不幸にも盲目

不思議なおはなしです。

挨拶


おはようございます。
こんにちわ。
こんばんわ。


一応三つとも言っておきます。
これを読めているあなたは、何故そんなことを。と、思うでしょう?


私は目がみえません。

冬に

私が16の頃、ええ、あれはちょうど電気が流行りだした頃です。

私の家は自慢する訳ではありませんが、
人よりも裕福な、元々はたいそうな武家の一族だそうです。

子供の頃は他人から羨ましく想われたりして、少しばかり優越感を覚えていたものです。

しかし10歳になったころから、礼儀作法、武道、学問、先祖、国学、様々な事を学ぶよう強いられてきました。

遊びたい盛りではありましたが、しようのないことでした。



それから6年がたった冬の事。
優しくくだいた雲をふりまいたような、優しい雪がふっていた日でした。

父が一人の娘をつれてきました。
私より歳は2つ下だそうです。

一言目に父は言いました。

「お前の許嫁だ。」

娘はたいそう優しい顔をしていました。

その日から娘は私の家に住むようになりました。

四年後


気づけば私は二十歳、妻となった娘は十八歳。

娘は私の妻に、私は娘の夫になっていた。


妻は近所や、町でも評判の良い人柄で、子どもたちからもすかれており、町に買い出しにいくと、

「あなた、今日もおまけをつけてもいただきましたよ。」

と、そういうことがしょっちゅうだった。


私が十七歳の夏に父を流行り病で亡くし、
十八の夏にも母を結核で亡くしても、
妻がいたから葬式も滞りなくでき、

私が風邪をひいても、妻がいたからすぐに治すことができたのだと、正直に思う。

ありきたりな言葉で妻には申し訳ないが、

私は妻を心底愛しているのだ。



そして私が二十歳になった年の冬、


私は風邪をひいてしまった。

発熱


風邪を引いて三日とたつが、一向に治る気配がない。

それどころか体は熱くなるばかり。
妻のよんでくる医者たちは薬を置いてはいくものの、眼前の白い粉は私を癒すことはなかった。


妻は必死に看病してくれた。


それから二日後、まだ私は体の熱が下がることはなく、寧ろ段々と熱くなっているのに気がついた。

夜中だったのでろうそくも消えていて、隣から妻の寝息が聴こえた。

相変わらずの体の熱さと吐き気だった。


その日の昼のことだった。


突然頭に刺すような痛みが走った。
久しぶりに痛みで涙がでた。
いつのまにか叫び声をあげて、妻をよんでいた。
畳に爪をたて、吐いていた。


すると頭の中でなにかがはじけたような感じがした。


そこで私の意識は遠のいていった。

確か、雲をそのまま落としたような、激しい雪の日だった。

不幸にも

私はまた夜中に起きた。

いつも通り部屋はまるで暗闇だ。
私は電気の光が苦手だった。
あのいかにも人がつくりあげたピンピンとした光はとても嫌いだった。

妻の声がした。
「あなた、大丈夫ですか?」

「ああ、大丈夫だ。やっと熱はさがったみたいだ。すまないが、あかりをつけてくれないか?暗くてかなわないよ」


妻が沈黙した。


何故だ?
すると見知らぬ声が聴こえた。

「ご主人、私のことがわかりますか?」

声は腕がいいと評判の町医者だった。

「ああ、先生。すいませんね夜中に。ところであかりをつけてくださいよ。暗くてお顔がみえません。」


医者も沈黙した。


この不思議な状況にすこし身震いした。
なぜ彼らは黙っている。
そういえば妻は泣いているのか?
すすり泣いている声が聞こえる。


医者の声が聴こえた。

「ご主人、よくきいてください。恐らく、あなたの脳には発熱による負荷がかかりすぎて、大変言いにくいのですが・・・・・・」


そういうことか
理解した
私は昔から察しのいい人間だったから。



医者が帰ったあとの記憶が不思議なことにないのだ。
人と言う生き物は混乱しすぎると、みな、そのようになるのだろうか。


