LOST HEART
ちまちまと書いていきます。
バトル系に仕上げられたらいいな、と思っています。
誤字脱字多め&文章めちゃくちゃですが、もしよろしければ読んでいってください。
Episode0-prologue
『ねぇ、海ちゃん』
森の奥深くにある小さな花畑の中心に座り込んでいる一人の幼い少女が、小さな青い花で作り上げた冠を目の前に同じように座り込んでいる同い年の少年の頭の上にそっと乗せると、天使のような可愛らしい笑顔を少年に向け、そっと口を開く。
『もしも…。もしもね、私が――――…』
しかし少女がその先の言葉を口にする前に、その風景はガラスのように音を立てて崩れ落ち、暗闇に包まれた。
漆黒に染まった世界を見渡すと、遠く遠く離れたところにオレンジ色に輝く小さな光を見つける。
――あれは……――
その光の正体を知りたくてそっと手を伸ばしてみるものの、その「答え」を見つける前に目の前は無数の泡で覆われた。
―――……ボコッ
小さな泡の音を聞いて目が覚める。まだはっきりとしない意識の中、耳に入ってくるのは規則正しくリズムを刻む甲高い機械音と、ぼやける視界の先で舞う無数の泡の音。そして、少しずつ大きさを増していく足音。それが誰のものであるか、ままならない意識のなかでも彼女はしっかりと認識していた。
彼女のすぐそばまで来たその人物は、白衣のポケットに入れていた右手を出すと彼女を囲うガラスにそっと触れ、やがて小さく口を動かした。
「もうすぐだ…。もうすぐで叶うぞ……――」
その先の言葉を聞き取ることなく、彼女の意識は再び「眠り」へと向かった。
完全に意識を手放す寸前、暗闇の向こうにいる"自分"が何かを叫んでいた。
『―――……助けて』
その言葉は虚しく宙に消えていった……――――――
Episode1-1
「───14番でお待ちの山田様」
無機質な機械音と、単調なアナウンスが静かなこの空間に響く。お昼時とあって人はあまりいない。聞こえるのは数人の小さな話し声と紙が擦れる音。窓辺から入り込んでくる日の光は、木の葉が色を変えはじめる時期だというのに熱を帯びて少し青みがかった黒い髪の上に被っているキャップに降り注ぐ。
その光と頭の中に響いてくる場違いな威勢の良い声に、俺─野城海矢は眉間にしわをよせていた。
【…おい、野城。お前話聞いてたか?】
呆れたようなその声にあくびをしながら答える。
【…一応】
【……お前なぁ】
大きなため息と共に聞こえた声は、明らかに「怒り」の色に染まっていた。「ああ、またか…」と皆がそう思いそっと小さなため息をつくと、いつもの冷静な声が響いた。
【まあまあ落ち着いて。もう一度言えばいいじゃない、優星】
【…ったくめんどくせぇな。時間ないっつーのに】
【だったら別に言わなくても…。だいたい、昨日言われたことをそんなすぐ忘れるわけねーじゃねぇか…】
今の状況をすっかり忘れ不満をボソッと「心の中」でつぶやくと、【なんだって?】と再び威勢の良い声が頭の中に響いて思わず声を漏らす。
【野城くん、「作戦」の確認は大切なことよ?】
今度は小さなため息を含んだ彼女の─相場雪奈の冷静な声が響いた。
【…はいはい。お願いします、山谷さん】
【……いちいち癇に障る奴だな】
その言葉と共に吐いた「怒り」と「呆れ」を含んだ彼女の─山谷優星のため息を合図に、一気に場の空気に緊張が走る。俺もソファに浅く座り背もたれに寄りかかっていた体制から前かがみになり、頭の上のキャップを深く被る。
俺達は''声''で会話をしていない。脳内で、つまり「心の中」で言葉を発することによって会話をしている。いわゆる「テレパシー」と呼ばれるものだ。しかし、俺達自身がそれを使えるわけではない。現実的に考えてもそんなこと出来るわけがない。でもそれを実現させているのが、今俺が被っているこのキャップに内蔵されている装置─思考伝達機TCMだ。これは人間が脳内で発した言葉を電波信号に変え、事前に登録したIDを持つ同じ装置に向けその電波を発信する装置だ。発信された電波は付属の機械が読み込み、再び言葉にして相手の耳へ届けられる。そしてこれらを造り上げたのは、プログラミングの天才である先程から俺に向けて威勢の良い声を上げている山谷優星なのだ。
【…そんじゃ、もう一回説明するぞ】
【よく聞いとけよ】と俺への嫌味も忘れず呟くと、山谷はもう一度初めから説明を始めた。
【2068年9月24日11時40分、今から約50分後に容疑者はこの「ナガタ私営金庫」を襲撃する、という予測が立てられた。彼らは最近世間を騒がせている連続強盗犯であり、今まで起きた事件からして何らかの組織だと思われる。そして何より厄介なのが、彼らの犯行手口だ。彼らは客を装い店内に侵入した後、タイミングを見計らい「特殊なガス」を店内にバラまく。このガスは睡眠作用と記憶混乱作用があるらしい】
山谷は【困ったものだ】とため息をつき、話を続ける。
【そしてそのガスで店内にいる人間を眠らせた後、金目のものをぶっしょくし外で逃走ルートを確保していた仲間と共に逃走。この繰り返しだ】
彼らは既に10件以上も犯行に成功している。何故彼らを捕らえることが出来ないのかというと、証拠となるものが何一つないからだ。現場に居合わせた人間は全員眠らされ、記憶混乱も引き起こしているため証言が得られない。また、彼らは金目のものだけを盗み他には一切手を出さないため、店内も事件前と何も変わらないし、当然のことながら証拠となるものは何一つ残されていない。監視カメラさえも事前にハッキングされてしまうため何も残らないのだ。
【だから「学園」に頼んだってことか…】
【…その通りだ】
呆れたため息を漏らしながらそう呟くと、同じく呆れたようにため息を吐き捨てながら山谷が返した。
【さて、前置きはこれくらいにして本題に入るぞ】
山谷はスイッチを切り替えるようにじじくさい咳払いをした。
【今回の「任務」は奴らを捕まえること。簡単そうに聞こえるがもちろん奴らも武装しているし、毒ガスも持っている。気を抜かないように】
【おけ】【ラジャ】と皆が返事をする
【奴らにガスを使われる前に方を付けるのが大前提だが、もし使われるようなことが起こった場合はガスを一切吸わないようにしろ。あれは結構強力らしいからな】
吐き捨てるように困り果てた声で山谷はそう言った。
【んで、次に配置の確認だ。まず向かいのビルに付島。現場入口を見下ろせるくらいの高さにいろ。もし奴らが正面から逃走、もしくは仲間の車を見つけ次第狙撃し動きを止めろ。…どんな車両かは覚えているな?】
【もちろんだとも!そこまで馬鹿じゃねぇよ】
奴─付島翔太は自信ありげに笑いながら言うが、【どうだか…】と山谷に呆れられながら否定され【えぇ!?】と大声を上げおて驚愕する。【そりゃねぇよ…】と嘆いている彼をいつものごとく受け流し、山谷は話を続けた。
【次に建物裏口付近にラン。緊急事態のときにすぐに建物内に入り応戦すること。また奴らの仲間が応戦に来る場合、人気のないところ…つまり裏口あたりから侵入する可能性が高い。それを食い止めること。あともし奴らが裏口から逃げるようなことがあれば対応よろしく】
【いえっさー!】
場のピリピリとした空気に合わない明るい声で、彼女─横峰ランは元気よく返事をする。その様子だけで金髪緑眼の少女が笑顔で敬礼(のようなポーズ)をしている姿が安易に想像できる。
