麗麗 -ライレイ-

麗麗 -ライレイ-

ブログで勝手に連載していた黒歴史青春日常ストーリー。
1話ごとにチャプター分けしています。
文章の正しい書き方、ルールをよくわかっていないので適当に書いています。

同姓同名?の転校生

目覚めは最悪だった。
起きて寝るだけの春休みのせいで生活リズムは完全に崩れてしまっていた。
「チッ」
苛ついた表情を保ちながら、テーブルの無造作に置かれたコンビニの菓子パンを少しだけかじって後にする。

時間は限られた上に少ない。
足をぶつけながら洗面台に駆け寄った。
針金のように曲がった寝癖。だが同じように簡単には戻らない。
普段使わないワックスを手に絡めて、耳に掛かるか掛からない程の髪に見よう見まねで触ってみる。
「……よし」
誰が見るでもなく自己満足で鏡の自分に相槌を打った。
カバンに適当に何かを突っ込んで寮のおばさんに軽く会釈する。
「おや?遅刻するわよ ダッシュダッシュ!」
「すいませーん」
よくある一連の流れを受け流し、数百メートル先の校門に飛び込んだ。
学校のシンボルになっている大きな桜の木。
すっかり満開な様を見て心が和まないわけがない。
それは遅刻気味の少年、叶田 麗(かなた らい)も同じであった。
「……綺麗だな」
そんな独り言を呟いた後、前から聞きなれた男の声がライに言う。
「おいっ!お前はいつからそんなロマンティストになったんだ?」
そんな暇があったらとっととクラス分けの表でも見て来い。
もしかしたら名前がないかもな がはははは!」
「はいはい 分かりましたよ」
ライはめんどくさそうに答えた。
去年の担任 緒方 誠司(おがた せいじ)
年齢は36歳。
教科は体育、筋肉質の大柄な男で爽やかなルックスを持っているが、絡みづらい中年のキャラとのギャップがどうしても笑える。
誠司をかわしてクラス分けの表が張ってある下駄箱に行く。
遅刻気味であったおかげか、周りには誰もいなかった。
2-1の欄に名前を見つけた。
知っている奴の名前も多く、ライは軽く息をついて教室に向かった。
階段を3つ上り、一番端の教室。
「おーっす! 今年もよろしくぅ」
「お前とは一緒になりたくなかったよ」
「ちょ、そんな連れないこというなよ!」
「ははは、冗談」
中学からの友人 畔江 煌(くろえ こう)との約束のやりとり。
くっきりとした二重瞼にベリーショートがよく映える少年で身長はライとほとんど変わらない。
そんな煌のお調子者でからかい易い所がライは好きだった。
適当な席に着こうとするライに煌は嬉しそうに話しかける。
「転校生来るらしいぜ!女子だぜ 女・子!」
「お前朝から何鼻の下伸ばしてんだよ。気持ち悪いから離れろ 変態がうつるだろうが」
「な、何ぃ!? だったらうつしてやるぜ。喰らいやがれ!ひっさ……イテッ」
そこにいたのは仮担任の誠司だった。
「とっとと座れ、朝から元気なのは感心だがな」
煌は相変わらずニヤニヤしながら席に着いた。
「え~今日からの新しい仲間を紹介する、仲良くしろよ」
斜め前に座っている煌がほら見ろと言わんばかりに視線を向けてくる。
それに対してライは口元だけ笑みを作って返してやった。
「おーい、入って来い」
扉が開けられる。
肩にかかるくらいのさらさらの黒髪、肩幅の狭い華奢な体つき、少しお嬢様のようなルックス。
煌の言うとおり女子だった。
ただ思った以上に美人だったらしく、この角度から煌がすでにその少女に釘付けになっていた。
にやついた表情から何を考えているかは一目瞭然だった。
それでもライはそんな感情は特に抱かなかった。
しかし彼女が黒板に名前を書いた瞬間、ライは思わず目をカッと見開いた。
カツカツとチョークと黒板の擦れる音が響く。
書き終わると同時に彼女は黒板に背を向けた。
黒板に書かれていたのは
叶田 麗
そして少女が口を開いた。

「はじめまして、叶田 麗(かなた れい)です」

気にくわねぇ

「はじめまして、叶田 麗(かなた れい)です」
柔らかい声。
風が吹けばそのまま窓の外に流されていってしまいそうだ。
それでいて必要以上に気品があって、気取っていなくてもそんな風に聞こえてしまうのだからお嬢様のようなルックスにも納得がいく。
不思議な少女だ。
転校生という初々しさがあまり感じられずまるで去年からこの学校にいましたというような雰囲気。
そして「そういえばそうだった」と思わず言ってしまいそうなほど。
教室に入ってきて5分と経っていないにも関わらずすでにこの場所に馴染んでいる。
斜め前の煌は、黒板にライと同じ名前の文字に驚いてしばらくライと転校生を見比べていたがその少女の声を聴いた瞬間に再び釘付けとなっていた。
「じゃあ 叶田の席はあそこだ」
誠司はわざとライに目を合わせた後、その真横の席を指差した。
少女はライの前を横切ると、その隣の席にゆっくりと座った。
その時に彼女の髪が靡くと同時に香ってきたのはほんのり甘いシャンプーの香り。
一体どんな高級品を使っているんだろうと考えようとしたがそれは嫉妬心むき出しの煌の睨みつけによって阻まれた。
「始業式の後はお前らも自己紹介だ。これからの自分をアピールするチャンスだからいい内容を考えておくんだぞ。つっても校長の話はちゃんと聞くんだぞ がはははは」
相変わらず反応の仕方に戸惑うような言葉を残して誠司は教室を後にした。


「今年の我が校自慢の桜の木はこれまでになかったほど華麗に咲き乱れ―――」
ぽっちゃりとした体系に丸い眼鏡。
そしてバーコードのように薄れた頭。
どちらかといえば部長のほうが似合いそうな校長の長い話。
去年もそんなことを言ってなかったかと疑いの眼差しでステージの上を見ていると、真後ろで煌が退屈そうに欠伸をしているのに気づいた。
頻りに眠いだの暇だのぶつぶつ言っている煌に黙れという意味を込めてわき腹に肘打ちを喰らわせてやったら、思ったより効き目があったらしく飼い主に怒られた犬よろしく黙り込んでしまった。
そんな下らないやり取りに周りのクラスメイトたちは必死に笑いをこらえていた。
してやったりという気分で後ろを少し振り返ると、にやついた面々の隙間からひと際可憐に咲く一輪の花のようなレイを見つけた。
そのレイが全くの無表情で前だけを見ていたのでライはつまらない顔をして元に戻った。
「可愛くねぇ」
「でもそこが良かったりして……アッ」
独り言に対してこれまたイラッとくることを言うもんだからかかとで思いっきり馬鹿のつま先を踏んでやったのだった。


「いやぁ~転校生の女子って可愛く見えるっていうけれどあの子は格別だねぇ~。あんな可愛い子見たことないよ!これってもしかして……ディスティニー?突然現れた謎の美少女。こんな設定はゲームだけだと思ってたけど……決めたぜ!今日からレイちゃんは俺の――イテッ!」
「お前幸せだなぁ」
恥ずかしい台詞を堂々と言う煌の頭をカバンでコツンと叩いた後ライは呆れたように呟いた。
「あぁ、俺は今幸せの渦のど真ん中にいる……これぞ青春!」
コンビニの駐車場で下手な文化祭の劇のように両手を広げてまたしてもこんなことを言っている。
「だからそれが恥ずかしいんだよ」
ライの冷めた突っ込みに煌はようやく我に返り、恥ずかしそうに炭酸飲料を口に含んだ後、ぷはーっと爽快に息を吐いてから再び喋りだした。
「それにしてもびっくりだよなぁ、お前と同じ名前だなんて」
「同じじゃない、読み方が」
「いいよなぁ、あんな子とそんな共通点があって。羨ましいぜ!こんの野郎!」
ライは自分の名前を気に入っていた。
今までに同名の奴なんて知らないし、何しろ「麗」と書くところが好きだった。
読み方こそ違うものの、よりによって一番被って欲しくないところが被っているなんて。
その上自己紹介の際にライが黒板に自分の名前を書いてもレイは大した反応をしなかったのだ。
彼女がそうした時に自分がかなり驚いてしまっただけにライはそれが悔しかった。
昼前の青空を切り裂く飛行機雲を眺めながら自分もまだ餓鬼だと苦笑するのだった。

うるさい外野

「よっ!元気にやってるか?」
「まぁな、てかお前どうしたの?」
平和な昼休み。
新学期が始まって1週間。
何か生活に変化があったかといえば恐ろしくない。
唯一変わったことといえば、謎の転校生、レイがやってきた程度だろう。
だがそれはライにとって大したことではなかった。
転校生がやってくることぐらい別にめずらしいことでもない。
実際ライ自信も転校を経験したことがあるから尚更だろう。
それでも他の連中は流れ星を見るくらいの確立で考えているのかもしれない。
「すげぇ美人が来たんだろ?で、どの子よ? もしかしてあの子か?」
ライとの軽い挨拶をすぐ隅にやり。
中学生が帰り道に如何わしい雑誌を見つけたときのように
下心むき出しでがっつく少年は 樋野 瑛(ヒノ アキラ)
1年の時にライと同じクラスだった。
身長はややライより低い。
モテたいがために髪を伸ばしていて今は肩に掛かろうかという所まで差し掛かっている。
だがそれが裏目に出ていることをライはあえて教えない。
「煌の奴がさぁ、ヤバイヤバイって言うから俺が吟味にやってきたってわけよ」
「へぇー」
瑛がここにやってきた理由なんかより、ライにとっては購買部で買ったアイスが当たりかどうかのほうがよほど重要だった。
「おぉ!アッキーじゃんか」
似たもの同士の煌が焼きそばパンを両手に走ってきた。
「ったく獲るの大変だったんだからな。俺が奮闘している間にアイスだけ買って戻りやがって。ちょっとくらい待っててくれてもいいだろうが」
ライは笑いながら「溶ける」と言って焼きそばパンを代金と引き換えに受け取った。
「ところで我が戦友、煌くんよ 、例の転校生っていずこに?」
瑛は煌の肩を叩きながら教室を見渡した。
「彼女ならほら、あちらにいらっしゃいますよ」
煌も瑛と同じようにおどけて屋上に通じる階段を指差した。
「何!あそこか! 待ってろよ麗しの転校生」
階段に吸い込まれるようにして一人のバカな男子高校生は走っていってしまった。
「いいのかよ」
「いいのいいの、ライバルは少ないほうがいい」
煌は声を潜めて言った。
レイはずっとライの隣の席にいた。
そこでずっと読書に勤しんでいた。
今のやりとりは確実に聞こえていたはず。
それとも文字を追いかけるのに必死で聞いていなかっただろうか。
どちらにしても彼女は相手にしようとはしないだろう。


5限目が始まる前に、ライはシルバーフレームの眼鏡をかけた少年の机の前にいた。
「全くお前はずっとこれだな」
「いつもありがとさん」
ノートの答えを必死に写しながらそう言った。
「今度からは金とってもいいんだぞ」
里伊 美鶴(サトイ ミツル)は冷静にレンズ越しにライを見つめながら軽い脅しをかけた。
ライは少し眉間にしわを寄せてご勘弁と言うように手を軽く横に振った。
「お前次からは叶田さんに見せてもらえ」
「は?」
「彼女、前の学校ではなかなかの成績だったらしい。それになんだかんだでお前が彼女に近づきやすい。席も隣だし、名前の件もあるからな」
「お前なんでそんなこと知ってるんだよ」
「情報とは常に手に入れるためにあるんだ」
美鶴はくいっと眼鏡を指で押し上げて少し笑った。
彼なりの冗談のつもりだろうが、普段のキャラからしてあまり冗談に聞こえないところが怖い。
それにわざわざレイを話に持ち出した時点で、悪意に満ちている気がしてならない。
ライは思うこととは反対に
「そんなことすりゃあ煌に恨まれる」
同じような冗談で返したところでチャイムが鳴った。
ライだって彼女がどんな存在なのか全く知りたくないわけではない。
ただ常に完璧な風に見えるレイに、自分から話しかけるのは負けた気がする。
煌ならここで様々な戦略が浮かんでいるのだろう。
ただそこまでしたいとは思っていないし、そんなことのためにキャラを崩すのも嫌だった。
しかし運命とはあまりにも急展開なものであった。
英語の教師がチョークを持つのと同時に、天使のような声は初めてライに話しかけた。
「教科書見せてもらっていい?」

