ドラフト傲慢会議



暑い。
のは嘘だ。先週半ばに大暴れしていった台風が秋を引っ張ってきたようで、高校(と書いて うち と読む)の校門にあるキンモクセイもちょうど今週の頭くらいには匂いがするようになったし、何より、こざっぱりとした風が全身を撫でてゆくのが心地良い。運動のしやすい季節になった。


「安藤さぁん」
「おー」
「安藤さぁん」
「しつけぇっつーのー、何だー」
「聞きたいんすけどー」
「おー」
「ナツタイのレギュラー、あれ父母会も絡んでるってマジっすかー」
「マジっすよー」

あまりにも簡単に返ってきたので、拍子抜けしてしまって言葉が続かなかった。とりあえず、自分の足元めがけて跳ね転がってきているボールがをグラブですくい取った。少し離れたところにカゴがあるので、その中に白球を落とし、小走りで先ほどの定位置に戻る。まじか〜、だなんて、とりあえず驚きましたよってんで独り言として声に出してはみたものの、誰の鼓膜も震わすことなく、我が野球部やサッカー部、陸上部のあげる雄叫びの渦に呑み込まれていってしまった。


俺は、高校(と書いて うち と読む)の野球部員を2年やっているが、レギュラーメンバーに選ばれたことは1度としてない。準レギュラーにすら選ばれたことはなく、練習日があればくる日もくる日もこう球拾いをしたりトンボかけをしたり、レギュラーと同じ練習があるのかと思えばそれはグラウンドをただ15周するだけであったり。やれ大会だ練習試合だとくればスタンド応援要員として無駄に早朝から駆り出され、各種準備応援片付けを手伝わされる。絵に描いたような補欠部員ライフを満喫する俺最高。


「んだよイワー、何か気になんのかよーって三井ー!ボール来たぞー余所見してんじゃねーぞー」

ちなみに兄貴と(ひそかに)慕う3年の安藤さんも、同じ野球部員の同じ非レギュラー/準レギュラー仲間である。彼はもうこの間のナツタイ……全国高校野球選手権大会地方予選大会、でウチが2回戦負けした時点で引退をしたはずなのだが、こうして季節が変わっても部活の手伝いに来てくれる。
何で手伝いに来てくれるんすか。
安藤さんいわく、「何だろうなー、こう、小・中も含めれば12年になるかぁー、その12年間でつちわ?ん?ツチワカレ?まぁなんかそういう?俺のアシスト癖っつーのはさー、そう簡単には抜けないもんなんだぜー、イワチャン。あー、2年のお前にはまだわかんねーかなー」だそうだ。
自分もそうなのだが安藤さんも、野球を始めた小学生の頃からレギュラー及び準レギュラー選手に選ばれたことはどうやらなかったらしい。
彼は、高校を卒業したらそのまま実家のツナ缶ラベル工場を継ぐことになっている。大学受験も就活も何もない彼は、残りの高校生活、何か打ちこむ必要のある物事など特にはない。安藤さんは癖がどうだああだともったいぶったようなことを言っているがつまりはまぁ、引退しても部活に顔を出し続ける理由というのはそういうことなんじゃないかと俺はふんでいる。(どゆこと?)


にしてもだ。レギュラー獲得争いにまさか父母会が絡んでいたとは。

「だってよー」
気がつけば俺の肩に、こんがり焼き色のついた安藤さんのたくましい右腕がまわされていた。
「なぁ」そう言うと、安藤さんはキョロキョロと辺りを見回し、周囲に人の少ないのを確認すると声を低めて、
「お前もおかしいと思ったろー、ナツタイ準レギュの3年の元宮あいつよー、クッッソ下手だったしよー、そもそもがずーーーーっと補欠だったじゃねーか」まぁクソ下手だ何だっていうのはさー、俺が言えたクチじゃないけどよー。
いやいや安藤さんそんなそんな。
「お世辞はいいぜイワ。ともかくよー、今年の3月に新しくウチの部で買ったっていうバッティングマシン、ほら、アーんオイやつ、アレ、わかるだろ?」

はい。
「あれさ、全額元宮ンチの寄付金で買ったらしいぜー、あいつんち金持ちらしいじゃん?」

……。
「……。」

マジっすか。
「おう、マジっすよー」そういうと、安藤さんは改めてもう一度周囲を見渡して、
「あとさー元宮のお母さん、土日の手伝いも大会の手伝いも、今年はかーなーり、頑張ってたみたいだしよー」

いやぁ……。
「な。実力じゃない枠があるってーのがな、ありえないよなー」


いやぁ……、そんな、そんなん、うちや安藤さんちみたいになかば潰れかけてる魚屋やってたりツナ缶のラベル作るだけの小っちゃな工場やってたりするような、ようは家族総出で土日も平日もなく仕事してるような家は圧倒的に不利って話じゃないすか。そうでしょ。
「あんなー、言いたいことはよく分かるけどよ、イワチャンおめー、俺んちのことさらっとディスってんじゃねーぞ」安藤さんは目尻にしわを幾重にも作りながら、俺のお尻にグラブをバシバシ叩きつけた。
っつーわけで俺は戻るな。うぃ。イワチャン、ショックなのは分かるけどさー、世の中そんなもんだぜそんなもん。そう言って安藤さんは俺のお尻をグラブでもうひと叩きした、



「漁師たちよ。これからは人を捕る時代だ。ボールじゃなくて。」


イワチャン、ショックなのは分かるけどさー、世の中そんなもんだぜそんなもん。そう言って安藤さんは俺のお尻をグラブでもうひと叩きし、て。して、持ち場へ戻るはずだった、はずだったのだが、俺たちのすぐ後ろからよく通る声がして到底それどころじゃなくなってしまった。安藤さんと二人して勢いよく振り返れば、ギョッとするくらい整った顔立ちをした茶髪の男が満面の笑みを浮かべて立っている。ウチの制服を着てる。誰。


安藤さんの知り合いすか?
いやいやいやいやイワちゃんの知り合いだろ?
ていうか漁師って何?
地雷物件?
二人してきょどきょどアイコンタクトを取り合う。
こちらが口を開く前に先手を打たれた。

「いやいや、僕のことはヤスって呼んでくれればいいからさ。」
ネッ。
俺と安藤さんは再び顔を見合わせる。

これが、その辺歩いてりゃ2人目3人目でぶち当たるような普っ通〜〜の男なら「あ?ネッ、じゃねーだろネッ、じゃ」などと睨みをきかせるところだったが、自らをヤス(と呼べと)名乗る男があまりに綺麗で、いやもうこれが本当に肌は白いわスベスベしてそうだわ彫りは深いわ鼻は高いわ、つまり:あんた美術室にあるマッチロイ彫刻か何か?っていう綺麗さで、そんでもって、そう、眼窩に大きく黒々と埋められた二つの大きな瞳に見つめられた日にゃあ。すっかり毒気を抜かれてしまった(きっと安藤さんも)。



「レギュラーの歴史は悲惨の歴史。」
にこにこ。なぜかキンモクセイの香りがうっすらと。
はぁ


ずっと仕事とをさぼっている俺と安藤さんに向けてだろう、監督の、怒号が耳をかすめた気がしたけどカントク。自分らわりと、それどころじゃないんで。
で、お前は誰。いやヤスはもう分かったからそれ以外の情報を何か。音もなく俺たち二人の後ろをとるなど只者じゃあない。またもや、キンモクセイの香りがうっすらと。


りょう-し【漁師】漁をして生活をたてている人。漁夫(ぎょふ)。
(岩波書店「広辞苑」 第六版)

ドラフト傲慢会議

ドラフト傲慢会議

旧約聖書・新約聖書の中のエピソードをベースにしています。 今日は、福音書の中から一つ。

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-10-15

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