暴言探偵と変人警察
プロローグ
ここは現代日本。そう、現代日本だ。
世界の中で、唯一原発を落とされ、ポツダム宣言により平和を約束された国だ。
世界の中で言えば、驚くほど治安のいいこの国は、警察が良く働く。
働かなくても、例え自分の欲のためでも、この国の警察は良い警察だ。
「おい、お前がやったんだろ?吐けよ。さっさとしろよ!!」
目の前の警官がスタンドライトを叩き付け、机を蹴飛ばす。
例え、無実を主張する人間を脅して、いびり、罵っていても、良い警察だ。
僕は、そういう人を弄んでしまう癖がある。
無駄な行動で虚勢を張り、相手を怯えさせることを手段として使ってしまっている奴ほど、扱いやすいものは無い。
それに、そういうやつをイライラさせることはなかなか面白いものだ。
「…なんだよ!なんなんだその眼は!!何を考えている!!」
高揚するあまり、声が裏返っている。僕は表情に出さないものの内心は嗤っていた。
僕は無表情のままふてぶてしい目で睨みつけている。
と、ついに、警官がキレた。僕の胸ぐらをつかむ。
僕は、警官を嘲笑した。
すると、憤った警官は殴りかかってきた。
面白いことが起こる。
部屋の外の窓から見ている警官はどんな表情をしているのだろうか。
内側から見えないのは非常に残念だ。
警官が腕を振り上げる。
僕は、警官の攻撃を。
自ら受けに行った。
そして、僕の体は後ろへ飛ばされる。
頬に鈍い痛みが走り、血が垂れるが、そんなことはどうでもよかった。
それよりも、面白いことがある。
警官の顔は、驚愕と後悔が混ざった顔をしていた。
「…自分で殴っておいてその顔はどういうつもりなのかな?」
僕が、初めて口を開くと、警官はひどい顔をしていた。
自分がやったことを完全に理解して、一人で弁明しようとしては、一人で追い詰める。
「俺じゃない俺じゃないんだそうだあいつから殴られに来たでも殴ろうとしたのは俺だ殴ってしまったのは俺だ」
彼は、自分の意思に従い、自分の理性に反することをやってしまったのだ。
考えれば考えるほど狂う。作為的な失敗。
「…ひどく滑稽だな、警察様。おい、外の連中見てたか?僕はこの警官に傷害罪を訴える」
僕がそういうと、目の前の警官だけに聞こえるような小さな声でそういうと、警官は涙目ですがりついてきた。
考えることを止めて、必死に。すがりついてきた。
「頼む!やめてくれ!やりたくてやったわけじゃないんだ!!そうだ!不可抗力だ!!」
この警官の良いところは、頭の回転が速いところだ。感情的になりやすいところが玉に瑕だが、様々な手段を用いている良い警察だ。
対して、この警官の悪いところはは被害妄想に陥りやすいよころだ。すこし揺さぶるだけで、一気に崩れる。
実に無様な姿だ。
そういえば、冒頭で日本という国に触れていたが、この国は女性が有利なようだ。
僕が、女性というだけで、この男性警官の罪悪感は増すらしい。
「そうかい。まあ、僕は気にしていないからいいよ」
警官は、まるで救われたかのような表情をする。
僕はずっと無表情を貫き通しているのだが、この警官にはどんな表情に映っているのか、実に興味深いものだ。
まるで、救世主でも見てるんじゃないかというような表情をするほど、『気にしていない』という言葉が救いだったのだろう。
警官が僕から離れた瞬間に、ドアが開け放たれた。
遅いな、ようやく来たのか、と内心で毒づくが、口に出すほどのことでもない。
「おい!大丈夫か!」
入ってきた3人の警官の一人が叫ぶが、それは僕に対してなのか、警官に対してなのか、分からなかった。
ただ、叫んだ警官が僕を抑えつけようとして向かってきたということは、殴った警官の方をかばっているようだ。
警官が僕に手を伸ばしてきたが、僕を殴った男性警官がそれを遮る。
3人の警官のうちの一人がこの部屋に残り、そのほかの二人の警官と、男性警官は、部屋の外に出ていった。
僕からしたら、警官が入れ替わった形になる。
さっきの警官に比べると、この警官はベテランといった風貌だ。見た目からしてもそうだが、なによりも、落ち着いている。
こういう人は、ざっと二種類。
人の話を無視する人間か、人の話を受け入れたうえで焦らない人間。
前者は例外、後者は最悪に優秀。落ち着き払っている人間は僕にとって敵以外の何物でもない。
ちなみに、僕は後者よりも最悪な人間だと自負している。優秀さはゼロだ。
「ああ、木野目探偵さん、気を悪くしないでくれ。あいつもまだ若いからなあ、加減を知らねえんだよ」
ベテラン風警官は煙草をふかし、話しかけてくる。
「僕、未成年なんですよ。煙草は遠慮してくれませんか?」
僕が半笑いでそういうと、警官は煙草を携帯灰皿につぶし、「そうかい、すまんな」と言った。
これで、後者確定だ。僕は、素でいくことにした。
「なにか冷やすものある?ちょっと腫れてきちゃったよ」
急にため口に変えたが、やはり反応は無し。一旦部屋から出て、凍らせた水のペットボトルを持ってきた。
「ありがとう、おじさん」
礼を言うと、ベテラン風警官は僕と同じような半笑いを浮かべる。
「おじさんに見えるかい?まだ36だがなあ。いや、36なら十分おじさんか」
「へえ!36!人は見かけによらないって本当なんだなあ」
「なんだ、老けてるって言いたいのか。ははは、若いもんはいいなあ。ちなみに、木野目探偵、あんたはいくつだい?」
「女性に年齢を聞くって、さては結婚してないな?」
「ははは、残念。はずれだ。結婚はしたよ。離婚もしたけどなあ」
笑いながら言うが、その表情は沈んでいた。
思わず舌打ちしそうになるが、耐える。
「そうか、残念。僕もまだまだだね。ちなみにだけど、僕は18だよ。なんで少年犯罪の範疇で見逃してくれないのかなあ」
