エンジェル オブ ライフ 第1章
プロローグ
年も押し詰まった年末の夜、淋しい独り身の男の部屋。
時計の針がちょうど午前0時差した時、
背中に人の気配を感じて、ふと振り返った俺の目に飛び込んで来たのは、・・・
今、俺の部屋の真ん中に裸の女の子が横たわっている。
膝を抱えて横向きに寝ている(いわゆる胎児のポーズ?)為、
大事なところは見えないが、スタイルも良さそう、髪がショートカットの若い女の子。
もちろん知り合いでも無い、見た事も無い娘。
(こんな有り得ない事・・・そう!、あれはきっと人形だ。)
(最近の人形は超リアルだって言うし)
そう自分に言い聞かせ、
(ちょっと触ってみようかな)
(そう、これは事実を確認する行動・・・別に触りたいって訳じゃないぞ)
俺は確認しようと、恐る恐る手を伸ばす、
女の子:「うぅ、う〜ん、」
(気のせいかな?、この人形、なんか動いたような気が・・・)
眠りから覚めるように、ゆっくり目を開けた女の子と目が合った、
女の子:「きゃー」
何でこんな事になったんだろう?
事の発端は数時間前にさかのぼる・・・
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「課長のやつ、長々と説教しやがって」
(仕事で嫌な事があった時は、ネットでもして気持ちを切り替えるかな)
仕事から帰った俺は、パソコンの電源を入れる。
(ああ、今年のクリスマスも彼女無しか・・・)
今日は12月22日。
(冬の寒さは独り身には堪えるな)
この時点で彼女無しでは絶望的だ。
ダメ元で行動を起こした、会社の後輩の女の子へのアプローチも上司の横槍であえなく撃沈。
まあ、仕事中に行動起こしてる自分も悪いんだが。
(きっと課長、自分が独り身だからって八つ当たりだな)
いつもの動画投稿サイトで癒され動画を探す。
「あれっ?」
ふいに、ネット中のパソコン画面の真ん中に何か文字が出た。
「あなたは彼女が欲しいですか? Y/N: 」
(何だこれ?新手のコンピューターウイルスか?)
いつもなら速攻無視なのだが、今夜の俺には全てを容認する心の余裕が有る。
やけっぱちって言われそうだが、藁にもすがりたい気持ちも有るのだ。
(パソコンのデータ全て消去ってなってもいいや)
おそるおそるキーボードの「Y」のキーを押してみる。
「ご利用ありがとうございます。」
突然、後ろから男の声がした。
ギョッとして後ろを振り返ると、そこには若い男が立っていた。
「ど、どこから入った?」
玄関の鍵はかけたはずだし、冬の寒空に窓を開けた記憶も無い。
「あなた様との契約を完了する為に、参上しました『ロイド』という者です。
夜分失礼致します。
あなた、彼女が欲しいのですね?
あなた様は本当にラッキーです。
今、私共はキャンペーン中でして、今なら無償で彼女を提供して差し上げられます。」
(こいつ何言ってるの?)
良く見るとどこかのホストクラブに居そうな風体。
にやけたしゃべり方が余計怪しい雰囲気にさせる。
「驚かれるのも無理は有りませんね。」
「私共は神に近い存在です。今回、あなた様の心の叫びを受けて参上したのです。」
(この男の言う事、普通に考えて有り得ないだろ?
・・・これは、・・・そうかドッキリだ。
テレビのバラエティーか何かで淋しい男にドッキリを仕掛けるって奴だ。
状況から言って誰かの協力が無いと、男がこの俺の部屋に入る事自体、不可能だ。)
俺はちょっと緊張しながらも、男の方に向き直った。
「無償?」
(ようし、ドッキリなら、出来るだけ平然として相手の魂胆を打ち砕いてやれ)
「ええ無償です。」
男は続ける。
「わたくしは、あなた様から見返りに何も要求致しません。
提供した彼女はどうぞ、あなたの自由にしてもらって構いません。
ただし・・・」
(きたきた、何か無理難題をふっかけようとしてくるのか)
「何か条件とか有るのですか?」
俺は切り返す、ここで動揺の色を見せたらこっちの負けだ。
「彼女の提供は三日間だけ、今夜0時から、きっちり72時間。
それから、彼女自身の素性を聞く事、過去への詮索は一切禁止です。
それさえ守って頂ければ、後は何をしようとあなた様の自由です」
(何をしても自由って、これが本当ならなんて魅力的なプランなんだ。)
「了承して頂ければ、ここにサインを頂きます」
男は契約書のような物を差し出す。
なんかドクロのような透かしが入ってる。
思いっきり怪しいが、契約内容自体が有り得ない事なので、気にしないでおこう。
「契約しても本当に何も要求されませんよね?」
小心者の俺は、ドッキリだと解っていても一応聞いておく。
「ええ、大丈夫ですよ」
俺は、手の震えを気付かれないかとドキドキしながらサインする。
「契約完了です。それではお楽しみください。」
男はパチンと指を鳴らしたと思ったら煙のように消えていた。
そして午前0時、男の居た場所には裸の女の子が横たわっていた。
出会い
「キャー」
裸の女の子が俺の目の前に居る。
何でこうなったんだろう?
パソコンの画面に「彼女が欲しいですか?」の文字が出て、
それにOKしたら、にやけた怪しい兄ちゃんが現れて、
契約がどうのこうの言うから、契約書にサインしたら、
男が消えて、何故か裸の女の子が目の前に現れた。
今がその状況だ。
(おいおい、彼女の目潤んでるぞ、まるで変態を見る目つきだ。
これはドッキリだ、どこかにカメラ有るんだよなあ?)
俺があたふたしていると、彼女は突然、意を決したように起き上がり、
正座をしてこちらに向かって深くおじぎをした。
「取り乱してすいませんでした。ロイドさんから聞いていると思いますが、
私はこれから三日間、あなたの彼女としてご奉仕させて頂きます。」
(えー、この娘、何言い出すんだよ、ドッキリだろ?早く仕掛人、出て来てくれ。)
俺は必死で部屋の中のカメラを探す。
「何をお探しですか?私も一緒に探しましょうか?」
手で前を隠し、ほほを赤らめながら立ち上げる彼女。
「いや、何でもない。」
(目のやり場に困るじゃないか。)
いつまで経っても仕掛人が出て来そうな雰囲気は無い。
「あ、あの、これじゃあ話も出来ない、頼むから何か着てくれないか?」
「私は服は持参しておりませんので・・・」
彼女が悲しそう言う。
俺の部屋に女物の服が有るはずもなく、とりあえず毛布にくるまってもらう事に。
「申し遅れました、私の事はランとお呼びください。」
「ランちゃんか。俺は、さとしだ。」
改めて自己紹介をする。
「サトシ様?」
「彼女なんだろ?様はやめてくれ。」
「さ、と、し、さん。」
よく見るとかなり可愛い。
アイドルも裸足で逃げ出しそうだ。
(状況を整理しよう。ロイドという若い男が消えて、忽然と部屋に中にランちゃんが現れた。
これは手品とかではごまかしきれないような・・・)
キョロキョロと周りを見回す俺を見て、彼女は言った。
「突然の事で、信じられない気持ちは解ります。でも今起こった事は真実なんです。」
彼女は俺の手を取り、そしてそのまま自分の裸の胸に押し付けた。
柔らかい感触に理性を失いそうになる。
「え!何を?」
俺は思わず手を引っ込めた。
大胆な行動とは裏腹に、彼女は小刻みに震えていた。
少し気まずい時間が通り過ぎる。
「解った、信じるよ。でも君の事はあまり聞いちゃいけないんだよな?」
「ごめんなさい、私の過去に関する事を話してしまうと私との契約が解除されてしまいます。
その場合、三日間の範囲で有れば別の女性が派遣されて来ます。
私が気に入らない場合、強制的に解除する事も可能です。」
(そんな悲しい事言うなよなあ。)
でも、どこかマニュアルでも読んでいるようなしゃべり方だ。
「君みたいに可愛い娘を気に入らない訳ないじゃないか。」
「ありがとうございます。」
彼女は丁寧に頭を下げる。
「でも何故、俺のところなんかに来たの?
