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1

「なぁ、バスケ部の見学行ってみいひん?」
弁当箱を持った舞が隣の席に座り、弁当包みをほどいた。
「…え、なんでなん?」
私は細身でロングヘアーの舞が、まさかバスケットボールのような激しいスポーツに興味をもつなんて思ってもおらず、単純に驚いた。
「なんでって…なんか、かっこええやん!」
「まぁ…かっこええけどさ、自分がやるとなるとまた話別やん?」
舞のこういうミーハーなところがあんまり好きじゃない。入学式の時も、校歌を歌う合唱部を見て
「うちもあんなんやりたいわー かっこええわー」
と言っていたくらいだ。
「なぁ、行こや。絶対おもろいって。伊緒もやりたなるって」
舞に右手を揺すられ、卵焼きが箸からポトッと落ちた。
「あーもーしつこいなホンマ! 」
「別におもんなかったら先帰ってええからさぁ。」
「はあ?それ一緒に行く意味ないやん、そんなら初めから一人で行きや。」
「だって先輩らいっぱいおんのにうち1人で行く勇気ないわ。」
めんどくさ、と思いながらもこうやって友達と行動を一緒にするのが
女子校のルールなのかと思ったので、しぶしぶついて行くことにした。
一ヶ月前にこの大山女子中学に入ってからずっと舞といる。小学校の時は給食をみんなで机をくっつけて食べていたのに、中学はお弁当で各自が場所を移動して友達と自由食べる。食べる友達がいないと1人ぼっちになってしまう。それが嫌だったので、入学式から一週間くらい経ってから舞が話しかけてきてくれたのは嬉しかった。それからはずっと舞と行動を共にしている。入学から一ヶ月、すでに教室の中はいくつかのグループに分かれていた。
「なんかホンマに行くとなるとちょっと緊張してきた…!」
いまさらなんだこいつは、と思いながら弁当箱のフタを閉めた。舞によると見学は放課後の一時間だけだそうで、ちょろっと見て適当に隙をみて帰ろうと伊緒は軽く思っていた。

2

五限目の日本史の授業はまるで頭に入らず、とりあえずまぶたが重かった。眠い。なんでこんなに眠いんだ。小学校の頃は居眠りなんてしなかったが、中学に入った途端に居眠りをするようになってしまった。ノートの文字が象形文字化し、しまいにはノートからはみでた。なんだこれ。気づいた頃にはチャイムが鳴り、掃除、終礼、とすぐに放課後になり、担任が教室を出た。教室はみんなが一斉に帰る準備や友達と遊ぶ約束をしたり、部活紹介パンフレットを広げたり、教室がごちゃごちゃしはじめた。
「うわぁ〜なんかめっちゃ緊張するな!」
舞の声が伊緒のすぐ後ろから聞こえた。
「ってかこれいきなり行って見学来ました、みたいなんでええの?」
「うん、確か…何にも準備いらんかったはず。」
と言いながら部活紹介パンフレットに目を通す。
「あ、体育館シューズいるわ!」

体育館シューズの入った袋を持って体育館前まではとにかく来てみた。
体育館は教室を出てすぐの階段を二階下がると別館への通路があり、その通路の途中に入り口があった。
「なんやぁ。ウチら以外にも部活見学に来てる子結構おるやん。」
入り口からコートを覗き、ややガッカリした口調で舞は言った。
コートにはバレー部とバスケットボール部の姿があり、コート脇には部活見学の子がきちんと体育座りしていた。
「はよ中入ろ!」
早く見て早く帰りたい。そんな気持ちで伊緒は頭がいっぱいだった。
舞は驚くような顔を見せた。
「じゃあ伊緒が先行ってや。」
「なんでやねんな。うちついて来ただけやもん。」
「ええから、はやく。あ!ほら!あそこの人に気づかれたやん!」
バスケ部と思われる人がボールを抱えてこっちに歩いてくる。
「伊緒がはよ行かんからやんか!もう!絶対変な子やと思われたわ!」
伊緒はこの言葉に少しむっとした。私は何も悪くない。