私は不幸にも盲目になってしまった。

それから

「おい、飯くらい早く作れ。作れないなら出ていけ。」


それから私は荒れに荒れた。
目が見えないとどうなるか。

まず一人で歩くのも怖い。
人と話すにも相手の表情が見えず、不安になる。
ものを食べるのにも一苦労。
生活に必要な動き一つ一つに恐怖をおぼえるようになった。


そして、妻に当たり散らすようになった。


ある日は肉を、ある日は魚を、ある日は酒を。

貪るように食い、飲んだ。


昼は寝たきりでずっと泣いている。

勿論、妻に恨みなどはない。

しかしそうするほか、私はこの暗闇の中で一人ではないと。私はこの暗闇の世界に一人ではないと。

そう思えなかった。

はじまり

そんなことが二年ほど続いた。

冬になっているのは寒いからわかる。
いつも何かがあるたびに見えていた雪はもう見えなかった。


雪はどんな色をしていただろうか。


そんなことを考えていたとき、家の奥で妻が皿を割ったようだった。

何故皿なんか落とす。
しっかり持っていれば落とさないだろう。
お前には目があるんだから。

何かにつけて見えないことを嘆いていた時期だった。


私はまた怒鳴った。

「なんで皿なんか落とす。お前の目は飾り物か。だったら俺にくれ。お前なんかよりうまく使ってやる。」


私の怒鳴り声は妻には閻魔大王の如く太く低く大きく聴こえていただろう。

妻は謝るばかりだった。


もう何もかもが嫌だった。


はじめて、確かに死にたい。と、そうおもった。



その日、私は布団に入って出ることはなかった。

幸せ


何時間眠っただろう。

寝すぎてなんだか頭が痛い。

いつもの部屋で目覚めて、外をみる。

また雪がふっていた。

鬱陶しいやつだ。

全部溶けてしまえ。


妻への怒りは収まってなかった。


枕を壁に投げつける。




何かおかしい。

この感覚はなんだ。

えもいわれぬ感覚。


なにか変だ。



そうか、


私は目が見えるようになっていた。  



幸せを感じた。


みえる。

みえるぞ。


そこに白い羽織をきた老婆がはいってきた。

それから

老婆が言うにはここは私の生きていた時代とは違う時代らしい。

今は2013年。

百年以上も私は眠っていたのか。
そう老婆に聴くと


「んんそういう訳じゃないんじゃないかなあ」

にやにやしながらそんな感じの嫌らしい返答しかしない。


老婆は何やら不思議な形をした大きめの真っ白な羽織をきており。
時々筆のようなものから光をだして私の目をのぞく。

はじめこそたいそう臆病だった私だがここにきて一ヶ月になった。


カラスのように大きな黒目の老婆が私は嫌いだった。
何かあれば飛んでくるものの、私を家畜のように扱うのだ。

酷い扱いと言うわけではない。

ただ、殺さぬよう。生かさぬよう。といった感じだ。


食べ物だけもってきてそれ以外は部屋から出ていってなにやら一人でぶつぶつ言っているだけだ。


ここにきて一ヶ月とたつが、まだ体は動かない。

老婆になぜ体が動かないのか聴くと、


「んんしようのないことさ。」

また嫌らしい返事しかない。


妻についても老婆が顔を見せるたびに聴いたが、
その質問になると老婆は徹底的に私を無視する。



まあいい。
ここで体が動くようになるまで待てばいい。


まあいいさ。

限界


死にたい。


ここにきてから3年。


体は全く動かない。
ずっと上を向いて寝ているだけ。

いつもの老婆がいつもの食べ物をいつもの時間に持ってくるだけ。

この老婆は不思議なことにここにきた時から歳をとってないような気がする。


気のせいか。


とにかく長い長い時間がたった。

体を動かせない1日は十日にも半年にも一年にも感じた。


体を動かせない3年は一世紀にもかんじた。


なんだんだこれは。



