未完成の詩
「それじゃあ魅姫、また明日ね」
「うん、また明日」友達と教室で別れたのは歌藤魅姫。
教室の壁に壁に掛かっている時計の針は五時を指していた。
魅姫にとってこの時間と言うのは居心地の良い時だった。 誰もいない教室というのもあるだろうが、彼女にはある目的があった。
それは、
「ーーー♪、よし」
魅姫は大きく息を吸うと、
「星たちが歌う 君のために歌う その歌を僕にも聞かせて 君の隣で」
彼女の目的とは、歌を歌うことだった。
歌うのなら、軽音部に入れば良いのだが、彼女としてはそれでよかった。 誰かの前で歌うという行為は彼女にとってハードルの高い問題だった。
「君は今何を見てるの 僕にも見させて 君の隣で 同じ景色を 見させて」
突然教室の前の扉から歌声が聞こえてきた。
魅姫が振り向くとそこには、
「ゴメンね、邪魔しちゃ悪いとは思ったんだけどつい
」
「三倉くん?どうしてここに?」扉に近くに立っていたのは三倉直弥。魅姫のクラスメートである。
「そこの廊下を歩いてたら歌声が聞こえてね。まさか歌藤さんとは思わなかったよ」
「そうなの。ねぇ、今の歌もう一度聞かせてよ」魅姫は言った。
「いいよ。それじゃあ、ちょっと待って」そう言って三倉は廊下に出た。
教室に戻った彼が持っていたのは、
「ギター?」魅姫が聞く。
「そうギター。この歌を歌うときはこれと一緒って決まってるんだ」三倉はそう言うと、ギターを弾きながら歌い始めた。
「君は今何を見てるの 僕にもを見させて 君の隣で 同じ景色を 見させて」
「ねぇ、今の歌詞でちょっと変えたほうが良いとこあったんだけど」三倉の歌を聞いてた魅姫が言った。
「えっ?どこ?」
「ちょっとこっちに来て」
三倉は魅姫の近くに寄った。
「ここの部分をこう直した方が良いんじゃない?」そう言って、魅姫は歌った。
「ーー♪」
「・・・なるほど、そこを変えたら良いのか。僕もちょうど変えたいと思ってたんだけどどうしたら良いかわからなくてね」
「それで、付け加えた歌詞のところの音程を上げたらどうだろう?」
「こんな感じ?」と言って三倉は歌った。
「ーーー♪」
「そう!そっちの方がやっぱり良い!」
「ありがとう。僕も良い?」
「何?」
「歌藤さんがさっき歌ってたあの歌詞の部分をこうすれば良いんじゃないかな」
そんな感じで二人は意見を出しあった。お互い良いものを作り上げるために。
そんな日々が、一ヶ月続いた、ある日のこと。
「歌手? 魅姫は歌手になりたいの?」
「そう。みんなの前でみんなの心に響くような歌を歌える歌手になりたいの。直弥は何になりたいの?」
「僕は、今は何もないね」
「何も?」
「そう、何も。ただ・・・」
「何?」
「いや、何でもないよ」
二人は仲良くなっていた。
(そう、この日までは私も笑ってたんだ。ずっとずっと、このまま続くと思っていたんだ。)
それから一週間がたった日のこと。
魅姫は病院の中にいた。
三倉が事故に遭ったのだ。 相手の信号無視のせいで三倉は生死の境目にいた。
手術室の扉が開き、医者が出てきた。
「直弥は、どうなったんですか?!」
「何とか一命をとり止めましたが、いつ亡くなってもおかしくありません」医者は顔色一つ変えずに言った。
「なんだよ、それ。おかしいだろ! 何であっちが助かって、直弥が死にかけてんだよ!死にかけてるやつを助けるのが医者じゃないのかよ!」魅姫は医者の胸ぐらをつかみながら言った。
「気持ちは分かります、ですがこればっかりは・・・」
「何でだよ、何でなんだよ」魅姫は床に崩れ落ちた。
医者は魅姫の肩をぽんと叩いて去ろうとした。が、そのとき、
「先生!患者の意識が戻りました!」
「なんだって!」医者は急いで手術室へと戻ろうとした。が、その途中に倒れ込んでいる魅姫に向かってこう言った。
「君も来なさい!」
魅姫は何とか体を起こすと、医者と共に入っていった。
部屋の真ん中にある手術台の上に三倉は横たわっていた。
「直弥・・・」
「・・・魅姫?ちょっと、こっちに来て」
魅姫は言われるがままに、歩み寄った。
「僕の、手を見て」三倉の手を見ると何かを握りしめている。
「魅姫に宛てた手紙だ」
「直弥!そんなこと言わないで!一緒に歌を
作るんじゃなかったの!」
「自分の、最後位、わかるさ。その手紙には、僕の最後の、詩が載っている。それを完成させて」
「そんなこと言わないで!生きてよ!まだまだこれからじゃないの!」
「頼んだよ」三倉は最後に微笑んで言った。と、同時に、三倉の体と繋がっていた機械がピーと音をたてた。 魅姫の体は再度崩れ落ちた。
それから一週間。
魅姫は誰もいない放課後の教室にいた。
「あれから、一週間たったね、直弥。」
魅姫は呟いた。
「おかしいよね、涙がでないんだよ。そう言えば、今日は直弥とここで初めて話した日だったね」
魅姫はそう言って、
「何で死んじゃったんだよ!なんでだよ!一緒に歌を作ったじゃない!これからもっともっといっぱい作るって言ったじゃない!嘘つき、直弥の嘘つき!」
そのとき、机から紙が落ちた。
「これは、直弥が最後に私に書いた手紙。まだ、読んでなかった」
そう言って、魅姫は手紙を拾って読み始めた。
そこに書かれていたのは直弥か死の直前に言っていた言葉通り詩が載っていた。
そして、あのときは気づかなかったが二枚目があった。
そこに書かれていたのは、
「魅姫、これは僕の最後の詩になると思う。この詩は君に完成させてほしいんだ。君の詩を書く力と歌唱力があれば、きっとこの詩は輝き出すんだ。君ならできるよ。直弥。
追伸:ずっと言えなかったけど、大好きだ」
「・・・直弥らしくないね。二人いてはじめて完成するのに、一人だけ先に書いちゃって。・・・私も好きだったんだよ、バカ」
その日、魅姫は初めて涙を流した。
それから十年の月日が流れ、とあるコンサート会場。
「次が最後の曲になります」
観客たちからえーっという声が上がる。
「ありがとう。今から歌う曲は私が高校生の時に作った曲です。それでは聞いてください、未完成」
「ーーー♪」
そこにいたのは、魅姫だった。
あのとき託された詩を今歌っている。
そして、彼女はこう思っていた。
「直弥、見てる?私夢を叶えたんだ。けど、まだまだだよ。もっともっと頑張ってみんなの心に響く歌を歌わなきゃね。だから、見ててよ。直弥がそこで見てると私頑張れるから」
魅姫は今日も歌う。人々の心に響く歌を歌うために。
あれから、涙は流れていない。
未完成の詩