Der toric endet

――1961年 ベルリン
第一次世界大戦において、大敗とされたこの国は巻き返しを図ると共にたった数年と言う短い期間で国としての体制を立て直した。
その頃、独裁的政治…否、もう他の国の人間から見てしまえば一種の信仰であるかのように独裁者を崇めたてまつり、表では『第三帝国』という理想国家の礎と申し、アーネンエルベ局やレーベンスボルン機関をを始め、魔術・優生学を進めていく。
まぁ、先に結果論を述べさせてもらえばこの二つの機関も、再び戦争が起こると共に、研究を急ぐ事を国家に余儀なくされ、何千の命と労力を計らい、失敗という2文字を残し、この千年続かせると言った第三帝国はあっけなく消えた。

しかしこれは全ての序章でしかなく、60年経った2007年榊原市で起こる連続殺人事件――
1人の女子高生方丈緋真は大事な人の死により、事件へと踏み込む事となる

神が告げた『円環の終焉』
果たしてその殺戮ゲームの果てにあるものは一体何か?

1人が起こした奇跡 背負う小さな命の灯火
最後に目を覚ました白い世界で円環の終焉を決めるのもは?

――愛か救出か
全ての賽は今……投げられた

円環の終焉の果てにあるのは愛か救いか

Ⅰ.Die Entstehung

ここで、皆様…否、全人類に告ぐ。
もし己の願いがたった1つだけ叶うとしたら、何を願うであろうか?
永遠の命?富と名声?権力?全人類を殺せる能力?
ああ、何でもいいとも。連想し給え。
しかし、その瞳でもう度この腐敗した世界を見渡してみるといい。諸君らはこんなガラクタだらけで偽りで彩られた世界に満足か?
その傍にいる人間をもう1度見直して欲しい。その人間は何かを抱いていないかな?愛情、友情、自身の勝手な都合と欲と、罪悪感や心の奥に秘められた殺意。
私は、この世の全てを知っているが、この世のあらゆる万物を全くを以って知らないのだ。故に願う。
さぁ、人間達よ。もう1度問おう。
君らは何を望み、その儚き一生を歩むのか。
私を満足させておくれ、これ以上とはないくらいの最高の終焉を見せてくれ。君ら人間の限界を。私はそれが知りたくて堪らないのだよ。
では、始めよう。人類創世期至上唯一最も残酷で、美しく、甘美で、苦く、吐き気を催すそんな終焉劇を。
その先の答えを以って、劇の幕を引くとしよう。さぁ、目を開けて御覧。
「序章の、始まりだ。」

――1961年 ベルリン
第一次世界大戦において、大敗とされたこの国は巻き返しを図ると共にたった数年と言う短い期間で国としての体制を立て直した。
その頃、独裁的政治…否、もう他の国の人間から見てしまえば一種の信仰であるかのように独裁者を崇めたてまつり、表では『第三帝国』という理想国家の礎と申し、アーネンエルベ局やレーベンスボルン機関をを始め、魔術・優生学を進めていく。
まぁ、先に結果論を述べさせてもらえばこの二つの機関も、再び戦争が起こると共に、研究を急ぐ事を国家に余儀なくされ、何千の命と労力を計らい、失敗という2文字を残し、この千年続かせると言った第三帝国はあっけなく消えた。
死臭と、硝煙、不気味なる聖遺物の取り扱い。嗚呼、これではまるで聖書に書かれたバビロンのようではないか。
そこに、焼け落ち、退廃した街である青年はたった1人で、その場所にいた。
「……父よ、どうか私の父よ。聞いてくだされ。」
歌うように、叫ぶように、語りかけるように男は言葉を紡ぐ。
だが、その『父』とは我々人間が解釈する『主』ではない。
だとしたら、この青年は残されていないこの魔都で誰に向けて、言葉を発しているのか。
「…我らが悲願は堕ちました故、私はしばらく姿を隠します。故に……。」
カツカツ、と軍靴を鳴らし歩きながら、屍の道を歩く青年。その手には、何もなく。しかし身に纏った軍服は血と砂埃で彩られ。
「”この”発端は全て私の所為だ。ですから、貴方には――永劫歩き続ける彷徨い人(ファウスト)となれ」

そう祝詞かのように呟くと、既に沈んでいたはずの炎が爆発的に甦り、干からびていたはずの水が溢れだし、瓦礫塗れの地は雪崩が起きたように割れ、砕け散る。
これこそが、青年の目的。否、まだその10分の1にすら満ちてはいないであろうが。
「さぁ、歌劇を始めようか。円環の終焉を迎える、その時こそ全てが終わる。」
これは、ある一人の青年の肖像とある少女の邂逅の物語。至高のオペラ。
そして、誰もが夢見たはずの第三帝国の終わりは、あっけないものであった。
「Auf Wiedersehen…。」
たった、一言を残し青年は炎の中を歩み、そのまま姿を消した。
そして、時は移り変わり、2007年――また時間が動き出す。
「……。」
キーンコーンカーンコーンという鐘の合図と共に、少女は目を開いた。
「方丈、お前はまた寝ていたのか。」
現在時間は3時35分。丁度6時限目の終わりであり、しかもやってしまった事に学校内で1番厳しいと言われる英語教師の前で寝てしまったのだ。
どうするべきか、別に考えても仕方ないし、罰として職員室に呼び出されて、説教を食らおうが、特別課題を出されようとどうでもよかった。
それでも、一応非礼は正すべきか 「すみません」と抑揚のない声音で謝っておいた。
その様子を見て、けらけら笑う人間もいれば、「大丈夫?」と寄ってくれる友人もいる訳で。
「緋真ー、ほんとに大丈夫?ってかアイツの授業で寝るなんてすごい度胸あるよね。」
そう苦笑気味に笑い、話しかけるのは親友であるリゼ・ユラメント。
ここの高校に入学してすぐ、転校してきたドイツ人のクオーターという珍しい人間であったが、明るく、人に隔てなく接することができる言わば、愛されやすい人間と言った所であろうか。
なんて、雑談を繰り返しながら日々を送る。今現代の同年代達が送っている言わば、学園ドラマ。
この少女――方丈緋真はややクールな面が目立つ所為なのか友人は数人のみ。故にこのリゼという少女とは正反対で孤立した人間なのだ。
「そうだ、これから皆でカラオケ行くんだけど、緋真もどう?」
「ごめん、私はパス。やっぱ、シスターを置いていけないし。」
「あー…やっぱ、ここ最近『例の事件』が起こってるもんね。」
――例の事件、そうここ榊原市で近々発生した連続殺人事件。
遺体と死亡原因は色々と分かれているらしいが、その現場には1枚の黒いカードとが残されていると言う。
これは流石に関連性のある事件として、警察は血眼になって犯人を追っているが、今だ見つからない。そんな所だ。
「確かもう7件目なんだよね?私も死体…見ちゃってさ。」
「え?」
まさかこんな身近に、そんな残酷な場所に遭遇した人間がいるとは露知らず。
一方、ぽつぽつとリゼはそう言いながら下を向きながらも、その時のことを話し始めた。
「あのね、その死体…鎖の跡があって…なんか、そういう専門家の話によるとその犯人は、中世ヨーロッパあたりに使われた拷問器具と似てるって言ってたんだって…。後、何か…タロットカードが落ちてて…中身は怖くて…」
と、小さな親友は声音と小さな手を震わせ、悪夢のような出来事を語る。
まぁ私はあまりにも不器用な励ましと、現実問題を話した。
「でも、考えてみなさいよリゼ。その専門家の話が本当なら、そんなものどこから持ってくるのよ?」
そうだ、タロットカードぐらいなら、ネット通販や、そこらの店で手に入るが、この街はそもそも東京の都会に似たようなもので、博物館や展覧会があったとしても、恐竜博物館とか…そんなのばかりだ。
もし、その鎖で人を殺したと予想しよう。でも、そんな昔の物…手入れをしなければ錆びて全く使いものにならないだろう。
「やっぱ、事情聴取とか辛かったんじゃない?」
顔色の優れないリゼに、そう声を掛けると彼女は無理して笑いながら言った。
「あははは、そりゃ辛かったけどさ。朝まで返してくれないし、かつ丼も出してくれないし、嫌になっちゃう。」
「…まぁ、少しは賢明な判断をしなさいよ?夜そんな所にノコノコ歩いてたら、いつ出てくるか分からないんだから。」
なんて、忠告するとその顔にそぐわない苦笑を浮かべては、私の背中をバンバンと叩く。正直に言ってしまえば、痛い。
「わーかってるよ!全く、緋真は心配性だな~!」
「心配性なんかじゃなくて、事実を言ってるだけ。カラオケ、行くんでしょ?だったら憂さ晴らししてきなさい」
「はいはい、そんじゃまた明日ねー!」
なんて、手を振りながら教室を出て行くリゼ。少し話しこんだせいかもう日は傾き始めている。
私もそんな連続殺人事件に巻き込まれるのは嫌だし、何より1人でいるシスターの身も危険だ。
そうして、私も踵を返して教室を出て行った。
「……案外、簡単に信じちゃうのね。やっぱ『あの方』の言った通りなのかしら。」
学校を出て、街路樹や十字路を出た先にシスターの住む教会がある。無論ここは私の家でもあるのだが。
私が生まれてすぐ、両親がいなくなり、本来なら兄がいるらしいけれど、私はその兄にも会った事がないし、この事全てはシスターに聞かされた話なだけで、別にだからと言って顔も知らない人間を嘆く事を出来るほど私もお人好しじゃない。
ギィ、と重い扉を開けて中に入ってみる。
「シスター、いるの?」
「あら、緋真。おかえりなさい今日も随分と早い帰りね。お友達と遊んだりしないの?」
折角お小遣いをあげてるんだから、と言うが、今はそんな暢気に考えられる状態じゃないだろう。
「……忘れたの?ここ最近物騒だから――」
「ああ、わかった、わかったってば。ごめんなさいね。こんな事言って。でも、大丈夫よ、私1人でも平気だから。」
「じゃあ主が守ってくれる…って?十字架で殺せるのはせいぜい吸血鬼だけだよ」
「でも、緋真だって何か武道を会得してる訳でもないでしょ?これは、お互い様じゃない?」
なんて、笑って言うものだから私までつられて笑ってしまう。
そう、こんな日常が私は好きでもなければ嫌いでもなかった。
シスターがいて、リゼがいて、ちょっとつまらない授業をうけて、遊んだり、泣いたり、笑ったり。
「あ、忘れてた。」
「どうしたの?シスター」
「午前中、相談に乗ってくれって言った人がいたから、洗濯物干したままだし、晩ご飯の買い出しにも行かなくちゃ。」
「買い出しぐらいなら、私が行くよ。」
すると、いつものように にこりと笑って。
「気遣いありがとう。でも大丈夫よ、すぐに戻ってくるから。お腹を減らして待ってなさい。後、お洗濯の方はよろしくね。」
「わかった、いってらっしゃい。」
そうして、静かに扉が閉まって行く。
――これが、私の見たシスターの最後になるとは予想もしなかった。
1時間、2時間、3時間…なんてとうも時間が過ぎて、既に時計の針は午後11時を指していた。
どうもおかしい
ここは確かに街の中心から離れているとはいえ、そこまでスーパーまで遠くはないはず。せいぜい時間がかかっても1時間ぐらいで戻ってくるはず。
チクタク、と音を立てる時計の針と共に、私の心臓の動きもドクン、ドクン、と不吉に動き、背中に汗が伝う。
その瞬間、制服のまま私は教会を飛び出した。
スーパーまでの道を辿るが、それでもシスターの姿が見つからない。少し不安になって、スーパーの裏口なども見たが、いなかった。
「どこに行ったの…?シスター…?」
十字路、タワー、学校付近、そして1時間かけて最後に来たのはこの公園。
公園と言っても、子供たちが遊ぶような玩具はなく、海や橋が見える絶景スポット。もう、こんな時間故か人の子1人としておらず、橋と公園を繋ぐ洞窟に入ったその瞬間だった。
ピンク色の肉 黄色い脂肪 白い骨
そして、それらを彩る赤い 色彩。
「シス、ター……?」
嘘だ、どうしてこんな所に?
こんな所にスーパーなんてないでしょう?
それとも、いつもの気まぐれなお散歩?でも貴女は馬鹿じゃないから今はそんな事しないよね?
1歩、進んだその時、私の足元には1枚のカードが落ちていた。
けれど、それは黒くて中身がなんなのか見えない。しかもこれはただの紙じゃなく銀のプレートで出来ている。
とりあえず私は、それに水をぶっかけて、その黒い何かを洗い流した。すると、見えたのは
「……"the fool"……?」
確か、"fool"は英語で、『愚か者』を現していたはず。
それを見ると私はポッケから携帯を取り出し、警察に連絡をいれると、私は事情参考人として連れて行かれるはめになる。
けれどこれは計算通り。ここで、警察から今まで起こった7件のカードを見せてもらい、また水で洗い流せばいい。
――と、いうのも無理な話だったらしい。
私も必死で抗議したが、向こうとしてはこの事件はもう関連性があり、連続殺人として成り立っている…の一点張り。
そして、迎えた次の日の朝――。
「嘘…っ!?シスターが殺されちゃうなんて……」
リゼも相当驚き、今にも泣きそうな顔をしている。付き合いは短いとは言え、この少女は元気の塊のような人間で、笑ってはいても、泣く事は決してなかった。その表情(笑顔)が崩れて行く。
「でも緋真、これからどうするの?」
そう涙声で涙を拭うリゼに指摘され、私もカラッポになった脳内で考える。
「悔しい?」
ああ、悔しいともさ。
「悲しい?」
ああ、悲しいともさ。
「その犯人を…殺したいと、思う?」
「…それは、だめでしょう。」
そう、駄目だ。ここで『復讐をしたい』と望むのは当たり前。しかし、人間が人間を管理するこの社会では、殺人は許されない。
「殺人は…きっと、シスターも望んではいないはずだから。」
「じゃあ、どうするの?」
今の自分に、出来る事は―――
「……犯人をこの手で捕まえて見せる」
自分でも全く分からなかった
いつでも冷静でいられる自信があったし、何にも動じる人間じゃないとあのシスターも言ったほどだ。
けれど、何か…強い引力が心を引っ張るから。
まるで、燃え盛る炎のように。
「ねぇ、だったらさ…私も手伝うよ!」
私の隣にいる随分と小さな友人は、声を上げて言う。
「けれど、それじゃあ貴女も……。」
「その時は一蓮托生」
そう言いながら、ぎゅっと私の手を握った。
「一緒に犯人を捕まえよう」
と、いつも通りの笑みを見せるリゼ。だが、今一瞬何故なのか――とても不気味な笑みに見えた。
「?どうしたの?緋真」
「あ、いや別に何でもないの。」
「なら今日から早速始めましょー♪」
「は?」
そう言うと、リゼは私の手を引いて教室を抜け出したかと思ったら、そのまま下駄箱に――後は予想できるだろう皆様。
「うーん、現場はここか~」
あの後、リゼに「現場はどこ?」なんて言うから連れて来たのはいいけれど、何故かこの友人は警察犬のように匂いを嗅いでいる。
「リゼ、警察犬じゃないんだから、そんな真似はよしなさい。ただでさえ制服のままで来ているのだから。」
「いいじゃない、そんなの。で、鎖の跡はあったの?」
「確かにキツく巻かれてたんでしょうね…。跡は微かにしか見えないけれど、やっぱり鎖の1つ1つが鋭利なのかもしれない。でなきゃ肉なんて引き裂けないでしょう?」
「ふむふむ…そりゃあそうだ」
そう解ったかの如く、頷くリゼ。そして私ももう1つの謎について話してみる。
「ほら、死体の現場には黒いカードが落ちてるでしょ?昨日触ってみたのよ。そしたらそれ紙じゃなくて銀のプレートでできていたの。だから、賭けで水で洗い流してみたの」
「そしたら何かでてきた?」
「ええ、"the fool"って書かれてたわ。」
「"fool"……?」
そう言った瞬間、少しだけリゼの顔が強張ったが、すぐに戻って思案顔で言葉を続けた。
「そうねぇ…鎖とそのタロットカードから読み取ると、『犯人はこんなとこに死体を置いていっちゃうおバカさん』なんですって自己アピールしてるんじゃないの?」
「要は、警察に喧嘩売ってるって訳ね。『こんなバカな自分すら捕まえられないの?』って。」
「そうかもねー。でももう資料とか警察の方に回っちゃってる訳だし、私も疲れちゃったー。今日は学校抜け出してきたけど、明日から放課後になったら犯人捜そ?そっちの方が網にかかりそうだし。」
「そうね、まぁ用心しながら探すとしましょ。」
と、踵を返したその瞬間私は思い返した。
『あのね、その死体…鎖の跡があって…なんか、そういう専門家の話によるとその犯人は、中世ヨーロッパあたりに使われた拷問器具と似てるって言ってたんだって…。後、何か…タロットカードが落ちてて…中身は怖くて…』
『そうねぇ…鎖とそのタロットカードから読み取ると、『犯人はこんなとこに死体を置いていっちゃうおバカさん』なんですって自己アピールしてるんじゃないの?』
――何故?
事件現場には『黒いカード』が落ちている、とだけ報道されているはずなのに。
「何で貴女はあれをタロットカードだって、わかったの…?」
胸に不安だけが、募る。
とにかく私はその場から走り出して再び学校へと戻る。今の時間帯であれば生徒の大半は帰っているだろう。
そこでコンピュータ室で、中世ヨーロッパ辺りに使われた拷問器具を徹底的に調べてみた。
「……あった。」
色んなサイトを回り、大概『拷問』の2文字に当てはまる異形な人物。エリザベート=バートリー。又の名を血の伯爵夫人。
やはり、この平和な時代。ネット上では情報が溢れ、そっち系のマニア達が写真や拷問器具の説明を1から10までご丁寧に説明されている。
あの時、リゼが顔を歪ませた"the fool"のカードの意味さえも。
そこで、あの日シスターについていた鎖の跡と斬り味…。私はそれの写真を印刷して、学校を出る。
心臓の鼓動が高まる中、私はただ一人ある場所で『犯人』を待ち続けた。
まだ私が幼い頃、シスターが誕生日に送ってくれたロザリオをただ、ぎゅっと握りしめながら
さて、今日の獲物は誰にしようか?
1人目は少女、2人目は、小さな子供2人、3人目はただのサラリーマン、4人目も5人目も同じく女。そして6人目は同じ学校のお友達。
7人目は歳の離れた兄妹。そして8人目は昨日の――…ああ、そう言えば7人目の子達で思い出したけど、『あの方』とアイツも兄妹だったような気がするわ。
「でーも、全然似てないのよねぇ『あの方』とアイツは。」
『あの方』はとても魅力的。
ただの人間だった私に、こんな快感を教えてくれて、今も殺人と言う悦に浸れるし、何より何人食べたって怒らない。とてもとても優しいお方。
さて、今日の獲物は誰にしようか?
「……なーんて、人が悦に浸ってる所に邪魔が入るなんてホント無粋で呆れちゃう。もう、全く似てないんだからぁ。」
先程まで明るかったソプラノ調の声が、ワントーン下がる。
「出てらっしゃいな。アナタ、ずっと私の事待ってたんでしょ?」
「……リゼ…」
「殺す前に聞いてあげる。どこで、私が犯人だと行きついたの?」
「…まず、違和感があった。テレビのニュースでは犯行現場には『黒いカード』が置いてあるとしか報道されてないのに、貴女は『タロットカード』だって最初から私に言っていた事。」
「でも、それだけじゃ確証を得られないじゃない。酷いわ、親友に犯人扱いされるなんて。んで、続きは?」
「殺害方法に使ったのは中世ヨーロッパの鎖…けれどただの鎖だったら殺傷能力なんてない。だから、拷問器具について調べたら1つだけ当たりが出たのよ」
「へェ…」
なんて、人をからかう様な普段とは違う声で感嘆の息をつく。
「エリザベート=バートリーが捕まえた村娘を殺す時に使った物は鎖にしてはとても鋭利だったわ。あれなら縛れるし、肉も裂ける。」
「お見事、って言いたいところなんだけどアナタ…今自分が置かれてる状況解ってる?」
そう言った瞬間、リゼの右腕に鎖が姿を現す。
「リゼ・ユラメント、銘はマレフィカラム。この鎖は通称、ベルウクルム。これこそ全て『あのお方』から貰った能力。ああ、言っておくけどそこら辺の鉄パイプとかそういうので、コレを壊せるなんて思わないでね。」
「何……?」
「ちゃーんと教えあげるわよ。アナタを引き裂きながら…ねッ!」
刹那、大きな鎖がこちらを目掛けてくる。とりあえずこれだけ大きなものだ動いていると分かればまだ避けられる。
「ぐっ…!」
何とか切り裂かれたのは腕だけだが、何故だろう。出血量もそうなのだが、それ以上に、『血が熱い』。
「これは聖遺物って言ってね、自分の魂を具現化したモノ。もっと厳密に言えばぁ……」
そういうと、私はこの鎖に絡めとられる。しかし、まだ肉は裂けていない事から、この女は私を嬲り殺す魂胆か…それとも…。
「自身の魂の渇望なのよ。だから私が授かった印(ルーン)は束縛。つまり――…」
「貴女は、ただ人間が引き裂かれる光景とその血飛沫を浴びる事に快感を得てた、って訳?」
すると、リゼの表情が一気に変わる。
「気に食わないのよ…アナタ。その人を馬鹿にしたような話し方。自分が優位にいる人間だとでも思った?それにさっきもそう。『こんなバカな自分すら捕まえられないの?』って」
瞬間、一気にリゼの心中で怒りがこみ上げている事に気がついた。
「馬鹿にするんじゃないわよッ!!!ただの小娘がッ!!」
不吉な空気から一瞬、怒気が溢れた時、鎖はさらに肉に食い込み、上に飛ばされ、下に叩き落される。
「ざまぁないのね、ホント。『あの方』が見たら笑っちゃうでしょ。あは、あははははははは!!」
暗闇に響く、不協和音に背中には汗が伝い、額はとうに割れているし、背中を思いっきり叩きつけられたから、呼吸もままならない。
――私は、ここで死ぬのか?
『いいや、違うよ。お前はそこでくたばるような人間じゃない』
と、突然脳内に響いた謎の声に背筋に怖気が走る。
『よく、聞きなさい。お前の目の前にいるのは私が選んだ特別な人間…超人練成とでも言えばいいかな?その”1人”にすぎない。』
――1人?ならば他にもいると?
『どうやら頭が回るようだね、なら問おう。お前の望みは何かな?心の底…魂の底で思う事は一体何かな?』
私が、望むもの?
今はもう亡くしてしまった大事なシスター、出会った事のない兄。
死人に会う事は、死者に対しての最大の冒涜――だから、だから私は。
『了解したよ』
脳内に響くその声は、『私』と『私の魂の銘』を呼んだ。
『「”グラディウス・フランマエ”」』
「……”ローゲ”」
その瞬間、大爆発が生じた。
「なッ……!?何で!?」
自分自身の姿を見返せば、日本初期に造られたであろう赤い剣が紅蓮の炎を纏う。
それと対象に、リゼは痛みもがき苦しんでいた。どうやら、先の大爆発で鎖の3分の1が吹き飛んだようだ。
「私は『炎』――。」
そう、愛しい人をもうこれ以上失くさない為に。この熱情を忘れたくないと。心の底…魂の底から吼えた。
「1つだけ、教えてあげるわ。」
そう、今まで付き合ってきたこの馬鹿女に。
「"the fool”の意味は」
「やめて!やめてやめて!これ以上やられたら本当に…ッ!!」
「『愚者』と『自由奔放』を現すのよ」
最期になるであろう言葉を、元・友人であるリゼの耳と魂に叩きこむよう叫んだ。
「貴女は勝手気ままに人を殺した愚か者なのよッ!!」
「あ゛…がァ…ッ」
最大限の力をぶつけると、いつのまにか鎖は焼け消え、リゼは膝をついて倒れた。
「もうやめなさい、こんな事。これ以上したら本当に……」
「何、言ってるの…?言った、でしょ……聖遺物は、自分の魂…破壊され、たら壊れる…。でも、ね……。」
そう言うとニィ、と口角を上げて愚者は嗤う。
「これで…終わり、なん…かじゃ、ない…わ……この円環は…未来、永劫…続く……。終焉を迎える…その、日…ま、で。」
それだけを言い残し、リゼは塵か灰なのか錆なのか分からないモノとなって消えた。
「円環は未来永劫続く…終焉を終える、その日まで。」
暗い闇を月だけが照らす空を見て、私は無意識に呟いた。
「…神様」
――そして、それと同時刻。別の場所で、8番目の殺戮は起きていた。
「ふーん…。あのマレフィカラムさんが死んだんだァ。やっぱり血は争えないのかな?」
小さなシルエットは、ビルの上から、地上に降り歩を進めた。
「じゃあ次は僕を捕まえてごらんよ、グラディウス。これだけの獲物を藤堂さんや飛影さんに渡すワケにはいかないしね」

