事に気付いた。携帯電話も持って出たはずなのに
「どうしたんや?」
「いや、財布が……」
「それはルーイや。あそこからは物を持って出れるのは宝くじだけや、もちろん持って入ることもできへん」
「じゃあどうやって?」
「売るんや宝くじを」
「そやかて」
と地団太を踏んだ。当たったとは奪われる事なのか。
「今日はどうする。ここで過ごすか、カオサンのホテルに荷物を置いとるんやったろ」
「そ、そうや。鞄にお金が少し残っとる」
「ほんなら早い事タクシー代作って行くとするか」と寺院の外に向って歩き始めた。祈願客が集る露天に向うようだ。混乱した頭で妙案は無いものかと考えた。早苗さんに電話をしても、この姿では信じて貰えるかどうか、それに迷惑はかけたくない。
露天の前まで来ると吉田さんは板箱を開け宝くじを首からかけた。駅弁売りの親父のようでもある。屋台で汁そばを啜っている連中に見せて回る。多喜男も同じ事をしようかと思い、板箱を開いた。数枚ずつ束になり留められている。ニ、三百枚はあるようだ。全部これを売り切ったとして、百万枚を売り切るのに十年はかかる。とんでも無い事になったなと思った。道草にも程がある。待っていてくれる人は誰もいなくなったので、焦る必要はなかったが。そうだ、早苗さんにメールをしておこう。あれなら心配をかけずに済む。
多喜男は宝くじを持って歩いていると、興味を示すタイ人の中年女が現れた。数枚セットの数字を手にとり、
「タオライ?」と言った。多喜男が言ってる意味がわからず黙っていると、
「シーシップ」と言って来た。何となく金額を言っているようだったので頷いた。ポケットから百バーツ札を数枚渡された。宝くじを引っぺがして渡す。妙な顔をしているので、間違ったかと思い札を見た。札が三枚あった。これだけあれば十分タクシー代になる。おつりかと思って金を取り出そうとすると、女は笑顔で去っていった。多喜男は急いで吉田さんがいる場所に行った。
「売れた、売れた」と言うと、近くにいたタイ人の客が、鋭い目で多喜男を見た。吉田さんもこっちを睨みつけた。日本語は不味いらしい。それでも気が急いだので、こっちに来るように手招きした。彼は困った顔をしたが露天を出て多喜男の方に来てくれた。
「どうしたんや?」と耳元で言った。
「売れたんや」と三百バーツを見せた。
「何枚?」
「ホッチキスで留められていたさかい」と言って枚数を数えた。
「五枚やな」
「そうか、まあ初めてにしては上出来や。赤字やけどな」
「ええ、そうかいな」
「それは一枚に二組印刷され取るやろ。それが定価で一枚八十バーツや。あんたは五枚売ったんやから四百バーツは貰わなあかん。卸値が今日は三十四バーツやから」
「それって……」
「ルーイに戻った時に清算させられるさかい、今度はちょっと高う売りや。マイナスはあんたの賞金から差し引かれる事になっとるさかい。それが尽きたら、いくら当たりくじが売れても元の姿には戻れへん」
「そんなこと早う言うていな」
「せやからタイ語で数字を覚えるんが先や言うたやろ」
「頼むは……」
「あんたカオサンに行ったらお金残っとるんやろ。それで穴埋めしとき。賞金が二百ミリオンあるさかい、どうちゅう事はあらへんけどな」
「二百ミリオン?」
「そうや、あんた当たったやろ」
「じゃあそれを使っても……」と考えを巡らせた。
「止めとき、止めとき。二百ミリオンじゃ五万枚しか買われへん。そういう奴もおったけど、結局あたらへなんだ。確率は百万分の一や」
「それって幾らあれば……」と言って計算した。百万×四十バーツ=四千万バーツ、今のレートで日本円にに直すと×2.6=で一億四百万円。絶望的な金額だ。溜息が出た。
「ゆっくりやるこっちゃ。年はとらへんのやさかい」と吉田さんは同じ言葉を繰り返すと露天に向って行った。
多喜男は箱を閉じて売るのを止めた。言葉が通じないと交渉の余地は無い。損をするだけだ。関西人の血はそんな無駄な事は許さない。全部定額で売りさばこうかと思ったりもしたが、焦ってみても百万枚売れるわけではないので、吉田さんの商売が終わるのを花壇に座って待った。煙草が欲しくなった。カオサンに戻って鞄を受取る事が出来るだろうか、部屋の鍵も持っていない。それにこの顔だ。タイ人がゲストハウスに泊まる事は無いので入れるかも疑わしい。早苗さんに電話で鞄を預かってくれるように頼むしかないな。それにした所でどうやって本人を確かめる。盗むわけには行かないだろう。困った。やはりお金がいるな。宝くじを売るしかあるまい。一泊四百バーツだから、幾らで荷物を与ってくれることやら、大体何年こんな事が続くのだろう。日本の家に戻れるだろうか。飛行時間は六時間ほどだが、入出国の手続き、それに関西新空港になって市内までが遠くなった。家まで二時間では無理だ。早朝の便で行けば間に合うか、と思ってパスポートの事を考えた、無理だ。出国する事さえ出来ない。
煙草を吸いながら吉田さんが戻ってきた、サングラスをかけている。
「今日は思った通り祈願客が多い。よう売れるわ」と言って煙草を差し出した。マルボロライトだった。一本貰い、ライターを借りて火を付けた。
「じゃあ、そろそろ行きまっか。カオサンに」と言った。
「しかしどうやって、私である事を説明すれば」
「何とかなるて、そこがタイのええとこや。お金を渡せばマンペンライで済む」と陽気に笑って歩き始めた。露天を抜けて駐車場で客待ちしているタクシーに向うようだ。こうやって見ると、宝くじ売りは結構な人数がいた。彼らの何人かは私と同じルーイに囚われの身なのだろうか。駐車場に行き車を掴まえると、吉田さんがタイ語で行先を告げた。運転手はこちらに一瞥しただけで、特に変わった様子はなかった。
あの当たりくじ売った婆さんはどういうつもりで待ち伏せまでしていたのだろう。あの女もルーイの円楼に住んでいたのだろうか。一体、ルーイでどれぐらいの年月を過ごしたのか尋ねてみたかった。
タクシーの窓外から高層ビルが見える。バイヨークタワーだ。チャットプル市場の近くだとガイドブックには書かれていた。
一時間ほどでカオサン近くの宝くじの卸売りをしていると言う、中央センターに着いた。金は吉田さんが払ってくれた。三百バーツでは心許無い。このままルーイに戻れなければ死ぬ事になる。そう考えれば危険な旅だ。吉田さんが一緒にカオサンのゲストハウスに行ってくれた。私たちが入って行くと、卓也君が出会った時と同じようにカフェの奥で漫画を読んでコーラを飲んでいた。事情を説明しようかと思ったが、この風体では信じて貰えるか分からないし、下手な話をして面倒になる事も考えられるので諦めた。
吉田さんは部屋をチャックアウトして荷物をゲストハウスに預かってくれる手続きを頼まれた事にしてはどうかと言うのである。お金を渡せばどうにかなると言う。ただ手持ちが三百バーツでは仕方ない。吉田さんが三千バーツを貸してくれた。いつのまに百枚近くを売ったのだろう。千バーツ札を取り出した。
受付の女性は宝くじ売りが入ってきたので、最初に驚いたようだが、タイ語で吉田さんが説明してくれると納得してくれた。三千バーツのお金が利いたらしい。一ヶ月荷物を預かるのは千バーツだと言った。取り合えず三ヶ月はこれで大丈夫だろうか。鍵を無くしたと言う事で罰金を五百バーツ請求された。色々とお金がかかる。荷物のバックを開けられれば、一万円札が何枚か入っているのだが。
吉田さんがこれでいいねと言うので外に出た。早苗さんに電話をしようと思ったが、電話番号が分からなかった。インターネットカフェに入りたいと吉田さんに言うと。少し商売をしてからにしようと言った、今日は宝くじの発売日の初日に当たるので、毎月買う常連客がいる場所に行きたいという。多喜男は受諾して彼に付いて行った。こんな所で一人になると。ルーイに戻れるか心配だ。
最初に向ったのはスクンビット通りのスターバックとカシコン銀行が一体となった店舗がある前だった。角に外国人や富裕層のタイ人が利用するビラマーケットがある。早苗さんもよく利用すると言っていた、フジスーパーが奥にあるようだ。ソイ33と吉田さんが言った。
買い物客が帰りに見ていくらしい。宝くじは毎月一日と十六日が発売日だ。今日は初日にあたる。5と9が好きなタイ人は自分の気にいった数字を買うために今日買うというのである。
宝くじは貧乏人の商品だろうと思ったがそうでは無いらしい。政府がギャンブルを禁止しているので、このクジが賭博心を満たす市民の娯楽になっている。最初は気付かなかったが下二桁の数字が同じクジをセットにしてホッチキスで留められている。吉田さんが言うのは、それを狙って買う人間が多いそうだ。十枚同じセットを買えば、二十枚で四万バーツになるらしい。それが賭博として成立している所だ、下二桁は百分の一の確率だ。
マーケットの横に花屋がある。見た事も無い花を使って花束や素早く作られていく。結構買っていく人が多い。分かるのは薔薇やポピー、ランの種類ぐらいだろうか。その隣りで、地方から出てきた男が鉢植えを売っている。ブーゲンビリヤやハイビスカスに西欧蘭だ。多喜男はスターバックで珈琲を買いたくなったが、どうやらゴム草履を履いた人間が入って行く場所では無さそうなので諦めた。この国は富裕層と下層が極端に乖離している。
何枚か売れた所で吉田さんが昼飯にしようと言った。どこに行くのかと思ったら、通りの角の前に出している屋台だった。
「日本人やったらええけどな、あんまり外国人の行く店は入りにくいと」吉田さんは言った。
どうやら、この姿でが金持ちとして振舞う事は無さそうだ。何を頼むか聞かれたので、屋台のガラスの陳列台に色々な形の麺があったので、それを茹でてくれるように頼んだ。
吉田さんに教えてもらいながら宝くじを売っていると、何語かにタイ語を覚えた。「幾ら?」「何?」「どこ?」とそんな所だったが。
折りたたみの粗末なテーブルに置かれたクラッシュアイス入りの茶をストローで飲んだ。外は灼熱の暑さだ。老体には堪える所だが、まだ若いカラダは慣れているのか汗一つかかない。今朝あんなに痛かった膝も大丈夫だ。その上、老体で肩がこったり、たまに頭痛がしたが、今は健康体であるようだ。
「何枚売れた?」と吉田さんが聞いてきた。
「全部で三十二枚」と多喜男は言った。
「初日にしては上出来や」
「でも、殆ど定価で。一人だけ二枚セット九十バーツで買っていった客がいたんやけど」
「そうやな。ええ番号はそんなディスカントしてまで売ること無いわ、安うせえ言うたら。売らんと言うた方がええ」
「借金、今日中に返すのはむりやわ」
「それはええ、どうせルーイに居る限りは続くんやから」と店員が持ってきた、米の麺(センミー)に箸をつけた。多喜男もそちらにすれば良かったかなと炒められた太い卵色した麺を掴み上げた。ヤキソバが通じたので、これになってしまった。ちょっと麺が太すぎる。
食べ終わると多喜男はインターネットカフェに行きたいと告げた。
吉田さんは、この辺は外国人がいて高いので、後でもっと現地人が行く安い場所に連れて行ってやると言った。
お金を払い立ち上がった。今度はオフィス街に行こうと言う。歩いていくらしい。
歩いて行った先はオフィスビルが建ち並ぶ通りで、ビルの隣りの駐車場にテントを張った露天が集った場所があった。タイにはこういう場所が多いようだ。吉田さんに聞くとそこはソイアソークと言う通りで、向かい側に証券取引所があった。昼休みに出てくる会社員に照準をあわせるらしい。月末に給料が出た所なので、絶対に売れると言った。証券所に金の好きな輩が集るのは世界共通のようだ。
吉田の言った通り、若い女の子までが結構な枚数を買っていってくれる。5と9が付いた番号には白い紙で90と書いた、それ以外は定価の80バーツで売った。
昼休みも終わり人が閑散とし始めて所で吉田さんに近づいた。随分と売っている様子だった。宝くじを留めていた板箱の内側のコルク版が剥き出しになっている部分が目立つ。
「どれぐらいの利益なんや?」と聞いた。
「結構売れるもんやろ。今日は特別売れる暦やけどな」
「あれから八十枚ほど売れたは。やっと定価以上はキープできた。これさっき借りたお金」と三千バーツを返した。
「次行こうか」と吉田さんが立った。商売などした事無かったが、ゲートボールより面白かった。どうやら関西人の血が騒ぐらしい。
今度は歩いて行った先はルンピニ公園だった。この公園の中にスタジアムがありムエタイの試合が行われる。
「試合は夕方からやさかい、今日戻るんは夜になるけどかまへんな」「大丈夫なん車は?」
「心配せんでええ、ここは四六時中走っとる。ちょっとお金を大出せば行ってくれる。それに今夜はあんたをええ所に連れてってやろ思うてな。初日の祝い酒や」
「それはルーイに戻ってからにしよう」
「あかん、あかん、あそこ酒は持ち込めん、煙草もあかんねや。本来は修行僧が寝起きする場所やからな」
「ちょっと怖いな、寝過ごしたら戻られへんのやろ」
「大丈夫やて」と笑った。
夕方になり、ムエタイを見る客がちらほらと集り始めた。宝くじを見ていくが、全く買わない。吉田さんに尋ねると、スタジアムの中で闇の賭博が行われているので、そっちを買うために控えているのだろうと言った。帰り客を狙うと言ったが、多喜男はどうしても早めにルーイの円楼に戻りたいと言った。このまま現地人になって、恵美の事を忘れてしまうわけにはいかなかった。父親、いや人として。
4. アリス
円楼の部屋に戻ったのは十二時を過ぎていた。吉田さんがどうしてもパッポンのゴーゴーバーに行こうと言うので、少しだけ付き合い現地人が水着姿で踊る淫靡なクラブに入った。鼓膜が破れる程、煩く音楽が鳴っていた。彼がハイネケンのビールを頼んでくれたが記憶を失うんでは無いかと言う思いが先に立ち喉を通す気にはなれなかった。瓶を持上げては舐めるように味わう。それでも若い女の肌を見せられる視線は釘付けになった。こんな事をしている場合では無いと思うのだが、この年になっても性欲には太刀打ちできなかった。
戻ってみると吉田が執拗に遊んで行こうという理由がわかった。現金は全て集計され取り上げられる仕組みになっていた。私の残高は百九十九万八千二百四十五バーツ。ゲストハウスにお金を支払ったので、今回の外出は赤字になってしまった。吉田さんは、こちらの残高を見たくせに、自分のは見せてくれなかった。今日は結構儲けて帰ったようだ。
インターネットのメールも使う事は出来なかった。今度、外出する時は早苗さんにメールをしなければいけない。
しかし何と言えば良いのか?
地方に旅行に出たと言うのが一番手っ取り早いだろう。いつ戻れるとは言えないが心配はかけたくなかった。
その日は夜更けになっても、ちっとも寝付けなかった。未だに明日の事を心配していた。
翌朝、少し寝不足の頭を振りながら寝台から出た。太陽の光は円楼の真上から注ぎ込み、朝方は少し薄暗い内庭にも十分な明るかった。痛む足を押さえながら階段を下りた。
昨日と同じ飯屋でお腹を満たすと少し歩いてみることにした。本当にここを出て行く事は出来ないのか、確かに外に出る門は無さそうだが、窓はあるのでロープ使えば出れなくも無い。ただ見る限り密林が地平線まで連なっていた。今の所は試してみようと言う気にはならなかった。吉田さんの言葉を信じれば当たりくじさえ売れば元通りになる。無理をして飛び出して見ても良い事が起こるとは思えなかった。それが戦後の昭和という時代を愚直に過ごしてきた男が見つけ出した生き方だった。国の政治家や権力者を信じたわけではないが、たて突いた所で世界が変えられるわけではないし、従っていれば酷い事はしないと思えた。
だから選挙はいつも自民党に投票した。結果的に小さいながらも家を手に入れることが出来た。その中には便利な電化製品も揃った。多喜男に興味は無かったが後妻にはヨーロッパの有名なブランド物の衣類や貴金属を買ってやることも出来た。そして、こうやって空を自由に飛び他の国を観光して周る事も出来る。
だが今は全てが虚しかった。一人になるまで運命など考えた事もなかった。最近はその事ばかり考えるようになっていた。
間違っていたのだろうか?
念仏を唱えて死を待つにはまだ早すぎた。
未来に生きるはずだった命を生贄にして幸せになっていたのだとしたら来世は地獄を味わう事になるのだろうか。
日本は失敗した国ではなかった。今はそれ以上を求める人達が増えただけだ。そい言って老人会の皆には宥められた。
だが若い人達の老人を見る眼には尊敬の色は薄かった。また老人達もそれを知って権力や縄張りやお金に固執した。人とはそんなものだ、いくつになっても煩悩からは逃れられない。その言葉で済ませるのは簡単だった。だが違うような気がした。いや他に進むべき道があって欲しいと願った。
恵美を探す旅は始まったばかりだ。人生の醜い部分にペンキを塗りたいだけかもしれない。それでもしないわけには行かなかった。家も家財も全て処分した。遺言書も作成した。あの梅田のスポーツショップで小生意気な店員の説明を聞かされた後だった、多喜男は鳥になりたいと思った。鳥かごから出てみる時だと。恵美が見つかっても恨み言を言われるだけかもしれない、それでも良いから、あの子の二十年を知りたかった。無責任で無慈悲で利己的な時間を過ごして来た。醜い姿が恵美の瞳には映っていた事だろう。今になって気づいても遅いが、多喜男が掴んできた繁栄の裏には取り返しのつかない大きな喪失がある事を感じていた。
そんな時代だった、誰もそれを責める人はいない、ただ若者はそんな事ばかりしてきた愚老を尊敬はしない。なかには賢者もいるだろう。圧倒的に少ないように思えた。多喜男には日本人が崩壊の道に進んでいるようにさえ感じた。子供を生まない女達が増えたのはその兆候なのかもしれない。全ては大家族の崩壊で喪失していく和の誇りを上手く子供達に伝えられなかったせいだ。この代償が次の世代にも波及し。どんどん無責任で、近親憎悪が渦巻く社会を生み出しつつある。インターネットの世界がそうだ。二十年前、パソコン通信をしていた頃は皆無だった。日本人は日本人をとても醜く感じつつある。アメリカやヨーロッパに出て行ったスポーツ選手のインタビューでもそれが分かった。海外で生きていれば嫌でも血筋を精神的支えにしたくなる。だから彼らは苛立ってしまうのだ。誇りにしたい自国の民は群れるばかりで勇気を与えてくれない。宗教心を弱め、大家族主義を崩壊させ、経済を膨らませる事のみに囚われた。手にした経済力に見合うだけの精神性は壊れたままだ。豚に真珠も良い所だ。ゲートボールなどしている場合では無い。
奇怪な旅になってしまったが、目に見える利己だけに踊らされて生きてきた者に対する報いだと思って受け止める事にした。
祖堂を抜けると、家畜が騒々しく走り回った。鶏の他に兔や豚もいた。シャム猫が塀の上から灰色がかった青い目でこちらを窺っていた。
目の前を透明なものが流れてきた。シャボン玉だ。洗濯をしている中年の女の隣りに座り。一人の少女が藁で作ったストローで飛ばしていた。小さい球体が連続して空に舞った。白いワンピースを着ていた。現地人にしては肌が白かった。中国人だろうか?
