黒シンデレラ

第一章「かわいそうなシンデレラ」

 むかしむかし、トレメイン家のお屋敷に、シンデレラという少女がいた。彼女は意地悪な継母とその連れ子たちに、使用人のごとき扱いをされていた。そのことに、彼女の父も気付いてはいたようだが、何かをしてくれるということもなく、彼女はそんな辛い環境で長らく過ごしていた。彼女は元来、明るく優しい少女だった。だが、過酷な環境に耐え切れず、彼女は昔とすっかり変わってしまった。性格が、歪んでしまったのである。
「シンデレラアアアアアアアアア!!ここの手すりにホコリが付いていましてよ!?」
 継母の連れ子にしてこのお屋敷の長女であるドリゼラが、シンデレラを怒鳴りつける。
「申し訳ございません。直ちに綺麗にさせていただきます」
 すぐさまシンデレラは謝罪し、バケツに水を汲み、雑巾を絞って、掃除を開始する。
 が、
(この糞あばずれビッチが……。手すりにホコリですって?それはホコリの化身と言っても差し支えない汚れに穢れまくった汚物の塊である貴女から分離したものではなくて?それなら私はこのホコリの大元で、全ての汚れの元凶でもある貴女を燃やして灰にしてしまえばいいのかしら?オーホッホッホッ!!)
 彼女の心の中にはドリゼラに対する罵詈雑言が今にも溢れそうなほど蠢いていた。
 これが、明るく優しかった少女の今である。時とはなんと残酷なものであろうか。もはやこのシンデレラには、かつての面影は、その容姿を除けば何一つ残っていないと言っても過言ではなかった。

 シンデレラの一日は、大変朝早くから始まる。鶏が鳴き出すや否やというまだ薄暗い時間に目覚め、屋敷を掃除し、洗濯をし、朝食の用意をし、そしてすっかり明るくなってから継母やお姉さま方を起こしに行く。まずは継母を、その次に上から順番にお姉さま方を起こすのだ。
 コンコン、と、継母――トレメイン夫人の部屋をノックする。
「奥様、朝でございます。朝食の支度は済んでおりますので、ご用意ができ次第食堂へお越しください」
 声をかけてから暫く待つ。
「…………」
 しかし、いくら待てどもトレメイン夫人が起きた気配がない。これもいつものことだ。
「はぁ……」
 いつものこととはいえ、それでも憂鬱なことには変わりがない。深い溜息を付いてから鍵を開け、ドアを開け、部屋の中に入る。
「奥様、失礼します――」
 中に入ると、やはりトレメイン夫人は眠っていた。
(おババア様は、何でいつもいつもまだ寝ていらっしゃるんです?人間には体内時計というものがあって、いつもの起きる時間になれば自動的に目がさめるはずですが?奥様は人ではないのですか?そのお見た目通り家畜か何かなのでしょうか?)
 心中ではいつものように暴言を撒き散らしつつ、トレメイン夫人の肩を揺する。
「奥様、朝でございます。起きてください」
「う、う~ん……」
 それでもトレメイン夫人は目を覚まさない。そこでシンデレラはいつもの手段に出ることにした。
「奥様、チャーミング様がお待ちですよ」
「チャーミング様!?」
 トレメイン夫人はチャーミング――この国の王子――の名を聞くと跳ね起きた。
「あら、チャーミング様は何処かしら?シンデレラ、探しなさい!」
「おはようございます奥様。チャーミング様は私めがお探しいたしますので、奥様はご支度をして朝食を召し上がっていてください」
「あら、もうそんな時間?わかったわ、もう下がっていいわよ」
「畏まりました」
 一礼してトレメイン夫人の部屋を出る。
「はぁ……」
(本当に面倒くさい……。三歩歩けばすぐに忘れてくれる鳥頭だから適当に言っておけばいいのは楽ですけど、お父様というものがありながらご自身の子供のような年齢の王子様に慕情を抱くというものは如何なものでしょうか……)
 すでに疲れきっていつもの心中での毒舌すら発揮できないシンデレラであった。