たしかに彼女が欲しいって心の中では思っていたけど、
それを特に神様にお願いした訳でもないし」
「私も詳しい事は知りませんが、想いは伝わるものだと思います。」
(なんて可愛い事を。会ったばかりなのに、もう惚れてしまいそうだ)
「じゃあ、ランちゃんは具体的に俺に何をしてくれるの?」
彼女は少し困った顔をした。
しまった、この質問は早かったか。
「あなたが望む事なら、何でも・・・」
彼女はうつむきながら、頬を赤らめて言った。
翌朝
ジリリリリリリ!
目覚ましが鳴ってる。
(夕べは変な夢を見たなあ。彼女が欲しいって言ったらポンって出て来るって?
そんな上手い話が有ったら誰も苦労しないよなあ)
(ん?左手になんか柔らかいものが?)
ゆっくりと寝返りをうって左を向くと、間近に女の子の寝顔が。
「ええええ!」
慌てて俺は飛び起きる。
さっき左手に握っていたのは彼女の胸?
よく解らずに少し揉んでたじゃないか。
(柔らかい感触が、まだ手に残ってる・・・)
「あ、おはようございます」
そう言って目を擦りながら起き上がった彼女は全裸、もちろん何も付けてない。
「お、お、おはよう」
(夕べの、夢じゃ無かったんだ)
とっさに背中を向けようと体をひねった拍子に彼女と一緒に布団ごとベットから落下。
「い、息が出来ない・・・」
俺の顔の上に彼女の胸が覆い被さる格好に。
「ごめんなさい」
「いや、いいんだ」
(今の瞬間、俺死んでもいいって思ったよ。
でも、夕べはいつのまに寝ちゃったんだろう)
「ちょっと待ってて」
俺は彼女に着られる服は無いかとタンスの中を探す。
(とにかく、あの格好で動き回られては、こっちは目のやり場に困る)
とはいえ、男の一人暮らしに女物の服が有る訳もない。
(ジャージしかないか)
「これくらいしか無いけど、着てもらえませんか?」
彼女に俺のジャージを手渡す。
「うん、こういうの好きです」
彼女は何のためらいも無く手渡されたジャージを着る。
(下着付けないで、素肌にジャージっていうのもかなりドキドキものだ)
でも、困った、今日は仕事だ。
幸い明日明後日は休みだが、今日1日でも彼女を一人にしては置けない。
何しろ、3日間しかないんだから。
(会社は熱が有る事でもしてずる休みをするしかないな。)
「もしもし、あの、課長。今日は熱が有るので休ませて欲しいのですが。」
会社に電話を済ませて、改めて彼女に向き合う。
「俺が、ランちゃんにして欲しい事を言うよ」
「はい」
彼女は真剣なまなざしで俺を見る。
「俺は、君と普通に恋愛がしたい。」
「え?」
彼女に戸惑いの表情が浮かぶ。
「デートして食事に行って、クリスマスだからふたりで人気のイルミも見に行きたい。
普通に当たり前の恋がしたいんだ」
「さとしさん・・・」
彼女の中の張り詰めたものが、少し緩んだ気がした。
たぶんどんな要求をされるか内心びくびくしていたんだろう。
「それには、その格好ではちょっとね。
ロイドって奴、自分は神に近い存在って言ってたけど、
ランちゃんは服とかパパッと出したり出来ないの?」
「私は手品師ではないので・・・」
彼女は困惑の表情をうかべる。
「ロイド、ロイドさ〜ん。呼んでますよ〜」
俺は、虚空に呼びかけてみたが返事は有るはずもなく、ちょっと気恥ずかしく頭をかいた。
そんな俺を見て、クスッと彼女が笑う。
(そういえば、ランちゃんの笑顔、初めて見た。)
「食事をしたら、服とかいろいろ買いに行こう」
それからふたりで朝食の用意に取りかかった。
買い物
朝食を済ませた俺たちは近くのショッピングモールへと向かう。
隣を歩くランちゃんのジャージ姿がすごく自然に見える。
髪はショートカットで、ボーイッシュな体育会系少女。
(彼女の本当の歳、高校生くらいなのかな?
でも、あのジャージの下は何も付けてないんだ。)
そう思うと、こっちの方が気恥ずかしくてヒヤヒヤしてしまう。
(これ、他人にバレたら彼女に羞恥プレイをさせている酷い彼氏って思われるのかな?)
「さとしさん、あれ見て見て。」
こちらの心配を知らずに無邪気に彼女が駆け出して行く。
(頼むから転んでスボン脱げちゃったってマンガみたいな事にならないでくれよ)
ランちゃんの希望を聞きながら、頭から足先まで、ひと揃いの買い物を済ます。
一刻も早くこの状況を打破する為、店のトイレを更衣室代わりに使わせてもらおう。
「呼びましたかな?」
ランちゃんの着替えを待っている途中で後ろから声をかけてきた男がいる。
ロイドだ。
「今頃出て来て何の用だ?」
俺は、にやけ顔に嫌みを言ってやった。
「ひとつ忠告をと思いまして。」
男は顔を寄せて来て小声で言った。
「彼女は3日で消えるのです。あまり入れ込むと、別れが苦しいですよ」
(そうだった。)
彼女の笑顔を見てるとかりそめの関係って事を忘れそうになる。
「お・ま・た・せ」
着替えて出て来た彼女は満面の笑みだった。
すでにロイドの姿は跡形もなく消えている。
「変じゃない?」
彼女はちょっと心配そうに聞いてきた。
「凄く可愛いよ。俺の人生の中でベスト3に入るくらい可愛い」
「上の階にも行ってみませんか?」
荷物が多いので上の階に行く為にエレベーターに乗る。
たまたま空いていたのかエレベーターの中はランちゃんとふたりっきりだ。
そこに初老の車椅子の男が入ってきた。
キレイな女の人が車椅子を押してる。
たぶん親子だろうな。
男はエレベーターに入ってくるなりこっちをジロッと睨み舌打ちしたような気がした。
少しの間、沈黙が流れる。
「青年よ。今は楽しいか?」
男は突然向こうを向いたまま言った。
(ひょっとして、俺に話かけているのか?)
「人はひとつの選択によっては後悔しても後戻り出来ない事もある。良く考える事だ。」
「ゆういちさん、この人達はまだ。」
女の人が、言葉をさえぎる。
「ごめんなさい。気にしないでね。」
女の人は軽く会釈をして車椅子を押してエレベーターを出て行った。
「彼らも私達と同じ選択をするのだろうか?」
車椅子の男は、俺たちと別れた後、そうつぶやいた。
その時の俺には、彼らが何者かを知る由もなかった。
ふたりの来訪者
買い物から帰って来た時にはもう暗くなっていた。
ふたりで夕食を済ませた後、風呂につかる。
(おかしい、今日は疲れ方が半端じゃないな。本当に風邪をひいたかな?