多喜男は歩いて彼女に近づいた、もしかしたら日本人ではないかと言う期待があった。言葉の通じる人が吉田さん一人では、どうしても彼の情報に頼る事になる。他の人の話も聞いてみたいと思っていた所だった。
彼女は洗濯用のタライを裏向けにした上に座っていた。気が向かなかったのだろうか。
どう言って良いかわからなかったのでタイ語で、
「サワデーカップ」と挨拶した。この言葉以外は、まだうる覚えで出てこなかった。少女はこちらを一瞥してまたシャボン玉を吹いた。無視されている気がした。老人をやるにはそれぐらい我慢できないとやってはいけない。こっちも呆けた振りで対応する時もあるのだから。
「お爺さん、にせうみがめの話を知っている?」と女の子はうがい用のコップに入った石鹸水に藁をつけながら言った。年は十代のように見えた。恵美が失踪した年と同じぐらいか。女性の化粧顔に慣れてしまったせいで、全く手入れをしていない彼女は幼く見えた。
「日本人なんか?」
「知らないの?」
「海亀なら知っとるんやけど、にせってなんやろ?」
「じゃあグリフォンの好きな物を知ってる?」と続けた。小ばかにされたような気がした、これぐらいの年の女の子は老人をからかうのがよほどお気に召すらしい。
「グリフォンってなんやろ、新種の魚かなんかなん?」と言うと女の子は含み笑いをした。
「グリフォンって言うのは、身体の上半分が鷲で、下半身が馬。そんな事も知らないの」
飛行機の中で映画を見た際に、そのような動物が出てきた。ハリポッターと言う子供用の映画だ。さすがに大ヒットするだけあって緻密に作られており大人が見ても楽しめた。ポッターを乗せて空を飛んだな。好きな物?
捕食のシーンは無かったかぼちゃ畑に繋がれていた。
「かぼちゃかな」
「ブー、不正解。光るものでした」
「それじゃカラスと同じだ。鳥類は目がいいからな…」と言うと、さっきまで続けていたシャボンを止めて、こっちを向いた。可愛い顔をしている。睫が長く少々たれ目だ、小さな口元に笑窪が出来るまた言い始めた。
「カラスってカドリーユ踊りは知ってるのかな?」
「君の名前はなんて言うんや?」とちょっと焦れて話を切った。
「アリス。ねぇ、お爺さんカドイーユ踊りをやってくれない」とまだ続いた。最近の女の子達は私の知っている日本語以外に難しい言葉を使うようだ。
「安来節なら、少々足しなんどるけど、他の踊りは」
「じゃあ、それやってみてよ」
「いや、それには用意するものがあるんや、手拭とどじょうを入れる魚篭。それに笊がいるわ。出来たら紐と五円玉もあった方がええ」と言った。
「じゃあアリスが用意する、明日見せてね」
「そう、そうかいな」と言った。
「所であんたはどこから来たんや、関西の訛りは無いようやけど」
「川岸、おねえちゃんと一緒にいたら、チョッキを来た兔が現れたの、付いて行ったら大きな穴があって」と女の子が言い出したので、それがルイスキャロルの書いた『不思議の国のアリス』だと気づいた。そのお伽話は世界的に有名だ。多喜男も大昔に子供達に絵本か何かで読んでやった事があった。そのアリスを真似ているのか。
「日本ではどこに住んでたんや?」と言うと、それには答えずシャボン玉を吹き始めた。彼女の興味のある事を探さなければと、記憶を探った。カドリーユ踊りは確かロブスターが出てくるのだったな。他にトランプの王様と王女。ドードー鳥も出てきた。さて何をしたんだか。スナーク狩りはキャロルの詩だから関係ないとして。
「芋虫は忠告を覚えとるやろか、ちょっとここでは大き過ぎるんで小そうなりたいんやけど」と言うとアリスはこちらを一瞥した、仕方ないと言った顔で、藁をまたコップの中に入れて洗濯場の脇に置いた。
「そんな事も知らないの?」
「いや忘れてしもたんや、随分前の話やから」
「教えてあげても良いけど、お爺さんは何をくれるの?」とこっちを険しい顔で睨んでくる。
「そやな」とポケットを探ったがろくな物は無い。散歩の途中でこのありさまに陥ったものだから、飴玉一つ持っていなかった。煙草ってわけにはいきそうににない。他にあるのは財布とゲストハウスの鍵ぐらいのものだ。
「それはなに?」とポケットを探って出した物を側にあった木の丸椅子に置いていると、アリスは目を輝かせた。特に変わったものは無い。
「それをくれたら話してあげる?」とアリスは言った。やっぱり金かと多喜男は財布を取り上げた。芋虫の忠告は覚えていたので、彼女から聞く必要はなかったが、財布から千バーツ札を取り出した。
「これでどうやろかと」と言うと、彼女は違うものを指差した。
「鍵が欲しいんか?」
「ちょっとそれを見せて」とゲストハウスのキーホルダーがついた鍵を求めた。多喜男がそれを渡すと。真剣な目つきでそれを見詰めた。単なる312号室の鍵だ。
「これ昔見たことがある」と顔付きが変わった。
「思い出したのか?」
「私、どうしたんだろう?」
「名前は?」
「美奈。戸部美奈よ。お爺さんは誰なの?」
「私は室戸多喜男だ」
「そう。どうしたのかしら私……」と言うと鍵を持ったまま走り去ってしまった。追っかけようか迷ったが、どこにいけるわけではないので諦めた。老人がかけっこなどして転んだりしたら、余計に厄介なことになる。時間はまだあるんだ次に繋がる。
部屋に戻ろうか迷った、吉田さんも見かけなかった、今日も宝くじを売りに外に出掛けたのだろうか。試しに吉田さんの部屋に行ってみたが誰もいなかった。
まだ三日目だと言うのに、ここでの生活に馴染み始めていた。電気が通ってないので不便な事はあったが、それを気にしなければ、それ程苦痛になるわけでは無かった。食事にはお金は要らないし、年も取らないので死ぬ事も考えなくて良い。ここで暮している人は様々だが、特に争い事があるわけでもない。太陽が昇り静かに時が経って行った。多喜男が望んでいた生活かも知れない。物寂しさを除けば良い環境だった。後は恵美を探す方法だ。インドに行ったらしいと言う事を聞いた、三年程経って、秀夫が一人でバンコク行き得てきた情報だった。ただどれ以降の足取りは見つけられなかった。ゲストハウスで恵美と一緒だったと言う大学生の男は、ラオス国境のバンビナイ難民キャンプで少しボランティア活動をした後、インドに行くと言っていたと、私にも同じ事を言った。今は前橋で中華料理屋をやっていた。二十年も前の事なので、他の知合いがいたかどうかは分からないと言った。そして一ヶ月後に来た手紙があると見せてくれた。特にどうという葉書ではなかった。旅の無事を告げるものだった。消印は、彼によると ムボンバエだそうだ。
情報はそれだけしかなかった。ムボンバエのどこに宿泊しているかなどは書かれていなかった。
夕暮れまでずっと部屋の前の廊下に置かれた椅子に座り物思いに耽っていた。恵美の書いた絵葉書を持ってこなかった事を後悔した。ゲストハウスに戻って荷物を取り出した方が良い。だがここには持ち込め無いので置き場所が無い。アパートでも借りようとも思った。キャッシュカードが使えれば二百万円は引き出すことが出来るのだ。だか、今度は財布を街に持ち出すことは出来ない。と言う事はキャッシュカードも使えないと言う事だ。
ポケットの財布から高校生の頃撮った恵美の写真を取り出した。唯一ここで見れる家族の写真だ。亡くなった妻と息子の写真も鞄には入っていたがここには持ち込んでいなかった。秀夫は……。と思って首を横に振った。あの子の写真は整理した荷物の中に入っている。今は貸し倉庫の中だ。
モノクロの写真を見ていると、昔の事を思い出した、先妻も元気で恵美も毎日笑顔を見せてくれた頃の話だ。
あの子は本を読むのが好きだった。そこだけは私に似たのかも知れない。将来は新聞記者になりたいと小学校三年年生の文集に書いていた。正義感の強い子だった。
皆が幸せだった頃だ。すぐに病弱だった先妻は心臓の病気で入院し、一ヶ月もしない間に息をひきとった。
あの子は葬儀中も泣きはしなかった。弟の秀夫の手をずっと堅く握り締めながら青い顔で多喜男を励まし続けてくれた。
「お父さん大丈夫、大丈夫と」と顔色を窺うように何度も聞いた。私は勘違いしていた。恵美は強い子だから大丈夫だと。そうではなかった頼りない父親と、幼い弟の前では涙を見せる事は許されないと必死で我慢していただけだ。その事にさえ気づいてやれなかった。
恵美が一度だけ感情を爆発させた事がある。母親の編んでくれたセーターを後妻の信子がボランティア団体に寄付してしまった時だ。恵美はそれを取り戻すために一人で各地を駆け回った。
そして見つからなかった。憔悴した顔で帰ってきた恵美は後妻の信子に「鬼!」と言った。その場では恵美の激高に負われて何も言えなかった信子はベットに入ってから謝らせないないなら、私は出て行くと言った。信子が知っていて、そういう事をしたと、その時に分かった。自分に懐かない恵美に対して、先妻への思いを断ち切らせる為にやったのだと言った。多喜男はその言葉を信じて、恵美に無理やり翌日謝れと怒鳴った。恵美は裏切られたという顔をした。あのセーターは母親が入院していた病床で命を削って恵美に編んでくれた遺品だ。そんな事を父さんは覚えていないのと。
それ以降、信子は先妻の影を消す事にせいを出した。いつの間にか仏壇から先妻の写真が消えていた事には驚いたが、もう誰もその事を言ったりしなかった。多分、恵美はその頃から家を出て行くことを考えていたのだと思う。
どうしてこうも昔の事ばかり思い出すのだろう。
多喜男は写真を財布に仕舞った。
顔を上げるとアリス、いや美奈がこちらを階段の上り口から見ていた。
涙を零しているんではないかと、恥ずかしくなり手で顔を擦った。
「どうしたんや、鍵を返しにきたんか?」
「これ、どこの鍵?」
「カオサンや、ゲストハウスに私が泊まっていた時の鍵や」
「それはどこ、私も行きたいんだけど」
「そうかいな」
「連れてってくれる?」
「それはええけど。大丈夫なんか?」と言葉が出た。また不思議の国のアリスが始まると困る事になる。
「今は大丈夫。少し思い出して来たから」と言った。
「じゃあ明日でも出て行くとするか」と言うと、美奈は笑窪を見せ微笑んだ。
5. カオサンストリート
昨夜、吉田さんが戻って来る頃を見計らって彼の部屋に行った。美奈の事を聞くと口が重かった。彼女は外に出て一週間帰ってこなかったらしい。隣りの部屋に住む男が連れて帰った時は、殆ど記憶が残ってなかったと言う事だった。
出来れば吉田さんも一緒に行って欲しいと言ったが、二日も続けて出たので明日は休みたいと言った。その代り帰り方を何度も多喜男に暗誦させ、外に出るカラダも指定した。売る場所はこの前教えた場所にしろ。時々縄張りの事をを言って来る奴もいるがルーイの者だと言えば大丈夫だと言った。
美奈と多喜男は洞窟を抜けて寺院の裏側に出た。そこでお金を作ろうと美奈に言うと、美奈は板箱を開きすぐに二百バーツを手に入れた。一枚二十バーツ。半額で売るのだから客は幾らでもいた。そんな事はどうでも良いといいたげだった。
多喜男も金を作りたいと告げると、早く行くんだと言って聞かなかった。美奈は肌の浅黒い顎が少し突き出た女性のカラダを使っていた。これでも一番若い女を選んだのだと言って嘆いた。全く魅力がないと言うわけではなかったが、彼女の年齢より十歳以上老けていて、顔も決して美人というわけではなかった。街を歩いていても男の視線を誘う事のない平凡な現地人の女だ。外見というものはここまで影響するのかと思った。ルーイにいる時の姿なら我侭も愛嬌に思えたが、今の姿では素直に聞いてやる気が起きなかった。それでも態度を変えれば彼女が気落ちするだろうと思い自分を諭しながら頷いた。
タクシーに乗り込むと美奈はカオサン通りでは無く、マーブンクローンと言った。
デパートで服を買うと言うのである。年頃の女の子なんだなと改めて思い直した。
デパートは間口の広い大きなビルだった。現地人の学生が沢山行き来している。美奈は中には入らず宝くじの入った板箱を開けた。資金が無ければ買えない事は自覚しているようだ。また安売りが始まった。多喜男もお金を作ろうと板箱を開けたが、美奈が半額で売るものだから、客は宝くじを見るだけで買ってはくれなかった。それどころかディスカウントしろと煩く言った。この状態ではどうも分が悪いので、美奈から少し離れて交差点のあたりまで出た。思ったより客は興味を示さなかった。どうしても少しはお金を手に入れて置きたかったので美奈と同じように少し安くした。三十五バーツ。関西で生きて来た多喜男には美奈のように明らかに赤字を覚悟して売る気にはなれなかった。ケチなのである。
客は何人か寄って来た。彼らが好む、5や9の数字を目に付くところに貼り付けた。
「サムシップハ」と吉田さんの特訓を受けたタイ語で金額を言った。客は目配せをして騙してないだろうなと何度もクジを確認した。それでもセットで五組を買って行った。
いいカモはいないかなと、デパートの周りを巡った。どうやら吉田さんの戦法は正しいようだ。中々買ってくれる客はいなかった。
平日のデパートは思ったより人の出入りが少ない。休日でないと駄目なようだ。
上手くいかなかったので板箱を閉じた。暫く歩くと輸入物の煙草を売っていた老女の籠にマイルドセブンを見つけた。本当にこれを買うのかというような事をタイ語で言われたので頷いた。日本の煙草を吸うタイ人は珍しいのだろうか。確かに二倍の金額がする。残金が三百バーツを切ってしまった。
老女の脇に座り煙草に火を付けた。宝くじに興味を示したので板箱を開いて見せてやる。また三十五バーツだと言うと。老女は懐に仕舞っていた皮袋から皺くちゃになった千バーツを出し、三十枚買うと言った。五十バーツ足りないがまけてやった。これで今日も赤字だ。
煙草を吸い終わり立ち上がると美奈が近寄って来た。板箱を持っていてくれと言う。それはそうだな、デパートの中にこの恰好では入りにくい。下手をすると警備員に追い出されるだろう。
「いくら稼いだんだんや」と言うと五千バーツと言った。日本円で一万三千円だ。それ位で果たして若い女の子が好む服が買えるのだろうか。日本でならユニクロと言った所か。多喜男はデパートに用は無かったので素直に頼みを聞いてやった。一時間したら戻ってくるから待っていてくれと言って走って行った。どうも外見が違うと言葉のギャップを感じてしまう。可憐な娘の言葉が少し腹の出たゴム草履を履いた薄汚れた女の口から出ると、どうも調子が狂った。テレビ番組のコントを聞いているようだった。
千バーツ出来たので、これと言ってお金を使うあての無い多喜男は、インターネットカフェを探した。この恰好で店に入るのは少々気が引けたが。断られれば仕方が無い。
信号を渡った通りの向かい側に小さい店が見つかったが、結構込み合っていて客は若い外国人ばかりなので入るのを躊躇った。少し歩いていくとDVDレンタル店の二階にパソコンが数台並んでいるのが見えた、多喜男は板箱を閉じて中に入って行った。奥のエレベーターに乗り込もうとしたら、店員がこちら睨ん出来たが無視してそのまま上がった。
二階にはパソコンの端末が二十台置かれていた。先ほどより店内は広いが客は一人だけだった。それもネットゲームをしていた。多喜男が席に座るとゲームをしていた男が寄って来た。どうやら彼は店員のようだ。使うのかと聞かれてるようだ。多喜男は吉田さんに聞いたタイ語を思い出した。肯定ダイ、否定はマイダイと言えと教わったので
「ダイ、ダイ」と言ってみた。男はパソコンのマウスを動かしブラウザーを開くとユーザーIDとパスワードを入れ「OK」をクリックした。タイ語のMSのページが現れた。どうやら使えるようだ。
多喜男は早速、日本で使用していたフリーメールの受信箱を開いた。広告のメールを除けば老人会の知合いから一通届いていただけだった。多喜男が頼まれてパソコンを教えた老人会の役員をしている人だ。七十の手習いだとその爺さんは笑い。熱心にメールを送るのを趣味としていた。早苗さんからメールが来ていないので少しがっかりした。多喜男には数週間に感じられる時間だったが。実際はまだ三日目だ。一人身の老人の心配などしても始まらないかと溜息を付き。メールボックスをそのまま閉じた。
店員がゲームに熱中していたので、少しニュースのページを開いた。日本では雪が降ったらしい。春先の積雪としては観測史上五番目に遅いのだそうだ。他には年金改革の話が出ていた。郵政民営化が成功して政府に潤沢な資金が出来ないと、それも難しいだろう。スポーツは大相撲の春場所が始まっていた。相変わらずモンゴルからの横綱が勝ち星を伸ばしていた。日本人はからっきし駄目だ。国技なのに情け無い限りだ。野球もオープン戦が始まった。いつもオープン戦に強いはずの阪神が連敗していた。監督の渋い顔がスポーツ新聞のホームページに掲載されていた。
その後、タイの宝くじの事を検索してみた。
ルーイと言うのは、タイ王国の北東部国境に位置する街だ。沢山の農民が出稼ぎで宝くじ売りをするためにバンコクに出てくると書かれている。過疎部への仕事斡旋を目的として許可証を発行したらしい。全体の三十パーセントを締めている書かれている。定価が四十バーツと言うわけでは無いようだ。決まった値段は無いと書かれている。三日前の当選番号を掲載したホームページがあったので番号を調べたが、そこには載っていなかった。宝くじは色々あるらしい。闇のクジが問題になっていると書かれている。