 さて、次はドリゼラの番だ。
「これが一番面倒なんですよねぇ……」
 小さな声で愚痴を漏らす。そう、朝のこの仕事で一番大変なのはドリゼラを起こすことなのだ。なにせシンデレラはドリゼラに酷く嫌われている。トレメイン夫人を起こすのもそれなりに大変ではあるが、彼女は馬鹿だから比較的楽な仕事ではある。
コンコン
「お姉さま、朝でございます。朝食の支度は済んでおりますので、ご用意ができ次第食堂へお越しください」
「シンデレラ、入りなさい」
「っ……畏まりました」
 ノックして声をかけると、すぐさま返事があった。そして、これこそが一番面倒な理由なのである。
「では、失礼します――」
 シンデレラは溜息を付きたい気持ち必死でこらえて部屋に入る。ドリゼラはかなりねちっこく厭味ったらしい性格だ。きっと耳を澄ましてシンデレラが何か隙を見せないか伺っているに違いない。
「私が指定してあった時間よりも1分も遅くてよ、何か事故でもあって?」
 部屋にはいるといきなりお説教が始まる。
「はっ、申し訳ございません」
 謝罪の言葉を述べて頭を下げる。
(また始まった……。一度始まると長いのよねぇ……。はあ、この女の舌をちょん切ってやりたい……)
 そして長い長いお説教タイムが始まった。
 ガミガミ………………

 さて、次は次女――アナスタシアの番だ。
 シンデレラの気力はそろそろ限界だった。だが、食事が始まってしまえば彼女たちは食事に専念し、シンデレラへ注意を払うことはなくなり、一時的にではあるが精神的な休息をとることが出来る。
(さあ、あと少し。ドリゼラお姉さまのせいで遅れてしまったから急がないと……)
 かといって屋敷の廊下を走るわけにもいかず、スカートの裾を抑えながら早歩きをしてアナスタシアの部屋へと向かう。
 コンコン
「お姉さま、朝でございます。朝食の支度は済んでおりますので、ご用意ができ次第食堂へお越しください」
 ノックして声をかける。が――
「……お姉さま?」
 部屋からは何の反応もない。しかし、これもまたいつも通りなのであった。
「それでは失礼致します」
 再び声をかけてからアナスタシアの部屋の前から離れる。
 アナスタシアはシンデレラのことを恐らくこの屋敷で最も嫌っており、シンデレラをまるでいないものとして扱っている。なので、シンデレラが声をかけても何の返事もないのはいつものことなのだ。しかし声が聞こえていないはずはないので、食堂にはいつもしっかりやって来る。だから特には問題ない。完全に無視され続けるのはあまり気持が良いことではないが、ドリゼラのようにむき出しの悪意をつきつけられるよりは幾分かマシだとシンデレラは思っているのである。

 アナスタシアの部屋から離れて食堂に到着するが、まだ誰もやって来てはいなかった。
(ふぅ……これでようやく少しだけ気を抜ける……)
 ほっと、安堵の溜息をつくと、誰かの足音が近づいてくるのに気付いた。
(この足音は……)
 それは、ある意味シンデレラにとって最も許せない存在だった。
「おはようございます、お父様」
 シンデレラの実父――トレメイン伯爵である。
「……ああ、おはよう」
「こちらが本日の朝食でございます。どうぞお召し上がりください」
「いや、私は妻たちが来るのを待つとするよ……」
「畏まりました」
「……」
「……」
 とても父と娘とのものとは思えない会話。だが、これもまた、いつもどおりなのだ。トレメインが再婚してから、ずっと。
 以前――シンデレラの実母が生きていた時は、トレメインもシンデレラのことを実の娘としてよく可愛がっていた。だが、シンデレラの実母が若くして病を患ってそのまま回復することなく亡くなり、それからトレメインが一人の女性とその二人の娘を屋敷に連れてきてから、彼のシンデレラの対する態度は一変した。夫人が初めてこの屋敷にやってきた時、きれいなドレスで着飾ったシンデレラを見て言ったのである。
「なんです、この下女は?」と。
 それからというもの、シンデレラは伯爵家の娘としての立場から、その家に仕える下女として働かされるようになったのだった。
(私はこの男だけは絶対に許せない……)
 なにせ彼は伯爵なのだ。にも拘わらず、なぜ自分を冷遇するようになったのか。シンデレラはそれがどうしても許せないのである。
「……」
「……」
 だから両者とも口を開かない。トレメイン伯爵にとっても、シンデレラにとっても、互いの存在は最大のタブーなのである。
 それから、ドリゼラがやって来るまで食堂は完全なる沈黙に包まれていた。
 シンデレラの朝は、いつもこうして始まる。

