まだ雨は止みそうにない。

若干の閲覧注意。
ちょっとだけ自分の脳内を曝け出してみました。

いつもはダラダラと長いのを書いてましたが、短編にチャレンジ。

「あ、お兄さん」
慣れた手つきで車椅子を操作し、一人の少女が私の元へ近づいて来る。
「今日も来てくれたんですね、嬉しいです」
「ああ、特にする事も無いからね」
「傷、大丈夫ですか? 私、抑え切れなくて……」
「傷の治りが速いのだけが取り柄のようなモノだから、心配しなくていい。 

車椅子には慣れてきたみたいだね」
「はい、あれからずっと練習してます」
グレーの髪が風でなびく。
「風、強いですし、中に入りませんか?」
「いや、私はこれから用事があるから、今日はこれで失礼するよ」
「そうですか。 また来てくださいね、お兄さん」
「ああ、そうするよ」
私は彼女に背を向ける。
振り返ると、笑顔で手を振っている彼女が見えた。


彼女を失ってから、相当な時間が経った。
あれは故意ではなかった、こんなはずではなかったのだ。

私は、あの日あの場所で、確かに彼女を殺したはずなのだ。




「何してるんですか?」
草陰に隠れていた私を、彼女は見つけたようだ。
諦めて姿を現すと、彼女は優しく微笑んだ。
「い、いや私はここで……散歩を」
「そうですか。 ご迷惑でなければ一緒していいですか?」
私は困惑した。
もしや彼女は私を覚えていて、私を恨んでいないのではないか?
そうでないならこんな醜悪な仮面に、あの笑顔で話しかける筈が無い。


「私、まだ上手く車椅子を扱えないんです。 もしよろしければ手伝っていた

だけませんか、お兄さん?」
私は深く困惑へと落ちる。
彼女は、彼女なのか?
いや、そんな事は有り得ない。
彼女は確かに、あの日……。

私は黙って車椅子の後ろへと回る。
「どこまで行きますか?」
「それじゃあ、あそこまで」
彼女の指した方へ、ただ進んだ。

彼女の傍に居たいという欲が、ここから消えたい罪悪感に勝利した。



滴が不気味なガスマスクに当たり、弾ける。
雨が降り始めたようだ。

私には人の表情が無い。
あるのはこの仮面のみ、これが私のそれなのだ。

「ねえ、どうしてそれを付けているの?」
「私は君と同じ空気を吸う事が出来ない。 だからこれを付けている」
「似合ってますよ、それ」
「それは褒め言葉として受け取っておくよ」
「褒めてますよ」



「ねえ、どうしてそれを付けてるの?」
あの日も、同じことを違う彼女に聞かれた。

「私は君と同じ空気を吸う事が出来ない。 だからこれを付けている」
「似合ってますよ、それ」
「それは褒めているのか?」
「褒めてますよ、お兄さん」

傘の下に二人が窮屈そうにして入っている。
私が少し外にでようとすると、彼女はこっちへ寄って来た。
彼女の柔らかな黒髪が私の肩に触れる。
そうしてるうちに、二人の肩はびしょ濡れになってしまった。
それは二人を覆うには小さすぎたのだ。