ドラマとかなら、ここで彼女が彼の背中を流すために、入ってくるのだが)
待っていても、彼女が入ってくる気配はなかった。
「お風呂お先〜。ランちゃん次どうぞ」
ピンポーン。
(こんな時間に誰だろうな)
「たぶん新聞の集金か何かだろ。ランちゃん風呂入ってていいよ」
「うん」
帰って来た時は気が付かなかったが、玄関にまとめておいたはずの新聞が散らかっていた。
(あれ?確か昨日まとめて縛ったはずだったが、思い違いか)
「はーい、どなたですか?」
(後で考えれば、ここは居留守を使うべきだったのかもしれない)
「先輩、お加減はいかがですか?」
ドアの向こうには会社の後輩、ミキちゃんが立っていた。
彼女は俺が所属する部署のアイドル的存在だ。
小柄でちょっとあわてん坊のかわいい系。
彼女の入社当時から俺のお気に入りだった訳だが、
それは一方的な感情で、もちろん一度も彼女を部屋に呼んだ事はない。
昨日、ダメ元で彼女をイブの食事に誘おうとアタックしたが、
上司の課長に邪魔されてうやむやになっていたのだった。
「病気だって聞いたのでお見舞いに伺いました」
彼女は俺へのお見舞いなのか、コンビニの袋を下げてる。
普段なら大歓迎のところだが、今日はまずい。
「ああ、少し寝たら良くなったみたいなんだよな」
俺はとっさに嘘をつく。
ミキちゃんは、俺の顔を覗き込み、少し緊張した面持ちで、
「あの、ね。今日来たのは、昨日の返事がまだだったから・・・」
「なんの事だっけ?」
「私をイブの食事に誘ってくれたこと」
「あ、その事か。ごめんね、迷惑だったよね」
「いえ、そんなことないです。」
少しもじもじしながら、ミキちゃんは続ける。
「明日は特に用事もないから行ってもいいかなーって」
「え?」
(ええええ!)
意外な返事に俺は動揺してしまう。
「体調悪いから、明日は外で食事は無理そうですか?
先輩が良ければ、私が晩ご飯を作りに来てもいいですよ」
(とても魅力的なプランなのだが、今は無理なのですよ)
お風呂から出て来たランちゃんと鉢合わせしたら大変だ。
その時、ふいに俺の携帯が鳴った。
着信画面を見ると、
「げ、課長だ」
(ズル休みがばれたのか?)
「ミキちゃん、ちょっとごめんね。鬼軍曹から電話なんだ」
状況が飲み込めないミキちゃんはキョトンした顔してる。
「はい、もしもし」
「古沢、体調はどうだ」
「今日はすいません。だいぶ良くなったみたいです」
「そうか。みんな心配してたぞ。
近くまで来たから、差し入れでもしようと思って寄ってみたんだ」
「大丈夫です、課長。気を使わないでください」
「いや、もうお前のアパートの下まで来てるんだ。
これからお邪魔する」
「いえ、あの・・・」
そのまま通話が切れた。
(大変な事になった)
俺はミキちゃんを真剣なまなざしで見つめる。
修羅場
突然の2人の来訪者に俺は完全にパニクっていた。
(ここで、課長とミキちゃんが鉢合わせするのはまずい。
また会社で、どれだけ鬼軍曹に説教されることか)
「ミキちゃん。とりあえず上がって」
「は、はい。お邪魔します。」
手を取って居間へといざなう俺に状況をつかめていないミキちゃんは、
目を白黒させていた。
「さとしさん、いいお湯でした」
そこに風呂から出て来た、ランちゃんと鉢合わせ。
パジャマも買ってあげたはずなのに、何故か着てるのは朝着ていた俺のジャージ。
「あ、あのさ、こいつは妹なんだ」
俺はとっさに、ミキちゃんに適当なウソをつく。
ランちゃんがきっと睨んでいるだろうなと振り向くと、
「兄がいつもお世話になってます」
ペコリと頭を下げ、ランちゃんが、話を合わせてくれた。
(ランちゃん、ありがとう)
「冬休みになったので、兄の所に遊びに来たんです。
そしたら、兄が寝込んでいて、ついでに看病させられました」
(ナイス、ランちゃん、優等生の返事だよ)
「妹さん、可愛いですね」
ミキちゃんはちょっと淋しそうな顔で笑った。
ピンポーン
鬼軍曹の到着のようだ。
「今日はお客さんが多いな。ラン、ミキちゃんにお茶でも出してあげて」
俺はランちゃんに後を任せて、居間の扉を閉め玄関に向かう。
「お茶をいれますね」
「あの、さっきお兄さんを『さとしさん』って名前で呼んでませんでしたか?」
ミキちゃんが鋭い突っ込みを入れる。
「私、再婚した母の連れ子で、兄の事を今でも名前で呼んでしまうんです、
変ですよね」
「ごめんなさい。そういう事情なんですね」
扉の向こうには課長が立っていた。
いつも男っぽい口調で命令してくるので、女である事を忘れそうになるが、
課長はアラサーのキャリアウーマン。
「古沢、みんな心配してたぞ。私もちょっぴり心配した」
「課長、ありがとうございます」
(なんか課長、会社とはだいぶ雰囲気が違うな)
「可愛い部下の為に、差し入れだ。ありがたく受け取れ」
課長が差し出した袋の中は栄養ドリンクの瓶がいっぱい。
「課長、ひょっとして酔ってます?」
(足元がおぼつかない様子。そう言えば、顔もちょっと赤いな。
いつも怒られてばかりで、最近課長の顔を直視した事無かったが、
改めて見ると、結構美人さんじゃないか。
黒縁めがねを外したら、かなりいい線いくと思う。)
「おでんがあまりにも美味しそうだったので、つい。
ここに来る途中、ちょっと引っ掛けたんだ。
でも、ちょっと飲んだだけだから。」
(課長、酔っぱらいの言う事は信用出来ませんよ)
「あ、そうだ古沢。ちくわプレイって知ってるか?