「いいかい?法律なんてあってないようなものさ。君は何度も名前を変えてるだろ?捻じれて、捩じれて、螺子のようにぐるぐるしちゃってる」
「法律も国会もぜんぶ渦みたいになってるんだね」
「そうだな。この国はそうやって成り立っている。君も何かに反抗して育ってきたんだろう。反抗してこの国も育ってるのさ」
この人の話は、つまらない。本当に36ならこんなに人生経験はしてないだろう。
もし、してたとしても、処理しきれるのだろうか。少なくとも僕には無理だ。
だけど、この人は悟っている。全てを知ったように、落ち着いて。ほんとに、つまらなさそうに話す。
「反抗しやすいようになってるんじゃない?18でもいろいろ書類書いてるけどさ。嘘ばっか書いても通るような世の中だもん」
「そりゃあ、重要じゃないって思われてるからだろう。まあ、この国は所詮こんなもんさ。育ちきるまで適当に生きて、適当に死んでる。俺も、君も」
今度は、耐えられなかった。思いっきり舌打ちをする。
「僕、おじさんのこと大嫌いだね。つまらないし、気持ち悪い。一生ゾンビのように暮らしてればいいよ、奥さんと一緒の境遇で」
ベテラン風警官は一瞬硬直するが、すぐにさっきまでの半笑いに変わった。
そのタイミングでまた、ドアが開く。ベテラン風警官は、「フラれちゃったよ」とほかの警官に言うと、次いで、
「木野目探偵を捜査に協力させてやってくれ。彼女は犯人じゃないし、彼女はきっと役に立つよ」
と言った。ほかの警官は動揺していたが、ベテラン風警官が「頼む」と念を押すと、ほかの警官はそれに従って動いた。
こうして、僕はただ働きすることになってしまった。
桐嶋巡査。
「やあ!木野目ちゃん!俺は桐嶋だよ!階級は巡査!年齢は21!よろしく!」
暗い部屋からようやく出られたと思ったら、目の前に、変人がいた。
なんていうんだろう。段ボールを被った馬鹿がいる。
ああ、思い出した。ダンボーだ。ダンボー。
漫画で見たことがある。あれは可愛かったが、こいつは馬鹿としか言いようがない。
段ボールを被って、胴体は普通にサラリーマンのようで、なぜか帯刀をしている。
「よろしく、バ…桐嶋巡査」
「ああ!よろしく!俺は木野目ちゃん…キノちゃんの見張り役だから、俺から離れないでね!」
「なんだそのキノコみたいな。ちゃん付けも気持ち悪いからやめろ。あと、お前が僕から離れないべきだろ」
さっそく、敬語使うつもりが失せた。いや、それどころか年上だという気持ちすら失せた。
ちなみに、強い物言いが効いたのか、桐嶋はショボーンとしている。
顔が隠れてるから分かりづらいが。
「じゃあ、木野目ちゃ…木野目くん!これでいいね!」
「…ああ、うん」
「じゃあ、今回の事件を解明しようじゃないか!事件の詳細のレポートを読んできたから説明してあげるよ!」
桐嶋はなぜか張り切っているが、正直、ついていけない。
そもそも、朝から急展開なのだ。
ああ、今はもう夕方だ。夕方、僕が唯一好きな時間帯だ。
夕日と、橙の空と、踏切の音が存在する風景は、僕は意外と好きだったりする。
この変人のせいでぶち壊しだが。
桐嶋が、「えーっと、今回の事件の概要は」と話し出したが、それを遮る。
「ああ、そういえば。桐嶋、お前はどれくらい見張るんだ?期間じゃなくて、プライパシー的な方で」
「え!?ああ、見張りの範囲ね。もちろん、四六時中だよ。お風呂から睡眠までいっしょさ」
「………警察呼んでいいか?」
「呼んだかい?」
撤回しよう。今、こいつのせいで警察は優秀じゃなくなくなった。
……いや、やはり、優秀だ。僕の考えが至らなかった。
ここの警察は特に、あのつまらない警官が特に、優秀だ。
ばれたんだ。僕が、この国にいないことが。なにかを訴えたところで、通らないことが。
しかも、それを利用した。国に対して、反抗。事実を隠して、僕を利用した。
舌打ちをすると、なぜか桐嶋がショボーンとする。
「桐嶋。お前は優秀か?僕より考えは回るか?僕より力があるか?」
僕がいきなりそういうと、桐嶋は僕の方を向いて、答えた。
「愚問だね。俺は、木野目くんより年上だ。木野目くんよりいろいろ見て、感じてる。あの衣笠警視に今回の任務を任されたくらいだしね」
おそらく、あの人だ。36で警視。実に優秀な人だな。くそくらえだ。
「あはは、最高の嫌がらせだよ。そうか、警視さんだったか。で、桐嶋。あんたも同類なわけか。そんなのに監視されるなんて気持ち悪いったらありゃしない」
「まあ、あんまり気にしないで。ところで、木野目くんの…やっぱり、木野目ちゃんでいいかい?女の子をくんで呼ぶってのに慣れてなくて違和感がすごいんだけど」
「僕からしたら、ちゃん付けされることの方が違和感あるんだけどね。チッ…話づらいなら何でもいいよ。好きな呼び方にすればいい」
「ありがとう!で、話に戻すけど、木野目ちゃんの家ってどこだい?」
「…探偵事務所だよ。すぐそこの。琴平探偵事務所」
僕の住みかとしている場所だ。前任者は前に死んでしまって、それを僕が継いだ。実に胸糞悪い話だ。
「そこで!住ませてくれないかい?」
「…はあ?」
「いやあ、俺、家がないんだよ。監視ついでに住んでもいいかい?一応、この事件が終わるまではパートナーなわけだし」
お風呂から睡眠までって、冗談でもなんでもなかったのか。
得意のポーカーフェイスでも隠しきれないほど驚愕してしまったぞ。
「…好きにすればいいよ」
「やった!いやあ、木野目ちゃんは優しいなあ」
「優しい?見当違いだね。適当だっていうんだよ。衣笠警視と同じさ。桐嶋はあの人を優しいと思うのか?」
「優しいよ。誰に対しても、誰よりもあの人は優しいね。木野目ちゃんと同じで」
また。舌打ちをしてしまった。
馬鹿げた馬鹿かと思ったら、馬鹿げた阿呆だったようだ。
琴平さんと同じで。本当に、言葉にできない感覚をさせてくる。
しかも、無意識に。琴平さんもそうだったが、こういう人たちは苦手だ。
嫌いじゃないけど、苦手だ。
さて、そうこうしているうちに到着してしまった。
僕の住みか。琴平探偵事務所。
「うわー!これ全部事務所なんだ!すごいねえ!」
桐嶋は感嘆の声をあげながら、僕についてくる。
本当に来るのかよとあからさまな嫌悪の視線を送るが、気づいているのかいないのか、結局無視された。
「中に入ったら説明しようかな。事件の詳細をさ」
どれだけ説明がしたいんだこいつは。
自分で読んだ方が早い気がするが、話したいなら話させればいいと適当に思考が動く。
やはり、あの衣笠警視、ふざけたように僕を的確に射抜いてきていたようだ。
いや、彼にも当てはまっていたのだ。驚くほど似ていたということだろう。嫌な運命しか感じない。
最後に私が言い捨てた言葉も、彼は自分自身で思っていた言葉と全く同じだったのだろう。
「桐嶋、お前についての話もなにか聞かせろ。お前という人間が僕にどう影響しそうなのか知りたい」
「ああ、いいよ。俺の生まれた時からたった今の今まで希望とあらば全部教えよう」
探偵事務所に入っていくと、中は軽く荒れていた。
あの人、琴平さんが死んでからまだ数か月だが、掃除などというものをしてない。
そのため、普段使わない応接間や書斎は埃まみれになっているだろう。
だから、比較的綺麗な、寝室に招待することにした。
桐嶋はまたもやすごいねーやら広いねーやら呟いている。
こいつは同じ感想しか持たないのか。
とりあえず、二つあるベッドの片方に座らせることにした。
「じゃあ、何から話そうか!」
桐嶋は嬉々として話しかけてくる。何がそんなに楽しいんだ。
「事件の詳細からだ。経緯は知ってるが、疑問点がいくつかある」
僕は、僕自身がなぜ捕まったのかは十分理解しているが、その背景をいまいち知らない。
だから、話を聞き、少し纏めてみることにした。
「えーっと、日付は今日だね。被害者の名前は高井喜英。42歳。午前10時23分に、通報を受けたよ。被害者の推定死亡時刻はおよそ30分前、かなり新しい死体だったね」
「まあ、僕も見たしな。頭殴られて死んだんだっけ?」
「いや、外傷はたいしたことないらしい。毒殺だね。まるで内臓蕁麻疹のようだったらしいよ」
「その表現はどうかと思うけどな。毒の種類なんか知らないけど、どれくらい強い毒なの?」
「最強!って感じかな。少なくとも、医薬関係者でも容易に手に入れることはできないものの類だね」
「で!警察様は私を犯人に疑ったわけか!この国の警察はぼんくらだな!擦り付けしかしないのか!」
「いや、これが分かったのは、ついさっきだからね。でもって、木野目ちゃんが疑われるのはしょうがないというか、自業自得だよ」
「ああ、うん。わかってるけどさ。僕がやったようにしか見えないよな。あんだけ殴ってしまえば」
そう、今回の事件。被害者と僕は喧嘩してしまったのだ。全く、運が悪い。
僕からの経緯を説明しよう。
最初は、商店街で普通に買い物をしていたのだが、酔っ払いが喧嘩をふっかけてきた。
いや、省略しすぎた。酔っ払いもとい今回の事件の被害者が、僕の買ったものを勝手に食べてきた。
僕は、食われたものを十倍の値段で払うよう請求したが、酔っ払いが突っかかってきたため、思いつく限りの罵詈雑言を浴びせた。
すると、酔っ払いがキレて殴りかかってきたため、僕は、それを返り討ちにした。
最初に一発殴らせておけばよかったと今は後悔している。
正当防衛の成り立たないまま、ボディーブローで肋骨二本砕き、顔面を上段蹴りして、後頭部を軽く、いや、そこそこ力を出して殴ったところで、死亡した。
正当防衛どころか過剰防衛ですらない僕の行動は通報されるのには十分すぎた。
「うん、証言を見て思ったんだけど、木野目ちゃん。ほんとに女の子なのかい?」
「間違いなく僕は僕っ娘だよ。数か月前の一人称は私だったけどね」
「昔になにか拳法とか空手とかやってた?」
「何もやってない。琴平さんの、…この探偵事務所の持ち主だった人から教わった護身術だよ」
「へえ、その人も危険人物そうじゃないか」
「それは遠回しに僕を危険人物だといってるんだな?言っておくが、武器を持った人間に対する闘い方くらい身につけているよ?」
「それはすごいね。ああ、この刀の事を言ってるのかい?大丈夫だよ。これは人を切るための物じゃないから」
「まあ、どうでもいいけどね。で、話を戻すけど。死亡推定時刻と私の目の前で死んだ時間と違う気がするんだけど」
「死亡推定時刻というより、毒が回りきった時間の方が正しいんじゃないかな?被害者、高井さんは毒が回っても数分生きていたことになるね」
生命力の強い人だったんだろう。ゴキブリのようだ。
「じゃあ、なんで毒が回ったかだね。明日は身元を洗いに行こうか」
「え?ここに書いてあるけど」
「そこに書いてあるのは、ひきこもりが自宅から調べられることだけだろ?感情も証言もあったもんじゃない」
そもそも、僕を犯人として片付けようとしてたのだ。そんな本格的に調査しているとは思えない。
「とはいえ、その情報も有効活用させてもらおう。下準備は大事だからね」
「そういえば、木野目ちゃんは探偵なんだっけ?」
「助手だったけど、主が死んだから、継いでいるだけだ。探偵って自分から名乗る気はしないね」
警察に言ったときは手段として使っただけダヨ。本当ダヨ。
「木野目ちゃんもいろいろあったんだねえ」
段ボール頭がうんうんとうなずきながら共感する。かなり屈辱だ。
「その段ボールなんとかしてくれないか?」
流石にイラッとくる。僕だって人間で、人だ。感情くらいあるさ。
「え!?それはダメだよ!これは、恩人からのプレゼントだから」
もっとましなものは無かったのか!それ絶対遊ばれてるだけだぞお前!