円楼の事が載っていないかと調べたが見つからなかった。書かれているのは中国の福建省や広東省の山岳地帯だけだ、タイにあるとはどこにも書かれていなかった。
多喜男と同じ体験をした人間がいれば、少しはヒントを書いているのではないかと期待したが無理な相談のようだ。
タイの日本大使館のページを開いたが海外安全情報には睡眠薬強盗の危険情報しか書かれていなかった。大使館で相談すれば解決策が見つけられるだろうか。ただルーイに戻れないような事になれば記憶は消えてしまう。今直ぐ駆け込む気にはなれなかった。説明をしても信じて貰える自信がない。
新生銀行の預金の残高を確認すると先日引き出した五千バーツが記載されていた。この金を使う方法は今のところ無かった。クレジットカードは番号を暗記してくればインターネットショップで買い物をする事は出来る。貴金属品を買って換金すれば問題ないだろう。
他に見るものはないかとい耄れた脳細胞を外から小突いて見たが良い発想は浮ばなかった。ルーイの入口に繋がっている、あの寺を調べようかと思ったが、名前を知らなかった。今度来る時は聞いてこなければいけない。
四十分程経ったのでインターネットを切り上げ、マーブンクローンに急いだ。携帯電話がないと不便だな。一台、また同じのを買っておくか、ルーイに持って入れないなら、とりあえずコインロッカーにでも置いておけば良い。カオサンに置いた荷物もそうできないものか。本人でないと渡しはしないだろうな。方法を考えなくてはならない。
そう思いながら店を出て、マーブンクロンの正面玄関に向った。
交差点で信号待ちをしていると、店から花柄のタンクトップに黒のスパッツを履いた派手な女がサングラスをして出てきた、それが美奈だと気づいたのは交差点を渡りきってからだった。メイクもしているので幾分若く見えた。髪をビーズの髪留めで後ろに纏めている。変われば変わるものだ、彼女は店に入る男客の視線を誘っていた。
「随分変わったやなないか、綺麗になったで」と言って近寄った。日本語を話したので周りにいた現地人の視線が集った。面倒なので美奈と少し人のいない方に歩いた。日本語で会話する変な人達と見られたようだ。英語ならまだしも日本語は日本人しか話さないのが当たり前だ。美奈は嬉しそうに笑った。顔の作りだから仕方ないか。ゴム草履も踵の高いハイヒールに変わっている。
こんな恰好で宝くじ売りをして良いのだろうか、見かけた中には一人もいなかったので少々不安になった。制服があるわけではないと思うが。
「カオサンに行くか?」と多喜男が言うと美奈が頷いた。タクシーに乗り込み車を向わせた。
一昨日も来たので、カオサンは少し道が分かりかけていた、と言っても一本の通りだけだが。
多喜男は宿泊していたゲストハウスに向った、美奈が後ろから付いて来る。
店の前に来ると美奈が急に後ずさりした。
「そこの店だけど、思い出したんか?」
カフェには一組のファランのカップルがいたが、卓也君はいなかった。彼に今の状況を説明すれば理解してくれるだろうか。こんな事になる前に最後に話した日本人だ。多喜男だと証明出来た所で状況が変わるわけではないが、荷物を受取る手助けになるかも知れない。それに彼は何度もタイを訪れていると言っていたので、もしかするとルーイの円楼について何か知っているかもしれない。彼がゲストハウスをチックアウトするまでに行動に移した方が良いかも知れない。
美奈が、いや美奈の借りたカラダの口元が震えていた。
「どうしたんや、何なら部屋を見せてもろうたらどないや、わしの恰好やと不信に思われるかも知らへんけど、あんたが日本語を喋ったら大丈夫やろ。同じアジア人なんやし」
「お茶でも飲む?」と美奈がやっと口を開いた。
多喜男は言葉を返さずオープンカフェに座った。珈琲を頼むとウェイトレスに変な目で見られた。みすぼらしい姿で入って来て欲しくないらしい。こっちだって好きでこんな恰好をしているわけではないので無視を決め込んだ。日本語以外は使えないので困ったものだ。美奈は落ち着かない様子だった、こちらを見て煙草をくれと言うので、渡してやると火を付け一息吸うとむせ返り身体を曲げて咳を繰り返した。今のカラダは煙草に慣れていなかったようだ。そう言えばタイ人の女が煙草を吸うのは見たことが無い。
「大丈夫か?」と苦しそうにしたいる美奈にテーブルの上にあったテッシュを渡してやった。煙草のせいか悔し涙なのか目が赤く染まっていた。
飲み物が来て落ち着いた。家で朝は珈琲を飲む習慣が長年あったので、それだけがルーイにいて辛かった。煙草も無くなれば困るだろう。お酒は今の所は無くても大丈夫だった。美奈はコンパクトを開きメークを直し確認した。可哀想な事にそれ程変わるわけではなかった。女性にとって美貌が失われるのは辛い事だろう。多喜男は既に暖かくない使い捨てカイロ状態だったので気にはならなかったが。逆にカラダに火が入ってしまったので困る部分もあった。便所に行くと見慣れないアレは元気だった。今更元気になっても使い道は無いのだが、吉田さんに連れて行かれたゴーゴーバーでそれを確認した。この年になっても興味はあったが、数年前から使い物にならなくなっていたので余りその手の事には近寄らないようにしていたのだが。
「ねぇ、おかしくない?」と鏡で確認していた美奈がいった。正直に感想を言うのは憚られたので。
「綺麗だ」と言った。こんな所で泣き出されても困る。カラダと違って心はまだ十代の女の子だ。アリスの話が始まるのだけは避けたかった。
「一昨日もここの来たから、店員はちょっと怪しんどるな。どうして宝くじ売りが日本語話すんやと思てるんやろ」
「そうね」と気のない返事をした。
「それで、どないなんや。ここに思い出でもあるのんか? もしかしてわしと同じように、ここの泊まってて……」
「違うわよ」
「そしたら何であの鍵を見て顔色変わったんや?」
「それは」
「あんたルーイのあの円楼にどれぐらい住んどるんや?」
「関係ないでしょ!」と強い調子で美奈は言った。円楼の中での姿なら、尖った言葉も致し方無いと思えたが、目の前は違う姿だけに次の言葉が出た。
「誰かに会いに来たんやないのんか?」
こちらを睨みつけた。それも違う。美貌が無ければ、そんな態度は通用しない。女が時間をかけて念入りに化粧をする意味が分かったような気がした。
黙って多喜男は珈琲を一口啜った。
この通りには旅行者が多く集っているので目立ちはしなかったが、珈琲を飲んでいる宝くじ売りはいなかった。彼らは一様に粗末な服装をして路上に座っている。板箱を持っていなければ乞食と間違えられてもおかしくない。タイでは極貧な出稼ぎ労働者がする仕事だと思われていた。また盲人や障害者が売っている姿が目立つ、吉田さんの話だと、その方が特殊な能力があり、くじが当たる確立が高いと信じられているからだそうだ。
宝くじが売れるのは良いが少しスマートな男の身体を借りなければ、おちおちレストランにも入れない。毎回、屋台では気が滅入る。美奈のように洋服を整えて小奇麗な恰好をした方が良いな。このカラダしか使った事はないので、販売成績がどう変化するかわからないが。別に気張って売りさばいた所で成就できるわけではない。
路上の物売り達が同じ粗末な服装の男が外国人の座る席で珈琲を飲んでいるのが気になるのか、何度もこちらに視線を送ってくるので居心地が良くなかった。
出ようかどうか迷っていると東洋人の二人連れが店に入ったきた。卓也君だ。小柄なタイ人の女の子を連れている。若くてはちきれそうな身体を短いスカートとシャネルマークのTシャツが包んでいた。卓也君が恋人を待っていると言っていた事を思い出した。
彼らが席に座ると、美奈は卓也を睨みつけて視線を外した。
「どうかしたか?」
「なんでも」と険しい顔をした。
「知合いか?」
「出ましょ!」と美奈は立ち上がった。多喜男が清算を頼もうとすると、そのまま外に出て走り出してしまった。生憎ポケットには皺くちゃの千バーツ札しかなかった。清算をしてお釣りを貰うと彼女を追った。
通りの外れだった、美奈は小さな噴水のある花壇の前に腰を下ろして飾られている蘭の花を見ていた。
厄介な事になるかもしれないと言った吉田の言葉を思い出した。
かなりの記憶を忘却しているらしい。痴呆のような感覚だろうか。多喜男の年になると人は呆けるのを恐れる、老人会に行けばそんな話ばかりだ、呆け防止に何を食べた、どんな運動を始めた。仕事だけにせいを出して生きてきた戦中派の男達も趣味を持たなければいけない。そうしないと呆けると脅かされるからだ。ちょっとピントが外れた事を言おうものなら哀れむ顔で話をされる、だから無理にでも元気なふりをして老人会のゲートボールには参加する。一人暮らしの老人が毎日野鳥など眺めていたら、完全に町内で呆け老人扱いとなってしまう。民生委員や、介護保険士、保健所の人など、親切な人が尋ねて来て、面倒な事になってしまう。
だから多喜男は出来るだけ多趣味で元気な老人を演じた。おかげで老人の遊び友達に事欠かないが、葬式にも事欠かない生活が一年続いた。
そのうち自分が何をしているのか分からなくなった。こんな調子で、日本の平均年齢まで生きるとすると、まだ十五年もある。気が遠くなるような年月だ。バックを買って良かったと思った。あのまま死んでいくよりは今のほうがいくらか意味のある時間に思えた。秀夫には今さら姉さんの事を言い出すなんて勝手な願望だと叱られたが、そうでもしないと生きていられなかった。呆ける事も許されない世界で、毎日お祈りだけをして暮すのは辛かった。孤独と戦う事をしなかった人生の報いだとも思えたが。どうしても恵美に一目会いたかった。後は一人で白熊のようにゲートボールをやり、快活な老人を演じて死んでいく。木賃宿で孤独死がお望みなら、それでも良かった。
「ごめんね」と美奈が言った。
「大丈夫なんか?」と近寄り尋ねた。
「日本人を見たら悲しくなっちゃって。あんな姿には戻れないのかなって」
「そんな事あらへん。いつかは当たる。五十年後が百年後かわからへんけど、地球が消滅せん限りは大丈夫や」
「五十年後って、どんな恰好して歩いてるんだろうね?」
「それはわからへんけど、わしが子供の頃はモンペやった。みんな防空頭巾被って髪にパーマもかけるのも許されへんかった」
「モンペ」
「B29が爆弾をいっぱい落としよった。今のイラクみたいなもんや。チョコレートやチューインガムも落としてくれたけどな」
「お爺さんは戦争知ってるの?」
「ちょとだけな、まだほんの子供やったさかい、あんまり覚えてへんのやけど」
「私は後何年生きるのかな」と言って寂しそうに笑った。
「部屋は見んでも良かったんか?」
「昔が戻ってくるわけでもないし。それよりどっか遊びに行こう。お爺さんスケートできる。バンコクにも滑れる所あるんだよ」
「それはちょっと無理やな。今度はもっと年少の体で来るわ」
「お爺さんは良いね。若くなるだけだから」
「年取った身体には、それなりの魅力があるかも知れへんやろ」
「そんな事無いよ。私が元の姿で宝くじ売ったら絶対楽勝やと思う」
「そうかもしれへんけど、それは戻ってからにとっておき」
「今度は百歳過ぎたお婆さんになって。二十歳の身体に戻るわけか。恋愛は無理よね……」
「そりゃわからへんやろ」
「孫のような男の子。ツバメどころか、そのの子供となんか」と言ってた噴出し笑った。
恵美も良くとっさの冗談を思いつき笑わしてくれた。本当の気持ちを隠して。強い子だから大丈夫。勝手な言い回しだ、そうやって狡賢い人間は責任から逃れようとする。弱いから言葉で煙幕を張る。泣かない子供は強いからではない。大人に失望したからだ。そんな事が一人になるまでわからなかった。後妻の信子も末の子供も強がりを言ったりしなかった、放って置けない程、激しく感情をさらけ出した。守らなければいけないと思っていた。そうやって年月が経った。失った時間は大きい。今度の事がなければ一生その事に気づかずに死んでいた。
「スケートに行ってみよか。まだ時間は十分んにあるさかい」と美奈に向って言った。スケート靴さえ履いた事がない。老人会で試して見ておくんだった。骨折の危険があるスポーツは禁止されただろうが。
「うん」と美奈は大きく頷いた。
「ここから近くなんか?」
「伊勢丹の七階。タクシーで行けばすぐだから」と立ち上がった。
「この恰好はあかんな。他に着替えがなかったもんやさかい。一体いつ縫うたもんやろな」と着ているシャツを裏返してみたがタグは付いていなかった。
タクシーがラチャダムリ通りに入った。大きなデパートが連なって建てられている。噴水や樹木が植えられた遊歩道が入口まで続いていた。
同業者の宝くじ売りが何人か入口付近に屯していた。板箱を閉じて視線を合わせないようにして中に入った。美奈がエレベーターで行きましょう言うので、そちらに向った。出来れば少し羽織るものを買いたかったが仕方が無い。どうせ見学をするだけだと思いエレベーターに乗った。
リンクは思ったよりも広い、指導員のような黄色い服を着た男に付き添われて数人が滑っていた。端の方では大学のサークルなのか若い現地人の子達が固まって練習をしている。
スケート靴と靴下を借りなければいけない。多喜男は見学するつもりだったが、美奈が無理に進めるので仕方なく靴をはいてリンクに出た。
思ったより難しい。生まれて初めてだったので立っている事さえ出来ない。最初は美奈に手を引いてもらい中央まで滑り出たが、手を離されると後ろに転んだ。思ったより身体の反応が早くて尻餅をついて止まった。老体なら受身も取れず腰辺りを傷めている所だ。これは無理だと判断し美奈にリンクの端まで連れて行ってくれるように言った。彼女は風を切るように一瞬でリンク中央に滑っていった。山陰も冬場は気温が低くて良く雪が降ったがスキーが主流だった。多喜男は諦めて観客席に出て美奈を見ていた。スピードを上げ華麗にターンする。素人の滑りではない。三回転ジャンプとは行かないまでも一回ぐらいなら空中で回転出来そうだ。
タイの冬季には北欧のスウェーデンやフィンランドから沢山の人がタイにやって来ると書いてあった。スケートが出来ると聞くと驚く事だろう。最も似合わない遊技場だ。
スケート靴を脱いで、脚を揉み解した。どうも自分の身体ではないので違和感があった。ただ痛みを感じるので仕方ない。少々左足を挫いたようだ。
頬に冷気を感じた。空気が冷やされているので白い息が出た。
感傷が襲ってきた。記憶が冷気と交わり孤独感を蘇らせた。暑いところにいると不思議だが感傷もすぐに蒸発してしまう。
冷気に触れると、そこがどこであれ妙な孤独感が襲ってくるのは疎開先が山陰だったからだろうか。始めて親兄弟とも離れて暮す事になった街だ。予想以上に寒かった。冬は一メータ以上雪が降り、どこに行くのも長靴が必要だった。雪は道を隠し景色も変えるので、道に迷うと命の危険さえあった。囲炉裏を焚いた家の端のほうで本を読んでいる事が多かった。多分、親への思いを紛らわせるために疎開先の叔母さんが用意してくれたものだったと思う。その時は桃太郎やかぐや姫、西欧の物はお目にかかることは無かった。
ここにいると何日も経っていないのに日本が恋しくなった、熱燗をやりながらおでんが食べたい。少々色々ありすぎたので心が堅くなっていた。まだ先は長そうだ。伊勢丹なら日本食屋もあるだろう。今日はちょっと贅沢をしてみよう。その前に宝くじを何枚か売らなければいけないが。
多喜男が飲み物を買って戻ってくると、美奈がリンクから上がっていた。
「どうや、満足できたか?」
「久々、高校生の時以来よ。思ったより身体が動かないんで困っちゃった」
「カラダもビックリしとるんやろうな。でもちゃんと滑れてたやないか」
「感覚はあるからね。このカラダ運動神経は良いみたい」
「わしにはちょっと無理やな」
「ごめんね付きあわせちゃって」と済まなそうに言った。
「今日はご馳走食べようか、伊勢丹やったら日本食もあるやろ」
「うん、あるある。でもあんまり美味しくないよ」
「わしは熱燗をちょっと飲んでみたいんや」
「白雪だったかな、あると思うよ」
「じゃあ、ちょっと商売してこなあかんな、あんたはもう少し滑ってるか?」
「うんうん。もう良い」と首を振った。
「じゃあ映画でも見てくるか?」
「私も商売するよ、元の姿に戻りたいし。いつまでも卓ちゃんの事引き摺ってても仕方ないから」と美奈はスケート靴を脱ぎ始めた。
「卓ちゃんって、ゲストハウスの?」
「二年も経ってるのに、まだ居るなんて」と濡れた頬を拭った。
「恋人やったんか?」
「宝くじ売りをしてた事なんか、すっかり忘れてしまってるだろうけどね」
「ゲストハウスの鍵を見て思い出したんか?」
「卓ちゃんも同じ鍵を持ってたから、多分、ルーイに来る前はお爺さんと一緒であそこに泊まっていたのよ」
「部屋番号は212号?」
「そう。どうして知ってるの」
「いや、何となく」
「彼はいつからあそこに?」
「私よりずっと昔じゃない」
「二十年前とか」
「詳しく聞かなかったけど、カンボジアの難民キャンプにボランティアで来たって話よ」
「じゃあ十四年以上前だ」とインターネットの情報を思い出した。キャンプは九十一年。パリ協定が結ばれて閉鎖されている。212号室の鍵を持っていたのなら泊まった事があるはずだ。なのに彼は隠してわざわざ下に聞きに言った。どうしてそんな事をしたんだ。
「私らが元の姿に戻ると記憶はどうなるんやろな、やっぱり消えてしまうんかな?」
「そうね。卓ちゃんと一度話した事があるんだけど、私の事がわからなかったみたいだから」
