Real mermaid.

Real mermaid.

はじまりは、ある一人の女が海に身を投げた事でした。


物語のなかのわたくしたちは、なんとまあ美しく描かれているのでしょう
本当のわたくしは、そんなものではないのです。

わたくしたち人魚は深海の底にいるために
目がほとんど見えないのです。

髪は海水で色が抜けて真っ白になり
肌は硬い鱗で覆われていて、まるで老婆のようなのです

暗い世界に漂う人魚の髪は、夜空に流れる星のようなのです。

わたくしたちは声で、相手と会話をします。
見えなくても、全身で感じるのです。温度も肌も。

それが苦痛でありました
行き場のない魂にとっては。

今日は珍しく、地上の光がとどいておりました。
ある一人の人魚が、その元へ泳いでいきます

彼女は名前をジェゼベルといいました
もともとはある国の姫でありましたが、ある日身を投げ、人魚の王の末娘として転生したのです。

気がつけば、年は十八になっていました。

今日は地上では、祭りであるようでした。
好奇心をくすぐられないではいられません


姫、
何処からか、早く宮へお戻りくださいませと、声が聞こえました。

今日は姫の成人式なのでありました
王も女王も、八人の姉たちも、この日を待っていたのです。

品定めといいまして、人魚はこの日から一年間だけ、美しい女の姿になれるのです
その一年の間に、伴侶を見つけ、子をもうける決まりでした。
さもなくば、姫を待つものは死のみであります。

海の泡となり、二度と蘇ることはできなくなるのです。

王の末子とその子のみ、人魚の王になることができたのです。

姫はゆっくりと、長い廊下を泳いでいきます
そして王の待つ大広間へ…


***

広間では大きな珊瑚の椅子に王が三又の金の鉾を持って座っておりました
その隣には女王が腰掛けています。

「姫、前へ」


金の鉾から降り注ぐ光が、姫を包みます。

髪は黒々として、やわらかな肌は紅のささった真珠のようで
まことにうつくしいのでありました

なんと美しいことでありましょう。
醜い人魚の男たちは、姫を手に入れようと躍起になっていました

姫はそんな化物が嫌いでした。

逃げるように、海底から地上へ泳いでゆきました。

***

どれほど泳いで来たことでしょう。
彼らの姿はもう見えなくなっていました

海原のあるところに、立派な船が浮かんでおりました。

女神を模した木彫りの像
大理石か知ら。美しい王子と見える像が花火に照らされて輝いています。


今宵の月は美しいな。
君もそう思わないか

船の縁に佇む執事の老人、友人のうら若き貴公子方に語りかける王子の顔が
一瞬光ではっきり映りました

その瞬間わたくしは、彼に恋をしたのです。
息ができなくなるほどに胸がときめいて

それこそ声など、奪われてしまうほどでした。


人魚の力をご存知でありましょうか、
美しい歌声で船を海底まで引きずり込むのです

いかにも恐ろしい伝説であります。
なぜ女の人魚は、そういうことをするのか

人魚の婆の婆から聞いた話です

昔々、人間と人魚は同じ海の世界で同じように生きることができたのです
そして、あるときに人魚の女王が人間の王に恋をしました

醜い人魚の王とは違って、それはそれは美しい姿をしていたのです

二人は惹かれあい、愛し合っていました
やがて二人の間に美しい双子の子供ができたのです。

一人は男の人間、一人は女の人魚でした。

子供が生まれてすぐのこと、幸福な日々は長くは続かなかったのです


女王を愛していたのは、人魚の王も同じでありました(二人の間には子供はいなかったのです)
ゆえに憎悪し、嫉妬するようになりました


「ああ、女王が憎い あの男も、穢れた子供たちも」


穏やかだった人魚の王は物思いを募らせ、日々復讐のことばかり考えていました。

二人を苦しめる方法、

それはこの世界から永遠に二人を引き剥がすことだったのです。

人魚の王は人間たちに呪いを浴びせかけ、海の世界では生きていけない体にしてしまったのです


もちろん、双子の片割れの人間の子は苦しいのです
ですが女王はどうすることもできません。


「女王ナザレ、私は子供とともに地上に行く」
「いけない、行ってはあなた方は死んでしまう」

地上は灼熱の乾燥した大地の広がる場所だと信じられていました。
女王の涙に映る人間の王の頬はもう苦しそうに歪んでいます。

「約束しよう、無事に生き延びることができたなら、船の舳先にお前の像を飾った船を浮かべる」
そこでまた、お前と熱い抱擁とキスを交わそう。


愛している、永遠に、


たった一つの接吻をして、王は子と民をつれて地上へと向かって泳いでいきました



そんな物語がありました。

悲しみにくれた女王は夫を殺し
毎年一年に一度だけ、海の上に顔を出すようにしました

しかし
いく年経っても、愛した王の船が現れることはありませんでした。

それから、女王は悲しみを癒すように、また王が現われることを祈って歌うようになりました。
しかし、愛は憎しみに変わり果て、心に巣くった怒りの力によって、通りすがる船を沈めるようになりました。

Real mermaid.

Real mermaid.

  • 小説
  • 掌編
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-10-21

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted