ゲーム

「......」俺は目の前で、血を流して横たわっている男を一度見下ろしてから、後ろを見た。
俺の後ろには、真っ赤な廊下の壁があり、廊下の奥のほう、職員室がある辺りでは沢山の男女が横たわっていた。そのほとんどが、ナイフをその手に握っていた。彼らが向いている方向は俺だった。俺を止めようとしていたのか、どうだったのかは今となってはわからない。この学校で生き残っているのはおそらく俺だけだからだ。
「なンで邪魔スるンだ......」俺は一言呟くと、もう一度前を見た。
そこは、廊下の端だ。俺が目の前の男を追い詰めた場所であり、男の最後の場所、そして、俺の最後の場所。
「がはっ......!」俺は足元に血を大量に吐いた。少し......血を流しすぎたか。
「やベェな、意識ガ......」俺はなんとなく背中に手をやると、「......ハハ、コれデよく生きテたナ」普段そこにないものがそこにあった。そこから一つだけ抜き取った俺は、首に当てた。
「オレは......。オれは......。認めラれタかっタ......! タだソレだけナノに......! オレハ......。オレハ......!」
そこで俺は、首に当てた物を思いっきり左右に振り払った。俺は、首から血を勢いよく流し続けながら、その場に膝をついて倒れた。そして、意識を手放した。