屋台の隣の席のおやじが教えてくれたんだがな」
「・・・」
(課長、そのおやじはセクハラですよ)
「あれれ?、古沢!」
うつむいた課長が突然叫んだ。
「はい!」
「なんでここに、女物の靴が二つも有るのかな?」
(さすが課長、酔っていてもチェックは厳しい)
「課長、やめてください。靴の臭いをかいでも誰の靴かなんて解りませんよ」
「じゃあ私も、お邪魔しま〜す」
(ああ、この人には部下の人権なんてものは無いようだ)
居間でくつろいでいるふたりの前に猛獣が現れた。
「前川(ミキ)じゃないか?」
「えっ課長?お疲れさまです」
「女をふたりも連れ込むとは古沢、きさま相当悪党だな。
このふたりを代わる代わるにか?」
(いつもの課長からは想像できない事を言い出した。
きっと酔って頭のピンが何本か外れたんだろう)
「えーと、これはですね」
俺は必死にどう釈明しようか考える。
課長はランちゃんに顔を近づけて『お前、可愛いな』と言って
「じゃあ、私も混ぜてもーらお」
そのままソファーにダイブ。
ミキちゃんはあまりの事に震えて涙ぐんでる。
「課長、先輩の事、悪く言わないでください!」
ミキちゃんが叫んでいた。
夜道
ミキちゃんの叫びが何を意味するかを、この時の俺はまだ知らなかった。
あの後、静かになったと思ったら課長はソファーで爆睡。
揺すっても起きそうにないので、本人が起きるまでは放っておくしかなさそうだ。
俺は、課長をランちゃんに任せて、ミキちゃんを駅まで送る事に。
今夜は相当冷え込んでる。吐く息が白い。
「仮病だったんですね」
部屋を出てからミキちゃんがそういった。
「ごめん、嘘ついてた」
「病み上がりなら、こんな寒空に妹さんが先輩を送り出すわけないですもの。
今日は妹さんの為に買い物に付き合ったんですね。
買い物の袋が部屋にたくさん有ったのでなんとなく解りました」
「そうか、バレてたか」
「優しいですね。私もそんなお兄さん欲しいな」
「課長の事、解ってあげてください」
「え、何?」
「私も女だから何となく解るんです」
「あの鬼軍曹は俺の事虐めて楽しんでるだけだよ」
「課長は、いつも先輩にだけきつく説教してます。
あれは愛が無いと出来ない事だと思うんです」
(鬼軍曹の愛って言われてもなあ)
「そして、私の事も解って欲しい」
突然、ミキちゃんは立ち止まった。
「先輩は、いつも困ってる私を助けてくれてましたね」
「そりゃあ。ミキちゃんはうちの部署のアイドルだからね」
「他の人が嫌がる事でも、先輩だけは課長に睨まれてもお構いなしでした」
「まあ俺は耐性が出来てるからかな?」
(他の奴からは、M男って言われたりもしたが)
「ずっと先輩の事、気になってました。
だから今回誘ってくれてとても嬉しかったんです」
「そうか、ごめんね。俺から誘っておいて行けなくなっちゃうなんて。
この埋め合わせは絶対するから」
「約束ですよ」
駅近くになったので、
「今日は突然押し掛けてごめんなさい。
これでも決心するまで、私なりに無茶苦茶悩んだんですよ」
「俺もびっくりしたけど嬉しかったよ」
「じゃあここで、先輩おやすみなさい」
ミキちゃんはペコリと頭を下げると走っていった。
帰り道、
(ミキちゃんの言いたかった事って、気になってる=好きって事?
ちょっと前までの俺は、この世の不幸を一身で背負ってるみたいに思ってたのに)
「ただいま」
部屋には課長の大音量のイビキが響いている。
(この人、イビキも容赦ないな)
ランちゃんの姿が見えない。
(もしや消えちゃったなんて言わないよな)
涙
ランちゃんは電気の消えた奥の寝室に居た。
手に紙切れのようなものを握って小刻みに震えている。
(泣いているのか?)
「ランちゃん、どうしたの?」
俺が声をかけると彼女はびっくりして手に持っていたものを後ろ手に隠して、
「あ、さとしさん帰ってたんですね。何でもないです」
(何でもないって、涙の後が光ってるよ)
「今、泣いていたように見えたけど、何か有るなら話してくれないか?
俺が力になれる事が有るかも知れないし」
「ごめんなさい。訳を話すとここには居られなくなるので聞かないで」
彼女は悲痛な表情をした。
(そうだった。俺たちには越えられない壁が有るんだった)
居間に戻ると鬼軍曹のイビキが迎えてくれた。
(ランちゃん、課長の上着を脱がして眼鏡も外してくれたんだな)
課長の顔を覗き込む。
(この人、おとなしくしてれば美人なのに)
「課長、起きてください」
一応ダメ元で体を揺すってみる。
「んん〜。あは、古沢だ〜」
急に目を開けた課長が寝ぼけて起こそうしてる俺に抱きついてきた。
「ちょ、ちっとお」
必死で逃げようとしたが、凄い力で押し倒された。
そしてキスしてきた。課長、寝ぼけているのに舌まで入れてくる。
やっとの事で引きはがしたら、そのまま大イビキに逆戻り。
「もうソーセージ食べられない〜」
時おり変な寝言を言う。
(何の夢を見てるんだこの人は)
もう起こすのは諦めた。
へたに起こそうとすれば命の危険さえ感じる。
クスッ。
後ろでランちゃんが笑っていた。
(大変な目に有ったが、ランちゃんの笑顔が取り戻せたのでいいか)
ランちゃんとふたりで寝室に戻る。
ベットに隣り合って座る。
「ごめんね。まさかふたりが来るとは思わなかった」
「彼女さん可愛い人でしたね」
「部署のアイドルだからね。
今まで、まさかミキちゃんが俺の事を
気にしていてくれてるとは思ってなかったよ」
ランちゃんが不意に俺にもたれ掛かってきた。
「・・・私ってもう必要ないですか?」
ランちゃんの頬に涙がつたっていた。
「やっぱり何か事情があるんだね。
事情を話せ無くても、何か解決する方法とか無いのか?」
ランちゃんは無言で首を振るばかり。
俺はそんな彼女を抱きしめるしかなかった。
イブ
トゥルルルー。
新幹線の発車のベルが鳴る。
閉まったドアの向こうで彼女が何か叫んでる。
彼女の目には大粒の涙。
動き出した車内で俺は後悔に打ち拉がれる。
思い出したくない光景。
夢に見るのは何度目だろう。
「う、苦しい」
重苦しい夢から覚めた俺の上には何かが乗っかっていた。
「課長、いつから?」
課長の手は俺のパンツの中に突っ込まれていた。
「げっ、なんだ〜」
俺は反射的に飛び起きる。
この状況、夜の間に何されたか解らない。
「ん、古沢?夕べは済まなかったな。
どうやらかなり迷惑かけたようだ」
「課長?覚えて無いんですか?」
「すまん、全然」
(この人本当に覚えて無いらしい、バツ悪そうに頭をボリボリかいてるよ)
昨日から課長の態度が豹変してる。
立ち上がると部屋の入り口で困った顔してるランちゃんが居る。
「朝めし食わせてくれたら出て行くから」
嵐は去った。
「面白い人でしたね」
俺とランちゃんは帰っていく課長の後ろ姿を見て笑った。
「会社ではね、隙の無い出来る上司なんだけどね。
俺もあんな課長初めて見たよ」
「ランちゃんは今日、行きたいとこ有る?」
彼女は首を振る。
「じゃあ、付き合って欲しいとこ有るんだ。
月並みかもしれないけど彼女が出来たら遊園地とか行ってみたかったんだ」
今日はクリスマス・イブ
近くのそう大きく無い遊園地だが、中はカップルで一杯だった。
「私も男の人とこういうとこに来るの初めてなんです」
警告
クリスマス・イブ
俺はランちゃんと遊園地に来ている。
「こう人が一杯だと、アトラクションにはそんなに乗れないね」
「私は、さとしさんと歩いているだけでも楽しいです」
たしかに、イブだけあって所々でイベントもやってる。
それを見て回るだけでも楽しそうだ。
通りかかった広場でショーが始まった。
アクロバティックなダンスが凄い。
特に中央で踊っている女性の身のこなしは息を飲むほどだ。
「あの銀髪の女の人、外人さんかな?あれならオリンピックにも出られそう」
彼女が決めポーズをする度、観客席は大喝采だ。
「そろそろお腹が空いたね。
ランちゃんは座れる席を探してこの辺で待ってて
俺は何か買って来るよ」
ランちゃんは離れて行く俺に手を振ってくれてる。
(本当の恋人同士みたいだな)
売店の前まで来た俺は突然、横から出て来た女に突き飛ばされた。
そのまま近くの壁に押し付けられる。
俺を押さえつけてるのは、さっきのショーで中央で踊っていた女性だ。
衣装もそのままなので見間違えようもない。
凄い力で押さえつけられてるので、俺は身動きはおろか声も出せない。
(こんな華奢な体のどこにこんな力が有るんだ)
「お前、今の状況がどういうことか解っているのか?」
この女、何を言ってる?