「時間だけが経っている現実はどう理解するんやろな」
「カルチャーショックは受けるでしょうね」
「周りのものが目覚めると急に年を取っていた。親や友達に会ったりしたら」
「お爺さんはどうして宝くじ買ったの?」と美奈は言葉を遮るように言った。
「タイ人の婆さんがしつこく言うんで仕方なく」
「そんな人もいるだろうけど。普通は人生を変えたいって思ってる人でしょう。そう思わない?」
「君もそうなのか?」
「そうね。お金が欲しかった。ずっと旅行していたかったの。日本には戻りたくなかったし」
「わしにもそういう気持ちがあったが……」
「あそこに来ている人達はみんなそうよ。そういう人にしか当たらないみたい。現世に未練がある人は街に出ると戻ってこないでしょう」
「そうなのか」と多喜男は呟いた。自分が望んだのか。
6. 『爽秋』
早苗さんからメールが届いていた、カオサンの生活は大丈夫ですかという内容だった。
一週間が過ぎていた、このインターネットカフェに入るのが街に出てからの日課になっていた。サイアムスクエァと呼ばれる繁華街の一角にあり。近くに庶民が利用するマーブンクローンと言う現地人向けのデパートがあったので宝くじを売る場所としても悪くはなかった。一度、早苗さんが連れて行ってくれたエンポリアムや伊勢丹の前で売ったが駄目だった。金持ちは宝くじに興味を示さないのは、どこの国でも一緒だ。
店員は相変わらずゲームに夢中だ。小人が風船を膨らますゲームをしている。空気を入れて浮かび上がり赤や青のリンゴを取れば得点が加算される。膨らませ過ぎて風船が破裂したり、浮かび上がっていく途中にカラスに突かれて割れたら終わりだ。膨らませ具合にコツがあるようだ。空気を入れすぎると上がっていくスピードは早いがカラスに突かれると割れてしまう。空気が少ないと突かれても割れないがスピードは遅く上まで中々たどり着かない。カラスが登場していると言う事はこの国で作られたゲームではないのだろう。この街に来てからカラスを見かけた事は無い。
日本語でキーボードを打つのを隠す必要もないが、妙な興味を持たれても困るので客がいないのは好都合だった。その為に送受信のスピードも少し遅いのは我慢した。
メールを開いて、返信のボタンを押し『早苗さんへ』と打ってから次の言葉が浮ばなかった。
『宝くじ売りをしています』と書くわけにもいかないし。されど『問題なく快適に過ごしてます』と書くのも、何となくやせ我慢しているようで嫌だった。もし何年も戻れなくなるとしたら、少ないが遺産の事や田舎の墓の事もある。どう伝えれば良いのか妙案が浮ばなかった。失踪となれば七年で死亡扱いとなるはずだ。
本当の事を書いても納得してくれまい。
『インドに行く前に外国語に慣れるためにタイ国内を旅行してみる』と書いてメールを送った。
新聞社のホームページを見始めた。今更、日本で何が起こっていようと関係ないはずなのだが気になってしまう。
吉田さんとは昼にサイアムスクエアにあるディズニーショップの前で待ち合わせたので、まだ少し時間がある。
ラオス国境のバンビナイ難民キャンプの事を調べたが、やはり閉鎖は九十一年だった。卓也君が212号室の事を知らない振りをしたのが気になっていた。必要以上に親切ではあったのは同じ境遇の人を放っておくことが出来なかったせいだろうか……。
やはり早苗さんに頼んで秀夫から聞き出して貰うのが良いようだ。再度メールボックを開いたら返信が来ていた。一時間も経っていない。パソコンの前に座っていたのだろう。
『お義父さんにお願いしたい事があります。
実は私、妊娠しています。これで三度目です。これまでは秀夫さんの反対で中絶してきました。お医者さんには今度が最後のチャンスになるかも知れないと言われています。
私は赤ちゃんを生みたいです。お父さんや私の両親に孫の顔を見せてあげたいんです。
昨日、その事を秀夫さんに話したら殴られました。
暴力はこれが始めてではありません。
このままでは結婚生活は駄目になるかもしれません。
どうか彼を説得してください。
それが出来るのは義父さんしかいないと思います。
詳しい事は会って話したいので、至急連絡ください。
すみません。もっと早く話さないで。 早苗 』
これは困った事になった、今はお義父さんではない。室戸多喜男は現世には存在しない。
それにしても何度も中絶を。秀夫は何を考えているのだろうか。いくら父親が酷い男でも早苗さんや生まれてくる子供には関係ないではないか。家族を築けば少しは丸くなると思っていたのだが。
昔からあれは家族なんて要らない。僕は一人で生きていくと言っていた。働き始めて何年か経ったある日、金を持ってきて、大学の授業料だ受取れと言った。
それが親に対する態度かと怒ると。あんたの事を親だと思ったのは小学生までだ。これであんたとは縁を切ると宣言した。
今更、父親の言う事を聞くとは思えなかったが、何とかしてやりたいと思った。秀夫が歪んだ考え方をする原因を作ったのは間違いなく多喜男だ。本当はあれも優しい子だった。恵美の事があってから変わってしまった。それまでは表立って言う事はなかったが、失踪した事が分かってから全く口を開かなくなった。
親である事を放棄した。子である事も放棄できると言いたげに真っ黒な服を着て、毎日怖い顔をしていた。
早苗さんを犠牲にするのは良くないと思った、そんな歪は必ず跳ね返る。
吉田さんに断りをいれて会いに行こうと思った。
まだ昼には時間があったので、彼が周っていそうな場所を探してみた。マーブンクローン辺りに見つからなかったので、少し先まで足を伸ばした。
彼は妙な所に立っていた。観光バスの乗車口だ。午後便の客を送るためにホテルが運行しているバスのようだ。
「何しとるんですか?」と後ろから声をかけると、驚いてこっちを振り向いた。
「いいや別に」と言ってバスを降りた。
「誰か知っている人でも?」
「そんな事はない」と青ざめた顔を背けた。
「インターネットとやらは良いのか?」
「ええ、ただちょっと難題が……」
「だから言ったろ。現世の縁は切った方が良いって。どうせ戻る頃には皆死んでるんだから」
「それに関わるかもしれん。嫁の腹の中に孫が出来たそうなんや。息子は中絶をするように言う取るらしい。私が悪いんや、きっと、あれは家族を否定しようとしてるんや。人生の足枷でしかないと」
「白熊のように生きたいんじゃなかったのか?」
「彼らだって母親とは一緒や」
「ハリモグラは歩けるようになると一週間で子供を棄てるらしい」「だからそういう事を言う取るわけやない、ただ私は……」
「家族から得るものがあると?」
「寛容とか自制心。忠誠心もあるな。それに何と言っても愛情が生きていく上では必要や」
「じゃあ多喜男さんは息子にそれを教えなかったわけだ」
「それは……」
「怖いんだろうよ。子供が生まれるのが……」
「そんなの誰だって」
「あんたは余計なものを教え過ぎたんだよ。嫉妬、強制、蛮行、性愛、裏切り、不貞。一夫一婦制なんてとっくに破綻してるんだよ。正しい営みなんて教えられるわけがない。あんたの息子は身を持ってそれを知ってしまったんだ」
「そやから授かった子供を殺すなんて」
「自分の生を否定したい奴が新しい生など肯定するか?」
「そんな事は……」
「まだ分からないのか。あんた達は先妻の子供達の生を否定して生きて来たんだよ。だから娘が失踪した時も探しもしなかった。日本猿はどうするか知ってるか、妻の座を奪い取ったメスザルは前の子達を食い殺すんだ。父親はそれを眺めているだけだ。多喜男さんは彼の生を育む事を否定した。息子はそれを感じ取り無意識に生を否定して育ってきたんだよ。親のあんたは現世の結婚制度に乗っかって正しく生きてきたつもりだろうがな。そんな事も気づかなかった人が何を言っても遅いよ。多喜男さんが殺してしまったんだもの。水をやらないと若草は育たない。肥料をやりすぎても腐るがな」
「あなたは一体何の仕事をしとった人ですか?」
「動物園、知ってるか王寺動物園。今もあるのかな」
「ええ、象の花子は亡くなりましたけど」
「そうか花子が……」
「貴方の良いたい事は分かった、それでも私は息子に子を育んで欲しいんや」
「あんたもわからん男だな、動物園に外国から来た奴らは子育てをしないのが多い。孤児だからな。本能だけじゃ出来ないんだよ」
「それは嫁さんに任せれば」
「父親に裏切られた姿と自分の子供が被るのが怖いんじゃないのか。わざわざ悪夢を見たい奴はいないだろ」
「どないしたら?」
「私には動物の事しかわからん。言えるれる事は、多喜男さんの息子にとって家族は居心地の良い場所じゃ無かったって事だ。あんたが白熊のようになりたいって言ったのは、孤独に耐えられるように生きたいって事だろ。決して居心地が良いと思って言ってるわけじゃない。でも息子は白熊になりたいんだよ。誰もいない世界で生きたいんだ」
「あの子かて愛情は分かるはずや、だから早苗さんと結婚もした」
「その嫁が限界を感じて頼んできたんだろう」
返す言葉が見つからなかった。こういう時、多喜男は後妻の信子や老人会や日本政府に宥められていつも生きてきた。間違った事はしていないと言い訳をして。
「親が子供を教えるのに方法なんているのか。ぶつかるしかないじゃないか」と吉田さんは投げやりに言った。
「そんな事で収まるわけが……」
「そりゃそうだ、身体もないんだし」とおかしそうに含み笑いをした。どこかでホオズキの笠が弾けたような気がした。二人に近づく方法を考えなきゃいけない。
「女の身体を借りてメイドでもやるんだな」
「可能やろか?」
「住み込みは無理やな。なにせわしらはシンデレラやから」
「あかんやないかいな」
「庭師とかはどうだ?」
「住んでるのは、地上二十メーター辺りです」
「後はそうだなコンドミニアムの警備員は家に入るわけにいかないからな。運転手ってのもあるが、あんた免許は持ってるか?」
「いいえ」
「使えない人だな、郵便配達してたんじゃないのか?」
「いつもカブやったんで、ホンダの……」
「仕事作るしかねぇな。家に入り込める。まずは嫁に電話して見るんだな、旦那を裏切ってあんたに助けを求めてるんだから」
「何と言うたら?」
「自分の言葉だよ。多喜男さんは彼女に孫を産んで欲しいんだろう。そう告げるしかないじゃないか」
「しかし」
「しかしもへってくれ無いんだよ。そうやって逃げるから息子はおかしくなっちゃったんだよ。間違いを最後まで通せば息子は反面教師にしたろうに。生き方に潔さがないんだよ」
「貴方ならどうしてました。一人木賃宿で孤独死を望みましたか」
「いいや、私ならまた若い嫁さん探してるね。結局、人は自分が一番可愛いもんよ。息子も孫も素直にいう事を聞いてくれてるうちは良いが、聞かなくなると、これほど腹の立つものはない。なんせ自分の嫌な面を見ているようだからな」と言って吉田さんは手を振り歩き始めた。後は勝手にやりなさいという事か。
先ほどのインターネットカフェに戻った。電話では事を上手く伝える自信がなかった。
返信を試みた。
『早苗さんへ
私は貴方に孫を生んで欲しいと切に思っています。
秀夫の事だが、私は今ちょっとばかり遠い所に来てしまった。どうもすぐには戻れそうにもない。
それで代わりとは言ってなんだが、日本語を喋るタイ人のお医者さんを紹介して貰った。彼は有名な心理学者なのだそうだ。
彼に事情を話したところ専門のカウンセリングに一度連れて行った方が良いと言われた。
だが、そんな事を言っても意固地な性格の息子は絶対に承諾はしないだろう。
それで提案なんだが、その人を貴方の家に向わせてはどうかと思う。私がその事を話すと彼も快く引き受けてくれるという。
彼は来週からは時間が取れると言っているので、妙案を見つけて会えるように段取りをして欲しい。
父親だった男より』と書いて送信した。
電話をしたい欲求を押さえて返信が来るのを待っていた。
準備をする為に伊勢丹の中にある紀伊国屋書店に向った。心理学の本を何冊か手に取った。アドラーにユング、昔読んだ事もあるが、どうもピンと来なかった。そこで河合隼雄の本をとった、ユング派の彼は、日本人だけあって説明がわかりやすかった。本の裏に張ってある値札を見て驚いた、輸入物がこんな高いとは知らなかった。定価の三倍近い値段がしている。二千五百バーツ。七千円か。日本からEMSで送っても、こんなにかからないと思ったが、買わないわけには行かずレジに持っていった。
その日は、他に前アメリカ大統領のクリントンで有名になったACに関する本や心理カウンセリングの実践法。育児に関する本など数冊をインターネットでオーダーした。クレジットカードが使えたので暗記してきた番号を使った。届け先はアパートの一室借りる事にした。毎回、コインロッカーだけでは心許無い。
月の家賃が一万五千バーツで良いと言うので。即決した。外国人の住むスクンビット通りから外れたラマ4通りだが文句は言えまい。何分、現金が足りないので仕方がなかった。
アパートの中は一応の家具が備え付けられていた、ソファやベッドは古いが電話機も付いていた。後はパソコンと机を手に入れたかった。タイの通販サイトは現地語ばかりかと思ったら、日本語で出来ている物があった。パソコンや事務用品と事務所を開設するのに必要な備品が揃っている。便利になったものだ。
取りあえずオーダーをして待つことにした。
その日は、宝くじを全て値引きして売ったので、凄い赤字になった。それも仕方あるまい。
ルーイの部屋に戻り目覚めると、疲れが溜まったのか微熱があった。死なないのに病気にはなるとはおかしなもんだ。
薬を売っている所があったような気がしたので、服を着替え下に降りて行った。
相変わらず美奈はシャボン玉をしていた。彼女は眠るとアリスになるようだ。宝くじを売ると言った決意はどこに行ってしまったのだろうか。
円楼の生活も一週間が過ぎると少し慣れては来ていたが、熱い湯が浴びられないのは閉口した。便所が下にしかないのも不便だ。心理学や育児に関する本が読みたかったが、文献を持ち込めないのでどしようもなかった。やはり街に出るしかない。
身体が変われば頭痛も治まるだろう。
朝食を食べずに事務室に向った、ルーイの宝くじ売りの身体は数が決まっている。先着順なので宝くじの発売日や5や9の付く幸運が起こると信じられている日はカラダが無い事もあった。
事務所でいつも通り番号を言ったが、今日は既に出てしまっていた。新しく借りた部屋に違う人間が行くと怪しまれないだろうか。アパートの一階には管理室があった。
どうしたものかと考えたが、早苗さんがメールをよこしているかと思うと、出て行かないわけにはいかなかった。明日は早く起きなければいけない。比較的、日本人に近い顔立ちの中国系移民の身体は三体しかなかった。他はどう見ても日本人では通用しない。
アパートを借りる際にパスポートの写真がいると言われて困った。後日渡す事になっていた。やはりゲストハウスの荷物を取り出すしかあるまい。
仕方なく昨日とは違う中国人のカラダを借りた。これで四種類めだ。
僧院の裏に出ると、ひと気の無い駐車場に向った。何台か壊れた車が放置されている。その中の一台に鍵が付いたものがあった。人が見ていないのを見計らって助手席の下に手を突っ込んだ、ビニール袋に入ったお金が出てきた。この僧院で宝くじを売りお金を作るのは楽だったが、時間をここで使うのが惜しかった。隠しておいたお金を持ちタクシーが待っている道沿いまで歩いた。
すぐにマーブンクロンと言った。そこのコインロッカーに衣類と本と鍵が隠してある。全て今日アパートに運び込もうと思っていた。
運転手にお金を払うとコインロッカーに行き、服を取り出すとトイレに直行した。服を着替えて宝くじの板箱をスポーツバックに入れた。
この恰好だと不信がられない、中国系の顔立ちなので日本人にも見れるだろう。
ラマ4のアパートに向ってタクシーを飛ばした。一階の管理人室を通ったが別に呼び止められる事はなかった。エレベーターに乗り四階に上がった。文明の力は偉大だ、ルーイの円楼の同じ四階だが、脚が痛くなることはなかった。
ここまで来れば大丈夫だ。コインロッカーから出した鍵を出し部屋を開けた。
昨日オーダーした事務机とパソコンがいつ来るか知りたがった、ホームページで見た電話番号にかけるとタイ人が応対し、日本語が通じた。どうやら配送は明日のようだ。
心理カウセリングの看板だけでも作成した方が良いだろうか。秀夫がここにやって来ることはないと思うが何事も準備が大事だ。
他にやる事が無いので、近くのインターネットカフェに向った。
宝くじ売りの恰好をではないので不信がられる事もない。
メールボックを開くと早苗さんからメールが来ていた。内容はこんな感じだった。
『お父さん
ご返事有難うございます。
今はどこですか?
少し心配しています。生水や食事には気をつけてくださいね。
心理カウセリング件ですが。昨日、秀夫さんに話しました。
丁度先日、運転手と喧嘩をして、上司から注意された所だっ
たのでいつに無く真剣に聞いてくれました。
秀夫さんも激高すると自分自身を見失うのに気づいてはいる
ようです。私には詳しく話してくれませんが、シカゴにいた時
も現地法人のローカル社員と揉め事を起こしたようです。
こっちに来てからも運転手が道を間違えただけで怒鳴って座
席を蹴ったりするものですから。温厚なタイ人も怒ってしまっ
て四人も変わっています。
そのタイ人のお医者さんは本当に大丈夫でしょうか?