第二章「シンデレラの野望」

 シンデレラの昼からの仕事は、基本的には朝と大差はない。朝の掃除は食堂などのみであるが、昼からは廊下や庭などが追加される。洗濯は主に伯爵らの寝間着、それから食材の調達と夕食の用意だ。
「……」
 いつも通りの作業を惰性でやり続ける。シンデレラはそれに何の意味も見出すことができず、このときは自我を完全に封じ込めて無心になって働いている。
 そうして働いていると、ドリゼラとアナスタシアの話し声が聞こえてきた。
「アナスタシア、例のお話、聞いてまして?」
「お城のパーティのお話ですか?もちろん聞いてますわ」
「たしか、そのパーティでチャーミング王子に気に入っていただければ妃にしていただけるとか」
「らしいですわね」
「私はもちろん参加いたしますわ。貴女はどうします?」
「私も参加しようと思います。人数は多ければ多いほど私たちの家が選ばれる可能性は高くなりますし」
「わかりましたわ。では、当家からは私と貴女で参加いたしましょう。お母様は……まあ、適当に言ってごまかすとしましょうか」
「ええ、そうしましょう。……お姉さま、あの女はどうします?」
 あの女――シンデレラは自らが話題に上がったと察する。
「ああ、あの女ですか……。たかが下女に参加する資格があると思いますか?」
「ふふふ、あるわけないですわね」
「では、当日のドレスなどは――」

 そこからも話は続いていった。
「……」
 だが、シンデレラはもはやそんな話を聞いてはいなかった。
「妃に、なれる……」
 彼女の胸の内で、大いなる野望の種が芽生え始めた瞬間だった。

 夕食の準備中。シンデレラは、数々の家事の中でも料理だけはいつも楽しんでいた。だが、
「ふふ、ふふふ……」
 今日の彼女はただひたすら薄気味悪い笑みを漏らすばかり。この場には今誰も居ないからいいが、もし誰かがいたら確実に気味悪がっていたことだろう。
「ふふふふふ」
 だがしかし、それも仕方あるまい。彼女の胸の内では、大いなる野望の全容がほぼ完全に計算され尽くしていたのだから。
(チャーミング様を――いや、チャーミングを籠絡してやります。そして彼を私の意のままに操り、この国を実質私が支配する……。ああ、なんてすばらしいことだろうか。そうなれば今のこの過酷な環境からも脱出できる。そうすれば憎きお父様やお母様、それからお姉さま方にも復讐できる……。私は彼らを決して許しはしない。私に好き勝手してくれているあの女達も、そんな私を見て見ぬふりをするあの男も、皆、皆、破滅させてやる……。)
「ふ、ふふ、ふふふ、オーッホッホッホ!!」
 あまりに嬉しくて、ついシンデレラは今まで心の中でしかしたことのなかった高笑いをしてしまった。幸運なことに、それを聞きとめたものはいなかった。

 それからシンデレラは動き出した。パーティに参加し、チャーミングに見初められんがために。
 だが――
「……」
 時は無情にも過ぎ去っていき、ついにパーティの日は訪れてしまった。何一つ手立てを考えることもできず、ただ時の流れるままに任せてその日は訪れてしまったのである。
(どうすれば……)
 事ここに至っても、シンデレラは未だ己が野望を諦めてはいない。それは彼女の悲願だ。なんとしても果たし遂げねばならぬと心より信じる、夢なのである。だから彼女は何があっても諦めない。
「それではお父様、お母様。行ってきますわ」
「行ってきます」
 シンデレラが如何とすべきかと脳を高速回転させていると、ドリゼラとアナスタシアが両親に出発の意を伝えていた。
「くっ……」窓からその光景を眺め、唇を噛む。
(お姉さま方がチャーミング王子に見初められることは、容姿的に考えて万に一つもありえはしませんけれど……)
 かといって、他の女が見初められないと断ずることはできない。もしそのようなことになれば、彼女の野望に達成の余地など有りようはずがない。
「この野望を果たすためならば、私はたとえ悪魔に魂を売ったとしても――」
 シンデレラは、祈る――
 すると――
「それは真か?」
 ふと、しわがれた老婆の声が聞こえた。
「――はい」
 その声が一体何なのか――そんなことはどうでも良かった。彼女の心にあるのは野望を果たすというただそれのみ。だから彼女は即答する。
「では、汝に力を与えん。この国を、討ち滅ぼすがための――」
「国を、滅ぼす……?」
「然り」
「そんな……私は、そんな力は求めていません!私はただ、トレメイン家に復讐さえできれば――」
「さもありなん。されど、これこそ契約なれ。汝はトレメイン家に復讐せんとす。されど、汝に其を果たす術なし。我はこの国に復讐せんとす。されど、我に其を果たす力なし。故に我らが手を結ぶ。我は汝に悲願を果たす術を授け、汝は其を以って汝と我の悲願を果たす」
「貴女の望み……それが、この国を壊すことだと?」
「然り」
「……ええ、承りましたわ。私と貴女の悲願を果たしましょう――」
「契約、成立。今日が終わるまでに片を付けよ――」
 老婆が言い終わるや否や、突然巨大な光が現れる。
「い、いったい何……!?」
 暫くして光が収まると、そこには純白のドレスがあった。ガラスの靴があった。
「え、えっ……」
 さらに窓の外を見下ろすと、そこにはかぼちゃの馬車があった。
「ど、どういうことなの……?」
 もう、何もかもがシンデレラの理解の及ぶ範疇を超えていた。
「だけど――」
 それでも彼女のやることは決まっていた。これらを身に纏い、パーティに参加する。
 そして――
「全てを思うままにする――」
 そう、何もかもを彼女の思うままに。
 彼女の願い――それは、トレメイン家に復讐し、その後は王妃として幸せに暮らすこと。つまり、老婆の願いとは断じて相容れることはない。
 シンデレラには、契約を遵守する気など、さらさらなかったのだ。
「さて、私の覇道を始めましょう――」
 ここからすべてが始まる――!! 