俺の名前は山村孝志。どこにでもいる普通の男子高校生だ。今年で普通の高校生活を三年目をむかえた。いや、一つだけ普通ではなかった。周りからは拒絶されていた。拒絶というより、好奇の目で遠くから見られ、近寄ってこないだけだった。別に俺が黒歴史たっぷりの中二病でも、性格がそうさせているわけでもなかった。この顔の火傷のせいだ。俺の頬いっぱいに大きな火傷のあとが残っているのが、周りからは好奇の目で見られるようだ。俺にとっては迷惑極まりないのだが、仕方がないと諦めていた。
「......はぁ」それでもため息をつかずにいられはいなかった。俺は、普通に皆と話したかった。ただ、それだけだったのに。
「で、これの面白さは理解いただけかな?」
いや、一人だけ俺に話しかけてくるやつがいた。名前は.......覚えていなかった。そもそも、クラスほぼ全員から話さない状況でなぜ名前を覚えねばならないんだ。
「全く理解できないな。それの面白さも、お前が一々おれに話しかける意味もな」俺がそう言うと、目の前のやつは目を真ん丸にしてこう言った。
「なんでだよ! これの面白みがわからないのはわかるけど、僕が君と話しかけることに意味はあるんだよ!」
面白みがわからないんだったら、力説するなよ、と思いつつ俺は返事を返す。
「へー、どんな意味があるんだ」
「友達だから」
即答だった。俺のことを友達だと言うやつは、俺がこうなってからやつが初めてだった。
「なぁ、それは―」俺がそこまで言ったところで、「ピンポンパンポン」放送が入った。
「えー、生徒に連絡。生徒に連絡」校長の声だ。
「今からお前たち生徒はあるゲームをしてもらう」
「ゲーム? 一体なんだ?」俺は小さく呟いた。
「ルールは今から教室に入ってくるやつが説明する。以上、連絡終了」
校長の放送が終了すると同時に、教室の外にでも待機していたのだろうか、体を黒い服で包み、帽子を目深に被った者が入ってきた。身長と体つきからして男だと辛うじてわかった。その男が持っていたのは、段ボール。時折、中から金属音の擦れる音がしている。男が段ボールを教卓の上に置くと、説明を始めた。
「さっき校長が説明したと思うが、お前らにはゲームを始めてもらう。詳しくはこの中身を見ろ」男はそう言うと、段ボールの蓋を開け、教室から去っていった。
誰も動かなかった。いきなりゲームを始めるだの、詳しくは中身を見ろだの言われても、動くはずがなかった。俺もそうだった。動こうとは思わなかった。ただ、なにか嫌な予感はしていた。誰も動かなかった中で、たった一人だけ動いた者がいた。どの学校のどのクラスにも最低一人はいるお調子者だ。そいつが動いた理由は、好奇心だ。そいつは、開けっ放しになっている段ボールの中身を見ると、嬉々としてこう言った。
「おい! ナイフがあるぞ!」
クラスの中がざわめき始める。ゲームの詳しい理由は、段ボールの中を見れば分かると言っていたが、中身がナイフだけしか入っていないのならば、何も意味はない。俺がそこまで考えていると、また放送が入った。
「あぁ、一つ忘れてた。お前ら帰れないから。つまり、この学校に幽閉状態。段ボールの中身はどのクラスも見ているな。ゲームの内容を発表する。お前ら全員で殺し合え。ただそれだけ、簡単だろ」クラスの中のざわめきが一層大きくなった。いきなり殺し合えなど現実離れしたことを言われてもどうすればいいのか、頭がパニック状態なのだ。
「最後にな、こちらからの食料補給はなしだ」そう言って、放送は終了した。
教室の中は、静まり返っていた。
おそらく、全員の頭の中を巡っているのは、閉じ込められた、食料補給なしだろう。その中で、俺は一人考えていた。次にどういう行動に出るか、誰が一番に動くのか、ここから出る方法は......。そう考えていると、クラスメートの一人が動いた。そいつは、クラスの中でも大人しいに部類されるやつだったなと思いながら、そいつがどう動くのか見ていた。すると、そいつは段ボールの中から、ナイフを取り出すと、俺の前に来てこう言った。
「お、お、お、お前なんて、き、き、き、消えてしまえば、い、い
、い、いいんだ!」そいつは震えながらそう言った。俺は、そいつの目を見ずただ黒板をじっと見つめながらこう言った。
「この世に消えていい人間がいるんだ」
そいつは、驚いていたと思う。俺は、前の席に座って驚いている友人だと言い張るやつと授業以外で、口を開いたことがなかったからだ。俺は、さらにこう言ってやった。
「人殺せるのか? お前に俺が殺せるか? やれるもんならやってみろよ」
「な、な、な、何をいっているんだ。き、き、き、気でもく、く、く、狂ったか」
「なら、その言葉そのまま返してやる。人を殺そうとしているやつに気でも狂ったかなんて言われたくないね」俺はそう言うと、立ち上がりそいつの前に立った。そいつは、一歩、二歩、後ろに下がったが、相変わらず体の震えは止まっていないようだ。
「人を殺せる覚悟がないくせに、ナイフなんて持つもんじゃねぇよ。さっさとそいつを下ろしな」
「そいつの言うことなんて聞くことないぞ」クラスの後ろの方から、声が聞こえてきた。
「そいつは、邪魔者だ。さっさと、そのナイフでそいつを殺りな」
「ほ、本当にこれで友達って認めてくれる?」俺の目の前のやつは震えながら聞いた。
「ああ、認めてやろう」
全くバカな話があったものだ。友達が欲しいだけで、人を殺すとはな。しかも、周りのクラスメートは傍観を決め込んでいる。助けるという考えは全く無いようだ。俺は、呆れながら、目の前でよそ見しているやつの手首を手刀で叩いた。「イタッ」そいつは、ただそれだけでナイフを落とした。それを俺は素早く拾うと、そいつの前に突きつけた。
「形勢逆転だな」そいつにナイフを突きつけると共に言ってやった。
「はぁー、それだからお前はトロいんだよ。もういい、どこでも好きなとこ行けよ」クラスの後ろで指示したやつは、俺の目の前のやつにそう言うと、俺に近づいてきた。
「正直に言うと、お前邪魔なんだよ。何て言うかな見ているだけで、イラっとくるんだよね。丁度いい機会だし、とりあえず死んどけよ」そういうと、いきなり右ストレートを繰り出してきた。避けれない訳ではなかったが、あえて俺は避けなかった。
「おいおい、どうしたんだよ。今のは避けれるだろ? ほら、早く来いよ。そのナイフで反撃しろよ」
そいつは、挑発してきたが俺は何も言わず立った。そして、そいつの足元にナイフを転がしてやった。
「なんだよ、ただの意気地無しか。期待して損したぜ。それじゃ、殺してもいいんだよな?」そいつは、唇の両端を大きくあげながら言った。
「......ああ」俺はそいつの質問にたいして答えた。そして、両腕を大きく左右に開いた。
「さっさと、殺してくれや」
「はっ、意気地無しじゃなくてただのバカだったか。お望み通り殺してやるよ!」そいつはそう言うと、足元のナイフを拾い上げると、俺に向かって足を踏み込もうとした。が......、
「......がはっ」
血を吐いて、倒れてしまった。倒れるそいつの背中には心臓の丁度真後ろに刺さっていた。
「......なんで、こんなことをしたんだ?」俺は倒れたやつの後ろに立っていた、俺の友達だと言い張るやつに向かって声をかけた。
「だって友達だろ?」そいつは、真っ青の顔でそう言ったが、次の瞬間、顔を恐怖から喜びへと変え、こう言った。
「これでよかったんですよね、ご主人様」
......主人? 今あいつは主人って言ったのか? いや、聞き違いだろう。高校生で主従関係を築くなど―
「あぁ、よくやったな。さすが俺の見込んだ男なだけある」
俺は、教室の後ろからゆっくりと歩いてくるやつを見た。やつに聞きたいことはたくさんある。
「どうして、高校生の分際で主従関係を築くことができたのか、って顔してやがるな。面白いからそのままでいろと言いたいところだが、今は気分がいい。答えてやろう」そいつは、俺の目の前の男の近くに向かって歩きながらそう言った。
「まず、俺から頼んだことではない。こいつから、奴隷にしてくれと頼まれたんだ」
......今あいつは何て言ったんだ? 自分から頼んだ? 奴隷にしてくれと?
「だってそうじゃないか。人間って弱い生き物なんだよ。誰かに守ってもらわなきゃ、生きてなんかいけないんだよ。だから、僕はご主人様の下についたんだ」
「......だからって、奴隷か」
「そうだよ。奴隷にしてくれって、頼んだのに奴隷じゃなくてパシリの位置に落ち着いているけどね」
「......ひとつ答えろ。俺のことを友達だと言ったのはなぜだ?」俺がそう聞くと、友達だと言っていた男は、少し考える素振りを見せたあと、こう答えた。
「ご主人様から君の過去について聞いててね。本当かどうか確かめるために近づいただけだよ」
「こいつは疑い深いやつでな。まず、自分の目で確かめないと信用しないんだと。まっ、そこが気に入ったんだがな」俺のことを友達だと言っていた男の横に立つそいつは、男の頭を撫でながらそう言った。しかし、今の俺はそんなことなど目につかないくらいに、動揺していた。
「俺の......過去......」
「あぁ、そうだよ。お前の過去について、調べさせてもらったよお陰でよくわかったよ。その頬の火傷の理由とかな」そいつの顔には、感情なんてものは浮かんでなかった。
「それをこの学校中にばらまかせてもらったよ。だから、お前に話しかけるやつなんて一人もいないんだよ。お前は誰にも認められていないんだからな!」
俺は最後の台詞を聞いた瞬間、目の前が真っ暗になった。
「いいか! お前みたいな、人殺しがここにいていい理由なんてないんだ! 全員お前なんて、認めてないんだからな!」
認められてない? 俺が? 人殺しだから?
「......じゃあ、殺せよ」
「あぁ?」
「人殺しがいたらいけないのなら、殺せよ。最もお前は自分のキャリアだけを守ることだけしか考えてないだろうから、殺せないだろうけどな」
「別に、俺が直接手を下す必要はねぇだろ? 俺には優秀な友達がいるんだからよ」
「はい、ご主人様」男は、足元に倒れているやつの背中から、包丁を抜くと俺の前で構えた。
「友達のよしみだ。早くあっちに送ってやるよ」
友達......。中学の頃にもいたな、そんなの。最も俺が事件を起こした時からいなくなったけどな。事件? 友達? その瞬間、俺は一番思い出したくない記憶を思い出した。