疑っているわけでは無いのですが、タイにはいい加減な話を
してお金を巻き上げる祈祷師もいますので、ちょっと心配にな
りました。
気にしないで下さい。
今は出来る事は全て試す時ですもんね。
来て頂く日時が決まりしだい、またメールをします。
早苗 』と書かれていた。
どうやら話をする機会は出来そうだ。早いうちに心理カウンセリングの手法を付け焼刃でも学ばなければいけない。のユングの本は読んだがそう複雑なものでもない。本来なら父親の私が教えなければいけなかった事だ。秀夫の心の問題は母性の二度の喪失と父性の放棄から来ていることは明らかだ。後はどう推察して症例と重ね合わせて怒りの原因を紐解くしかあるまい。一番問題なのは、あの子が今でも生きている事に肯定的ではないと言う事だ。無意識に破滅に向わせる行動癖を改めさせなければならない。親が擦り込んでしまった負の遺産だ。そのような事がACの本に書かれていた。もう少し多喜男の視野が広ければ防げていた事だ。息子の行動壁が本に書かれているのとあまりにも似ていたので驚いてしまった。あの子のいつも戦っている、生存欲求と親への忠誠心の間で。二つの事象が乖離した環境で育ててしまった。親のエゴの為に息子は苦しんでいる。その苦しみを子供に与えるんではないかという恐れと、その痛みを過剰に感じて心が揺れる不安が子供を作る事を否定させる。生を祝福した事を話さなければいけない。秀夫も恵美も、どれほど生まれた時に嬉しかったと言う事を話さなければいけない。
ACの残りページを読み終わった。今直ぐ本を買うには紀伊国屋か東京堂に行くしかあるまい。現金が必要だった。多喜男は宝くじの板箱を持って外に出た。吉田さんに教えてもらったスクンビット33に向った。このソイ(小道)の1はジャパンタウンと言っていい。日本食料品店のフジスパーを中心に、ビデオ屋、日本食屋、本屋、旅行代理店が連なっている。
現金を稼がなければいけないので、吉田さんに教わったスターバックの前で板箱を開いて宝くじ出した。
本当なら店で珈琲を買いに行きたい所だが止めておいた。客は外国人か富裕層の若い子達ぐらいだった。この恰好では入るのは勇気がいった。多喜男と同じような恰好をした宝くじ売りが数人いた。誰も粗末な恰好で屋台で買った飲み物を持っていた。
買い物客がそろそろ多くなる時間帯だがあまり売れなかった。同業者の前では極端なディスカウントは気が引けたので、場所を変えようかと立ち上がろうとしたら、買い物篭を持った中年の女性が話し掛けてきた。目尻の皺から判断して五十歳近くだろうか。愛嬌のある顔をしていた。
「あら、貴方じゃない」と多喜男を指差した。どうやら、この身体を知っているらしい。日本語で話し掛けて来るという事は、吉田か他の日本人がこの身体を使っていたと言う事だな。
「誰か当たったの、最近見なかったけど」と近寄って来た。
「私わからない」とわざと変梃な日本語で返した。
「今日は当たりそうな番号ある?」と言って貼り付けた宝くじを確認し、こちらを覗き込んだ。
「当たれば私も行けるんでしょう」と挑発するような目をして呟いた。この女はルーイの事を知っている。
「卓也君なんでしょう、隠さないでよ」と女は続けた。多喜男の知っている卓也君はあの子しかいない、ましてやルーイにいた事があるとなると喋る言葉を選んだ。
「忘れた。記憶がすぐ消えるんだ」と言った。
「そうね随分会わなかったものね」と眼差しが潤んでいた。
「どうしてたの?」
「対した事は無いわ、お店は閉店しなければいけなくなりそうだけど」
「お店?」
「それも忘れてしまったの?」
「すまない」
「そう、ちょうど良いわ。食べに来なさいよ。ご馳走するわ」と少し華やいだ声を上げた。
「今日はまだ始めたばかりなんだ、少しは売っていかないと」
「じゃあこれで」と言うと、女は財布から札を十枚程引き抜いた。
「さっき、お金に困っているような事をいったじゃないか」
「これっぽっちのお金でどうにかなるわけじゃないの」と少々、投げやりっぽい仕草でポケットにねじ込んだ。
多喜男は驚き、札束をつまみ出す、一万二千バーツあった、これだけあれば本も背広も買うことが出来る。
「本当に良いの?」
「そんなに信用できない。三万円でしょ。日本で年末ジャンくじを五百枚買った事があるわ」
「じゃあ」と多喜男は宝くじを板箱から剥がして渡した。
「当たったらどうなるのかしら?」
「お金が貰えます、たまに寿命も……」
「お金はもう良いは。店はこりごり、苦労するばかりなんですもの」と言って笑った。
「本当に御呼ばれに行って良いんですか?」
「ええ、オフクロの味を堪能していって」とウィンクした。妙に色っぽい。日本にいた時は、こんな中年の女にさえ相手にされなかった。老人会のメンバーだけだ。一度、ポストに入っていたピンクチラシに電話をかけた事があった『高齢者の方もお気兼ねなくお電話下い。当店のスタッフが献身的にご奉仕します。』と書いてあった。こんなものまで高齢者化社会を意識しているのかと驚いた。
やって来た娘は二十歳そこそこだった。
「お爺ちゃん、私で良い?」と玄関の前に立つと、幼さの残る目元に媚びを浮かべて言った。多喜男の心臓はそこまでが限界だった。赤線の経験もあったし、ソープや飛田にも行った事があったが、それも十年以上前の事だ。慌てて部屋の奥に戻り用意していたお金を渡すと、帰ってくれと言った。どこか滑稽で気分が滅入った。その日は買ってあったコンビニの弁当を食べる気がしなかった。一体何の為に生きているのか分からなかった。
今は素直に身体が反応していた。それに抗う事が出来なかった。
「どうする?」とタクシーを停めた女が言った。
「じゃあ、お言葉に甘えて」と一緒にタクシーに乗り込んだ。彼女の店は近くだった、スクンビット26を少し入った所にあった。
『爽秋』と看板が出ている。常夏のバンコクには似合わなかったが、日本にあれば入って見たくなる店名だった。
ここはエンポリアムデパートすぐそばだ、秀夫のコンドミニアムがあるのはスクンビット24だから、次の通りだ。バンコクではスクンビット通りを空港のある北側に入るソイ(小道)を偶数、南側のソイを奇数で名付けられていた。道が等間隔であるわけでは無いので、スクンビット26の向かい側27ではなく、39だったりしたが別段困る事はなかった。
店内の入ると、タイ人のウェイトレスが食事をしていた。店の賄いではなく屋台で買ってきたカオマンガイ(鳥茹でごはん)を食べていた。まだ開店時間には少しあるのだろう。
「適当に座って」と連れてきた女は言ったが、従業員のタイ人達は対応に迷っていた。視線は一様に警戒の色がある。
多喜男は端のほうの二人席に座った。名古屋出身なのだろう。壁に『八丁味噌を使った土手鍋』と書かれて品書きがあった。味噌カツもあるようだ。テーブル席は三十人程度、二階にも席があるようだ。
席には箸やナプキンも整えられ、掃除も行き届いている。内装も確りしているので、店としては閉店になる気配はなかった。料理が不味くなければバンコクに沢山いる日本人が多少割高でも食べに来るはずだ。
冷たいお茶が運ばれてきた、チャイエンと言ってるようだが店によってはアイスティーが出される事があった。こちらで覚えた数少ないタイ語の一つだ。
「何を召し上がる、味噌カツとか好きだったっけ?」とキッチンの奥から女の声が聞こえた。
「ええ、何でも」
「何でもって言われてもね」と今度は顔を出した。
「ししゃもがあるんですか」とメニューを見て言った。
「そんなもの好きなの?」
「頂けますか、あとは味噌カツを」
「わかった、ビールはアサヒで良い、それともシンハーならあるけど。クロスター切らしているのよ」
「いえ、お酒は」
「遠慮しないでよ。景気良く行きましょうよ」と少し媚びた顔で言った。聞いて欲しい事があるのだなと思った。
「じゃあアサヒで」
「氷はいらないわよね」と試すように言った。多喜男は頷いた。タイではビールに氷を入れて飲む、屋台で吉田さんが頼むのはいつもそうだ。
五十歳になろうかと見える女が華やいでいた。いつ化粧したのか赤い口紅をさしている。卓也君とどういう関係ののだろうか、今更、違う男だとは言いづらくなっていた。もしかすると彼女もルーイの経験者なのだろうか。
こんな所で時間を潰していては本を読むことができない。思いつきでカウセリングと書いてしまったが、果してそんな嘘が通用するだろうか。怒らして二度と会えなくなるのではないか。早苗さんの言葉を思い出した。お父さんや私の両親に孫の顔を見せたい。
このまま手を拱いていては恵美のにのまえになるだけだ覚悟を決めなければいけない。心理カウセリングの本を鞄から出して読みたかったが妙な勘繰りを受けたくなかったので我慢した。
ウェイトレスがビールを持って来てくれた。女は奥のキッチンで油に火を入れているようだ。ウェイトレスの女の子に小さな声で
「ママさん、チュウアライ?」と名前を聞いた。最初は自分の事かと思ったようだが、キッチンを指すと通じた、エイコさんと言われた。さすがに字までは聞くわけにはいかない。
「貴方、日本人?」と片言の日本語で逆に聞いてきた、宝くじを売る板を持っていたので不思議がっているようだ。
「お手伝い、友達の」と笑顔で答えた。アサヒビールがある事は知っていた。どうやらこちらでライセンス生産をしているようだ。グリーンの大瓶と350m缶のニ種類だ。日本ではどう言う理由か四季によって銘柄が変わる。いつからだか忘れてしまったが同じ会社でも沢山の種類があった。糖質が軽減されているとか、色々な謳い文句があるので買うのにも迷ってしまう。その上、どう言う理由か四季が変わると銘柄がなくなるものもあるので選ぶのに一苦労する。味がそんなに変わると言うわけではないのだが、
ビールをコップ一杯飲んだだけで眠気が襲うカラダもあるので、最初は警戒していたが、どうやら大丈夫のようだ。このカラダにはアルコールを分解する酵素は十分に持っているらしい。
ししゃもと味噌カツが出てきた。そろそろ開店なのか、店の女の子がテーブルに調味料を並べ始めた。
六時を少し周った所だ、若い日本人の客が何人か続いて入って来た。常連客なのか二階席に向う。
味噌カツに箸を付けようとしたらエイコさんがやって来た。
「どう、やっぱり駄目よね。味噌が」と窺うような顔をした。多喜男は口をつけた、確かに言われてみれば味噌の風味は無かった。カツの衣も若干堅い。だが海外でこれだけのものが食べられれば文句を言う筋合いはない。バンコクに来てから食べたものの中では一番美味しかった。
「美味いですよ。十分」と多喜男は言った。
「そうお、それ実は八丁味噌じゃないのよ。中々持ち込むのが面倒でね。それに単価が上がっちゃうものだから使えないのよ。土手鍋は混ぜて使っているんだけど」
「気にしなくたって、名古屋の人しかわかりませんよ。こんな遠いところまで来て本物を求めたりは誰もしません」
「そう……」
「エイコさんは、きっと考えすぎなんですよ。お店も大丈夫だと思いますが」
「それは駄目ね、だってリースが再来月に切れるんですもの。大家ったら値上げするって言うの。それも五十パーセントも。いくら交通の便が良くなったからって無茶苦茶よそんなの」
「他の場所に移られる事はできないんですか?」
「そうね……」と言って言葉に詰った。
「こんな言い方をしたら怒られるかもしれないけど、エイコさんがお店を閉めたいっていうのは、お金の話じゃないでしょう」
「分かる、やっぱり」と沈んだ声をだした。
「問題があるんですか?」
「飽きちゃったのかな。昔の知り合いも少なくなっちゃったし。このままお婆さんになるのもね。最後のチャンスだと思うの日本に帰る。前に言ったっけ、うちの実家って名古屋市で老舗の土手鍋店をやってるのよ。弟が継いでいたんだけど、一ヶ月前に交通事故にあっちゃって骨盤を複雑骨折しちゃったのよ。治っても車椅子の生活になるらしいの。今は七十過ぎのお父さんが復帰して店はどうにか開けているらしいんだけど。手伝う人がいなくてはね。戻って来ないかって言ってるのよ」
「そう」
「結婚もしないでここまで来ちゃったじゃない。このまま一人ぼっち暮すのはね……」と溜息をついた。
「そうだね」
「貴方は良いわよね、戻って来た時は若い身のままなんでしょう。私なんて皺だらけのお婆ちゃんよ」と自嘲して、また溜息をついた。
お客が入って来た。
「いらっしゃいませ」と日本語でウェイトレスの声が響く。エイコさんはゆっくりして行ってねと言って席を立った。
一人で入って来た客が入口付近で新聞を取り出そうとしている所に、また客が入って来た。多喜男がビールを飲んでいた手を止めると視線があった。「早苗さん」と思わず声が出そうになった。後ろにもう一人女性がいた。主婦友達なのだろうか。多喜男は気づかれないように視線を外した。そしてカラダが違う事を思い出した。
二人が向かいに席を取った、早苗さんの手前の席に座ったので、背中が向きだった。少し動揺していた。不安がやはりあったのだろう、いますぐにでも起こっている事を話したくなった。野外以外は禁煙だと聞かされていたので煙草も吸えない。この年になっても、やはり死の恐怖が克服できないのだな思った。心の中では誰かが助けてくれる事を望んでいた。
ウェイトレスにビールを一本頼んだ。
エイコさんがキッチンから出てきた、
「いらっしゃいませ」と早苗さん達に向かって言った。どことなく居心地が悪い、盗み聞きをしている気分がした。
「久しぶりね、どっか言ってたの?」
「日本から主人のお父さんが見えてたものですから」
「そうなの、それは大変ね。お小言言われなかった?」とエイコさんが言った。
多喜男は少し不機嫌になった。舅を見る目とはそういうものかと実感した。少しビールが苦く感じた。
「いえそんな事は、ただ主人が素っ気無くするもんだから一人で旅行に行くって出て行ってしまって」
「どこに?」
「インドって言ってましたけど、実は主人のお姉さんが若い頃にこちらの方にやって来て。それっきりお父さんには連絡してないらいらしいんです」
早苗さんの言った言葉に引っかかった、ビールを持つ手が止まった。
「どこにいらっしゃるんでしたっけ?」
「数年前まではミャンマー国境の山岳民象の難民キャンプに居るって聞いてたんですけどね。ボランティア団体の所長してらして東南アジア飛び回ってらっしゃるらしいの。私も実は会った事はないんです。たまにメールは来ますが」
多喜男は顔が熱くなるのが分かった。隠していたわけだな。多喜男には会いたくないって事か。どうやら先走りだったようだ。自業自得だが少し萎えた。そこまで嫌われていたのか。何だか今まで見えていた希望の光が洞窟から消えたような気がした。
二十年間も連絡してこなかったのだ。利己的な父親の願いなど鼻で笑い飛ばしている事だろう。秀夫が話してくれなかったのにはそれほど堪えなかったが、早苗さんが隠していたという事に傷ついた。
旦那の機嫌を損ねてまで、舅に見方はしないわな。当たり前の態度だと思ったが、どうにもやりきれなかった。何だかどうでも良くなりビールを煽った。恵美は生きている。出来れば一目会いたい。白熊を思い出した。吉田さんに言われたハリモグラも調べた、オーストラリアにいる卵を産む哺乳類の一つだ。単行穴類と言うらしい。カモノハシと一緒で最も下等な哺乳類とも書かれていた。卵が孵った後に乳首ではなくわきの下から出る乳で子供を育てる。歩けるようになると一週間で子捨てをして二度と巣穴には戻ってこないそうだ。ハリネズミとは違う。彼らは子煩悩で有名だ、尻尾に捕まる子供達を風刺した絵本もある。
どうにも気分が沈んだ。恵美は生きている事だけは確かだ。秀夫とはメールのやり取りをしている。そんなに嫌われていたのかと本当に悲しくなった。再婚する小学校までは王寺動物園や宝塚のファミリーランドの観覧車に乗りに良く連れて行った。大阪万博で迷子になって大変だった事も思い出した。
それも全て忘れた、いや記憶から消去された。言い訳をしても始まらん。これが七十年近く生きてきて出された結果だ。一人で生きろと言う事だ。日本に戻ろうと思った。だがこの姿ではどうしようもない。いっそう飲み明かして、そのまま記憶も消してしまおうかと思ったが、それでは後悔したこの一年の意味が無かった。最初から罵られても耐えるつもりだったはずだ。いつの間にかそれが期待に変わっていた。人間とは幾つになっても自分には甘い生き物らしい。話を聞くのを止めてビールを飲みつづけた。
気が付くと畳の上で布団を掛けられ寝ていた。驚いて起き上がった。近くのテーブルではエイコさんが一人で酒を飲んでいた。腕時計を見ると二時を過ぎていた。
「起きた?」とエイコさんが胡瓜の漬物から箸を離しこちらを見た。
「ここは?」
「お店の二階。良く飲んだわね酔いつぶれるまで。大変だったんだから上まで連れてくるの。下に置いとくと他のお客さんに絡んじゃうし」とエイコさんは少し酔った顔をこちらに向けて言った。
「帰らなければ」と膝に力を入れ立ち上がった。
「そう」とエイコさんは素っ気無い返事をした。
「私は早苗さん達に酷い事でも言ったか?」
「知っているのあの人」
「いや、話が聞こえたものだから」と誤魔化した。
「あの人達が帰った後よ。サラリーマンの人をいきなり怒鳴りつけたりして。だれよ秀夫って。そんなにいやな奴なの」
「私は秀夫と言ったのか?」
「ええ、何度も。最後は謝っていたけど。許してくれって。貴方が泣き上戸だとは思わなかったわよ」
「そうか」と頭を垂れた。酒など飲むんではなかった。
「貴方、もしかしたら卓也君じゃないでしょう?」とエイコさんがこっちを睨みつけていた。
「それは……」
「まぁ、良いけど。私が無理やり誘ったんだし。でも、今度は話してね。余計な事まで言っちゃったわよ」
「済まなかった」と謝った。
「やっぱりそうなの。どうりで変なもの注文すると思ったわ」と言った。
「戻らなきゃいけない」と腕時計に目をやった。日が昇るまでに帰らないと。どうなるかわからない。
エイコさんがコップ酒を少し口に入れた。
「今日は本当に済まなかった」とポケットからお金を取り出した。
「良いわよそんなの、それはクジを買ったんだから」
「でも騙したような形になってしまってし」
「いいの」
「じゃあ飯代だけでも」と二千バーツを彼女の机の上に置いた。
「いらないって言ってるでしょ!」
「しかし、それでは私の気がすまない」
「貴方の気がすめば、私の気持ちはどうでも良いってわけ」
言葉に詰った、この年になって説教されるとは思わなかった。仕方ないのでお金を財布に戻した。
「また来なさいよ」
「……」
「今度は払ってもらうけど」
「すまなかった、ほんとに今日は。料理美味しかった。有難う」
「貴方名前は?」