第三章「お城のパーティ」

 かつて、この国には魔女がいた。
 人に為すことのできぬ異常を為し、それにより人々を畏れさせる民族がいた。
 彼女らにはなんでも出来た。おおよそ、彼女らにとってできぬことなどありはしなかったのだ。
 それを、当時の国王は酷く憎んだ。そして、彼女らの殲滅を決定した。
 その行動は、何も完全なる悪意から来ていたわけではない。なにせ、彼女らは彼の大事な国民を震え上がらせたのだ。決して彼女らが意図していたことではないとはいえ。だから彼は、国民をその恐怖から解放するために、彼の信じる正義の為に、魔女狩りを行った。
 魔女狩りは実に無惨なものだった。たしかに彼女らは他者には為すことのできぬ力があった。だが、それは圧倒的な数の力による殺戮には全くの無意味だった。
 まず一人の魔女が捕まった。彼女は王国軍の男たちの怒りによって惨殺された。
 其れを見ていた二人の魔女は、あまりの恐ろしさに絶望し、崩れ落ちた。そして男たちの為すがままとなった。
 それでも殺戮は終わらない。最後の一人をも殺し尽くすまで、彼らの『正義』は終わらない。 
 そして、魔女の村は、血と性の臭い溢れる地獄と化した――

 その後、この国には唯一人の魔女もいなくなった――と、そう思われていた。だが、魔女はまだ生きている。そして、そのうちの一人が彼女である。幸運にも――不幸にもと言うべきだろうか――彼女は魔女狩りの際に村を離れていたのである。当然、王はそのことも見越して捜索を行わせた。しかし、彼らは基本的に魔女の村には内政不干渉だったことや、村人たちは皆、誰が居るかを知り尽くしていたことから住民票のようなものがなかったことにより、いったいどれだけの魔女が村の外に出ていたのかを彼らは知ることができなかった。また、他国との関係が危ういせいであまりそればかりに専念してもいられず、ある程度の捜索を終えると、魔女殲滅完了の宣言を発した。
 そういうわけで、彼女は生き残ったのである。
 そして――そんな彼女の目的は決まっていた。
 この国への、復讐である。


 王城への街道を、シンデレラを乗せたカボチャの馬車が駆ける。
「すごい……まるで本物の馬車のよう。これならパーティに間に合いますわ」
 パーティの開始は午後七時。そして今は六時半。この調子で行けば、十分に間に合うだろう。
「さて、ここからどうしましょうか」
 目的は決まっている。王子のハートを鷲掴みにして国を思うがままに操り、そしてトレメイン家に復讐。然る後に魔女狩りを再開する。
「問題は、その方法……」
 如何にして王子に惚れられるか。問題はその一点に尽きる。
「私の美貌なら何とかなるかしら?」
 ありえない。自分の容姿に全く自信がないというわけではないが(少なくとも姉二人よりは格段に上だと自負している。そしてそれは客観的に見てもまるで間違ってはいない。ドリゼラとアナスタシアは、控えめに表現してもブスとしか言い様がないのだ……)、かといって王子の女性の好みなどシンデレラに分かるはずがない。
「よく考えてみると、私の計画って穴だらけね」
 シンデレラは自らの行き当たりばったりな計画に苦笑する。
「だけど、それでもパーティに参加はできる」
 そう――本来、彼女はパーティに参加することすら不可能だったのだ。それでも、今こうして城へ向かうことができている。不可能を、可能にしたのである。
「だから、きっと、できる」
 他者を説得するためにはあまりにも説得力が不足している根拠。だが、自信を抱くにはそれで十分だ。為せば成る、出来ると思えば出来る。

 シンデレラが会場に辿り着くと、そこには彼女がよく知っている女性が二人――
(ドリゼラお姉さまにアナスタシアお姉さま……)
 幸いにも彼女らはまだシンデレラに気付いていない。
(さて、どうする――?)

