排除条例

2030年

2030年、春。

五年ほど前からこの国の政治は軍がにぎっていた

昔は自衛隊という防衛機関だったらしいが先の大戦に人員を派遣したことで正式に軍と言われるようになった。


そしてこの春、いかにも独裁的というような条例がでた。


排除条例


正式名称は

【戦力外国民排除許可条例】


国への忠誠心がつよい私の県でだけ、実施されることになった。


内容は読んで字の如く、戦争が勃発した際に、士気を乱す可能性のあるもの。 満足に戦闘に参加できないもの。 そのような人々への条例だ。



そして今日。

ついに条例施行の日が来て、

僕らはつれていかれてしまった。

地下で

小谷ゆうき


僕の名前が呼ばれた。

僕を呼んだ軍の人間は僕の体を一通り眺めたあとに書類によく目を通して納得した後、僕を通した。


僕ら、戦力外国民が集められたのは地下の幽閉施設だった。

条例が考案されたときから建設されていたのはしっていた。


そもそも、戦力外国民とはなにか。

例えばそれは、生まれつき何かしらの身体的、精神的な障害を持っている人たちの事をさしていた。


見渡す限り色んな人がいた。

車椅子の人、義手の人。
パニックになっているひと、なにか大きい声で叫んでる人。


ここが無機質でなんだか嫌なところだということは皆が感じ取れていた。


そこにアナウンスが入った。


「ごきげんよう、戦力外国民のみなさん。」

へんに威張ったような声の男だ

「これからのあなた達について説明をします。
ではひとつめ。
これからこの地域の軍、政治はあなた達に一切の関与をいたしません。どうぞお好きなようにお過ごしください。