突っ込みたいが、突っ込んだら負けな気がする。だから、こらえる。
「そういえば、お前について聞いてなかったな。全部話せ」
「………ああ、そうだったね。じゃあ、話そうじゃないか!俺の真実を!段ボールの秘密を!」
「いや、そういうのいいんで。端的にまとめてください」
段ボールの秘密は気になるけど。
「……ああ、そうなの?ノリが悪いなあ。じゃあ、俺が警察になろうとした理由から」
ショボーンとした様子で話し始める。
こうして、予想外に話下手だったこいつの話は夜中まで続いた。
早朝の事件。
気が付いた。
どうやら僕は眠ってしまっていたようだ。現在時刻は、午前8時。
睡眠時間に関係なく8時に起きる特性が裏目に出たようで、とても眠たい。
僕が寝る前に最後にみた時間は確か、6時。
午前6時。
つまり、とても眠たい。ああ、眠たい。
しかし、当然、寝るわけにもいかなかった。
段ボールを被った状態で寝息一つ立てず、まるで死んだように寝ている警官がいるからだ。
何で寝てるんだよ。
というか、寝転がっているだけで寝ているのかも不明だ。
そりゃそうだ。段ボール被ってるんだもん。
段ボール外してやろうかクソが。
しかし、僕もそこまで性悪ではない。いや、性悪どころの話ではないと自負しているが。
他人のコンプレックスを見て愉しむような人間ではないのだ。
というのは建前で、下手に気持ち悪いものを見て落ち込みたくないだけだ。
僕も一応人間なんだから、生理的に受け付けないものだってある。
そういえば、風呂に入るのを忘れていた。
髪がべたべたしている。昨日はいろいろあって、汗もかいていたのだ。
丁度いい。湯船は冷めてしまっているだろうから、シャワーでも浴びて来よう。
僕は、段ボールを起こさないように忍び足で浴室へ向かった。
僕の好きなことの一つに、比較的まともな好きなことの一つに『濡れた髪をドライヤーで乾かす』というものがある。
柔らかい温風が気持ちいいと感じるからだ。
まあ、残暑の残るこの季節に言うことではないけど。
とりあえず、汗は流したし、髪もサラサラになった。
不快感を与えて優越感に浸るのは好きだが、自分が不快感を味わうというのは嫌いなのだ。
小さいころ先生に、自分にとって嫌なことは人にやるなとよく言われたのを思い出す。
その先生はまともだったのだが、僕がまともじゃなかったから、よく喧嘩をしていた。
高校中退の僕だが、今ではその先生との小競り合いも楽しかったと思えたりする。
当時は本気で嫌がらせをしていたが。
閑話休題。
浴室を出た僕は、衣類を取りに自分の寝室に行こうとしたが、そういえば段ボールがいた。
自分の住みかで他人に気遣うというのはなんとも屈辱的だが、これもやはり自分のためだったりする。
正直、恥ずかしい以前に、気まずいものなのだ。
産まれたままの姿を偶然起きた段ボールに見られたりなんかしたら、それはもう、精神的にあれだろう。
うん、恥ずかしいだけだ。
打開策を考える。
琴平さんは別に良かったが、会って半日の男性に今の姿を晒すほど僕は超級者じゃない。
僕は同情しないだけで、直接自分に罹るものには弱いのだ。主に精神面が。
自爆やら誤爆やらはしたくないものである。
そういえば、タオルがあった。だからといって、特に何でも無いが。
何がないって、バスタオルがない。
スポーツタオルで隠しきれるほど身長が低いわけではないのだ。
僕の体はスリムだから隠せないわけでもないが、そもそも露出を好まない僕にはハードルが高い。
ダメだ、蛇行してしまう。
もう、普通に事情を説明して頼んだ方が早い気がする。
そうしよう。
寝室の扉をノックする。が、反応なし。
まだ寝ているのだろうか。だとしたらそのまま入って服を着ても問題ないのでは。
しかし、その間に起きる可能性も捨てきれない。
「桐嶋!起きろ!!」
扉の前で少し大きめの声を出すが、またも反応なし。
もう、しばらくは起きないんじゃないかなとすら思えてくる。
僕はそっと扉を開けることにした。
「…いない?」
段ボールはどこにもいなかった。
不思議ではあるが、今の状況なら好都合だ。
部屋に入ると、扉を閉め、箪笥から下着を取り出し、次いでクローゼットから適当に服を取り出す。
急ぐつもりもないのだが、自然と早い動きをしてしまう。
下着をつけ、服を着て、ズボンをはき、かけたところで。
「ヤー!木野目ちゃん!お早う!」
段ボールが扉を開けて入ってきた。
「………ぬぁっ!」
口が開いたまま手の力が抜け、ズボンを落としてしまう。
そのことを確認するまでに、意味もなく数回口をパクパクと動かしていた。
そして、今の状態をおそろしいほどに理解してしまう。
しかし。
しかしかし、だんぼーるのおかげでれいせいをたもっているな。
表情が分からなければどうということはない、はず、だと思う、かもしれない。
「ちょっ!?木野目ちゃん!?はやくズボンはいて!何でこっち来るの!?」
僕は歩く。桐嶋の前まで歩く。そして。
「ごふっ!!」
殴った。
「いぇあ、やったぜ」
何がやったのかは知らない。
思考回路が上手く回っていないようだ。
段ボールはどうやら眠りについたようで。
一件落着。
万事解決だ。