1【話しかける】
2【後ろから攻撃して気絶させる!】

(三十六計逃げるに如かず……)
 戦略的撤退しかなかった。当たり前である。

 そうこうしているうちに、パーティ開始の時間がやってきた。
「チャーミング王子のお見えである!」
 司会者らしき男がそう言うと、きらびやかな衣装を身に纏った男性が現れた。
(え……う、嘘……)
 その男性――チャーミング王子は、不細工だった。服の上からでも分かる贅肉だらけの身体。脂ぎってニキビまみれの顔。集まった淑女たちをいやらしい――はっきりと性的な意味で見ていることが分かる目つきで物色している。有体に言って、最悪の男だった。
『………………』
 そう思ったのはどうやらシンデレラだけではなかったらしい。周りの淑女達からも驚愕の様子がありありと伝わってくる。
チャーミング王子は民衆の前に全く顔を見せたことがなかった。それもあって、実はチャーミングなる者は存在しないのではないか、という噂もあったのだが、今回のパーティ開催の知らせを受けてその噂は完全に払拭された。だが、すると今度は別の疑問が浮かび上がった。なぜ、一国の王子ともあろう者が婚約者を募集などするのか。この国は今のところ平和ではあるが、近隣諸国との関係は未だデリケートなままである。なので王家の子は政略結婚に使われたりするものだ。実際、チャーミングの弟であるブライアンはそうなった。にも拘らず、チャーミングがそうされないのはなぜか。
(あまりにも醜すぎて相手方から拒絶された……)
 そう、なるのだろう。
「さささささささて、諸君」
 いきなりどもりまくるチャーミング。そしてその声も、シンデレラの想像を残念なことに全く裏切らないものだった。
(はっきり言いまして、聞くに耐えません……)
「ききききき今日は、僕ちんのお嫁しゃん探しに来てくれてありがとう!ぐひひひひ」
 話を聞けば聞くほど嫌気が差してくる。
(もう、あの野望は諦めてしまいましょうかしら……)
 必ず果たしてみせると自らに深く誓った野望すら、この男の前では無力だった。シンデレラは、今にも気力がなくなって倒れてしまいそうだった。
「ねえ、どうします?」
「どうすると言われましても……」
 周りでも小さな声ではあるが、どよめきが広がっていた。皆、王妃にはなりたいと思っているだろう。だが、それと引き換えとはいえ『あれ』と結婚するのには抵抗があるのだ。
「素敵……」
(え……?)
 シンデレラの耳に、今この場では決して漏れてこないはずの言葉が聞こえた。
(い、いくらなんでも気のせいですわよね?『あれ』に対して素敵だなんて――)
「なんて美しい方なのかしら……」
 全く気のせいではなかった。しかもその発言者は――
(アナスタシアお姉さま!?)
 彼女の義理の姉、アナスタシアなのだった。
「ちょっと。貴女、本気ですの?」
 ドリゼラが信じられないといった顔でアナスタシアに尋ねている。
(ああ、ドリゼラお姉さまは普通の方でしたのね。でもご自分の顔に自信を持っていらっしゃるようですし、そうでもないですか。むしろあの醜い自分の顔を綺麗だと思いながら『あれ』のことは醜いと感じるドリゼラお姉さまのほうがおかしいのかしら?いやでも、流石に『あれ』は……)
「?お姉さま、どういう意味です?」
「わ、わからないの……?」
 互いに相手が何を言っているのか理解できないでるドリゼラとアナスタシア。
 だが。
(ますい、かもしれません……)
 このまま誰も『あれ』と結婚せずにパーティが終わるのならまだ良かった。たしかに、野望を捨てるのは少々勿体無い気もするが、『あれ』と結婚することと比べたらマシだからだ。だが、このままではアナスタシアがチャーミングと結婚してしまう。それは、彼女にとっては見過しがたい事態である。
(こうなったら、覚悟を決めるしかないですわね……)
 覚悟を決め、深呼吸をする。
 そして。
「王子様――」
 勝負を、かけた。
 
 結果は……語るまでもないだろう。シンデレラの勝ちだ。


 ついにチャーミング王子の婚約者が決まったということで、嫁探しパーティは婚約祝のパーティに変わった。まずは新郎新婦のダンス。曲目はワルツ。
「う、うわっ……あ痛っ……」
「……」
 なのだが……最悪だった。恥を晒しているだけだった。羞恥で顔をやけどしてしまいそうだった。
(ダンスが多少下手なのは仕方ないでしょうけど……これはあまりにも……)
 シンデレラは元々トレメイン家にてダンス程度の教養は完全に身につけている。だから久しぶりとはいえ、所詮はワルツ。どうとでもなる。
「え、えいっ!……うぎゃあああああ……」
 チャーミングは仮にも王族なのだから、それなりどころか相当の教育を受けているはずである。にも拘らずこの有り様。
(容姿も最悪、ダンスの才能も皆無。いったいこの方には何の取り柄がお有りなのでしょうか……)
「あ痛っ」
「……」
(はあ……早く終わって欲しいですわ……)
 シンデレラが胸中で深―い溜息を付いていると、
ゴーンゴーン
 零時を告げる、鐘が鳴った。
「え……」
 その瞬間。シンデレラの纏っていた純白のドレスが徐々に変色を始めた。しかもそれだけではない。先からどんどんと破れていき、床に落ちた布切れは炭となって消えた。