「第2ラウンドの始まりだよ。ジルヴァ2世」

Ⅱ.Ein lustiges Kind

「これで…終わり、なん…かじゃ、ない…わ……この円環は…未来、永劫…続く……。終焉を迎える…その、日…ま、で。」
最期、リゼの言っていた言葉が気になって気になって仕方ない。
否、それどころかあの時、脳内に響いた声の主は? 『この円環』とは何を意味しているのか。
最も、そのせいで私は脳内に響いたあの声の主の通り、普通の人間ではなくなってしまったのだけれど。
シスターを殺したのは間違いなくリゼであろう…。だとしたら私の犯人探しはここらでいいかと思ったが、突然クラスの女子が声を上げる。
「あの連続殺人、もう被害が10件目に入ったんだってー。」
「ええ~怖いよー。私らだっていつ殺されるかわかんないんだよ?」
「でもさー、今度殺されたのって”セーネンハンザイシャ”なんだって。」
「何それー。」
……青年犯罪者?
だとしたら、次の犯人は私達と同年代から2,3年代上の犯罪者に手を出すと言うのか。
「でも犯罪者が減るんだったらいいんじゃない?」
「そうだよ、これで私達も危なくなるんだしさ~。今度の犯人には感謝だね。」
「ホント、ホント」
なんて笑い合いながら、話す女子達。
感謝も何も、こいつらはやっぱ知らないんだ。人が如何に簡単に死ぬか。あんな化け物みたいな存在が居る事を。
「おいおい、聞いたかよ!」
今度は、男子が騒ぎ始めている。言っている事はさっきの女子達が話していた内容に似ているようだが、私はそこで信じられない単語を聞いた。
「10件目の事件現場に警察が駆けつけたらしいんだけど、そこには黒いカードしか見つからなかったみたいだぜ!?」
――は?
それを聞いたクラスメイトは突然ざわつき始める
「遺体すらないなんて…」
「ホント、おかしいんじゃない?この世界」
「それ、前の事件と犯人違うんじゃねーの?」
確かに、リゼや私があの夜やって見せた事は確かに次元がおかしい。
けれどリゼは何と言っていた?私達が持つ『聖遺物』とは自身の魂であり、自身の渇望によって扱う物が違ってくることも。
その時、教室の扉がガラリ、と開いた。現在は2時限目から3時限目の休み時間だった為、皆席に着くが、教師が一言呟いた。
「3時限目は、自習だ。今から全教員が集まって休校にするかどうかの会議をしてくる。それまで教室から出ないように。」
――どうやら、このざわめきは治まってくれないらしい。
ふと、その時だった。教室の後ろの扉が開いたのは。皆の視線が、そこに集中する。
入って来たのは小さな男の子。どうやら年齢は中学生かそこらだろう。なのに何故?ここの高校は中学と合併はしていないし、『こんな時間』にその位の子が入ってくるのはどう見てもおかしい。そして教員や、多くの生徒にばれることなくどうやって入って来たのだ?
「あ、あれ…?ここも違ったのかな…。おかしいなぁ……確かに”間違いない”と踏んだんだけどなぁ」
「おい、お前。まだ中学生じゃねぇか、その制服。しかもすぐそこの。」
ああ、見慣れた姿だと思えばこの学校の向かいにある私立中学校の生徒だったのか。
すると少年は、声を掛けた男子に用件を告げた。
「不躾で申し訳ありません、僕人を探しているんです。方丈…さんでしたっけ?確かこのクラスにいますよね?」
「おーい、方丈。お前、コイツと知り合いかー?」
そう言われても、こちらは全く見覚えもなければ、会った事もない。
「…知らない。それにその子が私の名前を曖昧に言うのなら、私と認識がない証拠だろう?」
「あ、あなたが方丈さんなんですか。僕は、榮徳中学の2年生で日暮睦月って言います。」
と年相応の笑顔を、見せては何かを感じさせている。
――何なんだ?この人間は
その瞬間、黒いカード…否、タロットカードを差し出す。
「今のアナタなら見れると思いますよ。水なんて小細工がなくっても」
鼓動が、段々早くなっていく。確かに前のリゼとの戦闘で、死への恐怖を感じたが、この小さな少年はそれ以上だと本能で悟った。
そして、浮き上がったカードは意外な物であった。
「…節制……?」
「ええ、ですから僕は”そこまで”やりませんよ。ただ、今はこうして交流を深めたいんで。」
それに続いた「犯罪者同士ね」という言葉が脳内に再生される。
「…日暮君、か。少し離れた場所で話そう、ここじゃまずい。」
「わかりました」
本当に、可笑しな少年だ。
「……なるほど、よく考えたものね。その様子だと、頭は良く回るんだろう。」
そうして連れてこられたのは学校に設置してある電力稼働室。
ここなら、自発的に音が出ているし、まさかこんな所に人が話しあっているとは思わないだろう。
「えへへ、『あの方』からもよく言われます。」
「リゼ…お前たちの間ではマレフィカラムと名乗っていた女も言っていたが『あの方』と言うのは誰だ?」
「おや?ご存知ないんですか?最初にマレフィカラムさんを殺すなんて、普通の人間じゃ無理ですよ。」
「何…?」
と、顔を顰めると日暮は にこり、と笑って。
「いいですよ、僕が全部をお話しましょう。でも、僕が知り得る情報まででよければ。それにご心配なく、嘘は言いませんよ。」
ここまでくると、流石に精神的にも参るし、リゼとの件からまだ数日しか経っていないのだ。ここは無難に好意を頂いておくことを選択した。
「僕達が持つ『聖遺物』…これについては質問はないですか?」
「ああ、そこはリゼから聞いている。まず、さっき言った普通の人間だと無理…とは何だ?」
「この連続殺人事件を起こしている一味…つまり僕等ですが、聖遺物の具現化をするのには実質ある程度時間が必要なんです。いくら心の底で望んでいるからって、それがいきなり固まるなんて無理難題な話。そうだなぁ…氷を作るのにも時間は掛かるでしょ?アレと同じ要領で、まずは土台作りが必要なんです。ちなみに僕はこの能力を使いこなせるまで7年は掛かりましたし、僕等の仲間で1番早く習得した人も、1年という年月を掛けています。だから僕の持論ですが、アナタは恐らく『あの方』と同じ血脈を引いている…もしかしたら既に身体に刻まれてるんでしょう。」
とこの少年が今話している事を、簡単に強いてしまえば
「私はお前らが言う『あの方』と同族…と言えばいいのか?」
「はい、大体は。」
「じゃあ、また話を戻すぞ。『あの方』とは何者だ?」
「すみません、それは僕も分からないんです。」
「何……?」
「『あの方』は確かに僕等の魂の渇望を流出させてくれました。けれど誰も顔を見た事がないんです。けれどあの人はこう言いました。『円環からの脱却を図りたい。故に君達の力が欲しい』と。それで選ばれたのは7人。僕が顔を見れたのは5人のみで後2人はどんな人なのかも知りません。」
「……そうか。」
「他に質問はありますか?」
「……大体の事は理解した。だが…。」
「何ですか?」
「私は日が浅いと言えど、お前らと同等に戦える能力は有している。それなのに情報を与え、自ら接触を図った…。」
その瞬間、この空間にありえないほどの重圧と少年の不気味な笑みが見えた。
「つまり、方丈さん。アナタは僕が自ら死ににきた…、って言いたいんですか?」
「ぐっ……!」
何だ?この縛られているような感触は? 足元が、動かない。
「先に言っておきますね。先程はアナタを評価しましたが、今のまま…僕の作ったトリックが破れない限り勝てませんよ?分かると思いますが、僕はマレフィカラムさんよりもずっと強い。それに僕に勝てないなら残りの皆さんにはどう足掻いても勝ち目はない。いいですか?これはゲームです。心理の読み合い…そこで相手に挫折感を与えなければ僕等が消えることはないんですから。それだけは覚えておいてくださいね。」
そう言うと、日暮は私の目の前から突然姿を消した。
「消えた…?」
これが、あの少年の能力なのか?だが、これのトリックを理解し、殺人を止めなければ被害は増えて行く事に変わりはないし、恐らく日暮は逃げ回るつもりだ。最初は友好的な印象を与えておきながら、謎だけを置いていく。つまり先程私に話したことなど「どうでもいい事」で真理に辿りつかなければ……。
「…癪に障る…。」
そうして、電力稼働室から出た瞬間放送室のスピーカーから声が聞こえた。どうやら教師連中も話し合いを終えたらしい。
内容は正にその通りで、結果は一時的に休校――という判断を下された為、私達はさっさと学校から追い出された。
こうしてしばらくの間、時間が置かれたと言う事は自由に行動し、事件を追う事もできる…しかし、今日の所、あの少年 日暮に接触するのは避けて置く事にする。それに私の見立て通りならば、あいつはもう2度と私の前に姿を現さない。
なんて、考えつつ教会まで足を運んでいる所、近くで誰かが倒れている。
身長は私よりずっと高いが、細身で、制服と腕章を見て、この女性がどんな人間なのか理解はできた。
しかし、ここは人通りのない場所だからと言って、このまま放置しておく訳にもいかないし、何せこんな状況だ。恐らくこの人にも危険が伸びてきたのではないだろうか?とりあえず今出来ることとして声を掛けてみる事にした。
「すみません、大丈夫ですか?」
そう言うと、その女の人は指がピクリ、と動き、そのまま身を起こした。
「げほっ…、いや迷惑を掛けて申し訳ない。」
そう言って、立ち上がると、フラっとしてまた倒れこみそうになる。
「無理はしないほうがいいのでは?私はすぐそこの教会の人間ですから安心してください。少し休んで行っては如何でしょう?」
「……恩に着る」
とりあえず、その人の肩を持ち、教会までの道を歩き、扉を開け、ダイニングルームに通し、椅子を引くと、その女性は「水を一杯頂けないか?」と言ったので、コップに一杯水を汲み渡す。
「すまない」
そう言って、一気に半分ほど飲みほし「ふう…」とため息を吐いている。
「あ、すみません。私はここの教会に住んでいる方丈緋真と言います。お見受けするに貴女は、どこかの軍属の方ですか?」
「ああ、済まない。私もこうして一命を取り留められたのに名を名乗らなかったな。私は崇美早苗。察しの通りつい最近まで軍属の傭兵であり、つい最近日本へ帰国し、現に公安庁の特別機動隊の一員として席を置いている。」
「そうだったんですか…。」
元軍人に、現公安庁の特別機動隊の一員――確かに身に纏うオーラはどこか孤高でかといいつつ一種の美しさも兼ね備えていた。これが、カリスマと言うべき人間であろうか。すると、この人と目が合った。
「な、何か私の顔についてます…?」
「……否、懐かしく感じたのだよ。昔生き別れた上司の顔によく似ている。」
「え?」
そんな、短い話を続けていると礼拝堂から鐘が鳴った。
「ふむ、もうこんな時間か。外の人間がこれ以上いるのも難故、私はここで失礼するとしようか。」
「あ、別に構わないません。今から丁度夕飯の準備に取り掛かろうと思っていたんで、休むついでに同席しちゃってください。」
「いいのか?」
「ええ、最近まではシスターもいたのですが最近起こる連続殺人事件に巻き込まれて…ですから……」
と、言葉が途絶えた瞬間、ガタッと音が鳴り、崇美さんが立ちあがる。
「先程の礼と、その好意への返礼だ。私も手伝うとしよう」
――不思議だった
確かに、この数日間で私は嫌な程の悪夢と絶望、恐怖を感じた。
けれども、この人はどこかそんな不安や恐怖を拭ってくれるような気がしたのだ。
夕飯の準備をしている時も、夕飯を食べている時も、私達の間に会話なんてなかったけれど、それでも心地よく感じた。
「…済まなかったな、助けてくれた上に夕飯まで同席するなど。」
「全然、それより無事で何より。」
「……。」
すると、崇美さんはこちらをじっ、と見ている。
「…どうやら、精神的疲労が続いているようだな。まさかこの街で起こった事件にでも関与しているのか?」
「!」
何故、この人はたった目を見ただけで、そんな事が分かったのだろう?
突然の発言に息が止まりそうになる。しかし崇美さんはクスッ、と笑って。
「私は元々傭兵だ。戦闘に置いての精神的疲労と、その目…戦うという姿勢がよく見える。言わば経験の違いだよ。私もそこまで長く生きた訳じゃないが、私の人生は戦い1つで終わると言っても過言じゃない」
そうして、スッと私の横を通り過ぎた時に、たった一言。
「もし、犯人を追う意志があるならまた会うであろう。その時、方丈さん…君が賢明な判断ができればいいのだが。では」
「……賢明な判断、か。」
確かにこの異常な事件は警察だけでは手に負えない。だから日本政府も考えて、崇美さんみたいな人を事件に配置しているのだろうけれど。
それじゃあ駄目なんだよ。だってあいつらは人間であって人間じゃない。私だってもう逃げられないし、引き下がれない。
「……ごめんなさい、崇美さん。」
空を見上げれば、欠けた月。もう季節――ああ、ここ日本では12月に入ったのか。だとしたら――…。
「……貴様はいつまで目をつけている?クロウカシス」
「だって、アナタ滅法強いくせにこういう所でドジ踏むんだもの。」
「それは、私がマレフィカラムと同じだとでも言いたいのか?死神。」
すると、艶を含んだ声はくすくすと声を立てながら笑う。そうこの女も奴らと同じ。声はマリアだとしても、中身は正真正銘の死神だ。
「あら、ごめんなさい。別に馬鹿になんかしてないわよ。それより、あの方の宝物は元気?」
「まだ甘い。マレフィカラムを殺した程度では、まだロジックも仕留められないだろう。最悪の場合は死ぬぞ、あの小娘。」
「そう、それは残念。私も会いたかったのだけれど、あの坊やに殺されるなら私やアナタに至らないわね。だとしたら、ヴィクティムが1番の狂い損じゃない。可哀相に」
「……。」
だが、あの瞳を見た時、奴の精神を覗いた時――…
「ヤダ、どうしちゃったのよ?突然黙って。」
「…いつもの事だ。もう下がれ、クロウカシス。お前もそう若くはないだろう?」
「何ソレ、失礼しちゃう。いいわ、いいわよ。まぁせいぜい今は無能な犬共に大人しく頭を下げている事ね。」
そう言って、その場から死神の気は消失した。
ただ、自分が思うのは――……。
「…ジルヴァ、悪いが私は加減はできんぞ。貴様がこの『円環の終焉』を見たいと望むのであれば、もう少し最初から人選を選ぶべきだったな。」
一瞬、頬を撫でた乾いた風に耳元で『声』が聞こえた。
「……何にせよ、茨の道だ。」
そして、翌日。また時計の歯車は動き出す。
朝のニュースで、今回11件目の事件が起きたと、報道された。大人しいのか、それとも本当に殺るべきなのか…相変わらずはっきりしていない。
今、自分が握っている情報は2つ。1つは犯人は他にも数多くいると言う事。2つ目は、あの時感じた重力…。
ただ、あれだけで人が消えるのか?否、あれだけの重力が加われば頭から潰れてぐちゃぐちゃになるだろう。それともアレか?あの少年は人食い(マンイーター)よろしく人を食って生きているのか?そんな事は絶対にあり得ない。
事実、アメリカ、日本、ヨーロッパ各地では昔からカニバリズムに関しての事件は古くからあるのは知っているし、例えば人間が他人の血液を飲める量など本当に少量で、限界を越えれば身体的に異常をきたすし、だからカニバリズムを繰り変えす人間は、人肉を分けている。
だが、私もあの少年もただの人間じゃない。仮に日暮の魂の渇望が『人喰い』であるなら、昨日消えた時に私も喰われているという事に直結するのだ。
すると、この連続殺人事件の特別番組をたまたまテレビでつけていると、とある言葉が耳に入った。
「今までの事件も夜に行われ、発見者も多数いましたが、10件目以降の事件は目撃者がおらず警察も捜査が難航しているそうですが、当番組は唯一の発見者である方と話をする事に成功しました。」
「何だって…?」
あれだけ頭が回り、尻尾すら掴めないあの日暮の行動をたまたま見た人間がいたと言うのか?
そうして、その証言者は話し始める。
「私は、あのタワー付近にあるベンチにいたんです…。けれど、一瞬目の前が暗くなって…とても不気味だと感じました。だから逃げて帰って来たんです。そしたら、朝のニュースでタワーで人が死んで、黒いカードだけが残っていると……。」
一瞬、暗くなる?そう言えば、私と日暮が『初めて話した場所』はどこだったか?
「そうか……!」
初めて話したのは、学校の電力稼働室。あそこには室内にスイッチがなく、作動確認をするときは必ず業者が行っている。
そう、明かりを消す事によって、あいつは自分自身の能力の死角を潰していたのだ。初めて教室に入って来た時には、丁度教師と入れ替わる頃、次は電力稼働室――。
そのまま、私は目を閉ざして魂の具現化を行う。私の『炎(ローゲ)』よ、どうか彼らのいる場所を教えておくれ。
すると内心で炎が渦巻き、夕暮れの中を駆けてゆく。一閃に導かれる光によって
「ふーん、今こんなニュースとか雑誌で取り上げられちゃってるんだぁ……。」
少年は夕暮れの公園の中、捨ててあった新聞や雑誌を取り上げ読んでいる。
「『榊原市・謎の連続殺人事件!一体犯人の正体は!?』だってー馬鹿らしー。」
そう僕等は、その犯人。けれども僕等は犯罪者だとしてもただの『犯罪者』なんかじゃない。
「だって僕等はある意味一線を越えた人間なんだから仕方ないよね?方丈さん。僕が与えたトリック果たして解けたのかな?」
そんなピエロのようにおどけた声で、名を呼ばれると同時に私は日暮に1歩近づき、口を開いた。
「ええ…。最初に会ったのは教師とすれ違った時、話した場所は明かりのない電力稼働室…つまり日暮、貴方は『自らの影』を見せない事によって自身の聖遺物の死角を消していた…違う?」
すると、うーんと悩み始め、顔を顰めたまま答える。
「半分正解で、半分外れってトコかな。だって、僕の能力は――…」
その瞬間、日暮の身体がユラユラと陽炎のようにうごめき始める。そして、その黒い影は私ではなく、公園全体を飲みこんだ。
「『自分の影』なんてどうでもいい…。だって僕自身が影なんだから。それの面じゃアナタも同じじゃないですか?グラディウス。いいや、ジルヴァ2世。」
「ジルヴァ…2世……?」
「言ったでしょ?アナタと『あの方』…ジルヴァ=グレーという男とは同じ血脈を持つんだから。じゃあ、改めて自己紹介をしましょうか。」
そう言うと、日暮の影がメキメキと肥大化し、日暮は下げた声でこちらを見下げながら言葉を紡いだ。
「日暮睦月。銘はロジック…さぁグラディウス。僕がお相手になりますよ」
その一言と同時に、たんっ、と地面を蹴り上げ日暮に向かう。が、その影は波のように蠢き日暮自身も影の中へと隠れ、私を飲みこもうとしようとしたため、回避する。
「逃げてばかりじゃ僕を殺せませんよ?もっと剣をいっぱい振るわなきゃ。でも」
と言った瞬間、私は日暮の影に足を掴まれていた。
「もう、僕が食べちゃうんですけれど。」
「なッ…!」
まずい、このままでは私はこの影に呑まれて確実に死ぬだろう。だが、この影は私の身体をどんどん蝕んでゆく。
「やっぱ、実力はこの程度だったんですか。それじゃあさようなら、ジルヴァ2世。」
その声と共に、意識が遠のいて逝く。けれどそれと共に深い深い奥底で『誰か』が泣いているような声がした。とりあえず、この身が消えるのを覚悟で私は影の奥深くへと1歩1歩進んでゆく。そこに見えたのは――…。
「日暮……?」
今と少し風貌は違うが、声などは全て一緒だった。そしてさらに視界を広げて行くとそこには残酷な風景が見えた。
『おい、お前こんなんで俺らが許すと思ってんのかよ?ちゃんと盗んでくるモンは盗めつっただろーが!』
そう言われ、身体の大きな…否、日暮を囲んでいるのは17か、そこらへんの人間。3、4人で日暮を囲んでは殴り、蹴りその暴力は止まらない。
『まぁ、今日はここまでにしとこーぜ。コイツが一応持ってきてくれたヤクはこんぐらいで足りるだろ?』
『そうだな、さーて。今日はどんな女が引っかかるかな~』
『あ、ずりーぞ!俺にも回せっての!』
繰り広げられる哄笑、汚い言葉と言動。そして日暮自身が受けた心の傷。これが、日暮睦月のトラウマであり、渇望。全てを黒で塗りつぶして、自分を覆い、復讐する。歪みに歪んだその願いに私自身は同情をし、それと共にこの最も救われる事のなかった少年の心に火を灯す。
流石に自身が影だと言うのなら、内から崩してしまえば造作もない事。膝を立てて崩れた少年は目に涙を浮かべつつも胸を抑えることで必死に耐えている。そんな姿は、先程見た悲しんでいる表情とまるで同じであった。
「なッ……!ぐぁ…あつ、熱いッ…!!」
そうして、私がこの影から抜け出した瞬間。私自身が炎を纏っていた。この報われる事のなかった少年の心を照らす事と、歪んでしまった心を埋葬するために。
「日暮、貴方の人生には同情もするし、救われないことを悲しいと思う。けれど、そこで影に隠れて逃げていいの?そうじゃないでしょう?」
貴方ほどの子であれば、別の事をもっと望めたはずなのに。
「もう遅いのはわかってる。だから、私が今貴方を救ってあげるから。」
もう2度と、こんな悲劇と苦しみを起こさないよう。そうして、私は剣を振り上げると共に、影は割れ、日暮の小さな身体だけが残った。
すると、先程まで堪えていた涙が一気に少年の頬を伝う。けれども、過去に味わった苦痛とかそんなものじゃなくて、「助けて欲しかった」という弱音。黒く内側を塗りつぶした時に消えた彼の人らしさ。
「方丈さん…わかったような口調で言わないでよ……僕、ホントに苦しかったんだから……。」
「わかってる、だけどもう誰も貴方を傷つけやしないわ。ね、眠って?」
そう言うと、日暮はにこりと笑って、震える声で最期の一言を残した。
「……もっと、早くアナタと会いたかった…。」

「――…ウソでしょ?あの坊やが簡単にくたばるなんて……。」
声の主が居る所は、公園からずっと離れた40階建てのタワーマンションの上。
本来なら、ここで起こっていることさえも見えないはずなのに、この死神はしっかりと最初から最後まで見届けていた。
「…ほう?生き延びたのか、あの小娘は。」
そしていつから傍らに立っていたのかわからない騎士が1人。
「私も、貴様もあの小娘を甘く見ていた…と言う所だな」
騎士は思う
あの時、あの少女の瞳と精神を見て――…白銀とは似ても似つかないと思っていたがそうでもないらしい、と。
「紅蓮の矛と白銀の蛇か…私は、しばらく傍観させて貰うぞ。それに分かっているだろうな?次の指名は――」
「わかってるわよ、どいつもこいつもガキ臭いっていうのに…いいわ、何なら私が1つ残らず狩ってあげる。その狩った赤い果実は『あの方』と私だけのモノ。だから下がってなさい、飛影。」
「…ああ」
直に闇は訪れる。そう終焉の日と共に。

Ⅲ.Geben Sie mir eine rote Frucht

あの日教員会議で、一時的な休校期間は1週間であった。
今日は休校を迎えて6日目、つまり明日から学校が始まると言う訳であって。日暮と戦ってからもう4日は過ぎ、それ以来殺人事件はストップしている。けれど、リゼや日暮の言っていた通り、まだまだ犯人はいるのだ。
とはいいつつ、いつまでも神経をピリピリ張り巡らせていると正直疲れてくるから、今私はこうして外に出て気ままな散歩を楽しんでいる。
今は12月のそろそろ末に入ると言った所か。クリスマスも近い故に街にはカップルが多く歩いている。その瞬間、後ろから声が聞こえた。
「そこのお嬢さん、ちょっといいかしら?」
そう言われ、振り向いてみればサングラスをかけ、真っ赤なコートと黒いファーを首に巻いた赤毛の女性が立っていた。
見てくれではパッと見30代くらいの、しかもとびっきりの美人で声までも、どこか美しかった。
「ここ榊原市の私立高校を探しているんだけど、私迷ってしまって…。どこにあるか教えて頂けません?」
榊原市にある高校――、そんなの探してみたらたった1つしかない。私が通っている学校だし。
「いいですよ、特に用もないんで。」
「ありがとう」
とにっこりと笑って、返事をする。何だろう…この人絶対どこかで見た事のあるような気がしてならなかった。
「そう言えば、お嬢さんはそこの学校の生徒さんなの?」
「ええ、そうなんです。一応2年生で。私、方丈緋真と言います。良ければお名前を教えて頂けませんか?」
「あ、私ったらもう…挨拶が遅れてごめんなさいね。私は我妻鈴。昨日からその榊原高校の教員として採用されたから、今日初めて校舎に行くの。」
――我妻、鈴……?
「え、えええええっ!?」
その名を聞いた瞬間、私は驚く事しか出来なかった。何せ今私の横にいる我妻鈴という女性は、日本を始め多くの国で名が知れる大女優だ。まさかそんな大女優がたったこんな辺鄙な地の教師になるだなんて…。世の中、おかしな事続きだ。
「だ、大女優なのに、教師まで務めちゃうんですか…?」
「あら、大女優なんてものじゃないわよ。それに私、教員免許持ってるから。芸能界から引退してもいいんじゃないかなって思って。」
そんな事したら、世界中にいる大勢のファンが嘆きますよ。という発言はしようと思ったが止めておいた。さて、そんな雑談をしている内に学校の校門に辿りつく。
「ここですよ。あ、ちなみに職員室はB棟の2階にあるんで。」
「まぁ、そんな事も教えてくれるのね。」
と、笑って言った瞬間頬に温かい感触を覚えた。
「道案内してくれたお礼よ、本当に助かったわ。ありがとうね。」
ちなみに私も性格が多少ねじっ曲がっていても、人間故に驚く事しかできなかった。
「……あれが『円環の終焉の鍵』…。可愛いものね」
ホント、食べたくなっちゃう。と一言だけその場に残して、死神は盤上に上がって行く。
翌日。昨日の事とか色々とごちゃごちゃになって、結局夜は眠れなかった。
そうして、HRの予鈴が鳴るとガラリ、と戸が開き担任ともう1人の教師が優雅に姿を現した。無論、クラス中がざわめき始める。
「静かにしろ。1週間ぶりの学校と言えど、あまり授業などをサボらんように。それと今日から谷山先生に代わり英語の授業を担当することとなった我妻鈴先生だ。」
「初めまして、2-C組の皆さん。谷山先生は他クラスを持ちますが、これからこのクラスのみ私が担当となりました。よろしくね」
その一言と共に一気に教室中でさわめきが広がっていく。
「おいおい、我妻鈴って言ったらあの大女優の…」
「何であんな有名人が教師なんてやってんのー!?」
「はいはい、皆静かに。早速1時限目から授業だから、質問とかは昼休みにしてちょうだいね?」
何故だろう?
いつも学校でこうして普通にいる分は、何も感じないのに。どこか心の奥で私の炎がくすぶっている。
(……まさか)

「――という、ここに文法が来る事から…」
と普通に授業が始まると、先程感じていた蟠りのようなものはすぐに消えてなくなった。そうだ、そもそも今はこうして殺人は起きてもいないし、まだ剣を抜く時期じゃないのかもしれない。
だが、前日暮が話していた、犯人の事。日暮5人としか面識がないと言ったが、『円環からの脱却を図りたい。故に君たちの力が欲しい』と。それで選ばれたのは7人。まだ私はその内の2人としか戦っていないのだ。いつまた事件が起きてもおかしくない――そう考えていた時、
「方丈さん、今の65ページの問3問目を指名していたのだけれど、聞いていたの?」
しまった、また無意識に考えて周りに目を向けていなかった。
「…すみません」
けれども今、『殺人事件がストップしているから、誰が犯人なのか疑心暗鬼になってるんです』なんて言えないし、そもそもこの事件を恐れている人間もいれば、犯人が一体誰なのかネタにしたり、面白がっている人間もいるのだ。そんな言葉を間違っても吐いてしまったら、そんな
野次馬たちは私に群れてくるだろう。それこそ、犯人の思うツボかもしれないし、もし私がトリックを暴いて犯人に近づいた時にそんな奴らがいたら邪魔である。だが、あの2人が口を揃えて言った『あの方』――ジルヴァとは一体何のために7人の刺客を送り込み、こんな事件を起こしているのか?
私には、全く皆目がつかないし、こればかりはあと残る5人に無理をしてでも吐かせるしかない。
「すみませんって謝るのはとてもいい事。でもこれは授業なのよ?」
と、我妻先生が言った瞬間に授業終了の鐘が鳴ると、共に我妻先生は溜息を漏らす。
「…仕方ないわね、今日はここまでにしときましょう。それと方丈さん、アナタには課題を出すから放課後にでもやって頂戴。私は遅くまで職員室にいるから。」
色々と、面倒臭くなってきた……。
――そして、放課後。皆が帰る中私は図書室に1人で残って課題をやることになるのだけれど。
確かに私は成績はいたって悪い方ではないのだが、どうしても英語だけは全くを持って出来ないのだ。それこそ単語を見ただけで吐き気を催す程。けれどもこれはあの時の自分の不注意の所為。辞書を横に置きつつコツコツと進めて行く。普通の人間なら適当にするのであろうが、私には到底それが出来ない。
あのシスターも、「本当に緋真は真面目なのね」と苦笑するほど。
「シスター……。」
とても優しくて、私が産まれた頃からずっと面倒を見てくれる上にお人好し。家事は下手糞だったけど、朝は無理して私を起こして、教会の掃除をして…。正直言って、私はあの背中に憧れていた。
太股まで伸びたプラチナブロンドと、ブルーグレーの綺麗な瞳とあの笑顔。正に生けるマリア様のような存在だった。
「会いたいよ…シスター…。」
もういない人に会いたいと願うのは自由だけれども、生き返って欲しいとまで望んだらそれは死者に対する冒涜。だから、どれだけ寂しくとも、精神を病もうとも、それだけは絶対にいけない事なんだ。
そう、考えているうちに私の意識はどんどん深い眠りに落ちて行った。
まさか、これが再び悪夢の始まりだとは知らずに。
「ん…。」
と、深い眠りから目覚めた頃辺りはもう真っ暗で、時計を見ればもう午後10時を回っていた。
「あー!早く課題出さないと!!」
少しばかり、怖かったので後ろを向いて隣の棟にある職員室を見るとまだ明かりは点いていたし、もしかしたら先生も残っているかもしれない。
なので、私はあと残る3問の問題をやり遂げ、図書室から走って職員室に入ると、我妻先生はまだ居た。
「2-Cの方丈です。我妻先生はいらっしゃいますか?」
そう声を掛けると、先生もこちらに気付いたのかわざわざ入口まで来てくれた。
「課題、ちゃんと終わった?随分と時間が掛かってたけれど。」
いや、この状況で課題をやっている途中で寝てしまいました…。なんて口が裂けても言えず、「私、英語が物凄く苦手なんで…。」と苦しい言いわけをしておいた。
「それじゃあ、ちょっといらっしゃい。課題チェックするついでにご褒美あげるから」
「は、はぁ……。」
授業の時は、少し説教を食らったけれどもやっぱり教師としての役目だから仕方ないとして、果たしてこの今起きている差別は職業柄許されるのだろうか?
とりあえず、職員室に入って椅子を引かれ「まぁ、座りなさい」と促されると共に、クッキーと紅茶を頂く。
「うん、ちゃんと出来ているようね。谷山先生から聞いた時は、方丈さんは他教科では優秀なのに、英語だけ全然出来てないって聞いて心配だったのよ?だから今度からは解らない所があったら言ってくれれば教えてあげるから。」
「ありがとうございます。で、でも先生何で私の事を…」
「ちょっと贔屓目に見てるのか…って?」
どうやら、今考えている事は顔に出てしまっていたらしい。
「そうねぇ…私、好きな人がいるのよ。」
「好きな人?」
「何て言うか、こんな事私みたいな大人が生徒に言うのもアレなんだけど、方丈さんは私の好きな人にそっくりなのよ。」
「そうなんですか…。」
「その人の事を想い出すと、アップルティーが飲みたくなるの。今、方丈さんが飲んでるのもそうなんだけど。」
何故――?先生の今の言葉を聞いた瞬間、この間助けた崇美さんの一言が頭を過った。
『……否、懐かしく感じたのだよ。昔生き別れた上司の顔によく似ている。』
「方丈さん、どうかした?」
「あ、いや何でもないです。えっと、課題の方は……。」
「ああ、ちゃんと出来てるから帰って構わないわよ。それに今は物騒だし子供は早く帰りなさいな。後片付けは先生がしておくから。」
そう言われ、「それじゃあ、失礼しました。」と言って、職員室から図書室に戻るが、鞄が見つからない。恐らく教室に置いて来たんだろうと思い、教室に向かって行く途中で、心臓の鼓動が、ドクンと鳴り、視界が暗転する。
背中には汗が伝い、教室に1歩1歩と近づいていくに連れ『今まで感じ取った』雰囲気と、鉄の匂いが濃厚になっていく。
「まさか…」
この予感が外れていないのだとしたら――そう思い私は廊下を走りだして、クラスの扉を開けた。
そこに広がっていた光景は、今まで見てきた中でもとてつもないものであった。
机1つに置かれている首
それも、クラスメートが座っていた席にぴったりと。もう既に帰ったはずのクラスメート達の首が置いてあった。
「何よ…これ……?」
黒板には血文字で『Geben Sie mir eine rote Frucht』と書かれ、磁石でタロットカードが張られていた。血文字で書いてある文字は綴りからしてドイツ語…であろうか?そして、張ってあるタロットカードは『死神』
すると突然、スピーカーからジジッ…とノイズ音が響き、微かに声が聞こえた。
「…ニュース速報です。たった今、私立榊原学園で例の連続殺事件が発生しました。」
ノイズ音と霞んだ声。恐らくこれは放送室から流しているのではなく、どこからか遠隔操作をしているのだろう。
「初めまして、ジルヴァ2世…いいえ、グラディウス。私は、クロウカシスとでも言っておこうかな…。」
正に、この犯行といい、この不快な自己紹介といい、声も全て含めて死神であると私は思った。
「用件は、解っているかな…?これはアナタへの予告状…さぁ、時間はないよグラディウス。『円環の終焉』は日に日に進んで行く…その日が来るまでに私を含めた残り5人を果たして始末できる…?」
そのノイズ交じりの不気味極まりない声に私は声を荒げ、言葉を発した。
「『円環の終焉』とは何だ!?貴方らが殺人を繰り返す理由は何だ!?何が目的で――ッ」
「さて…それは、アナタが我々の聖域に入った時にでも話すわ…では、Auf Wiedersehen。」
「待てッ!!」
そう私が叫んだ瞬間、プツンと音が切れた。
たった1人残されたこの教室で、私は犠牲となった彼女ら彼らに黙祷を捧げ、今日の所は教会へと帰って行った。
その翌日やはり、この異常までの行為はテレビでも取り上げられ、しばらくの間また学校に立ち入ることが禁止とされ、雑誌、マスコミ、挙句には精神の専門家もテレビ番組に出演し、プロファイルリングを行うが、これはどうしようもない事実だ。
日暮との戦闘において、感じたのは犯人側が減る度に謎の難易度は上がり、そして犯人らの所有している実力も上がっていると言う事は明確。
果たして私は、この謎と犯人の相手ができるのか?
昨日の宣戦布告で、その『円環の終焉』とやらには時間がない。そして昨日教室で見たあの首のみの遺体――恐らく今回の犯人の聖遺物はギロチンや日本刀…もっと上げてしまえばピアノ線や鎌なども部類に入るだろう。
まずはギロチン、これがある意味濃厚な線であろう。はっきり言ってしまえば、日本刀や、ピアノ線ではあそこまで明確に首を切り落とすのは不可能だ。しかしギロチンも処刑台がなければ意味を成さないし、もしギロチンの刃だけ持っているとしたら、相手の手まで切れてしまうはずだ。
だとしたら、残るは鎌――。しかし、ここで使用された聖遺物の特定をしても意味がない。重要なのは、何時如何にどんな方法で殺したか。かと言って、他の学校の人間を疑うにせよ人数は多いし、もしかしたら部外者なのかもしれない。警察の情報によると、犯行時刻は午後4時過ぎ――。
つまりは、生徒たちが帰る丁度その時に皆殺しにされているのだ。なら確率が一番高いのは教師の内の誰か。とにかく真実を確かめたくて、日が暮れると同時に私は学校へと向かった。
「…やっぱ、誰もいないか……。」
校門の前には、事件現場によく張られる『KEEP OUT』の黄色いテープ。警察が未だ集まって捜査をしている中、私は1人知っている顔を見つけた。
「崇美さん?どうしてこんな所に?」
「…ああ、この間助けてもらった、方丈さんか。私がここにいるのは流石にここまで来ると警察も手に負えないようだ。故に私がここに派遣されたと言う訳だ」
「……ですよね。」
「して、何故ここに来た?ここの学生である人間が。」
「私、この連続殺人犯の犯人の行方を追っているんです…。けれどもう時間がない。だから直接出てきたんです。」
「…では、今回の犯人は大体見当がついていると?」
「いえ…流石にそこまでは……。」
そう言って、黙りこくっていると崇美さんがぼそり、と短く呟いた。
「”Geben Sie mir eine rote Frucht”――私に赤い実を頂戴な。」
「は…?」
「黒板の血文字。恐らく犯人がこんな事を起こしたのはただの気まぐれだろう。」
「どうして気まぐれだって、解るんですか?」
「血文字に死神のカード…そして恐らく武器は鎌だ。日本刀やピアノ線などではそこまで上手くいくはずもなければギロチンなど古い長物だ。手入れをせず置いておけばただの錆びた鉄に過ぎない。つまりは――」
「『私は死神だ』…それが犯人が示している言葉なんですね?」
「その通りだ、もっと具体的な話をすれば、赤い実と聞いて何を連想する?」
「無花果に、石榴…あと林檎、しか…。」
「そこまで来たのなら、答えは3分の1だ。何でもいい。その3つで考えてみる事だな。」
そういうと、崇美さんは踵を返す。その後ろ姿に私は声を掛けた。
「崇美さん!でも、どうして私にこんな事を……」
すると、こちらを少しだけ見返しながら冷たい目で、私の謎に返答する。
「言っただろう。私の昔の友人に良く似ている…と。彼は近々ここに戻ってくるであろう…というただの気まぐれと、この間の礼だ。別に気にする事はない。」
では、失礼。と短く言うとそのまま遠くへと消えて行ってしまった。その瞬間、私はこの間図書室で課題をやった時の事を思い出す。その課題の内容は、古代の話。一応持ってきた鞄を開けて英語のテキストを見ると、今現在授業で習っている内容を見てみた瞬間、ヒントが丸々と載っていた。
「古代…否、創世期……。」
そう、人間の始まりである創世期――アダムとイヴの話であった。確かこの話は昔、シスターに聞かされた事がある。目の見えなかったアダムとイヴが口にした赤い果実と白い蛇の話。
「赤い実…まさか、これは林檎……?」
後、よく漫画や小説でも取り扱われるが、死神が口にする赤い実の意味も林檎であると聞いたことがある。
――…まさか
『何て言うか、こんな事私みたいな大人が生徒に言うのもアレなんだけど、方丈さんは私の好きな人にそっくりなのよ。』
『その人の事を想い出すと、アップルティーが飲みたくなるの。今、方丈さんが飲んでるのもそうなんだけど。』
「あっ!」
何故私はこんな簡単な事を見落としていたのだろう?
今この榊原市で起こる連続殺人事件は既に10を越えているのは、他の県などにも報道はされているはず。実際に事件の事を恐れて、他の場所に引っ越した人間もかなりいるというのに。そんな状況で、あれほど有名な大女優が何の恐怖もなく、この街に、そしてこの学校に教員という立場でやって来たのか。
それと、彼女は女優と言えどハリウッドからブロードウェイ、他高視聴率の主演ドラマへの出演、そしてその天才的な演技力――……。
「”ローゲ”ッ!!」
私は『魂』の名を呼び、ひたすら道を蹴って行く。これは日暮との戦闘にて学んだ1つの手であるが、聖遺物を持つ人間は同じく聖遺物を持つ人間のいる場所を特定できると言う事。私が今探す人間はたった1人――…
「……全く愚かな小娘だ。あれがジルヴァの血を引くのだとしたら…。まぁいい」
塩を送るのも、これが最期だ。