「自分の選択が、周りに与える影響を考える事だ」
「営業妨害は困りますな」
いつの間にか二人の後ろにロイドが立っていた。
いつものロイドとは違い鋭い眼光、目は笑ってない。
「契約者に事実を告げるのは規約違反ですよ。
あなたと違い、私は規約に乗っ取って動いているだけです」
ロイドはゆっくり近づいて来て、俺たちの横まで来た。
「彼にこれ以上話せば、罰せられるのはあなたですよ」
「私が罰を恐れると思うか」
ロイドはいきなり女の手を掴んで俺から引きはがす。
「この女は私に任せてください。
さあ、行きなさい。彼女が待ってますよ。」
女は俺をキッと睨みつけていた。
(あの女、何なんだ。選択って何だ?規約って?)
俺の頭の中は混乱していた。
何も持たずに戻って来た俺を見てランちゃんは心配そうな顔をした。
「何かあったの?」
「いや、何でもないよ。売店混んでいたんだ。別の店を探そう」
俺は、今有った事をランちゃんに知られてはいけない気がして、
そうごまかしていた。
観覧車
(「自分の選択が、周りに与える影響を考える事だ」)
さっきの女の言った事が頭から離れない。
ランちゃんはまだ心配そうな顔をしてる。
せっかくふたりでここに来たのに、俺が暗い顔をしてたら楽しめないな。
「あれに乗ろう」
俺は観覧車を指差した。
「うん」
俺たちは走っていった。
「さとしさんのアパートも見えるかな」
「ランちゃん」
俺は、ランちゃんを見つめる。
ランちゃんも俺の気持ちに気付いたのか目を閉じる。
そして唇と唇が重なる。
ランちゃんの身体はこわばり手はきつく握られていた。
「さとしさん、あたし・・・」
「怖いんだね」
「私、ほんとは男の人が怖いの。さとしさんなら大丈夫なはずなのに」
ランちゃんの目に涙が溜まる。
「何か怖い思いをしたんだね」
俺はランちゃんを抱きしめる。
ランちゃんの苦しみを解ってあげられない自分がもどかしい。
愛おしくて、もう一度ランちゃんにキスをする。
今度はランちゃんは嫌がらない。
「あのう、お客さん。そろそろ降りてくれないともう1周ですよ」
その後、俺たちはたくさんのアトラクションを楽しんだ。
「あ、雪」
冷えてきたなと思ったらやっぱり降って来た。
ランちゃんがしがみついてくる。
「こうしてると、あったかーい」
(俺の心も暖かいよ)
(こんな時間がいつまでも続けばいいのに
明日でランちゃんが消える、なんて残酷なんだ)
この後にあんな事件が起こるなんて、この時の俺たちには想像もできなかった。
事故
辺りは暗くなってきた。
雪も降り続いているので、外の乗り物は店じまいだ。
「ちょっと待ってて」
俺はランちゃんにクリスマスプレゼントを買ってない事に気が付いた。
そういえば、入園した時にランちゃんが気にしてたショーウインドウがあったな。
飾ってあったネックレスが気に入ってたようなのだが、売れてなければいいけど。
俺は走っていき、その店の前にたどり着いた。
(良かった売れてなかった)
可愛く包装してもらいポケットに突っ込む。
(ランちゃん喜んでくれるかな?)
戻る途中、「キャー」という悲鳴とガタンと大きな地響きがした。
嫌な予感。
方向はランちゃんが居たあたりだ。
俺は必死に走る。
そこには巨大なテントが倒れていた。
雪の重みで倒れたらしい。
側では泣いている女の子とその母親と思われる女の人が抱き合っていた。
「大丈夫か」
職員らしき男が倒れたテントの中に呼びかけていた。
ランちゃんの姿が見えない。
(頼む無事でいてくれ)
俺の願いも虚しく、倒れていたのはランちゃんだった。
職員の呼びかけにピクリとも動かない。
「すいません。俺、彼女の連れなんです」
ランちゃんと職員の間に割って入る。
「彼女、あそこの女の子を助けようとしてテントに飛び込んだんだ」
職員は状況を説明してくれた。
「彼女のおかげで女の子は無事だったんだが
あれだけの鉄柱の直撃を受けたんだ・・・」
職員の男の人は、済まなそうに言う。
「ランちゃん、なんで」
「三日しかないんだろ?何で君がこんな事しなくちゃいけないんだ」
「三日間俺の彼女で居るって言ったじゃないか」
「それなのに、君は」
「約束破るなんて許さないぞ」
俺は伝う涙をぬぐう事も忘れて、ランちゃんの頭をなでる。
「約束は守らないといけませんね」
奇跡なのか彼女は目を開けた。
「さとしさんに、怒られちゃいました」
代償
ランちゃんがゆっくり起き上がった。
それを見て周りから歓声が上がった。
「本当に大丈夫なのか?」
職員の男の人は目を白黒させていた。
俺はランちゃんを抱き起こす。
「みなさんご心配かけました。私は大丈夫です」
「君。一応病院に言った方がいいよ」
心配そうに職員が勧める。
俺にも何が何だか解らなかった。
ランちゃんは俺の方を向いて小声で
「私は不死身です」
ちょっといたずらっ子のように言っただけだった。
安心したからだろうか、俺は急に体の力が抜けていくのを感じた。
「ごめん、ちょっと疲れちゃったかな」
そのままランちゃんにもたれ掛かる。
「さとしさん、大丈夫?」
ランちゃんが心配そうに俺の顔を覗き込む。
「ああ、ちょっと休めば大丈夫・・・・」
そのまま倒れ込む俺。
「さとしさん、さとしさん」
(ランちゃんの声がだんだん遠くなっていく)
俺は気を失ってしまった。
どれくらい時間が経っただろう。
気が付いた俺の目の前には、涙で目を腫らしたランちゃんが居た。
「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい」
気が付いた俺を見て、ランちゃんは涙を流しながら繰り返す。
起き上がろうとしても、身体が鉛のように重い。
「こんな事になるなんて、私知らなくて」
俺は必死の思いで起き上がり言った。
「ランちゃん、俺は大丈夫だからもう泣かないで」
ランちゃんは、俺に抱きついてきた。
(何やってるんだ俺は、ランちゃんを泣かせてばかりじゃないか)
「部屋に戻ったんだね。」
「ロイドさんが、運んでくれました」
(今回の事で、ランちゃんが来てからの身体の違和感の理由が何となく解った気がした)
悪戯
泣いてる彼女が居る。
「さと君の為にも、あたし達、もう終わりにした方がいいよね」
俺は呆然と立ち尽くし返す言葉も無かった。
彼女の為にしてきた事が、結果、彼女を苦しめてる。
苦い過去の恋。
何度も繰り返される悪夢。
(また、同じ夢を見てしまった。
好きな子の為に強くなろうって決めたのに、
今の俺、あの時と何も変わって無いな)
夕べはあのまま寝てしまったようだ。
ランちゃんが俺に抱き付いたまま眠っている。
可愛い寝顔。
これは完全に惚れたな。
この子と居られるのも今日で最後なんだ。
そう思うと余計に愛おしくなる。
頬を2、3度つついてみた。
全く起きる気配がない。
ちょっと悪戯心を起こして胸に手を入れてみる。
(起きないと胸もんじゃうよ)
右手でランちゃんの胸を弄ぶ。
起きる気配が無いのに、ランちゃん息づかいが荒くなってきた。
表情も感じているようだ。
(なんかまずい、興奮してきた)
徐々に行為もエスカレート。
(起きないなら、これならどうだ)
ジャージのズボンに手を入れる。[ランちゃんは寝る時はいつも俺のジャージ]
敏感な所を刺激すると、ハァハァとランちゃんの息づかいも激しくなってきた。
(あれれこれでも起きないのか?それなら)
するりとパンツの中に手を。
どんな表情をしてるかと、ランちゃんの顔を見ると・・・
目はぱっちり・・・起きていた。
俺はとっさに手を引っ込めて
「あっランちゃん、起きてたの?いつから?」
「実はかなり前から・・・」
「ランちゃんも人が悪いよ〜」
「だって、さとしさんになら、何をされても構いませんから」
(あのまま、ランちゃんが寝た振りを続けてたらたらどうなっていただろう。
ひょっとしておしい事したかも?)