『契約、成立。今日が終わるまでに片を付けよ――』

「っ!?」
 老婆の言っていたことを思い出す。
(あれはこういう事だったの!?)
 そうしている間にもドレスの風化は進んでいく。
(まずい、このままじゃ……!!)
 気付いたら、シンデレラはチャーミングの手を振りほどいていた。
「シンデレラたん……?」
 チャーミングが訝しげな目を向ける。
「王子様、申し訳ありません!これにて失礼致します!」
 構っている暇など無かった。全速力で門の方へと走りだす――
(ああ、なんてはしたない!)
 もちろんそんなことにも構ってはいられない。
 階段を降りる途中で段差につまづき、ガラスの靴が片方脱げてしまった。
(この靴だけは風化していない?)
 不思議に思ったが、ドレスは風化し続けたままである。
(やっぱり構ってなんていられません!)
 再び走りだした。
(ああ、もう!あとほんの少しだったのに!)
 シンデレラは大声で叫びだしたい気分だった。だがそれをすると王子の配下の者達にバレてしまう。とてもじゃないが、そんな愚は犯せない。
「っ……」
 今の彼女には、一刻も早く城から少しでも遠くへと走って行く事しかできなかった。

終章「復讐劇の果て」

 今日は朝から嵐だった。空は厚い雲に全面を覆われ、地面は絶え間なく降りしきる雨が溜まり、浅い川のようになっている。
 そう、今日は朝から嫌な一日だった。
「あっ……」
「……」
 屋敷の廊下をシンデレラが忙しなく移動していると、突然アナスタシアが現れてシンデレラの足を踏みつけた。
「あの、アナスタシアお姉さ――」
「お黙り」
 いつまでも退いてくれないアナスタシアにしびれを切らし、退くように頼もうとしたシンデレラだったが、アナスタシアの一言によって封殺されてしまう。
「……」
「貴女、もう一度だけ尋ねますわ。なぜ、あの日、貴女はお城にいたのかしら?」
「……」
 あの日から既に数日が経過しているが、それから毎日シンデレラはアナスタシアに質問――尋問されている。
(そんなの、答えられるわけ無いじゃないですか……)
 王子を懐柔し、トレメイン家に復讐する。それがシンデレラの目的だった。そんなこと、言えるはずがない。
「まあ、それだけならまだいいですわ」
 すると、そこにドリゼラが現れた。
「貴女は無事、王子の婚約者に決まった。にも拘らず、どうして突然逃げ出したのです?」
 そして、当然の問いをシンデレラに突きつける。
「……」
 そう、一番の問題はこれなのだ。もし城にいることがバレただけなら、家のためだのなんだのと嘯けばいいが、シンデレラは王子に選ばれたにも拘わらず、逃げ出してしまったのである。これには言い訳のしようもない。
(まさか魔女の力を借りただなんて言えませんし……)
 この国では魔女の存在はタブーとなっている。口に出そうものなら、どんな目に遭うかわかったものではない。
「早く答えなさい!」
「ッ……」
 ドリゼラの掌がシンデレラの右頬に叩きつけられる。今までは黙殺を続けても口汚く罵られるだけだったが、遂に彼女も堪忍袋の緒が切れたのだろう、直接的な攻撃が始まってしまった。
(どう、しましょう……)
 今更ながらにシンデレラは後悔し始めていた。
(復讐だなんて、考えなければよかった……)
 すべての始まりはそこにあった。復讐しようなどと思った事こそが誤りだったのではないだろうかと、シンデレラは苦悩する。
(本当に、どうすれば……)
「失礼。トレメイン伯爵はおられるか」
 シンデレラが悩んでいると、外から伯爵を呼ぶ男性の声が聞こえてきた。
「どちら様でしょうか――」
 すかさず夫人が応対する。
「第一王子チャーミング様の執事でございます」
(え……?)
 驚くシンデレラ。
「ちゃ、チャーミング王子の……!?」
「どういう……」
「……」
 驚いたのはシンデレラだけではない。夫人もドリゼラも驚愕の声を発し、アナスタシアに至っては完全に絶句している。
「この屋敷に王子の婚約者であるシンデレラ様がいらっしゃるとの情報を受けてまいりました」
 驚愕する夫人の姿に一切気を払うことなく執事は訪問の目的を告げる。
「し、シンデレラですか……?う、ウチにはおりませんことよ……?」
 夫人が答えるが、その声には動揺の意がありありと浮かんでいる。
「シンデレラ、ですと?王子の婚約者といえば本国の次期王妃となられるお方ですぞ?そのような方に対して敬称も付けぬとは、何たる不届き!王子、どういたしましょう?」
 執事が、乗ってきた車の方へ声を投げかける。
「こここここ殺せえ!ぶち殺せえ!僕ちんの可愛いシンデレラたんに対して生意気だ!許せないぶう!」
 すると醜い叫び声が発される。この声は、一度聞けば忘れることなどもはや不可能。
「チャーミング王子!」
 廊下から玄関へと走り出しながらシンデレラも叫ぶ。
「しまっ――」
 アナスタシアが慌てるが、もう遅い。
「これは、どういうことでしょうか?」
 みすぼらしい服を着せられ、さらに頬を不自然に赤くしたシンデレラの姿を、執事が目に止めた。
「しししししししシンデレラたーーーーーーん!!」
 もちろんその場にいた王子もその姿を目撃する。
「…………」
 もはや、夫人にも、姉妹にも、どうしようもなかった。
「シンデレラ様。これはどういうことでしょうか?」
 既に近隣から話を聞き、とうに知っているにも拘わらず、執事はシンデレラに尋ねる。
「この者達に召使の如き扱いを受けるばかりでなく、本日は身体的虐待を受けておりました」
 そしてシンデレラはありのままを告げる。
「し、シンデレラアアアアアアアアア!!」
 怒り狂ったドリゼラがシンデレラに掴みかかる――
「そのようなことはやめていただきたいですな」
「ひっ……!?」
 直前に、執事がドリゼラの腕を掴んで制止する。
「もはや弁論の余地なし。この者達は、国家に対する反逆者である!」
「しししししし死刑じゃあああああああ!!」
 こうして、シンデレラを除くトレメイン一家は一人残らず処刑された。