ローゲに導かれ、駆けたその先には学校の教室内であった。
「……見つけた。貴方が3番目の刺客…我妻先生。」
「あら?私はもう少し時間が掛かると踏んでいたのだけれど、そうでもないみたいね。流石は『あの方』の血脈を引いていると言ってもいい。」
と鈴のような声を転がし、くすくすと何が可笑しいのか余裕を見せながら笑っている。
「本来ならば、最初に出会った時に気付くべきはずだった。今この街で起きている残虐な事件の中を名の知れた女優がノコノコ入って来て、その上教師として周りからの信頼を得て、その場を支配した上で狩りを行う。本当に死神のようだ。」
「そうね、そこはアナタの犯した過ちよ。それに私は――」
「え…?」
その瞬間、何故かここの学校の生徒たちが雪崩れ込んで来たのだ。
「殺す事を止める、なんて一言も言ってないわ。」
すると、大鎖鎌を横に薙ぎ払い、生徒たちの首を切り落としつつ、私を上下真っ二つにしようとしてくる。
「ぐっ…!」
「私は3番目の殺戮者。銘はクロウカシス…。中々いい名前だと思わない?そして――」
何とかすんでの所で、鎌を防ぐ事に成功するが、腹に重い『何か』を食らい、血を吐きだしつつ壁に叩きつけられる。
「――…アナタに取り憑いた死神」
といつ距離を縮めたのかさえも知らず、その言葉が耳で囁かれ、女の握力とは思えない程の力で首を絞め、隣のクラスに貫通させられる。
「甘い、ホントに甘いわ。アナタそれで『あの方』と肩を並べられるつもりでいるのかしら?鎌は鎌と言ってもこれの本質は大鎖鎌。そんなちゃちな炎と剣で破られるほど甘くなくてよ。」
「…それは、素直に認める。けれどこの生徒たちはどうしたッ!?」
「ああ、コレ?この肉の調達は私の仲間に手伝って貰ったの。全ては『円環の終焉』を迎え、『あの方』が望む理想郷のために。ただ、それだけよ。私は『あの方』を愛しているの。他の連中(ヤツ)らとは違うわ、『あの方』が望むのであれば…私は、どんな事をしてでも人間共を狩り殺すのみよ!」
先程まで笑い余裕を見せていた様子から一変し、死神は目を細めながら大鎖鎌を振り回し、刃が周り、操られてしまっている生徒たちはミンチにされ、私は血飛沫を浴びる事しか出来ていない。
「さぁさぁ止めてみなさいよ!でないとアナタまで砕け散るだけよ!!」
「……確かにその通りだわ。けれど」
刹那、私はローゲの火力を最大限にさせ、それと同時に『あるモノ』があの鎖鎌に接触したと同時にローゲを振り下ろす。
「はぁああああああっ!!」
「無駄って言ってるでしょう!?」
ガキィンッ、と大きな金属のぶつかる音が響くと、我妻の鎖鎌は刃の先が無くなると同時に、胸に大きな裂け目が現れた。
「なッ…!!まさかアナタ……ハナからこれを狙って…」
彼女が来ていた黒いVネックと白いスーツからは、血が滲み、我妻はこの展開を予想できなかったのだろうか、先程まで細められていた目は大きく開かれる。
それに私も負傷した腹部を押さえながら、しっかりと剣を持ち、目の前ににいる敵を見据えた。
「教室と言う狭いフィールドと、障害物となる生徒…そんな大物を振り回していたら『全て』が粉々になる。傍から見ればその攻撃の仕方は自分自身を守る事も可能。かと言って迂闊に攻めれば私の剣と身体が粉々になる。だから逆にその障害物を利用して、その鎌と柄の部分を叩き斬った。」
何と言う事だ――まさか自分の5分の1しか生きていない生半可な小娘に、トリックまで見破られ、ここまでの手負いを負わされるなんて…と死神は地をへばりつきながら身体を支える。だがしかし、やはりこの小娘は『甘い』
「ふふふ、あはははははッ!けれどもまだ勝負はついてなんかないわよ?まだ私の聖遺物は『生きている』」
すると再び哄笑を上げ、突然目の色が変わる。まるで私が初めて聖遺物を握った時のような表情(かお)で――。
例えどんなに醜くとも構わない、最後に勝つのであれば。『あの方』に勝利を捧げられるなら。
「私は負けて堪るモノですかッ!!私は『あの方』に勝利と多くの屍と魂を捧げられるのであればこの身がどうとなっても構わない!!ただただ愛おしい想いをこめて!!アナタはここでくたばりなさいなッ!!」
そう叫ぶと、欠けた鎖鎌の柄で上手く刃を宙へと拾い上げ、鎖分銅と鎖が繋がる目で鎌を鎖に巻きつけ、鞭のように撓らせる。成功すれば、私の身体は真っ二つに、失敗すれば向こうは刃を失う事となる。しかし、私はそこから動かず、正道の構えを取ると、巻き付かれた刃を受け止め、剣の軌道を無理矢理
横薙ぎに変えると、我妻先生が手に巻いていた鎖の数十センチの所で、鎖をローゲに巻きつけると、そのまま我妻に向かって、剣の先にあるモノを持ち主へと返してやる。
「この子…ウソでしょッ!?正気――…」
その一言を言い終わる事もないまま、左半身を失くしてその場に倒れて行った。
「……正気も何も、ここまでしなきゃ貴方達のような桁外れの連中と戦えない。」
ぜぇぜぇと息を切らしながら、私の魂も燃え尽きたのか、ローゲも自然と姿を消し 私もその場から身を翻した。もうあの状態となっては如何に魂や聖遺物が強化されていたとしても何の策も立てもしれない。否、この勝負の決着は『あの時』についたのだ。
ならば勝者となった私は、先を歩いていかなければいけない――この殺戮ゲームを終わらせる為にも。
「……さようなら、我妻先生。」
ふと、目が覚めるとそこは血の海であった。
自分が仕留めてきた生徒達の、バラバラになった死体と、もう半分以下しか残ってないであろう己の血。
「ぐッ…がはッ……」
トリックは完璧なはずだった。演技も生徒や教師らからの信頼も得ることは死神(私)にとっては造作もない事。それは自分の落ち度。けれどもやはりあの小娘は経験を積んでいない。身体に負った傷は深いが、私が完全に消滅するためには聖遺物を破壊しなければならない。
ならば、あの小娘を仕留めるのはまた後日としよう。だから今は――……。
「…身を潜ませ、聖遺物の修復と身体の傷を埋めるのか?」
明かりのない、この教室の中で響く軍靴の音とこの異常なる瘴気――まずい、あの女が来たら私はここで仕留められてしまうかもしれない。だってあの女は『誰一人として必要としない』孤高の人間なのだから。
「ジルヴァ様…ジルヴァ様……見ていますか?お願いします、だからッ…私にもう1度だけ――…」
そう涙を流しながら天に手を伸ばした瞬間、バキッとあの女は私の残った右腕を踏み潰し折った。
「あ゛ッ、ああああああああっ!!!」
「”銀(ジルヴァ)”はこう言い残した。『死神よ、死相が見えるぞ。』…とな。つまり貴様はもう用済みと言う事だ。」
「何をッ!」
折れた右腕に鎌の刃を差し込み、首を斬り落そうとしたが女は何も見せず、ガキィンッという金属音だけが鳴る。
「たったこれだけの人間を仕留めるのに、ヴィクティムの労力を使わせた上に、私にまで手を焼かせるのか。しかしどうやら私が手を焼くのは必要ないらしい。奴も時期が来た故に目覚めたそうだよ。」
「ま、まさか……!」
『目覚めたそうだよ』そのたった一言で、死神は身を震わせ、顔が青ざめ、その整った顔は恐怖という感情に歪む。
「ま、待ちなさいよ…ッ、お願いお願いお願い!!待ってッ!待って欲しいの!!そんな化け物――」
「”カイン”、食らえ。お前が2度目に目覚めて最初の食事だ。その肉をじっくり味わうといい。」
「い、嫌あああああああああああ――!!」
「どうやら、ジルヴァが示した『赤い実』は人肉のようだったな。」
ぐちゃ、ぐちゃと音を立ててさっきまで生きていた死神を食らう本物の人食らい(マンイーター)と騎士。そして、屋上から様子を見ていた人間は『合図』を送る前に、騎士が口を開いた。
「そう焦るな、ヴィクティウム。私は2度とジルヴァの落し子に関わる事はないであろうし、今までサポートに回っていた貴様はよくやったよ。後はその悲願を叶えるといい。何、ジルヴァの機嫌なら私が取っておく故に憶するな、進めよ。」
そう言うと、屋上から発していた気配は、12月の寒い風と共に消えて行った。
榊原市で発生した連続殺人事件。とうとう、この学校も狩られ姿を消した。

Ⅳ.Intervall von 0 und 1

これは、ある1人の男の肖像
あまりにも惨めで残酷で、悲痛で救われる事のない悪夢を味わう男。
時間が、止まっていれば幸せだったのかもしれない。自分の足元と、掌に乗せた宝をちゃんと握っていれば未来は変わっていたかもしれないというのに。しかし、幾らその男は悲しいと泣き叫び、神に祈ってもそれは無力なのだと誰よりも知っていた。何故なら、彼ほど『現実』を見据えた人間はいないからである。
「離宮…樹……。」
そう、今彼が呟いた愛しくも大事であった自分の宝。
彼には、何も出来る事がない。ただ他の人間より高い知能だけを頼りに、人間らしさと言うものを味わっていないが故に孤独であり、彼の頭脳に手が届いた人間など存在しない。
そして、再び殺戮の環は回りだす。己が願いを成就させる『円環の終焉』まで。さぁ踊れ主演を飾る少女よ。この謎を解く事は今まで一番難関であると言ってもいいだろう。男は、消え入りそうな声で招待状を送る。これは男なりのマナー。高い知能と、7人の内気高きプライドを持つ男は先手を打つように、突然として、敵の頭の中にダイブする。
「……初めましてグラディウス・フランマエ。まずは初対面同士、軽く挨拶でもしておこうか。私は、4人目の刺客…ヴィクティム。」
「――!」
今、声がしたような気がした。脳味噌の中ではっきりと。確かこんな真似は日暮も1回だけしたことがあったが、『コレ』とは桁が違うような。
まるで、家庭教師か何かの授業で1対1の話をしているような、そんな感覚に陥る。そして、もう1度同じ声が脳内に響き渡った。
けれども、どうやら今度の敵はどうもご丁寧なようで。
「今、私がこうしている以上、かの3人のトリックを暴いた。それに違いはないが、私はマレフィカラムやロジック、クロウカシスのような愚かしい真似はしないさ。さぁ、謎解きの時間だ。ここで問1――『生ける理想とは何か?』まず、これを答えてみるといい。」
愚かしい真似?確かに今までの3人は、私に直接に接触してきた。それを愚かしいと?
「早く答えたまえ、でなければ『1人』死んでしまうぞ?」
――何を言っている?この男は。「早く答えなければ『1人』が死ぬ?」そんな事、何時何処でどうやって証明し得るのだろう?
「……ふむ、相当困っているようだね。なら、ヒントを授けよう。今君はどこにいる?」
「…自宅だ。そんな事を聞いてどうするつもりだ?さっき貴方は私に言った通り――…。」
「そんな事は言わずとも小学生の子供でも理解できる。…仕方ない、私は『こういう事』をしたくないのだが……。君が住んでいる所は教会だね?今扉を開けて外に出て御覧なさい。今から1人の人間が屋根から飛び降りて死ぬ。」
何故だ、私はたった今居場所を聞かれ、『自宅』とだけ答えておいた。なのにこの男は私が教会に身を置いている事を知っている。そう、気付いた時には時既に遅し。
「しまった…!先手を打たれた!」
そう思い、玄関の扉を開き上を見上げれば、突然空から人が『降って来た』。
その死体は頭がかち割れ、即死であろう。その瞬間また脳内に同じ声が響く。
「これで解って頂けただろうか?さて、前戯は終わりだ。もう1度問おう。『生ける理想』とは、何かね?」
突然起こった出来事と、あまりの不気味さに正直足が竦みそうになったが、喉から必死に声を振り絞った。
「…空想世界。人の思想と織り交ぜた現実と非現実…例を挙げて言えば私や貴方達がそうだろう?生もなく死もない。」
「ほう?クロウカシスからは、頭の出来はいいと聞いていたのだが。残念、不正解だ。恐らく君が解決してきた事件の中で、誰か助言をしてくれたおかげで生き延びているのではないのかな?」
そうだ、第3の犯人――我妻先生のトリックの助言をしたのは、あの場に同席していた崇美さんだ。あの人がいなかったら、私は永遠にあの女の掌で踊らされていたかもしれない。
ギリッ、と歯を噛み締めると向こうにも伝わったのか、気味の悪い笑いが聞こえてくる。
「では、この問はまた会うときまでの『課題』としよう。何、人間如何に小さい脳味噌でも知識を入れておけば何かと役に立つのだ。覚えておきなさい。」
と、いう声の終わりと共にさっき屋根から飛び降りてきた人の口からタロットカードが吐きだされる。あまり良いものとは言えないが、尻尾を探るにはどんな小さな手がかりでもいいから必要だ。そして捲ったタロットカードが写したのは『月』。聞こえはいいし、月と連想すれば、誰もが美しいと感じるだろう。
しかし、タロットで『月』を意味するのは不安定な状態、裏切り、隠れた敵の象徴と見通しの暗さ、手探りの状態 …予期せぬ 変化。正に今回の敵そのものを現している。
「……気色悪い…。」
正直に言おう、恐らく今度の犯人は殺す人数は最小限に抑えるはず。何せ自分自身でそう言っていたし、これは私だけへの挑戦状だ。言わば、「私を捕まえて屈服させてみろ。勝てば私は敗者、負ければ君は上に手が届かずに死ぬのだ」と。なんと傲慢で、プライドの高い人間だ。
ならば、次の攻撃が来る前にトリックを暴き、見つけ出さなければならない。
今、明確となっているのは今度の相手は自由自在に人間の行動を操れると言う事。だが、そんな1つの手掛かりで見つけられるのか?
生ける理想――…あの男が意味していたものは何だったのか?

「まだ、動かなくていい…か。確かに私が問いかけた謎は究極で常人に理解など不能であるが、こう言った所はどうやら頭が回るらしいな。なぁ飛影」
「…知らんよ、それにその謎は貴様自身の客観的意見だろう。私ならば、彼女と同じ答えを下すがな。」
突然騎士へと投げかけた答えが気にいらなかったのか、男は「やれやれ」と思ったのか苦笑を洩らし、騎士へと背を向ける。
「君ならば解ると思っていたのだがね。幾百幾千の戦場を駆け巡り、この『円環の終焉』を迎え入れる為、選ばれた唯一の最強の名を持つ君ならば。戦場で落してきたのは何も敵の命だけではあるまい?自身の味方すらも命を落とす。それが条理というものではないのかな?」
「ああ、正しいさ。正しいとも。だが私は貴様らと違って、命を失う事は必然であると考えている。故に私は貴様の望んでいることなど理解不能。単なる甘ったるい空論主義者だ。貴様の聖遺物も見苦しすぎて吐きそうになる。」
「ふ、ふふふ…。まぁいい、私が他人から嫌われると言う事は知っているのでね。君は確かに孤高だ。だが私の場合は孤独でしかない」
そう、私は唯一なる孤独な人間。弱く、しかし持ち合わせているのはこの強靭なる脳の強さと様々なる知識。だから私は『間違った事』をしていないし、自身が所有する聖遺物もこれでいいのだ。
「……さて、グラディウス。私の知能を越える事はできるかな?」
あの日から私の頭はごちゃごちゃとしていた。
何処から発信していたのかさえ分からない声と問いかけられた謎。しかしあの不気味な日以降、ベッドに潜りながら考えていたのだがこのトリックを暴く事とあの問題は別問題ではないのかと考えている。
これはあくまで憶測ではあるが、相手はまるで教師か何かのような素振りを見せ、それを自己紹介をしたと同時に謎を私に問いかける事によって、言葉巧みに私を操ってこうして混乱に陥らせている。だとしたら、この相手は信じられないほどの高いIQを持ち、他人を差し出す事によって、自身の過去を隠しているのではないのだろうか?
だとしたら、今はあの混乱に乗じるよりも犯人の過去を洗い流す事が最優先事項だと考える。
何故と、言う人間も言うだろうけれどこの事件は『ある所』で一貫している。そう、今まで関わって来た犯人全てが聖遺物を持っている――つまり、心の内に強い願いと目的を持っていると言う事だ。
リゼの時は、殺人的快楽。日暮は自身の復讐の為。そして我妻先生は『あの方』とやらに愛されたいが為。だから今回の犯人の願いは『生ける理想の向こう側』。
傍からみれば危険な博打であろう。けれども、これしか解決する方法がないのだ。そして私は日暮が私にやったように、今回の犯人に再びこちらから宣戦布告を受ける事を伝える。見様見真似なので上手くいくかどうかしらないが、何も響かぬこの部屋で一言呟いた。
「……待ってみるがいいさ、私がすぐに貴方が立つ土俵まで上がってやる。」
すると、本当に届く事に成功したのか、声の主はくつくつと笑いながら返事をする。
「ああ、待とうとも。ついでに一言、助言しておいてやろう。何、これは単なる老婆心故、有難く受け取っておきなさい。」
「?」
何か、何かがおかしい。たった今、微かな音が聞こえたような――。
風をスッ、となぞる音と、規則正しいリズムで聞こえる何か。
「また明日……そうだな、榊原市で唯一最も大きな大病院…嘉川病院にて今日の終わり…つまり午前零時に患者が全員自殺してしまうという可笑しな情報を聞いてしまったよ。止めに行くも良し、それともそいつらを見殺しにして、私の過去を洗い流すも良し。と言っても、後者の方は遥かに難しい話だけれどもね。それでは失礼。」
そう言い残し、声は遠退いていった。けれども何だ?この男と話したのはこれで2度目。しかし、この不安感だけはどうも拭えない。「患者が全員自殺してしまうという可笑しな情報を『聞いてしまったよ』。」
と、言う事は自分自ら手を下すのではなく、残りの犯人の誰かに手を貸してもらうというのが一番濃厚な線であるし、この男はどうやら心理戦を主にしていて、人間の1人や2人であれば殺せると言う事。
ならば、これを利用して今から病院へと身を潜ませ行くしかないだろう。そう決めると、私はすぐに病院へと向かうのと同時に同時刻、某ある場所で事件は起きていた。
「……正気か?ジルヴァ。今、不完全のままで出てくれば貴様の望みは費えるぞ。まだヴィクティウム、カイン、録華がいるだろう?そもそも復活の儀は録華のみしか行えないのを知った上での事か?」
――それが本当であれば、今ここで私が全て終わらせてやると、目で訴えると白銀の王は嗤う。
「…飛影、お前は確か彼女に…クロウカシスの件で助言をしてくれたね?それにはとても感謝しているよ。だから今回は内密に動いてほしい。かの天才は既に気付いているんだろう?」
「ああ、これは『保険』であり、貴様にとっても悪い話じゃないだろう?」
たった一言にくすくすと笑いながら、天で白銀は告げる。
「流石だよ、飛影。まぁこれは私が考案した殺戮ゲームだ。今消え去った駒共はどうでもいい…やはり昔から使えるのはお前だけ。最初からお前に任せておけば……。」
「お喋りはそこまでにしておけ。カインにでも聞かれたら貴様はどう責任を取るつもりだ?折角ヴィクティウムが時間と手間を掛け、ここまでに至らせたのだから。余計な手間を増やすな。」
「それは失礼、丁度時間もいい頃だ。それでは、『円環の終焉』を願って――」
「「――…ジークハイル・ヴィクトーリア。」」

「……ここが、嘉川病院。」
宣戦布告の後、急ぎ辿りついて数十分。既に時刻は6時を過ぎているが、病院にはまだ明かりがついているし、忍び込む事も可能なはず。
受付を通り過ぎて、ちらちらと色んな棟を周ってみるとどうやら犯行はまだ起きていないらしい。一応ギリギリセーフという事だし、後はここで犯行時刻までにあの声の主に辿りつければいい。そんな事を考えていた瞬間だった。ぐぅー、と腹の虫が音を上げる。
「……。」
――タイミングは最悪。今現在の時刻で面会など行えるのはどこの棟にもないだろう。とりあえず身を隠すためにもどこか、空き部屋がないか探してみる。小児科や一般病棟であれば看護婦や看護師が多いだろうし、外科のほうへ向かえば、必ず医師はいる。そう思って逃げ込んだのは薄気味悪い部屋であった。
「……特別、脳神経外科…?」
そんな馬鹿な、ここの病院には脳神経外科なんてなかったし、もしあったとしているのならば相当昔の出来事なのだろう。錆びたドアをゆっくり開ければ、そこには人間1人が入れるような培養液缶と多くの脳波測定器…ホルマリンや色んな薬品の匂いが室内に漂っている。
不気味極まりないこの部屋の奥に、1つの小さな部屋があった。扉には「立ち入り禁止」の文字。鍵は掛かっていないようなので、一旦休むことも含めてその場所で軽く食事を取る。鞄からごそごそとここに向かう途中、コンビニで買って来たおにぎりを食べていると、スーパーコンピュータとデスクトップパソコンが目に入る。
流石腐っても大病院。こんなすごいものがあるのかと感心していたら、スーパーコンピュータの線を踏んだ上で躓き転びそうになるが、すんでのところで机に手を置いたお陰で転ばずに済んだが、パソコンの横にあった書類を床にぶちまけてしまった。
今は主がここにいないとは言え、勝手に侵入してしまったのだから元に戻そうとした時、私はその書類を見て目を見開いた。
「……防衛庁、データ化核兵器のプログラムについて…?」
時は今から4年前の2003年――…防衛庁が表向き上テロ対策として開発されたこのデザイン。データ化核兵器――またの名をSE-THUと呼ばれた。
しかし、日本は先の大戦で核兵器を造る事、持ち込む事、持ち込ませる事…言わば非核三原則なのだが、その上層部は憲法と日本の法に背き開発を進めた結果、その英知の結晶は破棄されてしまった。
それを開発した男の名は藤堂猶。詳しい事は知らないが、確か最高裁で死刑が決定したもののまだ死刑決行はされていないと言うが、まさか……。
私は急いで隣にあるパソコンを開き、藤堂猶について調べてみる事にしてみた。
「あった…。」
インターネットで、検索した結果答えは一発だった。藤堂猶――東京の某大学でコンピュータサイエンスについて教鞭を取っており、その他にも物理学や、心理学、医学の世界でも名が知られており、2003年時点では幾つもの博士号と特許を取っている有名人であった。
他、大学だけではなくその名が全国に知られると同時に、多くの大学病院とも関わりを持っていた事も明らかになっている。
「まさか、ここはあの藤堂という人が研究をしていた場所……?」
ガタッ、と立ち上がると、隣に合った小さな戸棚に1つの写真立てが伏せられている。それはもう埃に塗れ、何年も放置されていたのだろう。
私は埃を取り払い、写真を見てみるとその光景に目を見開く。
「どうして、こんな……」
そこには、藤堂猶と隣に肩を並べる女性と、2人の手を握っている小さな子供。しかし、顔の部分だけ、刃物でめちゃくちゃに切り刻まれている跡があった。
何でこの人はこんな事を―― と思うと同時に、4人目の犯人の言葉が私の脳内を過る。
『生ける理想とは何か?』
その瞬間、私の頭では何故あの男があんな事を言っていたのかようやく理解した。
「きゃぁあああああああああ!!!」
と、突然看護婦らの悲鳴が聞こえてくる。時計を見て時刻を確認するが時間はまだ、午後11時のはず。なのにこれは――…
「ローゲ!!!」
時間がない、急がなければ。でないとここにいる人間が皆あの男の言った通りになってしまう。それを止めなければいけない。けれども魂の銘を呼んでも、いつものように道を記さない。
「何で…?」
その瞬間、くつくつと気味の悪い声が脳内にしっかりと響く。
「っ…!!貴方、今一体何をした!?」
「何、特別な事は一切していないよ。さぁ、今から私が死んでゆく人間の順番を教えようか――。まず君がいる研究室から左に向かって、外科の入院棟。」
「くっ…!」
正直言って、こんな事態は認めたくはないが今は人命が先だ。急いで部屋を出て外科の入院棟へと向かうと、そこでは既にもう患者達が色んな方法で自らの命を絶っていた。そして声はまだ続く。
「次は小児科と、続けて入口のロビーのナースステーションだ。」
階段を駆け、棟を渡り、さらに階段を下りて行く。その時、看護婦が一気に死んで行く様を見て子供たちが泣いている。
「貴方は…ッ!」
何が、殺す人数を少なくするだ。何が課題だ。
「人を嘗めるのも大概にしろッ!!!老人や、女子供を相手にして何が楽しい!?相手ならば私がなってやるッ!!」
すると、笑いはどんどん亀裂が走り男は大爆笑をする。
「ふはっ、ふはははははははは!!私が相手になる…か、全くその名の通りの激情家だな。しかし、背後を見てみろ。 『死ぬぞ』?」
そう言われ、後ろを振り向くと先程まで泣いていた子供が花瓶を振りかざし、私になぐり掛かろうとする。それを寸での所で防ぎこむが、次々と子供たちがある物で私に襲いかかってくる。
「どうだ?グラディウス。子供を相手にするのは?楽しいかね?」
と、先程言った言葉をそっくりそのまま返してくる。正直言ってこの笑い声とセンスすら感じさせない嫌味と怒りがこみ上げてくる。
「くそッ!!」
子供とは言え、軽く一気に10人も相手にしているのだ。それにこの子たちは犯人に操られているから、殺すことは勿論許されない。
まだ脳内の中で響く笑い声に、また規則正しい音が耳に入る。
「どうしたのかね?もう終わりか?」
「…わかった。そのトリック。」
そう、最初会った時に気になっていた『謎の音』。これの正体がようやく理解できた。
「この連続殺人事件の犯人ら、つまり聖遺物を持つ私を含めた8人。リゼや我妻先生や私は、武器を具現化する事で戦闘に応じる事ができる。だが、貴方は日暮と同じで『自分の体内に聖遺物を埋め込んでいる』。そして、その人を操るのは、モールス信号で、恐らく箇所は心臓。これを他人の脳内に送りこみ、思うがままに動かせた…。違う?」
「素晴らしい、よくぞ私の知能に追いついたなグラディウス。しかし私は君のことも操る事が―― 「『もう、止めてください。教授。』」
「――!」
一瞬の沈黙と共に、私はこの男の正体を暴いていく。
「今から4年前の2003年――…防衛庁が表向き上テロ対策として開発されたこのデザイン。データ化核兵器の作成…大学でコンピュータサイエンスについて教鞭を持ち、その他にも物理学や、心理学、医学の世界でも名も知れている。確かに貴方は天才ですよ、藤堂教授。」
「こんな短期間で…私の事を調べ上げたのか……。」
この男と話してきて、初めて聞いた動揺と困惑の声音。それに対し、私は、なるべく平静を装ったように話を続けた。本当は手に汗は滲み、息が上がっているのを無理に隠し通しながら。
「ええ。それと、出されたあの『課題』。『生ける理想とは何か?』答えは簡単だった。それは…ただ、大事な人の傍にいたかったんじゃないんですか?」
あの写真を見た瞬間、それと出会った時既に藤堂教授の性格は解っていたのだ。
タロットカードの『月』の意味――それは不安定な状態。
私が、答えを出してからしばらくの沈黙と共に藤堂教授は話し始めた。
「なら、最期の授業を始めよう。私は今この病院の屋上にいる。今すぐ上がってくるがいい」
それだけを言い残すと、フッと脳内で藤堂教授の気配は完全に消えた。この声を脳内で再生する能力も、恐らくモールス信号を使ったのであろう。
階段を1つ1つ登る度に高鳴るこの胸を押さえながら、私はあえて冷静を装った。だって、私の推理が正しいのであればこの人は。藤堂教授は――今まで戦ってきた犯人の中で1番哀れで悲しい人だろうから。
そうして、深呼吸をし最後の扉を開く。
「……こうなってくるとは、全くを以って思わなかったよ。私には。」
黒い髪を靡かせ、切れ目の瞳で屋上から景色を見ているこの男。これが藤堂猶。
いつ聖遺物を発動させるか、どうか伺い、額には汗が流れ、正直喉は枯れている。が、この言葉を無視することはどうしてもできなかった。
「私も、はっきり言ってしまえばこの謎が…貴方が用意したこのトリックが1番難しかった。天才とただの学生。知恵比べなんてしてみたらすぐに私が負けてしまう。けれど…。藤堂教授、何で私に1つも攻撃をしてこないんですか?」
すると、困ったように眉をひそめながら笑って答えた。
「それは君が解いたであろう、グラディウス。私の聖遺物は相手の心理や脳波、多少であれば人の行動もを操る事しかできん。マレフィカムやクロウカシスのように、武器は何1つとしてない。それに…これで私は敗者だ。さぁ、早く私を斬り捨てたまえ。」
と、目を閉じてはフッ、と笑っている。果たしてこれは本気なのか冗談なのか?でも本当にこの人の表情から感情が読み取れない。
「貴方って人は…本当に愚かだ。」
あの時の日暮のように。これだけの知能があるのであれば――…
「『もっと、もっと…違う事を願えたはずなのに…』かね?時にグラディウス。君は大事な人間を失ってしまったらどうする?」
突然の問いかけ――…それはずっとずっと前に聞かれた事もあるし、自分でも考え、今こうして剣を握っているのに。
「生者は死者を悼む物……それが自然であり、君もそう思っているのだろう。だがね、私は妻と子を失ってから絶望の中で苦しみ、泣き、精神さえ蝕まれ、こうなった。けれども何千の命と2人の魂を天秤にかけ、私が人を殺してもそれはただのガラクタでしかない。それを気付きさえしなかった自分が恨めしくて仕方ない。だから、私は――……。」
「そうか…。」
この人は、表情が読めないんじゃない。ずっと大事な人達を失くした時から、核兵器をデザインしていた頃から、人間らしさを捨てた変わりに氷のような仮面で自身の脆い心を今まで支えてきたのだ。
悲しい本音と声が夜空に響くと共に、空から黒い影が私達の間に割って入ってきたのは。それと同時に藤堂教授は溜息を吐く。
「どうやらお別れのようだ、グラディウス。これは私の完全なる敗北だ。せめて、君がこの先勝利を収める事を私は祈るよ。」
「藤堂教授、それってどういう……」
「今生の、別れだ。」
そう呟くと共に、藤堂教授は黒い影に肩から一気に切り裂かれた。すると、その影は、方手で音声変性機を持ちながら藤堂教授に話しかけた。
「……最期まで、報われない男だな。ヴィクティム。」
「ああ…しかし、やっと過去の清算が…できた。後は君らが『あの方』から祝福を受けるといい…。私の銘はヴィクティム(犠牲者)…ただ、それだけの、こ…と……。」
「藤堂教授!」
そう言って、私がこの人に駆けよった時にはもう既にあの黒い影は消えていた。まだ、息がある。まだ、聖遺物は壊されていない。でも――…
「私は…核兵器を造る事や、こうして人を殺すのは…本望じゃないんだ……メメント・モリ(死を想え)…。だから、碌に愛してやれなかった妻や子の元へ逝きたくて、私はこの道を…選んだ……。」
「藤堂教授!お願いだからもう喋らないでっ!!」
もうやめて、お願いだから。ねぇ神様、お願いだからもう、これだけ悲しくて辛い思いをした人を――…。
「どうか…殺さないで……」
冷たくなってゆく藤堂教授の手を握りながら、私は涙を流していると、彼は今までとは違う『優しい微笑み』で。
「御身に、勝利あれ……ジークハイ、ル…ヴィク トー…リ、ア……。」
「うわぁあああああああっ!!!」
もう既に灰となった、藤堂さんを抱きしめながら丁度午後0時。私は暗い夜空に向かって慟哭した。