【そして最後に、建物内にて容疑者を捕まえるのが3人。店員に偽装し容疑者に接触、油断している隙に捕まえるのが雪奈。店内の客に紛れ込み容疑者を探すのが主に野城と木律。戦闘となったときの一般人達の対応や雪奈の援護も頼む】
【ラジャ】と相場が返事をし、1テンポ遅れて奴─木律光と俺が【了解】と返事をする。
【そんであたしは建物付近にて偽装車内でハッキングの対応、容疑者の探索。…ま、こっちの心配はいらないから自分の仕事に集中しろ。状況に応じて指示を出す】
【あと】と山谷が言葉を続ける。
【通信の発信先はこちらで調整する。中の3人は目の前の容疑者に集中出来るようにするため、外の人間との通信を切っておく。雪奈だけは状況報告のためあたしとランと繋げておくから、何かあったら雪奈に言ってくれ。そしてランはあたしと雪奈、付島はあたしとだけ繋いでおく。通信レベルも下げておくから】
【確認は以上だ】と説明が全て終わり、皆がそれぞれの仕事の最終調整を始める。
【予想犯行時刻まで残りおよそ30分…。それじゃ、健闘を祈る】
山谷は最後に、今までの威勢の良い声や呆れた声が嘘のような優しい声で「いつものセリフ」を言った。
【【了解〈ラジャー〉】】
それに答えるよう全員がやる気に満ちた、引き締まった声で返事をする。
そして俺は
「──任務開始」
そう小さく笑いながら呟いた。
Episode1-2
─────「戦争」
容姿、言葉、文化の違いから生まれる民族間、国家間の闘争、軍隊と軍隊とが武力を行使して争うこと。いつの時代からか始まったそれは、1951年に終結を迎え、世界に平和がもたらされた─────かのように見えたが、実際には全て終わってなどいなかった。小さな対立が国を巻き込み内乱へと化し、やがて矛先は他国へと向けられ、再び国同士の争いへと発展していった。そしてそれは、長い年月を経て世界中に広がり、今や"平和"などという言葉とは程遠い世界に変わり果てた。
もちろん日本も他人事ではない。長年にわたる隣国との小さな対立が膨れ上がり、やがて武力による争いが始まった。今ではもう「非核三原則」を掲げ、"平和"を謳っていた「日本」の面影はどこにもない。規律は乱れ、武器は簡単に手に入るようになり、その影響で治安は最悪な状態となり、殺人や事件が日々絶えないようになった。人々は、防犯のためと一家に1つは銃やナイフを所持するようになり、日々怯えながら生活するようになった。
しかし、ここ約10年間は以前と比べてほんのわずかであるが事件の件数は減った。国同士の争いは一時休戦状態となり、他国と同盟が結ばれるようになった。日本もアメリカ、イギリス、ロシアと大国と同盟を結び、戦力を高めるとともに「援助」を受けている。何故、他国から「援助」を受けているのか、世界が再び変わったのは、日本で「あの大災害」が起きたあの日から─────。
今からおよそ11年前──2057年、日本の地下で極秘に行われていた人口ウィルスの研究所が、何者かによって爆破された。その時、研究所で作られていたウィルスが他の物質と混ざり合い出来た、その後人々に恐怖を与えることになるウィルス──P-78型バイオウィルス<ELUN>が、爆風と共に地上にばらまかれた。ELUNは、発症すると体に痣のような真っ青な模様が浮かび上がる。それが体全体に広がってくると、人は自我を無くし「狂鬼」──まさに狂った鬼のようになり、無差別に人を殺したり、物を破壊したりするようになり、もう人の手には負えない"モノ"になってしまう。そして痣が体全体を支配すると、ウィルスが体内の生命力を細部まで吸収し、人は砂のように消えてしまう……。
現在では、ウィルスの進行や「狂鬼」を抑える薬、ウィルスの発症を予防する薬が開発され、少しずつ感染者も減ってきている。日本はこの一連の事件を「テロ組織の仕業」とし、国の防犯を強化した。そして、政府関係者は警察組織と連帯し、「国家を守る新しい武人を育成するための学校」──俺たちの通う「天川学園」を設立させた。政府関係者は犯罪者から生徒を守るため、世間には「選ばれた者しか入ることができない超お金持ちエリート学校」として公表している。
そんな学園に入学する理由は様々だ。国から推薦されて入る者、自分の意思で国を守りたいと思って入る者、家柄などの事情で仕方なく入る者、中には防犯対策として己を鍛えるために入る者やただなんとなくで入る者などもいる。…まあ、そいつらの大体は周りについていけなくなっていくが。そんな奴らが、色んな経緯を経て入学試験を受け合格すると、生徒たちは階級別、種目別に授業を受け、日々己を鍛えていく。
【…こっちは異状ないわ。そっちは?】
緊張感のある静かなこの空間に、いつもはまっすぐにおろされている長く綺麗な黒髪を、変装のため事務員らしく(?)綺麗にまとめ、普段はかけていない眼鏡(伊達)をかけている相場の声が響いた。たぶん、山谷あたりと連絡を取っているのだろう。
【了解。…野城くん、木律くん、今のところ外の方に異状はないそうだから、引き続き容疑者捜索をお願い】
【OK】【了解】と相場の声に返事をする。
俺達が現在進行形で行っている"これ"は「任務」と呼ばれる実技授業の一環である。「任務」は、その内容や難易度によってランク別されていて、複数あるうちから生徒が自分が受けたいもの、自分に合ったものを自由に選んで受けることができる。内容は実に様々だ。ペットや人物の捜索や機械修理、そして俺達が受けているような、なんらかの「事件」に関わるものなどなど。また、任務をクリアした際には、その任務の内容や難易度に合った報酬を受け取ることができる。難易度が高いほど良い報酬がもらえるため、高ランクの任務を受ける生徒がほとんどだ。
任務はもちろん単独で受けることもできるが、俺らのように"チーム"を組んで複数の人数で受けることもできる。単独で任務に挑んだほうが、より多く報酬を受け取ることができるが、ランクの高い任務は流石に一人ではキツいため、ほとんどの生徒がチームを組んでいる。
【……野城くん、睨みすぎよ。目立つから…】
容疑者探しに夢中になりすぎていたのか、いつの間にか睨みを効かせていたらしい俺に、相場がそう声をかけてきた。
【え、あ、ああ…ごめ……】
【…?どうかしたの?】
言葉を途中で飲み込んだ俺に、不思議そうに声をかけてくる相場。しかし、俺はその声に耳を傾けることなく、目に映る光景にさっきまで睨みを効かせていた目を見開き驚愕し、再び眉間に皺を寄せた。
─────おかしい。ついさっきまで、店内の隅にある観葉植物に近くに座っていたはずの眼鏡をかけたスーツ姿の男が大事そうに抱えていた黒い鞄が、その男がいた椅子の下に置かれている。しかし、その鞄の持ち主はその椅子ではなく、そこから少し離れた受付カウンターの近くのソファに座っていた。こんなこと、「ただ場所を変えたときに置き忘れてしまったのだろう」と考えるのが普通だと思うが、あれだけ大事に抱えていた物を易々とあんなところに忘れたままにするだろうか?すぐに思い出して取りに戻るはず……。
【…!!】
必死に思考を巡らせていると、もう一つ不審なことに気がついた。椅子の下に置かれている、男の黒い鞄のファスナーが何故か半分ほど開けられているのだ。
【………どういうことだ…】
【おい、野城?】
心で漏らした言葉が二人にも聞こえたらしく、今度は光が少し不機嫌そうな声で言ってきた。その声にも耳を傾けず、半分ほどファスナーの開けられた鞄を凝視していると、鞄の中に小さな赤い光が現れた。と思っていると、鞄の中から白い煙が少し漏れ出してきた。───あれは……!!