「オーッホッホッホ!! オーッホッホッホ!!」
 今日も今日とて城にはシンデレラの高笑いがこだまする。
 あれからシンデレラは完全にチャーミングを籠絡し、国王が亡くなり王位がチャーミングの元へ移るとシンデレラはたちまち王権のすべてを手に入れた。
「シンデレラたーん!」
 そして、自分が良いように使われていることにすらチャーミングは気付いていない。
 シンデレラは王権を手に入れると、まずブライアンの権力を剥奪した。チャーミングを完全に籠絡した今のシンデレラにとって、脅威となるのは何と言ってもまず彼だったからだ。ブライアンはチャーミングとは異なり類稀なる知性とカリスマを持っていた。故に、実は彼が亡き王の後を継ぐ可能性も高かったのだが、何と言っても亡き王はチャーミングの父である。彼は第一王子が後継者となることを当然だと思っており、チャーミングの無能さとブライアンの有能さに気付いていながらも、チャーミングを後継者に指名した。これはシンデレラにとっては実に幸運なことだったといえるだろう。
 その次に、シンデレラは魔女狩りの再開を命じた。王権を手に入れ、ブライアンをも退けたシンデレラにとっての最大の脅威。それは、魔女である。魔女は人に為すことのできぬ異常を為す。故に、いくら盤石の体制といえども連中なら何かをしでかしかねないと、そう思ったのだ。
「また一人魔女を殺したそうね?」
「うん、そうだよ!」
 チャーミングに渡された魔女狩りの進行度を示す資料を眺めながら、シンデレラは再び嗤う。
 魔女狩りを再開して、すでに二年の時が過ぎた。この間に討滅した魔女の数は約二十人。第一次魔女狩りの際には千名もの魔女を殺していたのだが、未だこれだけ魔女が生き延びていたのである。
(この中にあの魔女も居るのかしら……?)
 シンデレラは、彼女に協力し、そして欺かれたあの哀れな魔女の顔も名前も知らない。
(完全討滅にはあとどれくらいかかるかしら)
 シンデレラが思案していると、
「大変です!」
 王の間に兵士が顔を真っ白にしながら入ってきた。
「ぶうううう!勝手に僕ちんとシンデレラたんの部屋に入ってくるなあああ!ぶぶぶぶぶブッ殺すぶうう!」
 チャーミングが喚き出す。
「何か?」
 それを抑えてシンデレラが尋ねる。
「ブライアン様が謀反を起こされました!」
「ブライアンが、謀反……?彼にそんな力があったかしら?」
「それが、ゴーレムのようなものが多数協力しているとか……」
「ゴーレム!?」
 ゴーレム――それは、第一次魔女狩りの際に魔女側が用いた武器であり、魔女狩り中断を決定づけそうになるほどの威力を持った『軍』であった。
「ということは、まさか魔女が!?……数は?」
「はい、それが……」
 兵士が言いよどむ。
「答えなさい!!」
「ご、五万を超えるとのことです!」
「なっ……!?」
 ゴーレムは一体につき、王国兵十人分もの力を持つ。つまり、シンデレラ率いる王国軍に勝ち目はない。
「そん、な……どうして――」
「汝が誓いを破るがゆえに」
「っ!?」
 気がつくと、王の間に黒いマントを羽織った老婆が現れていた。
「その声は――」
「然り。あの夜に汝と契りを結びし者なり」
「まさか、お前がゴーレムを!?」
「然り」
「あああああああああああああああああああああ!!」
 シンデレラは懐から銃を抜き取り、老婆へ向けて撃つ――
「ッ……」
 そして弾は見事に老婆に命中し、老婆はそのまま倒れる。
「……人を呪わば穴二つ――」
 最後に、シンデレラへの恨みの言葉を残して。