Ⅴ.Ein Leben tote Person

「……。」
昨日の事件から、私は礼拝堂でずっとこうしている。目の前にある小さなテーブルに置いてある瓶の中身は藤堂教授の灰。
殺しに快感を覚えた殺人狂、黒い過去を小さな体で背負い歪んだ少年、ただ一人の男に愛されたいと願った死神――そしてこの人は最初から『死にたがって』いた人。
「Absolve Domine, animas omnium fidelium defunctorum.(主よ、全ての死せる信者の霊魂を)」
朝から何度も何度も、唱えている詠唱(レクイエム)。
私に人を生き返らせる能力もないし、この人が言っていた通り、生人は死人を悼む物。だから、今の私にはこれぐらいしかできることがないのだ。
「ab omni vinculo delictorum.Et gratia tua illis succurrente,mereantur evadere judicium ultionis.(ことごとく罪のほだしより解いてください。彼らが主の聖寵の助けによって、刑罰の宣告をまぬがれ、)」
「――Et lucis aeternae beatitudine perfrui.(永遠の光明の幸福を楽しむにいたらんことを。)」
そう、唱えると同時に、グラリと視界と建物内が大きく揺れる。
「……地震か、結構大きかったな。」
礼拝堂の方も、少し被害があったと言っても蝋燭や十字架などが落ちてきた程度。一応確認も含めて、自室やダイニングルームなどは無事かどうか見てみると、自室では本棚が倒れ、足の踏み場など全くを以ってなかった。さらに酷いのはダイニングルーム、食器棚は倒れ、皿は粉々。
苦労がかかるもんだ、と思いながら無事倒れる事のなかったテレビをつけつつ、部屋の掃除を始めていると、テレビの画面一杯に恐ろしい光景が映っていた。
「えー、今入った情報によりますと、震度は5強。しかし、このタワーの広場は地面が割れ、大変な被害に見舞われています。総合の被害を合わせると死者は計57名。またタワー内にいた方もガラスや、望遠鏡によって重軽傷を負ったのは――……」
「嘘でしょ…?」
被害が起こったのは、榊原市一高いと言われるタワー。地面は『強い何か』によって叩き割れ、ガラスも1階から最上階まで粉々になっており、残ったのは鉄骨のみと言った所であろうか。
もはや、これは自然現象ではなく、人為的な何かだと言っても過言ではないのかもしれない。そう考えて、こんな事ができるのはあいつらしかいないのだ。
ただ、どうやって?
こんな一気に全てを破壊する能力を要する聖遺物を使用する――つまり、リゼや我妻先生と似たタイプか、それとも……。
その瞬間、この惨状の中、黒い服と黒い髪。恐らくは180強近くほどある男が、アナウンサーの後ろをスッ、と通り何もかも失ったような灰色の瞳で、コチラを睨んで来た。しかし、どこかこの男は最初から死んでいるような感じをさせている。
人と異なる異形さ――そして、ちらりと見えた胸にある勲章(ハーケンクロイツ)。
大地震のニュースが入って10分後、抉れた地面の上にたった1枚のタロットカードだけが残った事を、後日警察が改めて発表すると共に警察は公安との連携を図り、榊原市の残った住人達に避難勧告を出した上で、今こうして私達被害者は、普段コンサート等で使われる大ホールに通された。
確かにここなら強度も高く、それなりの人数が入る。しかし、この場で聞こえるのは『死』を目前とした感情ばかりが募る。
「お母さん怖いよ…いっぱい人が殺されちゃった。私達も死んじゃうの?」
「おいッ!警察も公安もいい加減にしろよ!!てめーら国の下で働いてんだろ!?こんな目にさせやがっていい加減にしろ!!」
「おばあちゃん、あの時足痛めちゃったよね?大丈夫?」
「ああ、大丈夫だよ。」
幼い子供の泣き声、何もできない無力な学生や大人達の怒り、知人を奪われた悲しみ、慰め心配しても拭えない恐怖と震える声。
――円環の終焉
私がまだ知る事の出来ていない、奴らの最終悲願と銀(ジルヴァ)と名乗る男の正体と目的。
時間がないと、確信していた。奴らの身内が1人1人と減って行くと共に、人間の被害もどんどん増えてゆく。つまり、いずれはあの男も姿を現す。ただ、私が抱える不安は、これ程の猛者共を束ねるあの男の総合力。
リゼも日暮も我妻先生も藤堂教授も「元」は人間だった。そんな奴らに聖遺物と言う人を越える超人練成を行っている。言ってしまえば、この事件は前哨戦――本来の戦いは、今までより遥かに恐ろしく、手ごわく、正に命を掛けなければ生きることなど望めない。
ならば、私に迷う時間などなかった。
その場から立ち上がり、ホールから出て行こうとした時、同じ学年の他クラスの男子が話しかけてきた。
「おい、方丈。お前今からどこに行くんだよ?」
と、心を突き刺すような声音で私に話しかけてくる。これは誰も解らないだろう、私は焦っている。早くせねばまた被害が広がって行く。そんな焦燥感を隠しながら、冷たく言葉を返した。
「別に。貴方には関係ないでしょう?」
そう、この人達は関係ない。奴らさえ――否、あの元凶さえなければ、彼らは死ぬ事もなかったし、リゼも、日暮も、我妻先生も、藤堂教授も、方法と時は違えど幸せになれたはずなのに。
すると、その男子は声を低くして一言呟いた。
「…お前、今までの連続殺人事件の現場にいただろ?」
「なっ…!」
何故?何故お前が知っている?と言うのと、同時に男子は話を進めて行く。
「俺、見たんだよ。公園での出来事と、学校で起きた事。その時、お前は赤い剣を持って奴らに立ち向かってたよな?そこんとこどうなんだよ?」
確かに私は、今までこの事件の犯人達のトリックを暴いては戦ってきた。しかし、こんな事話してどうなるというのだろう?ましてやこいつは人間。事件に関わらせるのは危険でもあるし、もしこいつが私に付いてきたとしよう。そうなると私は、守りながら戦う事になるのだ。
あれ程の実力を持ち、これ程の人間を簡単に殺せる化け物と。すると、男子は1冊のノートを差し出してきた。
「…これは?」
「俺が、この街で起こった事件のトリックと関連性…そして、こいつらの正体が少しだけ書いてある。」
「まさか貴方はこれを1人で?」
「違法捜査だよ。俺の親父もこの事件の指揮官をしててな。警察のパソコンや親父のパソコンにハッキングして、後は自分の足で現場にも運んだりもした。とりあえず、読んでみろよ。その中身。」
そう言われ、ペラリと1ページ捲った時点で、第1の事件とその場の写真が貼られており、私が最初した通り、中世ヨーロッパの拷問器具の事。それに日暮のトリックと我妻が起こした学校での事件での予想。これだけ正確に書かれていて、しかもどれを見ても私と同じ考えを持っている。
どうやら、ただの人間かと思って嘗めていたが優秀な人材であった。
「すごいのね、犯人らの使っていたトリックから何まで全部正解だし、ここまで情報を掴んでいるってことは、本当にそこらの警官よりずっと優秀だわ。」
「簡単な事だ。あとこいつらの正体も大体は書けたんだが、それも5人まで……。後、この事件を引き起こした犯人についてだが――…」
と、言うと少し黙りこみ、こほんと咳をついた。
「そういや、自己紹介はしてなかったな。俺は南雲総真。お前の名前は知ってるから気にするな。先の話はここで何処の野次馬が聞いているか分からない。ホールを出た受付のロビーで話そうぜ。」
「…分かった。」
そうして、ロビーに移動して椅子に腰かけていると、南雲が缶コーヒーを渡してくれた。
「警察や公安が用意してるモンなんてたかがしれてるしな。飲むだろ?」
「…ありがとう」
缶コーヒーを受け取り、少しだけ口にすると私は先程の話をし始めた。
「それで、さっきの話なんだけれど…」
「ああ。方丈、お前昨日のニュース見たか?あの大地震の中継。」
「ええ、見たわよ。それがどうかしたの?」
「その時、アナウンサーの後ろを若い男が通ったのも?」
「見えたわよ。そこに何か問題でもあったの?」
「…俺は、知っているからここでは何も言わないが、お前気付かなかったか?あいつの胸にあったハーケンクロイツ。」
「少しだけね。それがこの事件を引き起こした犯人とどう関係があるの?」
「この事件の大元…確かジルヴァとか言う通称で呼ばれていたな。第3の事件現場の黒板に書いてあった血文字とこの綴りと、ハーケンクロイツ…。これで少しはピンときたか?」
「……ラストバタリオン。つまりはナチスか…。」
そう答えると、南雲は「ああ」と答えながら鞄からパソコンを取り出し、USBを差し込むと、カタカタと何かを打っていく。
「これが当時の映像だ。かなり昔の物でもあるし、戦勝国様…つまりは国連のデータから無理矢理ひっぱり出してきたから解像度も低い。見ろ、これがさっきの答えだ。」
くるり、と画面を回され流れる映像を見ると、建物は瓦礫と化し、死体や、激しい銃撃戦の跡。赤く染まった景色に立つ1人の青年を私は見つけた。そして、音声が内蔵スピーカーから聞こえる。
『……父よ、どうか私の父よ。聞いてくだされ。』
この、声は……。
歌うように、叫ぶように、語りかけるように男は言葉を紡ぐ。
しかし、そこには何もなく、誰もおらず、ただただ屍と瓦礫と血で彩られたレッドカーペットを軍靴を鳴らし、カツカツと歩んで行く。
『…我らが悲願は堕ちました故、私はしばらく姿を隠します。故に……。”この”発端は全て私の所為だ。ですから、貴方には永劫歩き続ける彷徨い人(ファウスト)となれ』
そう言い終わると同時に、既に沈んでいたはずの炎が爆発的に甦り、干からびていたはずの水が溢れだし、瓦礫塗れの地は雪崩が起きたように割れ、砕け散る。
「これが正に神に最も近い存在――『銀(ジルヴァ)』と名乗った男だ。」
私には目を見開く事しかできなかった。これが、ジルヴァと呼ばれる男の能力と更には超人練成…こんな人間を越えた人間がこの街に来たとするならば。それこそ怒りの日の如く、全ては破壊される。それだけの実力をこの男は持っているのだ。しかし、1つ気になる点があった。
ジルヴァとは、ドイツ語で『銀』を現す。ならば『金(ゴルヴァ)』は?あの男が父と呼んだ存在が何故、彷徨い人(ファウスト)と関係がある?
「……色々と謎が出てきたみたいだな。だったら一応その顔に出てきた質問に答えてやる。その変わり、お前が持つ情報を俺に教えろ。つまりは奴らは何者で、お前がこいつら同様のレベルに至ったのか。俺は、それが知りたい。」
成程、これがこの男の目的か。確かに事件現場まで来るのは危うい。しかし、これ程の頭の回る奴がむざむざと自らを死地に追い込むことはないだろうし、貴重な情報を得たのだ。とりあえず私は「わかった」と答えると、南雲は話し始めた。
「まずは、ゴルヴァ…つまりは金色の正体を知りたいんだな?これはあくまで俺の推測だが、お前らが持つ銘の通り、コイツ自身の特徴を示してるんだろう。だが、それ以上に考えられるであろう事は、この男が金を潰し、無理矢理この生態系の上に立ったって事だ。言ってしまえば、旧世界の神と不運にも金の落し子となった銀が親を殺したんだろう。それと、お前…かの有名作家であるゲーテの書いた「ファウスト」と言う本を知ってるか?」
「…人並みには。」
中世にて、詩集・文学・化学等に精通した天才と呼ばれた作家――ゲーテ。それが残した「ファウスト」とは彼の有名な作品の1つであり、内容はこうだ。
医学、化学、倫理…全てに精通してしまった老いた老人、ファウストは己の人生をとてもつまらなく感じていて、ある日行った呪術で悪魔であるメフィストフェレスと『ある契約』を結び、ファウストは青年の姿へと戻り、人生をもう一度やり直し始めたのだ。そこで出会った女と恋に落ち、悪魔との契約で得た2度目の人生を納得したファウストは、契約通り自身の魂をメフィストフェレスに捧げる――と、言った話だ。ここまで、来れば何故南雲が先にあんな事を言ったのか…馬鹿でも理解できるだろう。
「つまり金はファウストとよろしく女と出会った訳だ。そこで産み落されたのが銀であったジルヴァ。成程、少し解釈は違うみたいだが、金は自分の息子がメフィストフェレス(悪魔)になるとは思ってもいなかっただろうな。」
「そう言う事だ。それじゃあ、約束通り今お前が知っている情報を話せ」
短く話を切り替えられたと同時に、私は今まで起こって来た事全てを南雲に話した。
シスターが亡くなった事によって、自分が犯人を捕まえると決意した事。しかしリゼを相手にしている最中、『あの男』と契約をし、聖遺物を扱う事で、魂の強化と聖遺物によって超人練成された犯人らの情報全て、一字一句丁寧に話した。
「…聖遺物、それがお前達の能力か。」
「ええ、だから聖遺物は魂とイコールであって、破壊されれば自分の身体や魂は灰となって消える。けれど、鈍い人間ならただそこまでの損傷はない。こういうのは私達の方が傷を受けやすいから…これでいいかしら?」
すると、南雲は思案顔で何かを考えている。すると、疑問に思ったのかまたこちら側に質問してきた。
「なぁ、さっきシスターがそのリゼって奴に殺されたって言ったよな?ちゃんと死体は見たのか?」
――え?
「なぁ、答えろよ。」
「もちろん…この目ではっきりと見たわ。」
何なのであろうこの感覚。背中には汗が伝い、心臓の鼓動はどんどん早くなっていく。まさか、こいつが今口に出そうとしている事は――…
「……リゼって奴に殺された可能性は低いだろうな。さっきお前の話で聞いた通り、犯人の持つ実力は倒すごとに増してるんだろ?それと俺も一度見たが、あの人一体いくつだ?」
「!」
そうだ、私はシスターの年齢は知らないし考えてみれば、彼女の身体は 見た目は私が小さい頃から変わっていなかった。
待って、待ってよ。何で貴方が知ったように納得してるのよ?これじゃあまるでシスターまでもが だと言う事だと
「ま、シスターを殺したのは誰かは解らないがこの事件については大体は解った。――追うぞ、方丈。この第5人目の犯人を。」
「馬鹿ッ…!貴方聖遺物も持っていないのに、そんな…ッ!」
「別に俺が望んでるのは奴と戦う事じゃない。この謎を解くためだ。その化け物連中との戦いはお前に任せるよ。」
「…なら、少し私の質問に答えて。貴方はどうして――……。」
「……大事な妹を、殺されてる。この連続殺人事件の第1人目の被害者だ。だから、俺は……正直言って、奴らが許せない。」
そう言って、歯を噛み締めて手を握りしめては震えている。そう、南雲もきっと犯人が恐ろしいのだろう。けれども何も持たずただただ、大事な人間を守るために死線を渡りながらここまで辿りついたのだ。悔しさに押しつぶされる南雲の手を取り、私は笑った。
「大丈夫。私は負けないし、貴方の妹さんや他の人の命を救うためにも頑張るから。」
すると、南雲は目を見開いて私と同じように笑って、手を強く握り返してきた。
「戦おう。今度は1人じゃなくて、2人で。」
そう言って、私達はホールを後にしてタワーの方まで向かって行った。

「……確かに、これ程の威力…その聖遺物を使わなきゃこんな真似はできないだろうな。」
「私もそう思ったわよ。けれど、どうしたらそんな渇望に陥るのよ?『全てを壊したい』なんて望みで造られていたら、今なんてタワーどころか、この街1つ破壊されてもおかしくない。」
「そうだな…。これも奴らの尻尾を掴むために調べたんだがな、千葉県に東京ディズニーランドってあるだろ?」
「ああ、あの上野に建てるはずだった、アミューズメントパーク?」
「そう。上野から千葉の浦安に移ったのは、上野の地盤があまりにも脆く、安定していなかった為、それより少し距離が離れていて、尚且つ少しでも強度のある浦安を選んだ。恐らく今回の犯人はここの土地一帯の地面の強度を把握している可能性がある。」
たったタワーに辿りついて数分だと言うのに、南雲はあっさりと謎を解きに掛かっている。そして、南雲はさらに私に質問を投げてくる。
「なぁ、方丈。お前の能力は確か炎だったよな?だとしたらどんな事ができる?」
私の横にいる南雲は思案顔で腕を組みながら、こちらへと視線を送ってくる。ならば、この私の渇望(トリック)を教えようじゃないか。
「それなら、今から実験でもしてみましょうか。危ないから数メートルは離れておいて。」
分かったと言い、私との距離を2~3メートル離した所で、私は魂の銘を呼んだ。
すると、満足したのか既に視線は私の剣ではなく、壊れたタワーを見ている。
「なるほど…その古代刀剣に炎を纏ってるのか。なら、普通の人間なら即死…か。じゃあ、もう一段階踏んでみろ。理屈で言えば渇望が焔ならお前自身も炎に練成は可能じゃないのか?」
「でも…あれは、本当に奥の手だし成功したのも奇跡的に近い……「そうじゃない」
どれだけ苦労するものなのか、と話していると南雲は真剣な顔で、言葉を発した。
「人体を炎へ練成するって事は、風が吹けば消える。それを逆手に取って考えろ。こう考えられないか?物質を透過できる、とな。もし、それに成功したらここまで酷く割れた地面の中にすんなりと入り込めるだろう。そこで何かが掴めるかもしれない」
そう言われてみればそうだ。折角警察や周りに人もいないのだ。やってみるとしたら今しかない。そうして私は目を閉じ、今までの戦闘を振り返る。日暮や、藤堂教授のような人達の心を照らす為にも――。
すると、私の体内で一気に炎は爆発的に甦り、私そのものを『炎』へと変ると割れた地面の中へと潜って行った。そして、そこに見えたのは大きな空洞――と、消え入りそうな匂い。
「火薬臭……?」
地下一帯に立ち込める火薬…否、もっとそれ以上大きい何か。南雲の先程言っていた言葉と繋げ――ようやく謎は解けた。
「地面の中はどうだったよ?何かヒントはあったか?」
「ええ、貴方がさっき話していたことをヒントにしたらあっという間に解けた。それで聞きたいんだけど、ここ一帯で……」
と、言った瞬間ホールの方で爆音が鳴り響く。
「まずい、あそこ…ホールの底は鉄筋とそこそこ硬い土が土台になるよう設計されている。」
「…なら、急いだほうがいいわね。」
そう言い、この状態を保ったまま私は再び南雲に手を差し伸ばした。
「おいおい、そんな炎纏ってるなら普通の人間なら即死じゃないのか?」
「言わなかった?聖遺物を持った者は、聖遺物を持った者にしか殺せないし、ただの鈍い人間が対象であるなら何の問題もないって。」
すると、彼はくすっと笑って
「じゃあ、信じるよ。」
そう言って、手を握り返した。炎の威力を最大限にして、地を蹴り返す。
「急ぐわよ!降り落されないようにしっかり捕まってなさい!!」
そして、同時刻。ホール内では、『何1つ』さえ残っていなかった。残っていたとしても人間が潰れた赤い斑点しかないのだが。そこに立っている男はただ静かにここへ向かってくるであろう敵を待っていた。このトリックは自分で考えたものではない。
自分に出来る事は、殺す事のみ。自分の銘は比類なく硬い石(アダマント)。故に自分は死なない。この石は絶対に砕けない。例え、銀の落し子であったとしても。
「見つけた、第5の犯人。」
「…そこの女、お前がジルヴァの落し子か。」
やはり、この間ニュースで映っていた男――こいつが犯人だったのか。今発した声も低く、左胸にはハーケンクロイツ、けれどもたった1つだけ信じられない事があった。
「ホルマリンの、匂い……?」
それだけじゃない、この男が纏っているのは死臭と腐臭。そして千を越える血の匂い。
「…方丈、こいつだ。あの7人の中で捕えられなかった1人。恐らくさっき見せた映像の大戦で命を落とした戦士の1人だろう。」
「察しがいいな、そこの男。俺は、ジルヴァに殺され、そのジルヴァにまた命を吹き込まれ4人目の刺客だったヴィクティウムが、俺に手を加え俺自身を完成させた。」
そう、淡々と感情もないままに語るこの男。すると南雲が、こちらを向くと私の状態を見て驚いた。
「おい、方丈…姿が元に戻ってるぞ…。」
「……狂ってる。」
狂ってる、狂ってる、狂ってる!!殺された本人に生き変えさせられ、他の人間にさらなる化け物へと練成していく。ジルヴァの持つ実力、目の前に立つこの死人の驚くほどの強さ。あの大惨事が脳の裏側でリールのように甦り、更には最初に戦ったリゼとの戦闘の恐怖と我妻先生、藤堂教授の能力――けれど、けれどこの『化け物』だけは――。
こ わ い
「うわぁあああああ!」
あまりの恐怖故にか、何事も考えられず斬り掛かりに行くが、裂けたのは、服だけ。
「……そこまで俺が怖いか?グラディウス。そうだ、お前に俺は殺せない。言え、このトリックの正体を。一応それだけは聞いておけとあの男は言ったからな。」
圧倒的な実力の違いと、掛けられた圧力と、もう嗅覚では突き止められない混ざった匂いに私は足を震わせる中、南雲が私の横をスッと通り、私の前へと出る。
「南雲ッ!!止しなさいッ!!!このままじゃ貴方が殺される!」
「さっきも言ったはずだぞ。別に俺が望んでるのはコイツと戦う事じゃない。この謎を解くためだ。お前は今は息を整えろ。その分の時間稼ぎと、トリックの説明は俺がしてやる。まぁ死人に俺の声が聞こえればの話だが。」
そう言うと、南雲は自分より圧倒的な強さを持つ男に声も足も手も震わす事なく、淡々と話していく。
「お前の左胸にあるハーケンクロイツ、言わばドイツ第三帝国の象徴を身につけてると言う事は、お前がドイツ人であったことは馬鹿でも分かる。だが、問題はここからだ。このトリックを考えたのはお前じゃなく、その身体を施した藤堂教授。トリックはこうだ。地面の脆い位置を把握した上で事前に空洞を作り、爆薬を仕込んでタイミングを合わせ地面を
叩き割っていた……。恐らく、この土地が脆いと教えたのは戦時中日本を訪れたハウスホーファーからの情報。方丈のさっきの一撃は確かに食らったら相当のダメージだろう。だからお前自身の聖遺物で叩き割る行為をしていたんだろ?違うか?」
「…ふん、正に完璧と言ってもいい。だが、俺は死なない。俺は砕けない。」
すると、ビキビキという音と共に魂の純度が上がって行く。恐らくこれは戦闘の合図であり、そして聖遺物の発動。今私の目の前に立っているのはただの人間である南雲。聖遺物を持っている私でさえ勝てないというのに、このままでは――。
「南雲ッ!いいから下がりなさい!!」
「人である内に言っておこう。俺は5番目の刺客…カイン=アダマント。」
銘を呼ぶと同時に、カインと言う男の聖遺物は一気に発動された。
「な、何だ…この姿……」
白い顔に開かれた瞳も白く、赤い線が涙であるかのように伝い、黒い鋼と、黒い大きな刃には枝分かれして更に細かい刃が走っている。正に何もかもを砕く殲滅兵器のような。
カインがその姿を見せた瞬間、私は一気に距離を詰め上から刃を振り下ろす。
「はぁあああああああああッ!!」
しかし、効果がないのかガキィッ、と音だけを残し、私は剣を一気に振るい出す。一点で狙っても破壊は恐らく不可能。砕けた岩や天井を上手く使いながら、多角攻撃と、正面での連撃に挑んだ。そう、この場で戦えるのは私だけ。怖いだなんて言っていては誰も救えんなんてしないのだから。
それに受け答えるかのように、カインも刃を走らせ私の剣筋を裁いて行く。こうしてまだ3分しか経っていないのに、交わした斬撃は恐らく50から100は軽く超えている。私が横薙ぎに刃を振るった瞬間、カインの姿が途中で消えてしまう。
「方丈!上だっ!」
南雲の助言で、剣の柄を利用し、上空へ攻め込もうとしたが甘かった。スピードに差が出た故か、ギリギリ剣で刃を受け止めるが、地面に叩きつけられる。
「がッ……!」
「コレ…デ、オワリダ…」
と言い、刃を振りかざした瞬間私は『死』を覚悟した。しかし、目の前…否、私の顔に降りかかったのは赤い、生温かい血液そのもの。
「大丈夫、か…?方丈……。」
「なぐ…も……?」
ねぇ、こんな所で何をしてるの?私は「下がれ」って言ったでしょう?犯人は聖遺物を使って人を殺しているって、さっき教えたばかりでしょう?頭の良い貴方がそんな事すぐ忘れるわけないでしょう?それに貴方は犯人達と戦うんじゃないんでしょう?人間である貴方達を守れるのは私しかいないというのに。
「時間稼ぎは…でき、た…か…?お前の実力は、そんなんじゃ…ない、だ…ろ…?」
「まさか…貴方……。」
――最初から死ぬつもりでいたの?
「シスター…や、他の大事な人…助けるん、だ ろ?……お前の、覚悟は…そんな、な、まはんか…なものじゃないだろ……?」
ごほっ、と吐血しながらも笑いながら話しかけてくる南雲。
「負けん、じゃ…ねーぞ…?負けたら…こ、の俺が許さない…か、ら――。」
そう小さく微笑むと、ぐしゃっと支えを失った南雲は私の胸の上にいる。
「やめて……」
『おい、方丈。お前今からどこに行くんだよ?』
「お願いだから、もう……ッ」
『警察や公安が用意してるモンなんてたかがしれてるしな。飲むだろ?』
「頼むから……。」
『――じゃあ、信じるよ。』
「もうこれ以上、大事な人を奪わせないでッ!!」
そう、慟哭したのと同時に、大爆発が起こる。
「そうよ。」
私は、炎。大事な人を守るため、もうこれ以上何も失わない為にも、願って。それに私は知っている。犯人達も絶対なる悪なんかではない事を。
「だから私は――」
こんな殺戮ゲームで歪んだ自分の友人、悲しい過去に見舞われた小さな少年、愛する人に愛されたいが為全てを捨てた女、全ての罪を清算したくて 碌に愛してやれないまま失くした大事な人に会う為だけに死を望んだ悲しい男。恐らく、このカインも残りの犯人もそんな些細な願いがあるのかもしれない。
だから、私はそんな人達を巻きこんで、多くの人間の命を無駄にして、こんなにも苦しんでいる人をただただ上から見て笑ってる貴方が許せないのよ。
そんなにも、何かを支配したいならどこかの小さな村の地主にでもなってなさいな。貴方なんか、そんな価値の人間でいい。
「負ける訳にはいかないのよ!!そこまでこのゲームをやりたいと言うなら――。」
「―――!」
炎の刃と銘を持つ少女が、慟哭したのと同時に、『彼』の心の中の時間が一瞬だけ止まった。
『もう止めて!!お兄ちゃんは私の英雄なんだから!これ以上お兄ちゃんを苛めるなら――』
「私が相手になってやる!!」
その瞬間だった、全身を炎と化した少女は比類なく硬い石へと全力の一撃を振りかざす。
「はぁあああああああああああッ!!!」
スピードなら、攻撃力なら勝っている。そのはずなのに、身体がどうしても動かない――否。動けなかった
「……Ich kann nicht verletzt werden」
そうして、そのささやかな願いと共に、砕ける事のなかった石は砕け落ちる。しかし、俺にとってはこれでよかったのだ。なぜなら今、はっきりと『1人の人間としての強い意志』を思いだす事ができたのだから。
殺された時から、この身体を造られた時から失くしていた自我と願いを自分の大事だった妹の言葉も届いたのだから。
「……カイン、貴方今…。」
ドイツ語なんて、さっぱり分からない。けれども私の脳内でははっきりと聞こえたんだ。
「……俺は、お前を…傷、つけなく……なかった……。」
さっき脳内ではっきりと聞こえた言葉…たった、それだけ言い残してカインは涙を流して、灰へと還った。無論、その涙は赤い涙じゃなく人間としての涙を。
私は、もう冷たくなった南雲の身体をカインの傍らに寄せて、少しだけ涙を流した。けれどもこれ以上泣いてばかりじゃいられない。こうして、救ってくれた人達の為にも。もう既に灰と化したカインに残ったハーケンクロイツをぎゅっと握りしめながら、私は呟いた。
「……主よ、どうか彼らに安息なる眠りを与え給え。」
時刻は12月23日 午後7時13分。幾百と2つの魂はここで安らかに眠った。

Ⅵ.Eine isolierte Sache

カツカツと、軍靴を鳴らし騎士は歩を進め丁度真上――天にいるであろう者に目線を送る。
「……今夜の分は、ここまでにしておいたぞ。ジルヴァ。」
ここは、橋の上。あの公園とタワーを繋ぐための重要個所は、今赤く染まっていた。粉々となっている死体や車、バイク、ガードレールなど全て、正確に測るとしたら恐らくその大きさは約3センチメートル。
あまりにも正確で、おぞましい程のこの実力。正にここに立つ騎士は、7人…否、約1名の『特別な存在』を抜きにした6人の中で最も最強な女で、重要な要でもある。すると、天で銀は嗤う。
「本当にお前は容赦がないな、飛影。私の見込みではアダマントが少しは役に立ってくれるかと思っていたいだが期待外れだ。」
と、どこか飽きた玩具を投げ出すような声で、騎士へと話しかける。
「……カインに関しては貴様のミスだ。ヴィクティウムもあれだけ労力を費やした。所詮、貴様の最高傑作は崩れたのだ。さてこれから先どうする?このまま私が任務を遂行していいのか?」
「聞くまでもない事だ。そもそも私が『こちら側』にいる間は、指揮を握るのはお前の任務でもある。ここで録華を出してもよいが壊すなよ?アレは私の――…」
「玩具、だろう…?馬鹿馬鹿しい話だ。私は貴様が何より大嫌いだよ。本当にその悪趣味は昔から変わらんな。」
「そう冷たい事を言うな、何…あの時幼かったお前をここまで仕立て上げたのは私だ。故に私はお前を信頼しているし、グラディウスと変わらない愛情を注いでいるのだが…。お気に召さぬようで?」
「気色悪い…元々私の親と兄を殺したのは貴様だろう?」
「それは私が、お前をとても優秀な人間だと見抜いていたからだよ。考えても見たまえ。代々伝わる鍛冶師の一族であるお前が、あの無能共にその能力を搾取されるのは最もお前が嫌う行為。違うかい?」
「…昔の話だ。するなら余所でやれ。いい加減邪魔だ。」
すると、くすくすと笑い声が漏れてくる。
「では、後の事はお前に任せるよ。『指揮官様』。全ては円環の終焉の為に…終焉の日…その時に果たしてお前がいる事を祈っているよ。」
そう言い残すと、周囲にあった物が、根こそぎ持って行かれたように消え失せた。
「…あの、化け物風情が。」
騎士は、たった1人残された橋の真ん中で想う。今は亡き父と母と兄の存在と、僅かながらも過ごしてきた何より温かかった時間。
父は剣を愛していた。とても立派な鍛冶師でもあって、いつもいつも打つ刀にはそれなりの情熱と愛情を込めていたのだ。
母は、そんな幼かった自分に父や優れた兄の話をしてくれたし、母も剣術として最も美しい技を持ち、影で父を支えている所が美しく思えた。
兄は高校生で、剣道部の主将であり、父の職業を継ぐ後継者。その剣筋は母に似ており、無駄もない。とてもとても強い人で、私の英雄でもある。
「……兄さん。」
あの日、銀と名乗る男が自分の大事な者を奪った光景を見た瞬間から、私は心が止まっている。
聖遺物を完璧に使いこなす為に、幾千の戦場を駆け巡り、敵を殺し、仲間を失っても泣く事はなく、ただ1つの願いを叶える。もし、自分が最強の剣士であるとあの3人が分かったら、褒めてくれるだろうか?それとも叱るだろうか?
どんなに考えても分からない。自分は騎士だ。あの時、家族が殺されたのも自分が弱かった故。責めるのは……自分自身だけでいい。
円環の終焉を迎えるためにも、自身の願いを叶えるためにも、もっともっと殺さなければならない。所詮、弱者は強者に負けるのだ。それが自然の摂理。故に騎士は――…。
「小細工は一切せん。来い、グラディウス。明日になれば、貴様との決着が着く。」
そう言うと、ピンッと指でタロットカードを弾きそれは鋭く地面に突き刺さった。