「俺たち友達だよな? なぁ、山村!」

「そウか、認めラれなイのなら......」

「楽になれよ、俺の元友達!」俺の目の前でナイフを構えていた男は、そう言って俺に向かってナイフをつきだしてきた。それを俺は、回避し、そいつの手首を握った。
「えっ......?」そいつは驚いていた。まさか、俺が反撃に出るとは思っていなかったからだろう。
「甘イ、真ッ直グ突ッ込めバ簡単に避けラれルんダ」
俺は、やつの手の中にあるナイフを、指を一本ずつ剥がしながら言った。
「そシて、お前ハこコで死ぬ。今カらナ」俺はナイフを持つと、そいつの心臓に刺してやった。
「えっ......? えっ......?」最後に発した言葉は、それだけだった。そして、床に倒れて動かなくなった。
「さすが、人殺し様は違うね。躊躇ってもんがない。まっ、お前も死ぬんだけどな!」
「いチいちうるさイやツだ。ソの口閉ジてやルよ」俺はそう言うと、そいつに向かって足を思いっきり踏み込み、飛んだ。直線距離にして、俺とそいつの距離は二メートル位だった。俺は、空中で、ナイフを両手で持った。そして、そいつの目の前に着地すると同時に、
「ギャァァァ!」
唇を切り落とした。
「よカっタじャねェか、スッキリしタぜ。つイでニその、やカまシく音立てテる心臓もスッキリさせルか」俺は、そいつに近づきながらそう言った。
「ま、待て! な、何でもする! 俺にできることなら、なんだってする! だから、命だけは!」
「何でもスるなラ、今すグ死を迎エな」俺は、ナイフをやつの心臓に突き刺した。
俺が、周りを見渡すとクラスメートが小さくなってこっちを見ていた。
「お前ラ、知ッてルよな。安心しナ、すグ楽になルかラさ」俺は、クラスメートに向けてナイフを向けて言った。
教室はいつでも出れたが、誰も出ようとしなかった。教室の壁が赤く染まりきったあと、俺は教室を出た。そこでは、俺と同じように狂気に支配されたやつ同士が殺しあっていた。俺は、その光景を見て、
「あハ、あハは、あはハはははハはははハははハははははハはハ!」

廊下にたくさんの人の山ができたあと、俺は背中にはたくさんのナイフが刺さっていた。しかし、そんなことは気にならなかった。今俺の中を支配しているのは、たったひとつ。
「校長を......コの手で......」
まず、俺は職員室に向かった。そこでは、先生連中がそれはそれは、楽しそうにのんびりと、お茶を飲んでいた。俺は職員室の真ん中を注目を浴びているのも気にせずに、突っ切った。俺の目的が何か分かったらしい、先生連中は手に、ナイフを持ってこっちに向かってきた。俺はそんなこと気にせずに、職員室の奥にある校長室に向かって走った。中では、校長が二つある扉の一つから逃げようとしていた。まさか、生徒がこうするとまでは思ってなかったのだろう。
「逃がスかよ.....」俺は呟くと、追いかけた。廊下に出ると、先生達が待ち伏せしていた。俺は気にせずに、まず目の前の先生の心臓に、ナイフを突き刺すと、抜き、体を反転させ、別の先生へ刺した。それを何回も繰り返しているうちに、先生の人数が減ってきた。しかし、邪魔されては困るので、全員にきっちりナイフを刺してから、校長のあとを追った。校長は廊下の端で丸まっていた。その手に携帯電話が握られていることから、警察でも呼んだのだろうか。ふと顔を上げて俺に気づいたようだ。何か口走っていたようだが、俺には聞こえなかった。その心臓に俺は......。



「先程入ったニュースです。都内のとある高校で大量殺人事件が起きました。学校の校長から通報を受けた警察が校内に入ると、辺り一面血と人のは山だったそうです。警察の発表によりますと、犯人は不明とのことです。また、全員の死因はナイフで刺されていたのに対し校内の一番奥で見つかった少年の死因は―」

ゲーム

ゲーム

  • 小説
  • 短編
  • ホラー
  • 青年向け
更新日
登録日
2013-10-29

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted