私のトイレに花子さん
プロローグ
花子さんって知ってますよね?
皆さんの学校でも花子さんがいると噂されていたトイレがあったと思います。
なかったとしても、花子さんという女の子の存在は知っているはずです。
でも、話に聞く花子さんって怪談、あるいは七不思議としてよく出てきて、そこの舞台ってほとんど……というか全部学校の話、……ですよね?
だから私は、今のこの状況を最初は信じていなかったし、信じたくなかった。
でも…、でもですよ?
「素子、お腹、すきました」
「はいはい。今日は何食べたいの?」
「ハンバーグ…、です」
「ほいほい」
これ今普通に会話してますけど、ハンバーグ食べたいって言った娘、あの娘実は花子さんなんです。
………………。
嘘だと思ってますよね?
私だって嘘だって信じたいですよ!
でも見ちゃったんですもん!!あの娘がトイレの便器から出てくるの、私見てますもん!!
事の発端は1週間前。
極々普通の大学生活2年目に突入したばかりの時だった。
「……ばあちゃん?あの…、今なんて?」
「おや、どうしたんだい素子。その年でもう耳が遠いのかい?あたしより老いてるねぇ」
「ちっがーう!!聞き間違えじゃないか確認したいだけ!!」
「花子さん来てるのかい?って素子に聞いたんだよ」
その日は今年で米寿を迎える祖母がうちに遊びに来ていた。
もうすぐ90の癖に、私の祖母はまだまだ元気だ。
未だに1人で旅行に行ってるし、家事だって難なくこなす。
ボケることを知らない、スーパーお婆ちゃんな祖母なのだか、そんな祖母の口から発せられた、日常では聞き慣れない名前。
私はそれに動揺を隠せなかったし、どうか聞き間違えであってほしいと祈っていたのだけど…。
「ばあちゃん、とうとうボケた?」
「どうしたんだい?いきなり失礼だねぇ…。お前の母さんよりはまだまだボケてないよ」
「だ、だって!」
私の母が超ボケボケなことについてはまた今度話すとして、自分がボケてるということに不満げに反論した祖母。
それだけ自分がボケていないという自信があったらしい。
私はそんな祖母に説明してあげた。
「だってばあちゃんおかしなこと言ったじゃん!」
「はて?何か言ったかいな?」
「言った!花子さんがどうとか言ってた!」
「花子さん?ああ、来てるのかい?」
「だから来てるのかい?って何!?」
全く成り立たない言葉のキャッチボール。
ただはっきりとしていることは、祖母は間違いなく花子さんという名前を口にしたということだ。
「お前に聞いているんだよ。花子さんが来たのかどうかをね」
「花子さんなんて来てないし、まずいないしこの世に存在してない!!」
「そんなことないさぁ。花子さんはちゃーんといるよ?」
「そもそも花子さんって、学校のトイレに出るもんでしょ!?こんなアパートのトイレなんかに出るわけないよ!!」
「それはただの思い込みじゃないかい?花子さんはどこのトイレにも出てくるもんさ」
「……ってか、まず花子さんなんているわけないでしょー!!!」
家賃5万ばかりの、1人暮らしにはちょうどいい広さの1Kの部屋にて。
丸テーブルを挟み、正座した私と祖母は、そんな会話を約15分ばかり繰り返したのち、どちらも1歩も引かぬまま、強制的にこの会話を終わらせた。
埒があかないからだ。
それからは花子さんの話題には一切触れず、家族の近況や大学のことをだらだらと話した。
「そうだ、素子」
「ん?何?」
そろそろ帰ると、祖母がゆっくりと立ち上がったのは日も落ちかけた夕方の6時頃。
見送るために玄関まで祖母についていくと、靴を履きながら私に呼び掛けた。
応じると、祖母はゆっくりと振り返り…
「優しくしてやっておくれよ。意外と寂しがりやな娘だからねぇ」
「……え?」
全く理解できなかった。
今思えば花子さんのことだったんだろうって思うけど、その時の私は花子さんのことなんて頭からすっかり抜けていた。
私は理解できずに首を傾げた。
でも祖母はそんな私におかまいなく、クスリとなんでもお見通しな笑みを浮かべて、
「それじゃあね。また来るよ」
そうとだけ言って、出ていった。
それから5分も経たないうちに、私は…。
「え、えっと、あの、……え?」
「こんにちは。えと、花子、です。どーも」
自宅のトイレで、見事に花子さんと対面していたんだ………――――。
1話 花子さんが出てきた
とりあえず、花子さんと出会うまでの経路を話すとしましょう。
祖母を見送り、私は部屋の片づけに取り掛かった。
祖母が使ったコップや、お昼に作ったスパゲティの後片付けが主だった。
「あ、そういやトイレットペーパー…」
大体の片づけを済ませた後、私ははっと気が付いた。
そうだ、トイレットペーパーが、あと1つしか残ってなかったんだ…。
このまま放置しておけば絶対、いや確実に全部なくなるまで忘れる!!
「(買いに行くかぁー…)」
あまり乗り気ではなかったけど、そんなことを言ってられない。
だから私は、近所のホームセンターまで原付で行って、そこでトイレットペーパーを買って、それで、それで……―――――。
「ねえ、あんた本当に花子さん…?」
「本当、に?はい、私、花子。さっきも、言った通り」
それでトイレのドアを開けると、この女の子が便器から顔を覗かせていたんだ…。
「あのさ…、汚くない?便器…」
「ここ、おうち。汚くない、です」
花子さんは一般的に知られている通りの見た目だった。
前髪は眉毛のところでまっすぐに揃えられていて、髪の長さはギリギリ肩につく辺りのところだ。毛先はもちろんまっすぐに揃えている。
髪の色は真っ黒。肌は真っ白。大きな瞳も吸い込まれそうなくらい真っ黒だった。
ただ瞳に関しては、やっぱり生きている人間の感じはしない。表情が読み取れないのだ。
そんな花子さんは私の言葉を気にしたのか便器から少しだけ体を出してきた。
「出ましょうか?」
「えっ!?いやいや!!そっちの方が何と言うか…」
「いろいろと、お話すること、あります。長くなります」
「う。うん、私も聞きたいこと沢山なんだけど、でも、ほら…。花子さん、便器の中じゃない?」
凄く、凄く言いにくいけどどうか察してほしい。
花子さんは便器の中にいるのだ。便器の中。
つまりかなりその………き、汚いというか、臭いというか…。
「あ、臭いや衛生面のこと、気にして、ますか?」
「……え?」
しかし花子さんはそんな私の気遣いもなんのその、しれっとした顔で私が言いにくかったことを言い放った。
いやまあ、助かったからいいんだけどさ、いいんだけど……。
「それなら、心配、ご無用です。あたし、人間じゃ、ありません。お化け、だから…。臭いもしないし、綺麗とか、汚いとか、ないです」
「へ、へー………」
私のトイレに花子さん