「部活見学やんな?来てくれてありがとう!ちなみにバスケ部の?バレー部の?」
その爽やかでショートカットの小柄な人は伊緒と舞の前でニコッとした。
「アッ、えっと…私たち、バッ、バスケ部を…ね!伊緒。」
…私に振るな。と思ってモゴモゴしていたが先輩はそんなことを気にもとめず、
「うわぁ!めちゃ嬉しい!とりあえず中に入って好きなだけ見てってな!質問あれば、なんでも聞いてくれてええよ!」
と2人をバスケ部のコートに連れて行ってくれた。練習風景を体育座りで見ながら舞は一人でテンションがあがっていた。
「うちらがバスケ部入ったらポジションどこやろな?」
「なんか試合中にお互いを呼びやすいようにコートネームっていうのがあるらしいで。うちらが入ったらどんな名前つけてくれるんやろなぁ〜。」
「大山中学校バスケ部のロゴ入りTシャツ、かっこええな〜。うちらもあれ着るんかぁ。」
まるでバスケ部に入ることを決めたかのように独り言を言っていた。ただ、主語が「うちら」というのがどうも気になる。バスケ部に入るなら1人でお願いします、と言いたくなった。私は一回も入りたいとは言ってない。

伊緒の中ではバスケ部は自分から一番遠い部活だとさえ思えた。なんせ自分は小学校の時はずっとマンガ部でマンガを描いていたから。少し覗いて帰るつもりが、気がつくと一時間経って、部活見学は終わった。
「やっぱかっこよかったなぁ!」
駅まで歩きながら舞は伊緒の感想を聞きたげに、顔を覗き込んできた。
「いや…、あんま見てへんかってん。」
「何しに行ってん!」
舞はアハハと笑った。いや、誰かが無理やり連れていってんやろ!と言ってやりたくなったけど、めんどくさくてやめた。伊緒にとってバスケ部の部活風景は興味があるものでもなく、また興味が無いものでも無かった。ただ単に、ボーッと見ていた。
「もうさ、はよ入部届け出しに行こな!」
と言われて、バイバイして互いの家に向かう電車に乗った。いや、私はバスケ部には入らないぞ。

3

自分でも驚いた。
何故か入部届けを机の上に置き、ボールペンを握っている。
つい一週間前、部活見学に行ってもなお入らないと言っていたバスケ部に、入ろうとしている。自分でも良くわからないが、きっと舞のせいだろう。毎日毎日、バスケットボールのルールの本を買っただの、バスケットシューズを見てきただの、顔を合わせるたびにバスケの話をしてくるからだ。でも、いつのまにかバスケ部という響きにドキドキしている自分もいた。舞のせいだと言っているが、本当は新しいことに挑戦してみたい気持ちがどこかしらにあったかもしれない。でもミーハーの舞と一緒にされたくない。いろんな感情が混じっていた。

だが気づくといつのまにか入部届けを顧問に提出していた。
「え!ウソやろ!うちより先に出したん!?あんだけバスケ部には入らんとか言うてたのに〜!?」舞はまだ入部届けを出していなかったらしい。
「ごめん。もう出してると思ってん。」
「いや出してへんわ!一緒に出しにいこうと思ったのに!」
「はよ出しや。うち今日から練習来てって言われてるから、舞も今日提出すれば今日から部員になれるやんか。」
「あれ親の印鑑いるやん!今日印鑑持って来てへんもん!あぁ〜もう!ええなぁ。」
まぁとにかく私は今日初練習なわけで、放課後までドキドキしていた。
チャイムが鳴り、急いで体操服に着替え、体育館へ走った。
「あ、来たな!こっちこっち。」
見学の時に案内してくれた人だった。この前はあんまり興味がなかったのでこの人のこともよくみてなかったが、よく見ると、マッシュルームみたいな髪型で色白、小柄でバスケをしているようには見えない人だった。

中学のバスケットボール部に入部した伊緒。そこで先輩の葵と出会う。だがしかし、それによって伊緒の中学生活が大きく揺さぶられることになる。選手としての悩み、先輩との関係、監督からの圧力、親友の裏切り。中学生として、選手として、後輩として、さまざまな面において伊緒はどのように問題を乗り越えるのか。熱い青春ストーリー。

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • 青年向け
更新日
登録日
2013-10-29

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