「多喜男。多くの喜びの男だ。大袈裟な名前だ。軍人で戦争ばかりだった父親がつけたらしい」
「私は、知ってるわね。エイコ。英語の英に子供。どこで間違ったのかこんな場違いな街に根付いちゃったわ」と笑った。多喜男はお辞儀をして階段を下りた。扉を開くと深夜だと言うのに車は走っていた。ネオンは大阪より少し薄暗いが人も疎らながら歩いている。
ここは夜になっても暑さの続く街だ。感傷は似合わない。
屋台がまだ営業を続けていた。店舗での営業は一時までと決められているので、家に帰る彼女らを狙って明け方までやっている。
バンコクの街は気温差が少ないので時間の経過が感じにくい。ましてや今のカラダは年を取らないので、なお更、時間間隔が麻痺した。
帰らなければ記憶が消えてしまうと忠告されて言葉が蘇った。呆け老人とはそんなものだろうか。記憶が消えてしまえば人はどうなってしまうんだろうか。ましてやこのカラダは他人の体だ。
日本人ではなく中国系タイ人になるわけだ。そうなると言葉も喋れなくなるのだろうか。親であった事や郵便を配っていた事も忘れるのだろうか。多喜男と呼ばれる事もなくなる。考えてみれば今だってそうだ。もしかしたら呆けているんではないか。
カラダなど変わっていなくて、実は自分にだけそう見えているんではないか。ルーで起こっていることは全て夢なのではないか。そもそも中陰の世界は死んでから行く世界だ。逆に進む事はありえない。四十九日が終われば意識は勝手に消えていくんではないだろうか。そして二度と戻れなくなる。そんな事も考えてみたが死に関してはどちらでも良かった。ただ会いたいと、子供達を傷つけたのだとしたら、その事だけでも何と修復したかった。その意識が個を支えていた。
ルーイに戻って老い耄れた融通の利かない体に戻ろう、それが夢ならそれでも良い。どうせ行くとこなど既に無いのだから。
7. 当選
円楼に戻って来るとすぐに眠った。元のカラダに戻ると寂しさが増幅されたように心を襲った。
目覚めたのは一番鳥の声だった。辺りはまだ薄暗いので、もう一度目を瞑ったが、それ以上は寝れなかった。頭の中は霞が晴れたように澄み切り些細な事まで蘇った。少し頭が呆けてくれた方が嬉のだが、そう都合よく脳細胞の血流を遮断できなかった。
恵美の怒った顔が蘇った。悔しそうに唇を噛んでいた。今にも泣き出しそうに睨みつけていた。
老人会の面々が笑っていた。多喜男さんよ無理しなさんな。そんな言葉が口々から洩れていた。
溜息を付いて目を開いた。寝台を覆っている蚊帳を捲って起き上がる。部屋の外で小便を持っていくお婆さんの足音がした。死ねなくなった事で、
「どうせ」と言う言葉を使えなくなった。諦める事が出来ない。以外とそれは辛い事だった。若い頃はどうだったか思い出して見た、好きな女の子が出来た時、大学に行くお金が無くて郵便局に就職した時、先妻が病気で亡くなった時、そしてやっと落ち着けると思った矢先の後妻と息子の事故死。多喜男の人生は名前のようには進まなかった。喜びはもしかしたら、誰かの悲しみの上に成り立っているんではないか。今となってはそう思えて仕方なかった。
一人でいると前向きな考えが浮ばないので外に出た。朝も靄がかかり、内庭ではいつもの光景が始まろうとしていた。
鶏が朝粥のおかずにされるのを嫌がった、大きな鳴声で暴れていた。どうして殺すんだ。犬や猫にすれば良いじゃないか。そう言っているように聞こえた。朝起こすのも、目玉焼きも、私の働きがあったからじゃないか。その私を食べようと言うのかい。役立たずのあいつらを先に食べれば良いじゃないか。奴等が服従したからかい。吼えるのを止めたからかい。どうして人は役立つものから先に殺してしまう。
コケッコッコーが声になれば対したものだ。草木はまだ語りかけてはくれないから解脱した分けではなかろうが。全く孤独は人を妙に悟らせる。死がそうさせているわけではないと、ここに来て始めて分かった。後悔がそうさせるのだ。考えて生きなかった。生きるだけで正しいと思っていた。それが許される時代だった。
下に降りて行こうとすると、赤い頭巾を被った子供が走って行った。まだ歩き始めた所に思える幼児だ。ここでは子供は生まれないと聞いていたので居ないと思っていた。
その子の後を追って部屋まで来てしまった。扉が開いていたので中を失敬して覗いた。子供はいなかったが変わりに老婆が一人で編み物をしていた、先ほど見た赤い頭巾だ。不思議な事ここに来てからから慣れたので特に驚かなかった。そういう事もあるんだと部屋から離れて廊下を戻った。
ちょうど吉田さんの部屋の前を通ったので。起きているかと覗いてみた。どの部屋にも扉はあるが、大概の人は暑いので閉めていない。彼の部屋を覗いた。
「おう、早いじゃないか」と吉田さんは顔を見るなり声をかけて来た。
「おはようさん」
「昨日はだいぶ遅かったようだな。戻ってこないかと思ったぞ」
「ちょっとお酒を飲んでしもうて」
「ほう、それは珍しい。はじめてじゃないか多喜男さんが飲むなんて。どうしたんだ?」
「ええ」と口篭もった。
「年も取らない化物になっても心は人間だからな。お堂に行ってお経でもしてきな。少しは落ち着く」
「娘が生きてる事がわかったんや」
「ほお。そりゃ良かった。それでどこにいるんだ、やっぱりインドなのか?」
「それは分からへんのやけど」
「見つかったんだろ?」
「ちょうど私が食事をしていた店に嫁が来たんです。そこで話してるのを聞いてしもて……」
「良かったじゃないか本当の事がわかって」
「吉田さんに頼みがあるんやけど良いやろか?」
「何、改まって?」
「うちの息子をカウンセリングして貰えへんやろか?」
「ワシは獣医や。動物の事は詳しいけど人間は診はせん。それにあんたの仕事やろうが。いざとなれば本当の事を言えば言いんだよ。子供を産ませないなんて。それでもお前は男かと怒鳴りゃ何とかなる。息子だって本心では中絶させるのに抵抗はあるはずなんだから」
「そう簡単には……」
「都合のいい人だな。簡単に出来る事しかしてこなかったんだな。そうやって責任から逃げてきた。変えるんじゃなかったのか。そのためにバックを肩にぶら下げて飛行機に乗ったんだろう」
「そうでした」と言い訳する気さえ起きなくて、視線をそらした。罪悪感のような苦い胃液が口元まで戻って来た。決められたルールを守り、その道をカブで配達して周るだけの人生だった。余計な事は考えない方が良かった。宛先が不在になってしまった手紙や。時には配達されない郵便物もあった。一つ一つ気にすると後で問題になったりするので余計な干渉は控えた。時には夜逃げをした電気屋に、毎週、母親らしき人から送られてくる手紙があったし。時には嫌がらせとしか思えない荷物もあった。私はただ運ぶだけだ。それを仕事としてやって来た。それ以外は考えなかった。道草の悪癖がよからぬ方向に向うのを恐れた。仕事に関しては首尾一貫して堅実真面目を通した。お役所仕事なので、サービスを考える必要はなかったのでやってこれたんだと思う。
「ちょっと聞きたいんやけど、あの背の高い中国人のカラダは卓也君っていう青年が良く使っていたんやろか?」
「さぁな」
「美奈ちゃんの恋人や言うてたけど」
「あの子から聞いたのか。そんなの嘘だよ。ここでは恋愛は禁止されてる。元は上座仏教の修行の場だからな。禁を破れば二度と戻ってはこれまい」
「でも彼女は」
「夢の中さ、あの子はずっと夢の中で暮している。それより今日はどうする。外に出ないのか?」
「行きます」
「アパートにパソコンが来る事になっとるんや」
「買ったのか?」
「幸いこっちでもインターネットで買い物が出来るんで、宝くじを売らんでもお金は大丈夫や」
「じゃあ今日はあんたの事務所とやらを覗かして貰おうか」と言って立ち上がった。
すぐに服を着替えて下に降りた。アパートを契約した男のカラダを使いたかった。朝食は抜きかよと吉田さんが文句を言ったが、あっちで私が奢ります、と言うと。渋々付き合ってくれた。
吉田さんが居てくれるとタイ語を喋られた時に役にたつ。パスポートを少し待って貰わないといけなかった。
街に入ると通勤渋滞に嵌った。約束は十時から十六時までと配達の時間が決まっていたので早く信号が変わる事を祈っていた。
タクシーが一時間も予定より遅れてアパートの前で止まった。部屋に向って歩いて行こうとすると、着替えていなかったせいかセキュリティの警備員に呼び止められた。面倒なことになるかと思ったが名前を書かされて終わりだった。TAKIOとローマ字で記入した。
部屋に入ってすぐに、業者の人間が荷物を運んできた。パソコンも事務机も同じ運送業者だった。
吉田さんは部屋に取り付けられているTVに夢中だった。何年も見ていないらしい。HBOやCNNなどの欧米放送はローカルのチャンネルとセットになっているらしく、ブラックボックからスクランブル電波は流されていなかった。唯一、NHKは映らない。下の管理事務所で説明を受けた時、NHKを見る場合は、千バーツ追加で払ってくれと言われた。日本人は外国に言っても割高を強いられる。
業者が帰ると、多喜男はパソコンのダンボールを開け接続を行った。机の上に置けば何となく事務所らしくなった。後ろの本棚に二冊しか本が無いのは見栄えが悪いので医学書か何かを買ってこよう。
「こんな所を借りて何をする気だい」と吉田さんが振り返り、電話線をパソコンに繋いでいた多喜男を見た。
「だから、心理カウンセリング」
「あれは本気だったのか?」
「家に行く事になってとるんやけど、名刺ぐらいは渡さん事には信じてもらえへんやろ。その時に事務所の住所がないと」
「そんな事で騙されるか?」
「自分でやってみる事が肝心や言うったのは貴方やないかいな」
「心理学を勉強したことがあるのか?」
「カウンセリングに通った時期があるんで思いついたんや。そんな大それた事はしてくれへん。話を聞くだけや。私の場合は原因が最初から分かっていたんで鬱病やろうって。突然一人になってしもうたもんやから」
「何だかひ弱わだねぇ。あんた。白熊じゃなかったのか」
「それは……」
「良く、パックパックをぶら下げてインドまで行こうなんて考えれたもんだ」
「やけっぱちです。あるときコンビにの弁当が食べらへんようになって。店屋物を頼んだりして誤魔化してたんやけど、それも嫌になって。体重が十キロほど減って。老人会の皆がカウセリングの良い先生を知ってる言うもんやから」
「そんな話はどうでも良いが。それでどうするんだ今日は宝くじの方は。行くのか?」
「その前に背広とワイシャツを買いに行きたいんやけど、後革靴も。この恰好で医者ってわけには行かへんので」
「それなら白衣の方が良いんじゃないか。人はあの恰好を見ると落ち着くって言うぜ。まな板の鯉になるらしい」
「そうやな」
「まったく、頼りない爺さんだなぁ」
「すみません」
「あんたの助手って事でついていけば、幾らくれる?」
「本当ですか?」
「条件次第だな」
「五千バーツでどうやろか?」
「じゃあ決まりだ」
「良いんだな」と吉田さんは意気込んで言った。多喜男は頷いた。
パソコンのセットは上手くいった。インターネットのプロバイザーはプリペイドカードがデパートで売っているらしい。それも管理事務所で確認済みだった。電話会社に頼むとADSLも可能らしいが、直通電話ではないので工事費に沢山お金がかかるだろうと言われた。特に速さは必要ないので。ダイアルアップ用のカードを買うことにした。
背広はデパートに売っているが、白衣はないだろうなと吉田さんに相談すると、プラトゥナム市場に行こうと言った。繊維や雑貨の卸売りをしている通りで、ブランドのタグをロールで売っていると言う話だ。要するに出来ない物はないと言いたいらしい。
すぐに外に出てタクシーを飛ばした。急がないと一日では終わらない。
バイヨークタワーの側だった。細い道に沢山の店が軒を連ねている。その一軒に入った。白衣らしきものが飾られている。
タイ語で話し掛けられてきた。
「オーダーメイドで作ろうかって言ってる」
「そんな必要は」と店員が取ってくれたLサイズのものを羽織ってみた。多少手は長いがそれ程気にならない。医者というよりも、理科の先生のようだったが。ポケットも右側にしかついていないのは少し気にかかったが。良いだろうと思い二つ買った。吉田さんが言うにはタイではポケットは一つが主流なんだそうだ。ズボンの後ろもポケットも一つらしい。両方のポケットに物を入れる事はなかったなと思い。合理的なのかと妙に納得した。背広は、ここではなく、スクンビット通りソイ11のインド人街に行けば、格安でオーダーメイドが出来ると言われたので、そこに行く事にした。
確かに換えのパンツまで作って五千バーツは日本では考えられない安さだった。生地はイギリス製の大変高価なものだと口ひげをはやしたインド人は熱心に薦める。
今のカラダは既製品で大丈夫だと思えた。カラダに合わせてしまうと、他の、例えば背の高い中国系のカラダは使えなくなってしまう。少し迷っていると、吉田さんが焦れてる表情になっていたのでここで買うのを止めた。
店を出ると、
「どうして買わなかったんだ?」と言った。
「このカラダに合わせて作っても、いつも同じカラダを使えるわけやないんで」
「貧乏性だな。そんな事考えてたらいつまでたっても買えないぞ」と少し怒ったように早足で歩いていった。
宝くじを売り始めたのは午後になってからだった、吉田さんは、突然用があるからと早々に引き上げてしまった。
多喜男も現金を稼ぎたかったが、それ以上に本を読んでおきたかったのでアパートに戻る事にした。名刺も刷っておかなければいけない。
アパートに戻って着替えると、早速名刺のロゴをパソコンで作ろうと机に向った。日系のショップらしくサービスには抜かりはない。日本語のOSとワードやエクセル、それに幾つかのユーティリテーまでインストールされていた。
名前は何にしようかと思った。
『ソムサック・H・オキタ』とした。住所と電話番号をいれて印刷をする。裏面には英文。タイ語はわからないので、それは持っていって入れてもらうことにした。
帰りにデパートに寄って、インターネットのプロバイザーカードを買ってきたので、早速使おうと接続した。
早苗さんからメールはまだ来ていなかった。
老人会の人からはまた来ていた。
「インドにはまだ向われてませんよね?」と言う内容のものだった。呆け予防のメールには付き合っていられないので、返事を書くのは止めた。
心理カウセリングを調べようと、検索エンジンにキーワードを入れると山のように出てきた。セラピーとも臨床心理とも言うらしい。
幾つかのサイトを印刷しながら読んでいった。少し疲れたので気分転換にTVを付けると、ローカルチャンネルで宝くじの抽選会をやっている所だった。幾人の審査員がドラムの中に入れた青いボールを透明なプラスチックのお玉でかき回して掬う。数字が書いていないのでどうするんんだと見ていたら、そのボールを捻ると開いて中に数字を書いた札が入っていた。続いて透明な大きな球体の抽選器の中で今度は小さなサッカーボールのような玉がかき回され始めた。どうやら数字が書いてある。全部で六台周っていて無表情な空色のスーツを着た女性が隣りに立っていた。アナウンスがあって、周っていた透明な抽選器から一つ一つ数字を書いたボールが出てきた。そのボールの出口にはビデオカメラがセットされていて大写しになった。一等から順に発表されていく。どうやら最初のお玉で掬った数字は組番号のようだ。六桁の数字は英数字なのでわかったが、その前にタイ語で書かれている。これが分からないと当選したのかどうかわからない。見る限り次々に当選番号が発表されていく。
多喜男は番号を控えた、もし自分が売った番号があれば現世に元の姿で戻れる。
しかしどれがルーイに関連しているのか分からなかった。一時間ほどして抽選は終わった。二十組の六桁の番号を控えたがタイ語が雑じっていたので無理だった。
パソコンに戻り調べ物をしていると、突然ドアの呼鈴がなった。他に荷物は頼んでなかったので誰かと思い開けると。吉田さんが青い顔で立っていた。
「どうしたんですか?」
「当たったんだよ宝くじが」と多喜男に近寄り腕を取った。
「本当かいな?」
「さっき、宝くじの専売局で確認したから間違いない」
「良かったやないですか」と多喜男は言った。少し寂しい気分だった。これで一人ぼっちだ。吉田さんがいなくなると困る事も多い。
「どうしよう?」と青い顔のまま吉田さんは突っ立っていた。
「環境は変わる事になるけど、元のカラダに戻れるんやから良かったじゃないですか」
「そんな」と顔を覆った。吉田さんの顔色が良くなかったので近寄りソファに座るように促した。どうも様子が変だった。現世に戻りたくないのだろうか。確かに彼のように長くルーイで暮してしまうと家族や知合いがいなくはなるだろうが。
「お金も沢山溜まったやろ。吉田さんは仕事熱心やったから。これからは悠悠自適やないですか」
「昔と違って当たるなんて思っても見なかったから」とうな垂れた姿で考え事をしているようだった。確かに不安はあるだろう。ルーイに入ればお金の事も死ぬ事も心配しなくて良い。だがそれは良い人生なんだろうか。終わりが無い。ただ続く時間の中で毎日が繰り返される。一体これからどうやって生きていこうかと思った。
8. カウンセリング
ルーイに戻ってからも吉田さんは塞ぎこんだままだった、息子の家に行く日が決まったので告げに言ったが、どうやら一人で行く事になりそうだ。
最初の面接を「インテーク」と言う。そこでやるべき事は現在の状況や、相談したい内容。それに伴って経験や生い立ち。、既往症、食物の嗜好を聞き出すこと。また家族構成や家族関係などの相談者のプロフィールも重要だと書かれていた。秀夫が水疱瘡や麻疹にはかかっていたし、一度脚の骨折もした。成人してからは大きな病気をしたことは聞いた事はないが、何日か入院していた事がある。食べ物も、先妻の躾が良かったのか偏食は比較的少ない。胡瓜と魚、特にカレイの煮付けなどは好きではなかったが、恵美が作った料理に文句を言う事はなかった。後妻の信子はたまに作ると殆ど残した。味が違うというのもあったが、多分反発心であった事は確かだった。
「私の料理が食べられないって言うの?」と信子がたまに作った料理を持上げてヒステリックに喚くのを恵美が宥めていたのを思い出す。
「私は貴方のお母さんになったわけじゃないの、お父さんの奥さんになっただけ」と信子は怒るたびに言い放った。幼い秀夫は、真っ赤な顔でそれを聞いていた。反発すれば今度は恵美に被害が行くので黙っていたのだろう。そうやって育てば強い大人になるだろうと思っていた。他人にすぐに言い負かされてしまう大人にはなって欲しくなかった。
夜になって、一階の飯屋で食事をしていると美奈が現れた。