【こちら野城、容疑者と思われる人物、並びに例のガス装置を発見。装置は稼動開始しだした。早くマスクを着けろ!!】
【…!了解!!】【了解】
相場と光が反応したのを確認すると、俺も急いで用意されていたガスマスクを装着する。するとガスは勢いを増し、店内はいっきに白い煙に包まれた。それと同時に、バタッと人が倒れる音が次々に聞こえてきた。俺は壁を伝いながら正面の出入り口まで行き、容疑者が逃走しないよう山谷が自動ドアをロックしたのを確認する。
【…これじゃ何も見えやしねぇ】
【あと少しすれば煙も晴れるはずよ……気をつけて】
イラつきながらボソッと呟いた光の言葉に、相場はいつものように冷静な声でそう言った。そして、相場の言った通り段々と煙は薄れ、中心の方に黒い影を見つけると身を構えた。やがてそこに現れたのは、ガスマスクを被ったスーツ姿の男──おそらくあの眼鏡のサラリーマンだろう──だった。
「な、何故…!!」
サラリーマンの男──容疑者は、俺達を見て驚愕した顔をしている。かと思うと、男は近くに倒れていた女性を持ち上げ、首元にポケットから取り出したナイフをあてた。
「動くな!動いたらこいつの命はないぞ!!」
男がそう叫ぶと、俺と光は目を合わせてやれやれとため息をついた。
「な、なんだよ……」
「…いや、あんた命知らずにもほどがあるだろって…なあ?」
頭を搔き、少し躊躇いながらそう言って光に投げかけると、光は頭を縦に振って同意した。
「は?…どういうことだ手前……。いいから動くなよ!こいつがどうなっても知ら」
───バンッ
男はイラつき、俺を睨みながら言葉を吐いたが、それを最後まで言い終わる前に男の後ろの方にいた"彼女"によって──正確には"彼女"の刀によって──、人質の女性と共に思い切り吹っ飛ばされた。
「女性に手を上げるなんて、あなた最低ね」
俺が「おお、ホームラン」などと思っていると、女神のような笑みを浮かべながら彼女──相場はそう言った。そして男と女性が飛ばされた方へとゆっくり歩み寄っていった。
「……っ!お、お前、言ってることとやってることが矛盾してるじゃねえか…!」
「え?…ああ、大丈夫よ。それ、アンドロイドだから」
痛みを堪えながら言った男の言葉に、平然とした顔で相場は答えた。……そう、男が人質として捕らえているその女性は"人間"ではない。民間人の被害を軽減させるために、この場に数体混ぜておいたアンドロイドの一つなのだ。ガス装置が稼動しガスがまかれた直後、店内の監視カメラを使って中の様子を見ていた山谷が、タイミングを見てアンドロイドの電源をoffにし、ガスの影響で倒れたように見せかけたため、男はやはり気づいていなかったようだ。
「…クソッ!」
男は持っていたアンドロイドを床に投げ捨てると、少しよろけながら立ち上がり、裏口のある方をチラリと覗った。
「…お仲間なら来ないわよ?」
「…は、は?」
男の行動を見て、すぐに何を気にしているのか見破った相場がそう言うと、男は焦ったように言葉を吐いた。
「あなたの仲間達、私の親友が片付けたって」
「はあ!?」
相場の言葉に驚きと動揺が混ざり合ったような表情を浮かべ、声をあげた男。「裏口も警戒したほうがいい」という読みは見事に当たったらしい。裏口担当になった横峰が、いつもの陽気な声で「ちょっと大人しくしててね~」とか言いながら相手をボッコボコにしている姿が安易に想像できる。俺は小さく呆れたため息を吐いた。
「さて、そろそろ降参したらどう?」
相場が男に問いかけると、男はすぐさま正面の出入り口に方へ走っていった。ドアはロックされている、加えて扉は防弾ガラスで出来ている。逃げられるわけがない。それでも男はドンドンとガラスを叩いた。
「…大人しく捕まっておいたほうがいいんじゃねえか?」
「っ!コノヤロー!!」
今度は俺が男に問いかけると、どうやら奴の気に障ったらしく、男は怒りの表情を見せながら刃先を俺に向けて突進してきた。そんな単発的な攻撃を避けるのは実技授業の基本中の基本。避けられないわけがない。
「…はあ」
───ドンッ
俺は小さく溜息を吐きながら男の攻撃をかわすと、男の後ろ首を手刀で思い切り打ち付ける。気絶し倒れた男に相場が近寄り、手首にポケットから取り出した手錠をかける。
「13時55分、窃盗の容疑で現行犯逮捕」
「…一件落着か」
「予定時間5分もオーバーしてるけどな」
俺がホッとしたように呟くと、光がすかさず鋭いツッコミを入れる。
【任務クリアしたんだからいいじゃねえか】
すると、翔太の少し笑いを含んだ声が頭に響いた。翔太の声がするということは、山谷が通信を全員を繋げたのだろう。
「ほら!無駄口たたいてないで、さっさと後始末しちゃうよ!!」
相場の言葉に「はいはい」と返事をし、皆それぞれ指示されたことをやり始める。出入り口のロックは外され、外で待機していた警察部隊が中に入ってきた。そして、アンドロイドやガス装置の回収、事件に居合わせてしまった人への対応を始めた。俺と光も、警察と一緒に事件に居合わせてしまった人への対応をする。相場は容疑者を警察に預け、事件の詳しいことを話している。他の奴らも自分のところの片付けにおわれていることだろう。
─────こうしてまた、「いつもどおり」の日常が過ぎていった。
「さて、さっさと帰りますか!」
全ての後始末が終わり、警察が用意してくれた車両へと向かって歩いている途中、腕を頭のところで組みながら翔太がそう言った。
「あ、そうだ!腹も減ったことだし、何か食って帰るか!今回の報酬かなりあるしな!!」
「おお!賛成賛成!!」
陽気な翔太に、同じく陽気な横峰が賛同する。いとこ同士というものは、ここまで似るものだろうか…などと考えていると、俺の横の方から鋭い声が前方を歩く陽気なバカ二人に投げられた。
「もうすぐ夕食の時間になるだろうが!我慢しろ!!」
「「…はーい」」
山谷の一声に声を揃えて不貞腐れる二人に、「…ったく」と山谷は呆れた声を漏らし、相場はそんな山谷を「まあまあ」と苦笑いをしながらなだめている。そんな一方でふと後ろを振り返ると、光が眉間に皺を寄せ何か考え事をしているのが目に入った。
「…光、どうかしたか?」
「ん?ああ、いや、何でもない」
俺が声をかけると、余程集中していたのか少し肩をビクッとさせハッとしたように我に返ると、何もなかったようにいつもどおりのぶっきら棒な声で答えた。気になることはあったものの、俺は「そーか…」とだけ言うと、相変わらず騒いでいる陽気なバカ二人がいる方へ顔を戻し、呆れたように笑った。そして俺は、何故だかわからないけれど、俺らを照らすオレンジ色に輝く夕日に向かって「こんな"いつもどおり"の日々がずっと続くように」と心の中で願っていた─────……。
Episode1-3
「あれ、海矢、お前出かけんの?夕飯は?」
警察の人に学園まで送ってもらい自分の部屋へ行き軽く着替えた後、寮の玄関口に向かって広いロビーを歩いていると、つい先ほどエレベーターから降りてきたらしい翔太がこちらに向かいながら声をかけてきた。
「ああ………ちょっとな…」
その声に足を止め、翔太の方を振り返ったが目をそらして言葉を濁す。
「…あー。例のやつか」
「…まあな」
俺に何の予定があるのかを察した翔太に、苦笑いを浮かべて言葉を返した。
「…何考えてるんだろうな、本当」
その表情のままそうつぶやくと、翔太が肩を叩いてきた。
「それでも自分の"家族"なんだからさ、あんま悪く言うなって」
「…おう」
そう笑顔で言う翔太の陽気な声に、さっきまで重たかった気持ちが少し軽くなった気がしたが、やはり気分は晴れない。
「…じゃあそろそろ行くわ」
ロビーの掛け時計に目を向け、約束の時間が迫っていることを確認すると、翔太にそう声をかけ再び玄関口の方へ体を向ける。
「おう!いってら!!」
翔太のバカでかい声に呆れて小さく笑いながら、それの返事として背を向けたまま手を振る。そして、玄関口近くにあるフロントにいるこの寮の管理人のおじさん─中内さんに部屋の鍵を預け、出入り口の二重のガラス戸を抜けた。
まだ夏が明けてそれほど経っていないというのに、冷たい風が頬を掠める。昼間とはだいぶ変わり、今は肌寒いくらいだ。
「もう少し厚着をするべきだったか…」
星がちらほら顔を出し始めた夕焼けの空に向かってそっとつぶやく。ジーンズに半袖のTシャツ、その上に薄手のパーカーという格好は、この季節のこの時間帯には不向きらしい、と心の中でメモを取ってもどうせすぐ忘れるのだから、結局のところそんなことを考えていても無意味なのだろう、と自嘲気味に軽く笑う。そして、着慣れたパーカーに手を突っ込み、再び足を進めた。