私はいつで生きる。

私はいつまでここにいる。

私はいつまで死ねない。



もう私は気が狂っていた。


ここに来た当時、いつもの私の部屋だと思っていたこの部屋は、なんとなくちがっていて、不気味だった。

畳の色が微妙に違ってたり、そういう違いなのだが日に日に増えていく気がする。


不気味だ。

その一言につきる。


老婆のカラスのような目は日に日に鋭くなっていく。



死にたい。

いつからだろう。


そうおもいはじめた。


舌を切ろうとした。

そこまでの力もでなかった。

自分で死ぬこともできなかった。


改めて思う



死にたい。

別れ


また冬が来た。

私の生きていた時代とはちがう冬。

雪は無情に、乱雑にぱらぱらと降っている。


つまらなくなったもんだ。


ふと、妻に会いたくなった。

今までここがどこなのか、そっちの方に気をとられていたせいか、最近、ふと妻に会いたくなる。

会いたくなってもからだが動かない。

これを繰り返していた。

本当に、私はなんのために生きている。

目に見えるものが幸せか。

否。

目に見えるものでなく、感じることができるものこそ幸せ。


雪の降る様ひとつでも、天の感情がわかるように。



そう考えるとやはり死が頭をよぎる。



もう、やはり、そうか。


死ぬしかないのか。



老婆が私の心を見透かしたように、にやにやとしながら部屋に入ってきた。


「んんどうしたんだい。」


全く嫌な声だ。


「いままで有り難うございました。ですが私はもう死にたいのです。どうにかできませんか。一思いに殺してください。方法はなんでもいいですから。」


老婆はにやにやしながら答える


「んんいいけどねえ、そういう人が多くてねえ・・・」


どうやらここには私の他にも人がいるらしい。


「他にも人がいるんですか。」

「んん今のは聞かなかったことにねえ」

老婆は相変わらずのにやけ顔だ。

「とにかく、死なせてください」

私は懇願した。

「んんおまえ、目が見えるようになってどうだった。」

「いや、どうって・・・」

「んん人に不幸は付き物だ。そんなことも知らずに育ったお坊っちゃんが見えない見えないとうるさかったから呼んだんだよ。」

老婆には私の過去が見えているようだった。

「んん本来私たちが見ている"モノ"なんて、どうにもあてにならないものなんだ。
例えば、お前は雪を雪と知っているから雪と見ていたのだろう。
では、雪を雪としてしらなかったら。
お前にとってそれは見えていないもの。なにも感じ取れなかっただろう。」


老婆がこんなに話すのは初めてで私は心底驚いた。


「んんじゃあお前にとって死ぬことはどう見えているのか、死を死としてとらえれているか。
ただ苦しみから逃げるだけ、そう考える人間が多すぎる。
勝手にしなと言いたいところだけどそれはちがう。
何故なら死には苦痛を伴うからねえ、逃げれちゃいないんだ。
時々こういう人間もいる。

天国にいけば楽だ
死んだ恋人にあえるから

んんそれがとても面白くてねえ。ふふふ。
いいかい、よく考えてみなよ。魔法なんてないこの世なんだよ。
それなのに死後の世界があるなんて恋人にあえるなんてねえ。ふふっ。
死ねば終わりその先なんてない。ましてや魂なんてないよ。人間の感情なんて脳内の微弱な電流が引き起こすただの現象なのにねえ。」


老婆が実は聡明な人物なのかもしれないとこのときばかりは見直した。

確かにその通りだ。

そう思ったとき老婆がまた口をひらいた。


「んんその通りなんて思っちゃいけないねえ」

この老婆は私の心を読めるんだと確信した。

「んんさっきのは私が死をそのようなものとしてみてるから私の中の死は絶対的にそういうものなんだよ。
でも違う人間からすると、違うかもしれない。
お前にとって雪が雪であっても、私にとっては雪は灰なのかもしれない。」