慌ただしい毎日の中で、毎朝毎晩昼の内でさえも連続殺人事件のニュースや特番は続く。
はっきり言って私の精神状態はもう崩壊寸前にあった。シスターの死から始まり、戦ってきたこの短い期間。
亡くなっていった犯人達への悲しみと、ジルヴァという男への対しての憤りと、そして先日のカインと南雲を失った悲しみ。一睡もする事ができず、自分の無力さに涙を流し、目を腫らしている中、ギィッと礼拝堂の扉が開いた。
こんな時期に一体誰が――と思って、礼拝堂に向かった矢先見覚えのある姿に驚いた。
「崇美さ、ん……?」
「すまんな、こんな慌ただしい時期に訪れて。」
といつものように表情と声音を一切変えることなく、話しかけてきた。その瞬間、自分の心に詰まっていた蟠りが一気に無くなって行く。何故なのだろう?この人と会うといつもこう、精神を同調させられるような――そんな感覚がした。とりあえず、目を逸らすことなく、私は崇美さんにここに来た理由を聞いてみた。
「崇美さん、どうして今時期にこんな時に…。仕事のほうはいいんですか?」
「それに関してだよ。昨日のホールとタワーの決壊によって警察はとうとう手を引いたのだよ。故にこれからは我々公安庁がこの事件を受け持つ事が確定したから、軽い気持ちで挨拶をしにきたのだ。」
「警察が……手を、引いた…?」
驚くも何もその前に、住民の命を守るのが大事である存在である警察がこの事件から手を引いた?
「…それで、崇美さんも派遣されるんですね?」
「そうだ。だが、私は死なんよ。まだ齢は20…君とそう変わらないだろうが、歩んできた場数が違う。」
なんて淡々と語る、崇美さんだけれど相手は後2人――しかもカインがあれだけの実力を持っていたとなると残りの2人は実力の桁が絶対に違う。それにもう、私はこの事件で大事な人を失いたくないと言うのに。
「嫌よ!崇美さんがどれだけの実力を持っていても、あんな化け物の相手をするなんて普通じゃないッ!!」
と、私が崇美さんの胸にしがみつき泣いていると、崇美さんはいつもの声音で小さく呟いた。
「なら、私の実力を見せてみようか?」
「え……?」
そう言われ、顔を見上げるとサーベルを握らせられ、崇美さんも私と距離を取っては自身のベルトに下げていたサーベルを抜く。しかし何で銃ではなくサーベルなのだろう?今…否、崇美さんの年齢で戦場で傭兵を務めていたとしても、それはこんな脆い代物ではなく、銃や手榴弾のはずなのに。
「…もしかして、崇美さんはこれ1つで戦場を……?」
「それは、今君が感じる耳と剣の感触で味わうといい。それでは――参る。」
と、言った瞬間一気に差を詰めてきて、刃と刃が交り合う。すると、私の横に黒い影が走った。それを鳩尾に食らうと、見苦しく転がりながら倒れる。この刀裁きと体術との組み合わせ…まるで最初から『人を殺す為だけ』のような戦法と威力。
これが、この人の戦場で身につけてきた絶対的な『力』――。すると、崇美さんは私が落したサーベルを拾い上げ、自身のサーベルも鞘に納める。
「……一応加減はしたがな。私が殺してきた人数は千は軽く超える。君も中々やるようだが、納得はいったか?」
「でも……」
確かにこの人は「加減をした」とも言ったし、経験の数は全くを以って違う。けれども聖遺物をこんなサーベルで壊せることなんて――と、思っていると、崇美さんがバッと後ろを向いた。
「崇美さん……?」
「…どうやら、犯人のご到着の様だ。それでは私はここで失礼するよ。何、私は死なんよ。外は危険だろうからここにいるといい。それじゃあな。」
「ちょっ…崇美さん!?」
と手を伸ばした時には、彼女の背中には届かなくてとりあえずあの人が言った事が本当なのか、テレビをつけてみたら画面一杯には惨劇と絶望で彩られていた。公園とタワーを繋ぐ橋に転がる人間の細切れ死体――その実況をしていたアナウンサーも死んでいるのか、テレビ局にいるキャスターが「応答してください!」と叫んでいる。
そして、その刹那――とてつもない事が発生した。何と、その画面越しにいるキャスター達の血飛沫で画面が見えなくなった。すると、あの時…藤堂教授の時に聞いた音声変性機の声だけが響く。
「全員傾注。今から公安庁内部をカメラを写す、チャンネルは6チャンネル。全ての部屋の監視カメラの映像を見てみるがいい。」
その声に従って、チャンネルを6チャンネルに回すと、犯人の言う通り、全て赤く染まっている。何なのであろう?こんなに短時間でこれほどの人数を殺した犯人は、この1人だけだろう。そして、その声は私の銘を呼んだ。
「…グラディウス。今度向かい合うのは私…第6人目の刺客、飛影。私はタワーと公園を繋ぐ橋にて貴様を迎え撃つ。全てはジルヴァの悲願故にだ。人命の心配は気にしなくていい。人避けはしておいた。」
「ローゲッ!!」
私は魂の奥から大灼熱の炎を疼かせると、自身を炎(ローゲ)と化し、橋へと向かって行った。失くした人達の為にもそして私は向かう前に藤堂教授の灰を己の身に呑んだ。本当に勝手な願いだけれでも、どうか勝利を願ってくれた最初の一人とどうかこの道を進んで行きたかったから。
そうして、橋へと向かっていった瞬間――私はその犯人の正体に、目を見開いた。
「たか、み…さん……?」
どうして?どうしてなの?貴女は公安庁の人間で、さっきまで人の命を救うと言っていたのに。悲しみなのか、驚愕なのか頭で感情が上手くコントロールできなくて、ただただ目の前に立つ人に叫んだ。
「どうして!?何で崇美さんみたいな人がこんな事を起こすの!?どうしてよ!!」
『――それは、彼女が孤高故だからだよ。』
混乱が続く頭に響く、この声……藤堂教授の声だ。すると藤堂教授は続きを話す。
『いいかい?良く聞きたまえグラディウス。私の灰を飲んだのは賢明な判断だった。だから少しだけ助言しよう。彼女は、我ら7人の中で最も最強の名を持つ騎士だ。けれども彼女の使うトリックは至って簡単。私の考えたトリックと比べてみれば造作もない。彼女の印(ルーン)は流動。大アルカナは隠者。ここまで説明すれば、君ならできるはずだ。ただ気をつけたまえ。飛影の戦闘能力はあのカインをも上回る。事実彼女は同族の我々を食わせ、カインの強化を高めた…それでも上なのだ。だが私は君が勝つと信じている。』
そう言い残すと、そこでタイムオーバーだったのか、藤堂教授の声は一切聞こえなくなった。
「藤堂教授…。」
すると、崇美さんは顔色1つ変えずに冷たく言い放った。
「なるほど、魂の数が合わんと思ったら貴様、ヴィクティウムの灰をその身に呑んだのか。だがしかし、奴の助言があったとしても私に勝てはせん。まだ、トリックさえ暴いてないというのにな…ジルヴァも随分と鈍い者といるものだ。さて、では始めようか。」
そう言うと、崇美さんは一呼吸息を吸うと、一言だけ呟いた。
「我が銘は飛影、又の名をミラージュ…。参れよ、ジルヴァの落し子。」
たった一言、それを名前を名乗っただけでここ一帯に圧力が掛かる。これほどの実力とさっきの教授が言っていた、銘と印(ルーン)が唯一の手掛かり。例え無謀でも、この戦いの中からトリックを掴むしかない!
「では、参ります。」
そう言うと、私も同じく一呼吸置いて、私は銘を叫んだ。吼えるように、この恐怖を拭うように。
「方丈緋真。銘はグラディウス・フランマエ。貴方達を倒す為にも容赦はしないッ!!」
「なるほど、ジルヴァとは正反対に中々の激情家だ。覚悟が決まったのなら来い。このままトリックを暴き、私を屈服させてみろ。」
というと、自身の限界を越え、一気に距離を詰めては、剣を振りかざす。が、ガキィッンという金属音が響くだけで、攻撃を止められる。これが、最強と謳われる騎士…けれど、ここで身を引くわけにはいかない。
「お、おおおおおおおおおおおッ!!!」
剣をガキッ、と軌道を変えては火花が散り、そのまま何度も何度も様々の角度から攻撃をするが、金属音と火花が散るだけで何も状況は転化しない。もう既に交わした剣戟の数は100以上を越え、私自身に疲労感が襲ったその瞬間、見えない『何か』に裂かれながら腹部に回し蹴りを食らう。
「がはッ…!」
すると、宙に浮いたまま私の襟首を掴み、背負い投げを食らう。その完璧な連携技に私の身体はごろごろと転がり、透過能力も一気に消えてしまう。しかし、これでトリックは気付いた。
「…成程、よく応用能力が効くな。私にあれだけの太刀数を食らわせた人間はカインぐらいだったぞ。それに、その瞳…どうやらこのトリックにも確信がついたのだろう。言ってみろ」
そのまま私はよろよろと立ち上がり、血を吐きだしながらトリックを話し始める。
「藤堂教授は言いました…。貴女の印(ルーン)は流動、そして大アルカナは隠者。けれど貴女は既に聖遺物を発動させている…けれども『違う』。隠者のように神速の抜刀術と神速の納刀術…そして銘である蜃気楼、血飛沫を浴びないのも、自身が置く場所と、
戦う場所を振り分けている。それにそれだけではなく、その速さでは血飛沫すら浴びない…。違いますか?」
ようやく辿りついた答えを暴けば、崇美さんはいつもとは『違う』雰囲気で、言葉を返した。
「その通りだ、よし…ならばそこまで来たのならもはや神速の抜刀能力などという小細工はせん。褒美だ、私の聖遺物を見せてやる。」

「――姿を現せ、宗光。」

静かな声に呼応したのは蜃気楼のように揺れ、崇美さんの左手に日本刀が現れた。
「これは…備前宗光……?」
こればっかりは驚かせざるを得なかった。何故なら、備前宗光とは日本刀の中でも名物中の名物。そんな現在でも重要に保管されている代物が魂の渇望(聖遺物)だなんてどうかしてる。
「私の家系は代々700年前から続く鍛冶の一族。ちなみにこの宗光を打ったのも我が一族の人間だ。では、続きと行くぞ。」
と言った瞬間、先程よりスピードは上がり、剣戟も的確で速すぎる。その速さに追いつけない私はただただ防ぐ程度しかできない。ならば先程藤堂教授が言っていた通り、この人の身を焼くしか方法はない。その瞬間、私は鍔迫り合いに負けたのを利用し、彼女の腹部を蹴って、距離を置くと一気に体内の炎を最大限までに引き起こした。
「はぁあああああああああああああッ!!!」
透過は成功、速さもあれだけのダメージを受けておきながらも問題などなく、一気に距離を詰め剣を横薙ぎにした瞬間、トンッと、最大の一撃を柄で受け止められた。それでも、崇美さんの表情は変わらず、淡々とした口調で述べた。
「正に良い一撃。しかし…しかしだ、この程度では宗光は軽く弾いてしまうぞ。」
そう言った瞬間、いつ距離を詰めたのか分からない崇美さんは、その端正な顔に不気味な笑みを浮かべると共に、私の中で嫌な気配が一気に増す。
「覚悟に実力、申し分無し。まぁカインを倒しただけの事はある。だが――」
まさか……。
「踏んで来た場数が違うのだ、まぁせいぜい褒めるとしたら私に宗光を出させた事だな。」
上から、振りかざした私の剣(ローゲ)からピキッと不吉な音が鳴り響き――
「だが、私の勝ちだ。ジルヴァの落し子。」
たった一振り、一気に横薙ぎで叩きつけられると共に、赤い剣は  折れた
「あっ……」
剣が折れると共に、私はその場で膝をつくが、まだ残っている剣で、身体を支えているが、崇美さんは1歩1歩、こちらへと歩を進めてくる。
もう、聖遺物は半分に折られ、戦える術も武器もない。そして私に確定する『死』の瞬間。震えは止まらず、傷も癒えず、心臓の鼓動や血液の流れなんてとうに止まりかけている。あと、この首が切り落とされてしまえば…私は――……。
負けたくない、負けるわけにはいかない。大事な人をこれ以上失くさない為にも、今まで戦ってきたあの人達の魂全てを背負って、円環の終焉に辿りつかなければならないというのに。
怖い
『どうやらお別れのようだ、グラディウス。これは私の完全なる敗北だ。せめて、君がこの先勝利を収める事を私は祈るよ。』
藤堂教授
『負けん、じゃ…ねーぞ…?負けたら…こ、の俺が許さない…か、ら――。』
南雲
『……俺は、お前を…傷、つけなく……なかった……。』
カイン
『ほら、起きなさい。』
私は、潰えた希望を神に祈るかのように、震えた左手でロザリオを握りしめて、涙声で『ある人』の名を呼んだ。
「……ター…。」
嫌だよ、私はまだ死にたくないよ。まだ戦わないといけないの。だからせめて――お願いッ!!
『――緋真、貴女はこんな所で負ける子なんかじゃないでしょ?』
一瞬、聞こえたその声に私は喉が裂けんかのように、その声の主の名前を呼ぶ。
「シスタ―――ッ!」
そう叫んだ瞬間、ドゴォッと大きな音と共に地面が抉れる
「な……ッ!!」
『私は亡くした仲間の為に、自ら狂うと決めてこうなったの。だから、この重い意思を継ぎなさい』
突然の2人目の攻撃に驚く、崇美さんの喉を目掛けて私はローゲを再び持ち崇美さんへの元へと全力で地を蹴っては黒き渦と共に再び振り下ろす。
「はぁああああああああああッ――!!」
「このッ…貴様ぁあああああああああッ――!!」
互いの声が響く中再び剣は交わり、押し合いとなった瞬間に崇美さんは表情を変えては小さく唄を呟く
「摩天楼独人卬座(まてんろうどくじんそうざ)……」
「え?」
バキバキと崇美さんの腕が軋み、血管が浮き出ては更に音が響き深緑色だったはずの瞳が青に変化したその瞬間だった。
「我に血肉を捧げよ!宗光ッ!!」
ガキィンッと音が鳴り響き、たった一振りで私はまた床を転がっては地面に這いつくばされる中、黒い影はカツカツと確実にこちらへと向かってくる最中
また死への瞬間をはっきりと感じた。

Ⅶ.Bloodteller

「ふん、所詮はこの程度か。」
腹に受けた銃弾を払い血反吐を吐き、廃墟と化した中で私は足を進める
依頼はフランス政府からであり、ゲリラ戦を仕掛けてきたアフガニスタンの部隊の殲滅が今回の任務であった。
ギィ、と扉を開けノックをすれば依頼主である長官は振り返っては結果はどうであったかと言う表情に淡々と報告を告げる。
「只今、戦車三台及びに40名のゲリラを殲滅してまいりました。」
「おお、流石はミス・タカミ!我々でも数週間かかったと言うのに、貴方はたった数時間でこれだけの成果を成していただけるとは……正に貴方はこの国を救った英雄だ!」
英雄、私はそんなものではなかった。
あれはもう何年も前の事だったか、幼き頃に突然私は全てを失った。辺りに響くのは悲鳴と剣戟の音のみの中、兄の叫び声が聞こえる。
「早苗!!お前はいいから逃げるんだ!それまで俺がこの場を食い止めて見せる!!早く行け!!」
父は真っ2つに裂かれ、母は内臓を貫かれる中、兄さんだけが男の相手をしているのだ。相手はたった1人の男で、上級者とも言えよう母を3分と経たずに殺し、兄さんは既に剣を合わせ20合は軽く合わせていた。
恐怖に怯え、震える中とうとう兄さんは左腕を失い、首を刎ねられ男がこちらに近づいてくる。全身黒を纏ったその姿に私は自身の死を感じた中で、男はピタリと止まっては赤く染まった手を差し出す。
「君が崇美早苗だね?」
声がでない――…そんな中で男は嗤う
「備前宗光の正統後継者、か。どうやら君の両親と兄はその血を継いでいないようだ。」
「びぜん…むね、みつ?」
昔、テレビを見ていたときに兄さんが言った名刀の名は700年前から代々続く「崇美」の一族が打った代物。けれども何故私がその後継者なのかが分からない。この状況に追い付かない中、男はくすっと笑っては「いいだろう」と呟く。
「私は君の両親と兄を殺した。なら、君は私をどう思う?」
どう思う?そんなのは簡単だ 母も兄さんも殺されてしまったのだから、私など数秒で八つ裂きにされる。すると俯く私は精一杯喉から声を振り絞った。
「分かんないよ」
「罪悪感」
「え?」
「君は今とても後悔をしているのではないのかな?『自分に力があれば両親も兄も救えた』と」
そうだ
そうだ!そうだ!そうだ!!
私がもっと強ければ……この男を殺せれば救えた。自分は備前宗光の後継者なのだとしたら出来る、そう――……
「私以外の人間なんてみんな死んじゃえばいい」
「よろしい、ならば君にその力と銘を与えよう。『飛影』正に揺らめく蜃気楼の様に」
雨が降る9月の頃、丁度私の誕生日であった日に、私は力を手に入れて、名を捨て、人を捨てた。
6つの頃の事から私は6番目の騎士としてカウントされ、すぐ様男から戦いのノウハウを教わる事になるのだが、男に言わせれば自身はサラブレッド。
剣技で教える事は何一つなく、男は私にたった1つの事を教える事になる。
日本から遠きフランスの樹海の中で、男は剣を構えれば一瞬で気がコーヒーゼリーの様に砕けた様子に目を見開けば剣をしまっては私へと成すべき事を伝えた。
「今、私は剣を抜きそして納めた。言わば神速の抜刀術と納刀術の両方をこなしたのだ、これなら攻め手でも防御にでも自由自在に使える。さて、どうする?飛影」
最強という頂点へ昇りつめる、その為に
「やる」
それ以来から私はずっとその樹海で、その技を会得しようと鍛錬する日々。けれども男は消え去り、知らぬ土地の地形も知らず、ただただ剣を振り続けては5日後にはとうとう剣も握れぬ程掌には豆が潰れ血に染まっている上に、空腹と脱水症状で意識を失う中誰かの影が見えた瞬間、あの男の名を呟いた。
「ジル…ヴァ」
ふと目が覚めた時、私は覚えのない天井を見て、どこなのか把握できていない中でひょっこりと同い年程の少女の顔が映った。
「ようやく目が覚めたんだね、よかった。」
と言ってはテーブルにフルーツとパンを「よいしょ」と言っては私も「ここは?」と言えば少女は笑う
「あそこはね、ちょっと登るのは厳しいけれど上に行くと水やいろんな果物が育ってるの。その帰り道にあなたを見つけたんだけれど、あんな所で何をしてたの?」
「……ちょっと、練習してたの。けれど何で君はこんな所で1人で…」
すると、少女は苦笑してはポツポツと私への問いを答えていく。
「ここ最近、戦争が酷いの……お父さんが死んで、お母さんはどっかに行っちゃった。だから今は離れたこの場所で1人で住んでるの」
「戦争?」
外部と連絡がとれなさそうなこの場所にいると言う事はそれだけ戦火が広がり、到底生きてはいけないのだろうと悟ると同時に私は自分の生きる意味を伝えた。
「戦争なら、私が失くしてあげるよ。」
そう 私が最強であるならば生き残れるのは私1人……けれどそう言った瞬間に彼女はぱぁあっと顔色を明るくさせては私へと抱きつく。
「ホント!?ホントに戦争を失くしてくれるの!?」
「うん、武器は『ある』。」
「武器?」
きょとんと目を丸くさせては、「ちょっと離れてて」と言い、息を吸い全身に血を巡らせては謳う。
「摩天楼独人卬座――…いでよ、宗光。……これで、戦争が終わるよ。」
俯くのは今度は彼女の番だった
確かに武器と言ったら手榴弾や、銃、戦車を連想する中でたったこんな剣1本で何ができるのかと落胆した様子を見て私は、机にあった林檎を投げては一瞬で粉々に裂けば、また彼女の顔色が変わる。
「本当はもっと速いんだ。けれど、まだ出来ないからあの場所で訓練してたんだ。」
「すごい!これなら銃弾…ううん!手榴弾も怖くない!!」
宗光をしまい、とある事に気づき、「ねぇ」と声をかければ「なーに?」と振り返っては彼女は明るい笑みを絶やさない中で私は小声で問いかけた。
「助けてくれたのは嬉しいんだけれど、私がいたら邪魔かな?」
そんな問いかけに笑みを崩さないまま
「ううん!むしろいてくれる方が嬉しいよ!私はルイ。あなたはなんて言うの?」
ああ、なんて不思議なのだろう。何故か失った笑みをつられ笑い一言
「飛影」
ルイと過ごしている間は、私が人として失ったものを取り戻してくれた。歪んだあの日に言った言葉ではなく、純粋な気持ちとして私は本気で戦争を失くしてみせようとも思う。
朝は薪を割って、昼は食料を取りに出かけては夕方までルイは私の練習を見て、夜には何気ない会話で話しては同じベットで寝て過ごす日々。そんな安らかな日々が続いて3週間経った頃か、いつもの様に樹海にいる中で大爆発の音が聞こえ、小屋へと戻ればそこは既に赤い景色であって、小屋は燃え、鉄製の物やレンガは悉く奪われ、その場にいたのは3人の兵士。後を追ってきたルイは目を見開き泣いている。戦争では常識の範疇で鉄は弾丸を作るために使われ、レンガは少しでも溝に嵌めておく為に狙われやすい。
ルイの泣き声の所為か遠目ではあるが、兵士の視線がこちらへと向かった瞬間に装備を見た瞬間にガルルッという音が響き、右腕に弾丸が3発当たると、ルイは「ヒエイ!」と叫ぶが「来るな!」と制止し、ルイの側まで下がれば、ルイは私の腕を掴む。
「もう家の事はいいから!!このままはヒエイが死んじゃうよ!!」
――私が、死ぬ?
今ここで死んだらどうなる?今までしてきた事が全て無駄であり、ここで唯一出来た友を見捨てるわけにはいかないのだ。
その瞬間、「きゃあ!」と言う小さな叫びに振り向けば伏兵。私なら戦えるが、ルイにそんな事が出来るはずもなく、前方から投げられた手榴弾を剣の軌道で変え、相手に叩き伏せ伏兵へと刃を向けた時だった。
自分の足元に広がるのは赤 バラバラになった兵士の死体と肉片に変わり果てたルイの姿。
「ル、イ……?」
コロコロと青い眼玉が足元に転がり、嘘だと、これが嘘だと思うが、もう彼女の明るい声は聞こえない。
『すごい!これなら銃弾…ううん!手榴弾も怖くない!!』
「……そうだ」
ジルヴァはあの時私を6番目の騎士と言っていた上に、こうして人を殺す…ましてやこの戦争の光景を見てようやく私は自分自身の存在を知る。仲間など綺麗事であり、裏を返せばただの駒。
「私以外の人間は、死ね。」
赤い光景の中最後に残ったのは私1人であり、肉片となったルイの目玉を口へと放り込む。美味いはずがない、むしろ不味い方が人間の味覚としては正常。僅かばかりの人間としての生活を送る事が出来たことの感謝と唯一の友である彼女の一部を飲み込んでしまえばもう寂しくはないのだと自分に言い聞かせて、私は17の頃から戦場へと赴く事となる。あれ以来土地を転々とし、自身の戦争の経験と語学を得るために13から4年。
どこの軍属にも属さず、誰の力も借りずに生きてきた中で幼い頃、友の命と引き換えに得た技と精神同調能力。これは私の自我がほぼないために、ついてきたオマケの様なものでしかなく既に全員が揃った時には自身の割り振りの時間設定さえ可能とし、誰もが私を恐れた。
下手をすればジルヴァと同等に残酷で成すべき事なら何があっても躊躇わない事から、生物兵器であるカインさえ私を化け物と呼んだ。
戦場へ出た時には長い髪を捨て、殺戮ゲームの指示を出す中街は未だクリスマスを楽しむ姿を見ている途中で、偶然仕事を「終えた」日暮と遭遇した事がある。
「終えた」というのは隠語であり、しかしロジックには親がいるはず。自身の家と正反対の道を歩く中で、有名なコーヒーショップを指射した。
「あそこの商品とても美味しいんです。実はタダ券もらちゃったので、よければ飛影さんもどうですか?」
その一言にまだ人間だった時の事を思い出す
誕生日などに私はプレゼントは強請らなかったが、母の作ったケーキが好きでそれがプレゼントの様な物で季節が季節。ホームシックを覚えながら、誘いに乗り苺のショートケーキを選んだ私を珍しそうに見ていた。
「珍しいですね、飛影さんが甘い物を食べるなんて。」
奴は幼いながらにして、ヴィクティウムの次に頭が回る人間だった。聖遺物は違うと言えどどうやら私の意図に気付いたのか声を漏らす
「もしかして……飛影さん。ソレ、選んだのって……。」
「特に意味はない」
涼しい顔をして答えるがロジックはどこか様子がおかしかった
事件発生からもう12件か入った頃、そろそろグラディウスと決着がつくのは明日と見込んだ日は公安での仕事を夜通しで進め、朝拠点であるタワーマンションへと足を運んだ時にヴィクティウムが何気なく「おはよう」と声をかける中で、私が横を通り過ぎる瞬間に再び口を開く
「朝食はまだだろう?用意してあるから食べてみてはどうかな?」
「貴様が作ったのか?」
「いいや?」と答え、テーブルの上にある盆の下にあるのは白い紙で、「飛影さんへ」と綴られている。
この中で私を唯一そう呼ぶのは奴だけであり、紙に目を通しては、彼が用意した質素な朝食をゆっくりと噛みしめる。恐らく予想では夕暮れ時、紙に綴られている事を確かめる……その為に足を運んだが、正に奴の言ったとおりだった。
「何せ相手はジルヴァの血を引く相手ですから、もしかしたら僕は死んでしまうのかもしれません。」
踵を返し、クロウカシスが去れば私はもう一度あの紙を取り出しては目を通す。最後に綴られていた追記
「僕は一人っ子ですから、ずっとおねえちゃんが欲しくて駄々を捏ねた事があったんです。だから、もし僕が生きていたなら、その時1度でいい。飛影さんを『お姉さん』と呼んでもいいですか?」
「……馬鹿者が」

腕が蝕まれる
ただ宗光を動かす程度ならこんな嘔は既に必要のない実力は得ている。グラディウスと戦い始めた時、宗光の発動…つまり目に映らないのは5%程度しか出していないのだ。
しかし私は許せない
昔、宗光の話を聞いた際に日本刀は銃で折れるのかという物で、あっけなく折れた瞬間を見て兄さんは「こりゃ駄目だ」と溜息を吐いた事に私は反論する。
「だってあの刀を打った人は有名なんでしょ?だったら……」
「そうじゃない。ほら、よく時代劇とかで『御免』って言うだろ?あれは人の命を奪うからこその礼儀、しかも今のは仕手がいない。どんな刀でも気組みさえあれば十分戦えるんだ」
兄さんが残した正論
奴は未だ未熟すぎるのだ、仕手として。だからこそ私は宗光と共にあり、今はこうして自身の肉体を宗光に食わせ、私が生ける刀となる。
心臓を鷲掴みにされた痛みは酷いが、どうでもいいのだ。
「なぁ」
宗光よ、聞いてくれ。お前は私の腕だ 私はお前の腕だ だからこそ死しても側にいてくれるか?血を越えた地の果てまで
僅かな肯定を受け取り、私は一歩一歩、愚か者へと近づいてゆく
死人は絶対に還らないのだ それこそが戦場を歩んできた唯一の真実
「己が死ぬ事を受け入れず、奇跡を求めているなど笑止千万。貴様など、騎士なる資格などどこにもないのだッ!!!」
自身の腕を振り上げたその瞬間、地面から黒く鋭い触手が私の喉を突きさした。
身体が崩れてゆく中で気付いたのは、かの代替が女にしか備わっておらず、魂の見える事がほぼ不可能な子宮にその存在を隠していたのだ。
「が、はッ……。」
まさか、まさか私がこんな所で死ぬとは思わなかった。まさか、こんなにも幼い少女に。
全ての手は打ったし、自分の実力も確信していた。何故なら私はこの宗光1本のみで幾つもの戦場を駆け巡り、己の存在意義と死に場所を追い求めていたのだから。ジルヴァの下では最古参で、最強とまで謳われたこの私。
「…しかし、そうだったな……。」
昔ジルヴァから聞いた『罪悪感』
非力な自分の所為で家族を失い、力を得た時には友を失くした。けれど、あの少女は騎士ではなく大事な者の魂を背負って、故に彼らを信じ、私に勝ってみせたのだ。
本当の、強さをこんな所で知るだなんて思いにもよらなかった。そして、とうとう私の身体は崩れる…そう思った時、誰かが『抱きしめてくれた』。
ジルヴァが、私の家族を奪ってからずっとずっとこうだった。本当の自分を失くしてしまっていた。この14年間ずっと。
「……兄さん、怒ってる?」
私がずっと追いかけてきた背中。あの時、守れなかったのはとても悔しくて悔しくて堪らなかった。私は今まで、あの時家族が殺されたのも自分が弱かったからと言ったけど本当はそうじゃない。
『早苗!!お前はいいから逃げるんだ!それまで俺がこの場を食い止めて見せる!!早く行け!!』
あの時、兄さんが庇ってくれたけど、本当はあの時私も一緒に戦うべきだったんだ。大事な人を守るためにも。例え弱くたって良かったんだ。あそこで、あの銀に頭を垂れた時点で私の負け。
そして人生で唯一の過ち、千を越えた人間の魂を無差別に奪って行った事。こんな泥臭い暴力なんか、剣術じゃない。ただの、殺人マシン。
『――早苗』
ああ、もう。この人ったら、私…いっぱいいっぱい罪を重ねてきたのに。
「……笑って許すなんて、ずるい…よ。に いさ…ん……。」
私は願っていた。
どうかこの屍と血と死体が積み上げられた道の最果てには必ず、ようやく1人でいられると
だから、ならいっそ『賭け』をしてみようじゃないか。ヴィクティウムのように、上手くいくかどうか分からないけれど。
これが少女の道を照らすモノであると 私は信じたい。
そして、私はこの時だけこの少女への礼として本来の自分、『崇美早苗』として知っている全てを話そう。
「方丈さ、ん…円環の終焉は……ジルヴァの目的、そのもの…だから、私達は駒として使われた…私が死んだ今…ゴルヴァが動き出す。それが、最期……。」
私も託してみるとしよう。このローゲに。
「また、一緒に…遊ぼうね……兄さん……。」
最強と謳われた騎士は、最後のヒントと幼い言葉をたった1つ残して、まるで子供が安心して眠るかのような表情(かお)で、自身の『死に場所』を得て、この世から消えた。

Ⅷ.Geld und Silber

「…ジルヴァ、聞こえる?」
丁度、日付が変わり12月24日となった頃。幼い声が、暗い闇につつまれた遠い橋の上で響く。
綺麗なソプラノがかった声と、金色の髪と翡翠色の瞳。しかし話す言葉は酷く短絡的で、抑揚がない。自我がないのか、それとも言葉を知らないだけなのか。どちらにせよ天で今の様子を見ていた銀はくすくすと笑う。
「ああ、聞こえているともさ。お前の美しい声は幾ら離れていても聞こえるよ。」
「…それは、僕等が同じだからでしょ?それと、死んだよ。アイツ。」
そうここはタワーと公園を繋ぐ橋とは言っても、ものすごく距離が長い。だというのにこんな暗闇の中で、しかも橋の入口で真ん中で戦っていたあの2人の姿を的確に捕えている。
だが何故だろう?倒されたあの騎士は腐っても幾つもの戦場を乗り越えてきた。そんな人間がこんな子供の気配に気づかないと言う事はないはずだ。
「飛影が、か……。何、あれはヴィクティウムが私に行った反逆行為だ。それとも偶然、マリア様でも降りてきたのではないのかね?」
なんて、何が面白いのか道化のようにケタケタと笑う銀。それを無視するかのように金色の少年は口を開く。
「24日、早くしないと。あれ、殺してこようか?」
「そうしてくれるとありがたい、丁度頃合いだ。お前の能力を駆使すれば、彼女を上手く扱えるだろうし、何より私を失望させやしない。さぁ、行っておいで。…金の申し子、録華。」
「わかった」
その一言を残すと、少年はひたひたと歩いてゆく。そして天から見上げる銀は小さな声で悪魔のように囁いた。
「お前を美しく散らせたうえで、『円環の終焉』へと彼女らを導こう。さぁ上手く廻れ。『私の歯車』」