では二つ目。ここには水も食料もありませんがどうにか頑張ってください。


では三つ目。



ここからは生きて出られません。」



地下は大きな沈黙に包まれた。

握手


皆一斉に暴れだした。

まるで何処かの国の暴動だった。

足がない人も腕がない人も

目が見えてない人も耳が聞こえてない人も。


誰かが誰かを殴った瞬間から


ピンとはりつめていた空気は

混ざり乱れて暴れ始めた。


混乱した僕はひとりだったが全力で走って逃げた。

走るのは苦手だったがこういうときは走るのがとても速く感じた。


あのアナウンスからだいたい半日くらいか

人々がグループを形成し出した


グループをといってもただの暴漢の集団だった。



色んな人を襲って憂さ晴らしをしていたのか、なにをしていたのか。

想像もしたくはなかった。



ふいに僕はトイレに行きたくなった。


しかしここはドームが何個もあるような広さのくせしてトイレなんかは無いようだった。



さすがに一着しかない服を汚すわけにもいかなかったので、僕はズボンを下げた。


その瞬間に後ろから一人の男が現れた。


男は何をいってるのかわからないがとにかく襲ってきた。


下半身を露出したまま男をかわした。


「そうかお前こっちにこい」


男の言葉を無視してとにかく走って逃げた。


暫く走るとあることに気づいた。


ここは密閉されている。



とても息苦しい。


それに皆気づいたらしく、みかける人間はみんな座ってぐったりしていた。


遠くに見える暴漢たちのグループすらも息をあらげて床に突っ伏していた。


それから二時間くらいたった。


ずっとくらくらしている。

気分が悪い。

もともと酸素が薄い気はしていたがここまでとなると体も動かない。


そうか、軍は僕らをここで殺すつもりだ。

今更再確認した。


逃げる目的も無くなったように感じた。



すると目の前に一人の制服姿の女の子が現れた。


「大丈夫?ここ、空気がなくなってるから気を付けて。とにかく移動しよう。あいつらが近づいてる。」



そういうと暴漢のグループをあごでしゃくった。



「私は三坂りょう。とにかく速く立って。」


女の子が手をさしのべてきた。



女の子の手を握るなんてなんだか恥ずかしいが僕はその手をしっかりと掴んだ。

危険

りょうと二人で10分ほど壁に沿ってあるいた。

途中途中でみかける人たちの中には死んだように動かない人もいた。

いや、死んでるのかも。

その先は考えなかった。


そんなことを考えて歩いてると頬を風がかすめた。


僕は足をとめた。


りょうは僕を不思議そうにみてたがすぐ納得したようだ。


「空気の穴だ!やった!みつけた!!!」


思わずそうさけんでしまった。

りょうは風を吸い込むようにそこで息をした。


久しぶりに大量の酸素を吸ってすこしむせている。



「ゆうき、私たちついてる!やったね!」


嬉しくなって涙が出そうだった。


そこでアナウンスがなった。



「只今を持ちまして、二つの空気穴をふさぎます。それではごきげんよう。」



なんてことだ。


私たちは遊ばれていたのだ。



なるほど、空気穴といってもほんの少しの量しか酸素は流されてなかった。

一人には十分だろうがこの地下を満たせるはずもなかった。



つまり私たちに競争をさせたかったのだろう。


すると壁の曲がり角から三人のおとこが現れた。


男たちはそれぞれ体のどこかがなかったが、服に血がついていた。


どうやら他人の血のようだった。


本能で叫んだ。

「りょう!!!」



りょうもそれに気づいて一緒に走って逃げた。


しかし三人も足がはやい。

なかなか降りきれなかったところで、僕らは曲がり角にかくれた。


薄暗い地下では興奮した人間は視野が狭くなるようでどうにかやり過ごせた。


怯えて震えている僕にりょうがいった。


「大丈夫だよゆうき。私たちはついてる!大丈夫だよ!」



どこか自信にみちた声で元気づけられた。



顔をあげようとしたとき、りょうが倒れた。


外見も言動もボーイッシュなりょうだがさすがに負担がかかりすぎたらしい。



「ごめんね、もう動けないや。あとはゆうきだけでがんばって。」


それだけ言うとりょうは気を失った。



酸欠なら一時間とせずに死ぬだろう。


僕は一人になった。



とりあえず歩き始めた。

救済

僕は床に寝ている。


もう酸素がほとんど残ってないようだった。


色んなとこで死体をみた。



世界とは残酷なものだと心からおもった。



りょうとは何時間かしか一緒にいなかったが、とても恋しく思えた。

なぜだかは分からない。


恋などしたことがなかった。


できなかった。



戦力外国民 小谷ゆうき。


僕は性同一性障害者といわれる人間だ。



女の体で産まれながら、心は男なのだ。


女のくせに心は男だと?
このできそこないめ。



愛国心の強い両親は僕を捨てた。



それ以来一人で生きてきた。


外見はボーイッシュな方だったし胸も大きくはなかったので、簡単に男の子と思わせることができた。


これが僕という人間だ。



何をもって害悪とみなされたのか。


未だにわからない。


戦争のためといわれても納得できない。



戦争を行う国々は口々に自分は正義だと


敵国は害悪という。



僕は違うと思う。



争いというのは正義と別の正義の対立なんだと。


だからこそ争いは終らない。


悪などないのだ。


自分と違うものを排除しようとする。



まさに人間こそ害悪なのかもしれない。


僕は意識を失いかけていた。





大きな音がした。


気がした。


それから何分かして体を持ち上げられた。


気がした。



助けがきた。



誰かがそういっている



気がした。

あれから


あの事件からもう3年



僕は助けにきた他県のレジスタンスの人々に救助された。



酸欠状態で死にかけてはいたものの


死の淵をさ迷い続けた挙げ句生還できた。


レジスタンスのスパイが身体にGPSを埋め込んで潜入した結果、この地下施設の場所が特定できたらしい。



この事件が日本に明るみになって、軍事政権は衰退し、今は民主主義の日本に変わった。


僕が産まれるすこし前、日本という国はもともと民主主義の国であったと、日本史で学んだ。


穏やかな世界になった


本当にそう思う



ところで、僕は明日22歳になる。



その明日に性転換手術をうける。



もう説明も耳にたこができるほどうけたし、お金も貯めた。




その女の自分に別れを告げようと。



この地下施設跡地にきた。



救い出された直後に、救急隊に



「りょうという制服姿の女の子はいませんでしたか!!!」



しかし隊員は


「いや、そんな女の子は生き残ってはいなかったよ」


そう告げて去っていった。



相変わらず世界は残酷だ。




だけど、僕はゆうきとして。


小谷ゆうきとして。



名前の通り、勇気をもって生きていく。

振り替えると

振り替えると



りょうがいた。



背が伸びて顔立ちがはっきりして、


制服が似合っていた女の子は今風の可愛いふわふわとした服を着こなしていて、心なしか胸が大きくなっていたが、顔はやはりりょうのものだった。



「りょう!生きてたの!?」


「うん、このとーり」


りょうはピンピンしている。



それからりょうに抱きついて泣いた。


二人とも泣いた。


座って事件の後の話をして、連絡先を教えあって。


もう陽がくれそうだった



残酷な世界が今ばかりは愛しくなっていた。



りょうが言った。



「明日手術がんばって!もう今日は帰ろうか!」


「そうだね,,,りょう、一つ聞いてもいいかな?」


「ん?」



「救急隊に聞いたとき、りょうという女の子はいなかったよって言われたんだ。でもなんでりょうはいまここにいるの?まさか,,,幽霊なんかじゃないよね,,,」



りょうは大きな声で笑った後に夕陽をあびた綺麗な顔で僕に言った。



「あのときは付いてたからね!」




りょうの少し下品なジョークは残酷な世界に生きる僕を心底笑わせた。



僕は初めて異性に恋をした。

排除条例

排除条例

  • 小説
  • 短編
  • 青年向け
更新日
登録日
2013-10-15

Copyrighted
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  1. 2030年
  2. 地下で
  3. 握手
  4. 危険
  5. 救済
  6. あれから
  7. 振り替えると