がらくた

1

息を潜めて耳を塞ぐ。
それでも厄介なことに、奴は隙間を見付けては侵入してくる。言葉が入ってきては私に鋭い刃を投げつける。そして嘲笑うのだ。無邪気な小さい子供の姿で、惨めな大きい子供の私を。奴は耳から入り、血潮を流れ全身を駆け巡る。
最後にやっと心臓にたどり着くと、そこで動きまわり荒らしていく。それによって嫌になるほど息が乱れ、ズキズキとした傷痕を残す。

はやく、おわればいいのに。

小さく漏れたはずの声は不安定なそれのせいで出ることは叶わずに、ただただ中を縦横無尽に駆け巡るだけだった。

2

そよ風が外から踊り来て、ぱたんと読んでいた本を閉じた。それを閉じた後でも頭の中はまだここではない何処かの世界を飛んでいる。
綺麗な花畑をびゅうん、とひとっ飛び。笑顔に満ち溢れる社会を見下ろした。紙の束の中ではこんなにも美しい世界が描かれている。コンクリートジャングルに行き交う人々。笑顔の下の欺瞞に僕はいつも怯えている。
現実はなんと無情で、非情で、寂しいのだろうか。
違う世界を旅する度に現実の色気無さに涙する。紙を一枚めくれば君が居てくれているような気がして、もう何百枚と捲ったのだろう。

目が覚めるとそこには僕しかいないというのに。 

3

口を開けば泳ぎ出るのは恨み辛みの泡たち。プランクトンにさえ成り得ないこの世の掃き溜めさ。口許に浮かべる下卑た嘲笑。ねえねえ、と僕に笑いかけて引きずり込む。そうして行き着く終着駅では灰色の駅長さんが手を振って僕を待っている。
嫌いだよ。音さえ紡げない憐れな唇でさあもう一度、大嫌いだよ。
割れた鏡の奥で微笑んでいる汚い自分に唾を吐いた。

4

「あんたのその目、大嫌い」
突然言われたその言葉に息が詰まる。そっと伺うようにしてみた彼の横顔はいつもと変わりがない。ますます意味が分からなくなる。どう反応すればいいのか、視線をさ迷わせる私に彼は淡々と追撃する。
「無意識なのかなんなのか知んないけどさ。その見下すような目、すげー不愉快」
時間をかけて言葉を咀嚼し終えた私が出せたのはほんの少しの言葉。
「そう言われても」そう言った私に彼は表情を歪めた。
「……なに、人生つまんないの? そんなんあんたが物事を斜に構えてるからだろ。それとも何? 高尚な私からしたら皆馬鹿ですーってか」
冷たいなかに憎々しげな色が混ざる。この時初めて怖いと思った。好きの反対は無意識。誰だかが言ったその言葉は嘘だと思った。だってほら、私は今恐ろしいぐらいの憎悪を感じている。

そんなこと、ない。
そう言いたかったのに喉奥が張り付いたように声がでない。どこからか聞こえてくるピアノの音色が私たちの沈黙をさらった。

5

どうしようもなく心が震えた。苛立ちや、申し訳なさ、恐れ。他にも色々な感情が複雑に絡み合っていく。
俗に言う逆ギレっていうことは解っている。図星指されて取り乱して、どうしようもない奴だって解っている。解っているけど言われたくなかった。いや、解っているからこそ言われたくなかったのだ。胸になにかが詰まったように息が続かなくなる。
今日は朧月夜だ。

滲んだ視界に映った青い月は冷徹に私を笑って見下していた。

6

「初恋は叶わないってよく言うよね。……何でだと思う?」
「……」
「私はね、初めてだからそれが恋って気付かない間に時が過ぎちゃうからだと思うの。そして離れた時に初めて"ああ、好きだったんだなー"って気付く。……でも、もう遅い」
「じゃあお前も、」


「いいんだよ、もう終わっちゃったから」

がらくた

がらくた

乱雑としたかなり短い話の集合体。

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-10-16

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