ズボンをはいたら、もう一度寝よう。きっとそれが良い。
僕は、熱い顔をベッドにうずめて、寝た。
情報整理。
「ねえ桐嶋。輸送業者って空?海?」
昼間の商店街、の裏の喫茶店。
「海っぽいよ。密輸入とか関係あるのかねえ」
テーブル席に僕と段ボールは向かい合って話していた。
「被害者の人間関係に怪しそうなのはいないんだっけ?」
僕は、目の前に出されているカットレモンを齧る。
「うーん、そもそも彼に人間関係が少ないんだよ。友人と仕事相手が数人って感じかな」
桐嶋は段ボールの下からストローでコーヒーを飲んでいた。
「血縁者はいないのか?」
「数年前に死んだようだね」
僕は、パラパラと書類を見ながら店員にパフェを頼む。
「…そういえば、警察が一般人にこんな情報与えていいのか?」
「衣笠警視の命令だから、仕方ないよ。それに、木野目ちゃんは一般人でもないでしょ」
「…そうだな」
「ああ、そういえば。毒についてなんだけど、そんなに強くはなかったみたい。蓄積していったのか、拒否反応を起こしたのかどっちかなんだってさ」
「それはもっと早く言うべきだな。確定した情報が覆されると今まで考えてたことの意味がなくなってしまう」
「まあ、この事件に対して力を入れてないっていうのがあるからね」
ウェイトレスさんが持ってきたパフェにスプーンを刺し、一気にすくい上げて頬張る。
さっきまで酸味を与えてたせいか、クリームがとても甘く感じた。
「まあ、僕が犯人って決めて終わってもいい事件だからな」
桐嶋は感心した様子で「よくわかったね」というが、それ以外にないだろというのが正直な感想だった。
事件なんか真に解決しなくても、理由さえ出来てしまえば解決したって騙っていいのだから。
琴平さんは騙ることを嫌っていたが、僕は合理的な手段としていい方法だと思っている。
この事件も途中で飽きたら、僕が犯人ですって言ってお終いにしても問題ないわけだし。
「じゃあ、被害者のことをよく知ってる奴に聞けば解決も遠くないな」
「でも、血縁者は」
桐嶋の言葉を遮って、否定する。
「仕事相手とか、職場の仲間とか、旧友とか。いろいろいるぞ?」
「ああ、いや、それでも少ないんだよ。仕事は携帯だけ。高校も行ってないし」
「なんていうか、最悪自殺でも良さそうだよな。かなりの屑人間っぽいぞ。こいつ」
「前科は無いし、職場の割には良い人だったとは思うけどね」
「というか、解剖したのか?」
「いや、外から見て取れた分だけだね。肌の状態とか、木野目ちゃんが殴ったおかげでデータは多い方だよ」
だろうと思った。金にならない解剖なんか誰がやるかって話だ。
それでも専門家に見てもらっただけましだろう。似たようなことが起きるかもしれないからという言い訳でもう少し情報は取れそうだけど。
「じゃあ、洗う対象は職場が最優先だね。そもそも小さな輸送業者なんて怪しさ全開じゃないか」
「俺もそう思うけど、取り合ってくれるかな?本当に黒いところならとっくに雲隠れしてそうだけど」
僕は、最後の一口を食べ終えると、席を立ち上がり、レシートを段ボールに押し付けた。
「そこは探偵の底力でなんとかするっしょ」
段ボールはレシートを確認すると、うなだれながらレジへ向かった。
捜査開始。
潮の香りがする。言っておくと、僕は海が嫌いだ。
体がベタベタする。湿度か潮か、それとも両方か。どちらにせよ不快感を感じるのは確かだ。
そもそも、僕は海へ来ること自体が少ないのだが、それでもやはり、海ではしゃぐ人の気持ちが分からない。
泳ぎたいのならプールへ行けばいいし、海が視たいのなら動画でも見ればいい。
まあ、僕自身も中途半端にこだわりがあったりするから人のことをどうこう言えないけど。
例えば、食事の前に果物を食べるとかね。
果物が嫌いな人なら僕の海に対する感想と似たようなことを思うかもしれない。
いや、食事前に果物を齧ることを習慣にしている人間なんてそうそういないだろう。
いたとしたらそいつは生粋の変人か、果物愛好家だろう。それもとびっきりの。
結局変人じゃないか。
変人と言えば、この段ボールは段ボールであること以外は至極真っ当な人間だった。
少なくとも、僕よりよっぽど人間らしい。それが昨日と今日の観察の成果だ。
帯刀してることはどう考えてもおかしいが。
警察だから銃刀法に引っかからないのかもしれない。
だからといって刀は無いと思うが。
それに、本人曰く剣道などをやっていたわけではないらしい。
学生時代は美術部だと言っていた。
なんでそんな奴が警察に、それも捜査課に入ろうと思ったんだよ。
「どうかしたかい?木野目ちゃん」
「別に」
ずっと睨んでいたせいか不審に思われたようだ。
しかしこの段ボール、人が良いのか気にしてないのか、いたって平然としていた。
不審に思ってないのかもしれない。
誰だってにらまれたら不審に思うだろうが、そういう常識が通用しないという点ではまさに変人か。
と、目的地に着いたようだ。
海沿いの寂れた工場という風貌をしている。
漁師でも兼業してるんじゃないかと思わなくもない感じだ。
その横に、小奇麗な、といってもくすんでいるが、白い建物があった。
扉を強めにノックする。鉄の扉だったため、ドンドンというよりはガンガンと言った感じだ。