綺麗な花には刺がある

一見非の打ち所がない彼女に話しかけることを変なプライドが働いて出来なかった。
それがどうしたことだろうか、レイは不覚にも忘れ物をした。
そしてライに見せてもらうように要求してきている。
しかもとびっきりのお嬢様スマイルを添えて……。
正直可愛い。
煌や瑛なら鼻血ものに違いない。
これが俗に言う‘萌え’てやつなのか?
ライは今考えたことを脳内でしわくちゃにした。
せっかくのチャンス。
色気にやられて失敗しましたじゃあ面目丸つぶれである。
ライは天使の微笑みに、獲物を見つけた肉食獣のように口元に小さな笑みを浮かべた。
そして彼が口を開いた時、レイは天使から普通の人間に成り下がった。
「嫌だと言ったら?」
その言葉はレイにしか聞こえていないなずだった。
それなのに教室全体が凍りついたような感触に襲われた。
レイの表情がくっきりと変わるのが見えた。
瞳が見開かれる音が聞こえてきそうなくらいだった。
少し驚いたような顔をした後、寂しげにライから目を反らした。
「そう……ごめん……」
助けを求めてきた少女に手を差し伸べるどころか、蹴落とそうとしている。
誰がどう見てもライは悪人。
可哀想だったかもしれない。
こんな展開になるとは思っていなかった。
普通こういう場面ではあっさり机を繋げる。
頼んだ側は八割方イエスの返事が返ってくると考える。
頼まれた側だってよほどのことがなければノーとは言わない。
だが返事はノー。
同じ『叶田 麗』であることが少し気に入らなかった。
しかもそれを全く気にしないことが尚更に。
レイは何も悪くない。
悪いのは十中八九ライだ。
少しからかうつもりだったのに、彼のエゴのためだけにレイは傷ついた。
ライはそんな罪悪感に飲まれそうになった。
「嘘、ほら」
ライは自分から机の両端を合わせ、教科書を中心にポンと置いた。
怒っているだろうな。
ライはしばらくレイを見ていたが、やはりこっちをむこうとはしない。
「悪かっ――
謝罪の台詞は不意にレイと目があって遮られた。
そこにあったのは悲しげな少女の顔ではなかった。
最初と変わらないお嬢様スマイル。
しかしそれは皮肉を覚えていた。
天使の微笑み……いや、小悪魔の嘲笑と言ったほうが正しい。
自分の口がひきつるのが分かった。
余計なことをした。
どうして自殺行為であることにもっと早く気付かなかったのか。
それを反省するより先に、レイの口が開いた。
「叶田くんって子供だね」
やられた。
からかうつもりがからかわれた。
レイはライの心を読んでいるようだった。
勿論あり得ない。
おそらく以前にも同じことをされたのだろう。
一瞬の隙を突いたこの行動が、まさかの二番煎じ。
そのことは失敗したライに追い討ちをかける。
あの表情の切り替えを誰が演技だと思うだろうか。
純粋な微笑みを壊すのは誰だって気が進まない。
ためらいを押し倒した先には、本気で落ち込む横顔が待っている。
そんな男子ならそっと抱き締めてやりたくなるような少女の姿を見たら、自分の行いを後悔するのは当然だ。
彼女はライが返事した瞬間から、もしくは話しかける前からこうすることを決めていたのだろう。
可愛い顔して恐ろしい女だ。
綺麗な花には刺がある。
まるでこの言葉の再現シーンのような結末。
ライは教科書をレイの方へ押しやり、机にうずくまってしまった。
煌や瑛には絶対に黙っておこう。
「コイツ……」
そう呟いた後、レイが小さく笑った気がした。

自由の島

「よっしゃー! 今日の任務終了、帰ろ帰ろ」
解放感に溢れる煌とは対象的に、ライはまだ席から立とうとしない。
何か考え事をしているようにも見える。
たが煌はライがそんな悩みを抱えるような奴でないと知っている。
「ラーイくーん、帰ろうぜ!」
「悪ぃ、先行っててくれ。すぐ行くからよ。」
ライがいつもしないような返事をするものだから、煌は少し違和感を感じたが、大して気には止めなかった。
「オッケー、じゃあ“フリ島”な」
煌はそう言い残して教室を後にした。
ライは廊下から聞こえる煌の足音が消えるのと同時に腰を上げた。
目線の先にいたのは、帰る準備をしているレイだった。
放課後の教室、残された二人。
正確にはライは残ったのだが。
女子と教室に二人きりというのはなんだか気まずいような気恥ずかしいような気分になる。
しかも今から声をかけようとしているのだから尚更だ。
こういう展開ではフラグがどうのこうのと煌が言っていた気がするが、いまいち意味が分からない。
だから、ライは取り出しかけた記憶を再び奥にしまい込んだ。
二人の距離は2メートル弱。
教室の出口付近のライと依然机の前にいるレイ。
ライはそこから一歩も動かず少しだけ振り向いて口を開いた。
「今日のこと忘れろよ」
レイは一瞬不思議な顔をしたが、すぐに何のことか分かったみたいだった。
「ありがとう、また見せてね」
偽りのない笑顔という名の仮面をまとった彼女は噛み合わない答えを返した。
やはり少し馬鹿にしているようだったが、感謝しているのは本当らしかった。
もう一度『さっきのこと』に後悔して、ライは廊下に足を踏み出しながら一言付け加えた。
「次は俺が見せてもらう」と。

フリーアイランド。
略してフリ島。
ライたちのたまり場になっている小さなカフェ。
ここの主人いわく、老後は無人島みたいなところで自由気ままに過ごしたい。
そんな夢からこの名前が来ている。
だが主人はすでに60代後半。
もしかしたら彼にとっては、この店そのものが本当の意味でフリーアイランドなのかもしれない。
「もうあの可愛さったらないね、いやマジで。
あれこそまさに地上に舞い降りた天使というのだよ、瑛くん?」
「天使?俺は小悪魔のほうが好きかも……」
「貴様っ!同志ではなかったのか!?こんの裏切り者めっ!」
相変わらずな二人をよそにライはただストローでジュースをブクブクさせていた。
確かにはじめは天使という表現が合っていた気もする。
だがあれをきっかけにライは瑛側に賛成したい気分だった。
「とにかく可愛いし、性格もいいし、成績も……どうなんだろ?」
「前の学校では優秀だったらしい」
浮かれっぱなしの煌に対して、ライはボソリと横から言った。
「そうかそうか、やっぱりな……って、なんでお、お前が知ってんだ!?もしかしてお前もなんだかんだで好きになったんじゃねぇの?」
煌は冷やかしモード全開。
「情報とは常に手に入れるためにあるんだよ」
美鶴の台詞をそのまま引用し、煌の額を小突いてやった。
そしてそのままライは言葉を続ける。
「お前らアイツはやめとけば?
最後は痛い目見て終わりだぜ、実は彼氏いるんですみたいな」
自分のレイに対する勝手なイメージは瑛を我に返らせた。
「っと、それを忘れてたな。俺もあったけなぁ、中学ん時。
すげぇ好きで告白までしたのに、がっかり……」
「その好きだった人って誰なんですか?」
「うん、お前……へ?」
瑛の会話の中に滑り込むように入ってきたエプロン姿にポニーテールの少女。
ライや瑛と比べたらもちろん、レイと比べてもかなり小柄だ。
黙っていれば小学生に見えなくもないかもしれない。
フリ島でバイトしていて、ライも知り合ってずいぶん経つ。
彼女は、笠城 弥依(カサギ  ミイ)
普段からなぜか敬語で話す癖がある。
そのためかバイト特有の接客とは違う自然な感じが評判を呼び、彼女目当ての客も少なくない。
瑛の言うとおり、弥依は中3の頃に瑛に告白された。
だが彼女にはすでに一つ年上の彼氏がいて、瑛の恋は砕け散った。
「お前らの間にそんな過去があったとはな。」
「くぅ~っ!、アッキーやるじゃんかぁ~」
表面上だけで満足するライに対し、煌はその続きを知るために冷やかしの矛先は完全にライから瑛に変わっていた。
「お前はよくやったよ、うん、男だ。
でも残念だったな……ぷっ」
煌は堪えきれずに笑ってしまい、その後の言葉を失った。
その煌の代わりに弥依が口を開く。
「でもね樋野くん、私もう別れちゃったんです。
高校まで追いかけたのに……私、バカみたいですよね」
彼女は無邪気に笑ってそう言っていた。
その笑顔が本物なのか虚勢なのか、それともただの営業スマイルなのか、それは彼女しか分からない。
「え?と、いうことは?」
彼女が何気なく言った言葉には、瑛にまだチャンスがあることを指していた。
さっきまで笑い転げていたくせに、煌はそういうことだけは見逃していなかった。
その場が一瞬静かになる。
瑛は唾を飲み込んでから、じっと弥依の方を見た。
今にも瑛の胸の鼓動が聞こえてきそうだった。
沈黙はわずか数秒。
そしてそれは彼女の笑顔に添えられた痛烈な一言によって破られた。
「私……チャラチャラした感じの人って苦手なんですよね」
モテたいがために伸ばした髪は、瑛を飾るどころか奈落の底に突き落とした。
彼は深い穴の底にうなだれるようにして、テーブルに倒れこんだ。
ライは瑛をよそに、つい弥依とレイを笑顔を比べてしまった。
今度はライにも分かった。いや、ライにだけ分かった。
あれはあの時と同じ。
偽りのない笑顔という名の仮面だった。
「ドンマイ」
ライはただそう言ったが、それは瑛にではなく自分自信に対してだったのかもしれない。

夏の始まり

終業式が終わり、その後のホームルームまでまだ時間があった。
今日1日、使われることはないだろう黒板はやけに綺麗だった。
教室は夏を楽しもうとする雰囲気で満ち溢れていた。
そしてここにも、夏に飲まれた人の代名詞のようなのが一人。
「いいかぁ?高2の夏休みを楽しまねぇでどうするんだって話よ。
夏は何度でもやって来るけどさ、青春は今しかないんだぜ?」
初夏の日差しに頭をやられてしまったのだろうか。
そう思ったが、煌はいつもこんな感じで安っぽいドラマみたいな台詞を平気で口にしていることを思い出した。
「だからさぁ、みんなでどっか行かね?」
「去年も行ったじゃねぇか」
タオルで流れる汗を拭う煌に対して、ライは下敷きを団扇代わりにパタパタと緩い音を立てながら涼しげに話を聞いていた。
「フン、今年も同じだと思わないでもらいたいね。今回はなんと……女の子も誘うぜ!」
どうやら本当に暑さにやられたらしい。
ライは出来れば今、煌を即刻保健室に搬送したい気分だった。
「お前誘えんのかよ?ていうか誰誘うんだよ?」
女子を誘うことに対してライは反対しない、むしろ賛成だ。
ただ問題はそれを言い出したのが煌だということだった。
「そりゃあ……なぁ?」
「いやいや、無理だろ」
煌が誰を誘おうとしているのかはすぐに分かった。だが彼女はそういうノリは相手にしない気がする。
「誰が一人だけを誘うと言ったんだ?」
突然、後ろからの熱気を切り裂く氷柱のような声。
振り向くと太陽を反射させた一対のレンズが眩しく輝いていた。
さらにそれをより際立たせているシルバーフレームを指でくいと押し上げながらソイツは言う。
「そういうことを考えている奴は俺達だけじゃない。ほら」
色白のどこからどう見ても海とか行かなそうな美鶴がずいぶんと乗り気だった。
制服を完全に着崩しているライや煌とは違い、美鶴は完璧に風紀を乱していなかった。
しかもそれでいて暑そうにしていない彼を見ると、ますます夏とは縁遠い人間に思えてくる。
そんな美鶴の後ろに一人の女子がついてきていた。
「ねーねーっ!アタシも行っていいでしょ?」
ショートカットに映える無邪気な笑顔とおそらくチャームポイントであろう時折見える八重歯。
身長はそんなに低くはないが、守ってあげたいとはこういう雰囲気のことを言うのだろうか。
「なんかさー、女の子だけで行くのも飽きちゃって。アタシも畔江君に賛成!じゃあ他の子たちも誘ってみるね」
「じゃあよろしくぅ!」
浮かれた返事を返した煌は、そのまま得意気な笑みをぶつけてくるので
何もしてないくせにとばかりにライは鼻で笑ってやった。
「美鶴って沢井とどういうアレ?」
「沢井 美那(サワイ ミナ)はただのクラスメイトだが?お前らと同じで」
「あっそ」
答えであって答えになっていなかったのでライは呆れ返った。
「たまたま彼女と意見が合っただけさ、それ以上のことはない」
「どこで意見が合うんだよ」
「さぁな、情報とは常に……」
「もいいからそれ。ていうか……お前も来るの?」
美鶴は眼鏡を少し触ってから声なく笑い、席に戻っていった。
人は見掛けによらない。
以前知らされたばかりにも関わらず、再び戒められた気がする。
「アイツもまた、青春したいのだろう。何しろ男だからな?」
美鶴の真似をしたつもりだろうが、大して似てなかったので無視をした。

青春という名の

「え?私……ですか?」
「そうそう、弥依ちゃんも一緒に行こうよ?この夏を青春と言う名のサファイアブルーに染めようよ!」
青春という名のサファイアブルー。
それはもはやただの爽やかな水色でしかないが、煌はそれほどにも浮かれていた。
このテンションならきっとアロハシャツを着て浮き輪を背負い、頭に水中メガネを乗せて街を歩いても、道行く人々はなるほどなと10人が10人納得してもおかしくはない。
だが実際、世間は案外冷たいもので煌のそんな姿を目にしても反応を示す人は少ないかも知れない。
仮に何か言ってくれる人がいるのだとしたらその台詞は哀れみのものか、世間から距離を置かれるようなものだろう。
それを想像するとついおかしくて、ライは顔に出さまいと鼻で小さく笑った。
「でも、私なんかが……」
弥依は少し困った顔をしてうつ向いた。
遠慮しているかにも見えたが、彼女は元々そういう性格なのだろう。
「大丈夫大丈夫。女の子は他にもいるし、みんないい奴ばかりだしさ」
「あ、いえ、そうじゃないんです」
弥依は再び顔を上げて答えた。
ライもその次の言葉が気になってサンドイッチに伸ばした手を思わず止めた。
「私はバイトがありますし、マスターにも迷惑かけられませんし……」
そう言って戸惑いの表情に戻り、持っていたお盆を胸の前でぎゅっと抱きしめた。
それを見ていると、おつかいで何を買うのかを忘れてしまい困っている小さな子を思い浮かべてしまう。
実際に弥依は小柄で、身長もライの胸ほどしかないのだから尚更だ。
そんな子を見かけて誰が放っておくだろうか、少なくともライは放っておかない。
もちろんそう考えている人がもう一人いた。
「それなら大丈夫っぽいぜ、な?」
ライはそう言って目を向けた先に煌と弥依もつられてそちらに視点を合わせる。
ライたちがいる席の真向かいのカウンターの奥で一人の白髪の男性がグラスを磨いていた。
その男性の第一印象は誰がどう見てもジェントルマン。
フォーマルなネクタイとベスト、そして白い髭とくれば誰もが一度はマスターと呼んでみたくなる衝動に駆られるのは間違いない。
そんな巷のチョイ悪親父も顔負けのマスターは三人の方に向けて、ただにっこりと笑いゆっくりとうなずいた。
行ってきなさい。
その笑顔はお釈迦様に相当するほどに神々しいものであり、口では語らずともとはまさしくこういうことだ。
「あ、ありがとうございますっ!」
弥依は天使のようにあどけなく純粋な笑顔を浮かべ、深く礼をした。
それは普段の営業スマイルとは違い飾らないもの、いや、日頃から飾ったことなどないように思えるがその時のそれはいつも以上に無垢なものだった。
いつかのレイのものもそれは素晴らしいものではあったが、また違った印象を与える。
ライが前者のほうを好んでいることはもちろん煌には秘密である。
「よしっ、じゃあそういうことでよろしく!」
煌は同時に立ち上がり、ライも後に続いた。
「ありがとうございました」
弥依はその時はすでにいつものフリ島の看板娘の顔に戻っていた。
この切り替えの良さ、遭遇するたびに関心を抱いてしまう。
「じゃあまた来まーす」
ライたちが店をでようとしたその時だった。
「ちょっと待ったぁぁぁぁっ!」
突然安っぽいヒーローのようなかけ声の後、扉が開かれた。
カランカラン。
現れたのは瑛だった。
しかしいつもと雰囲気が違う。
「あはゃー、これまたすげー展開だなぁ」
「樋野君どうしちゃったんですか!?」
モテたくて伸ばしていた髪。
それをばっさりと切り、剪定済みの植木のようにすっきりさっぱりな短髪の爽やか少年がそこにいた。
「こいつマジだな。なぁ弥依、モテるのも罪だと思うけど?」
「へ?何がですか?」
弥依は天然だから気づかないんだろう。
今、目の前にいる男がこの夏に賭けているということを。
「もう今までの俺じゃない、この夏を青春という名のエメラルドグリーンに染めてやるぜ!」
青春という名のエメラルドグリーン。
それはもはやただの爽やかな緑色でしかない上、この男は一体どこに行こうとしているのか。
「俺も連れてってくれ、ひと夏の冒険によ。なーに、山なら俺に任せな。大自然が俺たちを待ち焦がれてるぜ」
誰かさんに負けず劣らずなほどの恥ずかしい台詞。
いつもなら現実に引き戻される側の煌がめずらしく今回はライの役を買って出る。
「いや、夏といえば海でしょ」
あれほどまでに格好つけていた瑛の顔がみるみるうちに間抜け面に変わっていった。
「……えっ?」

バカのバカンス

『ラーイーくーん』
朝早く、といっても午前4時半は早すぎる。
まだまだ夢の世界を満喫したかったライだったが、うっとおしいモーニングコールによって現実に引き戻されてしまった。
携帯電話の向こう側の声が女の子のものであればいいのにと思ってはみたものの、残念ながらそれはやけにテンションの高い少年の声のままだった。
『おっはよーだぜ!今日はいつも以上にアゲアゲで行こうな!』
最初は何を言っているのか分からなかったが、ライはようやく理解した。
コイツ、多分寝てない。
修学旅行前日にテンションが最高潮に達してしまい、なかなか寝られないあれだ。
そして煌はそれの模範生というわけだ。
「お前バッカじゃね?」
『バカのバカンス……なんつ―――』
ライはとっとと電話を切り、再び夢の中へ迷い込んだ。