しばらく歩くと、大きな長方形型の建物が立ちはだかる。それは、この学園の玄関となる正門であり、学園に通う者だけが利用することができる駅でもある。その建物の中央にある大きめのガラス戸に近づき、そこを左右にスライドさせ建物のなかに足を踏み入れると、最近やっと見慣れてきた高い天井に鏡のように磨き上げられた壁や床、そしてその床の上に並ぶ駅の改札機のような機械たちが視界に映る。これらは学園が誇るセキュリティシステムの1つであり、機械の側面にある長方形の青白い光を放っているところに、学園入学と同時に渡されたここの生徒や職員、その他関係者だけが所持することの出来る携帯端末をかざすと、体格の良い成人男性でもかなりの余裕が出来るほどの大きめの枠をくぐり抜けることが出来る。この枠の内にはかなり強めの電流でできた膜が貼られていて、またその電流をくらうと大音量の警報音が鳴りだし、この建物の扉や窓すべてがロックされるため、端末でそれを解除しなければそこを通り抜けることはできない。
俺はやっと慣れてきた手つきで、パーカーの中の端末を取り出しその光にかざすと、電流の壁を開かせて機械の間を通り抜け反対側へと出た。校舎側よりも広い構内を歩き、学園側と違いこちらは半透明になっているガラス戸を通り抜け外へ出る。
広めのロータリーに黒い車が1台止まっている。さっとナンバーを確認し、待ち合わせている人のものであることを確認すると、そちらの方へ足を進める。すると、運転席のドアが開き1人の女性が降りてきて、車の後ろを通って助手席側の方にまわった。
「…相変わらず時間通りですね、実芳さん」
その女性のそばまで来ると、さすがというようにそうひとこと声をかける。
「これくらいあたりまえよ」
モデルのようにすらっとした体型に、セミロングより少し長めの栗色の髪がゆるく巻かれ、整った顔には濃くも薄くもない化粧が施されている、スーツの良く似合うこの女性─荒野実芳さんには、幼い頃から親に代わって色々とお世話になっている人だ。
「それにしてもまた、いつもどおりラフな格好で来たわねー」
俺の格好を見て、苦笑いで嫌味なようなことを実芳さんは言った。
「…どうせ着替えも用意されているんでしょう?」
俺が正真正銘の嫌味を込めてそう答えると、
「…それじゃあ行きましょうか」
実芳さんは悲しそうに笑ってそう言い、慣れた手つきで助手席のドアを開け俺に車に乗るように促す。それに従い車に乗り込むと、実芳さんはそっとドアを閉め、再び車の後ろを通り運転席にまわり席につくと、車を発進させた。
実芳さんは俺にひとこと断りを入れると、洋楽を小量で流し始めた。最近テレビなどで良く見かけるアーティストの曲だ。その曲に軽く耳を傾けながら車窓から見える流れる景色をぼんやりと見ていると、
「学校はどう?もう慣れてきたかしら」
そう実芳さんがいつもの明るい声で尋ねてきた。
「まあ、だいぶ」
「そっか…。私も見習わないとなー!この間なんかね」
その後、実芳さんの失敗談や愚痴が始った。大切な資料のデータを無くして徹夜で1から作り直した、とか、あの先輩周りの意見を聞かないので困る、だとか、そんな話を永遠と聞かされた。これは彼女なりの気遣いなのだろう。その何気ない優しさをありがたく思い軽く口元を緩めると、未だ続く彼女の話にきちんと耳を傾けながら、再び車窓の景色に目を向けた。
徐々に明かりが灯り始める街を眺めながら、俺は気を引き締め直した。
1時間程経つと、車は1つの建物の前に止まった。
「さ、着いたわよ」
実芳さんは俺に満面の笑みを向けてそう言うと、助手席のドアを開けるため車を降りた。しかしさすがに申し訳なく思い、彼女がこちら側に辿り着く前に自分でドアを開けて外へ出た。その後こちら側に来た実芳さんは、その様子を見て俺に苦笑いを向ける。しかしすぐにいつもの笑顔を浮かべ、改めて俺の格好を爪先から頭の先まで見た。
「…なかなか様になってるじゃない。昔はあんなに小さかったのに、今はヒール履いてる私とほとんど変わらないじゃない」
実芳さんは、特に最後の方の言葉を拗ねたような声音と表情でそう言った。
この場所に来る途中、外観からして高級そうなスーツ店に入れられ実芳さん(と店員さん)の見立てでスーツを着せられ、その次にはこれまた高級そうな美容院に連れて行かれ髪型までセットされた。この"行事"がある度このようなことをされるが、未だに慣れないし(慣れたくもないが)、申し訳ない気持ちにもなる。
「何言ってるんですか。俺の方が高いですよ?」
まだ不貞腐れている実芳さんに事実をしらっと口にすると、「何よその顔は…!……ほとんど変わらないわよ」と負けず嫌いな彼女は更に不貞腐れてしまった。その様子に俺が声を出して笑うと、実芳さんは安心したように微笑んだ。
「…さて、そろそろ時間になるし、行こうか」
その表情のまま、実芳さんは腕時計で時間を確認すると俺に言葉をかけた。気を遣わせてばかりだな、と思いながら表情を引き締める。それを見て実芳さんは一瞬悲しそうな表情になるが、その後何事もなかったように「行くよ」と建物の方へ足を進めた。目の前の建物を一度見上げた後、その彼女の後を追うように俺も歩き出した。
Episode1-4
高級レストランに入ると、実芳さんは深々とお辞儀をしている店員に軽い会釈をし、奥のエレベーターに向かう。俺も同じように店員に会釈をして通り過ぎると、実芳さんに続いてエレベーターに乗り込んだ。数階分上昇し、この店の最上階に着くと扉が開きエレベーターを降りて長めの廊下を歩く。奥から3番目あたりの扉の前まで行くと、実芳さんはその扉をノックした。軽い木製の音が2回した後、ほんの少し間があいてから「…入れ」と低く渋めの声が部屋の中から答えた。
「失礼いたします。御子息をお連れいたしました」
その声を聞いてからそっと扉を開けた実芳さんは、広々とした部屋に置かれた大き目の長机の右手側に腰がけ、タブレット端末を眺めている貫禄のある中年の男─俺の父親である野城和真にそう声をかけた。その後、実芳さんはドアを抑えて出入り口の端へ移動し、後ろにいた俺の方を向き部屋に入るよう目線で促す。ここまでお世話になったことに対し感謝の気持ちを込めて、実芳さんに軽く会釈をしてから部屋の中へと足を運ぶ。そんな俺を父は気にとめることはなく、目線を端末に向けたままなのはいつものこと。奴が俺のことに対し口を出してきたことは一度だけあったが、俺に興味を示すような態度をとった事は一度だってない。父の向かい側の席に腰をかけるも、奴の視線は端末に向いたまま。しかし、俺はそのことを一度も悲しいだとか寂しいだとか思ったことも感じたこともない。そもそも、幼い頃に事故に合いその影響でそれ以前の記憶がない(と聞かされている)ためか、この人が"自分の父親"である実感がほとんどない。
そんな"いつもの光景"にも慣れてしまいただぼんやりと大きな窓の外を眺めていると、扉を叩く音がした。そちらの方へ目を向けると、"仕事"を終えた実芳さんは既に退室したらしく、その姿はどこにもなかった。そして扉がそっと開き、1人のウェイターが料理を乗せたワゴンを運んできた。機械化が進んだ現代で今もまだ人の手で配膳を行っているあたり、ここが相当高級なレストランであることを改めて実感する。
「失礼いたします」と丁寧にお辞儀をしワゴンと共に入室したウェイターは、ワゴンをテーブルの中央付近に止めると料理の乗せられた皿を手に取り父の方へ足を進めた。それに気がついた父は、ここでようやく手にしていた端末をテーブルの端に伏せて置き、運んだ料理の説明を始めるウェイターの言葉に耳を傾けた(ように見えた)。その後、ウェイターは俺の方に料理を運び同じように説明をする。その説明を聞いて、俺はこの店がフランス料理のレストランであることを知る。店のことを何も聞かされないのは今回が初めてではなかったが、心の中で何も言わなかった実芳さんに突っ込んでおいた。
ウェイターは料理を運び終えると、「失礼いたしました」と再び丁寧なお辞儀をして空になったワゴンと共に部屋を後にした。
広々とした部屋に、食器がぶつかる音だけが静かに響く。昔実芳さんに叩き込まれ、今ではすっかり身についてしまったマナー作法を用いながら食事を進める。相変わらず父と視線が合うことのない、とても静かな食事。部屋の中で発せられた言葉といえば、始めの実芳さんと1品ずつ順番に料理を運んでくるウェイターの料理の説明くらいだ。
学園に入学し寮生活を送るようになってからは、半年に1回程度だったこの"食事会"(と勝手に呼んでいる)が2ヶ月に1回と頻度が増したが、その理由はわからない。そもそも、これを行う意味すら未だに理解していない。ほとんど家に帰ってくることはなく、一緒に何処かへ出かけることもなくこうして会話もない、到底"親子"とは呼びがたい関係にも関わらず、縁を切ることもせずなぜわざわざ時間を取ってまで食事会を開くのか、疑問に思わない方がおかしな気がする。