すると、中からいかにもめんどくさそうな声音で「今行きます」と返事がきた。
扉を開けたのは、痩せた中年の男性だった。
重たそうな瞼に眼鏡、無精ひげを生やしている。
眼鏡の奥の瞳は濁っている。いいね、良い目だ。こういう人間は何をしでかすか分かったものではない。
まあ、突然暴れるのだけは勘弁願いたいところだ。また殺人犯に決めつけられる。
「何の用ですか?」
当然の、必然であるべき質問だ。
ポーカーフェイスを持つスリム体型の美少女と段ボールを被った変人が一緒に訪ねてきたのだ。
一般人なら、そうでなくても、是非お引き取り願いたいものだろう。
特に、この段ボールに帰ってもらいたい。
「警察だよ。高井喜英について知りたい」
そういうと、中年男性は少し動揺したようだった。
警察と名乗る人物がいたら、動揺するに決まっているだろう。動揺しない方がどうかしている。
しかし、何故この段ボールまで動揺しているのだろう。アホか。
「そうか、警察か。まあ、俺が高井さんについて知ってることは限りなく少ないが、とりあえず中に入れ。茶でも出してやる」
中年男性は気だるそうに中に入って行った。
「僕は木野目だ。そこの段ボールは桐島。あんたの名前は?」
中年男性の後ろについていきながら質問をかけると、中年男性は濁った眼をこちらに向けてきた。
「唐井だ。唐井九郎。あだ名の付けやすそうな名前だろ?」
唐井は自虐的な笑いを浮かべていた。
僕はそれを見て、同じような笑いを返した。
「よろしく、唐井さん」
情報聴取。
応接間。
来客用のソファがいくつか適当に置いてあり、唐井はそのうちから2つを大きなテーブルの前に持ってきた。
そして、コーヒーメーカーの前に立ち、起動させ、小さいコップにコーヒーを注ぐ。
お茶じゃないのかよ。
そう思いつつも置かれた椅子に座ると、やはり段ボール桐嶋が落ち着かない様子で座ることをためらっていたため、足払いをして座らせた。
「木野目さん、砂糖は要るか?」
唐井はトレイにコーヒーを注いだコップを3つのせていた。
「いらない」
僕はメモ帳とボールペンを取り出しながらそういうと、唐井は「そうかい」といってテーブルにコップを置いた。
桐嶋は「あ、砂糖…」と小さく呟くと、しかし唐井の耳には入らなかったようで、黙って諦めた。
唐井が、テーブルを挟んだ椅子に座って、熱そうなコーヒーを一口飲み、僕の方を見てきた。
「個人情報保護法って知ってるか?」
「知らないし、聞いたことも無いね。第一、人権は死者には適応されないでしょ」
僕がしれっというと、今度はさらに驚いた様子だった。
「…そうか、死んだのか。あの人はいい人だったが、生活は荒れていたからな…」
「そうなの?その辺を詳しく教えてくれるとありがたいんだけど」
唐井は、頭を掻くと、コーヒーを飲み干し、語りはじめた。
「ここは、船を経由して部品を輸入する会社って言ってもかなり小さいがな、そういうところなんだ。高井さんは、輸入した備品の最終確認を任されていてな。主に金勘定の仕事だ。どこかで計算がずれてないかどうかを調べるって仕事だから、基本電話だけであとは家で出来ることなんだよ。だが、高井さんは独り暮らしをしているもんだから、部屋は散らかっていて、まともな食事もとれてなかった。それで、俺が偶に出向いたりしてたんだけど、それでも改善はできなかったみたいだな。高井さんは酒に強いから、昼からよく酒をのんでたんだよ。ただ、酒ってのはなかなか自分じゃ酔ってることに気付かないものだ。高井さんは、一見変わっていないように思えるが、酒を飲むと少し自虐的になるんだ。あとは、そうだな。食事をあまり摂ろうとしなくなる。摂食障害なんてものもあるし、危ないから酒は呑みすぎるなよって注意もしてたんだが、最近は仕事が減ってきていてな。やることも無かったんだろう。昼から呑むこともだんだん増えてきた。送った仕事はちゃんとこなすから、少しの間くらいいいかと思ってたんだが、…その結果が死んでたら意味がないよな」
どうやら、結構な重要人物に話しかけていたようだった。
唐井は顔を伏せながら続ける。
「あとは、そうだな。常に煙草を持っていた。これも数少ない娯楽の一つだったんだろう。一週間に一箱とか言ってたかな。俺は吸わないからそれが多いのか少ないのかは知らないが、煙草を咥えながら仕事をしてる時の高井さんは良い顔をしてたよ。基本真面目な人だから、なかなかそういうことはしなかったけどな。真面目で、情の厚い人だった。その一面で、随分と不安定な人でもあったけどな」
「なるほどね」
メモを取りながら聞いていて唐井が事件に対してどう思っているのかが大体わかった。
『死んでしまうのはあっても、殺されることは無い』。
そう思っているのだろう。
だが、この証言は少し厄介だった。
というのも、僕の印象と正反対と言ってもいいような人物像だったからだ。
人の物を勝手に食うような酷さだったのに、酔っても変わることがないどころか、自虐的になると言っている。
自虐的ということは、自分か、自分の過去に対して矛先を向けるような人物だったということだ。
内側に向くはずの矛がその時偶然外に向いていた?