俺は自分の右手を見つめて、
(そう言えば、ランちゃんの大事な所はしっかり濡れていたな。)
そう思って、振り返ると、俺の心が読めているのか、
ランちゃんは頬を赤くして横を向いた。
トラウマ
「今日は付き合って欲しい所があるんだ」
部屋を出て俺はランちゃんに言った。
自分の中のトラウマを消さないままでは、
ランちゃんに対して正面から向き合えない気がしていた。
「体は大丈夫なの?」
「平気さ。元気はランちゃんがくれるだろ?」
「何処に行くの?」
「俺の最後のデートの場所」
着いたのは、海辺の水族館。
クリスマスで休日とあって入り口は長蛇の列。
(あの時も並んでいたなあ)
「ここは、前に付き合っていた時、と言ってもずいぶん前、
学生時代の事なんだけどさ、彼女と一緒に来た事があるんだ」
あの時もこんな寒い日だった。
「あ、キレイな魚がいっぱい」
入ってすぐにランちゃんは駆け出して行く。
「さとしさん、見て見て。あの魚変な形」
はしゃいでいるランちゃんを見ていると、こっちも楽しくなる。
「ここの大水槽が大迫力なんだぜ」
混んでいるのではぐれないように手を握ってる。
手を通じてランちゃんの気持ちが伝わって来る。
(あの時はこんな気持ちになれなかった)
一通り見て回り、ベンチで一休み。
「もうすぐイルカショーの時間なんだ。見に行こうよ」
「うん」
ショーが始まる。
「あの時も、ショーが有ってさ。でもあの時の俺、
5分も持たずに眠っちゃってた」
「何故?」
「彼女とは小学校からの幼馴染みで、いつも一緒だった。
中学になった頃からお互いに異性として意識しだして
自然に付き合うようになったんだ」
「高校までは一緒だったけど、彼女は東京、俺は地元の大学に
進学して遠距離恋愛になったんだ」
「大学生になってからは、バイトを掛け持ちして、
毎週彼女に会いに行ったんだ」
「でもさ。どこか無理をしてたんだろうね」
「デートしてても、彼女の話にも上の空であくびとかしてさ」
「彼女の部屋に行っても疲れて寝てばかりいた」
「彼女に甘えていたんだろうね」
「長い付き合いだから、何でも解ってくれてるものなんだと」
「でも現実は、彼女はそんな俺の為にひどく傷ついていた」
「自分の為に無理ばかりしている俺を見るのが辛かったんだって」
「ここが、その時最後に来たデートの場所なんだ」
「それ以来、何度もあの時の事を夢に見るようになって」
「ごめんね」
「ここに、来たら何かが吹っ切れると思ったんだ」
ランちゃんは俺の話を真剣に聞いていた。
「さとしさんは、もう悩まなくていいと思うの。
こんな私の事も大切にしてくれてる。
他人の事を思いやる事が人一倍出来る人です。
ここに来て私はすごく幸せな気持ちにしてもらいました」
「ありがとう」
自然に涙が頬を伝う。
ランちゃんも目に一杯涙を溜めてる。
俺はポケットから昨日買ったプレゼントを取り出した。
「ほんとは昨日渡そうと思ってたんだけどさ。いろいろあって遅くなってごめん」
「それを、私に?」
「ショーウインドウを見つめていた君を見て、きっと君に似合うと思ってさ」
「私は今日消えてしまうのに?」
「ランちゃんが今、俺の彼女なのは事実だよ」
「ありがとう」
らんちゃんは箱を開ける。
「このネックレス。私、とても気に入っていたの」
ランちゃんの頬を涙がつたう。
「付けてあげるから、ランちゃん、笑顔を見せて」
ショーの歓声の中、俺たちはいつまでも抱き合っていた。
戦慄
帰り道。
俺たちの手はしっかり握られてる。
(今日、ここにこれて良かった)
「彼女さんも、今ならきっと解ってくれますよ」
(そうだな、今あいつは何処にいるんだろうか?)
道の先でざわざわと人の声がする。
向こうから歩いてくるのは、髪はボサボサ、太って眼鏡をかけてる男だ。
一般的にオタクと呼ぶのだろう。
その男が鎖で引いているのは、動物ではなく人間。
ゴスロリ衣装に猫耳の女、首輪に鎖が付けられてる。
男が時おり鎖を激しく引くから、女はよろけて倒れそうになってる。
道行く人達は見てはいけないという感じでみんな避けて通ってる。
近づいて来た女の顔を見た時、俺の体は凍り付いた。
「ゆかり?・・・」
似ている。
ゆかりはさっきまでランちゃんと話していた俺が前に付き合っていた彼女だ。
ゴスロリ女の表情は虚ろで全く生気が無い。
女は男が鎖を強く引っ張った拍子に地面にバタリと倒れた。
男はそんな女に近づき抱き起こすのかと思えば、
女の髪の毛を鷲掴みにして
「お前がのろまだから、遅れちゃうじゃないか」
と罵声を投げつけた。
「申し訳有りません」
女は小声で言った後、よろよろと起き上がって歩き出す。
ランちゃんは俺の背中で震えてる。
女が横まで来た瞬間、俺は確信した。
(やっぱり、ゆかりだ。見間違う訳がない。
右の首筋に有る3つ並んだホクロが証拠だ)
俺は駆け寄って女の肩を掴んで言った。
「ゆかり、俺だ。さとしだ。覚えているだろ?
これはどうしたって言うんだ」
女は答えない。
男はめんどくさそうに、俺と女の間に割って入ってきて、
「君君、僕の彼女に気安く触らないでくれるかな?
商品なんだぞ。触りたければ金払え」
(なんだこいつ、自分の彼女を商品呼ばわりか)
男は、何かに気が付いたのか突然表情を変えて馴れ馴れしくなり、
「あれえ、君も契約者なのかな?後ろの女が彼女?
そっか君、まだ仮契約なんだね」
意味不明な事を言い出した。
鬼畜
「君たち普通にデートしてるの?