いつもどおり、そんなことを考えているせいか、この空間の静かすぎる空気のせいか、あるいはその両方なのかははからないが、折角の高級レストランの料理が無味に感じられ、少しずつ食事のペースが遅くなっていると、再びドアを叩く音が響いた。ウェイターが次の料理を運んで来たのかと思っていたが、その扉を開けたのは実芳さんだった。
「お食事中失礼いたします」
実芳さんはそう言って一礼するとすぐに父の方へ歩みを進め、父にそっと耳打ちをした。奴の断りを聞かずに扉を開けたということは急ぎの用なのだろう。それなら携帯で連絡すればいいのに、と俺は思ったが、あいつがこの食事会の時だけは"何故か"携帯の電源を切っているのだと実芳さんが昔言っていたことを思い出す。
実芳さんが用件を伝え終えると、父は食事を中断させ身支度を整え始めた。
「…ごめんね、海矢くん。先生に急用ができてしまって、それで…」
そんな様子を気にすることなく食事を続けようとしていた俺に、当事者の父ではなく実芳さんが申し訳なさそうに声をかけてきた。
「全然大丈夫ですよ」
あなたがそんなに気に病む必要はない、そんな思いを込めて言葉を返す。事実、実芳さんがそんなに気にする必要はどこにもない。むしろその言葉を俺にかけるべきなのは奴なのだから。…まあ、父に急用が入ることなど"いつものこと"で、もう気にもしなくなったが。
「そう…。それじゃあゆっくりしていってね。車の手配はしておいてあるけど、民間会社のものしか手配できなくて…。ごめんね」
「大丈夫ですよ」
再び申し訳なさそうに言葉をかけてくる実芳さんに、苦笑いで答える。
「そっか…。本当にごめんね」
申し訳なさそうに笑って言葉を返した後、いつもの仕事の表情に戻った実芳さんは「では、先生」と父に声をかける。父はそっと立ち上がると、扉の方へ歩みを進めた。その様子を横目で見ていると、去り際に父の目線が今日初めて俺の方に向けられた、ような気がした。それに少し驚きながら父が去っていた出入り口を見つめていると、父に続いて実芳さんが俺の方を向いて深々とお辞儀をしてから部屋を去っていった。
「……」
しばらく呆然としていると、ジャケットのポケットに入れておいた私用の携帯端末がふるえだす。取り出し画面を開くと、父から電子マネーが送られてきたことを示していた。その画面を無言で見つめた後、椅子から立ち上がりドアの横の壁に埋め込まれている操作パネルに近づき、そのパネルを操作してウェイターを呼び出し食事を終えて帰ることを伝えた。その時、まだ皿の上に料理が残っていたせいか、そのウェイターに「何か至らない点がございましたら、何なりとお聞かせください」と深々とお辞儀をして尋ねられた。(後でわかったことだが、この人はこの店のオーナーだったらしい。)それに対して俺は「こんな豪華なところに1人でいるのはさすがに居心地が悪い」という本音はさすがに言わず、「いえ、こちらも急用ができてしまいまして…」とだけ答え、「それでは失礼します」とひとことだけ言って部屋を後にした。
1階に下りると、お金はいつものように実芳さんたちが席を外した際に支払われたようで、フロントで実芳さんが預けておいてくれた自分の着替えと荷物を受け取ると、そのまま店の外へと送り出された。そして、店の前に止まっている実芳さんが手配してくれたタクシーに乗り込み、ここから一番近い駅を手持ちの端末で調べ運転手に告げた。
夜8時を過ぎ、夜の闇が深くなってきているにも関わらず、東京の街はきらびやかに輝きを放っている。こんな格好をしているせいか、高級レストランからたくさんの従業員に見送られて出てきたせいか(その両方だろうが)、先ほどから運転手がバックミラー越しにちらちらとこちらを伺う視線が感じられる。大抵用意される送迎車は、実芳さんが運転するものかこの手の客を専門とした会社のもので、実芳さんとは長い付き合いだし、専門の会社の者はマナー教育がしっかりされているというのもあるが、こういうことに慣れているためかこのようなことはおきない。しかし一般的なタクシー会社のものとなると、このようなことは仕方ないと思いながら車窓から見える流れる光たちを見つめる。居心地が悪くないわけではない、むしろ不快ではあるが、こんなこと今回が初めてというわけでもないし、何も声をかけてこないだけまだましだ。それに、わざわざ用意してもらったものにけちをつけるような真似はあまりしたくない。しかし心は素直なようで、無意識に眉間にしわを寄せてしまうと、それに気がついた運転手はそれ以降視線をこちらに向けることはなかった。
数十分ほど経つと、目的の駅に到着した。父親から送られてきた多額の電子マネーを使うため(現代では、ほんのわずかな一部を除いて支払いは電子マネーで済ませられるようになり、現金は銀行などに保管されているだけで持ち歩く人はほとんどいない)、端末を専用の機械にかざし支払いを済ませる。それと同時にタクシーのドアが開き、運転手の「ありがとうございました」という声に軽い会釈で答え、タクシー乗り場を後にし駅構内へと向かった。
改札機に先ほどを同じように端末をかざし、そこを通り抜ける。この時間になってもまだ人であふれている構内を進み、途中(ほとんどが有料だが)現代の都心の駅には当たり前のようにある更衣室に立ち寄り、私服に着替え目的の電車の止まるホームへと向かった。この駅の更衣室にはシャワールームが付いていなかったため、きっちり整えられた髪型を直すことは出来ずそのままだったせいだろうか、ホームに向かう途中すれ違った何人かにちらりと視線を向けられ、キャップを持ってくるべきだったと少し後悔した。
いくつかの地下鉄を乗り継ぎ、東京湾を少し出たところに存在するいくつもの人工島の中で最も大きな島─天川学園のあるF-27区に向かうモノレールに乗り込む。F-27区はビジネス街や商業、何かしらの研究所を中心とした島であるため、観光や住居を中心とした島々を通り過ぎあとはそこだけとなった車内には、俺以外誰もいなくなった。
現代では揺れも音もほぼない車内で、イヤホンから流れる音楽に耳を傾けながら流れる景色を見つめていると妙に落ち着いた。
何も考えずただ呆けていると、あっという間にF-27区内に入り学園と隣接している駅に着いた。電車から降り、誰もいないホームを歩く。改札口まで辿り着くと、端末を改札機にかざし、こちらに向かって「ご苦労様です」と敬礼をしている顔見知りの警備員に軽く一礼をしてそこを通り抜ける。通り抜けた先、地上に上がるエスカレーターの前に二重にあるガラス戸の1枚目の横の光に、今度は学園の端末を取り出しそれをかざしそこを通り、2枚目のガラス戸では横に置かれている機械に手をかざしそこを通り抜け、やっとエスカレーターまで辿り着く。その後地上に上ると、行きと同じように先ほどの端末を機械にかざし、そこの間を通り抜け学園側の方へ足を踏み入れた。
曇りや汚れのないガラスの扉を通り抜け、学園の広大な敷地をとぼとぼと歩き校舎手前にそびえ立つ2つの高めの建造物の、正門から向かって左側にある男子寮に向かう。数分歩き進み、寮の出入り口の二重のガラス戸をくぐりロビーに入ると、
「ああ、おかえり」
と、フロントの奥の管理人室から出て来た中内さんが声をかけてきた。
「俺が最後でしたか?すみません」
そう問いながらフロントの方へ足を進める。
「いいや、大丈夫さ」
元警察官とは思えないいつもの優しい笑顔で中内さんはそう答えると、後ろの壁に並ぶ俺の部屋番号のボックスの鍵を開け預けていた部屋の鍵を取り出た。
「はいよ」
「ありがとうございます」
渡されたそれを受け取ると、「ああ、そうそう」と中内さんは何か思い出したように声を出した。
「部屋には先客がいるよ」
「……」
穏やかな笑顔で発せられた"先客"という単語で思い当たる人物はただ1人。そいつを思い浮かべ呆れて小さくため息をつくと、中内さんは小さく笑った。その後、中内さんに「…じゃあ、おやすみなさい」と(苦笑いで)言葉をかけて、エレベーターへと向かった。
ボタンの下にあるセンサー部分にカード型の鍵をかざし、小さなランプが赤から青に変わりセキュリティーが解除されたのを確認してから、上の階へ行くボタンを押す。しばらくしてやってきた一般のものよりも少し広めのエレベーターに乗り込み、自分の部屋のある"12"の数字が示されたボタンを押す。正確な門限や消灯時間は存在しないにも関わらず、ほとんどの生徒がもう自分の部屋にこもっているようで、誰にも会うことなく一直線に目的の階に到着した。
エレベーターから降り、エレベーターホールを通り抜け左右にそれぞれ6つずつ等間隔に扉が並ぶ広めの廊下を歩き、左側一番奥の扉を目指す。部屋は1人部屋にしては広々としているため廊下はそれなりに長く、一番奥の部屋となると結構歩かなくてはいけない、ということが始めは面倒に感じていたが今ではすっかり慣れたものだ。
そんなことを思っていると目的の扉の前に辿り着き、インターホンの下の方にあるセンサーに鍵をかざし、小さく機械音がしてセンサーのランプが青に変わったのを確認し、ドアノブをまわし扉を開けて自分の部屋に入る。そっと扉から手を離し、オートロックがかかる音を背中で聞きながら、足元に見慣れたサンダルが無造作に脱ぎ捨てられているのが視界に入り、頭をおえて小さくため息を吐く。日常の礼儀作法も実芳さんからきっちり教え込まれている身としては気にならないわけがないが、毎度のことでもあるためもう呆れて直す気にもなれなかった。
すると、何かを嘆くような雄叫びが聞こえ、顔を上げ玄関から一直線の廊下の先にある曇りガラスの部分から部屋の光が漏れている扉に目を向ける。その声に再び呆れるが、息をつく前に靴を脱ぎ廊下を足早に進み、そのドアを開ける。
「…何やってんだよ、翔太。うるせえぞ」
「お、帰って、きた、か…このやろう…おかえり……くそ」
翔太の先ほどの大声に対し眉を寄せて訴えてみたが、当の本人はこちらを見ることなく何か別のことを言いながら途切れ途切れに言葉を返し、ソファの上で胡坐をかいてゲームに没頭していた。
「……」
その様子を冷めた目で見ていると、
「つか、よ…これ難しすぎ…!?うわあああああああああ」
「だからうるせえって!」
コントローラーから手を離し頭をおさえて再び大声を上げる翔太に、先ほどよりも大きな声で再びそう言う。いくら全部屋防音加工されているからといって、
「時間を考えろよ…」
「いやお前、人のこと言えねえだろ」
ため息と共に心の中で思っていたことが声に出ていたらしく、それに対して翔太は真顔で「お前の方がでかかったぞ、うん」とソファの上で今度は正座をし、膝の上に手を乗せた体勢でこちらを向きそう言ってきた。
その後、俺の格好を見るなり吹き出した。
「…なんなんだよ」
俺のその言葉に翔太は笑い声で返すだけだったが、それに混ざって「いや、今回は随分と気合入れられてるなと思って」という言葉が何とか聞き取れた。
「…風呂入ってくる」
「えー、もったいねえ……あ、写メ撮っとくか」
「やめろ」
自分の端末をジャージのポケットから取り出そうとする翔太に、軽く睨みながら即座に言葉を返す。
「つか何でお前ここに居るんだよ」
始めに聞こうと思っていたことを今思い出し、それを言い出す。
「ん?おっちゃんにスペアキー借りてきた」
「いや、それはわかってる」
ポケットから取り出した、通常は管理人が厳重に管理しているもう1つのこの部屋の鍵をひらひらと俺に見せつけている翔太の答えがいつもどおりだったため、すぐに言葉を返した。それに対し、「もうさすがに驚かねえかー」とつまらなそうに鍵を見つめながらそうぼやく翔太。それに「何度目だと思ってんだ」と呆れながら言葉を返すが、それよりも何故中内さんはこう易々とスペアキーを貸し出すのかということを、頭をおさえて軽くため息をついて思う。人柄の良い人だし、俺とこいつの仲をわかりきっているからだと知っているが。
「あ、そうそう。あれ届けに来たんだよ」
「"あれ"…?」
再び胡坐をかいた翔太は、自分の横の方を親指で指差しながらそう言い、その指が指す方に目を向けてみると、勉強机として使っている机の上に白い平皿に乗せられラップのかけられた3つのおにぎりがあった。
「どうせお前のことだから、またろくに食わねえで腹空かせて帰ってくるだろうと思ってさ。食堂のばあちゃんに頼んで作ってもらったんだそ。感謝したまえ」
「…カップ麺でも食おうと思ってたんだが」
そう俺が呟くと、「ほらな」とでも言うようなドヤ顔で腰に手をあて鼻を高くしている翔太に、最後の一言とその態度さえなければなと思いつつ、「…一応サンキューな」と呆れながら軽く笑って、その机の上に持っていた荷物を置きながらそう言った。
「"一応"とはなんだね!"一応"とは!その態度はどうにかならんのか!!」
その後部屋の奥へ行き引き出しの中から着替えを取り出していると、こちらの方に首だけ向け腕を組んで声を低くし、まるでどこかの"上司"のような真似事をするアホに、「…うぜえ」とぼそりとつぶやきながらその横を通りドアノブに手をかける。
「いいか、そのゲームしてても良いが大声出すんじゃねえぞ」
風呂に行くべく扉を開ける前に、翔太の方に体を少し向け釘を刺すと、「へいへい、いってらっしゃい」とゲームを再開し再び液晶画面に目を向け始めと同じ体勢になった翔太は、こちらに顔を向けることなくひらひらと片手を振って聞き流すようにそう言った。
その後再び奴の雄叫びが上がり、それを聞いて速攻で風呂から上がった俺に再び怒鳴られるのは、言うまでもない。
───……
静かな車内に質素な機械音が鳴り響き、その元が自分の仕事用の携帯であることを確認すると、野城和真はその端末を取り出し画面を操作するとそっと耳にあてた。
「…そうか。では、早急に資料を送ろう」
そう和真が言うと、彼の前の助手席に座る彼の助手兼秘書である荒野実芳が、さっとタブレット端末を取り出しそれを操作する。
「……ああ。…よろしく頼む」
その言葉と共に、和真は口元に小さく笑みを浮かべた。
Episode2-1
───ピピピピピピ…
「……んー…」
まだはっきりとしない意識のまま、枕元に置いた端末を手探りで見つけ、その画面をタップし鳴り響く機械音を止める。再び眠りにつこうとする意識を無理矢理起こし、体を起き上がらせて大きな欠伸を1つ。
「……あ」
目を開くと散らかったままの部屋が視界に入り、思わず声を漏らし頭を押さえる。結局昨夜はあの後、翔太が持ってきてくれたお握りと買い置きしてるカップ麺を食べながら、翔太が雄叫びを上げていた例のゲームを夜遅くまで2人でやり、その後奴が寝落ちしたため、仕方なく押入れから薄いブランケットを取り出してやり、さすがに俺も限界だったので片付けもせずそのまま布団に入ったのだった。
ベッドから下り、翔太が豪快に寝ているソファのある場所まで行くと奴を叩き起こす。
「おら、起きろ阿呆」
派手過ぎない黄色に染められた頭を2回ほど(強めに)叩き、そこを通り過ぎでカーテンを開ける。窓から入ってきた光を眩しそうに目元を右腕で隠しながら、「う゛ぅ゛…」と翔太は小さく唸った。そしてその状態のまま左手を動かし、テーブルの上に置かれた自分の端末を見つけると、腕を退かしてその画面を睨みつけるように見た。
「……まだ7時じゃねえかよ…」
「寝るな」
「…俺、今日の授業10時からなんだけど……」
「"銃士"志望はみんなそうだろうが。つか、その前に昨日の報告書作るから8時にいつもの教室に」
"集合しろって昨日の帰りに山谷が言ってただろ"、と言葉を続けようとしたが、それを言い終わる前にその事を思い出したのか、翔太は勢い良く起き上がり、「やべっ」と焦った様子で一言漏らすとそそくさと部屋から出て行った。
そんな翔太の様子に呆れたため息を1つ吐き、自分も支度をしなくては、と洗面所へ向かうため翔太に続き廊下に出ると、
「あ!海矢!」
「…なんだよ」
サンダルを履き終えドアノブに手をかけたところで、翔太は俺の方を振り返りポケットの中を漁り始めた。
「はいこれ、おっちゃんに返しといて」
翔太の元(玄関先)まで行くと、翔太は取り出したカードキーを俺の手の中に収め、「そんじゃっ!」と自分の部屋に帰って行った。
「………あの野郎」
大きなため息と共にそう言葉を漏らし脱力した後、自分も身支度を済ませようと、今度こそ洗面所に向かった。
「はあ…ギリギリセーフ……」
約束の時間1分前になんとか教室に着き、ドアのふちに掴まりながら軽く息を切らしている翔太。
「…お前が、時間ないって言ってんのに何杯も飯食ってるからだろうが」
その後ろから、俺は息を整えるとそう愚痴を零す。
「……仕方ねえだろ、腹減ってたんだしさ」
「いや、お前昨日の夜それなりに食ってただろ、俺の分まで」
翔太は呼吸を整えた後、教室に入りながら先ほどの俺の愚痴に対してそう返し、それに対する俺の言葉に、「小せえ男だなー」と不服そうにそう言ってきた。"こいつ一発殴ってやろうか"と思ったが、教室内の空気がピリピリしていることに気づき、それが何であるかを悟った俺たちは、目を合わせるとその場から逃げようとした。が、
───バシッ
───バシッ
1歩遅かったらしく、渾身の一撃を後頭部にくらう。
ジンジンと痛む頭を押さえながら後ろを振り向くと、鬼の形相で竹刀を手にした少年のような雰囲気のある眼鏡の少女が仁王立ちしていた。
「えっと…あの……」
痛みに耐え切れず頭を押さえて蹲っている翔太を横目に、痛みに耐えながら何とか声を出す。
「ちゃんと…集合時間前には…着き…ました……よ……?」
山谷のその姿に思わず敬語になる。翔太も、蹲ったままの状態で首を縦に振り、俺の言葉に同意を示す。しかし、
「………」
「「すみませんでした」」
レンズ越しに向けられた冷め切った目線に条件反射で背筋を伸ばし、潔く謝罪の言葉を口にする。蹲っていた翔太も勢い良く起き上がり、正座した形で背筋を伸ばし俺と同じ言葉を口にする。
「……はあ」
その後、山谷が大きなため息をつく。それに俺と翔太が肩を震わせ顔を強張らせると、操作端末と一体となっている机の上に腰がけている、白衣を肩に掛けた金髪内巻きショートヘアの少女がくすくすと笑い出す。
「優星、そのへんにしたら?」
そして、その隣でどうしたら良いのかと困ったように笑っていた大和撫子な少女が、その表情のまま声をかける。
「ちゃんと時間には間に合ったんだし。…ギリギリだったけど」
「………時間がなくなる」
そんな相場に続き、後ろの方で窓辺に寄りかかりながら今時珍しい紙の本を読んでいた光が、その本に目を向けたままそうつぶやいた。
「…まあ、それもそうか」
2人のその言葉を聞き、山谷は呆れを含んだため息と共にそう吐き捨てた。
鶴の一声、いや、女神の一声に救われほっとしていると、横では翔太がまさに女神でも見ているように相場を拝んでいた。そして、後ろから忍び寄ったランの手刀によって撃沈したのだった。
「次のグループ!」
1つしかない扉から、前のグループの人たちがぞろぞろと出てくる。その中で一番(ある意味目立っているが)目立っていなかった奴が、待機室の壁沿いに置かれているベンチに腰を掛けている俺の方へ、ガッツポーズをしながら近づいてくる。
「自己ベスト更新…!」
「はいはい、お疲れさん」
"俺を褒めろ!"とでも言いそうな表情でそう言ってきた翔太を、適当にあしらってスポーツドリンクを投げ渡す。
「…ま、俺なんてすぐにやられたしな」
ペットボトルを片手で受け取り俺の隣に不満げに座った翔太に、苦笑いでそう言葉を付け足すと、目の前の壁の上部に備え付けられている画面に再び目を向けた。
天川学園は、その名に恥じない立派な校舎を持っている。生徒たちもそれぞれの教室で真剣に授業に取り組んでいる───ように見えるが、それは"外見"だけの話。実際、校舎の内部は実習室や演習室など技術を磨く"教室"で埋め尽くされており、一般的に"教室"と呼ばれるような空間はほんの数箇所程度しかない。つまり、世間で知られている"選ばれた者しか入れない一流学校"を演じるため、特殊な細工のされた窓に"真剣に授業に取り組んでいる"様子を"映し出している"のである。校舎の外見を一般的な学校のものと同じようなつくりにしているのも、そのためである。
今演習が行われているこの実技室は、南北に分かれている校舎の北部の1階と2階部分を占める、室内実技場だ。その広い空間にホログラムを映し出し、実技授業を行う。ちなみに今行われている授業は、着色弾使用した模擬戦。相手への直接攻撃は禁止され、銃撃でのみ相手を狙う。着色弾が体のどこかにわずかでも当たるとアウト。1グループ10人で行い、フィールド内にいた時間と相手を倒した数、全員が倒されるまでの時間を測定する、というものである。
「あれ?…光?…あいつ、今日は"電機士"の授業優先にしなんじゃなかったっけ?」
いっきに半分ほど飲み干したスポーツドリンクのキャップを閉めながら、演習の様子を映し出すモニターの画面に光が映ったことに疑問を持つ翔太。
「教官に急な仕事が入ったんだと」
今朝本人に直接聞いたことを翔太に言うと、「ああ、それでか」と納得した顔で再び画面を見つめた。
この学園では、分野ごとに資格が設けられ、入学する際に自分に合ったもの、取得したいものをいくつでも選択することが出来る。取得できる資格は全部で6種類あり、、刃物を使う戦闘に長けている"剣士"、銃を使う戦闘に長けている"銃士"、体術を究めた"格闘士"、機械類の修理や開発を専門とする"電機士"、情報収集やプログラムの開発などネット関係のことを専門とする"情報士"、医学、薬学を究めた"医士"からなっている。そしてさらに、(分野ごとに)実力順にSからEのランクが1人1人につけられる。ランクによる制限はほとんどなく、唯一ランク指定があるのは任務と卒業後の進路のみ。
また、教師のほとんどが現役であるため、本来の仕事入って授業が休みになることもしばしば。その場合、資格を1つしか選択していない者は自習、複数選択している者は他の授業を受けるようになっている。
「しっかし、あいつ主専はインドア系なのに、体力あるよなー」
画面に映る光の戦いぶりを見てそう呟いた後、「ま、腕はまだまだだけどな」と腕を組みながら上から目線でそう言う翔太は、銃士ランクAの実力者。専門でないにしてもそれなりの戦いを繰り広げている光は、電機士ランクA兼銃士ランクB。その他、いつも陽気なランは医士ランクS兼銃士ランクB、そこらの男子より男前な山谷は情報士ランクS兼電機士ランクA、大和撫子な相場は剣士ランクS兼格闘士ランクS、と俺の周りは実力者ばかり。……そして俺はというと、銃士ランクC兼電機士ランクB兼格闘士ランクBのただの凡人。
「…はあ」
自分の友人たちはどんどん腕を上げている中、1年度間に4回ある実力試験のうち、今月始めにあった第2回試験で主としている銃士のランクを1つ下げてしまった自分の腕に、ため息をつく。
「そう弱気になるなって!お前はこの俺が直々に誘ったんだぞ?」
俺の背中をバシバシと叩きながら陽気な声でそう言う翔太。
「俺の目に狂いはないっ!!」
「……何様だよ」
親指を立て決め顔でそう言ってきた翔太に、呆れた目線と声を送る。しかし、これでも俺を気遣ってのことであることを、中学からの付き合いではあるがはっきりとわかる。
親友の気遣いをありがたく思いながら小さく笑う。そして、より一層気を引き締めていかなければと強く思った。……この学園には落ち込んでいる暇などないのだから。
そう思い返し気を引き締めて、俯いていた顔を上げ再び画面を見上げた調度その時。
「「あ」」
他の生徒から移り変わった直後、1人で画面に映っていた光の顔面にみごとに着色弾がヒット。塗料の弾により、眼鏡を含め顔全体が真っ赤に染まった。
「………っ」
「………ぷっ」
笑いを必死に堪える俺と、堪えきれず吹き出し盛大に笑い転げる翔太。その後、真っ赤な光を直視して、再び翔太が爆笑するのは、想像するのが容易い未来であった。
空が朱色に染まり始めた頃。
「あー、今日は笑った!笑った!」
今日は電機士の授業がなく珍しく終わりが一緒だったため、本校舎の承認機械を通り抜け、久々に3人で寮に向かう。
「……」
頭の後ろで手を組んだ格好で歩きながら今日のことを蒸し返した翔太に、光が無言の圧力をかける。
「まあ、あれだ!あれはあれですごいぞ!うん!!……ぷっ」
そんな光の様子に気づくことなく、翔太は小さく吹き出した。それを見逃さなかった光は、翔太の脇腹に思い切り肘鉄をくらわす。そして、脇腹を押さえ蹲る翔太を横目に、スタスタと1人寮へ向かって行った。
「わ、悪かったっ…て…」
遠ざかっていく光に、うずくまったまま、痛みで体を小さく震わせながらしぼりだしたような声で、謝罪の言葉を口にする翔太。
「……夕方限定特大苺ロール」
それを聞き立ち止まった光は、こちらに背を向けたままそうぼそっと呟くと再び寮に向かって歩みを進めた。
「よし」
光のその言葉を聞くと、翔太は素早く顔を上げた。
「…金は貸さねえぞ」
「まだ平気だ」
毎度のことではあるが、甘いものにつられる光もそうだが何故この馬鹿は学習しないのかと呆れる。
「今からなら、ダッシュで行かないと間に合わないんじゃないか?」
校舎前、寮や正門へとつながる広場に立つ時計に目を向けながらそう言うと、翔太はすぐさま購買のある地下に向かうためか、校舎よりもここからの距離が短い寮へとものすごい勢いで走り去っていったのだった。
なんとか光に追いつき、一緒に寮に入り部屋の鍵を受け取りに行くと、去り際に中内さんに呼び止められた。
「はい、野城くん宛の届け物と郵便ね」
中内さんが管理人室から持ってきたのは、手持ちサイズの小さめのダンボールと真っ白な封筒。
「ああ、もう届いたんですか」
荷物を封筒を受け取りながら関心した声でそう言い、荷物受け取り書にサインをする。その後、中内さんに軽い会釈をしながらお礼を言うと、光と共にエレベーターへと向かった。
「…何頼んだんだ?」