とりあえず、得られそうな情報はこれまでだった。
「唐井さん、協力に感謝します!」
桐嶋がそういうと、唐井は段ボールを気にしつつも、「気にしなくていい」と言った。
建物を出ようとしたときに、唐井が話しかけてきた。
「木野目さん、俺の言ったことは全て本心からだ。だから、もう一つ言わせてもらう」
唐井は濁った眼を見開き、僕の目を睨んで口を開いた。
「勝手にあんたと同族に思うなよ。俺の目は視力が悪いだけだ」
それがどういう気持ちで伝えたかったのか、桐嶋には理解できなかっただろう。
ただ、一つ分かったのは、唐井は十分信頼にあたいするということだった。
だから、僕は素直な言葉を返すことにした。
「見直したよ、唐井九郎。長生きするといい」
僕は人を評価することは少ないが、僕は唐井を評価した。
「あ、そうだ。唐井九郎、一つ聞きたいことが残ってた」
帰り際に思い出したことがあった。何故今まで忘れていたのか不思議なくらい重要なことだ。
「高井と関係深い人物に思い当たることはないか?」
次の手掛かりになる重要なことだ。
ただ、帰ってきた回答は実に素っ気ないものだった。
「いない。あの人は外に出ること自体が少なかったからね。断言する」
最終確認。
昼だ。
桐嶋をレストランに誘い、僕はパエリアを食べていた。
桐嶋は段ボールを被りながら味噌ラーメンを食べている。
「木野目ちゃん、次はどうするの?」
「……どうしようか」
完全に詰んでいた。
重要人物がいない。
毒は少しずつ接種され続けたものだというのに、毒を与えれる者がいない。
自殺の可能性は無いのだろう。
生活は荒れていたと言っていたが、生活に不自由してる様子は無かったようだし。
「桐嶋、そのラーメン少し寄こせ」
「じゃあ、パエリアも少し頂戴」
「断る」
「そんな横暴な!!」
喚く段ボールを無視して器に入っている麺を啜る。
洋食と中華しかないレストランはどうなんだろうと思っていたが、意外と美味かった。
ただ、この店は分煙に気を配ってないのか、煙草の煙が漂っている。
煙草は吸ったことがないが、僕にはどうも合わない気がする。
煙草の副作用というか、人体にある害が明らかに大きいと思うのだ。
「………煙草か。そういえば、桐嶋は煙草を吸わないのか?」
「火気はダメ、ゼッタイ」
「……そうだったな」
食べながらに事件についてをいろいろと考え続け、最後の一口を食べようとスプーンにすくったところで気づいた。
ダンボーの黒く丸い目が僕の方に向き続けている。
無視しようとしたが、執拗にというか、ずーっと見つめてくるため、食べる気が失せてしまった。
スプーンを器に置いて、そのまま桐嶋の方へ器を滑らせた。
桐嶋は「ありがとう木野目ちゃん!」というと、そのスプーンで食べた。
あれ、自分の使ってたレンゲとか使わないの?
僕の使ってたスプーンで食べたら間接キスってやつじゃないか。
そして、なんで抵抗なしに食ってるんだよ。僕の方が恥ずかしいわ。
しかも段ボールだから本当に表情が読めない。
異様に腹が立つな。本当に。
ただし、いちいち初々しい反応を見せることは僕にとってそんなに喜ばしいことではない。
そういう反応をにやにやしながら見てくる奴と過去に何人か会っているため、軽いトラウマでもあるのだ。
そう、過去に……。
「……あ、解けた」
事件の真相が解った。あっさりと。
「本当かい!?木野目ちゃん!」
桐嶋は相変わらずの単純なリアクションを返す。
「あー、まあ、解ったけど。…チッ!ああああ!胸糞悪いわぁぁぁぁ!!」
本当に下らないオチだった。
推理小説のようには行かないものだ。結局は自分の知識と経験しかあてにならないのだから。
推理でなければ、もはや解決ですらない。
「なら、俺は衣笠さんに報告してくるよ!」
「…ああああ、めんどくさいなああああ!クソッ!桐嶋!毒物の種類を明確にして来い!警察の阿呆さを思い知らせてやる!」
僕はレシートを桐嶋に押し付けると、頭を掻きむしりながら店を後にした。
事件解説。
「やあ、解けたのかい?木野目探偵」
警察署。
この部屋には僕と衣笠警視と桐嶋がいる。
「ああ、解けたよ。死体をちゃんと解析すれば簡単にわかった事件だ」
僕は腹が立っていた。
関わらなければよかったと心底後悔してる。
「何を怒ってるのかわからないけど、それじゃあ、解説してもらおうかな」
衣笠は薄く笑っていた。
期待のまなざしすらも腹が立つ。
「結論から言う。・・・あれは自殺だよ」
「えっ!?」
桐嶋が声をあげて驚いた。
衣笠は表情を変えなかった。
僕は、桐嶋からもらった資料を机の上に出した。
「毒の正体はニコチンだ。死因は煙草を食べたから。はい、終了」
「・・・どうしてそう考えた?」
衣笠は少し険しい表情になった。
「別に難しい話じゃない。被害者、いや自殺だから被害者ではないか。まあ、いいや。高井の生活は荒れていた。基本は部屋に引きこもっていて、外に出ることをしなかったが、この日は気が変わったんだろう。いや、食料が切れたのかも知れない。なんでもいいが、高井は外に出た。仕事が終わってたんだろう、高井は昼から酒を飲んでいた。で、酔って、間違って煙草食べて、終了」