ピリリリリリ、ピリリリリリ
目覚まし時計が鳴り、ようやく本来目覚める時間を示していた……はずだった。
太陽の光が窓からライを照らしている。
校門前に8時に集合と煌に聞かされていた。
ライは光にまだ慣れていないのか片目だけで時計の針を追った。
8時半。
その瞬間今にも閉じそうな目を無理矢理にでもこじ開けて、急いで支度をして家を飛び出していく。
と、いうのが普通の人の行動であろうがライにとっては遅刻なんて日常茶飯事であり、学校間近に下宿している身にとってすぐそこへは急いでも急がなくても変わりはない。
だから遅刻の言い訳でも考えながら、ゆっくり支度して家を出た。
しかし、校門前にいたのはどういう訳か煌一人だった。
よく分からないまま煌に手を上げ、使わずに済んだ言い訳を脳の奥にしまい込んだ。
ライに気付き同じように手を上げながら煌が言う。
「ライにしちゃあ上出来だね」
「は?てか何でみんな来てねぇんだよ?」
「8時集合はライだけだよ、まぁ案の定遅刻してるけど。みんなには9時集合って言ってあるからさ」
どうやら煌に一杯食わされたようだ。
遅刻することを予測された上に期待通りの結果となってしまった。
いつも一人で突っ走る煌を端から笑っているが今回ばかりはそうできない。
ライはやられたとばかりにしかめっ面で舌打ちをしたが、煌の外見を見直してすぐにいつもと同じ関係に戻った。
「お前すげぇ荷物だな。どこ行くんだよ」
大きなボストンバックと背中にはリュックサックを背負い、Tシャツ短パンにキャップを後ろに被った姿はどう見ても
「これから田舎のおばあちゃんの家に行くんだ」
と、いうような感じだ。
しかし今回は海に行くだけで、泊まり掛けではなく日帰りだ。
どう考えても多すぎる。
「ふふん、お楽しみさ」
「はいはい、楽しみにしておきますよ」
今日の煌は相当めんどくさい気がする。
いつもめんどくさいけどそれとはまた違う。
まるで今にも何かしでかしそうな目をしているのはただ寝てないだけなのか、それとも本当に物凄いことでも企んでいるのだろうか。
まぁどっちでもいいか。
「おーい」
そう結論付けてすぐに後ろから声がした。
短い髪の見た目爽やかなスポーツ少年と、一際小柄な女の子。
どうやら瑛は弥依を誘いに行ったのだろう。
けれどお互いになかなか話を繰り出せずに結局若干気まずいような感じでここまでやってきたらしく、なんとなく瑛の顔が固い。
弥依も弥依でただ微笑んでいるだけだ。
全くこの二人は……。
不器用な恋の行方を焦れったく見守るでもなく、ライは影ながら応援していたりもする。
どちらかと言えば本当に不器用なのはライかもしれない。
「おはよー、みんな早いんだね」
薄いピンクのどこかのロゴが入ったTシャツにショートパンツ。
そして片方の髪だけをくくってサンバイザーを被った美那の姿は海の家でバイトしてそうな印象がある。
彼女の言葉になぜか煌が代表して答えている。
「まぁね。ライなんかさぁ、楽しみ過ぎて寝てねぇんだぜ?」
「いや、それお前」
今ここにいる面々を見ても、なかなか楽しもうとしているのが伺えるが、普段が楽しい煌なら尚更なのだろう。
「あと二人だね」
美那の言葉を聞いてライは少し考えた。
一人はお坊っちゃま様様な美鶴が自家用バスでここへ来るとして、もう一人は誰だろう。
多分美那が誘った彼女の友人といったところだろうか。
そうこう考えているうちに美鶴のバスがやってきた。
「どうも。みんな揃ってるな、じゃあ乗ってくれ」
窓から少し顏を覗かせたのはいつもの優等生ではなかった。
シルバーフレームの眼鏡はどこへいったのか、代わりにサングラスをかけていた。
「やれやれ、お前もか」
ライはそう言うしかなかった。
バスに乗ろうとして、弥依が何かに気付いたらしい。
あと一人がまだ来てないのでは?
彼女がそう言おうとしつつバスに乗って、あっと何か分かったような顏をした。
まだそれを見ていないライはやたらに大きい荷物と一緒に乗り込もうとする煌を押しのけて、バスに飛び乗った。
そこには白いワンピースを着て、麦わら帽子を膝にのせた少女が一人。
第一印象から狙っているのかとライは考えたが、彼女が少し首を傾けて挨拶代わりに天使の微笑みを見せた瞬間にライは弥依と同じくあっという顏をした。
彼女がここにいるのはなんか違う気がする。
陽気な雰囲気よりは上品というイメージがあるのはライだけだろうか。
それでもライの印象などことごとく無視し、視界の中で自然に周りへ染まっていくレイに出た言葉は
「この人、そういう感じなんだ」
どこかライらしくないものだった。

青く無限大な海へ

こうして男女五、六人夏物語のような人間観察バラエティーのような、なんだかよく分からない時間が幕を上げた。
大体こういう面子で本当に楽しいんだろうか。
これを提案した煌、実は意外と夏が好きらしい美鶴、同じクラスの女子で目の前の楽しいことが放っておけない美那、ここへ来ようとした理由はまだ分からないが、いつもクールで真面目に見えるがいつになくノリノリなレイ。
さらにライたちがいつも行くフリ島でバイトしているかつて同じ中学だった弥依と、その弥依に一方通行の想いを抱えた瑛。
そしてライ。
共通するのは同い年というくらいか。
後はほとんど初対面だったりもする。
瑛と美鶴は喋ったことなどないだろうし、美那はこの中に仲のいい奴なんかいないかも知れない。
弥依に至っては学校も違うし、レイは何で来たのかが分からない。
煌いわく、あれだけ美少女なのになぜかクラスのマドンナ的存在じゃないところが逆にいいという彼にしか言えないような言葉どおり、彼女は実に容姿端麗でかつお嬢様のようなどこか品のある雰囲気はあるものの、特別視されることのない上に何を考えているのかがよく読めない。
転校してきて約半年、未だ謎に包まれているような彼女にはこの場は不釣り合いな気がする。
それにも限らずレイは相変わらずどこにいても画になるのだからライにはもう訳が分からない。
煌はレイが来たのが嬉しいのか、それともただ楽しくて仕方がないのかバカみたいに横で歌を歌っていた。
「ほ~ら~青く無限大な海へ~」
「何だよその歌」
「知らねぇの?今流行ってんだぜ?」
それなりに流行に敏感で着信音は常に流行りの歌にするライが知らないんだから多分流行ってないんだろう。
そんなことよりライはさっきから気になっていることを聞こうと、煌に小声で問いかけた。
「オイ、お前が叶多誘ったのか?」
煌は最初からレイを誘おうとしていたが、普段からレイへの想いについてあれだけ熱く語っているくせにいざ目の前にすると何もできやしないのだ。
以前に席替えをして煌がレイの後ろの席になった時、煌が落としてしまった消しゴムをレイが拾ってくれただけで硬直し、ありがとうすらまともに言えなかったのだから。
だが、瑛のようにこの日に懸けているのだとしたら分からない。
ライがそういう期待を抱いているとも知らず、煌はライの質問に顏を赤くして慌てるように、だけど小声で答えた。
「バ、バカヤローッ!で、できるわけないだろ!そりゃあ誘いたかったさ、けど断られたらなんか気まずいじゃねぇか。俺は安全に舗装された道しか走らないんだ。紙一重な走行なんてできない、いわばペーパードライバーなんだよ!」
上手いこと言ったつもりらしく得意げな顔をしてこちらを見てきたがあえて無視した。
「でもどういうわけかレイちゃんが来てるんだ。あー神様ありがとう」
煌の恥ずかしい台詞がレイに聞こえていればいいのにと思いつつ、窓際に持たれて少し眠ろうとした時だった。
「は~い、じゃあ今から自己紹介タ~イム!」
美那の軽快な声が前列から響いた。
なぜだか彼女は備え付けのマイクを片手にバスガイドよろしく司会を進行し始めた。
それにすぐに反応し、イエーイなどと手を叩く煌。
それに載せられてみんなもよく分からぬままに手を叩くが、今から一休みしようと完全に油断しきったライだけは着いていけなかった。


あれからどれくらいの時間が過ぎたのか。
どうして自己紹介だけであんなに盛り上がり、体力を使わなければならなかったのだろうか。
本来の目的は二の次で、より気分を高揚させるためでしかない。
今回海にへ行くにしてもそれは楽しい思い出のためであり、どんな些細なことでも楽しければ楽しいほど良いことはない。
けれどもライだけはイマイチ楽しいと思えない。
それは自分が周りに着いていけないわけでもなく、ただつまらないわけでもない。
問題なのはライが本当にここに来たかったのか、ということ。
煌に言われるまま成り行きでこの遠足めいたものに参加し今に至るわけだが、自分で行きたいとは一言も言ってない。
それでもみんなは当たり前のように自分が受け入れられ、客観的に見ればライも周りと変わらずに楽しそうに見えているのだろう。
では一体何がそうさせているんだろうか。
ライは座席に身体を全て任せて、窓から見えるただ漠然と風を切りながら走る景色をながめることにした。
普段の自分らしさの無さが虚しく感じられ、しかも1時間近く走るバスに頭脳を揺らされて少し気分も悪くなってきていた。

それぞれ

青い空、白い雲、踏み心地の良い砂浜、鳴り止むことのない波打。
そしてそこで白いワンピースの女の子が麦わら帽子を片手に白波と楽しそうに戯れている。
カメラがあるなら是非ともフィルムに収めたいような、キャンパスがあるなら是非とも綺麗な一枚の絵画を描き上げたいほどに実に素晴らしい光景が目の前で繰り広げられている。
「いや、ないないない。あり得ないから、マジで」
ライは目の前の状況を未だ飲み込めずに半笑いでそう呟いた。
「いや、ありありあり。最強だね、マジで」
恐ろしく力の抜けたニヤニヤとした顔で彼女を見つめながら煌はライにそう答える。
最初からライはおかしいと感じていたが、それも360°を越し始めるともはや否定すら上手く出来なくなるらしい。
あのクールなレイが砂浜で無邪気な笑顔を振りまいている。
ライにはきっとハードボイルドで売っている大御所俳優がアニメ雑誌をまじまじと読んでいるような衝撃映像に見えているに違いない。
これは一体何なんだ……策士か?
だとしたら今までのは全てこの時のためだけの前フリだったということか。
ライの思考はますます異次元へと向かっていく。
このギャップの振り幅を彼女が操るというならば、それに見事に引っ掛かってしまうのが男の性といったところか。
もしも彼女が本当に策士を働いているのなら、そうと疑いながらも少なからず可愛いと思ってしまったライは再び負けたということになる。
「なぁ、やっぱりあの子は天使だったんだね」
仮にライが判定負けだったならば、煌はTKO負けに違いない。
二人はそれぞれに波打ち際の少女を眺めていたが、しばらくすると美那が向こうで絶景スポットを見つけたとかでレイを誘って行ってしまった。
それとほぼ同時に美鶴が後ろから声をかけてきた。
「二人とも腹減ってないか?」
ライは煌に上手く出し抜かれたおかげで朝から何も食べていなかった。
「何だよ、おごってくれるのか?」
その返答に美鶴のサングラス越しの目が少し細くなる。
「そうか、なら着いてくるといい」
彼はバイト先のキャッチよろしく自分がやってきた方向に二人を案内しながら歩き出す。
とにかく言われたままに着いていく二人であったが、煌が小さな声でライに訪ねる。
「なんか……怪しくね?」
同様にしてライも「確かに」と答えた。
少し歩いた先、前方に海の家らしき建物に着いた。
そしてそこのバイトの女の子らしき姿が店の奥からこちらに手を振っている。
それに美鶴が軽く手を振り返す。
「ん?どういうあれ?」
煌の問いに美鶴は振り向き、口元に笑みを浮かべて誇らしげにこう答えた。
「いらっしゃいませ、ようこそ我が家へ」
突然にもてなされ始める二人は唖然とするしかなかった。


「へぇー、ほんなら美鶴のお友達なんやぁ」
「まぁ俺らは何て言うの?親友ってやつ?」
聞きなれない関西弁の問いに対しても煌はいつものように、いやいつも以上に調子の良いことを言っている。
「そしたらライも美鶴の親友なんやろ?」
会ってまだ5分といったところだろうか、別に自己紹介をしたわけでもないのにそのバイトはライの名前を知っていた。
おそらく彼らの会話から読みとったのだろうが、盗み聞きというほどではないがあまり良い気分ではない。
その上、名前も知らないおおよそ同じ年齢くらいの女子に馴れ馴れしく話しかけられたのも気にくわなかった。
「いや、別にそこまでは」
彼女の関西人独特のキャラが少し絡みづらいのは確かだが、だからと言って適当にあしらうほどライも連れない男ではない。
だが美鶴とまだ親友と呼べるほどの仲でないのは本当だ。
「そうなん?せやけどみんなめっちゃ楽しそうにしてたやん」
「はは、コイツはそういう奴なんだよ、あっ俺焼きそばで。お前は?」
「カレーライスとフランクフルト。あとかき氷、みぞれで」
煌はすげぇなとばかりにこちらを見たが一体誰のせいだろうか。
「まいどおおきに。あーそうそう、うち空愛(カアイ)いうねん。三谷原 空愛(ミヤハラ カアイ)。変わった名前やろ?でもうち気に入ってんねん」
そう告げると彼女は普通のバイトに戻り、厨房へと駆け込んで行った。
自分の名前を気に入っている。意外な所に共通点があったものだ。
ライは先程の苦手意識を横目に見ながらも少し親近感を垣間見たのだった。
「なぁなぁ、瑛どこ行ったの?」
煌は冷たい水の入ったグラスを一口含んだ後にライに尋ねた。
「さぁな……」
ライはまるで知っているような口振りで返答した。


その頃、瑛は砂浜前の階段に座っていた。
もちろん独りではなく、瑛の左手に一人分のスペースを開けて弥依も座っていた。

あの太陽に向かって

「綺麗だな」
「うん」
「いつ見ても広いよな」
「うん」
「波の音ってすげー落ち着くよな」
「そうだね」
寄せては返しての反復運動はおそらくこの先永続的に続くのだろう。
その声につい心が安らいでしまうのは人もまた母なる海の子供であるからに違いない。
その優しく雄大な呼び掛けの他にはカモメもまた同じく安らいだように鳴いていた。
磯の香りを乗せて潮風が時折二人の間を吹き抜ける。
まるで明日の遠足が待ちきれなくてはしゃぐ子供のように。
海へやって来て1時間、二人は相変わらずだった。
瑛はただ沖合いに浮かべられた船を呆然と眺めながら弥依にどうでもいいことを話しかける。
弥依も弥依で足元の砂浜に指でぐるぐると円を描きながら少し微笑んでは瑛に相づちを打つ。
短いメールのやり取りをそのまま言葉にしているかのように淡々としている。
良く言えば気恥ずかしいとでも言うのか、悪く言えばきっと焦れったいといったところだろう。
中学時代から二人はよく喋っていた。
瑛が弥依に告白してあえなくフラれてしまった次の日でも二人は何事もなかったかのように普通に会話をしていた。
それから二人はお互いに別の高校へ行くこととなった。
瑛はライたちと同じ地元の高校へ、弥依は当時付き合っていた一つ上の先輩を追いかけて隣町の高校へ。
それでも二人が会えなくなることはなかった。
通学路も途中のバス停までは同じの上、弥依のバイト先のフリ島にも瑛はたまに足を運んでいた。
これほどまでに仲がいいにも関わらず彼氏・彼女の関係になれなかったことを煌によくチクチクとからかわれていた。
しかし以前、放課後にいつものメンバーでフリ島へ行った際に弥依から先輩とは別れてしまったと聞かされた。
そして今、海で二人きり。
「樋野くん、」
先に話題に波を起こしたのは弥依の方だった。
少しだけ瑛へ目を向けると、相手もそれに気付きこちらを向いた。
弥依が小柄なこともあり自然と上目遣いになってしまったせいなのか、瑛は目を合わすやいなや一層緊張が高まってしまったらしくすぐに目を反らした。
当の本人もまたどこか恥ずかしくて目を反らした。
全く、これではどちらがどちらに告白するのか分からなくなってしまう。
弥依は言葉を続けた。
「どうして誘ってくれたんですか?」
「え?いや、それは俺じゃあ……」
「あの時だって、畔江くんに呼ばれて屋上に行ったら待ってたのは樋野くんでした」
確かにあの日、瑛はどうしても弥依を呼び出すことが出来ずに煌に助け船を求めた。
今考えると何故呼び出しが出来ずに告白が出来たのか不思議なものだが、今回は違う。
夏休みに海へ行く計画が決定した瞬間から有頂天となりとにかく女子を誘おうと張り切っていた煌に乗せられて弥依はここにいる。
「私、あまりどこかへ出かけたりしませんからすごく嬉しかったんですよ」
弥依が本当に嬉しそうに言うものだからもう今更違うとは言えなくなってしまった。
「マジで?よかったぁ、たまには羽も伸ばさなきゃと思ったから」
心の中で煌に敬礼しながらそう言った。
友の思わぬ助けにあやかりながらなんとか波に乗れたおかげで瑛はようやく落ち着きを取り戻しつつあった。
「ねぇ、あの雲見て。ミニチュアダックスフンドにそっくりじゃん!」
そう言って瑛の指差した先には大きな入道雲が見えた。
それはどう見てもあの可愛らしい小型犬には見えそうもなく、強いて言うならば大口を開けたジンベイザメの方がまだ納得がいくような形をしていた。
しかし芸術的絵画が素人には落書きと紙一重に感じるように、瑛の発想は一人の心を鷲掴みにするには十分すぎるほど天才的なものだったらしく、隣の少女は幼く見える見た目に合わせたかのように目を輝かせていた。
「ホントだ!とっても可愛いですね。私、前からワンちゃんを飼ってみたかったんです」
「そうなんだ。でも飼うなら絶対チワワだよなぁ」
「私は豆柴がいいです。この前テレビで見てメロメロになっちゃっいました」
「それ俺も見た。確かにあれはヤバかった」
二人はいつしか飼う予定も到底ないであろう犬の話題に花を咲かせていた。
今頃はペットショップにいるミニチュアダックスフンドがきっとあくびでもしていることであろう。
それから約数分間、犬について語り合った後にどうやら落ち着いたのか二人の間に再び静寂が舞い戻り、白波がざぶんと小さく吠えた。
「あの……」
弥依は潮風に靡こうとする前髪を押さえながら言葉を続けようとする。
それに対して瑛は先程とはうってかわって何のためらいもなく弥依の顔を見ることができた。
「やっぱり私、今日来てよかったです。実は少し不安だったんです。私が来たせいでみんながつまらない思いをしないかなって。でも学校も違うのにみんな優しくしてくれますし何より……」
不意に途切れた言葉の続きを探そうと瑛は少し目を大きくして首をかしげて見せた。
「樋野くんとたくさんお喋りできました」
鼓動の高鳴りを感じた。
そのビートに合わせるかのように波は打ち寄せては引き返す。
顔は自然とにやけてしまう。
ただそのままではあまりに不恰好なので何とか普通の笑顔に戻そうとする。
瑛にとっての弥依。
中学時代から知り合いであり、愚痴を聞いてくれる相手であり、唯一仲の良い異性でもある。
そして、最も近くて遠い存在。
こんなに目の前にいるのに手を伸ばしてもいっこうに届きはしないのだ。
だがしかし、瑛はもう一度手を伸ばしたのだった。
波が一気に引いて行く。
「俺だって笠城と話せて楽しかった。だからさ、これからもっともっとつまんないことでも真面目なことでもたくさん話がしたい。ずっと一緒に笑っていたいんだ」
砂浜に押し寄せてきた波は一体これでいくつめになるのだろうか。
その音が今までより大きなもののように聞こえた。
耳から脳へ、脳から全身へ染み渡った頃にふと我に返った。
顔が赤かったのは勿論日焼けのせいなどではなかった。
「ははは、ちょっと頭冷やすついでに泳いでくるよ」
そう言って立ち上がり、ゆっくりと加速して海に飛び込み、できればそのまま藻屑となっても構わない。
そうなるはずだった。
走り出そうと左足を踏み出した瞬間、背中に進行方向とは反対の小さな反発を感じた。
首だけで振り返ってみると弥依がTシャツの背中の部分を掴んでいた。
いや、掴むというよりはつまむと言ったほうが正しいのだろうか。
彼女の小さな口は一体どんな言葉を発するのか。
今の瑛にはそんなことを考えるほどの冷静さはなく、ただ弥依を見つめるだけだった。
「本当は私、猫ちゃんも飼ってみたいんです」
弥依は少しだけ顔を上げて小さく笑った。
瑛は少し間を空けた。
「だったら……俺は……ヨークシャテリアがいいな」
その言葉を海に向けて言ったのは涙ぐんだ顔を男として見られたくないためであった。

麗麗 -ライレイ-

未完です。
この後のストーリーはぼんやりと考えてありますが、書くかどうかは考えていません。

麗麗 -ライレイ-

平凡な高校生、叶多 麗(カナタ ライ)のクラスに容姿端麗で才色兼備の女子、叶多 麗(カナタ レイ)が転校してくる。 二人の叶田 麗とその周りの愉快な仲間たちの多分よくある青春日常ストーリー。

  • 小説
  • 短編
  • 青春
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-10-16

Copyrighted
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  1. 同姓同名?の転校生
  2. 気にくわねぇ
  3. うるさい外野
  4. 綺麗な花には刺がある
  5. 自由の島
  6. 夏の始まり
  7. 青春という名の
  8. バカのバカンス
  9. 青く無限大な海へ
  10. それぞれ
  11. あの太陽に向かって