バカじゃないの?こいつら普通の人間じゃないんだぜ」
男は小声で続ける。
「こいつらの事、特別にタダで教えてやるよ。お前、初心者だからな」
男は怪しく笑う。
「こいつら、どんな命令だって聞くんだぜ。
そして、何も食わせなくても平気なんだ。
飼うのはペットより楽だぜ。
それからさ、こいつ思いっ切り首締めても死なないんだ」
「この前さあ、女の首絞めないと逝けない客がいてさ〜。
そいつが、えらい大金くれたんだぜ。
そりゃあ、普通の女なら死んじまうもんなあ」
へらへら笑う、この男の声を聞いてるだけで虫酸が走る。
俺は怒りのあまり拳を握って
「お前みたいな人間のクズは許せない」
俺が男に殴り掛かろうとした瞬間、
女が両手を広げて俺の前に立っていた。
「ご主人様を傷つけるの、許さない」
俺はがくりと膝をついた。
結局、ゴスロリ女は俺の顔を見ても表情ひとつ変えなかった。
人違いじゃない、なのに何故?
俺の事を覚えてないのか?
あの男は俺を契約者だと言った。
じゃあ、あの男も契約者か?
何故それが解る?
「ゆかりはランちゃんと同じ存在なのか?」
「解りません」
「ランちゃん達には過去の記憶は有るの?」
「答えられません」
「君達には自分の意志は無いのか?」
「・・・」
それきりランちゃんはうつむいて黙ってしまった。
気まずい雰囲気が流れる。
この後、帰りの電車の中で俺たちは終始無言だった。
(トラウマを克服するはずが、もっと大きなトラウマを背負い込んでしまった)
告白
部屋に戻った俺は古い手帳を探す。
(たしか、ゆかりの実家のTELが、書いてあったはずだ)
部屋が散らかるのも構わず、机の引き出しの中の物をぶちまける。
ようやく手帳を見つけた俺は電話をかけていた。
電話には、ゆかりの母親がでた。
「あ、もしもし。学生時代にゆかりさんと仲良くさせて頂いていた古沢です。」
ゆかりさんは居ますか?」
「さとし君・・・、ゆかりは今、行方不明なの」
「捜索願を出して3ヶ月になるわ」
ひどく疲れた声だった。
母親の話では、ゆかりは3ヶ月程前に仕事を終えて帰途についたきり、
行方が解らなくなっているそうだ。
「どんな小さな事でもいいから、ゆかりの事で解った事があったら教えてね」
母親の願いにも、俺は今日有った事を話す事は出来なかった。
(今日会ったのはやっぱりゆかりだ、でもどうして)
俺は後ろに立っていたランちゃんに詰め寄る。
「頼む何でもいいから教えてくれ、
ゆかりが何故あんな奴と一緒にいなくちゃならないんだ」
ランちゃんは黙って首を振るばかりだった。
「あいつが言ったように、ゆかりはあいつの言う事なら何でも聞くのか」
「それがどんな酷い事だったとしても」
「君だってそうだろ。今までの事も自分の意志で動いていた訳じゃないんだ」
「俺が酷い事言っても、それがどんなに嫌な事でも素直に聞くだけなんだ」
「それは・・・」
ランちゃんは言いかけて目を伏せ唇を噛む。
暫しの沈黙・・・
「何を、お望みですか?」
そう言って俺の方を真っすぐ見つめるランちゃんは、
さっきとは違い意を決したような表情になっていた。
「じゃあ、裸になってもらおうか」
自分の口から酷い言葉が出た。
「解りました」
ランちゃんは躊躇無くスルスルと服を脱ぎ始めた。
初めて会った時のように前を隠す事もない。
「・・・・・・・・・」
ランちゃんは涙声で話始めた。
「私は、契約者である、さとしさんに命令されたらそれに逆らう事はできません。
それが例えどんな嫌な事でも従います。
そうする事しかできないんです」
「でも。私にだって心は有ります。
悲しいって思ったり、嬉しいって思ったり、
普通の女の子と変わりないの」
「私は、死んだ人間なの」
ランちゃんはゆっくりと語り始めた。
別離
「私は、死んだ人間なの」
ランちゃんは自分の事を語り始めた。
「私ね、運動大好きで高校生になってもスポーツばかりやってたの。
他の子達が彼氏の話してても私にはまだまだ先の話だって思ってた。」
「でも死んじゃって、気が付いたの。
私、恋したことがない。
彼氏とデートした事もない」
「死んじゃってから後悔しても遅いのにね」
「これが未練っていうのかな」
「そんな私にロイドさんがチャンスをくれたの」
「淋しい思いをしている男性の所に行き奉仕するのなら
私にかりそめの命をくれるって」
「その時思ったの。
どんな男の人の所に行ったとしても。その人を愛そうって」
「だから、さとしさんが私に『普通の恋愛がしたい』って言ってくれた時、
涙が出る程嬉しかったんです。」
「さとしさんとのデート、夢のようだった」
「そして、私はこの人のことが好き、離れたくないって思ったの」
「でも全てを話す事は禁止されていたから、本当の気持ちを言えなかった」
「ランちゃん・・・」
今まで俺は何をやっていたんだ。
どうにもならない怒りをランちゃんにぶつけて、傷つけて。
ランちゃんには何の責任も無い事なのに。
「ごめん、俺どうかしてた」
(俺だって解っていた。本当にランちゃんを愛し始めていた事を。)
俺はランちゃんを抱きしめた。
そして熱いキス。
「・・・大好き」
ランちゃんが俺の目をみて笑顔で言う。
(可愛い。もう我慢できない)
「ランちゃん、君が欲しい」
そのまま、ランちゃんを押し倒す。
もうふたりの気持ちにブレーキをかけるものはない。
突然、ランちゃんの身体が光始めた。
「お願い、もう少しだけここに居させて!」
ランちゃんは悲鳴のような声を上げたが光るスピードはどんどん上がっていく。
「もうすぐお別れみたい」
「まだ、12時にはなってないのにどうして?」
「私が禁止されている事を、しゃべったから」
「もっと一緒に居たかった」
「お願い、さとしさん、消えても私の事、忘れないで。」
俺の手の中には、ランちゃんにあげたネックレスが残っただけだった。
結局、俺とランちゃんは結ばれることは無かった。
追憶
朝になった。
枕元にはジャージがキレイに畳んである。
(そういえば、ランちゃんジャージが似合っていたな。
自分でスポーツ少女だって言ってたから納得だな)
ぼんやりそんな事を考える。
洗面所には、ピンクの歯ブラシ。
玄関には靴がそのままだ。
(ランちゃんが消えても他のものは残ってるんだ)
落ち込んだ気持ちのまま仕事に出る。
会社では課長が心配そうな顔して俺の顔を覗き込む。
「先日は、やっかいかけたな。
ん、古沢、何かあったのか?お前、目の下にクマが出来てるぞ」
「妹さん、まだ居るのか?朝めし美味かったと伝えてくれ」
課長、今日はやけに馴れ馴れしい。
やっぱり以前の課長とは違うようだ。
昼飯を食べていたら、ミキちゃんが駈けて来た。
「先輩、この間は突然押し掛けてすいませんでした」
「ああ、ミキちゃん、俺の方こそ何のおもてなしも出来なくてごめんね」
「妹さんとクリスマスは楽しまれましたか?」
「ああ、まあ」
俺は口ごもる。
「妹は実家に帰ったんだ」
俺は嘘をついてごまかす。
「そうですか。またお話出来ると思ったのに残念です」
ミキちゃんは、俺が妹とケンカしたとでも思ったのだろうか?