この老婆がなにをいっているのかわからなかった。

「んんまあいい。死ねばそんなことなんて無意味さねえ。もう雪を見れないし妻にも会えないさ。
さあ、お前の考える幸せをあげようかねえ。ふふふ。」


私はもう難しい事は考えなかった。
私は暗闇の世界ではなく、

私は、光に照らされていたあの時代にこそ一人だったのだ。


老婆がいった。

「んんすこし、、、いや、かなり痛いよ。」

私は覚悟した。
そして誰に言うでもなくつぶやいた。

いや、もしかしたら老婆がいうように
傲慢で怠惰なお坊っちゃんの自分にいったのかもしれない。


「さようなら」
   


やはり、激痛だった。

そして、私は、いなくなった。

不幸にも盲目


私は暗いところにいる。


死んだらこうなるのか。
そう考えている。

ぐるぐるぐるぐる体がまわっているような。
でもずっととまっているような。

時間がすぎていくような。
でも時間がとまっているような。

生きているような。
死んでいるような。


そんな感覚。


老婆のとらえていた死はちょうどこんなものだろうか。

人は誰しも、私もそうだが、死んだらどうなるか、それについて考えると思う。

私は正直な話、極楽へ行けるとおもっていた。
死をそうとらえていた。
苦しみから解脱し、人が仏となれる地。
そこにいけるとおもっていた。


しかし違う。


人間死ねば終わるのだ。

次やその後なんてない。

そこで線は途切れるのだ。


ああ、ずっとここにいよう。
私は思い出にふけるのは得意だ。


もうなにも知らない。
ただの幸せだった妻がいたあの頃の思い出に、
買い物の帰りをただ待っている私に。


おまけをもらってきた妻に、
「よかったなあ、今日は何をもらったんだい。」
そう訪ねていただけの頃でいい。


妻に初めて会って、挨拶をしたとき、物凄く緊張してまともに顔を見れなかった頃に。


父と母が続けて亡くなっても、妻が隣にいたころに。

目が見えなくても、私を愛してくれた妻のいた頃の思いでに。


もう何も考えるのはよそう。

もう終わりでいいんだ。
さようなら。
さようなら私。
もうこのまま自分のなかで永遠に、



その時だった。

体が熱い。とても熱い。
痛い。とても痛い。
私は思いきりむせた。


でも、体が無いのに何故。


久しぶりの酸素に体が震える。
喉がカサカサする。
派手に咳き込む。


どうなったんだ、目をあける。
真っ暗だ。

音が聞こえる。
どこかで鳥が鳴いているらしい。

でも何故。

私は死んだのでは。


咳き込む私の背中に何かが触れた。

間髪おいてそれがなにか分かった。


人の手だ。



隣で声がする。


「大丈夫ですか。昨日の晩はえらく冷えましたからねえ。」


私はまだ、咳き込んでいる。頭も痛い。


「あらあら、お医者様を呼びましょうか。まだ早朝だから皆さん起きてらっしゃるかわかりませんけど。」


どうやらいまは朝らしい。
しかし何も見えない。


しかし聞こえる声が、触れている手が何よりも幸せなものであるとわかった。


確かに妻だった。

妻に抱きついた。

たしかに肌も匂いも髪も妻のものだった。


「あら、目は見えていないくせに。」


妻はからかうように言ったがすこし照れているようだ。



これこそが幸せ。

私は久しぶりに妻の名前を呼んだ。


「あかり、今日は一緒に買い物にいこうか。」




「あらあら、今日は機嫌がいいですねえ。そうですね。久しぶりに。一緒に。」


妻は、あかりは、私の暗闇を照らしてくれる唯一の明かりだ。



今、私は不幸にも盲目になったことを



とても幸せに思っている。




この不思議な体験は・・・・・・




後々、小説にでもかくとしよう。



私は久しぶりに立ち上がった。

不幸にも盲目

不幸にも盲目

  • 小説
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-10-14

Copyrighted
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Copyrighted
  1. 挨拶
  2. 冬に
  3. 四年後
  4. 発熱
  5. 不幸にも
  6. それから
  7. はじまり
  8. 幸せ
  9. それから
  10. 限界
  11. 別れ
  12. 不幸にも盲目