 王国軍と反乱軍の戦いは実に熾烈なものとなった。どちらも退かぬ、一進一退の争い。ただ国を衰退させていくだけの、無惨な戦い。
 そしてその戦いは、シンデレラにとっては実に不都合な形で動き出す。
 ブライアンと結婚した王女が、自らの国で王位を継承した。そしてすぐさま、その国がシンデレラの国での内乱に参加を始めたのである。
 それにより、互いに互角であった内乱は完全に反乱軍優位な形で進んでいき、遂に王城までをも制圧した。
「あ、あ、あ、あああああああああああああ」
 シンデレラは絶叫する。なぜ、こうなったのかと。
「私は、あの屋敷でずっと苦しみながら生きていなければならなかったとでも言うの……?なんで、こんなことに……」
 誰へともなく呟く。すでにチャーミングは敵の手に渡ってしまっている。
「貴女が魔女と契約し、そして裏切ったからだ」
 それに、反乱軍の主――ブライアンが答える。
「ブライアン!!」
 シンデレラが憎しみを込められるだけ込めてブライアンを睨みつける。
「俺に対して、あの魔女は言ってきたよ。自分が復讐を願ったせいで仲間をより苦しめることになってしまった。最後のお願いだ、魔女狩りを止めてくれ、ってな」
「……」
「復讐なんて、何も生み出しはしないんだ。何かを失くすだけの、無意味な行動なんだよ」
「じゃあ、どうすればよかったのよ!?」
「トレメイン家に、余計なことをしないでいればよかったのさ」
「他人事だと思って――」
「お前の父親――トレメイン伯爵が、お前のことを王城に贈ろうとしてたことを知っているか?」
「え……?」
 もちろんシンデレラは、そんなことは知らない。彼女の中で、トレメイン伯爵とは、自分が虐げられているのを黙って見ていた男でしかなく――
「結局、城に来たって召使をやることには変わらない。だけど、仮にも伯爵の娘なんだ。トレメイン家で継母たちに虐められ続けるよりはマシだったろうな。で、城で兄の婚約者探しパーティの次の日に、貴女を迎えに行くはずだった」
「そん、な……」
 知らなかった。父が、自らを救おうとしていたなどということを。シンデレラは知らなかった。そして、知らないまま、彼を処刑させてしまった。
「あ、あ、あ、お父様、ごめんなさい……」
「……貴女はこの国の実質的なトップだ。だから逃すわけにはいかない。ついてきてもらう。おい、捕まえろ」
 ブライアンが部下たちにシンデレラを捕らえる命令を出す。が、彼女はすでにそんなことを聞いてはいなかった。

 そしてシンデレラは処刑された。最後まで、父に対する謝罪の言葉を述べながら――

黒シンデレラ

『黒シンデレラ ~Another Route~』(http://slib.net/41029)では、この話とは違った結末を描きました。
こっちよりは後味の良い終わり方をしてます。
『黒シンデレラ』と『黒シンデレラ ~Another Route~』を合わせて、はじめてこの作品は完結するので、そっちもよろしく!

黒シンデレラ

例えばこんな、シンデレラ

  • 小説
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-10-19

Copyrighted
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Copyrighted
  1. 第一章「かわいそうなシンデレラ」
  2. 第二章「シンデレラの野望」
  3. 第三章「お城のパーティ」
  4. 終章「復讐劇の果て」