「じゃあ先輩、今夜は何か用事ありますか?」
「良かったら、今夜私に付き合ってくれませんか?」
「仕事終わったらメールくださいね。待ってます」
そう言って、ミキちゃんは俺の返事も待たずに走って行った。
仕事が終わり待ち合わせ場所に来たミキちゃんは、
「見たい映画が有るんです。先輩、付き合ってくれますか?」
今日のミキちゃんは積極的だ。
映画は恋愛映画。
主人公とヒロインは苦難を乗り越え結ばれる、ハッピーエンドだった。
憧れのミキちゃんと来てるのに俺の心は沈んだままだった。
映画の後、食事に入ったレストランで俺は聞いてみた。
「今日は何故、俺の事を誘ってくれたの?」
「だって、今日の先輩、死にそうな顔してたから。
少しでも元気付けてあげたいって思ったから」
(優しいな。でも、今の俺には恋愛物は辛過ぎるよ)
隣の客がウエイトレスに向かって何か文句を言ってる。
客の手にしている店の新聞には切り抜かれた大きな穴が空いていた。
(心無い客が勝手に切り抜いて持ち去ったのだろうな)
「!」
俺はある事を思い出した。
「ミキちゃん、ごめん。急に用事を思い出したんだ」
「この埋め合わせはきっとするから」
そう言って、俺は足早にその場を離れた。
「・・・先輩のバカ。私に告白もさせてくれないんだ」
痕跡
俺はランちゃんの事を何も知らない。
彼女と付き合える、デート出来ると喜んでいただけで、
ランちゃんが何を考え、何を悩んでいたかを思いやる事もできていなかった。
「それで、好きだって言ってたなんて」
部屋に戻った俺は、玄関に置いてあった新聞の束をひっくり返す。
(ランちゃんは、何か紙切れを見て泣いていた。
たぶん、あれは新聞の切れ端。
束ねて縛ってあったはずの新聞が散乱していたのは、
その新聞の記事の中から、ランちゃんが何かを見つけた可能性が高い)
「10日前の新聞だけが無い」
部屋の中を探しまわったが、新聞も切れ端も見つからなかった。
(たぶんランちゃんが処分したんだ)
(その日にランちゃんにとって何か重大な事があったはずだ)
ネットでその日のニュースを検索する。
「これか?」
女子高生の変死体が発見された記事。
首には絞められたような痕があったという。
警察は殺人の方向で捜査していると書いてある。
(この女子高生がランちゃんだとしたら・・・)
ネットの掲示板にも情報が上がっていた。
>あの殺人事件。犯人はストーカーらしいよ。
>怖いねえ。
>容疑者が警察に連れて行かれたけど、証拠不十分で帰されたんだって。
>じゃあそのストーカー、今も放置なの?
>このまま迷宮入りにならなきゃいいけどね〜
そんなやり取りがあった。
事実は解らないが、犯人が捕まったという記事は無い。
今までの事を思い返してみる。
ロイドが突然俺の前に現れて、契約を求めてきた。
そしてランちゃんは俺の所に来た。
ロイドは、過去への詮索は禁止だと言った、それは何故だ?
車椅子の男は、選択すると後悔すると言った。
銀髪の女は、選択が周りに影響を与えると言った。
オタク男は、俺の事を仮契約だと言った。
何となく解って来た。
「ロイド、聞こえてるんだろ?」
俺は、部屋の天井に向かって声をかけた。
本契約
「ロイド、聞こえているんだろ?」
俺はもう一度声をかけた。
「今までのが仮契約なら、本契約を選択する事も出来るはずだ」
「さすが、あなたは頭がいいようですね」
ロイドがポンと俺の隣に現れた。
「あなたが言う通り、本契約は存在します」
「でも、驚きました。他の契約者は決まって泣いて私に懇願するのですよ。
お願いだから彼女を戻して欲しいって」
「彼女の過去を隠すのは本契約に誘う為の罠だな」
「まあ提供する彼女が三日で未練を解消されては困りますからね。
本契約なら彼女の過去も詮索し放題です」
「それで、本契約は無償って訳では無いんだろ?」
「ははは、あなたは実に話が早い」
「本契約では、彼女が十日間ここ居続ける為に、あなたの寿命を1年頂きます」
「死んだ人間を生き返らせるのです。これでも安いくらいですよ」
「なあに、今の日本の平均寿命は、80歳を越えているのです。
1年なんて微々たるものですよ」
「お前、悪魔なのか?」
「確かに、私の事をそう呼ぶ人間も居ますね。でも私にとってはこれはビジネスですから。
提供して、それに見合う報酬をもらう。ただそれだけです」
「それで、あなたは彼女を戻して欲しいのですか?」
「・・・」
「別に無理強いはしませんよ。
ただし、このまま放置すれば彼女の魂は消滅します」
「ひとつだけ、教えて欲しい」
「なんでしょう?」
「契約が周りに与える影響は無いのか?」
「あの女の言葉を覚えていたのですね。
もちろん、この世の理を曲げるのです。
影響が有るのは当然です。
私にだって何が起こるかは解りません。
それを恐れるなら契約しない選択も有りですよ」
「解った」
「交渉成立ですね」
俺は首を縦にふった。
ロイドは契約書を取り出す。
「この契約は今夜0時より有効になります。
10日毎に自動更新されます。
破棄する場合は私をお呼びください。
そして彼女の身体の維持はあなたの生体エネルギーによって支えられていますから、
あまり無理すると、あなたの命の保証は出来ませんので」
俺の手は前とは違う意味で震えていた。
再会
午前0時になった。
部屋の中央に裸の女の子が横たわってる。
俺は近づいて、女の子の髪をなでる。
彼女はゆっくりと目を開けた。
「おかえり」
俺は声をかけた。
ランちゃんの目はみるみるうちに涙で一杯になり俺に抱きついた。
「何故?私をもう一度?
さとしさんの命を削る事になるんだよ。どうして?」
馬鹿、馬鹿とランちゃんは泣きじゃくりながら俺の胸を叩く。
「泣かないで。
あのまま君と別れること出来なかったんだ。
まだ、やらなくちゃならない事も残ってるし」
それを聞いてランちゃんの顔は真っ赤になって
「それは、・・・H?」
確かに全裸のランちゃんを前にして理性はすぐに吹き飛んでしまいそうだ。
「違う違う、いや違わないか」
ふたりで顔を見合わせて笑う。
「そうじゃなくて、ランちゃんがこの世でやり残した事を、
ふたりでやり遂げたい」
「だから遠慮なく、君の素直な気持ちを聞かせて欲しい」
「ありがとう」
抱き合いながらランちゃんが言う。
「私、ひとつ、さとしさんにお願いがあるの」
「何?」
俺は何でも聞いてあげるつもりだ。
「あのね、動き易い、私専用のジャージを買って欲しい」
それか。
(ああ、君は普段もジャージを着るつもりなんだね)
「もちろん、さとしさんのジャージはこれからもパジャマ代わりに使います」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
こうしてランちゃんは俺のところに戻って来た。
この事が周りの運命を大きく変えてしまう事に、
今の俺たちは、まだ気付いていない。
第2章につづく・・・・・
エンジェル オブ ライフ 第1章