「はぁッ…はぁ……。」
息が上がる。
崇美さんとの戦闘を終えて、まだ10分程経ったと言う所か。けれど、あの時シスターが残してくれたこの能力と、藤堂教授や、皆の想いがなければ確実に負けていた。しかも私の聖遺物は半分消え去っている。つまり、後半分の命しか残っていないのだ。時間がない。
しかし、これから犯人を探すにせよ、もう少し体調を整えなければ戦えない。
そんな時だった。声が聞こえたのは。
「次の相手…探さなくていいよ。グラディウス。」
と、暗闇の中から現れたのは、小さな少年。日暮は確か14歳程であったが、この目の前に立つ少年はそれよりもっと幼い。が、その身に纏う空気は『何かが違う』。
カインの時のような違和感ではない。もっと長く時間を生き長らえているかのような――……。
「ねぇ、君。僕を…殺せる?」
抑揚のない声と、どこかの銅像かのように表情が変わらぬこの少年。私の銘を知っているのだから、恐らくこの少年が最後の…7人目の刺客。だが、何故だ?刺客と言っても、今、崇美さんと戦い終えたばかりな上で、他のどこかで殺人が行ったわけでもない。
「…貴方が、7人目の刺客だって事は予測できる。でも貴方は――… 「そうじゃないよ」
私の言葉を遮って、少年は言葉を続けた。
「そうじゃ…ない。7人目の刺客である唯一手を下すのは…。君1人」
そう言うと『何か』を感じると共に、私は急いで距離を置く。
何だ?この気は?確かこの気配は…そうだ、私はこの気配を知っている。
「eins…。」
そう唱えると、少年の周りに鎖が出現する。そう、あのリゼが使っていた聖遺物。
すると自動的になのか、鎖は一気に私へと向けられるが、一度学習した事。避けて叩き切ればそれでいい事――…するとまた突然、ドクンという音と共に何かが発動される。
「zwei」
バキバキという音が鳴り、橋から黒い影が出現してくる。まずリゼの聖遺物を叩き切ろうとしたが、この影は全てを呑み込むつもりなのか、私は迷わず橋の丁度下にある海に飛び込むという選択肢を取った。
けれども、少年は私を私を追撃するかのように海へと潜って来た。
「drei」
その瞬間、突然現れた大鎖鎌は私の腹部の肉を削り落し、鎖分銅でそのまま奥へと沈める。まずい、このままでは我妻が使った十中の二の舞ではないか。とりあえず、今握っているローゲに自身の足元へと爆発させ、その分残った重さを落とそうとするが、届かない分は日暮の影を台にし、地面へと着地。
「くそッ…!厄介なヤツだ!!」
とりあえず私も多少のダメージは食らったが、これまでならまだまだ戦える。ローゲの柄を使い、斬りかかった瞬間、私の動きが突然止まる。
「無駄。僕は 死なないよ。」
恐らくこの能力は、藤堂教授の聖遺物。脳波や心理だけではなく人の行動さえ操れるのだから、こんな事が出来てもおかしくない。だが、何故だ?何故こんなにも本人らが使っていた聖遺物の破壊力を増している?聖遺物は所有者の魂の渇望。
本人らが強く願えば願うほど、その強度は増す。なのに何故…本家本元をこの少年が越えている?
すると、藤堂教授の聖遺物の効力で私の心境を読んだのか、少年は口を開いた。
「何言ってるの?君。その武器達は全部僕とジルヴァが本家本元。」
「な……ッ!!」
私はその言動に驚く。
本家本元?だとしたら、この少年とジルヴァによって、彼らの聖遺物は造られたという事になるとでも言うのか?だとしたら、私の聖遺物も、こいつらが本家本元となる。
その身動き一つできぬまま、ビキビキと魂の純度が上がり、少年の姿は比類なく硬い石(アダマント)へと変貌を遂げ、走る刃に鯰斬りにされた。
「が…ッ、ぐぷ……!」
まずい、いくつかの内臓を今の一撃で完全に持って行かれた。このパターンで考えると恐らく次の能力を使うのは――あの人しか当てはまらない。
「sechs」
そう呟くと、神速の刃を左手に埋め込んだ少年は、私に止めを刺すかのように心臓を狙ってくる。だが、こちらにも勝算はあるのだ。
「ローゲ!!」
とだけ叫び、魂を一気に削りながら完全なる炎への透過へと成功し、神速の刃から逃れ、橋に、ぎぎっと足をつけながら無理矢理着地する。胃に溜まりきった血を吐きだし、少年を睨めつけながら、私はフッと笑い、今度はこちらから攻撃を仕掛ける。しかし、向こうは本家本元。上手く挑発しなければ、そこで私もデットエンドだ。
「これで全員分の能力を使いきったのでしょう?無駄だよ、奴らと戦ってきてパターンはもう既に読めているし、いくら本家本元ででも、奴らとは違って上手く使えないんじゃないの?おチビちゃん。」
「…解ってないのは君の方。」
「何?」
「僕は生贄(サクリファイス)。金の歯車。だから絶対に壊れないし、本気を出せば君が倒した奴らを生き変えさせる事も可能。これが僕の能力。でも、そんなに遊びたいなら遊ぼう?」
すると、私の体内で炎がくすぶり、灼熱を生み出すと、向こうも炎と化していた。
「これは命の奪い合い。だから、これで君のローゲ(魂)が残っていたら君の勝ち。それで燃え尽きたら僕の勝ち。」
「くっ…!」
何が挑発だ、かなりこれではこちらの大損だ。崇美さんから受けたダメージもまだ癒えてもいないし、先程のカインと我妻先生での攻撃で受けた傷も塞がらずに血が流れ続けている。このままでは魂どころか、肉体のほうが先につきてしまうではないか。すると、サクリファイスと名乗った少年は、炎を交すたびに一言一言浴びさせてくる。
「人殺し、人殺し、ひとごろし、ひとごろし、ヒトゴロシ、ヒトゴロシ。」
抑揚もなく、感情もなくただただ無機物であるような少年のその呪いのような言葉に私は頭に血を登らせたのか、自身で気付かぬままにサクリファイスに向かって、言葉を返してやった。
「何が人殺しだッ!!!人殺しなのは貴方達のほうでしょう!?」
「分からないの?こんな簡単な答え。君は僕等を人殺しだというけれど、そんな人間であった僕等を戦って殺した君も人殺しでしょ?」
一瞬、その言葉で私の心は凍った。
いいや、私は人殺しなんかじゃない。シスターの仇を取りたくて、それで日常を捨てて、ここまで戦って――他の人間じゃ、殺されてしまう。ならば私が救わないと――……。
「そう言って正義ぶって楽しい?」
正義ぶってるわけじゃない。これは救出だ。私と彼らの命を天秤にかけて、無理矢理作らされたこの殺戮ゲームを止める為だけに――。
「そんなコトしてて、君は生きるのが楽しい?血を見るのが楽しい?刃で切れる肉の感触は心地いい?」
だ、駄目だ……この人間と話していると このままじゃ……私が……。
「もう1度聞くよ?生きてて楽しい?」
「あ…ッ、がッ……!」
やめろ!やめろやめろやめろやめろ―――――!!!!!
「う、がぁあああっ――――!!!」
と、橋の上で響くこの絶叫に紛れ、炎から本来の姿に戻し、地に足をついた金の申し子は上を見上げ、天に座す銀に話しかける。
「ジルヴァ。ちょっと遊んだだけで、すぐ壊れたよ。」
その幼い声と共に、私の身体は魂の制御を失ってはみっともなく倒れた。
すると、天から響いた声はどこかおどけた様子で、サクリファイスに言葉を投げかける。
「ふむ…。そうか。確かにお前の能力を駆使してくれたお陰で私も中々面白いモノを見させてもらったよ。さぁ、録華。最期の力で私自身を満足させておくれ。」
「わかった」
そう短く、且つ無感情に、右手をビキビキとカインの黒い刃に変えては私の心臓を目掛けて降り下ろそうとしたその瞬間だった。
「違う、『そうじゃないだろう?』録華。」
「え……?」
掠るように、微かに聞こえたその困惑と疑問に満ちた声に、銀はパチンッと指を鳴らすと、録華の全身が赤く染まる。
「誰がこうしろと言った?理解しろ。たかが生贄(サクリファイス)が。私の玩具であり、たかが歯車であるお前がそこまでする義理はないと言う事さ。」
その言葉を聞いた瞬間、今まで無感情で銅像のようであったこの小さな少年は声を恐怖で振るわせ、絶叫した。
「あ゛…ああああああああああああああ――ッ!!!!」
木霊する悲痛の叫びに、銀は大声で笑いながら手を叩いている。正に悪魔のように。
「ははっ、ははははははははは!!!面白い!!!そう、これだ!!!これこそこの世の残酷劇(グランギニョル)!!『円環の終焉』を飾るのにはとても美しい出来ではないか!!」
それと対象に、金の歯車は全身から溢れだす血に、溺れ、もがこうとするが出血は治まらず、ただただ痛みだけが増して行き、この空間にとてつもない重力が掛かる。
「痛いッ!!!痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いッ――!!こ、この『銀』の分際で――ッ!!!!」
とうとう歯車は狂い始め、ビキビキと自身の魂の純度を増しては、死んだはずの犯人らの変わり果てた姿と全ての聖遺物を発動させ、怒りを天に居座る銀へと放つが、「ふん」という短い答えと、たった1つの詠唱のみ謳う。
「Pie Jesu Domine, dona eis requiem. Amen. (慈悲深き者よ 今永遠の死を与える エィメン )」
すると、犯人らの姿と聖遺物は一瞬にして、砕け、サクリファイスを中心にして赤い魔法陣のようなものが出現し、金色の少年は、圧倒的な実力差に悔しさと憎しみを銀へと向ける。
「この……ッ!!化け物風情がぁああああああああああああ――ッ!!」
「さぁ、生贄(サクリファイス)よ。今こそ『円環の終焉』の為に歯車を回せ!!その名の通り、ヨハネの黙示録の如く、その血を以って赤い華を開き、散るがいい!!」
そう言うと、金色の歯車は回り始め、少年の姿は消え失せたと共に、この世の終わりが天(そら)が降って来た。
地にへばりついたまま、私は顔を見上げるとそこには『誰かに似ている』存在が立っている。
漆黒の長い髪とまるで旅をしてきた人間の様、そして私の瞳と正反対の深淵のような蒼い瞳。銀(ジルヴァ)と名乗るが故に姿も白銀に染まるのかと思えば、正反対の姿。
「さて、もう長い間寂しい思いをさせてしまったね。グラディスウス」
そう言いながら、すっ と私に手を差し伸ばして。

「私の、大切な妹よ。」

――妹?私がこの男の…?確かに私と比べてみたら鏡に映ったように似すぎているだろう。
その瞬間、私の前をまるで庇うかの様に黒い渦が落ちればあり得ない事態が起こった。
すると、銀は口角を上げては嗤う。
「やはり、生きていたのだな。シスター=メーシュ・アルセウム。否、元第三帝国陸軍。魔のダズ・ライヒの大隊長でありながら英雄と名付けられた女騎士…レイラ・フォン・アルセウム。」
暗闇の中で靡いたプラチナブロンドとブルーグレーの瞳。しかし、身に纏っていたのは『主』に仕える正装(修道服)ではなくて、漆黒で彩られた軍服と、左腕にある赤い紋章。
――第三帝国において最強と讃えられた英雄…レイラ・フォン・アルセウムだった。
役者は、揃った。
「さぁ、そろそろ終焉(おわり)を始めようか。」
こうして、私は最も神に近い存在――ジルヴァ=グレーの元に辿りついた。全ては真実を掴む為に。

Ⅸ.Kleinigkeit und die Vergangenheit

「シス、ター…?」
この謎だけ残された空間で、私は失ってしまったはずの彼女の名を呼んだ。すると、シスターはいつもの優しい微笑みで私に手を差し伸べた。
「ここまで、よく1人で戦ってきたわね。立てる?」
「え、あ…うん。」
そう言って、手を握り返すと確かに人の体温の温かみがあった。すると、真剣な顔つきで、ジルヴァへと視線を移した。これはシスターとしてではなく、騎士としての視線で。
「説明ならば、私がしてあげる。いいわよね?ジルヴァ。貴方もまだ不完全で戦える状態じゃない。違う?」
あれだけの事を行っておきながら、まだこの男は不完全で戦えない状態――?何故、そんなことが言いきれるのだろうか?すると、ジルヴァはくすっ と笑うと、一言だけ返した。
「ああ、いいともさ。それに『円環の終焉』の鍵を握るのはお前ではなく、グラディウスなのだからね。まずは、改めて自己紹介といこうか。私の名はジルヴァ。ジルヴァ=グレーであり、方丈深白。銘はオーディーン。私こそが、この世を統べる『白銀』」
「方丈…深白……。」
そう小さく呟くと、シスターはようやく口を開き始めた。
「そう。この男が貴女の正真証明の兄であり、この事件一連を起こした人間。戦争を終え、半世紀…こいつはずっとこの殺戮ゲームの準備をしていたのよ。無理矢理、『神』の座を奪った上でね。」
「人聞きの悪いような言い方は止してくれよ、レイラ。元は、彼女もこのゲームに誘ったのだがね。どうやら私はその求愛を断られたのだよ。あー、違うか。私に挑もうとしていたのだったね。その『円環の終焉』を迎える為に必要となった我が血脈を引く妹の代わりに。」
「え……?」
だから、シスターはこうやって姿と名前を変えて守ってきてくれたんだ。それに「私に挑もうとしていた」という事は、あの託された能力はシスターの聖遺物で、だからそれ故に姿も変わらず、この半世紀も生きてきたという事も納得できる。
じゃあ、シスターを殺したのは――…まさか……。
「ジルヴァ…まさか、貴方がシスターを…!」
「ああ、そうとも。私の駒達が動き出した事に彼女は焦ったと言っていたよ。無論、お前を守るその為だけにな。だから私が直々に手を下し、マレフィカラムが殺したように見せかけた。そのお陰でこうして『円環の終焉』を、今迎えようとしている。」
「貴方は……!」
この男が、リゼを。
日暮を、我妻先生を、藤堂教授を、カインを、南雲を、崇美さんを――……!
「……も」
「何かな?もう少し大きな声で言っておくれグラディウス。ここからじゃ、まるで聞こえないよ。」
私の『異変』に気付いたのか、シスターは声を上げた。
「止しなさい!緋真!!」
「よくも、貴方の勝手で私の大事な人を殺したなッ!!!!」
そう叫ぶと、自分の魂を一気に削って自身の炎(ローゲ)を最大限まで引き出した上に、折れた剣でジルヴァの首を狙おうとするが、ピタリとたった中指1本で攻撃を止められた上、再び地に這いつくばされた。
「つまらんな」
壊れた玩具を見るような目で、私を身下げると、再び白銀の王は笑みを崩さないまま、言い放った。
「さて、時は満ちた。ここで、ゲームを終わりにしよう。その為に我が楽園に招待しようじゃないか。我が愛する妹と、かつて信頼していた友よ。だが、それだけでは少し、興が削げるな。」
と言って、シスターの方へと視線を移すと、シスターの腕がビキビキと音を立ててはカインと同じ刃へと変性する。
「もう、分かるな?ルールは簡単。何、口で言うより実戦の方が早いかな。」
本家本元の聖遺物の威力は増し、ビキビキと音を立てていく。
「殺れ」
「――ッ!!」
その一言で、私は気付いた。あの男――ジルヴァは今、シスターの魂を乗っ取ろうとしているのだ。そして、開戦の合図――私の持ち物は折れた赤い剣と、もはや4分の1しか残っていないだろう魂。それにシスターはあの戦争で英雄とまで祟られた人間なのだ。まともに勝負をしたら確実に負けるし、私はこの手で大事な人を傷つけたくない。
ぎゅっ、と涙が零れそうになる瞳と欠けた剣を握っていると、ドンッと戦車が動いたかのような爆発音と共にジルヴァの足元が欠ける。
「え…?」
するとシスターは、自分自身の精神力で立ち上がっては、再び黒き閃光を取り戻している。
「…要はアナタは私に『緋真の心臓を刺せ』と言ったんでしょう?けれど勝手にそんな事はさせないわ。それにこの子は強い。今まで経験を積んでここまできたんだから、「つまらん」の一言で殺させるつもりは毛頭ない。」
「く、くくっ…、流石は大隊長様。ならば、小細工は無しだ。今度こそ我が楽園へ招待しよう。」
そう言うと、共に地鳴りが響き、押しつぶされそうな感覚に陥る中でシスターは叫んだ。
「逃げなさい!緋真!!ここは私が食い止めて見せるから!!早くッ!!」
――逃げる?ここまで命を削り、たくさんの人を犠牲にしてきた。だから私が今すべき優先事項は、『コレ』しかない。
でも、何故だろう?最初は怖かった。けれど人とすれ違う度に、戦う度に、他人を理解して。確かにカインや崇美さんを目の前にしたときはとてもとても怖かった。でも、どうしてか私は『笑っていた』。
這いつくばっていた身体を起こし、歩を進めて、シスターと並ぶと再び剣を握り直した。
「前に言ったよね?シスター。『折角お小遣いをあげてるのに、友達と遊ばないの?』って。あの時はシスターが心配だったから、せめて無力でも傍にいようと思ったのに。」
そう言って苦笑した時のシスターの顔は今もはっきりと、覚えている。すると、シスターはくすっ と笑って。
「ええ、その通りだわ。でも”今”も、あの時と全く変わっていない。お互い様よ。準備はいい?」
その言葉に強く頷いて、目の前にいる敵を見据える。それと、銀は謳う。自らの楽園を呼び起こす詠唱(うた)を。
「砕け散れ」

そして、私達の戦いは二文化された。
「…ここは……。」
私が目を開くとそこは真っ白な世界が広がっていた。無論、目の前に立ちふさがるのは我が兄――白銀の王。
「さて、グラディウス。目を覚ました所で悪いのだが、1つ謎を解いておくれ。」
「謎……?」
「ああ、今まで戦ってきた駒達も、お前に謎(トリック)を与えただろう?見事それを解き、『円環の終焉』を見せておくれ。」
そう、不敵に笑うジルヴァに私は答えた。戦うという姿勢を見せながら。
「必ず解いてみせる。これで、貴方の造り上げたこのゲームごと破壊して見せる。」
すると、不気味な笑みでもなく、ただただ大事な者…愛しい者に向けるような笑みで、私の宣戦布告を答えた。
「よろしい、いい子だ。」
ここは、とてつもなく暗い。だが、どうやらジルヴァは私ではなく、緋真を選んだ。恐らく、あの『願い』を叶えるためにも。
だとすると、ここにはやはり片割れがいるようだ。
こいつは謎を出してこないだろう。恐らくこれは、緋真とジルヴァの戦いを邪魔させない為――言わば、ただの時間稼ぎ。
私は今、自身の魂を呼び起こしてここにいる。戦うとしたら、この身全てを捧げるしか方法はない。きっとあの子は、また悲しむだろうけれども、所詮1度死んだ身――。
「1度死んだ者同士、仲良くしましょうか。録華」
ビキビキと聖遺物の発動を始めては自分の聖遺物の名を言う
「……アビス」
生か死か――……さぁ能力(ちから)を見せろ歯車。
「君は、必ず殺してあげる。」
これが私の――メーシュ・アルセウム…否、レイラ・フォン・アルセウムとしての最期の闘いだ。
腕を分割化させ、そのまま内臓へと刺し込み更に分割化させるが、これだけでは歯車は壊れない。不死の魂を持つ化け物。ならばその動きを狂わせてやる。
録華もビキビキと、自身の魂の純度を上げ、全力で掛かってきた。そう、あの時ジルヴァに向けた犯人らの全員蘇生と全聖遺物の発動。しかし、あの歯車はただの傍観者。私が相手にするのはこの同族達。懐かしい匂いがする。
硝煙の臭いと血の匂い、屍が積まれる光景。――なら、全力を掛けて見せよう。
「…一気に来るがいい。この餓鬼共が。一片残らず殺しつくしてやる。覚悟のある奴だけ来るのみだ」
軍人としての誇りであり、亡くした同胞の為にも。

「隊長、只今中尉の方より連絡。制圧に成功したそうです」
「なら捕縛に入れ、生き残った奴全員だ。」
「了解です」と言われると同時に葉巻を取り出し、紫煙を漂わせる中で、軍靴の音が鳴り振り返れば友の姿。
「たったあの時間で制圧とは流石だな、騎士の出身でもなくAHGで主席をとり、今では髑髏の大隊長か。」
「……ラインハルトか、今の話を聞いたならば貴様も働け。ゲシュタポの首切り役人……私はいいが貴様は警戒しろ死にたくなければな」
彼は中流家庭で育ったにも関わらず、秀才で今では2度と逃れぬ煉獄(ゲシュタポ)の実の長。
子もいれば妻もいる…だからこそ私としては死んで欲しくはなかったのだが、暫く経ち彼は暗殺されたのだと知り、この国はベルリンは最早地獄の様な光景。
虎も鷲も英雄もおらず、赤軍の侵攻で焼けたこの景色の中、私は指揮を取る。しかし、それは何も変わらず。
「大変です隊長!既に第2隊まで壊滅、残るのはこの本軍のみで武器の数すら足りません。」
「パンツァーファウストは?」
「もう、既に……。」
最悪の状況下の中で私は立ちあがり、サーベルを腰に下げる様子に「た、隊長!」と止めが入るが状況が状況ならば私が戦うしかない中で叫ぶ。
「シュマイザーは前に出ろ!そこから我々が反撃する、着いて来れるものだけ着いて来い!!」
けれどもう、この国は堕ち大半の人間が捕縛されて行く。あれだけいた同胞がもういやしない中、私も捕縛されるのかと思った瞬間に影が佇んでいる。
確かこの男は戦争などとは縁はない、ハウスフォファーと言う男。一時期同盟国であった日本にいたと聞いていた上に初めて会った時にこんな事を言われたのを覚えている
「君は、この千年続くとされている第三帝国をどう思う?」
たった一言に紫煙を吐き一言
「…この国は、もうすぐ堕ちる。幾ら砂漠の虎や、かの優秀な鷹が、戦ったとしてもそこまでだ。恐らく、この戦争は我々ドイツ軍の敗退により、戦勝国である奴らが、諸手を上げ、私達を『悪役』に仕立て上げる。そんなのは馬鹿でも分かるさ。」
それが現実となったその日に再び彼は私の傍へと足を運ばせる
「…お前の言った通りだったね。この国は堕ちた…。全てお前の計算と一致している。」
ふんっ、と短く答えては私は更に足してゆく。この赤く染まった空を見上げながら
「ああ、無論私もそう思ったさ。私もあの男達に頭を垂れるのは、とても屈辱的だったよ。死んだ我が友…ハイドリヒも同じ考えであったであろう。しかし、『今のこの結果』の全ては貴様が造り出したのだろう?なら、あの時答えた言葉は叶ったであろう。なのに何故それでも尚、貴様は私に纏わりつく?」
これが始まりであり、レイラ・フォン・アルセイムが死んだ。
捕縛されると思っていたその日に私は国を離れ、日本へと足を運ぶがそこも、どこを行っても戦争が止むことなく、人間でなくなった私は小さな子を抱えてはもう半世紀を生き続ける。
戦争に於いて重要なのは、指揮をし、如何に効率よく相手を殺せるかと言うのが重要点であり、あのベルリン陥落の時も私は何も持たず、ただのサーベル1本で戦場を駆け抜ける。怖くなどない、死んだ同胞と友の為に強き意思を持ち生き続けゲームが始まるその時まで、似つかわしくない聖女として生きていくも何も変わらない。
『守りたい』――だからこそ、私はゲームの始まりと同時に半世紀も前に見た男とこの場所で対峙する。あの少女にそんな危険な目を遭わせる気など毛頭もなく、ギィと教会の扉が開く。
「あら、緋真。何か忘れ物でも……」
振り返ったその先には、黒き漆黒の髪とあの子とよく似た悪魔の姿が。
「久しいね、レイラ。かの私の落とし子はよく成長したようだね…。」
なんて言いながら、笑いだす男に私は聖女ではなく、騎士のであった頃のような視線で見据える。
「今更、何の用だ?半世紀も前に動き出したこのゲーム…。貴様はまだ完全な状態ではないはずだ。」
そう、この男が完全となったその時こそ、この世は終焉を迎える。旧世界を排除し、変わり果てた神の姿。
「…先程の、私の『落とし子』は、ここまで成長したものか。奴隷共もついに動き出した今…これこそ『円環の終焉』の始まり。」
くくく、と不気味に笑いながらユラリ、と揺れて行く――まさか、このままでは!!
「待てッ!!ジルヴァ!!貴様、緋真に何をするつもりだ!?」
「無論、彼女はこのゲームの鍵…奴隷共への唯一の刺客であり、私の合わせ鏡。故に私はこうして『不完全』でしかない」
「貴様…ッ!!」
半世紀も前に置いて来たはずの怒りがここで一気にこみ上げてくる。その様子を見て悪魔は嗤いながら、呟いた。
「はは…っ、どうする?レイラ。ここで私と命の駆け引きでもしようか…?」
「…貴様は、聖遺物を持たせた時に言っただろう。『お前は私の代替だ』、と。」
「然り、故にこうして彼女を預けているのだよ。」
どうする?ここで私は身を引くのか…?否、断じて否。亡くした同胞と仲間とあの子(緋真)だけは
「…なら、聞け。緋真が…貴様の妹の安全を私が確認をしたのならば、この街のタワーと橋を繋ぐ洞窟にて、貴様を迎え撃つ。返答は?」
私が死んだあの日に代替とされた私にとってこれは救出だ。
目の前にいる変わり果てた神(友)と未だ幼い彼女への。すると、ジルヴァは嗤い、一言を言い残しては消えて行った。
「…承諾した。」
「……馬鹿な、男。」
自分の本当の渇望(願い)も知らずに、ただただ彷徨い続ける…あっちの方がファウストだ。けれども本当は、きっと私さえも…
そうして、『時』がやってきた。
聞きなれたこの声、もう17年も見てきたこの子の姿に私は作り笑いをした。何故なら、もう時間はないのだ。事件は既に4件は越えている…ここで食い止めなくては、この子が――
そう、私一人でも大丈夫。亡くした友と部下、全ての想いを背負って私は前に進んで行く。それしか道はないのだから。なんて、言葉に笑っている小さな『宝物』の姿に吐いた1つの嘘。
ねぇ、もし私がこの笑顔を2度と見れなくなったとしても、どうか泣かないで。どうかこの苦しみと殺戮に巻き込まれないで。全ては、私が終わらせるから
エンディングは午後9時…私はメーシュ・アルセイムという名を捨てて再び漆黒の軍服を纏い、紫煙を立ち込める。『レイラ・フォン・アルセイム』 髑髏の大隊長と呼ばれたその姿で。
そして、狂う事なく『時』が来た。
「その紫煙…懐かしいな、先程の聖女らしき姿はどうした?メーシュ・アルセイム。」
「ふん」
一言、返してやると口にしていた葉巻を踏み潰しジルヴァの方へと視線を移した。
「何が聖女だよ、『ジルヴァ=グレー』の代替であるこの私が」
だからこそ私は歯車を対峙し、再び同じ事を呟く
「…一気に来るがいい。この餓鬼共が。一片残らず殺しつくしてやる。覚悟のある奴だけ来るのみだ」

ⅩⅠ.Das Ende von Bereitschaft

ビキビキと音を立て聖遺物の発動をさせた瞬間にまず一人、緋真の親友であった殺戮魔がこちらへと鎖を向けた瞬間に指を別れさせらまま鎖全体を片手で粉砕するが、本命は黒き影であり、ここまではシナリオ通り。
呑みこんだのを知って女が鎌を振り上げたと同時に影から触手を分裂させては一気に避けると共に少女は「なッ…!」と声を漏らすが少女を目掛け黒き渦で破壊し、背後から狙う鎌さえガキィンッ、と音を立てては叩き伏せると同時に武器破壊。
「ア、アナタ…一体……」
「私の渇望は救出の為の重き意思、戦車であろうが何であろうが私を殺せる奴はジルヴァのみ。……さて貴様にも死んで貰うぞ」
瞬間、背に何かが当たればそこにはもう1人の死神の姿。
「聖遺物の本家本元は僕とジルヴァ……分かる?けれど背を完全に砕いたのに、まだ生きてるんだ。君何者?」
「…髑髏の大隊長だよ、歯車。まずは貴様を……」
歯車を狙い、落としたはずの渦が私の方へと落ちると共に涼しい顔をした男の姿。確か奴は緋真の体内に入っていた人間であると同時に、一気に地面が割れ、腹に重い打撃を受けると共に内臓が潰れては見ればカインの姿であり、タンッと腕のみカインへ変成した歯車は
私の喉を狙うが、間一髪で全身の分裂と共に、着地すると共に「アビスッ!」と叫んでは、各箇所に渦を落とすが限界が近い。今の私の状態は聖遺物の発動と、この身へと分けている。
今まで倒したのは3人のみで、残るのは厄介な歯車と殺戮兵器、信号と最強の騎士。なら次に狙うべき相手は奴のみで、騎士と歯車がこちらへと向かう。
「この馬鹿者が」
「馬鹿は貴様らだ」
ガキィンッ、と剣を合わせる姿を見て、トンッと足を浮かばせ、厄介であろう信号を持つ男の各部分に渡る神経を貫き、痛みを与え聖遺物の無効化に成功すれば男は笑い呟く。
「流石だ…彼女の体内にいた事を利用してこうする、か……」
次の手合わせは最強である騎士で、幾ら戦場を駆けた私より実力は上であり、一瞬で右腕を持っていっては神速の剣を左腕のみで相手にするが違和感を感じた。
あの時、歯車が持っていたのは日本刀であるが彼女が握っているのはただのサーベル。
「貴様、まさか聖遺物を……!」
すると、ふっと笑っては剣戟を止めぬまま。確かに腕は私より上と言えど、あの時の私の様にこの女はなると言うのか?
「いいのか?ジルヴァにこれが知れても」
「構わんよ、私は別に奴を恐れる必要などない。彼女が諦める事はないのであれば、私は最強。生ける刀として生きているのだから」
「成程…得心が言ったよ」
たった一言呟いた時に、私はあの日の事を思い出す。代替として、彼女を守る為に自分がした事を。

エンディングを迎えたその時間に随分と懐かしい葉巻を潰しては振り返る。
「…来い、この代替が貴様を迎え撃つ。」
と同時にその場でドン、ドンッと渦を落としてゆくが何せ『不完全』であれど、この男の能力は私がよく知っている。からこそ足りないのは百も承知
威力で足りぬなら、渦と戦車すらも貫くこの触手での多角攻撃でさえしなければこの男に一撃も与える事は出来ないのだ。『神』に座する白銀の王――奴の聖遺物が出てくる前に片をつけなければ、こちらの敗北が決定されてしまう。
ジルヴァも重力と私の強固された腕を裁いて行く。この場所に響くのはコンクリートが砕け散る音と、見えず聞こえぬ剣戟音のみ。
「はははっ!!素晴らしい、素晴らしいよレイラ。私の見込みは間違いではなかった!だが…甘いぞ。」
笑いの後に下がった声のトーンに私は、距離を置いた。ビキッ、と響く微かな音に私は軍人として戦場を駆けてきたこの身には先が見えてしまった。
「どうした?私はまだ『姿』すら見えていないぞ?」
「…ッ」
自身の戦車すら砕くこの身の背中と両腕全てをジルヴァへと向けると共に閃光が走る。
「"堕ちろ"」
「が…ッ!!」
姿さえも見えぬ奴の聖遺物。しかし、微かに発動した今、私の頭上から神の裁きが落ちると共に私の姿は偽名であったはずのメーシュ・アルセイムの姿へと戻ってゆく。
「ああ…」
ハイドリヒ、ルーデル、亡くした私の多くの部下達…そして、緋真とジルヴァ。
神に祈っても勝利など掴めないと知っていた私達が生きてきた世界。あの赤き空と、朽ちた国を…せめて、ほんの少しでも
「…お前、達を、救い…たかっ…た…。」
これは『救出』。だけれども結果として誰1人として救えぬまま私は消えるのか?この男に魂を引き渡すのか?――否、断じてそうなるものか。
せめて、この魂はあの子の傍に。私がいつまでも守って行けるように。
「違いは…ない、だ ろ…?」
そう、間違ってはいない。間違っていないと証明し、事実にしていかなければいけないのだ。
「…馬鹿、者が…。」
最後に向けたジルヴァと、私への言葉。渇望(願い)さえ知らぬ男と、結果を誤った自分。代替であるなら…彼女を守りたいのなら、私自身が戦場へ立つべきであったのに。
どうか赦してほしい、私の大事な人達よ。故に、私は選択肢を選んだ。
円環の終焉……その日が来る時まで、と。騎士の頭を裂けば歯車は何故?という困惑の表情に満ち溢れては口を開く
「ねぇ、何で君はそこまでするの?」
事実上、緋真の勝利を願う男は自身の聖遺物を発動しては、カインの心臓を止め残るのは歯車1人きり。恐らくジルヴァの生贄として生成された彼には理解不能な事。
「守ると決めたのだ、もう60年も前に。だからこそ、私は死してもここにいる!!」
残ったカインの刃で攻撃を防ぐ中で歯車はギリッと歯を噛みしめては思う。自分を殺せるのはジルヴァたった1人きり、分からぬ感情に吠えるしか選択肢のない、ただの生贄。
「僕を殺せるのはジルヴァのみだッ!できるのならば殺してみろ!!」
「元よりそのつもりだ」
ごめんね、緋真。こんな私で けれど私は後悔なんてしていやしないから
最後の最後まで守れた……救えたのなら、それでいい。
ドガガガッ、と何もかも砕く触手と重き渦は彼の心臓を突き刺しては「あ」と声を漏らし、地に落ちて逝く。
「きっと、次に産まれた時は……」
人として残す言葉も言えないまま、第三帝国の英雄であるレイラ・フォン・アルセイムは雪の様にその命を散らしていった。