「・・・・・・」
衣笠は何を考えているのか、じっと資料を見つめていた。
桐嶋は未だに理解していないのか、唸っている。
「別に何を疑ってもいいけど、煙草が死因なのは明らかだから、もし無理やり喰わされたんなら吐き出せばいいし、他殺では無いことだけは確かだよ」
衣笠はやがて、顔をあげると、口を開いた。
「なるほどね。おつかれ、木野目探偵。報酬は振り込んでおく」
「桐嶋の生活費として貰っておくよ」
「ちょっ!木野目ちゃん何を言って!」
「うん?桐嶋くん?どういうことかな?」
衣笠はほほえみながら桐嶋に尋ねた。
目は笑っていない。
「どうもこうも、桐嶋を私の家に住ませたのもあんたの策だろ?」
「そんなわけないじゃないか!未成年女性の家に男性を住まわせるなんて倫理的にどうかしてる!・・・ああ、すまない木野目探偵!謝礼金も振り込んでおく、どうか許してくれ!」
いきなり頭を深く下げる衣笠。
正直いうと、驚愕だった。反応に困る。
「い、いや、悪いのは桐島だし、衣笠さんが頭を下げることはないと思うんだけど」
「そうですよ、衣笠さん!あなたは悪くないんです!」
「悪いのはお前だ桐嶋!お前が頭を下げるべきだろ!僕に対して!」
「いや、だって、木野目ちゃんが承諾してくれたから・・・」
「承諾した覚えはない!!・・・え、じゃあ、ああいうことも本来無かったはずなんじゃないか!?・・・・・・ああああああ!!!謝れええええええええええええ!!!!」
悲鳴がこだまして、今回の事件は幕を閉じた。
エピローグ
商店街。
僕は買い物をしていた。
この前買ったものを食べられたが、補充していなかったため、食料がない。
本当に嫌な事件だった。
「まいどありー」
まあ、予想外に金をもらえたことから、しばらく生活は安定しそうだ。
嫌な思い出だったが。
「・・・さて、次は八百屋かな」
とつぶやくと、後ろから声がした。
「あれ?やあ、久しぶり」
僕は、振り向いた。
そいつは、知り合いだった。
そいつは、人間だった。
そいつは、人じゃなかった。
『私』は、反射的に殴っていた。
しかし、軽くいなされる。
「・・・チッ」
舌打ちをすると、そいつはおどけたように笑った。
「おいおい、久々の再開だっていうのに、ひどい挨拶じゃないか」
「・・・質問。お前は、この近くで、中年男性を、狂わせたか?」
「ははは、狂わせたって何さ。ぼくは、話をしただけだよ」
「話だと?じゃあ、琴平さんの時も、ただ話をしただけだって言うのか?お前は、あれだけのことをしておいて、ただ!話をしただけだって!!」
「おっと、怒らないでよ。別に、あれは本意じゃなかったんだからさ。俺だって意外だったさ。あいつだけは上手くいかなかったからね」
怒りが、湧く。
イラつきじゃなくて、明確な、怒りだった。
「あれ?木野目ちゃーん!おーい!」
「おや、今は木野目って名前なんだ。ふーん、じゃあね、『木野目』ちゃん。ははは」
そいつは笑うと、軽く手を振って、歩いて行った。
入れ替わるように桐嶋が来る。
「木野目ちゃん、さっきの人は?」
桐嶋は、普通に聞いてきた。
「・・・種明かししてあげるよ。高井は、過食症を患ったんだ。高井は外に出て酒を飲んでいた。それを、あいつに見られた。結果高井は過大なストレスから過食症を患い、手元にある『食べれるもの』を食い尽くした。僕が持っていたものを急に食べ始めたのも、過食症が収まらなかったから。結果として、毒がまわって死んだんだけどね」
説明すると、桐嶋は納得がいったようないってないような感じを見せた。
「あいつって?」
「もはや人外だよ。・・・『琴平 秋人』、人を使わず人を殺す悪魔だ」
桐嶋は解かりやすく動揺する。
「琴平って・・・いや、それよりもなんだけどさ」
だが、急に話題転換をしてきた。
「・・・なに?」
「あのさ、俺、家がないって言ったよね?」
確かに言っていた気がする。
「格安アパートを借りてたんだけど、あのさ、木野目ちゃんに払った賠償金で、払えなくなっちゃったんだよね」
「・・・ハァ?」
「それで、追い出されちゃったんだけどさ」
「・・・・・・」
「次の居住地が決まるまで住ませてください!!」
桐嶋は土下座をしていた。
商店街の真ん中で。
「・・・・・・・・・はあ。・・・いいよ、好きにすれば」
なんか、もう、脱力していた。
八百屋も明日でいいやと思えるほど脱力していた。
「やった!!木野目ちゃんありがとう!!」
・・・・・・。
しばらく呆然としていて、思った。
・・・まだ嫌な思い出になりそうにないな。
暴言探偵と変人警察
以上、終了です。
なんかいろいろとぼかしてありますが、続編を書く予定とかは特にないので、明かしていない設定を軽く。
琴平が死んでから、木野目は名前を変えてボクっ娘になりました。
琴平は、正義感の強い探偵だったんだと思います。
桐嶋の段ボールの下は、大火傷を負っています。
桐嶋の家がなくなったのも、段ボールを被るようになったのも、その事件の所為です。
最後のやつですが、あれはたぶんラスボスなんじゃないでしょうか。
琴平の弟です。
琴平は兄だったのか姉だったのか。多分兄だったのではないでしょうか。
終わり。