自分の影に叫ぶ話 その1
最近の問題、少し正確に言えばここ4~5年。
その前は、車両運転中のその行為が問題となる、そして更に自転車を経て、歩行中へ。
携帯電話を見ながらの〇〇問題、ヒヤッとしたり不快に思った事みなさんお有りだと。
しかし自分がする側に回ると、案外平気なもんです。
くれぐれもお気を付けて・・・・・・。
自称達人
乗り換え駅の時刻は午前八時ちょうど。
駅は通勤と通学が重なり、ホームはいつもの様に混雑している。
時刻通りに到着した満員電車から吐き出されるのは一塊の人混み、足早なその人混みはやがて行先別の大まかな流れを作り上げていく。
その流れの中を、耳にイヤホン、肩からメセンジャーバック、スマホ片手のうつむき加減、猫背で歩いていく学生がいるが、
彼の名前はドキ夫である。
ドキ夫はチキンなハートを隠す為のチャ髪を黒のニット帽からわざと見せている、人みしりで臆病な男である。
スマホ片手に歩いているが、学生の彼に緊急を要するメールが届くわけでもない、まして証券マンの様に株価の上げ下げを監視する必要はない、彼が見ている画面は流行りのゲームか、大抵どうでもいい内容のメールであるが、携帯から目をそらすことはない。
駅の出入り口に向かう人の流れは、だんだん細くなっていく、そして電車に乗るべき人々とすれ違うことになる。
ドキ夫は相変わらずの猫背のままで歩きスマホだ、時折ぶつかりそうになった相手が鋭く睨む、或はしかめっ面で、身をかわすが、ドキ夫はお構いなし・・・・正にゴーイング、マイウエイだ。
やがて彼にとっての毎日のイベント自動改札がやってくる、自動改札の通り方で都会慣れしているか?否かが判定されると思い込んでいる。
彼の通り方はメッセンジャーバックの仕切りに入れたICカードを素早くカバンごとタッチして抜けるだが、タッチするのはギリギリならギリギリの方が良い、姿勢はなるべくそのままの猫背、そこに、自動改札が存在すらしない身振りで通ること。
彼の頭の中でそれがパーフェクトに決まれば、その瞬間彼は恍惚感に浸れる。
「俺っていけてるね!この駅の達人、まさに都会の達人、やばくねぇ?」だ。
裏技として、ギリギリ過ぎて反応されてゲートが締り始めることがたまにあるが、そんな時も慌てたり決して立ち止まってはいけない、素早く再タッチし、半締りで止め悠然と通過して見せる、それを見た後ろの人間が慌てて止まっても気にしてはいけない、もっともこれは何度となく繰り返し反応された結果で偶然身に着いたものでもある。
改札を抜けても相変わらずの歩きスマホである、駅から学校までは10分前後だがその間、画面から目を離すことはない。
自転車がやってこようが、ベビーカ―がやってこようが事前に避ける事はない。
何しろドキ夫はボクサーを超える反射神経、と動態視力、そして天から与えられし予知能力で危険を察知して衝突回避していると、思い込んでいるのだから。
真実は語るべきもないが・・・・。
良薬口に苦し。
校門を抜けても、相変わらずの歩きスマホだ。
クラスメートや教師が見るに見かねて、注意したこともあるが、答えはいつもこうだった。
「ちゃんと、見えてるし、俺今まで一度もぶつかったことないっスから」
もちろん、学食での食事中もそれは続けられた。
見るに堪えない行儀の悪さ、それは同時に育ちの悪さを見せびらかせているようだった。
肩肘ついて、探り箸で頬張るその姿は多くの者を不快にした。
又ドキ夫の視界の中心は常にスマホであり、景色は常にスマホ越しでぼやけていた。
それは調度スキューバーダイビングで水中メガネをかけた様な状態に近かく、上の空での水中遊泳だった。
人間は二つの事を同時に処理する能力はない、まれに笛を吹きながら字を書く人がいるけれどそれは、練習しての成果で、突然できるわけではない、そして笛を上手く吹くっといっても名人にはかなわないし、勿論書道家のそれに勝ることはない。
だから、ドキ夫は夢遊病者の様に、一日を過ごしていると言ってもいいだろう。
大袈裟に言えば貴重な日々をもうずいぶん、無駄にしてしまっていた。
歩きスマホがなくならない一つの理由として本人が危険性についてほとんど気が付いていない事も上げらるだろう。
マァ大体世の中というものはそういうもので、ある程度の勢いでもって悪事を働けば、善良な者はこれを避けて我慢するのが常で、歩きスマホの若者と接触しかけても、或は実際にぶつかっても、追いかけてまで注意する事はまずない。
又今日、不愉快な思いをした者が明日には、不愉快を与える側に回ることもある。
何の内容もないままドキ夫の学校での一日が終わった、後は帰宅して食事、シャワー、そして睡眠だった。
食事の内容はコンビニ弁当にカップめん、カップめんはスーパーでセールを見つけては買いだめしていた、その方が安いからである。
校門を出て家までの時間と空間はもう、頭に入っている、いつもの様に(歩きスマホで)歩いていく。
彼の頭の中では今日という日はもう終わっていたが、さらに何の内容もない一日は卒業までタダタダ、グダグダに繰り返されて一応の区切りを迎え、どこかに就職、ありきたりの生活、ありきたりの結婚、そして死までありきたりだと、楽観的妄想で人生さえもすでに終了させていた。
だが今日は大きな転機を迎える日だったそうはいかない日であった。
もう少し身の回りに気を使っていたなら?もう少し周囲を見ていたなら、もう少し人生を考えたなら?
後悔ばかりが募る、今更どうこう出来ないが、駅周辺の再開発で大型量販店の開店を宣伝するポスターに気が付いていれば、不幸は防げたかもしれない。
都市法。
傍若無人なドキ夫の安全が、保証されている秩序立ったいつもの駅は、今日の夕方にはなかった。
否、きっと今日だけではなくて度々そうなるかも知れない。
駅構内を安全でスムーズなおかつローストレスに移動するために、長い年月を掛けて洗練された暗黙の歩行ルール
、それはやがてルールというより都市法と思えるくらい皆が守った。
その都市法に守られてドキ夫は存分に歩きスマホを堪能してきたが、もっとも本人にはそんな事には気が付いていない。
駅の改札をドキ夫ギリギリタッチで抜けてホームに向かって歩いていく。
いつもの様に歩きスマホで壁から約20センチで左側を歩く、二つ目の階段を上がって通路に出たならすかさず右折、斜めに左に進路を取り、一つ目の階段お降りる、その間スマホから目を離すの一回で斜め左に進路を取る時だけだ。
到着した電車から、少し遅れて階段を上がってくる団体があるが、人数は8名でこの駅は初めてである。
さらに補足すれば日本も初めての外国人旅行者だ、そんな彼ら8名のお目当ては大型量販店でのお買い物だった。
ガイドブック片手に、異国に来たという解放感からはしゃぎながらのおしゃべりは、とっても楽しそうだ。
「俺は、日本製のカメラを買うぜ」「オーそれは言いねぇ」「安くしてもらいなよ~」彼らは浮かれていた。
そんな彼らの行く手を遮るようにを一人の男が俯き加減で前も観ずに、やって来たが、避けるはずはない。
彼らの国では前を観ずに歩く人間はいない、そしてそこに秩序が訳ではないが、何とか衝突せずに移動している、
一見危ないが、それぞれが危険を感知し自己責任での行動である、勿論事故もよく起きている。
俯き加減で前を見ない男は、見事にその団体の一人、大柄な男とぶつかる、その弾みで運悪く階段を勢いよく転げ落ちた。
50段はある階段を一気に回転しながら落ちた、途中に踊り場がなければ更に落ちたであろう、踊り場でうつ伏せになったままの男の手にはスマホが握られている。
ぶつかった団体は、チラッと見ると「あいつが突っ込んできたんだよ、ウッハハ」「馬鹿じゃないのか、あいつ」
「信じられない、日本だ、アハハ」大笑いしながら去っていった。
悪夢、それとも。
ドキ夫は手術台に横たわる自分を上から見ていた。
「ウワッ、これってうわさの幽体離脱?、俺ヤバいんじゃないの、ちょっとなんとかしてよ、まだやりたいゲームあるし」
どうやら頭を強く打ったらしく頭骸骨の一部にドリルで穴が開けられていく。
さらに、頭に開けられた穴にホースが突っ込まれ、血が吸われていく、脳内出血の治療のようだが、なぜか医師の手つきがぎこちない。
「ちょっと、早くしてよ、エッ…もしかしてスマホ見ながらやってんの、嘘だよね」
医師は時折スマホから目をチラッと離してホースの確認をするのが、上から見るとよく判った。
「ヤバい、ヤバいよ、それ吸い過ぎてねぇ、なんでスマホ見るの、見るの止めてよ」
よく見ると医師だけではなく助手3名もスマホ片手だった、助手の前にはモニターが並べられているが、こちらもチラ見程度にしか確認しない、やがて心電計らしきモニターの数字が下がっていく、。
「オイ、オイッ、それなにスマホ見てんだよ、いつでも見れるじゃん、ちょっと気づけよ」
それは、今まで駅構内ですれ違った人々が心の中で散々ドキ夫に浴びせた言葉だった、そしてついに数字はとうとうゼロになった。
しかし数字には誰も気が付かないまま、手術は進んでいく、傷口は縫い合わされて血が綺麗に拭き取られた時に、助手がポツリと「あっ心臓止まってますね」と言った。
それを聞いた医師は「あっそう、時間は18時ちょうどね、御臨終、お疲れ」
その間ドキ夫は叫び続けていた、罵声を、怒りを。
やがて顔に白い布がかぶさられ、医師と助手が歩きスマホで去っていく。
「おいおい、どうすんだよ、放置するなよ、まだ生きてんだよ、スマホ見るんじゃねぇ。スマホ見るんじゃねぇ」
と全力で叫び続けたが、手術室の照明が消され真っ暗にされてしまった。
「もうだめだ、なぜこんな目に・・・」自然と力が抜けていく「もうだめだ、こんな事なら、スマホ片手でカッコつけるんじゃなかった」
ドキ夫は後悔した、群衆の中で不必要な情報認認や無駄なゲームをすることで、特別で忙しい人間に見られたいというミエを張っていた事に。
自分の体を見つめながらゆっくりと意識が薄れていくのは、変わった体験だが、もう少しで完全に意識がなくなる。
「だめだ、お休み自分・・・・」そうおもった瞬間、手術室の照明が付き明かりが戻った、が、今度は明るすぎる。
「眩しい、目がくらみそうだ」目を閉じても明るいほど、だから両手で目を塞ごうとしたが、塞げない、誰かがドキ夫の腕を握っているのだ。
「誰だ、俺の腕を握っているのは?」その腕をり払おうとしたと時に声が聞こえた。
「あっ意識が戻りましたか?」その声の主は救急隊員だった。ドキ夫は生き返ったのだった。
全ては夢の中の事だった。
「貴方は階段から落ちて強く頭を打ったみたいですね、だからそのままで担架で運びますので立たないで下さいよ」
そう救急隊員は告げると要領よく担架にドキ夫を乗せ階段を器用に上り、救急車で近くの病院に搬送した。
病院ではMRIやらCTスキャンされて現実の医師から、脳に異常がないと診断された、しかし足は酷い捻挫で、松葉つえなしでは歩けなかった。
普通なら容態確認のため一日入院するのだが、何しろ空ベットがない。
それで夜だがドキ夫は松葉つえで帰ることにした、幸いまだ電車のある時間帯だった。
慣れない松葉つえでゆっくりと歩いていく、さすがに歩きスマホは無理だった。
「あれは夢だったのか?」ぼんやりと考えながら歩いていく。
松葉つえでゆっくり歩くことでいつもの駅が新鮮に見える、大型量販店にも気が付いた。
「俺は何処見て生きてきたのか?」
先程見た夢が、ドキ夫を変えていく、「もう少し人間らしく生きたい」と思ったりしたが、すぐに「人間らしいって
どゆことだ?」と思った。
そんな悩み事を抱えながら駅の自動改札を通過しようとすると、ゲートが反応して閉まった。
「あっそうか、足跡が残ってんだ」やはりさっきの夢は夢で階段から落ちたのは現実なんだと改めて思った。
駅員に事情を説明しカード履歴を更新して貰い、ホーム向かった、松葉つえでは階段は思った以上に上り下りが大変で
やっとの思いでホームに着いた。
遠くに電車のヘッドライトがみえる「やっと帰れる」そう思った時に、歩きスマホの人間が前からやって来た。
「オイ、嘘だろ」松葉つえは動き辛い、ドキ夫がオロオロと避けたが、お構いなしで近づいてくる、全然前は見ない。
案の定、松葉つえに足を引っかけた、ドキ夫は悲鳴を上げながらホームから転落したが、歩きスマホの男は、足が引っかかった事を煩わしいと、思っただけで階段を上がっていてしまった。
ドキ夫には全てがスローモーションだった。ゆっくりと近づく地面、レールと砂利石。
だがスローモーションでないものが、一つあった。
それは電車のヘッドライトの明かりだった、それは見る見る内に近づいてくるのだった。
ドキ夫は叫んだ「あのスマホヤロー、許さん」。
完
生死一如
自分の影に叫ぶ話 その1
お読み下さりありがとうございます。
この作品書いている間にも、このような事故がありました。
社会に警鐘を鳴らすなどという大胆な考えは、ありませんが、不愉快な物には、何か危険が潜んでいる。
そゆことでしょう。