ⅩⅠ.Das Porträt eines Mannes

真っ白なこの空間。
ここにいるのは炎の意志を持つ少女とこの世を統べる白銀の王のみであり、互いに同じ血を引く兄妹同士。白銀の王は相変わらず笑みを浮かべながら、自身の足元に倒れている少女を見下げて
一方、少女の方は脳内で何が起きているのか解らなかった。目の前に立つ男は聖遺物など出してもいなければ、自分自身が切り裂かれるこのザマ。それでも、少女は負けまいと再び立ち上がる。
「大したモノだよ、グラディウス。もうとっくに魂が消え入りそうなのに、この私に挑もうとするその視線。いい瞳(め)だ。」
「く……ッ」
――何故だ?
私が今まで体験してきた中で、1つだけ見えてきたものがある。それは聖遺物の発動する瞬間。リゼや日暮、我妻先生の時は全くを以って感じられなかったが、藤堂教授との戦い…否、あの人の灰を飲んだ時からか。それ以降、どう発動するかどうかが読めてきた。
けれども、ジルヴァは未だ聖遺物を発動していない。魂の大きさが桁違いなのは、一目見たときから理解していた。だが、何故発動してこない?
南雲が見せたあの時の映像と、あの日見た能力。けれどもシスターはまだこの男は『完全ではない』と言っていた。
「がぁあああああああッ!!!」
そう叫び、折れた赤い剣1つで、『神の座』に居座る男へもう何百になるか分からない攻撃を仕掛けるが、左手1本で受け止められてしまう。
「まだ抵抗する…か、だがそのままだとお前自身の魂が消えてしまうぞ?」
「黙れッ!」
血反吐を吐き捨てながら、また剣を再び握り返す。
すると、握り返したはずの私の剣は、ジルヴァの手に渡っていた。
「な…ッ、貴方は何て真似を…!」
焦燥感、動揺、目の前に押し寄せてくる絶望の波の中で、赤い剣を持ったジルヴァは、笑顔を崩さない。
「何、この私からしてみればそう難しい事はしていない。それにグラディウス、君も疲れただろうし、少しだけ話そうか。この半世紀…お前と離れてから積りに積もる話がたくさんあるからね。そうだな…まず、レイラがどうなったか話してみようか。」
そうだ、シスターは何処へ消えたのであろう?けれどもあの人の事だ。この男の術でどこかに隔離されている可能性が高い。するとジルヴァは顔色1つ変えずに、淡々と話し始めた。
「彼女の魂は、消えた。録華の相手をしていてね。しかし、録華に全力を出させどうやら勝利を収めたらしい。何、彼女の事だ。録華をお前の前に出させぬよう、全力でそれを阻止した上で、こうしてここに二人でいる訳だ。」
「あの男は、貴方が踏み潰したんじゃ……」
「ああ、潰したともさ。しかしあれは生贄(サクリファイス)、何度でも呼び起こせる。だが、私としては残念な事にあれの魂はレイラに抱擁され、確実に叩き潰された。ここまできたら2度と蘇生などできないからね。さて…ここからが本題だ。」
本題?一体、この男が話すのかと思っていたら、カツカツと足音を鳴らし、その瞬間ジルヴァと私の距離はゼロになった。
一瞬唇に感じた温かい感触に目を閉じる事さえ忘れた。すると、その白く細い手で私の頬を撫でる。
「今日は、何月何日か――分かるかい?グラディウス。」
甘美で、まるで甘露のような美しい声は、私の耳を支配しては、私の意志なんかじゃないのに操られたかの如く、口が開いた。
「12月…けれども、崇美さんと戦った所から時間は把握していない。」
すると、頬を緩め、フッと笑うとそのまま言葉を紡いだ。
「――12月25日…言ってしまえば、お前の誕生日だ。グラディウス。私は、お前が産まれた時、この長い人生と時の中で初めて『嬉しい』と言う感情を覚えた。」
「どうして……?」
どうしてだろう?長い人生と時間の中?そして何故か先程シスターが言っていた言葉を思い出す。
『そう。この男が貴女の正真証明の兄であり、この事件一連を起こした人間。戦争を終え、半世紀…こいつはずっとこの殺戮ゲームの準備をしていたのよ。無理矢理、『神』の座を奪った上でね。』
――神?ならば、この人は、自分の兄は―――…。そう、思った瞬間、身体がぐらりと倒れそうになるが、私の身体をジルヴァがそっと抱きしめた。
「少し、疲れたのだね?ならば私が子守唄を歌ってやろう。少し眠るといいさ。愛い我が妹よ。」
そう言葉が聞こえた瞬間、私の視界は暗転し、意識はそのまま深い底へと堕ちていった
チョコレートの原材料は、カカオマス、砂糖、ココアバター、粉乳などを混ぜて作られる。
誰だって、幼い頃工場見学などで一度は訪れたことなないのだろうか?しかし、子供達はそれを『魔法』と呼んだ。
会社による完璧な施設と製造装置――純粋無垢で、まだ現実を理解できずにいる無知な子供から見てみれば、そうなのかもしれない。
しかし、本当に『魔法』と呼べるものはこの世に存在せず、現実的に置き換えてしまえば、その魔法は一種の呪いであるかのように。機械も、命も、時も動いていく。如何にどんな方法であれと。

これは、ある男の肖像――『魔法』と甘ったるいモノ(呪い)に支配された男の物語。
瞳を開けたその時には何もなかった。
男は、自分は人間であると信じていた。父も母もいると信じていた。けれども、自分の『親』は自分の前に姿を現わせない。
「…どうして?」
それが、男の産まれたときに初めて口にした言葉。
だが、ここである『違和感』に気付かないであろうか?
この男はまだ産まれたばかりであって、親も姿を見せず、言葉すら学習していないというのに言葉を発せたのだ。
すると、男は腹を抱え突然膝をつく。腹と言っても、細かく言えば臍だ。そして男は初めて感じたこの痛みにようやく気付いた。
まだ、自分を産み落とした母は生きていると。いつか絶対生きていれば会えると。他の赤子達のように、愛している母親に抱いてもらえるのだと。それだけを信じ、男は成長していった。
けれども、そこでまた問題が発生する。男が産まれ、成長した時は既に5歳時程の大きさであり、歳を重ねるごとに、その異常さは増していった。
男が3歳を迎えた頃――…既に5カ国以上の言語を理解していた。
そしてそれから2年経った5歳の頃には、既に『少年』の姿ではなく、声変わりと、急な身体の成長が始まっていった。さらに2カ月程経った頃には、もう既にすっかり大人の姿へと成長していたのだ。
――この時、感じた異常性と自身の謎に包まれた出生。しかし、それでも幾ら男が急激に成長をしても臍はだんだんと痛みを増して行く。ああ、きっとこの痛みが増せば増す程、母に会えるのかもしれない。そう、まだ期待していた。
だが、消失は突然だった。今まで感じていた臍の痛みは消えてしまったのだ
そして、自身の手を見てみれば赤く染まった血液と、目を見開いていた女の姿。
『よくも、私を殺したな』
刹那、脳味噌に流れた殺意と、怨恨に満ちた声。
けれども、この時男はこの女は誰で、どう殺したのかさえ理解できなかった。
――ああ、きっと私は頭が悪いんだろうな。
男はふと思った。
何故なら、どんな動機で見た事もない女を殺し、どう殺したのかさえ理解は出来なかったからだ。
その時、足元に何かを踏んでいる感触を覚えた。白く長い蛇。すると蛇は喉を枯らしては男に話しかけた。
「お前は何を知りたいのかね?」
知りたい事?ならたくさんあるさ。自分の母と父の存在。どうして自分はこんなにも異常な存在なのか。どうして今、この女を殺したのか。全てが解らなかった。理解し難い出来事であった。すると蛇は嗤いながら男の足元に巻き付く。
その時感じた感覚はどんなモノだったであろう?恐怖?好奇心?焦燥?だが、どれも当てはまらないようでいて、近いのも確かであったと感じた。すると蛇は再び男に話し始めた。
「お前は、この世に産まれた『特異点』…言わば、特別な存在なのだよ。もし、お前が自分自身に満足しておらず、追い求めるモノがあるとすれば私と契約を交わし給え。」
男は戸惑う。
しかし、特別な存在?ああ、そうだ。自分は異常だ。こんなの普通の人間と違うじゃないか――……。
すると再び白い蛇は、笑みを浮かべて一言だけ残した。
「承諾しよう、その望み。」
そうして、男はその時から『銀』という特殊体で生きて行く事を課せられた。が、これが男が初めて覚えた感情――『楽』と言うたった1つの感情。
あの日――蛇と契約を交わした時から、男は旅に出た。全てを理解するために。
古代ローマに始まり、その時は一貴族としてファラリスの雄牛で焼かれる罪人の悲鳴と、鼻を燻る人肉の微かな匂いと混ざったハーブの匂いを楽しんだ。
今度は、少しだけ歩いて木で編み込まれた大きな人型人形の中で罪人と課せられた人間達が焼け、火の勢いを増し、倒れて行く人形と、空まで続く赤い景色を楽しんだ。
しかし、これではただの傍観者だ。ならば今度は自分も何かを試してみようじゃないか。そう決意し、参加したのは闘技場での殺し合い。勝てば勝つ程、のし上がれば上がるほど、その難易度は増し、最終的には人ではなく、殺したのは獣たちばかりであった。しかし、それでも男は負けることなど1回もなかった。
男の旅は続く
イエスという『神』と讃えられた男の処刑、その時男はユダと名乗った。
各地で起きるヨーロッパの宗教戦争。ドイツ領地の誕生と分裂、略奪。それを見ては人間が如何に愚かで何を守るために戦うのか分からなくなっていた。
土地?富や名声?しかし、男はまた影のように流離いながら旅を続ける。
欧州の方も、数々と国が分裂し、それを侵攻させまいと、その時男は英雄としてナポレオンと名乗った。しかし、戦争が終わり、全てを手に入れた頃にはその暮らしに飽き飽きし、『皇帝』と言う位に立つ人間に最も許し難い行為である島流しも、あっさりと受け入れた。
歴史上、ナポレオンは島流しにされた後、自身の住みかとしていた城で毒殺されたとされているが、この男はまだ生きている。
挙げてはキリがない、自分自身の名前。
自称錬金術師であり、有名な宝石泥棒アレッサンドロ・ディ・カリオストロ。
百合を象徴とする国の女英雄ジャンヌダルク。
自身の美しさと欲望を求めた血の伯爵夫人エリザベート・バートリ―。
魔術を極め、そして文字らしく魔女として生を終えたシュベーゲリン。
音楽の始まりと言ってもいいとされている音楽者バッハ。
ありとあらゆる知識に精通している詩作家ゲーテ。
フランス中で恐れられ、殺した数とその正体が今も尚不明とされている――切り裂きジャック。
もう、男は何百年と様々な地を流離っては感じた事が多くあった。
人とは欲望や信仰、時には好奇心、上からの命令、理不尽な出来事。終わらぬ戦争と殺し合い、そして産まれてからどんどん向かって逝く『死』という存在のカウントダウン。
汚れ、退廃した街。続く憎しみと悲しみの連鎖と、人々の狂気、男は溜息を吐きながら空を見上げ、歌を歌い、歩き続ける。自分自身が歩め続ける地平の果てまで。
――…そして、辿りついた場所と、得た物。
1950年代後半、ドイツにて。第一次世界大戦で灰と化したこの国は一気に国の体制を取り戻した。その時、この国を統べていたのはかのヒトラーと言う男であった。
圧倒的な人を引き付けるその姿と、忠実なる部下。ヒトラーに一番信頼を得ていたゲッペルスは、演説に関しての能力では右に出る者はおらず、彼の演説に全国民は拝聴していた。
耐えぬ勝利への渇望と共に悲願であった千年続くと願っていた第三帝国が完成しかけていると同時に、ドイツは他国への侵入を始める。これが俗に言われる第2次世界大戦であった。
砂漠の虎に戦車1つで連隊を動かす破壊魔…そして、魔王とまで渾名されたドイツ国内で空中戦では右に出る者はいないであろう鷹。そうして、男が丁度ハウス・ホーファーと名乗っていた頃に出会った、彼女――ダズ・ライヒの大隊長…レイラ・フォン・アルセウム。
そう、この時私は確信したのだ。
長い間、転々と流離い続け見てきた様々な出来事――…いつの間にか、私は全てに『飽き』と『絶望』を感じていた。
この国はもう長く続くまい。そう確信し、私はそこで裏でレーベンスボルン機関に働きかけ、私の血脈を持つ者の製造を頼んだ上で、私は遠く東の地に訪れた。
「……これでは、『アレ』と同じではないか。」
当時の日本人にとっては、天皇と言う存在は絶対的な存在であり、天皇が口を開けば、「ノー」と答える事は絶対に許されない。まるで崩れかけている夢想でしかない第三帝国のように――。
そうして、日本を訪れた時に私は思ったのだ。
私と同じ血脈を持つ人間
これだけの霊力を秘め、協定を結んでいるが故に易々と手に入るこの土地。
そして、私が旅を続け見てきたもの、経験した事全てを上手く使えば、私の永遠に隠された謎が解かれるかもしれない。そう確信したのだ。
にして、時が経ったと同時に、男はとうとう『鍵』でもあり『宝』が誕生した。季節は12月の寒い寒い夜の日。イエス・キリストが産まれたとされている祝福の日…12月25日。
黒い髪と、自分とは正反対の瞳の色。それは赤茶色であったが、その瞳程美しいモノはないと確信し、産まれてきた同じ血脈の少女を抱き上げた時、男は初めて『嬉しい』という感情を覚えたのだ。
そうだ、この子なら…彼女ならきっと、私の『鍵』になってくれるかもしれない。
と考えていた頃には、着々と準備は進んで行った。日本という遥か遠い場所で『使える場所』を探し、この自身の宝と共に主賓となる人間が必要だ。そこで、男は自分と接点は全くないであろう髑髏の大隊長に話を持ちかける。
「君は、この千年続くとされている第三帝国をどう思う?」
硝煙と、屍と、腐臭と火が立ち込める場所で、後ろにいるであろう女騎士に問いかけてみた。しかし、彼女は軍人であり、もしかすると他のこれ程下らない信仰と戦争の果てに掴む夢想を信じているかもしれないと不安を心に募らせながら、問いかけてみると答えは驚く返答であった。
「…この国は、もうすぐ堕ちる。幾ら砂漠の虎や、かの優秀な鷹が、戦ったとしてもそこまでだ。恐らく、この戦争は我々ドイツ軍の敗退により、戦勝国である奴らが、諸手を上げ、私達を『悪役』に仕立て上げる。そんなのは馬鹿でも分かるさ。」
そう言いながら、葉巻を吸い、紫煙が立ち込める。すると、今度は女騎士の方が問いかけてきた。
「ならば貴様はどう思うのだ?この甘ったるい理想と、死を迎えるであろうこの国を。」
今まで色んな土地を流離い、名も幾百幾千と持ち、体験してきた経験とこの『どうしようもない世界』
――…大昔、白い蛇と契約を交わした『銀』は嗤って。
「終わりにしよう。この手で、私が今まで積んで来た知恵と力…全てで。」

それが、ジルヴァ=グレーと言う白銀の王の誕生であり、さらに男は働きかける。
アーネンエルベ局に於いての聖遺物の研究、上位高官であるヒムラーが密かに続けている、なんとも悪趣味な魔術精製。そしてアウシュビッツでの残酷なる人体実験。レーベンスボルン機関での優秀な人種を生み出す優生学。
――そうして迎えた1961年 …ベルリン。
国民が…あの総統閣下(愚物)や下につく人間らが信じ、叶うであろうと思っていた第三帝国のあっけない終わり方の中で、生き延びた女へと男は声を掛けた。
「…お前の言った通りだったね。この国は堕ちた…。全てお前の計算と一致している。」
その言葉が気に入らなかったのか、フンと鼻で笑い、紫煙が立ち込める中で元軍人であり、英雄と讃えられた女は口を開く。
「ああ、無論私もそう思ったさ。私もあの男達に頭を垂れるのは、とても屈辱的だったよ。死んだ我が友…ハイドリヒも同じ考えであったであろう。しかし、『今のこの結果』の全ては貴様が造り出したのだろう?なら、あの時答えた言葉は叶ったであろう。なのに何故それでも尚、貴様は私に纏わりつく?」
「……何、こんなモノはただの手品であり本当の『願い』はここからだよ。」
「何だと?」
女は眉を顰め、口にしていた葉巻を踏み潰すと、男を脅すかのように言葉を紡いだ後、男はあの時契約した白い蛇のように嗤って一言だけ答えた。
「『円環の終焉』を迎える為に、お前にその劇の主賓となって貰いたい。」
「円環の…終焉だと……?」
男は様々な風景を見てきた。
美しいモノもあれば、汚れたモノも、欲に塗れた人間も、悪意、殺意、愛、喜び、悲しみ、娯楽、慈悲、嘆きという人間の本質と、時が経つに連れ刻まれた創世期の始まりからの時の足跡。
「私は、全てを知っている。」
――けれども、私は全てを知らない。
「しかしな……」
遠い昔、分からない女を殺した時の自身の手と、初めて見た赤く染まった血液と脳味噌に流れた殺意と、怨恨に満ちた声。
「私は頭が悪いのだよ。髑髏の大隊長様」
そして、産まれたときから感じていた臍の痛みと、母に会えるという微かで愚かな望み。自分の異常性、その為に結んだ白い蛇との契約。
私が望むたった1つの願いは、魂の渇望は――…。
「長らく生き、見てきたこの世界の考古学と、人間の本質…。」
最初はただの傍観者だった。
けれども、それが嫌であったから自ら足を踏み入れた。そうしても、何を何度繰り返そうと満たされないこの感情。
「ならば、それを壊れた瞬間を…お前は見たくはないのかい?」
汚れ切った世界を、腐りきった人間を。
「――私は、必ずこの手で全てを終わらせよう。」
その言葉にレイラは自身ではあろうことのない恐怖を感じたのだ。
だから、邪魔であるぞ。この永遠と高い位置で、ただ罪を赦す事も、罰を下す事も、この世界を塗り替える事も出来ぬ愚かな『傍観者』め。
「……父よ」
愚かなる神(傍観者)め。
「どうか私の父よ。聞いてくだされ。」
私の願いを聞くといい。私の経験してきた全ての物事を聞くがいい。
そして男は歌うように、叫ぶように、語りかけるように言葉を紡ぐ。
「…我らが悲願は堕ちました故、私はしばらく姿を隠します。故に……。」
母に抱かれぬ、愛されぬ…その悲しさと枯渇さを知るがいい。
「”この”発端は全て私の所為だ。ですから、貴方には――」
そう、これが男が己の『父』に対する最期の言葉――赤い果実を齧り、男を産み落とした罪を持つ者への断罪の言葉。
『異端』――たった二文字の言葉、アダムとイヴによって産み落とされた子は憎しみをただただ実への父へと向けたのだ。
「永劫歩き続ける彷徨い人(ファウスト)となれ」
そうして男は『座』を奪い、後に『白銀の王』と呼ばれるようになる。
――全ては、この世のありとあらゆるモノを白く塗りつぶす為に。

「ん…。」
深い眠りの中で私は、夢を見ていた。
これはある男の肖像――…白銀の王・ジルヴァ=グレーの歩んできた道
そこで、私はたった1つの…そして最後の『謎』に辿りついた。
「ようやく辿りつけたわ、この『謎』と『円環の終焉』の意味を。」
一歩、一歩と己の聖遺物を握る事もなく不完全であると言えど、この世で最も強い存在に、『答え』を言い渡す。
そしてのこ男の異常性…否、7人の刺客が彼を恐れ、畏怖していたのは自分自身らのコンプレックス、失くした過去、そして様々な情を全て踏み潰した事…。故に誰も逆らえない、未来を変えられるはずもない。
「円環の終焉…世界の終焉。そう、あの人達が言っていたのは 貴方が望んだ真っ白く純粋な世界を造る為の隠語であり、序章に過ぎない。そして……」
ジルヴァ=グレー…方丈深白の魂の渇望と、たった1つだけ残された『謎』は――…。
「ジルヴァ、この謎の答え…いいえ、貴方の魂の渇望は『自分自身の死』」
真っ白な世界で、ローゲ(炎)はしかと、真相へと辿りついた。

ⅩⅠ.Herrschaft

ようやく終焉への鍵は開かれた。
創世期に始まり、現代――今に至るまでの至高の『謎』と『歌劇(グランギニョル)』。ならば、もう手加減などする事はない。神の魂の渇望をしかと、目を凝らして見るがいい。
「お見事だ、グラディウス。他の奴らのトリックを暴き、勝利をその手中に収めただけの事はある。ならば、そろそろ終わりにしよう。」
そう言うと、先程まで左手に持っていた剣を私の方へと返す。
「手加減や、小細工などは無しだ。果たしてお前が私を殺して新しい未来を開くか、私がお前を殺し、全てを白く染めるか――これを決戦としよう。」
すると、意味の分からない文字の羅列が続き、ビキビキとジルヴァ自身の魂の密度が上がると同時に、姿が一気に変貌する。
黒い髪は白く、纏うのは神のみが許された衣。
「――出でよ、我が魂。」
その一言でジルヴァの左手に槍が出現し、私を遥か上から見下ろし、いつもの様に笑いながら一言呟く。
「これこそ我が聖遺物――神槍グングニル。幾つもの時を費やし備わったこの数の魂と、私の能力…自身の世界(フィールド)を創り出す。さぁどうする?グラディウス。」
――神槍グングニル…北欧神話に於いてオーディーンが所持していた至高の槍とこの白き世界。
果たして私は、この男に勝てるのであろうか?けれどもここでこの男の渇望を止めなければ、全てが塗り替えられる。ならば、私も死ぬ覚悟で挑むしか勝算はない。
「はぁああああああああッ!!!」
自身の炎への完全透過と一気に振りかざした剣。
不完全でない時に易々と止められてしまったのだから、これはある意味愚行でただの自殺行為。けれど僅かでも、コンマ1秒でも隙があるのならば勝てるかもしれない。
幾ら神の座に居座ろうとも、何か仕掛けがあるはずだ。シスターがあの録華を倒す事が出来たように。
本音を言ってしまえば、物凄く怖い。けれど、そしたら今まで関わってきた人達の気持ちはどうなるの?確かに私は軍人でもないから、運動神経がちょっと良いからって、今までこの短期間で戦ってきたからって、実力では到底及ばない。でも、負けたくなんかないから。
そうして、振りかざした剣はグングニルの柄に触れると、あっけなく粉々になってしまった――…聖遺物が壊れるイコール自分自身の死への直結。けれど、粉々になったはずの剣は『新しい姿』になって、私の掌に姿を見せた。
「これは…備前、宗光…?」
どうして?これは崇美さんの聖遺物のはず。すると、ふとした瞬間懐かしい声が聞こえた。
「…どうやら、上手くいったらしい。」
「崇美…さん…?どうやってこれを?」
すると驚いている私に、どこか苦笑交じりの声音で私の質問に答えた。
「何、この私を倒した畏敬と剣士としての情…それと君が私が人として大事な事を思い出させてくれたからだよ。私は死した様に見えるが未だ生ける剣だ、焔を灯せ奴の心臓を貫く為にも。」
私は幼い頃にこの男に全て奪われ、従ってきた。だが、自分を責めていると同時に、奴の能力に脅えていたのかもしれんな。と苦笑が混じる。
「崇美さん……。」
この言葉を受け取って、私は宗光に再び自身の意志を捧げると、宗光は赤く変化し、それと崇美さんが今まで集めてきた魂と変成おかげなのか、私自身の魂を削る事はなく これで戦える――そう思った瞬間、くすくすと言う笑い声が聞こえた。
そうだ、この笑い方は…当てはまるとしたら、あの子しかいない。
「なーにやってるの?緋真。たったそれだけであの方に挑む気?ホント馬鹿よね。けれども、そんな馬鹿な友人に付き合う私も馬鹿なのかもしれないけれど。」
「リゼ……」
「言っておくけど、これは助太刀なんかじゃないからね。ただ私が戦いだけ。それとここで負けたら、前以上の力でアナタをボコボコにするんだから」
と、学校でいつも話していたあの声音と口調――…ああ、そうだった。忘れてたよ、貴方が物凄い意地っ張りなの。でも、ホントはちょっと怖がりで。
「それじゃ、行くわよ。」
その声と共に、リゼの聖遺物はジルヴァに向けて放たれるが、これは私があの男に辿りつく為の階段。鎖を一気に駆けて行った瞬間、ジルヴァがパチン、と指を鳴らすと共に鎖は一気に錆ついて姿を消した。
「…ふん、まさかあの飛影が私を裏切るとはな。それにマレフィカラムよ。お前のような卑小の存在(魂)で私を縛れると思ったのか?」
「例え、卑小な魂でもこれぐらいの事はできるんですよ。白銀の王。」
と言う声が聞こえると共に、道を失くした私の足元に黒い影が台となって、もう一方では、日暮自身の影が、ジルヴァを飲みこもうとする。
でもどうして?貴方は1番幼くてジルヴァが認めたと言えど、よく頭は回るはず。ならどうしてここで貴方は逃げないのよ?すると、失ったはずの笑みと小さな声がすっと聞こえた。
「方丈さんは言ってたでしょ?そんな影に逃げてていいのか、それは違うのだと。」
ああ、そういえば私は貴方の負った傷を少しでも癒せたらいいのに…そんな事言ったよね?
すると、日暮は一気に私へと向かって声を上げた。
「方丈さん、今だ!飛んでッ!!」
そう言われると同時に、私は影で出来た台で飛んでは、ジルヴァに向けて剣を振り上げる。
「食らえッ!!」
すると、ガキィンと音が鳴り響き私は平静を装って精神を落ち着かせ右手に力をいれると、崇美さん(宗光)のおかげで威力と速さは断然に上がっている。
50…100…200…500…1000。それだけの太刀を食らわしているのに、ジルヴァはグングニルを利き手であるはずの左手を保守するかのように、右角度で裁いて行く。
先程まで、私が攻撃していた時この男は、左手であった。しかし、宗光を持つと同時に戦闘スタイルを違和感を見せないように変えている。
――何故…?
よく考えろ、あの時私が見たジルヴァの今まで歩んできた道を。もしかしたら、そこにヒントがあるのかもしれない。
「中々、堪えるな。確かに飛影の聖遺物は録華を除き、1番質がいいとも言えるかもしれん。だけれども、『それだけ』では私を殺せないよ。」
「なら、こうするまで」
1か罰かの勝負で、グングニルを足場に空中でもう1歩踏み出しては、そのまま心臓を狙うように剣を横薙ぎに振るが、少しよろりと動いただけで、後は胸元に小さな傷ができているだけ。本来ならば、心臓は真っ2つに分かれ、そこから上の部分しか残らないはずなのに。
「…ふむ、この状態の私に傷を与えるとは大したものだ。だが、1つ忘れているよ、グラディウス。」
その一言で、天から落雷(Donner)が地を目掛けて落ち、三半規管が完全に潰され焼かれ、このままでは、私が斬り殺されるか、また落雷を受けるか。どうしたらこの状況を覆せる――?
リゼと日暮の聖遺物はとうに壊されているし、私には宗光1本しかない。ならば、この身体をまた透過させるしか方法はないのかと、押しつぶされる頭の中で考えていると、グラリとその場が揺れた瞬間、地面が突然粉々になり、水や硝煙に包まれる。こんな破壊力がある人間は私は1人しか知らない。
「――…グラディウス」
とても低く、重圧のあるこの声の持ち主に私は呼びかける。
「カイン…貴方、どうして……?あれだけ粉々になったじゃない。」
「表向きはな。アレは、俺の人間としての心の奥に隙が作られ、そこをお前が剣を突き立てなのだ。決して粉々になった訳ではない。」
そうだ、彼の銘は比類なく硬い石(アダマント)。録華は確か、彼の肉体を100倍ほど強化…否、保護されていると言った方が近い。録華が亡き今、最も攻撃力が高く、身体が砕けないのは7人中カインのみだ。
すると、カインは話を続けて行く。
「お前が握っているその剣は、飛影の聖遺物だな?だとしたら、奴の特異な能力が使えるはず。
「…特異な、能力…?」
そう言えば、崇美さんは初めてあった時、死んでいった犯人の事で苦しんでいる時の自分の精神を落ち着かせてくれたことが2度もある。あれが崇美さんの特異な能力なのだろうか?
「聖遺物ではない、私自身だ。カイン」
と言う言葉にカインは動揺も見せる中で、「さて……」と崇美さんは呟く
「指揮官命令だ、貴様も戦列に加われ。私が貴様の精神を持つ、説明は貴様がしろ。」
「……元よりそのつもりだ。」と呟けば、カインは崇美さんの言う通り言葉を足していく。
「いいか、グラディウス。この女は殺戮兵器でしかない俺を操る事の出来る唯一の人間」
「で、でもどうやって…!人間である貴方は…!!」
そう、落ち着きのない私にカインは静かに言葉を返してくる。
「人間だったら、限界がある。だが、お前は俺のもう1つの姿を知っているだろう?」
もう1つの姿……まさか、『あの姿』に?
「傍から見れば見苦しいであろうが、あの姿であれば、今お前が受けた三半規管のダメージはゼロにカウントされ、俺が保護を担い、飛影が生ける刃なら殺傷能力は飛躍的に上がる。」
「できるか?」そう返してきた言葉に、私は強く頷いた。
ここでの最優先事項は、ジルヴァの渇望を止める事。これで足りないと言うのならば足せばいい。
「…準備は、いいな。行くぞ、最後の決戦だ。」
その瞬間、宗光をしっかりと握りしめ目を閉じてはビキビキと音を立て、そのままカインへと変成しては地を蹴りジルヴァへと向かう。

リゼ、貴女は私を許してくれないと思っていたけれど、助けてくれたね。ありがとう。
日暮、私は貴方の閉ざした心に灯を点ける事しかできなかったけれど、それでも大きなチャンスを作ってくれた。
カイン、私が貴方に何をできたのかさっぱり分からない。けれどもこうして、手を伸ばしてくれるちゃんとした人間。
崇美さん、貴方は『人として大事な事を思い出させてくれたからだ』と言っていたけれど、私は貴女にはいっぱいの借りがあるから。
そして、シスター…。
私が産まれたときからずっと守ってくれて、1度死しても尚、私の身を案じて魂はいつも傍にあった。そうして、最後こうして肩を並べて共に戦った。
負けるわけにはいかないと、全力で録華を止めてくれた。
「ここで負ける訳にはいかないのよ!!」
全力で、喉が張り裂けそうになる位な声で、私より高い位置にいるジルヴァに、その言葉を向ける。それと、魂を削ってまでこうして助けてくれた皆に届くように。
自由自在に走る刃を左手に携え、宗光を握りしめながら、私は再びジルヴァの元へ辿りついては、戦う。
「……そうか、お前達はそこまでして私を裏切るのだな?」
と、小さな声で呟くジルヴァ。とうとうその顔からは、いつもの笑みはなく、どこか苦戦しているようでいて、焦りを感じさせた。
あれだけ長い時間の中を流離い、私なんかよりも色んな物を見てきているはずなのに、この男はこの重要性が分からないのだろう?
「――貴方が裏切られた理由は…。」
カインと戦っていた時の事を思いだす。
あの時、脅えていた私の代わりに前に出て、トリックを暴いた上、命を賭けてまで守ってくれた南雲。
彼の為に何が出来た?彼は最後に言ってたじゃないか。「負けたら承知しない」って。だから、その分だけ私が彼ら、彼女らの思いを背負わなければ、戦えない。
「殺戮ゲームで麻薬のように洗脳された少女、悲しい過去に見舞われたと泣いた小さな少年、私を『愛していると』言った女、全ての罪を清算したくて 碌に愛してやれないまま失くした大事な人に会う為だけに死を望んだ犠牲者。数えればキリのない駒達を『否定』したのが」
人の命を軽く見た上で、多くの人間の命を無駄にして、こんなにも苦しんでいる人をただただ上から見て笑ってる貴方が許せない。例え、この男がどんな過去を持っていようとも。
「それが原因だッ!!あの人達だって、1人としての人間なんだッ!!」
正直、この事件に関与するまで私も彼と同じだった。
他の人間を卑下して、「つまらない」のたった一言。これじゃあ友人なんてできやしないさ。シスターがどれだけお小遣いをくれても、遊ぶ相手がいないのだから。
世の中で起きている犯罪、汚いと思う人間。腐りきった街に飽き飽きして、同じ風景をただただ見てきただけ。
それでも、この事件で色んな人と関わっていく中で、その人の願いや気持ちが少しだけ理解できるようになったし、ほとんど無関心であった自分の心にも、喜び、悲しみ、痛み、楽しみ、怒りを覚えた。
だから、せめて『兄』である貴方にもこの気持ちを伝えたい。『楽』の感情以外は欠落してしまった可哀相な人に。
母親に愛されているのだと信じ、裏切りを知った。白い蛇に出会って、そこでこの人は変わってしまったんだ。あのまま、信じ切れていたら、いつかは会えていたのかもしれないのに。
貴方は頭が悪い訳じゃないよ。ただ、独りでいるのが怖かったんだよね?
「……だから救って見せる。」
録華の言う通り、私は殺人と言う罪を犯している。如何なる理由があったとしてもだ。それはどうしても逃げ切れない道でもあるし、その罪への贖罪をしなければならない。
別に正義のヒーローなんかになりたい訳じゃないの。ただ、目の前にいる大事な人達を守りたいだけ。
「例え、血が繋がっていようといなくとも…。」

この人は、世界にたった1人の肉親である兄さんなんだから。

ⅩⅡ.Es erlaubt das Machen davon zum Halten nicht

「ッぐ……!」
けれど、刃も言葉もが届かずカインの身体は3分の1も削られて、何より自身の体力さえ持たない。正に満身創痍と言う状態と言う劣勢
それは俺も知っていた
幾ら変成された殺戮兵器であり、クロウカシスの肉体を食い強化しても尚ここまで削られる――正に相手は神なのだ。俺は私はどうすればいい?と思っている瞬間に聞こえる騎士の慟哭
聖遺物はこの場に2つ。自身の限界は既に迎えそうであり、飛影自身も既に胸部から上しかない状態と判断しているのはグラディウスも同じなのだろう
この人と戦ったときにいい残した言葉
「貴様など、騎士なる資格などどこにもないのだッ!!!」
共有している事から分かる今の言葉
俺を超える戦闘能力に精神の強靭さ……けれどもこの女はまだ諦めずに。
お前の限界はどこまである?