「新作」
俺が腕に抱える荷物の中身を聞いてきた光に、そう一言だけ返すとそれだけで中身を理解したらしく「ああ」と納得の声を上げた。
その後、特に何を話すわけでもなく、光の部屋のある階(俺と翔太の1つ下)に着き、光と別れ自分の部屋へと帰った。
寮の1階には広々とした食堂があり、生徒は朝晩決められた時間内に行けばそこで食事をすることができる。
今日もいつものように翔太と光と3人で食堂で食事を済ませた後、課題が終わらないと泣きついてきた翔太と毎度の如くただの気まぐれでついて来た光が、俺の部屋に上がり込んでいる。
「あ゛ー!わけわかんねっ!」
テーブルに置かれた大量の課題に頭を抱える翔太を横目に、部屋の本棚から最近ここに来ると必ず読んでいる機械関係の雑誌を取り出し読み耽る光。そんな彼らに何か飲み物を出すなどをいうことをすることもなく、翔太に「わからないところは光に聞けよ」とさりげなく自分の邪魔をさせないようにし、部屋から出た。そして、廊下の先、(部屋の出入り口から見て)玄関左手側にあるドアへと向かう。
そこは、入寮前、学園合格時に自分の希望を伝えることで、自分の好きな部屋にすることの出来るスペースとなっている。大半の生徒は自分専用の研究室のようなものにしているようだが、中に自習練や己の精神を鍛えるための部屋にしている者もいるらしい。もちろん俺は前者で、そのドアを開けた先には壁に備え付けられた長めの机と椅子が1つ、そしてその机の後ろにある棚は機械の部品や工具で埋め尽くされている。
俺が部屋に入るのと同時に電気がつき、窓がなく真っ暗だった部屋に明かりが灯る。生活スペースとなっている部屋より強力な防音が施されたこの部屋は、たった1つの扉を閉めてしまえば完全なる静寂な世界と化す。
───ガサガサ
そっと椅子に座ると、帰ってすぐこの部屋に置いておいた今日届いたばかりの荷物の包装を剥がす。出て来た箱を開け、中のケースにあらかじめ送られて来ていた番号を打ち込みロックを解除すると、やっと目当てのものが視界に映る。
小さめのケースの中に互い違いに収められた、2丁の拳銃。
それは、アメリカの天才技工士エルミラ・バージットが先週発表したばかりの新型モデル。細く長めの銃口に、持ちやすさを重視し所持者の手の形に合わせたグリップ。従来のものより小型・軽量化されているにも関わらず、その威力は劣らないどころか高いものになっている。しかし、小型・軽量化されているためその威力は銃本体だけでは受け止めきれず、自分自身に返ってくる。そのため、従来のものより目標に照準を合わせにくくなってしまっている。その命中率が(少々)低いという点を除けば、欠点という欠点は見つかっていない。
(先週発表されたばかりだというのに、頼んで2日後に届くとは…。さすがといしか言いようがないな)
改めて学園の──正確にはその後ろについている組織の権力の大きさに感心しながら、後ろの棚から必要な工具と今日のために買い揃えておいたいくつかの部品を取り出し、新品の2丁の銃に少々手を加える。実技はあまり得意な方ではないが、こういった細かい作業をするのは割と好きだった。
一通りの作業が終わり、机に置かれたデジタル時計に目を向けるとあれから4時間ほど経過していた。
「はあ…」と一息ついた後、銃に合わせ新しくしたホルスターを身に着け銃たちをそこにしまい作業部屋を後にした。
「少し出てく…る……おい」
翔太と光に声をかけようと再び部屋の方に戻ると、そこには4時間前と変わらない体勢で本を読み耽る光と、まだほとんど白い課題を枕にして眠る翔太の姿が視界に入る。
「……」
───バシッ
呆れた目を翔太に向け、奴の頭を思い切り叩く。
「っ!?なんだ!?」
直後、勢い良く飛び起き叩かれた箇所を片手で押さえながらあたりを見回す翔太。そして横にいる俺を視界に捉えると、「お前か!!」と声を上げた。
「……光、こいつのこと見てやれよ」
「…?翔太がわからないことがあれば俺に聞くように言っていたが、俺にこいつの世話は頼んでないよな…?」
「……ああ、そうだ、お前はそういう奴だった」
ため息混じりにそう言葉を吐く。
「じゃあ、今から少し部屋を空けるから、その間にこの馬鹿どうにかしてやって」
「了解」
「おいっ!?」
了承の言葉を光が言うのとほぼ同時に、翔太が"馬鹿"と言われたことに対して突っ込みを入れる。
「お前、それの提出期限いつまで"だった"け…?」
そんな翔太に、テーブルの上に置かれた大量の課題に目を向けながらそう言う。
「……先週デス」
「その課題を出したのは?」
「………佐江原教官デス」
「まあ、そういうことだ。頑張れ」
翔太に背を向け部屋を出ながらそう言うと、奴はすぐさま光のもとへ泣きついたのだった。
天川学園は人工島F-27区の3分の1以上を占め、そこは周りの土地より高い位置にある。その理由は地下施設を多く造るため。実際、地上の校舎内に造られたものより地下のものの方が多く、ほとんどの実習室や練習室が地下にある。そしてその地下施設には、校舎内にあるエレベーター(もちろんセキュリティは万全)か各寮のエレベーターを用いることで辿り着くことができる。
───バンッバンッ
コンクリートに囲まれた広々とした空間に銃声が鳴り響く。
平日の夜10時過ぎということもあり、この実弾射撃場にはあまり人がいない。明日も授業があるのだ。この時間自室で過ごす生徒が大半だろう。
───バンッ
しかし、休日になれば予め予約しておかなければスペースが取れないほどの混み具合だ。
───バンッ
セットしていた弾を全て撃ち終わる。
「…10発中4発か」
人の型をした的に弾が当たった数が示された手元の画面を見る。そこに表示されている数字は"4"と"2"。"4"は的の中心となっている人型の的が持つ銃の部分に当たった数、"2"は人の致命傷となる部分やその付近に当たった数。その他別の場所に当たった数を合わせれば、10発は的に当たったことにはなるが、有効になるのは中心に当たった数のみ。
この学園では、人を殺めることを規則で禁止されている。たとえそれが自分にとって憎い相手でも、凶悪犯であっても、俺たちの目的は"殺す"ことではなく"捕まえる"こと。偶然や事故の場合は多少軽減されるが、故意に人を殺めた場合かなり重い処罰が与えられることになる。
新品の銃に練習用の弾を詰め込む。この銃用に弾も新しくしたが、最新型でありそれなりに値段もしたためさすがに試し撃ちにそれを使うのも気が引け、学園の備品で誰でも使うことの出来る安弾を使っているものの、やはり本体との相性が悪いのかただでさえコントロールが難しいのにさらに難しくなっているように感じる。
(……いや、俺の腕の問題か)
自嘲気味に小さく笑い、弾丸が補充された銃を新しくなった的に向ける。
「あーあ、弾がもったいねえな」
「練習したところでどうにもならないだろうに」
2人の男子生徒が、俺の後ろを通り過ぎながらこの銃声の中でも聞こえるほどの声の大きさで言葉を発する。
「実力ないのに練習したって」
「ここに入れたのだって親のおかげだろ」
ケラケラと笑いながらそう言う彼らは、俺と同じ26期生。入学当初は俺と同じ総合Bランクだったが、今は2人もAランクに昇格。
───バンッ
こいつらは何かと俺に突っかかってくるため、この手の悪口にはもう慣れていた。それに、"親のおかげ"という意見には俺も同感だった。
「チームの奴らに守られてりゃいいんじゃないの?」
「つか、あいつらの成績って本物なのかね」
「何か裏から手を回してんじゃねえの?」
「教官に媚売ってたり?」
先程よりも笑いを強めた声でそう言う彼ら。彼らはまともにあいつらと戦ったことがない。ただ遠くから見ていることがある程度だ。なのに───。
その時、不意に体の熱が上がった気がした。
───バンッッバンッッ
はっとして的に目を向けると、人型の的の頭と心臓部分の中心に見事に穴が開いていた。
「…はあ」
先程までなんとか急所を避けられていたというのに、と落胆してため息をつく。そして、ふと周りが静かなことに気づきあたりを見回してみると、射撃場にいるほとんどの生徒の目線が頭と心臓部分に穴が開かれた的に向けられていた。つきさっきまで大きな声で笑いながら駄弁っていたあの2人組も、驚愕した様子で的を見つめていた。俺がその様子を見ていると、俺の視線に気づいたらしくこちらに目を向けたが、目が合うとすぐさま逸らしそそくさと射撃場から出て行った。
「これで少しは悪口が減ればいいが」などと思っていたが、やはり静まり返ったこの場の空気に耐えられず、小さなため息を1つつくとまだ残っていた弾を取り出し元の箱の中に戻し銃をホルスターにしまい、俺も射撃場を後にした。
LOST HEART