「知ってるお爺さん。あの人当たりを放棄するみたいよ」と吉田さんの部屋を指して言った。
「放棄?」
「そう違う人に譲るの。それも抽選なんだけどね。でも宝くじが当たるよりずっと確率は高いは、この円楼にいる人達だけだから」
「吉田さんがそう言うたんか?」
「みんな噂しているよ。三日も経っているのに出て行く様子が無いって。私知ってるんだあの人が出て行かない理由」
「問題でもあるのんか?」
美奈は一瞬、アリスの口真似になりそうになったが心を閉じ込めたように次の言葉を出した。少し記憶が回復し始めているようだ。
「あの人は元信者よ。東京で大きな事件を起こした新興宗教の団体があったでしょ。彼はバンコクに事務所を開設する予定でこちらに来ていたみたい.」
「王寺動物園のの獣医だって聞いてたけど」
「元はね。でも在家信者になってからは仕事も辞めちゃったらしいよ。卓也君に聞いた話だけど。喧嘩するまでは仲良かったから」と美奈は料理を持って来て私の隣りに座った。
「二十年前からここに居る言うてたで」
「十年程じゃないの。卓也君と同じ頃のはずよ」
「なんでそんな嘘を……」
「知られたくないんでしょう」と素っ気無く言った。
「君が喋ったら分かる事やないか」
「私はすぐにアリスになるから。壊れちゃってんだよねここが」と頭を数度小突いた。
「そんな言い方をせんとき。見せ掛けはまともでも腹黒い事考えとる奴はいっぱいおるんやさかい。カラダなんて所詮入れ物や。中に入っとる人格が確りしとったら問題あらへん。現にここではそうやって生きとるやないか」
「アリスが来てくれると嫌の事を全部忘れられるから、ついカラダを譲っちゃうのよね。お医者さんには駄目だって言われたんだけど」
「出来るなら私も味わってみたいよ」
「諦めちゃだめよ」
「そうやな」と孫のような小娘に慰められていた。
話をしたいと思い、吉田さんの部屋に行ったが、翌日も、その翌日も留守だった。仕方が無いので明日は街に出てみようと、蚊帳を覆って寝台の中に入った。
早朝、扉を開く音がして目覚めた。
「おい、起きてるか」と声がした。多喜男が起き上がると、髭剃ってこざっぱりした吉田さんが立っていた。
「早いですね」
「息子に会いに行くんだろう。メモ書き残してたじゃないか」
「ええ」と言った。部屋には帰ってない様子だったので、気づかないと思っていた。
「早く用意しろよ、ワシも今日は色々と用があるんだ」
「大丈夫なんですか」と立ち上がった。慌ててタオルとハブラシをを持つ。
「下で待ってるからな」と吉田さんは出て行った。宝くじの当選が出た件を寝ぼけていたので聞くことが出来なかった。
急いで顔を洗い、服装を整えた。下に行くと、いつもの席で、吉田さんは茶を飲んでいた。私が行くと、丁寧に熱い湯を急須に注ぎ、何度も入れ替えて、小さな湯飲みに入れてくれた。何のお茶かは分からないが良い香りがした。吉田さんに聞くと、今日はこちらでモンクと呼ばれている木の花房を乾燥させたものだと言った。ジャスミンの一種らしく日本では飲んだ事のない味だ。
「それで準備はできたのかい?」
「一通り資料には目を通したんやけど」
「相変わらず暢気だな。今日が最後のチャンスになるかも知れねぇんだぞ。いんちきカウンセリングなんて二回も三回も受けると思うか」
「すみません」とまた謝った。習慣に染まってしまった思考回路はいつでも間違いを犯させようと待ち構えていた。
「一掃のこと本当の話を暴露しちまった方が良いんじゃないか、少しは哀れんでくれて……」
「それはあかん。父親なんて事がわかったら無視しよるだけや。それに騙したなんて事を知ったら何するか」
「殴ってくるならそれも良いんじゃないか。それぐらいの覚悟して日本を出てきたんだろう」
「黙って殴られるわけにはいかへん。これでも父親やさかい」と多喜男は自分の掌を見た。この皺くちゃの手で昔は子供達を抱き上げた。叩いた事もあった。今度は何をするのか。顔を上げると吉田さんは粥を炊く薪の煙が目に入ったのか、盛んに顔を擦っていた。こちらにも煤の臭い漂ってきた。
「吉田さんはこれからどないするんや?」
「俺か?」
「街に戻れるんやろ?」
吉田さんは上の階を見た、彼が住んでいた部屋の方向だ。
「来た当初は最低な所だと思ったよ。言葉は通じないし、電気は無い。嗜好品は禁止。刑務所の方がましだって思うぐらいにな。それがいつの間にやら竜宮城に思えてきてよ」
「留まるんか?」
「いや、昨日事務室に行って話して来たよ。今夜はあっちで寝床を探さないとな」
「お別れですか……」
「おいおい、まだこれからだぜ」
「でもここを出れば記憶が消えるって」
「突然ってわけじゃないだろ」
「そうなんですか?」
「分からねぇけどな。もし忘れちまったら、その時は……」と心細い声を出した。
「メモでも書いておけばどうですか。今日は荷物の持ち出しは可能なんでしょう」
「そうだな。あんたもここに名前と、そうだアパートの住所も書いておいてくれよ」と鞄から紙とボールペンを出した。多喜男は受け取り名前を書いて手を止めた。
「ちょっと聞いてええやろか?」
吉田さんは手に持っていた湯飲みを口から離した。
「卓也君とは喧嘩をしたんですって?」
吉田さんは一瞥して視線を外した。
「美奈から話を聞かされたんやろ。新興宗教の信者って話だろ」
「違うんかいな?」
「信者だったのは卓也の方や。こっちで団体の事務所を開く予定で来たらしい」
「何でそんな嘘を言うたんやろか?」
「卓也には妄想癖があるんや。いつまでも信じてるのは美奈だけや」
「わしには好青年に見えたけど」
「始めて会った人には気にいられよう思うて何でもするからな。ただそれで気を許したら今度は無茶苦茶な要求をしよる。逆らったりしたら容赦なしの仕打ちや」
「恋人を待ってるって真剣に言うてたで」
「アリスの事やないか。あの子だけは手におえへんだんやろ。美奈も薄々その事には気づいてるはずやけどな」
「そうですか……」
吉田さんが皮肉屋だけど正直な人だと分かっていたので、それ以上聞かなかった。他人の欠点をちゃかして楽しめる人ではない。
多喜男は立ち上がり、街に向おうと促した。
連なって二人で洞窟に入り、真っ赤な柱廊を抜けて僧院にでた。
多喜男は中国系のタイ人のカラダになっていたが、吉田さんは円楼の姿と同じだった。宝くじの板箱の代わりに風呂敷包みを持っていた。宝くじの当選金とルーイで稼いだ金を受取っていたのでかなり重そうだった。落ち着かないのか何度も咳払いをした。
「どうですか記憶は変わりましたか?」
「いいや、今の所は……」
露店の出ている所に来ると、吉田さんは顔を気にしているのか眼鏡をかけた。多喜男は小走りに駐車場の廃車に隠したアパートの鍵を取りだした。
タクシーに乗ってから吉田さんは口を開いた。
「部屋を探さないといけない」
「今日は、私の部屋で休んだらどうですか、枕やシーツも一揃いそろえてあるさかい」
「良いのか?」
「色々とお世話になったやないですか」
「迷惑をかけるかもしれない」
「それはお互い様や。それに今日は手伝って貰わなあかんし」と多喜男は言った。
アパートの入口にある管理人室で名前を書くと、届いていた荷物を渡された。どうやらネイムプレートのようだ。それを持って部屋に向った。
中は閉め切っていたので熱気が篭って三十度を越えていた。すぐにエアコンのスイッチを入れた。大きなエアコンが轟音を上げて動き出した。早苗さんには二時にお伺いするとメールを送っていた。
「何かいるもんありますか、適当にバスタオルとかは使って貰てかまいません」
「すまんな」
「冷蔵庫は空っぽなんで何か飲み物でも買いに行きましょか?」
と多喜男はドアを開けて言った。
「それは後にしよう。それより今日の事だが本当に私も行って良いのかな?」
と吉田さんが珍しく思案顔をした。
「私一人では手におえそうに無いし。日本人がおった方が息子も安心しよるやろ」
「じゃあその前に一つ確認しとかなあかん事がある」
「何ですか改まって」
吉田さんは頭を掻きながらソファに座った。
「わしは共産崩れや。こっちでも協力者として働いとった。今は周辺国も落ち着いたしタイの政権も変わったから大丈夫やと思うけど」
「十年前の話でしょう?」
「人も死なせた」
「お尋ね者になっとるわけですか?」
「指名手配はされていないが、日本に戻れば色々と聞かれえ事になるやろう」
「息子は電気メーカーの会社員やから別に気づいたりはせえへんやろ」
「あんたは良いのか?」
「何かするつもりはないんやろう」
「それはそうだが、気にならんのか?」
「あんなとこに十年もおったんや。今更、小便臭い事してもはじまらんやろ」
「そうだな」と吉田さんは溜息をついた。
「余計なお世話かも知れませんが日本大使館に出頭するとか」
「それも考えたがまだ踏ん切りが付かないんだ」
「三日悩んで出した結論は、三年経っても同じだって言いますよ。そのために自分の姿で戻られたんでしょう」
「昨日まではそう思っていた。だけどこうやって現実に自分が自由だと思うと今は逃げだしたい気分が出てきた。長い時間律してきたつもりだったんだが」
「結局、上手く立ち回ったと思うてみても、爺になったら酷いしっぺ返しを喰らう事になる。人生と言うのはそう出来とる」
「骨抜きにされていた爺さんにしては良いセリフだな」と笑った。
「このまま孫の命をみすみす奪われては、私が生まれてきた意味がなくなる」と続けた。
始めにやった事は風呂に入る事だった。体を洗い下着も全て新しいものにした。背広を着て上から白衣を纏った。少しは医者に見れるかと鏡の前に立ってみたが、どうも時代遅れの気がして髪型を変えてみた。ヘアースプレーで固めて鏡を見直したが詐欺師面は変わらなかった。諦めて元に戻した。四十過ぎの中国系タイ人、目が少し離れていた。目尻には皺がある。鼻毛が出ていたの抜いた。他人の顔を手入れしている気分だ。美容師はこんな面倒な事を毎日やっているわけか、因果な仕事だな。欠点に目を瞑り、ほんの少しのいい所を誇張して伸ばすしかない。
顔を作るのは諦め、今度は本に手を伸ばした、少しは脳の方が可能性がありそうだ。読んだ分だけ変わってくれる。
吉田さんが買い物に行ってくると言うので、鍵を渡し合鍵を作ってくるように言った。彼を信じているわけではないが、この年になると縁は全てに繋がっていると思えて粗末に出来なかった。
本を読んでいると、このカラダの事を考えてしまう。やはり生まれた時から宝くじ売りだったのだろうか。家族はいたのだろうか、果して今はどこにいるのだろうか。このままルーイに戻らなければ記憶が消えるという。そうすれば何を元に生活するのか。
呆けると同じ事かと思った。記憶が薄くなり断片的になる。それを補充するアルバムや日記、私を知ってくれている人達、殆どは老人会の面々だが。ここには誰もいない。いんちきな心理カウンセラーとして生きていく事になるのだろうか。多喜男は机の上に置かれた『ソムサック・M・オキタ』と掘られたネームプレートを見た。名刺も何枚も刷った。パスポートも吉田さんに手伝って偽造したので同じ名前になっている。何だか考えると気持ち悪くなった。サルトルなど読んだのが間違いだと思い本を置いた。
時計は昼を過ぎたので、店屋物でも頼むかと郵便ポストに入っていた宅配の広告を捲った。日本なら蕎麦かうどんに目が行ったが、どうも本能に関する事はカラダが優先権を持っているようで。タイのメニューに意識が行く。何やら写真を見ただけでも唾が出て来る辛そうな炒め物を欲していた。無意識に電話を取ると注文を始めた、驚いた事にタイ語を喋っていた。電話を切ると多喜男は驚いて口を押さえた。こんな事は始めてだったのでどうして良いのか分からなかった。多喜男が決めた事以外を勝手にカラダが始めるとなると問題は大きい。
少し不安になって煙草に火をつけた。そういう事かと思った。ルーイに戻らなければ、どんどんこんな事が続いて、結局、忘れてしまう。元々借りているのはこっちの方なので仕方はあるまいが。
買い物を追えた吉田さんが帰ってきたので、その事を話した。
「そんな事もあるだろう、あんたゴーゴーに行った時に久々だって言ってたろ。役に立つ状態になったって」
「それは」
「あんたが感じてたわけじゃない、カラダが反応してたんだよ」
「でも今は、タイ語を喋って。それに聞いて答えたんやで」
「あんたも分かっていたんだろ?」
「そりゃ紙に書いてあった写真を見てたから」
「じゃあ良いじゃないか」
「私が選んだわけやないのに」
「気にし過ぎるとやってられなくるぞ。タイ人の姿なんだし」
「それはそうなんですが」と剥きになって反論していた事に気づいてパソコンの前に座った。事が成就すれば後はどうでも良いと思っていた所ではないか。どうして私はちっぽけな事で混乱してしまう。たかが食べ物で不安になるとは。情けない。
どうやら吉田さんも背広を買ってきたようだ。元々着ていた服は十年以上前のもので野暮ったかった。白衣も二枚あったので、それを着れそうだ。元獣医らしく良く似合っていた。眼鏡をかけていれば堂々とした出で立ちだ。
「似合いますね。昔着ていただけの事はある」
「そんな事はねぇよ」と少し照れて言った。
頼んだ辛い食事は以外と美味しいと感じた。これは面白い現象だ。今までも屋台に座ってタイ料理を食べていたがこんな感覚はなかった。唯一、エイコさんの店で日本料理を食べた時は美味いと感じた。どうもどこかが違っていた。あの時はこのカラダじゃなかったんだと思い出して妙に納得した。タイ人も辛いのが嫌いな人間もいるのだろう。そうなると多喜男が感じたのかどうかは疑問だが。
吉田さんが買ってきてくれたハンバーガーは食べる気がしなかった。
「牛肉だからじゃねぇか。タイ人は食べないから」と彼は言った。
「美味いんかそんなもん?」
「カラダも心も日本人だからな、牛肉には弱いんだよ」
「そんなもんかね」
「これからは年を取るけどよ」と言って吉田さんはハンバーガーにかぶりついた。
「ちょっと思ったんやけど、もしこのカラダが何らかの感染症にかかっていたら他人にうつすよな」
「それはエイズを指してるのか」
「それだけじゃ無いんやけど」
「その心配はねぇだろ。元々あそこにあるカラダは僧院の修行者だって話だ。まだあの病気は無かったはずだ」
「でも、こうやって他人がカラダを使って、もし街の人間と交わったりしたら」
「そりゃ可能性は無いわけはない。心配なら病院に行って検査でもしてくればどうだ。検査結果が出る頃には、他の人間が女と一発やっとるかもしれん」
「そんな事を言うとるんやない」
「あんたも心配性だな。ならSEXなんてしなけりゃ良いだけじゃないか」
「病気はそれだけじゃあらへん」
「心の病気は気にしないのか。そのカラダは私のように罪を犯した人間かもしれん」
「それは……」
「分からない事は考えても仕方ない。今何をするかが大事なんだよ。そのカラダでは良い事をして誉められても、翌日には違う人間になっている。また悪い事をしても一日逃げとおせれば罰せられる事はない。今日一日が全てなんだ」
「それはそうやけど」
「あんたの用に蓄えを街に置いておくって方法もあるが、それも徐々に無意味だって分かってくる」
「物事は一日で解決できる事ばかりやあらへん。積み重ねが必要な事もあるんや」
「宝くじ売りにはないよ」
「吉田さんの話やと、そうする事がいけないような言い方やな」
「私は動物の事しか分からへんけど、人は違うものなったって事だな。蓄積を始めてから自然の法則に左右されないで蔓延(はびこ)るようになった」
「そんな事を言いだしたら人類の進歩なんてあらへんやないか、未だに食べ物を探して海や山をほっつき歩いとらなあかん」
「それじゃ駄目かい」
「人間はずっと自然に打ち勝とうと努力してきたわけやないか」
「打ち勝ってどうなるんだい」
「生き延びるんや」
「あんたの息子は違う考え方なわけだな、自分の遺伝子を残すのを望まないわけだから」
「自信がないんやろう。それに厭世的になっているのかも知れへん悪いニュースばかり誇張してテレビは流しよるから」
「それであんたはどうするんだい」
「子供を持つ喜びを教えてやるんや。何度も中絶さすなんて虚し過ぎるわ」
「そりゃ無理だな、自分の生を歓迎できない人間に、それは無理だ」
「なんでそんな事が分かるんや?」」
「私も望まれて生まれた子供ではなかった。妾が産んだ子供でね。親父は明治から続く倉敷の病院の名士だった。母親は何度も中絶しようとしたらしい。私は生命力が強くて死ななかったらしいがな。冬の山陰の海に一人で入りに行ったと言われた時は本当に自殺してやろうと思ったよ。所が母親は小学校に上がるとすぐに亡くなった。親父の家に引き取られてな、頭を下げる事で育ったよ。本妻もその子供も全くたいした人間ではなかった。何となく分かるんだよ息子の気持ちが。父親のあんたが生について説いた所で納得しないだろうってな」
「しかし」
「自分を愛せないから、他人も、またそこから生まれて来る子供も愛せない」
「私は息子を嫌ったわけであらへん」
「しかし結果的にはそうした。あんたは子供達を愛するより、他の女を愛する方を選んだ」
「否定はせえへん。それを補足するなら、他の女ではなく自分を、子供より自分を優先させたんやろ。今では少し後悔しとるけど」
「そんな事を言って絆されると思うかい?」
「息子だって奥さんの事は愛しているはずやから、それに年齢的にも最後になる事ぐらいわかっとるはずや。例え迷いはあっても……」
「無理だな。それは最初に中絶させた時に終わっている。嫁さんは受け入れちまったわけだよ。彼の心を」
「結論から言うのは堪えてや、これからそれをしに行くんやさかい」
「嫁さんの方を説得したらどうだい。中絶するように。息子はその方が喜ぶんじゃないのか。あんたは息子を困らせる為に来たわけじゃないだろう」
「あいつは間違っとる」
「どうしてそういい切れる」
「良い家族を持って幸せになって欲しいんや」
「それはあんたの勝手な思い込みだ。一人が好きな人間もいる」
「家族を否定してるわけですか?」
「そうじゃない、無理強いしても上手くはいかない。また息子と同じような子供を作るかもしれない」
「嫁は望んどるんや」
「一人で育てていけるのか?」
「それはわからへんけど」
「彼女が子供より旦那を取る事は考えられないのか。そんな家族だって世界には沢山ある。生き辛い家族を抱えさせて、また息子に試練を与えて、あんたがやろうとしている事は正論の後追いだけじゃないのか」と吉田さんは試すように言った。
言い返す言葉が見つからなかった。
「貴方が言うように嫁を説得するのが良いのかしれんな。あの子と恵美にはいつも我慢をさせてきた。その通りや、私はあの子の望む事は何一つしてこなんだ、それなのに……」