削り取られた身体
既に痛みなど感じないと言う事は脳や神経すら切れているのだろう
しかし、私は負ける訳にはいかないのだ。ひたすらその頂点を求め、いつの日にか友へと告げた言葉。それの為ならばカインの精神などいくらでも抑えてやる。覚悟ならとうに出来ている。
けれども私は強くとも弱い存在……だからこそ今聞いてほしい。私は君の声が聞こえるならいくらでも戦おうとした瞬間に声が聞こえた
『負けないで、ヒエイ!……私には何も出来ないけれど、私はヒエイを信じてるから!』
ルイ
『覚悟を決めたのなら諦めるな、信じたのならそのまま剣を振りおろせばいい』
兄さん
瞬間、足が地に落ちる。
いくら私が意思があったとしても、あの2人はもう限界を迎えているのだろう。無理もない……だからこそ私はここで言うべき言葉を神へ喉が張り裂けんばかりに叫ぶ。
「勝つのは私だ、ジルヴァッ!!!その神の座から堕ち眠れ!!」
「……何だと?」
顔を顰め、見下げる。恐らく今の言葉が気に食わなかったのだろう
瞬間、違和感を感じ上を見ればシルヴァの左の薬指に、白い蛇の様なものが巻きついている。具現化し、脱皮を図るのだろうと。
あれこそがシルヴァを神とさせた原因であるとしたら、弱点はおそらくあそこであるとしか考えられない。けれども彼女とカインの身体がもう限界を迎えているが、ならば宗光(私)が――…と共に制止の声
「止めておけ、指揮官殿。今ここで動いたとしても何も始まらないのは、自分がよく分かっているんじゃないのかね?」
「藤堂教授…?」
何で、今この人の声が聞こえるの?最後、崇美さんと戦う前にその灰を飲んで助言を残したのが最後のはずだったのに。
「忘れたのかね、グラディウス。ロジックやカインが蘇生できるのであれば、私にもそれは可能。」
けれどもこの人自身には戦闘能力はないはず
瞬間、くすっと笑い私達3人に告げる。
「我々聖遺物を持つ身なら、アレが見えるだろう。身体の限界で霞んでいるかもしれないが、あれは確実に白い蛇であり、ジルヴァの弱点でもある。」
流石は天才と言われた人物故に分析能力はかなり高いであろうし、モールス信号があるなら弱点はすぐに理解出来るはず。
「さぁ、立てグラディウス。私は君の勝利に貢献する、チャンスは1度だ。ここの先誰とも欠く事は許されない」
その言葉にガシャンッと黒い足が震えながらも、再び立ち上がり崇美さんも未だ意思はある上に、私も負ける訳にはいかないのだから。

「私は……」
蛇が離れてゆく、契約が千切れる。
このままでは私の、私の願いが叶わない。駒どころか私はコレにすら捨てられる運命なのか?
「私は……ッ!!」
裁きを下すのは私だ。なら、と渾身の力で裁きを下す。私こそが勝たなければ何も始まらないのだ。
「今だ、カイン。全力で跳べ!」
と私は叫ぶ
ああ、そうさ私だけでは何も出来ない。カインだけでも飛影だけでも勝つ事など出来ない。ならば少し同族の敬意として少しのみの慈悲を送ろう、最強の騎士である君に兄君が伝えたい意思を。
『早苗、今だ!そのまま振り下ろせ!』
クンッと腕が上がるのを確認し、私は藤堂猶としての全てを賭けて成すとしよう。
「止まれ、蛇よ。兄妹の世界に君は不要だ」
全力をかけた瞬間、白い世界で2人の慟哭が響き渡る。
「母に愛されぬ苦しみを知らぬ者に負ける訳にはならんのだッ!!絶対に!」
「ッはぁああああああああああああああああッ!」
愛か救出か
この白い世界の中で神と落とし子の願いが交差した瞬間に、音を立てる事もなく薬指が落ちれば、神はその座から堕ちたと同時に終焉へと向かう。

ⅩⅢ.Act est Fabla

悲鳴の1つすら上げる事もなく、ジルヴァはその完全体の制御を失い、神という存在から人間へと引き戻った。
地へと刺さり落ちたグングニルもピキッ、と音を立てて灰と化し、白い世界はどんどん崩れて行く。そして、人間へと戻った実の兄は数メートル上から落下しては灰へと手を伸ばす。
「兄さんッ!! 」
幾ら、神の座にいたとは言え、あの白い蛇との契約が切れた今、もしかしたらこの人は普通の人間と同じなのかもしれない。だとしたらそんな距離から落下したら当たり所が悪ければ死んでしまう。
必死に名前を呼びながら私は兄の元へ駆けつけ、何とか受け止められた。
「グラ、ディウス…。」
そう弱々しく、声を上げながら私の頬へと手を伸ばそうとするその手をぎゅ、と握る。
既にカインの能力もなく、宗光は、罅が入っては墓標のように地面へと突き刺さり、藤堂教授の声さえも聞こえなくなった。
ジルヴァ…否、もうこの人は『願い』を求めたたった1人の人間で、例えあの蛇に特異点だとか特別な存在だと言われても、自分自身の身体が他の人間と比べて異常だったとしても、この人はもう『方丈深白』なのだから。
「…やめてよ。もう、こんな悲劇は終わったんだから…。そんな名前で呼ばれたくない。」
すると、優しく微笑んで「それは、悪かったね。」なんて謝る姿に、私はとうとう涙が溢れだした。
大事な人を失った悲しみが一気にこみ上げて、上手く自分を制御できない。ああ、でもきっと今の私の姿は最悪なんだろうな。戦闘で受けた傷もまだ癒えていない。まるでボロ雑巾のように。
「兄さん…ッ!兄さん…ッ!」
「おいおい、泣かないでおくれよ。そうしたら私はどうすればいいのか分からなくなる。私は、本当に頭が悪いらしい。あれ程長く時を流離い、色んな事を経験したはずなのに何も掴めやしなかった…けれど……。」
「兄さんは、馬鹿なんかじゃないよ…。ただ、この世界がそうしただけ。」
私は正直、シスターを一度失ったあの日から、ずっとずっとこの人を恨んでいた。大事な人を失わせてはこんな殺戮ゲームを造ったことはまだ許せていない。でも、何で理解してあげられなかったんだろう?
こんなにも、独りで渇望は自分自身の死だなんて…。
すると、どんどん兄さんの姿は薄れて行く。当然だ、聖遺物――否、取りついていた蛇が消えてしまったのだから、あれだけ長く生きていたと言う事はいつ消えてもおかしくはないのだ。
「…緋真。私はお前を愛しているよ…。どれだけお前が私を恨んでも、嫌ってもその気持ちだけは、変わらない…。だから――…」
ああ、そうだ。薄れ消え逝くたった1人の兄が言えない代わりに私がこの言葉を言わなくちゃいけない
この人が、安らかに眠るためにも。私は、涙声で笑いながら一言の祝詞を呟いた。
「時よ、止まれ。お前は美しい…。」

ああ、私の身体が崩れて行く。
一体何年、流離い続けたのだろう?何のために私は産まれたのだろう?けれどもうそんな些事はいいのだ。
「……ようや、く…眠れる…。」
そう呟いた瞬間、誰かがそっと抱きしめている。
――私は知っている。この温もりと、温かさ。そしてこの微笑み。
「レイラ…お前の魂は散ったのではなかったのか?」
録華との戦闘で、もう既に消えていたはずだと思っていたのに何故ここにいるのだ?すると、彼女は聖女のそれらしく笑って、凛とした声ではっきりと答えた。
「あの子には、私の意思で魂の逝き場所を示しただけ。別に、私自身が消えた訳じゃないわ。それに――…。」
「ん?」とだけ短く答えると、この返答が帰って来た瞬間、思わず目を見開いた。
「私は、貴方を友人だと思ってる。それに、私の渇望(願い)は、貴方や戦場で死んでいった仲間達を導きたかった、それだけ。後、貴方みたいな人の面倒を見れるのは私ぐらいでしょ?」
「は、はははっ…そう、かもしれないな。」
不思議な女だ。
元第三帝国陸軍。魔のダズ・ライヒの大隊長として恐れられた存在が、今は聖女宜しくシスターとして神に仕えているのだから。
しかし、私がレイラに抱きしめられ感じた匂いは、血や硝煙の匂いなんかじゃなく、女らしさとしての優しい匂い。
「それに貴方、本当にバカね。」
なんてくすくすと笑っているが、その笑う原因が何なのか私にはさっぱり見当がつかなかった。
「貴方の渇望(願い)は、『自分自身の死』なんかじゃないわよ。」
「は…?」
「それだから、貴方はいつまで経ってもバカなの。」
確かに私は何もかも見尽くして、汚く腐った人間と世界に疲弊して、自分自身を殺したいと何度も願った。だがしかし、その願いはその白い蛇が鎖のように縛り付けているから、今まで逃れられなかったというのに。
「貴方の本当の願いは…――母親に抱きしめられたかった。違う?」
そうだ、どうして忘れていたのだろう?
産まれたばかりの時、親は姿を見せずにその代わりに臍が痛んだ。
まだ、自分を産み落とした母は生きていると。いつか絶対生きていれば会えると。他の赤子達のように、愛している母親に抱いてもらえるのだと。そう信じていた幼かった自分の遠い日の願いと記憶。
ああ、笑える話だ。本当に私は頭が悪かったんだな。
「私は、貴方の実の母親なんかじゃないけれど。こうして神に仕えてる身――…もう、眠りなさい。ジルヴァ。私がこれからずっと抱きしめていてあげるから。」
「……泣かせるなよ、最期の最期で。」
私はお前の人生を狂わせた上に、1度この手で殺しているというのに。それを笑って赦すなよ。絶対反則だ、不公平だ。
すると、またくすくすと笑いだしては、私の唇に軽くキスをした。
「おやすみなさい、ジルヴァ。」

そう、これが『私』の死の瞬間。
初めて流した涙は何故か酷く心が痛んで仕方ない。けれど、ようやく眠れるんだ。さぁ、もう幕は閉じよう。
次こそは、あの残した少女にとって、どうか優しい世界でありますように。

0.epilogue

あれから、13年後。
榊原市において起きた最大の事件は、ジルヴァ=グレーと言う男の死により幕を閉じた。
今は、皆がそれを忘れたかのように、普通に過ごしている。そんな生温かい風が頬を撫でる春の中、街中で今日も人々はすれ違う。
ざわざわとしている、雑踏の中、この日本人とは似つかわしい紫色の髪の少女は、アイスを片手に、傍にいる友人に話しかけている。
「そういえばさ、リゼ。私達、次の講義3限目からだよね?」
――リゼ?
そう呼ばれた少女は子供のように駄々を捏ねたような声で答える。
「そうよー、けど、憂鬱なんだけどー。」
「何でよ?あれだけ『好きだー』って言っていた藤堂教授の授業じゃん。」
「それはそれ。教授カッコいいのに、あの歳でもう奥さんと子供いるんだもん。切ないんですけどー。」
あはは、そっかー。なんて言うありふれた言葉を聞きながら、以前の親友であった少女の後ろ姿を見送っていると、どんっと誰かとぶつかった。
「あ、ごめんなさい。私うっかりしてて……。」
「こっちこそごめんなさい!ちょっと友達が先に走っていっちゃって…。」
そうやって、見上げるのは日暮睦月。姿はあの時のままで、けれどもどこか初めて会った時とは違う気がした。
すると、日暮は私の目をじっと見ながら、口を開いた。
「…お姉さん、もしかして僕と過去に会った事ある?」
なんて、質問を投げかけていると日暮の友人であろう少年たちが、大声で呼んでいる。
「おーい、睦月ー!早くしねーと置いて行くぞ!!」
「あ、うん!でも、ちょっと…」
と言いかけた瞬間、私はにこりと笑って彼の頭に手を置いた。
「早く行ってあげなさい、お友達が待ってるんでしょ?」
「え、あ…そうでした。ごめんなさい!お姉さん!!」
まるで、この春の風や桜のように、皆とすれ違ったとしても颯爽と消えて行ってしまう。その切なさにあの少年の後ろ姿を見ていたら、知っている声がした。まるで鈴を転がしたかのような声――これは、きっと。
「あ!コレ、LEI.の新曲出てんじゃん!!早く買わないとな~。」
「けど、LEI.さー、次の土曜のワイドショーで出るらしいよー?」
嘘ー、とか何とか話しを聞いている中、交差点にある大モニターにはやはり彼女(先生)の姿があった。
街の雑踏から離れ、公園を歩いていると、高校生ぐらいの青年と小さな少女が手を繋いで歩いている。
「お兄ちゃん、今日も稽古お疲れ様!」
「こら、早苗。いちいち迎えにくるなって言ってるだろ?」
「ずるいよ、そんなの。私だって、将来はお兄ちゃん以上に強い人になりたいだもん。」
「へぇ~、そりゃご苦労なこった。お兄ちゃんはそう負けないぜ?」
――早苗? 確か、この名前とあの容姿は……。
「…崇美さん、今は幸せに暮らしてるんだね。」
私があの人と知り合ってから、絶対に見る事のできなかった笑顔。あのあどけない笑顔が幾つ時が過ぎても、そのままでいて欲しいと私は思った。
その、瞬間だった。

「グラディウス」

もう、あの日から呼ばれなくなった名前。
白いシャツと黒いコート。髪はあの頃のように長くはないけれど、これだけ年月を重ねても変わらない、その姿。
吸っていた煙草をジュッ、と足で踏み潰し、苦笑いしながら私の名前を訂正した。
「いや、もう違う名前だったな。」
「カ、イン…?貴方生きてたの……?」
13年前の12月25日の出来事――…あの時既に魂は消えかけていたのに…。他の皆は転生して新しい生を受けているのに、どうして貴方だけがそこにいるの?
「言ったはずだ、俺は元死人。この身に宿った聖遺物は今も砕けていない。」
もう、二度と 会えないと思ったのに
『……俺は、お前を…傷、つけなく……なかった……。』
急にあの頃の記憶が甦り、年甲斐もなく私は彼の胸元に抱きついて、涙を流しながら話していた。
「よかった…よかった…貴方が生きていてくれて…っ!」
「ああ、生きてる。生きてるさ。今もこうしてここにいる。…お前は少し背が伸びて大人らしくなったな。」
涙を拭いながら、そっと抱きしめてくれているカインに話しかけた。
「もう、あれから13年も経ったんだから…。もう、聖遺物のない私は歳を取って当たり前。」
「それもそうか」
なんて、笑いながら答えてくれる。
初めて会った時はものすごく怖かったし、戦った時も勝てないと思っていたのに。最後の最後で助けてくれた上に、今もこうして『私』を覚えていてくれる。
すると、ポケットから黒い煙草を取り出しながら、カインは歩きながらこちらに視線を向ける。
「なぁ、少し移動していいか?」
「いいけれど…」
どうしたのだろう?偶然なのか、それとも必然なのか突然の巡り合わせで、こんな事を言われるなんて。
公園を抜け、橋を渡り、タワーの横を通り過ぎ、しばらく何もない所を歩いて約30分。辿りついた場所は大きな原っぱで、そこには墓石と、丸太で作られたであろう十字架が1本立てられていた。
「ねぇ、カイン。ここって……。」
「レイラ・フォン・アルセウム…お前の育て親のシスターの墓と、ジルヴァの墓標。俺が、ここに立てたんだ。」
「え…?」
「少し…過去の話をしてもいいか?」
なんて言いながら、こちらの顔を見てくるカインに無言で頷いた。
「俺は元々、ドイツのエスリンゲンの産まれで、父親は第一次世界大戦で死んで、残ったのは母親と年の離れた妹だけ。国は巻き返しを図ったが、それで豊かになった奴らもいたが、俺達は言わば貧乏暮らし。母親は必死にパンを売りながら生計を立てて、俺は軍隊へと入った。そうすれば、金も入るし、何よりこれは国の命令だった。」
ぽつぽつと話しながら、紫煙は空へと消えて行く。
「俺は国を愛していたし、残された母親と妹を守るのが義務。丁度ナチスが生まれたのもその頃で、俺は即所属した。陸軍・ヴィルヘルム=エームとして。それで、第二次世界大戦の火蓋が切られたのだけれども。俺は戦場で長く生き過ぎた」
「って、言う事は…その時ちょうどジルヴァに目を付けられたって事?」
「…そう、でも母親は戦火に巻き込まれ、骨さえ見つからない。残された妹を守れるのは俺しかいない。けれど、ジルヴァに殺されそうになった時、妹が立ちふさがったんだよ。まるで、俺と戦ったお前のように。お前は『負ける訳にはいかないのよ。そこまでこのゲームをやりたいと言うなら私が相手になってやる』、って。妹も同じような言葉を並べてた。『もう止めて、お兄ちゃんは私の英雄なんだから。これ以上お兄ちゃんを苛めるなら、私が相手になってやる。』って言って啖呵切った物だから、俺もあの時…冷静な判断ができなかった。結局、幼い妹だけ残して、俺は死んだ。」
じゃあ、ジルヴァと戦った時の『心の隙間』は彼の妹と私の姿が重なったから……?そう、理解して俯いていると煙草を吹かしながらカインは話を続けた。
「そこで死んだ俺は、ジルヴァの手で練成されては、あのヴィクティウムが殲滅兵器である俺を生み出したのは間違う事のない真実。けれどお前と戦った時、俺が俺自身の何かと記憶を取り戻して、最後だけでもお前を守ろうと誓った。」
なんて淡々に過去の話を続けて行くカインに、私はたった1つの謎を問いかけた。
「……ねぇ、カインはあの時…ジルヴァ…いいや、兄さんの事が怖くなかったの?」
そんな言葉に、参ったような表情で、空を見上げながら答える。
「ああ、怖かったさ。他の奴らもアレの異常さと実力差に脅えて頭を垂れた。でも、そんな思いを抱いたとしても、逃げだしたら大事な人は守れないだろ?俺はお前に十分感謝してるし、それに――…。」
と、言いかけて一瞬黙ると、今話していた話題を無理矢理捻じ曲げて、言葉を続けた。
「この13年間、俺はこの聖遺物を頼りにシスターとジルヴァの灰をずっと探し続けて彷徨っていた。これは憶測だが、俺と録華を抜いた他の5人はこの『新しい世界』に転生しては、新しい人生を歩んでいる。だから、シスターはジルヴァの魂を守り、旧世界から消えたんだろう。」
旧世界?確かに残りの5人は新しい人生を送っているけれど、もう聖遺物もない私は何故、あの頃のままでいるの?なんて、考えていたらぷっ、とカインは笑いを洩らした。
「本当に、お前は考えている事がすぐ顔に出るな。」
なんて、ヒーヒー笑い続ける、カインにちょっと苛立ちと自分自身の顔を赤らめながら、私はその顔に出ている考えを問いかけた。
「じゃあ、何で私は転生しなかったのよ?もう聖遺物もないし、その理屈からすると、ただの人間だし転生するはずなのに。」
「忘れたのか?お前はジルヴァの血を引いていて、かのレーベンスボルン機関で育て上げられた、ジルヴァとはまた異なる『特異点』なんだよ。つまりは、ジルヴァとシスターがこの今の世界がお前にとって優しい世界であるよう願ったんだろう。」
すると、春の風は私達を優しく包みながら通り過ぎて行く。
それはこの世に存在する万物においても同じ事。永遠なんてモノは存在しなくて、今もこうして姿形、記憶は違えど、皆自分の道を歩んでいる。
「そっか…それじゃ2人に感謝しないとね。無論、この墓標を立ててくれたカインにも感謝しなくちゃいけないんだけど。」
何て言っているとカインは、灰色の瞳でこちらを見ながら、ぼそりと呟いた。
「…俺自身は何もしてない。」
「あら、じゃあ何のためにここまでしてくれたの?さっき貴方の過去話を聞かせてもらったけど、妹さんと私の姿が重なったから?」
もし彼がそこで頷いたら、私はどんな顔をして、どんな言葉を返すのだろう?
悲しい?良かったね?どうしてそう思うの?
私は貴方の妹代わりでしかない、の?
そう、思うと何故だろう?心がどんどん冷たくなっていってゆく。ああ、これはなんというサウダージである事か。
すると、彼は私を後ろから抱きしめる。
「…え?」
温かい体温と、抱きしめる腕の強さと甘い煙草の匂い。どうしてだろう?何でこんなにも私は『幸せ』だと思っているのだろう?――…。
「…お前が、妹の姿と重なった訳じゃない。ただこの13年間、シスターとジルヴァの灰を探していた訳じゃない。」
耳元で囁かれる、しっかりとしたカインの声(想い)。
私にしか聞こえない、この言葉。
「……ずっと、お前を探してた。」
と、消え入りそうな声でカインは言葉を紡いだ。私はそんな彼の抱きしめている腕に手を当てる事しかできなくて。
「愛してる、例えどれだけ世界が変わろうと、時が過ぎようと、俺はお前をずっとお前の存在を覚えているし、この先お前の傍にいたい。」
「カイン……。」
『永遠』なんてないと思っていた。
だって、残りの皆は、13年前命を落としていった人達は、こうして風のように過ぎ去りながら生きていると言うのに。けれど、ここには確かに『永遠』という1つのカタチがある。
シスターと兄さんの魂、そして私を「愛してる」と言ったカインの愛情――。
あれだけ遠かったのに、こんなにも時間が経っているのに。消えはしない貴方の姿にまた涙が溢れそうになる。
――…でも、私は……。
「カイン…。解ってるでしょう?私はもう聖遺物なんか持ってない。魂なんてこれっぽちも残っちゃいないの。ここで私が死んだら、この先どれだけ貴方が長い間私を探しても、未来永劫会えないと思うから……。」
そう、私はこの生が最期。この人は13年と言う長い月日の中、私を探してくれていたけれど、これじゃあ兄さんと同じになっちゃうじゃない。たった独りで長く生きて、移ろう景色だけを見て生きるなんて寂しいじゃない。
「……知ってる。けれど、これは俺だけしかできない最後の好意。」
「好意……?」
「例えもし、お前の命が尽きたのならば、シスターがジルヴァにしたように俺が未来永劫傍で守るから。だから、俺を信じろ。」
ああ、そうだ。この人は嘘なんて吐いてない。
戦ってきた時も、最後の時も、全部全部、約束を守ってくれたから。
「――…信じるよ。」
もし、この世界が私達にとって、優しい世界であってもこの『約束』だけは『永遠』に続くはずだから。
だから、今私が言う言葉は、これしかない。
「言っておくけど、浮気なんてしたら許さないんだから…。私、これでも頑固で粘着質なんだから……。」
すると、耳元でくすっ、と笑って一言。
「知ってる」
その瞬間、私とカインの唇が重なる。これが私達の永久の誓い――…
もしかしたら、あの事件が起こった時から、私はきっと彼の事を愛していたのかもしれない。
「ねぇ、カイン。」
「何だ?」
「私ね、シスターの後を継いで、あの頃から…ううん、こうして13年経った今でもあの教会にいて、今は神に仕える身なの。」
その『神』という私が仕えているのは誰だか分からないけれど、きっとそれは皆が口にする『主』や『白銀の王』でもなくて――…元ドイツ国軍ダズ・ライヒの大隊長のレイラ・フォン・アルセウムという英雄であって、もう半世紀過ぎた頃には神に仕えていたメーシュ・アルセウムというたった1人の存在と今は安らかに眠る、方丈深白という存在であって欲しい。
「…つまり、結婚は無理、と?」
なんて低い声で引き攣った顔のカインの姿を見て、私は自然に笑っていると、今度はカインが顔を赤らめる番。
「何、そんなに笑ってるんだよ?」
「あははっ、だって私貴方のそんな顔見た事なかったから。」
そんな風に笑っていると、拗ねた子供のように再びポッケから煙草を取り出しては吸っている。
甘い香りが漂う中、私は風で靡く髪を耳に掛けながら1つだけカインに問いかけた。
「ねぇ、今も…ううん。ずっと『カイン』って名乗るの?それとも『ヴィルヘルム=エーム』って名乗るの?」
「ああ…」
そう短く答えると、口にしていた煙草を手に持ち替えて私の問いかけに答えてくれた。
「『カイン』はアダムとイヴの子供で、鍛冶の始祖――…もし、俺を教会に置いてくれるならこの名前で構わない。もう、あんな姿にならなくたって、大事な物は守れるからな。それにヴィルヘルム=エームはもう半世紀も前に『死んでる』んだ。そう名乗る訳にもいかないだろ?」
「じゃあ、私が新しく名前を付けてあげる。」
「?」
黒い髪に、相も変わらず黒い恰好をした私よりずっと背の高い彼。
だったら、この新しい世界での貴方に似合いそうな名前を付けてあげる。気に入ってくれるかどうかは分からないけれど。
「――『燈夜』。夜のような暗い場所や人生の起点でも明かりが灯せるように…って言うのはどうかしら?」
すると、目を見開きながらこっちを見つめている。
それもそうだろう――…だって彼は過去に父を亡くして、母親と妹を守って、結果的にはあの殺戮ゲームに参加させられてしまったのだから。今まで彼が歩んで来たのは、とても、とても暗く血みどろな世界でしかなかった。
だから、今後1人の人間として生きて行く彼と共に温かい光に照らされた道を歩いていきたい。
「良い名前だ」
そう言うと、今まで見てきた中の彼の表情(かお)の中でとても綺麗で優しい頬笑みを見た。
すると、大きな掌を私に差し伸べて、私の名前を初めて呼んでくれた。
「帰ろう、緋真。俺達の居場所へ。」
「ええ」

桜の花びらが舞い散り、温かい風が吹く中で、私はたくさんのモノを見てきた気がする。
リゼ
日暮
我妻先生
藤堂教授
崇美さん
そして、兄さんとシスター――…。
大丈夫、皆はここにいるよ。この街で、平穏なこの場所で笑い合いながら、生きているよ。
「……ずっと、ずっと、見守ってくれて有難う。」
時は、季節は回る。まるで、円環のように。
けれどもそれは『終焉(おわり)』なんかじゃなくて、『始まり』として。
私は――みんなはもう大丈夫だから。
『緋真』
風に乗って流れてきた私の名前を囁いた2人。
『――時よ、止まれ…』
君はいつまでも美しいから。
その、祝福の魔法の言葉に私は、微笑みながらたった1つ、言葉を残した。

「Auf Wiedersehen…Ja wichtige Leute.」


fin.

Der toric endet

長い中、ご愛読ありがとうございました。

これは私が同人設立の元となった作品でございます
元々これの前身は某出版社様の方にお送りしたのですが、ひと騒動あって日を見る事もなく終えてしまいましたが、改変し今こうして皆様が見ている事に喜びと安堵感を覚えております。

ファンタジー作品なので事件のトリックは正直無理やりつぎ込んだ感じで、これは犯人達の能力と並行して作ったのですが、第4話は正直言って辛かったです。他の犯人達のトリックや能力はなにも書かずにやってきたのですが、藤堂教授だけどうしようか……と悩みに悩み……けれども最後の最後で作者もびっくりなとてもいい活躍をしてくれたので、まぁよかったなと。
他にも緋真を始め色んなキャラクターに思い入れがあるので(特に飛影さん)、ラストは総力戦となりました。
前身の方の作品は「ジルヴァの異常性が足りない」だとか「何故これだけの人間を従えているのか」という事も言われましたが、彼も彼で最終的な渇望は『死』ではなく『母に愛されたかった』の一言であって、自身の母を自らの手で殺し悔恨している中で白い蛇と出会い、彼の人生は狂い長く見てきたこの世を自らの手で終わらせたかったという訳です。
なので作品中でも緋真も言ってましたが、世界が彼をこうさせた。特異点であるが故に人間とはまた違う人物――白にこだわってたのも、全てを白紙にしたいと言う純粋な思いからですかね。

でも正直驚いたのはラストでカインがいつ緋真に惚れてたか
多分、あの5話での戦闘辺り……?だとしたら緋真もそこか、ラストの総力戦の所で惚れてたんでしょうね。なんというダイナミックな恋愛。ちなみにここはすごい好評でした、何故か。

作者として全キャラクターを愛してますので1人1人語りたいですが、それはまた別の場所で……ということで

ちなみにこの作品は続きがあります
ミステリー作品ではありますが、これを踏まえて読んで貰えると納得できるかと
その作品も後々に上げていくかと
もし、この作品で「○○の話、○○との話が見たい!」と言われれば書いていこうかと思います
詳細はブログにありますが、飛影個人の話やシスターとジルヴァの話もデータが復旧できたら同じく『Der toric endet』作品として提供できたらいいなと思っております。

それではありがとうございました

13,10.16 常世誓

Der toric endet

2007年――榊原市で連続殺人事件が発生 全ての現況はとある男が成した60年も前の事から 大事な人を失い事件へと足を踏み入れた方丈緋真が見たものは一体なんだったのか

  • 小説
  • 長編
  • ファンタジー
  • 恋愛
  • アクション
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-10-16

Copyrighted
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