ショートケーキを下さい
「ショートケーキを下さい。」
駅で家族の人数分のケーキを買った。
雨も凄いし、荷物になるかなと思ったけれど。
ショートケーキは今、結果として私の手に入った。
しめしめ、もうすぐで食べてやるからなという、外国の絵本にありそうな巨人のセリフを思いつく。
チャリンと財布に小銭が大人しく入っていった。
改札の中へと入って、多くの人の真似をしながら急ぎ足で階段を降りた。
駅のプラットホームからは、切り取られた夜空が見える。
風と雨が互いに対戦していて、何とも言えない。
何とも言えないことなんて、わざわざ報告しなくていい。
とりあえず、雨風が強くて、台風前夜って感じ。
それでも、電車は負けずと動いているから、凄いね。
感心して身震いする。
いいや、寒いだけかも。
電車が到着してから、私は両耳にイヤホンを押し込んだ。
車内では、キュッキュと靴裏が鳴く声が聞こえる。あの人の足の裏は特に煩い。イヤホンをしていても聞こえる。
ウォークマンからは、一年くらい前に入れたブルースが聞こえる。
懐かしいな。
ブルースの曲調が、少し憂鬱な気分にしたから、電車の扉に寄りかかって上目遣いで空を眺めた。良い子は真似しちゃいけない。
車窓から見えるのは、黒い景色ばかりで少々怖気づく。
夜は、嫌い。
特に、嵐の夜が……。
よく見ると、黒いばかりじゃなくて、ネオンの明かりが点々とある。星みたいだと言ったら、星の神かなんかに怒られるかな。そんなの居ないか。
電車は加速していく。
当たり前だけど、どれもこれも、過ぎて行くんだね。
最寄りの駅に到着する頃には、一頻り雨が強くなっていた。或いは、地域が異なったから、雲がナントカで降水量も代わったのかもしれない。
ナントカとは?
お腹が減ると、適当になる。
今のは言い訳かな。
改札を出て、傘を開く。
すぐさま雨粒の襲来に見舞われる。
雨に耐える傘、早くも靴とスカートが濡れて少し不機嫌になる私。
嫌よね、違うことを考えましょう。
この前に買った、真新しい便箋のことを思い出す。友達に書いて送ろうと買った物で、確か昨日の夜、机の中にしまったっけなあ。
ちょっと待って。
そんな事より、ショートケーキの存在を忘れていた。
傾いて崩れていないといいな、ショートケーキ。
ショートケーキの入った箱を、丁寧に持ち直す。
傘をさしているのに、雨が横からさしてきて、髪の毛が濡れた。
髪の毛を指で耳にかける。
その後、貴方は、その指で、そう、憂鬱な気持ちのまま、文章を書くのでしょう。
こんな日に書く文章は、荒いに決まっている。
やっぱり、天気の悪い日は嫌い。
ショートケーキを下さい