今思えば、私は彼女に騙されていたのかもしれない。
着用しているスーツが私を裕福に見せ、それを目的に寄って来たのかもしれな

い。

彼女には悪いが、その時の彼女は綺麗ではなかった。
その笑顔は美しく見惚れてしまうほどだったが、衣服は破け茶と赤の染みが見

えていた。

何があったのか。
その時の私にはそれを聞き、彼女を受け入れる力も自信も無かった。

いや、そもそもお互いが受け入れあう事は有り得なかったのだ。
何故なら私は同じ空気を吸ってはいるものの、同じ世界にいる者と言うのは難

しい存在なのだから。


「暇です、お兄さん、何か話して下さい」
「そんな事を言われても、何を話せば良いのか」
「何でもいいですよ。 お兄さんの思った事でも、何でも」

「……君は、化物と人間は受け入れあう事が出来ると思うか?」
「何ですか? いきなり」
「私はもちろんNOだ。 有り得ない。 所詮は相容れぬ存在、受け入れあえ

たとしても一時的な事。 いつかは離れてしまう」

彼女は黙ってしまう。
ああ、やってしまった。
「すまない、忘れてくれ」
「……私は出来ると思います。 二人が同じ気持ちを持てば、自然と距離が縮

まると、そう思います」
「そうかも、しれないな」
「きっとそうですよ」

彼女の優しい笑顔が、私の目には暗闇にて見る一握の光の様だった。
傘に滴が注がれ、打つ音が響く。



雨はまだ降り止まない。



それでも彼女はまだ道を指している。

「戻ろう。 このままでは君が体を壊してしまう」
「あそこへ、行って下さい」

それでも彼女はまだ道を指している。



雨はまだ降り止まない。



彼女が急に足を止める。
「それじゃあ、また会いましょう、お兄さん」
そう言い、彼女は去った。
その場に残された私と傘は、雨の中彼女に置いて行かれ、ただそこに刺さって

いるかのように動かなかった。


水音と打つ音と嬌声が響く小屋に、私はそこにいた。
二つの肉が肌色のグロテスクな生物かのように揺れ動く。

後を追った先で、私は無い口を閉じ静寂に殺されていた。

私は、彼女に少し希望を抱いていたのだろう。
少しでも人間らしい感情を持ち、人間を愛せる希望だと。



今、私には人間らしくない感情が込み上げ、達する。


肉を喰らい血を啜り、骨を貪る事しか頭にない。
やはり私は人間ではないのだろう。


一つの肉を引き剥がし、持ち上げる。
その肉は抵抗しようとするが、私には響かない。

私は、取り付けた表情を取っ払い、その肉に見せつける。
息を続ける限り忘れぬように、この醜い姿を、人ならざる姿を焼き付けさせる


肉は狂い叫び顔をその手で掻き毟り、汁が飛び散る。


その肉を放すと、蟲のように這い、この場から去って行った。

辛うじて残った自制心が、これ以上の行動を抑えた。

私は、人間として彼女と関わりたかった。
だがその夢はもう消え去ったのだ。

もう、全てが遅すぎる。

彼女には何もしたくない。
少しの間だけでも、受け入れあえたかのような夢を見せてくれたのだから。

「……お兄、さ……ん?」
その時、私の前に彼女が現れ――



雨はまだ降り止まない。



「ねえ、聞いてますか?」
「ああ、すまない」


「お兄さん、私のこの髪、どう思いますか?」
彼女は灰色の髪を持ち上げる。
車椅子に座りながら後ろにいる私を見ている。
「似合ってると思うよ」
「褒めているのですよね?」
「ああ、そうだよ」

「私、また黒く染めようと思うんです」

「ああ、それが良い。 私はあの黒髪も好きだった」

「私も好きですよ、お兄さんの、その……」

胸に異物が侵入する。
それは皮膚を裂き、肉を穿つ。
「本当、お兄さんは化物ですよね」
何度も何度も、それは侵入と離脱を続け、彼女の顔は汁で覆われた。

私は再び、表情を投げ捨てる。

「悪い子だ。 大人を騙すなんて、本当に悪い子だ」

異物が深く沈み込む。


腕が、足が、頭さえも、身体の全てが本来の姿を現す。
醜き幾多もの腕や指、掌が彼女を撫で、顔についた汁を拭う。

私の全てが彼女を包む。

「お兄さん、私の気持ち、当ててみて」
「それはきっと、私と同じなんだろうな」
「さあ、どうでしょうね」


雨はまだ降りやみそうにない。

まだ雨は止みそうにない。

閲覧感謝。

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また書くかもしれないので、そのときはまたよろしくお願いします。

まだ雨は止みそうにない。

仮面の中に潜むのは?

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  • 青年向け
更新日
登録日
2013-10-21

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