「それがわかりゃ良い。じゃあ行こうか。そろそろ時間になる」と吉田さんが言った。多喜男は言葉を失っていた。付け焼刃で読んだ心理学の本は全て頭から消えていた。
吉田さんは買ってきたジョニウオーカーのウィスキーの栓を開くと紙コップにダブルの高さに注いで差し出した。
多喜男が躊躇っていると、自分も注いで一気に口の中に入れて飲み干した。
道路は休日とあって空いていた。時間が欲しい時は渋滞してくれない。何とか理由をつけて伸ばそうかとも考えたが、吉田さんは首を横に振った。
コンドミニアムに着くと、早苗さんが一階のロビーで待っていてくれた。妊娠を聞かされていたので、少しお腹が大きくなっているような気がした。この子に中絶を望むのは酷だと思った。後妻の信子にも同じような事があった、一度は中絶の話をした。だが生みたいという彼女を説得する事は出来なかった。息子達の家族ではなくなってしまった。
「お待ちしてました」と早苗さんが言うので、名刺を渡して挨拶をした。主人は部屋で待っています。機嫌は良いようですと付け加えた。
見覚えのあるドアを開いて中に通された。吉田さんは後ろから付いて来るだけで、話そうとしなかった。
窓が大きい大展望のリビングで秀夫は煙草を吸って待っていた。少し太ったなと思った。ゴルフ焼けなのか気持ち悪い程肌が黒かった。挨拶が済むと、どこで始めようかと見回した。カウンセリングは一対一が基本なので、早苗さんには外して貰う。出来れば狭い部屋、ましてやこんな広い窓のある部屋は良くない。
書斎にソファがあると言うので、そこで行う事になった。吉田さんは通訳も兼ねるという事で同席してもらう事になった。棚には見た事も無い高価な洋酒が並んでいた。本も多い。ビジネス本が中心だったが、中には心理学の本や美術書も混ざっていた。美術大学に行きたいと言い出した事を思い出した。どうして止めたのかは思い出せなかった。確か漫画家になりたいと言っていたはずだ。絵は確かに上手かったので。そちらに進んでいても大成したのではないか。親の欲目と言われればそれまでだが。
秀夫にはソファに座ってもらった。リビングで白衣に着替えた、どことなくその方が落ち着いて話せた。
「それでは今日は初めてなのでインテーク、自己紹介をしていて頂きます。まずは現在の状況や何を相談したいか、生まれた場所と生い立ち、既往症、食物の嗜好、それに家族構成や家族関係などです。これまでにカウンセリングを受けられた事はありますか?」
「いいえ」と堅い表情で答えた。感情を爆発させる事のない息子だった。AB型だから僕は冷静なんだが口癖だった。
「お名前からどうぞ?」と言うと素直に答え始めた、息子と面と向かって話すのは中学生の時以来なので少々緊張した。麻疹、その後に知らなかったが十二指腸潰瘍で四年前に入院したと言った。シカゴにいる頃だ、聞いていなかった。食べ物の好き嫌いは特に無いと言った。誤魔化しているわけでは無いのだろう。小さい頃はピーマンや玉葱などの野菜が好きではなかった。先妻に何度も叱られては泣きながら食べていたのを思い出した。家族構成は小学校二年生の時に母親が亡くなり、三年から父親の再婚。翌年に異母弟が生まれたと話した。姉については特に触れなかった。父親とは殆ど連絡していない。義母と弟は昨年事故で亡くなったと言った。自分の結婚生活については八年目を向えるが問題はない。妻は良くしてくれていると言った。それで相談したい事はと聞くと。癇癪が起こる、怒りっぽくていつも苛々している。場合によっては手が出る事もある。妻を殴らないかいつも心配だと告げた。いきなり本題に入るのどうかと思ったので妊娠の事は聞かなかった。
「どのような時に癇癪が起こりますか、具体的に言って貰えますか?」
「例えば運転手が道を間違えた時や、仕事をしないで遊んでいる社員を見たとき。一番酷いのは子供に乞食をさせている親を見たときだ」と答えた。
「どのように感情が湧きますか?」
「率直に言えば殺したくなる時もある」
「そう言う時、どうやって自分を宥めます?」
「別にこれといって、我慢します」
「我慢できるなら癇癪は起きないはずだが」
「そういう事が積み重なると毎日が嫌になる。本当に人はこの世に存在して良いのかとか、酷い時は災害をテレビで見ても同情出来ない。これも神の裁きだ思ってしまう」
「人は醜い存在ですか、奥さんは死なれた困りますよね?」
「それはそうだよ」
「じゃあ、どうしてそう考えるんですか?」
「簡単に言えば普通の人より人間に期待していないかもしれない、義母は典型的な継母で自分の事しか考えない人だった。父親も同じだ」
「お母さんはどうです」
「病院に入院する事が多かったから、詳しくは覚えていない。姉さんが母親代わりだった」
「今はどこにいらっしゃいますか?」
「世界中を飛び回っている、ボランティア団体のアジア支部長をしている」
「会ったりはしないんですか?」
「メールのやり取りだけだ」
「いつから会ってないですか?」
「高校の時からだ」
「連絡はあるんですね」
「はい」
「他には。父親はどうされてますか?」
「今、日本からこっちに来ている。旅行をしているようだ」
「父親とも会っていませんか?」
「七年前に会って以来無い」
「弟さんのお葬式にも行かなかったわけですね」
「忙しくて帰れなかった。それに……」
「何ですか?」
「亡くなった人にこんな事を言うのはなんだが、兄弟という気はしなかった。継母と仲が良くなかったし、話す事もあの女は禁止していた」
「何をですか?」
「弟と話しをするなと言うんだ。後は家に帰ってくるなとか。一緒に食事はするな。自分達だけの家族にしたかったようだ。勝手に人の家に上がりこんで来て好き勝手やっていた」
「そういう時にお父さんはどうされていました。継母が貴方達に差別的な事を言った時?」
「駄目なんだあの人は。母さんが亡くなってから一人で生きられなくなったようだ。いつも呆けたように頷くだけだった」
「注意はしてくれなかったのですね」
「仕方なかったんだよ。母さんが死んじまったから。僕も姉さんも最初は家のことを手伝わなかったし、文句ばっかり言ってた。多分、親父は寂しかったんだよ」
真面目な顔付きで息子の言う言葉に耳を傾けた。多喜男は思っていた程恨んではいないようだ。それなら本当の事を話そうかと迷った。
「奥さんからシカゴでローカルの社員と問題を起こしたと聞きましたが」と後ろから黙っていた吉田さんが口を急に開いた。
「全く仕事をやらない。五時二十分前になると子供を迎えに行きたいからと言っていつも帰るんだ。たまには残業しろと言ったら。それは命令かと言うので、そうだと言ったら。訴えるときやがった。日系企業はローカル社員になめられてるんだ。奴等はリタイア前の小遣い稼ぎとしか考えてない。完全な子会社だから、本部採用しか重役にならない日本のシステムにも問題あるんだけど。とにかく露骨なんだ。会社じゃ毎日インターネットで株のデイトレードをやってるし仕事は電話の応対だけ。昼は車で家に帰って二時間は帰ってこない。クビすりゃ良いのに、お偉いさんたちは人種差別とやらで訴えられたら自分達の経歴に傷がつくもんだから穏便に処理しようとする。全くなってないよ、脅しに負けてレイオフさえ出来ない。情けないよ。海外駐在なんて、結局ローカル社員の尻拭いばっかりだ。
「命令するのを禁止されたんですね」と吉田さんは続けた。
「そうだよ、だからちょっとね上司と衝突してしまって。身体も壊して苛々している所だったんでローカルの馬鹿社員を殴ってしまったんだ」
「禁止されるのは嫌いですか?」
「そうだね好きじゃない」
「どんな気持ちになります?」
「否定された気になる」
「何を?」
「とにかく頭に来るんだ」
「お母さんはどんな方でした?」
「どんなって、小さい時に亡くなったのであんまり覚えていないんだ。良くお父さんに迷惑掛けちゃ駄目よって叱られた」
「それを貴方は納得していましたか?」
「分からない。ただ姉さんがいたんで寂しくはなかった」
「姉さんはいつ家を出られました?」
「高校を卒業してからすぐに」
「貴方はどう思いましたか?」
「寂しかった。唯一、家での見方だったから」
「お父さんがいらっしゃたんでは?」
「駄目だよ、尻に引かれて全く役にたたない。とにかく継母はやな奴だった。子供心にこいつは信じれないと思っていた」
「お父さんはどうして何もしなかったんでしょう?」
「弱い男なんだ。継母があんた達のおかげで中絶しなければいけないと言って怒った時も肯定するように頷いていた。馬鹿だよ。とにかくあの女が出て行くのが怖かったんだろう」
「その時、貴方はどう思いました?」
「頭のおかしいと思ったよ、女は駄目だって。妊娠すると特にね酷かった。一時は殺されるんじゃないかって、青い鳥って童話あるだろう。あんな事になるんじゃないかって。姉貴がいたから救われていたけど。どう考えて幼児虐待だと思ったね。大人になってから」
「奥さんとは恋愛結婚ですか?」
「ええ、友達の紹介で知り合って、アメリカに行く事が決まったんで思い切って結婚って事になったんだ」
「海外駐在がなければしていないという事ですか?」
「それは分からないね、でも積極的ではなかったと思う。早苗はしたかったようだけど。妻はカリフォルニアに留学経験があったんで英語も喋れたし、ちょうど良かったんだよ」
「夫婦仲は円満ですか?」
「僕からは特に問題はない。彼女はアメリカにずっと居たかったようだけど。まぁ、ここも暖かいから良いよ」
「子供さんは作られないんですか?」
「考えてはいるんだが」
「奥さんには聞いたんですが、何度か中絶したと」
「海外じゃあ、子供を育てるのも大変だろうってね」
と秀夫はちょっと苛々したように髪を弄び始めた。
「貴方はそう思うわけですか?」
「女は分からないからね、生まれてみないと」
「何がですか?」
「母性本能だよ。生まれると何を言い出すか?」
「それで中絶を勧めているわけですね」
「別に子供が嫌いってわけじゃないんだよ。ただ今はまだ海外だし」
「いつ戻るんですか?」
「それは会社が決める事だから」
「じゃあ、質問を変えましょう。貴方は自分をどう思っていますか?」
「どうと仰いますと?」
「何歳まで生きたいと?」
「別に決めていません。死ぬまでは」
「自殺願望とかは無いですか?」
「それは無くはなかったですけど。今は考えていません」
「じゃあ最後の質問にします。貴方は幸せをどんな時に感じますか?」
「姉からメールが来た時とか」
「それだけですか?」
「ゴルフのスコアが上がった時とか。でもどうですか、別に問題なんてないでしょう。早苗が煩く言うから受けたけど。そんな家庭の揉め事ぐらいどこにだってあるんだ。親の再婚したぐらいでおかしくなってたら、何百万人て人が問題行動を起こしている」
「どこにでもあることではありません、それに貴方は奥さんを愛しては居ないんじゃないですか?」
「どういう事ですか?」
「依存している。お姉さんの代わりですね。元を辿れば母親の変わりだ」
「確かにそうかも知れないが、別にだからって関係が悪くなるような事は……」
「貴方がそう思っているだけじゃ無いんですか?」
「愛してますよ、だから結婚したんだから」
「奥さんと良く話し合った方が良いですね。愛情を確かめ合ってください。相手の何が好きなのか。拒絶したくなるのは何か。未来はどんな家庭にしたいのか」
「そんな事は……」
「貴方には癇癪を起こす原因があります。継母の言葉から沢山の禁止が出てますし。母親からも実行の禁止が発せられている。父親は喋っていないが、逆にそれが存在の禁止となって働いている。お姉さんからも成長の禁止が出ています。明らかにACよりの性格です」
「だからって……僕は嫌なんです、そうやって原因を他人に求めるのが」
「他人ではありません、家族です。本来なら貴方の血となり肉となる人達です」
「でもそんな事ぐらいで」
「習慣は変えたくないものです。ですが今のまま過ごされるといつかは問題行動になると思います」
「そんあ事言われても……」
「今日はこのぐらいにしましょう、来週また来ます。それまでに奥さんと良く話しあってください、くれぐれも冷静に」
「だから、それが怖いって最初に言ったでしょう」
「ですが、貴方を救える人は奥さんしかいません。私は助言するだけです。聞くか聞かないかは貴方の自由ですが」と吉田さんは締めくくった。途中から聞き役に回った多喜男は、彼の雄弁さに驚いた。いつの間に勉強したのだろうか。
アパートに戻る途中にセブンイレブンによって缶ビールを買う事になった。ハイネケンの三百五十mが三十五バーツだ、円に換算すると百円しないと言うことになる。安いなと思い。一ケース分を籠に入れた。
「他に?」
「この烏賊の燻製が上手いんだよ」と吉田さんはオレンジの色をした包みを持ってきた。
「ついでにこれもな」とカップヌードルも何種類かいれる。
「もういいですね」と言ってレジに向った。
現地人の女の子がスキャナーで計算していく、バーコードという便利なものは算盤がおろか、入力の手間も省いてくれる。
レジの裏に付けられた電子パネルに385と表示された。五百バーツ札を出しておつりを貰った。
部屋に着くと、缶ブールのプルトップを開けた。
「今日はどうも有難う御座いました」と吉田さんに礼を言った。
「いや、余計な口出しをしちまって。上手く行ってくれりゃいいがな」とつまみの袋を破りながら不満げな言い方をした。
「あれだけ言えば大丈夫やろ」
「そんな事あるかい。あんたの息子は相当やばいぞ。話をする間も貧乏揺すりが止まらなかったろ。それにあの言い方。いまだに父親のあんたを庇おうとしている。それに姉貴だ。本当に生きているのか。やっこさんの空想の世界じゃないのか」
「それは……」
「後で嫁さんと話した方が良いな。苦しみながら子供と暮すよりは二人の方が良いと思うぞ」
「あれだけ話したんやから、息子も考えるはずや」
「それはどうかな、あんまり追い詰めない方が良いと思うけどな。どうも逃避願望もあるようだし」
「そんな事あらへん」
「いつもそうやって正論を押し付けてきたんだろ。隠れた所では、みんな後妻の責任して。俺の義母と同じだ。悪いと分かっていながら親父にはイエスしか言えなかった。親父はアルコール依存症でね。患者にそんな事をばれたら大変なこ事になるんで、俺はいつも口を閉ざすよう義母から言われていた。最悪だったよ。子供心に矛盾を受け入れなきゃならなかった、家にいるゴキブリのような男を、街の人は先生といって尊敬していた」
酷い言い方だと思ったが、言い返しはしなかった。その事は自分でも自覚していたし。そのような環境で育った方がひ弱だった秀夫にとっては良い経験のように思っていた。逞しくなると。ここに来て本を読んでいくいくうちに間違いであった事を知った。麦は踏めば踏むほど強くなる。そんな事を人間教育にも当てはめてしまう程度の知識しかなかった。昭和という時代は忙しすぎた。考える事をさせて貰えなかった。ましてや子供の教育など教わる機会もなかった。
「でも貴方は立派に立ち直られたんでしょう」
「人まで死なせちまう事になったがな。結局、親父を憎めなかったから社会にその歪を求めたんだ。それを指摘する事でいい気になっていた」
「どうすれば良いんやろか?」
「これ以上、私には荷が思すぎる。息子だって今日のインテークでインチキ臭く感じたはずだ。次はないだろう」
「これで終わったら嫁が気の毒や」
「元凶を作った貴方が言う言葉じゃないがな」
「反省はしとる」
「どっちにしろ息子を信じるしかないな。奥さんを愛しているんならハードルを越えることは出来る。依存関係を望むめばアウトだな」
「アウトって?」
「家族の中で暮すのは無理だった事だ」
「そんな……」とビールを置いて溜息が出た。恵美と連絡を取りたかった。あの子の言う事なら聞くかもしれない。
9. ロールキャベツ
昼前にアパートにやって来たが吉田さんの姿は無かった。風呂敷包みは置いてあるので買い物に出かけたのだろうと思いパソコンの電源を入れた。
早苗さんからのメールはなかった、インテークを行ってから数日経っていたので少し心配になった。相変わらず老人会の人は欠かさず送ってくれる、それは一先ず無視する事にした。
昼を過ぎても吉田さんは戻ってこないので、何か食べようと通りに出た。『爽秋』に行って見るつもりで、今日は背の高い中国人のカラダを借りてきた。
アパートの前でタクシーを捕まえようとしたが、いつまで経っても空車が来なかったので、盛んに行き来しているバイクの兄ちゃんを止めた。後ろに乗っけて走ってくれる事は知っていたが、どうも危なっかしい。だが渋滞の多いバンコクでは、これが最も便利な乗り物に見えた。三十バーツだと言うので125ccバイクの後ろに乗った。
バイクには配達で三十年も乗っていたので慣れていたが。渋滞している車の隙をぬって走る彼らには恐れ入った。対抗車線も何のそので、前を走るバイクを追い抜くことに意義を見出すようにアクセルを吹かした。客を乗っけている事はあまり関係ないらしい。少々尻が痛くなった。
単車を降りると歩道を歩き店のドアを開けた。昼食時にしては客が少なかった。オフィス街、特に日系企業が多く働くソイアソークから離れているので日本人相手の営業だけでは難しいのだろう。されど、一食百バーツを越えるランチ定食は現地人には高すぎた。彼らは店の前に出された屋台に座って食べている。大体半額だ。それに、彼らの好む辛味が日本食には少ない。
厨房を覗きながら、エイコさんがいるかと奥の席に座った。どうやら今日はいないのか、料理人の男が熱心にロールキャベツを包んでいた。今日のメニューに乗っている。
店員がチャイエン(冷たいお茶)を運んできたので、メニューの一番上にあった、ロールキャベツを頼んだ。
エイコさんが居なかったので、少し落胆していたら、表の扉を開けて帰って来た。何があったのか汗の滲んだ顔は険しかった。厨房に行こうとしたので。
「こんにちは」と声をかけた。少々驚いてこちを見た。
「あなた」
「多喜男です。お言葉に甘えてまた寄せてもらいました」
「ねぇ、貴方知ってる。卓也君ってあんなに若かったのね」
「ええ、お会いになったんですか?」
「行って来たのよ、カオサンに。まさかあんな若いとはね。あれじゃ息子ね」
「それは、あっちで年をとらないので」
「そう」
「でも彼は私のことは知らなかったわよ」
「あっちの記憶は徐々に消えていくらしいんです」
「そうなの、何だか都合のいい話ね」
「すみません」
「貴方が謝る事無いわよ」
エイコさんは肩を怒らせて厨房に消えた。誰から卓也君の事を聞いたのか気になったが、またの機会にしようと、運ばれてきたロールキャベツを口に入れた。
「貴方、早苗さんを知ってたわね」とエイコがまた現れた。
「はい」
呼吸が荒くなった。
ルーイの宝くじ売りに纏わる話